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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. 呆然となること
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とりあえず許されたのだから。

11月23日、24日。

天皇陛下と秋篠宮殿下のご予定が、両日とも、神嘉殿における新嘗祭の儀、と発表されていました。

皇太子殿下はその日の予定、空白なんです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


とりあえず皇太子妃として入内を許されたのだから、身内も身を慎み、
本人も謙虚な気持ちでまわりに教えを請うていればここまでいろいろ暴かれることもなかった。
あの一族全員がやることなすこと下品。


「かけだし」さんという方が「日本が好きなだけなんだよ」さんのところから引用されたものを、引用させてもらいました。
冒頭青色部分は記事のラスト部分であり、私が東宮家について知りたくてあちこちを巡りはじめた頃、深く納得して読んだ文章でした。本当にそうだ、と思いました。その後、そんな甘いもんじゃな~い、このお家はどこまでもとんでもないお家であると知識が増えるに従って「まさか」「そこまで」「大変だ」「看過できない」「今すぐにでもなんとか」の気分は上昇の一途を辿りました。

日本の国が、みすみす毀損されるのはイヤです。

とうにご存じの方もおいでとは思いますが、もう一度掲げさせていただきたいです。その前に。

今朝、あるサイトで読んだこと。

1994年のオウムの雑誌に、アサハラ某の言葉として「日本を破壊し、
世界を征服するために働いている力」として紹介された・・・中の3人。

・傀儡皇帝 徳仁親王(皇太子)

・亡国后妃 小和田雅子(皇太子妃)

・地獄大使 小和田 恒(雅子妃の父)


あのカルトの教祖らしい大袈裟な表現。でもこれに関しては「当たっている」。

入内前の「ご発言」だったそうで、小和田氏は「激怒」した、と。ご存じだったのね。どういう経緯で知ったのでしょう。


以下は引用です。


内側から次々と皇室を破壊してくれる雅子さんは皇室を否定する人々にとって重宝な存在だと思われる。
紀子様の名誉を守るためにも皇室のためにも日本のためにも雅子さんの出自をはっきりとさせるべきだと思う。
「富田メモ」で「真偽を確認する為に全文公開せよ」との声に
「皇太子妃の入室について書かれている部分があるから公開出来ない」という回答
反対の理由は、チッソ(雅子さん祖父)、男性関係の他に血筋も関係しているのではと言われている。
当時のお妃候補の中で家系図の無い家は小和田家のみ。
宮内庁は皇太子の結婚にあたって小和田家の家系を公表し興信所に身元調査を依頼した。
そのとき、部落開放同盟は差別であるという申し入れを行っていた(ニュースにもなった)
そのため、身元調査は打ち切りになった。雅子妃の家系調査への抗議を認めた記事

『部落解放』1993年6月号「皇太子妃決定に関わる身元調査等の差別助長行為にたいする抗議と申し入れ」の記事

小和田家
一代目 小和田金吉(生年月日、生地、両親不詳)→ 二代目 小和田毅夫 → 三代目 小和田恒

*金吉の前は不明

金吉の父は道蔵匡利のはずだが、雅子さんの曽祖父金吉が道蔵匡利とはつながらない。
宮内庁が公表した家系図は、金吉で終わっていて匡利の名前はない。この事実だけで、
金吉は匡利の子供とは断定できない。あるいは金吉の両親(もしくは父)は不明か、
表に出せないということがわかる。地方では割合先祖のことを調べることは容易である。
新潟で3代前までしかわからないということは非常に不自然。
雅子さんの皇室入りが決まったとき3代前の小和田金吉の父親がわからなくて宮内庁が困り、
小和田家が無理矢理でっちあげた家系図の元になったのが同じ地域出身の小和田本家の家系図。
小和田本家では雅子さんの曽祖父金吉のことを「知らない」と言っている。
匡利の次男に、確かに金吉(A)なる人物はいる。
その本物の金吉(A)と、雅子の曽祖父の金吉(B)が同一人物なのかは不明。
お妃内定のときも結婚の時も本家筋の方は誰一人出てこなかった。
本籍地の村上市から新潟へお墓を移すときも金吉しか動かしていない。
村上市ですら、よくわからないと言っている。
「小和田新六から曽祖父金吉までは不明の点が多く、調査が待たれる」

村上市の西真寺と新潟市の泉性寺の言うことにも食い違いがある
1 村上市西真寺住職、本荘長弘師の証言(現在は兵五郎夫妻と道蔵(匡利)の妻とその子供だけの墓がある寺)
「小和田家の墓について毅夫氏(明治31年生)が新潟市の学校に在勤中、父金吉の墓のみを新潟市の泉性寺に移した」
「なぜ祖父の妻と子及び曽祖父夫妻の墓を残していったのか。普通移すときはそっくりもっていくものなんですがねえ」
昭和61年(1986年or1987年)11月 恒、毅夫の両夫妻が村上に来たがここに墓参していない

2 新潟市泉性寺住職、広沢誠師の証言
「小和田家の墓は明治7年よりうちにあるが金吉と兵五郎の墓はない 匡利(道蔵)の墓だけがあります…
30年くらい前に毅夫さんが父金吉の墓をうちに移したということはまったく知りません」

泉性寺の檀家談
お墓は奥の方に非常にみすぼらしいのが建っていました。それが、皇太子のところに嫁ぐのが決まったら、
場所もいいところに移動して、大変立派なのが俄かに建てられました。

3 ご成婚前の小和田家の墓参り
両親と娘が拝んだ墓は新潟市泉性寺にある「匡利(道蔵)の墓」であり「小和田家の墓」ではない
(昭和55年(1980)に小和田毅夫(恒の父)がこの泉性寺にある墓の台座だけを新調した結果異様なツギハギの墓)

4 金吉と妻竹野(旧姓熊倉)は毅夫の幼い頃別居し金吉死亡後、竹野のお墓は所在不明
5 専門家の意見
「一説に小和田金吉は小和田道蔵匡利の三男と伝えるも年代齟齬して審かならず、
仮に小和田兵五郎の三男の系に継ぐ。おそらくは別流ならん歟」
金吉が匡利の子なら匡利12~13歳の時に生まれた三男となり有り得ない 
一言でいえば「この小和田家ではない」と言っている

6 新潟県村上市小和田本家の証言
TVでのインタビューにて老当主が
「あちらの小和田家とウチが親戚とは初耳 こちらでもいろいろ調べてみたがわからない」と答えた
以上より
・「金吉の墓」または「小和田家の墓」の所在地が不明なのはなぜ?
(再婚してない場合毅夫母の竹野の墓の所在も不明)
・毅夫は西真寺から泉性寺に父金吉の墓を移すと寺に言いながら泉性寺にお墓を作っていないのはなぜ?
・泉性寺の小和田家の墓が「金吉の墓」又は「小和田家の墓」ではなく「匡利(道蔵)の墓」なのはなぜ?
・仮に金吉が小和田兵五郎の三男なら西真寺に兵五郎の墓を残したままで恒、
毅夫が当地に来ても墓参りしないのはなぜ?
・毅夫氏自身はどの小和田のお墓に入ったのだろうか?
江戸時代、犯罪者予備軍の無宿者は新潟の佐渡ヶ島の金山に送り人足として使役、
明治維新で解放されたこの人らの戸籍や墓は?(ご先祖流れ者説)
戸籍を誰かから入手した?戸籍売買?(ご先祖は日本人ではない説)
金吉は認知されていない子だった?(私生児説)→母方から先祖はたどれるはず
同じ姓の墓をどこからか入手した?(捨て墓置き場から…説)(墓が個人名でツギハギな点と欠けている点がポイント)
先祖の墓参りをしない家なら先祖を敬うしつけや教育を受けていないので
祭祀を無意味としか思えない雅子妃の態度にも合点がいく

▼小和田金吉
・人物像は不明、名前の読みも不明(きんきち?かねきち?かねよし?すら不明)
・どの読みでも「下級武士」の出とは考えられない。(小和田家主張=武士)
・墓がない(それほど昔の人ではない。恒氏の祖父である)曽祖父の墓はあるのに? 
▼つぎはぎの墓
墓石つぎはぎの理由→昭和55年(1980)に小和田毅夫氏(=小和田恒の父)がこの泉性寺にある墓の台座だけを新調
墓石には「小和田匡利墓」とある(個人名)→小和田家ではない。
墓石側面には「明治七甲戌年 七月二十八日 永代経金一圓」
小和田匡利→新潟県村上市の小和田本家「分からない」回答

金吉の墓はどこの寺にあるのかわかっていない。村上市の西真寺には小和田金吉の墓はない。
移したはずの泉性寺にも小和田金吉の墓はない。あるのは匡利の墓のみ)
皇室入りのため、急遽作られた家系図によると金吉は道蔵の次男(1867頃出生)
そうなると道蔵が14歳のときの子ということになる。しかも三男。14歳でもう2人(以上)の子??
明治時代に生きていた金吉以前の戸籍が存在しないというのは不可解。
私生児もしくは捨子とも考えられるが戸籍が存在しない出自とも考えられる。
部落民と言う話もあるし、犯罪者、あるいは半島から新潟へ流れ着いて戸籍を買った、
または奪ってなりすましたという話も出てくる。
(成りすまし…元々戸籍を持たない人が、小和田家の金吉と言う人になりすましたということ)
だから現実として年齢が合わないなどのボロが出る。
後継ぎが居なかった小和田金吉の家系を利用してなりすます、
このやり方で日本人になりすます朝鮮人は大勢居る。小和田金吉は村上の小和田家とはなんの関係もない。
村上の士族小和田家が村上をはなれて戊辰戦争に負けてちりぢりになったのは明治の初年。
士族小和田家は明治初年以前も調べがつく

問題は小和田金吉が1867~1868年頃朝鮮で生れ、新潟に密航して住み着いたのは明治以後。
だから宮内庁は小和田家が1868年以前は何をやっていた人なのかわからないといったのは事実隠蔽のためで
本当に士族なら村上を調べたらわかるのである。
佐藤朝泰の「閨閥」という本に小和田金吉の代からしか載っていない。(川嶋家は高祖父の代までのっている)

朝鮮から密航してきたX=金吉。
明治17年の村上鮭産育養所の漁業権者名簿(736戸)に金吉氏の名前が初出となる。
もちろんこの金吉は小和田道蔵の息子で雅子の曽祖父の金吉とは別人。
X=金吉は新潟の吏員になるために(戸籍のない密航者だから)
村上士族小和田匡利の息子金吉から家系図を購入し、士族に成りすまして
朝鮮参加の男が小和田金吉に成りすました。その証拠に小和田家の世代の年齢があわない

婚約時代の墓前報告の写真によると、にわか作りの墓石の土台の上に苔むした古くて小さな墓石が
ちょこんと乗っかっている。先祖の供養もしていないことがありありとわかる写真だった。

母方江頭
江頭という苗字だけでピンとくる人はいるかもしれない。
エガシラ→エタガシラ *全ての江頭さんがそうだというわけではない。
江頭家は村上水軍につながる(と成婚時に発表)ので、さらに部落民に遡る可能性は高い
以前、雅子さんの母優美子さんのいとこで作家の江藤淳(本名江頭淳夫)が
自分のルーツ探しに九州へ行った。そこで知った現実に相当のショックを受けたという。
そこそこの家なら、わざわざルーツを探さなくても先祖のことなら代々受け継がれて聞いているはず。
なおタレントの江頭2:50も親戚(2:50の方が本家筋)
優美子さん父は豊(チッソ)、豊の父は安太郎。この安太郎が母親から青山の墓地に埋葬しています。
それ以前の墓地は不明とあります。(結婚記念誌に記載)
江頭家の出身は九州ですが、不思議に父親のお骨は東京へは引き取っていないのです。
彼は九州の自分の出自を恥じてひた隠しにしていた。
また安太郎の妻米子が古賀家から嫁いで居ますが、
この古賀家も佐賀の阿弥陀寺にながい間無縁仏として放置されていた。
近年になってそれらの無縁仏を一箇所に集めて合祀されている。
雅子さん祖父・嘉蔵は明治維新までは鍋島家の家臣だったとされるが
明治初年の佐賀藩侍着到(出勤簿)にその名はない。
番太部落出身で「いわれなき差別を受け」小学校の小使いの職にしか就けなかった江頭嘉蔵。
息子の安太郎は、その出自を生涯ひた隠しに隠し、佐賀には一度も帰ることはなかった。
江藤淳は今上陛下を雑誌で批判(1999年7月21日自殺)
「何もひざまずく必要はない。被災者と同じ目線である必要もない…」
その叔父も自殺。遠縁の江頭2:50も精神を一時患った。
正田家は数百年遡れる名家、公家の血筋も入っている。
川嶋家も会津藩士(藩士録にちゃんと載ってる家)&紀州の名士
小和田は不明

海外誌
日本では今日、江戸の最下層民と皇室が縁組をするという異常事態、
しかもその最下層令嬢が、実家の親とつるんで皇室を我が物にしようとする異常事態。
許しがたいのは、その下賤な血のなせる業か、マスコミを使って皇室を攻撃する。国民を騙す。
1993年街道の集会で沖浦和光が「小和田雅子さんの先祖は部落民」だと発言。
その後、なぜか川嶋家同和説が広まった(何者かによって意図的に広められた)
川嶋辰彦氏は同和問題の研究もしていたので、いかにも信憑性をもって悪意のある噂が広められた。
そもそもは家柄ではなく、雅子さん本人と実家の行状が問題。雅子さんの先祖がたとえ部落出身でも、
3代前から不明でも、公害企業の社長でも、父親が機密費横領でも雅子さん本人がきちんとしていれば、
両親、先祖のことであれこれ言われることはなかったはず。
生まれが卑しい…という言い方をするべきではないが他の皇族方の出自を捏造して貶めるのだから
(このやり方、どこかの国に似ている)事実をはっきりさせたくなる。
家系を乗っ取るということをなんとも思わない一族。だから皇統も乗っ取ろうとした。
女系、雑系にして、小和田墓のように、ツギハギにしようとした。恐ろしい。
どんなに卑しい素性でも、とりあえず皇太子妃として入内を許されたのだから、身内も身を慎み、
本人も謙虚な気持ちでまわりに教えを請うていればここまでいろいろ暴かれることもなかった。
あの一族全員がやることなすこと下品。

出自なんて、本人の努力でなんら関係ないという見方もあるが、
出自が悪いと育ちも悪いというのは否定できない。


あまりにも何もかもに対して不実であり過ぎたし、今現在もそうです。

リンクさせてもらっている「やまのこ山」さんのヤフオクに関する検証、すばらしいです。

一人でも多くの方に知って頂きたいですし、なんとか、と、勝手にリキむ思いのワタシです。


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  1. 2013.11.25 (月) 19:44
  2. URL
  3. bun
  4. [ edit ]

雅子妃の出目はもはや周知の事実なのに、海外紙が報じて日本の新聞や雑誌ではほとんど報道されませんよね。確かに今現在雅子妃がしっかり公務や祭祀をやり愛子様の養育もしかるべくされてるお方なら出目なんてどうでもよいのです。ですが嘘やねつ造など何処かの国そっくりのやり方で今も国民を欺き、皇室を貶め続けて何とも思わない神経、というかそれが喜びであるかのような行為の数々。日本人には到底理解出来ない思考。こんな卑しい家柄の人が皇室にいるなんていかがわしい限りです。
ヤフオクの件やその他の悪行の数々が一刻も早く世間にされされて、皇室から、いや日本から消えて欲しいです。
  1. 2013.11.25 (月) 22:01
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

bunさん。

初めまして。ようこそいらして下さいました。

いやもう、もしや、とか、まさか、であれば、どんなに心安らかであることか、と、思います。

しかし、現実が想像を超えている。ここまでやるか、の、その上を行って下さっているO家、そして、虚しくも取り込まれてしまっているナルさま。

悪夢のようです。皇太子さまはオペラをお一人でご鑑賞公務だった由、ですが、心なしか表情に解放感が感じられます。東宮殿下が東宮御所にい辛いって。

こういう話題は、いいかげん、どこかでピリオド売って頂きたいですね。マスゴミは、誰が猫の首に鈴をつけに「行くか、の、ネズミ状態?。週刊新潮がおとなしくなってしまっています。いろいろあれこれ、おかしなことが。

またいらして下さいね。
  1. 2013.11.25 (月) 23:11
  2. URL
  3. やまのこ
  4. [ edit ]

新潟

更新が無いので案じておりましたが、これでしたか!
ブログを初めて、実在する人物の事を書く怖さを知りました。
調べた結果、墓の赤い蝋燭に関して、自分なりに納得しましたが、墓石に関しては
見地に行かれた皇室ジャーナリストの松崎敏弥氏の現地で残された墓石の跡をみて・・・が
いまだに未確認にままでした。が、KUONさまの文字を読むと、改めて思います!!
昭和天皇は全てご存知だったのでは・・・・。(どこまでも昭和天皇!)

家柄がどーのと言われてもご本人の出来が良ければ、誉め言葉も増えれば風向きも変わるはず。
でもあの方は・・・出自なんて、本人の努力でなんら関係ないという見方もあるが、出自が悪いと育ちも悪いというのは否定できない。  なんですよね。
どうしたら数々の「非難される振る舞い」をする人間になってしまったのか、元々なのか、理解出来ないのです。 病気なら薬がある。障害なら難しい。血筋なら最悪。

佐渡体験。波が荒く高速船でない船で2時間以上かけ渡り、両津港から日本海側の相川まで車で山越え、用事を済ませ、同じコースを戻り、両津港に着く間際に面白い体験をしました。船内放送で「新幹線乗車の方は優先で下船出来ますので集合して下さい。」集まったのは人達は急ぎ下船し待機のタクシーに乗り新潟駅~改札口の駅員さん誘導で階段を駆け上がり東京行き最終の新幹線の乗車!車内でやっと切符を買いました。
この話を佐渡生まれの方に話したところ、佐渡=罪人のイメージでしょうが3種類に分けられるそうです。土着の漁師、役人として渡ってきた人、罪人。その方は土着の漁師が実家で漁業権もお持ちの方でした。
昔々
・雪国新潟では冬は出稼ぎに行く農家が多く、月日の合わない子も居るとか。
・雪下ろしの時期、どこからか男達が着て、出稼ぎが終わる頃居なくなるとか。
不思議な話を聞きました。
(語弊を招くといけませんので、その方から聞いた話ですので。)

ヤフオク記事の宣伝!ありがとうございます。
先は見えて来たのですが、量に負けて毎夜うなされて~~~
がんばります、踏ん張ります。。。!!

KUONさまの記事を読む度にうなったり、ため息はいたり、
毎晩、短編集! 
  1. 2013.11.25 (月) 23:12
  2. URL
  3. sarah
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サイコパス

「サイコパスは社会の捕食者(プレデター)であり、
極端な冷酷さ、無慈悲、エゴイズム、感情の欠如、結果至上主義が主な特徴で、
良心や他人に対する思いやりに全く欠けており、罪悪感も後悔の念もなく、社会の規範を犯し、
人の期待を裏切り、自分勝手に欲しいものを取り、好きなように振る舞う。
その大部分は殺人を犯す凶悪犯ではなく、身近にひそむ異常人格者である。」

サイコパスをウィキってみると、このようにありました。

「良心の異常な欠如
他者に対する冷淡さや共感のなさ
慢性的に平然と嘘をつく
行動に対する責任が全く取れない
罪悪感が全く無い
過大な自尊心で自己中心的
口の達者さと表面的な魅力」

犯罪心理学者のロバート・D・ヘアによるサイコパスの特徴です。

彼女というか、あの一家というか、あの一族。
あまりにも・・・、と思います・・・。
  1. 2013.11.26 (火) 02:43
  2. URL
  3. ひより
  4. [ edit ]

落としどころ

おっしゃるとおりです。
きちんと役目を果たされる皇太子妃でいらっしゃるなら、家系など言いません。
その前に普通に宮内庁が調査したでしょうし、チッソの血は入れないという遺訓を守られたでしょう。
許された、というか奇襲されたというか、あっという間に皇太子妃に内定されていましたね。
確か、もの凄く嫌がって怒っていたのになぁ、という印象がありました。
皇太子の求愛に泣く泣く作戦に誘導されました。
泣く泣くというタイプではないようには感じましたけど。

先日の楽天優勝パレードに集まった大勢の人を見て、宮城の被災地訪問での勘違いパレードを思い出しました。
情けなさに溜息しか出ないです。
地元のために勝ちたいと必死に頑張った選手達。
気持ちが伝わるから、商店街をあげて応援しパレードに集まった人々の嬉しそうな顔。

本来なら皇太子ご夫妻も同じ笑顔で迎えられなくてはならない存在です。
天皇皇后両陛下や秋篠宮両殿下をお迎えする人々の感想との落差は、行いの結果。
愛には愛が返るけど、嫌々には嫌々しか返りません。
鑑賞を公務とカウントする以外は、東宮の担当と割り当てられた公務しかないんですね。
警備は大変だし(狙う人がいるんでしょうか?)、注文が五月蠅い上、ドタ出ドタキャンありでは来て欲しくないですよ。

話がずれて申し訳ありませんが、東宮の交代は珍しいことではないし何回も変わったときもあったと記憶しています。
不思議なのですが、天皇家は万世一系が2000年以上続いているとおっしやる方が、返す口で近年は東宮の交代はないと言います。
矛盾に気付かないのか、詭弁なのか笑えます。
東宮の交代をしながらも続いてきたのが天皇家でしょうに、何を根拠に歴史に線引きをするんでしょうね。

ヤフオクが表沙汰になると簡単なんでしょうけど出せるでしょうか?
皇室も返り血を浴びますからねぇ。
表沙汰にしない代わりに因果を含めて退位はあり得ますね。
理由は体調不良でしょうか。
奥さんの得意技ですが、ナルちゃんも肝臓でも傷めていそうな顔色ですね。
奥さんの方が、体は健康そうです。

私的には、もう皇太子交代。
秋篠宮両殿下が東宮から即位。
その後は、悠仁親王と思い込んでいます。
それ以外はないですし、見えません。

先日、紀子様が出ていらっしゃる夢を見ました。
雅子さんも出てきて空気が重かったです。
内容を覚えていないのですが、紀子様が微笑んでいて雅子さんが怒っていました。
いつものままですね。

  1. 2013.11.26 (火) 19:30
  2. URL
  3. KUON
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やまのこ さん。

赤い蝋燭と人魚、なら、小川未明のおもむきのある話ですが、赤いローソクのお墓、とは。

うんと優しく考えて、お墓を新しくつくった時に赤いローソクを立てる、ところもある、と聞いた覚えもありますが、あまり聞かないローソクの色でした、しかも3本。小和田家のお墓は土台は新しいがやっつけのなんちゃって土台(としか見えない)の上に、どっかから持ってきてどすんと置いた欠けのある傾いて古ぼけた墓石「小和田匡利」と彫られている、そこに、お数珠も無しに、サングラスかけたお坊さんの読経の後ろで、手を合わせている風の一家。供花は洋花で、どすんと突っ込まれている。

どれひとつとっても、入内される娘さんが出るお家のものとは見えません。

うちの姑に、プリントアウトしたあのお墓を見せたら、びっくりして後、一気に、あ、これちゃうわ、と、ワタシの言うことを聞くようにも(少しだけ)なってくれたくらい、強烈なアピール力のあるお墓。

…佐渡へは、一度、行ってみたいです。絶対行こうと思っています。

今夜は首がうまく動きません。

やまのこさんも、目と肩に、優しくしてあげて下さい、とか言って。でもほんとですよ。



  1. 2013.11.26 (火) 19:35
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

sarahさん。

サイコパスって・・・。本当に、そんなモンが要るのか、リアルな世界に、と、つい少し前までは半信半疑以上に、信じていませんでした。

でも、要るんですね、しかも、突然変異みたいに出現、でなく、一家の、親世代から子世代、夫、ぜ~んぶ。

悪夢のようですが現実、とにかく、退いていただかなくては。それだけです。

おそろしくおぞましく気持ち悪いです、少し悲しいです、そんなものに取り込まれてしまっているなんて。

ナルさんは、周囲の勧める結婚をせねばならなかった、とか、今行っても無駄ですね。
  1. 2013.11.26 (火) 19:43
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

ひより さん。

週刊現代によれば、ナルさまはお悩みが深くて、お酒をたくさん飲まないとお酔いになれないのだそうです。

検診も絶対、受けておられないですね、昔のようには。肝臓、ヤバそうです。肝臓は沈黙の臓器、せいぜい、だるいなあ、くらいの自覚しか無くて、黙ってどんどん悪くなる。

質素で気配りのある食事で育てられた方が、おそらく脂質過剰の食事、連続大量飲酒。体も悲鳴をあげるでしょう。

ある時期までは、せめて高貴の方らしく引いて下されば、と、儚く望んでいましたが無理です、もうどうしたらいいか当人にもわからない、受け継ぐにも大切な「モノ」が無い、親たちがずっしり重くなる・・・退くに引けないだろうから、ばっさり、やってあげるしかないのでしょう。

両陛下には、その権限が、おありでない。

ここは政府に頼るしかない、今日も明日も、メールをし続けます。
  1. 2013.11.26 (火) 21:21
  2. URL
  3. すけみち
  4. [ edit ]

上品なひと、下品なひと

上品も下品もそのひとの出自を指して言う言葉ではありません。そのひとの言動、挙動、生き方を指しているものだと思っています。しかし、往々にして出自を云々されるひとには共通することがあります。それは第三者から見ても不快な行動をすることです。同和が悪いのではありません。同和・同和と被害者ずらをして開き直ったように社会にたいして不必要なまでに権利を主張する姿が不快なのです。今の時代、部落出身だと一見しては判らないように明治以降、とくに戦後は行政までご丁寧に戸籍などに細工をしているじゃないですか。たとえ、同和の出身でも学問で頑張って、仕事について活躍しているひとはいっぱいいます。彼らからしたら、むしろ同和を声高に主張されることが迷惑なのじゃないかなあと思います。さて、汚和蛇ですが、この同和にありがちな劣等感を学歴や名誉欲で覆い隠し、嘘で塗り固めた一家としての生き方に国民の多くが不快感をもつのです。「肩書きがひとをつくる」とよくいいますが、彼らは「努力して模範になるような生き方をしてやろう」などという爽やかさも潔さもまったく見えないのです。そんな生き方が「人格」としてラベルになり、痛いところを突かれるから開き直り、しまいには利用できることは何でもござれになって創価せんべいまでいくわけでしょう。上品を気取っているもっとも下品な生き方の「お手本」みたいな人々なのです。時代とともに変わるべき?何が?何のために?結局、すべて自分たちには真似できない人格の行き方を否定したいから、劣等感を裏返して優越感に浸りたいからだけですよね。俗にいう出自のいいひとはそれをする「必要がない」のです。むしろ、先祖が残した生き方の「尾」を今でも引きずりながら恥ずかしくないような生き方をしなくてはならないと周りが無言で教えてくれるからです。そんないいお手本は残念ですが、東大や外務省や宮内庁では誰も教えてくれませんから。どんなに偉そうなことを言っても所詮は「役人根性」。自分勝手な汚和駄と同じ。
  1. 2013.12.01 (日) 18:57
  2. URL
  3. KUON
  4. [ edit ]

すけみち さん。

お返事が大変遅くなり申し訳ないことでございました。

仰せのことよ~くわかります。私は中学校から関西の私学へ入りました。故郷にいた時に知らなかった同和のことを、初めて知りました。周囲にも声をひそめて語る方もおられました。私ははじめ、なぜそんなことが、と、本を読んだり(住井すゑさん)映画を観たりしました。長い間かかって今、思うこと。どこへ移ってもどこに住んでも自由な現代では、そういった出生にこだわりたくない人は、都会などに出て、完全にまぎれてしまい、差別されることで得られる「特権」は放棄している。自分として生きている、ということです。知っている方にも、結婚を反対されて苦労した女性がおられ、しかし夫君となかよく真面目に励まれ、お子さん方よく育ち、おそらくお子さんの配偶者は、そんなこと知らない。自分たちの代で、その苦しみを堰き止めようと生きられたようです。

人の面倒も良く見る、立派な奥さんです。こう書くことが、この問題への私の気持ち・・・自分が努力せず、自分を高めようと前へ行かない人は、学歴がどうでも成り上がった父親を持っても、ダメなものはダメと思います。

>>俗にいう出自のいいひとはそれをする「必要がない」のです。むしろ、先祖が残した生き方の「尾」を今でも引きずりながら恥ずかしくないような生き方をしなくてはならないと周りが無言で教えてくれるからです。<<

家の興亡はやはりあって、盛衰は時代と共にあることもある、それは事実でも、血は争えない。自分に恥ずかしいことは出来ない、と、思います。この頃とくに、そう思います。


  1. 2013.12.01 (日) 20:04
  2. URL
  3. すけみち
  4. [ edit ]

恐縮です

KUONさま。お疲れでご愁傷のときにご返信いただいて恐縮しております。何はともあれ、こころある国民が声を出し、祈りをし続けることが大切です。ふと、故・三島由紀夫の「至誠通天」(原典は吉田松陰だったか)という言葉を思い出しました。そろそろ、寒さも身にしみる季節です。お互い、「蟹の味噌汁」を味わいたいものですね。^o^

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Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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