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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. あほらしいこと
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はじめっからそうだった。だけ。

解って来る感じ。

根本的な認識の違いを、お人よしで甘い(優しいと言い換えしたりもされる)日本国民が、解っていなかった、もしくは巧妙に解らされてこなかっただけの話。

皇太子徳仁にとって皇太子妃雅子にとって自分たちの立場は、国民がなんとなく信じ、望んで来ていたものとは、はじめから全く異なっていた、というだけのこと。

皇太子は雅子を自分の妻にしたくて、皇室に入っても皇室外交と言う形で、雅子さんの望む外国訪問は続けられる、いや、美しく賢い(との皇太子自身の主観)東宮妃として、日本の顔として励んで欲しい。

そう、口説いたのでしょう。そういう(主観の中で)華やかな女を伴う自らの姿を思い描くのは快感だった。

雅子は、イヤだったけど(と言うのはウソ、でも父の勧めに乗るにしても自分のためになることだって欲しいわ、そうでないとワタシがもたないわ)、外国を晴れがましく訪問するに、皇太子妃という立場に勝るものはなさそうだし、結婚してあげてもいいかも。わたし完璧に妃をやってみせるわ。・・・そういう感じだった。

つまり、それだけだった、のでないか。

他の何も無し。

二人で、日本のロイヤル・カップルとして、にこやかに空港に降り立つ。

出迎えのひとたちに鷹揚にうなずいてあげる。ばっちし。

晩餐会に出る。バルコニーから手を振る。下の方にいる人達の拍手や歓声は、自分たちをいい気分にしてくれる。

色んな施設を訪問し、慈悲深い皇太子と妃を演じる。それも快感。訪問先は決めさせて欲しいわ、屈んで笑ってあげるんだから。

・・・誰だって、結婚は、実際してみなければ本当のところはわからない気がします。

沢山の縁戚関係、それに伴うややこしい人間関係。

雅子さんが育った家は、親戚付き合いというもののほとんど無い家だったのかも。

父親は三代前以前はどんな風だったか明かされていない家。入内時点であったはずの「本家」は、実は全く無関係であると、当主から言われている。すごい嘘をついたものです。無関係でも、皇太子妃になった娘さんの本家と言われるなら黙っておこうか、という選択を、この「ご本家」は賢明にもされなかった。

墓参されることも無かったのではないか。入内が決まって慌てて、かっこうをつけるためのような奇妙な、継ぎ接ぎの墓が出来、赤い蝋燭が三本並ぶという、あまり見たことの無い小和田さんのお墓。立って墓に手を合わせている(普通にはおまいりしているというかっこう)皆さんの姿が、とってつけたよう。

悪いとは言っていない。手を合わせる姿が身についていない、と思うだけ。そして墓参をしない一族が、寄りあう機会は少なかったのでないか。

母親も一人娘で、つまりおじおば、いとこ、は存在しないと思われる。ある意味、楽です。

日本にいる時も外国でも、家族5人の単位での生活が馴染んでいた。あぐらかいてお寿司を食べるのも普通。溜まった洗濯物抱えて飛行機で親の家へ向かう所業も不思議でない。

皇室での人間付き合いなど、雅子さんには、苦痛でしかなかったかも。

と、思うのはそれも、お人よしのなせるわざ。

雅子さんたちは、昭和天皇のご兄弟がた、そのお妃がたに、なんというか、まともな挨拶・・・自己紹介、を、していない。結婚前後にそういうことは無し、だった。

雅子さんを迎えるに、友好的でなかった、という理由だったような。

はじめから、これで文句がおありかしら、と、ばちっとメンチ切っての皇太子妃着任(変なコトバ)だったのでありました。

{あたいたちにゃあ、挨拶無しさ。}

港のヨーコの行方を聞かれたお姉ちゃんみたいな、そんなセリフを、宮様方は口にはされなかったが。それでも、雅子さんのある場面にねぎらいの言葉をおかけになった○宮妃を、自分を傷つけたと逆恨みする東宮妃。

それで通ってしまったの。通してしまったのでした。お叱りお咎め一切無し。



はじめっから、雅子のイヤなことは、しないでよかったの。だって、皇太子さんが、それでいい、それでいいような「新しい皇室のカタチ」をボクらは、って、お父様の天皇に、言ったんだから(BY雅子)。

はじめっから、そうだっただけ。

祭祀。それ何。現代に即していない(とマサコが言うし)。

宮中行事。それ何。全く合理的でない、意味がわからない(とマサコが言うし)。

御陵への参拝。それイヤ。お墓参りなんかするクセ無いし。と、雅子が申しますし。

実はわたくし、皇太子も、同じ考えです。

陛下とも何度も話しました。陛下は頑迷であられ、わたし・皇太子の新しい考え方をお認めになられません。会話は不毛、交渉決裂、ボクがマサコに責められて困るかもしれないのに、解ってくれない親なんて。

・・とばかり、予定時間を短縮、席を蹴って帰ったことがあるとて、わたくし・皇太子ひとりの責任ではありますまいよ。

言いたいことはワタクシ、皇太子、ぐっと控えて暮らしております。

雅子に約束した、雅子が唯一楽しむことの出来る、雅子を生かしてやれる「外国訪問」が叶わない皇室暮らし。我慢を重ねています。

それでたまには、言う時にはがんと、言うべきとマサコとの意見の一致をみて、申し上げただけですよ、あの一件は。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いわゆる「人格否定発言」。

経緯[編集]ウィキより。行間はKUONがあけました。

2004年5月10日 - 王室の結婚式参列などでの欧州3カ国歴訪を前にした皇太子徳仁親王の記者会見における発言 静養のため同行しない皇太子妃雅子に関して

「今回の訪問が雅子にとっても貴重な機会だったのですが、それが失われ残念に思います。私も出発に際し、後ろ髪を引かれる思いです」

「ぜひ2人でと考えておりましたが、健康回復が十分でなく、医師とも相談したうえで単独となりました。雅子も心底残念に思っています」

結婚後の皇太子妃雅子の心情に関して

「外交官の仕事を断念して皇室に入り、国際親善が皇太子妃の大切な役目と思いながらも、外国訪問がなかなか許されなかったことに大変苦労していました。雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」

キャリアや人格を否定する動きの詳細に関して

「細かいことは控えたい。なかなか外国訪問ができなかったことを、雅子も私もとても悩んだということをお伝えしようと思います。」

2004年5月18日 - 羽毛田信吾宮内庁次長の定例会見 侍従長を通じての天皇の意見

「社会的影響の大きい発言で、改めて(皇太子から)具体的内容が説明されなければ、国民も心配しているだろう」

2004年6月8日 - 湯浅利夫宮内庁長官の定例会見を通じて皇太子徳仁親王が人格否定発言に関する文書を発表 キャリアや人格を否定する動きの詳細に関する補足説明

「対象を特定して公表することが有益とは思いませんし、今ここで細かいことを言うことは差し控えたいと思います」

「個々の動きを批判するつもりはなく、現状について皆さんにわかっていただきたいと思ってしたものです」

皇太子夫妻がこれまで直面してきた状況に関する説明

「記者会見以降、これまで外国訪問ができない状態が続いていたことや、いわゆるお世継ぎ問題について過度に注目が集まっているように感じます。しかし、もちろんそれだけではなく、伝統やしきたり、プレスへの対応等々、皇室の環境に適応しようとしてきた過程でも、大変な努力が必要でした。」

今後の皇太子夫妻に関する説明

「私は、これから雅子には、本来の自信と、生き生きとした活力を持って、その経歴を十分に生かし、新しい時代を反映した活動を行ってほしいと思っていますし、そのような環境づくりが一番大切と考えています。」

「今後、雅子本人も気力と体力を充実させ、本来の元気な自分を取り戻した上で、公務へ復帰することを心から希望しているということです。雅子の復帰のためには、いろいろな工夫や方策も必要と考えますし、公務のあり方も含めて宮内庁ともよく話し合っていきたいと思っています。(中略)雅子が早く健康を回復し、復帰できるよう、私自身も全力で支えていくつもりです。」

発言後の国内への影響に関する説明

「結果として、天皇皇后両陛下はじめ、ご心配をおかけしてしまったことについては心が痛みます。」

2004年11月29日 - 秋篠宮文仁親王の記者会見 皇太子の人格否定発言に関する意見

「記者会見という場で発言する前に、せめて陛下と内容について話をして、そのうえでの話であるべきではなかったかと思っております」

時代に即した新しい公務に関する意見

「私個人としては自分のための公務はつくらない。公務は、かなり受け身的なものと考えています」

「依頼を受けて、意義のあることであればその務めをする。私自身はそう考えて今までずっと来ています」

2004年12月23日 - 宮内記者会の質問に対する天皇の文書を発表 皇太子の発言に関する意見

「初めて聞く内容で大変驚き、『動き』という重い言葉を伴った発言であったため国民への説明を求めました」
「皇太子夫妻の独立性を重んじてきたことが、様々な問題に気が付くことのできない要因を作っていたのだとすれば大変残念です。」

「まだ私に十分に理解しきれぬところがあり、細かい言及は控えたいと思います。」

2005年2月23日 - 皇太子徳仁親王の記者会見 天皇や秋篠宮文仁親王の発言に関する意見

「人それぞれに考え方は異なりますし、また、どこの家庭でも同じように、世代間に考え方の相違はあると思います。しかし、そういったことは話し合いを続けることによって、おのずと理解が深まるものと考えます。公務については後でもお話することになるかと思いますが、国民の幸せを願って、国民のために何ができるかを考え、それを実践していこうとすることにおいては、陛下のお考えも、秋篠宮の考えも、私の考えも同じだと思います」

皇位継承問題に関する意見

「私としては、お世継ぎ問題も含めて、コメントは差し控えさせていただきます」

皇位継承問題論議に伴う敬宮愛子内親王の養育方針に関する意見

「愛子の養育方針ですが、愛子にはどのような立場に将来なるにせよ、一人の人間として立派に育ってほしいと願っております」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

自分たちの努力や忍耐・・・してやっている我慢、を、誰もわかっていないじゃないか、という姿勢であられるのだと、改めてそういった視点から考えると、理解しやすい人たちです。

中心は自分、自分たち。

それだけ。他に何も無し。

天上天下唯我独馬鹿。

この考えの人間に、何をどう、わかれ、など、願うに虚しい風が、あははは、吹きまする~。

すみやかに、ご自分たちにふさわしい自由な立場になられ、有意義な温かいお暮しをなさるがよろしい。それにしたって、他に行った方がお金も生きるであろう血税が。

民(私は、代表ではとうぜん無いが民の一人ではある)は、かかるごとき東宮、東宮妃を、拒絶する。


藍色さん。

コメントをありがとうございます。

なるほど・・・。

お母さま、かっこいいですね。I子さんは雅子さん似、だと。

藍色さんは、父親の皇太子さんの方に、と。

私は、申し上げてよろしいならば愛子さんは、親の犠牲者だと思っています。

もしかして資質的には、お父さんの方の、いささかゆっくりと言うか、おっとりと言うか、うまく何とか運べば、ご皇室の、東宮家の、ただ一人の姫様なんだし、という具合に、持って行けたかも知れない。でも雅子さんの情緒の不安定なこと、昼夜逆転に幼い子がつき合わされること、感情の波が激しくて、安心して、陽だまりにまどろむような生育環境になかったこと、が、先天的なものがあったとして、付け加えられ、増幅されてしまった気がして、なりません。

私は(本当はそう思っていないけど)古いタイプ・・部分が残っているかなあ、と考えるのは、一点。子に関してなのです。

子を持ったら、一番は自分、であっては難しいな~、と、思う。それまでしなかったアタマ下げること、言葉を飲み込むこと、なんかも、やってしまう、それで、お母ちゃん業張って行ける気がして。

愛子さんは、親を信じられないお子さんなのでは、と、感じています。学校の成績がどうでも、何が苦手でも、肝心の部分が何とかなっておれば、殊に学習院なんて、宮様方の成績は不問、のところです。

ある意味では日本のヒエラルキー、トップであられる少女の、今後、思春期に入って行かれるあのお嬢さんの、お母さんのそれはどうでもいいけど、心の中の嵐が、気になってしまいます。まともに嵐が吹くなら、成長のきっかけにもなろうが、どうも、ご本能の方に行かれると、辛い。

朝になっての、この部分追記です。病名のつくような状態であっても、接し方で違って来るものはあると思う。力づくで愛子さんを「本当の愛子さん」でないよう見せようとして来られました。

病名がつくからその病気なのであり、おっしゃるように、そんな病気がわからなかった頃には病名も無く=その病気の子ではなかった、ということではないか。そして、呪術師のようなことを言いますが、チューリップの球根を土の中に埋めたら、チューリップの花が咲く。

チューリップしか咲きません。


愛子さんより二か月だけ遅く生まれた孫息子がいて、あれこれ、思うこと多く。

>>>母親の「程度の違い」を如実に感じます。<<<

ここは、同感ですね。ナルさんは、ともかく身のこなしは、あっぱれ皇太子殿下、と思わしめるところがあります。

形は、ぴしっと体に沿っておられますものね。

ばかだってバれずに済んだかもしれないのに。

言ってせんないことではありますね。

お母さまを、ご大切になさって下さいね。9年前に死んだ私の母は、雅子妃をはじめから、

「あれは・・・いかん」

と申しておりました。名古屋人でした。あれは・・・いかん、と。

私は・・当時、関心が無かったです。しなやか感の全く無い人だ、くらいの感じで。
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  1. 2013.07.21 (日) 17:23
  2. URL
  3. 藍色
  4. [ edit ]

祈り

KUONさん、こんにちは。ご返事ありがとうございます。
どうも言葉が足りなかった気がするので、またコメントさせて頂きます。

私も勿論、ナルとマサは廃太子、廃妃でお願いしたいと思っております。

ただ、「皇太子があんなボンクラなのは美智子皇后陛下の育て方が悪かったのだ」という話が、居座る汚和田&東宮職員&外務省ソーカ等、どうでもナルマサを即位させたい連中の耳に入ったら、それを理由にゴネ回してくると思われるので、連中の言い訳のネタに利用されないため「そうは言い切れない」という説も、一緒に言っておこうと思っているのです。

実際、ご聖断が下され汚和田達に東宮御所から出て行けと通達したとしたら、その時「皇太子をあんな風に育てた美智子様が悪いんじゃない。アタシのせいじゃないわよ」ぐらい、平気で言い放つでしょう。言われた側が、何も言い返せなくて話がそこで終わってしまい、結局、居座られてしまった、なんてことになったらまた大事件なので。

今も「どうか徳仁様を廃太子に」と天皇皇后両陛下にお頼み申し上げている方はおられると思いますが、申し上げるに当たり「あなた方の皇太子の育て方が悪かったから」とは決して言わないで(思わないで)欲しいのです。
親の願い通り、子が育たないのは、私自身の事を考えれば、よく分かるからです。
陛下には、成長過程をお考えになるより、現在の姿を冷静に観察し、粛々と結論を出して頂きたい、と思います。
「全責任は皇太子自身にある」でいいのです。

が、既に陛下は結論を出されているような気もします。
昨年の秋、今上陛下が記者会見で「自分にもし何かあっても、(皇統は)皇太子と秋篠宮がいるからいい」と仰いました。
本当だったら、一人でいいはずです、「皇太子がいるからいい」と。
わざわざ秋篠宮殿下のお名前も併せて仰ったのは、やはり皇太子一人ではダメだとお考えになっておられるらしい、と思いました。

どうか、この勘が当たってますように、と祈っております。
  1. 2013.07.22 (月) 20:43
  2. URL
  3. すけみち
  4. [ edit ]

私たちが思うほどには

KUONさま。
皇后陛下はこころのなかでは「困ったな、こんな皇太子になってしまって」と必ず思っているはずです。
御自分が入内されたときに渦巻いた旧華族の方々の落胆ぶりをご自分では相当な努力をもって行動で跳ね返したと思うのです。それはご自分のプライドやキリスト教に受けた「試練」という考え方でご自分のお立場を確立し得たのではないかと推察します。というのも、じつは私の母も皇后陛下の大学の先輩にあたります。多感な時期の女の子が受けた宗教的教育の刷り込みは一生ついて周ると思います。母もそうですが、普段は平均的に暮らすも、何か特定のことがらになると「かたくな」なほど、キリスト教的慈愛と許容する自分が好きなのです。皇后陛下にはたいへんご無礼な言い方になりますが、おそらくバカ息子と嫁に内心呆れていても「私達が突き放したら、もう彼らは許しを得られなくなる」とお考えになるのではないかという思考回路になるのでしょう。残念ですが、その時点では国民の幸せや安寧などは頭のなかには無いと思います。おそらく天皇陛下はもっと現実的にバカを叱責したはずですが、皇后さまの心中察するに控えられてしまうのではないでしょうか。
こんな次代の皇位を生み出したことの無念は畏れながら、ご両親である天皇・皇后両陛下にその経緯を御自覚のうえ修正いただく必要があるでしょう。こんな議論が出てくることが逆にOWDAや反日、G会の皇室廃絶をおおいに助けることになってしまうのも皮肉ですね。やはり、神事をプライオリティにするご家庭に育ったお嬢さん・あるいは努力していける方が入内するべきが「皇室」です。国民に「範」を垂れることのできない皇族であれば必要なくなりますから。神道でなければ皇室の存在意義はありません。ですから、私達がまっすぐに祈りを続けること、声を上げていくことが微力ながらも皇室の弥栄に貢献できるのかとも思うのです。G会の人々が池田大作が祈っているから地球が滅亡しないと言っているのを聞いたときは腸ねん転を起こしそうになるほど笑いましたが。カネ乞食に一生懸命祈ってもらってもね~?まずは周りの方々に神社へ参拝しましょうと声を掛けています。日本人ならDNAの中に理解できるこころがあるはずなのですから。ひとりびとりが押し上げて行くしかないのではと感じています。決定打がないとすれば、まずはバカに去ってもらって次の段階ですよね。

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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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