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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

  1. あほらしいこと
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嘘が「常態」で。



こんばんは。

今日は、奈良の「春日若宮おん祭」のハイライト、「お渡り」の日でした。

平安時代から江戸の頃までもさまざまな装束を着けた方々が町を練り歩かれるのです。本格的で大がかりな行列です。

風の強い寒い日でしたが、奈良の祭りで学校が休みになることもあり、大きい子たちは友達同士で奈良まで行って屋台の食べ物を大人でない仲間たちと食べる、という経験のデビューにするお子も多いのです。私も長い間、孫どもを連れてその年を締めくくるお祭りにでかけていました。もう、その役目は終わりました。4年生の孫は今日は母親が連れて行った。私はフリーになりました。

激しい風の音を聞きながら、温かい室内で溜まっている事務仕事をしていました。いつか「嵐が丘」の舞台になったところへ行きたい、と、若い日に思っていたことなど、思い出したりしました。





なんだかな~、という話を、以下に。

・・・・・・・・・

皇太子妃雅子さま病状 東宮職医師団発表がほぼコピペで波紋

    NEWS ポストセブン 12月17日(水)11時6分配信


 12月9日、51才の誕生日を迎えられた皇太子妃雅子さま。誕生日に際して、ご感想を文書に綴られた。

《10月には、昨年即位されたオランダ国王王妃両陛下が国賓としてご訪日になりました(中略)今回、ご訪日の折りの国賓行事などで国王王妃両陛下をお迎えする機会に恵まれましたことを嬉しく、またありがたく思っております》

 11年ぶりに出席された宮中晩餐会などの話題に触れられ、1年間を振り返られた。だが、ご療養生活12年目に入られるご自身の体調に関しては、

《私自身につきましては、今年も、体調に気をつけながら、公私にわたってできる限りの務めを果たそうと努力をしてまいりました。その中で、7月に三重県、そして11月に愛知県を訪れました折りに、多くの方に温かく迎えて頂いたことも、私にとりまして大きな励みになりました。今後とも、まわりの方々からのお力添えを頂きながら、快復に向けての努力を続けていきたいと思います》

 と綴られている。しかし、ご体調に関する記述は、2013年の文書に少し文言を加えただけで、ほとんど同じなのである。以下が2013年のもの。

《私自身につきましては、昨年の誕生日以来、今年も、体調に気をつけながら、公私にわたってできる限りの務めを果たそうと努力をしてまいりました。今後とも、まわりの方々からのお力添えを頂きながら、快復に向けての努力を続けていきたいと思います》

 さらに誕生日に同時に発表される雅子さまの治療チーム『東宮職医師団の見解』もまた、2013年とほぼ同じ内容だ。

《ご体調にはなお波がおありであり、まだ快復の途上にいらっしゃいます。こうした中で、過剰な期待を持たれることは、かえって逆効果となり得ることを引き続きご理解頂ければと思います。今後とも、周囲の方々の理解と支えを受けながら、ご治療を続けられることが大切です》(2014年)

《ご体調にはなお波がおありであり、まだ快復の途上にいらっしゃいます。こうした中で、過剰な期待を持たれることは、かえって逆効果となり得ることをご理解頂ければと思います。今後とも、周囲の方々の理解と支援を受けながら、ご治療を続けられることが引き続き大切です》(2013年)

 なんと“引き続き”という言葉の場所を変え、“支援”を“支え”に変えただけの“コピペ”したような文章なのだ。


「これに対しても宮内記者会の一部からは“妃殿下にはご病気に関する情報を出すつもりがない”“文書や見解を出す意味があるのか”といった批判めいた声があがっていました」(皇室関係者)

 皇室ジャーナリストの神田秀一氏もこう憤る。

「雅子さまのご感想も医師団の見解も、2013年のものと見間違うほど、酷似していました。 特に医師団に関しては、具体的な治療方法も明記せず、文章の並びを変えるだけですから、本当に医師団としての役割を果たしているのかと疑問を持たずにはいられません。

 これは雅子さまが国民に対して心を閉ざされてしまっている表れだと思います。美智子さまも雅子さまと同じように、誕生日には文書でご感想を綴られますが、その言葉は一言一言、国民を思い浮かべられて書かれた心温まる文章です。雅子さまの文書を読まれた美智子さまは沈痛な思いでいらっしゃると思いますよ」

※女性セブン2014年12月25日・2015年1月1日号


「雅子さまが国民に対して心を閉ざされてしまっている現れ」

なのですって・・・。どこまでも国民が、悪い。そーゆーこと? 。

ごめんなさい雅子さま、と、こちらがお詫びを申し上げる? わあわあ言わないから、心を開いて下さいませと土下座でもする? アホらし。

勝手に心でも何でも閉ざしてろ。ついでにアタマのてっぺんに開いてる、食べ物吸い込み用のも一つの口も閉ざしとけ。
そんなに国民が嫌いなら、国民のいないところへ行っちゃえ明日にでも行っちゃえ。こっちだってお前みたいなヒデンカ要らん、もっとヒデンカらしいのがいい、いいかげんに解ればあろお。(KUONよりお願いです。←あたり、言葉がたいへん汚くなっておりますので、読者各位の常識的な言葉遣いに脳内で変換のうえ、お読み下さい)。

と~に~か~く~。

実在する医者の、傷病名を明記した診断書を出しなさい。

東宮職医師団のヒトが書いたものでないなら、それを、東宮職医師団(あ、めんどくさ)の出した書類だとして出したことは、世の中では犯罪ではないのですか。

雅ドンは公人。超高額の皇族費を自由に使って、巨大な御所になぜか住んで、ヒデンカとか呼ぶ人もいる立場に(まだ)居座っている、公人。皇太子妃殿下にあらせられます。

その公人が、嘘っこの書類を平気で提出して、今年の面倒なこと、これで終わり~とか思ってるのは大間違い。

よく解らないけど。

公文書偽造、って、そういうのでは、ないんですか? 。

沢山なんでも偽装、偽造してるから。ぜんぜん気にせず、こんなこともやってみました、なのかしら。

こういうのも子どもは、ぜんぶ、見ている。期末試験の追試は、愛子さんのストレスになるから。

追試は雅ドンが拒否。

などとも、囁かれています。






  1. おそれながら、なこと
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時の首相が。

BBさんのところで読みました。

知りたいことでもありましたので、一部分ですがお借りして来ました。


(略)ネットでは「実は愛子さまが奇声を発した」と情報が出回っていて、むろん、ネット情報は玉石混交なので信じ込んだわけではないのですが、気になったので身内っぽい人に連絡してみたんです。

身バレはまずいので、ぼかして書く分、信憑性が薄れるのは承知で、ぼかさざるを得ないのですが・・・・

身内っぽいのが実は二人学習院のOBなんですよ。BB自身は違うんですけど、親戚の・・・・が代々学習院で、今現在も生徒だったりして・・・・・

ということを前提に・・・・

身内っぽい一人は仕事が忙しく定期演奏会には行ってませんでした。
あまり親しく交わってない一人が、行ってました。
電話通じず、メールで問い合わせその返信が以下です。

前もってお断りしておきますが、BBは身内っぽい人なんで一応言葉通りに受け止めてはいますが、読者の方々は割り引いてお聞きくださいね。

ただ・・・・記事中の宮内庁の「理由は分からない」という回答が今までと違って、かばいきれない切迫さを感じてはいますが。

メールの文面をそのまま載せるのもはばかられるので、要約です。


↑ ここまでお気遣いをなさっての、以下の記事です。


演奏中奇声が聞こえるので見たら、愛子さまが体をゆぅらゆぅら揺らしながら、変な大声を上げていらしたそうなのです。

驚いて隣の人と顔を見合わせ、耳を澄ましたら、それが、あたかも皇太子演奏の「応援をしているようだった」とメールにはありましたから、たとえば運動会の徒競走にかける掛け声のようなトーンだったのでしょうか。「がんばでー」とか?(想像ですが、たぶんそのたぐい)

その愛子さまを学習院の係員?が連れ出しに来たそうですが・・・・
「退席」ではなく、連れ出された、と。

そこら辺の状況は問い合わせてもまだ返信が来てないのでわからないのですが、女官が付き添ったのでしょうか。多分そう、思われますが。

不思議なことに雅子様は付き添われず、残って異常なハイテンションで周囲の人に話しかけ、しゃべり続けていたそうです。場を繕おうとして、残られたのでしょうか? 


・・・・・

BBさんからお借りしたのは以上です。ありがとうございました。

ここから自分、KUONとして喋りはじめること、ご容赦いただきたいと思います。

これは、東宮一家の私的な日曜日の出来事だったのですね。

ご高齢の皇后さまが、ベルギーへの弾丸ご公務からお帰りになった翌日。

世の中は選挙の投票日だった。私は、裁判官の名前の上に×を書きながら、東宮夫婦の名前があったら、超特大の×を、紙が破れる勢いでつけてやれるのにと考えていた。

そういう意志表示が出来ないのです。皇室のヒトに対して。

・・・皇太子さんは楽器演奏をなさる。雅子さんも、プラチナ製のフルートをお使いになって、勉強をなさっていた話も聞いたことはありますが。

それがどう進んだか、高価なフルートがいま現在どうなっているか。こんな時にはつい、書きたくなってしまいます。

作った人の気持ちも含めものの値打ちのわからないと判断されるにんげん=雅子さん=には、あまりにも無駄でもったいないフルートでした。

いま、どこにあるのでしょう。

・・・もっとどんどん、思い出していました。

去年の7月に自分が書いた話が、↓ 以下です・


皇太子さまは、学習院OB管弦楽団の演奏会で、東日本大震災の津波に耐えた「奇跡の一本松」から作ったビオラを演奏された。
東京・豊島区のホールで行われた演奏会には、天皇皇后両陛下や、雅子さまも出席された。
皇太子さまが演奏されたのは、津波に耐えた岩手・陸前高田市の「奇跡の一本松」や、流木を使って作られた「震災ビオラ」。
2013年1月、ビオラの製作者と出会った皇后さまが、震災の記憶を将来に伝えるため、多くの演奏家に弾いてほしいと願う製作者の思いを知り、皇太子さまを引き合わされたという。
演奏終了後、皇太子さまは、楽器の裏側に描かれた「奇跡の一本松」の絵を、客席に向かって掲げられていた。
                                              (07/07 )
なのだったそうです。

白けました。

もっと直截な感覚もあったのですが、自主規制としました。

ご皇室の方々に対して、うわ偽善者っぽい、とか。・・書いてしまいましたが。

「奇跡の一本松」というものに対する気持ちが、そもそも自分の中にあって。身もフタもない言い方をするなら、それを大仰に言い立てているのは、ヨソの人ばっかりってこと。

被災地へまともに行こうとしない皇太子夫婦。政治を行う人でなく黙って仕事する人でなくそこでリアルに生活を立て直そうとする人、でない、ただ行くこと、行けば喜んで迎えてくれる人がいるそこへ、行くことだけが「できること」であり、他の何人にも為し得ない効果をあげることのできる立場の「東宮」と「東宮妃」。それをしないで、こーゆーことで? とか、感じてしまったんですよ。


・・・去年のわたし、すでに「偽善者」とか、書いております。

ただ行くこと、行けば喜んで迎えてくれる人がいるそこへ、行くことだけが「できること」であり、他の何人にも為し得ない効果をあげることのできる立場の「東宮」と「東宮妃」。それをしないで、こーゆーことで? とか、感じてしまったんですよ

こんな風にも書いている。今もそう、思っています。思っているが、もっとずっと失望しています、そんなことどんだけ云ったって、アレラには何もこたえないよ~~って。な~んにも感じていないよ~。

「偽善者」とは、皇太子に対してそう感じたのでしょう。今はもっと、もう少し複雑というか逆にシンプルというか・・・の感情を抱いています。

一番簡単な「できること」をして。それも、母親に振ってもらってして、いかにも「善行」を行ったごとく、いわゆる「ドヤ顔」で、拍手を受けるナルさん。

なんか、話のつながりからして、美談仕立てだった記憶がある。

さすがご立派な皇太子さま。被災地にお心を寄せられての演奏。両陛下も妃殿下も見守られて・・・ぐぐ。

そうやって褒められ、上げられ、もてはやされ、甘やかされてそれしか知らないで来た人。

きもちの悪い母子だと、実はあの時、感じていた気がします。きしょく悪いひとたちだなあと。

皇族のからむこの「場」では、震災ヴィオラとやらは、単なる道具。

ママはにっこり、ボクタンえっへん。

皇后陛下と皇太子殿下のウツクシイはなし、の、道具。わたしひねくれ者。(笑)。

・・・………………………………今年、12月14日。

話題になっている愛子さんの「奇声」。

皇太子さんへの。愛子さんのお父さんへの。

「応援をしているようだった」

「がんばで~」とか、そういった感じ・・。

舌の動きにも不自由のありそうな愛子さんが、そういった感じの発語状態だと、私には想像がつく。

濁音の多い発語になっているのだろうと。それは、体の具合でそうなのなら、仕方のないこと。

運動会の応援をするように、演奏中のお父さんに向かって声をかけたのだったら。

それが「奇声」という風に伝えられ、

その愛子さまを学習院の係員?が連れ出しに来たそうですが・・・・
「退席」ではなく、連れ出された、と。



の状況だったのなら。

胸が痛いです。それこそ偽善者チックな言い方と言われても私は仕方ない、ほんとに胸痛い、いたましい。いじらしい。

運動会の時には「がんばれ~」と、応援されたのでしょう、愛子さん。そんな写真もありました。

その気持ちが残っていて、いっしょうけんめい(mm)演奏している父親の姿を壇上に見て、運動会の日の記憶がよみがえった。

応援してあげよう。応援しなくては。そう、つながったのではないか。

で、がんばれ~、と応援した。素直な気持ちだったでしょう。それくらいの現状だと考えるのです、「超優秀」と邪悪なものたちが吹き続ける愛子さんは。

なのに「連れ出されてしまった」。

ご本人は訳がわからなかったのではないか。

なんで? どうして? だったのではないか。

憶測でものを言うことは避けなければなりません。

で。

雅子さんは「連れ出される」愛子さんについて行かず・・・私的な行事に親子で来ていただけなのであり、間違ってもわが子に付き添うより、皇太子妃として場に残ることが絶対的な優先事項では、なかったはずなのに・・・それなのに「連れ出されて行く」子と、一緒に行ってやろうとせず。

どうでもいい時にはくっついていた、学校行事にもくっついて行った、のに。

異常なハイテンションで右に左に相手かまわず話しかけ(千家家の披露宴でそうであったごとく)喋り続けていた、と。

私の考えですが、雅子さんは、自信が無いからいつも笑っている。

自信が無いのに向こうっ気は強くて、いつも笑っている。

それと合せて、クスリのせいで抑制力とかなんだとかが鈍くもなっている、断言を許されれば

正常な状態の方では無いのです。

過去の彼女はともかく。現在の雅子さんも、放置していてはいけないひと。

席に残って、一説に「ばか笑い」していたのは、どうしようもなかったからでしょう。取りあえず笑った、じっとしていられないから猛烈に喋りつづける。

演奏会で。

取り繕おうとの考えはすでに、無いのではないか。

雅子さん自身がいっぱいいっぱい。限界を超えてしまっている。普通にいられる状態でなくなっている。壊れてしまっている。

その人間が、家庭の中でツマだったり母だったりしている。自意識の残っている範囲で、おそらく強権をふるっている。出て来れば異様な有様が表出してしまっている。

娘さんはそして、普通でないような声を出した子どもとして、退席でない、連れだされたと(私はBBさんが書かれたことを信じています)言われてしまう13歳になってしまっている。

雅子さんは壊れている。

そして皇太子。皇太子がどうしていたとは、まだ聞こえていません・・・でも。

あまり物事のはっきり解っていないと思われる娘さんが、舞台上の父親を、おそらく応援してあげたいと思って

がんばれ~と声を上げた。

父親に向かって、その子のできる、その子にわかる精いっぱいの言葉を、かけた、と、いうことだったのなら。

その気持ちに、どう応えてやれる父親なのか。ナルヒト氏は。愛されているのですよね、娘さんに。

どう応えるのですか。答えられない冷血ですか。

そこが、ものすごく気になることで、腹の立つこと。それと。

放置できない状態まで来ている東宮家のメンバーをどうにかすることの出来る、皇室のこういうことをどうか出来るのはつまり誰なのか、と、問うてみたなら。

中間を省略して結論を書けば、国の、時の首相なのだそうです。

いま現在は安倍首相なのだそうです。勝ったばっかりだ。


安倍首相さま。

もしかしてこれ違うのかもしれないのですが。信じてお願いします。

皇室会議を、早く早くひらいて下さい。どんな理由でもつけられると思いますので、ナルさんと雅ドンを、今の立場から退かせて、なんとか暮らしの立つように退かせることを


はかっていただきたいです。いろんな意味で、表からひっこめてしまって下さい。すごく酷いことまでは願いません。

このまま放っておかれたらあの家は、身の周りに限らずどこまで大きなものを壊してしまうか、根こそぎぶち倒してしまうかわかりません。壊すでしょう。

お願いします。お願いします。

まとまり切らない記事ですが、このままアップさせていただきます。
















  1. 実録
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大仏あんぱん。・・なにげに書き足しあります。



以下↓はKUONの書いたものでなく、

およそ一年前の11月の「週刊現代」誌の記事です。

しごく真面目に書かれたものです(多分)。

[雅子妃の復讐]という言葉にドキッとした記憶があります。

復讐? へ、皇太子のキサキが、復讐? 。

あ。「しかいし」のことね、と。

・・・・・・・・

偏差値72、天皇家で一番の頭脳 愛子さま東大入学そして雅子妃の復讐が始まる
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/37432
2013年11月12日(火)週刊現代

子どもの未来は、無限の可能性に満ちている。それを思うと、親は勇気づけられ、強くなる。学才をメキメキと伸ばしている愛子内親王。愛する我が子の成長が雅子妃にもたらした、ある「変化」とは。

■学年でトップの成績
「愛子さまは、学業が大変優秀で、通信簿はほぼオール5。常に学年でトップクラスの成績だそうです。特に国語がお好きで、放っておいてもご自分で本を読み、読めない漢字は漢和辞典を引いて勉強されています。ややもすると、午前0時を回っても本を読んでいることがあって、皇太子殿下が苦笑しながら早く寝るよう促すこともあるとおっしゃっていました」

こう語るのは、皇太子家に近い元皇族だ。ここ最近、愛子内親王の勉学の才能が、周囲を驚かすほど目覚ましく花開いているという。元皇族が続ける。

「漢字のテストは毎回ほぼ100点です。何度か満点をとれなかったことがあるのですが、読めなかった漢字、書けなかった漢字をそれぞれノートに100回書くことを、自らに課しているようです。

また英語の実力も相当なもので、皇太子殿下が『愛子は私よりきれいな英語を話す』とおっしゃっていました。科目の中では算数があまりお好きではないらしく、教えるのがお上手な雅子さまが、つきっきりで指導することもあるそうです。ただ、好きではないだけで苦手ではなく、成績は5の評価。何でもできて、本当に優秀でいらっしゃいます」

一時、不登校問題などもあって、学校にうまくなじめていないのではと心配されていた愛子内親王だが、最近では同級生の間で〝浮く〟こともなくなったという。愛子内親王と同じ学年に息子を通わせる父兄が明かす。

「低学年の頃、愛子さまの周囲には、皇室とお近づきになりたいと思っている父兄の子どもしかいませんでした。

ところが、今は多くのお友だちができて、楽しく快活に過ごされているようです。また、先頃の初等科の運動会では、愛子さまは自分たち6年生の前に座っている1年生に声をかけたり、一緒にリレーを応援したりと、面倒をよく見ておられました。

雰囲気もずいぶんと変わりましたね。運動会の日は髪を後ろで束ねていたのですが、両頬に髪の一部が垂れるようにして縛ってありました。『ああ、オシャレする年頃になられたのだな』とほほえましく拝見していました。

以前の運動会は警備の数も半端ではなく、どこかピリピリしていたのですが、今年はとても穏やかな運動会でした」

成績は学年でもトップクラス。生活態度もしっかりして頼もしい。こうした娘の成長が、雅子妃の気持ちにも変化をもたらしていると、宮内庁関係者が打ち明ける。

「実は、愛子さまをエスカレーターで学習院大学に行かせるのではなく、東京大学へ進ませるお考えを持っていらっしゃるのです」

折しも先日、週刊誌などで「秋篠宮紀子妃が悠仁親王を東大へ進学させようとしている」という報道がなされたばかりだ。

「皇室に嫁いで以降、雅子さまはことあるごとに〝完璧な皇族〟である紀子さまと比較され、バッシングを受け、終いにはご病気になるほどに肩身の狭い思いをしていらっしゃいました。しかし、愛子さまという『宝物』が順調に、聡明に成長された今、雅子さまの胸中には、娘を東大に入れて、これまでのすべてのマイナスを、プラスに転じたいという新たな思いが去来しているのです」(前出・宮内庁関係者)

学習院大学と言えば、昭和天皇、今上天皇、皇太子をはじめ、代々皇族の学びの場としての伝統を誇ってきた。しかし、皇族は学習院で学ぶもの、というのは一昔前までの不文律で、今は時代が変わってきているという。

「眞子さまがご自分の意志でICUに進学されて以来、必ずしも学習院でなくていいという雰囲気が生まれました。愛子さまも中学は引き続き学習院に通われると見られていますが、高校・大学まで決まっているわけではありません。愛子さまの成績と照らし合わせれば、東大という選択肢は十分考えられます」(宮内庁担当記者)

■英語の準備も万全
学習院初等科でトップの成績というのは、実際、全国的にはどれほどのレベルなのだろうか。

中学受験コンサルタントで森上教育研究所社長・森上展安氏が解説する。

「名門私立小学校の御三家は、慶應義塾幼稚舎、青山学院初等部、学習院初等科ですが、学習院トップの学力は、その中でも最も高いレベルと言っていいでしょう。御三家の偏差値は70前後なので、トップクラスの子なら71~72くらい。この学力なら、もちろん将来東大を狙うのに何ら問題ありません」

ただし、東大進学となれば、国民とともに入試を受ける必要がある。万一落ちることがあれば「宮内庁がひっくり返るほどの大問題」(前出・宮内庁担当記者)だし、受かったら受かったで、愛子内親王が合格したため、一般受験生が一人不合格になるという事実が残る。国民の税金で育った皇族が、国民を押しのけてまで我を通すのはいかがなものかといった批判が出ないともかぎらない。

だがこの懸念は、愛子内親王の受験時には解消されていると、前出の宮内庁担当記者が語る。

「3年後の平成28年度から、東大にも各科類合わせて100名程度の推薦枠ができるのです。これを使えば『国民を押しのけて』といった批判が起きることはない。推薦枠ができることで、愛子さまの東大進学の可能性はぐっと広がったと思います」

それを意識してのことなのか、最近の皇太子ご夫妻による英才教育は、かなり徹底している。

「特に、雅子妃が熱心です。たとえば一日一度、1~2時間、英語だけで愛子さまと会話する時間を設けています。愛子さまはすでに初歩的な挨拶や自己紹介、会話はできますし、会話中に雅子妃が知らない単語を使うと、『その単語は知りません』と英語でお応えになるそうです。また、毎年夏には英語のサマースクールにも通われるほどの力の入れようです。

一方、皇太子さまはもっぱら文系科目が担当で、日本史・世界史・国語・社会をみておられるとか。日本史は、歴史上の人物を、声音を駆使して演じてみせたり、時代背景や社会情勢を物語仕立てにして臨場感たっぷりに教えているそうです。ほかにも、一般でいうところの家庭教師役の女官がいる他、造形専門の先生や書道の先生もつき、多角的でバランスのいい教育を受けています」(別の宮内庁担当記者)

こうした環境の中、愛子内親王は自分から進んで机に向かい、楽しんで勉強に励んでいるという。だが、国民の多くも知るところだが、ここにたどり着くまでには幾多の苦労もあった。

「愛子さまは2~3年生の頃、同学年に乱暴な男子生徒がいて、おびえてしまい不登校気味になられた。当時は机に向かう心の余裕もなかったため、成績は中の上程度だったのです。

しかし、立ち直って以降、もともと勉強好きなこともあり、成績がメキメキと向上。そして、そんな愛子さまの成長を見て、雅子妃の体調もまた、よくなってきています。雅子妃は、ご自身がハーバード大から東大というコースを歩まれたので、まず海外に留学させ、それから東大という選択肢もお考えのようです」(前出・宮内庁関係者)

体調の回復にともなって、このところ雅子妃の姿を公の場で目にすることが多くなっている。8月は宮城県、9月には福島県の被災地を訪れ、その後には国際青年育成交流事業の記念式典や障害者スポーツ大会開会式に出席した。学習院初等科の運動会は、この障害者スポーツ大会開会式が終わった後に見に来ている。あの雅子妃が、家族の行事よりも公務を優先した—。「自覚が芽生えていらっしゃった」と、宮内庁職員たちは心が晴れる思いだったという。

・・・・・・・・・引用はここまでです。

選挙は終わった。

東宮家もおわった・・・って、言ってはいけないのね、きっとまだ。

よくぞここ↑まで思い切りのいい「本当でないこと」を書かれました。捏造大賞を差し上げたい・・・週刊誌でなく、この記事の「もと」を提供した、ジジンとかババンとか、ヒデンカとかいう、そーゆー人たちに。

正賞は、皆さまご存じでしょうか、おでこの真ん中に「嘘」と刻印を捺す・・・ 緋文字 

副賞は、名実ともに税金でもって朝昼晩ごはん、祭日には袋菓子が配られるという、けいむしょでの、規則正しい生活。ありがたく頂くがよろしいですよ、健康が手に入ります。

心の中が簡単に正常化清浄化するとは、思えないけど。

・・・ものすごく、きついことをいっぱい言いたい気分が噴き上がって来て、ちょっと困り気分・・・。

寒い。底冷えのする日です。

・・・・・・・

初対面の方にお会いして。

奈良ホテルではじめ、待ち合わせをした・・・が。(笑)。

ランチがランチのお値段じゃないのよ(註:KUON・比)、ティルームはとっても素敵で好きなホテルだけど・・・とか、KUONのせこい提案が通り、駅近の四川料理の店で納得のお昼中華をいただき、コーヒー飲んで話を聞いていた。

ほぼ同じ年頃の女性、目の前に自分がもう一人いて私に向かって喋っているような不思議な気分で、話を聞いていた。
もの書きさんです。

おもしろぶりが私に似ている方だった。頑張っていただきたい。私も頑張る。

お正月用の素材をプレゼントされ、私は何も用意しておらず、ものすごく餡のみっちり詰まってずっしり重い、局地的に有名だった「大仏あんぱん」を家づとにしようと買いに行ったら店は潰れていて(・・・)、まあしゃあないよねと、そのまま車で、自宅まで送って頂いてしまった。

ありがとうございました、Lさん。







  1. 悲しいこと
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気付いてしまわれたか。


皇太子さまビオラを演奏 雅子さま、愛子さまが拍手


「皇太子さまは14日午後、東京・目白の学習院創立百周年記念会館で開かれた学習院OB管弦楽団の定期演奏会に出演し、ビオラを演奏された。雅子さまと長女愛子さまも客席から拍手を送った。

皇太子さまはオーケストラの一員として2曲目にステージに上がり、ドボルザークのチェロ協奏曲を奏でた。3曲目は客席に移り、雅子さまと並んでドボルザークの交響曲「新世界より」を鑑賞した。この時、愛子さまは先に退席したが、宮内庁東宮職は「理由は分からない」としている。

皇太子さまは夏と冬の年2回、定期演奏会に出演している。」


びっくりしました。

この時、愛子さまは先に退席したが、宮内庁東宮職は「理由は分からない」としている。

・・・何なのだろう。

親と並んで「なんだかわからないおんがく」を聴くことになっていたが。

つまらないので立って、一人で出て行った。

ということなのかしら。

「理由はわからない」という言葉が、ものすごく冷たい感じです。

今まではこういった話は出て来ていなかったけれど、衆目の中での出来事だったので隠せず、とりあえず

「理由はわからない」が、出て行っちゃった、ことだけ、発表した。

愛子ちゃんの逆襲。か。

ものごころつかない内から、カメラの前に出される時だけ「お母さん」だった人。

笑え笑えと、手の甲をぎゅうぎゅう押しまくった人。

挨拶しろと背中をどついた、教えられて出来なかった時には、シッ、と。犬を叱るより怖い声で冷たい目で、自分に当たった人。

学校で、なんだか困ることがあるみたいなのだけど、家で言おうとしても聞いてくれない人。言えても、

もう、どうしてそんなことばっかり言うのよ、と、イヤそうな目で、にらみつけるだけの人。

ぱぱを、バカにして、無視して、やっぱりカメラの前へ行ったら、ねええ、みたいにニコニコして、後では、ふんっと、機嫌の悪くなる、そういう人。後でだるくなるクスリを、どうしてものませようとした。

後でだるくなるんだ、くすりは・・・ぱぱはままを止めないの止められないの、すっごく怒鳴られるから。

だいきらい、わたしに、えらそうにいうから。

・・・その対象は、母親が書かせて世間にそのように周知させたように。

「先生」でなく。

カメラの前でだけ、顔を寄せて来たり。笑うみたいな顔になったりして来た、ずっとそうだった、

まま。だったことを、理解してしまわれたのか。

だいきらい、だったのは、母親だった。ことに、気づいてしまわれたか。

愛子さん。暴れてもいいです。胸の底の方に、溜まって澱んでどうしようもなくなった何かがあるなら、出してもいいと、考えます。

口でうまく言えない。それなら、愛子さんのやり方で、爆発されてもいいと思う。一時期、徹底的に。存分にやってごらんになったら。

大騒ぎになるかも知れない。世界中が驚き、そういう話が大好きな人たちが、無茶に書きたてるかもしれません。

醜聞。それです。でも、支持する大人はいると思います。

日本の東宮家が、世界からどんな目で見られても、笑われても。少なくとも私は・・人の数にも入らないミジンコを自称しているけど私は・・・かまいません、ちっとも。

そこから新たに始まるものに希望を持てる、そして待てる大人が、いるかも知れません。

いると思うよ。

あなたの一つの使命かも知れません。

ある意味もちろん、辛いお気の毒なことではある。


もう、か。やっと、か。始まったのかも知れない。









  1. おそれながら、なこと
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特別なことではない。



皇后陛下が一人で参列、無事ご帰国の、ベルギー王国のファビオラ元王妃のご葬儀の折の写真。

かつて王室大好きな女の子だった私。グスタフ殿下もお年を召した、「愛しのパオラ」とうたわれた妃のオデコの深い皺、誰の上にも平等に過ぎ去りし幾星霜。無くなってしまった王室もあります。ギリシャとか。「嫁して三年子無くして去る」なんて言葉を小学生の私に教えたイラン王家も、とうに消えた。

感慨深く拝見しました。

現国王フィリップ陛下は、亡き方の甥にあたります。その国王の4人のお子さまの写真が美しかったです。

長男王子は末っ子王女の手を引き。長女王女は、次男王子の手をしっかり握っていた。

次男さんは発達障害のあるお子さんであると、早くから明らかにされ、当人にふさわしい療育を受けられている。国民は淡々と受け入れ静かに見守っている。すべてが縁戚関係で繋がっていると言われる各国王室も、しかり。みんな知っていてそして、

それは特別のことではない。

どのお子さんもどちらかというとお父さまに似たお顔立ち。上品なお子さんがたです。

国王は、かつて来日時、わが国のコウタイシヒに。

和服姿でくねくねされ、横目で「うふ~ん」(下品ですみません)され、戸惑ったような表情を隠さず見せておられた、金色の髪真っ白な頬、の、あの(どの?)方です。王妃さまはしっかりした感じの方。

・・・13歳の次代国王、長女エリザベート王女は、そして式の途中、凛として弔辞を捧げられたそうです。

多くの人々が、演奏の合間合間に、一人ひとり思いを述べると言う次第だったそうです。

いとこである、王弟・ロラン殿下のルイーズ王女、10歳も、堂々と述べられた。

(ついでに書きますとわれらがコウタイシヒは、ロラン殿下の来日時、王子のジャケットの内側に入れた(入った?)手を、お腰のあたりに貼りつけたまま移動している写真があった。・・・雅ドン、ウカツ。はっきり言ってバカ、もっと言えば、本当に、白人の男性がお好きなようで。びっくりします)。脱線しました。

・・長男王子は、大おばさまの死が悲しかったのか、泣き顔を写されていた。末っ子王女はそんなお兄さまを見上げ、ご自分も涙を抑えられなかった王妃・お母さまを見上げ、亡き方は、5度の流産を経験なさったらしいですが、義理の甥の妻やお子たちに慕われる優しい大伯母さまでいらしたのでしょう。

と、私は感じました。

親子ご兄弟、いとこさん同士の仲が睦まじい様子も、感じ取れる写真でした。

王子、王女が多くおられます。

ヨーロッパの王族方は、気さくだとか言われますが、葬儀の写真を見る限りやはり、特別な人びと、という感じはありました。

静かな気品、と言うより。堂々たる品格。動じない風格。スキャンダルもままあるようですが、いざとなったら誰かのために銃口の先に立つ、守るべき者の的にもなる、のような、普段使いにしたくないが

「ノブレス・オブリージュ」。それ。感じました。

感じたかっただけ、かもしれません。

どうも私は、選ばれてそこに在る方々に対しての、ある幻想から逃れられない人間のようです。

様。殿下。そんな尊称を受け、敬語でもって語られる方々に、その名にふさわしくあって頂きたいと。

未だにそんな夢物語を抱いている。(笑)。



13歳の次代王女の可愛らしく美しく何より品のある様子は、かの国の方々の「嬉しい」感、「誇らしい」感を、素直に喚起するのだろうな、と、眩しく、見つめたりしたわけでした。

人前で一人で話す。訴えかける。そういう訓練も、幼少の頃から受けられるのですね。

で。

この葬儀に、イギリスの王室はどなたをも出されなかった。

なぜかしらと不思議に思えば、亡き方の金銭的な公私混同のスキャンダルを指摘する記事があったりして。

亡き妃に、脱税や公金流用の嫌疑がかけられていた、と。

美しい童話をものされ、優しい微笑を絶やさなかった元王妃への、そんな声が現実にあって、と、読み。

人間って、なあ、と、吐く息が少し、深く重いものになったりもして。

元王妃を罪人扱いにしていて、だから英王室は・・・と読んでも私には未知の世界、知ってどうなるものでもない。

ただ、イギリスの王家は、親戚関係でもあるベルギー王家の今回の葬儀には王族を遣わされなかった。

日本の皇后陛下は、行かれました。

ご高齢での遠い国へのハードスケジュールのご公務。

お疲れだったのは当然でしょう。

喪服の皇后陛下は、こころもとない儚げなお姿、孤独のいろ濃い表情でおられました。

私が育って来た間の、「完全無欠の素晴らしい妃殿下」の面影を、お一人で、周囲の方々に気を遣われながら歩まれるお姿から感じることはありませんでした。

ぐっさりと深い、孤独の影を、感じてしまいました。

私見です。



旧い友好を大切になさる皇后陛下。それも本当に大切なこと。でも。

いま現在、猶予ならぬ状態に至っていると、遠くからもみて取れる、お孫さんのお一人。

どうかその方のことも、畏れながらもっと親身に、現実的に、お考えいただくことは無理なのか、と、思いはそこへ巡ります。

そういった面もおありの皇室だと、感じさせていただきたいです。

ベルギー王家はご立派で。・・・それは特別なことでない、それが普通であることが、ご立派だと思います。







  1. 美しいこと
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「徳」



かつて「わがまま、親父の独り言」なるブログで教えて頂いて、その時は、基礎的な歴史の素養のないわたし、個人的には素晴らしい勉強になる、と読ませていただきつつ、主に東宮夫婦どいてどいて、を中心につづっている自分のこの場には、引かせていただく機会も無かったのでした。

このたび、私のブログも読んで下さっているこよりさんが、再び教えて下さったので訪問させていただきました。

皆様にこれ、読んで欲しいっと胸の躍った「本当の事」を、部分的に引用させていただきます。本当はすべてを引きたいのですが、今後も少しずつ、ネズミみたいに運んで来させていただこうと。

「不必要な善意」

長屋の爺さん、先にお礼を申し上げます。記事を、お借り申し上げます。


・・・・・・・・

伝統の中の皇位継承と廃太子

現在は【皇位継承権】が明確に知らされているが

古の時代では皇位継承権の具体的な順位は

東宮(皇太子)のみが筆頭と考えられ、その他の親王

は限りなくゼロに近い継承権でしかなかった

天皇の意向が優先された時代なら、天皇の意に適った

東宮が次期天皇に就いたのであるが、側近・忠臣と言われる

者たちの推挙が優先され、役人が決める皇位継承になり

その後は、藤原一族の冠位の独占によって、藤原の血脈の

親王が専ら天皇位を継ぐ形となったのである


明文化されていなかった時代、「皇太子」は単なる尊称で、

皇位継承を保証するものではなかったのである


皇太子でありながら、天皇位を継ぐ事ができなかった皇太子もいる

第46代孝謙天皇の皇太子・【道祖王(ふなどおう)】

第49代光仁天皇の皇太子【他戸親王(おさべしんのう)】

第50代桓武天皇の皇太子【早良親王(さわらしんのう)】

第52代嵯峨天皇の皇太子【高丘親王(たかおかしんのう)】

第54代仁明天皇の皇太子【恒貞親王(つねさだしんのう)】

第68代後一条天皇の皇太子【敦良親王(あつあきらしんのう)】

第99代後亀山天皇の皇太子【泰成親王(やすなりしんのう)】

皇太子という制度が明確になった天武朝以降で7人の皇太子が

廃されている


現行皇室典範の骨格を成す考え方に、「皇位継承は国の基本に

関わる重要事項である」事とし、現行憲法に定められた

皇位継承は【世襲制】を大前提とすることであり、「国民意識」と

「歴史・伝統」を尊重する事なのである


あくまでも皇位は「皇統男子」をもって継ぐのが歴史であり伝統である

そこで問題になるのが、なにをもって歴史なのか

何処までを伝統と解釈するのか、という二つの問題が立ちふさがる

【廃太子】という明らかな歴史事実を「歴史外」とするのか

【皇統男子】ではない、皇后の即位を伝統の外と見るのか

あきらかに矛盾する問題をお座成りにして、皇室祭祀を軽視

することと、天皇位継承にかかる不安でもある【帝王学】の問題

を関連させないことは重大な事ともいえる

天皇になる為の帝王学を、国家元首たる儀礼とするのか、祭祀王たる

宮中祭祀儀礼なのかの判断を、蔑ろにしては齟齬を生じる可能性がある


皇室制度の問題は、あくまでも国民の理解を得られるものという基本に

立ち、伝統を踏まえたものでなくてはならないと思う。

ただし・・・此処で言う【伝統】とは、千数百年の皇室の伝統で

あり、明治以後の歪曲された似非伝統のことではない


なぜ「皇統男子」でなければいけないのか?

とても簡単な理由なのである

日本の天皇は権力者ではなく、神代の御世からの「祭祀王」だから

なのです

天皇の一番の務めは、赤子(せきし)のため、国のために祈り続ける

宮中祭祀の継承者である、当然とも思えるこのことを、理解していないと

女系天皇でも良いではないか・・・などという発想になってしまう

天皇が国民の為、国家のためにひたすら祈り続けるには

国民の理解と傍らに寄り添う【皇后】の助力に帰する部分が大きい

ということに尽きる

日本の皇室と欧州の王家との大きな違いは、国と民のために

祈る「祭祀者」であることではないだろうか

言葉で「祈る」などというと簡単に聞こえるが、宮中祭祀の

肉体的・精神的負担はかなりのものである

俄かで勤まることではない

帝王学が意味するものに、宮中祭祀の数々が含まれるかは

知る由もないが、代が変わるたびに、伝統的な祭祀が簡略化

・簡素化、形骸化して行きはしないか不安は尽きない


伝統工芸・伝統技能といわれるものも、一朝一夕で習得できる

わけがないことを考えてみて、実際の帝王学なるものが順調に

進んでいるとは信じられないのも事実だろう

「お手振り」や「晩餐会」、「諸外国訪問」だけで良いなら

万世一系も家系も論外でよい事になる

なぜ万世一系なのか、なぜ皇統男子なのかは、宮中祭祀

にあるのではないか、だから赤子にも敬われ、慕われる

それが日本国の天皇という存在なのでは無いだろうか・・・。


にごりゆく 世を思ふにも 五十鈴川

      すまばと神を なほたのむかな

        (後土御門天皇)

(濁り行く世を思うにつけても、五十鈴川が澄めばきっと

世の中もよくなると、やはり神頼みにすることよ)


いつの時代も・・・困ったときの神頼みなのかもしれない。

・・・・・・・


ありがとうございました。

以下のごとき記述も発見し、胸の中に「ぽ」と灯るモノがあったのでした。


君主とは・・・

徳を持って治世を治める【王者】でなくてはならない

神の国・日の本の君主は、徳が高く赤子を大切に思う

祭祀王でなくてはならない

君主たるものは・・・・名前だけ「徳」ではいけないのである。

・・・・・・・・


(笑)、とか、置いてしまっていいのでしょうか。

嬉しくて・・・。

名前だけ「徳」でもねえ、ホントよねえと、私はやっぱり雑駁で・・・







  1. 虚しいこと
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壊れている。



週刊誌の記事の皮肉っぽさが増して来ている。

様をつけて呼んではいる。いながら、愛子さんの写真は、これを使うか、という一枚を。

今まで、秋篠宮ご一家に対してして来たようなことをしている。気がする。気のせいかもしれない。

最新号の文春では、先日の雅子さんの誕生日文書について、医師団文書とは表裏一体、定番フレーズのオンパレード、と書いている。で、

「これは昨年からのご体調回復で期待された雅子さまの公務復帰が、愛子さまの中学進学でストップしたということ」

と、関係者は読み解く。とか。

訪蘭したり被災三県を立て続けに慰問したり。

「2014年にはご一家での海外訪問も実現するかと思われたほどです」

・・・国民はそうは思ってないです。

「雅子にとっても外国訪問が治療上も良いのであれば、そしてまた、愛子にとっても視野を広めるという意味で外国の地を見ておくことが良いのであれば」

とか、ナルさんは2月に、言ってた。

この国の皇太子は、半径数メートルの世界しか見えていません。

妻や子を、慮ったような発言をしておられますが。これは、ナルさんの幾つかの顔の中の

「腹話術の人形」としての顔、発言。

本当はもう、何もかもどうでもいいのではないかと。私の考えですが。

そしてしかし、一家でスイスへGOGO計画は実現せず、ナルさんは、ナル単でスイスへ行って、ガーベラ二本を卓上花として迎えられ。能天気にアハアハ観光させてもらって[公務]完了、帰国された。

この外遊を境に、愛子さんは遅刻。欠席をするようになった。

「そんな愛子さまの生活リズムと共鳴するかのように、雅子さまも6月14,15日の週末くらいから調子を崩された」

ちょっと待って下さい、ハイ、待ちましょう。

すると何かな、ここで関係者は、

「愛子さんのせいで、愛子さんがいけなくて、雅子さま「も」調子を崩した」

と言っているのかな。そうですね。オワダ・テイスト。わが子までを、己の盾にするか。

そして愛子さまは一学期の期末試験と終業式をお休みになったのです」

・・・んん、まさこ(さん)は、わるくないんだよね。そういうことだ。

愛子さんの進学以降、雅子さんが重要行事にお出ましになったのは、武蔵野御陵参拝と伊勢神宮参拝だった。

・・・これ、一家の私的参拝であって、公務でも何でもないですが。どの皇族も、御陵参拝は、ことあるごとに、わざわざ行事にカウントしたりなさらず、普通にちゃっちゃとしておられますが。

二学期になっても緊張状態は変わらなかった・・・とか、続く。

愛子さんが中韓試験を休んだ頃には、雅子さまの深いお悩みをししゅんするこんな証言があった。

愛子さまはほとんど毎日深夜に就寝されるようになりました。すると」

すると? 。

「九月下旬頃から、雅子さまは学校がある日の朝は、普通に起床され、朝七時台に家族三人揃って朝食を召し上がるようになったのです。ただ」

ただ? 。

一度崩れたリズムは今でも戻っていません」

・・・そうなのか・・・。

一日、愛子さんが初めて一人で皇居・御所を訪れた時のことを、記事は、

「初々しいご様子で」

と表現している。確かに13歳は、初々しいとしごろ。そう見えたらどんなによかったか、と、市井の一・KUONは思う。本来、そうあって頂きたいままに。それにしては文中の写真は、左右の目の大小が極端に異なる一枚を選んで使用している。

愛子さん。ご存じないでしょうが。大人の世界は複雑、大変なのですよ。それだから世の親たちは、愛しい子らが不必要なあらゆる不都合な視線を受けないで育って行けるように、身を慎み立場に応じた生き方を・・・と、心がけているんで・・って。

愛子さんに言っても仕方が無い、愛子さんの個性に関係無い部分で、親が極限超えて愚かに過ぎるので、お子さんがよけいに、冷たい視線を受けてしまう。

不条理、というのです、これを。

とか。何をほざいていますかね、KUONはこんなところで。

・・・続けます。

12月5日から四日間にわたる二学期の期末試験も、愛子さんは5日、6日、9日の三日間、計8教科分の試験を欠席。

小町大夫は、この時期「お風邪を召されていた」と会見で明かした。

愛子さんの親は、自分たちの都合で恐ろしいクスリを与えても、学校へ行けるための風邪薬、なんてものは、服用させようとしないのですね。

顔、合わせていないから、知らないのかも。

・・・他にもあれこれ記事は続くが、本当に、書いていて神経がやられそうになる。と言って過言でない、東宮家と他の、やんごとない方の惨状。あまり信じられない気がしますし。

「朝起きられない時や、体調が悪くなる時があります」

と、皇后陛下に明かしたのは愛子さん本人であると、書かれている。お母さんのことを、でなく、自身のことを。

これに続く部分を、冷静になって書く気がどうしても起こらないので(逃げ? )〆に入らせていただきます。

香山リカとやらが、アホラシさの極みのような発言をしておりますが、アレあの女の人には触れたくない・・・ラスト部分のみ、少し。

「学校に行きたくない子には『登校刺激』・を与えず、行けなくてもいい、と受け入れるのが大原則。ご夫妻はそれを実践されているのかもしれません」

・・・失笑するしかありません。それが通じて、うまく行くお子さん、家庭もあるのかも知れませんね。というしか無い。


ラスト部分、「関係者」の色の文字で引用します。

愛子さまはお誕生日の夜(KUON註:月曜日)、二十二時頃から、家族水入らずで「お祝い御膳」を召し上がった。

食後には13本のろうそくを立てハッピーバースディのプレートを載せたケーキを召し上がったという。

「二十二時のお祝い御膳なんて・・・本当に異例のことです。本来は十八時半から供されるものなのです」


・・・本来は、そうらしい。普通そうだろう。ま。普通でないご一家なので、言って詮無いこと。

月曜日の晩ごはんが10時半からで。ケーキまで、その時間に食べて。

翌朝、起きられなかったのは、雅子さんか愛子さんか両方か。

その場合、誰の「せい」だったのだろうか。

壊れています。崩壊家庭。では、ないのでしょうか。


このままアップしますが、誤字脱字、明らかな間違いなどは、後で訂正するかもしれません。















  1. おそろしいこと。
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いささかの愛も。



生保のお金が支給される月初めにはタクシーがぱちんこ店へ向かって走り回る、とはよく言われたこと。

私はタクシーに乗ると、運転手さんにいろいろ聞いてしまう特技の持ち主だと思う。(笑)。よく知っておられます。

皇太子さんが京都へはカバン持っておいでのことも、一人で(!)動くこともあること、どのあたりをウロチョロされている、いた、とかも、何人もの方に聞きました。大きなお寺のお坊さんがたの行状なども。

裏の顔はタクシーに聞け。すべてを信じるわけではないけど。

大変、評判がお悪い。というか。鼻先でふふ~んって、感じで語られていますよ、東宮殿下。

今ではぱちんこの店、かつての隆盛はいずこ。どこも閑古鳥が鳴いている様子。流行っているのは限られた数軒。それも、回ってもらって、タクシー内から見学した。(笑)。

今朝は、ぱちんこでなく、某サイトで再び取り上げられている、雅子ヒデンカのギャンブル及び、大損されたという話。つい、思い出しました。

愛子さん一歳の頃に行った、オーストラリア・ニュージーランドの旅。その時、クイーンズタウンという所のカジノで大負けした話は、有名。車椅子の少年に、一歳の、ベビーカーに乗っている年齢の愛子さんの写真を示して、

「あなたと同じ」「らいく・ゆー」

と放言した、あの時の訪問時です。少年の前で夫婦して、ほどけまくった大口開けて、ぐぅわはは、と、笑っていた。鬼畜夫婦。ソレラが。

皇太子と妃殿下が、公務中に、海外のカジノで遊んで、金額はともかく、スッた、と。たくさんおスリあそばしたと。

ほんの10数日前に、高円宮が逝去されている。ナルさんとの結婚に尽力したと伝わる宮さま。繋がりは深かったと推察される。

既に決まっていた公務に出るのは当然として、

そういう時期に、ギャンブルする。恩人が、40代の若さで急逝された直後に。

大負けしたという。

阪神大震災の直後の中東行きでも、想像を絶するヒデンカでした。まだナルさんはあの時は、いくらかは「栴檀の教え」が身に残っていた。止めた方がよくないか、と、何度も図ったらしい。

結局、ツマの側の意向に押し切られて行って、紅白衣装のツマを、どうすることも出来なかった、あはれ。

・・・誰が皇太子夫婦をカジノへ誘ったのだろう。その御仁もカタギの日本人ではない。その御仁が負けた分も、当然、税金から。

ちょっと観光も、の範囲でないし。

そういう人たちなんですね。


今朝の週刊誌の表紙にも踊る文字。

   雅子さまと愛子さま

     「母子シンクロ」の深きお悩み

        「朝起きられない」と愛子さまは告白


このようなことを「悩み」とはおっしゃいますな。

民の生きる世はもっと、厳しゅうございます、ヒデンカ。

朝起きられない、と愛子さまは告白。

いったい、誰に向かって「告白」されたのかと。民は深き疑問のうちに墜ちまする。


ランダム登校の愛子さま

     期末試験ご欠席で

        雅子さま51歳の「試練」「希望」 


「ランダム登校」なる新語は見事定着。

期末試験、二学期もご欠席でも、

「遅刻も欠席もガセ、〇〇さまは学〇〇の誇り」

など、いかにもどうにも、ここまで見えて来ているのにそれは無茶ですやん、なことを書かれるお方も現存し。

  >言っちゃ悪いけど、あの子のせいで行事の準備とかメチャメチャ
  >順調にやってても気まぐれに顔出して邪魔するし
   >何も手伝わないくせに当日は来るからうちらもどうしていいかわかんなぃ
  >でも先生は怒らないしうちらが何か言うとこっちが怒られる
  >誰か助けてよ

同年代のお子たちの、こんな↑さえ上がっているのに。当人たちには深刻でしょう、これは。

学校生活破壊の危機とも言える、今、学校へ通っているお子さん方は。

・・・1000歩譲って今はともかく、ですが。

雅子さんの試練も希望も(爆)全くどうでもいいのですが。

放っておいていいのか。と。大きなお世話を感じ止められない民が、ここに一人、おりますのでございます。

以前は

「潰すつもりなのか」

と感じていたが。今は、

「潰し続けている、潰され続けておられる」

どこまでこのまま、行くのだろう、と。世界一の旧家の一人娘さん。

父母もおります、双方にそのご両親もおられます。

だ~れも責任感じないのか。ま、責任なんかはともかく。

いささかの「愛」も存在しないのか。愛なんて、食べられないか。




  1. 今の思い
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強行軍です皇后陛下。



皇后陛下は明日11日、政府専用機でベルギーへご出発。お一人で。

12日の、ベルギー元王妃、ファビオラ妃の葬儀にご出席、13日に帰国の予定。


今朝は税理士さんが来られるので、決算や年末調整などの書類をもう一度確かめながら、テレビをチラ見していた。

皇后さまが片道13時間かかるベルギーへおいでになるとの話で、オグラやオマキが、やたら元王妃とは「おともだち」だから、みたいに強調しておった。睦まじい懇談の様子を流し、皇族として初めてボードワン殿下の葬儀に参列され、清子さまも元王妃に歓待され、と。

事実ではあろうが、素直に聞けない。

とても仲のよかった王族の葬儀だから、皇后陛下が行かれるのか。

王皇族の親睦って、そんなにも「個人的」なものか。

国と国との付き合いがまずあって、王族皇族個人が仲良しだから、ということではないだろう。個人的に魅かれあうこと、その反対もあるとしても。基本、国同士のことだから使用機材が「政府専用機」でもあるのではないか。

とか言っても、米寿の皇后陛下は行かれるわけだ。専用機だから、お体は楽だろうとか、わかった風なこと、オグラが言うてたが。

皇后陛下の衣服の背中には皺が無い。

車中でも、背を立ててもたれかからずに座っておられるから、だという。長くそう伝わって来た。

首や肩に持病をお持ちの皇后さま、今は後ろにもたれかかって、何なら横におなりになって、強行軍を無事におつとめになって頂きたい。

と。民は願うのか、そうなのか。

実際、そうはあって頂きたい。お楽に、なるべく、お過ごしいただきたい。それはたとえば私の気持ちのこと。

つまり、皇太子夫婦に、その役が果たせないから

まだ若く、ヒマはたっぷりあって、かつヒデンカはヨーロッパ大好き。

なのに、アレラは行かない。行けないのか。行かせられないからか。

行かせたくないよ!。

何のための皇太子、など、すでに言うのも虚しい話、邪魔。はっきり。きっぱり。

内廷皇族のつとめが無理なら、何のためにそこにいる。

見ていて民は、ご高齢の皇后陛下のご体調の波こそが、心配でござりまする。

テレビには、皇太子の「こ」の一語も聞かれなかった。あれは、フジテレビならではの言い訳、東宮さんたちは悪くない、のメッセージだったのだな。

せこ。姑息。ぶさいくな話。

・・・・・・・

いかなる理由でか「ドス子の事件簿」が消えてしまっている。

昨日の夜更け、自分の過去の記事を探していて、ドス子さんから引かせてもらった記事を見つけた。どなたが寄せられたものか、不明なのは申し訳ないのですが。事実です。以下、引用。

週刊女性が出した誤成婚本「雅子さま 愛と絆の20年」に載ってたナル学友の話が本当に意味わかりません。
 
初等科からの学友・乃万暢敏(のまのぶとし)氏の寄稿。
97年の夏にナルマサが裏磐梯で静養した時、乃間氏一家も近くで静養してたから
ナルマサのホテルに招待され夕食を共にした。焼肉レストランのカウンターに横1列に並んで
食事したが、雅子さまは息子(小5)にとても気を配ってくれた。
楽しい時間を過ごしたのに、後日その静養について、ある東宮職関係者が
「磐梯でお子様を…と思っていたのに邪魔をしに来た家族がいる」と言っている
という話を聞き、愕然とした。殿下にそれとなく話したら殿下も驚いておられ、
激怒した(←職員に対して?)(←これは私のツッコミです)と伺った。
すでにこの頃から東宮職との関係がぎくしゃくしていたのではないか。
 
というエピ。
おめでたい20年本なのに、何でこんな後味悪い話題を持ち出したんだろう?
 
というか、夫の友人家族を「静養の邪魔しにきた」と断罪するのは雅子氏本人じゃないかと思うけどね。
表面は子供の世話焼いたりいい妻ぶってみたけど、そのあとドッと疲れてナルに
「気を使って疲れた」とか「休みを邪魔しに来やがって」とか当たってても驚かない。

わたし、ものすごく「在り得る話」[雅子はそんなおんな」と、納得して読んだ、ので、残していたのでしょう。

表面は子供の世話焼いたりいい妻ぶってみたけど、そのあとドッと疲れてナルに
「気を使って疲れた」とか「休みを邪魔しに来やがって」とか当たってても驚かない。


爆笑。

私みたいな、くくりのない野放図なおんななら、ありがちな話でも。

ヒデンカという立場の人が、そう↑なんだ、という辺りが、この話の「うげぇ」のツボでしょうね。

  1. 今の思い
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NOでなければ「YES」でしょ。by 雅子。



「皇室入りを決意させたものは何か」

「両陛下、皇太子さまから不安を拭い去るような言葉はあったのか」

との婚約会見での質問者からの問いに対し、小和田雅子さんは、以下のごとく答えた。

その考えている過程で殿下からは心を打つような言葉をいくつかいただきました。
そのひとつは、これは11月(平成4年)の後半だったと思いますけれども、私に対して、

「皇室に入られるということには、いろいろな不安や心配がおありでしょうけれども、雅子さんのことは僕が一生全力でお守りしますから」

というふうにおっしゃってくださいました。


有名なエピソードです。ナルさんが本当にこう言ったかどうかはわからない。

え、ボクそんなこと言ったかな、どうだったのかな、ま、いいや、かな、別にそれでもいい、かな? 

とも見える微妙な表情でいらした、と、看破される方もあり。

ただ、私は、今年の雅子さんの「誕生日のおことば」について、改めて奇妙な感触を抱いた。

あの一家のやり方。言葉の出して来方、その言葉を「根拠」というか既成事実を保証するものとして、力づくで押して行く、認めさせて行くやり方。

「天皇皇后両陛下に変わらず温かくお見守り頂いてきておりますこと,そして,皇太子殿下に傍らでお支え頂いておりますことに心より感謝申し上げます。あわせまして,日頃より,国民の皆様から私たちに温かいお気持ちを寄せて頂いておりますことにも,改めてこの機会に心からお礼を申し上げます。」

雅子さんは、こう、はっきり言っている。雅子さん自身が言っているかどうかはどうとして、こう発表したのです。


・両陛下は、温かくお見守り、されているのか。

・どうしようもないから、手をつかねて、放置されているのではないのか。

・黙っていて差し上げるのが「いいこと」と、黙っていてそして、好きなようにやられておられるのではないか。

・少なくとも「それでは困る」などのお言葉を、息子とその妻に、あるいはこうたいしと「ひ」・雅子さんに、積極的におかけになっておられるのかどうか。以前はあったようにも伝わりますが、陛下はもう、顔を背けておられるだけ、最近は。

・皇太子は、傍らで支えているのか。そういうことになっているのか。

・ツマ、もしくはこうたいしひに対して、かくあるべし、といった言葉、態度を用いていないだろう。

・外国へ発つ朝の額に生々しかった傷。何か月も包帯されていた「突き指」。

あれって・・・外国映画でマフィアが、目に立つ傷を与えて脅しをかけるような。

逆らったらこうだよ、の無言の圧迫だったような。そんな心地にさえなります。母親は殊に、辛いのではないか。挫けてしまうのではないか、気持ちが。

・・・国民の皆さま、温かいお気持ちを「私たちに」だと・・・面妖な・・・誰と誰をもって「私たち」と言うか。

自分とご亭主の事か。日本国の東宮さんはつまり、マサコなる女の所有物か。

これ。

大きな声で、はっきりわかるやり方で「NO!」を言わなければ。

形にしなければ。黙っているとすべては、雅子の側からは「イエス」。「YES」なのです。

謙譲の美徳も。

言わぬが花、も。

あ、うん、の呼吸も。

先回りして心を遣う。なんて芸当も。


いっさい、無い、あの一派のテイストには。

日本人の多くは「NO」を言わない。それがいいことのようにして来た。しかしアチラの方面では、

「NO」でなければ、黙って「見守って」いるのならば。

それは、それでいい、解った、オーケー、なんです。「いけなくない」のです、認めたことになるのです、YESなのです、あちらの感性は。

だってイヤって言わないじゃない。そういうこと。

退くわけがない。反省などする訳もない、申し訳なくもなく、今のままが当たり前、どころか、どれだけ貪ってもまだ、足りない不足もっと欲しいもっとたっぷり、の餓鬼道、無間地獄。その住人です、そうとさえ、考える。あながち外れてもいないはず。

そうさせているのは、おとなしく優しく言葉を慎むことを美徳として長く来た、日本人。ではないか。

とりあえずは、誰も面と向かってあちらに、「イヤ」「ダメ」「なりませぬ」「お退きなさい」と言わない。

だから、いる。居座っている、当然のこととして。したくないことはしない、着たくないものは着ない。

どこが悪いの、だって、誰も何も文句言わないじゃない。

その通りなのです。その通り。察するとか言われる前に、とか。とてもとても。

だからあのヒトも、今までのまま。毎年一回、こういうモノを出してそれでおしまい。ずっとこうして行くつもり。

何の問題も無いじゃない、と、いうこと、なのでしょう。

よおく、解りました。待っていたって何もどうにもならない。そのことが。

思惑通り、運び続けるかどうかは、別の話で。









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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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