今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

まことの花


秋篠宮さま眞子さま広島訪問


秋篠宮さまと長女の眞子さまが広島市を訪れ、原爆養護ホームや平和公園を訪問されました。

秋篠宮さまと長女の眞子さまは30日から県内各地で行われる「全国高校総合文化祭」にあわせて、29日から3日間の日程で、広島を訪問されています。

初日の29日は、広島市安芸区にある原爆養護ホーム「矢野おりづる園」を訪れ、入所者や園の関係者の出迎えを受けられました。
おふたりは施設で暮らす被爆者のお年寄りたちに歩み寄ると、1人1人に「お元気ですか。最近暑くなってきたので気をつけてくださいね」などと声をかけられていました。


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7月29日。

殿下。透徹していらっしゃいます。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



とき 至れば 花は咲く

ひめやかにも ひそやかにも

さありて

花はひそかに咲こうとも

馥郁と 香は立ち

香は拡がり


ここに花咲けり

まことの花 確かに咲けるとぞ

人びとは 知る



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


摂政を置かれればいい。

それだけのことなのに。

危機です。

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完全におかしい



長いようですが、大変わかりやすいと思って、引かせていただきました。

佐藤優が斬る!「天皇陛下『生前退位』リーク報道は、ココがおかしい」

現代ビジネス 7月29日(金)11時1分配信

7月14日の各紙の朝刊 (KUON註:各新聞紙面の画像)

 7月14日、ほぼすべての新聞社が“天皇陛下「生前退位」のご意向示す”と一面トップで報じ、日本中に激震が走った。この報道に関し各所でさまざまな憶測がされるなか、佐藤優氏は「この話自体が、完全におかしい」と主張。その真意を明かす。

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※本記事は、『佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」』に収録している文化放送「くにまる・じゃぱん」の放送内容(2016年7月15日放送)の一部抜粋です。

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新聞の倫理が問われている

 西川文野: 天皇陛下が生前退位のご意向を示されていることについて、政府は早ければ来年の通常国会で皇室典範の改正を含めた法整備を行う方向で調整に入りました。これは複数の政府関係者が明らかにしたものです。現在の皇室典範には生前退位の定めがないための措置で、政府は今年の12月23日の天皇誕生日を目途に骨子案をまとめたい考えです。

 一方、天皇陛下が生前退位のご意向を周囲に示されたことを巡り、宮内庁が近く陛下に自らお気持ちを表明してもらう方向で検討していることがわかりました。「宮内庁関係者」の話でわかったもので、政府として陛下の考えを広く国民に理解してもらって初めて議論がスタートできると判断し、異例の対応をとることにしたと見られます。

 野村邦丸(以下邦丸): 昨日(7月14日)も伊藤惇夫さんにお話をしていただいたんですが、なるほどなと思うのは、天皇のご意向というものが、たとえば政府を動かすということになると、政治にはかかわらないという大原則から、これは憲法に触れる可能性もある。

 佐藤優(以下佐藤優): 完全に憲法に触れています。

 邦丸: はい。

 佐藤: それから今回、話が完全におかしいです。

 邦丸: どこが、おかしいのでしょうか。

 佐藤: どうしてかというと、宮内庁長官も宮内庁次長もその日のうちに「陛下は憲法上、制度や国政に関する発言はしていない」「生前退位について官邸と相談しているということはない」と否定していますよね。この否定記事は朝日新聞には小さく出ていましたが、ほかすべて、「ご意向がある」ということが一面に出ているんですね。その場合は、ニュースソースを明示しないといけないんです。

 邦丸: はい。

 佐藤: それを明示せずに「宮内庁関係者」としている。宮内庁は組織ですよね。組織は一体で、その最高責任者が「発言はしていない」「相談しているということはない」と言っているのならば、新聞各紙は「ない」ことを一面で報じていることになるわけですよね。

 その場合は情報源が「宮内庁関係者」という匿名ではダメなんです。なぜかというと、宮内庁の長官が「否定していること」が事実だ、宮内庁長官はウソをついている、とすべての新聞が報じていることになるわけですから、その根拠となる情報源が匿名の下に隠れてはいけないんですよ。

 佐藤: 私は宮内庁長官や宮内庁次長がウソをつくことはないと考えています。ただ、宮内庁にはもう一つのルートがあるんです。いわゆる奥の院と言われている侍従長です。

 邦丸: はい。侍従長というのは陛下のすぐそばにいつもいらっしゃる。

 佐藤: そうです。表には出てこないことになっている現在の侍従長は、元外務事務次官の河相周夫(かわい・ちかお)さんです。長官と次長が「否定していることが事実ではない」というのなら、新聞はその裏を取らなければ記事にはできません。少なくともこの侍従長に当てて、実名でそれを書かなくてはいけないんです。

 邦丸: なるほど。

 佐藤: そうじゃないと、たとえば仮に「どうやら憲法改正のご意向があられるようだ」という形のニュースがどこからともなく宮内庁関係者から出るとする。そして宮内庁長官と次長がそれを否定しているとする。しかし、本当はそういうご意向があるんだということで憲法改正に動くとは考えられないわけですよ。

 いわゆる天の声をこういう形で出すことで物事を進めようとしているのは、今の一部の宮内庁の人たち──つまり、外務省出身の人たちの動きだと思いますけれど、国家の民主的な統制からすると、ものすごく違和感がありますね。

 陛下は内閣の助言と承認によって動かれるんですけれども、もし、憲法改正のご意向を持っておられるんだったら、内閣が責任を持って、宮内庁長官の会見で「陛下には、ご意向がある」として、それを踏まえて内閣の立場として菅官房長官が説明すればいいんです。

 ですから、ご意向を示してもらう機会は、内閣が内閣の意志でつくる。それができるはずなんです。しかし、なぜ、これがリークで始まるのか。

 また、なぜ宮内庁長官と次長が公式に否定していることが新聞のトップニュースになって、それが事実として動いていくのか。私はここのところで新聞の倫理が問われたと思います。新聞の人たちはニュースソースを知っているわけですから。

 宮内庁長官が「ノーコメント」とか「公には申し上げられません」と否定していないのだったらいいんですが、明確に「そのような事実はない」と言っているんですから、「ない」と言っていることを「ある」と報道したことに対して、誰も違和感を覚えないということは、マスコミが政府に「ウソをついても構わないんですよ」と言っているのと同じことなんですよね。


なぜニュースソースを明かさないのか?

 邦丸: 陛下が周囲に生前退位のご意向をもらしていらっしゃるという、その「周囲」というのは、たとえばの話、今の侍従長さんということなんですか。

 佐藤: わからない。

 邦丸: これはわからない。

 佐藤: しかし、マスコミは、こういう重要な問題は宮内庁長官と宮内庁次長のほうに聞いて、もう一方の重要なポスト、つまり侍従長に公式な見解を求めないというのはおかしいんです。

 宮内庁長官と次長が「違う」と言っている以上は、そういう話は「ない」ということですよね。これは、政府の立場、国家の立場ですね。われわれは納税者です。われわれは国民の知る権利を持っていますが、それは「真実」を知る権利なんですね。「生前退位のご意向もないし、検討もされていない」というのが政府の立場だったら、それが真実のはずなんです。

 佐藤: テレビや新聞は自分たちの取材によって、それと違う話が「真実」だということを確信しているから、そう報じているわけでしょ。たとえば、外務案件だったら、外務大臣と外務省事務次官が否定しているのに、日本外交はこういうことをやります、と新聞の一面に出て、その情報源が「外務省筋」だったらダメでしょ。

 邦丸: ダメですね。

 佐藤: その場合、誰が言っているか明記しなくてはいけませんよね。だから、マスコミの人たちはよく考えてほしいんですけれど、こういう報道を続けていていいんですか。情報源との信頼関係で、次から情報が入らなくなるということを心配しているんだと思うけれど、そんなことはありません。

 私は皇室典範の改正に賛成ですよ。陛下がそういうご意向を持たれているなら、やったほうがいい。しかし、なぜこういうようなリークという方法で国民世論を動かすのでしょうか。民主主義は「手続き」です。仮に内容がいいものであったとしても、おかしな手続きをしている時は、誰かがきちんと異議を申し立てないと、そこから民主主義が崩れてしまいます。


最大の「違和感」

 邦丸: 早ければ来年の通常国会で皇室典範の改正を含めた法整備を行う。これのためにいろんなところにリークしていくわけですか。

 佐藤: もちろん、そうです。

 邦丸: これは憲法にもかかわってくる。

 佐藤: 憲法にかかわってきます。最も重要なのは、皇太子には誰がなられるのかということです。今の法体制では、天皇が生前退位されると皇太子が空位ということになるんですね。そうなると、もう一度、女帝論が出てくるという話なんですね。

 邦丸: 女性皇太子、女性天皇についての議論ですね。

 佐藤: ですから、その辺のことも含めて非常に大きな話なんですよ。最初から「会見で非常に重要なご意向を発表します」と告知して、そこでご意向を発表していただく。あるいは、こういうご意向があることを踏まえての内閣の判断として、国民に公式の場で伝えるということが、なぜできないのか。私はすごく不思議に思うんです。

 さらに、そういうことに対して違和感を持つことなく報道が進んでいくという事態に、非常に危うさを覚えるんですよ。内容さえよければそれでいいということではなくて、民主主義は手続きなのであり、その手続きに問題があるのにそのまま報道が進んでいます。

 邦丸: 手続きという面で言うと、例えば、侍従長さんが「天皇陛下から聞いたご意向というのがあるんだよ」とリークしたと仮定します。では、そのリークの目的は何なのでしょうか。

 佐藤: 二つあるでしょうね。一つは、世論の反応を見たい。世論の反応がGOなら進める。二つ目は、世論はGOだろうということを前提とした環境整備。

 つまり、こういうことです。いずれにせよ、ここのところにおいては憲法問題が出てくる可能性がある。なぜならば、天皇は国政に関する権限を有していない。国事に関するすべての行為は内閣の助言によって行うという建前になっているならば、天皇陛下がご意志を持っておられるという問題で何かが動くということは、憲法体制との整合性の問題がある。

 だから、とにかく「事実」として動かしてしまおう。国民の声としてそれが必要だということになれば、憲法問題は回避できる──こういうふうに考えるということは、一般論ですが、外務官僚のやりそうなことですよ。

 邦丸: なるほど。

 佐藤: だから、宮内庁の長官と次長は官僚として極めて真っ当な対応をしているわけです。仮に、ご意向を漏らされたのだとしても、内閣の助言と承認がない限りにおいては、どのようなご意向を聞いていても、それは存在しないことになるんです。その点を、宮内庁の長官と次長はものすごくよく守っているんですよ。

 あの人たちが、一方で「実はこういうことを考えています」と言って、もう一方でウソをついているとは私は思えない。これは完全に役人生命にかかわるから、そういうことはしない。となると、その二人以外にどこかにそういうことをしている人がいて、完全に匿名の陰に隠れて大きな国家意思を動かそうとしているんですよ。だから私は、非常に違和感を覚える。


アンフェアな事態に気づかないマスコミ

 佐藤: マスコミにしても、普段は「この情報源が私だということは言わないでくださいよ。今後、重要なこともお話しできなくなっちゃうから」と言われたら、取材源の秘匿は守らなくてはいけない。ところが、これは宮内庁の長官と次長が否定している話なんだから、それにもかかわらず否定されている内容が「真実」だと報道する時は、国民はその匿名の情報源をどうやって信用しろというんですか。検証の方法がない。おかしいですよ、こんな報道は。

 邦丸: はい。

 佐藤: それならば、宮内庁の「誰」が言ったと、固有名詞が入らなければダメなんです。この情報を報道した人は、流したことの責任を取ってもらわないと。

 邦丸: 近く陛下自らお気持ちを表明してもらう方向で検討しているという。

 佐藤: 宮内庁は「組織」ですから、組織自体は語れないですから、組織の人間の誰かがそう語っているんですよ。

 邦丸: 宮内庁長官が指示したことなのでしょうか。ニュース原稿を見ていると、「宮内庁が近く陛下自らお気持ちを表明してもらう方向で検討していることがわかりました」ということなんですが。

 佐藤: マスコミは宮内庁長官には当てられますから、宮内庁長官は公のことは答えると思いますよ。しかし、宮内庁長官は「検討した事実はない」と否定しているわけですからね。

 邦丸: この辺がちょっと矛盾しますよね。

 佐藤: だから、宮内庁Aと宮内庁Bがあるということになっているんですよ。宮内庁Aは公式に全面否定している、しかし、宮内庁Bの話が事実なんだということになっているんだけれど、その宮内庁Bは匿名の陰に隠れてやっているわけですよね。アンフェアだと思いませんか。

 邦丸: 思いますね。

 佐藤: しかも、侍従長の場合は『文藝春秋』に「侍従長・河相周夫」の名前で随行記を寄稿しているわけですよ。ですから、侍従長だから語れないというのであれば、それならなぜ、『文藝春秋』には名前を出して寄稿しているんですか、という話になる。

 一つの役所なんですから、宮内庁のなかできちんと責任をもって対応して、こういう重要なことは憲法体制に疑義がない体制で進めてほしい。私は率直にこう思うんです。

 邦丸: はい。

 佐藤: 内容はいいんです。でも、内容はいいものであっても、民主主義は手続きなんですよね。こういう手続きを許してしまう、つまり、役所が公式に否定しているにもかかわらず、その役所筋から流れていることによって大きな物事が動いて、法律の改正になって、憲法にもかかわることになってくるという、こういうようなことがこの国で行われていいのか。

 邦丸: アンフェアですよね。

 佐藤: 私はそう思います。しかも、新聞にその指摘がほとんどないでしょ。そういう問題意識が新聞記者の照会にないんですよ。「なんでこのタイミングなんですか?」という照会ばかりなんですね。ですから私はいくつか取材を受けてきちんとていねいにコメントしたんですが、『AERA』だけには来週掲載されますが、ほかは使ってくれていないんですよ。

 この「手続き」の問題だということをなぜみんなが議論しないのか、不思議なんです。気づいていないのは危ないと思います。みんなで大変危険な赤信号を渡り始めているんだと思います。

 佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol.089(2016年7月27日配信)より

この佐藤優 さんと言う方は、あれこれさまざま、毀誉褒貶のヒト。

私は、私が人を信じる時のある点で、信用しています。もちろん、違うな、ということもあります。


で、↑ に貼らせてもらったご意見の内容も、素直に私には入って来る。そうだよねと思いました。(エラソーな態度が身につきました、どないしょ(笑))。

一人の人の、一つの意見、そうなんですが、わかり易い。

そして、

現実には、以下 ↓ のごとき新聞記事が出まわる訳です。



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こんなカッコは真似できます。

は?


「生前退位」ご意向 陛下、8月上旬にもお気持ち公表へ 8日が有力

産経新聞 7月29日(金)11時20分配信

 皇太子さまに皇位を譲る「生前退位」の意向を示している天皇陛下が、早ければ8月上旬にも自らの気持ちを公表される方向で、宮内庁が最終調整に入ったことが29日、分かった。高齢となる中で、ご自身が理想とする象徴天皇の在り方を示されるとみられる。

 宮内庁は、天皇陛下のお考えを広く国民に理解してもらうことで、初めて議論が深まると判断。本来は12月の誕生日を前に臨まれる記者会見を想定していたが、ふさわしい時期や形式を再検討していた。

 時期については、8月3日の内閣改造後で、6日と9日の広島、長崎の原爆の日を避けた8日が有力。形式は、陛下が臨時の記者会見などを通じ、国民に語りかけられることが選択肢に上がっているという。

 陛下が憲法に従って国の制度改正に関する発言を一貫して控えられていることから、関係者は「今後も年齢を重ねる中で、ご自身が天皇としてどうあるべきかという考えを示す内容になるだろう」としている。

 皇室典範の改正や特別立法などが必要となる「退位」を前提にした表現は、政治的な発言に当たるため、別の関係者も「退位への明確な意思や、時期などを具体的に示すものにはならないはずだ」と話す。

 陛下は数年前から、十分に公務が全うできなくなれば退位も辞さない考えを周囲に漏らされてきた。退位への考えは、公務削減の議論が出る度に繰り返してきた内容で、陛下が気持ちを表明された後には、国民を巻き込んだ議論が加速するものとみられる。

 江戸時代後期の光格天皇以降、生前の譲位は例がなく、実現されれば約200年ぶりとなる。宮内庁では風岡典之長官ら首脳数人が今春以降、「生前退位」の是非について検討を本格化。議論の進捗(しんちょく)状況は首相官邸と共有し、両陛下にも報告されているという。

 風岡長官は29日、陛下のお気持ちの公表時期や形式について「何も決まっていない」と述べた。

 皇室制度をめぐっては、平成17年に政府の有識者会議が出した女性、女系天皇を容認する報告書に基づき、皇室典範の改正案の国会提出が検討されたが、秋篠宮妃紀子さまが長男の悠仁さまを出産されたことで、立ち消えとなった。



>読売新聞 7月29日(金)11時54分配信

 「生前退位」の意向を持たれている天皇陛下が8月中にお気持ちを表明される方向で、宮内庁が調整していることがわかった。

 同庁は、陛下が退位の意向を示されたとの報道を否定してきたが、象徴天皇制の根幹にかかわる事柄のため、陛下が直接、国民に説明される機会を設けるべきだとの考え。天皇の退位は、皇室制度の改正につながり、意向の表明は憲法が禁じる天皇の政治的な行為にあたる恐れもあるため、陛下が述べられるお言葉の内容を慎重に検討している。

 関係者によると、現在82歳の陛下は今後、さらに年を重ねていくなかで、象徴天皇としての活動ができなくなるならば、現在56歳の皇太子さまに将来、皇位を譲ることも必要ではないか、という意向を持たれている。お気持ちの表明は、来月上旬、テレビ中継を通じ、陛下がお言葉を述べられる形で行うことも検討されている。象徴天皇の務めについての考えや、加齢によって陛下の活動に変化が生じてきたことなどについて、説明されるとみられる。


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なんだかなあ。

生前に皇太子に譲る、天皇位を。

そんな。あのお方に、飴ちゃん、どしても、あげたいの、みたいに。

天皇が崩御されれば、皇太子が即位する。このことと、生前に譲りたい「ご意向」、同じでないです。

かつて何やらが立ち消えになった、と言いますが。

正統な皇嗣が誕生されたのです、そういうことです。後にまた、問題は続くのだとは思いますが。

何が何でもナルさんを天皇に。

天皇も安くなったもんです。鬼気迫る祈り? 迫ってろ。

そのことが成ったら、後は野となれ山となれ? ナルちゃん天皇、どんな風にでもやっちゃうよ~、誰もどこも、なんにも止められないよ~。

なんて、うまく行くと、思っているのでしょうか。

思ったのでしょうね、未だに、いえ今は既に、某あたりに君臨しているというより、老残の身を、何やら尻拭いに使われているような、ある種、切られて終わりのトカゲのしっぽにされているような。

オワダ某、は。

このところ悪相極まりなく、二度童のごとく柔らかく呆けられた天皇陛下を、ここに至って最後の利用しようと。

こころ逸り焦慮は限りなし。

そうしか見えない美智子さん。

ダメなのに。

ダメだから、こうなって来ているのでしょうか。

陛下の御身のご安全を、深く念ずるKUONです。



 邦丸: 手続きという面で言うと、例えば、侍従長さんが「天皇陛下から聞いたご意向というのがあるんだよ」とリークしたと仮定します。では、そのリークの目的は何なのでしょうか。

 佐藤: 二つあるでしょうね。一つは、世論の反応を見たい。世論の反応がGOなら進める。二つ目は、世論はGOだろうということを前提とした環境整備。

 つまり、こういうことです。いずれにせよ、ここのところにおいては憲法問題が出てくる可能性がある。なぜならば、天皇は国政に関する権限を有していない。国事に関するすべての行為は内閣の助言によって行うという建前になっているならば、天皇陛下がご意志を持っておられるという問題で何かが動くということは、憲法体制との整合性の問題がある。

 だから、とにかく「事実」として動かしてしまおう。国民の声としてそれが必要だということになれば、憲法問題は回避できる──こういうふうに考えるということは、一般論ですが、外務官僚のやりそうなことですよ。

 邦丸: なるほど。

 佐藤: だから、宮内庁の長官と次長は官僚として極めて真っ当な対応をしているわけです。仮に、ご意向を漏らされたのだとしても、内閣の助言と承認がない限りにおいては、どのようなご意向を聞いていても、それは存在しないことになるんです。その点を、宮内庁の長官と次長はものすごくよく守っているんですよ。

 あの人たちが、一方で「実はこういうことを考えています」と言って、もう一方でウソをついているとは私は思えない。これは完全に役人生命にかかわるから、そういうことはしない。となると、その二人以外にどこかにそういうことをしている人がいて、完全に匿名の陰に隠れて大きな国家意思を動かそうとしているんですよ。だから私は、非常に違和感を覚える。


 一つの役所なんですから、宮内庁のなかできちんと責任をもって対応して、こういう重要なことは憲法体制に疑義がない体制で進めてほしい。私は率直にこう思うんです。

 内容はいいんです。でも、内容はいいものであっても、民主主義は手続きなんですよね。こういう手続きを許してしまう、つまり、役所が公式に否定しているにもかかわらず、その役所筋から流れていることによって大きな物事が動いて、法律の改正になって、憲法にもかかわることになってくるという、こういうようなことがこの国で行われていいのか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

よくないです。

ふとした折に 追記あります。



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そうですか、ルノワール展を。

お嬢ちゃん、首が伸びて、愛子さんより頸椎が三つくらい、たくさんあるように見えますね。

↑ あり得ない話を、あえてしてみました。

ナルさん、娘に「うざい」と言われていませんか。仮面親子だから、それは(まだ)ないですか。慶祝。

まさこさん。ご存じないかもしれませんが、娘は母親を、よーく、見ますのですわよ。仮面親子だから・・以下、j同文。

こういう顔を表で見せないように、内親王に言って聞かせてないのね、はいはい、ごめんなさいでした。


鑑賞は「公務」でないのですけどね。

愛子さん(とやら)、この目はなかなか、です。


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ふちゅうに、ふちゅうで、いたかった・・・?


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うまいタイミングでお辞儀できず(でもこの時は頑張っていた愛子さん)、



外国から帰って来た母親は、このお子を、玄関先でにらみつけ、

背中に手を回して、こずいたか、つねったか

愛子さんは固まってしまって、りっぱな笑顔になれませんでした。

留守中に髪をザギンザギンに切ってしまった、この内親王は、今の愛子さんのようには、首、長くないです。

お父さんに似た女の子、ではないですか?


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こんな時でもツマに肘、ひっつかまれておられる今上陛下の、この、牛に触れられたこの一瞬の、あどけない感じ。

この動画の一瞬に、いま現在の、陛下の「イノセント」を、見て、ちょっと胸が痛かったわたし。

甘いといわれそうですが。

牛が、にゅ~っとベロを伸ばしているのも、かわいい・・・。

夫人の顔は、こわい・・・






あどけなくはない。

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いろんなお顔のミテコさん

あどけなかった時は・・・無い。

よね?。


すみません、記事書いててまちがえて単独でアップしてしまいました。

これはくおんのミスです。

このままにしておきます・・・しゅん・・・。


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あどけなくは・・・ないですね?

昭和天皇の御製 



間があいてしまいましたが、昭和天皇さまの御製を、御崩御までを、紹介させていただきます。

命終に近い苦しいご闘病のなかにも、次なる歌会始の儀のための御製を、用意しておられました。

人びとの幸と、国の平らぎと、世界の平和を祈っておられた、

天皇陛下でいらしたのだ、と、改めて、思いました。



昭和天皇御製

 
                      参考:桜楓社発行「おほみうた」
                         創樹社発行「昭和天皇の和歌」
 
                               *は歌会始御製

 
 昭和三十七年
 
 「土」
*武蔵野の草のさまざまわが庭の 土やはらげておほしたてきつ
 
 「日本遺族会創立十五周年」
 年あまたへにけるけふものこされし うから思へばむねせまりくる
 
 「傷痍軍人のうへを思ひて」
 年あまたへにけるけふも国のため 手きずおひたるますらをを思ふ
 
 「遺族のうへを思ひて」
 国のためたふれし人の魂タマをしも つねなぐさめよあかるく生きて
 
 (福井県植樹祭)
 遠山に霞にくもる女形谷ヲナガダニ諸人とともに松の苗植う
 
 「長良川の鵜飼」
 篝火をたきつつくだる舟ぞひに 鵜は川波にたくみにくぐる
 
 「前同」
 長良川鵜飼の夜を川千鳥 河鹿の声の近くきこゆる
 
 (和歌山県巡行)
 雨にけぶる神島を見て紀伊キの国の 生みし南方熊楠をおもふ
 
 「日光小田代ケ原 二首」
 いく代へしから松林なほき幹の ひまにまじりて白樺の立つ
 
 「前同」
 から松の森のこずゑをぬきいでて 晴れたる空に男体そびゆ
 
 「桃山御陵 三首」
 陵ミササギも五十の年をへたるなり 祖父オホヂのみこころの忘れかねつも
 
 「前同」
 五十をばへにける年にまのあたり 国のさま見ていにしへおもふ
 
 「前同」
 桃山に参りしあさけつくづくと その御代を思ひむねせまりくる
 
 (新潟県沖地震)
 地震(ナヰ)にゆられ火に焼かれても越コシの民 よく堪へてここに立直りたり
 
          
 昭和三十八年
 
 「草原」
*那須の山そびえてみゆる草原に いろとりどりの野の花はさく
 
 「秋芳洞 二首」
 若き日にわが名づけたる洞穴に ふたたびは来てくだりゆかむとす
 
 「前同」
 洞穴もあかるくなれりここに住む 生物いかになりゆくらむか
 
 「笠山 三首のうち二首」
 そのむかしアダムスの来て貝とりし 児島をのぞむ沖べはるかに
 
 「前同」
 波たたぬ日本海にうかびたる 数の島影は見れどあかぬかも
 
 「二大事故(国鉄横須賀線・三井三池炭坑)」
 大いなる禍マガのしらせにかかること ふたたびなかれとただ祈るなり
 
 昭和三十九年
 
 「紙」
*世に出イダすと那須の草木の書フミ編みて 紙のたふときことも知りにき
 
 「前同」
 わが庭にかうぞの木もて毛の国の 紙のたくみは紙にすきたり
 
 「佐渡の宿」
 ほととぎすゆふべききつつこの島に いにしへ思へば胸せまりくる
 
 「おけさ丸」
 風つよき甲板にして佐渡島に わかれをしみて立ちつくしたり
 
 「昭憲皇太后をしのぶ 二首」
 わが祖母オホバは煙管手にしてうかららの 遊をやさしくみそなはしたり
 
 「前同」
 おとうとら友らつどひておほまへに 芝居したりき沼津の宮に
 
 「オリンピック東京大会」
 この度のオリンピックにわれはただ ことなきをしも祈らむとする
 
 昭和四十年
 
 「鳥」
*国のつとめはたさむとゆく道のした 堀にここだも鴨は群れたり
 
 「前同」
 草ふかき那須の原より飛びいでし せつかの声を雲間にぞきく
 
 「新幹線 二首のうち一首」
 避け得ずに運転台にあたりたる 雀のあとのまどにのこれり
 
 「鳥取県植樹祭」
 しづかなる日本海をながめつつ 大山のみねに松うゑにけり」
 
 「三朝ミササの宿 二首」
 戦タタカヒの果ててひまなきそのかみの 旅をししのぶこの室を見て
 
 「前同」
 夜の間に河鹿のこゑのひびくなり きよきながれの三朝の川に
 
 「鳥取砂丘」
 砂の丘四里もつづけりかなたなる 松のはやしに雲雀のこゑす
 
 「宍道湖 三首のうち二首」
 夕風の吹きすさむなべに白波の たつみづうみをふりさけてみつ
 
 「前同」
 湖のますあみを見ておもふかな 白魚むれてきたりしころを
 
 「岐阜国民体育大会」
 晴るる日のつづく美濃路に若人は 力のかぎりきそひけるかな
 
 飼ひなれしきんくろはじろほしはじろ 池にあそべりゆふぐれまでも
 
 「厚子病気全快」
 背のねがひ民のいのりのあつまりて うれしききみはみ病なほりぬ
 
 昭和四十一年
 
 「声」
*日日のこのわがゆく道を正さむと かくれたる人の声をもとむる
 
 「鳩 二首」
 静かなる世になれかしといのるかな 宮居の鳩のなくあさぼらけ
 
 「前同」
 国民のさちあれかしといのる朝 宮居の屋根に鳩はとまれり
 
 昭和四十二年
 
 「魚」
*わが船にとびあがりこし飛魚を さきはひとしき海を航ユきつつ
 
 「孝明天皇陵参拝 二首」
 百年のむかししのびてみささぎを をろがみをれば春雨のふる
 
 「前同」
 春ふけて雨のそぼふる池みづに かじかなくなりここ泉湧寺
 
 「牡丹」
 春ふかみゆふべの庭に牡丹花は くれなゐふかくさきいでにけり
 
 「埼玉国民体育大会 秩父宮記念館」
 おとうとをしのぶゆかりのやかたにて 秋ふかき日に柔道を見る
 
 「武甲山登山口」
 山裾の田中の道のきぶねぎく ゆふくれなゐににほへるを見つ
 
 「吉田茂追憶」
 君のいさをけふも思ふかなこの秋は さびしくなりぬ大磯の里
 
 「前同」
 外国の人とむつみし君はなし 思へばかなしこのをりふしに
 
 昭和四十三年
 
 「川」
*岸ちかく烏城ウジョウそびえて旭川 ながれゆたかに春たけむとす
 
 「宮殿竣功」
 新しく宮居成りたり人びとの よろこぶ声のとよもしきこゆ
 
 「北海道開道百年 層雲峡」
 そびえたつ大雪山のたにかげに 雪はのこれり秋立ついまも
 
 「稚内公園」
 樺太に命をすてしたをやめの こころを思モへばむねせまりくる
 
 昭和四十四年
 
 「星」
*なりひびく雷雨のやみて彗星の かがやきたりき春の夜空に
 
 「新宮殿初参賀」
 あらたまの年をむかへて人びとの こゑにぎはしき新宮の庭
 
 (靖国神社参拝)
 国のためいのちささげし人々を まつれる宮はももとせへたり
 
 「縄ケ池」
 水きよき池の辺ホトリにわがゆめの かなひたるかもみづばせを咲く
 
 「五島列島福江島」
 久しくも五島を視むと思ひゐしが つひにけふわたる波光テる灘を
 
 昭和四十五年
 
 「花」
*白笹山のすその沼原黄の色に につこうきすげむれ咲きにほふ
 
 「明治神宮鎮座五十年祭に 明治天皇をしのぶ」
 おほぢのきみのあつき病の枕べに 母とはべりしおもひでかなし
 
 「七十歳になりて 四首」
 七十ナナソヂの祝ひをうけてかへりみれば ただおもはゆく思ほゆるのみ
 
 「前同」
 ななそぢの迎へたりけるこの朝も 祈るはただに国のたひらぎ
 
 「前同」
 よろこびもかなしみも民と共にして 年はすぎゆきいまはななそぢ
 
 「前同」
 ななそぢになりしけふなほ忘れえぬ いそとせ前のとつ国のたび
 
 「福島県植樹祭 磐梯」
 松苗を天鏡台にうゑをへて いなはしろ湖をなつかしみ見つ
 
 「岩手県の旅・国民体育大会」
 人びとは秋のもなかにきそふなり 北上川のながるるあがた
 
 「万国博覧会」
 きのふよりふりいでし雪はやはれて 万国博覧会の時はいたりぬ
 
 「折にふれて」
 筑紫の旅志布志の沖にみいでつる カゴメウミヒドラを忘れかねつも

 
 昭和四十六年
 
 「家」
*はてもなき砺波トナミのひろ野杉むらに とりかこまるる家いへの見ゆ
 
 「欧州の旅(伊勢神宮参拝)」
 外国トツクニの旅やすらけくあらしめと けふは来ていのる五十鈴の宮に
 
 「前同(前同所感)」
 戦をとどめえざりしくちをしさ ななそぢになる今もなほおもふ
 
 「前同」
 戦果ててみそとせ近きになほうらむ 人あるをわれはおもひかなしむ
 
 「前同」
 さはあれど多くの人はあたたかく むかへくれしをうれしと思ふ
 
 「前同」
 戦にいたでをうけし諸人の うらむをおもひ深くつつしむ
 
 「前同 ワーテルローのパノラマを見て」
 戦の烈しきさまをしのびつつ パノラマみれば胸せまりくる
 
 「前同」
 時しもあれ王室の方の示されし あつきなさけをうれしとぞ思ふ
 
 「前同(光化学スモッグのこと)」
 秋の日に黒き霧なきはうらやまし ロンドンの空はすみわたりたる
 
 「前同」
 戦ひて共にいたつきし人々は あつくもわれらをむかへくれける
 
 「前同 デンマークの陶器工場にて」
 いそとせまへの外国の旅にもとめたる 陶器スエモノ思ひつつそのたくみ場に立つ
 
 「前同」
 この園のボールニシキヘビおとなしく きさきの宮の手の上にあり
 
 「前同」
 緑なる角もつカメレオンおもしろし わが手の中におとなしくゐて
 
 「前同(ウィンザー公と再会)」
 若き日に会ひしはすでにいそとせまへ けふなつかしくも君とかたりぬ
 
 「前同 フランス ホテル・クリヨンよりコンコルドの広場を眺む」
 この広場ながめつつ思ふ遠き世の わすれかねつる悲しきことを
 
 「前同」
 アラスカの空に聳えて白じろと マッキンレーの山は雪のかがやく
 
 「前同」
 外国の空の長旅ことなきは たづさはりし人の力とぞ思ふ
 
 昭和四十七年
 
 「山」
*ヨーロッパの空はろばろととびにけり アルプスの峰は雲の上に見て
 
 「伊豆須崎にて」
 谷かげの林の春は淡くして 風藤葛フウトウカヅラの実のあかあかと見ゆ
 
 「奄美大島マングローブの自生地にて」
 潮のさす浜にしげたるメヒルギと オヒルギを見つ暖国に来て
 
 昭和四十八年
 
 「子ども」
*氷る広場すべる子どもらのとばしたる 風船はゆくそらのはるかに
 
 「式年遷宮」
 宮移りの神にささぐる御宝の わざのたくみさみておどろけり
 
 「前同」
 秋さりてそのふの夜のしづけきに 伊勢の大神をはるかにをろがむ
 
 「上野動物園にて」
 ロンドンの旅おもひつつ大パンダ 上野の園にけふ見つるかな
 
 日本猿の親は子をつれゆくりなくも 森のこかげにあらはれたりけり
 
 「東久迩信彦の子供ロンドンに生る」
 やすらけく日向路さして立ちにけり 曾孫のあれしよろこびを胸に
 
 「須崎の冬」
 風寒く師走の月はさえわたり 海を照らしてひかりかがやく
 
 昭和四十九年
 
 「朝」
*岡こえて利島トシマかすかにみゆるかな 波風もなき朝のうなばら
 
 「須崎早春」
 緑こきしだ類をみれば楽しけど 世をしおもへばうれひふかしも
 
 「那須の町営牧場」
 あまたの牛のびのびと遊ぶ牧原に はたらく人のいたつき思ふ
 
 「迎賓館」
 たちなほれるこの建物に外つ国の まれびとを迎へむ時はきにけり
 
 「米国フォード大統領の初の訪問」
 大統領は冬晴のあしたに立ちましぬ むつみかはせしいく日ニチを経て
 
 「八幡平ハイツにて」
 夕空にたけだけしくもそびえたつ 岩手山には雪なほのこる
 
 「国民休暇村水郷にて」
 おそ秋の霞ヶ浦の岸の辺に 枯れ枯れにのこる大きはちす葉
 
 「十一月八日 内宮にまゐりて」
 冬ながら朝暖かししづかなる 五十鈴の宮にまうで来つれば

 昭和五十年
 
 「祭り」
*我が庭の宮居に祭る神神に 世の平らぎをいのる朝朝
 
 「北米合衆国の旅行 三首」
 いそぢあまりたちしちぎりをこの秋の アメリカの旅にはたしけるかな
 
 「前同」
 ながき年心にとどめしことなれば 旅の喜びこの上もなし
 
 「前同」
 こともなくアメリカの旅を終へしこと もろもろのひとの力ぞと思ふ
 
 「ワシントン私邸にて」
 在りし日のきみの遺品を見つつ思ふ をさなき頃に学びしことなど
 
 「アーリントン墓地にて」
 この国の戦死将兵をかなしみて 花環ささげて篤くいのりぬ
 
 「リンカーン記念堂にて」
 戦の最中モナカも居間にほまれの高き 君が像をかざりゐたりき
 
 「前同」
 わが国にてしりしなつかしきシーボルト ここに来たりて再びあひぬ
 
 「前同(佐分利貞夫外交官)」
 君が像スガタをわれにおくりし佐分利貞夫の 自らいのちを絶ちし思ほゆ
 
 「バルツ農場にて」
 畑つもの大豆のたぐひ我が国に わたり来む日も遠からなくに
 
 「サンディエゴ動物園にて」
 オカピーを現ウツつにみたるけふの日を われのひと世のよろこびとせむ
 
 「前同」
 豪州よりユーカリの木をうつしうゑて 飼いならしたりこのコアラベアは
 
 「捕鯨反対のデモ」
 時々は捕鯨反対をわれに示す 静かなるデモにあひにけるかな
 
 「多くの日系人にあひて」
 アメリカのためにはたらく人々の すがたをみつつたのもしと思ふ
 
 「前同」
 幸得たる人にはあれどそのかみの いたつきを思へばむねせまりくる
 
 「米国の旅行を無事に終へて帰国せし報告のため伊勢神宮に参拝して」
 たからかに鶏(奚+隹)トリのなく声ききにつつ 豊受の宮を今日しをろがむ
 
 「三重国民体育大会」
 秋深き三重の県アガタの人びとは さはやかにしもあひきそひけり
 
 「朝熊アサマ山の眺望」
 をちかたは朝霧こめて秋ふかき 野山のはてに鳥羽の海みゆ
 
 「湖畔のホテルにて」
 比良の山比叡の峯の見えてゐて 琵琶のみづうみ暮れゆかむとす
 
 「ハイレ・セラシエ エチオピア皇帝を悼む」
 永き年親しみまつりし皇帝の 悲しきさたをききにけるかな
 
 昭和五十一年
 
 「坂」
*ほのぐらき林の中の坂の道 のぼりつくせばひろきダム見ゆ
 
 「在位五十年」
 喜びも悲しみも皆国民と ともに過スグしきぬこの五十年
 
 「前同 東宮御所の祝」
 鮮やかなるハタタテハゼ見つつうかららと かたるもたのししはすにつどひて
 
 夕餉をへ辞書をひきつつ子らとともに しらべものすればたのしくもあるか
 
 「国際電信電話株式会社 茨城衛星通信所 二首のうち一首」
 このゆふべ南伊豆にて大雨の ふるとしききてうれひはふかし
 
 「佐賀の宿にて」
 朝晴の楠の木の間をうちつれて 二羽のかささぎとびすぎにけり
 
 昭和五十二年
 
 「海」
*はるばると利島トシマのみゆる海原の 朱アケにかがやく日ののぼりきて
 
 「須崎の立春」
 春たてど一しほ寒しこの庭の やぶこうじの葉も枯れにけるかな
 
 「常陸宮の新邸」
 新しき宮のやしきをおとづれて 二人のよろこびききてうれしも
 
 「高野山にて」
 史フミに見るおくつきどころををろがみつつ 杉大樹オホキ並む山のぼりゆく
 
 「折にふれて」
 初秋の空すみわたり雲の峯 ひざかりにそびゆ那須岳の辺ヘに
 
 弘前の秋はゆたけしりんごの実 小山田の園をあかくいろどる

 
 昭和五十三年
 
 「母」
*母宮のひろひたまへるまてばしひ 焼きていただけり秋のみそのに
 
 春はやく南風ハエふきたてて鳴神の とどろく夜なり雨ふりしきる
 
 「長野県の旅・繊維工業試験場にて」
 コンピューター入れて布地を織りなせる すすみたるわざに心ひかるる
 
 「中央線の車中にて」
 山やまの峯のたえまにはるけくも 富士は見えたり秋晴れの空
 
 「戸隠にて」
 秋ふけて緑すくなき森の中 ゆもとまゆみはあかくみのれり
 
 「高知県植樹祭」
 甫喜ケ峯みどり茂りてわざわひを ふせぐ守りになれとぞ思ふ
 
 昭和五十四年
 
 「丘」
*都井岬の丘のかたへに蘇鉄見ゆ ここは自生地の北限にして
 
 「明治村にて」
 人力車瓦斯燈などをここに見て なつかしみ思ふ明治の御代を
 
 「加江田渓谷にて」
 蘚むせる岩の谷間におひしげる あまたのしだは見つつたのしも
 
 「正倉院」
 遠つおやのいつき給へるかずかずの 正倉院のたからを見たり
 
 「甘橿丘にて」
 丘にたち歌をききつつ遠つおやの しろしめしたる世をししのびぬ
 
 「法隆寺」
 過ぎし日に炎をうけし法隆寺 たちなほれるをけふはきて見ぬ
 
 昭和五十五年
 
 「桜」
*紅クレナイのしだれざくらの大池に かげをうつして春ゆたかなり
 
 「成人式」
 初春におとなとなれる浩宮の たちまさりゆくおひたちいのる
 
 「須崎の春」
 朝風に白波たてりしかすがに 霞の中の伊豆の大島
 
 「明治神宮鎮座六十年にあたり明治天皇を偲びまつりて」
 外つ国の人もたたふるおほみうた いまさらにおもふむそぢのまつりに
 
 「伊勢神宮に参拝して」
 五月晴内外の宮にいのりけり 人びとのさちと世のたひらぎを
 
 「前同 賢島宝生の鼻」
 花の咲くそよごうばめがし生ひ茂り 浜辺の岡はこきみどりなり
 
 「栃木国民体育大会」
 とちの木の生ふる野山に若人は あがたのほまれをになひてきそふ
 
 「上二子山にて」
 岩かげにおほやましもつけ咲きにほふ ところどころのももいろの花
 
 「箒川のほとり滝岡にて」
 小雨ふる那須野が原を流れゆく 小川にすめるみやこたなごは
 
 昭和五十六年
 
 「音」
*伊豆の海のどかなりけり貝をとる 海人の磯笛の音のきこえて
 
 「春一番」
 南風ハエつよく雨もはげしき春のあらし ことしはおくれてやうやくきにけり
 
 須崎より帰りきにけるわが庭に はなあやめ咲けり梅雨寒のけふ
 
 「桃華楽堂にて沖縄の民謡と舞踊を見る」
 沖縄の昔の手ぶり子供らは しらべにあはせたくみにをどる
 
 「神戸ポートアイランド」
 めづらかにコンピューターにて動きゆく 電車に乗りぬここちよきかな
 
 伊香保山森の岩間に茂りたる しらねわらびのみどり目にしむ
 
 「大佛殿」
 いくたびか禍マガをうけたる大佛も たちなほりたり皆のさちとなれ
 
 「那須にて」
 野分の風ふきあれくるひ高原の 谷間のみちはとざされにけり
 
 「警視庁新館を見て」
 新しき館を見つつ警察の 世をまもるためのいたつきを思ふ
 
 「出光佐三逝く」
 国のためひとよつらぬき尽くしたる きみまた去りぬさびしと思ふ

 昭和五十七年
 
 「橋」
*ふじのみね雲間に見えて富士川の 橋わたる今の時の間惜しも
 
 さんしゅゆの花を見ながら公魚ワカサギと 菜の花漬を昼にたうべぬ
 
 わが庭のひとつばたごを見つつ思ふ 海のかなたの対馬の春を
 
 わが庭のそぞろありきも楽しからず わざはひ多き今の世を思へば
 
 八月ハヅキなる嵐はやみて夏の夜の 空に望月のかがやきにけり
 
 「日御碕にて」
 秋の果の碕ミサキの浜のみやしろに をろがみ祈る世のたひらぎを
 
 「行徳野鳥観察舎にて」
 秋ふくる行徳の海をみわたせば すずがもはむれて渚にいこふ
 
 「八丈島にて」
 暖かき八丈島の道ゆけば 西山そびゆふじの姿して
 
 住む人の幸いのりつつ三宅島の ゆたけき自然に見入りけるかな
 
 昭和五十八年
 
 「島」
*凪ぎわたる朝明アサケの海のかなたには ほのぼのかすむ伊豆の大島
 
 「気多神社の森」
 斧入らぬみやしろの森めづらかに からたちばなの生ふるを見たり
 
 「埼玉県の旅行 行田の足袋を思ふ」
 足袋はきて葉山の磯を調べたる むかしおもへばなつかしくして
 
 「那須にて」
 夏山のゆふくるる庭に白浜の きすげの花は涼しげにさく
 
 「同じく(那須にて)」
 秋くれどあつさはきびし生業ナリハヒの 人のよろこびきけばうれしも
 
 「同じく(那須にて)」
 ボーイスカウトのキャンプに加はりしときの話 浩宮よりききしことあり
 
 「上州の秋 二首のうち一首」
 そびえたる三つの遠山みえにけり かみつけの秋の野は晴れわたる
 
 「須崎の冬」
 冬空の月の光は冴えわたり あまねくてれり伊豆の海原
 
 「木俣修逝く」
 義宮に歌合せなどを教へくれし 君をおもへばかなしみつきず
 
 昭和五十九年
 
 「緑」
*潮ひきし須崎の浜の岩の面オモ みどりにしげるうすばあをのり
 
 「赤坂東宮御所にゆきて」
 桜の花さきさかる庭に東宮らと そぞろにゆけばたのしかりけり
 
 「ロサンゼルスオリンピック」
 外国トツクニびととををしくきそふ若人の 心はうれし勝ちにこだはらず
 
 「那須にて」
 石塀を走り渡れるにほんりすの すがたはいとし夏たけし朝
 
 「鴨川シーワールドにて」
 いと聡きばんどういるかとさかまたの ともにをどるはおもしろきかな
 
 「天鏡閣」
 むそぢ前に泊りし館の思出も ほとほときえぬ秋の日さびし
 
 昭和六十年
 
 「旅」
*遠つおやのしろしめしたる大和路の 歴史をしのびけふも旅ゆく
 
 はるとらのをま白き花の穂にいでて おもしろきかな筑波山の道
 
 「皇居のベニセイヨウサンザシ」
 夏庭に紅(クレナヰ)の花さきたるを イギリスの浩宮も見たるなるべし
 
 「熊本県にて」
 なつかしき雲仙岳と天草の 島はるかなり朝晴れに見つ
 
 「米子市にて」
 あまたなるいか釣り舟の漁火は 夜のうなばらにかがやきて見ゆ
 
 「後水尾天皇を偲びまつりて」
 建物も庭のもみぢもうつくしく 池にかげうつす修学院離宮
 
 「リニアモーターカーに乗りて」
 リニアモーターカーに初めて乗りぬ やや浮きてはやさわからねどここちよきなり

 
 昭和六十一年
 
 「水」
*須崎なる岡をながるる桜川の 水清くして海に入るなり
 
 沼原にからくも咲けるやなぎらんの 紅の花をはじめて見たり
 
 「両国の国技館」
 ふたたび来て見たるやかたのこの角力 さかんなるさまをよろこびにけり
 
 「山梨国民体育大会」
 晴れわたる秋の広場に人びとの よろこびみつる甲斐路国体
 
 (山梨県)
 斧入らぬ青木ヶ原のこの樹海 のちの世までもつたへらるべし
 
 (高松宮の病)
 うれはしき病となりし弟を おもひつつ秘めて那須に来にけり
 
 (前同)
 成宮に声たててなくほととぎす あはれにきこえ弟をおもふ
 
 「後藤光蔵元侍従武官の死去」
 知恵ひろくわきまへ深き軍人の まれなる君のきえしををしむ
 
 昭和六十二年
 
 「木」
*わが国のたちなほり来し年どしに あけぼのすぎの木はのびにけり
 
 「八月十五日」
 この年のこの日にもまた靖国の みやしろのことにうれひは深し
 
 「しるしの木にたぐへて兄弟のうへをよめる」
 わが庭の竹の林にみどり濃き 杉は生ふれど松梅はなき
 
 「高速船シーガルに乗りて」
 ひさしぶりかつをどりみて静かなる おほうなばらの船旅うれし
 
 (皇太子に国事行為の臨時代行をゆだねられる)
 秋なかば国のつとめを東宮に ゆづりてからだやすめけるかな
 
 思はざる病となりぬ沖縄を たづねて果さむつとめありしを
 
 国民に外つ国人も加はりて 見舞を寄せてくれたるうれし
 
 「酒井恒博士逝く」
 船にのりて相模の海にともにいでし 君去りゆきぬゆふべはさびし
 
 「木原均博士逝く」
 久くも小麦のことにいそしみし 君のきえしはかなしくもあるか
 
 昭和六十三年
 
 「車」
*国鉄の車にのりておほちちの 明治のみ世をおもひみにけり
 
 「伊豆須崎の春 三月」
 みわたせば春の夜の海うつくしく いかつり舟のひかりかがやく
 
 「道潅堀 七月」
 夏たけて堀のはちすの花みつつ ほとけのをしへおもふ朝かな
 
 「全国戦没者追悼式」
 やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるかきざしみゆれど
 
 「那須」
 あぶらぜみのこゑきかざるもえぞぜみと あかえぞぜみなく那須の山すずし
 
 「那須の秋の庭 九月」
 あかげらの叩く音するあさまだき 音たえてさびしうつりしならむ
 
 (治療にあたった医師への歌)
 くすしらの進みしわざにわれの身は おちつきにけりいたつきを思ふ
 
 昭和六十四年
 
 「晴」(歌会始のためにご準備された御製)
 空晴れてふりさけみれば那須岳は さやけくそびゆ高原のうへ


 
 昭和六十一年
 
 「水」
*須崎なる岡をながるる桜川の 水清くして海に入るなり
 
 沼原にからくも咲けるやなぎらんの 紅の花をはじめて見たり
 
 「両国の国技館」
 ふたたび来て見たるやかたのこの角力 さかんなるさまをよろこびにけり
 
 「山梨国民体育大会」
 晴れわたる秋の広場に人びとの よろこびみつる甲斐路国体
 
 (山梨県)
 斧入らぬ青木ヶ原のこの樹海 のちの世までもつたへらるべし
 
 (高松宮の病)
 うれはしき病となりし弟を おもひつつ秘めて那須に来にけり
 
 (前同)
 成宮に声たててなくほととぎす あはれにきこえ弟をおもふ
 
 「後藤光蔵元侍従武官の死去」
 知恵ひろくわきまへ深き軍人の まれなる君のきえしををしむ
 
 昭和六十二年
 
 「木」
*わが国のたちなほり来し年どしに あけぼのすぎの木はのびにけり
 
 「八月十五日」
 この年のこの日にもまた靖国の みやしろのことにうれひは深し
 
 「しるしの木にたぐへて兄弟のうへをよめる」
 わが庭の竹の林にみどり濃き 杉は生ふれど松梅はなき
 
 「高速船シーガルに乗りて」
 ひさしぶりかつをどりみて静かなる おほうなばらの船旅うれし
 
 (皇太子に国事行為の臨時代行をゆだねられる)
 秋なかば国のつとめを東宮に ゆづりてからだやすめけるかな
 
 思はざる病となりぬ沖縄を たづねて果さむつとめありしを
 
 国民に外つ国人も加はりて 見舞を寄せてくれたるうれし
 
 「酒井恒博士逝く」
 船にのりて相模の海にともにいでし 君去りゆきぬゆふべはさびし
 
 「木原均博士逝く」
 久くも小麦のことにいそしみし 君のきえしはかなしくもあるか
 
 昭和六十三年
 
 「車」
*国鉄の車にのりておほちちの 明治のみ世をおもひみにけり
 
 「伊豆須崎の春 三月」
 みわたせば春の夜の海うつくしく いかつり舟のひかりかがやく
 
 「道潅堀 七月」
 夏たけて堀のはちすの花みつつ ほとけのをしへおもふ朝かな
 
 「全国戦没者追悼式」
 やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるかきざしみゆれど
 
 「那須」
 あぶらぜみのこゑきかざるもえぞぜみと あかえぞぜみなく那須の山すずし
 
 「那須の秋の庭 九月」
 あかげらの叩く音するあさまだき 音たえてさびしうつりしならむ
 
 (治療にあたった医師への歌)
 くすしらの進みしわざにわれの身は おちつきにけりいたつきを思ふ
 
 昭和六十四年
 
 「晴」(歌会始のためにご準備された御製)
 空晴れてふりさけみれば那須岳は さやけくそびゆ高原のうへ



本性出ちゃいましたか。追記あります。



なんか。ものすごい「目」です。

本性、でちゃいましたね。

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ハレーションだとか、言われてもいるのですが。

指。


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こうたいしひでんか。

玉串が。

玉串が。

巨大な、その、その、巨大です、ほんとに。

ここまでアタマを下げればいいってもんでは、ないのでは、ヒデンカ。

・・ふふ。(KUONは意地悪)。

まさこさんは〇〇。


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いつも言うように、ご病気ならばヤユしません。

そうでないなら言わせてもらう、

この状態=具体的には、いかなる時も排尿の調節不可と見受けられる、この方を。

この度は右足付け根に「それ」がある・・。

本当に、祭祀王に、就かせるおつもりか。

まともな公人のつとめようと認め難いツマと。

娘さんについては、皇統とはまったく無関係ですので、この写真ではあえて述べませんが。






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お清めの塩。(と、お見立て下さい)。・・・・・




いつこ1460443515229

美智子さんの結婚式にあたり、

「もう日本も終わりだ」

と日記に記された、梨本宮伊都子さま。

もちろん、それは、ひどい意地悪、とのそしりを受けられました。

時代も何も違いますけど。

どのみち、生きる世界の異なる「こうぞく」って方なら。

こんな感じも・・・

あ、そうだ、このお方の、

日記の文章にも内容にも、「げぼん」の匂いは皆無です。

気取らず、ざっくりされていつつ、言うまでもない、げぼんでない。


げぼんはドボン、ですよね。納得。(笑)。



げぼん=下品。




回想の愛子さん


















愛子さん



京都に着いて、ひたすら手を振りながらニヤニヤ歩いている一家を、私は、見たのでした。

足の都合で敏速に動けなくて、ジャマになりたくない気持ちがあって、そこへ行けば一家に遭遇できるであろうと、橿原神宮駅方面でなく京都へ、行っていました。

一緒にいてくれたのは、あの人たちについてはほとんど何も知らず、関心も無い知人です。この機会にナマ雅子さんを見てみよう~とか、そんな感じで付き合ってくれたのでした。

そそくさと、両陛下などがお越しの時より圧倒的に大勢いたような「お迎え」の人群から抜け出て、車にのってまっしぐらに、自分の住まう町に戻りました。

ラーメン食べたいと彼女が言い出し、その時の気分にしてはこってりし過ぎのとんこつラーメンを頼み、彼女はほとんど食べず、私も、たくさん残してしまいました。

「あれが、雅子さんなの?」

そう、と答える。

「愛子さんって大丈夫なの?

難しい質問だ、と答えました。

「あの男が、もうすぐ絶対に、天皇になるって?」

私と彼女は、ラーメン店の主にごめんなさいを言って店を出て、コーヒーのもうか、止めとこか、と、送ってもらって別れて、面白いくらいに熱があがって来る予感がして、そんなことは生まれて初めての経験。

愛子さんは、違う愛子さんと、私は確信しました。証拠はありません。

にこやかに手を振っていました、身のこなしも、愛子さんのようではありませんでした。

皇太子は何かが抜けたような。

まさこさんは、防弾チョッキを着ていると噂される、みごとなボディラインをあからさまに、ぱっつんぱっつんの白衣裳教?。

私がヤラれたのは、愛子さんが、あの愛子さんでなかったから、だけではないです。

ナルヒト氏もまさこさんも。お付きの面々もSP各氏も。

み~~~~んな、当たり前に、何の不思議も無い顔をして、関西へおいでになった東宮ご一家、をに、ついていたり警護していたりしている、

そのことの、恐ろしさに。


それに。


もしもあの女の子が、愛子さん本人だったとしても。

東宮さんちの、内親王さんというだけのこと。

手を振らせてなんとする。

どの内親王さんだって、あんな風に手を振ったりなさらなかった。


これをのんだら眠れる、という薬を飲んで、汗びっしりかいて目覚めて、汗の後の始末を済ませて、あちこちのサイトを見せていただきました。

ご挨拶無しで頂いて来てしまった画像や、動画、どうぞお許しください、お借りしました。

今朝のワイドショーではさぞや、と、思いつつ、テレビを見る気はしなかった、のですが、どこかの局で、

「愛子さまが~」

と、やっていましたか?。

何のために参拝もしましたか、あの人たち。

全く何の意味も無い関西行だったではないですか。


帰宅の前に、何冊か週刊誌も買いこんで来ました。

新潮、文春は、もう、冷たい態度だなあと、思いました。また詳しく読みます。

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本当に、気品に満ち溢れた皇族がたで。

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ひでんか・・・

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私が見たのは、この愛子さんだったと思います。

にこやかでした、この前髪に、意味がおありでしたかしら。

午後の参拝  潔斎無し(いつもか)

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同じ日の愛子さんです(よね?)

表情がまったく異なる気がします。

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・ 0:23 -入口のところで愛子さんひとりお辞儀


・ 0:35でまた愛子さんひとりだけお辞儀


・ 玉ぐしは宮司さんが代わりに捧げている。

・0:50 顎 あご愛子さん・・・・





あくまで私の感じですが。

この動画の「愛子さん」は、期間の長短はわかりません、でも、バレエを習っていたことがある気がします。

ふとした身のこなしが、本来の愛子さんと違っています。

脚を前に出すとき(歩く時)の、足の感じに、それを感じます。

このたびの「初めての参拝」は、無理だった気がします。

無理、無駄、自爆。

今はここまでとさせていただきます。



コメントのお返事、ゆっくり書きたいのでお待ちくださいね!

今出川さん。

前回もそうでしたが、貴重な書き込みをありがとうございます。

後でまとめられるといいのですが。感謝します。


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しゃあしゃあと。



帰宅しました。

自分の体の都合に合わせて、車に乗せてもらって某所へ出向き、少しですが「見」ました。

愛子さんは、違う愛子さんだと思いました。

車で帰って来て、夏風邪なのか、見てはならない邪を見たせいなのか、熱が、いま順調に、上がり始めています。

おそろしい現実を見ました。

しゃあしゃあと、手を振っていました。

今日はこのまま休みます。

ご心配には及びません。こんなの平気です。

おそろしいことが平気で行われています。



参拝は2時半から。



朝からこんな↓ コメントをいただいております。

ありがとうございました。

情報でもありますので、表へ出させていただきました。

ありがとうございました。


>今日皇太子一家は1時半に駅に着いて2時半に神武天皇陵に参拝して3時の電車に乗るとか。

そんなこと可能です?

         (この部分削除しました)

>ていうか、そもそも参拝は朝にするものですよね。。


はい、、そうですね、

そもそも参拝は朝にするものです。

2時半とはまた、中途半端な。

参拝の30分後には電車に乗る。

へええええええええええええええ。

何らかの目論見の元、設定された、神武天皇陵参拝。かと思われる。

次代だよ、決定だよ、ごせんぞさんにもごホーコク・・・?

もくろみは、もしかして、パーになった、けど、参拝には来る、ってか。

朝の十時からお参拝ですよ、歯、磨いて顔洗って、と、どの愛子さんにだか、教えてあげなさいよ、とーぐー夫婦は。

何を報じられても、どうしようもない。

情けない。今更とも思うが、何度でも言う、廃太子、廃妃を。

愛子さんの捜索も、願いたいです。


取り急ぎ、アップさせていただきます。



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母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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