FC2ブログ

KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. 今の思い
  2. tb: 0
  3. cm: 5
  4. [ edit ]

風が吹いた

毎日新聞朝刊の地域面に、このような記事がありました。

奈良国立博物館学芸部長の西山厚氏の「風が吹いた」。

20年前、40年前に続いて、内宮での儀式に参列されたといいます。お兄さんとお姉さんとおのおの合流されて、神宮杉の森の中の奉拝者席の「末席に坐った」と書いておられます。

一部を紹介させていただきます。

(略)

「かけこう、かけこう、かけこう」。遠くで声がした。鶏をまねた神主の声。いよいよ神さまが出御する。

道行きの雅楽の音が聞こえてきた。そのとき右方から、何かがやってきて、森の樹々をざわめかせた。風が吹いたのだ。風に乗り、木が燃えるにおいも届いた。足元を照らす唯一の明かり、たいまつのにおいに違いない。
闇の中に、白い布で囲われたご神体と、神職たちの大集団がぼんやり見えてきた。奉拝者席のあちらこちらで、次々に柏手が打たれる。

中断の時期を含み、1300年以上にわたって続けられてきた神宮の式年遷宮。その時の長さを思う。遷宮に関わり、そしてこの世を去った無数の人々のことを思う。この闇の中で息を凝らしているのは、三千人の奉拝者だけではない。

20年ごとに繰り返される遷宮。今回は向かって右から左へ神さまが進む。これは40年前に見た光景である。しかし、同じようで同じではない。40年前には社殿の脇で父が奉仕していた。その父はもういない。繰り返すごとに世界は変化している。もとに戻ることはできないのだ。

雅楽がやんだ。神さまが新しい社殿にお着きになったらしい。その時、風が吹いた。闇の中で、魂を揺さぶるように、風が吹いた。森がざわめいた。誰もが同じことを思った次の瞬間、明かりが灯り、儀式は終わった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・

清澄、厳粛な心もちにさせてもらった後に、あまりにも俗なことを置くのはがっかり、な感じなのですが。

昨日のブログに、東京国体が終わった、と書かせてもらいました。両陛下は数度にわたって観戦され、伊勢から帰ったばかりの秋篠宮殿下は、紀子妃殿下と共に閉会式にお出ましになって、天皇杯、皇后杯を授与するお役目を果たされた。

皇太子夫婦は一度も顔を出さなかった、と。

今日買って来た「週刊新潮」によれば、

「宮中では、国体は天皇皇后両陛下の行事という位置付けです」と。

皇太子夫婦は、国体の直後に同じ場所で開かれる「全国障害者スポーツ大会」の開会式に出られるのが慣例なのだ、と。

それは皇太子の重要な地方行啓(原文のまま)の一つであり、

「言わば陛下と殿下の間で、公務の‘棲み分け‘がなされているのです」

ということなのだそうです(宮内庁OB、皇室ジャーナリスト・山下晋司氏)。

国体は陛下の分担されること、なのですが、それでも、他の皇族方が数多く観戦されたなか、皇太子夫婦の不在は目立った。

だから、本来は「障スポ」には、夫婦は万難を排して出なければならないはず、なのでありますが、

>>ご病気の発症以来、雅子妃は「地方出張は負担がかかる」との理由で障スポへの欠席を続けて来たけれど、今回の会場は御所から車で30分とかからない「味の素スタジアム」だ。出席への環境は十分に整っていたのだがーー<<。

・・・とか、新潮には書いてあります。

んなこと、言ったって、さあ。と、わたくしは思う。

ずううっとずっと、あのお方は、そうやって来たんだよう、と。

4日に、東宮大夫は障スポ開会式への雅子妃欠席を発表した。

「スタジアムが広い」「式が長い」と理由を説明。

>>でも、それなら式の初めにだけ出る、など、いくらでも対応がとれるはず。複数の記者から突っ込んだ質問をされ(複数の記者、よくやった・by・KUON)大夫はしどろもどろでした(太夫お気の毒・by・KUON)。

そして記事は、12日は愛子さんの学習院初等科での運動会があり、雅子さんはそっちに出たいから障スポはパス、なのでしょうと続く。

今までなら、そこまででコトは済んでいた。済んでないけど。

今はもう少しフクザツ化している(と思う)。

愛子さんは当日、午前中に障害物競争とむかで競争、午後には組体操に出られる予定になっている。雅子さんは朝から、皇太子さんは開会式の後に学校へ駆けつけて観戦なさる見通し。お父さん、仕事中も気もそぞろ、でしょうね。

朝は遅刻が多く保健室で過ごすこと多く、集団演技の練習は進んでいないという愛子さん。

出られるか。出せるか。

子どもの運動会を見てやれない働く親は多い。一般の家庭のように、じいちゃんばあちゃんがお弁当一緒に食べてくれたり応援頑張ってくれたり、は、不可能な気もする、愛子さん。

運動会に出られるかどうかも、わからない愛子さん。

出せるか。


・・・障スポは、天皇陛下が皇太子時代に、64年の東京パラリンピックごご覧になり

「このような大会を国内でも行って欲しいと仰ったことから、毎年の開催に繋がったイベントらしいのです。

両陛下の思い入れは非常に強いそうなのです。

そして、この記事、ようやく最終コーナーに入ります、雅子は休むよ、との発表があった4日には、以下のことも発表されました。

>>両陛下が、障スポの水泳競技を観戦されることも公にされた。と。

今までは陛下は、障スポに関しては皇太子に任せ、出席を控えてこられた。

近場の開催とはいえ、この‘棲み分け‘を侵すのは異例であると。

>>きっと陛下は、国体に続き障スポにまでも前向きな姿勢を見せない皇太子夫妻に、ご自身の姿をもって「しっかりせよ!」とのメッセージを送りたかったのでしょう。<<

・・・つまりそれが「無言の叱責」であると。

そういう、今週の新潮の記事でした。

あの人たちに、それが、通じるといいのですが。

愛子さんの記憶の中に「その日」が、「いい」思い出として、残ると「いい」のですが。

なんとかのツラに何とか、と、言うではないですか。

陛下のお心が、通じたらいいのに、と、思うのでは、ありますが・・・。



sarahさん。

動物に愛の深い、動物の心が見えるのでは、と感じられるsarahさん。

東宮家の犬さんたちはやはり、可愛がられていない顔をしていますか。

辛いですが、わかる気がする。犬も、あの方たちには、道具。自分たちの都合に合わせて用いる道具、だと、そんな感を持っていました。

愛子さんに対してさえ、愛に見せて愛ではない、非常に雑な感性を感じさせられるご夫婦です。

犬は飼い主を選べない。実際に世話している方が、優しい気持ちの方であることを、願いたいです。

でも愛子さんの係の方も、見ていると随分、きめこまかくない感じにも見えます・・・子どもも犬も、触れれば温かくて、愛すれば応えてくれて、人間の方の気紛れに振り回されればとてもひもじい、さみしい目を、あからさまに晒す、切ない生き物ですのに。


おてもやんさん。

鍵コメはこの回だけですか。ようく、わかりましたよ。

熊本の方々はいま、心を込めて、誇らしく、両陛下をお迎えする準備をしておられるとか。

東宮家のように、私費で(っても税金)雇っている一般の警備会社の大勢に、警護させることは無くても。

皇室は無私、無欲のお気持ちでつとめていて下さるところらしく。それでこそ、と思います私は。

その日、両陛下は、お迎えの方々に。柔らかい笑みを向けつつ、その地を踏まれるのでしょうね。

またいらして下さいね。


どんぐりさん。

先日お墓参りの道で、どんぐりを沢山みかけました。

細いの丸いの色の濃いの、薄いはしばみ色の。

四季のある国に住まう幸せ。

ちょこっと吐いた言葉に、喜んで下さる方のいる幸せ、そんなに素直な感性の方と、細いながら確かな御縁のつながる幸せ。

台風は来なかったし、雨が強く降って空気が透明になったし、秋の夜長をこころよく過ごしていまして、なんか、いいヒトっぽくなっているKUONで~す



・・・週刊新潮、遷宮のグラビア一葉、記事一行、あらず。

徹底していました。


スポンサーサイト





  1. 2013.10.10 (木) 00:42
  2. URL
  3. 奈月
  4. [ edit ]

秋篠宮殿下の皇位を望むが長いので短くしてみました(笑)

週刊新潮、コンビニで立ち読みしてきました。
コンビニなのに、ついつい声にだしてしまったのが、天皇陛下のご自身の姿をもって「しっかりせよ!」とのメッセージを送りたかったのでしょう。つまりそれが「無言の叱責である」の行で、つい「え!今更?遅すぎないですか?もしかして今までほったらかし?ではなかったですけど、今更無言の叱責しても、分からないでしょう。分かってたらもう少しマシになってますって」と不敬にも天皇陛下に突っ込みいれてしまいました。(陛下申し訳ありません。)
もういい加減愛子さんを自由にさせてあげて欲しいな~と、今は切に願いますね。両親に愛されないのは、子供にはとても悲劇です。つい自分とだぶらせてしまい、愛子さんが可哀想でなりません。

話し変わりますが、東宮家には猫もいたそうですね。でも現在は見かけないとか。犬は2匹いて、そのうち1匹も見かけないとか?どうこにいったのでしょう?猫を飼ってる私としては、どこにいったのかがとても心配です。
  1. 2013.10.10 (木) 00:46
  2. URL
  3. PASTORA
  4. [ edit ]

おひさしぶり?なコメントになりまして。すみません。

今までは、「超エリートだったと思っていたマサコサマは実はアホだった」ということのほうにばかりショックが強かったのですが、よーく見てみると、ヒロノミヤもアホでんがな。と判明し、残念ながら愛子嬢はまったく両親の愛を受けておらずしかも障害つきっていう、どこから見ても崩壊家庭じゃないか!ということに、愕然としているところでして。

ヒロノミヤは(ちょいと調べてみたところ)「ごはんは自動的に出てくるモノ」と思っていた幼少時代があったり、中高生の時はあんまりにも勉強ができなくて追試で教師が答えを示唆したにもかかわらずできなかったり、大学の学食に「肉いっぱい入れてくれ」発言とか(笑)、…空気読めとるのかえ。お姉さんは呆れますわ。

多分、まともな人間関係も築けず。
ブルック・シールズ(←ファン)に似たマサコサマを忘れられず。
怪しい一族なのも、自分がこの先利用されまくるのも知らず、「ボクチン雅子さんと(顔がキレイでタイプだから)結婚したいから」
…悲劇の幕開けだわ~。

私は、当時小学生でございましたので、ハーバード卒業も外務省勤務も眩しく見えており(それらの経歴が杜撰なことには全く気づかず)、あさはかにも、「私もマサコサマのように外務省で活躍したいから英語を勉強しよう」と思っていたのでした。

…子供の夢は、あっけなく、散った(笑)。

それはいいとして。

私には、高校時代からの親友で、医師をしている者がいます。
彼女のおじいさんは、昔、宮内庁病院で内科医をしていました。

親友は心療内科をしていて、東京駅でばったり皇太子夫婦を見たそうで、「黄疸すごくて肝臓ボロボロ」発言(研修は内科だったらしい)をしたやつです。
で。
親友いわくの。
「皇太子は空気があんまり読めてないから発達障害が疑われるね。雅子さんは人格障害もあるけどディスミチアっていうクスリじゃ治んない厄介な心の病気。適応障害は違うわ。ホントの適応障害は長くても2年くらいで治るから。愛子嬢はねぇ…可哀想だけど脳障害かもね。中等部なんて絶対無理無理。勉強すらできないよ。養護学校行きだと思う。っていうかお見送りやお出迎えのときの視線、あれは鎮静薬の飲みすぎの目だわね。あの手のクスリは危ないの。過剰服薬で死んじゃう人だって出てくるんだから。…あたしが見立てるとしたらそんな感じかなあ。あ、あたしも長くバイオリン弾いてきたけど、皇太子のヴィオラの弾き方、変だよ(笑)」

といけしゃあしゃあと話しておりました。

最近キムチとチヂミを食べることに罪悪感を感じています…
  1. 2013.10.10 (木) 07:32
  2. URL
  3. うさのうさみみ
  4. [ edit ]

何も気にしてない・・・

「陛下の無言の叱責」って・・・
わからないでしょうね、おそらく
交代しさん達って、目に見える耳に聞こえる、そんなものじゃないと「ある」ことに気づかないのでは?
いや、今回も陛下が何もおっしゃらないのを「ラッキー」てなもんでしょうか
いやいや、何も気にしてすらないかも

シャンプーさんの不思議なお話 視える人のお話
愛子さんは「泡」だそうで、「もう役割は終わって流されて行くだけ」
そうですか・・・憐れ・・・それだけ

  1. 2013.10.10 (木) 09:31
  2. URL
  3. remmikki
  4. [ edit ]

空気の読めない人には無理

KUONさん、

いつもそうだ、そうだ、と大変納得しながらブログを読ませていただいてます。

空気の読めない皇太子さん、陛下の無言の叱責は読めないでしょう。身近な方が説明しても頭に入るかどうか。

雅子さんという学歴・経歴粉飾女性を伴侶にしたばっかりに皇太子さんのオツムの弱いところもすべて出てきてしまいましたね。雅子さんの功績のひとつ。もうひとつは男児を出産なさらなかったこと。日本は救われましたわ。

またいろいろと教えてくださいませ。




  1. 2013.10.10 (木) 16:15
  2. URL
  3. さぶた
  4. [ edit ]

五感で知る

KUON様
今日も元気でいることに感謝しながら、ブログを読ませていただいてます。

伊勢神宮、式年遷宮の今年9月に参拝することができました。
神さまは視えないけれど、肌に触れる風、玉砂利の音、森のにおい、お宮に射し込む光…それを全身で感じて、「ああ、確かに存在していらっしゃるのだ」と思いました。

遷宮の儀式でも、国体でも、もはや存在感も何もない徳仁さんや雅子さん。
もう、「欠席」の二文字でいいです。場所や気分や体調などの説明(という言い訳)は聞きたくないですし、だれも信じてはいませんから。
愛子さんも、ひっそりと、心穏やかに過ごさせてあげて欲しいです。

「祭祀も公務も、ボクには無理です。できません。」て、言っちゃえばいいのに。


 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback


ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・