今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

ナルちゃんけんぽう?。

「ナルちゃん憲法」って。

現在五十代半ばの(なぜか)日本国皇太子が、浩宮と呼ばれていた時代のこと。

何もかもに新しい皇室を目指していた妃殿下・美智子さん・・いえ、言葉は正確に用うべし、ですね、主語は「美智子さん」ではありません。

 皇太子夫婦 は、日米修好100年年記念のお招きを受けて16日間の訪米旅行をすることになった。

その時ナルちゃんは生後七か月。

留守中、愛児ナルちゃんの面倒を見る方々のために、美智子さんが書き残した「メモ」が、その後に大反響を呼ぶ「ナルちゃん憲法」なるしろものです。

憲法。

美智子さん自身は、この呼び方、いたく気に入られたと思われます。

時代が時代ではあったし、マスで持ち上げて騒いで「何かステキ」な新しい感じ~、なものとしてバラまかれたそれは受け入れられ、目立つのも称えられるのも大好きで、そのためには這ってでも頑張ってしまうお人には、当時の世間の目は優しかったのか、と想像するのは容易なこと。

世間の全てとは申しませんが。

這ってでも、とか涙の決意、とかの文字に飾られた美智子さんの半生ですが、言うまでもなく這う、などなさいません、仕立て服なれど実態は同じパターンを用いての今や量産品、でもいっつも「おにゅー」。使い捨て着捨てでも、這うよりは安上がり、あんど楽ちん、で。

今上陛下を杖にする。


その「憲法」のすべてを読んだわけではありませんが、おおまかに、拾い出してみたいと思います。

二十代半ばの、 天まで思い上がった 生きるに未だ知恵を持たない一人の女性の洩らしたオコトバの数々です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


母親が不在でもいつもとかわらぬ生活を続けられるように。

人によって、またはときによってバラバラなしつけではいけない。

一定のきまりごとや一貫したものがなければ困る。

悪いことは悪いと厳しくしかってもらえるように。

こういった思いを主軸にしてあるようです。

なるほど。

第一子出産に先だって、美智子さんは、いや皇太子夫婦は


皇居御殿内の御産殿で出産される慣習を破り、皇居内の宮内庁病院での出産を望んだ。

皇族として初めての「母子手帳」も、母親の希望により渋谷区役所から交付を受けた。

母乳不足に備えて、慣例では二人の乳母を常時待機させていたのを廃止し、もし母乳が足りなければ一般家庭と同じように人工栄養で養育することを選んだ。など、大々的に「美智子さんの強い思い、意志、ご意向」を通しています。

この頃からそうだったんだ、なるほど。


美智子さんの夫は皇太子。美智子さんが生むのは皇太子の子。公人中の公人の立場なのですが、入内後、苛めに苛められたと仰るにしては、皇孫をもうける、という、妃なる立場の第一義務(あえてこう記します)の部分で、ものすごい特待を受けている気が、しますのです。

それだけではない、


美智子さん最大の改革は、専任の養育係を置かずに夫婦が直接、皇孫、いやそれより先に「にんげんナルちゃん、あきひとみちこカップルの愛児・ナルちゃん」の養育にあたるという、画期的なものだった。

昭和の御代までの皇室の習慣としては、幼児期には、しかるべき臣下のもとにあずけて養育されることになっていました。

>慣例をつぎつぎに打破、改革していくご夫妻のお考えは、広く国民にも共感をもって受け入れられました。

と、このフレーズのソースは、当時の週刊誌のあちらこちら、いろいろ。と申しましょう。

>美智子さまが作られた「ナルちゃん憲法」とは、以下のごときものだったのですね。


「コップに少しだけビンから注ぎ『ナーイにしてちょうだい』と言うと一生懸命飲んで『ナーイ』と見せてくれます。また少し足します。」

===子どもにできることの喜びを与える===

浩宮さまは生まれたばかりの頃牛乳が苦手でいらっしゃいました。食べ物の好き嫌いをなくすことが、子どもの心身の発達に大切だとお考えの美智子さまが取られたのが「ナーイ」作戦です。

コップにいっぱい牛乳を入れて、「さあ、これを飲みなさい。」と、子どもに強制すれば、子どもはそれを拒否して、ますます牛乳嫌いになってしまうでしょう。これくらいなら飲んでみようと、その気にさせたのが「ナーイ」作戦というわけです。

「食器がからにできると『ナーイ』と言って、とても自慢そうです。『ナーイ』になったら、たくさんほめてあげてください。」

子どもの達成感を大切にし、できることの喜びを教えていらっしゃることが分かります。

子どもに目標を与える際、目標は高くとは言っても、到底できそうもない目標では子どもはやる気をなくしてしまいます。また、目標が低すぎてもやる気をなくしてしまうので、目標を設定するのは難しいことです。

子どもによっても少し高い目の目標が適当な場合やかなり高い目の目標が適当な場合もありますので、日ごろから子どもと一緒に遊ぶ機会を多く持つなどして、子どものことをよく理解した上で、その子に合った目標を決めたいですね。

「お昼寝は今まで通りひとりで、夜はベッドのわきについてあげてください。ときどき手をのばしてあげると、手をいじりながら必ず寝ると思います。」

===自主性を育てる『ひとり寝』===

子どもの自立心を育てるために、美智子さまは、3人のお子さまご誕生直後から自分のお部屋でお休みになる習慣をつけられました。小さなお子さまのことですから、ひとり寝をたいへんさびしがられましたが、美智子さまはお休み時間には絵本を読んであげるというお約束で、お子さまたちを納得させられました。

それでも、時々、浩宮さまが、しくしく泣かれることがありましたが、決して誰かが飛んで行くということはありません。厳しいしつけだと思われた方もあるかと思いますが、皇子室の前で立ち尽くしたまま、耳をそばだてる美智子さまのお姿が何度も見られたということです。お辛かったのは、浩宮さま以上に美智子さまだったのでしょうね。

「聞き分けの練習が大切と思われますので、ナルちゃんなりに納得のいく説明をして、してよろしいこと、してはいけないことがわかるように教えてください。」

===子どもが納得するまで辛抱強く説明する===

相手がたとえ小さくても、かならず言って聞かせる、納得できるように説明してあげることを美智子さまは実践されました。これは苦手な方も多いのではないでしょうか。

時々、こんな言葉を耳にします。
「○○ちゃん、だめよ。そんなことしたら、××さんにしかられるでしょ。だから、やめなさい。」

××さんにしかられるからではなく、なぜだめなのかのきちんとした説明が必要なのです。子どもが納得するまで辛抱強く説明するのは容易なことではありません。しかし、子どもの将来を考えると、その場限りの言葉では意味がありません。たとえその時は時間がかかっても、長い目で子どものことを考えると、それは決して無駄な時間ではないのです。

「お居間にある灰皿や煙草入れは片付けて、見えないところに置くように、マッチは見ている人のある時は箱ごとあげてください。軸の先をなめないように。」

===危険を避けるだけが母親の役割ではない===

美智子さまは、危険なものでも、できるだけ触れたり遊んだりするように環境を整えられました。

危険なことはさせない、危険なところには行かない、危険なものは触らせないといったように、危険を避けることは難しいことではありません。しかし、全部取り上げてしまうと、そのものへの興味が奪われてしまいます。子どもの好奇心の芽を摘み取ってしまうことになります。子どもには、色々な体験をさせることがとても大切です。

こんな両陛下に育てられた浩宮さまの初等科時代のエピソードを少しご紹介したいと思います。


この部分の上下引用等は、

皇室ひょうろんかの松崎敏彌氏の著書「ナルちゃん憲法」と、幼児教育ガイドでいらっしゃる 上野 緑子氏のご記述を拝借しております。


 
○ご自分のお立場の自覚

社会勉強という目的で浜尾侍従に連れられてデパートに行った時のお話です。皇室では、普段は自由におもちゃを買ったりプレゼントをもらったりということが無いので、おねだりすることもできません。ご自分でお買い物ができるとこのときとばかりに、欲しかった怪獣事典をお買いになったのです。

御所に帰られてからもたいへんな喜びようで、
「ぼく、明日お友達に教えてあげるんだ。」と、繰り返されていました。翌日、朝食もそこそこに学校へ出かけられたのですが、教室で浩宮さまを一目見るなり、お友達が言ったのです。
「宮さま、昨日、デパートで怪獣事典買ったんだって?どんなの?」
浩宮さまは「えっ!」と言葉を呑み込んでしまわれました。
「どうして知ってるの?」とたずねると、
「だってテレビで見たもん。」という返事です。

浩宮さまは、話したくてたまらなかったことを先取りされてしまって、ずいぶんしょげておうちに帰られたということです。

僕のことはみんなが知っている。そんな自覚と重圧と責任感が芽生えたのはこのときからだったかもしれません。

美智子さまは、一般の子どもとしての浩宮さまの教育、将来天皇になられる浩宮さまの教育、そのバランスにいつも気を配っておられたということです。

○頑張り屋の浩宮さま

体育の授業で逆立ちをやらされた時のお話です。浩宮さまは苦手で、なかなかおできにならなかったそうです。そこで、御所にお帰りになると、毎晩ひとりお部屋にこもって逆立ちの練習を続けられました。

以来、逆立ちは得意中の得意となり、クラスでも一番になられました。お友達は宮さまの頑張り屋の一面をみて、びっくりしてしまったそうです。

○仲良しのご兄弟

陛下も美智子さまとともに、お子様たちの勉強をよくみていらっしゃいました。ある日のこと、宿題をしていなかった浩宮さまに陛下のカミナリが落ちました。
「きちんと学校の宿題をできない子は、廊下に立っていなさい。」
という陛下のお叱りのお言葉に、浩宮さまは遊戯室の前の廊下で立っていらっしゃいました。

そこへ、弟の礼宮さまが飛び出して来られ、兄ぎみをごらんになって、
「お兄ちゃま、アーヤもいっしょに立ってる。」
と、隣におたちになりました。この弟のかわいい励ましに元気が出てきた浩宮さまは、
「アーヤ、いっしょに歌を歌おうか。」と兄弟で合唱を始められたということです。

このなごやかな様子に、美智子様は思わず吹き出してしまわれ、
「なぜ、立たされているのかわからなくなってしまったわね。」
と、苦笑されたそうです。

子どもの頃の浩宮さまは努力家でしかも、伸び伸びと素直でやさしい子どもに成長されています。そして、現在の浩宮さまも、おやさしくそして強い心を持っていらっしゃいます。

ご婚約前の雅子さまに対して、
「皇室に入られるということには、いろいろな不安や心配がおありでしょうけれども、雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから。」
と、いうお言葉を掛けられたことは有名ですが、なんて強く優しいお言葉なのでしょうか。

今の浩宮さまがいらっしゃるのは、雅子さまと同じく、天皇皇后両陛下の“共育”と“育自”の賜物といえるのではないでしょうか。


なるほど。

理想的とも呼びうるような教育、躾を受けてお育ちの、皇太子殿下でいらっしゃるのですね。

ナルちゃん憲法。

発布より今に至る幾星霜。半世紀にわたる女帝陛下の独裁の御代は続いてしまいました。結果的にそのようです、ええ。

諸行無常。驕れるものは久しからず。何ごとも過ぎてからわかる。

       ひしひしと無情身に沁む母子(ははこ)像


すばらしい東宮様が育ちあがられたと、思うに如くなし。あったりまえじゃん。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あったりまえ? え? そうかな?・・・・・。



1459211492470.jpg

子は、思い通りに育つとは限りませんが。

1459201392875.jpg

(いろんなパターンの一人娘さんを伴っての、先日の静養のプロ夫婦の長野スキー行の際、車の後部シート、東宮殿下の定位置より、ご尊顔をのぞかせて下さいました折の、もったいなく有り難い画像です。おたたさまも、ご覧になったはずと思われます。)


いいことはいい、いけないことはいけない、と、ねえ。

ねえ?。

無情もへったくれもございません。

身内のゴタゴタは見たくない、早く早く、いいかげんにして下さい。

皇室らしい皇室を、返して下さい。





スポンサーサイト

いなくなってね。

26163.jpg


沢山コメントをありがとうございます。

今日は10時間くらい仕事しました、ありがたいことですが、ちゅかれました。。

お返事は明日、ゆっくりと書かせていただきます。


1459173711170.jpg


「画伯」さんの名画を、わがへたれブログにご招待できるなど、夢のようです。

あ~、先が楽しみです。


1459249244388.jpg


みなさまご機嫌よう、明日、お会いしませう。

(ふざけているのではありません、画像を入れられるようになって明るく浮かれているのです、あくまでまじめです、ホントです)。


雅子さんは早く早くいなくなって下さい。まじめに願っております。




違うんです。   お浄め画像追加しました。



おはようございます。

メカおんちのKUON、ブログに画像を貼りつけることができました(Jさま感謝・・)

元の画像をおつくりになった方にも感謝します。

気になっていたことを、書けます。


1459074174651.jpg

小学校に入学されて、両親と手をつないでおられた愛子さん(②番は愛子さんオリジナルと思う)、子どもらしくて可愛らしいと思います。

①番の、このお習字好きそうな「愛子さん」が、違っていた、と気づいた時はショックでした。

書がお好きで得意なら、そいうことを伸ばして行かれれば、楽しみでいいだろうなあ、と。嬉しい気持ちがありました。

おっとりと育って、いずれ降嫁されるのが、愛子さんの立場。お勉強はそこそこでも、と、まだ、皇室というものに、明るい感情を向けていた頃でした。

でも、耳の形というものは、そんなに変化しない。特に耳殻の様子は。

この子も違うのか、と、正直、悲しい気持ちがありました。

一番左の顎の発達した、この、どこの誰なのでしょうか、この者の耳は、愛子さんの耳と違う、アタマの形も顎の形も違う、髪の量も、愛想笑いができることも、他に、大きく違うと私が感じていることも、違います。

皇太子とそのツマと共に現れて、愛子さまと呼称されて、俳優の隣に座を占めて。

今年、この3月の「愛子さま」らしいですが。


1458863585736.jpg

上の二人も、映画館にあらわれた「愛子さん」と同じく、この3月に、とうぐう夫婦と共に人前に出現した「愛子さん」。

絵画鑑賞に現れた、ほっそりしたタイプのこの者、そして、8日の後に、春スキー静養とて、長野駅に出て来たこの者。

二人とも「愛子さん」だとのことです。

まさこと話をらしながら、階段を下りてくるという芸当を見せたこの、どこの誰かなのか、

1458976279633.jpg


この白いコートの者が、数日後には、またすっきりと細身の姿を、東京駅に現しました。

1458987829305.jpg

↑ 長野駅での白いコートのどなたかの、静養を終えての数日後の東京での姿です(だそうです)。

東宮家の内親王は、何人いるのでしょうか。

本当の愛子さんは、どうしておられるのでしょうか。

1431078882190.jpg

この美智子さんについて、やっと、思うことが書けます。

なんじゃこりゃー。

KUONの、心からの声です。

このお方は、「孫の愛子と戦争の話をした」と、去年、仰っていますが、

どの愛子さんと、そのようなことを、なさったのか。たいへん不思議なわたくしです。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お浄めです。

1458957944911.jpg







行きと帰りは別の子で



今日の~仕事はきつかった~

あとは~お布団に~もぐるだけ~

でしたのに。

なんじゃこりは。あ、日付が変わってしまいましたね。

どなたか説明をしてたもれ。

今日、ご静養を終えて長野を去った愚愚一家。帰らなくてもよかったのに帰京した。

マリリン・モンローは「ノー・リターン・リバー」

ナルさの顔色、むくみは「ノー・タリーン・レバー」

ボクだけ実は逃亡したい、ボクはじつは悪くなんかないです、巻き込まれただけなんです、なんちゃって、てな、おかしな表情です。画像をお示しできないのが本当に申し訳ないです。

マサべえは、笑顔もどき般若フェイスで、ここまで来たら逃がさへんでぇ、あんただけではぁ、ってな執念のいろ禍禍しく、がしっとシッポつかんどくでぇ、の、赤ちゃんなら見せたらひきつけ起こしそうな。いや、KUONの私感です、おそらく。

週末土曜日の駅や道路を閉鎖して。

おつむにのっけたナス・ヘタ帽子が際立って変でも、なぜだかダブルの打ち合わせの着丈長めのジャケットがチョーすっごく変でも、本人の変さには負けます、でも、たとえナルさが、ブリキでできた漫才師みたいでも。

まさべえがまあ、形容のしがたい、まあつまり、まさこらしくても。もうどっちでも何でもいい、けど。

長野の駅(?)にいる愛子さん、春の彼岸も過ぎたのにダウンのコート着て。

ずっと洗ってもらえないでいる、かつては白かったはずの犬、みたいな色のダウンのコート、中身は詰まっている様子ですが、ダウンのせいか、ダウンのせいという設定のつもりか。アホやな、ばれてるのに。

姿勢は前傾気味、が、長野の愛子さんでしたね。帰りの長野ね、行きはまた別のようですね。私感ですこれはね。

太ましくおられます。

数時間後なのか、東京駅の愛子さんは、おそらく先日の映画鑑賞の日の愛子さん。

電車の中で一気に何キロ減量したのかな。スリム愛子さんで、コート無し。華奢な愛子さん。

コート無しで、ショルダーバッグ下げて、顎あげて歩いてる。このバージョンの彼女は、今ではとーぐー夫婦を無言でドーカツできるくらいの「タマ」とお見受けします。目つきが、何とも。私感です、私感、でも当たってる、きっと。

このほっそりバージョン愛子さんには、特徴があるのですが、言わないワタシ。言わないけど、すぐに判る。

とにかく。

出発時の愛子さんじゃない。

まったくの別人であろう。

行きと帰りで、愚愚夫婦と一緒にいる「ないしんのう」さんが、別人。

別人です。このこと、この国の、あのあたりではみな、暗黙の了解とか、聞きもしますが。

とるに足りないミジンコではございましても、ワタシ了解できておりません。

ここまで派手なことやらかす訳を、知りたいです。

何人の愛子さんを連れて、長野へ行って、何をしていたのか。

もしかして、愛子さん当てっこゲームなのか。

もっともしかして、誰かもう、バラして、なのか。まさかね。




ジャムのかなしみ三 託せません!。


     漢(をとこ)現る      または  ジャムのかなしみ  三


         言わせない私が恵まれてるなんて だって夫はこうたいしろよ

                      何茶手くおん  代わりて詠めり



入って来たのは3人です。

大きい女の人と、大きい女の子と、小さい男の人です。

のっぽん国のこーたいしろだ。ひでぇんかだ。むすめだ。周囲がざわざわしました。

フロアに入って3人は、あたりをぐるっと見回しました。

両手を揃えてじっと頭を下げたままの店員たちの姿は見えないように、ひでぇんかとむすめは歩き回って、娘はいきなりナッツの大きな缶に手を伸ばし、つかめなくて落としてしまい、そのままうつむいて、落ちた缶をじいっと、見ています。

おばさんはダハハっと大きな声で笑うと、新しい缶を取ればいいのよ、バイコはそれが欲しかったの? なんで? 歯が弱いから食べられないじゃないの、とぽんぽん言いました。男の人が、食べたこと無いから食べたかったのかな、たはは、と、空気が抜けたみたいな顔で笑って、でも、むすめさんが落とした缶はそのままです。店員の一人が、どうしようかモジモジしているのを見て、おばさんは、

落としたものなんか荷物に入れないでよ、と、眉のところをぎゅううっとしかめて太い筋を作って憎らしそうに言いつけて、自分はチーズの塊を掴みあげました。両手でガバッと三つ掴んで、重さを確かめて、二つをどすんと戻しました。

これにするわ。おばさん・・ひでぇんかは、後ろにいる人に渡そうとして、腕だけ後ろへ回して、あれ、という感じでやっと、首も回しました。

「お付きの皆さま方はフロアの外に移動していただきました」

さっき棚の長老、じいさまが「SP」だ、とつぶやいた中の一人。黒い服を着て手足が長くて固そうな体の男の人が、サッと3人の前に立って、小さい男の人・・・ええと、こうたいしろ? を、見下ろして言いました。

「この地下は封鎖されました。誰も入ることは出来ません」

勝手に出ることも出来ません。静かに言いました。

え。え? と、こうたいしろは、笑うみたいな困ったみたいな顔になって、両手を、ポケットのあたりでパタパタさせました。誰かを振り向いたけれど、そこにいて欲しい誰かはいないようです。そ。それは。慌てながら笑っています。

「それは予定に無かったですね。呆宮職からは聞いておりませんよ。わたしの一家は、オホン、ここで、ザ、ザツコとバイコの欲しがるものを、買い物をして、ですね、それから、とうと御苑へ移動して、交通規制はかかっているはずですから時間通りにね、着きますから、あちらのご家族にはご迷惑をおかけしない手筈です、バイコのお友達でいらっしゃいますのでね、不快な思いはさせられませんよ、私どもは。あ」

突然こうたいしろは、全身の動きをピタッと止めました。

どうも、大きいおばさんに、脚かどこか、蹴られたみたいです。でも笑った顔のままです。

もう一度、手を、両方、パタパタさせて、それが自分流の合図なのでしょうか、また話し始めました。

「あの。とうと御苑と申しますのは、両陛下であるワタシの両親も実は好みであらしゃります、ちうか料理の名店ですよ、この店も、お住まいから地下通路でつなげてあるのですよ、いっぱんの者どもには知らせてはおりませんけれどもね、こんなことは、訳知らずの者たちの、鵜の目鷹の目の雑音の元になるばかり、五月蠅いですkらね、まったくもう。で、あの雑音を、私の母は、ひどく疎ましがるのですよ、ええ、。オホン。ご存じですか、そこをね、はいツマのヒイキのとうと御苑ね、今日は全館貸切で、抑えてあるのです。ざ、ざつこの、私のツマのお身内の、方々も、同時にお集まりの予定でして、あ、そこへ、ええ、ここのシオッピングの後に参りまして、ね、娘の友人のご両親がたと、私の、この私のね、こうたいしろ殿下の、ご生誕祝いのランチをする予定なのです」

「酒も、いいのを言いつけてあるのですからね。ふふん。これくらいが、自由の無いボクたちの、数少ない楽しみですよ、やれやれ」。

こうたいしろって言う名の人は、でへへと、口の横を手で拭きました。ポケットのあたりでその手を拭きました。

ああだから、手をぱたぱたさせて、服に付いたよだれを、乾かすのね。と。ジャムは納得しました。

その時、あ。娘の、バイコというらしい女の子が、じいいっと棚を見ていた視線を、こうたいしろにゆっくりと向けました。

こうたいしろは、自分のずっと上の方にあるSPの顔を、見上げながら話していたのが、反応が無いのでおかしいなあ、と感じていたのか、やや不機嫌に、でもやっぱり「何なんだよお、このボクがしゃべってあげたのにぃ」。笑っていながらブツブツつぶやいて、娘の方を見て、

「ちこくだめぱぱ」

バイコさんが言うのに、首をコクコクして、にまにま頷いて、

「そうね、そうね、バイちゃん、パパは遅刻はしないのよ、エライでしょう」

いっしゅん、鼻の穴がびっくりするくらいかぱっと開いて、ものすっごくエラソウな顔になったのでびっくりしました、でも、すぐに、バイコさんに

「ジャムが欲しかったのでしょう。あそこにあるから、欲しいモノ幾つでも取っておいで」

言うからジャムは、震え上がりました。ジャムって。

あの、あそこにいる女の子が、私を買うの? 。

「どれだけでもお選びなさい、バイコが自分で何か欲しがるなんてめったに無いものね、、いいね」

にっこにこのこうたいしろに、バイコさんは、

「ちこくだめ」

にらみつけるみたいにじっと、どこかを見ているだけです。動きません。でも、傍にいるおばさん・・・ひでぇんかが

「まぁたぁジャムなの。ちっとしか入ってないじゃないの、あのジャム。瓶が重いばかりで、中身は指で二回くらいすくったら、もう、無くなるのよ、何かどっか、不正なジャムじゃないかと疑っちゃうわ」

みたん園のご主人や皆さんが聞いたらどんなに、とハラハラするジャムの気持ちなんか関係ないおばさんは、

「でも、ラクコたちは美味しいとか言ってたし、買おうかしらぁ、1、2ダースほど買ってアレのお礼に渡しとけばいいか・・・・・あら」

あらぁ?。

ゆっくりとジャムの方へ寄って来ようとした娘バイコさんが、優しい感じにではあっても、SPにしっかりストップをかけられるのを見ると、おばさんは急に、ものすごく恐ろしい顔になりました。何をするのっと、吼えました。固そうな体のSPが、今日はお話を聞いていただきます、と言いました。固い声でした。おばさんはこーたいしろに、

「何を言ってるの、このこれ、何のつもりなの、この私に。こんなモノを私は寄せ付けないわよ、こーゆーのをはねのけるのがSPじゃないの、なんでこれいるの、ここに、何するの、これ、いいかげんにさせなさいよ。何なのこれ、何? はあ?私を誰だと思ってる? ショッピングに来てこんな目に遭うのどうして? なんで邪魔されるの? 何とかしなさいよオトーサン。」

黙らせろ、放り出せ、と大声を出すおばさんは、もしかしたら、おじさんなのではなかろうか。

世間をまだ知らないジャムは、身動きできないまま、固まっているのです。ビンの中で固まっています 。

何とかしろ、早く。ぎぎっ。

こうたいしろは、奥さんらしいおばさん・・もしかしておじさん? に、ぎぎっと睨まれて、両手を猛スピードでパタパタパタ、うんうんうなずいてからSPを見上げて

「あの、あのうです、よく分からないのですが話は私が伺います、妻と娘を、まずはどこかへ座らせてやって下さい、妻は身分が高貴になりましてから体が弱くなりまして、いや、これは自己申告というものらしくて実はボクにもわからないんだけどね」

うんうん、ぱたぱた。

「ボク、わたし、何もわからない気がするんですけどね」

へらへらぱたぱた。

「とにかく私も父も、苦手なことがこういった」

ぱたぱたぱたぱた。

「怒鳴られたりねちこられたり・・父の場合は主にねちこい方でやられておられますが、私の方は、日替わり時変わりで体調の変化がありまして、そこをうまく理解ということをして、やさしく取り持たないと、ですね」

こうたいしろ、ぱたぱた止めて・・蹴りが入ってケリが・・一瞬、静止画面。

「怖いのです、非常に怖い、オソロシイ、いや誤解しないで下さい、私の責任にしないでいただきたいのですよ、そこよろしくね、あくまで、体調が怖いのですよ、ツマは病人なのです、ジコチューとかわがままだとか、親父化などではないのですよもちろん、それで、えと、配慮を要求します」

ぴしっと立ちなおして、両腕をずぼんの側面に添わせて、バリっと立ったこうたいしろ。

「配慮して下さいナガシメさん」

「本日の警護担当締め官はナガシメ氏ではございません、殿下」

「え? そう?」

「のっぽん国のこうたいしろ殿下を警備する者の顔をも、お覚えでないのですね、こうたいしろ」

ぎろっと見降ろされて、へ? と三歳児になるオトーサン。

「オトーサン!」

「はっ」

おばさんにどつかれて、こうたいしろは、いいい椅子を、お二人に、と要求します。

なんやあいつ、ヘタレやなあと、お好み焼きの粉、が、ふふんと笑います。後ろの方で見えないけど、言葉でジャムにも解りました。

「ここでは椅子をご用意できません」

SPの声に、なになのよ、と、きいっと、おばさん・・・ひでぇんかの声。

「僭越ながらひでぇんか、あなた様は直立にお慣れになられるがよろしいと存じます。このまま現在のお立場でおられるおつもりなら、いささかの間を、直立して過ごされる鍛錬は必定」

SPの言うことは難しくなって来ていますが、ジャムには、そうだそうだと背後で重なる声が、その通りのように思えます。

「1時間の間も立ってお過ごしになれないなら、私がいま申しますごとく、そのお立場から去られるがよろしい」

「はああああああああああ?」

「いいとこ取りは人間としての恥。この世のすべては表裏で一体、ひでぇんかと尊称を奉られる御身にてあらせられれば、その名にふさうお振る舞いを」

「わたしはひでぇんかよ」

「はい、さようであります、あなた様はのっぽん国のこうたいしろ殿下のひでぇんか。アタマの中は空っぽであろうと酢が立っていようと、白蟻に食い荒らされていらっしゃいましょうとも」

「わるくち言ってる? ワタシに?」

尋ねるおばさんに、悪口ではございません。きっぱり応じる体の固そうな人。

立派です。ジャムは立派と思います。

「大切な場に限らず、かじゅあるな場面ですら、立っておられるさえが無理。入内なされてより幾星霜、その間なにも学ばれず修練お積みの様子うかがえず、盗宮殿下に対しては不遜千万の落第妃、ひたすら自らの欲望の使徒となり果ててお子さまのまっとうなるご養育を放棄放擲、国の一翼の支えとなるなど望むも詮無きクソ加減。儀式のイロハさえ為し難きあなた様のごときお方は、本来ならば最後の貴賓としてのおんありよう、自らお退きになるが自他ともに鑑みれば望ましいのは火を見るより明らか。ただそれのみを申し上げたいがため、かかるごとき場を設定いたしました。

御身方にのっぽん国の未来は託せません。断固、無理だと申し上げます。願うはただ一事のみ。お退きいただきたい」


フロアの中は、しーんと静まり返っています。気がついてみれば、大小3人の一家とSPたちの他に、そこには誰もいません。

「オトーサン!」

やがておばさんの大きな声が響きました。

「あんた。ダル。だから今朝、電話の充電切れてたの、何とかしておくべきだったのよ、連絡も何も、取れないじゃないのこんな時に」

「え。だだだだって、今日はずっと一緒にいるから、大丈夫と、それに警護がついてるし・・・」

「その警護にやられてるんじゃないの、今は! バカっ すっとこどっこい、鼻かんで〇ねよ、おめえみたいな使えない〇びは!」

「え・ちょっと、ザザザザザツコ、人前でそこまで、そんな」

「人前でだって、あんたの〇さなんかバレてるわ」

ひでぇんかのひでぇのも、な。声は、ジャムの背後から聞こえて来ました。ククク。フロアの食品たちの、音にならない忍び笑いがあちこちから感じられます。笑っていいんだ。ジャムは安心しました。

でも、わはは、とは笑えません。ジャムだもの。

ああの、ザツコさん、携帯借りてあげましょうか? ん? こうたいしろの手はパタパタ。

「かけるところ、ありますのですか?」

「あなたにはかけるとこ無いでしょうけど、私には電話の相手はいっぱいいるのよ」

「えええ。でででも、今日は朝から親子で、玄関で写真は・・あ、撮らせてませんね今日は、ほら、ずっと一緒だから電話要らないかって、ワタシ充電できないの、知ってるじゃないですかもう、はは、あなただって、ザツコだって、今日はチーズ買うって、それで、ジャイアント君のご家族と、とうと御苑でランチで、お茶までずれてゆっくりして、夜はお義父様たちと、御苑の隣のらんらん亭で、メンバーそのままで河岸変えて、水入らずでゆっくり、ああそうでしたビジネスの話もあるってことで、・・・その予定だったから」

「言い訳はもういい、言い訳ばっかりあなたって。こんなところでこんな目に遭って、何の役にも立たない人なんか」

・・・おばさんが、こうたいしろを怒鳴りつけている傍で、

お別れになる手もございますね。静かに固い声の人が息を吐きました。

「でんかの方から、切れる話は出せますまい。赤子にもわかる道理でございます。一生かけてお守り、なんぞと、言わせてしまわれましたのですからね。言質をとられてしまわれた、あっさりと、公の席で、あほうみたいでしたね、あんなこと仰ったのですか?」

「え? わたし? 何を申し上げた?」

「いや、けっこうです、とにかく手も脚も出ないと言うのはあのごとき言質。世上の男ならば術もあった、が、ご身分お立場もございましたゆえ。しかし。

ひでぇんかが、人目はばかることも無くこうたいしろ殿下を罵倒なさる。由々しきことにてございます。それほどまでにご不満ならば、と、私どもは」

黙りなさい!。ひでぇんかは今度はSPを怒鳴りつけます。他に沢山いるSP・・・なのかしら?・・・は、ぐるうりと周囲を囲んでいるばかりで、何も言わず動かず。息もしていないように見えます。ただ、ここから出しませんバリヤーは、すごい。と、ジャムにもわかってしまうくらい。

「黙りなさいよ、あなた。名前教えなさい名札見せなさい。どこの警備会社? あいこくゆうじ? 変な名前。顔、お面かぶってるのそれ、人間の顔?。あ、顔のことはまあ、でも何の権利があってこんな。この私を」

「何の権利をも有しません。そう申せばそうであり、私にはどんなことも出来ないと言うことは無い、とも、申せましょう」

「はあ? 何言ってるの? 」

「ご利発なひでぇんかには解っていただけませんか」

「とにかく私はここを出ますよ。私が利発なんて当たり前のお世辞は不要です、もうずいぶん時間も経っています。デパートの開店時間過ぎていると思いますわ。客も文句を言い始めているでしょうし、まあそんなことはどうでもいい、国民たちは待って行列して何でもすればいいのよ。私がそう言うのだからそうなの、だって私たちは、盗宮夫妻なのよ、日本一の人たちなの、客などはいい、私たちはまもられるべき存在なの、ですからバイコにだって20人、人を付けてある。今だって50人ほどが、私と殿下を待機しているわ、あれら、何か不審なことがあれば動く、で、私たちが雇っているくっきょうの者たちが、踏み込んで来ることになってます。すぐに全員、逮捕されましてよ。こんなことして。新聞だって黙っておりません、週刊誌もテレビも、すべてどこも、私の・・・ワタシの父を敬愛して止まない。。。息がかかってるっていうの? それ、ちょっとイヤな気もしますけどっていうか、うち皆、臭い関係がどうも・・まあそのあたりはワタクシ、人品を自ずから下げる言動は慎みたいと思いますのですけれど、とにかく、黙っちゃいないわよ、解ってるの、解ってやってるわけぇ?」

ジロリと横目で、固そうな体のSPを眺めておばさんは、ふん、と鼻を鳴らしました。

娘は横で、ちこくだめ、と、繰り返しながら父親のスーツの裾を引っ張っています。ランチとやらには、よほど待たせたくない誰かが呼んであるようです。ジャムにはわからないせかいです。

娘の肩を抱くようにぽんぽん叩きながらこうたいしろは、おばさんを見、SPを見、ちろちろ目を泳がせながら、じっと、まっすぐ立ったままです。


               続きます。きっぱり。

外道ぶりブレませず。


皇太子ご一家、長野で静養 スキー楽しむ予定 2016/3/22 19:13


皇太子ご一家、長野で静養 スキー楽しむ予定 皇太子ご一家は22日、静養のため北陸新幹線で長野県に入られた。学習院女子中等科2年の愛子さまは春休み中で、ご一家は県北部のホテルに数日間滞在してスキーを楽しむ予定となっている。
 雅子さまは療養生活が続いており、宮内庁東宮職は「現地での静かな環境を確保するため」として、具体的な滞在先や期間を報道しないよう要請している。
 ご一家は22日夕にJR長野駅に到着。駅前に集まった市民ら約200人が旗を持つなどして出迎えると、皇太子さまや雅子さまが笑顔で手を振って応えた。白いコートに身を包んだ愛子さまも「いってらっしゃい」と声を掛けられると、会釈して車に乗り込んだ。



夕方ラッシュ時の駅や道路を自分たちの遊びのために止めたり閉じたり、あいかわらずの外道ぶり。ブレられません。

飛行機飛べなくなったり地震もあったり、そんなのカンケー無い、そうですね。

ちなみに、本日の愛子さんは、ほっぺたふくらんで骨格もたくましい、ぱぱの背丈を越えそうなどっしりタイプの愛子さんだったようです。三人並んでいる公開写真では。


宮内庁東宮職は

「現地での静かな環境を確保するため」として、具体的な滞在先や期間を報道しないよう要請している。


報道規制かけましたと、書いてありますのですね。何の権利でこんなことするやら出来るやら。





ジャムのかなしみ  二



   ざつこちゃんのはんもん 「その前日」のザツコちゃん

          「シモジモよ黙し働き納税しわが静養を見守りなさい」

   しもじもよ もだし はたらき のうぜいし わがせいようを みまもりなさい

                  何茶手くおん 代わりて詠めり


・・・けさもおきられなかった。

あついカーテンをおろしたへやの、ダブルサイズでよういされた、しかしずっとひとりでつかっているベッドの上で、ざつこちゃんはめざめました。

おきられなかったんじゃない。ざつこちゃんは、口の端の裂けそうな巨大なあくびをしながら、みぎてをのばして、サイドテーブルの上にあるはずのタバコのはこをもとめました。ゆびのかるくふれたそれは、あっけなくくうをまってゆかにおちて、カサリというおともたてませんでした。

からだったのか。したうちしたいかんじょうがわきあがってきます。

めざめのタバコのはこが、からっぽだなんて。こんなにきぶんのわるいことはありません。

すでにざつこちゃんの、きょうの「ふきげん」は、ちゃっかてんにたっしはじめているようです。
    

(作者・註・・・この回のこの部分以降は漢字交じり文に移行します。ついでに文体も変わるかも知れません、ザツコの基地外度は変化なしです。)

掛け布団を跳ね除けて雑子は床に下りた。昨夜の服装のままだ。布団に籠っていた雑子の体臭がもわあっと立ちのぼる。顔をそむけてやり過ごす。この部屋は広い、そして臭いなんかはすぐに慣れる。あいつのではないし。

夜更けまでネットあさりを止められない。ものすごい言葉で罵られ笑われている、この国の跡継ぎの妃殿下が、自分のことだとは受け取っていない。なぜなら、すべて何もかもが、嘘で捏造で言いがかりだからだ。そうなのだ。ワタシハアンナオンナジャナイ、読んで腹が立っても、自分のこと、では、ない、か、ら。勝手に言っていればいい。

身の程知らずの愚民どもが騒いでいるのだ、妬んで羨んでいるのだ、私のすべてに。私は、気取ったシャナシャナ声でもの言ったり、機嫌が悪いとドスをきかせて何時間でも相手の神経をひっかき続ける、あの自分大好き女。不平や不満ばっかりのくせに格好つけていい人ぶるから、ストレスの固まりになって買い物依存にはまっている、あの。同じ靴を100足も持って、まだ欲しがっているもっと欲求がひどくなっている、あの、夫の母親の、平べったくて巨大なおしりに、ぺったんこに敷かれてしまっている義父より、エラい。あの義父より私は上にいる。あの夫婦の大事な長男を、私は、蹴ってやることもできる、ドアにぶっつけてタンコブ作ってやった、無視したおして不安にさせて、泣かせてもやった。親なんてちょろいもの。こんな私の力を。

やっかんでいるのだネット民は。

ふん下らない。

毎晩同じような想念の中で雑子は、いらいらとタバコを吸い続け、口中が粘ったりイガイガして来ると、不快感を消したくて炭酸水を飲む。

炭酸が口の中をシュワシュワしてのどの方へ落ちて行く感覚に、ひととき、すっきりする。部屋の中の冷蔵庫には、必ず毎日ぎっちりと、好みのドリンク類を用意させておく。満タンのドリンク缶を眺める時、

「身分が高いってこういうことだわ、きっと」

そんな高揚感ににんまりすることもある。

しかしタバコが無い。。

・・・あ、そうだ。ティテーブルに視線を飛ばすと、あった、まだ半分ほどの残量を示す厚みを保っている愛用の煙草の箱が。

ホッとしてソファに体を預け、一本、火をつける。雑子は煙草を手放せない。初めての一本は、初めての男が教えた。顔が好みだと思った、何もかもにまだ、慣れていなかった。隠れて、タバコやあんなことを、ぎごちなくする、それだけで大事件のように思えた、でもすぐに失敗だったと思い知らされ、離されてしまった、あの時には親たちは、雑子のことだけを考えてくれた気がする。

転居した街には、いろんなタイプの男たちがいた。みな、にこにこと寄って来て、煙草やお酒やベッドのことを楽しみ、当初は控えめにもしていた雑子が、馴染んで親しんだ頃に、つれなく離れて行った。

・・・朝、ぼんやりと覚醒しきっていない頭の中で、過去のことをあれこれたぐっていると、自らの現在をフッと忘れていることがある。

起きられないのではない。起きたくないのだ。起き出してみたって何の変化があるわけでもない。

退屈な日常があるだけ。延々と続くだけ。

単に退屈なのではない。どこかでいつも追い立てられているような、自分を横目で監視する冷たい視線にさらされているような、どすんと重苦しい退屈。

静かにゆっくり「退屈」させてくれるような、あたたかい退屈では無い。

胃が、キリキリするような不快な退屈。

・・男たちといる時間は良かった。いつだって、始まって数か月ほどは、ひと月くらいは、いわば蜜月。濃い時間が自分を覆ってくれたものだった。

最後は薄情に去って行ったとしても、思い出は、悪いものばかりではない。楽しいこともあった、あの男も、そして、次に夢中になったあの男も・・・目の焦点を、無理に合わせようとしないで、薄暗い室内にたゆとう煙を感じている、こんな時間が、嫌いなばかりではない。他に、大して楽しい思い出も無い。雑子に友達はいなかった。

自分を、男が、求めていた時期だってあったのだ。優しそうな言葉も親しそうな身振りも、あった、過去には。


確かに目覚めていて、確かに現実ではあるが、この部屋に一人でいる限り、自分を脅かすものたちは、近づいて来ない。

みんなみんな、大嫌いなものが多すぎる。ドアの向こうのすべてが耐え難い日が、雑子にはある。毎日がそうだとも、言える。


2本の煙草を喫い終えて、コーヒーが欲しいと思った、人を呼ぶリンに触れようとした、その時。

ドアに、遠慮がちなノックの音が響いた。

バイコだ。バイコのノックだ。力のない、おもねるようなノック。

どうしてバイコがこの時間、家にいるのだろう。雑子は、アタマと目玉を、同時にぐるぐるさせた。

学校へ行きそびれて、家の中にいることはある、だが、この部屋に来るとは。

日曜日なのか・・・。

日曜日にはあの子は、家にいる。たぶん一人でいる。時には半日、ノートに文字を書き写しているらしい。係の者がそう報告していた。

何十枚も習字を重ねていることもある。あった。そういう風な撮影の場を設定して、楽しそうにその場をやってのけた子を、見降ろしていたシーンの記憶も、そうだった、あったっけ、そんな時は手がかからなくていいのだが、何をしていたってかまわないのだが、こんな風に自分の部屋をノックして来たりされると・・・

イラつく気持ちのままに雑子は、目の前のテーブルを、ライターの角で叩いた。強くたたいて、入ってもいいと、音によって許可を与えた。

やはりバイコだった。目を伏せて入って来る。からだを横にユラユラさせながら。この子は、母親である自分の前に出ると、体の硬直感や揺れ感が増す。雑子にはそれも、忌まわしい気がする。

アカンボウノコロカラジブンヲミナイコダッタ。

なつかなかった。養育係にぴったり添っていた時期もあった。甲高い笑い声を立てて、喜んで相手をさせていた、あんな姿は見たくないのだ。見せつけられると気持ちがザラつく。止めさせてやった。バイコが伸ばす手を、きゅっと握りしめて、一瞬泣き顔になって、これ見よがしに走り出て行った。

勘違いしてはいけない。バイコはつまりプリンセス。いずれ父親の跡を譲り受ける人間。高貴な身分なのよ。やとわれている人間が、プリンセスに対して親身過ぎる扱いをするなど、出過ぎたマネだわ。

すべて何もかもバイコには、与えてある。溢れかえるほど、与えてある。世話する手だって、いつだって充分に。

バイコの父親は、母親が世話係に「日に一度は抱きしめてあげて下さい」など言って、守らせて、育ったとか。

あの顔があの顔に、そんなこと言ったって、今でも並べて見ていると、噴き出しそう。どうしてって聞かれても答えられないけど・・・噴き出しそうになる、雑子は。


部屋に入って来たバイコは、揺れながらじっと立っている。先日買ったワンピースを着け、髪をきれいに束ねられて、小奇麗な身なりである。

昨日は美容師が来ていたのか。知らなかった。命じておいた形にカットされている。バイコの美容師には人を通して言いつけて、流行を取り入れてやっている。

主に前髪の問題なのだが、夫はしばしば、もう少し短めにしてあげたら、などと、わかりもしない癖に口を出す。髪が目に入るんじゃないの、とか。

バイコが、父親のそんな態度に、うつむいて嬉しげにうなずいたりするのが視界の隅に入ったりすると、雑子は無性に腹が立つ。癇に障る。

お前に、何がわかるというのだ。夫をなじってやりたい衝動に駆られる。実際に、なじる。我慢してはいけないのが雑子の病気なのだ。言いたいことは即時に出す。もちろん我慢などする気も無い。言ってやる、怒鳴りつけてやる、わめいてやる。

アレがそこにいれば。

バイコのことが。バイコの髪型や服装やアクセサリーや靴やバッグのことが、いったい、お前に、何がわかると言うのだ。

服や靴のことばかりではない、何をしてもどうしても、すべて、私が悪いとされるのに、そんなことが本当にはわかってもいないのに。

いちいちこれがあれがとは言わない、が、すべて悪いのは私。そうされてしまう。バイコのママ友が教えてくれるように、妹がアドバイスしてくれるように、バイコを思うあまりにしてやることの、総てを、自分は、拒否されている。その苛立たしさを、どうすることもできない。

怒鳴りつければ夫は黙る。懲りないでまた、口を出して来る。懲りないのだ、あの男は。形状記憶合金とでもいうのか、いったん表情が歪んでも悲しげに揺らいでも、瞬時に元に戻る。

笑顔に。

うなづく表情に。

最終的には、あっはっはと破顔していれば生きて行けると思い込んでいる。もう幾つかの表情のパターンも持っていて、とっかえひっかえでやって行けている。

怒った顔を、雑子に向けたことは、無い。バイコにも。

感謝するようなことか? いいや、単にそういうこと。イライラするだけ、そういうことも。

なにもわかっちゃいない癖に。腹の立つことばかりが、目覚めたとたん自分に降りかかって来る。そう、雑子は感じ続けている。理不尽だ。

中でも強烈なのが、バイコが、普通の子どもよりゆっくりしているという、そのこと。


何もかも「こんなはずではなかった」ことばかりの結婚。詐欺にあったような結婚。何一つ自由にならず、何をしても言っても笑われた。けなされた。祖父の、仕事上のことも私のせいのように言われた。父は、私の結婚のおかげで立身の道が立ったように嫉妬されたが、とんでもない、最も望んだ地位には就けなかった。なぜか。公平を保つべき旧家の外戚に、その地位はふさわしくない、だと。

バカみたい。旧家だとか立派な家とか言うけど、内情は辛気臭い、うっとうしい、おかしな格好を強いられ、変な行事に出ろと急かされ。白いご飯も食べないのは驚きだった。この今の時代に、雑穀など混ぜて食べる人間を、初めて見た。それが、夫の両親だとは。それだけではない。

外食をしない、美味しいものを運ばせることもしない。薄味のつまらないものばかり食べている、あの人たちは。

外国からの客を招いて派手な夕食を摂ることもある、あった、今はもう出てやらない、あんなのは、気が凝って、食べた気にならない、おまけに、隣りに座った見たことも無い人間相手に、喋りながら笑いながら食べなさい、だと。

いいかっこしいの集団なのだわ。カジュアル、フランク、って概念が全く無い。現代人の生きる場だとは受け入れられない。

無理です。だから病名が必要だったのよ。

食べることは生きること。楽しさが大事。私はそれに、たくさん食べないと満足できない、実に人間らしい美徳の持ち主だわ。

と、雑子は考えている。

実家では、寿司や鰻を頻繁にとった。ラーメンや餃子も、けっこう冷めないで届けさせることができた。母は父の補佐として多忙だったし、いったん台所を汚してしまうと、手伝いの人が来る日まで不愉快な思いでいなければならない。

それに、自分も妹たちも、味と評価の定まった名店の味を好んだ。一緒に出掛ければ一台の車で出られる、打ち合わせておいて、お父様が帰って来たそのまま、車を回させることができた。合理的だった、あれは。

大好きなピザだって、自宅では作ることは不可能だ。ああいったものは、デリバリーに限る。はっきりした味付けの食べ物が好きなのだ。

葉っぱ煮たおかずに、鳥のエサの混じったご飯なんか、私の食べるものではないわ。

結婚当時、夫のためにどんな料理をするかと問われて答えられなかった。

私が、料理を、するかって? 。

冗談ではない。

そういうことを、しなくてもいい結婚を、わたしは、したのだ。

あの質問をした人間こそ、なにも解っていない愚か者だろう。

私を誰だと思っていたの。


形を守ることがつとめだとか、全く理解できない。こんなに面倒くさいなんて知らなかった。

夫。あの男に、私は、騙されたようなものだわ。

特性を生かせますよ。あなたにしか出来ない社交があります。私をたすけて下さい。

いけしゃあしゃあと、言いたい放題言ってくれたものだわ。

私の値打ちを知っての言葉だったはずじゃない、あれって。世界にはばたくワタシ(と、ボク)。

私の出た(出てないけど、細かいことはいい、過ぎたこと。日本では大学は、出たことより入ったことが重要視されるはず)学校の特別性。とにかくブランド名。それが大事。

私がいた職場の特別性。省から派遣されて行ってあげたオッペス大が、尊大過ぎて、ワタシの有能性を認めようとしなかったせいで、〆までする気が途中で失せたけど。

トレンチコートにブリーフケース、ばっちりバリキャリ・ルックで省へ通っていたのよ、同じようなものよ「官」でも「員」でも。一般ピープルには見分けなんかつきはしないわ。その証拠に、どこだって私のこと外交「官」と書いていたじゃないの。受かったのよ、でも才能をひけらかさず、慎んでいただけよ、コピーとる人間がいなければ、世の中回って行かない。そうですよね。

わたし、崇高な仕事の仕方をしておりました。そう、自負しておりますわ。それに、

みんな、世の中のヒトって、夢を見たがるものなのよ。私を、実際以上に「いいもの」に見せてあげたてことって、精神的にホドコシてあげたみたいなものよ。やっぱりね~、さすがね~、って、喜んでいたじゃない、あの頃は。

結婚できないと思われていたアレの、妻に、わたし、なってあげたのよ。夢まで見せてさしあげたの。

自分で自分を立派だったと 褒めてあげたいくらいだわ。親夫婦だってホッとしたのではないの。

ある意味、自己犠牲、だったわ、私には。後でそう言われたの、

それだわっ

と、腑に落ちました。なのに、

みんなそれ、忘れているって、ホントにいい加減な国民性。

・・・今は・・・今だって私のネウチには変化なし。オトウサマもあの頃よりえらくなっていらっしゃるし。

夏の避暑地で、どんだけ何年、同じ麦わら帽かぶってらっしゃるんだかわからないような、せこいっていうか・・・う~ん、アノカタのことはいいわ。とにかく、うちの、実家の、わたしの方の父は、いつもいいモノ着てるし。それ大事なことよね。何より見かけが大事、出身校と意味は同じ、ブランド品でなければ人前に出るカチ無いわ。うちはそういう家風。しみったれたことは嫌い。

ダマサレたわ・・・。やられたわ・・・。

言ってみればあそこでは、省では、相手など、よりどりみどりだったはず(あくまで・はず。まあいいわそんなの)。今の夫は、自分が地味だからよね、華やかな派手な顔立ちが好きだって聞いてたわ、当時、私以外にそんな女、いなかったし。夫のタイプに合う女なら、着物なんか似合うわけがないじゃないの。お雛さんみたいなオンナには飽き飽きだったんでしょ。

それなのに、それで私は、責められているんだわ。不条理よ。人権迫害、人権無視の極みだわ。だから私は、国弁大学へ通い始めたの。いずれ告発してやる時のために。でもそれも、邪魔されたのだわ。私の自由も人権も、根こそぎ、許さない勢力が存在します。

それだけじゃない。

子ども。ともかく一番大切なことは、子を生むことだって。目の前真っ白になったわ。この、現代の、おきゅう星きっての先進国で、私のような(いうのは控えますが言いたいことはお判りよね?)人間の最大の仕事が「子産み」だって。訴えてやりたかったわ。侮辱だわ、女性の人権の侵害だわ。

それなのに、このことでは、実家の父も母も。もっともだって言った・・・その通りだと。そのために結婚させる作戦を立て、実行したのだと。

孤独だったわ私。誰もわかってくれない。夫はへらへらしているし。子ども、いいですね~、何人生んで下さってもワタシは幸せですから、どうぞ、どうか、とかニタついて。

人の気も知らないで。生まれたら、おんぶして山へ連れて行きたい。公園で春の陽を浴びて遊びましょう、なんて。絶望した。

他の女でない、私だけに課せられた、惨い酷い義務。あの男の、子を生めと。

3年間は子どもを産むつもりは無かった。夫のはじめの約束通り、あちこち外交してまわるつもりだった。それを、とんでもないと断言された。

義理の父が私に、待っていますよ、と言った時には逆上するしかなかった。舅にそんなプライベートなこと、言われる筋合いは無い。主治医は私に、基礎体温表をつけて渡せと、信じがたいことを要求して来た。断ったわ。診察を拒否して辞めさせてやった。当然よ。

   
・・・実家の親も、私を理解しようとしなかった。さんざんお膳立てして、悪いようにはしないからって、あっちこっちで夫と顔を合わせるように機会を作って。私のためだって。私の幸せのためだって。結婚を勧めて、次は、世界を回ってもいないのに、子を生めだと。

父も母も、このことだけは妥協しなかった。悔しかった。

約束の、予算を度外視してのショッピングさえ、まともに自由にできなかったのに、そんなことだけ押し付けられて。

「嫁いでやりさえすれば、何もかも思いのまま」

母は、そう言ったのに。

私の意思や意志や人権はどうなるの。外へ出れば、頭の痛いときでも眠い時でも、ぎゃーぎゃー名前を呼ばれて、手を振ったり笑ったりの義務がびっしり要求されるし。

踏んだり蹴ったりだった。でも仕方ない、産もうか、と、やっと思っても今度は、ちっともそうならなかった。

最後は意地になった。子どもさえ生めば、後は、したい放題のごほうびがあるって、囁く人もいたし。救いだったわその言葉が。

生みさえすれば、育てるのはしなくていい、おむつも変えたりしなくていいって。それならって、頑張って。

きっと、世の中の女で一番、頑張って私は、子どもを生んだと思うわ。むいていないのよ、こういうことは。

その子が、バイコ。

今、私を見ようともしないで、モジモジと立ち尽くしている、この子。



この子は私の何なのだろう。

雑子は、このところいっそう背丈の増したわが子を、再び煙を吐き出しながら眺めた。

夫は、バイコがいるところでは、と、凝りもせず言う。

バイコの前では煙草を吸わないでやってくれないか、と。

何を言う。と、雑子は思う。いらいらと思う。

この部屋は私の部屋。そこへ、バイコが入って来た。それだけのことじゃないの。

「どうしたの、バイちゃん」

それでも雑子は、火をつけたばかりの煙草をもみ消す心遣いを見せて、一人娘に向き直った。

「あの」

バイコは、もごもごと何か言おうとする。横目で自分を見る。この癖が治らない。

「何なの」

雑子は覆い被せるように言葉を放つ。

あの。あの。バイコが懸命に何かを伝える言葉を放とうとする。

「きちんと言わないとわからないじゃないの」

大声が出た。バイコの肩がぴくっと震える。ああ、うん。

「ごはん。やくそく」。

やっと声になった。

「はあ? 何ですか?」

雑子は大声で応えてやった。

結局、思いを伝えることもできないまま、バイコは部屋を出て行った。

疲れた。雑子は思った。

凄まじい疲労感が全身を包む。

顔を洗うはずだったのに。服を着替えるつもりだったのに。

何もしたくなくなった。

・・・・・でも。明日はデパートへ行くんだった?。

思い出して立ちあがって雑子は、ベッドまで歩いた。ど~~んと倒れてみた。

夫は何をしているのだろう。今日は朝からどこへ行ったのか。あれは、決められたことは、しているようだ。この頃では、雑子の寝起きにも関係なくなり、出かける時にも誘わなくなり、少しはわかりが良くなったようだ。

結婚してすぐから、夜が近づくとイソイソとなる夫がイヤでたまらなくて、夜に起きることにした。

朝は、出て行ってから目覚めるように。

それにも文句をつけられたが、無視して行くやり方を通させた。役に立つ医者もやっと、手に入れた。

最近ではめったに来ない、電話だけで診察できる優秀な医師みたい、もうどうでもいいわ。考え始めると、どの一人にも去られるばかりだった記憶が痛み出すそういう時は、もう要らないのだと、自分に向かって呪文をかければいい。

生きていると賢くなるもんだと、雑子は感じたことがある、あった。


明日のデパートと、その後に、ああそうだ、バイコが気に入っている、あの子の家族と、食事の予定があったっけ。

大きく丸を付けたカレンダーを、バイコは見て、確かめに来たのか。前日からカレンダーを見ているのか、楽しみにしているのか、あの子は。

そうでもなければ、来もしないだろう、あの子は・・。

チクっと、1秒ほど、胸に痛みが来た。バイコを想う時、ごくまれに来る、発作のような痛み。

出来れば、うまいこと行って、バイコと、仲良しになりたかったような・・・もっと、いや、でも、あの子がワタシの愛を、拒んだのよ。

・・・お腹が空いた。空腹であることに気付いた。気付いてしまうと。どうしようもないほどに、飢餓感を払拭したい思いに駆られた。

何か食べよう。雑子は胸を躍らせた。

いま、ここで、このタイミングで、何か食べたら、気が晴れるかも知れない。そうだわそうしよう。何かを、お腹いっぱい食べよう。

久しぶりに生きている実感に巡り合える心地になって、雑子は微笑んだ。

何を食べよう。

雑子の、今日の煩悶の位置が定まった。

                                      続く・・・たぶん。

ジャムのかなしみ 一 (再)




毎日お日さまが昇り、お日さまが沈みます。ペンキの剥げた木椅子に掛けて、暮れて行く空を見ている時、わたしは、天動説を信じる人になっているようです。

地球と呼ばれる星。宇宙の闇に浮かぶ青く美しい水の星。その地球そのままを何もかもそっくりにマネっこしているような、知られざる星があります。

おきゅう。それが、その星の名です。

この小さな物語は、ちっちゃい☆「おきゅう」の、のっぽん、なる国、地球と同じく四季の彩りに恵まれ、真面目で嘘の無い生き方を「よし」とする人びとが生きる国の、ある時、ある日のある時間帯に発生した悲劇(え?)をもとに、「テヘもの書き」と(局地的に)さげすまれる、おきゅう人「くおん」が、テヘテヘとつづった、何の役にも立たない物語にてございます。

もうもう、この国の皇后の醜状になど、ふれることにイヤケがさしてしまっております。ふたとせの余も以前に書いたものを引っ張り出して参りました。楽しんでいただけたら、など思っています。



      ザツコの絢爛  あるいは 「ジャムのかなしみ」 プロローグ
  
 うでいっぱいタオル取り入れたたみ終へ露西亜紅茶(ロシアン・ティ)のジャムの明るさ

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


いつもより早く、天井の明かりが、いっせいに灯りました。

ジャムは驚いて、まだまどろんでいた目を開けました。やはり明るい。どうしたのかしら。周囲を見回してみました。

みな、大人な顔して黙っています。何かを伝えられていて、今日が昨日とは違うのだと悟っている様子です。

ジャムはまだ、生まれてそんなにたっていない幼いジャムです。ここへ来たのも、何日か前のこと。箱に詰められて運ばれて、箱が開いて動かされて、今いるこの、棚に置かれました。

何となくわかったことでは、ここは、とうと、という大きな町で、そのとうとの中でもいちばん立派なデパート、というところの、地下、らしい。

お日さまがちっとも照っていません。電気と言うものが灯っている。灯っている間は、お客さんと言うひとたちが、歩き回っていて、立ち止まってジャムの置かれている棚を、指で数えるみたいにとんとんしたり、んん~と考えてから一つ、手に取ったり、戻したり、また違う人が来たり。

手に取った人を見上げる子どもが、ものすごくキャキャと笑ったり嬉しそうにぴょんと跳ねたりします。

そして

昨日も新しいジャムが来ました。青紫の色のジャムです。ちょっとだけ背が高い。きょろきょろと不安そうなジャムに、ジャムは、ここはデパートと言うところで・・・と、教えてあげました。教えてすぐにそのジャムは、買われて行きました。ここにいるのが「いい」のか、どこかへ買われて行くのが「いい」のか。ジャムにはわかりません。

「このジャムは、本当に美味しくて。とうとではここにしか無いので、幾つも買って帰りたいのですけど、重いし、店の方でも一度に沢山買われることを喜ばないみたいでね」

そんなことを横にいる人に話しながら、通って行くおくさまもいます。

ジャムにはよくは見分けがつかないのですが、女の人のお客さんで、若い娘さんでない人の中には、おくさまやおばちゃんや、おばさまや、が、いるそうなのです。

世の中はむずかしい、と、ジャムは思います。こんなのジャムの値段じゃないわよ。叱りつけるみたいに言って、ぽーんと、放るみたいに棚に戻した人もいました。なんだかわからないけどジャムは、ごめんなさい、なのかなあ、と、考えたりしました。

ジャムが生まれて育ったところは、しずく、という、とうとからは遠い、海に囲まれた温かい土地です。

海を見下ろす小高い山の上に、ジャムの樹は立っていました。

ジャムの樹の周りには、やはり、みたんという果物の樹が沢山、立っていました。

ジャムは、この「みたん」という太陽みたいな色をした果物を、煮て、作られたのです。

ジャムの樹の上を、気持ちのいい風が、吹き過ぎて行きました。

太陽は、ぽかぽかと、にこにこと、ジャムの樹を温めてくれました。

時には雨がたっぷり降って、ジャムの樹は、力いっぱい根っこから水を吸い上げるのでした。

肥料という物を、施されることもありました。

ジャムの樹の持ち主は、季節になると、少しだけ薬を使いました。よおく考えて、使うのだと、聞きました。

全く薬を使わないでは美味しいみたんを育てられないんだよ、と、おじさんは言っていました。

風と、太陽と、水と、豊かな肥料に育てられて、みたんの樹は輝く果実をいっぱい、つけました。

おじさんや、おばさんが、ひとつずつ果実を捥いで、籠に入れて、持って帰って、大事そうに柔らかく洗って、そして、お砂糖のほかはいろんなものを混ぜこまれないでジャムは、丸い、皮に守られていたみたんから、瓶に詰められたジャムになったのです。

みたんのジャムって、けっこうありそうで無いのよ。おじさんの娘さんで、お嫁に行ってそこで赤ちゃんを産んで、もう一人産んでまた産んで、その間もずっと、みたんをジャムにする作業をしに通って来ていた人が、言っていました。

オレンジのジャムはあるんだけどね。

ジャムは、自分が、あまり無いジャムなのだと聞いて、嬉しかった覚えがあります。

それを聞いてすぐ、透明の瓶を白い柔らかいものに包まれて、箱に入れられて、しずくの町から、出て来ました。

とうとの、この大きなデパートへ、手離されて来たのでした。



一緒に来て先に買われて行ったジャムは、ちゃんと、食べられたかなあ。

夜、少し眠りにつけない時は(これは大人っぽい言い方で、ジャムは気にいっているの)、ふるさとのことを思いだしたりもしました。

美味しく食べてもらいなさいね。

お嫁に行って子どもを産んで、ぽちゃぽちゃのアカンボを育てながら、みたんを煮に来ていた娘さんは、ジャムに、そう言葉をかけました。

赤ちゃんも病人も、美味しくてにっこにこになるジャムなのよこれは。

娘さんは、自分たちの小さな工房で作るジャムが、大好きなのだって。自慢なのだって。

・・・自分も、美味しく食べてもらえるといいなあ。

ジャムの、透明な夢は、それでした。


・・・いつもより早く灯された店内には、やはり、いつもとは違ったことが起こるようでした。

女の人・・・おくさんやおばさまやおばちゃんや若い女の人も多いいつもと違って、同じ黒っぽい服を着てネクタイを締めて、まっすぐに口を結んだ固そうな体の男の人たちが、まとまって入って来て、たたっと散りました。

SPだ。

渋い味の声がしました。棚のじいさん、です。もうずっと、このジャムやママレード売り場にいる、ちょーろー、なんて呼ばれている、物知りの棚です。

「やはり、ザツコたちが来るんだな」

「ザツコ?フー?」

向こうの方から、外国から来ていると言うマシュマロの声がしました。

中くらいの苦みの声が、

「こーたいしのよめさんだよ」

と言うのが聞こえました。

フーズ、ハー? とかの声も聞こえました。もにゅもにょと何かがそれに答え、

「プリンセス?」

と驚く声がして、

いいや。

しっかりと落ち着いた、棚のじいさん=ちょーろーの声が、どしっと、皆のざわざわを抑えるように響きました。

「あいつは、ろくでなしだ」

はっきりとした声でした。ジャムはびっくりしました。

「あいつら一家は、本物の、ろくでなしだ。ちゃあんと解っている。食べ物を粗末にし、敬意をもって向かわない、とんでもないろくでなしだよ」

時々、来やがるんだ。チョーローは言い放ち、

「ほうら来たぞ、みんな、見ておくんだ。」

声を沈めました。でも深くて太い声でした。

緊張してジャムは、ほうら、と言われたものの来る方を、見ました。

・・・来ました。

男の人と女の人と、それから、子ども。

男の人は右見てうんうん、左見てハイハイ、一人で、口を「いー」みたいにつむって、いやそれはいいんですけど、あの、女の人は。

女の人でしょう、きっと、髪長いし、お化粧してるし、でも、あの人は、

おくさんか、おばさまか、おばちゃんなのか。

う~ん解らないわ。ジャムは、どきどきしました。



                               続きます・・・おそらく。


ざつこちゃんの けっしん。(再)。

美智子さんの、つまりこれが「お役目」だったのでしょうか。

その役目の一つ。皇室をひっちゃかめっちゃかにし、天皇の権威をずんどこまで貶め、東宮のことエトセテラ、とにかく、まともな日本人の気持ちを、神経を、剣山みたいなギザギザでもって、ぎぎぎぎぎと引っ掻いて耐え難くし、酸素不足の金魚のごとく、濁ってしまった水面であっぷあっぷさせる。

この国は、水、清らにして、人、穢れを厭う。そんな国であるはずなのに。

何にも書けないので、二年前に書き散らしたものを引っ張り出して来ました。

あの頃は、純粋にまさこを(だけを)イヤガッテいたワタシだったものよ、と、ふと感傷的に(なんかなりません!)。




 「ざつこちゃんのけっしん。そのⅠ」

   イメージ短歌  「御所で取るデリバリーピザ弱点はやはりチーズが冷めてることね」

                                   作・何茶手くおん


ざつこちゃんのお口は、たべるためにあります。いま50さいですが、5さいのころからそうでした。

ざつこちゃんのかこを、あさ~く、ふりかえってみましょう。


おかあさんは、あまり、おりょうりをしません。ようちえんへ行くようになっておどろいたのですが、おともだちのおかあさんは、あさごはんもばんのごはんも、じぶんでおつくりになるそうなのです。ごはんやおみおつけや、おにくやさかな、おやさいとか、いろいろ、おりょうりして、おさらや小ばちによそって、かぞくがみなで、せきにおつきになります。そう、言っているこがいて、びっくりしました。

そして、いただきます、とか言って、いっしょにおしょくじということをするそうなのです。

ほんとうにおどろきました。ざつこちゃんのおうちでは、おかあさんはおかずをつくりません。マーケットへいって、コロッケややいたサケや、じゃがいものサラダなどをかってこられて、しょくたくにならべます。それで、おなかのすいた人はたべます。おとうさんがぐずぐずしていたら、あとでたべたいということです。おかあさんはそう言って、ほうっておいてさっさとかじをなさいます。

かじって、たいへんなのだそうです。

いえには、かじばかりするやくめの人がいたのですが、なんにんもいたのですが、すぐに出ていってしまいます。がまんがたりないのだと、ざつこちゃんはおもいます。やとってあげたのに、おんしらずだとおもいます。おばあちゃんが、そう、おっしゃっていました。

しょみんなんて、おんしらずばっかり。ちょっときにしてやったらすぐ、つけあがってくる。もんく言うしかしらないんだよ。おじいちゃんがそれで、おしごとで、どんなくるしいおもいをなさったか、と、おばあちゃんは、しょみんがみんな、だいきらいなのだそうです。あつかましくてかんしゃをしらない。人のこういはあたりまえで、もっともっととせびりにくるんですって。

いやなもののきがするわ、しょみんって。ざつこちゃんはおもいました。

「ねえ、ざつこは、しょみんじゃないの?」

ある日、ざつこちゃんはおばあちゃんに、たずねてみました。そうですとも、と、おばあちゃんはおっしゃいました。

「あなたのおとうさんは、きっと、もっと、しゅっせする。えらくなります。それをみこんで、ほんとはとうだいでてるだけでは足りないものだらけだったんだけど、大ばくちするきでね。

かんぺきにしつけもきょういくもほどこして、だれにみせてもはずかしくないむすめにそだてた、ざつこのおかあさんと、けっこんさせたのですもの。ざつこはいつか、よそのだれよりりっぱなおかねもちとけっこんするの。なみのもんじゃないわ。おひめさまかおうじょさまみたいなけっこんをするのよ。だからね」

おとうさんのおっしゃることを、いつでもきいて、おかあさんがこれがいい、ということを、そのままきいて、なにもかんがえないことよ。よけいなちえがまわると、よくないことになります。がっこうもおしごともけっこんも、おやのいうこときいてたらまちがいはない。」

そのときおばあちゃんは、ばかでもたりなくても、そうしていたらウマくゆく、とか、ざつこちゃんにはわからないことを、もごもごとおっしゃったのでしたが、ふりむいてもどったら、すぐにわすれてしまいました。

あ。そうでした。しょくじのはなしでした。

ざつこちゃんにはふたごのいもうとがいるんです。いもうとたちは、いすにすわらせてほうっておくと、いすからころげたりして、おとうさまがそういう、おちるような子を拾ってあげるのがじぶんにはふさわしくないざつようなので、おきらいなので、ゆかの上でたべさせます。しんぶんしをしいて、そこでたべます。

ゆかにおいて、たべものをまえにおいてやると、手でつまんでたべます。

だらだらこぼれたりしますが、あとで、しんぶんしのはしっこで口をふいて、そのままこぼれたものもあつめて、すててしまいます。ごうりてきなやりかた、なのだそうです。

おとうさんは、おさしみをめしあがるときに、かってきたおさしみの入っている竹でつくったおさらにおしょうゆをおかけになるので、テーブルにおしょうゆがしみ出てきたりすると、おかあさんは、チッとしたをならして、てのひらでザッとふいて、手をあらってきて、もうこぼさないで、とかおっしゃいます。おとうさんは「ん」と言います。

たべものを、おさらや小ばちに入れるなんて、あとで、おさらをあらわなくてはならないではありませんか。

ざつこちゃんは、そんなの、ふごうりだし、よそのおうちはおかしいことをするのね、と、おもいました。

ざつこちゃんのおとうさんは、だれよりえらいので、おちゅうげんやおせいぼも、たくさんとどきました。

そういうものは、ごはんのおかずになりました。ハムをぶあつく切って、がぶんがぶんとかぶりつくと、ほかのものなんかたべなくても、おなかがふくれました。ざつこちゃんは、おしたしやおいものたいたのなんか、きらいでした。おとうさんだけはそういうものを、おかあさんがかってきておいておくと、うれしそうにたべていました。おかあさんは、じぶんもかってきた天ぷらやカツがすきなのでたべながら、おとうさんはとかいのヒトじゃないから、と、ふふん、と言っていました。

ざつこちゃんはほんとうは、おかあさんよりおとうさんが、すこしだけたくさんすきなきがしていたのですが、おいもをたべているおとうさんは、すいてあげるわけには行かないわ、と、おもっていました。わたしは、おおきくなったらおうじょさまで、おうじょさまは、ロースハムを丸かじりしてもかっこつくとおもうけど、おいもはね、と、そういうかんがえでした。

いただきもので、いらないものは、がいしょう、とかいうおとこの人や、いつもおさけをはこんでくるおにいさんなどが、もっていったりおかねをはらったりしていました。ざつこちゃんは、いらないものは、だれかに言えば、おかねにかえてくれるのね、と、ひとつ、まなんだきになっていたりしました。

がいこくでもくらしました。がいこくでは、がいこくのかじをするヒトをやとって、くらしていました。

おうちへおきゃくさんが来られることもありました。

その時は、メイドがたくさんつくったりょうりを、おとうさんは、じまんしてわらっていました。

「かないはなにもできないが、はたらいたこともない、おきがるおくさんだが、りょうりだけはましなものをくわせるんだよ、はっはっはっ」

ざつこちゃんは、きげんのいいおとうさんと、まあそんな、とか言って、うっしっしとわらっているおかあさんを、みて、ヒトがいるときにはこうして、なかよしみたいにするのね、と、おぼえて行きました。おかあさんは、人がいるときだけ、おとうさんと、とってもなかよしにしていたのでした。

ざつこちゃんは、いらないことをしなくていいと言われていたので、だれかにあっても、こんにちは、とかこんばんは、とか、言わないでいました。じつはみんな、おとうさまの「ぶか」だとしっていたので、おじぎもしませんでした。

ぶかにおじぎをするのは、むだなことで、ごうりてきでなくかしこくっもないと、すでにわかりかけていました。

おとながわははと笑っているまに、たべたいものはつまんでたべていました。

ふたごのいもうとたちも、よろよろあるきながら、つまさきで立ったりして、てーぶるにあるものに手をのばしていました。さわったものをつかんで、いもうとたちはたべていました。

おきゃくさんたちは、あまり、おたべになりませんでした。

かえったあとで、りょうしんが、めずらしくいっしょに、たべたりのんだりしているのをみて、ざつこちゃんは、けっしんしていました。

わたしも、おとうさんやおかあさんのように、なんだかよくわからないけど、こうやってくらすヒトになろう。

そう、けっしんしていたのでした。

                                 続く。・・・のか?


(おとうさん、とかおとうさま、とか、敬語的表現の混乱及び混在は、表現の真実性を具現せんとの目論見が・・・つまり、わざとです)。でへ。


<

(動画はあくまでイメージです)。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

お返事は、後にゆっくりと・・・。

さびしさに色があるならば


        ジャムのかなしみ  終章  (再)


地球に似たる、おきゅう星

その東なる のっぽん国

春には花が咲きまして

夏には海が黒くなる  青すぎて海 黒くなる

秋には思いが深まりて

冬には

言葉が重くなる


かつて姫でもあったげの

バイコがおうちと呼んでいる

ただただ広いその場所の 屋根にも花が降っている 

さらんはらりと 降っている

バイコは窓辺に一人いる

なすこと無くて ひとりです

誰かが髪を編んでくれ

誰かがパンを焼いてくれ

パンを食べたら また一人

バイコは一人がイヤじゃない

部屋でひとりは イヤじゃない

遠いむかしか通ってた 学校というあのところ

みんながわいわい言っていた みんなははしゃいで弾んでた 

あの箱のなかで ひとりいた

そんなひとりは イヤでした


行けなくなった学校もあった気がする  あったかな



パパとか呼んでいた人と

確かわたしのママらしい

あの人たちが連れに来て

どこかへ行くからさあおいで

腕をつかんで引き出され

とちゅうでだれかと変わったな

連れて行かれて手を振って

眠っていると つきました

降りて 歩いて ここへ来た

そこで一人でいることは

なんだかイヤな気もあった


知らないひともおりました

みんな薄目で見てました

バイコのことを薄い目で



自分のお部屋に一人いて

窓の外には花吹雪

あの樹は桜と知っている

いつか優しいあの方が

バイコに教えて下さった

しゃぼんの匂いの方でした あそこの子たちもいい匂い



バイコの好きなあのおうち

なかなか行けないおうちです

あれから行けなくなりました

どうして行くかは知っている 車があれば行けるかな

けれど行けないお家です



花が散ります 散っています

音が何もありません

しーんと静かなおうちです

座っていると ずるずると

引きこまれて行く 気がします

いつか眺めた 海の本

海はとっても広くって

信じられない深さだと

いっそ くたくたくずおれて

海の底へも行ってみたい

人魚の姫もそこにいて

せつなく泡になったとか



一人で行ってもいいのなら

あの青かった海の底

見に行きたいと思います

でも行けないと知ってます

バイコはひとり 窓の辺で

ぼんやりと花を見ています。

風が強く吹くときは

花がヴワっと舞い上がる

舞い上がってはまた戻る

バイコはそれを見ています


何と静かないえの中。

皆はどこへ行ったのか

バイコは何もわからない

私でないひと だれなのか


バイコは何も見ていない  覚えていない  泣きもしない

ずっとこのままいるのかなずっとこのままいるのでしょ


夕暮れいろが降りて来て

カーテンを閉じて目を閉じて

ふたたび朝が訪れて  そうしてやはり

誰もいない。

いつからここにいるのやら

いつまでここにいるのやら

わからないまま 思わない


きょうもバイコは一人です

明日もきっと そうだろう

一人でないってどんなこと

そんなことさえ わからない


バイコの窓に花が降る

いつ止むとなく花が降る

静かに花の降りしきる

のっぽん国の午後のこと


さびしさに色があるならば

花びら色と思う午後



 | HOME |  古い記事へ »

文字サイズの変更

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

カテゴリ

ブログカウンター

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・


三好達治『乳母車』

母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・


三好達治『乳母車』

母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

検索フォーム

RSSリンクの表示

リンク

このブログをリンクに追加する

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR

FC2Ad

Template by たけやん