今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

お礼のご紹介です。

「ハートのなまず」さんがコメントを下さっています。

一部略して、そのままご紹介させていただきますね。

>阿蘇神社に寄付いたしました

KUONさま、こんばんは。
スレチですので、鍵コメで失礼します。

お陰さまで、手拭い販売100枚を突破し、阿蘇神社に1回目の寄付をすることができました。
秋篠宮殿下の誕生日にブログでも報告することができ、すごくうれしいです。

ありがとうございます。

近い将来、「天皇誕生日」となる11月30日に合わせてのご注文やコメントもいただいています。
祈りを言霊に込めて。
なまずのてんし30

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ミテコさん、清子さまになりすまし、とか。

ふと胸うちに兆した疑問が、もくもくと大きくなってきて、どうしようかなあ、と迷っています。

美智子さんと、今は公務員の奥さまとして暮らしておられる黒田清子さんの関わりについてすこし調べていて、

あれ? と思った。次に、おかしいなと思い、清子さんの名前で出版されている一冊の本の、あちら読みここを読みかえして、疑問は募って引き返せなくなりました。

清子さん、と呼ばせていただきますが、賢そうで、かつ控えめな方と推察されます。

今上天皇のただ一人の内親王さまでいらした。研究所へ「おつとめ」をしておらしたけれど、降嫁後もその方向のことを継続しておられる話も聞きません。

ご夫君のお母さまとも別の暮らし、お子さまはおられず、昼間に、かなりの頻度でこうごうさんのところを訪れておられるとか、秋篠宮ご一家とは、夫君ともども、今も睦まじくおられるとか。

たまに宮中晩餐会におよばれの一人として写っているか、どうか、のご存在。

その清子さんが、本を、望んで出されたのだろうか、という疑問。

おうた数十首。

あちこちへ行かれて後の、感想のようなお言葉や時にスピーチや、誕生日の折りの文書での回答。

内容はそういったもの。

納められた写真は、幼い頃の、内親王さまらしい可愛く品のいいご様子のものが沢山あります。お行儀のいい可愛いお姿です。成人されてからの、これぞコンサバ、といった体の写真、盲導犬と一緒の写真。美智子さんがしっかりポーズを決めての母子写真。(笑)。

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さーやさまはあどけなく可愛らしい内親王さんでした。

この写真は本には入っていません。


夫君の黒田氏と並んだ写真もあります。平成17年、新婚の頃と思われますが、お二人とも堂々の、落ち着いた雰囲気。

かつて何も知らずこれを見た時、なんとなく、お子さんは無しかな。など、感じたりしました。夫さんの方の覚悟、信念が固まっておられる雰囲気までが写真から見えた気がしました。

と、長々書きましたが。

内親王が、この本を出す必然性って何だったのか? と、疑問が湧いたのです。

どなたもそんなこと、なさっていない気がします。

ナルさんが「学者」とかいうことで、著書などがあるとは聞いても、現物を見たこと無く。

陛下が「学者」とは知られているそうですが、昔は魚の研究者でいらした気がするのですが、今年、狸のフンの研究、とk、突然情報が出て、びっくりしました。

あんなに出歩いていて(失礼?)、研究、できるのか?

いやまず、祭祀とやらも、落ち着いた端然として暮らしの上に成り立つものではないか、と、と、これはまあ、措くとしまして。

どう考えても、いずれ降嫁される立場の清子さんが、なんで本を? の気持ちがのいてくれません。

皇太子とまさこは、明日にものいて欲しいですが。・・これも措くとして。


では。では、ではでわ。

結婚なさった年に発行されているから、ご結婚お祝い号? 週刊誌に、そゆの、ありましたかね?

本そのものにはそういった文言、いっさいありません。

タイトルは

「ひと日を重ねて」

地味中の地味です、出版社も、言ってよろしければと断って申しますが、地味なとこ・・・。

結婚式も地味でした。本当に、地味でした。白いシンプルなドレス姿の清子さまは、品よく美しかったですが。

和服姿も、お綺麗でした、本当に、でも、いっぱいあれこれ、言われたのですよね。

なんであの帯、なんでお料理はあれっぽち?お茶会? たった一人の今上陛下の、内親王さまが。

地味が悪い、とは言いません。思いません。母上が、補ってあまりある「ど派手」、突拍子もないお方です、そのかたわらで、逆方向に行かれたのか、という感じもします。

本来、神道の長の家の娘さんなのですから。

地味でフツーでないかと。

お好みもおそらく、地味路線。

・・・ここで言いたいのです。

いきなり結論に行きます。

「紀宮さまの御歌とお言葉集」として出されたこの本は、

美智子さんが出したかったのだ~~~、と。

娘さんが降嫁される、何かあってもいいわね、大義名分つけられるわね、

ぢゃあ。
ぢゃあ、書きたかった書き足りなかった、あんなこと、こんなこと、本なんかどんだけでも作っちゃえますのに、出したいのにやっぱり、遠慮もしなくてはいけないんですもの、

一冊、まとめてあげましょう、そう言う形ならカッコがつきますわね、ワタクシが言えばまたイジメられることも、あの娘に言わせてしまえば目立ちませんわね。

あら。わたくし、目立たない方がいいのかしら? 目立ちたいのですわねワタクシって、そーゆーキャラ、あらま、なんだかわからなくなりましたけど、言いたいことは山盛りございましてよ、週刊〇〇や△△に、しょっちゅうワタクシの真実は流布させているとはいえ。

まだまだ、賛美が不足です。ワタクシのカラダは賛美でできている、って状態でないと、日々が生きにくいのですのよ。

いいわいいわ、今だわ、清子の本で、いっちゃいましょ。

清子名義で本一冊、さああああ、つぎ込みますわよお、ワタクシの、うたも、考えも。


・・・な気がします。

うたも。清子さん本来の歌(すでに疑問まみれの中でも、きちんとご自分を客観視してものごとを見ておられる感じが、正直に出ている。と。わたしKUONは考えます。この面をお持ちの清子さんであることは、私の感じと矛盾しないのです。

やはり、賢い冷静な方なのね、と。

気持ちのいいおうたが、沢山おありです、言い方がエラそうなのは、一読者としての感想であるとして、お見ゆるしいただきたいです。

で。よおおおおおく、見えて来ます。

清子さんが、主に「母」。

親のうちでも、誉められていないと生きて行けない「お母さま」を題材にしたり、絡ませたりしているうたは、奇妙なことに、

ミテコ臭が、プンプンするんですよ!。

よく見ると。疑問の元を知りたくて、しつこくなると。

見えて来てしまふ。

ご紹介したいです、すっごく。

皇太子(や、ご自分の)結婚報道に関して、清子さんが思っておられることを、述べている文書もあります、人権無視ですと、まあ、怒りのお気持ちを露わにしておられるのですが。

はて。

清子さんは、そういう感情の露出を、ためらわないお方だったかな、と、。

けっこう言うてはるんですよ、お怒りお腹立ち露わに。

ミテコ、腹立てておられたんですね。






不要です。追記あります。

先日の「新嘗祭」に関しての天皇とこうごうの歌・・・本来は天皇のうたは御製(ぎょせい)、こうごうのそれは御歌(みうた)と呼ぶ習わしのようですが。

あの作品群は、少なくとも、当時皇太子であった今上が、新嘗祭のその場におられて、それをおうたにしてみた、という体裁なわけです。

しかし。今年の新嘗祭には、祭祀長たる天皇その人も、次代として祭祀を見届け、記憶し継承する存在のはずの皇太子・ナルヒト氏の姿も、無かったようです。

天皇は、宮中の祭祀の大いなる一、大祭である新嘗祭を、欠席・・・東宮も、不在・・・白衣(びゃくえ)をまとって神嘉殿の儀をつとめられる二人の姿は無く(と推察されます)モーニング姿の秋篠宮親王のみが着床された、と。

一年前、去年の新嘗祭に出られた河野太郎氏が、詳細に記されたものを、下部に引用させていただきました。

直会の献立なども、読むと興深いものがあるか、と、私は感じました。


その前に、美智子さんの歌集に収められた新嘗祭のうたをご紹介して、この項をいったん閉じさせていただきます。

   新嘗のみ祭果てて還ります君のみ衣夜気冷えびえし

    しんじゃうの みまつりはてて かへります きみのみころも やきひえびえし

                                           昭和54年



昭和天皇がご健勝であらせられ、祭祀をとどこおりなくおつとめでいらした頃の新嘗祭。

このうたを詠んだ女性の夫君は、当時、皇太子でいらした。

霜月も終わりに近い夜、皇太子として神嘉殿に侍り、すべてを終えて戻ってきた「君」の、衣の冷えが、ほら、こんなにも厳しい。

夫君はさぞや、お寒かったであろう、というツマの気持ちを、衣の冷えに託して詠まれたこの一首は、技巧的にも素晴らしい、美智子さまのお優しさも素晴らしい、とされる一首です。

すばらしい一首でしょう。

わざわざ貶める意図は、ここでも一切ありません。

ただ。

夫君は皇太子。寒風のうちにつとめておいでになった「こと」は、「仕事」ではない、余人にはつとまらない皇室の神事。祭祀。

どう言えばうまく言い表せるのでしょう、確かに寒かったでしょう、厳しいのでしょう、でも。

ツマの立場でこう、詠まれては、なにか、う~む。

うまく表現できません。

外科医の妻が、夜更け帰って来た夫の髪から、緊急オペのなごりの血の匂いをふっと嗅ぐ。

ぽっぽ屋の妻が、雪の中に立ち尽くした後に帰宅した夫の、凍りついた指を、一本ずつ握りしめて、息をふきかけて動きを取り戻してやる。

自分も急いでパートタイムの仕事に出かける妻が、夜勤明けで戻った夫の無精ひげ、目の充血を、すれ違いざまに見ながら何か思いながら、黙って靴をはく。

ような。そういったうたを、読ませてもらったら、自然に湧きあがって来るであろう人としての共感が、美智子さんのこの、秀逸な一首に対して、感じられない。

うまく表現できないもどかしさを、ざばっと吐き出してしまうとしたら。

乱暴ですが、こんな感じになる・・・

妃殿下。神事のことは。祭祀のことは。

こんなにお上手に、沢山溢れるようにお詠みのなかの、珍しい歌材のひとつのごとく、お詠み遊ばすな。

・・・KUONの歌感です。

もう一首、疑惑のうたが。

   傷ましきがれきの上に手向けたまふ君が水仙は白く花咲く

    いたましき がれきのうへに たむけたまふ きみがすいせんは しろくはなさく


あの有名な、阪神淡路大震災の後、被災の地に、美智子さんが持って来(させてい)た水仙の花束の一首。

以前も一度、これについて書きました。再度。

何でもうたう、どこへでも慰問に行く美智子さんに、水仙のうたが無い。

なぜ?

と、思っていました。美智子さんの歌集には無いのです。

したらば。他のところにありました。

内親王さんで、こういったことをなさった例は、あったのかどうか、詳しくは存じませんが、清子さまは平成十七年に、一冊の本を上梓しておられます。

どしっとしたハードカバーの、300ページに近いような本です。

おうたやお言葉、エッセイのような内容。

平成は、内親王様にだけ、こういった本を出させておられるのです。

で。

おうたの中の一首として、ありました。

   傷ましきがれきの上に手向けたまふ君が水仙は白く花咲く

伊勢の神宮の遷宮の折りの清子さまを、神々しいお姿と拝見したのでした、今もその感覚は変わっていません。

「傷ましきがれき」

と。まこと心ある歌人なら、こうはあっさりとこの事実をこの言葉で詠まないだろうと、考えてしまい、清子さまは、この状態をこんな風にはお詠みにならないのでは、などとモタクタ考え。

では???と。

一首の作者に対する疑問を、拭えないままに、日々は暮らしております。

違うだろうよ。


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2015.11.25、河野太郎氏のブログより。

>新嘗祭神嘉殿の儀に参列いたしました。

まず夕の儀。

参集所に夜七時ごろ参集します。

寒いと聞いていたので、モーニングの下にヒートテックの上下と靴下を二枚ずつ重ねてはいて、さらに貼るホカロンを腰に張り付け、モーニングの上にはマフラーと外套という格好です。

外套は、黒色又は地味な色、マフラーは白色又は地味な色。毛皮は避けること。

七時十八分に、総理を先頭に閣僚は年齢順に並び、ろうそくがともされた提灯に導かれて参進します。

総理を先頭に三権の長、閣僚、最高裁判事などが幄舎に着床(椅子に座る)します。

幄舎は、屋根と後ろの壁はありますが、前は大きく開いていて、風が吹き込みます。運が良いとストーブの近くになります。

神殿と幄舎に囲まれた広場では、四か所ほどで穴が掘られ、たき火がたかれています。

たき火の光と提灯の光のみです。雅楽が奏でられています。

秋篠宮殿下が参進され、幄舎に着床されます。

天皇陛下が出御され、皇太子殿下も続いて参進されているはずですが、神殿には白い薄い幕が張られ、まったくわかりません。

天皇は神饌を御親供になり、御拝礼の上、御告文を奏せられているはずです。

我々は秋篠宮殿下が参進される際に起立し、その後、着床、さらにまた、長い時間起立し、着床、もう一度起立し、着床。

その後、総理を先頭に一人ずつ神殿に拝礼。神殿の前の真菰(ござのようなもの)の前で一礼し、真菰にのって拝礼、そこから降りて一礼して退下。八時二十二分

参集所で直会。

直会の献立は

雑汁 
合鴨 八ッ頭芋 大根 干椎茸 焼豆腐 人参

作り身 
鮃重ね作り 烏賊細作り 桂大根 花人参 防風 紅蓼 山葵

加薬飯
鰻蒲焼 干椎茸 錦糸玉子

漬物
奈良漬瓜 浅漬大根

白酒(しろき)

黒酒(くろき)

温酒

直会お開き、八時五十分

白酒と黒酒はかわらけの杯に入れて出されます。味は酸っぱく、どろっとしています。甘酒の酸っぱいもののような。黒酒も言われてみると灰色がかっているような気がするという程度で、黒いとは思いません。

shiroki
左が白酒(しろき)、右が黒酒(くろき)

この白酒(しろき)、黒酒(くろき)は、各都道府県の精農家からの献穀をもって謹醸され、行われたばかりの新嘗祭(にいなめのまつり)に供進されたものです。

天皇陛下も御告文の奏上が終わると新穀(米御飯・栗御飯)と新酒(白酒・黒酒)を神々と対座されて召し上がられますが、これも直会と称するそうです。

初穂をお供えし、それを多くの人に分かち、直会を共にすることはいにしえの新嘗祭の豊明節会(とよのあかりのせちえ)と同一のご趣旨と拝察されます。

新嘗祭には天皇陛下と皇太子殿下が純白の祭服で参列され、秋篠宮殿下はモーニングで幄舎に着床されますが、皇后陛下、皇太子妃殿下、妃殿下方は参列されません。

直会終了後、一度議員宿舎に戻り、夜中の十二時少し前に再び、暁の儀に参列するために参集所に参集します。

暁の儀

夜十一時過ぎに参集所に参集します。

服装は同じです。

十一時二十分ごろに参進し、幄舎に着床します。

秋篠宮殿下が参進され、幄舎に着床されます。

今年は、天皇陛下は出御されず、神殿で皇太子殿下が拝礼されました。

その後、秋篠宮殿下が真菰で拝礼され、退下されると、我々が同じように拝礼し、退下します。

天皇陛下が出御されなかったため、今年の暁の儀は短い時間で終わりました。

その後、参集所で直会になります。

暁の儀の直会の献立は

鴨雑煮
合鴨 小餅 芹

酢の物
菠薐草菊花巻 柚子醤油

温物
風呂吹大根 海老曽保呂掛け

温酒

零時五十分に退出。

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どうもありがとうございました。

末尾になりましたが、ヒミツのコメントさんから、まとまった内容のコメントをいただいていました。

>2014年11月天皇陛下は気温が低下する深夜に始まる「暁(あかつき)の儀」
>への陛下のお出ましを今年から取りやめられると発表した。という記事がありました。

>今年の新嘗祭の予定では秋篠宮殿下のみの出席となっています。
>天皇陛下のご負担の軽減の仕方が間違っていると思います。
>祭祀だけをすればいいのです。
>宮内庁には新嘗祭の重要性もわかる人がいなくなったのでしょうか。


>祭祀を行わない天皇や皇太子は不要です。

・・・つよく同感です。というより。

言うべくもない、ということです。

祭祀を行わない天皇も皇太子も、それを「支える」立場だとかいうツマも、当然、不要です。

………………追記

コメントでご指摘くださった方がおられて(本当にありがとうございます)。

宮内庁のホームページの記載を見て参りました。

書いてあるのは以下です。

平成28年11月23日(水)

ご日程

天皇陛下 新嘗祭神嘉殿の儀(夕の儀)(神嘉殿)
皇后陛下 新嘗祭神嘉殿の儀(夕の儀)ご終了までお慎み(御所)


平成28年11月24日(木)

天皇皇后両陛下 新嘗祭神嘉殿の儀(暁の儀,掌典長ご奉仕)ご終了までお慎み(御所)



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・平成24年に宮内庁が画策、発表したごとく

「暁の儀」は、現天皇の体調を考慮されて天皇はなさらず。

「掌典長がご奉仕」。代拝。

私はこれを思う時。

全く見当違い、ばかなことを言うとお思いでしょうが。

よく、無茶に仕事にかかる時、冗談に紛らせてウガーッっと口走っていたセリフ。

「死して屍拾う者無しっ」

を、想います。日本の天皇って、そんなヤワなものなのか。

「ししてしかばねひろうものなし」

やるんだやり抜くんだそれしか無いんだ。

無になって。

明日を思わず。

わが身の都合は思わず。

そんな風に陛下は祭祀にお向かいだと信じていた、今は遠くなった日々に。

疲れるだろうか風邪ひくだろうか心臓にこたえるだろうか。

との思惑一切無し、つとめおえて倒れたってかまわんぞ、の、しかし激しいものでない静かな気迫で、つとめるもんじゃないのか、

など、本気で考える、愚か者です。

お出ましなのか否か、これならどっちなのか、わかんないです。

高齢者に対して思い遣りの無い民です、わたし。

おしっこ洩らしの皇太子に、祭祀に臨む何をも期待しておりませんのです。

潔斎、無理でしょう。でも宮内庁はそんなこと気にしない。

平成28年11月23日(水)

皇太子殿下 新嘗祭神嘉殿の儀(夕の儀・暁の儀)(神嘉殿)

平成28年11月24日(木)

皇太子殿下 新嘗祭神嘉殿の儀(前夜に引き続き 暁の儀)(神嘉殿)

皇太子同妃両殿下 ご説明(在シンガポール大使(シンガポール大統領閣下及び同令夫人「国賓」来日につき))ご陪席(御所)


まさこはハナから祭祀になど無関係なヒト。

皇太子も妃も、

病気なら責められない、が、公表されていないのだから、おもんぱかりは、これも不要です。

自分なりに調べて書きましたが、宮内庁がホームページに「出た」と書かせているなら、出ていたのでしょう。

そりゃ、そうでしょう。

愛子さんだって「いる」のですもの。






あきれかえる話。

新嘗祭

新嘗祭(にいなめさい、にいなめのまつり、しんじょうさい)宮中祭祀のひとつ。大祭。また、祝祭日の一つ。

収穫祭にあたるもので、11月23日に、天皇が五穀の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に勧め、また、自らもこれを食して、その年の収穫に感謝する。宮中三殿の近くにある神嘉殿にて執り行われる[1]。

解説[編集]wikkiより

日本では、古くから五穀の収穫を祝う風習があった。その年の収穫物は国家としてもそれからの一年を養う大切な蓄えとなることから、大事な行事として飛鳥時代の皇極天皇の御代に始められたと伝えられている。

一時中断されたが、元禄時代の東山天皇の在位中に復活した。もともとは旧暦11月の二の卯の日(卯の日が2回しかない場合は下卯、3回ある場合は中卯とも呼ばれる。旧暦11月13日~11月24日のいずれかが該当する)に行われていたが、1873年(明治6年)の太陽暦採用に際して新暦11月23日とされた[1]。これは、同年11月の二の卯の日が11月23日だったことによる。1908年(明治41年)9月19日制定の「皇室祭祀令」では大祭に指定。同法は1947年(昭和22年)5月2日に廃止されたが、以降も宮中では従来通りの新嘗祭が行われ、最も重要な祭祀としている。神嘗祭と同様に神宮(伊勢神宮)には勅使が遣わされる。

また、「年中祭日祝日ノ休暇日ヲ定ム」および「休日ニ関スル件」により、1873年(明治6年)から1947年(昭和22年)まで同名の祝祭日(休日)であった。以降も「国民の祝日に関する法律」により、勤労感謝の日と改称されて国民の祝日となっている[1]。なお、固定日の休日では最も長く続いており、11月23日は日本国民に最も定着している休日でもある。

現代では稀であるが、新嘗祭まで新米を口にしない風習も残っている。

2013年(平成25年)12月23日、今上天皇が傘寿(80歳)の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって、初めて新嘗祭の様子が映像として公開された[2]。

関連項目[編集]
大嘗祭 - 天皇に即位して最初の新嘗祭を大嘗祭と呼ぶ。
豊明節会
鎮魂祭 - 新嘗祭の前日夜に行われる
五節舞
相嘗祭

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新嘗祭は、宮中のもっとも大切な祭祀の一つと聞いています。

今日がその「新嘗のみまつり」の日で、前夜には「鎮魂祭」が行われるとか。

鎮魂祭、新嘗祭、天皇陛下は粛々とおつとめくだされたことと想います。

むかしは、この日を期して、その年の新米をいただき始める決まり事もあったとか。

上記、ウィキペディアの記事中に、

「2013年(平成25年)12月23日、今上天皇が傘寿(80歳)の誕生日を迎えたのを記念し、宮内庁によって、初めて新嘗祭の様子が映像として公開された[2]。」

とあります。多くの宮中祭祀と同じく新嘗祭も、一般の国民の目にも耳にも遥か遠く、届かぬあたりで、うやうやしくつとめられていた、マル秘、マル禁の事柄であったということでしょうか。

その新嘗祭について今上は、昭和三十二年、未だ皇太子でいらした時に、歌に詠んでおられます。

   ともしびの静かに燃ゆる神嘉殿琴はじきうたふ声ひくく響く

    ともしびの しずかにもゆる しんかでん ことはじきうたふ こゑひくくひびく

                               昭和三十二年 歌会始儀 御題 ともしび


細かく言えば、五七五八八。字余りが二か所、それは、添削の時点でよしとされたのでしょう。字余りよりも、皇太子が新嘗祭の現場をうたわれた、そのことが、新鮮だったと思います。

私の浅い知識では、このうた以前に、天皇が宮中祭祀に触れて詠まれた一首は、無いような気がします。

歌会始の折りには、宮家の妃殿下、親王内親王まで詠草が発表されていますが、それ以外では、皇后のうたは少し残されていても、表に皇太子のそれが出されていたことは、あまり無い。間違えているかもしれませんが。

現・今上夫婦、というより、美智子さんのうたが、昭和から平成に至るまで長く、折に触れて出て来ていて、初めの歌集が、皇太子夫婦のおうたを集めた形でした。ミテコさんも始めはそれなりに、遠慮あそばしたか。

ともかく。

画期的ともいえる、

祭祀の場でうたわれた体裁のこの一首。

実際は昭和三十一年に作られています。敗戦から10年、皇室を取り巻く状況も、まだ大変化を遂げている最中であった。皇女が「おスタちゃん」などと呼ばれた時代の空気が、こういううたも許容したのだと考えます。

明るく、軽く。アメリカさんには逆らわない、逆らう気なんか無いよ~ん、でしたか。。

皇太子の喫煙写真も銃を構えている写真もあります。他の場面の写真もあります。

皇太子・明仁氏は、そういう、新しい時代の皇族として存在しておられたのですね。

正田美智子さんとの、軽井沢での出会い、テニスコートの恋、皇太子自身のプロポーズ。初めての、聡明で美しい平民出身のおキサキさん。めっちゃ、かっこいいものだったでしょうか。

・・今日、書きたいのは、他のことではありません。

うたのことです。

以前も一度、同じ内容で書きました。今年です。

あれからまた、何度も読んだり、ひっかかったことを調べたりもしてみました。

昭和四十五年、当時皇太子であられた今上は、

「新嘗祭七首」と題される、連作七首を、発表しておられます。


    松明の火に照らされてすのこの上歩を進め行く古思ひて

      たいまつの ひにてらされて すのこのへ ほをすすめゆく いにしへもひて

    新嘗の祭始まりぬ神嘉殿ひちりきの音静かに流る

      にひなめの まつりはじまりぬ しんかでん ひちりきのおと しずかにながる

    ひちりきの音と合はせて歌ふ声しじまの中に低くたゆたふ

      ひちりきの おととあはせて うたふこゑ しじまのなかに ひくくたゆたふ

    歌声の調べ高らかになりゆけり我は見つむる小さきともしび

      うたごゑの しらべたからかに なりゆけり われはみつむる ちさきともしび

    歌ふ声静まりて聞ゆこの時に告文読ますおほどかなる御声

      うたふこえ しずまりてきこゆ このときに つげぶみよます おほどかなるみこゑ

    拝を終へ戻りて侍るしばらくを参列の人の靴音繁し

      はいをおへ もどりてはべる しばらくを さんれつのひとの くつおとしげし

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


以上、七首です。

現/天皇のよませたまひし御歌(まだこの時は「御製」ではない)とされていることに、疑問を持っています。

これは、他の場面でもそうであると、しばし言われていることですが。美智子さんは、どなたの文章にも自分流の介入をして来た方。

夫君であらせられる今上の、仰ること、書かれたもの、今年夏の「お言葉」に限らず。

指図し、書き直させ、くらいならまだしも。初めからミテコさん・作の文書が、今上のお言葉として、公に出張って来ていることは、明らかと想われます。本当はここ、断言したいところです。

皇太子の連作七首。これも、ほぼ、皇室に入ってから「優れた歌人」の名をほしいままにされた奥方の手が、何割か、あるいはほぞすべてがそう。であると、読みます。正田美智子の独身時代のうたを、寡聞にして拝見したことがありません。

いきなり「歌人としても一流」なヒデンカになっれたのでした。錚々たるセンセイがたに教えを受けておられた。秘められていた才能が、一気に花開いた。ということですか。

つかれた歌の師の個性によって、微妙に歌風が変化しても、それは、進化されたと言えばいいことなのかも。

わびさびの境地に入るのでなく、しっとりと落ち着いた、というのでもない、ガサツなKUONのごとき読者の目には「味が落ちた」ような、枯れた、でもなく(シツコイ)、スカスカになった感の深い昨今の「御歌」、ここ数年は、ミテコさんに、センセ、おられないのかな・・・・・張り切って「歌人・美智子さま」との称号に酔いつつあられた皇太子妃。持って行き方、うまかった。

ともあれ。七首はミテコの手になる、との疑問の、一番わかりやすい根拠。

今上のおうたは、平明な、普通のおうたが多いのです。飛びぬけていないが、妙な癖も無い、すとんとしたおうた。

連作は、以前も書きましたが、一つのテーマに添った内容のうたを、何首も作って(詠んで)、ひとまとまりの形にするもの。

技術も、体力も要ります。

この意味でも、今上がお一人で、とは、失礼は承知、考え難い。

かつて独身でいらした今上が、自分にしか詠みえない題材として詠まれた一首を、下敷きに。

自らの才を信じ、才を恃み、の今上夫人が、やってみせましょう、わたくしになら出来るわ、他の誰にも出来ないことよ、の野心に満ちて、作り上げた七首の世界。

ご自分の作としての発表は、叶わなくとも。

そうとしか、今のKUONは、考えられなくなりました。

世の中には、ご夫婦で歌人、という例も少なくないようです。

私の知る限りでは、それぞれ自分の世界を大切に、実生活では睦まじい二人であっても、作品に関しては、個人と個人。

言葉ひとつにも踏み込まない、要らないことはしない、してはならないとしておられるようで。それはともかく。

皇太子の妻が、才に溺れて(と言ってしまいます)、宮中祭祀を詠んで。

これが、見事に、写生歌であることが興味深い。形を整えることに夢中で、こんな情景も書いておきたいわね、とそちらに気をとられて。

次代の天皇。次代の祭祀王としてその場に在る皇太子の、精神世界と言うか、そのあたりが、まるで抜け落ちているのが、即物的に徹底していて。

細かく言っちゃいます。

・はじめの数首は、過去の今上のおうたを、視点を絞って一首としてそれぞれ完成させた(つもり)。

・「我は見つむる小さきともしび」・・・四十歳ちかい男のうたいぶりではない。と、KUONは思います。

・「告文読ますおほどかなる御声」・・・告げ文をお読みになるのは、昭和の天皇陛下です。その声を、おおどかなるお声、と、詠んでおられるのは、そのままそうだとは思いますが「読ます」も「おほどかなる」も、美智子さんの選ぶ言葉だなあ、と、感じないではいられません私は。今上は、こうは、詠まれないと思う。他の歌、たくさん読ませていただきましたが。

・「参列の人の靴音繁し」・・・直感ではありますが。生まれつきの皇族、身内みな皇族、が事実の皇太子は、ここで「参列の人の」などという、よそから来て見ているヒトみたいな視線の言葉、使うかしら、と、これも私感です。


美智子さんが、皇太子の歌として、自分のうたを出していた。

一般人の世界でも、いささかの問題、無しや有りや。

単に、歌の世界の話と言えば言える、でも、昭和四十年代から、こういうことをしていたヒトだと。

深く深く疑惑を抱く。

やられた方も見ていた人々も、だんまりなのは、変化しているわけがないと思いますし。

やりたい放題を見許し、誰も何も言わなかった、あるいは、ミテコさんが聞かなかった、雑音にしか受け取らず、目の前から消してゆかれた。基本、変kしていないと思わる現状です。

誰よりも強い権力者と成り上がられました、美智子さん。

あれもこれも。本来、皇后のすることではないでしょう。

麗々しく何冊もの歌集を出し(昭和の両陛下は晩年に一冊のみ)、恥じる気持ちをご存じない方なのか、そこに、なりすましのうたも、納めさせておられます。清子さまの本にも、疑惑のうたがいささか。

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いっぱんじんには無理な歌材も欲しいのよ、だってアタクシはこーごーへーか、世の並のものとは違うのですもの。

歌の材料見つけたら、ためらうことなど在りえません、詠んでしまいますわ、ええ、皆のものもそんな世界も知りたいでしょ?

それになにより、アタクシの方が、うた、優れていると長年、言われ続けて、おほほ。

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あたくしたちの未踏の地はどこかしら、あるかしら、探し出して行ってさしあげないと。

でもって、行って帰ったら、忘れないようにピン、ぶっ刺しておきませんとね。




どれも、美智子さんという囲みで考えれば、矛盾しません。

ご本人は「サービス」のつもりなのかも知れません、あの方的には。



この記事には後に、追記させていただきます。


使命は「鎮魂」鑑賞してね。

昨日書けなかった、櫻井よしこ さんについて。

先に恥ずかしながらお詫びします、この記事は、文春誌でなく、週刊新潮誌の人気コラムです。

KUONの老化現象です、最近こういうことが多い・・引退間近か・・・んな気はないですが・・・。

櫻井さんは「天皇陛下のお言葉に応えるには」と題して

>・歴史において譲位は度々政治利用された。時には国家・社会の混乱にもつながった。

・譲位の悪用などもはや現在の日本ではあり得ないとの声がある。そうかもしれない。だが

・国の基盤については、長い先までの安定を念頭に、あらゆる可能性を考慮して、万全を期すことが大事だ。

・ご高齢の陛下への配慮が当然なのは言うまでもないが、そのことと国家の在り方の問題は別である。この大事なことを認識しなければならない。

・結論から言えば、私はご譲位でなく摂政を置くべきだと考える。

・皇室典範第16条2項に「又はご高齢」という5文字を加えることで、それは可能になる。


理路整然と、まっとうなご意見を示しておられる。

もっと引用を続けたいが先を急ぐ。書きたいことがあるのであるのです。

櫻井よしこ さんは書く。

陛下のお仕事は現在(KUON註:この後は実際には続けて書かれているのですが、箇条書きにさせて頂きます。陛下のお仕事は現在

①国事行為

②公的行為

③祭祀

④私的行為

に分類されている。長い伝統に基づけば、皇室本来のお務めで第一に来るべきは③である。しかし連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、国民のために祈る最重要のお務めを私的行為と位置づけた。

その順位をいま、実質的に変えるのである。

天皇のご日常を③を最優先にして、③①②の順に組み替えればよい。


と、書いておられるのです。

陛下は多くの公式行事の合間を縫うようにして祭祀をなさっている

(略)現実的な工夫と努力をすることで(略)陛下の御心にも沿えるのではないか(略)


とも。

さすが櫻井よしこ、へたれKUON、心中に大喝采を送ったのでした。

④についてはいっさい、触れておられません。あのエレガントな女性が、お腹の中で、先日の「私的旅行」、特別列車を使って、に対して、

アホと違うの、バッカじゃないの、身位に応じた恥の感覚の一つや二つや三千個、お持ちあそばせよ! 

など、思っておられたら。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

で。ものすごく不快、激しい違和感を抑えられなかった,、以下のこと。

幾つ前のお出かけか、と、画像を探すのに時間がかかりました。ほぼ毎日出かけている、あのご夫婦。櫻井さんのおっしゃる

④ばかり、に、見えます。

《天皇、皇后両陛下は14日夜、東京都渋谷区の国立能楽堂で、
東日本大震災当時の駐日ポーランド大使ヤドビガ・ロドビッチさんが創作した新作能

「鎮魂-アウシュヴィッツ・フクシマの能」(日本・ポーランド国際共同企画公演)を鑑賞された。

津波で息子を失った福島の男性が、
ナチス・ドイツによるユダヤ人虐殺の舞台となったポーランドのアウシュビッツ強制収容所を訪ねるストーリー。

震災後初の歌会始で披露された両陛下の和歌が朗々と歌い上げられる場面もあり、
両陛下は優美な舞に真剣な表情で見入っていた》.



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天皇皇后両陛下、日本とポーランド共同制作の能を鑑賞

なんと言っていいかわからない不快な怒りで、どうしようもない思いをしました。

今朝も福島の方でマグニチュード7,4という地震があり、テレビ局は横並びで津波が来る、逃げて下さいと報じていました。

あの大震災を思い出して下さいと言っていました。・・・避難をうながすためとは理解しますが。残酷な言葉だと、肌が粟立つ思いでした。

カッコつきでカタカナで語られる「フクシマ」はまだ、終わっていません。原発の事故基はまだ、僅かながら放射性物質を放出し続けています。それを考えていては生きて行くことが難しいから、考えないで暮らしておられる方は多いし、避難したままの方も多いし。

あちこちで災害が起き、大変なのは福島だけでない、それもそう、それは、そうです。


で、どうして天皇と皇后が、しゃらしゃらと、鎮魂のためなどと、他人ごとみたいな顔して、鑑賞をなさる。

鑑賞するようなことか。今まだ、ヒリヒリと痛んでいる方々がおられる、人知れず心の中に赤い血を流しておられる方がおられる、それを、過去のものと「鎮魂」して、拍手されて喜んでいるって、何なのだろう。



平成24年 歌会始儀

御製

   津波来(こ)し時の岸辺は如何なりしと見下ろす海は青く静まる

御歌

   帰り来るを立ちて待てるに季(とき)のなく岸とふ文字を歳時記に見ず


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

美智子さんのおうたに、びっくりした記憶。

もう先生の言葉など聞きもしないミテコ流なのね、と、納得しました。

ワルクチいっぱい言いそうになるので、今は、ここまでとさせていただきます。

理屈ばっかり。うたじゃない。

過去の輝かしき皇后歌人、美智子さまは、いずこ。ここ、ひにくです。

ここまでが精いっぱい、です。









びっくり傲慢

一冊の週刊誌から、読んで思ったこと三つ、書かせてもらいます。

週刊文春11月24日号。この号はおトクでした。「おとく」って言い方、さもしいみたいで(暴言?(笑))いつもは好きでないのですが、ほんま、おトクでした。

ページの初めに近い方から、まずは、飯島勲・特命担当内閣参与さま(私には「さま」なんです、この方)。

「米軍総撤退」いいじゃん。

タイトルはそれ。そして

>だいたいね、トランプ氏に対して暴言失言の連発とか、政治経験ゼロで超大国アメリカの指導者になった奴はいないとか、批判ばっかりしてるけど、逆に言うと経営者としての経験は百戦錬磨なんだからさ。実業家としては大失敗もしてるし、人生のどん底も見て来た男だよ。選挙中の発言だけで決めつけはダメだぜ。


こう、言っておられます。カナダのわがまま親父さんも同様の趣旨の記事、選挙後すぐに書いておられました。

私もそう考えています。この飯島氏は、安倍首相に同道、アメリカへも行かれたようです。

半ページですが、楽しく読みました。42ページ。


次は、林真理子。52ページ。

タイトルは「まさかのトランプ」

ヒラリー敗北を知って、

>落胆のあまり、へなへなと力が抜けてしまった。驚きと憤りのあまり、涙が出てきそう。

少し落ち着いて、友人たちとラインで怒りをぶつけ合う。

と書いておられます。

まあ、何をどう思って落胆しようが、個人の自由ではある。

アメリカの神話がガラガラと崩れていくのが本当に悲しい、とも書く。

子どもの頃の「アメリカ」を、まだ信じていたと言うか


>アメリカ人の大らかで明るいこと。誰でも受け入れ、その個性を尊重してくれ・・

とも書いている。まあ、雅子さんを勝利者と称え、愛子さんを「絶世の美少女になられる」とも書いたひとだから。

いや、どう思おうが、この国では自由でしょう、

オバマ夫人のミシェルさんの「ファン」だと書き、トランプ夫人を


>生きているバービー人形、整形バッチリしているし、豊胸手術もしているように見受けられる。

その姿に知性とか自己主張のようなものはない。

「本当にこんな人でいいの?」

どうなんでしょうね、林真理子さん。あなたがここまで言うことは無い、と、私は思う。

>よその国のことだから、平気で悪口を言っている私

とまあ、セルフ・フォローは忘れてはいない、ご立派。

自国のこうごうやとうぐうひが、税金で顔、いじりまくっていることは、触れないのね、それも自由。


>新聞も(どこも)憂いている、官邸もアタフタしている、誰もトランプ氏とのつながりを持っていないそうだ、と、林真理子は「ネットを見ない、気にしない」人だそうだから、知らないのだろうとは思いますが。

同じ雑誌に、前述の飯島氏が、バッガー氏とやらと(わたしも、てへへ、知りませんけどさ)握手している、もう半年も前に、写真を再掲されている、そんなこともスルーで、書いているんでしょうね。


>それはそうであろう、昨日まで不動産屋のおっさんだったのだから。

しかしそして、こう言い放つ傲慢さ。

林真理子さんは、ものすごく努力しているひとと、思って来た。今も思う。並でない才能、集中力、凄まじい上昇志向、文章はそんなにうまくないと私は思うけど、直木賞作家であり選考委員であり、ベストセラー作家であり、と、並べあげたらキリが無いくらい。おセレブであらせられます。。

そんな林真理子であるでしょうが、トランプ氏を、 必要以上に「いい」と持ち上げる気も、今の時点ではいっさい私には無いのですが、この言いようの高慢ちきな下品さにびっくりした。

もう止めるが、

トランプ氏に一度会った時、話しかけなかったのが「悔しい」とも、林真理子は書く。


>あの人が、美も若さも持たない女には、さぞかし冷たいだろうと直感でわかっていたのだろう

と書く林真理子は、いつもの、激しい自愛と自虐とをあわせもち、成功者である自分をも、突き放した冷静な目で見る、生まれつきの作家である林真理子と思う。

そして。

確かにドナルド・トランプという男性は、そんなタイプの「オトコ族」であろうが、人としては、人の気持ちにすっと反応できる人間ではないかな、ただのおっさん、では、少なくともともないわね、と、私は、考えました。とさ。

林真理子。人は変わるものだが。自分の感覚だけで、人生いろいろであったであろうアメリカの大統領選の勝利者に対して、頭ごなしに「不動産屋のおっさん」とは。

あなたはでは、何ですか。

とか、思う(笑)。


もうひとつ、桜井よしこさんのことについて書きたかったのですが、明日にします。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おまけ。


消息筋は、火曜日の夜、ヒラリーは自身が敗北したことを悟った後、激怒していたことをAmerican Spectatorに語った。シークレットサービスの職員は、少なくとも1人の消息筋に、彼女がわめき始め、卑猥な言葉を叫び、備品を叩きつけていたと語った。
彼女は物を手に取り、出席者とスタッフに投げるなど制御不能な怒りにあった。側近は彼女を公に出すことができず、落ち着かせるまでに数時間かかった。何年もの間報告されているように、彼女の激しい気性で理性を失っていたという。
まさに核爆弾にアクセスするのに適さない気質の持ち主だった。


The American Spectator
November 14, 2016, 10:27 pm

女帝気質と申しましょうか。



何がなんでも見守れ、ですって

>今週の週刊新潮誌に、ノンフィクションライターの友納尚子が

>初めて明かされる愛子さま」長期ご欠席の全真相

なる記事を掲載させている。去年あたりまで彼女は、ライバル誌とされる方⇒週刊文春誌を舞台に、「プリンセス雅子さま」なんちゃらという、見て来たような嘘ばっかり、あるいは、またこたまの実家筋からの

「これがデータです、うまいこと作文しなさい」、との指令通りに、雅子さますんばらしい、と書き続けていた。それがやっと終わったと思っていたら(作品は単行本化されています、内容は、ノンフィクションでなく、またこたまについての、完全なるフィクション本であります)、なぜか新潮に書いている。

まさこをアゲるための、陛下や秋篠宮殿下についても捏造がひどかった、宮内庁からクレームもつけられていましたが、書いたモン勝ち、の身のこなしようは、さすが。何がさすが、なのか(笑)。

もの書き傭兵ですから、雇い主がいて場が与えられれば、どこにでもどうにでも書くのでしょう。

読んでみましたがやはり、まさこは愛に溢れ愛娘を心配しながら公務に打ち込もうとする気配り細やかな妃殿下であり、娘の愛子さんは、母を思いやり、自らを追い詰めるほどあれこれ考えぬき、、思春期特有のカラダに関する悩みや自負を抱えた少女、として、描写されています。

きもちわるいので引用したくないですが、最後の部分だけ、少しだけ、書き写させていただきます。

>愛子さまはこの12月1日で15歳をお迎えになる。クリスマスケーキを雅子妃と一緒に作るのが楽しみーーー。
思春期ならではの思いを募らせた6週間を乗り越えた現在、そんな意欲を持たれるまでになったという。
しかしながら思春期は短くない。大人はあたたかな目で見守る必要があるのだ。

                             11月24日号  p144


こうして「~のだ」と断定し、押しつけて来るのが、このライターさんの癖です。

押しつけて来ないで欲しい、わたしは「自由市民(笑)」なのだ。

・・・今週は、文春誌の方も、愛子さんについて、べっくらするような「見守れ」記事を出しておいでです。

後に触れますが、今はとりあえず新潮の方。この ↑ 友納尚子さんというライターは、おわださんのお抱え、など言われています、で、

ちょっとタメラいつつ、友納尚子さんの画像を、貼らせていただきます。

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       このようなものをお目に触れさせてしまい、なんだかわかんないけど、ごめんなさい、の気分です、

       ごめんなさい、皆さま。


キャプ中の「21歳」は、過去にその年齢で、体当たりの(?)ルポをしていた、という、そういう意味です。自分も入浴するがごとき姿になって、隠しカメラで、盗撮。カメラ、どこに隠して??????

深くは追及するまい。職業差別はイケナイと言うなら、このお方を、上から目線で見ることはすまい。わざわざ云わなくても、それくらいのわきまえはございます。。

妃殿下の記事を書くに適任なのかなあという気は、しかし、ふつうに、します。

ヒデンカ自体が、まあ、そうなんだから、ね、むにゅむにゅ。

ともかく、この方が雅子さんの「ベストフレンド」「理解者」。なのだという。

どうでもいい擁護アゲアゲ記事は膨大に記して持ち上げる彼女は。

たとえば、内親王にとって大切な宮中行事であった(ハズの)、愛子さんの着袴の儀、については、完全に無視。

『週刊文春』で長編連載した「ザ・プリンセス雅子妃物語」にも、2006年11月11日愛子さんのその儀式について一文字も書かず。そういった感性のお方です。



文春誌の方の、びっくり、驚き、なんじゃこりゃ~。書きます。

タイトルは

>相談役医師が重大証言

      愛子さま「長期欠席」本当の理由


この記事も、中学校を休んでいる愛子さんの、欠席の理由が、疲れだの過剰なダイエットだの書かれています。

愛子さんとされる、とうぐう夫婦が連れまわしていた女の子の、顔が違う髪が違う細さが違う、と疑問視されることが多くなり、それに対しての言い訳だろう。としか思えない。言えば言うだけ不信感は募ります。

私も、京都駅で夏、愛子さんとされる女の子が、ひらひらと手を振りながら歩く姿を、現物を、見たんです。

帰り道、注文したラーメンもほとんど残して帰宅して、熱を出して寝込んだというアホな顛末でした、おそろしくて身が凍ったのだと、今になれば。

実物でない娘さんと一緒に、にたにたと手を振っていた、あのげどう二人。

恐くないのか、そんなことも思えないのか、そうでしょうね、畜生道の生き物だ。

畜生と一言に言うが。

源実朝は詠んでいます


物いはぬ四方のけだものすらだにも哀れなるかなや親の子を思ふ


次代の天皇夫婦(とりあえず)は、けものにも劣るげどうなのです。

記事に戻ります。

引用、少し。

>小誌は長年、皇太子ご一家の相談を受けてきた医師に話を聞いた。医師は言葉を選びながら話した。

「愛子さまのことはとても心配しています。目に見えた体の変化があると周囲は不安になるものですが、こういう時こそ騒いではいけないのです。

>彼女には全く選択権がなく皇室に生まれたのですから、この自由のなさというのは、非常に不公平だと思います。

ほう、そうか、と、これにも絶句してしまいましたKUON。

かいつまんで書くが、登校を再開してからも愛子さんは、注目を浴びるのを気にしてか、写されそうなときには、車内で姿勢を低くして姿が見えないようにするのだ、そうで。

マスコミに気取られないように、愛子さん一人の時には行わない信号操作まですることがあるとも。

こういう庇い方(なのか?)は、一般の中学生はしてもらえない。当たり前の話。させてはいけない、こんなこと。

次の「絶句、脱力」に進みます。

愛子さんの体調不良で、雅子の決断が遅れる(ドタキャンのことですね)傾向が強まっている、とか書いてある。

看病疲れ、とか。笑う話ではないのですが。看病疲れ。誰が。

誰の。

前述の友納尚子によれば、「愛子さんを診ているのは、雅子の主治医の東宮職(一人)医師団の精神科医(大野医師ですな)でなく、小児内科を専門とする侍医だけが診ている」なのだそうです。

大野医師に、見せられないのか、愛子さんを。隔てておきたいのでしょうか。わかろうと欲すれば、わかることを。


いわば「ぐる」であると、なんとなく、考えていたのでした。

東宮家の、たった一人の内親王。

セカンドオピニオン、と言う概念、あのひとたちに無くても、と私は思いますが。

その「医師」、どうも勝手なことばかり言い散らすヒトのようですが。

まさこの胸中を忖度して

雅子は子育てに集中したいのだと思います、と。

自分の体調が悪かった時、愛子さんは乳児期で世話ができなかった。

その埋め合わせがしたいのではないか。

「公務はいつでもできるのですから」

ああ。はいはい、ヒデンカは、公務はしておられません、

もう、望んでいません、

お子さん大事と、お子の育て直しに取り組むために、コウムしなくていいお立場に降りられるの、大賛成です。

明日からでもどうぞどうぞと、申しあげたいです。

「公務はいつでもできるのですから」

何の為の妃殿下かと、まだ人間ができていません私、腹を立てていましたら、

千代田関係者は不安を覚えている、とかで・・・関係者ってどなたでしょうね、いつも。以下のようにも書かれています。

「(略)…譲位が実現したとして(その時)愛子さまは高校二年生です。(略)愛子さまの体調に問題が起きれば、皇后となった雅子さまH公的行事や公務をお休みになり、次の天皇陛下はお一人で国民の前にお出になるのでしょうか」

こんなことも、フツーに文字にしている記事でした。

云われてみれば、まこと、その通りです。で最後は、皇太子の相談役として40年、の鎌爺、鎌田勇氏の(役に立たない相談役でした、とか言ったら、叱られるかしらん(笑)。オコトバ。

登校され始めて安堵しましたが(お気の毒ですがまた、欠席続きです)、皇室という特殊な環境の中では、雅子さまと同じような道を辿られるのかも知れません」

と、ゾッとするようなお言葉。まさこは一人で十分、迷惑と存じますのですが。

「国民はそっと温かくお見守りする必要があります」

ここでも「見守れ」です。

民は、日々のことあれこれ、で、手一杯にてございますよ。




愛子さん

美智子さんは、愛子さんのこと、噂だけでも、気にかからないのだろうか。

知らないはずは無い。どころか。

こういうことが、そのままであるって、どうなのだろうか。

私は、子や孫が生きがい、何より誰より大切、というタイプの人間では全くない。薄情な方だと思う。アタマの中では何を、どっち向いて考えているか、例えば見られたりしたらたまんない、むにゅぐにゅしたものでいっぱいの、不良なばあさんであるが。

気になります。

以前にミテコさんは、愛子さんのこと(も)いとしく思います、なんぞと、しゃあしゃあとお述べになっていた。

そんな気取ってる状態かよ、と、唖然としました。











愛子さん、だという。

ネットに出ている記事です。

愛子さま、1か月半ぶりのご登校で笑顔も午後のみの出席が続く

週刊女性PRIME 11/16(水) 11:00配信

整えた眉にチェック柄のマフラーをして、リラックスした表情で登校された(11月10日)

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(KUON註:義務教育の期間にある方のことですので、野放図なツッコミは今回は控え、

ん? と感じる箇所に、 アンダーライン を引くのみにとどめることにします。

温かく見守れ、とか、ここでも国民に厚かましく押しつけて来る一家の、娘さんのこと、で。すけど)
・・・


「愛子さまは11月8日、43日ぶりに学習院女子中等科に登校されました。まだ休みがちで時間を区切っての出席が続くと思いますが、 温かく見守ってほしい ですね」

 皇太子ご夫妻の長女・敬宮愛子さまの近況について、そう話すのは東宮職関係者。

 学習院女子中等科3年の愛子さまは、9月26日から学校をご欠席。

 その間に行われた運動会や中間テスト、八重桜祭(文化祭)にも出席できず、心配な状況が続いていた。

「宮内庁の発表によると、愛子さまは 夏休みの宿題や運動会の練習でお疲れが出て 、『ふらつき』や『胃腸の不調』が続いたものの、宮内庁 病院での検査では異常なし ということでした。

 体調がいいときは、お住まいの庭を散策したり、教科書を開いたりされていたということです」(宮内庁担当記者)

 冬の気配が漂ってきた8日の火曜日、午後1時半過ぎに、東京・新宿区にある学習院女子部の北門に愛子さまを警護する車が入ると、テレビ局の取材陣が校門前に。

 ほどなくして皇太子ご一家をお世話する宮内庁東宮職の職員も校内から出てきて、ひと悶着。取材手法について、話し合っているようだった。

 そうこうするうちに、愛子さまを乗せた白のワンボックスカーが、シルバーのセダン2台に挟まれながら校内へ。

 愛子さまは 1か月半ぶりの登校を果たされたが、東宮職のスタッフたちは身体を張って取材クルーを止め 、ピリピリとした「厳戒」ムードが漂っていた。
.

「やはり、久しぶりの登校で報道陣が殺到することを考え、それを避けるための“愛子さまシフト”だったと思います。いままでは、学校から300メートルほど離れた場所への車通学で、残りは徒歩でしたが、しばらくはやむをえないと思います」(冒頭・関係者)

 8日当日は6時間目のみのご出席で、学校の 滞在時間は75分ほどだったが、同級生には温かく迎えてもらったと いう。

  翌9日は再び欠席で、10日も6時間目だけのご登校 

 11日は午後から、目白の学習院大学キャンパス内で行われた「芸術鑑賞会」にのみ出席し、12日土曜日は4時間目のみとなり2年前の“不規則登校”に近い状況に……。

 そんな 限定的なご登校 が続く愛子さまについて、

「一般の子どもであっても、長期欠席後の最初の登校は負担になるので、時間を区切ったり、保健室登校になったりするものです。

 久しぶりの登校に、メディアの注目が集まっていた愛子さまにもかなりの緊張はあったはずで、今回のような登校状況は当然だと思います」

 と話すのは精神科医で教育評論家の和田秀樹さん。

 東宮大夫の定例会見によると、愛子さまにはまだ「ふらつき」が残っているようだが、和田さんは次のような可能性を指摘する。

「登校再開まで40日以上という日数がかかったのは、やはり『ストレス性胃腸炎』や『拒食症』だった可能性が考えられます。

『拒食症』で食事をとれない人や、朝起きることができない『起立性調整障害』の人に多いことですが、午前中は調子が悪くて登校できないということかもしれません。

 また医師の判断があり、無理をさせないために日時を区切っての登校だった可能性もあります」。

 この春からご両親の公務に同行することが増えた愛子さまは、 夏休み中にも各地に出かけ笑顔をふりまかれた が、おやせになった姿も話題に。そこで和田さんは、一連の お出かけの重圧やストレスで「拒食症」(摂食障害)になった可能性 を指摘していた。

 しかし、 “復帰2日目”(10日)の愛子さまの姿を見る限り、 マスクであごのラインはわからないが 、車に同乗していたスタッフたちと談笑されていたのだった。


医者の言葉の引用などでまとめながら、この雑誌には珍しい、突き放した、距離感を感じさせる書き方。

と、思いました私。

ラスト一行、

>マスクであごのラインはわからないが 

って。

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ここ、言うに言えぬ、お悟りあそばすと、よございますよ、のにほひ。

愛子さんと影子を見分けるポイントの一つに、愛子さんより長く、愛子さんみたいでなく顎の先が、まあ割れている、と申しましょうか、それ、言われ続けておりますので。

愛子さんより先っぽの長い(と言われている)お鼻も、上記、顎の線と同様、マスクに覆われていて、拝見できません。

わたしには、内親王さま、には、見えないですのですが。わかりません。

でも、こんな疑念を招いている自体、どうなんでしょう。


文中、愛子さんの限定登校の理由など述べておられる(と言う)和田秀樹氏とは。

wikkiには、以下のように出ていました。これ以上は読むのを止めました。

今までは、香山 リカとか、名前が出て来ていましたのにね。未だにヒラリー・ショックの中にいるのか、彼女も。

>和田 秀樹(わだ ひでき、1960年(昭和35年)6月7日 - )は、大阪府出身の受験アドバイザー、評論家(教育・医療、政治・経済)、精神科医(川崎幸病院精神科顧問)、弁護士、発明家、作曲家、アイドルプロデューサー、プロダンサー、ニュースキャスター、薬剤師、パイロット、ボディビルダー、臨床心理士、国際医療福祉大学大学院教授(医療福祉学研究科臨床心理学専攻)、コメンテーター、気象予報士、登山家、起業家、映画監督[1]、小説家、管理栄養士。

複数の大学、大学院の非常勤講師(後述)や東進ハイスクール顧問も歴任。ヒデキ・ワダ・インスティテュート、緑鐵受験指導ゼミナール代表。


周囲の大人たちの無責任ぶりに、あらためて愕然となります。


とことん、美智子さん

見るたびびっくりする皇后陛下のお写真。

くおんのへたれブログを覗きに来て下さる方々に、この「びっくり」をお裾分けしたいと思ってしまいました。

もともと粗雑な性格が、あろうことか皇室の、それも天皇のツマなる女性の、このような姿ばかり、追いかけるがごとく眺めていると、キモチが、あたかも冬の肌のように潤いを喪ってかさついて行くようで・・・などと書くと、いかんいかん、まるで私の個人的堕落が、誰かのせいのような色合いを帯びて来るではありませんか。

いやいや、そうぢゃない。ワタシの劣化はワタシのとが。漢字で書くと「咎」。ミテコのぐでぐで写真のせいなどではございません。

と。きちんと自覚はしておりますから。

天皇のツマをあげつらって嘲笑う時を持つことも、お許し願いましょ。


これらの写真、既にご存じのお方も多いとは存じますが。ご存じでない方もおられるようだ、とのKUONのお節介。

この方を「完璧」「至高」とか、信じさせられてきた過去、(でないかい?)現在のわが内部に於いては、

黒歴史、の一部だと思う。

みごとなまでにあっぱれな、行儀の悪さ、この。

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付け焼刃の「お上品さ」を凌駕する、身にしみついたこの。

この。


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こんもり髪も結い上げて。

姐さん、今宵のご出勤先は、いつもと違う、鉄火場ですかい。

   その顔で壺ふりますやミテコさん

はじめ、「立膝している」とのキャプションを読んだ時は、信じなかった私です。

何かの、ご都合で、いらしたに違いない、と。


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つまり、女帝なのか。

聞いてません、認めません、勝手にのさばっただけ。


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世の常の「ご夫婦」ではありませんから。

美智子夫人のご夫君は、一応、天皇という存在のはずでした。

お若い妃殿下が自然になさっていることが、結局、できないまま、ってことですか。

ヘーカがみったんに傘、さしかけておられる写真もあります。

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あった。

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海外でもこんなことしてます。

握手やハグはすることがあっても、こうしてベタベタ触れられることを、あちらのマナーは[是」としていません。

女王さまも王太女さまも、すっごくケンオ、な顔をしておられます。

自分流のルールで、自分だけ「いい子」になりたがるのは、先頭のこのヒトの悪すぎる癖です。

とことん「公人」でないひとです。



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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・


三好達治『乳母車』

母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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三好達治『乳母車』

母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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