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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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  1. ゆれ・ふら・とーく
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アラミス


嗅覚が無い。

いつのころからなのかはっきり覚えていない。手づくりガラスがメインの小さな店を営んでいた当時は、におっていた。店内に香をたいていた、香が好きで、控えめな薫りのものを選んでくゆらしていた。何人かいてくれたスタッフたちには、私が用意するもの以外は使わないでと頼んでいた。大学に通いながらバイトしてくれていた若いSちゃんが、インドのお香もいいですよと力説していたが、それもそうだったのだろうが、私は、奈良の古くからの店に置いてあるお香を、楽しみながら選んで買って来ていた。

店を閉じて十五年になる。

気づいたら匂わなくなっていた。(私の)知らないうちに舅の会社の借金の抵当になっていた家を追われて、家を借りて住むようになって。家を借りるのに必要なお金も無くて、娘たちが出してくれたのだ。それは当然、今では返せているけれど。

七人の家族のおさんどんや家事のいろんなことや、まだ幼かった孫たちの世話などに日を過ごしていたあの頃は、左の耳も聞こえづらかった。

いよいよすべてがダメになった時点の、前後。舅も義弟も、どうしてそんなことができたのか、私の名義で(も)大きなお金を借りて、借りたお金を返すあてもその気も無くて放置していたから、私に電話がかかった。じゃんじゃんかかって来た。私には対応のしようが無く、耳は逃げたかったのか、聞きたくない声をシャットアウトするようになった、ということか。

夫は私を守ろうとしてくれていた。でも、夫も、真面目で非力だった。でも、私の前に立ちふさがろうとしてくれていた。そうとしか言いようが無い。

移って来た家には広い庭があって、大輪の真紅の薔薇が咲き盛っていた。その紅いいろを、初夏のある日に気づいて以来毎朝、不思議なもののように眺めていた。

初めから、あったよね? 薔薇、赤かったよね?。

https://youtube/pop6-6F7Jvc

家を失くして、何色もの薔薇や七株もあった紫陽花や盛り上がって咲く連翹、クリスマスローズもいっぱい咲いた、花水木も百日紅も豊かに季を彩ったあの家に、五年、住ませてもらって。

大きい家過ぎて、借主が見つからなかったのだというのだが。

その間に舅は亡くなり、舅が亡くなった翌日、夫を信用して引き立ててくれる会社との話が本当にまとまって。舅の葬儀のさなか、もしかして、もういいのか、なんとかなるのか、と、悲しくも気の毒でもなく、そんなことばかり考えていた。義弟は、舅の亡くなったその日に、舅のカードを使って、一万円と十九万円、引き出していた。後でカード会社から連絡が来て、それを知った。

「出せるかな、とやってみたら一万円出たので、残りいっぱい十九万円、出さはったんちがうか。」

独身時代からの親友は世の中に詳しい、そう解説してくれて、よお、そこまで、しはるわ、と。眉をひそめた。吐き捨てた。

舅も姑も、自分たちの長い不仲の間に立って、うまいこと甘える可愛い次男坊だった義弟に、何もかも使い尽くされた形。夫にも私にもどうすることもできなかった。旅行三昧して、旅はタマシイを高めるため、と言い放った人たち。旅行くらいなら可愛いものだった。

話はどんどん脱線します。

借家にいる間に、生活して行くめどは立った。後から思えば、真っ赤な薔薇の色がはっきり見えた頃まで、私は、色覚までおぼろになっていたのだと思う。

電気もガスも止められてしまっているのに、電話をかけて来て、植木屋さん来てもらわなあかんからお金持って来て、と高飛車な姑に、初めてした口答え。失くした家での最後の頃。

「〇さん(夫の名)毎日、債権者と必死で話し合いしてはります、逃げへんって言うてます、庭の植木なんか今、目をつむっていて下さいませんか」

姑は怒った。何を言うてくれるの、と。近所にかっこ悪いやないの。それに

「お金のことなんか〇にわかるもんか、あの子はクソマジメなだけや、お父ちゃんのやったことの後始末はぜ~んぶ、かわいそうに△(義弟の名)がかぶってる、ええかげんなこと言いな」

・・私は思う。お金に無責任な人間は、ダメだ。自分たちの分以上の生活を平気で続けられるのも、ダメだ。人のものと自分のものの区別のできない人間はダメだ、手の上に載っていないお金を、入ると勝手に想定して使える人間はダメだ。

何か書き始めると、過去のムセムセのうっぷんが、ぶわぁああっと噴き出して来てしまう、今ただいまのKUONみたいなんも、あかん・・・。

薫りの話だ。


数日前、美容院へ行った。引っ越して来てやっと見つけた美容院、二回目だった。

ついてくれる美容師は、あまり要らん口をきかない、職人タイプの三十台前半かな? の男性。うるさくないのがよろしい。髪型も一回目、気に入ったし。

その彼と、風邪の長引いた話になり、実は自分は、と、鼻の具合がよろしくないことを彼は話し、私はつい、長い間「鼻ツン」である。ことをしゃべった。おとなしい美容師は、それは治さんとあかんのちゃいますか、と。

「匂いって大事ですやん。美味しいもんも匂い、要りますやん。もったいないですよ、治るんやったら、治さはった方がええですよ。僕も副鼻腔炎、手術しますんです」

何日も入院しての手術だと、彼は言った。その前の時、ニューヨークへ行きたいけど、二日くらいしか連休がとれないと言っていたのを、私は覚えていた。手術、大変やろけど、頑張って受けてね、と私は、鏡の中で柔らかく微笑んでいる彼に向って、似合わないガッツポーズを作って見せた。

ありがとうございます、と美容師は笑い、〇〇さんも美味しいもののために治療なさってくださいね、と言った。

・・・さて、どうしたものか。

嗅覚はある方がいいと思う。・・・私は食いしん坊だ、食べ物の匂いは、それは、あれこれと、魅力的と思う。鶴橋の焼肉通りなんぞを通ったら、ぶっ倒れてしまうかも。

で・・・レーザーでの治療を受けて・・・嗅覚が戻ったとして・・・いっせいに、身の回りのいろんな匂いが、押し寄せて来たら、どんな感じだろう。いい匂いだけがあるわけではない。好きでない匂いも、私には、たくさんあった。

いま海の近くに暮らして。潮の香りはいいだろうなあ。

嗅覚を、取り戻す。もう少し迷っていたい気がする。今のままでいいじゃないか、と思えるほどに、この状態に慣れている。馴染んでいる。

で。全く何の脈絡もないことを、最後に書きます。

むかし「プアゾン」という香水を使っていた。濃厚な香水だ。失くしたはずの嗅覚、鼻の奥の方に、その「ポイズン」・・毒、の香りの記憶が残っている。自分が匂わなくなってそれを使うのは止めている。

・・アラミス、という男性用の香水がある。私の記憶の中に無い香りである。その香りを、知ってみたい気持ちがある。

かつて知らなかった匂いを、思い起こすことはできない。

単に淡い願望ではあるが。アラミス。どんな薫りなのだろう。





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  1. 今の思い
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水蜜桃

まわりの大人は「すいみつとう」と呼んでいた。

水蜜桃。初夏の一時期、ていねいに扱われて、少しだけが口に入る食べ物。名古屋の町中で育った私には、すいみつとうは、そんな存在の食べ物だった。

いまは単に「桃」と云うのだろうか。

桃には、みだりに手を触れてはならない。触れたところから色が変わって・・・茶色くなって来て・・・ぐじゅぐじゅと柔らかくなって値打ちが下がる・・・勝手に触れてはならないくだものだった。

もうあまりそういった話題に近づきたくないと考えているのだが。

今日、スゥェーデンの国王ご夫妻が来日中、という記事を読んでいて、天皇と皇后が出迎えて、と読んでいて。

正装のドレスから出ているヨーロッパの貴賓の素肌の腕をわしづかみにしたり、腕をからませたり袖をつかんでぶら下がったりが常態になっている日本の皇后が、やはりこのたびも王妃の腕に腕をからめている画像に、細工がなされているのを見た。

皇后の手が消されていた。皇后が腕組みをしかけていたのは、シルヴィア妃。かなり以前のある写真では、皇后が正装でこの王妃の腕をつかんで引っ張ろうとしていて、後方の、王位継承者である王女が、あからさまに呆れて嫌な顔をしている場面がはっきりと残っている。

他にもさまざま、何より失礼でいやがられるとされている行為を、おそらく悪気でなく平気でしかけ続けて来た皇后、もう顔も見たくないお方ではある。

なのに、見てしまった、動画を。国賓ご夫妻を、二人で案内したはずが。

国王も王妃もフレームの端っこの位置。天皇はにこやかにしているだけであるが(ツマの言うままなすがままにしておられればいいのだ)皇后さんは賓客そっちのけ、見学のど真ん中、教示をうけているのは自分だけ。改めて言うまでもないが…以下、略。

そういった動画の一部に、秋篠宮家の長女である内親王も写っていた。その方の「職場」を、訪問されたそうなのだった。


動画も画像も、申し訳ないながらここでご紹介はできない。
感じたことだけ、書く。

だれもみだりに手をふれてはならないはずの水蜜桃が、配慮知らずの無神経な指に、ぼこぼこと押されて変色して、それでも何とか、水蜜桃の形を保っている。

真っ白なカーテンの内側に。重厚な卓の上に。曇りのない瑠璃の、玻璃の皿に据えられて、静かな威厳さえ帯びている水蜜桃。

・・・そのようなものではなくなってしまっていた。

思いを口に出していいなら・・・出そう、もしかして、今のままの状態が続くなら、こころを病んでしまわれはしないか。そんな危惧を抱いた、一瞬。見させられている当方の精神衛生に関してなどは、ここでは言いもしないが。

よく放置しておくな、誰も何も、どうにもできないのか・・私には関係の無い世界の話ではあるが、こんなことを吐き捨ててどうなるものでもないが。

あの一族を軽蔑する。


 







  1. みんなのうた
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四月、卯月の「みんなのうた」です。

四月、卯月の「みんなのうた」まとめさせていただきます。

たくさんのうたをお寄せいただき、嬉しいです。

ほそく、たしかに、続けて行きたいと願っております。


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     KUON の詠める 

・海を見るヨットが見える花びらがひらひらと塩むすびにとまった

・花びらにまみれたおむすびを食べる目の前に海はきらめいてゐて

・だれもいない私のほかは平日のヨットハーバー花の降る午後


     白萩 の詠める

宝石のごとかる紅き苺食む
この時期だけの心の贅沢

漆黒の闇に浮かべる花 花 花
この時に人は狂うと思う

聖堂のステンドグラスの如く見ゆ
青空区切る桜の枝よ

空見上げ桜を愛でる足元に
慎ましく咲く菫一輪

鴨去りて今は水面に燕飛ぶ
はや葉桜の清明の日に



     ROM の詠める

・若猫の ひたと獲物を見据える目 一心にあることの晴れやかさ

・虫追いて 一直線に走る猫 精一杯の命あかあかと 


・山頭火の うしろ姿を追う我れも 「分け入っても分け入っても青い山」

・どろどろと どろどろどろとどろどろと 記憶のうみよ干でるその日よ 

・心折れし 時には決まって比べおり 誰かと自分 自分と何か


・枯色(かれいろ)の 土手に色彩沸き出でぬ 地中に潜める時満ちた今

・春風や 木影(こかげ)なき道に葉が一枚 今はいずこか落とし物あり

・矢印の ように飛び立つ野の鳥に 斜めに切られし庭の青空



     まめはな の詠める

・ざわめきも光も陰も完璧のバルセロナあり我が裡にのみ



     わすれんぼ の詠める

一点の曇りもないとはよく言うわ 嘘つきシンゾー面目躍如

あれほどに恥を知らずに言い募る 人間性が壊れているのか

人ひとり独裁振るい民主主義ルールの破壊いともたやすく

移民入れ雇用農業破壊して これを保守だと信じる馬鹿ホシュ

シンゾーの仕えているは誰なのか グローバリズム国民の敵

なんとなく信じていた国のまともさを 見事底からひっくり返し

良識を破壊しつくし恋々と しがみついたり権力の座に

シンゾーの行き着く先は何処かしらん 塀の向こうのムショかビョーイン



     こぶ の詠める

・級友と未だ馴染めぬ娘を思い
ランチの話題頷いてるだけ

・一週間登校したらカツサンド
食べに行こうと小さな約束

   職場で新入社員研修がありました。

・新人の名刺交換両手延べ
まるで何かの儀式のように



     アルジェリマン の詠める

小走りで曲がった先にはユキヤナギ そよそよ揺れる白き夜道に

スギナ踏みナズナ揺らして朝露の 中に分け入る黒犬光る

寒風の止みてスズメら飛び立ちぬ 翼に春の日差しよ当たれ

春の夜ネコが横切る姿見て 犬びくりとし見送る始末



     パール の詠める

☆その季をしづかに待ちゐて春来れば
 主(あるじ)なき地に咲(え)む桜たち

☆ゆっくりと目開ける母を覗き込む
 母の眼(まなこ)に映るよ私

☆真新しき子の学び舎の制服を
 見かけ心でyellをおくる

☆独り好きおぼろ月夜の音楽は
 ユーミンよりも中島みゆき

☆盛りより心奪わる散る桜
 この先の時間(とき)見ているようで

★静養か無能不様かうましか(馬 鹿)か
 アレラの元号使う気はなし

   日本人としてどうかとは思いますがもう西暦でいいです



     Nちゃん の詠める

先生と
言われよろこぶ
バカもおり
言うてよろこぶ
バカもおるかな

晩節に
教師人生恥ずる君
今ではそんな
教師もおらず

おどけてし
君を見るたび
気の和む
実は奥深
できる漢か?

高熱の
熱き乳房を
触れ揉みで
さびしからずや
寝入る瘋癲

ああ卯月
熱の身体を
抱きしめて
君もコクリコ
我もコクリコ

仰ぎ見し
狛犬の髭に
花の散る
見上ぐる君の
髭にも落つる



     おてもやん の詠める

○送る荷の中身を息子が書いてをり少し歪んだ癖のある文字



     へなちょこ一年生

・春雨の青谷川の坂道は 鬱金桜に染まり霞みゆく  

・菜の花の丘から眺むちぬの海 縄文の景色夢見るごとく

     (神戸の原田の森の辺りで)



     黒猫アビ の詠める

 ・子は宝 できが良くても 悪くても
  我の姿を 映す鏡に
  
 ・早や卯月 亡き愛猫の 一周忌
  可愛いしぐさ 心にのこりて

   (桜満開の時に逝った猫、桜を見るたび家族で思い出話を・・・)



     KUON の詠める

・青空に聳えてゐたり熊本城天守崩るるも悠然として

・熊本の人らの思ひ受け止めて地震禍の城悠然たりき

・地震渦の酷かりしあたり共に巡りひとりの人と疎遠となりぬ

・観光かグルメの旅かと昂ぶりて傲慢にひとを切りてしまひぬ


     忘れな草 の詠める

亡き人に
想いを乗せて
春が逝く
落花盛りの
花を浴びつつ



     おてもやん の詠める

○じいさまの葬儀翌日巣立つ子に次の世代の希望託せり

○全壊で解体されし義父の家 主帰らぬ更地残れり

○葉桜の並木通りを空港へスーツ姿の息子を送る



     しだれもも の詠める

・月光に抱かれる桜花は墨色の樹影のなかへとひとひらずつ散る

・骨箱にキャラメル一つ還り来し叔父の墓にうぐひすの鳴く

・線香の残り香つよき指先を問ふひともなき家に帰らむ

・春嵐さあぁっと黒い雲ながれころがり出づるまんまるの月



     桜子 の詠める

異国の地春を告げむとひとり咲く日本のさくら我を泣かしむ

人ら呼ぶ「ニホンノ サクラ」誇らしく大樹の下に共に花浴ぶ   (KUON・代詠)





     ROM の詠める

・久方の 友とのひとときしみじみと 溶けゆくアイス食べ惜しむように  

・子供時代に ついたる嘘を告白す 我れもと言う友の瞳にほどけゆく

・雨曇りの 空にかかりし水墨画 かなたに山水こなたは鳥獣



     かりそめ の詠める

*実朝の海に潮の満ち満てど海底に砂なめらかに見ゆ

*とある朝花見に誘ふメール来し病知らざる旧き友どち

*わが病知りてメールの相次げり思ひもかけぬ優しさ綴る

*犬猫を飼へぬ団地のはずなれど犬猫多し異人も多し

*葉隠れに梅の小さく実りたり見つめてをれば猫通りすぐ

*道沿ひにアメリカ産の花水木ワシントン市は葉桜のころ

*研修の名札を胸にその視線PC画面にひたと貼りつく

*夜(よ)も白き雲を崩せる旅客機の点滅の灯(ひ)のいざなふごとし



     たまき の詠める

隠された
ツールがあると
知らずいた
長い年月
ゲームの終わり

春の宵
覆い被さる
寂寥よ
肩に背中に
そして心に

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・勝手なるたわごとを申しますれば。

「うた」を確かなものにしたいといという一点では、気持ちお互い食い込むように、たたかいでもあるかのように、近しく寄り添って
「一首」に向き合いたいと願います。私の言うようにしてほしいなどという傲慢な気持ちはありません。違うとお思いなら、がぶり寄ってもいただきたい。私流に懸命にお答えしたいです。学校で教わるように、をお望みのお方には、私は向いていないと思います。

つくり手同士として、上のごとくにありたいためにこそ、時にこころ寄り添う瞬間を共有し得たとしても、狎れ合いは謹んで、うたの場の中にありたいと思うのです。

たったこれだけを願って、数十年、条件のいい「仕事」や、身に余るようなお誘いを、蹴っ飛ばしてまいりました。たぶん、阿呆です、わたし。

身過ぎ世過ぎの糧は他に、散文的に確保して。うたはこころ贅沢に自由にありたい。・・など、気負いながら世の片隅にうたを紡ぐのみの者にてはございますが、だからこそ、思うままにうたに接して行きたいのです。

訳のわからないことを書きました。

来月も、おうた、お寄せ下さいね。お待ちしております。






  1. ゆれ・ふら・とーく
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たけのこ

友達とほぼ一日、しゃべった。会いに来てくれた。

新西宮ヨットハーバー。ついこの前まで桜が咲き盛っていた。いまは葉桜の時、新緑がまぶしい。駅からバスで15分ほど。もよりのバス停は、ベンチが、他と異なりバス通りの方を向いていない。通りに背を向けて、海の方を眺められるように設置してあるのだ。

敷地内には駐車場だけでなく広い広場があり、よく育った桜の樹が整列して繁っており、樹の下に等間隔に多くのベンチが置かれ、海からの風がさやかに吹きわたっている。

大好きな場所の一つになった。犬を散歩させている人がいつもいるが、犬の落し物は見受けられない。皆さん当たり前に、始末して行かれる。

・・外で、緑陰のもと、風に吹かれて話をしてもよかったのだが。

天井の高い、一部分は三階まで吹き抜けになったレストラン・カフェがある。そこへ行こう。

アプローチを行くと、かつて堀江健一さんが「太平洋独りぼっち」、単独で太平洋を横断した時のヨット、マーメイド号が、初夏といっていい日差しを浴びて、白く輝いている。さりげなく置かれている。

こんな小さなヨットで、と、見るたび感動のような気持ちを覚える。ここから、アメリカへ行ってしまった、パスポートを持っていなくて、と、そんな話だった。当時、自分とヨットというものの間には、何の関連も無かった。(今だって無い・笑)。

レストランは空いていた、外に出られるドアがあることは前回、目で確かめていた。友達と外へ出た。海に面したスペース、ウッドデッキに簡単なテーブル・セットが何台も置かれ、そこにいる客たちのほぼ全員が、犬連れなのだった。

犬用の水の容器が無造作に用意されている。犬の食べ物もオーダーできるようだ。

きれいに手入れされた犬たちは、飼い主の傍ら或いは膝の上で、おとなしくいい子している。大きいトイプードル、小さいトイプードル、アーモンド色の子たちがいる。見れば、二か月前まで一緒に暮らしていた銀蔵を思う。

銀ちゃんは、まだ、海の匂いをしらないな・・。

冷たい紅茶を頼んで、なにやかや、数か月ぶりの友達と、話が弾んだ。

体のすぐ脇を、飼い主に連れられた黒い短毛種の精悍な犬が通り過ぎる。よく訪れているブログで写真を見る、おとこまえの垂れ耳の犬を思い描く。一途な目をした犬だ。

黒犬は、ささっと少しだけおしっこをして、知らん顔でデッキを降りて行ってしまった。

何十台、というのか何十艘、もしくは艇、なのか、白いたくさんの⛵がたぷたぷと波に揺られている。

「昔つとめていた会社に、ヨットを持っている家のお嬢がいて」

友達が思い出し笑いをする。

「ここだったかな、誘われたことがある、そのお嬢、私帆があげられないからお願い~って、、男の人たちに当たり前の感じで」

けけ、と笑う、私も、

「乗ることは乗れるけど転んだら起こせないライダーなのね、つまりそのお嬢。

と笑った。そこから「いま」の話題である朝日なんとかの記者の女性の話に飛び、

「お前なんかにせくはらするか、とか言われるの、それ恥ずかしいよね~」

と、うなずき合うのであった。もっとあれこれ話したが、この問題は単線でない、複線。面白がって話はしたが、面白がって書けはしないのだ。

やんごとないあたりも、常に食べ物と体調の話題ばかりが大なる「ひ」、徘徊激増の「へーかがた」、下半身方面への憶測すさまじい「ないしんのう」、鶴田浩二はうたっていました、

「なにからなにま~で~真っ暗あ闇よ~」。

やがていささかの肌寒さを覚え、注文伝票だけをつかんで屋内へ。も一度、中へ座るけどいいですか? はい、どうぞごゆっくり、と。

大変ゆるやかな鷹揚な態度が嬉しいのでありました。

ピザをつまみ(マッシュルームのそれのはずだったが、最近ひどくなった老眼のせいか、もしかして乱視のせいか、ピザの台の上には、チーズしか目視できなかった。それだけがこの日の残念だった、あとは、とても、よかった。

珈琲は熱々で。冷たい紅茶を頼んだら、銀色のお洒落なカップが来て、どーぞ、お好きなだけお飲みくださいと。

椅子にかけてそのままお尻が張り付いてしまった私の、冷たい紅茶のもう一杯を、友はすたすたと取りに行ってくれた。ここに感謝の言葉を記しておきたい、ありがとう。

ありがとう。

彼女はそしてティラミスに見えるケーキを食べ、私はイカのあんよの唐揚げを食べた。

会ってすぐ、お昼には、海鮮丼・上と、それも丼いっぱいありそうな新鮮なアサリの味噌汁を、おなかに収めていたことは、書いただろうか・・書いていませんでしたね・・。

本気でしゃべるとお腹が空く。その格言通り。格言辞典にあるか否かは、存じ上げぬ。

激しくしゃべった、議論はしない。思うことを口から出すだけ、相手の思うことを、耳から入れるだけ。

こいつアホやなと思ったり思われたり、多分。アホがええねん。中途半端なカシコは、好きやないねん。

アホなら、美しい本気のアホがよろしな。中途半端の、お上手な、誠ってなあに、何より大切なものよね、それって、でもでも、そんなもの食べたって美味しくないのよ、って、世渡りなさるお方は苦手、だって負けるもの、こっちは。

負けてもいいんだけどね。負けは、勝ちなの。


友達は、甘えずおもねず頑張って生きている、情の濃い女。

自分で帆を上げられないヨットに人を呼ぶなんてできない女、そんなことするくらいなら人を招かない、自分でポールを立てようとする、それで失敗して下敷きになって倒れていたって、人のせいにはしない女。

ミズカラの恋によってなら男にぶつかって行っても。不毛な「「おしごと」のために自分の「おんな」を使わない女、とても普通の、とても生き辛い女、の、一人なんだ。

夕方まで話して、いったん立って、無料の椅子があったのでまた話した。彼女の悩みを聞かせてもらった、私には何のアドバイスもできない。ただ、また会おうねと言った。可愛い顔して彼女は笑った。

帰宅して、別れ際にもらった朝堀りの筍、自分で炊いたという絶品のタケノコをおかずに。それだけを美味しい美味しいとおかずにして、ご飯を頂いた。用があって出かけていた夫のために、半分を残しておいたのだったが、それにまで手を出してひとかけら食べて、もう食べられないように、二重のラップをかけたところへ、夫が帰って来た。

たけのこ。ごちそうさんでした。ほろ苦さが美味しかったです、また会いましょうね。





  1. うたのおべんきょ。
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四月のうたのおべんきょう、ラストまで。


続き、行かせていただきます。

この色がうた。 この色が詞書もしくは詠み人さんからのメッセージなど  この色をKUONが書いています。

もっと書きたいな~私しつこいかな~無反応なのはどういうことかな~、などなど、それなりの煩悶のありつつ。


お名前は、はんなりとこの色で。

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     おてもやん

○じいさまの葬儀翌日巣立つ子に次の世代の希望託せり
○全壊で解体されし義父の家 主帰らぬ更地残れり
○葉桜の並木通りを空港へスーツ姿の息子を送る

三月末に夫の父が亡くなり、通夜、火葬、葬儀、と喪主の夫と共に参列者に挨拶していた息子は、荷造りも途中で転出の手続きもせず出発しました。荷物に入れ忘れはないか、届出書類の書き方、などLINE画像で確認しながら何とか荷物搬出と役所への届けを済ませました。

夫さんのお父さまは、あの熊本地震で家屋全壊の憂き目に遭われた。実家がそうである中、自宅も危うかったなか、夫さんは黙々と、体が案じられるほぼ不眠不休の日々を、公務・・お仕事を続けられた。そして息子さんは、家族を守りながら大学院を終了、大手術をも乗り越えられて、この春、ご就職。

個人的に知っていることを書いてごめんなさい。でも、どう考えてもご立派で。まっすぐさがご立派で。火の国の女、おてもやんさんが、言葉少なに踏ん張って支え切られた、ご立派と思います。夫さんのお父さま、安心して旅立たれたでしょう、夫さん、ご子息が自慢でまぶしくおられるでしょう、娘さんもお兄ちゃんがね。

おてもやんさん、今はものすごく、息子さんを自慢し倒しても許される時期ですよ・・・と言っても、あからさまにはされないのですよね。

おめでとうございます。万感こめて「おめでとうございます」を言わせて下さいね。




     しだれもも


・月光に抱かれる桜花は墨色の影のなかへとひとひらずつ散る

静かで、豪勢で、どこかひんやりとする光景ですね。ひとひらずつ散る。うう、そうなんだ・・。

私は、「桜の満開の下には屍体が眠っている」

と書いたあの人の感性に、とても魅かれるのですが、ワルクチのつもりは無いが書きますと、姑は私がそう書いた後へ

「桜の満開の下に眠っているのは妖精たちですよ」

と書きはった。怖がらせたらあかんやろ、というのがその理由。何十年か経った今も、腹がたって覚えている(!)。

「墨色の影のなか」は、わからなくは無いが、イメージ的にはわかりますが、もう少しはっきり言うと、広がりが出るなあ、とも、読ませていただきました。


・骨箱にキャラメル一つ還り来た叔父の墓にうぐひすの鳴く

キャラメル、の語が唐突で、言葉を失います。「一つ還り来た」のあたり、何か手を加えようとしましたが、妥当にまとめてしまうのもためらわれます。で、逃げはしないが泣いてしまうKUON。

・線香の残り香つよき指先を問ふひともなき家に帰らん

こういうおうた好きです。「指先」に語らせてうまい。結句の「家に帰らん」も、いいです。
一つだけ。「問ふひとも」と「問ふ」と書いておられるので「帰らん」は「帰らむ」となさいませんか。一首の中では、統一性があるのがいいです。寺山修司は今もなおが、そのあたりごっちゃごちゃのままではありますが。


・春嵐さあぁっと黒い雲ながれころがり出づるまんまるの月



     桜子

お歌のこと、季語や文法など、何も知らず。ネットで調べ、あれこれいじくってみましたが、最早、降参状態です。でも、どうしても、どうしても、この桜のことを詠んでみたかったのです。もう、KUONさんにお任せ。どうぞ、一人前のお歌にしてやってください。甘えています。申し訳ありません。

異国の地春を告げむとひとり咲く日本のさくら我を泣かしむ

この植物公園の女王です。一本、横に大きく、おおきく枝を広げた桜の木です。毎年、威風堂々と咲き誇り、多くの市民を惹きつけています。
皆、口々に「ニホン ノ サクラ」(もちろん、現地語になりますが)と呼び、私は誇らしい気持ちでいっぱいになります。


切実な思いを、ありがとうございます、甘えて下さって。

さてどうしましょう。本気で考えます。いつも本気なのですよ、実は。ここも本気。

おうたは、ほぼまとまっています、あれこれ言葉も選ばれたのでしょう。で、もう一押し。

・異国にて春を告げむとひとり咲く・・・はじめを五音にすると。

・異国の地に春をし告げてひとり咲く・・・異国の地に、と字余りのまま、春を「し」告げて、と言い切る、この「し」は過去形の「し」でなくて、先の言葉を強調する「し」です。


・どっしりと異国に根付き咲き盛る日本のさくら我を泣かしむ

・根付きたる桜の一樹日の本の 威風堂々と春を咲くなり

・人ら呼ぶ「ニホンノ サクラ」誇らしく大樹の下に共に花浴ぶ

・このさくら祖国の桜延びやかに異国の青き空に枝を張る

・・・いっしょけんめい、あなた様の思いが言葉になってくれますようにと考えてみました。

でも、ご本人のおうたが、つまりはいちばん、いいと思うのです。思いぜんぶ入っています。

ご期待に添えなくて・・でも、楽しかったです。ありがとうございました。




     ROM

・久方の 友とのひととき噛みしめる 溶けゆくアイス食べ惜しむように

雰囲気のあるうたですね。

「噛みしめる」と「溶けゆくアイス」が反抗期になる感じもしますので、勝手に

「久方の 友とのひととき ゆったりと 溶けゆくアイス食べ惜しむように」
  

・子供時代に ついた嘘を告白す 我れもと言う友の瞳にほどけゆく

手を入れるのをためらいますが「ついたる」、と「る」を入れる方が私はいいと思います。

・雨曇りの 空にかかりし水墨画 かなたに山水こなたは鳥獣

※春嵐の昨日、長年の親友と会いました。心からうれしかったので、追加でつくりました。
すみません、よろしくお願いします。


今回、何度でも何首でも、の文言を書くのを忘れ、失礼いたしました。

なんどでも追加してくださいね、以降も。雰囲気のあるおうたが沢山出て来ておられます。文法は大事、雰囲気もっと大事。文芸ですものね。ちなみに私は大嘘つきです、子ども時代も今も。




     かりそめ

なにかと心忙しく、お歌をつくる余裕がありませんでした。もちろん、宿題もまっとうできず。ごめんなさい、です。
以下のお歌は急いで作りましたので、穴だらけです。
でも、かえって自分の日常を素直に出せたかな、と思っています。



*実朝の海に潮の満ち満てど海底に砂なめらかに見ゆ

実朝の海。割れて砕けて裂けて散る、海。この海に、長く、憧れています。

*とある朝花見に誘ふメール来し病知らざる旧き友どち

*わが病知りてメールの相次げり思ひもかけぬ優しさ綴る

*犬猫を飼へぬ団地のはずなれど犬猫多し異人も多し

*葉隠れに梅の小さく実りたり見つめてをれば猫通りすぐ

*道沿ひにアメリカ産の花水木ワシントン市は葉桜のころ

*研修の名札を胸にその視線PC画面にひたと貼りつく

*夜(よ)も白き雲を崩せる旅客機の点滅の灯(ひ)のいざなふごとし

穴だらけとは思いませんが。俳句のように瞬間瞬間を切り取って見、感じ、情緒を添えて短歌とされる。花水木のうたと、ラストの、いま現実の自分自身には許されていない旅情への揺らぎのうたが、いいなと読ませてもらいました。

また、異国への旅、なさいます。




     たまき

隠された
ツールがあると
知らずいた
長い年月
ゲームの終わり

血が噴き上げていますよ。
ゲームなら、まことにゲームだったのなら、血は噴き出したりしないもの。


春の宵
覆い被さる
寂寥よ
肩に背中にそして心に

はらいのけても覆いかぶさってくる寂寥、からだ丸くして耐える。

でも、胎児のように丸まっても、けんめいに丸くなっても、寂寥にからみつかれている肩や背中は、むき出し。

心は、どうやっても庇ってやれない、護ってあげられない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今月もおうた、たくさん、ありがとうございました。

いや私はこうで・・と思われるなら、お申し出くださいね。それは本当に、そうなさって下さいね。

また来月。皐月です。さつき。







  1. うたのおべんきょ。
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四月おべんきょ、まんなかあたり

続けさせていただきます。
この色が各人のおうた。この色が「詞書(ことばがき)或いは詠み人さんの思いなどこの色はKUONが書いている部分です。

なるべくうたわれる方のお気持ちをそのまま、触れていいとさせて下さっていると解釈して最小限に、提案したり実際お直しさせてもろたりしています。今まで迷っていましたが「ちょっと待ったぁ」がかからなければ、形を整えたり思いを引き出したり(とわたしが思う)ように、さわった「おうた」を、最終的に残させてもらうことにします。


この色が、詠み人さんのお名前です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     パール

☆冬を耐え教わるもなし春来れば
 主(あるじ)なき地に咲(え)む桜たち

「教わるもなし」は、誰に、何を教わるでもないのに、という、桜への思いでしょうか。そうなのでしょう。いけなくはない、でも、もう少しだけ詩的になんとか・・「冬を耐え」、るのはもちろんそうですが、
「その季(とき)を静かに待ちいて」、春来れば、とか、では、いけませんかしら?。さくらは、春のいっとき、その時だけを咲く花。あとの季節は忘れられている、だから魅力的な花で。
「あるじなき地」というのはまた、他の意味があるのですかしら? すみません私、しつこいんです。一首をきちっと立ってもらいたいのです。


☆ゆっくりと目開ける母を覗き込む
 母の眼(まなこ)に映るよ私

素直なあたたかい一首です。

☆真新し子の学び舎の制服を
 見かけ心でyellをおくる

真新しの後には「き」を入れた方がいいと思います。

大、と呼ばれる新聞などの歌壇でも、全国版なら「き」は要る、地方版だったら「き」無しでも行けるかも、という違いはあると思います。もったいないんです。


☆独り好きおぼろ月夜の音楽は
 ユーミンよりも中島みゆき

      ユーミンさんも好きです!

私は中島みゆき!。うたの雰囲気はよく出ています。おぼろ月夜はみゆきでしょう(断言)(笑)。

☆盛りより心奪わる散る桜
 この先の時間(とき)見ているようで

細かいことを言うようですが、奪わる、ですとそこで切れるのです。奪われる、の意味なら「奪わるる」と、そうなります。

★静養か無能不様かうましか(馬 鹿)か
 アレラの元号使う気はなし
      
      日本人としてどうかとは思いますがもう西暦でいいです

まともな日本人(たち)にこんな思いをさせる、あの万年血税浪費静養家無能無様醜悪空洞空虚阿保・うましか。美しく使い得る元号が、ほんとうは、欲しいのですが。



     Nちゃん

バラバラですが…

先生と
言われよろこぶ
バカもおり
言うてよろこぶ
バカもおりかな

最後のとこ。「おるかな」か「おるなり」か。どちらでも。

晩節に
教師人生
恥ずる君
今じゃそんな
教師もおらず

「今じゃそんな」、少し音が足りなくなりますから「今ではそんな」、あるいはいっそ「今じゃあそんな」。

おどけてし
君を見るたび
気の和む
実は奥深
できる漢か?

「おどけてし」これけっこう使い方の難しい言い方で。万葉集の中にもあまり見かけない・・おどけて、までは今のこと、それを「し」で過去にする。ふつう「おどけたる」など、現在形で言うこと多いですが。。このまま行きますか?。

高熱の
熱き乳房を
触れ揉みで
さびしからずや
寝入る瘋癲

ああ卯月
熱の身体を
抱きしめて
君もコクリコ
我もコクリコ

仰ぎ見し
狛犬髭に
花の散る
見上げし君の
髭も花落つ

ちと触れますね、うたに。「仰ぎ見し」は「仰ぎ見る」「狛犬髭に」は、「狛犬の髭」と「の」は要ります。ラストに向かって
「仰ぎ見る狛犬の髭に花の散る君の髭にも花落つるなり」あるいは「君の髭にも落花は盛ん」とか。




     おてもやん

まずは宿題だけ

○送る荷の中身を息子が書いてをり少し歪んだ癖のある文字

宿題はなまる。とってもよくなりました。「少し歪んだ癖のある文字」これが、具体的に、ということですね。も芸も細部に宿るのです。(えらそーでごめん)。

御多忙のなか。切り抜けて下さい!。。大丈夫や!




     へなちょこ一年生

・春雨の青谷川の坂道は 鬱金桜に染まり霞みゆく

地名などの固有名詞は、うまく使うと響きや文字面がイメージを描かせてくれたり飛躍させてくれたり。この一首は「青谷川」の地名のイメージ喚起、「鬱金桜」のイメージの深まり。坂道であることは技巧でもあるでしょう。  

・菜の花の丘から眺むちぬの海 縄文の頃の景色夢見て

                    

恥ずかしながら「神戸の原田の森」がどんなものなのか、わからないままに。。わからないながら、ああ、そんな風なんだな、と、勝手に思い描けるのも、言葉の力のひとつかもしれません。

「ちぬの海」がダントツですね。ああ、めっちゃええやん、みたいな。

ただ。あの夏井先生ならこうおっしゃるかな「もったいないですよ、「縄文の頃の」まではよくて、でも、「夢見て」は、ねえ」。私もそう思います。「景色夢見て」ここ、甘くて惜しいのです。もう一押し、なさいませんか。ね。押していただきたいです。




     黒猫アビ

 
・子は宝 できが良くても 悪くても
  我の姿 映す鏡に

「われの姿「を」映す鏡に。「を」を入れましょうね。

 ・早や卯月 亡き愛猫の 一周忌
   可愛いしぐさ 心にのこりて

  (桜満開の時に逝った猫、桜を見るたび家族で思い出話を・・・)

アビさん私も同じ、寝たり起きたりの毎日です。今年の風邪にはやられました。起き上がれたからいいとします。ね。


   
     KUON

・青空に聳えてゐたり熊本城天守崩るるも悠然として

・熊本の人らの思ひ受け止めて地震禍の城悠然たりき

・地震渦の酷かりしあたり共に巡りひとりの人と疎遠になりぬ

・観光かグルメの旅か善き人を切りてしまひぬ吾が傲慢に



     忘れな草


亡き人の
想いを乗せて
春が逝く
落花盛んな
桜浴びつつ

亡きひとよまた巡りくる花の季の盛りにわれの春は逝くかも

爛漫のさくらはや散る花散れば母よわたしの春は逝くなり


〃花が散る散る 春が逝く〃
目ンない千鳥 より

この歌を聞くたび桜が散ってしまうと今年の春も逝ったなという感慨に打たれます。
本当は桜のあとから色とりどりの百花繚乱の爛漫の春が始まる
のに何故か桜と共に春が終わってしまうように感じるのです。

もう三十年近く経ったのに母への追慕の念はこの春の逝く頃一番強く浮かんできます。








  1. うたのおべんきょ。
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四月前半・うたのおべんきょ

スピードは出せませんが、ゆったりと「うたのおべんきょ」始めさせていただきます。

この色の文字が、うた。この色は「詞書(ことばがき)」もしくは」詠み人さんの思いやら。この色はKUONが書いている部分です。

お名前は、はんなりとこの色にしましょか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     KUON

・海を見るヨットが見える花びらがひらひらと塩むすびにとまった

・花びらにまみれたおむすびを食べる目の前に海はきらめいてゐて

・だれもいない私のほかは平日のヨットハーバー花の降る午後


     白萩

紅き宝石のごとき苺を食む
この時期だけの心の贅沢

「宝石のごとき紅さの苺食む」、とされたら調べ的になめらかかと思います。紅い宝石のような苺、のままにされたいなら、「ひた紅き宝石のごとき苺食む」とか。声に出して読んでみられたらいかがかと。

漆黒の闇に浮かぶ花 花 花
この時に人は狂うと思う

一か所だけ。「闇に浮かぶ」を、「闇に浮かべる」・・浮かせる、でなく、浮かんでいる、の意味ですが・・・ではいかが。後半の言い切りの凄みに向かって流れがよくなります。

聖堂のステンドグラスの如く見ゆ
青空区切る桜の枝よ

空見上げ桜を愛でる足元に
慎ましく咲く菫一輪

鴨去りて今は水面に燕飛ぶ
はや葉桜の清明の日に

しっかりと対象を見ておられるのですね。勉強もされて。


     ROM

・若猫の ひたと獲物を見据えし目 ただ一心にあることの晴れやかさ

十分に通じます。もったいないから形を整えたいです。

「獲物を見据えし目」。この「し」は、よく使いがちですが過去形になります。今の「目」ですから「し」でない方がいい。[見据うる」「見据える」でもけっこうです。「ただ一心にあることの晴れやかさ」は「ただ一心にある晴れやかさ」でいかがでしょうか。このままでもいいですが、リズムが整います。


・虫追いて 一直線に走る猫 精一杯の命あかあかと燃ゆ」
これもよくわかる、このままでもいいですが、ラスト、「精一杯の命あかあかと」と字数を整えても十分うたになります。 


・山頭火の うしろ姿を追う我れも 「分け入っても分け入っても青い山」

・どろどろと どろどろどろとどろどろと 記憶のうみよ干でるその日よ 

・心折れし 時には決まって比べおり 誰かと自分 自分と何か

手を入れれば入れられるのですが、おそらく詠み人の気持ちは、このままで行きたいのでは。こういう風にうたって行くと、どんどんできるでしょう。散文より明確な「自分」をお出しになれるのでは。

・枯色(かれいろ)の 土手に色彩沸き出でぬ 地中に潜める時満ちた今

・春風や 木影(こかげ)なき道に葉が一枚 今はいずこか落とし物あり

・矢印の ように飛び立つ野の鳥に 斜めに切られし庭の青空

失礼ながら、ご自分を哂いながら書かれる(コメント含む)散文より、うたの方にどかーんと力を注がれては。自虐しないでも、うたによってわかってもらえると思います。力がおありです。



     まめはな


・ざわめきも光も陰も完璧にバルセロナあり我が裡にのみ

ガウディーが好きでバルセロナに行きたいと思っていたことがあり、
写真やガイドを見ているうちに自分の中にしっかり街が出来上がってしまい、
実際に行ってもこんなに満足しないのでは…なんて思っていたことを詠んでみました。


スペインの、というよりバルセロナへの思い。よく出ていますよ。

一か所だけ。これで全く違ってくると思うのです・・
「「ざわめきも光も影も完璧」、の、この後。「に」でなく「の」にされたら。

「ざわめきも光も影も完璧のバルセロナあり我が裡にのみ」

この「裡」を使われたの成功です。大成功。バルセロナへの恋が使わせてくれたのかしら。




     わすれんぼ

一点の曇りもないとはよく言うわ 嘘つきシンゾー面目躍如

あれほどに恥を知らずに言い募る 人間性が壊れているのか

人ひとり独裁振るい民主主義ルールの破壊いともたやすく

移民入れ雇用農業破壊して これを保守だと信じる馬鹿ホシュ

シンゾーの仕えているは誰なのか グローバリズム国民の敵

なんとなく信じていた国のまともさを 見事底からひっくり返し

一首として考えますと、「ひっくり返し」の後にもう一音「て」を入れられると、収まりやすいです。

良識を破壊しつくし恋々と しがみついたり権力の座に

これも、せっかくの迫力ですから「しがみついたり」よりは「しがみつきおり」と現在形にされるのが、より迫力ありになります。一気呵成に思いのたけを詠まれて、手出し口出しは、ほんま最小限がいいと思いますし、実際、必要ない詠まれぶりです。

シンゾーの行き着く先は何処かしらん 塀の向こうのムショかビョーイン

思わず笑ってしまったKUONをお許しあそばせ。

老いの身にムチ打ち肉体労働を数日間、筋肉痛で死にそうです。
なのでやむなくベッドで休むことに。こういう時に歌が出てきます。


老いの身の無理のツケは、けっこう後々に襲いかかってきます。早くうまいこと、抜けていってくれますように。それと、いつもの、疾風怒濤のこういうおうたとは別の「わすれんぼさんのおうた」も、次回は読ませて下さいね。まぢで言うてます。


     こぶ


・級友と未だ馴染めぬ娘を思い
ランチの話題頷いてるだけ

・一週間登校したらカツサンド
食べに行こうと小さな約束

ちゃっちゃと小器用にいろいろこなして行けるタイプのお子さんでないのですね。とても素敵と私は感じさせてもらっています。それを、お母さんが見守り、理解してくださっているのですし。

いまの世に、生きるのに丁寧なお子は、しんどいことも多いと思う。はたでしんどいこともおありと思う。でも、自然に内部に溜って行っているものは大きいのではないでしょうか。

うたはきちんと完結しています。こんな風にもっと、書きたいように詠んで行かれたら、と思います。端っこでうなずいているだけのお母さんの姿。一緒に行こうねの約束のカツサンド。おうたの中で生きています。


職場で新入社員研修がありました。

・新人の名刺交換両手延べ
まるで何かの儀式のように

春ですね。
不安と期待と。
今年は不安多めの春です。




     アルジェリマン


小走りで曲がった先にはユキヤナギ そよそよ揺れる白き夜道に

スギナ踏みナズナ揺らして朝露の 中に分け入る黒犬光る

汚れていない朝の空気の透き通り具合まで感じるうたです。

若く精悍な黒犬くんの毛並みの艶も。


寒風の止みてスズメら飛び立ちぬ 翼に春の日差しよ当たれ

春の夜ネコが横切る姿見て 犬びくりとし見送る始末

・・う~む。からだはデカいけど、繊細過ぎるのかわんこ。愛しいような奥歯がキリっとするような。

この「始末」の一語に、飼い主の愛情とトホホ、の感と。






  1. 書いてみる
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不思議なカフェ リアル篇 1

四月の「みんなのうた」呼びかけ中ですが、ちょいと外れてあのカフェのこと書きたい・・・。

私の頭の中の「シモーヌの物語」は違う方向で歩き始めています、ので、わたしの好きなあの店の、現実の、なんともいえない話を、書いてみたいのでした。



マジですか?と言いたいくらい酷い風邪を、なんとかやり過ごしつつあった土曜日。

久しぶりに足を向けてみた。貼り紙が増えていた。

・開店時間が遅くなっていてすみませんでしたが、11時からあけています(原文のまま)。

・4人分さんくらいまとまれば、飲み会女子会男子会、お申し付けください、お料理いろいろ頑張ります(これは原文のままでない、意訳です・笑)

・地区を見回ってくださっている〇〇の皆さまいつもありがとうございます。おかげさまで安心して営業させてもらえます(ほぼ原文)。

・ランチ時間人手募集・16歳~75歳まで(原文)。

も少し何やらあった気もするが、いま、昼食後の風邪薬のせいか、アタマが19パーセントくらいもーろーとしている、必要事項はこんな感じだったか。

うつむいてムフフと笑いながら入店、いらっしゃいませと、シモーヌが迎えてくれたのでびっくり。驚く話ではないのだが。

以前の二回は入って右側の席についたのだったが、トイレに近い左側に座る。何にされますかと、若いお姉さんが水を持って来る。ここで本気で驚いた。おなか、でっかい。

16歳から75歳までの人手募集に応じて、この妊婦さんが来たのか。来たのだな、実際、いるし。

「今日の日替わりは」

と言いかける彼女の背後から

「とんかつありますよ」

と、シモーヌ。

初回のこと、覚えていてくれたのかいシモーヌさん。

実は、表に出ている手書きのメニュー・ボードに、あったのだ。日替わり・牛肉と玉ねぎのオムレツ、とある下に、魚のフライ、なんたらかんたら、酸っぱいカレー、と。

酸っぱいカレーがいいなと何となく決めていたのだ、で、モーニングタイムにとんかつ食べたがったこの店の初日の私を、うう嬉しい、覚えていてくれたシモーヌの意見も取り入れ、カツカレーを注文。

朝までお粥とおからのたいたんを食べていた胃袋には忖度無し。来てよかった、の思い溢るる私であった。

さて。

入店したのは11時5分だった。先客があった。八十歳に近いと思われるご夫婦。身だしなみきちんと、よく磨かれた靴をはいておられて、奥さまの脇には買い物用カート。卓の上にはほとんど空になっているコーヒーカップ。・・・何時にご来店だったのかしらん・・・奥さまは店に備え付けの新聞を手に、ひっきりなしに夫君に話しかけ続けている。

「ビフォーアフターあるのね、見ても仕方ないけど見ようかしらね、あらら、イーストウッドいまこんな風になっているのね、明日投票日か、市長は〇〇で決まるんだわね   云々」。

夫君は黙ってうなずくでもなく、首を横に振るでもなく、すんなりと奥さんの声を聞き流す修行の成果を発揮されている様子。

シモーヌが私の前に盆を置き、灰皿要るかと聞く。要らないと答えると、ニコッと笑った。喫煙者のままだったら、毎日でも来たな、ここ。

カツカレーのカツは、手作りに見え、一口かじって、美味しい、と、嬉しかった。あれから他の店でも食べたが、嬉しくない味だったのだ。今のマンションでは揚げ物しないとはじめに決めている、私は台所を綺麗に保てない人間と自覚していて。そういう自分を変えよう、の気持ちは、今や無い。きっぱり。

夫は揚げ物を要しない人間で、なんでもすきなもの食べたらいいじゃないと私に言ってくれるが、とんかつ一人分作るの大層ですし。私の食べたいものは外で食べる宣言をして、家では、酢の物煮物、魚料理に和え物その他。じじい食に合わせている現状、それが自分にも心地いい年にはなっているのも事実。

でも、時々食べたい、とんかつ海老フリャア、グラタンにチーズたぷたぷパスタ。そんな願望に、予想以上にこたえてくれる「かつ」で。カレーもよかったです。欧風カレー。色の濃い具材見えずの、とても好きなタイプの、なかなか最近では出会えない、昔の喫茶店の缶詰カレー。喫茶店の(笑)。こういうのが食べたかったの。で、満足。

食べながら、夫婦連れの奥さんがお腹大きいウェイトレスさんに話しかけているのを聞いていた。

「えええ?来月、〇日に産まはるの? もうひとつきも無いわねえ。でもお元気そうやし、からだ動かしてやから、安産よきっと。そうなの、男の子なの、ええ子が生まれて来やるねえ、私はね、男の子でも女の子でも    」

延々と話は続き、妊婦さんはにこにことお腹を撫でながら話を聞いている。新しく客が来る。若い、男の子、とよべるようなその彼は、入り口右側の、窓に面した席でなく、壁側の、湾曲したカウンターになっている椅子に座った。常連ぽい。

厨房から出て来た女性が、何とかにしなさいよ、野菜も食べないと、と勧めるのに、いや、日替わり、と告げて、今どきの若いコらしい長い脚をぶらぶらさせながら煙草を喫い始めた。私の目には「若いコ」であるが、ベンディング関連の仕事中らしいのが、会話から聞き取れる。

もう一人、今度は中年か熟年か、もう少し上か、女性が入ってきて

「コーヒちょーだい、ねえ、あましんどこにあるか知っとう?」

カウンター席の彼に話しかけた。すぐに出て来た定食を食べ始めていた彼は、スマホを取りだして何やら調べ始める、女性は、

「きのう入ったいうんやけど、今日出しにゆかんでもええんかなあ」

など、大きな声で一人、しゃべっている。スマホから目を離してお兄さんが、わかった、あそこを、こうで、と教えている、年金が振り込まれた話で(絶対に初めてではないと思われる年齢とみられる)早く出さないとお金が溶けてしまうのではないか、みたいなことを言っている、大丈夫やて、となだめている彼が、非常にやさしいまともな人間に見える。

外まで高齢の夫婦を見送りに出て、外で夫人のおしゃべりにつかまっていたシモーヌが戻って来てカウンターに入り、銀行へ入ったお金は、出さない限りどこへも行かないと説明している、食べ終えたお兄さんは、うまかったごっそさん、と、素早く店を出て行った。

私も食後のコーヒーを飲み終えて、レジに向かった。

!。!。

また!、びっくり。

レジスターが全開状態。お札も硬貨も全種類、オープンに見えております。一瞬固まっていたら、シモーヌが来て、私が出した紙幣を受け取って、無造作に、ふつーに、レジに入れて、お釣りをくれた。

今日のシモーヌは、美容院へ行ったのか髪はまんべんなく茶色で、ショート・ボブ、といった感じ、大きなマスクは着けているがふつーのトレーナーに、普通のエプロン姿。ごく普通のようであるが、なんとも形容のしがたいチャームが、漂っているのは、わたしの嗜好性のせいか。私は、ふつうにストレートの人間として生きて来たと思うのだが。

とまあ、深く考えなくてもいいのだろ。

ゆる~くて。人間の集まる空間ぽくて(なんかおかしな言い方であるな)、昔っぽい、ふしぎなカフェではある。

また来て下さいね~、と「~」付きで言われ、またきま~す、と「~」付きで答えて店を出た。

作業服姿のおっちゃんが二人、たたたと歩いて来て、

「やってるか?」

「お、やっとお、やっとお」

嬉しそうに中に入って行った。




  1. みんなのうた
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四月、卯月の「みんなのうた」 お寄せください。

四月、卯月の「みんなのうた」、みなさまどうぞ、とお呼びかけいたします。

基本は五七五七七の短歌。多少の字余り、字足らずは、それはそれ。

今日から十六日、月曜日の夜までを募集期間とさせていただきます。

表コメントでお願いします。触れてほしくない思いのお方は、その旨、お知らせくださいね。

取り急ぎのような形で、まずは、今月も、歌詠みびとよ、来たれ。ですわ。





  1. 今の思い
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「火垂るの墓」

明日は退院できそうとのことで。

目の力がやや戻り、昼ごはんもほぼ完食、平熱に戻った夫を病室に置いて、帰ろうとした。

安心すると同時に、何もしなくても「ああ疲れた~」感があり、このまま帰宅するのもつまらないな、と思い、でも、さてどこで何をしようやら。

タクシーで帰ろう、一気に帰って、のんびりするべし、と。目の前に来たタクシーに手を上げて乗り込んだ。

なんでそういうことになったやら、そのタクシーで、一度は行ってみたかった「ニテコ池」へ行くことになったのだった。

ニテコ池は、アニメーション映画の好きでない私が、唯一何度も観た、途中で涙にむせて見られなくなって、また必死で見続ける、という映画の、舞台の一つ。「火垂るの墓」。野坂昭如原作。

原作は私の十代の終わりに発表されたもの。すぐに読んで、以後、憑かれたように野坂作品を追いかけたきっかけになった、手垢のついた言葉で言えば、「青春の書」の一つ。

アニメ化されてすぐに観たし、実写版も観た、それまで(今も)どこがいいのか全くわからなかった松嶋菜々子が演じた叔母さんは、それなりにリアルで。時代を思えば仕方が無かったのだよね、と、いささか感情移入もできた気がする。

何より。

節子。せっちゃん。

「兄ちゃん。おからの炊いたんあげましょね」

節ちゃん。父は戦火に紛れ、母は空襲に焼かれて死に、非常時でなければ穏やかな付き合いの親せき宅であったであろう家に、いられなくなって、まだ子供と言っていい兄の清太に守られ、頼ったが、つまり飢えて死んでいった。

一缶のドロップが、節子の宝物だった。ひとつずつ大切に食べて、でも、無くなってしまった。節子はさいご、洞窟のなか、起き上がれなくなった身で、石ころを口に含んでいた、食べるものが無くて。兄ちゃんは、空襲の町を、燃え上がる家々を駆け回って「どろぼう」のようにあれこれかき集めて、なんとか妹と自分を生かしてやろうとしたのだけれど。

汗疹だらけになって痩せ衰えて、節子の幼い命の果てたのが、この「ニセコ池」のほとりだったのだ。

なんでか、タクシーの運転手さんと「御影」の話になり、そこから夙川の話になり、野坂昭如の話になった。地元の人だったのです、運転手さん。

「まだありますよ、ニテコ池」。

そう聞いて、胸が震えた。そんなには変わらずにあるという。

行きたい、と思った。清太が、妹の軽くなってしまった亡骸を、一人で焼いた水辺。

節子の骨は、ドロップの缶に収めた。池のまわりには蛍がいっぱいだった、蛍の乱舞の光が、いくさの犠牲者である幼い節ちゃんの、葬送の光になった。

行きたい、そこへ、と思った。

で、行って来た、タクシーに乗ったそのままで。

・・・野坂昭如は、ほかの著書で、自分は小説のようなあんないい兄ではなかった、と書いていた。年齢設定も事実と違うし、と。自分は、ひたすら、おなかが空いて空いて耐え難かった、妹の面倒を、そんな充分に見たとは言えない、必死だった、おぶって逃げたけど、妹にはどうしても分けてやれず、自分だけが食べてしまった時もあった。そんな風に書いているものも、私は読んでいた。
泣かれてどうしようもなく、叩いたこともあったと・・・。

清太のようには死なかった野坂昭如は、浮浪児の収容所に入れられて、飢えてお尻の肉が減って行って、毎日、今日死ぬのはあいつか、自分か、と、それ以外に考えることが無かった中から、奇跡のように救出され、頬の肉を増やし、大学へも入り、爆発的に売れた歌の歌詞の作り手にもなり=「おもちゃのチャチャチャ」=直木賞作家にもなった。

宝塚出身の夫人との間に生まれた、自作の子守歌までつくった大切で可愛くてたまらない娘について書いても。

「この娘が缶を開けて食べきることもなく放り出すビスケット、クッキー、これをまとめて、あの、飢えて死んでいった妹に、食べさせてやりたい、そんな衝動を抑えられない」。

とも、書いていた。

・・・一年四ヶ月の妹の、母となり父のかわりつとめることは、ぼくにはできず、それはたしかに、蚊帳の中に蛍をはなち、他に何も心まぎらわせるもののない妹に、せめてもの思いやりだったし、泣けば、深夜におぶって表を歩き、夜風に当て、汗疹と、虱で妹の肌はまだらに色どられ、海で水浴させたこともある。(中略)ぼくはせめて、小説「火垂るの墓」にでてくる兄ほどに、妹をかわいがってやればよかったと、今になって、その無残な骨と皮の死にざまを、くやむ気持が強く、小説中の清太に、その想いを託したのだ。ぼくはあんなにやさしくはなかった。
                  — 野坂昭如「私の小説から 火垂るの墓」・・・


今に残るニテコ池、ここを舞台に妹の鎮魂めの小説を紡いだ、およそ50年前の野坂昭如。

それと知らなければ、水のいろの薄緑色の、どうということもなさげなニテコ池。

周囲は超のつく高級住宅街、経営の神様と称されたかの松下邸もあるらしい、他のどの家についているのか、SPの姿がほの見えた。

穏やかな晩年を生きて逝った野坂昭如は、どんな思いでこの池を眺めていたのだろう。

・・・一人でぼんやりとたたずみ続けた私に、行きますか、と声をかけて、タクシーの運転手氏は車を出した。

家まで送ってくれた。支払い時、こんな金額で済むはずがない、と思われたので、聞いてみたら、走った分はちゃんともろてます、との答えだった。滞在中はメーターを動かしていなかったようだ。

「メシ、食うてる時間くらいでしたわ」。

「もっと他のとこも、よかったら見に行って下さいや」

そういわれるのに、ありがとう、と請求された分だけお金を渡して、去って行くタクシーに、頭を下げた。

あの池の周り、蛍が舞いかわすことは、もう、無いそうだ。





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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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