KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

先は白夜か泥土か知れぬ




時に野性の猿が顔を見せるような山奥に工場があります。敷地内を、気付けばカフェオレ色のウサギがぴょんぴょん跳ねている、キジの親子が悠然と歩いていたり、池というよりは、ずうっと水が溜まり続けている低地・・に、もうすぐ、うにょうにょとオタマジャクシが湧きかえる。

裏山に淡竹がひしめき合って生えて来る。ぐんぐん伸びる。春が来るのです。

はちく、は、とても細い竹の子で、だしだけで煮いても酢味噌であえても、ほのかに山の春の味。

そんな工場の一角の実験室の隣の部屋にほぼ籠っていた30日は、テレビも(無いので)見られず、パソコンはあっても電波の通りが悪く必要なことだけに使う。ってことで、そんな週末にはいつもそうしているように、ずっと本を読んでいました。地味な環境ですが、コーヒーは美味しいのを淹れられるようにしてあります。




温度差30度のフィリピンから、両陛下は、というより陛下は、無事にお帰りになられたそうで、映像も拝見しました。

美智子さんの純白のガンダム・コート。見た瞬間に浮かんだ言葉は「宣戦布告」

ご自身の服装へのさまざまな好意的でない声を、ご存じないはずがない。

お黙りなさい私を批判するでない、非難するでない、黙っていなさい。

そんな内心の声を、美智子さんの大好きな「目立つ」機会であるこの時に発されたのか。もしくは。

完全に「そう」なっておられるか。

動画で見れば、陛下は飛行機を降りる際も奥方に手を伸べて気をお遣いになり、苦しゅうない。とばかりに女帝さまは堂々と、「女帝の帰国」をなさった。

タラップの下では、影の帝王・天皇の奥方に依存する二代目殿下が、おもねるがごとく手を差し上げて、女帝でない方の「ボク」の女主人に何やら説明だか知ったかぶりだか、張り切っている。

父親も息子も、奥方の機嫌のみが最大の関心事になっている。

その長男のツマは、バタバタとアタマ下げりゃいいんでしょ、とばかりに、へこへこお辞儀(もどき)。

本当の皇族方は、冷静、気高くかつしぜんたい。

動画を貼らせていただきます。


晩餐会の場面のある動画では、アキノ大統領が、気付いてびっくり、思わず見た、やっぱり確かめて見た、という感じで(ものすごく驚かれたのでしょう)にこやかにブラックタイで現れた天皇陛下の、畏れながら股間の方角に、目を吸いつけられておられます

どうも、昔風の言い方でいう「社会の窓」が、オープンでいらしたようです。

いけないことではない、ご高齢の陛下が嗤われなければならんことは、無い。お宝を勝手に売りとばすような悪事では無い。ずぼんの前が開いたままだっただけ。だけ?。。

でも。大統領が気づくようなありさまを、他の誰かが先に、気づかなかったのでしょうか。



ファスナー上げるに、そんな大変なことも無いと思います。

周りの人、何のためにいるんでしょう。

何か手を貸そうとすると、やはり、女帝さまの視線の恫喝に遭うのか。

美智子さんは体面を気にして入るから、神経質になっていて、険しい表情をむき出しに見せていることもおありです。

周囲はやりにくいのだなと思う。

それなら、自分が、夫君の正装チェックをされればいいのに、陛下のツマは、何のためにくっついて行っているのでしょう。何度も着替えするためか。

このたびの旅では、徹底的な「出過ぎです」な扱いを受けておられたミテコさま。。

陛下に近くなろうとすると、微妙に阻まれ。並んで歩こうとして相手国の大統領にさりげなく阻まれ。肘をつかもうとして、ご当人に振り払われ。

大統領は明確に、皇后は天皇ではない。との態度で接しておられた。当たり前ですけどね。

貴賓の妃殿下、に徹している妃殿下に対してなら、あの態度ではなかったと確信します。当たり前です。国のトップです。


もしも私がかつての花畑の頭のままでいたら、大統領の態度に、異なる感覚を持ったと考えます。

なんと失礼な。とか。

皇后陛下にひどい扱いを。とか。

これって問題だと思う、とか。

他いろいろ、思った。美智子さんが、あんな具合に扱われている現場を見た記憶があまり無いし、比国のトップは、かなり明確に「日本の天皇」への敬意は示された(そういうことでした、女帝然とした皇后の態度、ありように、アンタちがうよ、の思惑がよく見えた)、ミテコさんのご機嫌は実はものすごく悪かったでしょう。

ワタクシを何だと思っているの!。長男のツマもそうですね。そっくり。

いろんな場面で、鼻先でぴしゃんとやられていたみたいでした。気持ちよかった。正直に言うとね。

動画の中では「とってもよくして下さった」ことになってます・・天皇には、そうだったと感じます。

私はフィリピンの国の政治的その他の詳しいことは、皆目わかっていないのですが。

日本のメディアはあちらから「是非に」と乞われて行った、ということにした、この旅。

今日は「両陛下の親善と慰霊の旅。日比の国交正常化60年の年に、両陛下の強いご希望で、慰霊の部分が加えられた旅だったと。微妙にトーンが変わってもいます。

迎えた側のフィリピンでは、二人は来たかったから来た。の色彩。変わった金持ち夫婦の道楽。くらいの感性でとらえているのじゃないか。

名所旧跡、有名どころを行き尽くしたら、違う方向の旅をしたくなるのは、ある種の人々のスタンダードですよね。

あの二人は、お金に糸目のあるわけじゃない、大義名分はどうにでもつく、日本中、地図にピンを刺して。アフリカにもインドにも行ったし。そしたら・・と。そういうタイプのお金持ち、けっこういてはります。ご自分の力でなさる旅であり贅沢なら、何を言われる理由もないです。


「戦争法案」などと、正気でないような呼び方をする者がいる「集団的自衛権」。愚かな誰かたちが云う、戦争を好んでさせる法案などが、ほかならぬこの日本の国に、存在するわけがない。させるわけもない。しかし「反対反対集団」があります。

かく言いながら、難しいことはよくわかっていないわたしKUONが言うのはドキドキしますが、わかっているのは、フィリピン国は、その「集団的自衛権」に賛成。日本にはエールを送る立場をとっている国。(あっていますかしら)?。

前を向いて未来に向いて仲良く進んで行きたいと、あちらさまは望んでおられる。日本の時の政府が苦労して成立させた法案に、自虐反日の思想から反対する天皇、というより天皇の脳内を完全制覇して美智子流にものごとを進め続けている配偶者、そのことを、大統領はよく知っていて、このたびも(前回訪日時にも)実際に、油断してほしいがままに好き勝手に天皇を操作しつつ振舞う皇后の実態をご覧になっていての、大統領の態度だったと、わたしKUONは快哉を叫ぶ。

本来なら、日本の皇后を貶めてくれたわね、の声が挙がるようなこと(少し上に書いたように)かも知れなかったのですが。

メディアはどんな風に持って行くか、いささかの好奇心は持っています。

天皇皇后ご立派、の声が高いようですが。本当なのかしら。なんでもそう、持って行っていた、今までは。

陛下の混乱や社会の窓のことは、けっこう控えめに書きますかね。難しいでしょうね。

すでに、かつての陛下ではいらっしゃらなくなっていて(どこまで遡れば、今の陛下とは違っていた! と、言えるような陛下に「出会える」かはわかりません。「天皇も仕事の場に朝に行って夕方帰るという方式で天皇業をしたらどうか」と提案されたという、数十年も前まで、遡らなければ、ならないのかなあ。

わかっちゃおられないトンデモご発言ではある・・・。ご自分で思いつかれるご発言ではなかろう。そんなこと、考えつかないですよね、長男の「キャリア、人権」発言とおんなじ。

自分の中に無い言葉を出せる能力はお持ちでないお方と存じます。

父子二代、おんなじような脳内乗っ取られを。タイプは違っても、少なくとも「妃殿下仕様」ではない相手と結びついて。

なんだかやっぱり、おいたわしい。美智子さんにやられちまって、こうなっちゃった、とは。思っても。ご本人のせいではない、認知の歪みのことは。でも、ご自分の強い意志によって、とか大義名分くっつけられて、引きずり回されて、ここで出ますか、という場面で、その状態になってしまわれて。

そこがどこか。何をするのか。わけがわからなくなっていても、にこにこと、ひたすらツマを振り向いて気にしておられる、ツマは、天皇の後をついて歩く原則まで忘れてか放棄してか、だらだらの姿をさらして。

陛下はあの、母君香淳皇太后さまの晩年に生き写しのご尊顔。

美智子さん。あくまで下品に徹しておられました。おみごとでした。気取ってたけどね、時々は。


テレビで何度も、日本とフィリピンの両国の慰霊、と流れていました。

お二人は、比国の無名戦士の碑にも拝をしている。

日本の戦死者には、慰霊の拝をしないのですか。

かの戦争で、兵も市民も多大な犠牲を払われた・・・のは、陛下のお言葉そのまま、事実でしょう。戦争ってそういうもの。戦争はイヤ。嫌と言えずに、戦争に駆り出されて行った方々が、靖国におられます。

止めること叶わず戦争に送り出した家族たちも、陛下のお言葉にあった「無辜の民」でした、その方々も沢山死にました。家を田んぼを家族を失いました。戦争ってそういうもの。絶対にイヤです。


いま、日本に暮らして、生きて、働いたり税金を納めたりしているのは、そのほとんどが、70年前に終わった戦争を知らない日本人です。

兵であったか銃後の民であったか、いずれにしても、戦ったり亡くなったりの中から、一家が断絶した家も沢山、しかし新たに生まれ、育って来た人々が、今の国民。ずっと命をつないで来ているのが日本人です。


もう出かけないで下さい。陛下の状態はもう、隠せない。隠せない状態の陛下の動画が、フィリピンではほとんど消えませんでした。あっという間に広がったでしょう。つまりはオロオロしていただけの皇后の姿も。

もしも陛下が公に出て来られなくなれば、皇后が単独で出て来る理由は無いです。

鑑賞公務に精を出す…止めて下さい。鑑賞が公務と称される、そんな変な話はありません。

あのような場所でも、ご自分を見失われても、ツマの助けを求めていた夫君の、そばに、いて差しあげて下さい。それが、数十年にわたって自分に好き放題させてくれた、「権力」を身に帯びるご夫君の、妻としてのありようでないですか。

共に籠って外出もままならねば、ストレスが溜まって、また声を失われるか。心痛で独自に寝込まれるとか。

天皇がお慎みの状態になられれば、皇后が出しゃばって来る場は無い。

あの署名をされる現場の陛下のご様子が雄弁に語ったこと。

言わせている「陛下の強いお気持ち」は、嘘。陛下に「強いお気持ち」は無い。

美智子さんの押したい、通したい我があるだけ。

陛下は常に妻の采配を仰ぎ、妻の思うようになればいいとされ、つまり、あの時、

自分でない、美智子さんが、ここへ署名するべき人だと。

女帝であると。

あのお姿をもって、示されたのです。

怖かったのかなと感じます。後で、が。


ではナルが出て来るのか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フィリピンの大統領閣下、姉上さま、お世話してくださった方々ほか、澄んだ目をされたシェフの方、みなさまに、ミジンコ民・KUON、とてもありがとうございましたとの思いを、強く抱きました。ありがとうございました。

マニラ湾の夕日、いいなあ。(笑)。




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今の思い。追記あります。




はじめに私が見たものとは異なりますが、長い動画の

30分過ぎあたりから、待ちわびる両国の面々の雑然とした空気の中に、入って来られる両陛下。

ご署名から退室までの天皇陛下の「ゆるやかな混乱状態」、十分にお察しの状態が続いて。

高村氏や風岡氏の厳しい表情。



陛下を心配する気持ちは本当です。

私もその一員である国民は、陛下ご自身が仰ってもおられた「年のせいか間違いも」というそのことは、人として理解し、おぼつかない足取りでいらっしゃることも、見れば理解し、それでもおつとめ下さっている、の思いは抱いている、とは申し上げられると思います。

しかし、公人でいらっしゃる陛下が、天皇としてのお立場で動かれる時に。

何と言えば思いがうまく書けるのか難しいですが、よその国を訪問されるにせよ、よそのどなたかを招かれるにせよ。

その現場で、相手側に気を遣わせることに、甘えてはならないと考えます。

人としては、目の前の公人が、老いの弱みを見せておられることを、非難はできない、なさらない。どちらの側にしてもそれは原則、そうでしょう。

このたびのアキノ大統領は、日本の天皇の、明らかに老いの姿に対し「温かく」「思いやりのある」態度をとっておられました。とまどいを笑顔に包んで、親善の場での、あちらも公人、礼儀正しい「さりげない庇いの姿勢」で接しておられました。

皇后は、手を貸さねば、なんとかこの場を遣り切ってもらわねば、の思惑の透けて見える態度でおられました。逆方向からもそう見えますが。

夫婦愛。そう呼ぶものが、あるにせよ無いにせよ。

それでクリアしていただくわけに行かない、公的な場で、少なくとも相手のある場で、人情や「あうんで呑み込み、やあやあ言わない」ことを、求めて頂きたくないです。国民(の一人である)KUONは。

相手に、不要な借りをつくっていただきたくないのです。フィフティフィフティの付き合いであれば、余分な摩擦は起こらない、起こりにくいのです。そういう気は、細かく使ってもらわないと。宮内庁、と、その、そこ。

予測を越えた小さなハプニングの範囲であれば、思いやりや気遣いで越えられ、「なごやかに」過ごせる。ちょっとした「楽しい」エピソードにも成り得る。

そうではないです、このたびの天皇皇后の訪問は。天皇ご自身、「にほんじんは~をわすれることなく、旅の日々を送りたい」、と言われました。

旅をされたのです。招かれたのでない、政府の頭上を跳び越えて(とBBさんは書いておられます)、そのように計らって、政府専用機を飛ばし、海保の巡洋艦を私的に使って、行かれた。公費で行ってるんです。

宿泊先が夕日の見えるホテルでも何でも、そんなことはいわば些事であり、本質では無い。「夕日を見るのを楽しみにしていた」なんてセリフは、無防備過ぎて人をバカにした発言で、おかしいけれどまあ、いいこと。


あの姿の天皇と、皇后を、温かく見守ってはなりません。

お住まいのあたりでは、どんな風にもお過ごしになられればいい。高齢のご夫妻が、残生をどう過ごされようが、文句は言いようが無い・・・私的には。


でも。

呼ばれもしないのに出かけて行って。

相手国に気を遣わせた。わかっていて、やった。


「まあ、目くじら立てないで、年寄りだから大目に見ればいいんだよ。誰だって年は取る、あんただって例外じゃないでしょ、皇后だって気を遣ってたじゃないか、立派なもんだよ、相手だってあれ見たら何も言わないよ、年寄りを責めなさんな

と。そうではありませんよ。

国賓で行ってるんです。自分たちでそうして行ったんです。

日本のメディアが隠しても、実態はさらされました。

老人虐待と見る人もあるかな。

何より、後継者が無いならともかく。と、そこへ思いは行くのではないかな。

昨日、ナルヒト氏は、国事代行者として初めて、石原のぶてる氏に対しての認証式を行った。

それくらいはできるかもしれない。モーニング着て、ボク、やった。

・・・もっと書きたいけど、月末ですので出かけなければなりません。

誰が責任とってくれるんですか。責任者誰ですか。

日本の天皇のあの姿を、わかっていてさらしたのは、どこの誰ですか。

平和ですから。そうらしいですから、いま。

違う時代になら、こんなことできない、できなかった。動物の世界なら、弱みを見せたらやられます。

動物じゃない? 無礼ですと? そうですかね~~~。そんなキンキン言わんでも、申し訳ないって言いたいのですよね、相手さま方に。わたしの気持ちは。

こういった「訪問」を通してしまうのは、甘っちょろいですよね、日本のやり方。相手の目で見れば、そうでないでしょうか。言っても仕方ないですけど。

・・・老いのお姿に、でも、ふにゃふにゃと寄り切られるように「おかしい」を鈍らせる気には、なれません。

公人に関しては、おかしいと思うことは、おかしいと書いて行きたいです。

わたしたち、何も知らされず、聞かされていないのです、実際には。アレラのことだって。

察して済むとこと済まないとこがあると、思う・・あります。


落ち着いてから、あの役所に向かって、自分なりに、もの申したいと思います。



コメントありがとうございます。

お返事も、ゆっくり書きたいので、おひるすぎに・・・ゆうがた…夜・・・どうぞよろしく





陛下。




今朝のテレビを見ていた中学二年生男児が、

「へいかって人、ばんさん会で読むのまちがえて」

と申しますので、お年寄りになったらそういうこともある。と、言っておきました。それといっしょに、

「へいかって人、でなく、今上陛下であらせられるのだ、そう、覚えておくように」

とも言い渡すワタシでした。まだ柔らかいアタマです、日々増して行くばあちゃんの毒、そのままうつしてはいけませんでしょう。


天皇陛下の「わからなさ」は、かなり大変なご様子のようです。

ヒミツで教えていただいて愕然としました。日本ではああいった場面はすべてカットでしょう。

Philippines blog Welcome ceremoney for Their majestiies The Emperor

で見ました。

教えて下さった方は、remmikkiさんのブログでご覧になったようです。remmikkiさんのところで、私も豊富に、あれこれ見せていただいています。

ご挨拶無しで訪問させていただいておりますが、iいつもありがとうございます。と申し上げます。


「安寧」には遠くいらっしゃるのでしょうか。ご長寿をお願いしたいのは、しかしエゴでないのです陛下。




おほほ。




両陛下の今回の旅行日程です。


1月26日
午前  東京発
午後  マニラ(ニノイ・アキノ国際空港)着
青年海外協力隊員御接見(宿舎)
夜   ソフィテル・フィリピン・プラザ・マニラ(マニラ)宿泊

1月27日
午前  歓迎式典(大統領府)
大統領閣下との会見(大統領府)
リサール記念碑供花
午後  英雄墓地供花
夜   大統領閣下主催晩餐会(大統領府)
ソフィテル・フィリピン・プラザ・マニラ(マニラ)宿泊

1月28日
午前  元留学生・研修生との懇談(サン・ディエゴ庭園)
在留邦人接見(宿舎)
午後  フィリピン政府語学研修センター(看護師等候補者のための日本語研修施設)訪問
大使夫妻主催レセプション(大使公邸)
夜   ソフィテル・フィリピン・プラザ・マニラ(マニラ)宿泊

1月29日
午前  マニラ発
カリラヤ着
比島戦没者の碑供花
午後  カリラヤ発
ロスバニョス着
国際稲研究所(IRRI)訪問
ロスバニョス発
マニラ着
夜   ソフィテル・フィリピン・プラザ・マニラ(マニラ)宿泊

1月30日
午前  マニラ(ニノイ・アキノ国際空港)発
午後  東京着


マニラに着かれてその夜からソフィテル・フィリピン・プラザ・マニラというホテルに三連泊で、明日29日はマニラを離れてカリラヤとかロスバニョスへ行かれる。

明日の遠出が(土地勘が無いのですが70キロくらい離れているとか)、海保庁の巡視艇に搭載の、ヘリコプターを使ってのそれでしょうか。

巡視艇、ずっとフィリピンの海に浮いていたのでしょうか、途中で、大きな船が、天皇夫婦を運ぶへりを積んで、手筈の場所まで行ったのでしょうか。この移動には違和感があります。

途中で合流、ではなく、あきつしまは、すでにフィリピンへ行っていて、繋留中。

海保の、世界最大級の巡視艇、あきつしまを、あの人たちのために確保、明日29日にご使用。多分。

パラオの時にはもっとおおぴらでした、今回は、隠すようにしています。

で、花を捧げてアタマ下げて、唐突な「稲の研究所」訪問もして、再びマニラへ戻り、キープしてある(のか?)ホテルの部屋へ帰る。そういうことのようです。

滞在型の旅は高齢者には楽ですね。

このホテルは、マニラに100幾つある中の3番目くらいのリゾート型の五つ星。調べてみましたら、普通に泊まる料金が、2万円半ばの表示です。

天皇夫婦とその周辺の皆さんがお泊りの部屋のことは、想像つきません。

朝のブッフェが有名とか。ご一行はブッフェ、どうかな。経験してみたいのではないかな、奥さまは特に。


ホテル。

マニラ湾に面した部屋からの夕日が、大変すばらしいとのこと。

この旅は、夕日を愛でる旅か・・来年の御歌は、赤い夕陽に戦没者を偲ぶ、でしょうか。

いささか毒を吐いています、ご不快な方は、この先にも毒を吐く予感がありますことを、前もって記しておきます。



到着後においでのあちこちは、どこも近距離にあるところ。

フィリピン独立の英雄ホセ・リサールの、150メートルの高さの記念碑にも供花をされた。

ここもホテルのすぐ近くだそうです。スペインの植民地政策と戦った、非業の最期を遂げられた、今も人々の尊敬を集めていると言う、リサールの埋葬の地。

美智子さんのロマンティシズムを掻きたてたと思う。思ってしまいます。

その方の碑の前に、異国から来て花を手向けるワタクシは、日本の皇后。心を込めて鎮魂、慰霊、そうですわ謝罪もね、溢れるくらい、ふんだんに。

安らかにお眠りなさってね、日本は本当に悪い国、未来永劫、謝り倒すべき国ですのよ、お気の済まれるまで謝らせてやりたいわ・・・・・・・・・・・リサール氏の相手は、スペインでしたのです、こーごーさま・・・。

リサールさん、茶化すつもりは無いのです、ごめんなさい。ウチの国のわけわかんなくなっている皇后が、何を思ってアタマ下げていたか、気になったのです。

リサール碑のみでなく、英雄墓地にも詣でている。

花を捧げて、二人でアタマを下げておられます。

陛下は今回は、パラオとは気候も異なるゆえもおありでしょうか、ネクタイありの上衣お召しの、ごく普通の身なりでいらっしゃいます。

美智子さんは、似た服ばかりおつくりのようでよくわかりません、が、変わった袖の変な服、帽子には造花がいっぱい乗っかっています。変な帽子。

白いスーツにグレーの安定の「死体色」のストッキング、いつも同じツートンカラーの靴、いつも同じなのか同じに見えるだけなのか、グレーのバッグ。

安定の美智子ファッション。本人は落ち着いておられるのか。

国賓として招かれた設定の、政府専用機を利用、国の海の安全のための巡視艇を使用している皇后が、単に自分の趣味で固めているだけのあの身なりでなんだかんだなさっている。誰も注意しないできない、誰の言うことも聞かない。

でも、日本のある意味での代表として行っている。のに。

黙祷をするのに、足が揃っておられない。足の形のせいもあっても、揃った感じにはできると思う。

両手を脇にお辞儀できない。両手は前に、お腹のあたりにもにゃっと組んでおられる。

バッグが左腕に中途半端に引っかかっている。

国賓として、正装で、黙祷している姿に見えません。



ふつうにコンサバティブなナリで出て下さい。黙祷くらい普通になさってください。

言うのも情けないようなことですが、今回の美智子さんの奇矯な振る舞い。落ち着きなく、出しゃばりたそうで、でもそれが出来なくて、ほわあんと中途半端な笑みを浮かべて。

国際親善というけれど、かの国の大統領は、いとも正直に、率直に、

「なんじゃこりゃー」

な表情を、隠さないでおられます。気付かないかな~、これ。

失敗です、この「親善」訪問。そう思わなくても文句言って来ないでね。国辱物とすら思う。

こんなことに血税を消費されて、と、そんなに、思われないのかな・・・


晩餐会について書けませんでした、昨夜の天皇の言葉はまたの機会、全文ご紹介させtいただきますが、アキノ大統領の御言葉が、がつ~んとこたえました。

KUON、個人的に。


私が天皇皇后両陛下にお目にかかるのはこれが4度目となります。(略)お目にかかるたびに感銘を受けるのは、両陛下が示される飾り気のなさ、ご誠実さ、そして優美さです。


ものすごく俗っぽい関心ではあります、わたし俗っぽいのでいいのです(笑)、これ、至近距離で聞いておられたわけだ、美智子さん。

恥ずかしいと思わないのかな・・・思わないよね、当然よ、おほほ。ですかね。皮肉やアテコスリであるはずないですよね、おほほのほ。


異国の英霊を慰霊されるのも大切なことではあるでしょう。

ご自分の国の英霊さま方には、いかがですか。


過去を、あれこれを、忘れないのも大切。

追悼も大切。

でも。皇室の現状を目の当たりにしながら、見場のいい「慰霊の旅を」する老夫婦に、シンパシーを感じ得ません。

夕日を見るのを楽しみにしておられた。そのナレーションが、耳に残っています。










慰霊の地では夕日がきれい。










メディアは、フィリピンの大統領が、空港まで両陛下を出迎えた、これは珍しいことで、と報じていました。

丁重にお迎えいただき、ありがたいことです。言うてはなんですが、日本の天皇はまだ、世の中的には〇〇っても鯛。の、鯛です。

オバマ氏だって、天皇が来れば空港へ出向く。まだ、そういう立場だと思う。立場の話です。

今後はどうなるか、正直、現状ではわからないとしても。それにしても精いっぱいの歓迎をして下さって。


動画を2点ご覧ください。

一つ目の動画、いろいろ見えます。

美智子さんが、出よう出ようとしているのですが、中心は(もちろん)天皇陛下。かの国は、日本の天皇をお迎えされたのですね。シビアな感じがいっそ清々しいような(笑)。自虐などでは無い、美智子さんへの思いが見えるようで。コメントでもいただいていましたが(後でお返事させてもらいます)、大統領も周囲も、天皇だけを見ておられる。

美智子さんはその周りで、慣れない扱われ方に??な気分でもあるのか、出ようとしたり実際に前へパーッと出て行って(1分15秒のあたり)、下がってから陛下は、微妙な手つきで、跳ねたがっている夫人に、左手で、下がって下がって、と意思表示をされているように見えます。

他の場面でも、式典などの中心は天皇、大統領が見ておられるのも天皇。大統領が独身であって、美智子さんの相手までできない、ということでなく、閣下のお姉さまという美しい女性が、細かい気遣いを皇后に向けて下さっているのが分かるのですが、美智子さんはどうも、中心は自分、のおつもりか。

大統領と天皇の、二人の男性、というより、国を代表する双方の場であることが理解できていない気がします。

これも偏見ではないと申しましょう。

動画が、語っているのです。

うろうろ、そわそわ、皇后さまは、落ち着きなく、はっきり申します、見苦しい。そのお立場の方に見えません。

行儀の悪いばあちゃん子どもみたいです。

好奇心の強い生き生きとしたワタクシ、という見られ方を望まれたかもしれませんが、ここでは失敗しておられます。

本当に行儀が悪い。


マニラ湾の夕日を、日本の若者たちとご覧になった。0分45秒から。

若い方々には、頑張って下さいねと、申し上げたい。

その場面に流れたナレーション。

マニラ湾の夕日は、本当に美しいそうで・・動画で見るさえ、ワタシも見てみたい・・と、ヨダレが垂れそうになりました・・・あのご夫婦がそう思われても、責めることはできないのではないか・・・

「マニラ湾の夕日を見ることを楽しみにしておられた」

とか。ナレーター、うっとりと語っていた・・・やっぱり観光旅行よね、とか、言われるかもしんない、とは、思わなかったのkしらん???。

慰霊に行かれたんでしょ。

お腹空いて死んで行った兵隊さんたちは、夕日どころぢゃなかったでしょ。

とか、思う人間がいますよ、ねえ。

・・・一瞬、気にしてしまいました、KUON。

目くじら立てることではない、ええそうでしょうとも。

夕日、見てもいいけど、楽しみにしておられたってのは・・・拙いような。


それはいいのですが。(いいのか?)

1分27秒のあたりから、ほんの少し。


天皇陛下 出発前のお言葉(全文)
 この度、フィリピン国大統領閣下からの御招待により、皇后と共に、同国を訪問いたします。


 私どもは、ガルシア大統領が国賓として日本を御訪問になったことに対する答訪として、昭和三十七年、昭和天皇の名代として、フィリピンを訪問いたしました。それから五十四年、日・フィリピン国交正常化六十周年に当たり、皇后と共に再び同国を訪れることをうれしく、感慨深く思っております。


 フィリピンでは、先の戦争において、フィリピン人、米国人、日本人の多くの命が失われました。中でもマニラの市街戦においては、膨大な数に及ぶ無辜のフィリピン市民が犠牲になりました。私どもはこのことを常に心に置き、この度の訪問を果たしていきたいと思っています。


 旅の終わりには、ルソン島東部のカリラヤの地で、フィリピン各地で戦没した私どもの同胞の霊を弔う碑に詣でます。


 この度の訪問が、両国の相互理解と友好関係の更なる増進に資するよう深く願っております。


 終わりに内閣総理大臣始め、この訪問に心を寄せられた多くの人々に深く感謝いたします。


陛下、しっかり読み上げておられます、お言葉を述べておられます。

「マニラ市街ではたくさんの無辜の人々が」

亡くなったことを。アメリカ人がやったんでしょ、それ、多くは。アメリカの分まで謝っちゃうなんて謝罪の、大盤振る舞いです、夕日が見たかったどころの拙さではありません。

動画の数秒、陛下の仰り方ですと、そのことをしたのは、日本人です、に聞こえます。それが目的ですか・


やはり、やってはいけないことを、やって下さる。

今夜は晩餐会だとのこと。

そこでも、何を仰っておられるやら。



お~つ~き~。






両陛下は無事、フィリピンにご到着。

当地の皆さまは「温かくお迎え」して下さり、ありがとうございます。

もうすぐ総選挙のご多忙な時期に「温かなお迎え」本っ当に、ありがとうございます。

いやあすみませんねえ、ホントに行ってしまってねえ、こうなったらもう、どうぞお守りをよろしくお願い申し上げます。と。フゥ。

モミモミ(揉み手の音)。どうもうちらのあのお二人がお出かけやらかされますと、国民の一人ミジンコKUON、卑屈になっていけませんや。

謝罪とは金のことだよ、と押し切って来る、ほれ、あっちのあの国、とは一緒にならない国で。「親日国」が相手だったりすると、必要以上に、行っちゃってごめんね~、な感情が、涌くんですのさ。


お見送りの皇族方。

ぜんぜんお忙しくないまたこたまは、イコールお疲れでもなかろうに、搭乗の前の室内での式典は前例通り出てきやがりませんでしたね。納得。

カメラにずうっと移される屋外では、ばっちり出て来てた。1999年のベルギー行きの際の(?)ろいやるぶるーのコートをお召しで。

これ着て行った先で、ワインをがぶ飲みされ、ハイヒールで歩き回り、帰国後に第一子を(皇太子妃としては第一子を)流産されました。思い出のコートといっても、記憶からのけておきたい記憶ではないですかしら。

お腹からベビーが消えるのは、そんなに辛くもなかったのかな・・・ま。ひと様の気持ちなど、わかりませんからね。

忘れてるだけって可能性もありますね。

やっぱりぺちゃくちゃと、 侍従 横に控える夫さんに話しかけていました。

毎日いっしょに家にいて、何を話すことがあるかと疑問を抱くのは、あの夫婦ウォッチャーとしては初心者。

カメラのあるとこ。人前でしか、言葉を交わしたりなさらないんでした、そうでした、はいはい。

ナルさまは、自動的に、ツマの声が聞こえて来たら顔は「笑顔」風になり、コクコクと、うなづきペンギンに瞬間変化する。

なんかそれって、ボクタンすっごくエラい方なのにさ、悔しい気がしたりもするので、そのうっぷん晴らしとしては、ツマのいないとこで、ふんぞりペンギンと化す訳です。

ではないですかしら。


巨大な政府専用機。降りて来られる時も大変そう。

コートの下のスーツの上着と共布の、山伏風小皿帽。黒いゴムがシルバーグレイのおぐしにとっても目だって、おされ(か?)。

帽子の模様が、十字架の形に見えると既に、巷のウワサ。

バッテンにも見える。

十字架なら逆十字。バッテンならすっごいデカいバッテンに見えます。

偏見無しに、フツーに、そう、見えます。写真では、ですが.





準備完了。




去年。平成27年4月、パラオに於ける天皇陛下のお言葉です。


平成27年4月8日(水)

パラオ国主催晩餐会における天皇陛下のご答辞(ガラマヨン文化センター)


戦後70年に当たる本年,皇后と共に,パラオ共和国を訪問できましたことは,誠に感慨深く,ここにレメンゲサウ大統領閣下のこの度の御招待に対し,深く感謝の意を表します。今夕は,私どものために晩餐会を催してくださり,大統領閣下から丁重な歓迎の言葉を頂き,ありがとうございました。また,この訪問に合わせ,モリ ミクロネシア連邦大統領御夫妻,ロヤック マーシャル諸島共和国大統領御夫妻がここパラオ国を御訪問になり,今日,明日と続き,私どもと行動を共にしてくださることも誠にうれしく,心より感謝いたします。

なお,この度の訪問を前にして,ミクロネシア連邦を襲った台風の被害を耳にいたしました。ここに犠牲になられた方々を悼み,御遺族へのお悔やみをお伝えするとともに,被害を受けた大勢の方々に心よりお見舞い申し上げます。地域の復興の一日も早いことを念願しております。

ミクロネシア地域は第一次世界大戦後,国際連盟の下で,日本の委任統治領になりました。パラオには,南洋庁が設置され,多くの日本人が移住してきました。移住した日本人はパラオの人々と交流を深め,協力して地域の発展に力を尽くしたと聞いております。クニオ・ナカムラ元大統領始め,今日貴国で活躍しておられる方々に日本語の名を持つ方が多いことも,長く深い交流の歴史を思い起こさせるものであり,私どもに親しみを感じさせます。

しかしながら,先の戦争においては,貴国を含むこの地域において日米の熾烈しれつな戦闘が行われ,多くの人命が失われました。日本軍は貴国民に,安全な場所への疎開を勧める等,貴国民の安全に配慮したと言われておりますが,空襲や食糧難,疫病による犠牲者が生じたのは痛ましいことでした。ここパラオの地において,私どもは先の戦争で亡くなったすべての人々を追悼し,その遺族の歩んできた苦難の道をしのびたいと思います。

また,私どもは,この機会に,この地域の人々が,厳しい戦禍を体験したにもかかわらず,戦後に慰霊碑や墓地の管理,清掃,遺骨の収集などに尽力されたことに対して心から謝意を表します。

ミクロネシア三国と日本との外交関係が樹立されてから20年以上がたちました。今日,日本とこの地域との間では漁業や観光の分野を中心として関係が深まってきていることは誠に喜ばしいことです。今後それぞれの国との間で一層交流が盛んになることを願ってやみません。

ここに杯を挙げて,パラオ共和国大統領閣下,令夫人,ミクロネシア連邦大統領閣下,令夫人,及び,マーシャル諸島共和国大統領閣下,令夫人の御健勝とそれぞれの国の国民の幸せを祈ります。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上は、去年のパラオ行きでのオコトバでした。

今年、今日は、フィリピンへ発たれます。

その前に、皇太子に対して、

「キミが留守中の国事臨時代行者だよ」

と陛下は仰り(ませんでしょう)

美智子さんは

「ナルちゃん頼んだわよ、もう少ししたらホンモノになるのですから、今は臨時国事代行、しっかりね。この期間は、あなたが、皇室のトップよ」

とは、仰るわけもないです、でも、こういうことですね。

トップという言葉は、非常に実体に合いませんが、あの勢力には、そういう感覚だと思われます。皇室にあるはずは「権威」であって「権力」ではないのですが。

そして皇太子ナルヒト氏は、その「天皇よりの国事行為臨時代行に関する勅書の御伝達を、「受領」されたのでした。

1月の、25日に。昨日ですね。




空耳ではなかった。




両陛下、武蔵野陵の参拝取りやめ 積雪の交通対策に配慮

2016年1月18日17時39分

 宮内庁は18日、天皇、皇后両陛下が武蔵野陵と武蔵野東陵を参拝し、フィリピン訪問を報告する19日の予定について、雪のために取りやめると発表した。雪で参拝が困難な状況であることや、訪問により積雪の交通対策にあたっている警視庁の業務に影響を及ぼすため、と説明している。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


前記事のこと。

東京の雪事情について、詳しくわかりません。

宮内庁さまの仰せも、両陛下がそうして定まったこと・・参拝・・・というより。

もっと元のところ。

天皇として(夫人はどうでもよろしいのです私は)「先の戦争の日本国のいろんなことのお詫び」をしに行くらしいですが・・・慰霊とは方便ですね、わたしの内部では・・・昭和天皇の陵に、参拝しないで、行く。

そのことが、理解不能です。まさこたちも(ナルヒト侍従も共にカウント)挨拶無し、それでいいのよ、なのか。以後、これを前例とされるのかな、宮内庁というお役所。

宮内庁。

目論んで実行して来た祭祀の簡略化は周知のこと。

こんなことも、強引にするんだ。一番か二番目に大切に思うことなら、取りやめてそのまま、には、しないですよね。


空耳ではなかった、よかった、とか、そういう問題ではありません。


天皇は、何をするヒトなのか。

祭祀王。神道の長の家の長。

にんげんの勝手な思案や都合に、その一条が簡単に排除されるなら、天皇はそれだけのものかなあ、ってなりませんかの。

陛下はもう、そんな主張(のようなもの)を、胸にお抱きでないのでしょうか。



呆然とすること。





本当のことなのかどうか。

あさって26日は両陛下、フィリピンへ向かって発たれる。

「ご公務」設定のようです。国防のための海保の巡視艇を使われての、公務、なのですね今度も。

謝りに行く。日本は悪い国ですと、押しかけ謝罪。

どの国も、こんな形の謝罪をしていません。ドイツだってしていない。忘れていないと明確に(ある意味ドイツ人らしく徹底したやり方で)知らせるための教育をしつつ(でもネオナチも生まれる)、しかし、「謝罪」とは明らかに次元を分けています。

フィリピン行の準備は着々となされている様子。

15日には首席随員(ついて行かれる方?)と会って、昼食を共にされた。

16日は美智子夫人はコカリナを聴きに行かれ、ご自分も小さいのを吹いたとか?。

17日は阪神淡路大震災の日で、黙祷をされたとか。

18日に、戦没者のご遺族に会われている。光栄だと、お喜びでしたでしょうか。

懇談もされた。かつて兵だった方は、大変感激されたとか。

天皇の感慨も深く

「やはり戦争を正しく伝えて行かなければなりませんね」

と仰せだったと。私には意味がわかりません。

正しく伝えるって。レポート〇〇枚くらい書いていただいて(美智子さんの代筆でも可・この際)、説明してもらいたい感じ。

・・ご高齢の元・日本兵、生きて帰国されて天皇に招かれて感激された方が、数人。

陛下にお会いになれてお喜びなのは、よかったですね、と以外、言いようが無いです。

それ以外の反応は「世間が許さん」でしょう。KUONの感想も。お口チャックだ。

いつものように奉仕団の方々にお会釈なさったり。

駐日フィリピン大使と懇談されたり昼食を共にされたり。

ご夫妻の「慰霊の旅」は、もうすぐ。

おやつ300円まで、は、守られるでしょうか。着替えは、陛下が二組、美智子さんは何組くらい? バナナはおやつに含まれますか、パジャマは着替えの枚数に含みますか、晩餐会にアタマにのっけるはずの、煌めく宝冠はお持ちでしょうか、出国の時と帰国の時と、宝冠の重さが違うとか、そーゆーことは、どうなのか、とっても気になります、KUON.。宝冠そのものが、存在するとして、の話ですが。


何より。他のことはどうでも。

皇族の海外への親善訪問だか徘徊公務だか、まさか「皇室外交」では、今回は無いと思いますが。

外国へ行かれる時は、ある時期までは、記者会見、宮中三殿への拝礼、武蔵野御陵への参拝。この三点が(失礼)セットになっていたはずですが。

まさこは、しませんよ、オランダへだって、武蔵野御陵も三殿もブッチして行きました、記者会見は、もう二昔に近く、しとりまっせん。

まさこは。

でも。

両陛下は、まさことは違うはず。同じだなんて思うも申すも、無礼、不遜、とか、言うのですよね・・

本当でしょうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


今上と、その夫人は、

雪の問題で。

警察官諸氏の、雪への対応に配慮して。

武蔵野御陵、武蔵野東陵への、

参拝を、

お取り止めにおなりあそばした。


・・・雪が降るかも知れん時期に設定した徘徊。

・・・日頃配慮などなさらず、好き放題に行きたいところへ行って、どんな対応だってさせている特権階級の二人が。

御陵への参拝を、取りやめたと、おっしゃいますよ。

まさか。と思うけど。そんなことない、当たり前に行かれた、という知らせもありませんで。


もしももしも本当でしたら。

終わりですよね。

KUONの空耳、だったのならいいのですが。

配慮って。





だから。




天皇だから敬われるのではない

民と国のために祈る祭祀王だから尊ばれるのである



・・・長屋の爺さまブログ「不必要な善意」で、一度ならず読ませていただいた言葉です。

本当にそうだと思います。







皇族だから慕わしいのではありません。

おそらくさまざまに大変なこともおありのなか、皇族らしいお姿で、

いて下さるから、だから、誇らしい。たいせつにも自慢にも思うのです。









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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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