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花火を

見て来ました。
平城宮跡の花火、という風に覚えていたら、そこでの打ち上げでなく、平城宮跡から見える、花火でした。

幼い孫を連れて人ごみに紛れることは、何かの時に自分の脚に自信がないので自粛、遠くからでも、夏の花火が見えればいいや~、と、思っていました。

沢山の車、人、どこにも停まれなくて、流されるように追われるように、遠い遠い方へゆるゆる行って、細い道に入って、そこには警察官の姿も無く、一台分だけ空いていた道端のスペースにぢいさんは車を入れ、暗い中、ウチワを片手の人々に混じって、遥か眼下にひろがる宮跡を、見下ろしていた。

古の宮跡には、沢山の灯りがともされて、美しい情景でしょう。

八時や。
ご近所の方の多いらしい中から声がした。そうや、八時。
どこに花火が。
首がキリンになった途端、左後方で、ぱぱん、と音がしました。

え?と振り向くと、すぐそこ、とろりと黒い水の池の向こう、下からひゅるひゅると昇る花火の道も鮮やかに、すぐ傍で、打ち上げが始まっていたのです。
予想していたのと反対の向きで、始まっていました。

「自衛隊の敷地で上げてるんやな~」
「そうね~」
地理のわからん、地図の読めないワタシでありますが、そして奈良市内の地図に詳しくない方には???な会話でありましょうが、さっき自衛隊の門の前を通った時、明らかに何かの職人さん風の一団に出会った。
職人さん好きのワタシの琴線と言うか、どっかに、ひっかかっていた、熟年男性たち。
あの方々が、花火師さんだったのか・・・。

いやともかく、花火は休み無く打ち上げられます。
美しい。
傍にいる孫息子に、光が先で音は後でしょ、など、ばあちゃんらしいウンチクを語り、最近なににつけ「反論」したがるこの子が、うん、そうやな~、など、素直に見上げている。

真っ黒い目の子供なのですが、そこに、花火の赤や青が、映って、消えて、また弾けて。

綺麗やなあ、ばーば。言うのに、そうねえと返しながら、これがつまりシアワセってものかと考える


年をとっていいことは、私にとっては、多くの要求のラインが、とっても下がって、少しのことで、よかったな~と感じ易くなったこと、のような気がします。

同時に、気難しくなったことも、あるけど。

若い頃より、突き詰めてものを考える時間は、増えている気配。

あれもこれも、いっぱい抱え込んでは、考えないようになっている。

このことだけ、みたいなことを、くどくどくどくどくどくどくどくど、考えています、ふと、気づくと。

・・・どれだけの数、上がったのか、ただうっとりと見惚れて、最後の「これでどうだぁ~~~」迫力の連発花火に圧倒され、最後の色が闇に吸われ、音が止んだら、おしまいです。

余韻を楽しむひまのあればこそ、お○っこ~とぐずり始めた孫娘を後部座席に押し込み、早く逃げねば、ランナウェイ。
急ぐ時は遠回り、人の行かない方、行かない方へ。ぢいさんは、結婚する前、食えなくなったらダンプ運転して食べさせてあげる、とほざいた人。運転はうまい。
私は、食べさせてくれるなら、美味しいものでないとイヤ、と答えたのでしたが。

孫にとって安全な場所を、と、遠い方へ、よく見えないであろう方へ、流されたつもりが、実際は特等席で見ることのできた、今年の花火。

花火の音はイヤ、キライ、と、亡くなる十年前くらいまでは、花火見物を拒んだ母。
名古屋の大空襲で、沢山のものを失った人の一人でした。
花火の音は、焼夷弾の音と一緒、と、言っていました。
私と暮らした最後の年の前年、PL教団の花火がよく見える場所へ、母を伴いました。

花火の姿は見えるが、音は聞こえない、絶妙の場所。

喜んで、綺麗、綺麗と、眺めていました。

・・・どんなことも、思い出になる。

両親は忙しくて、祖父母と共に、さまざまなものを見たり、聞いたりすることの多い、孫たち。

この子たちの中に、自分は、どんな存在として残るのだろう、と、考えることがあります。

今夜は、ちょっとしたレストランで大好きなステーキを食べ、パフェを食べた後の花火見物でした。

この子たちは、これからもずっと、こんな風に、幸せな(と思います)子供としてゆけるのでしょうか。

ひもじい、のどが乾いた、と、泣いたりせず、行けるのでしょうか。

ふるさとを離れて、せめて夏の間、自由に走り回らせてやりたい、水遊びもさせてやりたい、何より、空気を、たっぷり、安心して吸わせてやりたい。

そんな思いのお母さん、そんな思いの中、はぐくまれている子供さん。

大変な子供たちが、沢山、いっぱいいるよ、と、話しかけても、その目にあったことの無い孫どもの心に、どれくらい届いているかはわからない。

人間というものが、本当に、実際に自分が経験したことでないと、ピンとなど来はしない、そういうものだとすると。

「あやまちはくり返しませんから」
の文言は、とても、とても、むなしい。

戦争を知らない子供(だからどうだって言うんだ、と、カタクナだった日もあります、知りようの無いことを、責めないでよ、と、言いたかった)である私が、このごろ、つくづく、つくづく、思うこと。

人の命や、人の生活や、大切なもの、いろんなもの。
それ、力のある人たちにとって、本当に、本当に、取るに足りない、どうでもいいことなんだな、と。

ふつうの人の命より、生活より、シアワセなんてものより、とにかく経済。
お金。それだけが大切で、取るに足ることなんだな、と。


今の、自分の国を見ていると、変な国。おかしな国。勝手な、ばらばらの国。弱いものは、いつまでも放っておかれる国、情けない国。そんなことしか、思えない。

でも、私は、自分の国が好きなんです。
この国にしか無い文化、歴史、伝統、風景、水。
清らかな水。
この国は、どこより、水のうつくしい国だったはずなのに。

と、どうしても、そっちへ行って、終わるのですね。うーむ。

今年の花火も綺麗でした。
















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  1. 2011.08.20 (土) 18:36
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  3. えま
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ひまわりも花火も

kuonさんv-299v-299v-299
やさいさんとこの向日葵もほんとに綺麗でしたね
向日葵は前向きな?前向きとは変な表現かな・・
ポジティブな力を与えてくれる花のようです。
ゴッホのひまわりも凄く好きですし、
映画の「ひまわり」も強烈な印象で頭に残っています。
子供の頃はよく道端に咲いていたのですが
なかなか花屋さんでしか見れなくなって久しいです。

お盆もすぎると途端に
秋の匂いが漂ってくるのですね。
まだまだ暑いのですが
感じます。

花火は刹那であるから美しくまた見たくなる
まぶたに焼きつくようです。
先日テレビで大文字焼きの映像をみました。
実物を見たことがないですが、
これも
まぶたに焼きつく風景でした。
涙を流しながら手を合わせていた美しい女性の横顔が映し出されていました。

子供達が夏に夏らしい季節感を感じながら
のびのび皆が過ごせる日々が
いつかまた取り戻せるようにと・・・祈ります。

ディランさんがいろいろ調べて下さって、
情報ほんとうにありがたいですね。
参考にしますね。
残暑厳しき折、ご自愛くださいませ。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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