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返事の中までKUONです。

  1. 虚しいこと
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古いハナシとお思いでしょうが・・




わが家の近くの高校では、二学期が始まった早々に、スピーカーの声や音で、あらま今日は運動会なのね、と、知らされたものでした。体育大会と呼ぶのがいいのでしょうか。それにしても早い。

県立高校なので、受験に関わるスケジュールの都合なのかもしれません。

東宮家の愛子さんが通われる学習院初等科の運動会は、10月の12日に行われる予定です。

リレーで一等賞になった画像など、数年前にはあげられていましたが、去年は風邪で欠席。

今年はいかがでしょうか。

那須でのご静養から帰京されて、始業式は欠席されたとか言われていますが、本当か否か、ほとんどずっとお休みとか、とも伺っていますが、長いお風邪で、しかしお母さまは今までより頻繁に「ご公務」にお出ましのご様子で。。。わたし意地悪な書き方していますね。

わかってしていることなんです。

・・・最近では愛子さんに関する情報が、どんどん少なくなっています。

昭和天皇がそう仰り、今上天皇も同様だったように「皇室の子どもが育っている様子を、国民に見て」もらいたいというお気持ちを、現・皇太子ご夫婦は、無くして行っておられるのかも知れません。

いつでも注視されている子ども、という存在は、大変なものだろうとは思います。しかし、それも含めてのお立場なので、当然それはお判りでしょうと考えております。

いいこともしんどいことも、ひっくるめて、そこにおられるはずです、と、言いたくなってしまうのです。

10月12日はそして、14日まで続く「第13回全国障害者スポーツ大会 」が始まる日でもあります。

個人競技6競技、団体競技7競技の計13競技があります。第3位までには、メダルが授与されます。駒沢や代々木など、都内で行われる競技も多い。

かつて愛子さんの運動会とかち合ったこともありましたが、皇太子さまはスポーツ大会の方へいらした。

かち合わない時は、ご夫婦で娘さんの運動会にいらしていた。

後述しますが、他の保護者のカメラでの撮影は禁止させ、自分たちは・・・ナルさんは、カメラ小僧さんです、言うまでも無い。自分たちだけ。

今年、東宮家の12日はどうなりますかしら。

皇太子さんは公務に(一人であちこちへは行っておられます)。

雅子さんは一人で運動会、見に行くかな。

それとも、愛子さんは、今年もまた、お風邪を召して、ご欠席か。御所で、お母さんと一緒、か。

なんだか・・・。

愛子さんにとっては最後の初等科の運動会。6年生ともなると、集団演技もレベル高く、運動場を囲む保護者らは感涙、みたいな図になるのですが。

休んでばかりいては、皆と会わせることも難しいでしょうね。

なんだか・・・。

何するより、歯を、きちんと磨いてさしあげて欲しいと、これは、同じ年の孫を持つ身の老婆心。見ていてたまりません。


すでに幼稚園在籍時から、学習院では、いろんなぎくしゃくがあったそうで。

雅子さまから希望があった「校則、環境の改変」、なることが以下。

愛子さま幼稚園入園後の校則、環境の改変

 ・朝の挨拶撤廃
 ・制服での寄り道解禁
 ・車で横付け通園解禁
 ・園行事において父兄のカメラ、ビデオ撮影禁止
 ・式典での呼び名が愛子内親王→敬宮(としのみや)愛子ちゃん
  ※宮様→敬宮さん
 ・小山幼稚園長を愛子さまの教育係に異動、東宮の女官に

愛子さま初等科入学後校則、環境の改変

 ・全児童にICチップ付きの身分証を配布
 ・監視カメラ4台→13台に増設
 ・内定していた50代社会科男性教諭を、40代国語科女性教諭へ変更
  ※雅子さまからの要請、理由は男性教諭に離婚、再婚歴があった為
 ・愛子さまが授業中に全く挙手しないので以後挙手はなし。
 ・担任の女性教諭は愛子さまの横につきっきり
 ・鍵付き特別教室に改造。終礼後は生徒、父兄も入室禁止
  ※忘れ物があっても取りに戻れない
 ・校舎内にも複数のSP配置
  ※愛子さま特別教室の前後に1人づつ、そのフロアには
  他学年の児童は入れない
 ・お昼休み以外の休み時間の移動を禁止、休み時間中のトイレは
  許可制に


親が、内親王と呼ばないで欲しい、愛子ちゃんで、と望んでおられるなら、名実ともに、そうされればいいと、私は、考えるのですが。

↑、ご存知でしたでしょうか。一つ二つ小さなエピソードをあげれば、

・学習院初等科廊下にて寝転び、その長い髪の毛がモップのようだから「モップ姫」と囁かれる。

・体育、プールの授業に一度も参加されず
 見学さえ控えられたのは「水面のきらめき」が苦手だそう。

それから。一般の子どもと東宮家の娘が同じトイレでは、ということで、専用のトイレを作れとの申し入れもあったそうで、これは却下、だったのでしたか。
 
愛子さんの「ありのままの姿」を、押し隠して来たのはすでに、事実認定されています。

私の思いでは、愛子さんの「何か」だけの問題ではない。周囲の、身近な大人たちの問題でしょう。酷すぎる。

上記、ICチップだの挨拶撤廃だの、挙手の廃止だの、正気の沙汰とは思えないです。

この線で行って、例の「乱暴な男児のために愛子さんが不登校になった」騒ぎが起こされ、その男児は転校をし(それしかないですね、戦う価値の無い相手が相手だから)雅子さんは、長期にわたって愛子さんに付き添い登校をし、給食も母子二人だけで特別の部屋で食べ、教室の後ろで授業を見守り見張り、勝手に級友の親に電話をして「お宅のお子さん、今日○○でしたよ」とやり、嫌いな子は睨み付けていた。

ウチの子にも何か問題があったかも、と、まともな親なら考えるであろうところは一切無かった様子。周囲もそれを許した。

>>次代の天皇、国民の象徴となるべき人物が東宮大夫、メディアを巻きこんで
御学友=平民(国民)を非難、やり玉に上げた形。
東宮大夫が勝手に記者会見を開いたのか。
どういう結果をのぞんで御学友を糾弾したのか。 
記者会見までしてことさら煽りたてたのは誰なのか。

 
皇室は日本を見守る、シンボルだからこそ
国民は信頼や尊敬を心に持ち続けてこれたのでは
ないだろうか。<<

・・・とあったことに、激しく同感。数年前の話を蒸し返して、ということでなく、今後のことでもあるので、古い話ですがもう一度、記させていただきます。



以下、引用です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



•『週刊朝日』2010年3月19日号<愛子さま欠席騒動に学習院院長が胸中を吐露「ご家庭で直していただかないと…」

当記事はニフティにもWeb記事として掲載され、元URLは既に落ちているが、魚拓にて閲覧可能である。
 
学習院院長が胸中を吐露
「ご家庭で直していただかないと」

>>国内のみならず、海外メディアまでが、重要ニュースとして追った愛子さまの欠席騒動。発端は愛子さまが数日学校を休んだ“原因”を、皇太子ご一家を支える宮内庁の東宮大夫が会見で発表したことだった。学習院の波多野敬雄院長(78)が、東宮大夫とのやり取り、愛子さまの教育や東宮サイドへの思いまで、胸中を吐露した。
 
「困った、困った。愛子さまが、怖いと言っている」
 野村一成東宮大夫(69)から、そう電話があったのは3月に入ってからでした。
 野村も僕も外務省出身で、彼は後輩。だから野村とは昔からよく話す仲です。野村が、この件を発表したのは5日の金曜日ですが、その前に野村は2度、この件で僕に電話をくれていたんです。
 愛子さまは、2月の最後の週は微熱が続き、お休みされていました。翌週も3月2日の火曜日以外の4日間はやはり休まれた。火曜日は、4時限目の国語のみ授業を受け、給食の前に下校したのです。
 ところが、愛子さまが学校から戻ってきて、やはり「怖い」と口にする。そして次の日から行かなくなったという。
 野村東宮大夫や学習院側の説明によると状況はこうだ。愛子さまが昇降口の靴箱に差し掛かった際に、隣の組の男子生徒が教室から飛び出してきてすれ違い、以前の「暴力行為」を思い出したので、学校に行けない状態である、と。
 子どもたちが急いでいたのは事実らしい。でも、僕は疑問を感じて、野村にこう投げかけた。
「靴箱ですれ違って、怖くなるのは変じゃないか」
 それでも野村は、
「学校から帰ってきて、ご本人が怖いと言われるんだからしょうがないじゃないか」
 と言う。東宮サイドでも、甘やかすのはよくないと行かせることにしたんでしょうね。でも愛子さまが、「学校に乱暴な子がいて、怖いからいやだ」と首を縦にふらない。
 愛子さまがご両親へ理由を話したのか、お供へ話したのかは、わかりません。確かなのは、東宮職の人間が7、8人のお友達に電話で確認したということです。
「問い合わせたところ、他の子どもも、乱暴な子がいて危険だと思っている」
 そう東宮職は言うんです。
「サンデー毎日」(09年10月4日号)で記事になったように、昨年6月に初等科で、騒ぎが起こったのは事実です。隣の組で男の子が女の子の顔を鉛筆で突き、芯が彼女の顔に入ってしまったというものでした。だが、この事件は愛子さまの不安にはつながっていないようです。
 騒ぐ児童がいるというので昨年、学習院常務理事の東園基政が初等科を見に行きました。東園から受けた報告によれば、確かに暴れん坊が2、3人おり、それに追従して騒ぐ子どもが数人います。しかし、その男の子らが愛子さまや他の子どもをターゲットにしていないことは確認済みですし、野村も認めています。それに愛子さまが思い出して不安を感じた「暴力行為」といっても、誰かを殴ったり、泥棒をしたわけではない。
「廊下を走る、大声でしゃべる、かばんを投げる、という子どもは、世間ではどこにでもいるんだよ」
 そう、野村にも話したし、他の子は休んでいません。野村も苦しい立場なのでしょう。しょうがないじゃないか、と繰り返すばかりでした。
「他の子はそういう状況に接しているかもしれないが、愛子さまは接していない。愛子さまは、怖いと思う度合いが強いのだから」
 たとえそうであっても、いろんな経験をなさるのは愛子さまにとって悪いことではないと彼には伝えました。
 愛子さまを学習院にお預かりする際、皇太子さまは、はっきりこうおっしゃいました。
「愛子に対して特別扱いはしないでほしい」
 同時に僕も同じ考えだとお話ししました。
 愛子さまに対する乱暴な行為が現実に存在するのならば問題ですが、違うようです。静かな子ばかりを集めて囲まれているのはかえってよくない、と思うのです。
 3年次にあがる4月にクラス替えがあります。愛子さまは「乱暴な子と同じクラスになるのではないか。お友達と離れたらどうしよう」と、不安に思ったかもしれません。他の子の場合ならば──クラス替えの配慮は普通はしません。特別扱い、と言われればそうかもしれない。初等科に指示するつもりはありません。しかし、愛子さまは、あれだけ不安を抱えている。個人的な思いで言えば、クラスを別にという配慮はあってもいいのではないかと思うのです。
 今回の騒動は東宮大夫の発表で始まった。なぜ数日間の欠席が発表されたのか。
 毎週金曜日の東宮大夫の定例会見では、「愛子さま、○曜日は風邪で欠席」などと皇太子ご一家の動静が必ず記者に伝えられる。
 愛子さまは前の週は風邪で休んだ。今週は火曜日は登校していて風邪では無理があるし、嘘になる。野村の立場では説明せざるを得なかったのでしょう。
 野村東宮大夫は会見の場で、対象の児童を特定し非難するような表現を用いた。
〈同じ学年の別の組に、乱暴なことをする児童たちがおりまして、宮さまを含め、ほかの児童に乱暴していることが原因であるということが判明しました〉
 この表現には波多野氏も違和感を抱いたという。
 この文言で発表しますという内容の文書が、東宮の侍従職から僕の自宅にファクスで送られてきました。僕がそれを目にしたのは、野村の会見当日、5日の朝でした。
 僕らは文章を直すという立場にはなく、一方的に受け取るだけ。ですが、僕も初等科も、それを見て、少なからず東宮職に失望を覚えた。なぜなら、あの文章の印象では、愛子さまを含め他の児童が乱暴を受けている、と受け取られてしまうからです。
「あの表現はちょっと変じゃないか」と異を唱えましたが、野村は、困ったように話すばかりでした。
「愛子さまがそう言っている話なんだから、しょうがないじゃないか」
「乱暴な児童」と言われた子どもも、心に負担を感じているに違いないと思います。
 会見での発表に至る経緯について、どこまでが野村の発意で、どこまでが違うのか。真実はわかりません。ただ、野村が勝手にやっているだけではないでしょう。野村は、こうも話していました。
「波多野さんが言うみたいに、普通の子と同じようにしてくれ、とは確かに皇太子さまも言った。しかし、普通の子なら危険と思わないことを、愛子さまは危険と思ってしまうんだよ。そういうふうに育っているんだから」
 愛子さまは、本当にいい子ですよ。頭も運動神経もいい。礼儀も正しいし。まあ、ちょっと、人にすぐに頭を下げないとか、ニコッと笑わないなんてことを口さがなくいろいろ言う人はいるのでしょうね。 そういうのも、野村はすごく意識している。だから、「ありがとうございました」はすぐに言うといい、など愛子さまを気にかけている。
 波多野氏は、「野村東宮大夫には何度もこう伝えている」と慎重に言葉を選ぶ様子を見せながら、続けた。
 愛子さまが、怖がるとか怖がらないという問題は、これは東宮サイドで是正してもらわなければ……。
 わんぱく坊主を見て怖がっちゃうような環境で育てられているわけですから、それは学校が直すというよりも、ご家庭で直していただかないといけない。それに合わせて、愛子さまが登校できるようにこちらも協力していきます。
 僕もずっと学習院で、今の陛下の二つ上の学年です。陛下もいろいろな環境になじんでいったんですよ。高等科のとき、全校生徒が野球の試合の応援に駆り出された。そのときに上級生が、陛下をあだ名でもって、
「チャブ、ちゃんとやれよ」
 としかり飛ばしていた。
 愛子さまは直系の皇族だけに、他の内親王方より不自由な面は多いでしょう。しかし、異なる環境で違う体験をするのは、彼女にとってもよい人生経験になると思うのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

蛇足ながら、文中の「野村東宮大夫」を、雅子さんは「野村のおじさま」とお呼びでした。その方が東宮大夫になられて、安心されたとか。

ご自分の、誰より立派な「お父様」小和田氏の、かつての部下、で。引き続いて部下、で。

雅子サンと言う女性は、徹底的に公私の区別のつかないひと。現代で言うばか。

自分の娘がいじめられたぁ、くやしい、かたき取ってやって、しかいししてやって、それだけの思いだったのかもしれません。皆の見ている場所で、悔しいのか悲しいのか、顔を歪めてべそかいておられた。40歳代の半ばでしたが。

この「しかいし」という語は、かつて妃殿下がお書きになった作文の中にあった言葉。正しくは「仕返し」であることは、申すまでもありません。

仕返しは、いつ、どこから、どんな形で来るか判らないのが恐ろしい、と、平民KUON、考えている次第です。


コメントありがとうございます。


藍色さん。

>>人が見てないところで、真面目に何かする人じゃない。
てか遠慮しといて欲しいです。こんな時だけ真似事の祭祀をされても、ねぇ。

皇室も、日本も、結局は神様の望む通りになるような気がします。
そんな希望が湧いた、昨日の式年遷宮でした。<<

まこと、思いは同じですね。

隠さず言ってしまいます、普通の感覚ですと、三人兄弟のうち、弟と妹が、なんだかとてつもなく「磨かれた存在」となっていて、ひとびとの心に安心や尊敬や希望や、前向きなもの、美しいものを自然に抱かせるようになっていた、って。

お兄ちゃんは内心、忸怩たるものがあるのでないか。辛くはないか、なんぼ盆暗さんであっても、何とも言えない気持ちに・・・とか、そういう風に、思うのでないかと、気の毒なようにも・・・今までは、思ったのでした。

ですが。

そうでもないのかなあ、そんなにコタえてもいないのかなあ、と、そんな思いが強くなって、だから、自分自身を(私自身を)責める気分は薄れ、楽になりました。

な~んか、自分を、酷い人みたいに、すぐに、思いがちで。でも違うね。


ええと。

秋篠宮殿下の皇位を望む さん。

HN、長!。笑。

表へ来て下さりありがとうございます。

このようないい話は、皆さんにも分け分けしていただきたいですからね。

>>まもなく儀式の方々が通られますので道を開けて下さい。という声が。すぐに分かりましたよ~秋篠宮殿下!
皆さん同じ様な服装で、近くにいたおばちゃんは全く分かってなかったんですが、私にはすぐに殿下が見えました。
殿下の周囲だけ、空気が違ってました!
まさかこんな近くでお会い出来ると思ってなかったので、自分の幸運に感謝しました♪
お伊勢さんの空気も澄んでいて、心が癒されました。行って良かったです。<<

よかったですね!。

秋篠さんはどうでもいい、とか大声で言っていたおばちゃんには、殿下が解っていなかったのですね。

同じ場所で、同時に同じ対象を「見て」いても、見えないヒトと、すぐにわかって、おそらく一生忘れない感動をいただく人と。

やっぱり後者として生きていたいですよね。

いいなあ、と素直に羨ましいですし、よかったですねえ、と、いっぱい、申し上げたいです。

よかったですね。


sarahさん。

伊勢では、外宮での儀式などが終わるとすぐに、次回の式年遷宮へのスタートとなるのですって。

さまざまな動画や記事で、どんなに多くの方々の真心や努力が注がれてのことかを、改めて、また初めて知って、胸の奥にどーんと残っているものが、熱いです。

両陛下はすぐに、ご公務に励んでおられますし。

両陛下を、沿道で待って、どう言えばいいのですかね「見た」とは不敬か・・会った、ではないし・・ともかく、2メートル先の皇后陛下は、そのお気持ちがどんどん迫って来るような、こっちの眼から涙がばらばらっとこぼれ落ちるような方でした。懸命にこちらに、気持ちを向けて下さっていた。忘れられません。

皇太子さんとも、沿道で。2年前でしたか。

普通の、見たことある人だなあ、という感じでした。

独身の頃にお見かけした時は、お雛様みたいな、と感じました。

すっきりとお上品で、特別な方でした、そんなに関心も無かった頃でしたが。

秋篠宮殿下と紀子殿下を、お見かけしたら、どうかな。やっぱり泣くかな、感情けっこう激しいので・・不思議だけど、涙が出ると思います。


なんと、、25、26日と、皇太子さん奈良へおいでだと、自治会の便りの囲みスペースに。

雅子さんは来ないだろうな、奈良へなど。向ける視線のコワイ人が沢山いますよ、奈良にも。

私は、集まってくれと招集かかったら、行こうかな。そうか、とか、勘違いされるのイヤですが、ふやけたお顔、じいいいいいっと、見つめて差し上げたいの。


PASTORAさん。

海外の文化にばかり、今までは、関心をお持ちだったのですか。

それも解ります・・わかる気もします。うちの三十路の娘どもも、そうです。

自分もそうだった気がする・・・短歌を始めたころから、身の周りの「日本」が、見え始めたような気もします。

PASTORAさんは「雅子さん」という女性について、興味を今、お持ちなのかな、と。

今日の記事は、それもいささか頭にあって、あげてみました。ここまでカシコイか、と。圧巻です。

学習院は、共学は初等科のみで、中学は男女別。皇太子さまが愛子が別学に馴染めないからと、改革を願われたが、さすがにそれはであったとも。

突っ走りますね、もう、わはははは。

お妃の方はオペラの内容うんぬんより、途中で居眠りしていた、とか、口さがなく囁く声もあり。何しに出ていらしたのか。わはははは。笑ってしまいます。


・・・冒頭の動画、4分44秒くらいからの雅子妃の目が・・・どうして放置しておけたのかと、大変疑問です。



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  1. 2013.10.04 (金) 17:44
  2. URL
  3. うさのうさみみ
  4. [ edit ]

特例を設けるためではありませぬ

やれやれ・・・
以前から知っていたことではありましたが、あらためて読み返してみるとひどいもんですね
皇族は特別な存在です それはどうしようもない
だからこそ、一般大衆の模範となるように身を慎んで清貧に甘んじ我がままなど言わぬようにどちらの宮家の方々も御子をそれは厳しく躾なさる
躾なさってるはず、なさってほしいなあ、なさってないんだ交代しさんとこ・・・

明治天皇は若いころ落馬なさって、つい「痛い!」
当時の守役だった西郷隆盛は馬上のまま「男が痛いなどと口にしてはなりませぬ!」
そりゃ富国強兵の時代だからと言えばそれまでですが 西郷さんは薩摩隼人だし・・・
大正天皇は、昭和天皇は、あげて行ったらキリがないくらい次々といろんなエピソードが出てまいります
それはそれは、私たち一般庶民がかなわないような厳しい躾のお話の数々
もちろん今上陛下だって、そして秋篠宮のテンジクネズミ事件だって

愛子さんを真冬の池に投げ込めなどとは言いませんよ
でも、もしかしたら悠仁さまがあまりにひどいオイタをなさったら、お父様はやはりピシャリとお叱りになるのでは? お母様だってきっとぴしっと
「父は導火線が短くてよく叱られました でも厳しくしつけてくれた両親に感謝しております」って悠仁さまのお姉さまのお言葉

交代しさん・・・自分がある意味特権階級と思っておられる
でも、その特権は自身を律したうえで自他ともににルールを守るためのものであって、特例を設けるためなどではありません
学校の校則は誰よりも率先して守るもので、自分や、自分の子供の都合のよいように変えてしまうものではない
今更言ってもしかたないですがね
ご両親は、両陛下は学習院の今日あるをご存じなんでしょうか?
50面さげた息子を叱責するなんておかしな話です
まあ、みの某さんも「30過ぎた息子のことを」なんて言ってましたが
でもね、そこに至るまではやはり親の責任でしょうね
精神的基盤は幼いころからの積み重ねにちがいなく・・・
陛下に申し上げることができるほどこのうさみみ偉くはないけど、さすがに交代し夫婦のようにモンペではないつもりです
似合いの夫婦ですね~ 20年でよくわかりました
  1. 2013.10.07 (月) 13:13
  2. [ edit ]

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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