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ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

かたじけなさに

何ごとの おわしますかは知らねども かたじけなさに なみだこぼるる

                        西行法師・伊勢神宮へ参詣してのうた


天皇皇后両陛下と、皇太子同妃両殿下と愛子内親王殿下は「天皇家」。

その「天皇家」の5人が内廷皇族、なのだそうです。

秋篠宮殿下のご一家は(ほかの宮家の皆様はここではともかく)「皇族」。


このたびの伊勢の遷宮のもっとも大きく重要な儀式である「遷御(せんぎょ)」に、秋篠宮殿下が、皇族代表として参列されると宮内庁の発表があり、私は、出がけでしたがともかく、これを記したい、と胸熱く指もふるえつつ、パソコンを打ちました。

そしたら、どこかの「ピー」なひとが、なんたらかんたら、もう忘れてしまったけど、「ピー」だから「ピー」なことを沢山、鍵かけコメントに書いて来たのよ。

そんな喜んでいるのは馬鹿だと。まあ、馬鹿でもいいのですけど、その「ピー」が言うには。

>>皇太子様は別格で一番えらい人だから、ひょこひょこ出歩いたりしない、皇太子のしないどうでもいい用事をするのが秋篠(呼び捨て!)の役なんだから、とか。雅子様も別格だから、今のままで何が悪いか。紀子(呼び捨て!)はあちこち回って点数稼ぎをしないと、皇太子ご夫妻が即位されたら即、身分を下げてやるから、とか。<<

人間の考えの範囲って、ここまで延びて行けるものだと私、感心・・・したわけはありません。たいへんげひんな日本語もどきでしたので、私が、なんとかふつうっぽく訳して一部、ご紹介した次第です。

なお、上記「ピー」と音声の消えている部分には

「ばか」「大ばか」「天井知らずの○そバカ」の語句の、いずれかが当て嵌まります。ご自由にお選びの上、存分に「ぴー」をけいべつなり、してさしあげられると良いと思います。

・・今夜はお客様があったので、時間が押せ押せになっていて長くは書けません、明日の午後にはゆっくりできるかと思います。ゆっくりお返事など書きたいです。

短く、今の思いを少しだけ。

自分たちの都合だけの無礼で心のこもらないやっつけ「ごこーむ」を、「2か月続いて」こなされた東宮ご夫婦。

テレビのインタビューに答える老若男女、いずれもあの、懐かしいあったかい東北の訛りのない不可思議。

マサどんに会ってありがたがってる・・それが本当で、それで少しでもお心が安らいだなら、愚愚夫婦のやっつけ公務も、一掬の(わざと難しい言葉を調べて持ってきてみました)救いがあったのであらう。しかし、その方のお衣裳の色が、創価三色遣いであったとわ。

このたび知りましたが、愛子さんが天皇両陛下にとって「敬宮」から単なる「愛子」へと呼び名の変わった、着袴の儀。の、その日。

愛子さんは、お生まれの際に天皇陛下から贈られた御衣裳、それは一般社会でいう、宮参りの際に赤ちゃんに着せ掛け、七五三参りの時に着せる、あの着物のこと、陛下は愛子様に赤い御衣裳を贈られていた。

女官の手で陛下の賜ったものを着けられる動画は残されたが、その儀式が終わって(終わったとされて)天皇陛下のもとへ挨拶に向かう愛子さんの着物は、ピンク色でした。裏地の色は黄色・・色はともかく、生地、材質が、私のような者の目にも格段に品下がれる、昔の言い方で言う人絹のような、ものでした。

皇太子殿下は礼装、マサコさんは、光沢のある美しい生地のものであっても、礼装とはいえないスーツ姿だったです。

な~んか、なあ、と、フに落ちなくても私、そーゆーことに甚だ、詳しくない。こともあり、??のまま、来ました。が。

皆様。

愛子さんのあの御衣裳は(後で動画をご覧ください)、チマチョゴリを、イメージしていると。

色合い、形、そうなのであると。

ご成婚パレードの折り、打ち続く日の丸の旗に混じって振られていた、あの、そうか、そうかの三色旗をかざして応援して下さっている方々への、アピール、だったというではないですか。

その日から陛下も皇后さまも、それまでの「敬宮」から「愛子」に、呼び方を改められた。

東宮の第一子、というより、一人のお孫さん、という位置に納められたのだと。

ここでまた脱線。

マサドンは、郡山の「ペップ・キッズこおりやま」で、国民の皆様と歓談中の皇太子殿下に向かって「お父さ~ん、待って」と、呼びかけられたとか。

皇太子殿下は、マサどんがドタ出したご公務での壇上で、英語でスピーチをされた・・・のです、中に

「まい わいふ まさこ」とか、そんなお言葉を入れられて。はは。

ちなみに天皇陛下がご公務で美智子様を示すお言葉は「皇后が」「皇后も」です。

二人とも、赤点ですね。赤点も難しいか・・・。

・・・閑話休題。

突然ですが今日、ヒマだったいっとき、ネット散歩していて、こんな言葉に突き当たりました。

愛子さんを揶揄しながら。ふとこんな一行を置いている方がおられた。

「生まれ変わったら今度は、優しい両親のところへ生まれておいで」

と、書いてあった。私、トシのせいか(しつこい・・)涙腺、超ユルな日々であります、なんだかダーッと、涙が出ました。

おかしいのよねえ・・・でも本当なのですた。

着袴の儀当日の愛子さんは、髪は不浄のものなので(儀式上での話)朝から櫛を入れないまま、が決まりなのに、ばしっと梳られて、結わえられたヘアスタイルでした。

とことん、守りたくないのです、親の方が。


気は急きつつどんどん長くなる。

マサさんは、頑張ったつもりかな。

しかし、肝心のことはせんかった。


>> 秋分の日の23日、皇室のご先祖祭に当たる「秋季皇霊祭の儀」が皇居・皇霊殿で、神恩感謝の祭典「秋季神殿祭の儀」が神殿で営まれ、両陛下、皇太子さまが拝礼された。秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さま、常陸宮ご夫妻、三笠宮家の彬子さまと瑶子さま、高円宮妃久子さまの長女、承子さま、次女の典子さまも参列された。病気療養中の皇太子妃雅子さまはお出ましにならなかった。<<

当然、このごとき場所にはお出にならない。

誰ももう、気にしていないのではないかと思う。





このたびの伊勢のことは、いきなり秋篠宮さまがどう、というのでなく。

明らかな第一歩である、と、私は、感じ、信じ、嬉しがっております。

ありがたかったのでした。

天皇両陛下は、水俣へ行かれる。言い慣れない言葉でカクカクしますが、大きな「禊」への、一歩。

月面へ初めて降り立った、あの宇宙飛行士の言葉のように。

小さな一歩かも知れない。

しかし大きな一歩だ。

・・・・・で、用事で車に揺られていても、体がふるえる感覚が続いておりました。

深夜に帰って「ピー」の人の「ピー」な殴り書きを読み、腹が立つと言うより・・・自分、荒くれ者でありますが、自分でよかった、日本人でよかった、と、熱く熱く、やっぱり震えていたのでございます。

おやすみなさい、また明日。



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秋篠宮さまが。

伊勢神宮 式年遷宮の遷御 秋篠宮さまご参列へ


宮内庁は27日、20年に1度、
伊勢神宮(三重県伊勢市)の社殿を造り替える
式年遷宮の「遷宮(せんぎょ)の儀」に、
皇族代表として秋篠宮さまが参列されると発表した。
遷宮の儀は、新社殿にご神体を移す中心的な行事で、内宮は10月2日、外宮は5日から行われる。


・・・いま、とにかくこのことだけ記させていただきたくて。

胸がふるえました。


空っぽのひと

前回、雅子妃の母方の祖父である江頭豊について引用をさせていただきました。

動画をブログに持ってくると、私のパソコンだけなのかも知れませんが、重くなりスピードが遅くなり、考えながら書いて行くタイミングが悪くなって具合がよろしくなくなる。

二つの動画を貼り、コメントへの返事を書くのにスムースでないので、新しくここへ書かせてもらいます。

前回とダブる内容もありますが、いっさいの私見を加えず引用させていただきます。コメントへの返事は、引用の後に書かせていただいています。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

「日本がすきなだけなんだよ」から。



・江頭は、工場廃水が水俣の原因と分かっていながらさらに廃水を流し続けた。


・賠償金を値切る


・医師会側に働きかけて水俣病の認定基準を厳しくする →認定されない人が増えて患者の人数が減る →結果、払う賠償金が少なくなる→(゚д゚)ウマー


・患者側に立って世界に水俣病の悲惨さを訴えたジャーナリストを暴力集団を使って襲わせ、片目失明の重傷を負わせる (その後その時の怪我が元で死亡)


・患者を侮辱する言葉を吐く


「死んだ魚を食べる乞食がカネせびりに来たな。」
「腐った魚を食べるから汚い病気にかかる。移るから近づくな。」
(株主総会で、一株株主の患者さん達に)
「庶民が何を言うか!」「黙れ貧乏人が!」

1971年当時の新聞の見出し
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社長就任後、ただちに廃水の垂れ流しをやめることはできたが、 当時のお金でたった50万円の廃水浄化装置を、ケチって付けなかったために被害は拡大してしまった。(みせかけの「浄化装置」はつけていた)

社長を引いたあとも、創業者一族でもないのに会長だの相談役だので役員報酬を長年に渡りもらい続けていた。チッソ側にしてみれば、会社が払うお金を最小限にしてくれた恩人だからという意味合いが強かったと思われる。とにかく、江頭がもっと良心的な人間だったら、水俣病はもっと早く解決していたことは間違いない。



前回、雅子妃の家系が三代から先に遡れないと述べたが、その理由は血筋がB出身者である可能性が濃厚である。Bというのは、いわゆるD利権が有名だが、反日の在日朝鮮人とも深く関わっており、創価学会や統一教会とも関係が深い。ようするに日本人でありながら、反日勢力の一翼を担っていて、在日朝鮮人と共闘しているのである。小和田家の場合、それに加えて、水俣病を引き起こした極悪人の家系であり、しかも父親は土下座外交を推進した売国外交官で創価学会員でもある。これらの状況を総合的に考えれば、雅子妃の子供である愛子様が将来女帝となることが、どれだけ恐ろしいことか、理解していただけたのではないだろうか。 愛子様が女帝になるイコール朝鮮人の池田大作が率いる創価学会が、天皇家を支配するということと同じ意味なのだ。

雅子妃は、過去に某ホテルで外務省の創価学会員によるグループと食事をしたことが、雑誌にスクープされたことがあるが、今でも創価学会の影響下にあると言っても過言ではない。外務省と宮内庁には創価学会の息のかかった人間が少なからずいるといわれており、皇太子が雅子妃と引き合わされたのは決して偶然ではなく、創価学会によって計画的に意図されたものだと思われる。


仮に女系天皇が認められた場合、愛子様には池田の身内か、息のかかった朝鮮人の婿があてがわれ、二人の間に出来た子供が次の天皇になれば、ここに朝鮮人による日本無血占領が完成するという訳だ。なぜ、朝鮮系のマスコミ、朝日新聞、毎日新聞、TBS、テレ朝、NHKが執拗に女性天皇を推進しようとするのか?それは日本を裏から牛耳る反日朝鮮人や朝鮮カルト共の意思だからである。


ここまで事が運べば天皇制自体を破壊することも非常に容易になる。必要な時にそれとなく詳細な身元情報をバラせば、国民は誰も天皇を尊敬することはなくなるからだ。そうなれば天皇不要論が飛び出すのも時間の問題で、日本の皇室は内部から食い荒らされるようにして、じわじわ崩壊するという寸法である。


皇太子は、雅子妃と結婚するまでは特にこれと言った問題もなく、無難に公務や祭祀をこなしてきた感があるが、雅子妃との結婚以降、公務、祭祀共に怠りがちになり、雅子妃にいたっては祭祀がまともに出来ないとさえ言われている。天皇陛下は、日本の神道の法皇であり、千年以上日本の国家守護のお祈りを捧げ続けているが、このままだと、伝統ある神道の祭祀がきちんの受け継がれず、途絶えてしまう可能性すらあるのである。神霊的にも意味がある祭祀を行わないせいなのか、皇太子夫妻の写真には心霊写真と思われるものが多い。通常、皇室関係ではこういうことはあまり起こっていない。吉兆の多い、天皇皇后両陛下、秋篠宮家とは対照的である。



日本の天皇制と神道には、世界がひっくり返るような秘密が隠されており、決してお飾りの皇室ではない。全てを書くことは出来ないが、多少の混血はあるにせよ、基本的には日本民族は独自の民族であり、天皇はその民族の長なのである。実質的にはお金や容姿で人の価値が決まるご時勢にあって、古き伝統を価値あるものとして認める日本人の繊細な感性を大事にしていきたいものだ。皇室を巡る陰謀はまだまだ継続中だが、日本はすでに皇室にまで反日勢力の侵入を許しているということだけは覚えておいていただきたい。

引用終わり。ありがとうございました。

お返事遅れました。

PASTORAさん。

なぜか若い男性と思い込んだのでした。汗。

オンナらしくないとか、そういうのでなく・・・素敵な女性、と、オンナらしくない、とは、私の中では必ずしも矛盾しないので~。

あまり不愉快になるような記述には触れないようにしているのですが、それでも「作り笑いがうまく出来るのが皇族のラシサですから」なんてのを読むと、ぐへぇえ、となります。そういう人が「ですわ」とか言ってる、そーゆー「女らしさ」は、背中がにゅにゅ~ん、となるので嫌いですわ。

ナマイキは、長年わが身にも沿ってくれている美徳。生きるために部分的に丸くもなっちゃうけど、ずううっと、素敵にナマイキでいて下さいね。

秋篠宮家は、兄ちゃん一家とは対照的な、清廉な感じがします。皇族費がいかに大変な額でしかなくても気になさらないだろうし、たとえ可処分所得が増えても、お変わりない気がします。あくまで、お気持ち的に、ですが。お金が考えや行動の基本ではいらっしゃらないので。

申し訳ないけど申します、東宮家のお金には、無駄が多いんじゃないか、どぶに捨てるみたいな分が多いのでは、と、感じる。そういう家はロクなことにならない、と、生涯気持ちよく貧しかった祖母ちゃんが、きっぱりと言うてでした。お金にも垢がつく、欲しい欲しいは垢まみれ~、とか。

・・・あほなことを書いてしまいました。


どんぐりさん。

>>容姿やら知能やら「神」の前では取るに足りない事に。もっと必要なものを秋篠宮殿下はご存知だからこそ今の国民からの尊敬があるのだと思います。
権力でしか自分を示せない人を誰も尊敬はしません。<<

同感です。素敵なことを聞かせて下さり、ありがとうございます。

エラソーに言うと、こういうことも、見えない感じない人には、サンスクリット語のお経みたいにしか、聞けないのでしょうかね。

随分子どもの頃から、聞いて知っている「われ思う 故にわれあり」。・・目に映っていても、それを「それ」だと、自分が認識しなければ、それは「見えていない」ということ。

同じ皇居の森の深さも、緑の濃さも、その内部の超然たるさまざまも。見えている人と見えない人とがあって、おのずから磨かれて行く方と、とどまる人と。

雅子さんという女性の、あまりにも深い愚かさが、いっそお気の毒で。このごろ、ほんまに、ほんまもんの、空っぽなんだ・・・と感じ、虚しいのう、と、嘆息したりする。

虚しくてもいい、と言えないのがこれ問題で、あれがこのまま、もし、と考えると、ため息ついている場合じゃないと、どきどきして来るのです。

「神々の、その傷は深い」というこれは、私も、調べてみたいので、調べてみます。

なんか違う気もするが、それならなぜ違うか、知りたいですものね。


モッコクさん。

長い長いの、読んで下さってありがとうございます。

今日も、かぶるかも知れないけど、その時代のこの事件への「空気感」みたいなものが伝わるかと、引いてみました。

よく、よく、風化させないで欲しい、と言われますが、ことは次々に起きて。

雅子さんが今、急にドタバタされている理由は、はっきりとなど解りませんが、はっきり言って、もう遅い。

一つや二つやもう少しの過ちなら、風に紛れて行くこともあるでしょう。

絶体に、するなら的確に、間違いなく、きっちりと決めなければならないこと、時間もかかること、あるのではないかな。

人智の及ばぬところで。でも、人は、最大限に、努力も祈りも、せな、あかんと違うんかな。

そんな気がしています。

高円家は、どのみち廃される家。

皇室のちいママさんは、賢いつもりでちゃかちゃかと、ご自分も娘さんも、皇族にふさわぬみっちみちにリアルな現世利益 をめざして、動いていればいいと思います。

雅子さんも、もしあの人が気になって、というのなら、それでドタバタしているなら(それだけではないでしょうが)、フン、程度の低い。ほんまもんの○○や~、と、笑うわ。

東宮妃です。一応。泣き泣きでも、今のところは、でも、そうらしいからさ~、でも。

自分らしく自分のすることして来なかった、腐った丸木橋が、ぎしぎし鳴りはじめて、気がついた?。

遅いです。

公のため、どころか。

自分の家族さえグサグサにしか保てなかった二十年は、あまりにも長かった。そう、思います。

彼女の場合は、他の女性は知らず、ブランド・バッグとやらは、自信の無さの現れ。

服とも顔とも態度ともバランスとれず、名品が名品に見えない。

自業自得とはいえ、ご夫君の値打ちまで暴落させてしまった。憐れな空っぽの、高位の女性。

あ。

力説してしまい、ごめんなさいね。







無理か。

「両陛下が10月に熊本県へ 水俣初訪問、慰霊碑に供花

>>>宮内庁は26日、天皇、皇后両陛下が全国豊かな海づくり大会の式典出席などのため、
10月26~28日の日程で熊本県を訪問されると発表した。水俣病発生の地で、
稚魚の放流会場となる水俣市を初めて訪れ、水俣病慰霊の碑に供花したり、市立水俣病
資料館で患者らから話を聞いたりする予定。

宮内庁によると、26日午後に特別機で熊本県入り。合志市の国立ハンセン病療養所 「菊池恵楓園」を訪れ、入所者を慰問。全国13カ所の国立療養所のうち11カ所目の 訪問となる。

27日は水俣市のエコパーク水俣で稚魚を放流。水俣病資料館では患者の現状などの
話を聞き、患者や家族と懇談する。<<

とのことです。

水俣病患者の代表の方たちが
「是非、両殿下が水俣にいらして患者に会って欲しい
患者たちの励みになると思うから」

と、以前から言っておられるのですが、東宮夫婦は腰をあげず。。

秋篠宮両殿下は水俣市にも訪問して献花されているし、今年6月には水俣市と交流があり同じ被害にあわれたスロベニアイドリア市を訪問しておられます。

熊本県水俣市。不知火湾に面した豊かだった漁業の村の、その海へ無制限に排出された有機水銀がもたらした、国内最大最悪の公害病の一つが、水俣病です。

水俣病と、雅子妃の実家・小和田家(正確には母方の実家の江頭家)との関わりについて引用しようとすると、大変なことになります。大変はイヤではないが、小さな本を一冊、ここで書くわけに行かず、解っていただきやすいあたりを、引用して、一緒にフガーっと怒っていただけたらなあ、と、考えます。

なお、水俣病は過去の問題、病気、災害、などでなく、継続した問題でもある。

今年、東宮夫婦が強硬決行した「オランダ行き」。その当日に、水俣病の被害者の方々への、裁判所からの答えが得ていたのでした。

東宮妃・雅子さまは、小和田恒氏と、旧姓・江頭優美子氏との間の長女です。優美子氏は、以下の江頭豊の一人娘。


以下、できればお読みくださいね。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

江頭豊の責任:

1.水俣病の原因が工場にあると知りながら稼働し続けた。

水俣病の原因がアセトアルデヒドの製造工程から出る有機水銀である事は、チッソ社内では周知の事実であったし、熊本大学により、それが証明されても、設備を稼働し続けた。水俣病だけだと良く解らないが、新潟水俣病の年表を加えてみると、非常に良く理解できるのだが、江頭豊が社長に就任した翌月、1965・01・10、新潟水俣病の発生企業、昭和電工がアセトアルデヒドの生産を停止、製造工程図は消却、プラントは撤去してしまった。これは昭和電工が「水俣病の発生原因はアセトアルデヒドのプラントから出る有機水銀である」と認識していた事を示している。しかし、チッソ水俣工場がアセトアルデヒド製造設備の運転を停止したのは1968・05・18であり、新潟の水俣病患者が昭和電工を新潟地方裁判所に告訴し、「公害対策基本法」が成立した翌年であり、昭和電工がプラントを撤去、製造工程図を消却してから3年半後だった。

2.患者や家族に謝罪したが補償に応じようとはしなかった。

水俣病が公害病の認定を受け、江頭社長は1968・09・27から患者家族に詫びて回るが、具体的な補償案を出さないため、厚生省が調停にのりだした(1969・02)のである。しかし、厚生省は患者側に「この補償処理委員会の結論には一切異議なく従う」との確約書提出を求め、患者側は一任派と自主交渉派に分裂した。困窮のどん底に置かれている患者と家族には、卑劣極まりない態度と言われてもやむを得ないだろう。

石牟礼道子『苦界浄土』あとがき:チッソ側はゼロ回答をもってこれにうそぶいている。第三者機関あっせんに、再び互助会が依頼した寺本熊本県知事に、江頭社長は「チッソとしては34年暮れの見舞金契約は有効、補償交渉はチッソの好意で行われており・・・「公正な審判に服する」というならとにかく、恐るべき厚顔無恥、わたくしたちにこの上まだ《ことば》がありうるであろうか、とわたくしは思い沈む。 

3.謝罪した後も悪質なデマを流し患者や家族を冒涜した。

チッソ水俣支社・東平総務部長がスウェーデンのジャーナリストに答えている「端的にいうなら彼らは海に浮かんだ死んだ魚を食べたんですよ。しかし、そんなことを裁判にもちだすのは難しいです。一般の人に相手側について悪い印象を抱かせることになります。まるで動物ででもあるかのようにね。58年以後の病気の原因が、死んだ魚を食ったためなのか、水銀のためか解らんのですよ。58年以後に発病した人に限って言えば、それで補償金を貰えるなんて、有り難く思って貰いたいものです」(原田正純 『水俣病』p218、1971・07の話、詳しくは水俣病事件)、自らの責任をごまかし、患者や家族に対するこの侮辱、何たる傲慢であろうか。

4.患者や報道カメラマンを暴力集団に襲撃させた。 (会長時代)

千葉県の五井工場に抗議に訪れた「自主交渉派」の水俣病の被害者やユージン・スミスら取材陣をチッソは暴力集団に襲わせた(1972・01・07)、ユージン・スミスは片目を失明するほどの重傷を負わされたのに告訴せず、時間とエネルギーを写真に向け、6年後に負傷からの後遺症が元になり、死亡した・・・スミスの志とそれを暴力で封じようとした人達の心根、対照的である。


江頭豊と小和田家:

水俣病は行政(通産省)の関与も強く、厚生省より通産省の方に力があったため、厚生省の意向もなかなか通じなかった。(*1958・06 国会で厚生省環境衛生部長が水俣病はチッソの排水が原因と答弁、通産省にチッソに対する指導を要請するが、拒否されてしまった)

江頭豊が社長に就任した1964年当時の日本興業銀行と言えば「飛ぶ取り落とす」勢いだったと思われる。それが大問題を抱えた企業の社長になると言うのは通常なら考えられず、余程の理由があったに違いないと思われる。

1.江頭豊はエリート軍人(江頭安太郎・海軍中将)の息子、妻・寿々子もエリート軍人(山屋
  他人・海軍大将&連合艦隊司令長官)の末娘だ。患者や家族との交渉には精神力が要
  求されるし、家に訪問されるかも判らないから、これ以上の適任はない。

2.娘婿は外務省のエリートだ、官僚との折衝もやりやすいだろう。
  小和田恒は後に外務次官になるが、入省後7~8年すれば出世するのは大体判る。

日本興業銀行としては、これ以上の適任はなく、通産省も(国家レベルか?)バックアップしただろう事は想像できる、これをうかがわせるのは江頭豊の社長就任、退任にあわせた小和田恒の動きであり、この↓ようになる。

1963・12・09 小和田恒夫妻に長女生まれる。母・優美子25、父・恒31
1964・12    江頭豊、新日本窒素社長に就任する。
1965 夏   小和田恒、モスクワに赴任する。
1968 夏    小和田恒、ワシントンに赴任する。
1970・11・28 株主総会に患者が乗り込む。
1971・02    小和田恒、海外勤務から帰国する。
1971・07    江頭豊、会長に退任する。(小和田恒の家族と同居する?)
1976      この頃、小和田恒は福田赳夫内閣総理大臣の秘書官だった。

何と言う「偶然の一致?」だろうか、江頭豊の社長就任のほぼ半年後、小和田恒はモスクワに赴任し、その後ワシントンに赴任、71年2月に帰国するや、5ヶ月後の7月(*この間に新築したのだろうか?)には、江頭豊は会長に退任、その後、娘の家族と同居し始めるのである。


江頭・小和田家=ユージン・スミス=上村智子をめぐる因縁?
2004・08になり「SilkRoad/4444」でgoogleをかけて見ると、「あるスレッド」のログに「ちなみに雅子妃のお輿入れをしたのはセンコー運輸(昔の日窒の運送部)」と言う投稿(No-295)があった。

センコー(株)の「沿革」には、1946(S21)年7月設立とされているが、設立の経緯は記載されていない、宮崎県を基盤にして生まれ発展したと書いてある。四季報を見るとセンコー(株)<9069>の大株主は、旭化成(9・5%)、積水化学(6・0)、積水ハウスであり、旭化成も積水化学も日本窒素肥料から生まれた企業(*積水化学<4204>の大株主に旭化成(5・7%)が入っているので旭化成が兄貴分になる?)である。四季報の株主構成から見れば、センコー(株)の発祥は「日本窒素肥料」関連の運輸を担当していた部門が独立した可能性が高いと考えられた。

センコー(株)の旧社名は「扇興運輸」だと「沿革」にあるため、googleで「扇興運輸*水俣」を検索すると、2個hitした。1個は「水俣病患者とともに-日吉フミ子の闘いの記録」(a)だ、もうひとつは国会の議事録「参議院-会議録-第041回」(b)である。

a)から解ったのは、1)上村智子の父親・上村好夫は智子が生まれた(1956(S31)年←智子の水俣病患者認定はS38年)の翌年(S32)に「扇興運輸」に就職し、1994(H06)年(60歳=定年?)まで勤務していた、と言うことである。

b)からは、1962(S37)の参議院「社会労働委員会」において「新日本窒素株式会社における労働争議に関する件」が、議論されているが、ここで解ることは、2)警察庁警備局長・三輪良雄が、扇興運輸を「新日本窒素=現・チッソ」の「下請け業者」であるとしている。また、3)最大時には熊本県警の警察官(1800名)の約2/3(1180名)が動員され、鹿児島県と宮崎県にも応援(200名)を依頼するような新日本窒素(株)の大規模な労働争議があったが、港湾労働者が会社側に立ち、ピケラインを突破した、4)扇興運輸の食堂と事務所は100名の警察官が宿泊できるほど広かった、ことなどが理解できる。

警察庁警備局長・三輪良雄の答弁で興味があるのは、鹿児島県と、宮崎県に応援を依頼していることである。単に熊本県の警察官の人員不足を補うためのものか、会社側が子会社・扇興運輸の社員をストライキ対策に使っていることを受けたものなのか、考えさせられる。

患者達やユージン・スミスに暴力をふるった者達の正体は?
自主交渉派の患者達やユージン・スミスを襲撃した集団については、社員、暴力団、右翼などの説があるが、チッソ経営陣の意を汲んでいるのは明かである。しかし、立場が異なるとは言え、同じ水俣に住む(悲惨な)患者達に暴力を振るう社員や暴力集団がそんなに多数いるだろうか?と言う疑問を持つ。また、その「暴力集団」は千葉県の五井工場にも現れ、ユージン・スミスと患者が襲われている。少し考えると、1)暴力を振るったのが社員なら顔を知られているし、表面化すれば大問題になる、2)社外の右翼や暴力集団なら多年に渡り多人数を確保しておく費用が膨大になる、3)そのような社外の暴力集団を千葉県まで行かせるとなると費用などが大変だ・・・これらの問題をどのように解決したのかが私の疑問だった。しかし、チッソの工場の間を海上や陸路を使い自由に行き交い、水俣市に住む患者達に顔を知られていない、かつ、会社側が意のままに動かせる集団がいたことを知り、疑問が解けた(特に海上を行き来する集団は陸にあがる時間が少ないため、例え事件を起こしても警察の捜査も及びにくいと思う)ように感じたのだが、検証したわけではないため何とも言えないのは言うまでもない。


慚愧の日々を送った人達

1.後任社長は「全責任は私にある」と言い、読経の日々を送った
水俣病問題において・・・全責任は社長にあると言い切ったのは、島田社長がはじめてではないだろうか。島田賢一は、昭和46年社長になり、46年10月の川本輝夫たちへの水俣病認定に際し、水俣病の疑いのある環境庁救済認定患者と水俣病認定患者は、おのずからちがう存在であって、前者への補償の義務なしと突っぱねた当事者になった。しかし、とにもかくにもチッソが、川本輝夫たちの、いわゆる新認定患者の自主交渉の要求をのむに至る背景には、この証言にみられる責任の自覚が、なんらかのかたちで入っているだろう。島田賢一は社長を退いた後、読経の日々を送ったといわれる。(明日もまた今日の如く) 

島田賢一が社長に就任した時には、もう有機水銀は排出されていなかったし、補償に応じようとしなかったのは「水俣病の疑いのある環境庁救済認定患者」である、これに対し前任の江頭豊社長は「水俣病認定患者」に対する補償に応じようとはしなかったのである。

2.細川院長は肺癌末期の病床で工場の隠蔽を証言した

企業城下町・水俣の新日本窒素付属病院・院長と言えば、住民から見れば「雲の上の人」のような存在だったと言う。水俣病の発生と同時に1956・05細川院長を中心とする現地の奇病対策委員会は精力的に疫学調査を実施、30名の患者が存在する事を調査、8月末頃には伝染病ではなく食中毒が疑わしいと判明、食中毒の原因究明を熊本大学医学部に要請した。

チッソ付属病院の細川院長は、患者公式確認の翌57年から62年までの5年間に、838匹のネコなどによる動物実験等を工場技術部と共同で行っていた。研究は熊本大学研究班の成果を追試する形で進められた。59年熊本大学の有機水銀説が出た時「会社の黒白をはっきりさせる」目的で、触媒水銀を使用する2工程(アセトアルデヒドと塩化ビニール)の廃水をネコの食餌に直接かけて実験を始めた。07・21より前者を食べさせたネコ400号が、78日後の59・10・07、水俣病を発症した。(これは1匹だけの実験だった)細川院長はこの結果を工場幹部(*工場長)に報告し、工場研究班会議59・11・30で、工場廃液で水俣病が発症することを強調したが、水俣病の原因が工場排水であると知った西田工場長は「今後の実験禁止」を言い渡した。細川院長はこの命令に逆らえなかった。

70・07・04、細川院長は水俣病裁判でこのことを証言した。肺癌で闘病中の細川は臨床尋問に応じ、証言したのである。細川はまた58年の排水口の水俣川への変更時にも、新患者を発生させることになり、人道上も許せないと反対したが、会社側が聞き入れなかったことも明らかにした。細川は3ヶ月後の70・10・13、69歳で永眠する。


3.西田工場長は葬儀もさせず、墓も作らせず、戒名もない

患者発生の1956年の翌57年、西田栄一が工場長に就任するが、3500人を越える社員を擁する企業の城下町・水俣では工場長は大きな存在だった。西田工場長は別名『西田天皇』とも言われたと言う。

a)熊本大学の有機水銀説に反論、協力するようにと言う本社の要請も拒否した。
1958・09熊本大学竹内教授、水俣病の病理所見はハンター&ラッセルにより報告された有機水銀中毒例と完全に一致すると研究班報告会で報告した。チッソ(西田工場長)が反論、対立を危惧したチッソ本社は熊本大学と協同して究明するよう要請したが工場長はこれを拒否した。

b)細川院長にネコ400号実験の検証を禁止した。

細川院長は838匹の猫に有機水銀化合物を与える実験をしたが、1959・07・21よりアセトアルデヒド製造工程から出る廃液を与えたネコ400号が、78日後の10・07、水俣病を発症した。細川院長はこの結果を工場幹部に報告、工場長は「今後の実験禁止」を言い渡した。西田工場長に熊本大学の有機水銀原因説に反論を命じられた技術部次長・市川正は、この「猫400号」の実験データを見解書から外した。

c)工場の排水口を変更し、被害を拡大させた。排水の摂取も禁じた。

58年の排水口の水俣川への変更時にも、新患者を発生させることになり、人道上も許せないと細川院長は反対したが、会社側(*工場長)が聞き入れなかった。工場排水を摂取することを工場側が拒否していたため、熊本大学は無機水銀が有機水銀になる問題を解決できずにいた。

d)西田工場長は退社後には慚愧の日々を送る。

1970(S35)年、西田工場長は東京に異動となった。1973・03・20熊本水俣病第1次訴訟、原告の勝訴が確定した。当時のチッソ水俣工場の工場長・西田氏はチッソと縁を切り「全責任は自分にある私を許してほしい」と自分を責め続けてこの世を去った。生前の意志により、戒名も付けられず葬儀も行われなかった。 (96 NHK-放映)


慚愧しない人と、その娘婿

江頭豊は皇太子妃の母方の祖父であり、婚姻に際し「元・チッソ会長」と紹介されたが「現・相談役」である(*今も問題企業と関わりがある)とは報道されなかった。しかし、三井PRニュース 135号(消失)の「第40回財界人洋画展」の出品者リストには「江頭豊・チッソ相談役」として出ており、INDEX(消失)を見れば、98年10月現在(皇太子の婚姻は93・06・09)でも、チッソ(株)の相談役に就いていたと解る。

補足:江頭豊の会長退任時期や現在の肩書きを知ろうと思い、チッソ本社に電話、
「江頭豊さんの事で伺いたい」と交換に告げると、緊張感が伝わり、広報につながれたので「社長に就任した時期は?」と話すと「担当者がいません」と断られた、江頭豊はチッソではタブーのようである。

社長退任後27年経っても相談役に就き続け(税金で生かされている企業から何らかの報酬を受けているのだろうか?)、画を「財界人洋画展」に出品するような悠々自適の生活を送っていることが判るが、この姿からは後任社長の島田賢一のような「慚愧」は全く感じられない。その慚愧しないひとの娘婿の人物像も、彼にぴったり?の興味あるものである。

娘婿・小和田恒の人物像

渡辺亮次郎のエッセイ : 持田健(もちだ・たけし)さんが(*03年)9月25日、都内の病院で逝去した。・・・信濃町の葬儀場に飾られた花輪の多くが外務官僚からのもの・・・生花の中には外務省外郭団体・国際問題研究所の理事長たる小和田恒氏のもあったから「そういえば小和田さんはジュネーヴェへいつ赴任するんだ」と通夜の席で話題になった。国際司法裁判所の判事とやらに選出されたからである。皇太子妃の実父だから昔なら批判ご法度なのだが、最近の世相はだからと言って口さがない。数年前、現職の小田判事を「任期途中で辞めさせてでも」と、就任工作(*小田にとっては辞任工作である)をやらせたのはひどかった(*注-1)とか「あんな顔していて、実にカネに汚い」とか「公私混同がひどい」(*注-2)とか「嫁入りに持たすタンスをえらく値切られた」という友人もいた。「そりゃお前、めでたいんだから、お前んちのほうで値切って差し上げたんだろうからいいことをしたな」とはなったが、ケチで鳴る小和田さんも他人の国際紛争ではけちはしないだろう、で落ち着きかけた。皇室の親戚がケチで何が悪い。 ところが「まだわからんぜ」と付け加える仲間が言った。「何しろ誰も鈴を付けに来ないことをいいことに国連大使に5年も居座って、まだ降りようとはしなかった。後任の佐藤行雄が3年10ヶ月できちっと辞めて、もう東京にいるよ。そんなだから、小和田さん、判事の任期(7年)に果たして何期しがみつくか、興味津々だね」と、これは後輩外交官だった。結構、口が悪い。 著者の略歴 エッセイ集リスト 

*注-1:これは93年(皇太子の婚礼の年)の話である、小田滋(前職は東北大学教授)は既に2期つとめており、小和田恒が外務次官の退任後に就任する予定だった(小田の就任には外務省が根回しした結果だから譲るのが当然という論理らしい)が、退任工作がひどかったので、小田が怒り、辞任しなかったと言われている。小田滋は03・02・05まで3期27年間(*彼も権力の虫?)も粘り続け、後任に小和田恒が就任した。 参考:田中良太のコラム 02・10・22、この↓記事 

仙台市名誉市民に小田滋氏と一力一夫氏 Yahooニュース 04・05・25 仙台市は04・05・24、元国際司法裁判所副所長の小田滋氏(79)と河北新報社主の一力一夫氏(78)の2人に仙台市名誉市民の称号を贈ることを内定したと発表した。小田氏は1959年に東北大法学部教授となり、国際法の研究活動や指導に従事、76年から03年までの3期27年、国際司法裁判所(ICJ)の裁判官を務めた。91年ICJ副所長に就任し、国際紛争の解決などに尽力した。75年に米国国際法学会名誉会員、94年に日本学士院会員、03年に日本国際法協会会長となり、現在は東北大名誉教授。03年には瑞宝大綬章を受章した。仙台市は「国内外における卓越した功績は、市民はもとより国民が等しく誇りとする」と評価した。(河北新報) ← 消失 (キャッシュ) 

外務省の犯罪(*注-2):業務上横領の時効は7年だが、偶然か?、小和田恒・外務次官が退任してから7年6ヶ月後の2001年3月に公金横領事件が表面化し、松尾克俊・元外務省要人外国訪問支援室長(55)が逮捕(01・03・10)された。松尾克俊がこの職にあったのは1993・10・10~99・08・16であり、その間の次官が責任を問われた。そして、2001・08・10、斎藤邦彦・国際協力事業団総裁、林貞行・駐英大使、柳井俊二・駐米大使、川島裕・事務次官の4名が更迭された。1993年8月に小和田恒の後を継いで事務次官に就任した斎藤から、林、柳井、そして99年7月に就任した川島までの歴代事務次官達であり、見事に小和田恒は、はずれ(はずされ?)ていた。

天木直人『さらば外務省』に見る小和田恒

1) 外務省のこれまでの問題、外務官僚個々人の問題や 彼らの犯罪行為を洗いざらい述べている。まあ彼らのひどさがわかるとは言え、どうにもレベルが低い話ばかりでいやになる。例えば小和田恒については、出張先で夜中「缶切りをもってこい」と要求があり、持っていくと「その缶切りを試したかい」と質問があり「試してない」と答えると、そのままドアを閉めてしまったという、ただそれだけである。いったい何?詰めの甘さを指摘されたということだし、一事が万事なのだろうが、それにしても次元の低い話だ。 http://www.google.co.jp/ (キャシュ)

KUON註・ご存じない方のために・・。小和田恒のことを、ネットなどで「缶切り」「缶キリ」と書かれているのは、このエピソードからです。

2) 浅井基文は、日米安保条約を聖域視する対米従属外交に失望し、中国課長を最後に退職した。その後まもなく『日本外交』を出版し、安保条約に全面的に依存する日本外交の危うさを訴えた。 その浅井を外務省は組織をあげて潰しにかかった。直接、浅井から聞いた話だが、退職した当時の次官であった小和田恒は「今後もし外務省に弓を引くような真似をすれば、省をあげて潰しにかかる」と、面と向かって引導を渡したという。若い外務官僚たちもこれに迎合するように、「霞ヶ関に近づけば押し返してやる」と悪態をついたという。 


>企業の傲慢は今も続き、チッソ社長は慰霊祭に2度出席しただけ
チッソ社長に出席を要望へ 5月に水俣病犠牲者慰霊式 熊本日日新聞 02・03・05
02年度水俣病犠牲者慰霊式の実行委が4日、水俣市職員共済会館であり、11回目の慰霊式を水俣病公式発見の5月1日、水俣市明神の水俣メモリアルで行うことなどを決めた。委員からは式にチッソ社長の出席を求める発言が相次ぎ、実行委としてチッソに要望することになった。
各患者団体、チッソ、水俣市の各組織代表ら15人が出席。01年もチッソ社長の慰霊式出席を求めたが実現しなかった経緯もあり、「年1回、加害企業の責任者として花一輪なりと手向けるという人間性が欲しい」という意見が強く出された。これに対し、チッソ側委員は「水俣本部長が社から全権を委任され、代表として出席している。ただ要望は本社に伝える」と答えた。チッソ社長は06年に1度、慰霊式に出席している。(その後、出席した→熊本日日新聞 02・05・01 )・・・これが国民の税金で延命されている企業の社長がとっている態度であり、水俣市民、患者や家族はただ「お願いするだけ」しか手段がないのである。


ちなみに、雅子さんとお付の男性(ナルさん、と呼ばれることも)がオランダへ発った頃の日本の最高裁では、以下のごとき判決が下されていました。残念ながらごく短く、結果のみを。


「水俣病患者を認定する国の基準は妥当かどうかが争われた訴訟で最高裁は4月、要件とされてきた複数症状がなくても認定できるという判断を示した。行政の認定制度を事実上否定して改善を求めた形で、国もその検討を始めざるを得なくなった。しかし判決から1カ月たっても改善の方向性は示されていない。」

で、マサコさまです。

昨日は、両陛下の「熊本・水俣ご訪問」の報に、ぶつけるつもりがあったか無かったか、どた出をされまして。

                    

>>皇太子妃雅子さまが、26日夕方、東京都内で行われた記念式典に出席し、公務と
してはおよそ4年半ぶりに式典の壇上に上がられました。

雅子さまは皇太子さまと共に、午後5時過ぎ、東京都内のホテルを訪れ、出迎えた
関係者らに笑顔を見せられました。
当初は、皇太子さまおひとりで出席される予定でしたが、直前になって急きょ、雅子さまの出席が決まり、会場に入ると皇太子ご夫妻は大きな拍手を受けられました。

この式典は、内閣府が日本と海外の青年の交流を通じて人材育成を目指す事業の
記念式典で、ドミニカ共和国など海外から日本に招かれている若者たちも集まりました。
雅子さまは皇太子さまと共に、舞台上で着席されましたが、このような式典関係の公務
で壇上に上がられるのはおよそ4年半ぶりのことです。
雅子さまはお住まいの東宮御所での公務に出席される事も増え、また先月と今月は
2か月連続で宮城と福島の被災地をお見舞いされています<<。

妃殿下。

20年経って、まだお判りにならぬか。

公人は、スケジュールを乱してはならぬ。どたキャン、どた出、してはならぬこと。あなた以外はめったにしない。今の世の若者なら、あなたのような態度では即、職を失うレベルの反則。

もうすぐ伊勢の遷宮のことが始まる、その頃には、公務に励んでいたのでお疲れで、祭祀はお休みなの?。

皇室の一番大事は「祭祀」。台上へあがったと褒められて、にたにた笑うなんてことでは無いよ。

伊勢は、さぼりか?。出られないですね、座ることさえできないのだから。

あなたの頭上にだけ、光ならぬ他の何かが降り注ぐ?。

・・・思い付きみたいにどた出した、これが「公務」か。ふうむ。

バカを言うならタマにしろ~~~。

「公務なさる妃殿下」なら、帽子が無い、手袋の携帯もしていない、あわてて飛んで来ましたぁ~って、その身なりは認められませぬ。

いいかげんにしろ、と言っても、お薬が効いておられるようで、焦点の定まらないお目目。無理か。

出たわよ、と「画」を撮らせて、後のレセプションには出なかった



昭和の皇后陛下、香淳皇太后さまの葬儀は、マサさん「夏ばてのようなもの」で、出ず。昭和帝は「小和田さんでは国民の総意が得られない」、と、祖父でなく天皇のお立場で当時の浩宮の結婚に反対された。



コメント感謝。夜、追記にて。






ある一面からのご皇室

お住まい


東宮家

5,460m2
私有部分870m2
部屋数17

秋篠宮家ご自宅

1,417m2
私有部分472m2
部屋数8


内廷費として
3億2,400万円支給される
(天皇家・東宮家含め5人)

皇族費として
5,490万円支給される
(秋篠宮家5人)


光熱費など
私的生活費
実費の有無

東宮家

無料。内廷費から支払われる

秋篠宮家

有料で実費
(皇族費から支払う)


私的雇用
職員

東宮家  51人

秋篠宮家  9人

私的雇用
職員人件費
実費の有無

東宮家  無料(内廷費から支払われる)

秋篠宮家  有料で実費
(皇族費から支払う)


御用邸 の利用

東宮家  自由に利用可能。

秋篠宮家   単独利用は不可
(天皇家・東宮家の 招待があれば可))

御料牧場
牧場製品

東宮家  無料 内廷費から支払われる

秋篠宮家   有料で実費
(皇族費から支払う)

交通規制の有無

天皇・東宮家  白バイ先導あり
  信号規制無し

秋篠宮家  白バイ先導無し
  信号規制有り


皇室警察護衛2課による
専属警護

皇室警察護衛3課が
全ての宮家を警護


鉄道利用

天皇・東宮家  グリーン車の貸切

秋篠宮家   グリーン車に 一般の乗客と共に乗車

出産

雅子様の場合、無料
(宮廷費から支出され国民
と違って10割全額負担)

紀子様の場合有料で実費
(皇族費から支出され国民
と違って10割全額負担)



 内定費、宮廷費は公費と考えられる。
 皇族費とは、民間で言えば給与の様なもので、各宮家に支給され、生活費として使われている。
 なお、皇族費は天皇家、東宮家には支給されない。


皇室費

 すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経る必要があります(憲法第88条)。
予算に計上する皇室の費用には、内廷費・宮廷費・皇族費があります(皇室経済法第3条)。



内廷費
天皇・内廷にある皇族の日常の費用その他内廷諸費に充てるもので、法律により定額が定められ、平成18年度は,3億2,400万円です。



宮廷費

儀式、国賓・公賓等の接遇、行幸啓、外国ご訪問など皇室の公的ご活動等に必要な経費、皇室用財産の管理に必要な経費、皇居等の施設の整備に必要な経費などで、平成18年度は、62億5,399万円です。



皇族費

皇族としての品位保持の資に充てるためのもので、各宮家の皇族に対し年額により支出されます。
皇族費の基礎となる定額は法律により定められ、平成18年度の皇族費の総額は、2億7,359万円です。
なお、皇族費には、皇族が初めて独立の生計を営む際に一時金として支出されるものと、皇族がその身分を離れる際に一時金として支出されるものもあります。


宮内庁ホームページ

小和田会、って、それ、何かい?。と、追記。



週刊文春最新号。買って来てしまいました。自分なりの遠慮をして、むむ! と感じた箇所・・けっこう多くて、できれば全部と言いたいくらい。今週は新潮誌の方は、と書きはじめると長くなります、文春の方の記事を簡潔に、いってみます。以下、この色の文字はKUONのつぶやきです

・双葉町からの住民の住んでおられる仮設のテントの下に高齢者を中心に約50名、前後参列に並ばせた。3連休中日で外出している人も多く

(前もって招集されていたのではない、という含み?)、

接見希望者の人数も少なかったのですが

どういう意味?せめてこう、書きたかったのか、記者氏。まことに任意のお迎え人のみだったら椅子ががら空きで慌てた関係者もいたかな。)

・予定された時間内にお声かけできたのは50名のうち半分以下でした。

残りの25名の方に一言ずつ、お一人10秒をあててどれだけの時間を要したのかと思う。30秒でもトータル15分足らず。

到着後、4時間ほどで、3か所を回った東宮夫婦。今回の慰問もあわただしかったとも、書いてあります。

郡山駅に近い場所ばかりを回って、とっとと帰ったのですね。食べ物に関する風評被害を避けるための検査を行う施設へも行きながら、結局その地で、一度も、食事をなさらずに。


・駅に着いた時はこわばっていた雅子さんの顔、ペップキッズでは子どもたちに囲まれ、緊張もほぐれた様子だったと。夫婦ででエアマットで飛び跳ねた、と。

今はどうか、マラソンで「鍛えている」皇太子が先にリタイア、公務も困難な闘病中のマサコ妃は、もっとぴょんぴょん跳んでいたらしい。お元気で何よりです)。

・砂場では、先に進む皇太子に「お父さん待って」と話しかけたとか。

カジュアルで親しみやすいご公務ぶり、とは、書いていない、わたしの皮肉です。


と、まあ、2か月連続の、今年はじめての被災地訪問は、罵声を浴びることもなく終了した、と。


文春の記事はここまでではありません。

「ある千代田関係者は不安の色を隠さずこう話した」のだそうです。

・相変わらず東宮と両陛下の(KUON註・順序は記述されているまま)交流は少なく‘途絶状態中‘。

・(9月)13日から17日までの両陛下の葉山御用邸でのご静養に合流されたのは秋篠宮ご一家のみ。

・その16日。東宮御所には小和田恒、優美子夫婦の姿があった。

・小和田氏は学会長をつとめる万国国際法学会の総会で帰国中。台風のため一時は見送られた参内が(雅子・親の)実行され、皆で軽食をめしあがり、小和田夫妻は翌日オランダへ帰った。

とさ。さのよいよい。行ったり来たり、ホテル・東宮もお忙しいのね、恒例のマサコ・親も。しょっちゅう行ったり来たり、日本に、自分たちの「家」は無いのに。お家、無いのですよ、小和田家って、いま。だから東宮ホテルに。いつもお集まり、税金で飲食して。

このことを文春は「小和田会」と称している。

卓越なネーミングだと感心。軽食のわけが無いはずだしね、皆さんのメシが。いや、お召し上がりのものが。

昨年9月にも東愚さんたちは、葉山へ合流されず、その折りに、文春記事そのままを引けば

>>小和田夫妻の金婚式を祝う会が(略・ごうせいなお店の名)小和田夫妻の親族を含め総勢十名ほどが集まったのだ<<。

確かに超・秀才であり、自力で這い上がって、娘を入内させるまでに至った小和田恒氏。

娘を入内させて日本の一番最上位に上り詰めたと(あほやな)乾杯の杯を高だかと干したと言う爺さん。

その、銀婚ならぬ金婚式、しかも東宮ご夫妻ご臨席(ってことでしょ)の、晴れの祝いの場に、親族を含め10人って。

娘夫婦3組で6人。孫を加えて8人(訂正・9人です、お孫さんは計3人)。自分たちで合計11人。これ、単なる「家族めし」だと思いますが。

他の付き合いのいっさい無いご一家のようです。気楽でいいわね。

とまあ、皇太子さまは、2年続けて、両親・弟一家の集う葉山へ、行かなかったのか、行けなかったのか、平民である身には知るすべも無いじゃん。

愛子さんが生まれた時も小和田ふたりは、両陛下より先に病院へ駆けつけ、仮にも東宮殿下の第一子にあたるお子さんを、先に抱いて、記者会見までひらいた。

会見ではお通夜のごとき表情だった(親王さまでない「赤ちゃま」だったので)優美子さんの、スーツの衿には、雅子さんが何度も公務に着けて出ておられたブローチが、輝いていたのでありました。あのブローチも、今、どこ?。


次代の天皇として(略)帝王学を大事になさっていただきたい。今回も小和田夫妻との会食でなく、葉山に合流すべきだとご決断するのが皇太子の役目です。

それなのに小和田の予定を優先させるのは小和田家と一体のようです。被災地訪問にしても、本当に被災地のことを考えるのならば、キ殿下とお二人での訪問に拘らずに、皇太子お一人でもいらっしゃればいいのです。


               

このごときまともな記事を読ませていただけるなら週刊文春、喜んで買わせていただきますわ。あら。先週は同じこと、週刊新潮さんに書いてた記憶が・・・。そうなんですよ。

大手の新聞は。

AでもMでもYでも、報道合戦やってる体裁ですが、実は大本は一つ、巨大な一つがありましてね。

そこが、お前んとこは(こんなガラ、悪いかいいかは知らんけど)このこと、そっちは今度はこれ書いていい、とか、認めてもらっていちいちやっている。裏はつながっているのです。この世界も。

中国の都合の悪いことは、決して書いてはならぬ、ちゅうことです。

・・・週刊誌もそうなのかしら、各週、譲り合うとかなんとか・・・あまり首、突っ込むの、やめておこうっと。

で。

KUONちゃん、今朝、最後の「読んで怒り」ゾーンです。

今は去った東宮職幹部の落胆・・・詳しく書くと営業妨害になるかも、障りだけ、少し。

・皇太子は誰の進言にも耳を傾けない。

・他、ああとかこうとか書いてあります。つまりはナルさんが、マサどんばっかり気にしてってこと。

・「殿下は‘デンデン‘とか、趣味が年寄り臭いので@ジイ‘というあだ名で呼ばれていた。そのとき、愛子さまがゲラゲラと笑っていらし」て、雅子は殿下に話すときも「~なのよ」と、敬語では無いのです」

・・・場面に、いあわせた方の話であるということです。

ふだん、親子3人だけの場では「お父さん」も「ジイ」も、娘のゲラゲラも、あり、なのかも知れない。

こういった話は結構、捏造しにくいと思われる。愛子さんが「おもう様」と呼んでいるとか、成績オール5で、とかは、嘘臭さ満開なので捏造しやすい・・・う~むでも、バレてしまうのだしなあ・・だから、自分の推察も少し交えて、そうなのだろうなあ、と、読んだのでしたが。

人前で、自分の父親をゲラゲラわらうような娘は、その場で足などはたきます。叱ります。

マサどんは、何が悪いかもわからずに、一緒になって笑っているし、ナル様は、その場がなんとか収まっていればこそ、うへらうへらと、これも笑顔でいられるのでしょう。

すべて世はこともなし、か。

こわいわ。


↓こーゆー記事もありました。

女性セブン(2013/10/10)
仮設住宅の住民は越してきた2年前から玉砂利を舗装してほしいと要望していた。
けれどいつも予算がないと聞いてもらえず。
しかし今回皇太子夫妻が来る直前に2日間で舗装された。
舗装道路を夫妻の車が通る。
確かに歩きやすくなったけど、夫妻がいたのはわずか30分ほど。
そのためにわざわざ舗装されたなら納得いかない。



コメントを今日も、ありがとうございます。

今日も、夜にゆっくり、楽しみに、お返事をさせていただきます。

タイトルの後に「追記」とさせておいていただきます。


              


こんばんは。

夜の訪れが早くなりました。夜空もきれいで、いい季節です。

PASTORAさん。

気づきませんでしたが、テレビで「雅子様に会えて嬉しい」とか言うておられたあのお年寄りの女性、三色旗の色の洋服でしたか。そうか。そうか、だったか。

天皇家の次代(一応)を迎えるのに、特定のカルト宗教の動員力が、と考えると、間違ってる、と、呆然と(今更、再び)コブシ震えますやん。

・・普通に、一般の方と、構えなく接触できない皇族って一体、と、考えてしまいます。そうかが前面に出て来るのは、冷静に言って、ダメです。絶対。

やっとこさと腰を上げて、出かけたのがあの様。

仮設住宅の周囲の砂利道が、いきなり整備されて、歩きやすくなったとして、では今までの叶えられなかった要望は何だったのか、と、避難していられる方のほうに、がっかりされるお気持ちは、あるのでないかと察します。

こころない、いいかげんなことを、し散らして、帰って行く東宮夫婦。帰れない、残される人々。

髪の毛と心根のまっすぐなPASTORAさん。

じいいいいっと、見ていてやりましょうね、あの愚者たちを。人の心でない憐れな人たちを。


すけみちさん。

>>宮中三殿には伊勢と同じ涼しき風が吹いていました。神さまに大きく、清しく、暖かく導いていただきました。すめろきの弥栄を祈ります。私達に一切見えないところで無私・無欲にお勤めされている多くの方々が神さまと共に暮らしていらっしゃいます。神さまはちゃんと見ていらっしゃると確信しました。<<

あまりお尋ねしてはいけないのでしょうね。

書かれたことを拝読し、無私、無欲にお努めされている多くの方々が・・・と、読んで、なにか心が温まりました。

人智の及ばぬ力を、信じていたいと思います。・・・でも、とうぐーさんたちのことは、みにくくぎゃんぎゃん、わめき続けそうです。

涼しき風。日本の空を、地を、人の上を、吹き渡る風・・・。


名無しの壺さん、さん。

以前の記事に下さったコメントですが、ここでお返事書かせてもらいます、よろしく。

初めて来て下さり、ありがとうございます。

皇室経済法。それについて、少しですが調べてみました。ネットでもあれこれ、言われていますね。

かつて私自身がこのブログにあげたものがあります、長くなりますので、その部分を、新しい記事とさせてもらいますね。

敗戦前は皇室には、皇室としての資産、財産がおありでした。

敗戦ですべてが変わった。皇室も変わりました・・はずですが。

わかっていない人がやはりいて、そのひとたちが次代の、と思えば、思いは揺れます。


難しい問題ではある、しかし、ともかく東宮夫婦が「わかんないちゃん」で、これを放置していることが・・・と、話は堂々と、巡りますね。


モッコクさん。

私はあなたの、

>>現在の皇太子一家を、批判的な目をもって記事にするなら大きな前進だと思います。
次週号で打って変わって擁護記事を載せても驚きません。
東宮問題は我慢比べだと思います。
あの手この手で、皇室を愛する人の気持ちを逆なですることを仕掛けてくるでしょうが、丹田に力入れて堪えようと思います。<<

この言葉を読んで、おお、そうだ、その通りだ、と思いました。

丹田に力を入れて。私も、堪えよう。堪えたいと思います。



ご公務お付添い。と、追記。

皇太子ご夫妻は予定通り、福島県を訪問されました。9月22日。日曜日。

午後に駅に着いて手を振りながら外へ。

外には、皇太子同妃殿下ようこそ郡山へ、とかの大きな幕が、掲げられていた模様です。

声かけ隊、仕切り屋、なる方々が待っておられて、天皇陛下や秋篠宮殿下の悪口を、周囲を鼓舞しながら放っていたとか。これは現場にいた方から聞いた話。

陛下や殿下の悪いことを言い散らす前を、雅どんはともかくナル氏も、手を振って歩いて行ったのか・・・。

かの地では、仮設住宅に隣接したあたりにテントを張って、パイプ椅子に居並ぶ被災者の方々と、前回、宮城県での時と同様、夫婦して腰を屈め、顔を合わせるように、言葉をかけられた。

大変でしたね、とか。

慣れられましたか、とか。

地震、津波の被害のみでなく、原発事故での避難者の方々なので、帰還の見込みは、申し訳ないが立たない。

放射能の被害について、これまでもずっと気にかけられて来たと、どの新聞も書き、テレビでも言っていた。

それは嘘でしょう。気にかけていたら、今までしていた行動が違うでしょう。

水の総裁に就いていながら、自国の最大の水にまつわる公害病発生の地、水俣へ、行こうともしない皇太子。その地名を、よしんば自己のために利用することはあっても、心痛めることは無い。

そういう人だから、皇太子のようでないお腹の色の面々に、総裁にかつぎあげても無難である、うまく使える人材だと認定されているのであって。

雅子さんも同様。祖父の犯罪は孫に関わりないと、たとえばそうであっても、チッソにまつわることで、ただただ「お祖父さまが悪く言われた」との自覚、認識しか無い人間、言う方が「悪」と決めつける態度でしかないげすが、アリバイ作りのために数時間、行かなきゃならなくなった地方の、放射能の「痛み」など、わかるはずがない。・・・関西在住の私も、認めます、自分自身わかっておりません。少しでも解りたく思ってはいます。

>風評被害防止のために、放射線の測定や検査を行っている研究施設も視察された。<

今回は味噌屋さんでなくて。

風評被害という言葉は、正確に使われていることは、非常に稀です。文章を書く側がうまく何かを逃げたい時に用いられる言葉になってしまいました。


それから、震災後に外遊びが難しくなった子どもさんたちのために造られたペップ・キッズこおりやま、という室内遊技施設へ、ご夫妻は赴かれた。郡山市が運営し、入場料は無料。オープン以来二年足らずで、利用者は58万人を超えているとか。

数日前の記事に書かせてもらったように、そこは当日「クローズ」。お休み、ということになっておりました。

3連休の真ん中の日。休みだった。

事実、駐車場に車は止められていなかった。

ご夫妻はそこで、訪れていた家族連れの子どもたちと、話をしたり、何かポンポン飛び跳ねられる遊具で、ご一緒に跳ねられたとか、書いてあります。

んんんんん。

その日は「お休み」であった施設で、家族連れの、子ども・・・さんたちは、どうやら、バスで、まとめて、運ばれて来られたようなのですね。

テレビで見ても、賑やかそうな雰囲気がありました。お母さんも子どもも、当日休みのその場内で、遊んだり答えたりしていた。

240人、とか、具体的な数があげられていたりします。

パイプ椅子に座って、名札では無く今回は黄色い何かを首から下げて、皇太子夫婦に「慰問」されていた方々。

ペップ・キッズに、おられた皆様。

突っ込んで書くと、その方たちに失礼なことになる気が、ものすごくしていて、突っ込んで行けません。

皇太子夫婦を迎えるのに、陛下の、ことに秋篠宮殿下のことを悪しげに叫び立てていたという団体。

バスで集まって(集められて)来ていたという方々。この、バスで、という話は、宮城県でも、パレードの沿道に並んで・・という話の折りに聞いていました。これに関しては、特定の宗教団体のの組織力であると、知人に教えてもらっていました。

この度の「どたキャン」は想定されなかった「被災地ご訪問ご公務」。

雅子妃は、ノー・アクセサリーだった。バッグも特定できないような、黒いものでした。でも、ずっと、左手で抱えているデザインで。

人々の話を聞いて、思わず手で手を包む、ようなことは不可能なバッグでした。

誰かの手を、取って励ましたことは無い方です。

握手したらすぐに、おしぼりで手を拭うと。(苦笑)。

そんなに潔癖、清潔好きな方には、失礼ながら見えないので、つまり「イヤ」なのだなあ、と。

手を、取られる側の人だって「イヤ」だなあ、はあるですよね。私は、イヤだ。なんだかわかんないけど、イヤだな。嫌がられながら憐れまれるのも、かっこだけつけられるのも、ゴメンして欲しいなあ。だから、あのヤル気の無いバッグでいいのか。

って。レベル低すぎる「納得」ですね。ふう。

アクセも普通バッグも、批判を避けるお仕度では、あったのだろうと、思います。でも、人様を訪問する身支度ではなかった気もする。ジャケットの前ボタンはだけて止めず、で。こんなん言われるから、公人は大変ですね。

雅子さんには、大変より特権の量の方が、圧倒的に多い。二か月続いて被災地訪問って、三つの子をあやすみたいにマスゴミは言うてるが、ひと月一回だけ、お仕事なんざますよ。


・・・駅でも現地でも、絶対に批判されないように、お膳立てが出来ていての訪問。


お父上の、小和田恒氏が、一緒だったと言われています。

この秋50歳になる娘さんの、半日足らずのご公務に、80歳のお父さんが着いて行った。

表には出ません。

お接待が大変だったとの声も、あります。これは詳しくは知りませんので、ああ、やっぱりね、と、その程度に。しかし事実です。

身の周りが危なくなって来ているからか、お焦りのようです。

それが「本当」だろうと、私が感じたのは、到着して歩かれる東宮夫婦の後方に、小町氏の顔が見えたからです。

宮内庁の、小町恭士東宮大夫です。小和田氏の「こぶん」だとか言うと、おこられちゃうのかしら~。

東宮大夫は、夫婦の公務について来たのではないでしょうね、そんなこと、無いですよね。今まで無かったと思うし。

雅子さんと、雅子さんの夫を、誰かに「ヤ」られないように、どろ○○とか出て○け、とか浴びせられないようにがっちりガード固めて、・・・これは自分のためでもありますよね、最近追い詰められていますから~・・・あれに指示し、これに命令し。

皇太子ご夫妻の、なんちゃってでも、アリバイでも、とにかく「ご公務」に、どうして着いて来るんですか。どなたさん?。

強引に「被災地訪問」を、囲い込みで仕込んだ小和田恒。

ふざけるな。

・・・100歩ゆずって。

雅子さんは、以下のごとき発言をするような人。註・釣書によれば高学歴。

自然に任せると何が起きるか判らないので、心配のあまりの、公務密着ですか。

どこかで同じようなパターンを見ていた気がする・・・。因果は巡る、矢車の・・・。

手を引いて、お家へ連れ帰って、安心して喫煙飲酒のんびりだらり生活を、させてさしあげればいいのに。

お留めはしません、きっと。

パパも付いて行ってくれたのに、マサ様はお疲れで、皇霊祭はご欠席。鉄板。むちゃくちゃって、こういうことですか。

雅子妃・結婚十年のオコトバ。

「はい。いま10年目と言われまして,ああ10年目なんだなというふうにまず思いました。
自分の中では9年という気持ちが強かったものですから,10年目と言われて,10年と申しますと,
十年一昔とも申しますし,十年一日のごとしとも申しますけれども,確かに考えてみますと,
年が明けますと,1月19日に皇室会議を開いていただいて,そして婚約ということになったのが
もう10年も前になるんだなあということを思い出しますと大変深い感慨がございます。」


・・・・・コメントをいただいていてありがとうございます。

今から急に出かけます、夜に、この記事の続きとして返事をさせていただきます。タイトルの後に「追記」としておきま~すよろしく。

鍵コメのお方も。お待ちになって下さいね。


              


こんばんは~。

やっとパソの前で落ち着きました。

やはりかの地は昼過ぎから夕方までひどい交通渋滞だったらしいですね。

テレビ局が「やらせ」をしたと、今まで何度もけっこうな騒ぎになっていたのに、皇室の一部が、知れた(痴れた)ことよのイカサマ分子の仕業と、もう隠しようなく解っているのに、この壮大な「やらせ」を。放っておいていいのでしょうか。

やふおくの件と合算しなくても「重大な事故」に当たりは、しませんかね?。皇太子は、神道の長の家の跡継ぎとして、人の云う邪教、カルトの力をもっての、このごとき国民への裏切り行為を、断罪されてしかるべきと考える。

日本国憲法第一条
 「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」


とにかく。

小和田恒が、してはならないことをした。踏み入ってはならない域へ踏み込んだ。

いっそ、もっと暴れてくれればいい。まだ大丈夫、まともな面の方が上回れる。

国賊・逆賊・小和田一味、大潰れすればいいんだ。


PASTORAさん。

返事が遅れて、シャンパンの程よい酔いも醒めてしまわれましたか。

貧しかったがまともな息子を頑張って大学まで出し、嘘と隠し事をするな、他人のものを盗ってはいけない、他人の心を傷つけてはいけない、と、なんとまっすぐな日本人として、親御さんに愛育されたのですね。

それはノーマルな日本人像だったのに、と、過去形で語られるのが、なんとも。

でも、多くの人々はまだ、尚、そのノーマル範囲だと、信じているし、信じていたいし。

今夜も、少しは飲まれでいるのかしら。笑。


うさみみさん。

そうです。スルーいたしませう。

10月末の学習院の伊勢の式年遷宮記念行事への招待を、ナル氏が「公務が忙しいから」と断った話は、私も読みました。公務でなく、妻の妹宅でのハロウィン・パーティの予定があるのですね。

そんなにそっちの世界がいいのなら・・もしくは、そこまで引っ張られて自分の立場、極言して己の「食べさせていただくための道」が解らないド阿呆は、消えうせればいいと思う。税金で動く車に乗り、税金で土産を携えて、はろうぃんだののパーテーに行くのは許されない。私人でなら何でもしなさい、自分でお稼ぎになって。これ、筋でない?。

公務があるって、ここでも嘘ついてるし~。

もう、あかんね、ナルちゃん。終焉は近いよ。


すけみちさん。

雅子どんの祭祀など、まことに500パーセント、あり得ない。

平安衣装がまとえるわけも無く。正座できない、練習もして来なかった。そういう妃のいる場所は無いです。

最近どちらかの足を痛めたとか言うてますが、皇霊祭を前にしての言い訳。としか考えられない。

嘘と言い訳とヤラセと。ひたすらな現実逃避。

逃げたって、いずれは、自分のしたことのオトシマエは自分でつけるほか無く。

ぎぇええ、と鳴く怪鳥につっつかれて逃げ惑う図が、頭から離れません。

皇室らしい静かで嘘の無い清潔な皇室に戻れるように、退いていただきたい一念です。


鍵コメントさん。

初めてです、いらっしゃいませ~。

仰る通りです、バカみたい、でなく、真正の立派な「バカ」なんです。私の言いたい放題を認められないなら、きちんと反論して下されば、スルー、なんて言いません。真摯に受け止めるくらいの気持ちはあります。

だけどそうではないから。

論理的に考えれば、現在のマサコさん周辺を「擁護する」なんてことは、不可能なんです。

・・・HNなのですから、よろしければ、表へまた、いらして下さいね。

どんぐりさん。

秋季皇霊祭は、やはりと言うか、当然と言うか、当たり前にというか、お休み。

今までは平気でサボっていたのが、今回は公務を前日に入れたって。

普通ならここで、反省したのか、の考えも微量でも湧くのでしょうが、ノン、ノン。ストレートな「愚」なので、サボりたかっただけと考察され。

小手先でうまいことやって行くほどの器量も無く、ものの見事な愚かな方であって下さり、この時点で、なんとかバレそうになっている「愚」なのが、いっそ「救い」かも。

行くところまで行ってくれ、そして、と、今ではそちら方面の願いを抱いています。


モッコクさん。

再びお越し~。にこ。


ご夫婦とも表情筋の弛緩しきったお顔に、いろんなショットでは、特に妃殿下は、居直り、傲慢、傲岸不遜、夫へのいらだち、一般人への侮蔑感などを、正直に表しておいででした。

皇太子殿下の夫人には見えません。

どんどんひどくなっておられます。

心が、すさんでゆけば、そうなりますね。

珍しいお方。めったにいない貴種、ならぬ奇種と、断言。

胸焼けしそうなお顔つきになってしまわれました。

個人攻撃を、あえてしたいわけではない。

悲しみに似た焦りが、こんなことも書かせます・・・。


アラ50さん。

今回は

「は……は…ははは…
あはははは!
だ――――っはっはっ!」

ですか。

私だってそうやって笑いたい。せえ、のお。

だぁあああああああああああああはっはっ。!。

あら、すこーし違ったような笑いになってしまいました。

横棒を、びよ~~~んと延ばすやり方を学んでみせますわ。

悲しいくらい愚かなマサコさん。

いっそぶっちゃける・・・ような心のスペース無い、ゆとりも無いんじゃございませんかね。

小和田パパンに

「とにかく行くんだ、行けばなんとかなるようにしてあるからな。もうどたきゃんは無理だぞまさこ」

とか、言われたのかしら。

親子鷹。いや、親子馬鹿。

お後がよろしいようで。
















秋季皇霊祭

明日22日、福島県を訪問されるについて皇太子ご夫妻は。

>>時事通信 9月20日(金)19時15分配信

皇太子ご夫妻は20日午後、お住まいの東宮御所で原子力規制委員会の田中俊一委員長と面会し、東京電力福島第1原発の汚染水問題や除染について約1時間説明を受けられた。ご夫妻が田中委員長から説明を聞くのは初めて。

宮内庁東宮職によると、ご夫妻は被災地訪問のため22日に日帰りで福島県郡山市を訪れる予定で、出発前に説明を聞きたいとの希望があったという。<<

どた知り。

明日はどたキャンは無いでしょう。



あさって9月の23日は、秋分の日です。

>>秋分の日は「祖先をうやまい、なくなった人々をしのぶ」となっていますが、昭和22(1947年)までは秋季皇霊祭といいました。歴代天皇、皇族の霊が祭られている三殿の「皇霊殿」で行われるのが「皇霊祭」で一般のお彼岸の先祖供養にあたります。天皇陛下がお告げ文を読み上げ、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下が拝礼します。100を超える歴代天皇について命日ごとに祭儀を行うのは大変ですので、春と秋の2回にまとめて皇霊祭として行われるようになったといいます。

それからこの日は御神楽「東遊」が学部によって奉ぜられます。これは第二十七代安閑天皇(531年-535年)の頃に駿河の有度浜(現在の静岡県三保松原)に舞い降りてきた天人の姿を象った(かたどった)舞とされています。

皇霊祭は江戸時代は仏式で行われていました。明治以降に神式になっています。この日はあわせて神殿祭というのも行われます。神殿祭は三殿の「神殿」で行われるもので、神殿に祭られている国内のさまざまな神の神恩に感謝する祭儀です。これも天皇陛下がお告文を読み上げ、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下が拝礼します。

天皇陛下は年に30以上の祭祀を行われ、国民の安寧と五穀豊穣を祈られます。既に陛下はご高齢な上に、大変な激務をこなされています。11月23日の新嘗祭では硬い板の上に座布団も敷かずに2時間も正座しなければなりません。陛下は新嘗祭が近づくとテレビを見ながら正座の練習をして臨まれているといいます。<<


今も「秋季皇霊祭」は執り行われています。

天皇陛下がお告文を読み上げられ、皇后陛下、皇太子殿下、皇太子妃殿下が拝礼されるのだそうです。


前日に日帰りで福島へ行き、帰り、マサコヒデンカは、大層お疲れになることでしょう。

翌日の大祭には、よって、欠席。

この目論見で、22日の慰問のスケジュールが組まれたのではないかと、私、確信してしまいます。

ここでクイズです。

宮内庁にはカレンダーが無い(後出、アラア50さんの考察。断定)ようなのですが、日取りが分かりきっている皇室の「大祭」(小祭もある)である皇霊祭、それを欠席。

出席を何が何でも回避するためとしか考えられない福島訪問日程を、組んだのは、誰なのか。

皇太子は出るかも知れません。一人でしておられる公務もおありです。

雅子さんは出ない。絶対に出ない。十年間、出ていない。

なぜなのだろうか。マークシートでなく記述式でお答えいただきたい。

この共犯は、どこと、どこ。

宮内庁は、黄門さまか、越後屋か、どちらか。


・・・皇霊祭のことは、ほとんどの人はご存じなく(ですよね?)、慰問は、写真撮らせられるし、週刊誌にも書いてくれるしね。

わかりやすいはなしです。


コメントありがとうございます。

お返事させていただきます。


sarahさん。ご心配下さって感謝です。

>>「還暦過ぎたというのにここまで頭悪い人に批判されるなんて皇太子ご夫妻もかわいそうでなりません。
お世話になっているドクターのところで点滴打ってもらったんです。  とありますが、あなたのような蛆虫はさっさと死んでください。それがこの国の為です。」<<

へへ~、言うてくれはりましたわ~。

sarahさんの

>>こんな文章しか書けないような人に擁護されるなんて皇太子ご夫妻もかわいそうでなりません。

失礼しました、最後の1行はこのように書くべきでした。
「こんな文章しか書けないような人が擁護する皇太子ご夫妻が哀れでなりません。<<

これ、ほんまですね。ストライク!。


通りすがりさん。

一読、腹が立ちました、と書けば、喜んでいただけるのでしょうか。それが目的?。

あちこちでいろんなこと書いておられる「あの」通りすがりさんですか、別人ですか。あ、返事はけっこうです。

>>なんて可愛そうな
あなたは、会ったこともない雅子妃を罵ることでしか
いきていけないんですね
本当にかわいそうです
皇室はいらない。天皇の血筋なんかいらない。人間はみん
な同じ。でも、皇室はなくならないでしょうね。
あなたは、ほんとうにお気の毒です。他人を罵ることでしか
いきていけない。会ってみたいものです。<<

仰るように、人間はみな同じ。あなたが言うのと意味は違うかもしれないけど、そう思うから、あなたのようなイヤみな方にも何か書きます。勝手に示したい「誠意」と書けばまた、笑う?。

私は事実を述べているのであって「罵っていない」と言っても、聞く耳無さそうだから無駄だし。

東宮夫婦が、こんなにも絶望的な阿呆でなく表面だけでもそれらしくして下さっていて、おかしな外戚がおかしなことをごちゃごちゃしたりしなければ私は、少なくともこうして、本来ものも言いたくないタイプのお方に向かってパソ打つ必要も無い。

ランボーだわ~金色の海よ沈む夕日よだわ~、

ご覧。あれが永遠だ・・永遠が見えるよ・・あああ、いいなあああ。

な~んぞと、とろんとろんと、仕事の合間に趣味らしいこともできているってもんですわ。ま。これも、私の勝手な独り言。

雅子サンに「会った」ことは、はい、無いです。あの方実際、大好きなお身内とグルメ・ブランド・人の悪口だけが話題の取り巻き連中としか、まともに会っていないでしょ。可能性があっても会いたい人でも無い。淀んでいる人、好きでないのです。

川は、流れていなければ。

それから・・・会ってみたいって。なんですか、それ。イヤみ?。イヤですよ、何言われるかわからん人と。

会いたい人にもなかなか会えずにいるのに、何がかなしくて、通りすがりのお方と会わんならんの。

以後は、返事しないつもりで、書きました。私はあなたに何もしないのだし、私のことは放っておいて。

私のヒマは、私が使いたいことに使うの。

左様ならば、ここにて永訣のこと、よしなにおたの、申し上げます。もう来ないでね。


うさのうさみみさん。

ねえ。「あの」通りすがりさんなのかしら。

著名な方みたいに取り上げて喜んで頂くのも業腹なので、今後、うさみみさんも、スルーして下さいね。

以後、スルーで。


アラ50さん。

>>あぁ!本当に迷惑!
毎日毎日お暇なんだから週末に動くなよっ!

体調の波にもめげずに働く皆々の待ちに待った週末なのに、しかも連休なのに、そしてお彼岸なのに

馬ッ鹿じゃないのっ!?
だからウスラって言われんだよっ!
なのに何のつもりだか半笑いで手を振って歩く様が厚顔なんだよっ!

宮内庁も何考えてるんだよっ!宮内庁にはカレンダーもないのかえっ!

ゼェゼェ…
熱くなってしまった…

乗り遅れても払い戻しされないチケットをながめていたら、無性に腹わたが煮えくり返ってしまいました…<<

くくぅうう。

か。かっこええ。爆笑、大拍手。

アラ50さん。笑ってる場合じゃない・・・のですが、すみません、面白いぞ。いいぞ、もっとゼェゼェして下さい~とか、言っても許して下さいますな?。

あのね。

わざわざ、この日に出歩くのは。

雅子サンが皇居での祭祀に、参加したくないから。

それですよ。

おおばかもの!。

皇太子夫婦の明日の外出は。多くの善良なる国民にとっての人災。

どうぞ、ご無事に御用を済まされますよう、東京駅で、ばざござま~、の擁護団体にぶつかられても、お気を確かに保たれて大事なくお出掛けになられますよう、遠くからではございますが、ヨコシマ退け退けオーラを、必死にて送らせていただく所存にございます。。


わがまま親父さん。

お上品なわたくしでは口に出すをはばかる痛快なお言葉を、代わって放って下さるお優しいココロ、ありがとうございます。

親父さんの所にも、かなり以前に来てであった「通りすがり」かしら。

先日は、大阪から太平洋超えて、銀蝿いっぴき、飛んで行っていたようで。

どうしてこれが判らないのか、不思議な気がします。

あの夫婦はもう、公人、公族とは謂えないでしょう。

トランク一つ下げて出て行け、というのではない。

日本人にはそういうこと、できないので。

愛子さんの運動会、去年に続いて今年も「風邪」で欠席されるのか、よそ様のお子さまと言いつつ、親御さんは自分のことで精いっぱい、皇室内ネグレストの一人娘さんが、お気の毒としか思えないです。

。。。なんて言っても、何がどうなるわけでもないですが。笑。

考ちゃんさん、ありがとう。

荒ぶるこころ

9月22日、日曜日。

やまびこ59号東京11:40発郡山12:57着。

皇太子ご夫妻は、福島県郡山市の「ペップキッズ郡山」へ行かれるそうです。

多分本当に行く。どたキャン無し。

ペップキッズ郡山とは、震災後に建てられた屋内遊戯施設で、本格的な素晴らしい施設とのことです。

>>9月22日(日)は都合により、ペップアクティブ3回目(午後2時~)、

4回目(午後4時~)はクローズとなります。 

なお、ペップキッチンにおきましては、終日クローズとなります。<< 

このように出ております。東宮ご夫妻のご来場、とせず、都合によりクローズとしてあるのが、何とも。

どたキャン対応、あるいは隠したいことでもあるのか。

宮城県で行われたとは異なる「臨時訓練」みたいなこと、しているのかなあ、など、想像力が羽ばたいてしまうわたくしです。

子どもさんたちを、傷つけないで下さるといいなあ。

・とある国でのとあるエピソード。

脚が不自由で歩けない。車いすに乗ったまま異国の皇族を出迎えた男児に、娘さんの写真を取り出して嬉しそうに見せて

「わたしの娘も同じよ」

と仰った妃殿下。あなたの娘さんが「歩けない」のは、まだ、幼い赤ちゃんだったからです。

22日も短時間のご訪問で、公務してます、被災地の子どもたちと触れ合いました、のアリバイ写真を(代表撮影で)撮らせてご帰京。

それでご公務。連休の中日。駅はおそらく混雑。暑い時期でないのだから、しもじもは我慢しなさい、なのかなあ。

「~かなあ}の多い日です、今日は。

思い起こせば一番はじめの被災地へのご慰問の折り。

家も船もすべて、津波に奪い去られた漁師の男性が、避難所である体育館で憮然と

「陸に上がったカッパみたいなもんです」

と言ったのに、雅子妃は笑われた。あろうことか大爆笑された。

面白かった?。

そこは、笑うところではございません、妃殿下。

脚を曲げるのが辛そうで、身を乗り出すのも大変そうに見えた。

そそくさとお帰りになったのは、被災者がそこで暮らしている体育館の床に、座って話を聞けないお体だったからですか。

においに敏感だとかの妃殿下、そこにいつづけるのが・・・シャワーもお風呂もままならぬ、被災地の非難所でしたからね。

皆さん、すべて失くしたばかりでなく、その後も果てしなく失い続けなければならない方々で・・・そのことに対する想像力って・・・あのう・・・。

お妃さまには、い辛い場所であられましたか。

正座がお出来にならない。

そう、拝見しておりました、やはりそうだったようです。

>>(入内が決まって後)、お茶のお稽古は、外務特権を使い、皇室に近いお家に頼んで、にわか仕込みを目論見ました。が、正座ができず、御自ら「何の役にも立たない」と捨て台詞で放棄。宗匠連中あきれ顔。<<

>>正座ができずにお茶のお稽古を自ら放り出したの。
釣り書きには、お茶ができるかのように書いてありましたが、
そうではなかったの?<<

こんな声も聞かれる昨今。

「何の役にも立たない」。ふうむ。

放った言葉はブーメラン、いまご自分に、ジャストフィットのそのセリフ。

ね。

>>「腐っても皇太子」から「腐った皇太子」へ。<<

こんな名言も。

あまりのGJに、のけぞってしまいましたわ、わたくし。

皇太子殿下は、ご養育係の浜尾さんが仰っていたごとく、

「しっかりしたお妃さまさえついて下されば大丈夫」

だったのではないかと、一国民、庶民・平民・不肖KUON,浜尾さんに同感でっす。

特別賢かったりしなくても、周囲の方の気持ちがその方に沿って下さるような「皇太子様」であられたなら。

その可能性はあった、と、私、今でも思っております。ノーベル賞取らなくていいんです。

ノーベル賞を得られるような方に、気品高くにっこり微笑んで、ひょーしょーじょーとか、お渡しになれればいい、とさえ言えるお立場。

今はもう、そのお顔から「らしさ」までが失せ果てて。

文楽人形なら、よよよ、と泣き崩れるがごとき展開ですわ。

しかしこの世に「もし」も「だったら」も「イフ」も「アイ・ウィッシュド」も無い。

事実は、惨状。

今更言うてせんないこと、はじめに正座が苦手であられても。

20年の歳月がありました。

日本の東宮妃が、畳にお座りになること不能のままの20年。

反省文を提出する義務も無く。

診断書を出すことは無視したまま。

イヤなことはしない、きっぱりとその決断で、過ごして来られた20年。

憶えばご婚約の頃。黒髪はくしけずられ、艶さえあおりだった。

手入れをされれば髪の艶をお持ちであった。

へあ・どれっさー、なんて立場の方もしかも二人、初めのオランダへもお連れになった、そんな人だってお雇いになれるんだ・・・。


おそらく22日は行かれる。どたキャンは多分、無し。

私は、叶うならば東京駅へ行って、声の届かないように一般人が遠ざけられるなら(この前みたいに)横断幕、ば~んと、広げたい。「
「ご退位ください。」

「楽に、おなりなさい。」

じっこうしたいなあ。



コメントありがとうございます。


sarahさん。

社会科の先生の、一生ものの「自慢」。

昭和天皇は、あの温顔で笑ってお許しだったのではないでしょうか。

昭和帝も、一事に集中される学者さん。お気持ちは理解して下さったと思う、すてきなエピソードですね。

敬意をしっかり保ちながらも、皇室がそういう形で身近でもあった、よき時代。

今上陛下も同じようにして下さる、秋篠宮さまも、柔らかく、そのようにして下さると、思えます。

あら、お一人抜けて・・・あの殿下も、決してけして「いけない」のではないのに。

愚かって、恐ろしいです、ほんとに。



うさのうさみみさん。

心配して下さってありがとう!。

自分を出して行くってことは、反対方向からの風も受けてしまうことではないでしょうか。

ぶれずに、やせ我慢で頑張ろうと思えば、仕方ないこともありますね。

気をつけるといってもどうもできない、このまま行きますよ、って感じです。


名無しさん@ニュース2ちゃん   さん。

どこまでがお名前かわからず失礼。初めまして。

>>還暦過ぎたというのにここまで頭悪い人に批判されるなんて皇太子ご夫妻もかわいそうでなりません。


お世話になっているドクターのところで点滴打ってもらったんです。  とありますが、あなたのような蛆虫はさっさと死んでください。それがこの国の為です。<<


東宮ご夫妻を「かわいそう」だなど、随分物言いの無礼な方でいらっしゃるのですね。

「かわいそう」とは、目下の対象に向かって使う言葉。

私からはそれだけです。


PASTORAさん

>>「日本人なら日本の文化に興味を持たねば、どの国に行っても自分の国のことを紹介できなければ、自分の国に誇りを持たねば、自分の国が一番好きにならなければ、ダメだ」<<

すばらしい方との出会いがあったのですね。

でも、受ける方に聞く耳、受け止めて染み入る心が無ければ、どんな言葉も思いも素通りします、あなたの気持ちが素敵な言葉に反応できる素直さにあったのですね。

いいお話をありがとう。ございます、は、略して見ました。笑。


雅子さんは。。。

唯物主義、拝金思想、と言いますか。ひびわれだらけのコンクリの壁の、上つらだけ塗り、はぎ、して来た一族の、間違った野望の先陣切ったものの。

蟹の味噌汁(かみのみぞしる)これ、すけみちさんのオコトバで、私ウけて、信じられないくらい思い出して笑える・・・。

本当に高貴な方々は、ロゴを見せびらかして物を持たない。その必要が無い。

・・・雅子妃は、日本の「皇室」に、最も遠いところにあった人が、入り込んでしまった気がします。

天皇陛下は、何年も同じ麦わら帽で、でも天皇陛下で。びんぼうたらしければいい、という話でないつもりです。

こころ、とか、たましい、とか。理屈でわかるものでないし、あの方は、私の見る限り抜け殻です。

とてもお気の毒。まだ、先に人生は残っているのに。

生き直しを、されればいいけど、さあ、いかがでしょうか。

皇太子妃が無理なのだから、皇后は無理、何よりご本人が、どうしようもなくなるしかないではないですか。

とりあえず、退いていただきたいと、本気で願う。











思い出せない夢

買って来ました週刊新潮。9月26日菊咲月増大号。

モノクロームのグラビア写真、タイトルは

「おじいちゃんと遊んだ日」

悠仁さまがこの14日、葉山でご静養中の両陛下をお尋ねになった折りに、天皇陛下と磯遊びを楽しまれた、と。

ごつごつした海辺の岩の間にたたずむ、幼い悠仁さま。ごく普通の横縞のシャツ、自然に両手を垂らしておられる、可愛い姿。からだの芯が、しっかりまっすぐ通っておられるのが判る。

次の見開きページの右側に、陛下が座り込んでおられる、側面のお姿。眼鏡をかけて頭に麦わら帽。

やや左の位置の悠仁さまの小さな背中。波打ち際で、カニやヤドカリを捕まえて歓声を上げておられたのだとか。

「悠仁さまのご様子を間近に見ようとしゃがまれた陛下の革靴は時に波にさらされた。しかし、陛下はそれを気になさる様子もなく、じっと皇孫の姿を見守り続けたのだ」

写真と記事に私は、トシのせいで(と言いたい、照れ臭いので)もろくなっている涙腺が、ぐぐっと緩んだのでした。

こういった自然な素直な「皇室写真」「皇室記事」を、見たい、読みたい。そんなことを思いました。




・・とか言いつつ、同誌には、違う意味でいささかウッフッフ、な記事がありました。

後進に道を譲らない雅子妃の父

   「小和田恒」判事に噴き上がる悪評」


噴き上がる悪評。ひょう!。やっと書いてくれたのね、ありがとう週刊新潮。なかなか今まで、こういう形で出て来ること、無かった気がします。私が知らなかっただけかもしれんが・・。

内容をつまみ書きしますと。

>>小和田恒氏は81才。オランダ・ハーグにある国際司法裁判所判事に、去年12年2月に再任されており、任期9年をつとめあげると88才。

外務省筋からも後任人事がつかえていると悪評プンプン。

そもそも恒氏は駐米大使になりたかったが、外交案件で責任問題になる局面が出て来る可能性があったため(妃殿下のお父なので)そこは回避する力が働いて国連大使に。

定年63才という不文律をた易く破って3年超えて務め続けたが本人的には不完全燃焼。

そのバーターが国際司法裁判所判事だった。

諫言する者がいないので批判が耳に届かない。

「ご自身の名誉のためにも後進に道を、と進言できる人が皆無なのに加え、周囲がネガティブな情報を一切遮断しているから、小和田さんには批判が全く届いていません」<<

・・とか指摘する外務省OBもいる・・ってか、情報遮断・・・今のこの世界で。不思議な話です。

以下は「陛下のご学友でジャーナリストの橋本明氏」の言。

「小和田氏は、娘さんが皇室に入った以上、一刻も早く公職を去るべきでした。清廉潔白にじっと過ごされるのが、お立場としての務めだと思います。国際官僚のポストに拘泥するのも、その地位に伴う周囲からの‘尊敬の念‘を、用意に捨て去ることができないからなのでしょう」

・・・まったくだ。もっともだ。でも、オワダ氏ってば。。

長女さんが入内されることになって。

これで、日本の一番上の地位にのぼりつめた、とかご機嫌で、乾杯したってヒト。

さあ、これから甘い汁、吸いまくるぞ、の勢いだったこと必至。

公職を、去る、どころか。

長女さんの結婚した時には「外務事務次官」だったそう。私は全くその方面疎いのですが、それでもリッパな地位らしい、でも、

マイ ドーター イズ クラウン プリンセス

とか、どこででも言ってたって(威張ってた、の意)ヒトだから、決めゼリフにしてたから、身を慎むとか、清廉潔白なんて、望むべくも無い、ので。そして。

評論家の西尾幹二氏。「皇太子さまに敢えて御忠言(ごちゅうげん)申し上げます」を書かれた方ですが、その方は

>>88歳までとは呆れるばかりです。皇后さまのお父上である正田英三郎氏は、娘が嫁いだ後は夜の会合さえ控えるようになったと言います。小和田氏にはそうした慎み深さが決定的に欠けているように思えてなりません」

と。んだ、んだ、全くだ、もっともだ。

・・・と、ここまでは、今までにも取り上げられてきた感じ。

西尾氏はそして、今後生じ得る‘不利益‘についての懸念を。

今日発売の本の、記事の〆の部分、大ラスを、ごっそり書いてしまっていいのかどうか。

大ラスは以下です。少し遠慮して箇条書きに。

・仮に、竹島の領有権問題を解決しようと、日本政府がICJに訴えを起こすとする。

・裁判所が正しい判断をしても、韓国は容易に納得しないだろう。

・小和田氏が判事に含まれていることで、批判の矛先が皇室に向けられてくる可能性も。

・韓国人の戦時徴用の賠償を巡っても政府がICJに提訴する可能性も。

・東アジアで政争が頻発している時期に皇室関係者(この場合オワダ)がその職にあること自体、禍になるばかり


まさしく国益に反するおそれあり、というのだ、と、記事はくくられています。




・・・とっくに国益に反しております。

あらゆる「半日」勢力との密接なつながり。

久子さんのスピーチがお上手だったとか、じいちゃんおじさん転がしの上手い「皇室内のちいママ」だとか、五輪万歳で浮かれている中、結局「皇族の政治利用」は不可、の一線が、有耶無耶にねってしまった。

久子さんの件は置いておいて。皇太子さんの性格的知能的ご資質に不安と懸念の念を、不敬ながら禁じ得ない現状で、小和田チーム、というかそっち系のチカラが、ナルの。と思って、怖くない人は、どんな人。

またあちこちのブログにお邪魔してお勉強に励もう・KUONです、小さい小さいことから言えば、あの方たち、あの方たちを「擁護」する方たち、何せ、とにかく「公私の区別」がつかない。

猿ほどついていないぞ。

ちいせえっ話題。長女さんも、お姉さんに乗っかって税金で一緒に飲む食う遊ぶしている妹さんたちも(その一人は、ヤフオクの怪しいドロボー動画にも顔が映し出されていますよ、何度でも言うわ。今後も私言います。ご子息の名前が「睦仁」ですと。愛子さんのイトコさんね。明治天皇のお名前ですやん。ふつうそーゆーことは、しません、できません。)

新潮誌にはこれからも、こういったまともな記事を書いていただきたいです。ちょとエラソーな言い方ですね。ちゃんと、朝一番でコンビニ言って買って来ますからね、今後も。お願いします。

でも一点。

記事中、

>>今なお、国際社会における最重要人物の一人に数えられることは言うまでもなかろう<<

の部分。いろいろおありでしょうから入れるにしかず、の一行かも、なのですが。

小和田恒さん。

法学部卒でなく「イギリスから船で来たのだが船で盗られたのかな」で、博士論文紛失した、で、博士でないまま、と巷間言われている。とりあえず修士とってないと、博士にはならないのでは・・・など、先に言うけど学歴無いわたし、不思議に思いまする。

頑張り屋さんって言うより、何かの術に、抜群に長けているお方、一族みなさん、嘘捏造は家風であられるみたいですね。

公金の私的流用もお家芸。皇室のお宝もうっぱらい。

エトセテラ。

雅子サンとお付の男性の方(ナルさんとかいう)、お彼岸の連休の真ん中の日に、グリーン車貸し切って駅混雑混乱させて、ご公務アリバイ作りに行くってどうなんでしょう。

自分たちは、お墓参りとか全くしない人たちなので、関係ないのかな。

もっと言いたいことあるけど、またの機会に。


コメントにお返事を。


PASTORAさん。

初めて来て下さり、ありがとうございます。

>>「公務っつう重要任務に不可欠なアイテム、無くしたなら普通仕事出来ないだろ、民間でも役所でもコンプライアンス(法令遵守)違反で懲戒解雇だぜ」…言葉が汚くて申し訳ありません。
と。
新入社員でも理解できること、<<

いやいや全く、その通りでっす。

コンプライアンス。それですよ。

雅子さんは、間違って「外交官であった優秀な女性が」とか、記述されていることがありますが、それがナルに頭下げられて来てやった、とかともありますが、嘘ですからね。

外交官試験には、通ったとかいう。でも実際は、使用禁止のマイカーで来て 父親のパスカードで駐車して、交通費はしっかり受け取っていた、せこいひと。

コピー係であったが、優秀なコピー係ではありえず、一時間ごとにトイレに通ってメイクをお直し。

英語べらべら、との触れ込みだったが・・帰国子女でもありマコトかと思われたが実は、一回っきり、通訳係を仰せつかったその時も、途中降板させられた実力で。

今週のサンデー毎日でしたか、皇族の語学力とかの特集だったらしく。。。一番は雅子さま、とか、悪過ぎる冗談になっていたらしく、読む気力無し。

いや。本当に、東宮妃が美しいクイーンズイングリッシュでもって、人様とお話し可能な方なら、国民の一として、どんなに誇らしく嬉しいかと思う。皮肉でない本心で。それでないのが・ね。

頑張って学校を出られてお仕事されている。素晴らしいですね。そういう方から雅子さんを見れば、いかにあの方の放置が、公としての国家の益にならないか、よっく解りますよね。

一個人としてのあの方を、突っつこうとかの気は無いのです。東宮妃だから困る。

退いていただけるように、一緒に腹立てましょ。

>>若さでぶっちゃけることをご容赦いただければ、
「カネ返して消えな」
と言ってやりたい。<<

その通りです。容赦しますとも!。


ソナチネさん。

石棺。今ではもう、無理なんじゃないかなあ・・・。やるとしたら、方法が無いでもないのかなあ。

やるならあの時しかなかった、きっと。今ではもう、いろんなことに反対の「プロ」が生じていて。

どこの、誰の、どっちを向いた利益、ってのが、入り乱れて。

ゼオライトを出しておられる会社の、その仕事の長い方が。

こんなに大量のゼオライトを、汚し続けてどうするつもりなんだ、と、言っておられます。

捨てようの無いモノが、膨大に生み出され続けている。捨てようがないのですもの。

初めは絶対足りなくなる、と思われた「除染」費用も、実は消化され切っていないようです。

初めは、ああしてこうして最後は川や海へ捨てておしまい、とかの「除染」でも、現地では、やりますというところへ投げていたみたいです。。今はさすがにそれでは通らなくなって、では、「まし」なやり方を、となると、方法もあるのに、そのシステムを理解され難く。ほそぼそ、進んでいるところも、いくらかはある、という感じ、のようです。

今朝のテレビで、当初馬淵澄夫さんが「地下ダム」の提案をしたことについて、話していました。東電は、お金がかかり過ぎると渋ったし、菅さんはアタマから理解できなかった。で、話は消えた。

あの時点で話が進んでいたら。

石棺にしていたら。今もそう思っています。

誰かが本気で願って、ああしてこうして、だったら、と。

途中で起こされて思い出せない夢、みたいな話です。笑。またコメント下さいね。


「皇室全般画像」で読んだ話です。

>>一期一会
2012-09-15 18:35:18NEW !
今日、高校の部活のOGとして
磯採集をしに葉山の一色海岸に赴いたのですが、
なんかいつもより警察官が多いなぁと思ったら
どうやらちょうど天皇陛下が葉山御用邸でご静養中のようで。
まぁそのときは
「警察官がうろついててにぎやかだなぁ」ぐらいにしか思っていなかったんだけど、
まさかあんなことになるとは…ね(笑)
それは磯採集を始めて30分ぐらい経った時のこと。
ひとりの警察官から
「天皇陛下がこの辺りを散策なさるので引き上げてほしい」
と言われたと聞いて私はいったん海から戻ってきたのですが、
行ってみるとどうやら引き上げる必要はないらしく…

戻ったついでに先輩と荷物番を交代することにしました。
で、私は「まぁ天皇陛下がいらっしゃるって言っても
準備とかに時間かかってすぐには来られないだろうし
来られる直前になったらまた何か言われるんだろうな」
と思って特に何もせず一人でぼーっとしてたら、しばらくして遠くの方から人の集団が…
なんと、さ・っ・そ・く・い・ら・し・た・様子!!
しかも天皇皇后両陛下と秋篠宮御一家がお揃いっていう!!
ほんとにピンポイントでここだったんですか!
砂浜じゃなくて磯なんですか!私的には砂浜の近くを優雅にお散歩なさるみたいなイメージだったんだけど…。

いやーなんかもう
まさかここまで近くにいらっしゃるなんて思ってもいなくて、
何も準備してないしとりあえず立ちあがって帽子だけ取って会釈するので精一杯でしたよ。
それでそのあと両陛下が磯を眺め終わってお帰りになるときまた立ち上がって会釈したんだけど、
さっきよりも少し目を合わせる時間を延ばして「お声をかけてください」オーラを出したら(←笑)
皇后さまが「どちらからいらしたの?」って聞いてきてくださって!!!!!
はわわわーーー((//゜Д゜//))どうしよう頭真っ白。
とりあえず失礼のないようにと思いながら恐る恐る(?)
「東京から来ました」って言ったら、「あら東京?」って返してこられたので
「文化祭で展示する魚を採集しに来たんです」と頑張って少し話を膨らませたら今度は陛下が
「何か採れました?」って聞いてくださって。
けどまだ磯採集始めてから時間経ってなかったから とりあえず「ウミウシとかクラゲとか…」って
1匹ずつしか採れていないものを挙げたんだけど、そのあと私の脳みその許容範囲がオーバーしそうに
なったところでタイミングよく後輩が登場!

「カニも採りましたよ」(クーラーボックスを開ける)
皇后さま:「あら~!悠ちゃん(悠仁さまのこと^^)、
みなさんがカニ見せてくれたわよ」
そして悠仁さまも駆け寄ってきてくださって…
「わ~カニだー!どこで採ったの?」
後輩A:「向こうのの堤防で…」

…そう、悠仁さまが死ぬほどかわいかったの(゜∀゜)
生き物がお好きで、右手に金魚網、
左手にショウジョウバッタを持ってらっしゃいました。
まだまだ続きますよ。
陛下:「これはなんのカニですか?」
後輩A:「…イシガニですかね?」
陛下:「これは多分ガザミだね」
「みなさん大学生ですか?」

私:「H高校の生物部です」(私はOGだけど…)
皇后さま:「H高校!T先生がいらっしゃる…」

※T先生は研究において皇族と関わりがあるのです
秋篠宮さま:「T先生?」
SPらしき人:「あの○○研の…」
後輩B:「はい、僕教わっています」
皇后さま:「やっぱり虫の話とかされるんですか?」
後輩A:「○○ムシの話とかされています」
悠仁さま:「これショウジョウバッタだよ」(手に持っているショウジョウバッタをお見せになる)
皇后さま:「あらそう。それじゃあどうも 見せてくださってありがとうございました。」
全員:「いえいえこちらこそ。」
皇后さま:「文化祭頑張ってくださいね」
全員:「ありがとうございます!」

みたいな感じ!!!
何かほかにもあったかな?思い出したい!
てか私天皇皇后両陛下とマンツーマンでお話ししちゃった!!
しかも1分弱程度の長い時間!荷物番しててよかった(笑)
多分部活全体だともっと、5分は話してたと思うなぁ。
本当今になってやっと実感してきたけど
すごく貴重な経験をさせてもらったんだなと感動してます。
私たちに親しく話しかけてくださって、とても優しい方々だった。
日本国民として誇りを感じます。
あーなんか一生分の運を使い果たした感じだわ。

こんなこともう二度とないだろうな。
ちなみに、家に帰ってこのことを家族に話したら
興奮しまくりで親戚の家に電話かけて自慢してました(笑)
それと、天皇陛下が同定なさったカニは
無事生かして持って帰ることができたので
文化祭の売りにするつもりらしいです(*´ `*)

ぱちぱちぱち。拍手。よかったですね。

以下の方の感想に、同感です。

… 無題 Name 名無し 13/09/18(水)14:35 ID:pDD824Sc No.833287
 ↑ これこそが皇族と国民との触れ合いだよねぇ~~^^
羨まし過ぎ!

… 無題 Name 名無し 13/09/18(水)14:45 ID:s776tsXc No.833291
いい話だね
皇室がそこにある…
ゆうちゃんも立派にお育ちになっている

嬉しいことだ、いい話

あらためて、紀子さま、ありがとうございます。<<

・・・ワタシ、いい人っぽくなってて、ちょっと面映ゆいのですけど、ええですやん、ねえ。



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ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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