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返事の中までKUONです。

  1. おそれながら、なこと
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G  の日。

ごぶさたしました。

Mさんへの篤いお心にも感謝です、もうどこにもあのお洒落さんな姿はおられませんが、すべてみな、わかっていて下さると、どしんと感じております。ありがとうございます。

今朝は秋篠宮殿下と紀子妃殿下の、睦まじげにお並びの、ゆったりとして風格のあるお姿を拝し、大丈夫だ、との思いを強くしました。

お言葉の中にも希望のようなものを感じました。数日の間に淋しい涙嬉しい涙、いっぱい流れたので、涙腺の、一足早い大掃除になったでしょうか。

天皇皇后両陛下のお発ちになられたのも今日です。



一気に冷え込んで来た国から、暑い大陸インドへ。

両陛下の、12月6日の無事のご帰国を、と書きかけて、さっき読んだ今日の空港での様子が。

・・・葬りもあり月末ですので仕事上のバタバタもあり、数十時間、コウタイシ様やらマサコ様のご尊顔に拝することなくおりました。

ふうどっこいしょ、とパソの前に座り、よっこらしょ、と、自分の開けたい場所を開けて。

ほう、とか、なるほど、の事柄を、パソコンに覚えていてもらっているのですが、そしてその中身が整理されていないので、欲しい時に欲しい情報が無いというアホなことを繰り返しているのですが・・・前置き長いですね、つまり、とーぐーご夫妻のお顔を、数十時間ぶりに見て、新鮮な・・・

げんなり。がっかり。げっそり。

から始まる感情の幾つかを、まとめて味わうハメに陥りました。わかってはいたのですが。これらについてはまた、がりがりと書かせていただこうと思います。

皇太子ご夫妻も、今日は、遠く暑い国インドをご訪問なさる両陛下を、見送りに、おいででした。

秋篠宮同妃両殿下はもちろん、眞子内親王殿下、常陸宮同妃両殿下、三笠の宮家の彬子さま、高円の久子さん、長女さんと三女の絢子さま。安倍首相の奥さんも来てはった。

雅子さんは白っぽいスーツで、後ろから見ると、ぞろんと長い髪の先端を切りそろえて、いささか普通ぽくなっておられました。

教えて下さった方によると、天皇陛下は搭乗機の方へお進みになる中、皇太子さまには「頼みますよ」という感じ、雅子さんには別に~という感じで、その人個人的な感覚で言えばあんたなに?みたいな風に、行かれたそうで。

うはは。そうでいらしたのですか~。

昔のだまされてない時の私なら、まあ。お気の毒。とか、むざむざ、感じてしまうところだったかも知れません。

で、雅子さんも手を振ってる、お見送りしている、の場面は、しっかり写真に残っております。

しかし残念なやはりというか、のナゾの事実が。

屋外で飛行機の前で、には「いた」雅子さん。

その前段階の、安倍首相に挨拶を受けたりしておられる室内の場には、雅子さんは、おられなかったのでした。

その「いない」画像も映像も、現時点では露わになっていませんので、~ということであった、としか、今は言えません。

が。

あまりにも雅子さん、やっぱりあの人のやることだなあ、感がたっぷり。

ここでもげんなり~、のG。

秋篠宮ご夫妻は「グッド」「ものすごくグッド」のG。

皇太子妃であることを放棄するがの(でもしがみついてる)雅子サンを、ふつーにスルーされたという陛下は、おそれながら「グッジョブ」の「G」。

日々いや増す「げんなり」感搭載中のマサコサンには、申し上げたい、ごーあぅぇー。これも「G」にてございますわね。

今夜もこれから用があってでかけます、元気です、更新もできていないのに毎日おいで下さる皆様、本当にありがとうございます。

明日はもっと元気で、ばりばり再開です。きっぱり。わが家のトイプードル「ぎん」も、骨切りの手術の傷跡のホチキスも除いてもらえて(痛~)かえって来てくれる予定です。

   仰向きて飲めばまっすぐに落つる水結論を出すは明日にしやうか

    あふむきて のめばまっすぐに おつるみず けつろんをだすは あすにしやうか 


     昔のうたですが自分でも好きなうたです。

     白燁(はくよう はくやう)という美しい名で、うたを、詠んでいた日々が蘇り。

     いまちょっと、恥ずかしがっています。






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  1. 2013.11.30 (土) 23:40
  2. URL
  3. 椿
  4. [ edit ]

おめでとうございます。

秋篠宮殿下!
御誕生日おめでとうございます。

紀子妃殿下との仲睦まじいお姿を拝見するだけで
心がほわぁ~とします。
理想の夫婦像、正しい家族の姿
ありがたいです。

将来…11月30日が天皇誕生日になります様に…
  1. 2013.12.01 (日) 00:02
  2. URL
  3. sarah
  4. [ edit ]

おめでとうございます

秋篠宮さま、お誕生日、おめでとうございます。
皇室に、このようなすばらしいご一家が大輪の花を咲かせ、豊かな実を結んでいたこと。
心から嬉しく、これからのご一家の繁栄をお祈りするばかりです。

白燁・・・、白秋の恋人のようなお名前です^^。
  1. 2013.12.01 (日) 01:55
  2. URL
  3. アラ50
  4. [ edit ]

待ってましたKUON節。

そして秋篠宮殿下
おめでとうございます。
ようやく私と同い年になられまして。


陛下でも殿下でもそこらへんにどっさりいるおじさんたちも、娘を思う親心は同じなんだろうなぁとなんだかジワッとします。

映像でいただく御言葉も見入りますが、こうして文字に起こすとまたホントに見事というほかありません。

年々男っぷりが増すのは充実の証でしょう。


椿さんのおっしゃる通り
そう遠くない未来に
11月30日が天皇誕生日となることを皆で待ちたいと思います。


KUON様
あまりかっ飛ばさす、じわじわと楽しみましょう(笑)イッヒッヒ(毒)
  1. 2013.12.01 (日) 23:08
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

椿 さん。

椿の花、好きです。あ。好きな花はいっぱいあるのですけどね。殊に赤い椿が。

秋篠宮殿下。やんちゃなお子でしたのに、年々ゆったりとした風格をまとわれて。

この言い方は酷いのは承知ですが、長身で所作が美しいので、つい、自慢の日本の、とか、思ってしまいます。

このご夫妻は、奇跡のように一+一が二にも五にも発展、上昇されている素晴らしいカップルであられますね。

紀子さまのご努力。素直でまっすぐな生まれつきと、ご両親の薫陶と、ご夫君への信頼、愛情。しんじていいものを現実に見せていただける喜び。

もう、今夜は、なんぼでも秋家万歳、と言いつづけたい気持ち。

11月30日という日への思いを、大きく育てたいです。
  1. 2013.12.01 (日) 23:17
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

sarahさん・・・。

白燁って。すっごく可愛がって下さった、うたの恩師が下さった名前なんです。照れくさいので通常は本名で出し、色紙や末広にうたを書いてもらう時(私は字が下手で能筆の方を頼っていました)に、ちょっとカッコつけて、白燁の名を使いました。

白秋の恋人・・・。ううむ。白秋のうたはすばらしいが、あの男性は女には鬼門の男でしたよ。そういうケースは多いですが・・・言いながら、白秋のうたのすごく好きな一首を、思い出そうとしているし。

  君おくる朝の敷石さくさくと雪よ林檎の香のごとく降れ

   きみおくる あさのしきいし さくさくと ゆきよりんごの かのごとくふれ

何とも清澄な透明な恋のうた。

・・・すみません、末尾ですが。

秋篠宮ご一家の弥栄を、心よりお祈り申し上げます。
  1. 2013.12.01 (日) 23:27
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

アラ50さん。

宮様は、愛する奥様が心こめてお育てで、よい娘さんに育ったお二人を、離し難いでしょうね。私は五つで父親と死別したので、そういう父親の愛情というものに、深い憧れがあります。あーやさん(同い年なんですか)のようなお父さんを持った娘さん、お相手は難しいようにも思えますが、土台のしっかりしたところから、お幸せにしっかり羽ばたいて行かれる気もします。

いずれにしても、気持ちのいいご一家で、ほんと、目のケガれが一掃される思いですよ、いつも。

あちらは、まことに、残念な世界で・・・。

>>あまりかっ飛ばさす、じわじわと楽しみましょう(笑)イッヒッヒ(毒) <<

ぐっふっふ。おぬしも悪よのお、アラ50屋。・・・このセリフ、ラストの(毒)まで、まっちゃ、気にいったんですけど~。

こうなったら楽しませていただきましょう。のう。「

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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