KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

私も言います、鬼ばばあ!。




BBさんの最新記事の冒頭の部分。

(BBさま、転載ご自由に、に甘えて拝借します。)以下。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

佳子さま 学園祭欠席

皇后陛下に呼びつけられた佳子さま、ご慈愛だか何だか

「ダンスサークルは入ってもよろしいけど、ステージには立って目立ってはだめ」

と言われたのですって。

佳子さまが国民の人気と関心の的になっていることに対して

「驚きと不安」を持たれ、学園生活の華、学園祭を欠席させる。

いずれ降嫁して、普通のお暮らしをなさるお方から、二度とない青春の思い出を取り上げたのです。ステージに出ないっておっしゃってるのだから、せめて文化祭に出るぐらいよろしいじゃないですか。

これって、世間ではイジメって言いますけど?

「目立ってはだめ」って、どのお口で!?

将来、女帝として立てたい愛子さまを差し置いて、「宮家の娘に過ぎない」佳子さまが華やかに取り上げられるのが、面白くないのでしょうが、しょうがないでしょ、ろくに言葉も聞けない愛子さまと比べても。

・・・………………………・引用ここまで。ありがとうございました。


にゃ~にが「驚きと不安を持たれ」じゃ。

不安持つ相手がまず違う。

なんかもう、アタマのタガが外れておられますね、美智子さん。独裁者です。〇カに権力持たせるとロクなことない、の、見本化して来られました。

権力者のイヤらしい部分、モロ。老害です、わたしも言うわ、意地悪ばばあ。

佳子さまは抵抗できないお立場です。佳子さまのお母さまも、皇后さま、ご夫君のお母さん、に、抵抗なさらない方と思われます。そういう、本当のことがすっきり解っておられる、という感じが、見て子さんのイライラを誘うのでしょか。女帝陛下に、逆らわないながら、へつらわない、凛然とした態度を保っておられる(ように見える、ようにしか見えない)。そうなのだと確信しています。紀子さま。

見て子さまの精神レベルに合わせていたら、まっさかさまに皇室消滅の危機です。懸命に、その大切なものを、守って下さっているのに。お子さま方にも、言い聞かせておられると思います。お子さまがたは、お母さまのことを大好きで、後ろ姿をしっかりと見ておられると思います。。でも、

美智子さんが宣伝していたようには、お祖母さまのこと、お好きかなあ。

目立つなと。何を言うか。佳子さまは、フィギュアスケートも途中で止めておられます。悔しいことが、幾つもおありになったのだろうと思います。

どこか、どなたかに遠慮されてのことかな、と、感じていました。平気でスケートリンク貸し切って練習されるお子さんのようには、練習もお出来になられなかったのですし。そういえばあの方、スケートの方、どうなっちゃっておられるのかしら。イヤミ言ってしまいました。もっと言いたい。いっぱい。


ご降嫁された方のことを、引き合いに出すのはどうか、とも思うのですけれど。

清子さんに対して含むところは、本当に無いのですけれど。

あえて書かせていただきます。

清子内親王は、日本舞踊を習っておいででした。

お稽古に関するうたも、一首ならずあります。


・初舞台ちかつきし日の花盛る梅の林に鶯宿梅舞ふ

 ・はつぶたい ちかつきしひの はなさかる むめのはやしに あうしゅくばいまふ

                         平成十一年

・稽古場はあけはなたれてのびやかに師の口三味線の流れきたりぬ

 ・けいこばは あけはなたれて のびやかに しのくちじゃみせんの ながれきたりぬ

                         平成十一年

・唇に冷たく紅の引かれゆきて菊慈童舞ふ時ちかづきぬ

 ・くちびるに つめたくべにの ひかれゆきて きくじどうまふ ときちかづきぬ  

                         平成十五年

・新しき萩のゆかたを包みもちて長月舞ひの稽古に出でゆく

 ・あたらしき はぎのゆかたを つつみもちて ながつきまひの けいこにいでゆく  

                         平成十四年


三十代初めの頃のおうたでしょうか。

紀宮さまは舞いがお好きだったんだなあ、と感じます、楽しそうに弾んで詠んでおられます。

二首目のうたの「口三味線、の語が気になりますが、それは後で。

確か両陛下も、お嬢さんの舞台を見に行かれたことがあったはずです。

好きなことを、いっしょうけんめいに習っての子の発表会。親として嬉しく晴れがましいのは、やんごとないお方も市井の親も同じと思う。

あまり出て来ない話に思うのですが、清子さんの日本舞踊、当時、よく思われない向きがおられました。ちらほらとは出ても、大きい声にはならなかった。

佳子さまに「目立つから舞台に立つな」と、鬼ばばストップがかけられたと聞いて、記憶の底から浮かび上がって来ました。

すっぱり書けば、

「内親王が舞いをするなど聞いたことがない、ふさわしくない」

という声だったんです。舞いは、花柳界につながるものという感じで、けっこう、あの頃は、そんなことが囁かれていたような。

今回の舞台に云々、のゴチャを聞いて、思い出しました。

ダンスは肌が露出したりメイクもきつめにしたり、その他で、ダメ、なのでしょうか。私事ながら私の娘はプロのダンサー。バレエを始めた幼い頃は、ただただ可愛いわね、だったのですが、ストリートダンスやヒップホップも経て、現在はポールダンスの社団法人の理事長になっている。いろんな目もあります、まだまだ偏見があります、ずっと見て来たから知っています。

そういう感じに近く、もしや美智子さんは「ダンス」をイメージしておられて、ダメ、なのでしょうか。どの道もそうでしょうが、高みをめざせば、一日も稽古を欠かせない世界でもあるのですが。

テニスのスコートや、ぶら無しダッシュや、マントドレスや皿帽子や、陛下へばりつき、あるいは、陛下離さないわよ、の、あの醜態はどうなのか、東の方のあの無惨な・・。

佳子さまは、ダンサーになりたいとは、思われないでしょう、内心はともかく。望んでかなえられないことは十分に自覚しておられるのではないか、ご公務しっかり、すばらしく、おつとめです。好感度すごいです。

短い学生さん時代、存分に打ちこまれていけないとは考えられません。

東の方々は、な~~~~~~~~んにも、なさってない、何も続いてない、劣化の一途をたどるばかり・・・と、見えてしまう私は、不敬ですかしら~~~~~。どうなんですか、美智子さん。

清子さんの日本舞踊のこと随分、あれこれな声があったのでした。

お稽古着が、ゆかた。内親王が外で浴衣着るのね、とか。

ゆかたって、基本、家着、寝間着ですから。まあ、そんなこと言いかけたらキリがなさそうです。

舞台用の濃い口紅、引くのね、とか。(直宮家の妃殿下方は、眉も口紅も濃くて白塗りメイクの時も多かった・・・でも、その方々も、内親王の舞台化粧には何か一言おありだったような。

お母さまに対するモヤモヤが、そんな時にそんな形で出たのでもあるのでしょうね。

美智子さんは、ものすっごく、妃殿下方に嫌われておいででしたから。とばっちり、だったのかもしれません。あるいは。

親への反感のとばっちり受ける子、いますから。いい子なのに、とか、そういう問題では無く。

前述の「口三味線」、気になるのは。

この言葉には二つの意味があります。文字通り、ちん、とん、しゃん、のように、お弟子さんにお稽古つけるおっしょさんの、ほれ、それ、みたいな。もう一つは、よろしくないイメージの言葉として、口三味線と言う一語はあります。品のいいイメージの言葉ではない。

お稽古語としてお使いなのは百も承知ながら、うたになっていて表に出されている、読めばドキッとする者もいる、という話です。お琴は学ばれても、皇族は三味線、どなたも、弾かれないでしょう。「口三味線」も、たぶん、公にはお口から洩れて出て来ませんね。

モンローのメイクで不特定多数の殿方に向けて投げキッスしたりしちゃった方は、でも、いたな・・・誰だったかな・・・(答え・久子さんです)。

清子さんの舞台姿は、本の中に、カラー写真二枚あって、しっかりお腰が定まっていて、素人目にも美しいと思います。

もう少し書かせていただくと、幼い紀宮さまの写真は、可愛らしく品よく、何とも言えない。拝見していてこちらの頬が緩んで来てしまう、賢そうで視線がまっすぐで、お口もきゅっと締まっておられてお行儀よくて、ほんとうに、可愛らしい。


内親王に舞いなんかさせて、と、そんな言葉が向けられていた、あんな日々のことなども。

過ぎ去った日々のことです。もう今は、忘れ去られているようなこと。

だ・け・ど。

よお言うわ。鬼ばば。

ご自分は毎年、はっきり言えばいっぱんの皆さま方が練習の成果を発表される、貴重な機会、貴重な場所、貴重な時間をジャックして。

頸の痛さは忘れちゃうのか。前屈みの、その姿勢ではお背中にさぞやおこたえになるでしょうに、の舞台姿。お澄ましして、いかがかしら、わたくしが、このわたくしが、弾いて差し上げてますのよ、めったにないことを、して差し上げておりますのよ~おっほほ。

ピアノ、弾かれますやんか。

あれ、目立ちます。悪く目立つ。

ご自分のことはわからない。誰もそんな面を持っています。とはいえ。

なにゆえかは知らねど、ご次男夫婦のお子さまがたへのあたりが、ほとほと、信じがたく、ものすごくきつい。

佳子さまは、どんな風にも抗うことはお出来になれない。お友達に、うちのブリッコ鬼ばばがさあ、とも、仰れない。

酷いことを。美智子さん。あんなすばらしいお嬢さんを、あなた様にはもったいないお孫さんなのに。あ~あ。

あ~あ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



最後に、唐突ですが、若くに逝ってしまわれた歌舞伎の中村勘三郎さんの言葉を。

.
三味線なんてものは下品なもんなんですよ。能の人が最初観に来た時、「こんなの観てられるか!」って帰っちゃたんですもんね。いまは人が減ってきてそういう風に言わないけどね。でもね、三味線の音を背景して演じる歌舞伎はそこんとかが魅力なんですよ。下品なところの花っぽいところがね。  

                                                       中村勘三郎


この方は、幼い頃からチヤホヤされて陽のあたる道を来られた方なのですが、ずっとご自分のことを「河原乞食」と称しておられました。梨園の御曹司、なんて、笑っちゃうよね、と。ご自分の道に自信がおありだったのだと思うのです。水面下の努力の凄さと、真似しようのない天賦の才をも想います。

脈絡のあるような無いような、こんなことも、書いてしまいました。

佳子さま、見る人は見ています。きっと、空から、神さまも。ご先祖様も。

一番こころ強い、お父さまとお母さまも。お姉さまも。弟の悠仁さまも。しっかりとよく見える目で、いつも。

(失礼ながら)ファイト!。

















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お出まし~。

[皇太子ご夫妻あす来鹿

15年ぶりのご訪問です。宮内庁は国民文化祭の開催にあわせてあす皇太子妃・雅子さまがご体調に問題なければ皇太子さまとともに鹿児島を訪問されると発表しました。皇太子ご夫妻が鹿児島を訪問されるのは2000年、屋久島の世界自然遺産会議以来です。雅子さまはあさって薩摩川内市で開かれる「全国はんやの祭典」には同行されない予定ですがご体調に問題無ければ国民文化祭の開会式にはお二人で出席されるということです。

10/29 鹿児島放送]


朝から笑わせていただき、今やさすが、存在価値のハルマゲドン道=「笑われ道」をブレなく邁進されるトーグーご夫妻。と、頭(こうべ)を垂れる思い、いや実際垂れましたわこの報道記事の必死さに、胸打たれるものがありまして、お腹かかえちゃったから~。笑。

主語は「まさこさま」ですし。間違いではないです(よね?)。

きっと、失礼の(なるべく)無いように、でも真実への追及の姿勢(きりっ)については、マス・メディアのプライド、失いたくなく、失わないように、もっとぶっちゃけて言えば、あんなんのせいで始末書書かされたくない。

絶妙の表現と、感じ入った次第で、爆笑しておりました、今でもお腹がクフクフ震えております。筋肉運動までさせて下さるなんて、なんてナイス。それにしてもまさこさま。

公務行ったろかな~の尊いご決意、ドタらないでのご出発、涙のご実行。

ぶれないおきさきさまを扱う者たちの、これだけは鉄壁の公文書文言「体調に問題なければ」設定。

二こ目の体調に問題なければ、は、

開会式には

お二人で出席。

ですとか。嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚嗚、以下略。なんと畏れ多い、なんとご立派なご献身、どなたかよりのアドバイスか、はたまた、50面(ヅラ)提げての「学習」か。ちゅこちは、かちこく、なったのか、まさこたま。

這ってでもご公務を。ほの見えるのはその姿勢ですね。

なんとありがたいことにてごじゃりましょう。

まさこさまが、ナルたんと共に、一緒に、お揃いで、横並びで、側に坐ってやってやっちゃう、ち、ウゼえけど、しゃあない、たまにはやったるわ、クリスマスも近いしよお、なんて、敬語もウロたえ崩れ、敬意など既にとっくに無い、冥王星の彼方に飛んで行き済み、のココロに思ふ、

捨て身の、ご公務への、ご熱意。決意の涙の這ってでも、の。

どうしたん、まさこざま。

地球の裏側へ「民間機で」御出立あそばされた秋篠宮殿下同妃殿下が、あまりにも秋の日差しのもと、きらめくごとく神々しくあらせられたので。

とか、考えたりはしないの、もう。答えは判っているの。

必要とするの、まさこの露出を、どこぞのしゅうかんしが、そゆことかな、とか。他にもありますわね、きっと。もう面倒だから、お尻叩かれて、とか、誰が叩く、とか、考えません。

さすが「皇太子さまっておえらいの?」発言で知られるひでんか。今やご自分の方がエライ、主導権は自分、気に障らんかったら顔くらいそっちに向けてあげるわよ、の方式は、あのご旧家に於いては、二代続きなんですね。

またこたま。

出て来たら来たで、いっかいの(漢字表記では一介の)KUONなんかに、ここまで言われておしまいになる、とーぐー妃。

昨日、園遊会の記事に、出て来るな、と書いたのに。

いっぱんたいしゅう(漢字表記では一般大衆)はざんこくですね。

いや。なさるべきことをなさっていれば、KUONは何も思いません、言いません。さして多くなど望んでおりません。

ふつうに。それらしく。にんげんなみに、あっていただければ。そうなんですよ、あねね。またこたま。

雅子さん。あなた様が、実は、本当のところは。

ご病気なのであって、サボりではない、サボリと言われるのは心外である、傷つく、むごう(酷い、の語尾変化)ござる、止めて欲しい。

そうであるなら、お医者さまにおかかりになって、署名・捺印のある診断書を、お示し下さい、妃殿下。

この国では、病欠の場合には人は、そういった手続を踏んで、公的な仕事を休むことになっております。

当初の期間が過ぎれば再び、医師の診断を仰ぎ、書類を、必要なあたりへ提出する。

10余年もそれがなされていなければ・・・一般的にはあり得ないことではありますが・・・その場を退くや否やの話になって参ります・・・ってか、とっくにそこには、いられないですよ、一般的には。外務省なんぞにお勤め経験おありで、知らない、では通らないですのよ。お給料、もらって、ポンギで遊んだでしょ。惣菜パン、買い占めて召し上がったでしょ。ね。

そんなこと忘れてしまった? ははは。とうぐうひに、おなりですもんね。ま、昔の言い方で、まさこさんの永久就職。(笑)。先は皇室。

で。

一国の東宮の妻が、まともな診断書一通、出さないままに居座っておられるのです、どう言われても仕方が無い。そこ退け、と言いに行くヒトもいない国で、よかったですね、まさこさん。

ご実家のお母さまは、何を思って、ご入内の長女を送り出す時期に、ちゃうしゃすく、なんて語を、口からお出しになったのかしら。母親って、縁側でアルバム眺めて涙ぐんだりしても、チャウシャスク、とは、言わないものの気がします。リアルに唯物論のお母さまで、それもよかったですね、まさこさん。

人のものはワタシのもの。御所のものはうちのもの。・・・なるほど。親子で波長が合っていて、よかった。のかな。???。

いや。よくないんですよ。

全くよくないのですけどね。

・・・どのツラさげて出て来たか、今日、後には、ユーty-ブなどで見られるでしょう。

光り輝くご夫妻の動画は出なくても、さあ、どうでしょうか。

秋篠宮両殿下の動画を、ひとつだけ、見つけることができました。結界を張った中に、貼らせていただきます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・結界・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まさこさんの「画」は出て来たら、例のいつもの、あのニタニタの、クスリ・キメてる状態の回転メダマの、まさこさんの顔ですね、わかっております、慣らされて来ています。

けさ早くにコメントで教えていただきました。

鹿児島は、早速に、雨、ですと。まあわかり易い。

連休の方も多いでしょう、交通規制が派手な夫婦なので、メイワクでしょうね、そちらの方々は。

先日、ナルさんが一人で行かれたあの地では、お酒を何本か、と、甘いモノと、ほかいろいろ、 おねだり ご寄贈があったそうです。鹿児島にもありますね、美味しいお酒、焼酎、和のスイーツも。皇太子さまにプレゼント、と、名が挙がっても、他ではどうか存じませんが、たとえばKUONのヘタレブログ中での扱いは・・・焼酎やお酒やスイーツを貶める意図はありませんので、言葉をここでは慎みましょう。

鹿児島は九州にあります。以前の私なら、足を延ばされてご慰霊を、とか、思ったかも知れません。

今は言いません。悲しいので、言えません。人間相手になら、言える言葉を。

その海は近いですのにね、と。

なるひとさん、まさこさん。ご退位下さい。廃位になって下さい。

廃太子。廃妃を。



園遊会はご帰国後。


秋篠宮ご夫妻は27日、ブラジル公式訪問のため、羽田空港を出発された。
外交樹立120周年の記念行事などに出席するため、ブラジルを公式訪問する秋篠宮ご夫妻は、宮内庁職員などの見送りを受け、民間機に乗り込み、午前11時40分すぎ、東京国際空港を出発された。
ご夫妻は、フランクフルト経由で28日、ブラジル・サンパウロ州に到着し、11月5日には、首都・ブラジリアで連邦議会による記念式典に出席する。
また、翌6日には、ルセフ大統領を表敬し、11月10日に帰国される予定。


                                                         FNN


秋篠宮ご夫妻は、日本とブラジルの外交樹立120周年の記念行事などに出席するため、ブラジルに出発されました。

午前11時40分すぎ、秋篠宮ご夫妻は民間機で羽田空港を出発、ドイツのフランクフルト経由でブラジルに向かわれました。

今回のブラジル公式訪問で秋篠宮ご夫妻は、首都ブラジリアで開かれる外交樹立120周年の記念式典などに出席されるほか、サンパウロなど各都市を回って日系人との懇談会などに臨まれる予定です。

秋篠宮さまは1988年にブラジルを訪れたことがありますが、紀子さまは初めての訪問となります。(27日14:35)

                                                        TBS


おおむね、こういった感じの報道です。

民間機でのご出発。いちおう決まりごとの線ではありますが、両殿下は正式訪問。ご公務です。

「親友」らしいベルギーのファビオラ元王妃のご葬儀に政府専用機を飛ばして参列された カラス天狗 美智子さま。お立場は皇后、だから、専用機を使われたと思うのですが、あちらで、葬儀を司る司教に対して、深々とお辞儀をなさってる。

周囲の方々は奇異の目で見ておられた。写真を見ていただけないのは残念です、すみません。

日本の皇后が、あの場で、あの司司教さまにお辞儀をしちゃったのは、すっごく、ぺけ、なことでした。


以下はブログ「わがまま、親父の独り言」さんから拝借。来年早々の両陛下のフィリピン 徘徊 ご訪問にからめての記事の一部をお借りしたのです。

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(略)フィリピンは東南アジアで唯一のキリスト教国、それもカソリックは97%の国、この国にはシンという中国系の政治好きの枢機卿がいる、美智子皇后、そんな坊主に間違っても臣下の礼を取る、何てことは絶対にしないでほしい、何故、そんな事を心配するのかと言えば過去にヨーロッパ王族葬儀儀式にそれをやった前科があるからだ。

(写真あり)

これは写真に写っている周りの人間の表情を身てもらえれば分かるが、皆、奇異の表情を浮かべている、もし、これをフィリピンのシン枢機卿にやればフィリピン国民は、何だ日本のエンペラーの奥さんて、シン枢機卿より地位が下なんだ、と思われてしまう。

註、カソリックにおける枢機卿とは司祭,司教の位階を持ち、選ばれて枢機卿となり教皇に次ぐ地位であり、教皇職は世界にいるこれらの枢機卿たちの互選で選ばれる、この選挙をコンクラーヴェという、枢機卿の敬称は猊下と呼ばれる、カソリック信者にとっては非常に高い地位を占める。
尚、美智子皇后が頭を下げている人物は司教であって枢機卿ではないが、カソリック信者である美智子皇后にとってはそれでも高い地位をもつ。

この事は本人は気がついてはおられないと思うが、日本の最高神官職、天皇の后が自らの権威と地位を貶めいれていることになり、絶対にやってはいけない事である。


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引用ここまで。ありがとうございました。

こういったぐちゃぐちゃ具合が気になります。行きたいお葬式になら、個人の資格で行かれればいい。それでもお付きは沢山ついて他にもあれこれ、であっても、公私の区別がついていない、感は、マシではないかと。

公人と私人の区別をどうお考えかわかりません。考えたこと、おありかな? 

わたくしは〇〇子。世界は私にひれ伏しなさい。

という不条理漫画がありました、吉田 戦車でない、和田 ラヂオでない、誰だったか、見るたび爆笑していましたっけ。(笑)。


何度でも言います。皇太子は、2008年に一人でブラジルを訪問しています。

あちらの新聞の一面に、でっかく掲載されておられた。

SGI。創価学会インターナショナルの新聞に。「会長さまのご子息さま」とも、ご一緒に、写っておられます。同卓にも着いています。信者さんが「皇太子さまたちも信心を始められたのよ」と、勢いづくのもむべなるかな。

ま。

ナル氏は「、しゅうきんぺい」の夫人とも並んで写っておられるし(招待したんですよ、音楽会の場に、ナルたんが)。国連のえらいさんの「はんきじゅん=ぱんきむん」・・名前、漢字で書けません、どうも失礼(儀礼的に言ってみました)。とも、仲良し風に写真とられています。

日本の、一応は皇太子だから、持ち上げられはする、利用できるヤツと目されて笑顔を向けられていることを、自分自身への笑顔であると、疑いもしない。そこへ近づいてはいけない、の、そこも何も、分かっていない。

ぼく、皇室のボンボンですから~。って、ギャグにもならん。

先日、しゅう氏が訪英の折り、英国王室のやり方、しっかり見せてもらって笑いました。晩餐会。

王太子であるチャールズさんは、欠席。もともと変わった方ではある、そう来ましたか。

次男のアンドリュー王子は、王位継承権4番目(ジョージ王子がおられるから5番目? シャーロット王女もおられるから6番目?)とにかく、気楽なお立場。その王子さまは、しゅう氏が何やら話している隣で、

だっらだらの態度で、肘掛けに肘ついて、やる気1ポンドもありませ~ん、の態度。

隣の女性(一般人であろうはずがない、ティアラ姿の)は、バッグを目の前、食卓にどかっと置いて退屈そう。

女性の隣のアラブの王族(?)は、ロンドンの夜を満喫されてお疲れか、頸を垂れて爆睡。のお姿でした。

きんぺーは、平然と喋ってはりました。飛行機、大人買いしたし。女王陛下と握手もしたし、キャサリン妃は真っカッカのドレスで迎えてくれたし。・・アクセサリーはいっさい、無かったです、よく、やりはったなあ、という感じ。

英王室は大富豪で、利殖にも積極的。独立した王家ですし。政治には口を出しも出させもしないやり方で続いておられるし。

中国から来た男は、爆買いでとにかく儲けさせてくらたし一応、国のトップだし、晩ご飯くらい、どうぞ、ってするけど。

誰にも彼にも、にたにたと「いい顔」しないのよ、英国王室は。

って感じでした、あからさまななさりようで、私は面白かった。

王室と皇室を比較するのは愚かでしょう。成りたちから現状まで、すべてが違います。

このたび聞いた話で笑ったのは、

「イギリス王室はバイキングの子孫、戦って欺いて勝ち上がったバイキングの子孫だから、血は激しい。甘い顔を見せたらやられると、知っているから、自分流を貫くのは当たり前で、云々。

ナル氏とまさこは、言いようのないほど、見下げられていますね。

日本人としては、悔しくなくは無い。でも、私だってあの二人をバカとしか見ていないので、ううん・・・馬鹿は本当なので、イヤですね。

アタマから毛布かぶせて、どこかへ連れ去って、無かったこと、無いヒトビトにしたい存在ですね。


で。  

その二人は、日本に残っていて、どこからも「公務」のお誘いは無いので、どうしているやら。

暇だからまさこさん、今からでも前歯、矯正器具付けられればよろしいのに。

目立たないのもありますよ、今は。お金もったいない気もしますが。

ナル氏は、先日いただいたコメントにありましたが(ありがとうございました)お酒の燗。

とっくりだの何だのでなく、ヤカンで燗つけてくれ、とのご所望らしいですね。

ホーローのこじゃれたの、とかでなく。一度に一升入ってしまいそうな。

鯨飲、文字通り、おからだは鯨でなくて、シュリンプ、小海老ちゃんですが。

あの小海老さん、若い頃は、それなりにトレトレの甘エビみたいに、みば(だけは)良かったのですね。

お気の毒・・・なのか? 言われているように、まさこさんひとすじ、この人だけ、でもなかった。

無かったのですよ。

・・・ちょこっと、書くつもりがまた、だらだらと続いてしまいました。

秋篠宮殿下、紀子妃殿下、ありがとうございます。

お二人に対して、どんな小さな不安もありませんこと、国民の一として、嬉しいです。

ブラジル行啓の報を知って、いささか気になっていたのは、秋の園遊会です。

どこかのアホウな週刊誌が、今年はまさこさまお出ましか。

決意の、涙の、絆の、園遊会ご出席!!!

みたいに書いていたけど、誰も食いつかず。(笑)。

出て当たり前の場に、決意のお出まし、だと。あ・ほ・か・。12年もサボっているのです、誰も相手にしません。

出て来るな。顔、見せるな。あ、こころの中の声を、生で噴出させてしまいました。イヤだわ。

出ておいでにならんでおよろしいのよ、ジャージ着てチェーンスモークしながら、テレビしょっぴんぐしておられませ。


もしや。秋篠宮両殿下のお留守中に(10日にご帰国の予定)、園遊会やっちゃうのかしら。など。気になっておりました。

今までには、10月下旬に行われていた年もありますし。

そうではないようです。

今年の秋の園遊会は、11月12日なのだそうです。

両殿下、ご帰国後。

帰られてすぐのこと、当然お疲れのことと存じますが。

紀子妃殿下は、チラ、ともそんな気配をお見せにならず、あの笑顔をお見せ下さる。わかっています。

成人に達しておられる内親王さまがたも。

映像や画像が、どこまで、紀子さまを「隠さないで」出して来るか。

じっと見てたろ、と思っています。

まさこは、出てこられるはずがないでしょ。

出て来るな。







そういう面も。




277ページもある一冊を読んでいて、改めて驚くことは。

公人である清子さまの、お誕生日や外国へのご訪問時など、記者会見や文書回答、式典でのお言葉が、折につけ発されていることです。

紀宮さまは、しっかりと発言しておられる。かなりリベラルな方と感じもしますが、言葉を選んで口から出すということの身についた方と感じます。おうたの数も多い。おうたや会見やご発言などで、一冊の本がこうして、出来上がっていることを考えると、夫婦で外国へ、公用で行くのに会見もしない。東宮妃は誕生日にも記者たちの前に現れない。毎日、毎月、毎年、皇室の方として、何をしてお暮らしなのかが全く見えない、あのお方って何。

そういう風に、なあなあで。まさこさん対応方式をぐずぐずに通して来てしまっている現状に、改めて驚く。などという呑気な話でなく、いざの時の即位の礼についても、まさこ無しで行うやり方を考えている、と。

くないちょーが言うそうですので、何をか況や。

戻ります。

紀宮さまが詠まれたと実感されるおうたには、気持ちのいいご紹介したいおうたが、沢山あるのですが。

美智子さん・・・母宮さまを、宮さまが詠まれたうたは、美智子さんの自演の気がします。わかりやすく言うと、美智子さんが、自分をうやまったりあげたりするうたを、娘さんの作として、作って出された、ということです。証拠はありません。そう感じているだけです。

紀宮さまのおうた。

・散りしきし桜の花を舞ひあげて坂こぎくだる自転車の少女

 ・ちりしきし さくらのはなを まひあげて さかこぎくだる じてんしゃのせうじょ

                          平成八年

・この夏も終りゆくなり砂の城をあらひてかへる波のしずけさ

 ・このなつも おはりゆくなり すなのしろを あらひてかへる なみのしづけ
  さ

                          平成十四年



いいうただなあ、と、うたの好きな私はしみじみします。しっかりと見て、写生を、ていねいに言葉に置き換えておられる(エラそうですがお許しください)。で。

次のようなうたは、正直、うっとりはしませんのです。紀宮さまのうたとして出ているわけですが。

・雪に遊ぶわが赤き手にはめたまひし手袋は御手のぬくみ残して

 ・ゆきにあそぶ わがあかきてに はめたまひし てぶくろはみての ぬくみのこし


                          平成十六年

・道長くひたに来ませり母君のみ背なやさしきあさかげの中

 ・みちながく ひたにきませり ははぎみの みせなやさしき あさかげのなか

                          平成十年 歌会始御題 道



母性を称え、賛美するのに、短歌はそれをし易い詩形だと思います。

雪遊びして冷たさに赤くなっている手に、はめて下さった手袋には、母君さまの御手のぬくもりが残っていて、と。

長い(苦難の)道を、ひたすら歩んでいらした母君の、お背中が(たとえようもなく)優しい、朝の光の中に。と。

ぼってぼてに母君賛美のこのようなうたは、むしろ、義理の母親。夫のお母さまとか、そういった対象に向けての、挨拶の意味をこめてのぼたぼた具合だと、私は感じるのです。

自分の母親に、これは、恥ずかしくないか。と、私は、感じるタチです。

紀宮さまはお母さまを大切に思い、大切になさっていたとは疑いませんが、この方の他の場面での理知的な感じ、客観的なものの語り方からして、こんな溺れるような母親賛美を、はたして、なさるだろうか、と。

どちらかといえばもっと引いて、思いは詠まれるのではないか、と。

根拠はありません、美智子さんを、ここで故意にこき下ろす気もありません。

におうのです。美智子さん、独特のにおいが、上記二首のごとき詠みぶりのうたの、まといついていると、感じるだけです。

紀宮さまは、ご降嫁の後も、週に何度も御所に通われて、など、聞いたこともありましたが。

改めてそんななさりようへの疑問は避けたいと思いますが。

今はどうも、距離を遠くおられるようですね。

ご夫君と共に、秋篠宮さまの方へ、親しく立ち寄って睦んでおられる、と、もお聞きします。

清子さまのお幸せを、本心より、願わせていただきます。



美智子さまのおうたには、「御」のつく言葉が多い。

「ご」と読んだり「み」と読んだり。紀宮さまのお作だという上記二首にも、それは当てはまります。

「み宝」「み仏」「み車」「御田(みた)」「み園生」「み目」は、さーっと目を通したページに見つけた言葉たちです、以前「み車椅子」といおう言葉を「笑っていいですか」と、笑ってしまいました私。これは、けっこう顕著な「癖」にも感じられます。

丁寧だったり尊敬の記号だったりの「御」「み」とはいえ。間違いとは言えないとはいえ。

しみついた言葉の癖を、代作にさえ、お使いになるか。(いや、言ってみただけ、証拠はありません・笑)。

と。考えた次第です。


あ、そうだ。これも大変おもしろく興味深く、何度も読んで楽しんでいる本。

「遠いうた」  徳川伯爵夫人の七十五年  というタイトル。著者は徳川元子さま。

とてもすっぱりと率直に気取りなく・・・気取らなければならない理由の無い方で・・・書いておられる中に、あちこち付箋を貼って読み返している中に、ありました。

>女中さん達が、立川さんや平井さんが、「おみお茶」とか「おみお膳」とか、やたらに「お」や「み」を使ったのがおかしかったと笑えば、平井さんは

「(略)私なんか小学校を出るとすぐ大垣から出て来たんですから、言葉遣いには困りましたよ。ていねいな言葉を遣えといわれると、ただ「お」をつけることぐらいしか解りませんでしたからね」

と言って笑いました。


いや別に、この話をどなたかに当てはめて、など、失礼な意地悪なことは、別に。

最後になりますが、紀宮さまをおいたわしいと感じたことが、一つ。

本の中のお言葉の中に

「おうれしい」

という言葉・・表記が、ありました。このお方の言葉の使い方でないと思いました。

お母さまの美智子さんは、お若い頃、結婚前の皇太子(現・今上)に対して、

「それほどまでにお欲しかった」と。

「お欲しい」と、珍妙な言葉を向けておられたのが印象に残っていて、これは、え? と、疑問が沸いたのです。

些細といえば些細なこと、このようなことを細々言って何になる、とも。

美智子さまは、そういう面をお持ちの方ですよ、と、言いたいだけです。

自愛もたいがいだな、と。












なみのおとしか。




平成六年のお誕生日文書回答に、当時二十代半ばの紀宮清子さまが、以下のことを出しておいでです。

                「ひと日を重ねて」紀宮さま 御歌とお言葉集  より

   皇室報道について

 皇太子様のご婚約が決定する前には、マスコミによって騒がれた多くの人々の生活が乱され傷つきました。今、私のことについて同じような状況が繰り返されているのをとても心苦しく残念に思います。

 実際とまったく違うことが事実として報道され、その真偽が問われないまま、その上に批判が加えられると言うことは、大変危険なことだと思います。

 昨年の皇室報道の中で、皇太子様ご成婚の折りの*「君が代問題」のような大きな事柄までもが、そうした扱いを受けたのは恐いことでしたが、私自身にとっては、もの心がついた時からお傍で拝見している両陛下のご生活自体が、まったく違う伝えられ方をしたことが一番悲しく思われました。

          *皇太子ご婚儀の決定による饗宴の儀
          における「君が代」演奏の取り止めにつ
          いて両陛下や皇后様の意向によるものと
          した記事が報道された。      p.083~084



この時の清子さまは、二十代半ば。

大切なご家族に関しての非道な報道にお怒りのように思えますが、この時から二十余年の歳月が流れたいま、このご回答の内容は、再吟味されるとしたら、どうなのか。など、感じます。

「まったく事実で無かったこと」とは、実際、そうであったのか。

ご降嫁された内親王に、あれこれ不躾なことを申し上げることは、避けたい気もしますが。

今まで語られて来たのとは異なる面からの美智子さんを、逆に知り得る気もして、この本ももう少し読みこみたいと思います。

いまはもう、何も語られない清子さま。

そう、清子さまは、冷静に、地道に、饒舌に語ろうとなど、なさらない方だったイメージがありました。

黙っていられないご家族愛の発露か、こころ苦しいの傷ついたの悲しいの。大変危険だの。

けっこうはっきり発言なさっておられます。

今はもちろんのこと、かつての日々にも、

むき出しの感情は、言葉にも表情にもあまり出されない内親王さまでいらしたと感じていました。

この本の中には、私が「清子さまらしい」と感じていた清子さまと、へえ、こういう風にメンチ切って(表現は悪いですが実感のままに)来られるのか、と、驚くような清子さまとが、混在している。一読後の感想は、それです。

さまざまな折りのご発言もそうです。あの方でない気のする内容、語調があり(くどくどと言葉を重ねながら正当性を主張して来られるような)また、

あくまで内親王としての節度を意識されているような優等生の(申し訳ない表現ですが実感のまま)清子さまが、そこにおられる時もあります。

今の私の中では、伊勢の神宮の御遷宮の折りの、やはり普通の方ではあられない特別な存在感、圧倒される高貴なお姿でいらした、あの、黒田清子さまが「清子さま」なのだと思います。

なので、たしかに清子さまの「御歌」=この表記でいいのかどうか、もうどうでもよくなってきた、ともかく、清子さまのおうたや、お言葉を網羅された本の中の、異質だったり「???」だったりする清子さまを、見て行きたい気持ちです。


・遠い海今は見えないこの目でも波の音しかきこえない海

 ・とおいうみ いまはみえない このめでも なみのおとしか きこえないうみ


七歳、小学校二年生の紀宮さまがお詠みの、初めて歌会始の機会に詠進された一首だそうです。

エラそうに感想を述べさせていただけるなら。

とてもすばらしいと思います。こういううたを詠む女の子、すてきだな。

うたも、文書やご回答と同じく、すっとしてまっすぐで硬質、な感じのもの、こてこてとシナをつくったようなうた、さまざまあって、興味深い。清子さまのおうたの本質は、

筆おきし夜のしじまに聞き入ればドレミとなりて雨のそほふる

 ・ふでおきし よるのしじまに ききゐれば ドレミとなりて あめのそほふる

                         平成十六年 筆


特に迷って選んだのではありませんが、技巧に走っておられない、香淳さまの御歌に通ずるまっすぐなおおらかな世界が、清子さまのおうたの世界のように思えます。

いろんなうたを、たくさん、作っておられるのですが。最後に、平成九年、当時二十七歳の紀宮さまが、お詠みになられたという、一首を、ご紹介させておいて頂きます。

被災の地、被災された方々を、おとしめる気持ちはいっさいありませんことは、ご理解いただきたく存じます。

紀宮さまのおうただそうです。

・傷ましきがれきの上に手向けたまふ君が水仙は白く花咲く

 ・いたましき がれきのうえに たむけたまふ きみがすいせんは しろくはなさく

          両陛下、阪神淡路大震災被災地お見舞ひ  平成九年


ただ。

まことにどなたかの手が入って・・入り過ぎて・・・そこどきなさい、お〇〇さまが代わりに書いて差し上げましょ、・・・でなかったのなら、お母さまに傾倒し過ぎておられる方なのね、と。

率直に、思わないでもないのですが。

伊勢でのあのお姿に。

信じていたい、そこだけは、の、気持ちが、うずくわけなのです。

本物でいらしたもの。黒田清子さま。黒田清子さまになられて、お米がしゅくしゅく削られて削られて、上質の酒米にしあがるようになられたのか? 。





美智子さま「御遷宮」。



・秋草の園生に虫の声満ちてみ遷りの刻次第に近し

 ・あきくさの そのふにむしの こゑみちて みうつりのとき しだいにちかし

               平成五年  御遷宮の夜半に


このうたがあり、続けて次のページにも一首、


・三十余年君と過ごししこの御所に夕焼の空見ゆる窓あり

 ・さんじふよねん きみとすごしし このごしょに ゆふやけのそら みゆるまどあり

                          平成五年  移居


この一首があります。

「皇后美智子さま 全御歌」   釈  秦澄美枝    と言う、ハードカバー定価2500円の重厚な本、カラー写真もふんだんに納められた、2014年、新潮社発行の立派な本を参考に、このところの記事を書いています。

でも、このはじめのうた、釈・・うたの解釈が間違っています。

私が見つけました。いま、鼻が少し、うごめいてピクピクしている気もします。(笑)。

一首目の「みうつりのとき次第に近し」の部分に、けっこうな違和感を覚えたんです。

ざっくり書きますが。このうたを美智子さまは、先般、黒田清子さまが一部斎主をおつとめになられた御遷宮の前回、二十(二)年前の回の伊勢の遷宮のおりに、詠んでおられるのです。平成五年に。そう、書いてもあるし。

かつてまさこのうたの師であり、皇族のおうたに関わりの深い岡野弘彦氏などの書かれたものを漁って確かめてみましたが、やはり前出の一首は、皇后さまが平成五年の御遷宮の時に詠まれたうた。

ふたつめのうた、三十余年、君と過ごしし、のうたも、平成五年。

このふたつのおうたは、同時期に同じことを詠んでいる・・新御所が完成して(56億円・笑)、そこへ移る前のルンルンとした気分を詠んでいる・・・のでは、実は、無いのです。

初めのは、伊勢の遷宮を詠んでいる。

ふたつめは、自分たちのニューマイホームへの移転を詠んでいる。

別に、どちらでもいい、と言えば、いいようなことかもしれませんが。

ちょっと待て。

引っかかるのは、みちこさんの「御歌」を、解釈しているこの「秦」さんの奇妙。

秦氏は、こう解釈を書いておられる。

「「秋になり(略)いよいよここ東宮御所から新御所へ、今上帝が御遷宮あそばされる時が刻刻と近くなってきたことを詠まれる御歌である。

ぐげげ。めまいがします。今上は、御遷宮あそばされる、のか。二首目でも、「御遷宮」されておしまいになるのである。二首目の釈は以下。

「新しい御代を迎えられ、新御所に御遷宮なされるにあたり、后宮様が今上帝と三十余年も共に過ごされてきた御所(略)」

・・・今上帝って。そんなに、おえらいのか。おくさんも。いや、おえらいのではありましょう、ありましょうとも。

しかし。

御遷宮という言葉は、伊勢の神宮の遷宮をのみ、指す言葉だと、一般的にはされているようです。

もう少し解釈をひろげて、伊勢でない神社であっても、御遷宮の言葉を用いることは、あり、の範囲だということです。

ということは、どんだけ美智子さまがおえらくても、美智子さまは「神社・神宮」ではおありにならない。

お洋服いっぱい作って移動される、お皿だってかぶってしまわれる、自分の子でもお友達でもエコヒイキして博い愛なんかお持ちじゃない、ナマミの存在なのです。それが、


お引越しされるにあたって「御遷宮」とは、あり得ない言葉遣い。


それを、ここで、やらかしておられる秦氏は、聖心女子大の院、早稲田の院で日本文学を研究し、、本もいっぱい書かれている研究者、作家、歌人、でいらっしゃるらしい。学術博士でもある、お琴の先生でもいらっしゃる。

世の中的には美智子さんに近いですね。

でも、思う、秦先生、ここ、間違っておられますよ、と。

誰にだって間違いはある、それを見付けて大得意になって、ここ間違ってる~となど、鼻息荒くするような態度・・・今のKUONのような・・・は、すこぶるげひん。みっともない。解っております。



感じただけなのです。

そんなお詳しい方が、なぜ、天皇とはいえ、ひと、である今上陛下を、皇后を「御遷宮」と言う言葉に結びつけて。そのようなことを、ご自身、不可解とはお思召さなんだか、と。

もしもこれ、立ち止まらず読み進んだ誰かが

「美智子さんが自分たちの引っ越しを「御遷宮」などと称している、どこまで思い上がった」

など、愕然とならないとは言い切れません。はじめの私の思いのように。

「御遷宮」と、御所の引っ越しを並べてアゲアゲしておられるのは、美智子さんでない。秦さんとおっしゃる、釈をされた方。

美智子さんを持ち上げたいあまり(そういう匂いが本一冊を貫いているのでそうとしか考えられません)こんな過ちも、犯してしまわれたのですね、と、思う。

二首目のおうたは「移居」と、はっきり記されていて、そのうたの釈が「御遷宮」ですから、明確な間違いです。

御所へ移居=御遷宮、と。されている。

どんな豪壮な新居にせよ、たかが人である天皇の、たかが転居が「御遷宮」となる。そんな訳がないのに、こんな風に堂々たるあやまちが世に出ている、しかも、新潮社という大出版社、幾たびの校正にもひっかからず、何より、みてこさまよりのクレームも、無かったのかと。

・・・もしかして、確信的な、ではありませんよね、まさか。なんか。くどくど書いておりますが、KUON.

あのあたりの、いっときの気配が濃厚に感じられます。美智子さま有頂天の時代、と、申し上げたい気がします。

伊勢の神宮の御遷宮の年に、巨費を投じて、今上夫妻のマイホームは落成したわけです。つまり。そういうことでもあったのでした。

・移り住むこの苑の草木芽ぐみつつ新しき日々始まらむとす

 ・あたらしき このそのの くさきめぐみつつ あたらしきひび はじまらむとす

                       平成五年十二月皇居内の新御所に移居  (平成六年)


このおうたに付いた写真では、美智子さまは中央。左右に今上陛下と清子さま。

タフネス・みてこさま。

この年。平成五年には、

・皇太子が結婚  6月

・ご自身がお倒れ(10月、59歳お誕生日に)

この時に声を失われてしまった美智子さん。

でも復活されて、新居へ移転もされて。

このあたりがトッケンカイキュウ人種のすっごいところ。

伊勢のことはともかくとして(申し訳ない言い方ですが)、長男の結婚と自分たちの住まいの新築と、同時に出来てしまわれるのですものね。

ちなみに、秋篠宮家の眞子さまが平成三年にお生まれになっておられます。しつこく申しますが、築年数かなりの4LDKでご家族お暮らしでした。

平成六年には佳子さまがお生まれ。やっぱり職員住宅二、楽しくお住まいでした。こちらはお静かに。ご関係諸所、充実されて。

家の広さやかかった費用のことより。

バランスのことなど、思う訳です。思っても仕方が無いのですけれど。


・・・・・先日の、香淳皇太后陛下のご逝去の折りの、みちこさんが、亡き方の耳元でささやいたという

「ご立派でいらっしゃいましたよ」

が気に入らず。もう、激しく癇に障り。

その場面が描かれていると言う、清子さまの著書「ひと日を重ねて」を、買ってしまいました。

まださあっとしか読めていませんが、あっら、まあま、ほおお、と、大変<興味深い箇所の多い一冊です。

清子さまがマスコミに文句つけておられる文言なども、たいへん珍しくも、あるのですが、これが、何というか。

どなたはんがお言いやすのやろ、こんなん。

さーやさんが、こんなん、お言やすのかいな。思わはったんかなあ、こんなことかて、どなたはんが、なあ


こんな感じの、あれこれ、あって、なんと申しましょうか。

大震災のお見舞いの時の水仙。

あの水仙のうた、見て子さん、お詠みでなかったのかなあ、と思っていたら、清子さまの本の中に、水仙、咲いています。

まだお若かった内親王がお詠みになられた感じが、あまり無くて。感じられなくて。

どういうことなんだろうと。悩みます(嘘です)。(笑)。

こんこん狐。狐はトシくうと、尻尾が9本にもなったりします。自分の子だって、たくさんある尻尾で、誘導しちゃったりもね。大阪の信太山、という、九尾のキツネの伝承話のあるあたりで、昔からここの者や、って方に聞きました。

はい、何の関係も無い話でしたか。(そうか? (笑))。こんこん。


爺さま、かく語られぬ。



一読、よくぞ書かれて、と身震いし、こよいは寒いというまでの夜でもないのに、寒気がずっと、続いています。ぞぞ、ぞぞ、と。今もです。

ブログ「不必要な善意」長屋の爺、さんの10月24日の全文、お借りしました。

何か不毛なことを言うて来たいお方は、文中の爺さまのおことばきちんと読んで下さい、よろしくお願いします。

       >言ってみれば、病人の戯言(たわごと)と思って

       >読んでほしいと願っています


文中の能面の写真は(こわかったよ~)私が画像を貼れないという理由で、ご紹介できず申し訳ないことでございます。


以下。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


自閉気味で鬱の既往がある人間は「妄想」する

傾向にあるようだ・・・

何を隠そう 長屋の爺もその一人である


これから書くことは常軌を逸した妄想であり

長屋の爺の病気が悪化したことが原因の

言ってみれば、病人の戯言(たわごと)と思って

読んでほしいと願っています


良く言えば【突飛な空想】であり、人によっては

【不埒な妄想】ということになるかもしれません


このような理由により、お取り扱いは慎重に

お願いいたします


宮内庁が「ご高齢に配慮」、「健康状態を心配」しているわりに

露出が異常に多くなっている理由を、拙い「脳みそ」で考えてみた

心臓に不安を抱える天皇陛下、本来ならできるだけ静養をと

考える国民は多いだろう

どうしてここに来て「お出まし」が増えたのか?

どうしても外せない公務の類ではない気がするが

本人が「生き急ぎ」をしているのか、だれかが不測の事態を

待ち望んでいるのか・・・・



このまま天皇陛下が崩御したら、誰もが憂いている

最悪の結果が待っているのは事実である


しかし、その次期天皇候補はお世辞にも賢帝とは思えない

そして今の段階では弟殿下は皇太子になる筆頭候補である

皇位継承権2位であるから、現皇室典範に依れば、当然のように

皇太子に推挙されるだろう

(皇太子・皇太孫は立太子礼を行うが、その他の皇族が

皇太子になっても立太子礼は行わない決まりがあり、

嫡男(長男)は、いかなる人物でも特別な存在として

典範にも守られている現実もある)



すると、それを望まない者たちはどういう手段をとるだろうか?

邪魔なものは排除してきた歴史が実際にあった

これは持統天皇が即位した状況に似てはいないだろうか?


皇后は天皇崩御によって、皇太后となる

いわば、皇室の長になる事を意味する

次期天皇は「お飾り」にすぎず、実権・発言力は皇太后の

独壇場である

そして、子から孫へと皇位を繫ぐ計画を立てる



持統天皇は天皇の皇子が他に居ることなど無視し

自分の子・孫に皇位を渡そうと画策した

天皇の皇子であることなど何の理由にもならない

天皇の后が「望むかどうか」が基準になった

その第一段階が「自らが力を持つ」ことだった

持統天皇の即位とは、権力の奪取だったと思っている



現在、男系男子は皇位継承権2位と3位の二人だけである

(あくまでも、現東宮が天皇に即位すると仮定してだが・・・)

何が何でも、東宮に皇位を渡し、その後東宮の子に

継承できるように手を回すくらいどうとでもなる

それには、自分が名実ともに「トップ」に納まる必要がある

それが、心臓に爆弾を抱える天皇の外出(そとで)と運動

さらに薄着の身なりなのではないか・・・



あの持統天皇が「天孫降臨神話」を作ってまで、固執した

我が子から我が孫へのバトン渡しを・・・彷彿とさせるシナリオ

はすでに幕が切られている


持統天皇の場合は、次期天皇になるはずだった東宮が

急逝したため、孫に渡すまでにシナリオが書き換えられた

それが「天孫降臨話」なのである

孫が即位するのは皇統の原初にもある話で、合理的という

設定なのだろう



今の段階で「孫」と呼べるのは2名だけ・・・・

そのどちらかが不慮の・・・あってはならないことだが

そういう事態も想定できる



皇后はどんなことがあっても、今上天皇より先に逝くことはできない

そんなことになれば、国民が望む「秋篠宮即位」の可能性が高くなる

ならば、一日も早く東宮に即位させるために「鬼」になって

「悪魔の手札」を切ったのかもしれない


(KUON註:ここにお能の女面の写真)

↑ どこかでお見かけしたような・・・・・誰かに似ている?


男系女子の即位を可能にするには、

たった一つの障害を取り除くだけである


若し・・・秋篠宮殿下と悠仁親王殿下がテロを装った事故に遭い

命を落としたら、間違いなく「愛子天皇」が実現する

次期天皇である「ナル天皇」が早い段階で崩御した場合、その可能性は

よりいっそう高くなるだろう

その「愛子天皇」が病死でもしたとき、すでに皇太后も鬼籍に入り

皇位を継ぐ者が居なくなれば、かつて持統天皇が選んだように

この世で最悪ともいえる、皇后から「天皇」という悲劇が待っている

つまりは「雅子天皇」の誕生となってしまう

(これはさすがに、実現性が極めてゼロに近い仮定だが)

草加を背景に日本の乗っ取り計画が成功するためには

何が起こっても不思議ではないということである


(註:ここにも能面・増女)



その先は・・・日本が日本でなくなるから心配してもしょうがない


なぜ、私がそんな不敬といわれる妄想をしたのか・・・

持統天皇と美智子皇后が別人に思えないことが一つと

細かなことは別にして、世間の声が当時と同じような気がして

しかたがないからなのである




持統天皇(当時は皇后)が、どうしてすぐに即位しなかったのか

専門家は【称制(しょうせい)】という形(即位の儀を行わない)で

実質的な権力者になったというが・・・

即位の儀をしなかったのではなく、臣民がそれを認めなかったから

即位できなかった

つまりは、不評を買うような皇后だったと言う事ではないか

怨嗟の声が巷に溢れ、その声が収まるまで、時間を要したと

私は思っている

称制を行ったのは、天智と持統の父娘だけなのだから・・・

よほど、即位に適さない不都合な親娘だった可能性がある

私の考えでは、出自の問題だろうと・・・


最近のネットの雰囲気は、1300年前の焼き直しとも見える

歴史はめぐるかもしれない・・・・

平成の持統帝と平成の不比等によって何かが起こる



親なら誰しも子供は可愛いものである

できるなら子供に自分のすべてを継がせたい

出来の悪い子ほど「可愛いもの」も実感できる

それが間違いだと思っていても、親とは悲しいものである

その結果、【売り家と 唐様で書く 三代目】になる


自分の才覚で起こした商売なら仕方がない話だが

千年、二千年と続いてきた「大王家」の事となると話が違う

自分の身勝手は許されない特殊な世界の問題なのだから

誰でもいい 平民の娘でも・・・とはいかないのだ


不敬を覚悟で一つの仮定の話をしてみたい

現段階で何が起きたら、どうなるのか・・・である


*今上天皇の崩御

  現東宮が即位して決着、世界中の笑いものになる

*皇后の崩御

  体制に変わりは無く、廃太子論が続くことになり

  東宮一家を擁護する勢力に陰りが生じる

*東宮の崩御

  継承順位2位の秋篠宮殿下が即位 悠仁殿下が東宮となる

  現代の日本人の多くの望みが適う事になり皇統はさらに続く

*秋篠宮殿下が薨去

  皇位継承候補が悠仁殿下御一人になり、次期東宮になる

  日本の「最後の宝」として重責を担う事になる

*悠仁殿下の薨去

  近い将来、皇統男子の消滅が決定され、男系男子の継承が

  これ以後途絶えることになり、女性天皇の時代とともに

  長く続いた皇統の断絶となる



可能性はどれも二分の一、有るか無いか、右か左か、先か後か

 世の中等しく高齢の者から逝くとは限らない

不敬と言われても、いつかは迎える「その時」なのである

誰が先なのかで大きく変わることもあり、変わらないこともある


妄想ではなく事実として言えることは・・・

このままでは多くの国民が危惧する結果が待っている事実

恥も外聞も顧みず、誇りも伝統も捨てて、形を残すだけなら

幾らでも選択肢はあるだろう



本質で言えば、政治家だから尊敬されるのではない

尊敬されるような行いをするから政治家なのである

(かなり理想論ではあるが・・・)


皇族だから敬われるのではない

敬われるべき人だから「皇族」として存在する


天皇の后だから「国母」と呼ばれるのではない

国民を我が子のように慈しむから「国母」と呼ばれる


我が子より赤子(国民)を慈しめとまでは言わないが

我が子くらい「心から慈しむ」ことができないでは

話にもならない・・・


【慈しむ】とは温かく大きな心が無くてはならない

慈しむことは対等の関係では成立しないのである

大きなものが高い処から、弱いもの小さなものに対し

愛情をかける状態を表現する言葉だと考えます

国母の慈愛とは偏ったり、特定の者に注ぐものではないと

浅学ながら長屋の爺は考えます。



これはあくまでも、長屋の爺の妄想です

根拠もない 自信も無い 責任とる気も無い 戯言であり

病人のうわ言ですので・・・あしからず!

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ありがとうございました。

今も、ぞぞ、としております。


今上陛下と美智子さまはいま、ご巡業中。

天皇皇后両陛下は、全国豊かな海づくり大会への出席などのため、富山県に入り、イタイイタイ病の資料館を初めて訪問された。
24日午後2時前、富山入りした両陛下は、富山市内にあるイタイイタイ病の資料館を訪問された。
イタイイタイ病は、富山県の神通川(じんづうがわ)流域で、神岡鉱山の廃水に含まれていたカドミウムにより、骨軟化症が続出した4大公害病の1つ。
医師として、長年、患者と向き合ってきた鏡森定信館長から、高齢化し、5人となってしまった認定患者のうち、3人が女性だと、説明を受けると、皇后さまは、「多いのですね、女性が」、「苦しみの中、生きておられるのですか」と質問されていた。
陛下は、最後に「皆に知らせる意義が、非常に大きいですね」と話された。
両陛下は25日午前、全国豊かな海づくり大会の式典に出席し、午後には、ヒラメなどの稚魚を放流される予定。
今回、両陛下が初めて訪問された資料館は、イタイイタイ病を風化させないために、3年前に作られたもの。
両陛下は、イタイイタイ病患者に、長い苦労があったことを知っており、これまでも心を寄せられていたという。


高齢化し、5人となってしまった認定患者のうち、3人が女性だと、説明を受けると、皇后さまは、「多いのですね、女性が」、「苦しみの中、生きておられるのですか」と質問されていた。

・・・KUONだったら、このご下問に対して、どう答えるでしょうね。

どうお言葉を返せばいいか、と、考えてしまいました。



秋の、お酒の、昔の恋の。




美智子さまのおうたは、洋装のご趣味と似通っているなあと思います。

過剰なデザイン、フル装備。

クジャクが、見て見て、こんなに私は羽根ひろげられるの、綺麗でしょう、と。

孔雀は、あの色彩が自然色で、子孫繁栄のための必要な「おされ」であるわけで。比較されたら不服かも知れません。 派手  華やかなのは、オスの孔雀ですけれどね。(笑)。

引き算の無い、前へ前へとともかく押して来られる迫力、ひ弱なお方とは思えません。歌集を手元に置いて、と、わたしには思い難いです、きっとご長命でいらっしゃるでしょう。

まっとうな天皇陛下のもとになら、皇太后陛下とおなりあそばして後、ご長寿、どうぞ、お保ちあそばされますようにと願い奉ったりもしましょ。

時の皇后陛下は、「外出もままならなくなったお方から、大切な侍女さんを引き離したり」はなさらないと思います。

皇后 紀子さまは。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



疲れた時は若山牧水です。


・かたはらにあき草の花かたるらくほろびしものはなつかしきかな

 ・かたはらに あきぐさのはな かたるらく ほろびしものは なつかしきかな


・吾亦紅すすきかるかや秋くさのさびしきはみ君におくらむ

 ・われもかう すすきかるかや あきくさの さびしききはみ きみにおくらむ



なんとも感傷的な、とも言えるうたですが、このせんちめんたるが、奇妙に心を癒やしてくれることもあります。

牧水は、43年の生涯を、ほぼ呑んだくれて過ごした、最後は肝臓をやられて、の、髭面のごついossannで。ロマンティックな風貌とは、どうにも、言い難い。でも、たくさん残したうたは、ろまんの心を誘ってくれる素晴らしいものが多くて。


・白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒は静かに飲むべかりけり

 ・しらたまの はにしみとほる あきのよの さけはしずかに のむべかりけり

・さびしみて生ける命のただひとつの道づれとこそ酒をおもふに

 ・さびしみて いけるいのちの ただひとつの みちづれとこそ さけをおもふに

・かんがへて飲みはじめたる一合の二合の酒の夏の夕ぐれ

 ・かんがへて のみはじめたる いちぐゎうの にぐゎうのさけの なつのゆふぐれ



最後のうたなど、夏の夕暮れから秋まで、ずううっと呑みつづけて来てしまったみたいな感じで、選んでしまいました。爆笑。


・若き日をささげつくして嘆きしは このありなしの恋なりしかな

 ・わかきひを ささげつくして なげきしは このありなしの こひなりしかな



牧水の夫人は、しっかりとした方で、ご自身も歌人でいらした(息子さんもそうです)。

夫人に庇われ労わられて、牧水は、呑んで詠んで、だった気がします、若き日には激しい実らなかった恋が、ありました。

稔らなかった恋だから、ずっと心の底に残ったのでしょうか。

いい気なものだと思う人は思い、だからうたが噴き上げるごとく生まれた、と、感じる人も、それはそれ。

有名な次のうた。

一首ずつ独立したうたなのですが、歌詞のように唄われることも多い、感傷的、かつ、どんな年齢になっても胸に滲みる、潤いの戻る、まるで贅沢なこころへのゴデバ、みたいな。(笑)。いいなあ、と、うっとりとなる、うたです。私にとっては。


・白鳥はかなしからずや空の青海の青にも染まずただよふ

 ・しらとりは かなしからずや うみのあを そらのあをにも そまずただよふ


・いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見むこのさびしさに君は耐ふるや

 ・いざゆかむ ゆきてまだみぬ やまをみむ このさびしさに きみはたふるや


・幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく

 ・いくやまかわ こえさりゆかば さびしさの はてなむくにぞ けふもたびゆく



       うたのお供にここでは希望として「ゴデバ(ごでぃば)」ですが、

        お好みにより、チーズとか、 海老せんべいとか

       焼酎とか。モヒートとか(笑)。いかがでせうか。(笑)。

       

      







けふのおもひに。




眞子さま。お誕生日、おめでとうございます。


皇后 美智子さま御歌

・春の光溢るる野辺の柔かき草生の上にみどり児を置く

 ・はるのひかり あふるるのべの やはらかき くさふのうえに みどりごををく

                    平成三年十月秋篠宮家に内親王誕生

                    平成四年


眞子さま。お誕生日、おめでとうございます。

今上陛下、同皇后の、初のお孫さま。

おばば様は、翌年の春に、おうたを詠んで下さいました。

生後、半年ほどになっておいででしょうか。この頃。

「みどり児を置く」

とは、どんな「置きかた」かは存じませんが、一読、びっくりしてしまいました。

(ここ追記です。おうたの題は「草生」ですので、春の草の柔らかさを主なところと見ておられて、みどり児ちゃまは、草生を生かす素材、わき役としてお詠みなのだと思います。

草は、柔らかいの。チクチクはしないようです。にしても、初孫さま。天皇の初のお孫さん。置く、は、びっくりしました~。)


考え過ぎではありましょうか、ぞんざい、な感じがしたのです。少なくとも言葉のイメージとして。

けれど。

眞子内親王殿下は、秋篠宮殿下同妃殿下には、「宝」。

お父さま、お母さまが、しっかりと揺るぎの無い、強いあたたかい思いをいっぱいに込めてお育てになられたのが、お姿を拝見するだけでよおく、わかります。

しっとりと極上の真珠のごとき光沢、気品に満ちて柔らかな微笑、まことにご皇室の方、文字通りの「内親王殿下」。

お母さまがた、川嶋のおばば様が、蔭に徹してお守りなさいましたこと。片言すら漏れ伝わることの無い慎み深い接しようでいらしたことも、その真情の濃く強くいらしたこともまた、透き見えておみごと、さすが、妃殿下 紀子さまをお育てになられたおばば様と、感じる者は感じていること、余計ごとながら、記させていただきたく存じます。


皇后陛下は、この後、もう一首、おうたを残しておられます。


・暑き陽を受けて遊べる幼児をひととき椎の木かげに入るる

 ・あつきひを うけてあそべる をさなごを ひとときしひの こかげにいるる

                         平成六年


おばば様は前年暮れに新御所にお移りになり,、幾つもお歓びのうたを詠まれました。その翌年、平成六年の、これはおうたです。

眞子さまを詠んでおられると推察されます。

三つになられる少し前、可愛い可愛い童女の時代の眞子さま。

日差しがきついから、木陰に入れて差し上げたのですね、おばば様が。

眞子さまは、ご両親の愛情を注がれながら、狭くてきっちきちのお家でお暮らしでした、狭いながらも楽しいわが家。

とはいっぱんには申しますが。

秋篠宮殿下のお住まいは、わが家、というのみでなく、お父さまは、皇位継承順位2位という高いご身位、責任重いお立場。

お母さまは、ある意味「ともばたらきともいえる」近代皇室の妃殿下でいらして、その両殿下が、玄関に荷物があれば何人もおられる(何人しかいない)おつとめの方が、はみ出すような。そんなお住まいに、いらした。そしてまた

お母さまは、この数か月後にお生まれになる、佳子さまを、お腹に、守っておられる時期でした。

平成六年。皇太子ご成婚の翌年でもありました。

ご皇孫を、お腹に宿して、育んでおられたはずのお母さま。秋篠宮妃紀子妃殿下にとっては、お辛いことの多い日々であったと、後にさまざまな「こと」が明かされ、出てきました、お母さまは何も仰らず。

お辛いことに心折れてお倒れになる、などということもなく。引きこもられもせず、ご公務の欠席も無く。

あの清やかな柔らかな凛々しくお優しげな、妃殿下の笑みを、外でもご家庭内でも、変わらず保っておられた。目に見えなくとも顕れるものは、ございます。

睦まじい夫婦から生まれ出て来るお子を、どこかそっけなくしか、もっと言えば、丁寧に、かけがいのない大切のお子、お孫さま、として、お迎えになることをなさらなかったお方。あのお方は、

幼いお孫さまを、強い陽から守って木陰に入れた、とお詠みの、そこまでのお優しさを、 リアルに まことにはお持ちであったか。細かく言えば「入るる」も、柔らか味に遠いぶっきらぼうな言い方。

あれこれと想えば何もご存じなく信じてそばにおられる幼いお方が、おいたわしい、悩ましい。


宮家に二人目の内親王さまがお生まれの後、「お控えなさい」とばかりに、殿下を、妃殿下を、制せられた。これは事実と思うほか無く、事実であるとすれば、どんな大変な皇室への、皇統への不敬かと。

世をあざむき、公の人としての基本を忘れた所業であらせられるかと。残念ながら思い至りましたにつき。

もしも、おばば様が、いま現在のおばば様、御年を重ねられてなお、お立場にふさわぬ不遜不敬なありようにておられるならば、その間は、叶うかぎり、おそばへ寄らしますな。と。

また、願わしくも、

もしも、皇室というものが、権力や利権を意味するものでない、正常な、清浄なあたりに戻る日が訪れて。

その時に、美智子さん=おばば様がご健勝でいらしますれば。いまだ世に、おわしませば、ただにご高齢のおん祖母さまとして、お父上のお母上として、大切にも親しまれませ、と、はばかりながら、夢見る次第にございます。

お誕生日を祝してのゆえと、見当違いの戯言、気持ちと筆(ぱそこんです)がすべってしまいました。





守られていれば、嬉しい。追記しました。




・封じられまた開かれてみ宝の代代守られて来しが嬉しき

 ・ふうじられ またひらかれて みたからの よよまもられて こしがうれしき

                  皇后陛下 御歌  平成二十年  「正倉院」



今年も正倉院展のポスターがあちこちに見られます。この土曜日、24日から奈良国立博物館において開催されます。

少し調べてみました。

1250年もの間、宝物が守り継がれてきた一番の要因は、宝物の管理が天皇の命によって封を施す勅封(ちょくふう)の形式で行われてきたこと、だそうです。。

北倉は特に、当初から勅封とされ、中倉も平安期から同じく勅封となり、南倉は長く東大寺の管理とされてきましたが、明治8年に、宝庫の管理が政府に移され、すべてが勅封となりました。

現在も西宝庫内の各入り口に勅封が施されている、と。

毎年秋に定例の宝物調査・点検が行われており、その際も「開封の儀」がとり行われる。

ということです。


この「勅封」にも異論があり。

内容についてもさまざま論があり・・・たとえば、今までに数回・・・4回、と具体的に記された記事も読んだ・・・何ゆえかは知らねど、正倉院にしかあるはずの無い品が、世の中に出ていたり。ポルターガイストでもあるまいに、誰も触れていないはずが、移動していたり。など。これはおそらく、踏みこめば遠い道、であろうとの確信あり、で、~だそうです、と、ここでは書くにとどめたいです(こういうの、最近、多い気がします・・・)。

天皇の命によって封されたり開かれたりの、宝物殿にも、どろぼうの話が残る。

なるほど、世知辛いものであるなあ。とか、感じてしまったKUONです。

浜の真砂は尽きるとも。ですか。

正倉院の御物は、およそ8000点あるなかから、毎年60点ほどが出して来られ、今年も、初めて出される宝物がある、と、話題になっています。

何度も拝見していますが、やはりとにかく、すばらしい、すごい、が感想です。今年も行けたらいいなあ、と、願っております。

この季節にはまた、皇太子さまが、京都へ単独でおいでになることが多かった気もします。

箸より重いモノをお持ちになったことの無い(はずはないですね、ビールのジョッキなんか、けっこう重い。そういう話では無いのですね)とーぐー様が、ご自身で、ぷっくり膨らんだ革のカバンを提げて、の京都でのお姿が、何枚も写真に残っています。

私は、ひごろ、タクシーに乗ると、よく、運転手さんの話を聞きます。京都の初老の運転手さんが、ある秋、こんなことを言っておられました。

「あれが(註:ナル氏のこと)一人で来て、〇〇へ入って、荷物持ち出して来るよ、知っている者は普通に知っている、そうやな、何が入ってるかな、あのカバン、いうことかなあ。(笑)」

残念ながら、どこのタクシー会社やらは失念。タカヤマさんと仰る運転手さんでした。他にも本願寺の坊さんと祇園の関係やら、いろんな機会にいろんなこと、聞かせてもらいましたが。

ナルさんは、確か去年は、京都へ、来やはらへんどしたかなあ。おしごと、しやはらへんかった。

岳父はんに叱られはったんと違いますやろか。


あ。来ておいでどしたな、おかばんは、お持ちやったかどうか、よお、わかりまへんのどすけど。

来て、何やらあやしゅうて、コメントもいただいたん、覚えてますぅ。


いまは休んでおられるブログ「やまのこ山」さんに、ナルさんのそんな うかつな 珍しいカバン持った写真が、載せられていました。ヤフオクに関することも、いっぱい。素晴らしい検証をなさっておられました。

正倉院展に戻ります。


皇后陛下 美智子さまも、正倉院展を詠んでおられます。


・封じられまた開かれてみ宝の代代守られて来しが嬉しき

 ・ふうじられ またひらかれて みたからの よよまもられて こしがうれしき

                         平成二十年  「正倉院」


平成20年に、美智子さんが詠まれた一首。

なんだかそっけない風の一首。

平成20年とは、西暦2008年ってことですね。

今月は、ある数え方の元では(民事とか、そこはよく私には理解説明が難しいのですが)とにかく、「ヤフオク事件が時効を迎える、と

週刊新潮誌がスクープしたあの。

とぷかぷとかきくえいだか、そんな名を名乗る者らが、皇室の宝物の数々を、こともあろうにオークションで売りさばこうとして、実際落札されたものもあって、出品者がすぐに引き上げて、落札人との間にもめごとがあったりして、出品物の写真を撮ってる写りこんでいるいる撮影者の髪型やカメラの構え方が、

まあ、なんということでしょう。

かのやんごとないお方に、クリソツ。

そんな「ヤフオク事件」があったのが、平成20年。二十年。2008年。

正倉院御物も、どこやらの御所に存在する、か、した、かだかのお宝も。

お間違えになってはなりません、個人がどうこうしてはならぬ。そういう、大切なものです。。

「「代代守られて来しが嬉しき」」って。

そりゃあ、嬉しいです、皇室のお宝、代代守られていれば。

守って下さっておられるのですよね?。

ティアラいくつかも。代代の三連の大粒ダイヤのネックレスも。大粒ルビーの指輪も、皇太子のみが持ち得る「壺切御剣」も。

そんなどころではない、

先帝が祭祀にお使いにおなりあそばした、冠も、あれもこれも、いみてーしょんでないもの、すべて。

ね。

嬉しき、でなく、あったりまえ、と、申し上げたいです、ほんとうは。





あくまでもわたし個人の感想ですが。

ヤフオクのことがあって、初めは、ナスへた頭のボクが、やらかしてしまった大変なことの、尻拭いに、アタマを下げたくないご親戚に夜陰に乗じて頭を下げに行かれたとか。

あくまで、美智子さまはバカ息子に手を焼く気の毒なお母さま、のごとき立ち位置の方だった気がしていましたし、そういう方は他にもおられた気がします。

本当のことは、わからないことになっていますが、なんぼボクがやんごとないボクであったとて、持ち出すには、あれらだけでは無理があるでしょう、という問題はあやふやだった。今も結論は出ていない、警察も動かず、こんな「どろぼー」扱いに憤激した訂正要求もお出しになっておられない。

私は、この御歌に、とぼけておられる感じを抱きました。

無かったこと知られないで済むことに、なる、きっと、そうできる。と、踏んだうえでの、おとぼけ、あるいは

・・・・・・・・・

で、こんなうたも、さりげなく、さらあっと、わざわざ、お残しになった気が、します。
やふーオークションにこれらが出たのが平成20年の10月末の数日。正倉院展は毎年の秋、10月終わりから11月初めまで。

新潮誌のスクープが11月13日号です。

黙っておられた方がよかったかも知れないと私は考えますが、激しい動揺、何か、違う、知らない、と、仰りたい心理が働いた気がします。




KUONの個人的見解です。




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