KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

葉月、尽。

久々に更新させていただきます。

ごしゅーしょーさまというか、当然と言うか。

皇太子さん。

残念ながら、マサコと一緒におフランス、♪ は叶わず。皇族の特権で開けられることなく出国入国できて、中身が何かの詮索いっさいされないで済む、スーツケースの数十個。持ち出して何やかや、換金できるチャンスも潰れて、東宮御所に住み込んで娘ムコにあれこれ指図三昧、とやらのツマのオトーサマのゴキゲンも、苦虫噛み潰し度数、どひゃ~んとアップでしょうか。

白人の国だけが好きな東宮妃は、よおろっぱへ行きたかった。遥かに遠い昔、独身時代の長かった浩宮殿下に、さる記者は問うたものでした。

「お妃にはどんな方が?」・・・望ましいか、の質問でした。当時は皇太子の雰囲気もそれらしくあられた殿下は、価値観の似た人とか、独身の男性が口にするようなことを幾つか答えられ、

「テハニーで買い物されるような方は」  望ましくない、とのニュアンスで発言された。テハニー(ティファニー)と、固有名詞を否定的にお使いになったことも在って有名になったセリフですが。

ご皇族とは今では、日本という国を良き方向へアピールされるおつとめもおありのようで、国産品を愛用されるが本筋とか伺っております。本来は武家の正装であったところの「和服」も、日本独特のものとして時に妃殿下方がお召しになって、皇后陛下そして、主に今では秋篠宮紀子妃殿下のお着物姿は、それは優雅で美しく、お相手国にも喜ばれて、国際親善のお役に立っておられる。

つい脱線していますが、ナルさんは、テハニーを好むがごとき女性を、オキサキにする方向を忌避されることなく突っ走ってしまわれ、今では妃殿下は、あの写真この写真、ロゴばっちりの、お値段もカタログ見れば判っちゃう態のものを幾つも幾つも。ものすごい数、お持ちのようで、でも似合わない。

貴賓は、値段など推測させない品を身に着ける、という路線から、遥かに隔たっておられる。

「雅子さまのためにのみ織り上げられた一点もの」を、お召しになるお立場だと、わかっとらんのでしようがない。お着けになられてもお似合いにならないし。着物は嫌いだそうです

・・雅ドンは、テハニーでなくてもパリで、愚痴や美豚で思う存分、ショッピングしたかったのですね、当然。愚痴や美豚を愚弄するつもりは無いのですが、これ、ブランド名をそのまま書きますと、飛んで来てあれこれ仰る方もおありで。申し訳なくも、この表記をさせてもろてる次第です。

フランス人は、日本の皇太子妃が、ぴたりと決まった超絶的な日本らしさ、の姿を見せたら、もしかして、トレビァン、とか、思うかもしれないけど。皇太子妃が、今年夏のゴセーヨーに新調した、とか書かれてた〇ラ・シ〇〇〇ン、程度のバッグぶら下げて来たら、〇〇しますね、絶体。〇カだから、夫婦とも、気が付かないですけどね。

語学オーケーどころか、日本語すら怪しいヒデンカ。テーブルマナーにも自信が無いので、会食に出られない。信じがたい話です。もっと個体的に、フロ嫌い、髪はこってこて。いつでもどこでも、曖昧なニラニラ笑いを浮かべて手を振って。もう書いてしまえ、日本の皇族として、あの、浮腫んだ足の甲がパンパンに盛り上がってる、あの姿を晒すのは、断固、止めていただきたい。

・・・とか、本質以前への気持ちでだけでも、行かせるな~止めてくれ~と考え続けていたのでした。


今年2月のナルさんのお誕生日会見において。

それまでは、事前に用意された(そうしてくれとの要望で)質問に応じて、用意された答えを、こなして行かれた皇太子。一応おわった感じになって、どこかの記者が(どなただったか今、思い出せません)フリーな感じで、質問をぶつけてしまった。

「用意された答えの無い質問」を、いきなり皇太子はお受けになったんですね。

以下。

問2 私的な外国訪問についてお尋ねいたします。平成22年2月に公表された東宮職医師団の見解では,負担が少なく,期間も長くない私的な海外訪問は,妃殿下の治療の面から効果的との指摘がありました。ご一家の海外ご訪問は平成18年以降ありませんが,雅子さまのご活動が増え,愛子さまも中学校へ進まれる中,ご一家での外国訪問についてどのようにお考えでしょうか。


皇太子殿下

「確かにおっしゃるように,雅子の状況も少しずつ良い方向には向いてきていると思います。それから愛子もこの4月からは中学に進むように,だんだん大きくなってきております。やはり雅子にとっても外国訪問が治療上も良いのであれば,そしてまた,愛子にとっても視野を広めるという意味で外国の地を見ておくことが良いのであれば,様々なことを考えて,今後ともどのような外国訪問ができるかということをいろいろ考えていく必要があると思います。実際,私たちもそのようなことをいろいろ考えているところではあります。」


このお答えは、どこかを慌てさせたように、当時、聞きました。言うたらあかんことを言わされた、みたいな。

腹水ボンに還らず。いや違う、覆水盆に還らず。王者の言になんたら無し。

雅子妃は長年「お病気」設定です、いつでもどこでも「体調の波」でさまざまなことが語られます。

が、医師からの公式な、現状についての発表、報告はなされず、ただ一方的に「温かく見守れ」と、その言葉のみが押し付けられ続けている。雅子さんは3軒隣の変わった奥さん、でなく、公人中の公人なのですが。

11年近く、診断書を出さないで仕事を休み続けているということです。お遊びは別です。

・・・とか言っても仕方が無いんです、去年は、皇族の海外公務の折の三つの「するべきこと」。

武蔵野御陵参拝、皇居三殿礼拝、公式記者会見。これを、三つともしないで、無視して、強引に行ってしまった。

雑巾ドレスでフラフラ歩いて失笑と軽蔑をかった。

行く行くと強行したのに、晩餐会には出ず。なぜ出ないか。

晩餐会に出るには、宝冠・・・ティアラが必要です。結婚パレードの時、さんぜんと雅子さんの頭上に輝いていた、皇后陛下から新・皇太子妃に譲り渡されたティアラ。ダイヤモンドが3000個あしらわれていると言われるそのティアラが、ここ11年、一度も表へ出て来ていません。お揃いの豪華な首飾りも。ずっと言われ続けているが、どこにあるやらわからない。

もちろん国内でも、ティアラの必要な場所には現れない。それが通って来た。

ティアラが「無くなって」いるから、公的に行った戴冠式の一連行事、出るべき晩餐会を「欠席」した。

そして、日本でもずっと一緒にいて、雅子さんが発った翌日、追いかけるようにオランダへ飛んだ実家の両親、オワダ夫婦を、皇族ゆえにキサキに供されていた場所へ呼んで、数時間、飲食を共にし、あと、何をしていたのか。。。持ち出したサムソナイトのスーツケースは、あの時、どれだけの数だったか。

卑しい憶測をしているのではありません。

皇太子夫婦は、皇室の宝物を膨大な量、無断でオークションにかけた、そういうヤカラです。ツマの親も、妹も関わっている。証拠写真は膨大にある。警察は、おそらく、動けない、動かない。

・・・去年のオランダ「事件」は、言い出せば内容豊富に突っ込みどころ満載の事実があるのですが。


9月初めにフランスへ行く、あるいは行きたい、となっていた。

その前哨戦として、武蔵野御陵参拝と伊勢の神宮参拝に行ってあげた、となっていたのですが。

フランスへは、マサコは、行けない。行かせない。東北の子らのためではない、自分が行きたいだけなんだ、そんな汚い話があるものか。思いが届いたのでしょうか。(笑)。

2年間も放っておいた被災地訪問、腰をあげれば実質5分、10分、身元を調べて並ばせた被災された方々を、愚弄する、自分たちの被災地訪問の証拠写真を撮らせるためだけだった被災地への「思い」とやら。

国内で5分、10分の人間(もどき)が、なんでフランスまで。

そんなこと在り得んやろ。在り得ないでしょう。

・・・13日間を予定していた、那須への「静養」は取りやめになった。

これは、両陛下と昼食を共にして、その場で、両陛下に勧められたか諭されたか、言い渡されたか。朝日の記者も深いあたりまでは伝えておりません。

けれど。静養には行けなくなった。

聞かざるを得なかった、今回は。

9月 パリOECD東北スクールイベント訪問&一家でフランス周遊旅行

「雅子さまは以前から東日本大震災で被災した東北の中高生の活動に関心を抱かれていましたが、 この9月にパリで復興をPRするイベントが開催されることになった、最近ご体調が芳しくなってきたこともあり、 雅子さまはパリご訪問を前向きに検討しておられます」
                      ≪週刊ポスト7/25・8/1号ネット記事≫


何かしたい時には、その前に必ず、ちょちょっと、ゴコ-ムをする。それがパターンでした。みごとにパターンだった。それで、今年、昭和天皇陵に、雅ドンは10年ぶり、愛子さんは生まれて初めて。お墓参りをした。

同じく伊勢に、雅ドンは20年ぶり。愛子さんはこれも初めて参拝。

愛子さんが「ご静養」以外で地方へ行くのはこれが初めて、と、テレビで言っていて。不思議な気持ちになりました私は。

・・・もう少し先へ行きます。

9月4~6日には、小和田恒が伊・サンレモで学会出席予定・・・だとか出ていましたが。それが何か? です。

オワダ氏は、雅子妃のご実家の親御さんですが、何もかもいつでも、一緒に、の話題が出るのもどういうものか。

すっごくセコイ話をすると、少額でも自費、ってのが、お嫌いなそうです。さすがです。← 褒めてませんけど。


とにかく。皇太子夫婦がしたかった家族での海外旅行は、ぽしゃった。

ナルさんは、6月に、実はスイスの側では気の無かった、あまりに公務が無いのでガイムが無理くり押し込んだ訪問と評価の定まっているスイス行きを決行して、笑われて帰っています。

まともな歓迎行事も無く。晩餐会にも出席と報じられたが、結局その写真は一枚も示されず(会自体が無かった・・・)昼間のガーデンパーティでは、相手側の方との乾杯まで待てなかったのか、グラスを受け取ったらすぐに、口をグラスに寄せて行って、ごっくん。恥ずかしい。

酒が来たからボク呑んじゃった。それから、周囲が見えたのか、乾杯していた。その他、スイス各地で、まことに珍妙な親善訪問ぶりの写真が出回って、見る者の頬を赤くせしめてたってのよ。全く。

そのスイス以前にすでに、一家での海外訪問についてはトーンダウンしてしまっていたのですが・・・。

<雅子さま愛子さま「伊勢参り」と「スイス・フランス周遊」>

「ご一家には夏ごろに“ヨーロッパ周遊”をされる予定。
 8月下旬からパリで行われるOECD東北スクールの活動に、皇太子ご夫妻が愛子さまと一緒に訪問される話があり」

とか、書かれていたのでしたが。

9月 2日 「OECD本部に桜の植樹」「子供・大人合同会議」(フランス・パリ)≪OECD東北スクール≫

これ。

本来のご出席者の皆様は、出発なさったようで。

ナルさんの頭上に、未確認飛行物体が飛ぶやらどうやら。

わかりません、という話です。


おかしい、止めて、と、ミジンコの遠吠えでも、続ける意味は、もしかして、あるのかも・・・。


さまざま、コメントをありがとうございます。

落ち着いてゆっくり、お返事させていただきたいです。

追記です。

お知らせ下さっている「藍色」さんのコメント内のヤフオクに関するとこをポチット押して、再びのヤフオク「事件」とも呼び得るかのとんでもない事実をご覧になってみて下さい。ブルーフォックスさんとは、長年、一心に東宮一派の問題を追いかけておられる立派な方です。

フランス行きは、あったとしても、公費で賄えるもの。アレラのヤフオク関連のお金の話は・・・小和田氏の投資の失敗による巨額の借金にまつわる、となど、取りざたされています。オワダ氏は借金まみれである、と。

皇室のお金(税金)が、キサキの実家に流出しているなど、普通ならば囁くさえはばかられる事態ですが。

あまりにも、事実はそちらの方へ向き過ぎています。

雅子さんが成婚の日に出て来た実家、機密費御殿とも揶揄されたコンクリ御殿も、東宮家の内親王である幼い愛子さんを皇室から連れ出して一か月も籠城したオワダ家の「別荘」も、すでに抑えられている、故にオワダ夫婦が、日本でのホテル代わりに、東宮御所に居座っている、と、されているのですが。

ヤフオク事件の闇は深い。とてつもなく深い、そして新たにも出て来たとは。先日少し触れて気になっていたので、ありがたかったです。



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近況報告(シャレなんでよろしく)。



髪を、史上最短にカットして、楽楽感を満喫中。

シャワー浴びて、ど派手な青いアロハ着て、今年最後の夏祭りに行って参ります。

皆さま、本当に、本当に、感謝しております。

ソース焼きそばも食べて来よう!。

お願いの儀。



からだは回復しましたが、気持ちのトゲが自分でなんともなりません。

今書くとイライラして、悪い方への連鎖を招きそうな予感がします。

まことに勝手ながら、あと三日ほど、何も考えないでいさせて頂きます。

わがままKUONの願いごと、です。



宮内庁の最近の仕事。

苦無庁発表。

両陛下の園遊会ルートを短縮 年齢考慮、今秋から半分に

2014年8月25日19時31分


 宮内庁の山本信一郎次長は25日の定例会見で、毎年春と秋に赤坂御苑(東京・元赤坂)で開かれている園遊会で天皇、皇后両陛下が歩くルートを、今秋から変更すると発表した。天皇陛下は現在80歳。皇后さまも10月で80歳の誕生日を迎えることを考慮し、約330メートル、20分程度短縮する。


 園遊会では、両陛下は会場内を回って招待客と懇談する。今回の変更で、距離を685メートルから350メートルに、時間を約1時間から約40分にそれぞれ短縮する。今年4月の園遊会後に検討を本格化させ、両陛下の了承を得たという。






今の思い。



黙っていろと自分の中の社会人の部分は勧めるのですが、やはり少し書かせていただきたいのです。

気難しい私、の面が書かせます。

どなたかに当たってしまうところがあるので気になりますが、書きます。

正直で切実な気持ち。



五七五のお部屋を設けたのは、私なりに思うことがあって。多くの方々が参加して下さり、胸を撃たれましたし、日本人っていいなあ、とも感じ入りました。

はっきり言って、技術的に、ここをこうすればもっと形は整うし、仰りたいことが明確になる、と惜しい思いが沢山、しました。ですから、いっさいその手の未練を持たないために、触れません、添削は無しです、自由に楽しんでと、お呼びかけさせていただきました。

その中に、予想しなかったことが、入り込んで来ました。


本歌取り
ほんかどり

歌学用語。典拠のしっかりした古歌 (本歌) の一部を取って新たな歌を詠み,本歌を連想させて歌にふくらみをもたせる技法。「苦しくも降りくる雨か三輪が崎佐野のわたりに家もあらなくに」 (『万葉集』) を本歌として「駒とめて袖うち払ふかげもなし佐野のわたりの雪の夕暮」 (『新古今集』) が詠まれるなどがその例。


難しい話はさておき。この「本歌取り」をするにあたっては、自分なりの決まりのようなものを、自身の中に据えて来ました。

元のうたを汚さないように。元のうた以上とは行かないに決まっていても、遠い昔にうたを遺した人(うたが残っているのは、それはやはり、値打ちがあるから)に失礼の無いように。

言葉に対して、あたう限り謙虚になって、どうしてもその一首に迫りたい思いを消せないなら、努力する。

そういった気持ちで、私はこの「本歌取り」については、考えて来ました、これは、気難しい私の小難しい部分で、どなた様に押し付けるものではない。

けれど、自分のブログの中に設けた部屋の中に発見すれば。やはり、衝撃でした。万葉集くらい古くなれば、話は違う・・・ことになる場合も、あるかも。

はっきり書いてしまいます。

いちばん短い詩形である「俳句」に、基本的に「本歌取り」は成立しない。しかもその上、山頭火や放哉のような五七五の定型ですらない自由律に、それはない。

在るとするなら、それは、全く異なったもの。あるいはおふざけ。ユーモアとは本来、言葉に込めるには極上のものなので、なかなか難しい課題になる。と、ミジンコのごとき存在、単にうたが好き、自分が使う言葉に妥協したくない、であるだけの私の、これは、勝手な考えですよ。

・・・申し訳ないですがはっきり書きます。

知恵も知識も豊富な教養もおありになるにしても。

少し調べてご覧になって、こういうものか、と、生来の利発さで掴まれて、それで、 放哉 、のごときものを、書かれた。

そういうことだったのでしょうね・・・そのように読めました。

ものすごく、苦痛でした。

苦痛だっただけです。私の心が苦しかった、それだけのこと。

どなたのせいでもない、何も言えません、ただ、私の部屋でそれは、受け入れがたい。

他でなさることに何も申しません。

私は、放哉の「ことば」を、愛している。

人間・放哉の生き方云々はいいのです、のたれ死にの方へ向かって行きながら句作した放哉が、残した言葉たちを、たまらなく愛しているんです。

こんなこと、大声で言う事でも無いです、本来ならば。しかし言う、私には苦痛でした。

似て非なるものに貶められた、そのことが、苦痛です。

・・・おめおめと始めて。こういうこともあるかも知れなかったのに、私が甘かったと考えています。

この項で、傷つけてしまったであろう方にも、おそらく、申し訳ないのでしょう。

でも、イヤなのです。

それと。私を「楽しい気分にさせるため」に、書いて下さった?。

言葉を、そういう風に使うやり方は、私には向いていません。自分の楽しみは自分で見つけます。


このようなことを書いて、ヒンシュクをかうかも。わらわれるかも。

それも「是」です。

私は、優しくも鷹揚でもない、部分的に神経質で気難しい人間。多分、これからも。

こう言う自分が、いいかげんでずるくて不誠実で目先がごまかせればそれでいい、とふざけた生き方をしている東宮夫婦を、イヤで、このブログを持っている。で、たまたま、こんなことも書いてしまった。

本当に数日、スルーしてしまえ、と考えを重ねましたが、書きました。

後悔は無いです。


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    1.目の前魚がとんで見せる島の夕陽に来ている   
    2.いつしかついて来た犬と浜辺に居る
    3.爪切ったゆびが十本ある                
    4.ここから浪音きこえぬほどの海の青さの    
    5.何本もマッチの棒を消し海風に話す          
    6.山に登れば淋しい村がみんな見える
    7.風音ばかりのなかの水汲む               
    8.海風に筒抜けられて居るいつも一人
    9.水を呑んでは小便しに出る雑草            
    10.追っかけて追い付いた風の中
    11.迷って来たまんまの犬で居る              
    12.墓地からもどって来ても一人
    13.久し振りの雨の雨だれの音               
    14.風吹きくたびれて居る青草

   15.障子をあけて置く海も暮れきる               
   16.火の無い火鉢が見えて居る寝床だ
   17.咳をしても一人                          
   18.入れものが無い両手で受ける
   19.恋心四十にして穂芒                     
   20.墓のうらに廻る
   21.月夜の葦が折れとる                      
   22.あすは元旦が来る仏とわたくし
   23.肉がやせて来る太い骨である              
   24.壁の新聞の女はいつも泣いて居る
   25.渚白い足出し                           
   26.窓まで這って来た顔出して青草
   27.やせたからだを窓に置き船の汽笛            
   28.すつかり病人になって柳の糸が吹かれる
   29.どつさりと春の終りの雪ふり                 
   30.春の山のうしろから烟が出だした


•寂しいぞ一人五本のゆびを開いてみる
•底が抜けた杓で水を呑もうとした
•つくづく淋しい我が影よ動かして見る
•なんにもない机の引き出しをあけて見る
•打ちそこねた釘が首を曲げた
•うそをついたやうな昼の月がある
•漬物桶に塩ふれと母は産んだか
•釘箱の釘がみんな曲って居る
•色鉛筆の青い色をひっそりけづって居る
•吸取紙が字を吸ひとらぬやうになった
•足のうら洗へば白くなる
•春の山のうしろから烟がでだした
•枯れ枝ほきほき折るによし
•淋しいからだから爪がのび出す
•一日物云はず蝶の影さす
•たばこが消えて居る淋しさをなげすてる
•うつろの心に眼が二つあいてゐる
•わが顔ぶらさげてあやまりにゆく
•夕べひょいと出た一本足の雀よ
•とかげの美くしい色がある廃庭
•仏にひまをもらって洗濯してゐる
•考へ事をしてゐる田にしが歩いて居る
•墓のうらに廻る
•何かつかまへた顔して児が薮から出てきた
•こんな大きな石塔の下で死んでゐる
•雀のあたたかさを握るはなしてやる
•口あけぬ蜆死んでゐる
•こんなよい月を一人で見て寝る
•淋しきままに熱さめて居り
•障子しめきって淋しさをみたす
•入れものがない両手で受ける


                                尾崎放哉 享年42

ありがとうございます。



五合目くらい元気が戻った気がします。

ほんとに優しいお気持ちをいっぱいいただいて、くたばったけどシアワセ、って感じています。

もう少ししたらまた、ばりばり行くかな。

ナルさんは、今年もまた、ポリープ手術したみたい。公開されないのは。公人でないからかな。(笑)。



当分休みます。

体調不良にて当分お休みさせていただきます。

多分数日でなんとかなります。


いただいたお見舞いのお言葉には、一言ずつでも、今日以降、お返しさせて下さいね。
      本当に、ご心配お掛けしました。本当に、ありがとう!。








静養の20年。




自宅へ帰って参りました。

お優しいお言葉をありがとうございました。

今日は仕事はしないので、ドス子さんの事件簿より、東宮ご一家、ご静養の歴史を振り返ってみました。

改めて文字辛面追って行くと・・・。

むむむ、と、再び暗雲垂れ込めるわが胸中。でも、コピーさせて頂きます。

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文字色奥多摩の高水三山(東京都)登山
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『噂の真相』 1995年10月号
p.29より引用
 昨年の6月、皇太子夫妻は結婚後、初めて二人揃って奥多摩に登山に出掛け、一部のマスコミが 「雅子さまの愛情が篭もった手作りのオニギリで昼食を」 とその仲睦まじさを報じたことがある。しかし実はこのオニギリ、雅子の「手作り」などではなく、宮内庁が出入りの業者から買い入れたものだったのである。
「宮内庁としてもこの時、雅子妃に手作り弁当を作ってもらい、マスコミにPRしたがっていたんですが、なぜかそれが実現しなかった。ある関係者がお二人の関係は手作り弁当というようなホノボノとしたものじゃないからな、と洩らしていました」 (宮内庁記者)
7月4日~6日 葉山御用邸
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『VIEWS』1994年11月号 何が、誰がロイヤルカップルを苦しめる 皇太子と雅子妃『苦悩の結婚16ヶ月』 高山文彦署名記事 【VIEWSヴューズ】【居眠り】
p.31より引用
 それは、ちょっと信じがたい光景だったという。
 ことし(1994年)七月六日の夕方、ある皇室ウォッチャーは、横浜市内を東京方面へむけて走る第三京浜の保土ヶ谷インターチェンジ近くのドライブインで、友人とくつろいでいた。
 そこには、どういうわけか警備警官の姿があった。なにごとかとたずねてみると、葉山の御用邸で静養を終えた皇太子夫妻がもうすぐここを通る、という返事。彼はできるかぎり道路ぎわまで行き、車がやって来るのを待った。
 まもなく皇太子夫妻を乗せた黒塗りの車が、疾風のごとく近づいてきた。
 進行方向右側の後部座席は皇太子の席、左側は皇太子妃の席と決まっている。立っている位置からみると、車はすぐ手前の車線を右から左に通りぬけていく。だから、左座席に座っている雅子妃の姿がもっとも近くにみえ、皇太子の姿はその向こうにみることができる。
 そのとき彼はわが眼を疑った。
「雅子妃は寝ておられたのです。おどろいたのはその寝姿でした。左後頭部を車の窓ガラスにもたせかけ、そのために、からだ全体は大きく斜めになって、崩れるように寝ておられた。皇太子は居ずまいを正して座っておられたのですが……。おなじ車両には運転手と侍従も乗っているわけですからね。疲労の度は極限にまで達していたのでしょうか」
 七月四日から二泊三日で神奈川県葉山町の御用邸で静養した皇太子夫妻は、一歩も外にでなかった。人目を気にする必要もないので、十分休養になったはずだとおもわれていたのだが、帰りの車のなかの雅子妃の寝姿からは、疲労の堆積が感じられた。
 それにしても周囲の眼を考えれば、皇太子から注意をうながすことはあってもいいとおもわれるのだが、彼はじっと正面を見据えたまま黙っている。
 結婚十六ヶ月、まだ杳として世継ぎ誕生の知らせはきこえず、昏々と眠りつづける雅子妃と、石のように動かない皇太子――。
8月18日~21日 学習院八幡平松雄校舎(岩手県)、登山もする
8月30日~9月2日 那須御用邸、茶臼岳登山もする
9月9日~13日 北海道静養 知床半島羅臼岳登山など
11月18日~21日 御料牧場



1995年


5月12日~16日 那須御用邸
7月7日~9日 須崎御用邸
9月18日~22日 那須御用邸
11月8日~9日 雲取岳(東京都)登山
山荘がカレーをサービスで東宮夫妻に大目に提供、雅子が少し残したカレーを徳仁完食事件発生。
11月25日~29日 御料牧場



1996年


1月28日~29日 葉山御用邸
2月13日~16日 須崎御用邸
4月5日~7日 葉山御用邸
4月25日~27日 私的旅行(福島県土湯温泉)
「私的」ソースは、『女性セブン1998年6月28日号別冊 皇太子さま雅子さまご結婚5周年記念 素顔のプリンセス』より1996年1月~1998年4月 東宮夫妻公務・静養記録
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『週刊文春』2013年3月28日号<ザ・プリンセス雅子妃物語 第32回 カレーライスと大江健三郎(友納尚子)>にて、この時期立て続けの静養は「子づくり」のため宮内庁から押し付けられもので負担だったと愚痴を垂れる友脳記事
p.43より引用
(平成八年)四月、この年四回目のプライベート旅行で福島県土湯温泉へ。三回は御用邸でのご静養だったが、前年に比べると半年で四回は急増と言えた。さらに地方公務の合間を縫って八月に須崎御用邸、九月、十月は那須御用邸、十一月は栃木県の御料牧場に滞在されている。
 明らかに子づくりの環境を宮内庁が整えようとしていたのだった。静養という名の子づくり奨励に、押しつぶされそうな日々だった。
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2012年1月12日歌会始の儀で発表された雅子の歌「春あさき 林あゆめば 仁田沼の 岸辺に群れて みづばせう咲く」は、当福島旅行で見た水芭蕉(初夏の花)を詠んだというもの。「春あさき」は2月頃の早春を指す表現なのに実際福島旅行をしたのは4月下旬であり、おかしなことになっている。
参照:宮内庁公式HP掲載、平成二十四年歌会始御製御歌及び詠進歌解説ファイル
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2013年4月4日 <皇太子妃の短歌の石碑除幕式>NHK福島ローカルニュース連結画像、「春あさき」の頓珍漢ぶりが石碑にまでなってしまう体たらく、地元関係者は温泉地活性化のための目玉にしたいようだが、当の本人は1996年土湯温泉行きは無理やりな「子づくり旅行」でお嫌だったと友脳に流布させているのが滑稽。
6月27日~29日 葉山御用邸
8月20日~23日 須崎御用邸
9月3日~11日 那須御用邸、南月山登山もする
10月13日~15日 那須御用邸
11月6日~11日 御料牧場



1997年


5月1日~7日 那須御用邸
8月5日~11日 那須御用邸、三本槍岳登山もする
※11日、雅子は那須から茨城県水戸市の老人ホーム「ケアレジデンス水戸新館」を訪れ、体調を崩していた父方祖母・小和田静を見舞っている。
参照:【小和田毅夫】
8月18日~23日 裏磐梯静養(福島県)、登山もする
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Part2606-283 名前:可愛い奥様[sage] 投稿日:2013/06/12(水) 00:38:37.85 ID:NQ92jKpE0
今さらですみません。
週刊女性が出した誤成婚本「雅子さま 愛と絆の20年」に載ってたナル学友の話が本当に意味わかりません。
 
初等科からの学友・乃万暢敏(のまのぶとし)氏の寄稿。
97年の夏にナルマサが裏磐梯で静養した時、乃間氏一家も近くで静養してたから
ナルマサのホテルに招待され夕食を共にした。焼肉レストランのカウンターに横1列に並んで
食事したが、雅子さまは息子(小5)にとても気を配ってくれた。
楽しい時間を過ごしたのに、後日その静養について、ある東宮職関係者が
「磐梯でお子様を…と思っていたのに邪魔をしに来た家族がいる」と言っている
という話を聞き、愕然とした。殿下にそれとなく話したら殿下も驚いておられ、
激怒した(←職員に対して?)(←これは私のツッコミです)と伺った。
すでにこの頃から東宮職との関係がぎくしゃくしていたのではないか。
 
というエピ。
おめでたい20年本なのに、何でこんな後味悪い話題を持ち出したんだろう?
 
というか、夫の友人家族を「静養の邪魔しにきた」と断罪するのは雅子氏本人じゃないかと思うけどね。
表面は子供の世話焼いたりいい妻ぶってみたけど、そのあとドッと疲れてナルに
「気を使って疲れた」とか「休みを邪魔しに来やがって」とか当たってても驚かない。
8月26日~29日 須崎御用邸
10月3日~9日 那須御用邸、姥ヶ平登山もする
11月18日~21日 御料牧場



1998年


3月30日~4月1日 葉山御用邸
5月 那須御用邸、夫妻で那須の南月山など登山をする
8月26~31日天皇皇后両陛下が須崎御用邸にてご静養、27日には秋篠宮ご一家が合流される。そして28日から東宮夫妻も合流滞在予定だったのだが、「台風四号による大雨の影響」で中止に。ソースは『わたしたちの皇室』創刊号(主婦と生活社1998年11月発行)、p.10
9月中旬 葉山御用邸
10月 霧ケ峰高原、夫妻で車山登山をする(長野県)
『週刊文春』2006/3/23号<悲劇のプリンセス「不適応」の理由 雅子さま友人・恩師・同僚…50人の証言(下)>、p48より引用
98年10月、皇太子ご夫妻は長野県蓼科高原にある「ホテルハイジ」で静養されていた。経営者の東伏見韶俶(ひがしふしみ あきよし)氏が思い出を語る。
「皇太子殿下がお酒がお強いのは有名ですが、雅子さまも同じペースでした。フランス料理にあわせてお出しした赤と白のワインを、昼も夜も1本ずつ召し上がり、夕食後にはロビーでコニャックを召し上がっておられました。『雅子さまもずいぶんお強いな』と感心したものです。」
10月~11月頃? 御料牧場
同年宮内庁職員美術展に出品された、御料牧場にて皇太子が撮影した写真「子豚を抱く雅子」が存在することから、この年御料牧場静養にも出かけていると推察される。
『天皇家の健康食』(横田哲治著、新潮社2001年12月発行)p11より引用:
皇太子殿下と雅子妃は、御公務とは別に御料牧場が好きでしばしば訪問し、場内にある貴賓館に滞在されている。(中略)平成11年頃より、毎月一回くらいのペースで、御料牧場の中にある貴賓館に泊まり、昼間は愛犬とともに場内を散歩する姿が見られた。その途中、馬房に立ち寄り、アラブの王様から贈られた馬の元気な姿を見て貴賓館に戻られるのが日課となっていた。しかし、雅子妃ご懐妊の発表以降、御料牧場の訪問は行われていない。

※1998年5月~2000年12月までは手元に静養詳細情報なし(登山については『女性自身』2008/9/9号<皇太子ご夫妻思い出いっぱいの登山>一覧表参照)。恐らくこの期間は登山の他にも御用邸静養が入っている筈。




1999年


2月4~5日 夫妻で富山(とみやま)登山をする(千葉県)
2月、冬季国体等公務のため北海道訪問。その中で20日を全く公務を入れないスケジュールにし、千歳市青葉公園にて私的にクロスカントリースキーに興じ転倒場面をグラビア掲載されたりする
8月3日~5日 夫妻で八幡平登山をする(岩手県)
8月26日~29日 須崎御用邸≪女性自身1999/10/12号≫
■天皇皇后両陛下、秋篠宮ご一家と合流
9月9日~12日 長野県志賀高原静養≪女性自身1999/10/12号≫
※ホテル・グランフェニックス奥志賀宿泊

※1998年5月~2000年12月までは手元に静養詳細情報なし(登山については『女性自身』2008/9/9号<皇太子ご夫妻思い出いっぱいの登山>一覧表参照)。恐らくこの期間は登山の他にも御用邸静養が入っている筈。




2000年


2月8日~12日 静岡県長泉町駿河平のスルガ銀行オーナー岡野家別荘「ヴィラ・ジー・アール」を利用しての静養。
『週刊新潮』2000年2月24日号<「手術以来、初めて公の場に」/雅子妃「流産」後初の静養先「スルガ銀行VIP施設」>巻頭グラビア記事&誌面記事
何故御用邸以外で異例の静養になったのか、その理由↓
「…実は雅子妃は御用邸が好きでない。そこで宮内庁は、東京から近くて温暖な静岡県に、いい場所がないかと打診しました。一般の宿泊施設は他の宿泊客がいて警備上問題があるので、県はこの“迎賓館”(=スルガ銀行オーナー別荘の地元呼称)を推薦。後半は葉山の御用邸に移ることにし、迎賓館への5日間のご滞在が決まったのです」by さる皇室記者
『週刊新潮』2000年3月2日号<雅子妃殿下がご静養されたスルガ銀行「巨大迎賓館」>記事
2月12~15日 葉山御用邸に移動し静養続行
『週刊新潮』2000年2月24日号<「手術以来、初めて公の場に」/雅子妃「流産」後初の静養先「スルガ銀行VIP施設」>巻頭グラビア記事&誌面記事
「…後半は葉山の御用邸に移ることにし、迎賓館(=スルガ銀行オーナー別荘の地元呼称)への5日間のご滞在が決まったのです」by さる皇室記者
9月 猪苗代湖のリゾートホテル訪問(福島県)
9~10月 那須御用邸
夫妻で那須の姥ヶ平など登山をする(栃木県)

※1998年5月~2000年12月までは手元に静養詳細情報なし(登山については『女性自身』2008/9/9号<皇太子ご夫妻思い出いっぱいの登山>一覧表参照)。恐らくこの期間は登山の他にも御用邸静養が入っている筈。




2001年


2月17日~21日、冬季国体等公務のため長野県訪問。その中で20日を全く公務を入れないスケジュールにし、奥志賀にて私的にスキーを楽しむ
参照:宮内庁HP 皇太子同妃両殿下のご日程 平成13年(1月~3月)
★2001年4月16日、雅子に妊娠兆候ありと宮内庁正式発表する。以降、徳仁が単独で公務することが多くなる。★
5月28日~6月2日 那須御用邸
8月3日~17日 那須御用邸
★2001年12月1日、敬宮愛子ちゃん誕生。★



2002年


4月5日~7日 葉山御用邸
5月8日~14日 那須御用邸
愛子ちゃんウサギパンチ事件
8月8日~22日 那須御用邸
8月25日~27日 須崎御用邸
■天皇皇后両陛下、秋篠宮ご一家と合流
8月29日~9月5日 再び那須御用邸
9月12日~13日 夫妻で大菩薩嶺登山をする(山梨県)
10月25日~29日 御料牧場
帰りの新幹線で、愛子が窓ガラスを舐め、母雅子が全く窘めない事件発生。
『女性自身』2003/12/16号グラビア掲載「ちょっとヤンチャな愛子さまも可愛い!」一般人撮影画像



2003年


4月12日~16日 葉山御用邸
愛子が白犬ポポちゃんの目突きする事件発生
4月30日~5月6日 那須御用邸
帰りの新幹線で、愛子が窓ガラスを舐め、母雅子が全く窘めない事件またもや発生。
『週刊女性』2004/1/6・13号グラビア掲載「ひじ掛けの上に座って窓ガラスに口をつけるなど、車内では活発なご様子です」一般人撮影画像
8月7日~18日 那須御用邸
8月23日~9月1日 那須御用邸
★2003年12月3日 雅子に帯状疱疹の症状が出たとのことで、以後「静養」状態が続く。★



2004年


3月25日~4月26日 雅子が愛子を連れて軽井沢小和田家別荘立て篭もり静養
9月24日~10月4日 那須御用邸
http://www.47news.jp/CN/200409/CN2004092401003915.html
皇太子ご一家、那須入り 雅子さま「治療の一環」
 皇太子ご一家は24日夕、静養のため栃木県那須町に入られた。長期療養中の雅子さまは今春、長野県軽井沢町に滞在して以来の転地静養。  東北新幹線で那須塩原駅に着いたご一家は、居合わせた人々に3人で手を振って応え、車に乗り込んだ。  宮内庁は「妃殿下のこうした外出は治療の一環。現在は回復に向かうかどうかの極めて重要な時期にある」(林田英樹東宮大夫)として、映像取材を那須塩原駅での代表撮影に限定。帰京日を報じないよう報道各社に求めた。 東京駅ではコンコースからホームにかけて数メートルおきに私服、制服の警察官が立ち並ぶ厳戒態勢。愛子さまが歩くのを嫌がったため皇太子さまが抱いて列車に乗り込み、新幹線の出発が定刻より1分遅れた。
2004/09/24 10:16 【共同通信】
2004年10月23日午後5時56分、新潟県中越地震発生。
11月6日、天皇皇后両陛下が新潟県行幸啓、中越地震災害に伴う被災地御見舞。
11月5日~11日 御料牧場



2005年


2月14日~19日 長野県奥志賀スキー静養【文楽スキー】【影武者】
5月21日~30日 御料牧場
徳仁のみ26日帰京し、27・29・30日公務に出席。静養お楽しみ続行中の雅子は当然欠席の同日シリーズ。
8月10日~22日 那須御用邸
8月29日~9月6日 長野県奥志賀静養
※ホテル・グランフェニックス奥志賀宿泊
帰京時、普段駅弁抱っこ姿を散々披露しているくせに、この時には愛子を何故かホームで歩かせ、新幹線を2~3分遅らせ運行ダイヤに影響を与える事件発生。
『週刊アサヒ芸能』2006年2月16日号<雅子妃「離婚報道」で飛び交う皇太子一家の「深刻孤立」> p41より引用
 今春から学習院幼稚園の入園が決まった愛子さまのご養育を巡っても、こんな場面が見られた。
「昨年(=2005年)9月、奥志賀高原でご静養された際、新幹線でご帰京されたのですが、専用列車の発車が2~3分遅れたのです」(前出・担当記者)
 その理由は、愛子さまをホームで歩かせたためだという。これは抱きグセをつけないためなのだが、専用列車とはいえ、ダイヤへの影響は避けられない。
 皇室ジャーナリストの河原氏が語った「天皇陛下誕生日中座事件」も、雅子妃と離れたくないとむずがる愛子さまに付き添ったための「事件」だった。
10月9日~10日 葉山御用邸



2006年


この年の2月も奥志賀スキー旅行計画があったが豪雪を理由に中止
3月13日 千葉県「東京ディズニーリゾート」行啓
※妹池田礼子一家が同行。
3月下旬に千葉県鴨川市への一家旅行予定を立てていたが、ドタキャン。
『週刊現代』2006年4月15日号
<鴨川旅行をドタキャンして葉山ご静養へ 皇太子夫妻が天皇・皇后と開いた“家族会議”の中身>
p46より引用
 天皇皇后の静養は、もともと2月6日からの予定だったが、直前に美智子皇后がめまいの症状を訴え、延期された。翌7日には紀子妃の懐妊が発覚したこともあり、3月までずれ込んだ。その結果、皇太子一家とともに静養することになったが、実は天皇皇后と皇太子一家が葉山御用邸でともに過ごすのは、'02年4月以来、4年ぶりのことになる。
 しかも皇太子一家は同じ時期に予定していた千葉県・鴨川での静養をドタキャンしてまで葉山行きを決めていたのだ。皇太子一家が昼食を予定していた鴨川グランドホテルに本誌が3月14日時点で取材を申し込んだところ、こんな回答が返ってきている。
「宮内庁からは、3月30日に皇太子ご一家の昼食を兼ねたご休憩のご利用についての依頼を2月下旬頃にいただいております。しかし、本日(14日)、正式にお断りの連絡を東宮職よりいただきました。おもてなしの準備はすでにさせていただいておりましたが、理由はわかりません。当ホテルを利用する予定としてはなくなったということです」(鴨川グランドホテル予約センター担当者)
3月27日~30日 葉山御用邸
GWに御料牧場静養予定があったが愛子体調不良を理由に中止
7月15日~7月17日 葉山御用邸で両陛下と合流静養を勝手に計画。
7月1日、皇居「ホタル鑑賞会」帰り際、オランダ静養を前に円満仲良し演出を目論み、両陛下の葉山ご静養に合流したいと徳仁が直接持ちかけるが、ノムヒョン東宮大夫が事前根回しをしておかず、あわてて渡辺允侍従長に打診するも宮中オク方式の拒否回答の空気を読めなかったことから、陛下から「今回は……」と拒否返答。自分たちの目論見が失敗したことにより、その場にいた雅子は「顔色を変えて横を向かれてしまった」事件発生。両陛下の葉山ご静養予定は中止となる。≪週刊文春7/27号≫
7月24日~8月3日 那須御用邸
徳仁のみ7月29日に帰京、雅子&愛子はそのまま静養続行し8月3日帰京。
一人那須静養から帰京した徳仁は7月31日~8月2日まで高校総体のため大阪訪問、一旦帰京し、第14回日本ジャンボリーのため8月4~6日石川県訪問。第14回日本ジャンボリー会期は2006年8月3~7日。開会式もなければ閉会式でもない、中途半端な時期に出かけて挨拶している。→宮内庁HP 2006年7~9月東宮夫妻日程ページ
8月17日~31日 オランダ静養旅行
※両親小和田恒・優美子、妹澁谷節子・健司夫妻を滞在先として利用させてもらっていた王宮に招き食事など共にする。
※※ベアトリクス女王陛下のヨットクルーズを当日朝雅子と愛子がドタキャンする事件発生。



2007年


3月16日~20日 長野県奥志賀スキー静養
※妹池田礼子一家が同行。ホテル・グランフェニックス奥志賀宿泊。
5月3日~5月6日 御料牧場
8月17日~26日 那須御用邸
※那須どうぶつ王国のパスタレストランでバイトしていた女の子に「どこの学生なの~?」と大学名を尋ねる事件あり。【保管庫3】
8月30日~9月4日に長野県奥志賀静養予定があったが愛子体調不良を理由に中止
11月8日~12日 御料牧場



2008年


3月29日~4月2日 長野県奥志賀スキー静養
※ホテル・グランフェニックス奥志賀宿泊
5月3日~6日 御料牧場
※4/28愛子水疱瘡が報道されるも決行。
※※一家が乗馬するための馬を態々皇居から搬送≪AERA 2008/05/26号<異例 皇居から御料牧場へ馬搬送>≫
8月20日~9月4日 那須御用邸
徳仁親王のみ公務の為8/30帰京。初等科2学期は9/8から。
※妹池田礼子一家がりんどう湖ファミリー牧場など同行。
10月31日~11月7日、学習院初等科入学試験休暇を利用し葉山御用邸での一家静養予定があったが取り止め
31日は何故か池田礼子宅を訪問し、「親族が集まる」。≪週刊朝日12/19号≫
30日はトプカプ宮殿騒動ことヤフオク祭りが発生、それに先立っての26日にはMadeleine祭りも発生しており大層お騒がせな時期だった。



2009年


3月24日~30日 長野県奥志賀スキー静養
※ホテル・グランフェニックス奥志賀宿泊
5月2日~5日 御料牧場
※飼い始めて8日しか経っていない生後2ヶ月の仔犬「ゆり」を同行。
また2日那須塩原駅前マスコミロケ撮影中に、愛子が放送禁止な「おめこ指」を堂々やらかす事件発生(日テレにこにこアルバムより、当該箇所をgif動画変換しての引用)

8月13日~26日 東宮一家と飼犬ゆり、那須御用邸静養
『サンデー毎日』8/9号情報「8月13日から那須御用邸静養、8月27日帰京、そのまま新居に入る予定」
13日には「お犬様お手振り」事件発生もしている。アクティブな活動内容については「皇太子妃出欠表」参照。

(日テレNEWSリアルタイム2010/2/5よりgif画像変換して引用)
8月31日~9月5日 東宮一家、那須静養の僅か5日後には奥志賀へハシゴ静養。不死鳥ホテルはペット同伴可(有料)であるのだが、何故かホテル利用上の都合を理由に「ゆり」は同伴せず。
 Part1604-922等、不死鳥ホテルのロイヤルスイートが9月初旬まで満室
 Part1606-676「8/31(月)あさま517号 10:44発 12:33着 グリーン車予約不能」
 Part1610-124「9/5 あさま 532号 14:58 16:32 ○ - - 未だ予約できない状態になっています。」
Part1629-104「あさま540号はつい数日前まで満席になってましたが、貸切にした方で帰る決断をしたのですね。ヤバイから早く帰らなきゃいけないんでしょう。いろいろこの後対策立てないとね。9月5日 あさま532号 長野発14:58 東京着16:32 △ - - あさま540号 長野発16:49 東京着18:32 ○ - △」
 「本日より天皇、皇后両陛下が27日まで滞在中、来月上旬は皇太子殿下が来軽予定だそうです。」≪Part1620-580ブログ書き込み≫
 「今日両陛下が帰京されました、にこやかに手を振る皇后陛下です。先日皇太子殿下が来軽と書きましたが、志賀高原に行かれる予定だそうです。」≪Part1621-615ブログ書き込み≫
11月1日~7日 学習院初等科入試休暇期間に御料牧場静養(徳仁のみ4日帰京)
女性セブン11/12号<皇太子妃雅子さま「決意のウオーキング」非難覚悟の御料牧場-東宮関係者も驚いた!>表紙にて予告、その通りに静養ニュースが報道される。



2010年


3月24日~30日 長野県奥志賀スキー静養
※ホテル・グランフェニックス奥志賀宿泊
3/23-31ホテル不死鳥全満室、ロイヤルスイートは4/3まで満室h ttp://www.hotelgrandphenix.co.jp/home.html
≪グリーン車予約不能 3月24日あさま517号 東京発10:44 長野着 12:32/3月30日あさま540号 長野発16:49 東京着18:32≫
『週刊新潮』3/25号p31「3月24日頃からは皇太子ご一家揃って奥志賀へスキー旅行に出かけられるご予定」
「3月24日(水)・3月30日(火) 長野駅東口周辺から須坂長野東インターまで交通規制が実施されます」と立て看板
宮内庁東宮職は「静かな環境を確保するため」として、今回も具体的な滞在先や期間を報道しないよう要請している。≪共同通信3/24≫
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 当初、(補足:取材におけるカメラのフラッシュ使用についての)自粛要請は報道陣に対してだけだったが、次第にその対象は一般人にも及んだ。ご成婚当時から、雅子さまのお出ましを撮影し続けてきた“皇室追っかけ主婦”が振り返る。
「『フラッシュを焚くなら(画角を)ふさぐぞ!』と厳しい口調で言われたこともあります。特に怖かったのは二年前、愛子さまの登校問題が発覚した後の長野県ご静養。東京駅で東宮職の人間が『お前たちを来させなくするぞ』と脅迫のようなことを言ったんです」≪週刊文春2012/3/15号≫
5月1日~5日 御料牧場
1日の移動中に【チィーッス】事件発生。

(FNNニュース2010/5/1<皇太子ご一家静養に 笑顔で御料牧場へ>よりgif画像変換して引用)
8月4日~8日 須崎御用邸≪Part1868-311mixi書き込み、サンデー毎日8/15号≫
活動内容については【愛子の成長と雅子の静養の軌跡その9】参照。
広島に原爆が投下され、両陛下にとっての「お慎みの日」である6日、愛子友達家族と一緒にホテルディナーお楽しみ≪女性自身8/31号、サンデー毎日9/5号≫
8月中旬軽井沢静養予定≪女性セブン7/29・8/5合併号、サンデー毎日8/15号≫と記事にされるも、結局軽井沢行きはなし
8月16日~9月1日 那須御用邸にて約2週間静養≪週刊女性8/3号等≫、那須は予定しているが恒例の奥志賀は予定せず≪サンデー毎日8/15号≫、9月1日まで滞在≪週刊文春8/26号≫
26日那須どうぶつ王国で池田礼子一家・渋谷節子らと合流、イタリアンレストラン「ベラビスタ」で食事≪女性自身9/14号≫
またこの静養では、愛子お気に入りの眼鏡男子同級生「のび太君」が注目を集める≪女性自身9/14号≫
活動内容については【愛子の成長と雅子の静養の軌跡その9】参照。
11月1日~7日 御料牧場
学習院初等科入試期間休みを利用しての恒例となるつつある静養。
徳仁のみ公務のため4日帰京し、同日文化勲章受章者及び文化功労者等の両陛下茶会に陪席。≪MSN産経11/1、TBS11/1、NHK11/1≫
「御料牧場通行禁止時間 1日(月)17:00-17:15頃 4日(木)9:00-9:15頃 7日(日)15:40-16:00頃」≪Part1935-635≫
雅子と愛子は7日帰京。



2011年


2011年3月11日午後2時46分、東日本大震災発生。
3月23~30日 奥志賀スキー不死鳥予約だったが東日本大震災の影響によりキャンセル≪Part2039-361≫
「2011年3月24日 あさま(全車禁煙)519号 11:24発 12:51着 グリーン席予約設定なし(×ではなく-)」≪Part2024-242えきねっと≫
「3月30日 あさま 540号 長野発16:50 東京着18:32」≪Part2029-159≫
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皇太子ご夫妻 大震災で英王子結婚式の招待断る
 宮内庁は18日、東日本大震災を受け、皇太子ご夫妻が4月の英ウィリアム王子結婚式の招待を断ったことを明らかにした。英王室側に同日、伝えた。
 宮内庁東宮職によると、ご夫妻は大震災の発生以降、被災者の悲しみに心を寄せ、住まいの東宮御所で静かに過ごしているという。今月末に長野県で予定していた一家での静養は取りやめた。
[ 2011年3月18日 16:39 ]≪スポニチ3/18≫
4~5月 GW恒例となっていた御料牧場静養は実施されず
8月11日~9月1日 那須御用邸にて約3週間静養(徳仁のみ27~30日一旦帰京)
「宮内庁によると、皇太子さまは公務のため27日に一度帰京し、30日に再び那須御用邸に戻られる。≪産経8/11≫
「皇太子さまは公務のため27日にいったん帰京し、30日に再び那須へ戻る。≪時事通信8/11≫
11日那須塩原駅前ロケ撮影にて、愛子後ろ手会釈事件発生。
22日小和田優美子ら親族が、東宮一家行楽先で目撃されるしょっちゅう会ってるシリーズ≪週刊文春9/1号≫
愛子お気に入りの同級生男子のび太君が、2010年に続き同行≪女性自身9/6号、女性自身9/13号≫
11月1~8日、学習院初等科入試休みを利用し一家で葉山御用邸静養≪女性自身11/15号、週刊文春11/10号≫予定であったが中止。
11/1愛子が東大医学部付属病院入院、11/2「軽度の肺炎とみられる」発表、そしてようやく11/3になってから「回復を待って出発する予定だったが、結局今回は見送ることにされた」発表である。11/3は木曜祝日であり、毎週金曜に行われる東宮大夫定例会見とは何ら関係ない。5日退院、雅子は病院連泊。
天皇陛下が気管支肺炎のため、11月6日~24日東大病院入院。



2012年


天皇陛下が心臓冠動脈バイパス手術(2月18日)のため、東大病院に2月11日~12日術前検査入院、2月17日~3月4日入院。
皇太子ご一家は今月(3月)下旬に計画されていた長野県奥志賀での“春スキーご静養”をキャンセルされたという。≪週刊文春3/15号〆の一文≫
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2012年3月下旬に計画していたが結局中止となった東宮一家奥志賀スキー旅行について、「スキーは当初クルマで行きたがっていたらしいですね。警備にあまりの費用と手間がかかり過ぎるので、長野県警からお断りされたとか。」→【保管庫19#content_6】
5月3日~6日 1年ぶりとなるGW恒例の那須御用邸静養、今回は行きも帰りも停電による新幹線の遅延が発生するも皇族特別待遇でほぼ定刻通り。
「明日東京発12:20那須塩原着13:32 なすの257号那須塩原行きね… 帰りは5月6日那須塩原発15:32東京着16:44 なすの274号と…」≪Part2333-864≫
「那須の裏道に警察半端無いと思ったら、皇太子一家がオルゴール博物館にいるとか。2012年5月5日 - 17:46」≪Part2336-229ツイッター≫
8月12日~17日 須崎御用邸静養
「ご一家は1週間近く滞在して海水浴などを楽しんだあと、お住まいの東宮御所に戻り、今月下旬からは栃木県の那須御用邸で2週間程度静養される予定だということです。」≪NHK8/12≫
「ミヤネ屋で、愛子さまはお友達といとことってはっきり言ってたね。」≪Part2410-830≫
2012年8月17日東宮一家が須崎静養から帰京した東京駅にて:団塊世代の主人が、東京駅で東宮一家に罵声を浴びせてきたそうです。「仮病、さぼりの税金泥棒! 皇室から出て行け! 食う寝る遊ぶだけの税金泥棒! 皇室から出て行け! 陛下は働いておられるぞ! 皇室から出て行け!」と言って。→【保管庫21】
8月20日~9月3日 那須御用邸ハシゴ静養(奥志賀は断念か)、愛子お気に入り男子同級生(おそらくのび太君)一家同行、のび太君一家のスマホを愛子が借りてゲームで遊んでいたなる目撃情報も→【携帯電話】
『女性セブン』2012年9月6日号<天皇ご一家思い出アルバム。ご公務とご静養…祈りの夏の過ごされ方>カラーグラビアその1
グラビアタイトル下説明文:猛暑のこの夏、ご健康不安の中、あくまでも人々の祈りであろうとされる天皇皇后両陛下。“御用邸のハシゴ”と批判される皇太子ご一家。成年皇族の教育に熱心な秋篠宮ご一家。それぞれの日々を送られるロイヤルファミリー。
11月5日~8日 午後皇居宮殿にて文化勲章受章者・文化功労者受賞者との茶会開催、天皇皇后両陛下・徳仁・秋篠宮両殿下出席で、雅子欠席。
同日夕、東宮一家が学習院初等科入学試験休み(10/31-11/8)を利用しての恒例静養出発≪週刊新潮11/8号にて静養予定記載≫、今回は葉山。【同日シリーズ】
7日、葉山しおさい公園にて東宮一家マスコミ撮影会が設定されるが、愛子がスカート姿でうんこ座りをカメラ前披露してしまう事件発生。



2013年


3月26日~29日 長野県奥志賀スキー静養
「2013年3月26日火曜日 東京長野新幹線グリーン車予約できません あさま 517号 10:44-12:33  あさま 521号 11:44-13:23  あさま 523号 12:24-14:09 満席じゃないよ。「予約できません」なの。」≪Part2525-493≫
「列車確定。2013年3月26日火曜日東京長野新幹線グリーン車予約できませんは1本に絞られました。あさま 521号 11:44-13:23 7号車グリーン予約できません 8号車も予約できず。」≪Part2526-788≫
「また東京着18時34分だね。3月29日あさま540号」≪Part2526-928≫、「03 月 29 日 長野 → 東京 あさま 540号 16:50 18:32  該当する席はありません。または予約できません」≪Part2526-931≫
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2013年3月29日東宮一家が奥志賀スキー静養に出発する東京駅にて、60歳代と思しき男性が「税金泥棒! 仮病・さぼりの税金泥棒! 皇室から出て行け! 」、4月4日発売の『女性セブン』4/18号にてその事件がでかでかと記事に→【KZD】

8月12日~16日 須崎御用邸静養
8月23日~9月4日 那須御用邸静養(奥志賀静養は断念か。不死鳥8/25~9/8全館貸切予約を7/25頃キャンセル)
2013年8月30日栃木県那須どうぶつ王国には愛子お気に入り眼鏡男子のび太君一家も同行。愛子(11歳8ヵ月)が「ダブルGのブランドロゴがバッグ全体に入った、見た瞬間に誰もが“グッチだ”とわかるトートバッグ」を手に登場事件→【テファニー】参照
11月上旬、学習院初等科入試休みを利用しての東宮一家静養を中止。
『週刊女性』2013年12月3日号<雅子さま 秋のご静養返上の理由>




2014年


3月24日~29日 長野県奥志賀不死鳥スキー静養「雅子さまの妹、池田礼子さんのご家族もご一緒にいらっしゃるそうです」【しょっちゅう会ってるシリーズ】
<天皇皇后伊勢御参拝の最中、雅子さまスキー旅行-美智子さまの思い届かず>≪週刊文春3/27号≫
<伊勢神宮と志賀高原の「距離」>「陛下が三種の神器を携行されたことからも分かる通り、この参拝は天皇家にとって極めて大切なものでしたが、皇太子一家のご静養はなぜこのタイミングだったのか。そして雅子さまの療養か、愛子さまの卒業旅行か、或いは、恒例の家族旅行かという目的も明らかにされないのは残念です(神田秀一)」≪週刊新潮4/10号≫
「取材設定があるのは長野駅の駅頭のみ。スキー場での撮影希望は通らなかった。」≪週刊文春4/3号≫
愛子のスキー写真と動画を公開≪毎日新聞4/5≫≪朝日新聞4/5≫≪NNN4/6≫
「ご成長の記録として映像を提供してくれるよう、強く要望していたのですが、最初から東宮職にそのつもりはなく、慌ててかき集めたのが明白でした。なにしろ動画は27日に奥志賀高原で撮影されたもので、スチール写真は28日、焼額山スキー場のスナップとみなバラバラ。撮影者も、通常ならば宮内庁の嘱託業者ですが、今回はなぜか“同行者”とのことでした(宮内庁担当記者)」≪週刊新潮4/17号≫
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「3月20日(木)~3月31日(月)まで満室状態になってます(4月以降はまだ見れません)」≪10/2 Part2665-510≫「4月分予約状況今日から見れます。3月20日(木)~4月6日(日)まで満室状態になってます」≪11/1 Part2683-680≫「グランフェニックス奥志賀予定が変わりました。4月1日以降リリース」≪2/13 Part2736-351≫「3月23日もリリース、貸切は3月24日月曜日から3月30日日曜日までか」≪2/22 Part2739-649≫「3月24日月曜日東京駅10:44発長野12:30着あさま517号グリーン車予約できません。指定席8号車も予約不可能」≪2/24 Part2740-731≫「3月29日(土)3月30日(日)もリリース。連続貸切は3月24日(月)から3月28日(金)」≪2/27 Part2742-370≫「3/29 あさま540号 16:49長野発-18:28東京着グリーン車 予約出来ません」≪3/1 Part2743-233&234≫
GW恒例静養は実施せず「毎年、ゴールデンウィークは皇族方がご静養されることが多く、担当記者は取材にいきました。しかし、今年は取材設定がありません。皇太子ご一家はお住まいの東宮御所でゆっくり過ごされるそうです」≪朝日新聞社会部皇室担当・島康彦記者ツイッター 20:09 - 2014年5月2日≫→東宮御所でお楽しみ会「ゴールデンウイーク中には東宮御所に、愛子さまのご友人たちを招かれています」≪女性自身6/3号≫→5月7日東宮御所にて徳仁お突き指発生
8月12日~18日 須崎御用邸静養「1週間ほど御用邸に滞在されるということです。」≪NHK8/12≫(15日・終戦記念日【お慎みの日】)
「同御用邸での静養は昨年8月以来、5回目。」≪毎日新聞8/12≫
「愛子さまは、出迎えた知事から「たくましくなられましたね」とあいさつされると、はにかまれたということです。」≪ANN8/12≫【緊張】
「8/12スーパービュー踊り子13:00発15:41着グリーン車予約できません」≪7/13 Part2814-249≫
2014年8月20日未明広島市で発生した土砂災害を受け、両陛下が22日から8日間の日程で予定されていた毎年恒例の軽井沢・草津ご静養を中止と21日発表。
2014年8月21日<両陛下 静養を取りやめに>NHK <両陛下が軽井沢での静養取りやめ 広島の災害受け>ANN <両陛下、被災者にお見舞い 広島市土砂災害>NNN


橋本せい子が大輔にしたことが大ごとでないなら。

この世に「セクハラ」の言葉は無いぞ。パワハラ。


両陛下は。追記あります。




両陛下、静養先の行事取りやめ 広島市の土砂災害に配慮

 宮内庁は20日、広島市の土砂災害に配慮して天皇、皇后両陛下が22日から静養する長野・軽井沢で予定していたテニスやコンサート鑑賞などを取りやめられたと発表した。被害状況を心配し、行方不明者の安否を気遣っているという。

 宮内庁によると、両陛下は当初、軽井沢での静養自体を中止する考えを示したが、宮内庁が秋以降に多くの行事が続くことなどを説明し、静養を取るよう勧めたところ、応じたという。

 両陛下は27日まで軽井沢に滞在。群馬県草津町に移り、29日に帰京する予定。草津町でのコンサート鑑賞などは、今後の被害状況の推移を見て出席するかどうか判断する。

2014/08/20 19:53 【共同通信】



天皇皇后両陛下は、広島市で起きた土砂災害で大きな被害が出ていることを受けて、
22日から予定されていた静養を取りやめられることになりました。

両陛下は、22日から8日間の日程で軽井沢と草津を訪れ、当初は、静養される予定でした。
しかし、広島市で起きた土砂災害で大きな被害が出ていることに心を痛め、22日から
予定されていた静養を取りやめられることになりました。     NHK


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申し訳ないですが、なんか変だな~と思っていたら、ばてていました。

明日の夜まで「せいよう」させていただきます(これは冗談ですので、お見過ごし願います)。家では寝てられないので、一泊だけ入院して来ます。

ご心配は無用です、みなさま、どうぞ夏の終わりの「バテ」にご留意くださいませ。


両陛下 見舞う気持ち県知事に
08月21日 16時35分

天皇皇后両陛下は、広島県で起きた土砂災害で大きな被害が出ていることを受けて、亡くなった人たちを悼み、被害を受けた人たちを見舞う気持ちを宮内庁の川島侍従長を通じて、広島県の湯崎英彦知事に伝えられました。
両陛下は、広島県で起きた大雨による土砂災害で、多数の人たちが亡くなり依然として多くの人たちの安否が分からないことに心を痛められているということです。
そして、亡くなった人たちを悼む気持ちや被害を受けた人たちに対するお見舞いの気持ちを表すとともに、災害対策のために努力している関係者をねぎらう気持ちも示されたということです。
両陛下はまた、災害で多数の人たちが亡くなり、今なお行方不明者の捜索が進められていることから、22日から8日間の日程で予定されていた栃木県の軽井沢と群馬県の草津での静養を取りやめられることになりました。
また、皇太子ご一家も、土砂災害で甚大な被害が生じていることに心を痛め、22日から13日間の日程で予定していた栃木県の那須での静養を取りやめられました。


   脱走して来て追記しました。もどります。


五七五部屋まだまだ増築。勝手ながら終了です。



今朝、やさいさんのブログを覗きに行ったら。

>KUONさんの部屋で「五七五」やってたので、
>私もここでひとつ。。。とか、あって。


勝手にもらって来ました。(笑)。

じゃんじゃん増築します。短歌も俳句も川柳も、自由律俳句も(実は大好き。短くなるほどムズカシイ気は私にはします)。どうぞお寄せください。あまりなゲヒン認定以外は、そのままいただきます。触れません、お気楽に。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


嘘ばれて 沈んでいくのに 朝日とは。                            やさい

お日様が 西から昇れば 逃げきれる

旭日旗 おまえは使うな 朝日(チョウニチ)新聞



ば韓国、朝日とともに 地に落ちる                                とんこ




『13日 どこへ 逃げよか 隠れよか “ 押し掛け公務 ”のアテを捜しむ』           こより
(那須静養 中止はキツイ...徳仁)

『雅子の後ろ手に廻る』 (攻撃は 避けたい...徳仁)

    〈元歌〉     『墓のうらに廻る』  放哉

『肉が増えてくる 太い腹である』 (妻のカラダを眺め..徳仁)

    〈元歌〉     『肉がやせてくる 太い骨である』

『無礼なる妻よ 毎日 高カロリーなものを 食いなむ』 徳仁

    〈元歌〉     『無礼なる妻よ 毎日 馬鹿げたものを 食わしむ』   夢道



『 “雅の山” 「突き出し」「首投げ」のワザ冴える
負けじと「居反り(いぞり)」の稽古する』                               こより
              (学生達の前では 上手く反れたが...徳の花.なるのはな)



KUON様の                                               ひーたん
退院の知らせ
ブログ読む
言葉にできぬ
喜びとなる                                  (照・KUON)


勝手ながら五七五ほ部屋は当分お休みにさせていただきます。

私の勝手ですので理由はありません。

よろしくお願いします。/strong>


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