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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. ゆれ・ふら・とーく
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戻りました~。

こんにちは。

とてもごぶさた、な気がします。

前回、この度と、遷宮の行事、遷御のあたりの様子を拝見していたら、あの例のご夫婦のことなど、どうでもいい気持ちになりました。

わざわざ想うにも値しない情けな~いひとたちと、感じてしまいました。

こういうことを言うのはどうかと思いつつ、人間にはどうしようもない落差というものがあるんだな、と、つよ~く、感じてしまいました。

一流の板前さんのひく、完璧なエッジの立った刺身。つくり。

例えばわたしなんぞが、刃こぼれぼろぼろの、錆び浮きのなまくら包丁で、ぎこぎこ切り刻んで作る「刺身もどき」。

同じ「刺身」とは言えません・・・って、こんなこと言ってていいのか。

いいのだ。



・・・営々と積み重ねられてきたあれやこれやのこと。

心をこめてなされてきたこと、心を一つに用意されてきたこと。

にちにちの心遣いの結果であるこの日の、秋篠宮親王殿下や黒田清子様の、黙してあたりを払う威厳、気品。

清子さまを「皇太子の妹」だなどとばかな書き方をしているマスコミもありましたが、清子さまは「天皇陛下の娘」。内親王様。本物の元皇族。臨時とはいえ祭主としての曇り穢れの無いお姿が神々しくて私は、家族に隠れて涙を拭いました。

秋篠宮殿下は、周囲の空気と一線を画す凛とした気配に、すっくと立っておられた。うす闇の中に、殿下の輪郭は鮮やかに濃かった。恬淡として歩を進められ、頼もしいお姿だった。

天皇陛下は皇居にて遥拝を。

皇后陛下もご自分のあるべき場所で同じく。

皇太子は、こういう際、陛下にもしものことのあった時、のために残っておられるのだそうで、遷御のその時間には、東宮御所で、ご自身も「遥拝」をされる予定が組まれていたとか。

果たして、ご自分の住まいで、遥拝なされたか。

妻がいて。子がいて。

他にももしや何か、俗に塗れ欲に堕ち浄火に燻りだされるがごとき苦しさにもがき焦る狐狸妖怪の類がいた、かも知れない、そこで、東宮殿下は、遷御のご遥拝を、なされたのかな。

知らん。

確かめるすべも無い。

おそらくそれは、人の思うことではない、人が図ることでも無い。大きな力がすべてを、知っておられることなのでしょう。

憐れな。

東宮とお呼ばれになる御身の、あまりにあまりなおんありさま・・・芝居がかっておりますな・・・。

すべては神様のなさること、そうなのでしょう。


だけど私は今日も書く、ツベコベと書きます。


何とな~く、イメージ的に、このたびの儀式からはじき出されたような存在に見られている皇太子夫婦。

実はそうではないのだが、実情にはぴたりと合っていて何の不自然も無いのです。

遷御の前日、1日、英国のヨーク公を御所に迎えられたり(アンドリュー王子、可愛らしい王子様だったのに、どかんとした体格の「ヨーク公」やらになっておられて)、その折りのナル様、夜、オペラをご鑑賞のナル様。ご表情が、どうにも落ち着いた感じを失っておられた。

オペラには、マサどんも、またもやの「どた出」。止めろと言うてるのに解らん、バカ女(・・言っちゃった)。その夜は何のマジナイか、白き手袋お持ちあそばして。

あ。手袋。公務のつもり、ね。公務に、出て来てあげたつもりね、なるほど。この前、公務なのなら帽子、手袋どうしたよ、と、書かれたしワタシも書いたものね。うんうん。

オペラを見るにはフォーマルで。ドレスコードって存在が、この世にあって、雅子さんの住む世界にも厳然とあるはず。プロト、なんとか言うらしいではないですか。カップルで観るならそれが合ってないとおかしいとか。

黒いインナーに黒いパンツ、それにジャケット、は、フォーマルでないし、とってつけたような手袋が、これ、バカみたい、と、言うていいのかしら・・・。

雅子さん擁護(と言われている)ハヤシマリコさんは、オペラ座へ行くのに、ドレス誂えて行かれたのよ。彼女は、ブランドバッグ、自分の働いた力で手に入れているし・・・。とか、出て来るたび、もう、滅茶苦茶です。

雅子妃の、この「ごこーむ」の有難味は、と言えば。

金沢、加賀百万石のご城下、匠の手に成る金箔の、その、薄い薄いひとひらのごとき・・・美し過ぎる形容をしてしまった、もちろん金箔の出来でなく、その「薄さ」を、言いたかったのですわ


はっきり思う。

そんなのごこーむでは無い、先日の宮城も福島も、今度一泊で行くとかぬかしてるらしい岩手も、公務なんかじゃない!。

怒りを込めて、もっと言う。

公務なんか、あの人たちはしていない。人の心をもてあそぶのも、上っ面をこぺこぺに乾いた汚い糊で固めるのも、いいかげんにしろ。

いいかげんにしろ。

まことの心が無いのなら引っ込んでいろ。

皇太子様は今、お苦しみか。

いささかでも、少しでも、目覚めの気持ちをお持ちなら・・・高貴なお方の心を忖度はしない、ただ。

お苦しいであろう。愚愚でいるのも、大変なこと。

ちなみに。

皇太子殿下は初めからご臨席のご予定であったオペラ。

誰かにお尻を叩かれてか、どた出の雅子妃も共に鑑賞されたオペラ「ベルシャザールの饗宴」の、内容は、以下ですと

カルデアの王ベルシャザルが1000人の貴族や後宮の女達とともに宴会を開きワインを飲んでいた最中、 突然人間の手の指が現れて壁に字を書いた。

ベルシャザルは恐れ慄いてその字を読める者を探した。

しかし誰も読める物は見つからず途方にくれていると、王母が進言した。

「父王ネブカドネザルの時代に 神々の如き知恵を持ったダニエルと言う神官長がいました、父王はベルテシャザルと読んでいました。彼ならばこの字を読めるでしょう。」と。

ベルシャザルがダニエルを呼び、字を解釈させた。ダニエルの解読によれば

「神は父王ネブカドネザルに権勢と栄光を与えた。

しかし、彼は尊大、横暴に振る舞い思うがままに人を殺したので王位を追われ栄光は失われた。

父王は野獣の如き有様となり雨に身を濡らし、ようやくこの世を統べるのは神である事を知った。

ベルシャザル王、あなたはこれを知りながらなお神に従おうとしなかった。

祭具で酒を飲み、 石や木で作られた神々を讃えた。

だから神はあの手を遣わして文字を書かせたのである。

文字は 「メネ・メネ・テケル・ウ・パルシン」である。

メネは数えるの意、あなたの治世を数えたてそれを終えた。

テケルは測るの意、あなたは秤にかけられ不足であると判定された。

パルシンは分けるの意、あなたの王国がメディアとペルシアに分けられる事を意味する。」と言う事であった。

そしてその日の夜、ベルシャザル王は殺された。


・・・ご感想は、いかがだったのでしょうね。


お返事遅れました。


ソナチネさん。

教えて下さり訂正してくださり、大変ありがとうございました。

おかげで、8時には入浴を済ませ、真面目な気持ちで伊勢の方角に思いを馳せることができました。


sarahさん。

先日ご紹介の美しい動画の一つを、皆様にも見ていただくことができました。ありがとうございました。

遥拝、間に合われてよかったですね。

おうたも、ありがとうございました。

厳粛、と、一言では言い得ない心持を、味あわせてもらいました。

今もじーん、が残っています。


鍵コメントさん。

・・・なんとも言えない辛いことを、聞かせてもらいました。私も、似たような気持ちを、ずっと抱いていた時期がありました。

信じることの意味がわからず苦しかったです。親が親でないのは苦しいこと。

私に言えるのは、今のあなた様のお気持ちを、そのままにいられたら、と、いうことです。

全く間違っていない。お年のホドも解りませんが、これから、あなたご自身の本当の日々がたっぷり待っています。

どうぞ、安らいだ気持ちでお暮らしになれますように。

お幸せになられますように。

聞かせてもらうくらいはできますから、鍵コメントでもいいですから、また、お声かけて下さいね。

ね。


remmikkiさん。

初めておいで下さりありがとうございます。

美しくてすっきりしたremmikkiさんのブログ、いろいろ参考にさせていただいて来ました。

感謝です。

これを御縁に、リンクさせて下さいね。

今後もどうぞよろしくお願い申し上げます。


どんぐりさん。

素直な気持ちで涙をこぼされるどんぐりさん。

離れたとこにいても、知らない同士でも、気持ちの触れ合うことはできるのですね。

美しいものはいいですね、清浄なるものも。

もっと、知って行きたいですね、日本のいいところ、美しいもの、いろいろ。。


うさのうさみみさん。

私も「視えない」人なのです。霊感も無い。と思う。実際に経験したので、魂というものは「ある」と信じておりますが。

「お電波べべこの覚醒記録」、黒田清子臨時祭主の、おつむの斜め上方、金色の光がさしているのは「視える」のですが・・・。あまりわかんないです、へへ。

いろいろ教えて下さってありがとうございます。

そして、この二日間、動画とうただけで黙りこくっていたのを、察して下さったお気遣いにも、感謝します。

まあああ、私ったら、伊勢のこのことで、今までとは違うきよらかな人間に生まれ変わったようですわ。

ちゃうんですけどね・・・。でも、まっすぐがいい、とは、ずっと、感じています。


追記

以下のことも知りました。

>>このブログ(北面武士)で初めて慶光院さんを拝見しました。
伊勢神宮の遷宮が、戦国時代の混乱で途絶えたのを悲しみ、
多くの人々から寄付を募り復活させその後の遷宮にも大きな力を尽くしてきた
慶光院というお寺の子孫です。お寺は、廃仏毀釈で廃寺となりました。<<

この記述中の「慶光院さん」も、ご参加だったようです。
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  1. 2013.10.03 (木) 22:33
  2. URL
  3. 藍色
  4. [ edit ]

何だか希望が

KUONさん、今晩は。

昨日、えねえちけいのニュースで伊勢の式年遷宮を見ました。
普段この放送局は見ないので、本当に点けた偶然でした。
二重の虹を見て、清々しい気持ちになり、夜の祭祀では、あんな一杯ギャラリーがいて驚いたりしましたが、滞りなく終わって良かったです。
20年前、40年前、60年前(白黒)の遷宮の様子も放送され、変わりなく弥栄、弥栄、とテレビの前でアホみたいに唱えてました。

写真で見た、暗がりのなか歩まれる秋篠宮殿下のお顔が、昭和天皇によく似ておられてビックリして、何となく「常若」を見た気がしました。

東宮家にお住まいのご長男の方は、遥拝の“予定が組まれて”いたというだけなのですね。
では、100%していないでしょう。
人が見てないところで、真面目に何かする人じゃない。
てか遠慮しといて欲しいです。こんな時だけ真似事の祭祀をされても、ねぇ。

皇室も、日本も、結局は神様の望む通りになるような気がします。
そんな希望が湧いた、昨日の式年遷宮でした。

やっぱ、いいもんですねえ、伝統と文化がある国に生まれたって。
  1. 2013.10.03 (木) 23:18
  2. URL
  3. 秋篠宮殿下の皇位を望む
  4. [ edit ]

行ってきました。

KUONさん、こんばんは。
本日(3日)に伊勢神宮に参拝してきました。
外宮は余り参拝客もおらず、しっかり参拝出来ました。
内宮は五十鈴川を過ぎた当たりで、人が立ち止ってたので何かな?と思ってたら、近くにいたおばさんが「私は別に秋篠さんには会いたいと思わんわ。秋篠さんならどうでもええよ」と言ってるのが聞こえました。
ちょっと期待しつつ、歩いてたら多くのマスゴミが。
しばらくマスゴミ近くで待機してると、まもなく儀式の方々が通られますので道を開けて下さい。という声が。すぐに分かりましたよ~秋篠宮殿下!
皆さん同じ様な服装で、近くにいたおばちゃんは全く分かってなかったんですが、私にはすぐに殿下が見えました。
殿下の周囲だけ、空気が違ってました!
まさかこんな近くでお会い出来ると思ってなかったので、自分の幸運に感謝しました♪
お伊勢さんの空気も澄んでいて、心が癒されました。行って良かったです。
  1. 2013.10.03 (木) 23:44
  2. URL
  3. sarah
  4. [ edit ]

皆さま、こんばんは

追記の慶光院さんのような支えがあってこその、今に伝わる式年遷宮なのですね。
ありがたさに涙がこぼれます。

天皇皇后両陛下には、車の窓越しながら何度か拝見しました。
世界に誇る日本の宝のようなお二人です。

秋篠宮ご夫妻には、まだお会いしたことがありません、
一度だけでもお会いしたいという気持ちがとても強くなりました。
お子様たちもかわいらしいことでしょうね^^。

皇太子負債にも会ってみたい、怖いものみたさです~。
  1. 2013.10.03 (木) 23:45
  2. URL
  3. PASTORA
  4. [ edit ]

ベルシャザルの饗宴

興味深く読みました。
なるほど、どこかの誰かさんのことのようにも見て取れますね。
神を敬わず酒池肉林三昧のあげくの果てに、神の怒りに触れて滅ぼされる。
…アタマのいい(←自称)マサコサマは、このお話、どう読み解いたのかしら?

伊勢遷都の映像、見ました。
私、外国の文化にしか興味がなくて、おそれながら、初めて見たんですけど、両陛下と秋篠宮のお二人の凛としたお姿に、この国の素晴らしさがみてとれて、とても誇らしくなりました。

他国を知るにはまず自国のことを知らなくちゃ、と言っていた大使館勤めの人(前に書かせていただきました)のことを思い出しました。

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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