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返事の中までKUONです。

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動いた。

10月10日「水俣条約採択」。

そう報道されております。

細かく追いかけて行くことは私には時間的体力的に出来ません、が、現在の私が拘っていることに大きく関係していることではあります。

水俣の海を有機水銀で汚し、水俣病の原因を作った企業であるチッソの、社長、会長であった人を祖父に持つ皇太子妃、雅子さまを、現在の位置からお退き頂きたく切望している者として、以下の言葉たちを引用させてもらいます。

祖父の、しかも仕事上の罪が、孫娘に及ぶか否か。それは知りません。

たとえ直接には関係ないにしても、その事実に対するお気持ちの向け方が、人の上に立つ方のなされようとは考えられませんので、とは言っても私も、資料的な側面にはあまりにも弱いので、何度も読み返してはまた手に取る、一冊の本を再び、手に取ってみるだけ。

石牟礼道子さんという、水俣に住む、詩を書くひとではあったけれど一人の、つまるところ主婦であった人が世に送り出した「苦海浄土」という本の、一部です。



・人間な死ねばまた人間に生まれてくっとじゃろうか。
うちゃやっぱり、ほかのもんに生まれ替わらず、人間に生まれ替わってきたがよか。
うちゃもういっぺん、じいちゃんと舟で海にゆこうごたる。うちがワキば漕いで、じいちゃんがトモ櫓が漕いで二丁櫓で。

漁師の嫁御になって天草から渡ってきたんじゃもん。
うちゃ、ぼんのうの深かけんもう一ぺんきっと人間に生れ替わってくる。



・(初めは、猫からだった。爪先立って、両前足でもがいて、狂ったように猫が踊りだした)。

婆さまは食卓の上に、くずれかけた豆腐を切って出す。それから大山盛に、タコの茹でたのを切って出す。それから、黄色く色のついた大根の漬物をだす。二人の孫たちは膝を立ててカチャカチャと小皿をめいめいの前にならべはじめる。弟のほうが、食卓の下の猫のさらに釜の蓋をとって御飯をとりわけ、それから景気よく茹でダコの五切れか六切れをのせてやり、ついでに、したじをざんぶとかけてやる。

婆さまはそれをみながら、チョッチョッチョッと舌を鳴らして猫の頭をぽんと打ち、それからいいきかせをする。ほれほれ、ミイ、こっちがおまいの自分の飯ぞ、これだけもろうて食えばもうよか。ひとのおぜんの上に登るめえぞ-。

すると爺さまはすぐにききつけてかっと目をひらき、けちけちすんな、ミイにもうんと食わせろ、猫ちゅうもんは、腹いっぱい食わせさえすれば、人の皿に来たりはせんもんじゃ-と説教をたれる。



・銭は1銭もいらん。そのかわり、会社のえらか衆の、上から順々に、水銀母液ば飲んでもらおう。上から順々に、42人死んでもらう。奥さんがたにも飲んでもらう。胎児性の生まれるように。そのあと順々に69人、水俣病になってもらう。あと100人ぐらい潜在患者になってもらう。それでよか

・さあなあ、世界ではじめての病気ちゅうけん」

病気とはちがうばい。五つや六つの可愛い盛りに、知らぬあいだに魂をおっ奪られて。あんたなあ、尻の巣をがわっぱにとらるる話はきくばってん、大事な魂ば元からおっ奪られた話はきいたこともなかよ

あんまり、考ゆるな、さと。



・嫁に来て三年もたたんうちに、こげん奇病になってしもた。…(ほ、ほん、に、じ、じい、ちゃん、しよの、な、か、おおな、ご、に、なった、な、あ。)うちは、もういっぺん、元の体になろうごたるばい。親さまに、働いて食えといただいた体じゃもね。

うちは情けなか。箸も握れん、茶碗もかかえられん、口もがくがく震えのくる。付添いさんが食べさしてくらすが、そりゃ大ごとばい・・・


・(六歳で発病し、手足が曲がった十七歳のゆりに、母がごはんを食べさせる)。

ゆりはもうぬけがらじゃと、魂はもう残っとらん人間じゃと、新聞記者さんの書いとらすげな。大学の先生の診立てじゃろかいなあ。そんならとうちゃん、ゆりが吐きよる息は何の息じゃろか--。草の吐きよる息じゃろか。うちは不思議で、ようくゆりば嗅いでみる。やっぱりゆりの匂いのするもね。ゆりの汗じゃの、息の匂いのするもね。

(この少女は可愛らしい顔で、ミルクのみ人形という名を、メディアの人間にたてまつられていた。)



・・・こういう本もありますよ、ということを、今夜は、書いてみようと思いました。

実は昭和天皇は、ごく早い内に、まだ病気云々の見えなかった時期に、このチッソの会社を訪れておられます。

当時は国策としての会社だったのだそうです。そこへ行かれた。(原発もそうだったのですが。)

そして昭和帝は、その後に訪れることは、お出来になれなかった。

天皇陛下は、勝手にものを言うことを許されないお立場。

その昭和天皇が、皇太子が望んだ小和田雅子さんを「国民の総意が得られない」と、結婚を反対されたのでした。

昭和帝は魚の研究に打ち込まれた学者でもあられ、当然、水のことにも心を使われた。

昭和天皇の行けなかった水俣へ、今上は、今月末、行かれます。

このたびのことは、単なる「地方訪問」ではないようです。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いっぱいコメントいただきありがとうございます。


奈月さん。

前のも切実でよかったですが、このHNも素敵ですね。

愛が足りないって、東宮家のお姫様になんとゆうことを、とか叱られそうですが、そう見えると言うか、そうとしか見えないのですもんね。

赤ちゃんの頃から、お母さんはカメラの前で愛娘にガアっと迫っているのに、手で押しのけるように他の誰かの顔ばかり探しているようなお子さんでした。カメラのこちらに、優しい養育係さんがいらしたのでしょうか。

泣いている愛子さんの小さな背中を、そっと撫でてくれる手を、お持ちだった時期もあるようでした。そういう養育係に感謝する母親と、そうでない人と、あるような気がします。

写真では一見、雅子さんの「片思い」のようだけど、反対だったんじゃないかしら。

幼い愛子さんは、雅子さんを求めても得られない状態があったんだ、と、私は勝手に思ってます。

仕方ないことなのですけどね。

そうそう、東宮家には猫もいましたね。

「人間」という名の猫だったようです。

私は、どちらかというと、犬よりは猫、のヒト。「人間」ちゃん、どうしているのでしょう。可哀そうな話は聞こえていないように「思います。


PASTORAさん。

お久~、かな? 笑。

雅子さんの虚飾の虚像は、がらがらと崩壊。しかし、英語がんばろー、とか、思えたのは、プラスだったのではないですか。しっかり勉強されたご様子ですもん、そう思う。嘘の功名。間違い?。

友人さんの仰せのように、ナルさんは深酒が過ぎているみたいですね。私ががーがーわめいている「公人なら診断書出せ」は、皇太子さんにも当てはまります。数年前、十二指腸に潰瘍が見つかって手術を受けられた。あの時の報道では、定期検診を受けることを長く怠っていて、という内容のものもありました。

世の中の勤め人でも、決まった時期に検診受けるのにね、と、チラリと思った記憶があるのです。

皇位継承順位2番目。大切な御身として、他の皇族を引き離した待遇を超・甘受しつつ、やるべきことやってないのよ、あのボクたんは。

奥さんだって、自分の生活(もっと言えば限度無しクラスの贅沢が)かかってるダンナ、アイしてなんかなくても(ナルたんカワイソ)、少し気の利く女なら、カラダにくらい気を配る。まともじゃないからここまで来てるんですけどおお。

肝機能、低下してそうですね、見るからに。体もダルいのとちゃいますか。

肌の色つや、悪いです。むくんでおられるのでびっくりしたことも。

ディスチミア。雅子妃殿下の病名として、疑われていましたね。何でもかんでも相手が悪い。絶対悪い、どうしても悪い、わたし悪くない。こんど、その内容についてここへ記させていただきます。

世の中には恐ろしい病気があるものです。

こういうことを申すのはナンですが、ナルたんは、ひたすら、ひたすら、ぱっと見のよさげな、華やかな女が欲しかったのね~。ちんけなおとこ(ごめんなさいごめんなさい)の、夢だったのね~。むむむ・・・。

連続飲酒とストレス。よくないでしょうけど、お酒なしではいられないのでしょ、特に最近は。

ご○○を祈らなくては。


うさのうさみみさん。

しかし、何度読んでも可愛いです、うさみみ、って。

6月のシャンプーさん。おかしな言い方ですが、佳境に向かって全速力の感が。すごいです。圧倒されています。

愛子さんは「泡」だと、泡・・・。

生まれた時も、陛下の賜った守り刀、完全な事故ではありますが、捧げる手から放り出されてしまって、その方が慌てた拍子に踏みつけられてしまって・・・。

何とも言えませんのです、私。


remmikkiさん。

来て下さって嬉しいです、ありがとうございます。

たいへんにGJなことを書いて下さいましたね。

雅子さんが男児を産まなかったこと。

日本は救われましたわ、って

そんな、あまりにも本当のことを。笑。

私も全く同感です。皇太子妃は男の子を生むべし、というのは、人権も男女差別もカンケー無い、絶対的な現実なので。あのご夫婦の育てる男の子さん、想像したくないし。逆に愛子さんは女の子さんなので、この先の道も見える気がします。どんな道か、問われたら困りますが。親御さんおられるのだし。

また、私もうかがわせていただきます、美しいお仕事をされているのですね?。


さぶたさん。

いらっしゃいませ~。

私も、十数年ぶりの伊勢詣はついこの前でした。

こんどは、天橋立の近くにあると聞く「元伊勢」なるところを、訪ねてみたいです。

ナル夫婦の言い訳はもう、聞きたくない、うんざりだというのは、同じ思いですね。

もお、全欠でいい、留年するわけじゃない、仕事失って路頭に迷うわけぢゃない、と、言いたいところです、が、しかし、バット。

止めるとも、簡単には行かないんじゃないかなあ・・・。


制度上で、なんとかなることは、あると思うのです。

その話は別として。横へおいておいて。

たとえば、会社の経理のヒトが、引き継がなければ、とか、人が代わる、とかの時に、チョット、ヤバいことが、出て来ちゃう、とか、あるではないですか。

一手に握って預かっていたすべての通帳を、オープンにしてみたら、あらららら、とか。

まああ、とか、ひええ、とか、あるではないですか。

大変不遜な言いようながら。

例えば東宮御所には、東宮の関係者しか、入っていられない。

もしも、イフ、東宮でなくなれば、出て行かねばなりません。

家具付きの物件を借りていたと同様、インテリアのあれこれ、飾ってあった絵画、壺、その他(セレブでないので想像が貧困であります)元へ置いて行かねば。

そこで、ね、ヤフオクの、あの。ご存知ですよね、ご存じなければこれは重大なことなので、いっくらでも教えてさしあげまするよ。

あれも無い、これはどこ行った。

絵画や壺くらいはいいとしても。

東宮様しかお持ちでない品が、皇室にはおありになる。

それを、バトンタッチしなければならぬ時。

世界に、たった一点、日本の皇室にしかない一点、それしか無い、品が、無かったらさあど-する。

その一つに。

昭和天皇のお妃であられた香淳皇太后から、今上天皇のお妃様である美智子妃殿下に受け継がれ、ご成婚を期に皇太子妃雅子さまに受け継がれた第一ティアラ。ダイヤモンドが3000個ちりばめてある・・・そういう問題でなく、日本の皇室の第一ティアラ、ある時からぴたりと表に出なくなったその大切な品。

申し送りも申し開きも、できませんやん。

どうしはるんやろ。

・・・などなど考えると、夜も眠れない・・ようには見えませんね・・・だから毎晩、飲んだくれておられるのか・・・。

さあ、どうする。

ねえ。


最後に。

「無言の叱責」。

これ、皆さまと同じく私も、生ぬる~い、と、感じました。いやほんま。

そんなの、通じるわけないじゃん。それどころか、あれ、行かなきゃならんかったのに、親父行くってさ、みたいなノリ(まさかそうとは思いたくないが)で、えええ、そうなの、めんどくさいからヨカッタ~、ラッキー、ひゃっほ~、みたいなノリ(やっぱりそう思えるもんなあ)だったりしたら、目も当てられん、とか、思ったりもしましたが。

実は、このように動かれることは、初めてのようです。

大変慎重にされねばならないことでしょう。岩が、一歩、動いた。

本当に、現実に動いたのだ、と、あれこれ書いている間に、思いが定まりました。

動かなかったものが動いた。すごいことではないか、と、考えております。









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  1. 2013.10.11 (金) 00:55
  2. URL
  3. さぶた
  4. [ edit ]

あってはならないこと

水俣の記事のupありがとうございます。

言葉が入り過ぎて、胸~内蔵まで苦しくなる文章です。

水俣病は終わっていません。江頭がいなくなっても、苦しみ続けている人々がいることを忘れてはならないのです。
チッソ、江頭のした事は、調べておられる方々の記事で、より深く知るようになったのですが、、、本当に、知れば知るほど、
小和田雅子入内は、あってはならぬことだったと気づかされました。

ヤフオクのことも、
前代未聞、皇室にあるまじき事。
早く、この事件に警察の手が入り、内容と関わった人物が白日のもとに晒され、失われた品々の追跡調査が行われることを望みます。
そうして、
本当に、絶対にあってはならない、
雅子立后を、全力で阻止しなければならないと思います。

私が、お花畑から目覚めたように、
KUON様、BB様、6月のシャンプー様、などの記事で
より多くの日本人に、目覚めてほしいです。

  1. 2013.10.12 (土) 01:00
  2. URL
  3. モッコク
  4. [ edit ]

書き起こし、ありがとうございます。お疲れではないですか?

読んでいて胸が締め付けられるようで、未読だった私は早速この本をとりよせました。

そうですよね!今まで動かなかった山が動いた。これは凄いことだと思います。
一般紙の新聞に、最近、水俣病の文字を何回も見かけます。
東宮夫妻は何とも思わないかもしれない、思うあたまもないかもしれない。
でも世間は見てると思います。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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