FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. おそれながら、なこと
  2. tb: 0
  3. cm: 3
  4. [ edit ]

皇后陛下の誕生日に宮内庁発表。

このようなことをするのは初めてですが、今日のブログを始める前に、宮内庁が発表した全文をコピーさせていただきました。

KUONのへたれ書きは稿を改めて(なんぞというものでもないんですが)記事を。

………………………




宮内庁は、皇后さまの誕生日に合わせて「皇后さまのこの1年のご動静について」と題し、近況などを発表した。詳細は次の通り。

    ◇

 皇后さまには、本日、満79歳のお誕生日をお迎えになりました。

 昨年2月に冠動脈バイパス手術をお受けになった天皇陛下のご様子をその後も注意深くお見守りになりながら、この1年も天皇陛下をお側でお支えになり、数多くのお務めを果たされました。この間、4月から頸椎(けいつい)症性神経根症による左の肩から上腕にかけての激しいお痛みがしばらく続き、ややご体力に低下が見られました。皇后さまは、なるべく公務に影響が出ないようにとのお気持ちからご静養期間は最小限とされ、公務を数回にわたりお休みになられただけでお務めをお続けになり、体調の回復に努められました。現在は、ごく順調にお過ごしです。

 この1年間、皇后さまとしてのお立場でお務めになったお仕事は、宮中祭祀(さいし)と勤労奉仕団への御会釈を除き339件ありました。

 一昨年3月に発生した東日本大震災に関しては、陛下と共に今年3月に開催された東日本大震災2周年追悼式に臨席されたほか、7月には岩手県遠野市、大船渡市、陸前高田市などを訪問され、後方支援に当たった関係者や応急仮設住宅に居住する被災者などをねぎらい励まされました。また、私的ご旅行先として福島県飯舘村を訪問され、小学校の合同仮設校舎や地元企業にお立ち寄りになって被災地の状況をお聴きになったほか、伊達市の桃生産農家を励まされました。さらに、東日本大震災の復興を支援する「千の音色でつなぐ絆」プロジェクトほか各種チャリティーコンサートにお出ましになり、その活動を支援されました。

 地方行幸啓としては、このほかにも昨年11月に全国豊かな海づくり大会ご臨席のため沖縄県に、同年12月に明治天皇百年式年のご参拝に併せて京都府と岐阜県(同年9月の国民体育大会の際に予定されながら台風の接近によりご訪問になれなかった大垣市)に、今年5月には全国植樹祭ご出席のため鳥取県にお出ましになりました。また、6月には野口英世アフリカ賞授賞式などにご臨席のため横浜市を、世界生物学的精神医学会国際会議開会式ご臨席などのため京都府と大阪府を、8月にはサイトウ・キネン・フェスティバル松本ご鑑賞のため長野県松本市をご訪問になりました。

 このほか、両陛下は、今年から都道府県知事などからの願い出によるものとは別に、ご自身でご訪問の場所と時期をお決めになって地方にお出ましになる私的ご旅行を始められました。昭和天皇と香淳皇后も、昭和天皇が満79歳をお迎えになったときにお始めになっています。4月には長野県千曲市のあんずの里スケッチパークをご訪問になり、7月には福島市、川俣町及び居住制限区域の指定を受けた飯舘村をご訪問になりました。福島県では、当初のご計画では伊達市の桃生産農家をお訪ねになる予定でしたが、前夜からの大雨による被害が発生したため、お出ましにより警察や消防などの手を取り、被災地域に必要な対応に遺漏が生ずることを案じられ、ご訪問をお取りやめになりました。代わりに福島市のご宿泊所に生産農家や関係者をお招きになって生産や除染活動の状況などをお聴きになり、一緒に桃を召し上がりました。

 地方へのお出ましは、ご静養のための御用邸などへのお出ましを除き、また、いずれも陛下とご一緒の私的ご旅行を含めて9府県18市7町3村に及びました。

 都内へは、ご公務として陛下と共に42回お出ましになり、全国戦没者追悼式などの式典や国際生物学賞などの授賞式へご臨席になったほか、各種の芸術や伝統文化などをご奨励になりました。お一方では26回の行啓があり、全国赤十字大会、フローレンス・ナイチンゲール記章授与式、「日本更生保護女性の集い」祝賀会などに臨席されたほか、東日本大震災復興支援関連行事に多数お出ましになりました。

 なお、両陛下は、これまで三多摩地区も含め都内各地で催される行事などにお出ましになってこられましたが、5月に羽村市、この秋に武蔵村山市、瑞穂町をお訪ねになったことで、福生市を残す東京都(いくつかの島を除く)の全ての地区をお訪ねになったことになります。遠からぬ将来いずれ福生市をお訪ねになることと思います。

 また、宮殿や御所では、陛下と共に文化勲章受章者及び文化功労者、各種大臣表彰受賞者、農林水産祭天皇杯受賞者、国際平和協力隊員、国際緊急援助隊員、シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティア、青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表、日本学士院会員、日本芸術院会員等々、文化、社会、産業、国際協力、学術、芸術、スポーツなどの分野でその発展に尽力し貢献された数多くの人々にお会いになり、その功をたたえ労をねぎらわれました。また、皇后さまお一方では、「ねむの木賞」受賞者とお会いになったり、被災地の訪問看護の状況や日本赤十字社の活動状況などをお聴きになりました。

 献穀者、賢所勤労奉仕団及び皇居勤労奉仕団へのご会釈は59回、延べ7,325人を数えました。

 この1年間は外国へのご訪問はありませんでしたが、多数の外国からの賓客や外国大使などを接遇されるなど、国際親善の増進にも尽くされました。

 国賓の接遇については、陛下と共に今年6月に来日されたフランス国大統領閣下及びヴァレリー・トリエルヴェレール氏の歓迎行事、ご会見、宮中晩餐(ばんさん)にお出ましになりました。また、3月にはスリランカ国大統領閣下及び同令夫人、4月にはメキシコ国大統領閣下及び同令夫人を公式実務訪問賓客として陛下と共にお迎えになり午餐(ごさん)を催されました。このほか、パナマ国大統領閣下及び同令夫人、ハイチ国大統領閣下及び同令夫人、キルギス国大統領閣下及び同令夫人と会見されたほか、ノルウェー国首相夫妻、オランダ国最高裁判所長官夫妻、カナダ国下院議長夫妻及びインド国首相夫妻、モンゴル国首相夫妻をご引見になりました。さらに、ベルギー国王女アストリッド殿下を御所でのご夕餐(ゆうさん)に、ブルネイ国国王陛下及び王妃陛下、赤十字国際委員会総裁を御所でのお茶に、第5回アフリカ開発会議に出席した各国首脳夫妻など37人を宮殿での茶会にお招きになりました。加えて、退任する国連大学学長夫妻を、次いで新任の同学長を御所にお招きになっています。

 在京の外交団との関係では、この1年間に着任後間もない38カ国の大使夫妻をお茶に、着任後3年を経過した20カ国の大使夫妻を午餐(ごさん)にお招きになり、離任する11カ国の大使夫妻にご引見を賜りました。日本から赴任する62カ国の大使夫妻にも出発前にお会いになり、帰国した55カ国の大使夫妻をお茶に招いて任地の話をお聴きになりました。

 宮中祭祀(さいし)については、頸椎(けいつい)症性神経根症のご症状がこれ以上悪化しないよう、頸部(けいぶ)への負担の大きいご装束や御髪(おぐし)上げによるご拝礼を極力避けていただくことが望ましいのですが、皇后さまには、女性側の宮中祭祀の礼法が絶えることがないようにとのおぼしめしから、回数を減らされつつ、引き続き数回の宮中祭祀にお出ましになっており、今年は元始祭の儀(宮中三殿)、昭和天皇祭の儀(皇霊殿)、春季皇霊祭の儀(皇霊殿)及び春季神殿祭の儀(神殿)、香淳皇后例祭の儀(皇霊殿)並びに秋季皇霊祭の儀(皇霊殿)及び秋季神殿祭の儀(神殿)に列せられました。さらに今年は、伊勢神宮の式年遷宮に際し、陛下の遥拝(ようはい)の儀に合わせて御所で皇大神宮及びと豊受大神宮をそれぞれご遥拝になりました。

 今年のご養蚕は4月から始められ、恒例の行事を含めご公務の合間に21回にわたり桑畑、野蚕室、御養蚕所などにおいでになり、野蚕の山つけや収穫、桑つみ、ご給桑、わら蔟(まぶし)作り、上蔟(じょうぞく)、繭掻き、毛羽取りなどの仕事に当たられました。今年は約157キロの繭の収穫がありました。

 皇后さまは、この1年も時に土日や祝日も含め、御所の内外でお仕事を続けてこられました。

 今も時に発症する頸椎症性神経根症による痛みや痺(しび)れ、おみ足の不具合などに辛抱強く対応されつつ、日々のお務めを果たしておられます。いまだ復興途上にある被災地東北の人々の様子をいつもお心に懸けられながら、日々お会いになる多分野の人一人一人に心を尽くして接しておられるご様子です。しかし、年々ご高齢になられ、来年は80歳におなりになることを考慮しますと、ご休養の日数を増やしたりするなどの配慮をすることが今後もあるいは必要になってくるのではないかと思われます。

 お仕事の合間には、短時間でも読書をされたり、ピアノを弾かれたりされています。今年6月には、皇后さまが平成の初めごろに依頼を受けて英訳されたまど・みちおさんの詩集「Rainbow にじ」と「Eraser けしゴム」が出版されました。皇后さまが翻訳されたまどさんの詩は、既に「THE ANIMALS どうぶつたち」ほかが上梓(じょうし)されていますが、今回の出版により、まどさんが国際アンデルセン賞・作家賞を受賞される対象となった皇后さまが翻訳された詩の大部分が公刊されたことになります。また、音楽の関係では、今年も8月に例年どおり草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルに参加され、講師として参加した音楽家たちの奏でるバイオリン、クラリネット、チェロ、コントラバスなどの音に合わせてアンサンブルを学ばれました。毎日の早朝のご散策は変わりなくお続けになっていますが、お具合の良いときには、時折、陛下と短時間ですがテニスをご一緒にされています。

 10月20日のお誕生日当日は、当初、昨年同様の祝賀行事が執り行われる予定でしたが、天皇皇后両陛下には、台風26号による大雨により、伊豆大島などにおいて死亡者が多数に及び、依然として多くの人々の安否が不明であることから、御誕生日祝賀の宮殿行事の全てをお取りやめになりました。
スポンサーサイト





  1. 2013.10.20 (日) 11:53
  2. URL
  3. ぽちゃこ
  4. [ edit ]

初コメの返信有難うございます!嬉しかったですわ。皇后陛下のスケジュール、驚きでした。昔、実家で養蚕していた頃、桑の葉を食べる音が小雨の様な音だったのを記憶しています。夜に葉を与えるのと繭の選別を手伝ったのも…。母が一度両陛下のお通りを仕事着のままお見送りした事があり「目が合ってね微笑んでくださって」と嬉しそうに報告してくれました皇室とは触れてはいけない日本の宝といった所でしょうか。今、それが侵されようとしている気がします。って言うかそこに蠢く怪しい者達…祓い給え清め給え…。宮内庁の記事もいいけどKUON様の更新記事も楽しみにしています(笑)
  1. 2013.10.20 (日) 14:50
  2. URL
  3. アラ50
  4. [ edit ]

意地悪な私は
どなたかに対する皮肉あてつけ満載の文章と感じました。

天晴れ千代田!

皇后陛下のお誕生日を心よりお祝い申し上げます。

今夜は私もケーキを食べよう!
  1. 2013.10.21 (月) 08:58
  2. URL
  3. ぽちゃこ
  4. [ edit ]

ガラケーの悲しさ

『書いちゃった』の名古屋弁の後半…ガラケー故、切れて読めませんでした(泣)親戚が名古屋在住なので自分なりに翻訳して楽しんでたのに残念ですわ。

 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・