おしまいの季節。

堤康次郎。
堤家家訓「税金を払うな」

今まで、このことは「ピンッ」とは来ていませんでした。
今も、何を断言することも、KUONには、できね。
だども・・
これ並べて見て、総毛立ったのは、ほんとだっちゃ・・・。
と。ふざけないではいられないKUON。


お鼻筋から、お顎(「お」がくどいですね)が、似てらっしゃる、とか。
え。なんで?
正田家のお長女さん(「お」の誤用)、なんで、上 ↑ のおっちゃんに、似とってやの?
教えて下さるお方のあらしゃって。
そのお方は、げげっと。おのけぞりあそばした、とやら・・・クリソツ過ぎて・・・
やはり血は争えない、とか・・・
おん瞼が、あのごとく、ご変貌なさりましたゆえに、その本来の「お血筋」が、あらわに、などとも・・・
いや、断言なんぞは、できるもんでは、おへんのやけど。

正田家の
ご令室。
大陸夫人。こうごうさんのお母上。
棺をおおわれて幾星霜、
「私があれこれ話したら困る人が○○人いる」。
そう、豪語なさりつつ、黙り通して逝かれましたが。
今ごろぼろぼろ出て来ております。
何を、なさいましたのか?。
この、きつい目のお嬢さん(とのフレコミでしたね)は、いったい。
・・・怪談は、もう、おしまいの季節、ですね。
スポンサーサイト
今日は「聞け子」なのよ
台風のため、静養を一日繰り上げて、30日まで滞在の予定を、今日、帰京したらしい、天皇夫婦。
国民がその内部を想像することも出来ない豪壮な[御所」にいて、好きなだけ好きなことをする暮らしの中、あちこちへ何の「静養」なのやら。
一日静養が縮まったって。あまり無かったことですね。
おとなしく静養先を離れた・・・まさか、国民の、国土の安全を、祈るために? とは思えません。
自分たちが危ないから。30日だと帰れなくなるかも・・・だから。ビンゴやろ、これきっと。
でも、ミテコさんの日程がくるわされた。
ふと、何かを感じた、考え過ぎのKUON。
いつまでも、野放図に、自分たち主体の放恣な暮らしは許されない。
腐った林檎は必ず落ちる、とか。
あちこちで読ませていただいた、あれこれです。文字の色などはKUONが変えたりしてしまいました、お許しを。
>皇后さま:ワークショップでピアノ演奏 Name 名無し 16/08/28(日)22:12 ID:Gpv1v9l2 No.1742666
皇后さまは、会場の草津音楽の森国際コンサートホール近くのセミナーハウスでワークショップに参加。
著名な外国のチェリストやバイオリニストとともにシューベルト作曲
「セレナード」(リスト編)など5曲のピアノ演奏を楽しまれた。
両陛下は、20日から長野県軽井沢町で静養、27日から30日までは草津町に滞在し、
コンサート鑑賞のほか、陛下は草津周辺の樹林帯などを散策、皇后さまはワークショップに参加する。
>皇后さま、草津でピアノ披露 海外の音楽家とワークショップ
ピアノを演奏される皇后さま
海外の音楽家とのワークショップでピアノを演奏される皇后さま=27日、群馬県草津町
Photo By 代表撮影=共同
長野県軽井沢町で20日から静養中だった天皇、皇后両陛下は27日、群馬県草津町に移り、引き続き静養された。
皇后さまは同町で開催中の音楽祭「草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァル」に参加するため来日した海外の音楽家とワークショップに臨み、ピアノの演奏を披露した。
皇后さまはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で首席チェロ奏者を務めたウォルフガング・ベッチャーさんらと共演し、「まだ弾き方を理解できていない部分があるので教えてくださいね」などと英語で話しながら、約1時間20分にわたり練習に励んだ。
[ 2016年8月28日 05:30 ]



この、草津のピアノのワークショップとは、
「一般の才能ある苦学生に一流の指導を受ける機会を作って上げたい、を趣旨に、日本の音楽界の更なる発展を願って始まったアカデミー」なのだそうです。
なんで、皇后が出しゃばる? 毎年? 毎年です。
5曲も。
「まだ弾き方を理解できていない部分があるので教えてくださいね」などと英語で話しながら、約1時間20分にわたり練習に励んだ。
「まだわからないところがあるから教えて欲しい」と。若い方々に譲る気など、ミテコさんには、無いですよね。
ヒマ、有り余っているあの方が。
1j時間20分、けっこうな時間です。皆さまは、この日は「ミテコ」ならぬ「聞いて」さんに会場・時間ジャックをされてしまわれた。のか。
すっごい量の頬紅効果なのか、若々しいお肌の、おでこの平たい、お口はシャベルカーというより、カラスのお口、タイプの横顔のミテコ・・・いや、聞いて、さん、聞け子さん、に見えます。
私感ですよ~。
コメントをありがとうございます。
明日、ゆっくり、一言ずつでも書かせていただきたいです。
疑問は続くよどこまでも

冒頭の画像、↑「 でれでれ草」さんのブログから頂いて来ました。ありがとうございました。
2011年の4月、ヒラリー・クリントンさんがおいでになった時の写真・・・5年前のこと、美智子さんは76歳のおん時、ですか。
「ミミズク」などと呼ばれていた、後頭部のかつら・・・かもじの、裾から、これは自毛ですよね、髪が、はみ出ている。
この時のこの二人については、気になる話題も他にあったのです、当時のヒラリー氏が自身米政府の高官であったこと、元・大統領の夫人でもあること、の立場の違いとか、その用い方の疑問とか、日本の皇后に対して態度がカジュアル過ぎないか、とか。
それはおいておいて。、
いま、美智子さんのこの自毛を改めて見て、改めて、びっくりします。
何という真っ黒な髪。でもって、なんという無造作な、ハミ出し具合。
美智子さんの後頭部の「ミミズク」の裾から、時々だと思うのですが、確かに時によって、黒っぽい髪がハミ出ているのは、知っていました。しかし、こんなに沢山、もう一度書きますが、こんなぐちゃぐちゃで。
よく見ると。頬にも、あの「たくましい」と評される、筋張った太い(はずの)首の、ラインも肌も、若々しくおられます。
76歳。そしてこの方は、失礼ながら肌その他の劣化の具合について、人びとの口の端にのぼること多いお方で。
もうなにが何だか分からない、内廷各氏。
おまけに書けば、この時のこうごうの態度は、まさに「女帝」。そばなる天皇は、まるで「侍従」のごときでありました。
ここ5年ほどの美智子さんの写真を、並べて眺めてしまいました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

政府専用機飛ばして行った、ベルギーの元・王妃の葬儀の席で。
変な帽子に変な衣装に、格下の司祭に深々とアタマを下げてしまうという変な態度に、この・・・表情
タイの王女さまの視線、充分、普通ならコタエる(であろう)見られ方だと思います。
それと。
堂々たる、どこかの・・・思い出せない・・・北欧のどこかの国の?王族女性の、この視線・・・。
この時は、アタマ全部、ねずみ色だった美智子さん。
この口元も特徴的です。

↑ この口元に、通うものがおありかと思います。

この横顔の口元は(いつの間にやら髪を離れております(笑))、昔から呼ばれている「シャベル口」。このお口を閉じたら、前出の、上くちびるがチョンと尖って下にかぶさるっぽい、あの口に、おなりになるのか。
これは、少しお若い頃ですね。

この系統のお口ですか? 逆か?
うなじの自毛(だと思う)は真っ黒ですね。
ここだけ黒いそれがお生えになる?
ここだけ染めておられる?
首の、この位置まで頭髪が密集しているって、ふつうのこと?
わからないんですよ~。

この写真のうなじにも、黒いそれがあります。
それと別の「?}を秘めた写真でもあります。
肩パッド疑惑。
たいそう上等なお着物のようです、で、和服の肩に、肩パッド入れてはる?
どこかで、マント服のあの異様は、なで肩を隠すため、とか読んだ記憶がございます。
なんで隠す。
服はともかくとして。撫で肩オーケー、のはずの、お着物に、おそらく入っている肩パッド。

理屈はともかく。
皇后陛下、とか、呼ぶ気になれませんのですが。。

この一枚は、KUONの記憶に間違いなければ、先日。
つい先だって、天皇といわれるご老体が「お気持ち」と称して、ソフト、かつ激烈な「恫喝」をされました。
あのあたりに、天皇と夫人は、那須へ、ご静養と称して滞在しておられたそうです。
その帰途。
の写真と思います。
この夏の美智子さん。
眉は二つ、あります。最近ずっと、つながったままの、一本眉と揶揄され続けている眉ではなくて。
首は、失礼ながら太くたくましく、皺が無くて。
ここでは、そんなにも前傾しているとは見えません。
おでこだって、そんなにも、妖怪みたいには狭くないように思います。
目の下の「ゴーグル」とか言われる、斜めに走っていることの多い皺も、見当たりません。
写真を、修整されているのでしょうか。
髪の、うなじに、黒いそれがあるかどうか、この写真ではわかりませんが。



このお写真も、今年の夏のもの。
写っている女性は、那須からの帰途の、↑ の車中のお方と同一人物、なのですよね。
夏の日差しは、わざわざこういった光の中の一枚を世に出して来るカメラマンや、他のいろんな・・KUONもその一人ですかしら・・・などと、同じくらい、意地悪、なのでしょうか。
お顔も頭部(あえてこう言ってみる)も、真っ白。
陛下は、右のこぶしをググッと握りしめておられます。
多分、何かを説明しておられると思しい方の指も、個性的な感じ。
お疲れが深いと仰せになられましたのに、お元気でお揃いで、およろしゅうございますね。

これを見た時は衝撃深く。
えええっ。
別人みたい!。と。内心、思ってしまいました。
美智子さんですよね? 別人のようですが。
結局、うなじの黒髪の謎は、KUONには解けず。
疑問は続くよ、どこまでも。まだまだですわ。
でも、あのもじゃもじゃは、ないわ~。
ヒラリーははじめから、美智子さんなど相手にしていないんだけど。そういう風に思ってる相手に、何、ハグとか、してるんだか。
そこに腹が立ちます私は。
みっともないこと極まりなし。・・・って方に、結論、走ってしまいました。
おかしいです。
どこも何も、おかしい方です、ミテコさま。
通常「見えて」いる、美智子さんのうなじの「真っ黒の毛髪}は、生えている位置としては、ものすごく下の方に、生えているわけで。そうとしか見えませんのですが。
ヒラリーに寄っている写真の、ミテコさんのうなじの髪は、首の下方に生えている、のでなくて、上の方に生えている髪が、モジャッと、カツラからはみ出している。きちんとまとめ上げてもらっていない髪、に、見えます。
その差はかなり大きいよなあ、と、何度も眺めて考え込んでしまった、KUONでした。
差が大きい、とかの問題では無い・・・
そして肌も若いです。(もう一度言いました)。
モドキの話。追加有ります。モドキの動画です。
二人の愛子さん


両親を出迎えるために、御所の玄関でお辞儀をして待っていた、愛子さん。

あっという間にこの「愛子さん」

・・・・・。
去年でしたか、国内外どこからも「おいで下さい」のお呼びのかからない皇太子夫婦が、トンガ王国の戴冠式に出かけた。
幾らお包みを持参したとか言われ、皇太子は自分の座るべき場所がわからずウロウロし、まさこは、体格だけはかの国の王族女性たちに混じって遜色ないという、珍しい話でした、が、もちろん気品などは皆無で、恥ずかしい皇族の姿をさらして来ました。
その、ご両親を、御所の玄関でお迎えしたのが、一人娘の愛子さんでした。
リアルタイムにテレビで見ました。
初めに、車の到着時間のタイミングが合わなかったのか、愛子さんは、深々と、一所懸命のお辞儀を、長い間、しておられました。
腰から折っての深いお辞儀で、アタマに血が下がるんじゃないかと、気になるような必死のお辞儀を、愛子さんはmしておられました。
長い髪がバッサと顔の前方に垂れ下がり・・・「貞子のようだとも言われ」・・・でも愛子さんは、するべきことを、していたのでした。
車の中から、お辞儀から覚めた愛子さんに、笑え笑えと、自分の頬に手を当てて「指導=命令」していたとされる、母親のまさこさんは、やがて降り立ちました。父親の皇太子も。
まだテレビは、初めの・・・ここでは左側の愛子さんを、映し出していました。
当時中学2年生だったはずの愛子さんが、どういうことなのか、きちんとした下着を身につけていないで、二つの小さな胸のぽっちが、目視できました。
あ、と、何とも言えない気持ちになりました。
流れは、どうだったかな・・・その後が、向かって右側にまさこさん、真ん中に皇太子、左に愛子さん(らしい)が並んだ、右側の写真です。
この一家は多くの場合、夫婦の間に愛子さんをはさむ形になることが多いのです。
多かったのでした。
・・・この変則的ともいえる位置に、三人が落ち着く前に、皇太子が、立って撮られるのを忘れたのか何だったのか、右の写真の愛子さん(らしい)の方へ、つまりまさこに背を向けるように、自宅の奥へ行こうとしてしまい、その時に、愛子さん(らしい)が、軽快な足さばきというか、ステップと呼んで問題ないくらいに身軽に、皇太子に立ち位置を思い出させた。
??と、愛子さんの動作と思えない身軽さに、疑問を感じた気がします。あの時。髪もふわりと揺れました。
そして、この右側写真は撮影されたようでした。
二人の愛子さん。
同じ日の同じ時、同じ場所で。
左側の、髪は膨らんでおり、ワンピースの胸元には、隠しきれなくポッチが見えており、申し訳ない表現ではあるが、はっきりと「もっさい」愛子さんと。
向かって右の写真で、同じ(多分)ワンピースをまとい、髪は・・・一本に見えます・・・胸元もさらっと問題なく、澄まして「愛子さん」として、東宮夫婦と一緒に写真に写っている、愛子さん(だという)若い女性。
当時はまだ、もうひとつピンと来ていませんでした。しかし疑問を感じてはいました。そして。
もっと言えば、この右側の、最近はこの女性に固定されている場面の多い愛子さんモドキ。
今年の新年用の皇室一家の「勢ぞろい写真」にも。
このモドキが写されています。
留学からお帰りになった眞子さまも、この勢揃いには加わっておられ、やたら愛想のいい、この「モドキ」と、話をしておられました。
佳子さまは、眞子さまが間におられた故か、モドキの方に視線は向けておられたが、話はしておられなかった記憶。
このモドキは、暗愚夫婦と映画に行ったり絵画を鑑賞したり、のみでない。
皇室一家の写真にも、入りこんでいます。↓ モドキがいます。
・・・後に、画像など追加するかもしれません。

あげつらって笑う気はありません。
ただ。愛子さんの指は、拘縮していました。
今のように、バッグに手を添えるにも自由自在な愛子さんでは、なかったです。
一時期まで。今の、顎が長くて鼻の下が短くて、側頭部の長さが愛子さんより短くて、特徴ある髪型の分け目の線が、薄くなりかかっている、今のとうぐう夫婦が内親王として連れ歩いている愛子さんのようでは、なかったです。
歯も、申し訳ない言い方ですが、ぴかぴかと磨かれてはいなかった。
今のお子のように。


両親を出迎えるために、御所の玄関でお辞儀をして待っていた、愛子さん。

あっという間にこの「愛子さん」

・・・・・。
去年でしたか、国内外どこからも「おいで下さい」のお呼びのかからない皇太子夫婦が、トンガ王国の戴冠式に出かけた。
幾らお包みを持参したとか言われ、皇太子は自分の座るべき場所がわからずウロウロし、まさこは、体格だけはかの国の王族女性たちに混じって遜色ないという、珍しい話でした、が、もちろん気品などは皆無で、恥ずかしい皇族の姿をさらして来ました。
その、ご両親を、御所の玄関でお迎えしたのが、一人娘の愛子さんでした。
リアルタイムにテレビで見ました。
初めに、車の到着時間のタイミングが合わなかったのか、愛子さんは、深々と、一所懸命のお辞儀を、長い間、しておられました。
腰から折っての深いお辞儀で、アタマに血が下がるんじゃないかと、気になるような必死のお辞儀を、愛子さんはmしておられました。
長い髪がバッサと顔の前方に垂れ下がり・・・「貞子のようだとも言われ」・・・でも愛子さんは、するべきことを、していたのでした。
車の中から、お辞儀から覚めた愛子さんに、笑え笑えと、自分の頬に手を当てて「指導=命令」していたとされる、母親のまさこさんは、やがて降り立ちました。父親の皇太子も。
まだテレビは、初めの・・・ここでは左側の愛子さんを、映し出していました。
当時中学2年生だったはずの愛子さんが、どういうことなのか、きちんとした下着を身につけていないで、二つの小さな胸のぽっちが、目視できました。
あ、と、何とも言えない気持ちになりました。
流れは、どうだったかな・・・その後が、向かって右側にまさこさん、真ん中に皇太子、左に愛子さん(らしい)が並んだ、右側の写真です。
この一家は多くの場合、夫婦の間に愛子さんをはさむ形になることが多いのです。
多かったのでした。
・・・この変則的ともいえる位置に、三人が落ち着く前に、皇太子が、立って撮られるのを忘れたのか何だったのか、右の写真の愛子さん(らしい)の方へ、つまりまさこに背を向けるように、自宅の奥へ行こうとしてしまい、その時に、愛子さん(らしい)が、軽快な足さばきというか、ステップと呼んで問題ないくらいに身軽に、皇太子に立ち位置を思い出させた。
??と、愛子さんの動作と思えない身軽さに、疑問を感じた気がします。あの時。髪もふわりと揺れました。
そして、この右側写真は撮影されたようでした。
二人の愛子さん。
同じ日の同じ時、同じ場所で。
左側の、髪は膨らんでおり、ワンピースの胸元には、隠しきれなくポッチが見えており、申し訳ない表現ではあるが、はっきりと「もっさい」愛子さんと。
向かって右の写真で、同じ(多分)ワンピースをまとい、髪は・・・一本に見えます・・・胸元もさらっと問題なく、澄まして「愛子さん」として、東宮夫婦と一緒に写真に写っている、愛子さん(だという)若い女性。
当時はまだ、もうひとつピンと来ていませんでした。しかし疑問を感じてはいました。そして。
もっと言えば、この右側の、最近はこの女性に固定されている場面の多い愛子さんモドキ。
今年の新年用の皇室一家の「勢ぞろい写真」にも。
このモドキが写されています。
留学からお帰りになった眞子さまも、この勢揃いには加わっておられ、やたら愛想のいい、この「モドキ」と、話をしておられました。
佳子さまは、眞子さまが間におられた故か、モドキの方に視線は向けておられたが、話はしておられなかった記憶。
このモドキは、暗愚夫婦と映画に行ったり絵画を鑑賞したり、のみでない。
皇室一家の写真にも、入りこんでいます。↓ モドキがいます。
・・・後に、画像など追加するかもしれません。

あげつらって笑う気はありません。
ただ。愛子さんの指は、拘縮していました。
今のように、バッグに手を添えるにも自由自在な愛子さんでは、なかったです。
一時期まで。今の、顎が長くて鼻の下が短くて、側頭部の長さが愛子さんより短くて、特徴ある髪型の分け目の線が、薄くなりかかっている、今のとうぐう夫婦が内親王として連れ歩いている愛子さんのようでは、なかったです。
歯も、申し訳ない言い方ですが、ぴかぴかと磨かれてはいなかった。
今のお子のように。
休暇はぜったい切り上げない

仲良きことはうつくしきかな
かな?

かな?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
天皇と皇后は長野へ行ったきり。
台風の被害がどう出ていようと、自分たちには関係の無いこと、でしょうか。
蚕を見に行ったとか他、どこかへ行ったとか。
これは、公務では無い。美智子さんは、同じデザイン、色違いの服を複数枚、新調されたとお見受けします。採寸させながら、何を考えておられるのでしょうか。
日本の天皇は、休む暇もなく多忙で、疲れ果てておられて、健康に自信が持てなくなって、もう天皇おりたい、止めたいと、先日、仰せになられました。
何でそんなにお忙しいか。
天皇のすべきことの第一番目は、祭祀、らしいのですが。お体の具合を(宮内庁が配慮して)どんどんその祭祀を省略、簡略化してしまっていて。
ほとんどなされていないのが現状と聞きます。
言うまでも無く、神さまの前に出るには、手順があり、守るべき決まりごとがある。
神社へお参りするにも、まず礼をして境内へ入り、手を浄め口をすすぐ。一般の人でも、まず自らを浄めて、お参りして来ました。
前日に控えるべき食べ物など、でも、次代にもし、ナルなんぞが就いたら、これからして、ダメ。
前日に酒を控える(かどうかは知りません、日本の神様は、酒を疎んじておられないから。)、ただ、連日の何時間にも及ぶ連続飲酒は、神さまが許容される範囲のお酒の吞み方としては、如何でしょうか、と思う。
食べ物のタブーは、ある気がします。匂いのきついものや肉なんぞを貪り食う、は、控えるものだと普通に思いますが、東宮家にそのセオリーは通用せず、でしょう。伊勢の神宮へ娘を初めて連れて行って、道中に焼き肉弁当だのカツサンドだのと、あげつらわれ、嗤われていたひとたちでした。
伊勢エビカレー、ってのもありました。明日は参拝、と言う前夜に、ケータリングさせたと。
で。当日は、潔斎はなされず、参拝した、と。
ナルがこのまま皇位を継承したら、祭祀とか潔斎とかいったものは、現実に無くなるだろうし、そのごとき概念、どころか、言葉そのものも消え失せるんでしょう。
そのナルに皇位をプレゼントしたくて=そういうことですよね=、厚かましくも、天皇である自分の気持ちを分かれよ、言うに言えない裏を読めよ、と、テレビカメラの前で強要した天皇。
ソフトに見せかけて強烈な、有無を言わせぬ恫喝でした。
天皇は象徴ならば。象徴は「私」という言葉を使えないもの、なのです。
でも、使った、家族が大変なのでおもんぱかってあげた(大切な、自分自身の数人の血族を。でも、その家族の中に、皇統を継ぐべき親王殿下は入っておられたのでしょうか。
続けざまに台風が襲い掛かって来ていて、この週末にも上陸を危ぶまれている。
天皇は東京へ帰らない。
静養中です。休むのは権利、なのか。天皇だって夏は休ませてもらわないとね、なのか。
27日から、予定通り草津へ移動。天皇夫人はピアノを奏でられる。
台風がどうあろうと、静養はやめないんだろうな。
私たちのお休み、当然の権利、手放さないのだろうな。
また24日から、東宮一家は、第二次静養に突入、今回は那須です。
那須のあの駅で、ずらっとお迎え団のためのパイプ椅子並べさせて、黄色いリボンつけさせて(怠け者の税金泥棒!)なんぞと騒いだりしないと安心の、歓声挙げ部隊。そこを、あほうの三人組、お手て振り振り、行進です。
まさこさま~、あいこさま~、と、大声にてお呼びする。
そういう一家です。SPいっぱい引き連れて。誰に襲撃されると思ってるのかわかりません。
週刊誌の記事によれば。既に古びているできごとですが。
今年新たに制定された祝日『山の日』の8月11日、皇太子ご一家は長野・松本市の上高地で行われた『「山の日」記念全国大会』の式典に臨席された。
「愛子さまは上高地の地理・歴史や山の日の持つ意味などを事前にお調べになっていたそうです。また現地に向かわれる車中では、上高地に行ったことがあるご両親に思い出話などを聞かれたようです」(東宮職関係者)
愛子さまにとって、ご夫妻の地方での公式行事に同行されるのは今回が初めて。お気持ちの引き締まる部分もあったようで、現地入りされた前日10日の昼、JR松本駅でこんなハプニングがあった。
「淡いパープルカラーのワンピース姿の愛子さまは、ご両親とご一緒に、奉迎する地元住民や登山客などに笑顔で手を振られました。その後、移動のためお車に乗られようとしたご夫妻に向かって、愛子さまが何やらお声をかけられたのです。
ご夫妻は“あっ!”という表情をされて踵を返されると、松本駅長のほうに向き直られました。どうやら、ご夫妻が挨拶をうっかり忘れてしまい、それに気づかれた愛子さまが“ご指摘”されたようでした」(皇室記者)
なんとも心強い愛子さまだった。
撮影/雑誌協会代表取材
※女性セブン2016年9月1日号
どんな意図の記事なのか私には不明なのです。
ご臨席、とか、前もって何やら調べていたようだ、とか、公式行事に同行するのは初めてだとか。そんなことは、どうでもいいことです。
書いてあるだけなのだから。
だいたい、あの女の子が「愛子さん」だとは、思っていないから。
私の感想です。
挨拶を忘れたとか書かれているナルまさは、あほうです。
皇族として生きていないから、何かの場でできなかったり忘れたりする。まさこなど、まともに出来ていることなんか
何も無い。
園遊会へ出た出たと大騒ぎして、どこをどう歩けばいいのかもわからない女。
映画館でも駅頭でも、みっともないペコペコお辞儀もどきをくり返す女。
ニカニカしながら手を振るだけでヒデンカ業をやっつけている女。
あのペコペコお辞儀は醜悪そのもの。威厳も権威ももちろん気品なんてものも、1ミクロンも無い。
このたび書かれていることも、珍しいことでもなんでもない、何も考えず生きているから、何もまともにできないだけです。
それを、愛子さんとやらが、
>ご夫妻が挨拶をうっかり忘れてしまい、それに気づかれた愛子さまが“ご指摘”されたようでした」(皇室記者)
ご指摘された、とか。hahahahahahahahahahahaha・・・はぁ~。
挨拶なんか「忘れる」ものなのか。不思議な話です。それと。
娘が、両親の不手際・・というか、無様、というか、に気づいて、指摘した、とか。
普通、それがわかるようにしなさい、と言う躾はしないと思う。

この子はだあれ 誰でしょね?
歯並び、見えてしまっていますが、だいじょぶなのでしょか
愛子さんとやらが、後で、何やら「しかいし」されていないか、この記事によって得た感慨は、私には、まず、それ。

頬っぺたの上にあったり、こんなところにも、あったり。
この娘さんのアザ、の話です。
他意はございません、どこかへぶつけるよりは、グイと掴まれたっぽい位置だなあ、と。なんとなく考えた。
他意はありませんてば。
どれだけ夫婦がアホなのか、遠回りに「指摘」したい記事だったのか?。
ここで愛子さんを「さすがご優秀」にしたら、その娘(註:借りている子)に人前でそれとわかる注意受けたりしたら、まさこは怒るくるうであろう。そうとしか感じませんが。
誰の方を向いて書かれた記事なのか、まあ、どうでもいいんですが。
今日は結論あります。
たくさん台風が来たのに。
ここ数日中にも来ると、言うてるのに。
天皇も皇太子も、静養を切り上げるつもりは無いらしい。
東京へ、急遽戻って、身を浄めて、天災がひどくならないように、神さまに向かってむにゃむにゃ、念ずるつもりは無い。
休みの期間は休む、あったりまえじゃん。そうなのね。
そうか、天皇も皇太子も、その身位は、単なる業務なんだ。絵画見るのもコンサート行くのもごちゃ混ぜに、公務公務と多忙を言い立てているが、
文字通りの公務員さん。
休む時は休まれるのね。
でも、高給取り過ぎ、ぼったくり、使うだけお金は使い、税金なんぞ払う訳ない、そういう、つまり。
今上さんとナルみたいな公務「員」なら、どうでしょうね、要りますか。
お返事遅くなっていますが、ゆっくり書きたいのでお待ちいただきたく存じます。
きちゃなくて・・・追加あります

第一次静養、須崎から帰る東宮一家だそうです。

皇太子妃殿下。
だそうです。
う~む
きちゃないな~、と、素朴に感じた。
なんで、何しに、わざわざ、出かけて行くんだろう、この人たち。
来週は那須へ、ご静養だとか。
この人たちばかりではない。
天皇さんとこうごうさんも。
この夏初めてのご静養だって。
11日間。
草津では例年のごとく、ピアノを演奏するとか読みました。
何にでも噛んでみたくてしかたないヒトなのか。
ワタクシのピアノ演奏を、皆が待ち望み、喜んで、励みにして、聴くと、お思いか。
傲慢にもほどがある。
傲慢で、滑稽で、醜い。
年に一度のピアノの会に、人々が、どんな思いで出ておられるか。
その方たちの機会と時間を横取りするのが、夏のミテコさんのお愉しみ。
弾いてさしあげるの。
ピアノ弾くの、腕も肩も筋力要るらしいですね。
這ってでも弾いて差し上げるの、差し上げたいの、とか、マジにそういう感性のヒトで。
仕方ない。ご来臨を誇りに思う方々も。おられるのかな。でも、舞台に乗る方々、
こうごうさんみたいに「おセレブ」な方ばかりでは無かろう。
今のミテコさんは、有り余る特権、財力、支配力、すべてを持ち合わせている、特別なヒトですよ。
夫を裏から動かして、憲法も法律もそれがどうした、何がどうでも、自分たちに合わせさせた世界で生きていようとする、妖怪。
言い過ぎとは思いません。
いろんな写真を見ていて、いかにして、かくのごとき醜貌におなりあそばしたかと思う。
見ているのがイヤになるような、浅ましいお姿です。
とか言いながら、見ていました。(笑)。
(笑)、ではないのです。
本当は、(笑)、のことでは、ない・・・・・。

なで肩の美智子さん

直立できないらしいおくがたさま。

いつも思い詰めておられるのは、なぜ。

このお二人が
妃殿下

はじめから 真ん中に居座っていたのは、わ・た・し、でしたね、美智子さん
ど真ん中。びっくりしちゃいます。

ずり下がっちゃった、このティアラ。
今どこですか。あのテイアラも、あの宝冠も。
秋篠宮殿下のおぐしの色から拝察するに、悠仁親王殿下のご誕生前。
10年くらい前? 70歳くらいのミテコさん?
・・そうなのか。
そうなんだ~・・・。
身も心も素行も悪い
「多忙なお盆」が無事おわりまして、
昨日、今日は、自分の家で自分の部屋で、ゴロンゴロンとヒマをたのしんでいます。
何冊かの雑誌を手元に置いて、飲み物は冷たいアール・グレイ。桃もいただき、到来物の月餅も食べちゃう。
先日の陛下の「お言葉」について、おそらく賢い方々であろう色んな方面の意見や考えや、を、読みました。
笑えてしまう。
いろいろ、言うてはる。
何よりも皇室の存続を、とか、へーかの戦略だとか、岐路に立つ象徴天皇制だとか、なんだか難しい言葉でワタシにはわかんない「承詔必謹」だの、左右の極論を排してだの皇室典範の意義だの。三島由紀夫を引っ張り出してあったりもする。
お読みの方おわかりでしょうが、すぐ↑ のあれこれは、週刊新潮誌の記事の一つの中の小見出しです。まだ他に、笑いながら「アホやん」とか言いながら、読む雑誌があって、活字中毒・乱読濫読人間のKUONはしあわせ。
で。何が笑えたか、と言いますと。
時の天皇が、テレビを使って一斉に、「個人の気持ち」を作文して読み上げられた。
訴えられた。
わかって欲しい、朕は疲れたと、おおせられた。
そのことへの捉え方を、みなさん、かしこい方々が(佐藤優は、先日ちこっと褒めたけど、この記事は私の目にはアカン(エラそうにと仰っても、ここは私のブログですからね)縷々、述べておられる。
その中に、皇太子であるナルヒト氏の、次期天皇としての身体的精神面あらゆる方面からの適性、不適正、いっさい、何にも、どこにも、ちっとも、チラリとでも、触れられていないのです。

これをしているツマもこれに甘んじている「次代天皇」も、させている両親も、ロクなもんじゃねえ。
としか、思えませんわ。
全面拒否。
何も知らずに見ても、むくんだ顔貌、集中力の欠如した様子など、健康上に大きな問題を抱えていることも。
公の場に、尿漏れのシミの露わなずぼんをはいて出ているようなことも。
妻はまともな妃として機能していないことも。
普通の人間とすら見えかねることも。
本当の一人娘さんを隠匿して、おそらく愛子さんでない少女を内親王としての立場で連れ歩いていることも。

わが子を都合によって取り換える、国民をだませると舐めている、こんなモノを人とは呼べない。
ましてや。
天皇などと。
ヤフオク事件のあれこれも(ヤフオクをスクープしたのは、ほかならぬ新潮誌でしたが)、
あれ、あやふやに済ませて、天皇ヘーカになるつもりか。
まさこが公式の晩餐会にアタマにカブって出たブリキのティアラの笑止も真相も、実家の親族とべったりで、当然金銭的にも血税をそちらへ注ぎ込んで恥じないことも。
何にも指摘されていない。
身も心も素行も悪い、東宮さん。
見かけも、とも言いたいですが勘弁しといたげよ。
一番大切、一番考えられなくてはアカンやろう、ということが、全く放置されたまま、なんぼああだこうだ言っても、どうもならんやろう。
と、思うのですが、違う方面からの記事は。。。出て来るのかな?。
日本は今、すでに立派に戦争状態なのだそうですが、須崎にいるあの家族は、な~んにも、考えていない・・・のかな?
明日もダラダラできるみたいで、嬉しいです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
皇室典範
第三条 皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる。
普通に考えて、今の皇太子よりは、ご高齢で夫人に肘つかませて歩いておられる天皇の方が(あくまで一見したところ)、
とりあえずお健やかな風にはお見受けできる。
となども、考えるわけです。
ここを、誰も突っ込まないって、不思議な話です。
祭祀抜きの天皇を、まつりあげるつもりなのでしょうか。
潔斎もせんでいい。そういうこと?
全く違うものです、そのような天皇って。
恥ずかしくないか
天皇陛下おことば(全文)…戦没者追悼式
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来既に71年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。
虚しい悔しいひどい「おことば」。
天皇、なのですか、この方は。
「深い反省」とはどんな意味か。
誰が反省するのか、あなた(天皇だとかいう暗愚のお方)も「反省」するのか、天皇の反省とは、どこ向いたものか。
反省してどうなさるのか、反省なら、あの、どうでもいい皇太子ナルヒトを、ああ育ててああ行動させて放置しているご自分たち夫婦について、まずは反省なさいませ。
手元にある「美智子さまに関する雑誌の増刊号J自身誌の」、祝還暦記念、という、その中に、アタマのお軽いゆえにか、はやされ続けて天まで思い上がった「ミテコさま」の、堂々のご発言が、残されております。
>もし、わたくしたちの育児や教育がうまくいかなかったら
「これまでのしきたりを無視したからだ」
と言われるのではないでしょうか。
親子同居と乳母制の廃止について
>浩宮が将来の自分の立場を自覚して、
皇室の歴史を貫く仁の心を
身につけていってほしいと思います。
大学に進学する浩宮さまへの将来の期待を
ご立派なことを。流石は美智子さま、言い放しで責任はおとりにならない、ご自覚すら無さげです。
女帝の言葉は盆には戻らぬ。皇后の立場の者(正式な皇后ではないとの説もある)が、ここまで出しゃばりまくり、喋りまくり、天皇を制して前へ出て来た事例は無い。と思う。
アタマがあまりにもお軽いゆえ(これ書くの二度目かな?)、黙っていられないのでしょう、お優しいとはコトバのアヤ、限度知らずの女房殿を、牽制。そんな荒業のおできになるごとき賢帝でなければ、ご主人はどうにでも動くマイ・駒かしら、調子に乗って図に乗って、そしてここまで来たミテ子さま。都合が悪くなれば倒れるというワザもお持ち合わせで。
いろんなこと、自信満々でおっしゃっておられます、今読めば呆然となるようなことを、多々数。
女性週刊誌はそれを後押ししましたね。自身誌は特に。
フツーにかしこい者は、口を慎む。
ミテコさんは、そういう日本流の躾をお受けでなかったのか・・・ま。
過去のことは、いいとして。
あの迷惑な、なかなか墜ちない腐ったリンゴ、みたいなあの皇太子を、今日の時点でもまだ、放ったらかし、どの面さげて「反省」と、仰いますか。
誰が反省せんならんですか。
あんたらやん。あ。つい本音が。
猿だってしていた「反省」、なさったこと無いでしょ。
あのバカ息子は、聞くところによれば、
8月15日の「その日」に、大層ご立派なあの「岳父」ともども、寿司食ってたと。
お寿司。しつこく申しますが、支払いは、於・税金。by税金。さぞや、美味しいお寿司でいらしたか。
あと、アホみたいに(じじつアホそのものです)三人で手ぇ振って、ご静養にお発ち遊ばした。
偽物の娘さんも同道ですが、あの子がこれから、どんな存在になって来るか、チラリとでも想像してみたら、猿以下の想像力でも、一瞬でも???と想ってみたら、あんなことはできますまいに。
この世のものとは思えない恐ろしい姿を、堂々と晒して、あの三人が、ああしていることだけでも、反省なさったら、と、ミジンコKUONは思ってみます。
恥ずかしくないですか。
この方たち、この方たちを見送った・・・もぎ取られた方々に、恥ずかしくないか。

こうですものね~。
8月8日のあの、超エゴイスト・まがいものセレブでしかない愚かな老人(と裏で操る妖女)の「お気持ち」と、この「反省」の一語の禍禍しさと。
英霊さまがたを貶め続けるメンタリティと。
胸が平らには成りません、なかなか。
先日11日、山の日の東宮家。
自衛隊機4機占領。列車・ホテルは当然貸し切りでした。
お盆の時期、人々が移動する時期です。
自衛隊機を、こういうことに使うな!
この動画の「愛子さん」は、ホントの愛子さんではありません。私はそう、主張したいです。
ホントの愛子さんは、親にも祖父母にも見放されて(としか考えられない)どこで、どうして。
須崎の「静養」が済んだら、次は「那須」です。
こうして顔を見せるのも「コーム」の感じで扱われます。
平成無惨
蔑(さげす)みて天皇を見る皇后を
皇嗣夫婦を平成無惨
敗戦忌今日も出で来て天皇は
手順に添ふて何ぞ宣(の)るかも
皇室の腐敗ほとほと進めども
リオにはためく日の丸眩し
眠り難く8月15日早暁に。KUON・白燁
下種。下衆。ですかしら。ゲス。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
SANSPO,COM
>皇太子さま「喜んでお力になりたい」 陛下ビデオメッセージ重くお受け止め
皇太子さま「喜んでお力になりたい」 陛下ビデオメッセージ重くお受け止め
宮内庁の小田野展丈東宮大夫は12日、記者会見し、天皇陛下が生前退位の実現に強い思いを示された8日のビデオメッセージを受け、「皇太子さまが大変重く受け止めておられているようだ」とご様子を明らかにした。
小田野大夫は、皇太子さまが今年2月の誕生日記者会見で、「両陛下のお気持ちを十分踏まえながら、少しでもお役に立つことがあれば喜んでお力になりたいと思います」と話されたことを挙げ、現在の皇太子さまの心境について「この言葉の通りだと思う」と話した。
生前退位意向
.
皇太子さま「大変重く受け止め」
毎日新聞2016年8月12日 20時34分(最終更新 8月12日 21時47分)
宮内庁の小田野展丈(のぶたけ)東宮大夫は12日の定例記者会見で、天皇陛下が生前退位の意向がにじむお気持ちを表明されたことを受け、皇太子さまは「大変重く受け止めていらっしゃると拝察している」と述べた。8日に陛下のビデオメッセージが公開されて以降、皇太子さまの思いが明らかになったのは初めて。
皇太子さまは第18回結晶成長国際会議などに出席するため、7〜8日に愛知県を訪問されていた。小田野氏によると、皇太子さまはビデオメッセージを8日午後3時からJR名古屋駅の貴賓室でテレビ放送を通じて見たという。皇太子妃雅子さまと長女愛子さまは、お住まいの東宮御所でテレビ放送を見たといい、小田野氏はお二方も「大変重く受け止めていらっしゃるものと拝察している」と述べた。【高島博之】
なんともかとも。
なんともかとも。
どこまでバカなら、こんなこと、思えるか。
書かせるか。
壮大なるバカ、盛大なバカ、極限超えたバカ、想像を絶して宇宙まで飛んで行きそうなバカ(飛んで行けよ、オラ)、アタマ軽いからビヨ~ンと飛んだら、鼻の先から成層圏に突入するやろ、息、でけへんようなって、くたば・・・イヤイヤ。
ナルさまがいてはらへんようなったら、一つの道が開けますのよ、とおっても簡単、それが、何、とにかくは惑溺自愛の母親が抱え込んでまともな叱責さえさせなかった盆暗ちょーなん、お父上は、それなりに(それなりに、ですってば)ご心配もご心痛も、おありであらしゃったやろ。
ま、仮に、そうだったとしておきましょう。
苦痛心痛苦悩深悩憂慮心配精神的負荷将来絶望あいつがあこまで阿呆やから胸中真っ暗ああだこうだ何もかも自愛妄愛鬼子母神。
ナルの今日あらしめる過去の惨状、基本的に父親は母親よりは、社会的な目だって持ってる場合が多いですよね(と、信じた昔もあったっけ、返して欲しいワタシの信頼、皇室を善と仰いでた、お花畑にいたKUON・・
嗚呼そうだったわね。
あのナルヒトに、願った昔がありました。以下にまあ、恥をしのんで書いて置きましょう。
お花がいっぱい咲いていた、そうよKUONのアタマん中に。
せめて。
せめて貴賓らしゅう。
せめて東の宮らしゅうして。
端然と。
おん自ら。
お退きあそばせ。
と。
だはははははははははははははははははははははははははは。
私もう、ダメだわ。
嘘です。きっぱり。(笑)。
断末魔、見るまで。目、離しません。
・・・・・・・・・・・・
この部分、お申し出により削除しました。
この部分にあった、皇太子に関する内容について、だったでしょうか。
どうも失礼なことを致しました。
この方。重大な国家機密漏洩、とかで、大変なことになられませんよう、念じております。
ええ、ナルさんがおしっこ垂れだってことです。
ナルさんの尿袋のことを、こういう風に書かれているの、初めて読んだ気がします。
ご病気ならばヤユもしない、笑ったりはできない。でも。祭祀王を引き継ぐということを「重く受け止め」と、あまりにも軽く軽薄に薄っぺらく軽率に、おほざきになる日本国皇太子。
お体の都合のことも、国民に対して知らせるのは、義務です。
ええとこ取りは、下種の仕業。
下衆、とも書きますか。
げす。
ほら、あそこの、あのひとたちのことですよ。
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
- 2018/06 (15)
- 2018/05 (21)
- 2018/04 (12)
- 2018/03 (12)
- 2018/02 (9)
- 2018/01 (17)
- 2017/12 (20)
- 2017/11 (15)
- 2017/10 (9)
- 2017/09 (12)
- 2017/08 (20)
- 2017/07 (18)
- 2017/06 (16)
- 2017/05 (23)
- 2017/04 (20)
- 2017/03 (15)
- 2017/02 (20)
- 2017/01 (22)
- 2016/12 (18)
- 2016/11 (20)
- 2016/10 (19)
- 2016/09 (21)
- 2016/08 (20)
- 2016/07 (26)
- 2016/06 (16)
- 2016/05 (20)
- 2016/04 (29)
- 2016/03 (24)
- 2016/02 (18)
- 2016/01 (30)
- 2015/12 (33)
- 2015/11 (31)
- 2015/10 (29)
- 2015/09 (26)
- 2015/08 (15)
- 2015/07 (21)
- 2015/06 (24)
- 2015/05 (19)
- 2015/04 (27)
- 2015/03 (26)
- 2015/02 (21)
- 2015/01 (28)
- 2014/12 (27)
- 2014/11 (28)
- 2014/10 (27)
- 2014/09 (22)
- 2014/08 (28)
- 2014/07 (26)
- 2014/06 (26)
- 2014/05 (25)
- 2014/04 (26)
- 2014/03 (26)
- 2014/02 (21)
- 2014/01 (20)
- 2013/12 (24)
- 2013/11 (24)
- 2013/10 (29)
- 2013/09 (24)
- 2013/08 (22)
- 2013/07 (18)
- 2013/06 (21)
- 2013/05 (19)
- 2013/04 (18)
- 2013/03 (13)
- 2013/02 (11)
- 2013/01 (18)
- 2012/12 (18)
- 2012/11 (9)
- 2012/10 (23)
- 2012/09 (19)
- 2012/08 (18)
- 2012/07 (23)
- 2012/06 (16)
- 2012/05 (17)
- 2012/04 (18)
- 2012/03 (24)
- 2012/02 (29)
- 2012/01 (21)
- 2011/12 (27)
- 2011/11 (29)
- 2011/10 (26)
- 2011/09 (26)
- 2011/08 (21)
- 2011/07 (28)
- 2011/06 (33)
- 2011/05 (16)
カテゴリ
ブログカウンター
プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
・・・・・・・・・・
プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
・・・・・・・・・・
