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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. 虚しいこと
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なに?。

ご無沙汰しました。

昨日はいつものように夫の母と墓参でした。母がお経を唱えている間、雨が止んでいてくれました。姑との毎月の墓参、四十年近く続いております。

墓石に向かったままみはらせば、遠く向こうに二上山が見えます。雄岳の頂に大津の皇子の墓所がある。

大津の皇子と、伊勢の斎宮であられた姉の大伯皇女のあたりの話が好きで、自分もいずれこの墓の下に眠る、二上山が見えるのはいいなあ、と、一種、たのしみ。

お墓は、春日大社の原生林の奥・・って拙い言い方ですが、柳生へつづく道があるのですけど、そっちの方にあります。

今まで春日さんへ墓参のたびにお参りするということは無かったのですが、この頃は参詣します。

昨日も、お参りして来ました。

神様にはお願い事をするのでなく、お礼を申し上げるのだと教わって来ましたが、今は差し迫った気持ちもあるし、人間業ではどないもならんような凶事凶びと、世を覆うがごときありさま、春日の神様わかって下さいませと、、しっかりお願いしています。


両陛下はご帰京とのニュースでしたが、東宮ご一家はまだ戻らず。

山へ登られたと。雅子さんは両手にストック。やはり膝がお悪いのか。

正座のできないお方だろうと、自分がそうであるのでよく判り、その目でもって拝見していました。

被災された方のおられる体育館で腰が浮いていて、そそくさ、という感じに早く早く立ちたいのだろうなあ、と、過去の画像を見て。

祭祀は無理ですね。古代衣装を着けて正座、もある。無理ですね。まあそれはそれ。

しかし、今年の愛子さんの学習院の遠泳行事について行って、二時間、立ち尽くしたまま見守っておられたご様子を知ると・・・膝は、折るのが辛くても立ってゐるのはマシ、マシにしても炎天下、二時間、は、すっごい体力。

体力ある、大丈夫と、思って来ました。

アラ八十の皇后さまのテニス・ダッシュに驚倒した目に、雅子さまの両手ストックの謎は残る。

どんなご公務も、当日朝まで出席か否かを迷われて結論を出され、どてキャン、どた出の妃殿下。

脚が痛い膝が痛いのに、キャンセルは無しで山へ登られるのはいかな理由か。

そんなこと知らんけど、山行には、愛子さんの「BF」メガネ男子の、ノビタくん似、「男の子」も一緒。

遠景からの写真を観察された方によると、愛子さんと、先を行く男の子さんは、手をつないでいるとか。

六年生。ほほえましいですか。小さな恋のメロディ?。

なに?。

先日のパソ教室では思うような成果をあげられず、画像をここへ貼れなくて残念ですが、数年前の、絡まるような手つなぎの写真、後ろ姿がやはり絡め手で、それを両殿下がはさんでおられる写真、見たことあります、何度も。

申し訳ないながら、ほほえましくは見えませんでした、わたしには。

その男の子さんも、一般人を排除して待たせて貸切で乗る乗り物などにお乗せとか。

私、性根がいやしいのかもしれません。

あの高貴なお家のお嬢様にして、まともな挨拶不能、電車の中では膝ひろげた姿で衆目にさらされてのお寝み姿を撮られ、両肘ついてペットボトルの飲み物を仰向け飲み、など、拝見しています。

いっそ淫靡に感じた、と、言ってしまいます。

私は、そう、感じたのです。

ご両親に対して、きちんとお子さんの現状を把握しておられないとの気持ちを、強く持っているので、余計に、いいのかそれで、と、不遜な思いが湧きます。

愛子さんのご両親、とりわけお母さんの方には、他害のお心が強く、それに特権がまつわるので、思わざる被害が周囲のどこかに及ぶやも知れない。

他害どころか、言うてわからない、わがまま放題に甘やかされた、理解の不足している子が、本能のおもむきに導かれたらそれは~、と、あちら様側からはものすごく「放っておいて」に違いない思いが、湧きます。

知恵の進みには個人差があっても、本能はまた、別で。


「remmikkiのブログ」さんというブログに「皇太子一家 那須で山登り」というスレがあり、そこで「メディア非公開」という、おそらく数年前の一家の山での様子の動画が見られます。

へえ、と見せてもろて・・・はああ、と。子どもさんや大人が写っているだけの動画なのですが、愛子さんを見送っている(育ちの良さげな)少年が「ノビたくん」なのか。

雅子さんに会釈して会釈を返され、ほんわかムードであるのですが、私は雑念の強いにんげん、ふうむ、と、感じること多々ありました。

remmikkiさんはまた、昨日の読売新聞の以下の記事に猛反発されたようで、怒りの文章をつづっておられます。

よくわかるお怒り。私も送ってやります。(ブログ主様へのコメントには私、読売を朝日、と、間違えて書いてます。恥ずかしい。失礼しました。一気に朝日の記事だっと、気持ちが走りまして…言い訳)。


読売新聞日曜版
2013年9月1日
皇室ダイアリー No.213 皇太子ご夫妻
「被災地で見せた気遣い」

(写真は味噌工場見学のシーン)

8月20日、皇太子ご夫妻は、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県七ヶ浜町と仙台市宮城野区で被災者を見舞われた。

 ご夫妻の被災地訪問は2011年8月の岩手県以来で、療養中の雅子さまにとっては地方での公務もこの時以来だ。

 七ヶ浜町の仮設住宅では、ご夫妻は出迎えた約40人ひとりひとりと顔を合わせようと、腰をかがめながら声をかけられた。お見舞は当初30分間の予定だったが、お二人が住民と丁寧に話をされたので予定より10分以上延び、被災者もうれしそうだった。

 雅子様と言葉を交わした星かつよさん(71)は「ご自分の体調も大変な中で、わざわざ遠い七ヶ浜まで来て私たちを心配してくださったのは、本当にありがたい」と感激した様子で話した。

 お二人は、移動中の車内からも、沿道の人たちの歓迎に手を振って応えられた。いっとき雨も降ったが、この時も窓は開いていたという。

 被災した施設で昨年から生産を再開した仙台市のみそ加工工場を見学された時のこと。「みそを食べていただきたかった」と残念がる組合員の女性(60)に「持ち帰りたいです」と申し出られたのは雅子さまだった。
 震災を乗り越えたみそは、どんな風味だったろうか。

 (社会部宮内庁担当 MO)


阿呆な記事です。

先日テレビで、天皇家と京都の味噌のお店の話を聞いていました。

天皇家が、京都から東京へお住まいその他をお移しになる時。

御用達だった味噌屋さんもご一緒に・・などの案もおありだったのが、味噌という物は水や空気など(詳しくは覚えていません)微妙な違いで別物に変化するので、結局、という話でした。

なるほど、皇太子夫婦はやっぱり、復興の邪魔だけしたのね、、の感を深くしました。


コメントをたくさんいただき、心強いです、ありがとうございます。

今はひとことずつだけ、お返事します。また必ずゆっくり、語ろうではないですか、共に。

・うさのうさみみさん。

しつこいとか、気にして下さらなくても。私もしつこいタチです。返事できるだけしかできませんが、どんどん下さいよ、宮崎氏のことは、私の誤り、偏見だったようで、ごめんなさいでした。まともっと返事します。

・藍色さん。

公、ということについて、話したいです。ほんとだよね、ってことを。今はこれだけですが。もっと話したい。

・秘密さん。

・・・これね。いろいろ、話したいことも。ほんとにいっぱいあるんです。

また書きます。いっぱい書いて来て下さいね!。

・achabiさん。

同感なんです。膝の裏、かっくんされたみたい。なんじゃこれ~って、動画に突っ込みました。悲しい気持ちも。またもっと、書きますね。

・愛読者さん。

愛読して下さることに、感謝。教えて下さったことにも感謝、お詫び。

私、間違っていたようです。本当に申し訳なく、宮崎氏にも謝りたいです。このようなことのないようにしたいですし、またあれば、ご指摘ください、お願い申し上げます。








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  1. 2013.09.02 (月) 16:20
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  3. うさのうさみみ
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万葉集

KUON様

つい「わ~いいなあ!」とつぶやきました

・・・二上山を色背とわが見む・・・大伯皇女
天武天皇のおそらく最も可愛がった子供たち

お母さんの大田皇女って持統天皇と同母の姉妹でしたよね
普通薄命だった姉さんの子供たち、大事大事にしませんか
草壁ちゃん、優しくて繊細で、でも益荒男な大津君にはかなわない
やっぱり邪魔ですか、邪魔よね~
夫の天武さんがおかくれになるのを待っていたように「殺!」
恐ろし・・・持統天皇嫌いなんです、私・・・ぶつぶつ

天武さんと持統さん、お墓が隣というか同じ場所
久しぶりに会ってどんな会話を交わしたでしょうね
「大津の件はしかたない、頑張ったね」
そんなこと言わないよねって思います
話かけもしなかったのでは?

持統さん、最愛の草壁ちゃんに先立たれてもくじけない
あのスカーレット・オハラみたいに不屈の精神で「孫がいる、私が女帝でつなぐ、娘も女帝、まだまだ死なないわよ、明日があるんだわ!」

ずっと野球のリリーフみたいな女帝の時代の最後は、弓削の道鏡を寵愛して宇佐八幡様に裁定を仰ぐことになった孝謙さん
最期は道鏡も遠ざけられ、ろくに読経もしてもらえない半分放置死状態
そのころの孝謙さん(称徳さん)を揶揄したザレ歌って読むに堪えない下品さです
結局夫もいない、後ろ盾もない女帝はこんな粗雑な扱いですね

で、天武系から天智系にもどっていく
皇統をつなごうとする人々の努力と知恵

ねえ、愛子さんをこんな悲惨な目に合わせたくないでしょう?
交代しさん御先祖様の歴史よく知ってるでしょう?

天武さんの子供たちってとても面白いですね
腹違いは恋愛OKだから、悲喜こもごもの人間ドラマ
大伯さんは博多でお生まれ?
明日香や斑鳩から筑前まで、大変でしたでしょう

でも持統さんは嫌い
めんどり鳴いてクニ滅ぶ、滅んでないけど・・・ぶつぶつ
宇佐のうさうさ独り言です

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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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