KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

「私は島津の末裔」

毎日新聞の今日の紙面にありました。

「天皇陛下 覚悟の慰霊」

どこかの女性誌のタイトルをいただいて来られたか、第一面に。「覚悟の」慰霊。

内容は、今年6月に亡くなられた元・沖縄県知事の大田氏への、過去の取材からのようです。一部を引用します。

その前にはじめて沖縄を訪問した今上が、大田氏に

>「沖縄の人たちは、私たちをどう思っていますか」

と尋ねられた。

>大田さんは一つのエピソードを話した。

「畑作業をしていたTシャツ姿の女性が、陛下の車が通るのを見かけ、手を振っていました」。

>陛下は少し喜んだような表情を見せたが、淡々とこう返されたという。

「しかし私は島津の末裔ですからね」


・・・ははあ。少なからずわたしは、衝撃を受けました(いまさら・・・)。

事実、陛下の母上、香淳皇后は、最後の薩摩藩主・島津忠義のお孫さんにあたられる。

しかし。

天皇が、母方の血筋を、こう口に出すか。疑問では無い、出したのだ。

私は島津の末裔ですからね、と。

これ言ったら、これ言ったら、と。私の脳内はメリーゴーラウンド。ぐるぐる回るよ、あほー、あほー、あほー、なんにもわかっちゃいなかったんだ、あんな頃から、わかってなんかいなかった、あほーあほーなてんのーさん、たららららん。(1993年のことでした)

島津家を貶める意図はいっさいありません。そういう話ではない。


万系一世。男系でつなぐ血筋。今では何かあやふやになりかかってはいる気配が無きにしも非ずであるが、が、が、未だにそれは絶対のものである(あらねばならぬ)、天皇家に於いて重要なのは、父方の血筋である、この一事。


それと。苦笑すべきは、今上のセコさ。

今上の、なのか背後の何かのセコさなのかはともかく。

ご自分のなさることに、反応を求めるとは。情けない。

するべきことを淡々と粛々となさったら、感想なんぞお気にめさるな。

背後の奥方は、ただただ自分らの「慈愛演技」への反応だけが気にかかるお方と、存じ上げてはおりますけれど。





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ミラボー橋


ミラボー橋

                      ギョ-ム アポリネェル   堀口大學 訳

 
   ミラボー橋の下をセーヌ河が流れ
      われらの恋が流れる
     わたしは思い出す
   悩みのあとには楽しみが来ると

      日も暮れよ、鐘も鳴れ
      月日は流れ、わたしは残る

   手に手をつなぎ顔と顔を向け合おう
       こうしていると 
     われ等の腕の橋の下を
  疲れたまなざしの無窮の時が流れる

      日も暮れよ、鐘も鳴れ
      月日は流れ、わたしは残る

   流れる水のように恋もまた死んでいく
      恋もまた死んでゆく
     生命ばかりが長く
   希望ばかりが大きい
                                    

      日も暮れよ、鐘も鳴れ
      月日は流れ、わたしは残る

   日が去り、月がゆき
       過ぎた時も
     昔の恋も 二度とまた帰って来ない
   ミラボーー橋の下をセーヌ河が流れる
 
      日も暮れよ、鐘も鳴れ
      月日は流れ、わたしは残る

                  詩集「アルコ ール」(1913)
  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・. 

 
    ミラボー橋のしたセーヌは流れ
      そしてわたしたちの恋も流れる
     せめて思い出そうか
    悩みのあとには喜びが来ると
 
     夜は来い鐘は鳴れ
     日は過ぎ去ってわたしは残る
 
    手と手をとり向きあって
      こうしていると
     わたしたちの腕の橋のした
    永遠の眼差しのあんなにも疲れた波が通って行く
 
     夜は来い鐘も鳴れ
     日は過ぎ去ってわたしは残る
 
    恋は過ぎ去るこの流れる水のように
      恋は過ぎ去る
     何と人生の歩みはおそく
    何と希望のはげしいことか
 
     夜は来い鐘は鳴れ
     日は過ぎ去ってわたしは残る
 
    日が経ちいくつもの週もまた
      過ぎた時も
     恋ももうもどって来ない
    ミラボー橋のしたセーヌは流れ
 
     夜は来い鐘は鳴れ
     日は過ぎ去ってわたしは残る

                                   飯島耕一 訳
 
               青土社版『アポリネール全集』第一巻




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

若い頃からお酒は吞めず、言葉に酔っ払っていました。

美味しいと思えたら、どんどん吞めたなら、りっぱなアルコホル中毒者になっていたと思います、控えて飲まなかったわけではありませんので。

吞めていたらあったかもしれないこと、吞めなかったからある、今のいろんなこと。

・・・このアポリネールという詩人。ファンの多い画家の、あのマリー・ローランサンの恋人だった時期があり、その恋に破れたあと、書いた詩だということです。

アポリネールは30代後半で死に、ローランサンは70代まで生きた。

     日が去り、月がゆき
               過ぎた時も
           昔の恋も 二度とまた帰って来ない

まことシビれました、こけし顔だった、黒い髪がうるさいほど多かった、かつての私は。

あれこれ経てきた今のわたしも、やはり、いいなあと、ゆる~くシビれます。。
   
ミラボー橋。

きれいだった、涙。


この夏のわたしの「すてきだ! ナンバーワン」は、このおのこです。

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わたしの住まう県の、今年の甲子園野球大会出場校の、応援団長。固有名詞は避けさせてもらいます。

勝ちあがってベスト4にまで進出。その試合の、9回裏、けっこうな差のある展開。おそらくほとんど勝ち目は無い・・・。

この学校の野球部の応援団長は、伝統的に羽織、袴姿で、腕を組んで、試合中はいっさい口を開かず、微動だにせず。

立ち続けて見守り続ける。この団長も、それまでは無言を貫き、仁王立ちのままだった。

それが。テレビカメラは捉えた、この団長の閉じたまなこから、つつーっと、涙が流れ落ちたのを。

日焼けした男子高校生・男・加藤 虎之亮(書いてしまった・・・)の落涙。アナウンサーは「涙か汗か」と、思い遣っていましたが、涙停まらず。

頬を流れつづけ、顔はくしゃくしゃになって。懸命にこらえても、涙、とまらず。

この回でもはやおしまいという9回裏。12対6、点差は6点。それを、繋いで、繋いで3点差まで、ものすごい追い上げでした。

9回の応援はすごかった、で、12対8までに試合はヒートアップ、応援団長の顔筋がうごめき始めてもいました。

高校に入ってから故障続きで、この大会でもベンチ入りできなかったとか。そんな虎之亮くんを、中学から一緒だった数少ない部員である橋本くんが、ふざけたり直球だったり、いつも傍にいて、気持ちに添った支え方をしてくれていた。

その友もこの大会、ヒットを放っています。猛烈なヘッドスライディングを決めてもいました。


・・・耐えきれずに涙が。できることで何か野球部の役に立ちたいと団長に立候補した虎之亮(呼び捨て!)の涙、とてもきれいでした。

いろんな思いの、みっしりつまった涙が、不動の応援団長の双の目から、溢れだしてしまった、ということだったらしいのでした。

わたしもテレビ見ながら、涙だらだらになっていました。

試合は負けましたが(広陵高校さんおめでとうございました)、胸の熱い思いをさせていただきました。


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よろしければ、動画もどうぞ。








ありがとう、BBさん。続きあります

感情は排して、書かれておられたことだけをご紹介します。

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「追記です (BBその2)2017-08-24 13:23:16

凍結は、唐突だったので皆様にはご迷惑をかけますが、BB自身はどのみち、予告していた通り閉ざすつもりだったので、痛手はありません。
この理不尽な騒動に他の方たちと巻き込まれる前から、ブログ閉ざしは表明していました。
閉ざす記念に最後のメモリーとして激戦区のランキング表に置いたら、一晩で3位に駆け上りその余勢で、つい続けてしまった、というようなことです。
伏見とでれでれの問題がその後に生じたこともあり。

今朝など、伏見ことIAの大分市内の出没MAPを添えたり、ちょっとお転婆が過ぎたかもしれません。

では皆様、本当にありがとうございました。

と、トド子さんの軒先を借りてのご挨拶です。

トド子さん、ありがとうございました。
消されぬよう、細心のご注意を払ってくださいませ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・8月26日・早朝。

KUONまいる。

上の記事も以下の新しい記事も、KUONが勝手にしていることです。お許しも受けておりません。

トド子さんが「だ~れかさんが み~つけた」と書かれているところから、く~おんがみ~つけた、と↑のものを。

↓のものは、コメントを下さった方に教えていただいて「み~つけちゃった」とばかり、いただいて来ました。

出過ぎたこととも思いますが、もしかしてこのお節介で、ご安心下さる方もおいでかと。

出過ぎでしたらお許し下さい。でも、出しちゃったからね。私は自分の記事を、めったに削除しないで来た、ミジンコです。

またの日を想い、タイトルだけ変更します。



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BBさんよりトド子さんへのコメント、勝手に頂いて来ました。

トド子さま 皆様 (BB)2017-08-25 18:15:25

ご心配をおかけしていますが、BBは大丈夫です。
皆様ご承知の通りどのみち、近日中(実は今月中に閉ざす予定のブログでした。
そのために、記事を少しずつ削除・整理していたので
むしろ膨大な記事が一挙に片付いて楽ちんです。

コメ欄は何らかの形で復帰するかもしれません。
また、皆様から好評で再録のリクウェストの多い記事は全面削除せず取ってあるので、ご要望に応じ再録します。読者さまのお一人は、BBの過去記事を全部保全してくださってます。

だから・・・・大丈夫。

ご心配なく。

トド子さま、成りすましが多いそうで・・・・BBの名を騙ったのも多いのでしょうね。なんて卑しい連中でしょう。

こちら、トド子さまが帰国次第、あのサブウェイの階段を上り詰めたA●出口出て右側、ベローチェでお待ち合わせしている本物BBです。今後、BBで書き込む時は、トド子さんしから知らない暗号を折り込むので、それだけを採用してください。他は偽者です。

皆様、ご心配おかけしてごめんなさい。
BBは大丈夫、笑ってますので。失笑だけど。
奴らの、触れて欲しくない弱点が解ったし
二人の居住地域も、名前もその他付加事項も。
身元なんてすぐその気になれば割れるのに、怖くないのかしらね?

仕事と家のことで文回っていて、PCに向かう時間がなくご報告が今頃になったことを、お許し下さい。

伏見さん、BBがこんな緊急時の時こそ、立ち上がっててくださいません? あなたが、男なら。頼みもしない時に、勝手にギャーギャー男ヒス起こして、火のないところに煙を立て周辺の誰彼を巻き添えに、言いがかりの当たり屋など腐った真似をなさらずに。
58歳のいい男が、まるで僻み根性のキムチ女のようなヒステリー。

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ここへいただいたコメントには、お返事させてもらいません。ご了承をお願いします。 KUON





地平線


             地平線


       彼女の白い腕が

       私の地平線のすべてでした。

                     マックス・ジャコブ(堀口大學訳)

  
マックス・ジャコブ
1876年7月12日〜1944年4月5日
フランスの詩人
ユダヤ人
アポリネールやコクトーと並び
現代詩の先駆者のひとり
画家のモディリアーニは
マックス・ジャコブの絵を二枚描いている
ナチスのユダヤ人迫害に遭い
ドランシー収容所で病死
堀口大學の訳詩で親しまれている



記憶の隅っこの方にあって、このたびコメント欄への投稿によって思い出させてもらえた、この詩。

おそらく50年もむかしにはじめて「この詩に出会った時は、菅原敏の訳詩でした。そんな気がします。


        あなたの白い腕だけが

        わたしのすべての地平線



この「腕」の主を私は、むかしむかし、男性だとうけとめました。

まだリアルな恋に触れていなかった、十代の。ヨーロッパの映画に耽溺していた当時の。肌の白い俳優たちに目が馴染んでいた頃の。

そんなだった私は、地平線であるこの「腕」を、男性だと思い込みました。

いま、改めて詩に再会して。堀口大学の訳の詩に。

そうなんだ、地平線は、彼女の腕なんだ。

そう知りました。

どちらが「好き」かは、人それぞれでしょう。

わたしは・・・どちらもいいな。どちらも素敵です。

現在の私と似かよった年齢で、この詩人が、ナチスの収容所で病没したこと。そのことも知って。

重い苦い気持ちにもなりました。


海の響きを




          「耳」


    わたしの耳は 貝の殻

       海の響きを懐かしむ


                 ジャン・コクトー       堀口大学 訳





ご挨拶。

気持ちが落ち着いてから書こうと思っていました。

ご存じの方はご存じでしょうか、でれでれ草と伏見顕正のブログが閉じられました。内容が規約に反したからと聞けば、なるほどと思います。

追記・トド子さまより

>私は規約違反云々でFDDを消し去った訳ではありません。
>あくまでも正攻法で法律の矛盾を突いただけです。


よくわかりました。

・・・あれらについては、もうここでは書きません。それでも信じておられる方は、思いのままにされるだけのことでしょう。

恐ろしかったのは、あの匿名の掲示板です。

あれらが放り出す無いこと無いことのネタを都合よくキャッチし、真偽かまわず当該ブログを読んだことも無い者たちが、理由もわからず突然ある日、捏造や誹謗中傷の嵐に突き倒されて身を庇うすべも無く転がされてしまった状態の、罪咎の無いブロガーさんがたを、嗜虐趣味をそこで同じくする仮想集団となって無茶苦茶に踏みまくり、顔写真を潰し、家族友人までを極限まで侮辱し、汚い言葉で貶め続けた、狂熱狂乱の時期のことでした。

こんな楽しいことやっていいのか、という感覚でもあったか。匿名で。自分は安全な場所から。どうやら同じ思いの仲間はいるし暴言吐くのは自分だけでは無い、やっちゃえ。

もっと強い刺激が欲しい、誰か写真を探して来い。もっともっと。もっと落としてやれ、もっと辱めてやれ。

自死を促す書き込みもあった、まだ生きているのかと言い捨てていた。もう関係ないとも書いてあった。人間ではないとわたしが感じたのは、そのあたりでもあります。レイプ犯のやり方です。それがまかり通っていた、ある時期。

良識的な書き込みもありました。いっしょうけんめい、それは違うと書いていた方もありました。しかし。

爆発的な狂乱のときには、まともな意見など通る隙間は無い。

ただただ、嵐は、何もかもを襲い、巻きこみ踏み潰して行く。

・・・狂ったような加虐の喜びに没頭したヤカラの中には、でれでれ草、伏見のブログのなき今、まるで何も気になっていない者もいるでしょう。

いつも考えるのですが、自分から「悪」を行う者もいれば、おそるおそる尻尾の方から、本当は投げたいかそうでもないのか判らないまま、皆に石を投げられている対象に向かって、エイヤと投げてみる者もいる。

一個投げたからいいや、ちゃんと、自分も投げたと言って、仲間のままでいられる。もういいや。そんな者もいる。

もっと投げる者もいる、人にツブテが当たるのが面白い者もいる。一度だけで、もう止めようと後ずさりする者もいる。

後になって、自分(も)石を投げた、逃げようのない人に向かってツブテを投げた、と。

心に痛みを持つ者は、ここに挙げた、どのタイプなのだろうかと。

自分が、ある日、何かに巻き込まれて。理不尽だと怒る時、過去のことを、思い出す者はいるか、いないか。

もしもいつか親になって、自分の子どもがいじめに遭ったらどうするのか、など、考えます。

わけのわからないことを書きました。

自分のことも含めて、これどうなるのだろう、どうすればいいのだろうと、途方にくれる思いでいた時に、立ちあがって下さったブロガーのトド子さんに、深い感謝を捧げます。

BBさんにも。

裏のコメントであれこれ支えて下さった方々にも感謝します。

黙って支えて下さった読者さん方に、感謝します。

もう私から離れますと、挨拶して離れて行かれた方、お気持ちはとてもよくわかります。よろしければまた、KUONのブログをのぞきにいらして下さいね。

こういう記事は、終わりにしたいです。

・・・この記事を持ち出すこと、禁止させていただきます。

誹謗中傷、なさりたいなら、どうぞ覚悟の上、なさって下さい。わかったな、ゲスども。

たいせつに思ってしまう


八月という季節は、もの思うこと多い季節です。

青島からの引き揚げ者で、戦争によって運命を無茶苦茶にされた一人でいらしたうたの師は、こんなうたを遺されました。

  ハイビスカス ブーゲンビリアの赤い花 平和といふは痛みのごとし

口に出しては言われませんでしたが、美智子さんのことが大嫌いでした。威厳とユーモアに満ち、何につけ抑制の効いた方が、美智子さんの話題になると変わられた。わたしを可愛がって下さいました。師のことも、あれこれと思い出す八月です。

・・毎日訪問してはあれこれ学ばせていただいているブログの最新のページにあった、特攻に散った方々の辞世。

引かせてもらいます。



国のため   父母にうけたる  精神(こころ)もて

     我れは散るなり   桜のごとく

    《 松尾 登代喜 19歳 》



皇国の  弥栄(いやさか)祈り  玉と散る

     心のうちぞ  たのしかりける

     《 若杉 潤二郎 24歳 》


今更に  我が受けて来し  数々の

     人の情を 思ひ思ふかな

     《 鷲尾 克己 22歳 》


人の世ハ  別れるものと  知りながら

     別れハなどて  かくも悲しき

     《 上原 良司 22歳 》


大命の  まにまに逝かむ  今日の日を

     吾が父母や  何とたゝへん

     《 渡辺 綱三 18歳 》


しきしまの  大和心を  一ひらに

     こめて散りゆく  若櫻花

     《 高田 豊志 19歳 》


櫻花(はな)と散り  九段に還るを  夢に見つ

     敵艦屠らん  我は征くなり

     《 浅川 又之 23歳 》


来る年も  咲きて匂へよ  櫻花

     われなきあとも  大和島根に

     《 長澤 徳治 24歳 》


   君がため 雄々しく散らん 櫻花

     《 上成 義徳 25歳 》

来る年も  また来る年も  とこしへに

     咲けと祈りて  我は咲くらむ

     《 桂 正 21歳 》


君が代を  寿(ことほ)ぎまつり  我れゆかん

     死での旅路は  米鬼もろとも

     《 國吉 秀俊 21歳 》


かへらじと  思ふこゝろの  ひとすじに

     玉と砕けて  御国まもらん

     《 菊池 誠 22歳 》


岩が根も  砕けざらめや  武士(もののふ)の

     国の為にと  思ひ切る太刀

     《 熊澤 弘之 22歳 》



      【 死出の旅 】 


古郷の  梅をながめて  さまよひぬ

     これも遂に  最後となりぬ


死出の旅と  知りても母は  笑顔にて

     送りてくれぬ  我くに去る日


広き広き  ホームに立ちて  見送るは

     母と妹と   共二人のみ 


奉げたる  生命にあれど  尚しかも

     惜しみて遂に  究め得ざりき


我が生命  捧ぐるは易し  然れども

     國救ひ得ざれば  嗚呼如何にせん

     《 小林 敏男 23歳 》  


>終戦を数か月後に控えた昭和20年春・・・・

>紛れもなく、愛する者を守るために散った命があったのです


>靖國に眠る英霊に、感謝こそすれ愚かにも否定する

>現代人たちを見て、私は言いようの無い淋しさと

>恥ずかしさ、そして小さな怒りを感じています


>この問題は無理強いすべきものでもなく、日本人として

>どう向き合うべきか自身が判断すればよい事でしょう


>日本の元首である天皇、政(まつりごと)の長である総理大臣

>多くの日本人が素直な心で参拝したときに、英霊は成仏できるのだと

>私は思っています。

 

・・引用ここまで。ありがとうございました。


わたしの孫息子は、甲子園にはまったく無縁のフツーの高校の野球部員。夏休みのいまも、毎日、弁当とサブの弁当と二つの水筒を持って出かけて行く。家族旅行も今年は無いようです。テレビを見る時間は無くても、イマドキですから今日の試合はどちらが勝って、誰それがこんな記録を、などということもよく知っています。教えてくれます。野球が好きなのですね。

好きなことにうちこめているのはそれだけでシアワセ、などと要らんこと言うばあちゃんに、そうだよね、と、素直にうなずいております、今は。

雄々しい辞世をのこして、片道分だけの燃料を、おもちゃみたいな飛行機に積んで。明日は俺が征くからなと笑顔で見送る同輩に、笑顔でこたえて発って行った若桜たちは、でも、その多くは、望みが叶わなかった。

恰好の標的にされて撃ち落とされたり、体当たり地点に至ることができないままに墜落して海の藻屑になったり。

散華は、多く、叶わなかったのでした。

特攻に行かれた方々は、辞世に添えられた年齢も数え年で云った時代ですから、夢の甲子園で明日は準決勝を戦う球児たちと、ほとんど変わらない。

そんな風に、考えてしまうのです。

平和のこの世の球児たち。精いっぱい、頑張って欲しい。いまは、それが、できるのですから。


自分が若かったころは、こんなにも、人の命を惜しいと思うこころはありませんでした。

ひとの気持ちを、今のように大切なものと感じるこころを、持っていなかったと思います。




あきのひの

わすれなぐさ


        ヰルヘルム・アレント
        上田 敏 訳


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  ながれのきしのひともとは、
  みそらのいろのみづあさぎ、
  なみ、ことごとく、くちづけし
  はた、ことごとく、わすれゆく。

       

   落葉


              ポオル・ヴェルレエヌ
              上田 敏 訳

  秋の日の
  ヴィオロンの
  ためいきの
  身にしみて
  ひたぶるに
  うら悲し。

  鐘のおとに
  胸ふたぎ
  色かへて
  涙ぐむ
  過ぎし日の
  おもひでや。

  げにわれは
  うらぶれて
  こゝかしこ
  さだめなく
  とび散らふ
  落葉かな。


                 「海潮音」より



八月も無事に  みんなのうた

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八月もみなさま、うたをお寄せ下さり、ありがとうございました。

いろんなことがありましたが、今もまだ続いていることもありますが、私のおめでたい幸せの一つは、ほとんどの時間、ほとんどの事象に対して、ボーっと暮らしていられることかとおもっています。

こうして、これからもボーっといられたら、はた目にはどうでも、自分としてはいいよなあ、と。

呑気に考えております。

また来月。ここで、言葉の愉しみを分かち合えたら、と願っております。

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     おてもやん の詠める

・・八月のうた

〇仏壇のひい爺じぃに手を合わせお供えの桃孫が持ち来る


     きく かおる の詠める


「遠方で 生前偲びて 手を合わせ初盆の棚に 思い寄せつつ」

「飛び込めば 水底に透く 陽の色淡し このときのため 皆泳ぎたる」



     黒猫アビ の詠める


・おだやかな 暮らしを願い 手にいれし
  残りの余生 おくる居場所

・おだやかな 心もとめて 万葉の
  歌のせかいに 身をおきしずめ

・靖国の 絵馬にたくした 願いごと
  叶えてほしい 日本の未来

・定位置で いつも寝そべり 傍にいた
  猫の視線を いまだに感じ


     おてもやん の詠める


〇草むらにサボテンの鉢捨て置かれ愛の渇きに枯れそうになる



     KUON の詠める


・今年またこの日来たれり 舌の奥の鉄錆色に匂ふ八月

・たっぷりと水をまいらす身じろぎもならず灼けゐる父祖の墓標に

・墓参了へやや豪華なるランチ了へ姉たち帰途に就くなり われも



     過保護な今出川 の詠める


・「さよなら」の替わりにいつも「また来るわ」
 言い忘れたと駆け上がる階段

・月初め よくきてくれたと義理母笑う
 供えた羊羹 両親と食す

・ひらがなで「かった」だけのラインあり
 今日も勝つよ 頑張れ息子

・大学のフェイスブックを見る夫
 息子の笑顔に「いいね」押す      (コラッ夫!)



     かりそめ の詠める


・どこだつて住めば都といふけれど病院食は喉を通らじ

・わが前にいつも無防備この背中たまには尖れ若きに戻り

・本当はとどまりたきが去ぬシェーン恋の行く末読めるがゆゑに

・・(原爆の日に健康診断に赴く天皇夫婦。この人たちのことはもう口にもしたくないと思ひしが......)

・水を欲る被爆者の声聞けよかし己が健康憂ふる前に



     KUON の詠める


・終日を雨降り続く止まざりて何処も昏し 人の心も

・ひもじさにまんままんまと逝きし子と詠み続けたる人のいま亡し

・逝きし子を黄河に投げてあと二人を守りしと詠みしかの人も亡し

・背にゐる子死ぬると知りつつ三日間降ろさず顔見ず逃げしと詠みぬ

・やうやくに乗り込み得たる引き揚げ船に子の死なば海へ投げるほか無く

・祖国日本見え来たる朝に果てし子を負ひて雨中に下船したりと

・あさましく人を罵る顔ばかり映る平和の日本の朝を

・大袈裟なる笑ひ誰れ彼れの噂話は消して四角くテーブルを拭く



     イッサ の詠める


・・8月15日に


★靖国の御霊仰いで合わす手に入道雲と蝉セミ時雨

★鎮魂の心は見えぬ幸いに亀首下げて大根演技

★水の害多きこの夏いかならむ祭祀忘れし帝咎有り



     さやかの詠める


・・KUON さまに刺激を受け、拙いながらも初めて作ってみました。


まどろみて小さな寝息頬に受け熱の下がりし額に安らぐ

紫に染まる浜辺独り占めさざなみ寄せる夏の夕暮れ

君来ぬと知りつつ視線を投げ掛けた窓の向こうは激しい夕立



     かげろう の詠める


・・亡き父の青春の地をたづねて

  父が戦中戦後に学んだ地を訪ねました。



亡き父の残しし爪と髪の毛を携えて今立つ筑紫の大学の門

戦よりもどりし父は筑紫の地学びの舍ではげみをりしか


・・父の学んだ大学が移転してしまうそうで、行ってきました。

  戦前の建物はいくつか保存されるようでほっとしました。



     Nちゃん の詠める


・・終戦記念日に

  終戦記念日に日本最大の陸軍墓地を歩く



●淋しげな陸軍墓地に金髪二人
  この日ばかりは来るなと思う

●人の無き陸軍墓地に横たわる
  終戦の日の黒とハチ割れ (猫)

●誘いみた陸軍墓地を断られ
  皇室などを憂うオトコに



アルジェリマン の詠める


・・お盆の15日がなぜ終戦の日なのだろう、

  お盆だから終戦の日なのかしら、と、

  小学生の頃、いつも不思議に思っておりました。

  偶然の一致だったのでしょうか。それとも。



風を呼ぶ迎え火高くきゃあきゃあと母と寄り添い背で壁作る

黒犬が枝から落とすコガネムシ 死んだ振りして命拾いす

もうすぐに雨は止むよとスズメ啼く 送り火見たいと黒犬が鳴く

霧雨の集まり落ちて叩く石 ピクンピクンと黒犬の耳



     おてもやん の詠める


・・八月十六日に生まれて


〇盆明けの実家の居間で産気づき我を産む母助産師の祖母

〇我に問う誰かの生まれ変わりならこの日生まれの意味はあるかと

〇前世に何があったか知らねども今は平和に生きております



     KUON の詠める


・ひとごとに愚帝「反省」とまたも言ふ英霊たちを踏みにじるがに

・ええかっこしいの愚帝さかしげに「反省」とどちらを向きておほざきあそばす

・息子らは静養中とや蝉さえがうつむきて鳴く葉月十五日



     おてもやん の詠める


〇反省と言うなら今の内廷の愚行の極み省み籠れ



     かりそめ の詠める


・・(思い出・シアトル)


・市場にてポンドで買ひし桜んぼふたりには多すぎる嵩

・海沿ひの市場への道下り行くひと足ごとに濃くなる魚臭

・御真影二世の店にありし頃やや甘すぎるカツ丼を食ぶ

・日本を遠く離れて仰ぐ山たれ名付けしかタコマ富士とふ


・・(思い出・パリ)


・早朝の巴里に降り立ち入るカフェにまづはひとくちクロワッサンを

・十年後ウェイトレスの皺ふえて同じ仕草でカフェオレを注ぐ

・おそらくは二度と行かざる巴里の街少女期ひたに憧れゐしが



     たまき の詠める


山の上
廃遊園地に
ただふたり
そらは秋いろ
ただ果てしなく

今度こそ
最後のメールと
うつ指は
震え震えて
意味をなさず

扇風機
の音キィと鳴る
盆過ぎの
誰もいない
畳の部屋に

おかあさん
夢にて叫ぶ
一夜あり
あんなに嫌って
いたはずなのに

誰にでも
懐かない猫
四年経て
憐れでもあり
愛しくもあり

・・きたーーー

深い反省
言うならば
だれがだれにか
説明よろしこ



     KUON の詠める


・床しもよ老舗旅館は廃業の知らせに浅葱の和紙を張りをり

・ゆかた着て幼な児のゆく紺屋町茶町綿町ながき夕ぐれ

・遊郭の名残りの路地に首細き少年ひとり花火してゐる

・真っ白き足裏二まいひらひらと潜りゆきたる児を見失ふ



     わすれんぼ の詠める


代替わりへ激しく動くこの一年余
なりふり構わぬ動きに驚く

“天皇は権威はあれど権力なく
たみくに思いて祈る“はマヤカシ

権力者が良識モラル踏み潰し
国壊しゆくさま目撃す 

数年前は東宮批判できていた
言論界が今沈黙す

満を持して批判のブログを攻撃す
後ろにいるはあの連中か

攻撃に負けてはいないという人たちの
おられることに希望見出す

戦わずに得られるものなどないという
若き日の教訓今思い出す

戦うには日ごろの準備こころがけ
弱さを剋す生き方持たねば



     ROM の詠める


・・和歌なんて私には無理だなあと思いつつ、数日前、飼い猫が近所の野良猫(たぶん)との喧嘩に負けて帰宅。外傷が見つからないまま、興奮状態が続いた後ぐったりした翌日から医者に診てもらうまで、喪うかもしれない不安と悲しみとの闘いの数日の気持ちを、勇気を出して駆け込みで書いてみました。


どうしたの?声をかけてもふりむかず引きこもる背中に戦いのあと 

寝付かれぬ傷負いし猫のただじっと私をみている真夏の夜更け

一夜明け医師の注射に生き返る見返すまなざしチカラが宿る



     きく かおる の詠める


・公平に 出来れば誰も 引かぬもの 貧乏くじの 当たりの紐を

・権力を 持たせて判る 地頭の 弱き者達 鈍い判断

・身を削り 額に汗して 働けど 伝わることなき このマンパワー


・・近頃の我が国、我が職場を詠みました

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としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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