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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. みんなのうた
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みんなのうた 如月

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みんなのうた です。このネーミングの、あえてこじゃれたりしない真正面のダサさ(自慢になってます?)に、ビリビリしびれているKUONです。ぎゃははは。あ間違えた、おほほほほ。

どうぞ、コメント欄におうたをお寄せください。

幾首でも何度でも。16日までお受けいたします。

うた以外に、ちょちょっと書いていただいても結構ですが、おうた中心が望ましゅうございますよ。

そのまんま、いただきます。

楽しみましょ。

皇室のことでなくてもけっこうです。









  1. 今の思い
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日本人の根っこ

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中央の写真。白いコートを着て、静養先の駅頭で、出迎えの・・・内親王に向かって

「愛子ちゃ~~ん」「かわい~~~い」「待ってました~」

などと声をかける(信じがたい)方々に、手を振る愛子さん。

誕生日の日の(実際は11月20日頃)猫を膝に乗せている写真。

今年お正月、両親にはさまれて皇居へ入る(という設定だった)愛子さん。

これらが掲載されていたとのことです。

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フランスの雑誌。表紙には、英王室のヘンリー王子の顔と名前もみられます。

どの「愛子さん」が、東宮家の内親王さんか。

ただ、ここでは、この三人の愛子さんが愛子内親王として紹介されています。それは事実。

この写真をお借りすることを快諾して下さったのは、ずっと、KUONのへたれブログの読者でいて下さる方。

>書かれていることは日本のとほぼ同じ。 

>曰く、女帝になるかもしれないし将来が不安定でうんたらなんたら。

・・・と書いておられます。そして、

 いやいや、愛子さん、あなたは将来民間に下るのですよ。 何の心配もありません。

それにしてもこんなに病的に痩せてしまっている娘の横でニタニタお手ふりしている親ってどうなんですかね.。


とも。

思うことは同じやわ。その通りですよね。(〇子さん、ありがとうございました)。


・・・コトが明るみに出たら、かの国では、どんな風に書かれるのかしら。

恥をかいてもいい、日本の評判(の一部)が、どかーんと墜落してもいい、どのみち、メディアがあちら側にくっついてしまっていて、本当のことを伝えていないこの国より、他の国の方でシビアに知られていることは多いはず。

たとえシンプルに好奇心によってでも。


いっとき、皇室(の一部)が泥にまみれようと醜聞が噴出しようと。

びくともしない、日本人の根っこがある。

と、信じます。

・・・とか言うと、政治も経済もひっくり返るよ、世間知らずだなあ、と、言われるのかも。そうなんですか?

今のままがいいと?

今は、おかしい。どんどん、おかしい。

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皇統は、りっぱに繋がります。





  1. 美しいこと
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貴賓の姿

宮内庁は10日、皇太子さまの冬季アジア札幌大会(19~26日)開会式出席に伴う北海道訪問について、雅子さまは同行しないと発表した。

小田野展丈東宮大夫は10日の定例会見で、寒い時期であり、2泊3日の日程の負担などを踏まえ、訪問を見送ったと説明。医師団の判断だという。

皇太子さまは天皇陛下の名代として19日の開会式に出席する。いったん帰京後、ふたたび北海道を訪れ、26日の閉会式に出席する。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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殿下は

「私達が一番滞在時間が短かったのだから、みなさんより寒くはありませんでした」。

と仰り、

妃殿下は

「女性の方が男性に比べて皮下脂肪が若干多いので、私は殿下より寒くありませんでした」

と。

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1991年の2月18日。

白いお帽子で微笑んでおられる。

この時、紀子さまは、おなかに眞子さまを宿しておられたのでした。 



まことの貴賓、何も申し上げることは無い。

と、いつもいつも思う、秋篠宮さまと紀子さまです。

トシのせいか、涙腺が緩いゆるい。

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  1. あほらしいこと
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アホぬかせ。あ。

週刊文春の記事「天皇の理髪師 告白第2弾」

告白って何ですか~。緊急提言、とも言ってるが~。

この理髪師氏を、その職業ゆえに貶める意図は無いが。が、なんで「天皇の理髪師さん」に、こんなことそんなこと、皇室の男性たちがどんな大変か。聞きなさいよあなたたち、とか。

聞けよ察しろよ、民ども。とか。押しつけられなあかんのか、訳が分かりません。

「天皇陛下のビデオメッセージ公表から半年が経ちます。 『象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ』と陛下はおっしゃいました。この皇位の安定継承を願われる陛下のお気持ちを、どこまで忖度した議論が行われているのでしょうか」

天皇さんがおかしな動きをなさっている。そこを飛ばして、何か不服そうな上から目線、と感じるのは、私だけか。


・皇太子「滲み出るご心労と白髪」

・・・目立つほどの白髪、ナルさんのおつむに見かけません。公人が「心労によって髪が云々」と。バカなことを。小さな小さな会社のオヤッさんでも。うちうちでは何やかや言うことはあっても。

顧客に向かって愚痴こぼしません、こんなに俺さま大変といいません、国民に向かって何を恩着せがましい。

当の本人が言えないから、イタコを使って?。

ご亭主や愛息君が「こんなに大変なのよ、わかりなさいよ」キーキー。

と言いたくなって。

だけど、組み立てがまず過ぎるので、まっとうな文章には、残念ながら遠い感じ。



・「殿下には我々のような選択肢や自由がなく」

・・・言うまでも無いことです。比較するのが陳腐。

皇太子の調髪を始めたのは、「人格否定発言」から三年後、

>皇太子ご一家がもっとも苦境に立たれていた時期と重なる

とあるのですが、これも何だか。

「人格否定発言」は、皇太子が、驚いて真意を問うたらしい今上に対して説明・釈明することさえできなかった、どうしようもないタワゴト(もち、ナルさんの発想、語彙の範疇では無かった)ことを発しただけのこと、自分で自分の首を絞めただけのこと(自覚も無いでしょうが)、それを「苦境」と被害者めいて云われると、民は白けます。誰も頼んでないことを、やっただけです。

皇太子は、人を疑う必要の無いまま育って、いわれるがままの素直・・ん、素直なお方、といえなくもない、で、あれを、堂々と。

オランダへの私的な訪問を決行し(結果的にバカにされに行ったです)、天皇は誕生日の会見で、

「残念なことは愛子と会う機会が少ないこと」などと発言されたりして。

ちなみに、これに対して皇太子は、なるべく御所にあがるようにします」と言いはしたけれど、事態は変わらず、相変わらず会いに出かけはしなかったのでした。言っただけ。

とか、そんな頃に大場氏は調髪を始められた。

デンカの肩や腰がものすごく張って凝った状態だったと。

・マッサージをさせていただく私の手にも殿下のご心労が伝わってきました。

・「皇太子の孤独」は、痛みや辛さを一人で抱え込まれるところにある

とか言ってる。天皇は

「天皇は孤独なものだが、(美智子が)それを共に背負ってなんちゃら、とか言うておられたが。

皇太子の孤独を、共に担ってくれる妃はいてへんのやな。

あー、かわいそ。自分を甘やかすのがお好きな父子でいらっしゃる。そういうことを、軽々しく言うな。すべて、周囲を責める言葉になるんじゃよ。ホントにしつけの悪い人たちです。

忘れたのか。そうか。

[あー、しんどいよお]。それを言えないのが「王者の孤独」の由縁でもあるのに。


理髪師は皇太子に、マッサージを受けたことはあるかと問い、でんかは「ありませんね」と答えた。

・国民は体が辛ければマッサージや整体にかかるが、デンカにとってマッサージは贅沢で、依頼する発想すらないようだ、と。

・・・ミテコさんは、一回たしか五万円とかの造顔マッサージ(?)を受けておられた。施術者名もわかっている。急死された、あの方でした。御所へあがって施術されていた。着るものにも、マッサージ代など問題にならない費用を投じているのは言うまでも無い。

またこたまは、結婚してからも何度も、鼻のてっぺんや二重瞼や、お直ししておられるとお見受けします。顔に何か入れたりぬいたり、けっこうお忙しそう、皇族だから健康保険にも入っていないし(笑)(美容整形にはもともと適用できないしね)、あのお顔に、なかなか多くのオカネを注入しておられる。

お金の投入は、他の方面へも。

マッサージにかかることをしない、など書かれても、質素なのね、と思わないです、何を思考誘導しようとなさっているのか。

「庶民なら凝ったら受けるマッサージ、皇太子デンカには贅沢」なんて、物言いは止めてたもれ、と言いたいです。

そして

ナルさんの髪質は陛下と違って柔らかい、ともあります。ここ、どなたかならギクリ、とされるとこではないか。

では、誰の髪の質に似てるの? とか、突っ込みたくなる方も、おられるであろう。

昭和帝も今上も、おぐしはフサフサ。髪が途絶えて行かれるのでなく、白くなって行かれるタイプ。ナルさんは、おそらく頭頂部、ほとんど、無くなってしまわれた? ひいお祖父さんの久邇宮王のごとく。

ハゲは悪くない。ハゲは当人の責任ではない。ハゲは、人によってセクシーでもある。

と、前もって書いておいて。本当のことですから。


この理容師さんのこの「第二弾」。ナル氏の「ウィッグ」に関しては、全く触れられていません。

心遣いなのか何なのか。触れられていないので、実はこんな・・と、お知らせしたくなってしまいます。

も一度言う、ハゲは悪くない、カツラも仕方が無い、だけど、ナルは日本の皇太子、というのが自称でないのなら。

こんな風にあからさまに、仕事中の立場のヨワい方を戸惑わせるような、モノを、使っていられては、どうなのよ。

私はそう思います。

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あざける意図は無いのです。ホントです。ホントです。でも、これはひどいよなあと思います。

「どうせ私をダマすならダマし続けて欲しかった」こういう心理もありますよね。

杜撰なんです。姑息かつ杜撰。隠すべきことなら、隠すに徹していただかないと。

でも、やり方があれこれとおバカなので、わかって来てしまっていて、それは、大変、よいことです。

マッサージに関してはかなり書かれています、脾臓のあたりのシコリ、にも触れておられる。脾臓はこわい気がします。あ、心配しているわけではないです。

「頻繁に検査を受けられるので特に問題はない」

とのことですが。

ここは、もろ、プロパガンダの部分ですね。皇太子は、頻繁に体のチェックを受けていると、大声で言っている。

それであるならポリープももっと小さなうちに発見できたはずと、手術の後で言われていたことはどうだったのか。

現在のずぼんの中の「尿袋?」についても、現代的な医学的な対処がなされていたのではなかろうか。


なんで体がそんなに凝るのか。あの方の仕事って何だったかな、まだ五十代。

「行啓先のお車の中から、沿道の両側で奉迎する国民に対して右に左にお手振りをされると、腰が重心となって負担がかかり、腰がとてもお辛いようです」

これ。

ケンカ売っておられるんですよね、きっと。

これで腰が辛いと。ぢゃあ、どこへも行かなくていい、お手振りしなくていいよ、もうこれから。

ふざけたことを。振ってくれなくていいです、手。あのツマももちろん。

ツマといえば。

 東宮大夫の記者会見によれば、

 冬季アジア札幌大会(19日ー26日)の開会式に、雅子は行かない。

 医師団(団だと?)によれば

「寒い時期であり、2泊3日の日程の負担などを踏まえ、訪問を見送った」

なんだそうだ。

 皇太子は19日の開会式に出て26日の閉会式も出る。

そうです。寒いと溶けるのか、またこたま。

この話がするりと通る、日本の皇室。


硬室。肝硬変、の「硬」ですか。


・皇太子の表情が明るく輝き出したのは、東宮御所の改修工事のため、平成二十年八月から十一ヶ月間、東京・赤坂見附の「OHBA」サロンに足を運ばれるようになってからだと。

以下の部分はBBさんのところから頂いてまいりました。

>あら? マッサージ代を節約なさるお方が、護衛群に費用をかけてわざわざ遠征?

ところで、ヤフオク事件って御所の改修工事の時期とかぶり気味ではなかったっけ?

改修となると、あちこちから色んなお道具が引き出されて来たのでしょうねぇ。


記事:平成二十一年秋から、東宮御所の新しいご理髪室でご調髪を行うようになった。

「『この部屋(サロンの個室)が気に入ったので同じようにしてもらいたい』と、サロン同様のレイアウトで、収納式のシャンプー台も設えられました」

あら? マッサージ料金を節約なさるほど、慎ましいという設定ではなかったでしたっけ?

「殿下は『陛下も大変ですね。(名代としての国事行為の)署名捺印は本当に大変で、とても肩が懲ります」

ん、まぁ!! 署名と捺印で、肩が凝って大変なんだそうですわ、奥様!!
普通に働いているサラリーマンなんか毎日、拷問ですわねっ。

記事:11月16日には、ブータン国王夫妻を迎え、歓迎行事やご会見、宮中晩餐が行われた。雅子さまは愛子さまのお付き添いで学習院初等科にいらしたため欠席され皇太子お一人で臨まれた。

ざけんじゃ、ございませんわよ。床屋、これを皇太子が公務に対して真摯と褒め讃えるのだけど、どこの亭主が賓客が訪れるのに、自分の娘の毎日の通学のほうを優先させる女房を許します?

はっ倒せ、こんなクソ女房。

雅子妃は公人です。団地住まいの、そこら辺の主婦ではないし。
一国の礼儀と品格とがかかることを、皇太子もだらしのないこと。
これで次代の天皇と皇后が務まりますか?

この10年は、雅子さまにとっては適応障害の治療と、愛子さまの子育てに全力を傾注された年月だったと言える。

知ったことか。適応障害なんてのは、適切な治療が施されれば、10年なんてかからず1年完治が常識。何の病気かも国民は知らされず、治療方針も出されず、その場しのぎのドタキャン、ドタ出。それほど治療と子育てに専念したければ、皇室を出ていけばよかっただけのこと。

何かあるたび「病気療養中」で「医師の助言」で、出ない、行かない。
スキーとレストランは別。

「『白髪というのは、一体どうしたらいいのでしょうかね』とご相談があったのです。スティックタイプの洗って落とせる白髪ぼかしをお使いいただくようにしました」

・・・・・ってw 波平さんの、あの頭頂部の禿げた部分ではなく、周辺に残った白髪のことね。

いえ、ハゲを馬鹿にしてるわけでも、白髪を嗤ってるわけでもありません。
隠した上に、床屋を使っていかにも禿げてないふりををするのが
姑息です。人の口を通して、摂政制度も知らない無知な国民を味方につけ政府に文句を言う父親と姑息ぶりがそっくり!

記事:生前退位の法案が可決されれば、再来年にも皇太子が天皇として即位する。病気療養中の雅子さまが。皇后としてどのようなお務めをなさるかは未知数の中、新たな時代を迎えることになる。

雅子さまは今の延長ですわよ。皇太子もそのまんま。祭祀は出来ず。祭祀無き皇室の寒々しい始まり。せいぜい、廃太子廃妃メールを送りましょう。

「『人間・徳仁親王』が思い孤独を一身に背負われながら、生身の人間として長き戦いを歩まねばならない人生に、もっと寄り添い、深く思いを致すべきだと思うのです」

それ、皇后のお役目です。失格皇太子妃はとっとと追い出して新しいのを、迎えるべきだったので、それは国民の知ったこっちゃありません。

人間とか、人格とか言い始めたら皇族止めたほうがいいです。

天皇としての孤独とやらは今上も口にされたけど、そのお覚悟がつかないのなら皇太子時代に、理由を設けて皇位継承権を手放すべきでした。
しっかり継ぐ気だけは満々で、自分が天皇になったら午後5時には仕事を止めて、それ以降は家庭生活を大事にする、と口走ってらしたと当時のご学友の証言がございます。

「本来皇室内のことは明らかにすべきではないと思いますが、私が拝見した陛下や殿下のお姿をお伝えすることで、我々国民は御簾の奥のことだと遠巻きにせず、皇室と国民の垣根が取り払われることを願っています」

明らかにすべきでないなら、黙ってなさい、っての。
垣根が嫌なら、政府専用機やお召し列車は止めるのね。
垣根が必要だから、莫大な経費でものものしい警護もついてる。

本来必要な秋篠宮家には手薄で、愛子さんなんか降下して普通の人になるのに、10人もの警護。

しかしまあ、理容師がハゲカツラの皇太子を語るなど、突っ込まれるに決まってることを、バカ? 喋るほうも、喋らせるほうも。

イギリスの女王陛下は90歳におなりですが、生前退位などとおっしゃいません。


BBさん本当にありがとうございました。


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見るたびにフクザツな思いの湧く画像。

この男性が、こうして頭を低うして迎えるにふさわしいデンカヒデンカなのなら、こんなにも物悲しい気分にはならないのでは~、という気分です。

ウィッグも、白髪混じりのものや、それが目立ってくれていないモノが、ある気がするのですが、臭わないように複数お持ち、が、正解なのでしょうか?。

この人に何の仕事が出来るのでしょうか。

あの妻が何をするって。


アホぬかせ。あ。








  1. ゆれ・ふら・とーく
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見えない。

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先日、葉山へ静養に出かけた今上夫婦。

奥方のペースで散歩やお声かけやあれこれ、親しい方のお宅へ食事に招かれ、ずいぶん遅く、10時はとっくにまわった時刻に、御用邸に戻られたり。

お疲れになられたのでは、陛下。

陛下。お顔も手の甲も浮腫んでおられます。

シャンプーさえ今はずいぶん間遠だというおぐしが、乱れておいでです。

今日はこれ、、じゃんじゃか歩数をかせげそうな、おみ足もお丈夫そうな奥方ですね。

けっこうぞんざいに、ぐいぐい引っ張られておられますね、陛下。

陛下。

おずぼんのセンターラインは、プレス仕上げでないですね。

おうちの中でお召しの、普段着ずぼん?。

陛下。

絶句もの。

皇室の長に見えないです。


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警護の方がそばについておられる。

愛子さんらしいのですが。

顎のラインが削れて見えるのは、マフラーの具合なのか、どうなのか。さすがマフラーは上等そうな。

頬っぺたに肉が無くなっている。口の形も失礼ながらお魚みたい。おいしいごはん、召し上がっていないのか。

瑞穂の国、日ノ本の内親王さんなのに。15歳なのに。

15歳に見えないです。





  1. 厚かましい話
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何といいましょう。



お尋ねがありましたので、自分ももう一度読んでみたかったし、探してみました。


>実話ナックルズ 2004年7月号

群馬県T部落   文・上原 善広

同 和 地 区 指 定 さ れ て い な い 理 由 あ り の T 部 落

 群馬県T駅に降り立ったのは午後3時くらいだろうか。私は駅を出ると横を通り
駅舎の裏側に出た。
 部落は必ずしも一律全てが悪条件な場所にあるのではない、ということを以前
に書いたが、ここはそれとは正反対。いわゆる今までの偏見どおりの、条件が悪
悪い部落に入るか。 以前の地名は「××町」といい、道端の案内板によると、
昔は湿地帯の中を曲がりくねった道が続いていたので、それで××とつけられた
と、道端の案内板は解説している。
ここは非常に説明しにくい部落だが、非常に貴重な部落でもある。なぜなら
、ここから女性が一人、皇族に嫁いでいるからである。そもそもこの土地につ
いては、ある研究者の方に紹介していただいて知ったのだが、最初は私も半信
半疑であった。しかし今回実地に歩いててみて、それを確信するに至った。
 まず、日本有数の企業N社がここから誕生しているのだが、女性はその社長
の娘だった。地元では「粉屋の娘」と呼ばれていたという。何代にもわたって
記録的な成長を続けてきたこのN社だが、それはやはり「差別からの脱却」が
まず根本に、怨念のようにあったからであろうと思う。江戸期から商いに奮闘
してきたその歴史は、彼の地にあるN記念館でも辿ることができる。老舗の醤油
屋も現在彼の地にあるが、その醤油屋から分家してできたのがN社である。「こ
な屋」と「醤油屋」はいずれも女性の一族の経営で、 故に彼の地ではうどんが
名物となっているが、これは不味いのであまり有名でない。醤油もそう良質な
醤油でなかったと聞いている。

駅の裏にはそれらの工場群が散在する。日本を代表する大企業であるから、
本社はずいぶん前に東京に移してあるが、工場は小規模ながらまだこの発祥の
残っている。いずれも古い施設だ。その工場の一つをぐるりと回ると、その裏
にひっそりと、これもまた古ぼけた白山神社が祭られている。白山神社の周囲
には廃屋と呼んでもよさそうな、朽ちかけた家々が並ぶ。ここは女性が皇族へ
嫁いだため、行政から同和地区指定されなかった。 指定を受けると部落とわ
かってしまうからである。家々の横を泥川が流れる。
「貴 あ れ ば 賎 あ り」か ら 真 に 貴 も 賎 も な い 時 代へ・・・
 私はこのような事実をことさらスキャンダラスに書いて、読者や部落民の劣
情に訴えたいのではない。休刊した「噂の真相」三月号でも書いたが、この事
実を考えると、私たち「平民」よりも皇族の方が先進的ではないかと思うのだ。
なぜなら皇族は過去の身分上、最高位にいる。その彼らが過去の身分上最底辺
の部落民と結婚するなどということは、身分社会の崩壊を意味しているからだ。
ただ「平民」と「部落民」の結婚差別どころの騒ぎじゃない。無論、皇族や宮
内庁内には数々の激しい抵抗があったと予想できるが、私たちにそのことをう
かがい知ることはできない。
 私はこの事実を知ったとき「さすがは象徴天皇である」と、心の中で喝采し
た。私たちも税金を払っている身である。しかし、この事実は、公表されて初
めて意味を成すことである。公表すればそのまま、差別に対して皇族の先進性
がアピールできるではないか。これをもって「部落解放」を宣言しても良いく
らいの、画期的な「事件」なのだから。

 しかし、それはされなかった。そうした事実がまことしやかに広まることも
ほとんどなかった。一部の研究者や関係者だけの心に留め置かれたのである、
なぜか。
 女性が結婚したその当時は、残念ながら差別はまだまだ悲惨なものだったか
らである。
 しかし、これは快挙事であることは間違いない。現天皇が自らの祖先につい
て朝鮮半島を持ち出して一騒動になったことはまだ記憶に新しいが、今思えば
彼らしい自由な発言であるといえる。そして今回の皇太子による「雅子のキャ
リアや人格を否定する動きがあった」という発言は、この父にしてこの子あり
、真に勇気ある堂々とした発言だ。周囲の関係者や宮内庁職員の方が、天皇家
よりも閉鎖的で前近代的なのだろう。正に皇室の新時代の幕開けと見て良い。
私は今まで松本冶一郎の「貴あれば賎あり」を信じてきたが、これからはそん
な古臭い言葉なんか放棄したい。真に、貴も賎もないのだとしたい。
 こうした事実を、この稿で堂々と具体的に公表できたらいいのに。そして地
名も堂々と公表することができたとき、部落解放は成されたと見ても良いと私
は思う。
 彼の地を歩いたその夜、たいしてうまくない田舎町の飯と酒と女だったが、
それはたいそう私のはらわたに沁みた。彼らの「歴史的な結婚」の四十年に乾杯 <
しようではないか。


以上です。

この上原さんと仰るルポ・ライター氏、検索するとすぐにあれこれ出て来ます。著書も多いようです。

この記事は今から13年前のもの。今より受け入れられにくい状況下だったように思います。当時の私なら、アタマから信じなかったと思います。

まさこさんが皇太子と結婚するとなった時に、当時の官房長官だった後藤田氏が、皇居の前にむしろ旗が立つ、と反対された。

まさこさんについて、皇太子妃を迎える当然の調査をしようとしたら、解同から強いクレームが入った。で結局、身元の調査はなされなかった。

とは、知られたこと。

その一世代前の美智子さんの身辺は、調べられなかったのでしょうか。鳴り物入りの入内ではあったのでしたが。


何度も尋ねて下さったYさん。

館林・皇后とは、上記に由来する呼び名と思うのですが。いかがでしょう。

・・・このルポに、宮内庁その他からの「ものいい」がついたとは報じられていません。

私の知る限り、ではありますが。


皇后さんが、雑誌媒体やテレビ・ラジオなどの報道についてどんな態度であらせられるか、私は前回の記事に、

「事実でない報道には、
 大きな悲しみと戸惑いを覚えます」といった要望を宮内庁職員や記者クラブにしている。
 事実と違う場合は徹底して争う、という明確な意思表示、自己主張をする(p137)。

皇后は女性誌であれ一般週刊誌であれ、テレビの皇室番組であれ、
 「ここは事実と違う。どうしてこういうことが正されないのか」と頻繁に言う。


と、引用させていただいています。今でも時々、宮内庁からのクレームは発せられる。

新聞、雑誌、テレビ番組へのチェックは厳しくあらせられるようで。今上夫婦のことのみに関わらず。

東宮家についても、あれやこれ。

一例を挙げれば・・・いま目についたことで・・・以下のようです。

宮内庁:小学館に抗議文 女性セブンの雅子さま記事めぐり 
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20101225k0000m040037000c.html
http://megalodon.jp/2010-1224-2019-51/mainichi.jp/select/jiken/news/20101225k0000m040037000c.html

1 名前:そーきそばφ ★[] 投稿日:2010/12/24(金) 19:15:27 ID:???0
宮内庁の野村一成・東宮大夫は24日、女性セブン12月31日・1月1日号の
「皇太子妃雅子さま 皇宮警察も大混乱 かまぼこ工場見学事件」の記事で、
事実と違う記述があるとして、出版元の小学館に抗議文を送ったと発表した。

記事では、愛子さまが校外研修で神奈川県小田原市のかまぼこ工場を訪れるにあたり、
雅子さまの同行が直前になって決まり、
宮内庁と皇宮警察が大混乱したことなどが記述されている。

野村東宮大夫は「雅子さまが同行する計画は1週間前から決まっており、
関係者と十分打ち合わせをしている」などと述べた。

小学館は「誤解を与える表現があったら遺憾」などとコメントした。【真鍋光之】

「女性セブン」(平成22年12月31日・平成23年1月1日号)に
「皇太子妃雅子さま 皇宮警察も大混乱 「かまぼこ工場見学事件」」の
見出しで書かれた記事に関する事実関係及び宮内庁東宮職としての対応は
下記のとおりです。

1. 「女性セブン」(平成22年12月31日・平成23年1月1日号)の
  「皇太子妃雅子さま 皇宮警察も大混乱 「かまぼこ工場見学事件」」と題する記事には,
  東宮ご一家に関するいくつかの事実無根の内容が含まれております。

  とりわけ,妃殿下が前日になりお付き添いを決定されたため,皇宮警察をはじめ
  関係者に迷惑をかけた旨の記述は,全くの誤報であり,今回のご視察への妃殿下の
  お付き添いは,既に一週間前には決定され,関係者との十分な打ち合わせを経て
  行われたものです。

  また,敬宮殿下が付き添いの上現地参加されたことについては,学習院初等科と
  事前に十分相談の上,学校の計画に沿う形で実施したものです。

  この他にもこの記事には多くの事実誤認があります。

2. 宮内庁東宮職においては,「女性セブン」編集部に対して,
  事実関係の誤りを指摘し,抗議しました。


例えば ↑ のごとくすったもんだ、するのですね。

一週間前に決めたり決まっていたり。決まったことを決められたように動くお方だったり。

そうなのなら、これは、書いた週刊誌がイケナイ。

週刊誌の「雅子さまいじめ」になるであろ。← 当時は、こんな論調も多かったのでした。

天皇よりお強い美智子さん。

美智子さんに何も言わせないマッハの強さのまたこたま。

どこのどなたが雅子さんを苛めるなんて 快挙 暴挙を成し遂げえたか。


おそらく、ここ数年の日本史の中の事実が、あばいたりする。


のではないでしょうか。

美智子さんのことも。

まさこさんのことも。

そう、考えています。


事実でない報道には、
 大きな悲しみと戸惑いを覚えます」
 

とおっしゃる皇后さん。

事実でないことばかりで目くらまされてきた、民。

嘘ばっかりついて来た内廷さんたち。どん詰りまで来て、いま、どうなんでしょうか。

悲しみや戸惑い、なんてきれいごとではないですよ。

愛子さんどうしておられますか。


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  1. ゆれ・ふら・とーく
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きれいなものがいい。

温かくなったら本格化する予定・・・身の周りの雑多なモノを、整理すること。

中学から高校時代の日記帳や、膨大な量あったスクラップ・ブックも、なんとかするつもり・・・とか言って、また、自分うっとりのメモ書きや切抜きに、見入ってしまっていました。

ボーっとした、感傷的な、恋に恋するおんなのこだったのでした。今もそんなには変わりない。


     風は遠くの歌をうたっている

     ただ空をながめ

     キンポウゲのことを考える

     おきき  もう時間なの 



ふうむ。なんでキンポウゲなのかわけがわからん。あの頃は、何かの思いがあったのでしょうね。


     わたしは美しいものの中でしか生きてゆけないの

     そこが異常なのかもしれない



なんて書きなぐりもあり、しかしオノレに酔っ払いながら醒めていた証拠(なのか?)に、

「異常!!」と太字で自分に突っ込んでいる、17歳のくおん。あ~、くすぐったい面白い、そして。


幾時代かがありまして
茶色い戦争がありました

幾時代かがありまして
冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
今夜此処でのひと盛り
今夜此処でのひと盛り

サーカス小屋は高い梁
そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

         「サーカス」


中原中也の詩とか。とっても好きでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ここから以下は、これも読み直したりしていた、美智子さんの資料の一部です。

思わずザーッとコピーした・・・まことに、ご自分たちの意志を通して来られた過去。

多くて長いですが、知られたことではありましょうが、興味深いことも沢山かと思います。

49 :松本健一氏の本から抜粋・1 :2010/12/22(水) 23:34:53 ID:84CqVfd0松本健一 「昭和天皇 畏るべき「無私」」 という本を読んでいたら、興味深い記述がありました。
「皇室危機の本質とは何か」という1994年初出の文章です。抜粋して紹介します。

松本氏は、天皇制の無為無私の理想と遠いところにいると批判的で、とくに海外訪問とメディアへの
露出と、公務を増加させ、家族主義を前面に押し出す平成の皇室が皇后の意思によるものである
ことを批判しています。また、皇后が一々報道に介入することを嫌悪しています。

・天皇・皇后は個人としての好悪の情をはっきり表明する

→・天皇がまだ学習院の学生だった皇太子時代には「×××さんは民族主義的で、嫌な政治家だ」、
 「○○の書くものは嫌いだ」といった発言をしたと報道されていた

・最近も京都御所で「なぜ、私たちまで靴やハイヒールを脱がなくてはいけないのか。脱ぎたくない」と
 言ったと伝えられた

・今回の一連の皇室報道(皇后バッシング)についても、皇后が「幾つかの事例についてだけでも、
 関係者の説明がなされ、人びとの納得が得られれば幸せに思います」「事実でない報道には、
 大きな悲しみと戸惑いを覚えます」といった要望を宮内庁職員や記者クラブにしている。
 事実と違う場合は徹底して争う、という明確な意思表示、自己主張をする(p137)。

・天皇・皇后は政治的な発言も進んでする(p138)
→即位後の国会で「憲法を遵守します」⇒国家元首と認識され、中韓から利用された

 細川首相の最初の内奏の折に「私より若い人が首相になったのは初めてです」、連立政権が
 できて旧野党関係者と言葉が交わせるようになったことも歓迎した

・美智子皇后は秋篠宮の結婚に際して、「秋篠宮家の繁栄を祈ります」旨の発言
→天皇家が祈るべきは宮家の繁栄ではなく、国民の不安、国家の安泰、民族の永続ではないのか(p138)
 

50 :松本健一氏の本から抜粋・2 :2010/12/22(水) 23:36:55 ID:84CqVfd0
・1993年の訪中が問題になっている際、「自分たちは行きたい」と発言(p142)
→宮沢政権は国民の反対を「天皇陛下が望んでおられるから」との発言で押し切り、
天皇・皇后の希望を優先(p144)

・ベルギー王室の葬儀出席を口実に訪欧し、認証式の関係で細川政権誕生を4日遅らせた(p144)
→国事行為よりも「ロイヤル外交」を優先(p145)

・1991年宮沢政権誕生時、国際周産期学会とレセプション出席のため、
 認証式を夜9時まで遅らせた

→学会会長が皇后の手術執刀医&紀子妃出産の担当医だったため「ぜひともお祝いに
  いきたい」ということから (朝日新聞皇室記者が『文藝春秋』にも記している)(p145)

・天皇は相談されても「どうだろうな」ということが多く、結局は皇后が決めている(p146)

・紀子妃が秋篠宮の髪を直した写真を撤回させた事件
→皇后がああいう写真はよくないと言って引っ込めさせた(p149)

・皇后は女性誌であれ一般週刊誌であれ、テレビの皇室番組であれ、
 「ここは事実と違う。どうしてこういうことが正されないのか」と頻繁に言う

→自分の理想とする皇室像にそぐわないものを排除しようとする

・皇后が皇太子妃時代に常陸宮と皇居で聖書購読会を主催→教養として
 聖書を読むのはよいが、宮中でキリスト教を講義するのはやめよと昭和天皇が注意

→天皇に叱られたショックから失声症になった

→このことを松本氏が雑誌に書いたところ、宮内庁から編集長宛に
 「書かないでもらいたいのです」と圧力(p150-151)

・1993年の訪欧時、皇后が「バチカンにはどうしても行きたい」といって訪問し、
 フランスの修道院で修道女と二人だけで礼拝した(p155)


もっといっぱいあるのです。もっともっと。

上記は、松本氏と言う方の書かれた美智子さん像とは言えますが、事実に基づいたものであるでしょう。

今上が自分で決断されないのはむかしからで。

とうぜん「生前退位」のことも、しかであろうと。

美智子さんが驚いて違和感を感じて、と報じられたのは、中身はともかく美智子さん作でなかったのだろう「生前退位」なる言葉そのものに対してだとは、理解できます。でも、出してしまえばそれまで。今は「在る」言葉になったのか。したのか。

しようとして必死、の現状ですか。エグイ執念と思われます。

カラオケがお好きで「ここに幸あり」を熱唱されるとも、他のところに書いてありました。

目に見えるような図です。

両手を前に組み、お目目ははるか上空に据え、ソプラノ(でしょう)で、あのお首の筋びんびんにお立てあそばしてうたいあげるお姿。

一緒にカラオケしたくないタイプだ~。あ。今日の不敬発言(笑)。


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この写真は検閲オケーだったようですが。

見たくもない画像です。天皇である方への惧れも慎みもはばかりも無い。でも(だから、かな)貼っちゃった(笑)。

受け入れておられるお顔も。なんだかな~。


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一番下で申し訳ない。

最近「きれい」と感じた画像です。

佳子内親王殿下。

空気まで日差しまで美しいです。

本当にお美しい。





  1. 厚かましい話
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「べき」って何よ。

週刊文春の2月9日号の目次に

天皇の理髪師 初告白 

「人間・明仁天皇」


と大きな文字でありまして。

「生前退位を議論するなら素顔の陛下を知るべきです」

ですと。

べきだって、「べき」。誰が誰におっしゃっているのかしら。

素顔の天皇。

人間・天皇。

それって・・・

理容院の三代目で、祖父、父に続いて今は今上天皇の髪を整えるため、御所にあがっているというお方。

大場さんとおっしゃる方。

天皇とはこんな方、調髪中ずっと本を読んでおられるとかにこやかに笑いかけて下さるとか、あれこれ記事になっています。

引用するのもダリい。なんでこんなことがいま、記事になっているのか。

失礼ながら調髪中の天皇の「素顔」なんてものは、お隠れになられてから「微笑ましい」とか「こころ温まる」エピソードとして出て来るのが、恒例だったような。

御所へうかがう前日は、洗面器に30杯の冷水で身を浄めて「玉体」と向き合うとか。でも天皇はシャンプーを、「前回ここでした時から、していない」と仰せとも書かれています。

玉体は、あんがい、汚れておられるのかしら。

陛下の常用のヘアリキッドのメーカーや商品名が出ているし・・・私はこれは、皇室の話題としてどうかと思う、まさか、陛下がお使いなら自分も、と、客が押し寄せて品切れになる・・・などの恐れは、無い。とは確信しますが。

やはりこの方に調髪してもらっているという、皇太子。

皇太子さんの方の調髪・裏話の方を知りたい。などと思う方は多いでしょうが、はい、私もそうです、でも、これは、タブーですよね。

「な、なるひとの人格を否定する動きがあったのは事実です」

こーゆー断定の張本人になったらきっと、ヤバかろう。

でも、この皇太子の「てはにー」発言と似たような話。

あられもない。

軽率です。と、どなたも咎めないのね。


陛下のことは、

「剛直で慎ましやか、そして誠実」

それが大場氏の陛下評だという。それはそうなのだろうと思います。

べっ甲の櫛が欠けても十年以上使っておられると。

欠けた櫛はいかがなものかと感じますが、つまり、質素でものを大切になさる方だと、ここでは言いたいのでしょう。

記事の中には、御所二階の「御理髪室見取り図」が載っている。

危険だなあと驚きます。

この理髪師さんは、五時間以上のロングインタビューに答えたとのこと。

何を、お喋りになったか、何のために。

「私は専門外ですから、学識者のように憲法や皇室典範の問題について申し述べる立場にはありません」

「陛下も我々と同じように、一人の人間でありながら、象徴天皇として歩まれるのは、並大抵のことではなかったと思います」

「それは“菊のカーテン”の奥で、私が拝見した『人間・明仁天皇』のお姿そのものでした」

「生前退位について、私たちは陛下抜きの上滑りな議論に終始してはならないと思います。陛下はいつでも国民への共感を示してくださり、激戦地や被災地を訪ねられるお姿からは『あなた方と共にいますよ』というお言葉が聞こえてくるかのようです。

「平成の御代は、明仁天皇の求心力があってこそ、何とか国家と国民がひとつに束ねられていたと思います」


あああ、イヤになってきました。

昭和帝は確かに、あの時代の必要に迫られて「現人神」でなくなり、人間宣言をなさいました。

しかし、終生、天皇である御自身をお捨てにならなかったと思います。

天皇のまま、生きられた。

今上さん、ご自分でしたい贅沢、ご自身からのわがまま、そういったものは、今ではそんなにおありにならないと思います。

でも。そうとばかりは仰っていられない現実を、引きずってしまっておられます。奥方は激しい消費家でいらして。

・・・この記事には、皇后のして来たことには触れていない。

平成二十五年以来、皇后が陛下の髪への要望を伝えに来ることはなくなった、とあるくらいです。


語る立場にないと言いながら、氏の、この記事での立場は

「皇室の行く末を案じるアルチザンの‘熱誠の忠言」

なのだそうで。

皇室の行く末を案じているのだそうです。

そんな方は、もっと強く真摯な方は、多くおられるはずですが。

今回、この理容師さんがクローズアップ。

・・・・・

「生前退位を議論するなら素顔の陛下を知るべきです」

これ。よく言えますね、こんなこと。

びっくりしました。

べき、とか言ってますけど。

元々は、天皇が、憲法に違反する形で、勝手に、公共放送を使って、言いだしたことでしかないのです。

本来は、取り上げてあげるようなことではない・・・という訳にも行かず、まあ仕方ない、で、多忙な政府が調整する形をつくって、話し合われているだけのこと。

迷惑なこと。


天皇は、なにゆえに、天皇なのか。

そこから解っちゃいないのではないかと判断される。身近に接すれば、おそらく、肩入れしたくなるような、善なる方、なのかもしれません、天皇・明仁氏は、

 単体で。 

利害関係無しで。

触れ合う場所に於いては。

今は厳しくあられる時も無い・・・祭祀さえ代理に任せての生き方を日常とされていて。

もう、こんな人(大場氏とやら)なんかどうでもいい、なんとかまとめちゃえ、な気分になってしまっています。

大体、キライなんです。

ハサミが語るとか、教えてくれるとかいうヘア。アーティスト。

ココロで料理しています、キリッとか、笑顔でコンスで、疲れさせてくれる食べ物屋さんとか。

きちっと自分の仕事だけ、黙ってしてくれればいいから。

脱線します。

去年、美容院変えてみようかと行った店に、ひどくイケメン風のお兄さんがいて。自分がイケメン(風)だと、十分わかっているヒトで。店長らしかった。

髪、してくれながら、語る語る、鏡の中の語る自分にうっとりしながら、語りまくって、私の髪をチョキンチョキンしてくれて、私は、公言しているようにすっごく意地悪なニンゲンなので、言うてみた。音楽の趣味など問うた後、

「感覚はいつも研ぎ澄まされるようにしておられるのかしらぁ」

鏡の中のイケメン(風)に、言うてみた。

イケメン、ふっと手を止め、そうですねえ、と、ハサミを宙にてしゃりっと鳴らした。で

「ぼくみたいにハサミを持つニンゲンは・・・」

うぎゃあああ、やめてくれぇ。

勝手にまた自分語りをお続けになる方の手から、ほうほうのていで逃れて、お金払って、渡してくれようとした顧客カードに気づかないふりでね。

わたし意地悪なので。

「次回のご予約は」

って斜めに見上げて来るのに、

「次回は無いんで~す、きっと」

へ? の表情のイケメン(あくまで「風」)の視界から、よちよちと、消えてきましたのでした。

理容師さんは、いっしょけんめい、お客の髪に向かえばいい。

一つの毛穴から生えて来る毛が、普通の人は2~3本、陛下は5~6本、陛下が剛直なものを持っていらっしゃるということは、調髪をしているとよくわかります。

だとか。

プロの目から見てのそういうことを、お感じになるのは自由ですが、なんでべらべらしゃべっているか。

客のことは喋らない。

公人の身の回りのことを、知り得たとしても黙っている。

基本だと思うが、誰がこの人に、こんなことを喋らせたのか。

記事の最後は以下です。

天皇の御心に触れようと御用に尽くしてきた大場氏。

その渾身の提言に政府や有識者は何を思うのか。


渾身の提言。そうは読めなかったです。

で、この方、ホントに、政府や有識者に、何か思っているのかなあ。なんかバランスおかしいです。

政府に文句言いたいのは、ここにはチラリとしか出てこない、「こちら ↓ 」ではなかろうか。

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陛下は、何かを決定しなければならない時、他のいろんな場面で、

「あちらは何と言っているの?」

とお尋ねなのは定説。

あちらとは、こちら ↑ の、一説には女帝さんとやらのことです。

「わたくしたちの意志や意見や都合やエトセテラ、そういうものを、まず考えるべきでしょう、動くべきでしょう、迅速に、異論など無しで、はよ、はよ」

美智子さん、お焦りです。女性セブン誌も、唖然とする内容です。

どこまで続く女帝焦燥愁眉爆弾。

のらされてる雑誌さんたち。

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「真実(まこと)」さんの作品、お借りします。

もうバッチリ。このまんま。すんばらしい。

事実を写して微塵の誤り無し。

・・・だから。だからこそっ !

今まで、貼りたいのを、がまんしておりましたのに。






  1. ことばのたのしみ
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節分

節分。

世の流れに乗って、考えなくてもカッコがつくって訳で(笑)、恵方巻きとやらを用意し、イワシは天ぷらを買って来て(いっぴき100円、りっぱな大きさ、しかも美味しかった)、おそばはとろろそばにして。サラダは生の野菜のみで。

節分らしい感じをつくってみましたが、わたしの家は30年以上も前から、豆まきをしません。

幼かった娘の提案を受け入れて、そのまた娘が同じことを言い出し、鬼を外へ追い出す行事をしないで過ごしています。

お外は寒いですしね。

鬼やらいをしなくても、あれこれあっても何とか無事に来て、今年も立春を迎えることができます。

で。紙上鬼祓い。


禍禍しいものの苦手な方にはごめんなさい、あっという間に集まってしまいました、見てギョッとなったら、ごめんよ~~~。


「  」は~外~~~~~


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うしろ「」。


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ほんの数点、写真をお出ししただけです。

この方たちだけで今夜の演出ができるなんて。

しくしく。

ひどい話だと思ひます。




  1. わははなこと
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ナルちゃん

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最近はじめて見て、え? と思った写真です。

>上野動物園でトラの子を触るナルちゃん、とある「ナルちゃん」は、あの当時のナル氏だと思う。

私とナル氏は10歳違いで、亡母が美智子さんの「ファン」だったせいもあり、あの時代にしては雑誌媒体で皇室、特に美智子さんを見ることも多くあったと思います、ほとんどがナルちゃんとセットの写真を見ていました。

髪がサラサラで、ロンパーススタイルが多くて麦わら帽をかぶり、バスケットを持っていることが多かったと記憶します。

幼稚園時代も小学校時代も、髪はサラサラ、いわゆる坊ちゃん刈りでなく、向かって右側の写真のようでした。

向かって左と真ん中、同じ写真の大小と思われますが。

このお子を見て「ナルちゃん」とはおもいませんでした。

私なりにナルちゃんさんに、近所のお子たちと違う「皇室の子」らしい感じを抱いていましたし、まとも言うてしまいますが、結婚して何年か経るまでは、品がおありだったようにも思います。


母が夢中で「美智子さん」「ナルちゃん」と言っていて、母と二人暮らしだった私は、子どもながら白け気分でいたと思いますが。

ナルちゃん憲法、などという言葉も広がっていた。

名古屋弁で母が「ええふに育っとらっせる」

・・・訳すると「いい具合に育っておられる」、「さすが美智子さんだわ」。

とニコニコ顔なのを、シラーっと聞いていた。可愛げのない子でした私(笑)。

「平民から皇室へ入った」美智子さんは、ある種、女性たちの希望を背負っていたのだとは、思います。

いつも最新モードの美智子さんでした。そういった面も。


「ええふに育ってらっせる」ナルちゃんは、愛されて人気者で未来の天皇で。天真爛漫に育たれました。

[dosuko]

さんより、そのまま幾つかのエピソードを。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ナルちゃんこと、浩宮徳仁親王にまつわる伝説というか事件簿です。

参考:【徳仁の(゚Д゚)ハァ?な発言シリーズ】、【あとよろ】


■第1期-初等科入学前-■編集
◾ 4歳誕生日を前に母美智子さまが「(浩宮は)食事などでも魔法みたいに自然にテーブルに出てくるものだと思いがちのようです」と語る事件

『美智子さまの気品―陛下とお子さま、そしてお孫さまと歩まれた50年』江森敬治、主婦と生活社(2008年)より

 皇太子さまの四歳の誕生日を前に皇后美智子さまは、
「この四年間、強く感じたことですが、第三者が真剣に働いている姿を見る機会に恵まれていません。たとえば、食事などでも魔法みたいに自然にテーブルに出てくるものだと思いがちのようです。それで、まだ小さい時に、手を引いて大膳で料理を作っているところをわざわざ見せに行ったこともあります」と、述べられている。

◾ 3歳誕生日パーティーで「オサルノ カゴヤダ ホイサッサ」と歌った後、レコードのノイズ音「プツン、プツン」を口再生する事件
◾ 交通博物館見学でパトカー模型を目にして「アッ、警視庁ダ。警視庁モッテルヨ。ボク警視庁モッテルヨッ」事件

『明星増刊』1964年5月緊急号<かわいいおもちょいナルちゃん言葉>

p.141より引用
 昭和38年2月23日、ナルちゃんは満3歳のお誕生日を迎えられました。(中略)美智子さまがお作りになったバースデー・ケーキの3本のロウソクを勢いよく吹き消されたナルちゃんは『おサルのかごや』を歌い始めました。「オサルノ カゴヤダ ホイサッサ」ご一同が拍手しようと手をおかまえになったとき、とつぜん「プツン、プツン」と声を出されて、ご一同びっくり。
「ナルちゃん、いまの“プツンプツン”ってなーに」正田恵美子さんがおたずねすると、
「レコードがそういったよ」とケロリとされていました。“プツン”“プツン”という音がしたのです。

 ことしの2月26日、鷹司平通氏がおつとめになっている交通博物館にいらしったナルちゃんは、ミニカーがずらりと並んでいる前にじーっと立っておられましたがとつぜん、
「アッ、警視庁ダ。警視庁モッテルヨ。ボク警視庁モッテルヨッ」とパトカーを指さして大喜びでした。
参考ようつべ:4歳浩宮のおしゃべり「19931231皇太子妃誕生物語5」 2:20~

◾ 子供が茶碗を叩いて面白がって遊ぶのはよくあることだが、徳仁の場合はお母さまに二度三度言われても、お父さまにお尻を叩かれても止めず、ついには罰として外に出されるまで茶碗叩きを止めない、異様過ぎる茶碗叩き遊び熱中事件

『浩宮さま』浜尾実著

p.52より抜粋
 浩宮さまは、両陛下からはもちろんのこと、私からもよく叱られたものであった。
 お食事のことで両陛下が厳しかったために、お叱りをうけるのはお食事の前後が多かったようである。一般にスプーンを使って自分で食べられるようになった子供は茶碗を叩いて面白がることがある。浩宮さまもそういう時期があった。
 「イケマセン」と皇后さまがやさしく言われるのだが一度でお止めになるときとそうでないときがある。
 二度三度言われてもおききにならないときは、陛下のご出馬となる。陛下はしばしば浩宮さまのお尻を叩かれた。あるときはその茶碗叩きをお止めにならないという理由で庭にだされたこともあった。
≪Part1592-703発掘奥様によるご紹介≫

◾ 1964年3月に皇太子殿下(当時)と美智子さま・浩宮(4)が千葉県房総半島旅行、吉田屋旅館で初めてスリッパを出されどうしてよいのかわからず固まってしまう、ごゆっくり風味事件
ソース:2007/11/07秋の皇室番組SPでの「皇太子ご一家房総旅行でのスリッパ履き替えエピソード」

◾ 1964年10月浩宮(4)はじめての学習院幼稚園運動会、「カゼをひかれたあと」との理由で何故か一人だけござの上で寝転がる姿を披露事件
ソース:『週刊平凡』サヨナラ1964写真集あの日あの時12月10日増刊号<ボクは赤組 秋の運動会>グラビア

◾ 1965年秋、当時の皇太子ご一家が軽井沢静養で作家・川端康成氏の山荘を訪問、その際5歳半過ぎの浩宮は挨拶もなしにビスケットを6つ7つ立て続けに食い、そのまま「おさきに」とだけ言って去り、川端氏に「かういふ習はしがおありなのだらうか」( ゚д゚)ポカーソとせしめる事件

◾ 幼少時の家族ハイキング時、皇太子殿下(=今上陛下)は常にリュックの中に分厚い植物図鑑をお持ちになり興味のある植物を見つけては立ち止まって調べられるのに、一方浩宮はマイペースでどんどん歩きたいと陛下と一緒に立ち止まらなくてはならないのが面白くなく、ある時お二方は険悪な雰囲気に…それを美智子様がとりなした事件

『岳人』1997年6月号への徳仁寄稿文より、ttp://www.youtube.com/watch?v=RNeZDm_EyCA 参考ナレーション入りYoutube映像

五歳のとき、父に連れられて初めて、離山(はなれやま)へ登って以来、軽井沢近辺の山々を歩くのが好きになった。父は山登りの途中、たとえ花のない植物であっても、興味を抱いて足を止めおもむろにリュックサックから分厚い原色日本植物図鑑を取り出す。そのたびに、頂上に早く着きたいという私の望みは絶たれるのであった。母の回想によれば、父のたびたびの停車に業を煮やしたのか、山頂に到着したとき父と私との間には一種険悪なムードが漂っていたそうである。

『岳人』2005年10月号 東京新聞編集局長水野和伸<山での皇太子さま 担当記者同行記>記事 p.18より引用
足慣らしという奥多摩の棒ノ折山では、(徳仁)殿下一行のペースの速さにギブアップする記者が続出した。

※今上陛下(当時皇太子殿下)によるゆったりハイキング理由については、重い荷物・機材を運んでいる随行員とマスコミ記者を気遣ってのことと言われている。大人になったナルちゃんがこの配慮を理解できたかについては、後掲「だらしないですね」事件からして、かなり疑わしいと言わざるを得ない。

◾ 1965年10月3日学習院幼稚園運動会にて同年11月末に後の秋篠宮殿下をご出産される臨月の美智子さまもご観戦、ナルちゃんはフォークダンスの相手をすっぽかして見学予定のお母さまに走り寄ってダンスの場に引っ張り出してしまうという、幼稚園児だからしょうがないけど相手の先生の立場ないよね事件

MSN産経【皇室ウイークリー】(153)愛子さま、メディアがプレッシャー?「ナルちゃん」の運動会を振り返る 2010.10.9 07:00

 愛子さまの運動会の様子は次回の皇室ウイークリーで詳しくご紹介することにして、今週は45年前に行われた学習院幼稚園の運動会を取り上げたい。主役は当時5歳だった皇太子さま(浩宮さま)だ。

 「ナルちゃん楽しい半日 学習院幼稚園の運動会」。昭和40年10月4日の産経新聞朝刊はそんな見出しで、浩宮さまの元気なご様子を伝えている。浩宮さまは綱引きとタマ入れの競技にご出場。「顔をまっかにしてふんばったり、元気にタマをなげる姿に、ご両親はいかにも楽しそう」。当時皇太子だった陛下の様子も「ほかのパパ、ママにまじって、三角帽子をかぶり、二人一組で、フラフープの輪をくぐりながらのかけっこ。こんどはナルちゃんが大声援」と紹介している。
 他社の報道だが、当時皇太子妃だった皇后さまは、礼宮さま(秋篠宮さま)の出産を間近に控えていたため、母子が手を取って踊るフォークダンスはご見学の予定だったが「浩宮さまは相手の先生をすっぽかしておかあさまのところに走り寄られていた」。リレーでは「軽井沢できたえられた健脚をみせて力走、ご両親も身を乗り出すようにして声援をおくられた」と、運動会を楽しむご一家の様子を伝えている。
 
参考画像:
1965年10月3日 東京・目白の学習院幼稚園で美智子さまとフォークダンスで手をつないでいる浩宮
1965年10月3日 学習院幼稚園の運動会で美智子さま(ご懐妊中)の耳元で何かを囁く5歳の浩宮。この翌月11/30礼宮殿下ご誕生
1965年10月3日 学習院幼稚園運動会で浩宮が、当時ご懐妊中で見学のみの予定だった母美智子さまに遊戯を一緒にするようねだる事件連結画像(TBS「ひるおび!」2010/10/12)

◾1965年12月、弟礼宮の世話に明け暮れる母美智子さまに「子犬のガイコツ」をプレゼント、母親の気を引きたがる年頃だからしょうがないけど現在だったら間違いなくサイコパスの萌芽扱いされるよね事件

女性セブン1966年2月16日号デラックス版 浩宮さま満6歳ご誕生記念特集号<特集=浩宮さま満六歳のお誕生日おめでとう 少年になった「ナルちゃん」の素顔 いたずら坊主でテレビっ子 もの知り博士でフェミニスト ママに子犬のガイコツをプレゼント>記事一部より引用

 昨年(補足:1965年)十二月、ナルちゃんが一人で葉山のご用邸にお行きになったときのこと――
 東宮御所で礼宮さまのご養育に専念なさっている美智子さまに、ナルちゃんから画用紙のお手紙がとどいた。
 ひらいてごらんになると、なにやらガイコツらしい絵にそえて、鉛筆がき。
『いぬのがいこつ、おおくりします。なるひと』
 とんでもないプレゼントだわ、まさかほんとに‥‥と ・・中略・・
「おたたちゃま、これおみやげですよ」
 ナルちゃんのにこにこ顔につられて、ついうっかり箱をあけられた美智子さまはびっくり仰天。
 なかには、お手紙どおり、子犬のガイコツがごろりところがっていた。
“まあ、こんなもの!”とおしかりのことばが出そうになったが、ナルちゃんは得意満面‥‥。



■第2期-初等科時代-■編集
◾ 小学校低学年時代、当時の東宮侍医であった緒方安雄氏のポケットに勝手に手を突っ込んで飴を奪い取る、ほとんどサル並みの振る舞いをしていた事件

元東宮侍医医学博士・緒方安雄著『妃殿下と若宮さま 東宮御所で過した日々』サンケイドラマブックス26(サンケイ新聞社出版局、昭和48年=1973年3月15日1刷発行)

p.174より引用
 それはいつごろであったろうか?
 たぶん浩宮さまが小学初年級ごろであったと思う。
 私は煙草を吸わないのでそのかわりにドロップを数個いつもポケットにいれていて、ときどきなめることにしていた。
 ある日のこと、私の上衣のポケットがふくれているのに気づかれたのか、突然ポケットに手を入れて、そこにはいっているドロップをつまみ出された。
「これアメ? 食べてもいい?」
 とお聞きになる。私は躊躇した。妃殿下が正しく行っていらっしゃる宮さまの食生活を破る恐れがあるからだ。
 しかし、ついには負けて、どうぞということになり、宮さまは嬉しそうに、そしておいしそうになめていらっしゃる。



ご労作から。どうもありがとうございました。

大事にされている風に見えながら、実は「・・・・・・」と思われていたのか? ま、答えはいいですよね。

無邪気、天真爛漫、傍若無人。ナルちゃんさまに逆らえる大人は、原則的におられないでしょう。

そうして育ったのだから、そうして娘も育てて。

思えばあれこれあります。つい、長い引用をさせて頂きましたが。

その天真爛漫さは、長じて、シンプルな「阿房」となった、ということか。

それにしても、真ん中のお子の顔、髪、耳も眉毛も。

え、こんなナルちゃんいたのね、としか考えられない、平成の御代も29年ですね~、の、KUONです。

よく、右のように口をこう開けていた お調子者の 皇子さんでした。


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万博の年でした。


お返事遅れていてごめんなさい。ゆっくり書かせていただきたいので・・・。






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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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