今夜は支離滅裂
どうしようかな~、と、悩む・・・ではないが、考えておりました。
「秋篠宮摂政論を駁す」という、高森明勅なる神道学者さんの書かれていることに、威勢よく「イヤ」だの「ほお、ほお」だの、突っ込んで来たのはいいのですが、この方の真に言いたいことだったらしい、摂政ってものはそんな簡単なもんじゃない、それがああしてこうだから、とがんがん仰る、それが、よく、わかんな~い、ワタシには。
いっしょうけんめい読ませていただいて、暑さに煮えている脳みそに気合かけてみても(へええ、そうなのか、と初めて知ったことも沢山です)でもこれを、自分のブログにどうやって書いたらいいのワタシ・・と、途方に暮れ、あ、そうだ、と思い出した。
横に置いておく。解らないことは、とりあえず、横に置いておいちゃう。いずれ。こてこてと書きたくなる日も来るであろう。
ムズカシイことは判らん。ただ私は、雅子さんが、このまま皇后になってはいけないと考える。天皇家にとって最も大切な事を、されない、したくない、徹底的にしないままで行っちゃっている、信じがたく傲岸不遜なあの女性を、なんぼごり押ししたところで、不敬不浄の身で・・・
不敬なのは、苦手だったり嫌いだったりする夫の父親母親、という立場ではないところの、天皇陛下、皇后陛下、に対する、あんまりな態度に関して。敬意なんて高尚なものでない、もっと違うものが感じられない。
そしてこの国の主権者である、彼女がものの数にも入れていないかもしれない、普通の人々、日本国民。
その、(エラソーなことは言いたくないんだけど)主権者に対しても、大いに、ものすごく不敬だといいたい。へらへら笑っているだけでは何もどうにもなりません。
国民の皆さんにお礼を言う、とか、も少し見守れ、とか、ぬらくら言っていないで、一度くらい、
「長くご心配をかけてごめんなさい」
とか、言えないものか、その口が。
皇室のお方は、シモジモに謝ったりはなさらないもの。そうかも知れない。でも、雅子さんは、謝ってもいいと思うの。謝るのがダメでも、一度くらい、何か仰っても。逃げまわっていないで。ご自分のことを。
無理か。自分は悪くない、という、ご病気なのですよね、確か。
お子が授からないでお苦しみだったとは、通説になっているようですが。
愛子さんを身ごもっておられた時にも、お酒、たばこは止められなかったと、これも定説になっている。
長かった不妊時代、きちんとした主治医のついていられた時期もあり、そのお医者様の、
「基礎体温を測って見せて下さい」
との要求に怒り、人権無視だと騒いで、その医師は更迭された。
不妊に悩む女性に基礎体温表を要求するのは産婦人科の医師として当然過ぎることでしたが、雅子さんはそれすら「人権」がどうとか。プライバシーがああとか。
お黙りなさい。
皇太子妃には、そのプライバシーは無い。普通に言われる「人権」も無い。どんな時代であろうとそれは無い。跡継ぎを産むのは東宮妃の義務。
それがイヤだったんなら、その時点で、離婚して帰られればよかったのに、と、思います。
自分の人権を大切に生きたらよかった。国の税金での不自由ない暮らしは、できなくなりますけど。
両方欲しい、は厚かましいです、妃殿下。
・・・不浄というのは。
東宮の妃の身でありながら、折りに触れ神社神宮に参って祈りと感謝を捧げるエトセテラ、大切なことをすべて拒否、無視して、俗なる仕業のしたい放題、今更しぶしぶ参詣を思いついたとしても、結界を超えて奥へ進むことさえ不可能だろうと(私は)感じている、その、むらむらと清浄でないありさまから、不浄、という言葉が出て来てしまう。
摂政論からは、とりあえず距離を置きます。私は、秋篠宮さまには、摂政でなく、日本の天皇になっていただきたいと、考えが変わらないので・・・ナルは引退。そんなにひどい扱いでなくして、退いてもらいたいのです。
・・・なんてことを、国民の分際で言ったり望んだりするなどは、もっての他のこと、らしいのですが。高森氏はそう言っておられる。
印籠かざされて、控えろ控えろ、とやられちゃう、越前屋ですか、国民は。
この人もやっぱり「ご病気の原因」を、
皇統を継ぐ男児出産への重圧、宮内庁関係者による不確かな情報のリーク、メディアによる悪意ある報道の繰り返し、などの複合、と書いておられる。
メディアは、確かに問題ある。あるが、雅子さんは、当然行うべき記者会見もカット。会見されません。オランダ行く前の記者会見カット、宮中三殿ご参拝も、しなかった。それを、通してしまった。なし崩しに。
そんなに簡単に、皇室の決め事がカットされるものかと、不思議、不審でした。そうなのなら、何だってあり、になることだってあり得ないことではないのか?。
誕生日の会見にも出ない、しない。それでメディアがどうのって、文句言えるのかしらと思う。
することしないで相手だけが悪いって言ってると、誰も相手にしなくなるのよ。自分の周りには実家の魑魅魍魎だけいてくれればいい、というお方には、わかんない話かも知れません。
きちんと取材はさせます、でも、ここのところは止めて下さい、とすれば、もう少し違うでしょう、この国には大衆紙サン、は存在しないのだから。
・・・数日前よりの学習院の沼津での遠泳行事、というのですか、それにも、雅子さんは、皇太子との高校総体へのご公務を体調の都合で行かない、とし、しかも、行事が終わって御所へ帰るまで、一切の取材はさせない、と、している。
するべきをせず、したいことは確実に、したいように、しておられます。
男児を授からなかったのは・・・。
申し訳ないいいようと知りつつ書きます。
天のはいざいです。あの夫婦の育てた男の子を、見ないですむのは幸せなことに思う。
・・高森氏は、よほど宮内庁の某氏や某氏がお気に召さないようで。
きっと、黙っていられないで喋ってしまうその方たちを、ご存じなのかも。
今夜は(も?)ヨダレのような話で終始しました。どうも腑に落ちないことが、アタマん中でぐるぐるしていて。まとまってくれません。。
先日、すけみちさんのコメントの中、雅子さん、着物着たの見たこと無い~、と、お仲間がたとのお話に出ていたよし。
納采の儀、の日の動画を、見つけました。
雅子さん、末広・・お扇子を、帯の真ん中にさして、と言われてしまった日のことですね。
海外生活が長く、和服を着る機会も少なかったのでしょう。この日のことは仕方がないとしても。
苦手だから練習しよう、とは、考えないタイプなのかしら。
私はアカンタレなところがあって、う~む、と、思ってしまいます。
この日、桜が爛漫と咲き盛っていたこの日、誰が、20年後の今日の姿を想像したかなあ。
なんだかなあ、と、奇妙な気分になってしまいました。
だあれも しあわせになっていないじゃん。
「秋篠宮摂政論を駁す」という、高森明勅なる神道学者さんの書かれていることに、威勢よく「イヤ」だの「ほお、ほお」だの、突っ込んで来たのはいいのですが、この方の真に言いたいことだったらしい、摂政ってものはそんな簡単なもんじゃない、それがああしてこうだから、とがんがん仰る、それが、よく、わかんな~い、ワタシには。
いっしょうけんめい読ませていただいて、暑さに煮えている脳みそに気合かけてみても(へええ、そうなのか、と初めて知ったことも沢山です)でもこれを、自分のブログにどうやって書いたらいいのワタシ・・と、途方に暮れ、あ、そうだ、と思い出した。
横に置いておく。解らないことは、とりあえず、横に置いておいちゃう。いずれ。こてこてと書きたくなる日も来るであろう。
ムズカシイことは判らん。ただ私は、雅子さんが、このまま皇后になってはいけないと考える。天皇家にとって最も大切な事を、されない、したくない、徹底的にしないままで行っちゃっている、信じがたく傲岸不遜なあの女性を、なんぼごり押ししたところで、不敬不浄の身で・・・
不敬なのは、苦手だったり嫌いだったりする夫の父親母親、という立場ではないところの、天皇陛下、皇后陛下、に対する、あんまりな態度に関して。敬意なんて高尚なものでない、もっと違うものが感じられない。
そしてこの国の主権者である、彼女がものの数にも入れていないかもしれない、普通の人々、日本国民。
その、(エラソーなことは言いたくないんだけど)主権者に対しても、大いに、ものすごく不敬だといいたい。へらへら笑っているだけでは何もどうにもなりません。
国民の皆さんにお礼を言う、とか、も少し見守れ、とか、ぬらくら言っていないで、一度くらい、
「長くご心配をかけてごめんなさい」
とか、言えないものか、その口が。
皇室のお方は、シモジモに謝ったりはなさらないもの。そうかも知れない。でも、雅子さんは、謝ってもいいと思うの。謝るのがダメでも、一度くらい、何か仰っても。逃げまわっていないで。ご自分のことを。
無理か。自分は悪くない、という、ご病気なのですよね、確か。
お子が授からないでお苦しみだったとは、通説になっているようですが。
愛子さんを身ごもっておられた時にも、お酒、たばこは止められなかったと、これも定説になっている。
長かった不妊時代、きちんとした主治医のついていられた時期もあり、そのお医者様の、
「基礎体温を測って見せて下さい」
との要求に怒り、人権無視だと騒いで、その医師は更迭された。
不妊に悩む女性に基礎体温表を要求するのは産婦人科の医師として当然過ぎることでしたが、雅子さんはそれすら「人権」がどうとか。プライバシーがああとか。
お黙りなさい。
皇太子妃には、そのプライバシーは無い。普通に言われる「人権」も無い。どんな時代であろうとそれは無い。跡継ぎを産むのは東宮妃の義務。
それがイヤだったんなら、その時点で、離婚して帰られればよかったのに、と、思います。
自分の人権を大切に生きたらよかった。国の税金での不自由ない暮らしは、できなくなりますけど。
両方欲しい、は厚かましいです、妃殿下。
・・・不浄というのは。
東宮の妃の身でありながら、折りに触れ神社神宮に参って祈りと感謝を捧げるエトセテラ、大切なことをすべて拒否、無視して、俗なる仕業のしたい放題、今更しぶしぶ参詣を思いついたとしても、結界を超えて奥へ進むことさえ不可能だろうと(私は)感じている、その、むらむらと清浄でないありさまから、不浄、という言葉が出て来てしまう。
摂政論からは、とりあえず距離を置きます。私は、秋篠宮さまには、摂政でなく、日本の天皇になっていただきたいと、考えが変わらないので・・・ナルは引退。そんなにひどい扱いでなくして、退いてもらいたいのです。
・・・なんてことを、国民の分際で言ったり望んだりするなどは、もっての他のこと、らしいのですが。高森氏はそう言っておられる。
印籠かざされて、控えろ控えろ、とやられちゃう、越前屋ですか、国民は。
この人もやっぱり「ご病気の原因」を、
皇統を継ぐ男児出産への重圧、宮内庁関係者による不確かな情報のリーク、メディアによる悪意ある報道の繰り返し、などの複合、と書いておられる。
メディアは、確かに問題ある。あるが、雅子さんは、当然行うべき記者会見もカット。会見されません。オランダ行く前の記者会見カット、宮中三殿ご参拝も、しなかった。それを、通してしまった。なし崩しに。
そんなに簡単に、皇室の決め事がカットされるものかと、不思議、不審でした。そうなのなら、何だってあり、になることだってあり得ないことではないのか?。
誕生日の会見にも出ない、しない。それでメディアがどうのって、文句言えるのかしらと思う。
することしないで相手だけが悪いって言ってると、誰も相手にしなくなるのよ。自分の周りには実家の魑魅魍魎だけいてくれればいい、というお方には、わかんない話かも知れません。
きちんと取材はさせます、でも、ここのところは止めて下さい、とすれば、もう少し違うでしょう、この国には大衆紙サン、は存在しないのだから。
・・・数日前よりの学習院の沼津での遠泳行事、というのですか、それにも、雅子さんは、皇太子との高校総体へのご公務を体調の都合で行かない、とし、しかも、行事が終わって御所へ帰るまで、一切の取材はさせない、と、している。
するべきをせず、したいことは確実に、したいように、しておられます。
男児を授からなかったのは・・・。
申し訳ないいいようと知りつつ書きます。
天のはいざいです。あの夫婦の育てた男の子を、見ないですむのは幸せなことに思う。
・・高森氏は、よほど宮内庁の某氏や某氏がお気に召さないようで。
きっと、黙っていられないで喋ってしまうその方たちを、ご存じなのかも。
今夜は(も?)ヨダレのような話で終始しました。どうも腑に落ちないことが、アタマん中でぐるぐるしていて。まとまってくれません。。
先日、すけみちさんのコメントの中、雅子さん、着物着たの見たこと無い~、と、お仲間がたとのお話に出ていたよし。
納采の儀、の日の動画を、見つけました。
雅子さん、末広・・お扇子を、帯の真ん中にさして、と言われてしまった日のことですね。
海外生活が長く、和服を着る機会も少なかったのでしょう。この日のことは仕方がないとしても。
苦手だから練習しよう、とは、考えないタイプなのかしら。
私はアカンタレなところがあって、う~む、と、思ってしまいます。
この日、桜が爛漫と咲き盛っていたこの日、誰が、20年後の今日の姿を想像したかなあ。
なんだかなあ、と、奇妙な気分になってしまいました。
だあれも しあわせになっていないじゃん。
スポンサーサイト
また行きたいです。って・・・。
土・日は工場に行ったり夫の母親の積もり積もったお話を拝聴したりその他、なかなかパソ君の前に沈めません。
悲しむべきことのような気がしているのですが。私のアタマは対雅子氏・反応・脳になってしまったのか、隅田川での花火大会が、と聞けば即、むむ、雅子さんはお妹さんの豪華高層マンションで、例年のように花火をご鑑賞遊ばしたのか、などと、思いが向いてしまうのですよ~。
残念なことに、大雨が降って、花火大会は途中までしか続けられなかった、とか。
皇太子さんは全国高校総合体育大会の開幕に際し、大分市で「日ごろ鍛えた力と技を十分に発揮してください」とあいさつされたとか。
もし、イフ、私が、練習一直線、酷寒炎暑の中を、ひたすら励んでの果てにその場に出て来ていた生徒なら。
ふん、あんたにもっともらしいこと、言われたくねえよ。
とか、強いジト目になって・・・いや、これは、斜に構えるは純粋なこと、なんぞ思い込んでいた、元・文芸部のふりょうの、思うことですね。きっと。
若い方々、もっとましで真摯で一生懸命な大人も沢山います。終了まで頑張ってくださいね!。
・・・どうでもいいことを書いています。雅子さんは、静岡県沼津の、学習院遠泳大会、愛子さんが参加されるそれに、付いて行っておられました。
皇太子さんは、公務ですよね。
雅子さんは、同じその日、娘の学校行事の付添。どうしても必要な付添では無い。でも、これもおそらく、大勢の人間が関わって、費用もかかって、傍からは異様な雰囲気のものではなかったのかな~、と。
以下の部分は「6月のシャンプー」さんのところからいただいて来ました。勝手なことをして、申し訳ありません。
>>>問題は どうやってついて行ったのか?ってこと
①南組生徒と同じバス
②バスの後ろから公用車で追跡(警備無し交通規制も無し)
③バスの後ろから公用車で追跡(警備あり交通規制あり)
④バスの後ろから私用車で追跡(警備無し交通規制も無し)
⑤前日に先回りし待ち構える
どれかね?
①生徒が委縮し教師も萎縮し運転手も委縮し、お通夜のようなバスの中で
雅子だけが愛子や周囲の生徒にマシンガントーク
②③④学習院の指導要領「ふりむくな!」を後部座席の生徒に実行させた
⑤知らされていない教師と生徒達、瞬時に笑顔が消え絶句と恐怖でお通夜のようになる
愛子はどうしているんだろう?
1人ビーチで水遊びなのかな?
まさか、まさかのまさか
不機嫌になって暴れたりしないように
うさこの柄のビーチボールや浮き輪
砂遊びセット持参で
雅子が監視し続けているだけとかだったら<<<
・・・ありがとうございました。
私は、姑の話のインターバル、ちょっとのスキに、高森明勅氏の「秋篠宮摂政論を駁す」を読んでいたのですが、まわりくどくて・・・いえ私の読解力があまりに夏の胃酸みたいに薄いので、すとんと腑に落ちてくれませなんだ。
高森氏の記事よりはこの色。
それに、ぐだぐだ言いたがるKUONはこの色で、進めるだけ進んでみます。
「(ひと月ほど前の週刊新潮の記事より)「雅子妃」不適格で「悠仁親王」即位への道 との記事だが、このタイトルからして異常だ。いやしくも現にご療養中の皇太子妃たる方に対し、「不適格」呼ばわりとは。しかも、万万が一「不適格」であっても、それは尊厳なる皇位の継承順位とは何のかかわりもないし、またかかわりがあってもならないことだ」
ああ、そうなんですか。あなたはそう思う、わたしの考えは違うよ。
この方はまず、ご自分の論の展開の仕方に酔っ払っておられると思う。まああ、酔わないと書けないが。酔ってると見苦しいが。
それと、前回も記したごとく、私の感じではこの方は、「民意」を解っていない。判りたくないのか。御年56歳、国学院の博士課程単位取得、とある。拓殖大学や防衛省の何とかの仕事をされ「政教関係を正す会」の幹事でもあられる。そっちの方向の方ではあるのですね。
パソコンを使用していないと考えにくく、であれば、どんどん増加している「東宮・ノー」の流れを、ご存じないはずは無い、と、普通に考えます。
そんな「民意」は不要、ですか。そうですか。
>>>「万万が一「不適格」であっても、それは尊厳なる皇位の継承順位とは何のかかわりもないし、またかかわりがあってもならないことだ」<<<
こう、言いきられるのは、雅子妃がこのまま天皇の妃になり、ご自分の宗教を一層押し通し、外戚であるはずの邪な者たちの手によって2650年の皇室に泥や何や塗りまくり、他国との不都合な癒着、我が国独自ののさまざまな伝統や美しいもの、すべてすべて、決まり事もあらばこそ、ぐちゃぐちゃの惨憺たるありさまに、しても、いい、と、いう意味ですかしら。
私はイヤですよ。
神道の長たる家の、第一後継者の妻が、高森氏は「ご病気由縁」に特化して語っておられる気がするのですが「不適格」でも関係ない、と、言っておられるのですね。
「療養中」の言葉を錦の御旗と振り立てるには、その「病気」の真偽から確かめる態度が必要でないかと、これは私の考えです。
高森先生は、自己申告の病気、あれはできない、これはしたいことなので出来る、という珍妙な病気の人間を、診断書も出して来ない「病人」を、丸抱えに信用して、周囲の(冷たい)視線から、かばっておあげになられますか。
>>>皇后陛下をダシにして皇太子妃殿下を攻撃するような卑劣な発言を繰り返している。<<<
のは「周囲の人」「近しい人」、というが・・・以下のお言葉、のことですね、
「皇后陛下はすでに、周囲には「皇太子妃には将来、皇后の仕事はつとまらないでしょう」
と漏らされている、・・・のこと?。それをリークしたとして
>>>皇室をお支えする宮内庁の幹部たる者が週刊誌の記者を前にして。匿名で(略)心根の卑しさはどうだ。唾棄すべき下劣さではないか。<<<
と、ものすごく怒ってはります。
私も実際、週刊誌の曰く近しい人、関係者って、どこのどなたよ? と首を傾げることはまま、あります。
怒りの高森氏はしかし、
(略)真っ赤な嘘だったことが判明した。それも、宮内庁の風岡典之長官が皇后陛下ご本人のお言葉をそのままご紹介するに近い形での、異例の極めて厳格な否定によってである。
風岡長官の発言はこういうものだ。
「皇后陛下は、皇太子妃殿下が傷ついておられるのではないかと大変心配なさっている。記事にあるようなこと(KUON註・上記の「ヨタ話」、皇后の仕事はつとまらないでしょう、こと)はなかったことを、必要であればお伝えしたいというご意向をお持ちだとうかがっている」
と。
ですと。
寡聞にして存じ上げませんのだが、ご自身が「創価」だと言われる風岡長官、どこで、こう、お話になられたのだろう・・・。
・・・皇后陛下に「大変心配」をおかけし、皇太子妃殿下を「傷つ」ける、許し難い振る舞いだ。このような人物を税金で、しかも宮内庁の幹部としていつまでも養い続ける必要があるのか。
とか、やっぱりお怒りです。
この方は、誰に、何の為にお怒りなのでしょうか。一生懸命の怒りのパフォーマンスに見えてしまうのはきっと、これから始まる、高森氏には断じて許し難し、の「秋篠宮摂政論」への、つなぎなのかな、とか、思った。
それにしても。
宮内庁の某幹部は「だめ」?。
風岡長官は「よし?」。
風岡長官の、高森氏によれば「信憑性の高い皇后陛下のお言葉」を、読ませて頂きますと。
皇后さまと雅子さんは、大変仲がおよろしくなく、姑様がお嫁さんを心配されて何か仰ることさえままならず、しかし必要であればそれをお伝えしたいご意向をお持ち、と。
ほとんど接点無しのご関係と、読んじゃう私は、ひねくれ者?。
税金で、養い続ける必要が、とか、宮内庁某氏について書いてある。
税金を払っているのは、どこの、誰だ?。
払っている人々は、いいかげん、なめられ、ふざけたたわごとを聞かされ続けている。
」
・・・おそらく、ここから、神道学者・高森先生の、本当に語りたい部分になるのでしょう。
それに関して、わたしの意見はただ一つ。
いろいろ、難しいことを書いておられますが、私は、秋篠宮さまが摂政に、などと、全く考えない。
皇太子が中心にいて、それを、秋篠宮さまがお支えするなど。
自分が足りない自覚も無く支えてもらう感謝も無く、相手がし易いように身を御する才覚、気配り、神経なく、プライドは高くより以上に妻及び外戚に牛耳られること必至の皇太子さまを、秋篠宮さまが。
自分の考えでは。それはダメです。
皇太子様には、そのお立場の方らしい身の処し方を。家族もろとも。
日本の象徴天皇位は、相応しいお方が、ただお一人。ごちゃごちゃややこしいものは不要。
いつもいつも、そう、考えています。
・・・高森先生の書かれたこの記事の、最終頁には、ひねくれKUONの胸が熱くなるような、天皇陛下のお言葉が、引用されています。胸をつかれたのは事実です(って、事実です、ってとこ、ナルの例の発言のマネ、しちゃった)。
そのうちに、ここでも、陛下の尊いお言葉を、ご紹介させていただきたく思っております。
コメントのお返事遅れてすみませんでした。
ともやんさん。
初めてのコメント、ありがとうございます。
そうなんですよ。
晩年の江田頭豊の放言していた内容。
「趣味は御所の庭の散歩」だと。
昭和帝は、水俣病の会長であった人物(あった、は過去形ですが、チッソの会社の終生名誉職でした)の孫にあたる雅子さんを「国民の気持ちが受け入れられないであろう」として、断固、結婚を反対されたのでした。表向きはその理由です。他にも幾つも「この結婚はならぬ」理由があったのですが、表向きはその理由を使われた。当時の後藤田正晴官房長官は「皇居の前にムシロ旗が立つ」と、政府としても反対された。それが、昭和天皇ご崩御のあと、ほどなく「小和田さんではいけませんか」と、皇太子の再びのアプローチは強硬で、と、されております。雅子さんの方も、近づくに懸命だった話は、長い間、抑えられていました。
皇太子の結婚を、最終的に今上両陛下は「皇太子の望むように」と、ご決断。
以後、オワリダ家の進撃が始まった。
正田家も、紀子妃の川嶋家の皆様も、身を慎まれてされなかったさまざまなことを、小和田家の皆さんは平然としてのけている。
日本の東宮さんは、まるでマスオさん。
情けない。あほらしい。かっこ悪い。
>>>妃は全く哀れで、、さびしい人こころない人、権力だけかざすちんけな人間にしか見えないです<<<
おっしゃる通り、ちんけな人と思います。自分のことが「見えない」って、こんなにも無様なことなんですね。
入内して後の20年、もったいない歳月だったよねえ、と、的外れな感慨さえ、抱いてしまいます。
よろしければまた、今回のような素直なご感想など、お寄せくださいね。
藍色さん。
はは。また出ましたよ、おかしな人が。いかなるあたりから出て来ておられるのか。賢げに見せているわりには感情、むき出しっぽく。でも、張り切って書いた感は、ありますね。
片山さつきさん。この人には全く、ノーコメントでしかないのだけど。
>>>「皇太子殿下の事を、私は浩宮時代から知っています。素晴らしい方です。廃太子だとか退位だとかとんでもない話です!」とか何とか、一気にまくし立てたのを思い出しました。<<<
高学歴の未熟な人、ですか。嫌いな女。
皇太子殿下は、確かに浩宮時代、気品もおありだったし、ボギャ貧でも紋切り型のことしか言わなくても、東宮様、であられるのだからそれで十分、と、思わせるオーラをお持ちでした。ことにしておきましょう。
国民は、皇太子に、そんなに多くは望まなかったと思う。あんなに大切に育ててもらって、素晴らしい方、とも言ってもらえなければ、それも何かな~の話で。
逆に、素直で疑いを知らずのお方だから、今のようなことに。今のようなところまで、来てしまったと考えると、難しいものだなあ、と。
お祖父様の仰ることは、お聞きになっておられたらよかったのかも、ですね。
ナルさん本人だけの問題でない、そういうお立場なのだから。そこが、大切なのに。
ナルさんに、いいところがあったとしたら、この結婚で、潰れました。組み合わせってこわいです。
余談ですが、私は勝谷氏、昔から好きな人です。
東宮夫婦の中東訪問時の動画など、さがしているのですが・・・
>>>さらに、おふたりは翌95年1月20日か1月30日までの予定でクウェート、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダンの3か国をご訪問。各地で熱烈な歓迎を受けられた。
しかし、ご出発の3日前、全世界が悲しみに暮れた大惨事が起きる。阪神・淡路大震災である。
淡路島付近を震源とするマグニチュード7.2のこの直下型大地震が発生したのは、'95年1月17日午前5時46分ごろ。とくに兵庫県南部や淡路島は、各地で建物の倒壊や火災が相次ぎ、死者約5500人、負傷者約3万7000人、倒壊家屋約21万戸、焼損面積約65万ヘクタール。戦後最大の被害(当時)を受けたのだった。
テレビなどを通じて伝えらえる震災の状況をご覧になるにつけ、このようなときに、日本を離れてもいいものか――おふたりはこの2度目の中東ご訪問を予定通り進めることに、ためらいを見せられたという。ある皇室記者はこう話す。
「とくに、皇太子さまは、東宮侍従たちに、“スケジュールを変更したほうがいいのでは”と何度も確認されたようです。しかし、クウェートとアラブ首長国連邦への訪問をイラクのクウェート侵攻とそれに続く湾岸戦争、イラク情勢の緊迫などによって過去2回延期していることなどを理由に、外務省が予定通りの訪問に固執し、それに宮内庁も押し切られる形で強行されたと聞いています<<<
・外務省が推したのですね、雅子さんを、外国へ、行かせてあげることを。皇太子はまだ、らしさの残っておられる時期でしたのでしょうか。
ナル君は、こんな↓ことを、いけしゃあしゃあと、お述べになってるし~。
>>>万博の名誉総裁を務める皇太子さまは、9月25日の閉会式にも出席する。(愛知万博の際の話)。
午後に訪れたヨルダン館では、塩分濃度が高く人が入っても沈まない「死海」の水のプールを見学。
1995年の同国訪問に触れ、案内役の関係者に
「阪神大震災が起こり途中で日本に戻ったため、死海は見られなかったので、また行きたいです」と話した。<<<
どなたか、この○かを黙らせて下され~。
1995年阪神淡路大震災を尻目に強行した中東訪問で、アラブの現地では入手できないリドヴォー(ris de veau 仔牛の胸腺)を食べたいと我侭を言いパリのフォションまで買出しに行かせた、のは、雅子妃殿下です。
どなたか、この夫婦を、強制撤去させて下さいませんか~。
この時の、赤いドレスに白いストール・・・お祝い色のファッションが、取りざたされましたね~。
ばかもの。
悲しむべきことのような気がしているのですが。私のアタマは対雅子氏・反応・脳になってしまったのか、隅田川での花火大会が、と聞けば即、むむ、雅子さんはお妹さんの豪華高層マンションで、例年のように花火をご鑑賞遊ばしたのか、などと、思いが向いてしまうのですよ~。
残念なことに、大雨が降って、花火大会は途中までしか続けられなかった、とか。
皇太子さんは全国高校総合体育大会の開幕に際し、大分市で「日ごろ鍛えた力と技を十分に発揮してください」とあいさつされたとか。
もし、イフ、私が、練習一直線、酷寒炎暑の中を、ひたすら励んでの果てにその場に出て来ていた生徒なら。
ふん、あんたにもっともらしいこと、言われたくねえよ。
とか、強いジト目になって・・・いや、これは、斜に構えるは純粋なこと、なんぞ思い込んでいた、元・文芸部のふりょうの、思うことですね。きっと。
若い方々、もっとましで真摯で一生懸命な大人も沢山います。終了まで頑張ってくださいね!。
・・・どうでもいいことを書いています。雅子さんは、静岡県沼津の、学習院遠泳大会、愛子さんが参加されるそれに、付いて行っておられました。
皇太子さんは、公務ですよね。
雅子さんは、同じその日、娘の学校行事の付添。どうしても必要な付添では無い。でも、これもおそらく、大勢の人間が関わって、費用もかかって、傍からは異様な雰囲気のものではなかったのかな~、と。
以下の部分は「6月のシャンプー」さんのところからいただいて来ました。勝手なことをして、申し訳ありません。
>>>問題は どうやってついて行ったのか?ってこと
①南組生徒と同じバス
②バスの後ろから公用車で追跡(警備無し交通規制も無し)
③バスの後ろから公用車で追跡(警備あり交通規制あり)
④バスの後ろから私用車で追跡(警備無し交通規制も無し)
⑤前日に先回りし待ち構える
どれかね?
①生徒が委縮し教師も萎縮し運転手も委縮し、お通夜のようなバスの中で
雅子だけが愛子や周囲の生徒にマシンガントーク
②③④学習院の指導要領「ふりむくな!」を後部座席の生徒に実行させた
⑤知らされていない教師と生徒達、瞬時に笑顔が消え絶句と恐怖でお通夜のようになる
愛子はどうしているんだろう?
1人ビーチで水遊びなのかな?
まさか、まさかのまさか
不機嫌になって暴れたりしないように
うさこの柄のビーチボールや浮き輪
砂遊びセット持参で
雅子が監視し続けているだけとかだったら<<<
・・・ありがとうございました。
私は、姑の話のインターバル、ちょっとのスキに、高森明勅氏の「秋篠宮摂政論を駁す」を読んでいたのですが、まわりくどくて・・・いえ私の読解力があまりに夏の胃酸みたいに薄いので、すとんと腑に落ちてくれませなんだ。
高森氏の記事よりはこの色。
それに、ぐだぐだ言いたがるKUONはこの色で、進めるだけ進んでみます。
「(ひと月ほど前の週刊新潮の記事より)「雅子妃」不適格で「悠仁親王」即位への道 との記事だが、このタイトルからして異常だ。いやしくも現にご療養中の皇太子妃たる方に対し、「不適格」呼ばわりとは。しかも、万万が一「不適格」であっても、それは尊厳なる皇位の継承順位とは何のかかわりもないし、またかかわりがあってもならないことだ」
ああ、そうなんですか。あなたはそう思う、わたしの考えは違うよ。
この方はまず、ご自分の論の展開の仕方に酔っ払っておられると思う。まああ、酔わないと書けないが。酔ってると見苦しいが。
それと、前回も記したごとく、私の感じではこの方は、「民意」を解っていない。判りたくないのか。御年56歳、国学院の博士課程単位取得、とある。拓殖大学や防衛省の何とかの仕事をされ「政教関係を正す会」の幹事でもあられる。そっちの方向の方ではあるのですね。
パソコンを使用していないと考えにくく、であれば、どんどん増加している「東宮・ノー」の流れを、ご存じないはずは無い、と、普通に考えます。
そんな「民意」は不要、ですか。そうですか。
>>>「万万が一「不適格」であっても、それは尊厳なる皇位の継承順位とは何のかかわりもないし、またかかわりがあってもならないことだ」<<<
こう、言いきられるのは、雅子妃がこのまま天皇の妃になり、ご自分の宗教を一層押し通し、外戚であるはずの邪な者たちの手によって2650年の皇室に泥や何や塗りまくり、他国との不都合な癒着、我が国独自ののさまざまな伝統や美しいもの、すべてすべて、決まり事もあらばこそ、ぐちゃぐちゃの惨憺たるありさまに、しても、いい、と、いう意味ですかしら。
私はイヤですよ。
神道の長たる家の、第一後継者の妻が、高森氏は「ご病気由縁」に特化して語っておられる気がするのですが「不適格」でも関係ない、と、言っておられるのですね。
「療養中」の言葉を錦の御旗と振り立てるには、その「病気」の真偽から確かめる態度が必要でないかと、これは私の考えです。
高森先生は、自己申告の病気、あれはできない、これはしたいことなので出来る、という珍妙な病気の人間を、診断書も出して来ない「病人」を、丸抱えに信用して、周囲の(冷たい)視線から、かばっておあげになられますか。
>>>皇后陛下をダシにして皇太子妃殿下を攻撃するような卑劣な発言を繰り返している。<<<
のは「周囲の人」「近しい人」、というが・・・以下のお言葉、のことですね、
「皇后陛下はすでに、周囲には「皇太子妃には将来、皇后の仕事はつとまらないでしょう」
と漏らされている、・・・のこと?。それをリークしたとして
>>>皇室をお支えする宮内庁の幹部たる者が週刊誌の記者を前にして。匿名で(略)心根の卑しさはどうだ。唾棄すべき下劣さではないか。<<<
と、ものすごく怒ってはります。
私も実際、週刊誌の曰く近しい人、関係者って、どこのどなたよ? と首を傾げることはまま、あります。
怒りの高森氏はしかし、
(略)真っ赤な嘘だったことが判明した。それも、宮内庁の風岡典之長官が皇后陛下ご本人のお言葉をそのままご紹介するに近い形での、異例の極めて厳格な否定によってである。
風岡長官の発言はこういうものだ。
「皇后陛下は、皇太子妃殿下が傷ついておられるのではないかと大変心配なさっている。記事にあるようなこと(KUON註・上記の「ヨタ話」、皇后の仕事はつとまらないでしょう、こと)はなかったことを、必要であればお伝えしたいというご意向をお持ちだとうかがっている」
と。
ですと。
寡聞にして存じ上げませんのだが、ご自身が「創価」だと言われる風岡長官、どこで、こう、お話になられたのだろう・・・。
・・・皇后陛下に「大変心配」をおかけし、皇太子妃殿下を「傷つ」ける、許し難い振る舞いだ。このような人物を税金で、しかも宮内庁の幹部としていつまでも養い続ける必要があるのか。
とか、やっぱりお怒りです。
この方は、誰に、何の為にお怒りなのでしょうか。一生懸命の怒りのパフォーマンスに見えてしまうのはきっと、これから始まる、高森氏には断じて許し難し、の「秋篠宮摂政論」への、つなぎなのかな、とか、思った。
それにしても。
宮内庁の某幹部は「だめ」?。
風岡長官は「よし?」。
風岡長官の、高森氏によれば「信憑性の高い皇后陛下のお言葉」を、読ませて頂きますと。
皇后さまと雅子さんは、大変仲がおよろしくなく、姑様がお嫁さんを心配されて何か仰ることさえままならず、しかし必要であればそれをお伝えしたいご意向をお持ち、と。
ほとんど接点無しのご関係と、読んじゃう私は、ひねくれ者?。
税金で、養い続ける必要が、とか、宮内庁某氏について書いてある。
税金を払っているのは、どこの、誰だ?。
払っている人々は、いいかげん、なめられ、ふざけたたわごとを聞かされ続けている。
」
・・・おそらく、ここから、神道学者・高森先生の、本当に語りたい部分になるのでしょう。
それに関して、わたしの意見はただ一つ。
いろいろ、難しいことを書いておられますが、私は、秋篠宮さまが摂政に、などと、全く考えない。
皇太子が中心にいて、それを、秋篠宮さまがお支えするなど。
自分が足りない自覚も無く支えてもらう感謝も無く、相手がし易いように身を御する才覚、気配り、神経なく、プライドは高くより以上に妻及び外戚に牛耳られること必至の皇太子さまを、秋篠宮さまが。
自分の考えでは。それはダメです。
皇太子様には、そのお立場の方らしい身の処し方を。家族もろとも。
日本の象徴天皇位は、相応しいお方が、ただお一人。ごちゃごちゃややこしいものは不要。
いつもいつも、そう、考えています。
・・・高森先生の書かれたこの記事の、最終頁には、ひねくれKUONの胸が熱くなるような、天皇陛下のお言葉が、引用されています。胸をつかれたのは事実です(って、事実です、ってとこ、ナルの例の発言のマネ、しちゃった)。
そのうちに、ここでも、陛下の尊いお言葉を、ご紹介させていただきたく思っております。
コメントのお返事遅れてすみませんでした。
ともやんさん。
初めてのコメント、ありがとうございます。
そうなんですよ。
晩年の江田頭豊の放言していた内容。
「趣味は御所の庭の散歩」だと。
昭和帝は、水俣病の会長であった人物(あった、は過去形ですが、チッソの会社の終生名誉職でした)の孫にあたる雅子さんを「国民の気持ちが受け入れられないであろう」として、断固、結婚を反対されたのでした。表向きはその理由です。他にも幾つも「この結婚はならぬ」理由があったのですが、表向きはその理由を使われた。当時の後藤田正晴官房長官は「皇居の前にムシロ旗が立つ」と、政府としても反対された。それが、昭和天皇ご崩御のあと、ほどなく「小和田さんではいけませんか」と、皇太子の再びのアプローチは強硬で、と、されております。雅子さんの方も、近づくに懸命だった話は、長い間、抑えられていました。
皇太子の結婚を、最終的に今上両陛下は「皇太子の望むように」と、ご決断。
以後、オワリダ家の進撃が始まった。
正田家も、紀子妃の川嶋家の皆様も、身を慎まれてされなかったさまざまなことを、小和田家の皆さんは平然としてのけている。
日本の東宮さんは、まるでマスオさん。
情けない。あほらしい。かっこ悪い。
>>>妃は全く哀れで、、さびしい人こころない人、権力だけかざすちんけな人間にしか見えないです<<<
おっしゃる通り、ちんけな人と思います。自分のことが「見えない」って、こんなにも無様なことなんですね。
入内して後の20年、もったいない歳月だったよねえ、と、的外れな感慨さえ、抱いてしまいます。
よろしければまた、今回のような素直なご感想など、お寄せくださいね。
藍色さん。
はは。また出ましたよ、おかしな人が。いかなるあたりから出て来ておられるのか。賢げに見せているわりには感情、むき出しっぽく。でも、張り切って書いた感は、ありますね。
片山さつきさん。この人には全く、ノーコメントでしかないのだけど。
>>>「皇太子殿下の事を、私は浩宮時代から知っています。素晴らしい方です。廃太子だとか退位だとかとんでもない話です!」とか何とか、一気にまくし立てたのを思い出しました。<<<
高学歴の未熟な人、ですか。嫌いな女。
皇太子殿下は、確かに浩宮時代、気品もおありだったし、ボギャ貧でも紋切り型のことしか言わなくても、東宮様、であられるのだからそれで十分、と、思わせるオーラをお持ちでした。ことにしておきましょう。
国民は、皇太子に、そんなに多くは望まなかったと思う。あんなに大切に育ててもらって、素晴らしい方、とも言ってもらえなければ、それも何かな~の話で。
逆に、素直で疑いを知らずのお方だから、今のようなことに。今のようなところまで、来てしまったと考えると、難しいものだなあ、と。
お祖父様の仰ることは、お聞きになっておられたらよかったのかも、ですね。
ナルさん本人だけの問題でない、そういうお立場なのだから。そこが、大切なのに。
ナルさんに、いいところがあったとしたら、この結婚で、潰れました。組み合わせってこわいです。
余談ですが、私は勝谷氏、昔から好きな人です。
東宮夫婦の中東訪問時の動画など、さがしているのですが・・・
>>>さらに、おふたりは翌95年1月20日か1月30日までの予定でクウェート、アラブ首長国連邦(UAE)、ヨルダンの3か国をご訪問。各地で熱烈な歓迎を受けられた。
しかし、ご出発の3日前、全世界が悲しみに暮れた大惨事が起きる。阪神・淡路大震災である。
淡路島付近を震源とするマグニチュード7.2のこの直下型大地震が発生したのは、'95年1月17日午前5時46分ごろ。とくに兵庫県南部や淡路島は、各地で建物の倒壊や火災が相次ぎ、死者約5500人、負傷者約3万7000人、倒壊家屋約21万戸、焼損面積約65万ヘクタール。戦後最大の被害(当時)を受けたのだった。
テレビなどを通じて伝えらえる震災の状況をご覧になるにつけ、このようなときに、日本を離れてもいいものか――おふたりはこの2度目の中東ご訪問を予定通り進めることに、ためらいを見せられたという。ある皇室記者はこう話す。
「とくに、皇太子さまは、東宮侍従たちに、“スケジュールを変更したほうがいいのでは”と何度も確認されたようです。しかし、クウェートとアラブ首長国連邦への訪問をイラクのクウェート侵攻とそれに続く湾岸戦争、イラク情勢の緊迫などによって過去2回延期していることなどを理由に、外務省が予定通りの訪問に固執し、それに宮内庁も押し切られる形で強行されたと聞いています<<<
・外務省が推したのですね、雅子さんを、外国へ、行かせてあげることを。皇太子はまだ、らしさの残っておられる時期でしたのでしょうか。
ナル君は、こんな↓ことを、いけしゃあしゃあと、お述べになってるし~。
>>>万博の名誉総裁を務める皇太子さまは、9月25日の閉会式にも出席する。(愛知万博の際の話)。
午後に訪れたヨルダン館では、塩分濃度が高く人が入っても沈まない「死海」の水のプールを見学。
1995年の同国訪問に触れ、案内役の関係者に
「阪神大震災が起こり途中で日本に戻ったため、死海は見られなかったので、また行きたいです」と話した。<<<
どなたか、この○かを黙らせて下され~。
1995年阪神淡路大震災を尻目に強行した中東訪問で、アラブの現地では入手できないリドヴォー(ris de veau 仔牛の胸腺)を食べたいと我侭を言いパリのフォションまで買出しに行かせた、のは、雅子妃殿下です。
どなたか、この夫婦を、強制撤去させて下さいませんか~。
この時の、赤いドレスに白いストール・・・お祝い色のファッションが、取りざたされましたね~。
ばかもの。
中途半端な夜です。追記あり。
(内容に書き足した部分があります。もし、お時間を割いていただけるなら、ぷんすか怒っているKUONを笑いながらにも、もう一度読んで頂けると、本当にうれしいです)。
「Will」という月刊誌。9月超特大号、本日発売。平積みにしかも2段、置かれていましたが、けっこう売れていた感じ。
花田紀凱氏の責任編集、となっております。何冊も本、潰してもおられますが名物編集長。
前回わたしは「皇太子殿下ご退位なさいませ」なる記事に再び触れ、山折哲雄氏の論文の一部をひかせてもらいました。
その山折氏がYOUTUBE動画で自説を語っておられた、その聞き役が、花田編集長でした。
このWillには、「雅子妃「不適格」報道は不敬だ」とのタイトルの、高森明勅なる「神道学者」だという方のご主張が、約12ページにわたって展開されています。
ほとんど改行無しの文章は、なかなか読み進めるに骨が折れました。山折氏の説を、とっても上から目線で「聞き捨てならないが、私人の無責任な放言の域を出ていない」とか、言うておられる。
まだきっちりと読みこんではいないが、この高森氏に対する私の「ケッ」「はあ、そうですかぁ」「ほお、ほお」感はかなりのものであります。
自分だけ解ってキッととなっていてもどうしようもないのです。
12ページのうち、初めのところの少しだけに対する、感想を、書いてみたいと思います。
引用して、突っ込む形になりそうです。高森氏が濃紺、KUONは青い色の文字で。
「(略)次代の皇室のあり方を巡って、不敬な暴論がにわかに浮かび上がっている。皇太子妃雅子妃殿下のご療養が長期化していることを理由として、皇室典範で定められている皇太子殿下の即位を事実上、阻止しようとするものだ。
その嚆矢は、おそらく宗教学者、山折哲雄氏の(皇太子殿下、ご退位なさいませ」だろう。(略)
この論は当然、大きな反響を呼んだ。普通に考えても、皇太子殿下はご公務に精励され、皇室の祭祀については皇族方のなかでも最もご熱心にお取り組みになっておられる。それなのに、妃殿下のご療養を理由に即位を阻もうなどとは、言語道断の本末転倒ぶりだ。しかも、妃殿下のご快癒があり得ない物と、頭から決めつけているのもどうかしている。
だが、山折氏の論は所詮、歴史上の見通しも国家的な大局観もなく、制度論の詰めも一切欠いた、一個人の感想を述べたに過ぎない。聞き捨てならないが(略)
え~。私は難しいことはわからないです。
山折氏のことは、横に置いておきます。
高森氏は、なんで、こんなに皆が、今の東宮夫婦ではイケナイ、と思っているかの根っこのとこが、解っていない。
皇太子が公務に精励し、祭祀については皇族の中で最もご熱心にお取り組みに、とか、仰っておられますが、ここだけでも相当、KUON評価では、おかしい。
公務に精励されていないのは、宮内庁のHPにある、各皇族方の年間、月間、週刊スケジュールを見れば(見る気がおありなら)一目瞭然。
どなたより、ご高齢の両陛下より、夫婦ともに、いっちばん、されていない。
しても「ご会釈」、訪問して来た方に「会う」、そういう感じ。秋篠宮両殿下の、半分も三分の一もしていない。一割くらいしか、何もしていない。皇太子もそうだし、妃殿下は、公務は、ほぼゼロに近い。
祭祀についても、他のご皇族より最もご熱心に、とは、何のたわごとか。
天皇陛下と、東宮殿下にしか出来ない、他の方では出来ない「祭祀」がある、それを、ナルがしなくてどなたに出来よう。
陛下のご入院中。瑞穂の国日本の、大切な行事である新嘗祭を、手術後の陛下の代わりに、東宮がお勤めになることになっていた。
>>>11月23日
新嘗祭(にいなめさい)
天皇陛下が,神嘉殿において新穀を皇祖はじめ神々にお供えになって,神恩を感謝された後,陛下自らもお召し上がりになる祭典。宮中恒例祭典の中の最も重要なもの。天皇陛下自らご栽培になった新穀もお供えになる。<<<
それに、東宮殿下は遅刻されました。他の方(こんな言い方ですみません、今、一気に書いていたいので後で調べます)、とにかく本来される方でない方が、急遽お勤めになった。
天皇陛下ご入院の際の新嘗祭に寝坊されて遅刻。途中参加という振る舞い。新嘗祭は宮中でもっとも大切で大きなご神事です。
・・・そのようなことが、わかっているのに。
妃殿下のご快癒があり得ないものと。頭から決めつけている。これも、何を思ってこれ書けるかと。
雅子さんという一人の女性が、実は病気であろうと詐病であろうと、本当は、全く、どうでもいいのです。
徳仁氏と言う一人の男性の、奥様が、昼夜逆転で夫や子どもをないがしろにし、エトセテラ、それも、どうでもいいこと。
問題は、その人が、東宮妃の立場にある、その一点でしょう。
両陛下がご高齢なので、本人たちが厚かましく望み、御用マスコミが掻き立てるように、ゆっくり温かくは見守ってなどいられない。
不敬な言いようですが、いったん事あれば、即、なのです。あもううも無く、今のままのあの方たちが。
ご病気は、責められるべきものでない。
その論調も、今はもう、ペケです。
病気だと言う。医者は自分らの身内から一人、つけている。その医者とも電話での治療を受けているのみ。しかし外国へは連れて行く。公人ならば公にすべき現在のお具合、治療の現状、予後への対応、委細、一切、無しで、病気だと言う、公務が無理だと言う、責め立てる国民が悪化させていると言う。
国民が悪化させていると、この高森氏も、言うてはります。まだ詳しく読んでいませんが。
公人とは呼べません、全く責任の無いとしか思えないあの夫婦。
例えばアメリカでは
「リスボンシブル」という単語を用いる・・・責任。
「責任をとるとは、本当のことをきちんと喋ること」
と、明確に定義しています。
これくらいは、日本人にも定義をあてはめてもいいのではないか。
本当のことをきちんと喋ること。
これが出来ていない公人って、いったい、と、考えてしまいます。今後もずっと、のらへらと、この態度で押して行って、とにかく雅子さんの背後の野望の達成を、見るつもりか。
私は、誇大妄想なタイプの人間でないつもり。
信じられなくて、まさかまさかで追って行って、いま、このままでは日本は・・・と、危惧しているだけです。
・・・少しずれました、雅子さんが、便利とも言えるご病気を治す気があるのかないのか、高森さんは、雅子さんが一切、宮中拝殿をせず、伊勢の神宮に参拝せず、他は推して知るべし、であることを、ご存じないのでしょうか。
ご存じないはずは無いでしょう。
ご存じで、それでも、その妃を排除しようとする人民の気持ちを、不敬と決めつけられますか。
不敬とは何ですか。
両陛下に対して最も不敬な存在は、東宮夫婦、そのものです。
その位置にあって、それをしない。
雅子さんの背景に、現実に、どんな邪な力がうごめいているか、それもごご存じない?。
わたしにも初めは、信じられなかった。
雅子さんは、特別な使命を帯びて皇室へ送りこまれた人だと、誰がそんなことを信じられるでしょう。
ご先祖のことや特定宗教のことや、表には現れにくいとされる他の問題や。知ればびっくりするけど、でも、入内後のあの方が、真摯に真面目に一途に、ご自分のいる場所でのご自身の在り方について考え、実行されていれば、ここまで言われることもなかったと、まだ私は、甘い考えを心の隅に住ませております。
しかし、しかししかし。
そうではないではありませんか。
娘を皇太子妃にして、父親はその、敬虔にこそあるべきことを、特権として利用し、公私の区別もつかない癒着ぶり、御所の職員を私用に使い・・・皇太子は、水俣・チッソの終生役員であった雅子さんの祖父、江頭豊の晩年、御所のお庭の散歩が気持ちいい、好き、との言葉を受けて、スロープを設けたのをはじめ、あちこち、手を入れて便宜を図った。江頭の自宅に、ではない、御所に、です。東宮の住まいに、税金を使って、江頭豊のために、居心地を整えた。信じられない本当の話。
御所の内部の宝物(個人のものでない、国のものです)を持ち出してセリにかけ、密かに聞けばこれについて陛下がK家に頭を下げられたり、買い戻しに力を貸されたり・・・つまり。
持ち出され、セリにかけられた物たちの存在を、どなたのあたりまでがご存じか、という疑問には、答えが出ているではありませんか。
その雅子さんの父親は、皇太子さまを、娘の婿の扱い。あの皇太子に、老練な腐れ狸の手練手管を、拒むとかすり抜けるとか、お出来になるはずがない。
はじめ書こうとしていたことから随分はなれてしまいました。
いささか感情的にもなり。
続きをもっと、書きます。今夜はここまでとさせて頂きます、不完全燃焼ですが。
すけみちさん。
母の長兄の未亡人が、京都の北白川というところにいて、子どもの頃お世話になったりしましたが、その伯母のもののいいぶりが思い出されて、懐かしいやら冷や汗(!)やら。
山折さんの仰ったことはほんとうにそうだと感じ入りましたが、東宮家は京都で、というのは、難しいと言うより無理な話と。
いい悪いでなく、文化が全く違う気がしますので、ちょっと雅子さんは無理・・・では、どこなら「いい」か、と聞かれても。
小和田家の、井戸の中の妖怪一族、というあたりかなと思います。
本当かどうか、雅子さんが、英国ロイヤルベビーが「ボーイ・ジョージ」だったことで、お暴れになり、いかなるいきさつか、双子さんのどっちかの妹さんがおけがをされたとか。
妖怪、山姥化、か、でしょうか。
京都でも「適応障害」を起こされること必至、と考える次第です。おほほ。
また。
手当は打ち切る。
小学校時代は鍵っ子で、本ばかり読んでいました。
母が買ってくれる本も貸本屋のあれこれも。当時の「少女フレンド」に毎月ついていた世界の王室の記事や、写真ページを、わくわく追っていました。
英王室のアン王女はほぼ同年代。同じ年頃でもあちらは王女様、自分は・・とかいった感じは無く、まったくよその世界のこととして楽しんでいました。
英王室で一番きれいなのは、女王の妹のマーガレット王女、と、思い込んでいました。
いっときはスキャンダルの主であられたその王女様の、ご主人が、スノードン伯。
内部告発とかの件で今まだどこかに留め置かれていると聞くスノーデン氏。すぐに、名前似ているな、とか思い出しました。
そして子ども心に、そんなことがあるんだ~、と「へええ」と興味をひかれたのが「王冠を賭けた恋、ウインザー公とシンプソン夫人の物語でした。おませでした。
・・・再びご夫妻について読み進んで、昔は知りも判りもしなかったであろうことの幾つかを、思います。
・エドワード王子(のちのウインザー公)は、乳母の虐待を受けて育った。つねられたり罵倒されたりの王子様時代があった。
・数学が苦手だった、他の様々なことが得手でなかった、級友に「いじめ」を受けていた。
・身体的な訓練を受ける場でも積極的になれず惨めな思いをした。が、素知らぬふりで通した。
・祖父である国王が崩御し、父が王位につき、皇太子となった。
・美男であり、プレイボーイとしてならした。
・ウォリスと出会い、魅かれたが前へ進まず、ウォリスは他の男性と結婚、二児を得た。
・やはりこの人しかいないと思い詰めた。
・紆余曲折を経て以下の有名な声明を出した。ウィキより。1936年。
>>>「私が次に述べることを信じてほしい。愛する女性の助けと支え無しには、自分が望むように重責を担い、国王としての義務を果たすことが出来ないということを。(But you must believe me when I tell you that I have found it impossible to carry the heavy burden of responsibility and to discharge my duties as King as I would wish to do without the help and support of the woman I love.)」
という言葉で名高い退位文書を読み上げた。在位日数はわずか325日で、1483年のエドワード5世以来453年振りに未戴冠のまま退位した国王となった。この一連の出来事を「王冠を捨てた」または「王冠を賭けた恋」とも言う。<<<
なんともロマンティックな話ですが、国がひっくり返る騒ぎだったのも事実だったでしょう。
放送終了後に、王族達と最後の食事を摂った「元国王」のエドワードは、日付が変わった12月12日深夜にポーツマスの軍港から出航し、イギリスを去ったそうです。。
退位後は、弟のヨーク公が「ジョージ6世」として即位しました。現・女王陛下の父上です。
エドワードはオーストリアへ渡り、退位後の行動を嗅ぎ回るパパラッチから身を守るために、イギリス政府が用意したスイスのチューリッヒにあるホテルではなく、祖父の代から親密な関係にあったロスチャイルド家によって準備された、ウィーン郊外の住まいに仮住まい。ウォリスと結婚。
フランスで1、2年間「亡命生活」を過ごした後、再度イギリスで生活することを仮定していたが、メアリー王太后(母)とエリザベス王妃(妻)を味方につけたジョージ6世が
「許可を得ずに帰国するようなことがあれば、王室からの手当を打ち切る」と強硬な態度に出たため、実現には至らなかった。
>>>1937年10月、ウィンザー公夫妻はイギリス政府の忠告に反してヒトラーの招待を受けてドイツを訪問し、ヒトラーの山荘であるベルヒテスガーデンに滞在した。夫妻の訪独はドイツのメディアで大々的に報道され、滞在中の挨拶はナチス式敬礼で通していた。<<<
↑このようなことは、子どもの頃にはわからず、今、改めて知った部分です。
ウインザー公夫妻は、ヒトラーやゲーリングに近い、と見られる振る舞いが多く、祖国イギリスでは困った存在であり批判もされ、しかし公は、ますます「取り込まれ」る感じになって行った。
よく判る構図です。
対独強硬派のチャーチル首相が
「ウィンザー公の欧州戦争に対する影響力を最小限に止めたい」と主張して、ヨーロッパの戦場から遠く離れたバハマにおける総督と駐在イギリス軍の総司令官に任命したりしました。
名誉職、閑職ではありましたが、英独関係が悪化の一途をたどる中、しばしばドイツを訪問して大歓迎を受けたりする「国王の兄」は、大迷惑以上の存在だった。その地では夫人と共に、人種差別的な言動が多かったと言われています。
ヒトラーはイギリスを降伏させたあとの傀儡政権のトップとしてウィンザー公を利用する計画だったと解っています。
また、公ご自身が、ヘルマン・ゲーリングとの間に、ドイツが勝利した後に自身をイギリス国王へ返り咲かせる、という密約を結んだうえで、連合国の情報をドイツにリークしていた、という疑惑が挙がったこともあります。
戦争終結後は、おとなしくしておられた、という次第。
つまり、英王室のウインザー公の話は、よその国の「王冠を賭けた恋」のロマンティックを、飛び越えた話として、いま現在の私の胸の何かに、触れました。
弟の方の出来のいいことが歴然としていた少年時代。
心身ともにコンプレックスの強かった学生時代。
あまたの縁談を振り払って自分が決めた女性への執着。これ自体は、仕方のないこと、の範囲でしょうか、王位継承権第一位の王族の立場でなければ。英王室の認めにくいアメリカ人で、相手が無ければ。
相手を離婚させて結婚することを選び、彼女と一緒でなければ何もできないと宣言し、それが許されなかったので、王冠を捨てて、その場を去った。一人の男として生きようとした・・・のだったか。
それなら、それに徹して過ごされれば、だったのですが、隠居を決め込むには公はまだお若く、自分が捨てたはずなのに執着を断ち切れない大きなものもあり。
国を追われても前王の第一王子。群がって来る者は多い。放っておかない。
まず頼ったのが、国が用意した場所でなく、ロスチャイルド家。欧州でのユダヤ系資産家への視線を、ご存じなかったはずは・・・あるか無いかはわかりませんが。祖父の代から親密だったと言うロスチャイルド家。祖父の代には祖父は、絞る物は絞っていたのでしょう、見下げながら、大富豪である相手から。大貴族にはお茶の子さいさい、のこと王族にあらずんば人にあらず。。ひ弱な孫はきっと、そこまではできない「王子様育ち」。
それから、ヒトラーに利用されゲーリングに甘い言葉を囁かれ。
・・・わたしは、たった11か月で王位を放り投げた兄の後始末に翻弄させられたはずの弟君、ジョージ六世が、放置しておけないので授けることにした「ウインザー公」の称号と、元・王である威厳を保つために与えることとした「扶持」つまり生活費、で、おとなしく「愛の暮らし」を営むのでなく、敵対するヒトラーやゲーリング、などにちやほやされてヤニ下がっているさまを、どんな思いで眺めておられたかと、このたび、じりじりと感じておりました。
要らないことばかりする。まずければ国家の威信を大きく損ねる馬鹿者である。
どういうつもり、どうしてくれるねん(あ、大阪弁ではないですね)あの大バカ兄貴は。
遅れずに生活費は振り込む、惨めな思いはおさせしない、そこのところはきちんと、こちらは、手当てするから。あのツマの分も、出してあげるから。
おとなしく、静かに、黙って、にへら~と暮らしていて・・・あら、何か違って来ましたか。
ま、そういう感じで。
やさいさん。
あほなこと連ねました。
名前は違っても元・殿下と、元・殿下が利用されたりするイヤな国家(嫌われているのは当時のドイツ帝国も現在の中韓も同じだわ)とのすり寄り。貼り付き・吸血具合は、あら、劇似じゃないの~と、調べながら書きながら、胸がどきどきしました。
なんぼ、政治にも何にも関わりを持たれないお立場の方といえど、影響力は大きく強い。
日教組を疑わず育ちつつある、新聞なんか読まない子、でも何だか、こういう風に言うのがいいかな、とか思ってしまう程度のお子、みたいな不用意な発言は、いかがなものか。
いきなり後を継いだ弟君の、
「許可を得ずに帰国するようなことがあれば、王室からの手当ては打ち切る」。
これくらいきっぱりと、わけのわかっておられない方に仰っていただければ、と、遠い昔のよその国のお話しながら、胸が、晴れますのに
追加します。
以前にもひきましたが「新潮45」3月号の中の記事の一部です。
>>>山折哲雄氏の「皇太子殿下ご退位なさいませ」より。
「いま、皇室のあり方が揺れている」
山折氏の論文は、こんな1文から始まる。「心が痛む」のが、
「憂愁の度を深める皇太子・皇太子妃の沈んだ表情」というのだ。
皇太子妃雅子さまが「適応障害」と発表され、治療に入ってから10年目。2013年6月にはご成婚20年目となるが、その約半分の時間を療養に当てていることになる。これを踏まえて山折氏は、皇太子ご一家のあり方に対して国民やメディアが「かならずしも暖かい眼差しをむけているわけではない」と指摘、「冷たい非寛容な視線へと転じていくかもしれない」と危惧する。そこで皇太子さまはご一家で「いわば第2の人生を選ばれてもいい時期」にきているのではないか」とし、これを「皇太子さまによる『退位宣言』」と表現。大胆な案を提示したのだ。
過去にも、「週刊朝日」2012年11月23日号で同様の発言をしていた。朝日新聞元編集委員の岩井克己氏との対談で、皇太子さまの「退位宣言」に言及。「結婚のために王位と祖国を捨ててフランスに移り住んだ英国のウィンザー公という例があります」と補足している。
皇室典範第3条は、
「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる」と定められている。だが皇太子さまはこれに該当せず、ほかに皇太子さまが地位を退くための法的な根拠は見当たらない。「一方的にやめる」というわけにはいかないようだ。
それでも山折氏は、皇太子さまが秋篠宮さまに「譲位」され、ご自身は天皇家ゆかりの地である京都を「第2の人生の場」にされてはどうかと「進言」する。これで雅子さまの病状も回復に向かうだろうというのだ。同氏は「週刊現代」(3月9日号)の取材に「私があの論文(編注:「新潮45」に掲載された文章)を一番届けたいのは、皇太子さまです」と語っている。<<<
・・・重大な事故って・・・。あのヤフオクの一件、相当重大と思いますが。アンタッチャブルか。
母が買ってくれる本も貸本屋のあれこれも。当時の「少女フレンド」に毎月ついていた世界の王室の記事や、写真ページを、わくわく追っていました。
英王室のアン王女はほぼ同年代。同じ年頃でもあちらは王女様、自分は・・とかいった感じは無く、まったくよその世界のこととして楽しんでいました。
英王室で一番きれいなのは、女王の妹のマーガレット王女、と、思い込んでいました。
いっときはスキャンダルの主であられたその王女様の、ご主人が、スノードン伯。
内部告発とかの件で今まだどこかに留め置かれていると聞くスノーデン氏。すぐに、名前似ているな、とか思い出しました。
そして子ども心に、そんなことがあるんだ~、と「へええ」と興味をひかれたのが「王冠を賭けた恋、ウインザー公とシンプソン夫人の物語でした。おませでした。
・・・再びご夫妻について読み進んで、昔は知りも判りもしなかったであろうことの幾つかを、思います。
・エドワード王子(のちのウインザー公)は、乳母の虐待を受けて育った。つねられたり罵倒されたりの王子様時代があった。
・数学が苦手だった、他の様々なことが得手でなかった、級友に「いじめ」を受けていた。
・身体的な訓練を受ける場でも積極的になれず惨めな思いをした。が、素知らぬふりで通した。
・祖父である国王が崩御し、父が王位につき、皇太子となった。
・美男であり、プレイボーイとしてならした。
・ウォリスと出会い、魅かれたが前へ進まず、ウォリスは他の男性と結婚、二児を得た。
・やはりこの人しかいないと思い詰めた。
・紆余曲折を経て以下の有名な声明を出した。ウィキより。1936年。
>>>「私が次に述べることを信じてほしい。愛する女性の助けと支え無しには、自分が望むように重責を担い、国王としての義務を果たすことが出来ないということを。(But you must believe me when I tell you that I have found it impossible to carry the heavy burden of responsibility and to discharge my duties as King as I would wish to do without the help and support of the woman I love.)」
という言葉で名高い退位文書を読み上げた。在位日数はわずか325日で、1483年のエドワード5世以来453年振りに未戴冠のまま退位した国王となった。この一連の出来事を「王冠を捨てた」または「王冠を賭けた恋」とも言う。<<<
なんともロマンティックな話ですが、国がひっくり返る騒ぎだったのも事実だったでしょう。
放送終了後に、王族達と最後の食事を摂った「元国王」のエドワードは、日付が変わった12月12日深夜にポーツマスの軍港から出航し、イギリスを去ったそうです。。
退位後は、弟のヨーク公が「ジョージ6世」として即位しました。現・女王陛下の父上です。
エドワードはオーストリアへ渡り、退位後の行動を嗅ぎ回るパパラッチから身を守るために、イギリス政府が用意したスイスのチューリッヒにあるホテルではなく、祖父の代から親密な関係にあったロスチャイルド家によって準備された、ウィーン郊外の住まいに仮住まい。ウォリスと結婚。
フランスで1、2年間「亡命生活」を過ごした後、再度イギリスで生活することを仮定していたが、メアリー王太后(母)とエリザベス王妃(妻)を味方につけたジョージ6世が
「許可を得ずに帰国するようなことがあれば、王室からの手当を打ち切る」と強硬な態度に出たため、実現には至らなかった。
>>>1937年10月、ウィンザー公夫妻はイギリス政府の忠告に反してヒトラーの招待を受けてドイツを訪問し、ヒトラーの山荘であるベルヒテスガーデンに滞在した。夫妻の訪独はドイツのメディアで大々的に報道され、滞在中の挨拶はナチス式敬礼で通していた。<<<
↑このようなことは、子どもの頃にはわからず、今、改めて知った部分です。
ウインザー公夫妻は、ヒトラーやゲーリングに近い、と見られる振る舞いが多く、祖国イギリスでは困った存在であり批判もされ、しかし公は、ますます「取り込まれ」る感じになって行った。
よく判る構図です。
対独強硬派のチャーチル首相が
「ウィンザー公の欧州戦争に対する影響力を最小限に止めたい」と主張して、ヨーロッパの戦場から遠く離れたバハマにおける総督と駐在イギリス軍の総司令官に任命したりしました。
名誉職、閑職ではありましたが、英独関係が悪化の一途をたどる中、しばしばドイツを訪問して大歓迎を受けたりする「国王の兄」は、大迷惑以上の存在だった。その地では夫人と共に、人種差別的な言動が多かったと言われています。
ヒトラーはイギリスを降伏させたあとの傀儡政権のトップとしてウィンザー公を利用する計画だったと解っています。
また、公ご自身が、ヘルマン・ゲーリングとの間に、ドイツが勝利した後に自身をイギリス国王へ返り咲かせる、という密約を結んだうえで、連合国の情報をドイツにリークしていた、という疑惑が挙がったこともあります。
戦争終結後は、おとなしくしておられた、という次第。
つまり、英王室のウインザー公の話は、よその国の「王冠を賭けた恋」のロマンティックを、飛び越えた話として、いま現在の私の胸の何かに、触れました。
弟の方の出来のいいことが歴然としていた少年時代。
心身ともにコンプレックスの強かった学生時代。
あまたの縁談を振り払って自分が決めた女性への執着。これ自体は、仕方のないこと、の範囲でしょうか、王位継承権第一位の王族の立場でなければ。英王室の認めにくいアメリカ人で、相手が無ければ。
相手を離婚させて結婚することを選び、彼女と一緒でなければ何もできないと宣言し、それが許されなかったので、王冠を捨てて、その場を去った。一人の男として生きようとした・・・のだったか。
それなら、それに徹して過ごされれば、だったのですが、隠居を決め込むには公はまだお若く、自分が捨てたはずなのに執着を断ち切れない大きなものもあり。
国を追われても前王の第一王子。群がって来る者は多い。放っておかない。
まず頼ったのが、国が用意した場所でなく、ロスチャイルド家。欧州でのユダヤ系資産家への視線を、ご存じなかったはずは・・・あるか無いかはわかりませんが。祖父の代から親密だったと言うロスチャイルド家。祖父の代には祖父は、絞る物は絞っていたのでしょう、見下げながら、大富豪である相手から。大貴族にはお茶の子さいさい、のこと王族にあらずんば人にあらず。。ひ弱な孫はきっと、そこまではできない「王子様育ち」。
それから、ヒトラーに利用されゲーリングに甘い言葉を囁かれ。
・・・わたしは、たった11か月で王位を放り投げた兄の後始末に翻弄させられたはずの弟君、ジョージ六世が、放置しておけないので授けることにした「ウインザー公」の称号と、元・王である威厳を保つために与えることとした「扶持」つまり生活費、で、おとなしく「愛の暮らし」を営むのでなく、敵対するヒトラーやゲーリング、などにちやほやされてヤニ下がっているさまを、どんな思いで眺めておられたかと、このたび、じりじりと感じておりました。
要らないことばかりする。まずければ国家の威信を大きく損ねる馬鹿者である。
どういうつもり、どうしてくれるねん(あ、大阪弁ではないですね)あの大バカ兄貴は。
遅れずに生活費は振り込む、惨めな思いはおさせしない、そこのところはきちんと、こちらは、手当てするから。あのツマの分も、出してあげるから。
おとなしく、静かに、黙って、にへら~と暮らしていて・・・あら、何か違って来ましたか。
ま、そういう感じで。
やさいさん。
あほなこと連ねました。
名前は違っても元・殿下と、元・殿下が利用されたりするイヤな国家(嫌われているのは当時のドイツ帝国も現在の中韓も同じだわ)とのすり寄り。貼り付き・吸血具合は、あら、劇似じゃないの~と、調べながら書きながら、胸がどきどきしました。
なんぼ、政治にも何にも関わりを持たれないお立場の方といえど、影響力は大きく強い。
日教組を疑わず育ちつつある、新聞なんか読まない子、でも何だか、こういう風に言うのがいいかな、とか思ってしまう程度のお子、みたいな不用意な発言は、いかがなものか。
いきなり後を継いだ弟君の、
「許可を得ずに帰国するようなことがあれば、王室からの手当ては打ち切る」。
これくらいきっぱりと、わけのわかっておられない方に仰っていただければ、と、遠い昔のよその国のお話しながら、胸が、晴れますのに
追加します。
以前にもひきましたが「新潮45」3月号の中の記事の一部です。
>>>山折哲雄氏の「皇太子殿下ご退位なさいませ」より。
「いま、皇室のあり方が揺れている」
山折氏の論文は、こんな1文から始まる。「心が痛む」のが、
「憂愁の度を深める皇太子・皇太子妃の沈んだ表情」というのだ。
皇太子妃雅子さまが「適応障害」と発表され、治療に入ってから10年目。2013年6月にはご成婚20年目となるが、その約半分の時間を療養に当てていることになる。これを踏まえて山折氏は、皇太子ご一家のあり方に対して国民やメディアが「かならずしも暖かい眼差しをむけているわけではない」と指摘、「冷たい非寛容な視線へと転じていくかもしれない」と危惧する。そこで皇太子さまはご一家で「いわば第2の人生を選ばれてもいい時期」にきているのではないか」とし、これを「皇太子さまによる『退位宣言』」と表現。大胆な案を提示したのだ。
過去にも、「週刊朝日」2012年11月23日号で同様の発言をしていた。朝日新聞元編集委員の岩井克己氏との対談で、皇太子さまの「退位宣言」に言及。「結婚のために王位と祖国を捨ててフランスに移り住んだ英国のウィンザー公という例があります」と補足している。
皇室典範第3条は、
「皇嗣に、精神若しくは身体の不治の重患があり、又は重大な事故があるときは、皇室会議の議により、前条に定める順序に従つて、皇位継承の順序を変えることができる」と定められている。だが皇太子さまはこれに該当せず、ほかに皇太子さまが地位を退くための法的な根拠は見当たらない。「一方的にやめる」というわけにはいかないようだ。
それでも山折氏は、皇太子さまが秋篠宮さまに「譲位」され、ご自身は天皇家ゆかりの地である京都を「第2の人生の場」にされてはどうかと「進言」する。これで雅子さまの病状も回復に向かうだろうというのだ。同氏は「週刊現代」(3月9日号)の取材に「私があの論文(編注:「新潮45」に掲載された文章)を一番届けたいのは、皇太子さまです」と語っている。<<<
・・・重大な事故って・・・。あのヤフオクの一件、相当重大と思いますが。アンタッチャブルか。
勝手に考え勝手に疲れ。うむむ。
イギリス王室に赤ちゃんがお生まれになり、今朝は新しいパパママの喜びに溢れた笑顔を、テレビで拝見しました。
出産後間もないキャサリン妃の、お陽さまで洗ったようなすがすがしい素顔。未だぽっこりの引いていないお腹の様子が可愛らしく、その体を包むシンプルな、しかしきちんとロイヤルブルーで抑えているワンピースも好もしく。ウィリアム王子のぎごちない抱っこのさまも、祖母ちゃん世代であるわがニッコリ、を誘ってくれました。
おめでとうございます。
赤ちゃんのお父さんは正式に記すと「ケンブリッジ公爵ウィリアム王子殿下」だそうです。ひいお祖母さまの現イギリス女王陛下エリザベス二世を頂点といただく「スチュアート家」は成立以来約400年。
世界の王家はどんどん消滅し、イギリス王とトランプの王だけが最後に残る、とジョークの種になる英王室と言えども、まだ400年余の歴史です。
ヨーロッパの王室とは、戦う事によって勝ち取って行く地位。
戦争で勝った王の息子や娘が王の死後その跡を襲うことがあっても、長く続くことはほとんど無かった。親子、きょうだい同士での争いもあったから。王としての実権を取る、守るために。
反対する立場の者は、容赦なく排除する。子々孫々に至るまで、消してしまう。
そして血統とは離れた別の条件下の異国人との政略結婚の繰り返しで、今もヨーロッパの王室はほぼすべてが親戚状態です。互いにけん制し合っているとも言える。
力だけが、王、王室を守るものだった。
エリザベス一世の父親のヘンリー(八世)のように、自分の気にいった女を妻の位置におくため、国が定めた宗教さえ変えさせる。そんなこともあった。
そういう歴史を持った、イギリスの王室です。
現女王は、時の国王の二男殿下の長女であられたのが、伯父上にあたる、お父様のお兄ちゃんの(のちの)ウインザー公が、王室の許さぬ、離婚歴のあるアメリカ女性のシンプソン夫人と、どーしても結婚したい、と意志を変えられなかったので王室は公を廃位させ、ジョージ六世は王となり、その長女のエリザベスが、次の女王となられた。
ウインザー公ご夫妻は、静かに睦まじいひと世を共に生きられ、最後まで謹んで暮らされた。という物語になっています。実際、生涯、仲はおよろしかった。王家とはほぼ断絶状態が続いていたが、公の没される前、現女王はお見舞いをしておられます。
いきなり国王になることになってしまわれたジョージ六世は、第二次世界大戦の折りにも、兵や国民のことをお考えになって動かれる、立派な王様だったということです。当時の日本とは敵対関係でしたが。
あ、そうだ。
今でもイギリス王室では、王子様がたを、兵士として出されるのですね。
チャールズ皇太子の二人の弟王子も、今のヘンリー王子も。
ディスコなんかで遊んでいる写真やいろいろ、出ていますが、きちんと前線にも出る。
ノブレス・オブリージュの概念は、教会とは全く別の存在である王室・・・ノブレス・オブリージュとは、以下の意味。
>>>「特権的な地位には相応の義務が伴う」という倫理の一つであり、階級制度や貴族社会を正当化し、あるいは擁護する際にも援用される言葉。
王侯貴族など特権的な地位にあるものは、相応の義務(経済的な支出、役務の提供、戦争への志願など)を自発的に果たすことが慣習的に求められる。だからといって「そう かんけいないね」と言ったりすると貴族といえど周囲から白い目で見られることは想像に難くない。
具体的な行動の例としては、第一次世界大戦におけるイギリス貴族の子弟が積極的に従軍し、最前線で戦ったことが挙げられる。その結果として従軍したイギリス貴族の死亡率はイギリス軍全体の平均死亡率の倍にものぼり、イギリスにおける貴族階級衰退の原因ともなった。特権階級であり続けるのは中々に命懸けの行為なのである<<<。
にとって重い意味を持つ概念でありましょう。
・・・イギリスの王室が開放的で、アン王女などもけっこう、でしたが奔放、自由なのは、国民から尊敬される必要がない。からなのだそうです。奇妙な言い方ではあります。
エリザベス女王は大農園などの大地主であり、ロンドン市内の一等地に広大な土地を所有し、貸している。その収入は莫大なもので、しかも無税なのだと。
世界一巨大なダイヤモンドのついた王冠をはじめとして膨大な数と言われる宝石類、幾つものお城やなにやかや(すみません、財産と言うものを持ったことが無いので、どんなものが王室の所有物にあたるのか見当がつかず、あれやこれ、としか。貧しい乏しい知識でしか書けません)、とにかく、イギリスの王室(別の言い方をすれば、超・大貴族)は、もんのすごっくお金持ち、資産家、お大尽なのであります。
スチュワート家の、財産。どんな手段で集まったものかは問わねど、とにかく王室の所有物。それがある。
税金がかからない、ということには、その後、かかるようになったとか諸説あります、が、自分たちの力で生活しておられる(って、みみっちい言い方ですね、すみません)お家なんです。ゼイタクしてもいい、でも、慈善もなさらないと軽蔑される。
そこに、ノブレス・オブリージュ、という「感覚」が、はまるのではないかと。
・・・金のスプーンをくわえて生まれた、とか、絹のおしめ、とかの言い方があります。
このたびご誕生の王子様は、それにあたるお方なのでしょう。
王子様に金のスプーンをくわえさせたところで、かの国の王族が、何を言われることも無い。
そんなことを、自らのお立場をわきまえた王子ご夫妻がなさるとは、私には思えませんけれど。
今朝のテレビでの様子では、普通に公園デビューなどもされそうです。警備、警護の必要なのは言うまでもないけど。
って、長々、書いております。
またあのお方のことを書いてしまいます。
失礼ながら雅子さんは、ご自分の入られる皇室について、ヨーロッパの王室のようなものだとの思い違いがあったのではないか、と。
全く違います。
天皇の仕事で最も重要なのは祭りです。
祭祀です。
世界中に、天皇、皇太子と、その妃にしかできない(許されない)祭祀を行う家が皇室。
無私、無欲のみこころで、国家の安寧、国民の繁栄を祈って下さるのが、皇室の由縁。
なんとお厳しいお立場。唯一無二のお立場。
>>> 太古の昔より、代々の天皇は、毎朝、はるかに伊勢神宮を拝する石灰壇の御拝(いしばいだんのぎょはい)を欠かされたことはありませんでした。明治以後は侍従による毎朝御代拝(まいちょうごだいはい)に代わりましたが、御代拝の間、天皇陛下は御座所でお慎みになるのです。
昭和天皇はこうお詠みになっています。
「わが庭の宮居に祭る神々に世の平らぎをいのる朝々」
神に祈りを捧げることこそ天皇の仕事であり、外交やなんやらは些事にすぎません。
陛下の言霊の力によって今日も平安に過ごせることを感謝し(以下・略)<<<
このことが、一番わかっておられないとしか考えられない現・東宮夫婦。
どうなってしまうのか。
・・・余談です、これも。
今の日本に「不敬罪」はありません。
数十年前だったら、毎日このごときブログを書いているKUON、ちょっと来い、と引っ張られて、暑いところや寒い所で、痛いことなどされてビビり上がる。みたいなことが、あったかも知れません。
今はそれ、無いのです。
ご皇室を、無理やり尊敬申し上げなくてはならん、、ということも無い。
でも私は、無理に、ぢゃなく、ご皇室を特別なものとして戴いてしまっているのですね。
理屈はいいです。わたしはそうなのだ、という事実があるだけ。
そして、昔の、じいちゃんやばあちゃんたちのように、無理にも敬わねば、の縛りが無いだけ、自主的に、己の欲するままに、皇室に対する思いを抱けるのだと思います。
あの夫婦への「何してるんだ~」感も、そこらあたりから来ているのでしょうね。
自分の立場くらいは、いくらなんでも~とか。
おかしいですよ。放置してあるの。そう思う。うむ。
出産後間もないキャサリン妃の、お陽さまで洗ったようなすがすがしい素顔。未だぽっこりの引いていないお腹の様子が可愛らしく、その体を包むシンプルな、しかしきちんとロイヤルブルーで抑えているワンピースも好もしく。ウィリアム王子のぎごちない抱っこのさまも、祖母ちゃん世代であるわがニッコリ、を誘ってくれました。
おめでとうございます。
赤ちゃんのお父さんは正式に記すと「ケンブリッジ公爵ウィリアム王子殿下」だそうです。ひいお祖母さまの現イギリス女王陛下エリザベス二世を頂点といただく「スチュアート家」は成立以来約400年。
世界の王家はどんどん消滅し、イギリス王とトランプの王だけが最後に残る、とジョークの種になる英王室と言えども、まだ400年余の歴史です。
ヨーロッパの王室とは、戦う事によって勝ち取って行く地位。
戦争で勝った王の息子や娘が王の死後その跡を襲うことがあっても、長く続くことはほとんど無かった。親子、きょうだい同士での争いもあったから。王としての実権を取る、守るために。
反対する立場の者は、容赦なく排除する。子々孫々に至るまで、消してしまう。
そして血統とは離れた別の条件下の異国人との政略結婚の繰り返しで、今もヨーロッパの王室はほぼすべてが親戚状態です。互いにけん制し合っているとも言える。
力だけが、王、王室を守るものだった。
エリザベス一世の父親のヘンリー(八世)のように、自分の気にいった女を妻の位置におくため、国が定めた宗教さえ変えさせる。そんなこともあった。
そういう歴史を持った、イギリスの王室です。
現女王は、時の国王の二男殿下の長女であられたのが、伯父上にあたる、お父様のお兄ちゃんの(のちの)ウインザー公が、王室の許さぬ、離婚歴のあるアメリカ女性のシンプソン夫人と、どーしても結婚したい、と意志を変えられなかったので王室は公を廃位させ、ジョージ六世は王となり、その長女のエリザベスが、次の女王となられた。
ウインザー公ご夫妻は、静かに睦まじいひと世を共に生きられ、最後まで謹んで暮らされた。という物語になっています。実際、生涯、仲はおよろしかった。王家とはほぼ断絶状態が続いていたが、公の没される前、現女王はお見舞いをしておられます。
いきなり国王になることになってしまわれたジョージ六世は、第二次世界大戦の折りにも、兵や国民のことをお考えになって動かれる、立派な王様だったということです。当時の日本とは敵対関係でしたが。
あ、そうだ。
今でもイギリス王室では、王子様がたを、兵士として出されるのですね。
チャールズ皇太子の二人の弟王子も、今のヘンリー王子も。
ディスコなんかで遊んでいる写真やいろいろ、出ていますが、きちんと前線にも出る。
ノブレス・オブリージュの概念は、教会とは全く別の存在である王室・・・ノブレス・オブリージュとは、以下の意味。
>>>「特権的な地位には相応の義務が伴う」という倫理の一つであり、階級制度や貴族社会を正当化し、あるいは擁護する際にも援用される言葉。
王侯貴族など特権的な地位にあるものは、相応の義務(経済的な支出、役務の提供、戦争への志願など)を自発的に果たすことが慣習的に求められる。だからといって「そう かんけいないね」と言ったりすると貴族といえど周囲から白い目で見られることは想像に難くない。
具体的な行動の例としては、第一次世界大戦におけるイギリス貴族の子弟が積極的に従軍し、最前線で戦ったことが挙げられる。その結果として従軍したイギリス貴族の死亡率はイギリス軍全体の平均死亡率の倍にものぼり、イギリスにおける貴族階級衰退の原因ともなった。特権階級であり続けるのは中々に命懸けの行為なのである<<<。
にとって重い意味を持つ概念でありましょう。
・・・イギリスの王室が開放的で、アン王女などもけっこう、でしたが奔放、自由なのは、国民から尊敬される必要がない。からなのだそうです。奇妙な言い方ではあります。
エリザベス女王は大農園などの大地主であり、ロンドン市内の一等地に広大な土地を所有し、貸している。その収入は莫大なもので、しかも無税なのだと。
世界一巨大なダイヤモンドのついた王冠をはじめとして膨大な数と言われる宝石類、幾つものお城やなにやかや(すみません、財産と言うものを持ったことが無いので、どんなものが王室の所有物にあたるのか見当がつかず、あれやこれ、としか。貧しい乏しい知識でしか書けません)、とにかく、イギリスの王室(別の言い方をすれば、超・大貴族)は、もんのすごっくお金持ち、資産家、お大尽なのであります。
スチュワート家の、財産。どんな手段で集まったものかは問わねど、とにかく王室の所有物。それがある。
税金がかからない、ということには、その後、かかるようになったとか諸説あります、が、自分たちの力で生活しておられる(って、みみっちい言い方ですね、すみません)お家なんです。ゼイタクしてもいい、でも、慈善もなさらないと軽蔑される。
そこに、ノブレス・オブリージュ、という「感覚」が、はまるのではないかと。
・・・金のスプーンをくわえて生まれた、とか、絹のおしめ、とかの言い方があります。
このたびご誕生の王子様は、それにあたるお方なのでしょう。
王子様に金のスプーンをくわえさせたところで、かの国の王族が、何を言われることも無い。
そんなことを、自らのお立場をわきまえた王子ご夫妻がなさるとは、私には思えませんけれど。
今朝のテレビでの様子では、普通に公園デビューなどもされそうです。警備、警護の必要なのは言うまでもないけど。
って、長々、書いております。
またあのお方のことを書いてしまいます。
失礼ながら雅子さんは、ご自分の入られる皇室について、ヨーロッパの王室のようなものだとの思い違いがあったのではないか、と。
全く違います。
天皇の仕事で最も重要なのは祭りです。
祭祀です。
世界中に、天皇、皇太子と、その妃にしかできない(許されない)祭祀を行う家が皇室。
無私、無欲のみこころで、国家の安寧、国民の繁栄を祈って下さるのが、皇室の由縁。
なんとお厳しいお立場。唯一無二のお立場。
>>> 太古の昔より、代々の天皇は、毎朝、はるかに伊勢神宮を拝する石灰壇の御拝(いしばいだんのぎょはい)を欠かされたことはありませんでした。明治以後は侍従による毎朝御代拝(まいちょうごだいはい)に代わりましたが、御代拝の間、天皇陛下は御座所でお慎みになるのです。
昭和天皇はこうお詠みになっています。
「わが庭の宮居に祭る神々に世の平らぎをいのる朝々」
神に祈りを捧げることこそ天皇の仕事であり、外交やなんやらは些事にすぎません。
陛下の言霊の力によって今日も平安に過ごせることを感謝し(以下・略)<<<
このことが、一番わかっておられないとしか考えられない現・東宮夫婦。
どうなってしまうのか。
・・・余談です、これも。
今の日本に「不敬罪」はありません。
数十年前だったら、毎日このごときブログを書いているKUON、ちょっと来い、と引っ張られて、暑いところや寒い所で、痛いことなどされてビビり上がる。みたいなことが、あったかも知れません。
今はそれ、無いのです。
ご皇室を、無理やり尊敬申し上げなくてはならん、、ということも無い。
でも私は、無理に、ぢゃなく、ご皇室を特別なものとして戴いてしまっているのですね。
理屈はいいです。わたしはそうなのだ、という事実があるだけ。
そして、昔の、じいちゃんやばあちゃんたちのように、無理にも敬わねば、の縛りが無いだけ、自主的に、己の欲するままに、皇室に対する思いを抱けるのだと思います。
あの夫婦への「何してるんだ~」感も、そこらあたりから来ているのでしょうね。
自分の立場くらいは、いくらなんでも~とか。
おかしいですよ。放置してあるの。そう思う。うむ。
慈愛、自愛、盲愛、我執。
長野県の東宮一家の定宿、例のホテルは、とうに予約済み。
新幹線も、当然予約済み。夏休みだ、静養しなければ。
頑張っているまさこと、がんばっているかどうかはぼくにはさっぱりわからないけどとにかく愛子はぼくには可愛いんだろうねそれもよくわからない、可愛いってどーゆーこと? ええと、だから静養させなくては。ぼくだって妻と娘のきげんがいいと静養になるのだからしっかり静養計画でばっちり静養しなくては。あああ、暑い東京になんかいられないよ、みんな毎朝、電車とかバスとか地下鉄とかに乗って仕事に行くのかなこくみんは大変だってそういうことかなぼくにはよくわからないよ、わからないことはかんがえないのがいいね、うふふうふふふふ、にへにへにへへへら、あとよろ。ああそうだカメラのていれはわすれないようにしないとね。このまえも誰かがぼくのカメラのかまえかたにとくちょうがとか書いてたみたいだがカメラの持ち方なんてええとぼくは、両手でこうやってえ支えるかな、あの動画にうつってたのをみるとわかるそうだ、あのドウガッってなんだ、ボクはわすれたよ、みんなみんなわすれてしまったことになっているんだよ。あとよろ。
スノードン氏と言う、気の弱そうな盗聴内部告発者のアメリカ人の行く末が未だ定まっていないようです。
盗聴。日本人のごく普通の人にはピンと来ないこと。
皇室の方々・・と、ひとくくりにしては申し訳ない、お気楽な東宮家のあのひとたち、と、ポイント決めて言いましょう、東宮と奥さんは、そういうことが世の中で起きていても、ご自身に引き付けて考えたりはなさらないように思えます。
昨日、朝から選挙の投票に行き、なるほど~、と思った。
あの人たち、選挙権も無いのだし~。
もしも、日本人の経営でないホテルの、やんごとないあたりが連泊されるホテルが、盗聴機能ばっちりと備えられており、危機感ゼロの呑気なひとびとが、何を喋っているにしても。
国家の興亡に関するような内容のあるわけも無く。
・・・なんて、舐めてはいけないと思うんです。
宗像大社(宗像市)を参拝した際には、沖ノ島の出土品をご鑑賞。
朝鮮半島から渡来したという馬具などを見て「朝鮮半島との結び付きの強さを感じます」と話された。
・・・・・・・・・・
言ってはいけないこと
ご時世的に控えたほうがいいこと
・・・・お分かりではないのでしょうか。
従軍慰安婦問題、ヘイトスピーチ問題、韓国は仏像を盗っていったまま返さない、靖國神社での放尿問題、李明博の天皇侮辱発言、日王謝罪要求、朴槿恵の恨みは千年忘れない発言・・・竹島問題・・・・他。
ニュースをチェック、次期天皇として世相や、国際情勢、外交問題をお勉強ではないのでしょうか。
「我が国と朝鮮半島との結びつきの強さを感じました」
の他に口にされたお言葉は、
祭祀に用いられる、出土品に関して、
「大変貴重なものですね」
(-_-;) あのぅ、順番(だけ)から行ったら、次期天皇陛下になられるお方では?
天皇陛下って、日本の神官の最高位におわす祭祀王なのでは?<<<
「お電波べべこ」さんの所から、勝手にひかせて頂きました。この方が、もしも何か、困ったことを口から普通にお出しになって、妃殿下がもっとごっつい話題に折り曲げて、すっごい話になったとしたら・・・なったとしても、幸か不幸か、不幸に決まってるんだが、日本側に「いい」話ではないのだろうから、かんまんのかね。言う人間が愚かか否かは問わず、立場上の問題が起こって来る可能性は、付いてまわる。
ボクそんなつもりでは、では通らんこともあるでしょ、ナルちゃん。
あのホテルでは、現在も来日中(居候中?)の親や、税金で食い稼ぎする(ま、お下品なKUON)のが大好きな礼節ご姉妹も?。
オワリダ氏は「優雅礼節」ってお習字、貼りだしてもらってたこと、あるんですぜ。
妻と三人の娘の名前。
>>>天皇皇后両陛下が東日本大震災以降、3回目となる福島県訪問に出発されました。
両陛下は、22日午前11時に臨時専用列車で東京駅を出発されました。午後0時半ごろ、福島駅に到着すると、出迎えた大勢の市民に手を振りながら車に乗り込まれました。両陛下は、飯舘村の放射線量を測る特殊なカメラの部品工場を視察するほか、飯舘村の3つの小学校の合同仮設校舎で復興状況の説明を受けられます。福島県を訪れるのは震災以降3回目です。居住制限区域内を訪問するのは初めてで、23日は風評被害を受けたモモの生産農家などを訪問される予定です。
最終更新:7月22日(月)13時37分<<<
両陛下は、炎暑をついて被災地をご訪問。
ナルに届くものは何も無い、と、とっても遠い視線で激務を眺める方が増えて来ているようで。
・・・以下のことを、以前どこかのサイトで読んで、残してあったのです。
何か、そうかもしれない、みたいの感じ、そうなのなら、こうしてどうだこうだ、と言っていることの総ては、マリアナ海溝の深奥部を見たがって無いものねだりをする子どものように、どうしようもないものだなあ、と、脱力しそうな。
民、が、何を言うても思うても、か。
>>>615 : 本当にあった怖い名無し: 2013/05/13(月) 22:03:59.57 ID:EbG8AyTLO
霊的なことかしきたりかわからないが、こう思うことがある。
皇室では、席(位)と人(その身位に現在ついている人間)を、完全に分けて考えるのではないかと。
完っ全!に。
陛下が帰国の挨拶をお受けになり、慰労されるのは皇太子という席に対して。
それをなさらないという選択肢はない。
それは神事の一部のようなもの。
席に人が座っていなくても行われるのかもしれない。
当たり前のことに見えるかもしれないが、ここを分けて見ないと理解できないことがある気がする。
そして最近は本当に皇太子が座っていない空席だけで行われているような気さえする。<<<
ぐううっとね、考えてしまいましたよ。
藍色さん。
熱心にコメントを下さり、ありがとうございます。
「祈り」と題されたコメントを読ませていただいて、腹が立ってきましたよ。藍色さんにでなく、こんな思いを抱いてくれる国民に対して、いま、あまりにも何というか・・・わかっちゃいない、うえつかた、に対して。
>>>親の願い通り、子が育たないのは、私自身の事を考えれば、よく分かるからです。
陛下には、成長過程をお考えになるより、現在の姿を冷静に観察し、粛々と結論を出して頂きたい、と思います。
「全責任は皇太子自身にある」でいいのです。<<<
と仰りながらも、陛下のお気持ちを(不敬な言いようだとしても)忖度しておられる、親としての心持に対して鈍感ではおられない藍色さん、であろうと、深読みしてしまいますので。
じわじわと、東宮夫婦のみでなく両陛下へのさまざまな思いが、表出してくる気配があります。
私自身、ちょっとわかりませんわ~、と感じるところもあります。いいかげん、とか、いつまで、こうなってもまだ、とか、そういう感情です。
>>>連中の言い訳のネタに利用されないため「そうは言い切れない」という説も、一緒に言っておこうと思っているのです。<<<
藍色さんのこのお気持ちって、自分を通り越えた「愛国」「皇室への愛」ですよね。
愛、という言葉が軽ければ、用いる私自身の軽さであることにして下さい。藍色さんの「愛」は深い。
一人の人間が、こんな「純」な気持ちで、このことをずっと、考えておられることに打たれるし、こんなことがわかっているはずもない、あの愚か者 に対して、やはり、腹が立ちます。
悔しい感じも、あります。
私も陛下が「皇太子と秋篠がいるから」、と仰ったのは知っていますが、親にとっては二人の息子、一緒に遊んでいた可愛い子ら、であっても、主に長男坊の方にもはや、そんな、弟君に対する気持ちが、あるや否やもわからんし・・・無いだろう、ますます無くなるだろう、とか、考えております。これも、言いだせば、噴火の予兆が。
お逃げになるのか、とか、思ってしまったし・・・私は、陛下が。
またコメント下さい。
すけみちさん。
おひいさまって、いざとなれば過激度、マックスになるって思っておりましたが。
うひゃひゃ。来られましたね、ストレートに、バカ、と。
いいぞ!。
>>>私の母も皇后陛下の大学の先輩にあたります。多感な時期の女の子が受けた宗教的教育の刷り込みは一生ついて周ると思います。母もそうですが、普段は平均的に暮らすも、何か特定のことがらになると「かたくな」なほど、キリスト教的慈愛と許容する自分が好きなのです。皇后陛下にはたいへんご無礼な言い方になりますが、おそらくバカ息子と嫁に内心呆れていても「私達が突き放したら、もう彼らは許しを得られなくなる」とお考えになるのではないかという思考回路になるのでしょう。残念ですが、その時点では国民の幸せや安寧などは頭のなかには無いと思います。<<<
ここなどは、不肖わたくし、そうそうそうそうと、うなずき続けて、むち打ちになりそう。
>>>許容する自分が好きなのです。<<<
このフレーズは、お母さまを語るに厳しい一言と感じますが、素直に私も書かせていただきます、これがすけみちさんの誠実、誠意であるのだなと。
「慈愛と、許容する自分が好き。」おそろしい言葉ですよ。慈愛でなくこれは、自愛、ですから。
バカ息子に対する盲愛、妄執の愛、妄愛。我執。
悲しい愛でもあります。と思う。すべてをぶち壊す愛、でもあってしまうのだから。
迷惑、でもあります。言ってよければ。
すべてはもう、平らに、平らに、とは、行かないところへ来ているでしょう(だといいですが)。
仰る通り、バカに、すみやかにさって頂きたいです。
去ってくれたら、あと、ごちゃごちゃ、言いませんてば。
そのお立場にあるバカが危ういのであって、よそのカンケイなバカには、そんな、何も。言うほど暇でない。
またのコメント、お待ち申し上げます。
新幹線も、当然予約済み。夏休みだ、静養しなければ。
頑張っているまさこと、がんばっているかどうかはぼくにはさっぱりわからないけどとにかく愛子はぼくには可愛いんだろうねそれもよくわからない、可愛いってどーゆーこと? ええと、だから静養させなくては。ぼくだって妻と娘のきげんがいいと静養になるのだからしっかり静養計画でばっちり静養しなくては。あああ、暑い東京になんかいられないよ、みんな毎朝、電車とかバスとか地下鉄とかに乗って仕事に行くのかなこくみんは大変だってそういうことかなぼくにはよくわからないよ、わからないことはかんがえないのがいいね、うふふうふふふふ、にへにへにへへへら、あとよろ。ああそうだカメラのていれはわすれないようにしないとね。このまえも誰かがぼくのカメラのかまえかたにとくちょうがとか書いてたみたいだがカメラの持ち方なんてええとぼくは、両手でこうやってえ支えるかな、あの動画にうつってたのをみるとわかるそうだ、あのドウガッってなんだ、ボクはわすれたよ、みんなみんなわすれてしまったことになっているんだよ。あとよろ。
スノードン氏と言う、気の弱そうな盗聴内部告発者のアメリカ人の行く末が未だ定まっていないようです。
盗聴。日本人のごく普通の人にはピンと来ないこと。
皇室の方々・・と、ひとくくりにしては申し訳ない、お気楽な東宮家のあのひとたち、と、ポイント決めて言いましょう、東宮と奥さんは、そういうことが世の中で起きていても、ご自身に引き付けて考えたりはなさらないように思えます。
昨日、朝から選挙の投票に行き、なるほど~、と思った。
あの人たち、選挙権も無いのだし~。
もしも、日本人の経営でないホテルの、やんごとないあたりが連泊されるホテルが、盗聴機能ばっちりと備えられており、危機感ゼロの呑気なひとびとが、何を喋っているにしても。
国家の興亡に関するような内容のあるわけも無く。
・・・なんて、舐めてはいけないと思うんです。
宗像大社(宗像市)を参拝した際には、沖ノ島の出土品をご鑑賞。
朝鮮半島から渡来したという馬具などを見て「朝鮮半島との結び付きの強さを感じます」と話された。
・・・・・・・・・・
言ってはいけないこと
ご時世的に控えたほうがいいこと
・・・・お分かりではないのでしょうか。
従軍慰安婦問題、ヘイトスピーチ問題、韓国は仏像を盗っていったまま返さない、靖國神社での放尿問題、李明博の天皇侮辱発言、日王謝罪要求、朴槿恵の恨みは千年忘れない発言・・・竹島問題・・・・他。
ニュースをチェック、次期天皇として世相や、国際情勢、外交問題をお勉強ではないのでしょうか。
「我が国と朝鮮半島との結びつきの強さを感じました」
の他に口にされたお言葉は、
祭祀に用いられる、出土品に関して、
「大変貴重なものですね」
(-_-;) あのぅ、順番(だけ)から行ったら、次期天皇陛下になられるお方では?
天皇陛下って、日本の神官の最高位におわす祭祀王なのでは?<<<
「お電波べべこ」さんの所から、勝手にひかせて頂きました。この方が、もしも何か、困ったことを口から普通にお出しになって、妃殿下がもっとごっつい話題に折り曲げて、すっごい話になったとしたら・・・なったとしても、幸か不幸か、不幸に決まってるんだが、日本側に「いい」話ではないのだろうから、かんまんのかね。言う人間が愚かか否かは問わず、立場上の問題が起こって来る可能性は、付いてまわる。
ボクそんなつもりでは、では通らんこともあるでしょ、ナルちゃん。
あのホテルでは、現在も来日中(居候中?)の親や、税金で食い稼ぎする(ま、お下品なKUON)のが大好きな礼節ご姉妹も?。
オワリダ氏は「優雅礼節」ってお習字、貼りだしてもらってたこと、あるんですぜ。
妻と三人の娘の名前。

>>>天皇皇后両陛下が東日本大震災以降、3回目となる福島県訪問に出発されました。
両陛下は、22日午前11時に臨時専用列車で東京駅を出発されました。午後0時半ごろ、福島駅に到着すると、出迎えた大勢の市民に手を振りながら車に乗り込まれました。両陛下は、飯舘村の放射線量を測る特殊なカメラの部品工場を視察するほか、飯舘村の3つの小学校の合同仮設校舎で復興状況の説明を受けられます。福島県を訪れるのは震災以降3回目です。居住制限区域内を訪問するのは初めてで、23日は風評被害を受けたモモの生産農家などを訪問される予定です。
最終更新:7月22日(月)13時37分<<<
両陛下は、炎暑をついて被災地をご訪問。
ナルに届くものは何も無い、と、とっても遠い視線で激務を眺める方が増えて来ているようで。
・・・以下のことを、以前どこかのサイトで読んで、残してあったのです。
何か、そうかもしれない、みたいの感じ、そうなのなら、こうしてどうだこうだ、と言っていることの総ては、マリアナ海溝の深奥部を見たがって無いものねだりをする子どものように、どうしようもないものだなあ、と、脱力しそうな。
民、が、何を言うても思うても、か。
>>>615 : 本当にあった怖い名無し: 2013/05/13(月) 22:03:59.57 ID:EbG8AyTLO
霊的なことかしきたりかわからないが、こう思うことがある。
皇室では、席(位)と人(その身位に現在ついている人間)を、完全に分けて考えるのではないかと。
完っ全!に。
陛下が帰国の挨拶をお受けになり、慰労されるのは皇太子という席に対して。
それをなさらないという選択肢はない。
それは神事の一部のようなもの。
席に人が座っていなくても行われるのかもしれない。
当たり前のことに見えるかもしれないが、ここを分けて見ないと理解できないことがある気がする。
そして最近は本当に皇太子が座っていない空席だけで行われているような気さえする。<<<
ぐううっとね、考えてしまいましたよ。
藍色さん。
熱心にコメントを下さり、ありがとうございます。
「祈り」と題されたコメントを読ませていただいて、腹が立ってきましたよ。藍色さんにでなく、こんな思いを抱いてくれる国民に対して、いま、あまりにも何というか・・・わかっちゃいない、うえつかた、に対して。
>>>親の願い通り、子が育たないのは、私自身の事を考えれば、よく分かるからです。
陛下には、成長過程をお考えになるより、現在の姿を冷静に観察し、粛々と結論を出して頂きたい、と思います。
「全責任は皇太子自身にある」でいいのです。<<<
と仰りながらも、陛下のお気持ちを(不敬な言いようだとしても)忖度しておられる、親としての心持に対して鈍感ではおられない藍色さん、であろうと、深読みしてしまいますので。
じわじわと、東宮夫婦のみでなく両陛下へのさまざまな思いが、表出してくる気配があります。
私自身、ちょっとわかりませんわ~、と感じるところもあります。いいかげん、とか、いつまで、こうなってもまだ、とか、そういう感情です。
>>>連中の言い訳のネタに利用されないため「そうは言い切れない」という説も、一緒に言っておこうと思っているのです。<<<
藍色さんのこのお気持ちって、自分を通り越えた「愛国」「皇室への愛」ですよね。
愛、という言葉が軽ければ、用いる私自身の軽さであることにして下さい。藍色さんの「愛」は深い。
一人の人間が、こんな「純」な気持ちで、このことをずっと、考えておられることに打たれるし、こんなことがわかっているはずもない、あの愚か者 に対して、やはり、腹が立ちます。
悔しい感じも、あります。
私も陛下が「皇太子と秋篠がいるから」、と仰ったのは知っていますが、親にとっては二人の息子、一緒に遊んでいた可愛い子ら、であっても、主に長男坊の方にもはや、そんな、弟君に対する気持ちが、あるや否やもわからんし・・・無いだろう、ますます無くなるだろう、とか、考えております。これも、言いだせば、噴火の予兆が。
お逃げになるのか、とか、思ってしまったし・・・私は、陛下が。
またコメント下さい。
すけみちさん。
おひいさまって、いざとなれば過激度、マックスになるって思っておりましたが。
うひゃひゃ。来られましたね、ストレートに、バカ、と。
いいぞ!。
>>>私の母も皇后陛下の大学の先輩にあたります。多感な時期の女の子が受けた宗教的教育の刷り込みは一生ついて周ると思います。母もそうですが、普段は平均的に暮らすも、何か特定のことがらになると「かたくな」なほど、キリスト教的慈愛と許容する自分が好きなのです。皇后陛下にはたいへんご無礼な言い方になりますが、おそらくバカ息子と嫁に内心呆れていても「私達が突き放したら、もう彼らは許しを得られなくなる」とお考えになるのではないかという思考回路になるのでしょう。残念ですが、その時点では国民の幸せや安寧などは頭のなかには無いと思います。<<<
ここなどは、不肖わたくし、そうそうそうそうと、うなずき続けて、むち打ちになりそう。
>>>許容する自分が好きなのです。<<<
このフレーズは、お母さまを語るに厳しい一言と感じますが、素直に私も書かせていただきます、これがすけみちさんの誠実、誠意であるのだなと。
「慈愛と、許容する自分が好き。」おそろしい言葉ですよ。慈愛でなくこれは、自愛、ですから。
バカ息子に対する盲愛、妄執の愛、妄愛。我執。
悲しい愛でもあります。と思う。すべてをぶち壊す愛、でもあってしまうのだから。
迷惑、でもあります。言ってよければ。
すべてはもう、平らに、平らに、とは、行かないところへ来ているでしょう(だといいですが)。
仰る通り、バカに、すみやかにさって頂きたいです。
去ってくれたら、あと、ごちゃごちゃ、言いませんてば。
そのお立場にあるバカが危ういのであって、よそのカンケイなバカには、そんな、何も。言うほど暇でない。
またのコメント、お待ち申し上げます。
はじめっからそうだった。だけ。
解って来る感じ。
根本的な認識の違いを、お人よしで甘い(優しいと言い換えしたりもされる)日本国民が、解っていなかった、もしくは巧妙に解らされてこなかっただけの話。
皇太子徳仁にとって皇太子妃雅子にとって自分たちの立場は、国民がなんとなく信じ、望んで来ていたものとは、はじめから全く異なっていた、というだけのこと。
皇太子は雅子を自分の妻にしたくて、皇室に入っても皇室外交と言う形で、雅子さんの望む外国訪問は続けられる、いや、美しく賢い(との皇太子自身の主観)東宮妃として、日本の顔として励んで欲しい。
そう、口説いたのでしょう。そういう(主観の中で)華やかな女を伴う自らの姿を思い描くのは快感だった。
雅子は、イヤだったけど(と言うのはウソ、でも父の勧めに乗るにしても自分のためになることだって欲しいわ、そうでないとワタシがもたないわ)、外国を晴れがましく訪問するに、皇太子妃という立場に勝るものはなさそうだし、結婚してあげてもいいかも。わたし完璧に妃をやってみせるわ。・・・そういう感じだった。
つまり、それだけだった、のでないか。
他の何も無し。
二人で、日本のロイヤル・カップルとして、にこやかに空港に降り立つ。
出迎えのひとたちに鷹揚にうなずいてあげる。ばっちし。
晩餐会に出る。バルコニーから手を振る。下の方にいる人達の拍手や歓声は、自分たちをいい気分にしてくれる。
色んな施設を訪問し、慈悲深い皇太子と妃を演じる。それも快感。訪問先は決めさせて欲しいわ、屈んで笑ってあげるんだから。
・・・誰だって、結婚は、実際してみなければ本当のところはわからない気がします。
沢山の縁戚関係、それに伴うややこしい人間関係。
雅子さんが育った家は、親戚付き合いというもののほとんど無い家だったのかも。
父親は三代前以前はどんな風だったか明かされていない家。入内時点であったはずの「本家」は、実は全く無関係であると、当主から言われている。すごい嘘をついたものです。無関係でも、皇太子妃になった娘さんの本家と言われるなら黙っておこうか、という選択を、この「ご本家」は賢明にもされなかった。
墓参されることも無かったのではないか。入内が決まって慌てて、かっこうをつけるためのような奇妙な、継ぎ接ぎの墓が出来、赤い蝋燭が三本並ぶという、あまり見たことの無い小和田さんのお墓。立って墓に手を合わせている(普通にはおまいりしているというかっこう)皆さんの姿が、とってつけたよう。
悪いとは言っていない。手を合わせる姿が身についていない、と思うだけ。そして墓参をしない一族が、寄りあう機会は少なかったのでないか。
母親も一人娘で、つまりおじおば、いとこ、は存在しないと思われる。ある意味、楽です。
日本にいる時も外国でも、家族5人の単位での生活が馴染んでいた。あぐらかいてお寿司を食べるのも普通。溜まった洗濯物抱えて飛行機で親の家へ向かう所業も不思議でない。
皇室での人間付き合いなど、雅子さんには、苦痛でしかなかったかも。
と、思うのはそれも、お人よしのなせるわざ。
雅子さんたちは、昭和天皇のご兄弟がた、そのお妃がたに、なんというか、まともな挨拶・・・自己紹介、を、していない。結婚前後にそういうことは無し、だった。
雅子さんを迎えるに、友好的でなかった、という理由だったような。
はじめから、これで文句がおありかしら、と、ばちっとメンチ切っての皇太子妃着任(変なコトバ)だったのでありました。
{あたいたちにゃあ、挨拶無しさ。}
港のヨーコの行方を聞かれたお姉ちゃんみたいな、そんなセリフを、宮様方は口にはされなかったが。それでも、雅子さんのある場面にねぎらいの言葉をおかけになった○宮妃を、自分を傷つけたと逆恨みする東宮妃。
それで通ってしまったの。通してしまったのでした。お叱りお咎め一切無し。
はじめっから、雅子のイヤなことは、しないでよかったの。だって、皇太子さんが、それでいい、それでいいような「新しい皇室のカタチ」をボクらは、って、お父様の天皇に、言ったんだから(BY雅子)。
はじめっから、そうだっただけ。
祭祀。それ何。現代に即していない(とマサコが言うし)。
宮中行事。それ何。全く合理的でない、意味がわからない(とマサコが言うし)。
御陵への参拝。それイヤ。お墓参りなんかするクセ無いし。と、雅子が申しますし。
実はわたくし、皇太子も、同じ考えです。
陛下とも何度も話しました。陛下は頑迷であられ、わたし・皇太子の新しい考え方をお認めになられません。会話は不毛、交渉決裂、ボクがマサコに責められて困るかもしれないのに、解ってくれない親なんて。
・・とばかり、予定時間を短縮、席を蹴って帰ったことがあるとて、わたくし・皇太子ひとりの責任ではありますまいよ。
言いたいことはワタクシ、皇太子、ぐっと控えて暮らしております。
雅子に約束した、雅子が唯一楽しむことの出来る、雅子を生かしてやれる「外国訪問」が叶わない皇室暮らし。我慢を重ねています。
それでたまには、言う時にはがんと、言うべきとマサコとの意見の一致をみて、申し上げただけですよ、あの一件は。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いわゆる「人格否定発言」。
経緯[編集]ウィキより。行間はKUONがあけました。
2004年5月10日 - 王室の結婚式参列などでの欧州3カ国歴訪を前にした皇太子徳仁親王の記者会見における発言 静養のため同行しない皇太子妃雅子に関して
「今回の訪問が雅子にとっても貴重な機会だったのですが、それが失われ残念に思います。私も出発に際し、後ろ髪を引かれる思いです」
「ぜひ2人でと考えておりましたが、健康回復が十分でなく、医師とも相談したうえで単独となりました。雅子も心底残念に思っています」
結婚後の皇太子妃雅子の心情に関して
「外交官の仕事を断念して皇室に入り、国際親善が皇太子妃の大切な役目と思いながらも、外国訪問がなかなか許されなかったことに大変苦労していました。雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」
キャリアや人格を否定する動きの詳細に関して
「細かいことは控えたい。なかなか外国訪問ができなかったことを、雅子も私もとても悩んだということをお伝えしようと思います。」
2004年5月18日 - 羽毛田信吾宮内庁次長の定例会見 侍従長を通じての天皇の意見
「社会的影響の大きい発言で、改めて(皇太子から)具体的内容が説明されなければ、国民も心配しているだろう」
2004年6月8日 - 湯浅利夫宮内庁長官の定例会見を通じて皇太子徳仁親王が人格否定発言に関する文書を発表 キャリアや人格を否定する動きの詳細に関する補足説明
「対象を特定して公表することが有益とは思いませんし、今ここで細かいことを言うことは差し控えたいと思います」
「個々の動きを批判するつもりはなく、現状について皆さんにわかっていただきたいと思ってしたものです」
皇太子夫妻がこれまで直面してきた状況に関する説明
「記者会見以降、これまで外国訪問ができない状態が続いていたことや、いわゆるお世継ぎ問題について過度に注目が集まっているように感じます。しかし、もちろんそれだけではなく、伝統やしきたり、プレスへの対応等々、皇室の環境に適応しようとしてきた過程でも、大変な努力が必要でした。」
今後の皇太子夫妻に関する説明
「私は、これから雅子には、本来の自信と、生き生きとした活力を持って、その経歴を十分に生かし、新しい時代を反映した活動を行ってほしいと思っていますし、そのような環境づくりが一番大切と考えています。」
「今後、雅子本人も気力と体力を充実させ、本来の元気な自分を取り戻した上で、公務へ復帰することを心から希望しているということです。雅子の復帰のためには、いろいろな工夫や方策も必要と考えますし、公務のあり方も含めて宮内庁ともよく話し合っていきたいと思っています。(中略)雅子が早く健康を回復し、復帰できるよう、私自身も全力で支えていくつもりです。」
発言後の国内への影響に関する説明
「結果として、天皇皇后両陛下はじめ、ご心配をおかけしてしまったことについては心が痛みます。」
2004年11月29日 - 秋篠宮文仁親王の記者会見 皇太子の人格否定発言に関する意見
「記者会見という場で発言する前に、せめて陛下と内容について話をして、そのうえでの話であるべきではなかったかと思っております」
時代に即した新しい公務に関する意見
「私個人としては自分のための公務はつくらない。公務は、かなり受け身的なものと考えています」
「依頼を受けて、意義のあることであればその務めをする。私自身はそう考えて今までずっと来ています」
2004年12月23日 - 宮内記者会の質問に対する天皇の文書を発表 皇太子の発言に関する意見
「初めて聞く内容で大変驚き、『動き』という重い言葉を伴った発言であったため国民への説明を求めました」
「皇太子夫妻の独立性を重んじてきたことが、様々な問題に気が付くことのできない要因を作っていたのだとすれば大変残念です。」
「まだ私に十分に理解しきれぬところがあり、細かい言及は控えたいと思います。」
2005年2月23日 - 皇太子徳仁親王の記者会見 天皇や秋篠宮文仁親王の発言に関する意見
「人それぞれに考え方は異なりますし、また、どこの家庭でも同じように、世代間に考え方の相違はあると思います。しかし、そういったことは話し合いを続けることによって、おのずと理解が深まるものと考えます。公務については後でもお話することになるかと思いますが、国民の幸せを願って、国民のために何ができるかを考え、それを実践していこうとすることにおいては、陛下のお考えも、秋篠宮の考えも、私の考えも同じだと思います」
皇位継承問題に関する意見
「私としては、お世継ぎ問題も含めて、コメントは差し控えさせていただきます」
皇位継承問題論議に伴う敬宮愛子内親王の養育方針に関する意見
「愛子の養育方針ですが、愛子にはどのような立場に将来なるにせよ、一人の人間として立派に育ってほしいと願っております」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自分たちの努力や忍耐・・・してやっている我慢、を、誰もわかっていないじゃないか、という姿勢であられるのだと、改めてそういった視点から考えると、理解しやすい人たちです。
中心は自分、自分たち。
それだけ。他に何も無し。
天上天下唯我独馬鹿。
この考えの人間に、何をどう、わかれ、など、願うに虚しい風が、あははは、吹きまする~。
すみやかに、ご自分たちにふさわしい自由な立場になられ、有意義な温かいお暮しをなさるがよろしい。それにしたって、他に行った方がお金も生きるであろう血税が。
民(私は、代表ではとうぜん無いが民の一人ではある)は、かかるごとき東宮、東宮妃を、拒絶する。
藍色さん。
コメントをありがとうございます。
なるほど・・・。
お母さま、かっこいいですね。I子さんは雅子さん似、だと。
藍色さんは、父親の皇太子さんの方に、と。
私は、申し上げてよろしいならば愛子さんは、親の犠牲者だと思っています。
もしかして資質的には、お父さんの方の、いささかゆっくりと言うか、おっとりと言うか、うまく何とか運べば、ご皇室の、東宮家の、ただ一人の姫様なんだし、という具合に、持って行けたかも知れない。でも雅子さんの情緒の不安定なこと、昼夜逆転に幼い子がつき合わされること、感情の波が激しくて、安心して、陽だまりにまどろむような生育環境になかったこと、が、先天的なものがあったとして、付け加えられ、増幅されてしまった気がして、なりません。
私は(本当はそう思っていないけど)古いタイプ・・部分が残っているかなあ、と考えるのは、一点。子に関してなのです。
子を持ったら、一番は自分、であっては難しいな~、と、思う。それまでしなかったアタマ下げること、言葉を飲み込むこと、なんかも、やってしまう、それで、お母ちゃん業張って行ける気がして。
愛子さんは、親を信じられないお子さんなのでは、と、感じています。学校の成績がどうでも、何が苦手でも、肝心の部分が何とかなっておれば、殊に学習院なんて、宮様方の成績は不問、のところです。
ある意味では日本のヒエラルキー、トップであられる少女の、今後、思春期に入って行かれるあのお嬢さんの、お母さんのそれはどうでもいいけど、心の中の嵐が、気になってしまいます。まともに嵐が吹くなら、成長のきっかけにもなろうが、どうも、ご本能の方に行かれると、辛い。
朝になっての、この部分追記です。病名のつくような状態であっても、接し方で違って来るものはあると思う。力づくで愛子さんを「本当の愛子さん」でないよう見せようとして来られました。
病名がつくからその病気なのであり、おっしゃるように、そんな病気がわからなかった頃には病名も無く=その病気の子ではなかった、ということではないか。そして、呪術師のようなことを言いますが、チューリップの球根を土の中に埋めたら、チューリップの花が咲く。
チューリップしか咲きません。
愛子さんより二か月だけ遅く生まれた孫息子がいて、あれこれ、思うこと多く。
>>>母親の「程度の違い」を如実に感じます。<<<
ここは、同感ですね。ナルさんは、ともかく身のこなしは、あっぱれ皇太子殿下、と思わしめるところがあります。
形は、ぴしっと体に沿っておられますものね。
ばかだって
バれずに済んだかもしれないのに。
言ってせんないことではありますね。
お母さまを、ご大切になさって下さいね。9年前に死んだ私の母は、雅子妃をはじめから、
「あれは・・・いかん」
と申しておりました。名古屋人でした。あれは・・・いかん、と。
。
私は・・当時、関心が無かったです。しなやか感の全く無い人だ、くらいの感じで。
根本的な認識の違いを、お人よしで甘い(優しいと言い換えしたりもされる)日本国民が、解っていなかった、もしくは巧妙に解らされてこなかっただけの話。
皇太子徳仁にとって皇太子妃雅子にとって自分たちの立場は、国民がなんとなく信じ、望んで来ていたものとは、はじめから全く異なっていた、というだけのこと。
皇太子は雅子を自分の妻にしたくて、皇室に入っても皇室外交と言う形で、雅子さんの望む外国訪問は続けられる、いや、美しく賢い(との皇太子自身の主観)東宮妃として、日本の顔として励んで欲しい。
そう、口説いたのでしょう。そういう(主観の中で)華やかな女を伴う自らの姿を思い描くのは快感だった。
雅子は、イヤだったけど(と言うのはウソ、でも父の勧めに乗るにしても自分のためになることだって欲しいわ、そうでないとワタシがもたないわ)、外国を晴れがましく訪問するに、皇太子妃という立場に勝るものはなさそうだし、結婚してあげてもいいかも。わたし完璧に妃をやってみせるわ。・・・そういう感じだった。
つまり、それだけだった、のでないか。
他の何も無し。
二人で、日本のロイヤル・カップルとして、にこやかに空港に降り立つ。
出迎えのひとたちに鷹揚にうなずいてあげる。ばっちし。
晩餐会に出る。バルコニーから手を振る。下の方にいる人達の拍手や歓声は、自分たちをいい気分にしてくれる。
色んな施設を訪問し、慈悲深い皇太子と妃を演じる。それも快感。訪問先は決めさせて欲しいわ、屈んで笑ってあげるんだから。
・・・誰だって、結婚は、実際してみなければ本当のところはわからない気がします。
沢山の縁戚関係、それに伴うややこしい人間関係。
雅子さんが育った家は、親戚付き合いというもののほとんど無い家だったのかも。
父親は三代前以前はどんな風だったか明かされていない家。入内時点であったはずの「本家」は、実は全く無関係であると、当主から言われている。すごい嘘をついたものです。無関係でも、皇太子妃になった娘さんの本家と言われるなら黙っておこうか、という選択を、この「ご本家」は賢明にもされなかった。
墓参されることも無かったのではないか。入内が決まって慌てて、かっこうをつけるためのような奇妙な、継ぎ接ぎの墓が出来、赤い蝋燭が三本並ぶという、あまり見たことの無い小和田さんのお墓。立って墓に手を合わせている(普通にはおまいりしているというかっこう)皆さんの姿が、とってつけたよう。
悪いとは言っていない。手を合わせる姿が身についていない、と思うだけ。そして墓参をしない一族が、寄りあう機会は少なかったのでないか。
母親も一人娘で、つまりおじおば、いとこ、は存在しないと思われる。ある意味、楽です。
日本にいる時も外国でも、家族5人の単位での生活が馴染んでいた。あぐらかいてお寿司を食べるのも普通。溜まった洗濯物抱えて飛行機で親の家へ向かう所業も不思議でない。
皇室での人間付き合いなど、雅子さんには、苦痛でしかなかったかも。
と、思うのはそれも、お人よしのなせるわざ。
雅子さんたちは、昭和天皇のご兄弟がた、そのお妃がたに、なんというか、まともな挨拶・・・自己紹介、を、していない。結婚前後にそういうことは無し、だった。
雅子さんを迎えるに、友好的でなかった、という理由だったような。
はじめから、これで文句がおありかしら、と、ばちっとメンチ切っての皇太子妃着任(変なコトバ)だったのでありました。
{あたいたちにゃあ、挨拶無しさ。}
港のヨーコの行方を聞かれたお姉ちゃんみたいな、そんなセリフを、宮様方は口にはされなかったが。それでも、雅子さんのある場面にねぎらいの言葉をおかけになった○宮妃を、自分を傷つけたと逆恨みする東宮妃。
それで通ってしまったの。通してしまったのでした。お叱りお咎め一切無し。
はじめっから、雅子のイヤなことは、しないでよかったの。だって、皇太子さんが、それでいい、それでいいような「新しい皇室のカタチ」をボクらは、って、お父様の天皇に、言ったんだから(BY雅子)。
はじめっから、そうだっただけ。
祭祀。それ何。現代に即していない(とマサコが言うし)。
宮中行事。それ何。全く合理的でない、意味がわからない(とマサコが言うし)。
御陵への参拝。それイヤ。お墓参りなんかするクセ無いし。と、雅子が申しますし。
実はわたくし、皇太子も、同じ考えです。
陛下とも何度も話しました。陛下は頑迷であられ、わたし・皇太子の新しい考え方をお認めになられません。会話は不毛、交渉決裂、ボクがマサコに責められて困るかもしれないのに、解ってくれない親なんて。
・・とばかり、予定時間を短縮、席を蹴って帰ったことがあるとて、わたくし・皇太子ひとりの責任ではありますまいよ。
言いたいことはワタクシ、皇太子、ぐっと控えて暮らしております。
雅子に約束した、雅子が唯一楽しむことの出来る、雅子を生かしてやれる「外国訪問」が叶わない皇室暮らし。我慢を重ねています。
それでたまには、言う時にはがんと、言うべきとマサコとの意見の一致をみて、申し上げただけですよ、あの一件は。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
いわゆる「人格否定発言」。
経緯[編集]ウィキより。行間はKUONがあけました。
2004年5月10日 - 王室の結婚式参列などでの欧州3カ国歴訪を前にした皇太子徳仁親王の記者会見における発言 静養のため同行しない皇太子妃雅子に関して
「今回の訪問が雅子にとっても貴重な機会だったのですが、それが失われ残念に思います。私も出発に際し、後ろ髪を引かれる思いです」
「ぜひ2人でと考えておりましたが、健康回復が十分でなく、医師とも相談したうえで単独となりました。雅子も心底残念に思っています」
結婚後の皇太子妃雅子の心情に関して
「外交官の仕事を断念して皇室に入り、国際親善が皇太子妃の大切な役目と思いながらも、外国訪問がなかなか許されなかったことに大変苦労していました。雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」
キャリアや人格を否定する動きの詳細に関して
「細かいことは控えたい。なかなか外国訪問ができなかったことを、雅子も私もとても悩んだということをお伝えしようと思います。」
2004年5月18日 - 羽毛田信吾宮内庁次長の定例会見 侍従長を通じての天皇の意見
「社会的影響の大きい発言で、改めて(皇太子から)具体的内容が説明されなければ、国民も心配しているだろう」
2004年6月8日 - 湯浅利夫宮内庁長官の定例会見を通じて皇太子徳仁親王が人格否定発言に関する文書を発表 キャリアや人格を否定する動きの詳細に関する補足説明
「対象を特定して公表することが有益とは思いませんし、今ここで細かいことを言うことは差し控えたいと思います」
「個々の動きを批判するつもりはなく、現状について皆さんにわかっていただきたいと思ってしたものです」
皇太子夫妻がこれまで直面してきた状況に関する説明
「記者会見以降、これまで外国訪問ができない状態が続いていたことや、いわゆるお世継ぎ問題について過度に注目が集まっているように感じます。しかし、もちろんそれだけではなく、伝統やしきたり、プレスへの対応等々、皇室の環境に適応しようとしてきた過程でも、大変な努力が必要でした。」
今後の皇太子夫妻に関する説明
「私は、これから雅子には、本来の自信と、生き生きとした活力を持って、その経歴を十分に生かし、新しい時代を反映した活動を行ってほしいと思っていますし、そのような環境づくりが一番大切と考えています。」
「今後、雅子本人も気力と体力を充実させ、本来の元気な自分を取り戻した上で、公務へ復帰することを心から希望しているということです。雅子の復帰のためには、いろいろな工夫や方策も必要と考えますし、公務のあり方も含めて宮内庁ともよく話し合っていきたいと思っています。(中略)雅子が早く健康を回復し、復帰できるよう、私自身も全力で支えていくつもりです。」
発言後の国内への影響に関する説明
「結果として、天皇皇后両陛下はじめ、ご心配をおかけしてしまったことについては心が痛みます。」
2004年11月29日 - 秋篠宮文仁親王の記者会見 皇太子の人格否定発言に関する意見
「記者会見という場で発言する前に、せめて陛下と内容について話をして、そのうえでの話であるべきではなかったかと思っております」
時代に即した新しい公務に関する意見
「私個人としては自分のための公務はつくらない。公務は、かなり受け身的なものと考えています」
「依頼を受けて、意義のあることであればその務めをする。私自身はそう考えて今までずっと来ています」
2004年12月23日 - 宮内記者会の質問に対する天皇の文書を発表 皇太子の発言に関する意見
「初めて聞く内容で大変驚き、『動き』という重い言葉を伴った発言であったため国民への説明を求めました」
「皇太子夫妻の独立性を重んじてきたことが、様々な問題に気が付くことのできない要因を作っていたのだとすれば大変残念です。」
「まだ私に十分に理解しきれぬところがあり、細かい言及は控えたいと思います。」
2005年2月23日 - 皇太子徳仁親王の記者会見 天皇や秋篠宮文仁親王の発言に関する意見
「人それぞれに考え方は異なりますし、また、どこの家庭でも同じように、世代間に考え方の相違はあると思います。しかし、そういったことは話し合いを続けることによって、おのずと理解が深まるものと考えます。公務については後でもお話することになるかと思いますが、国民の幸せを願って、国民のために何ができるかを考え、それを実践していこうとすることにおいては、陛下のお考えも、秋篠宮の考えも、私の考えも同じだと思います」
皇位継承問題に関する意見
「私としては、お世継ぎ問題も含めて、コメントは差し控えさせていただきます」
皇位継承問題論議に伴う敬宮愛子内親王の養育方針に関する意見
「愛子の養育方針ですが、愛子にはどのような立場に将来なるにせよ、一人の人間として立派に育ってほしいと願っております」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自分たちの努力や忍耐・・・してやっている我慢、を、誰もわかっていないじゃないか、という姿勢であられるのだと、改めてそういった視点から考えると、理解しやすい人たちです。
中心は自分、自分たち。
それだけ。他に何も無し。
天上天下唯我独馬鹿。
この考えの人間に、何をどう、わかれ、など、願うに虚しい風が、あははは、吹きまする~。
すみやかに、ご自分たちにふさわしい自由な立場になられ、有意義な温かいお暮しをなさるがよろしい。それにしたって、他に行った方がお金も生きるであろう血税が。
民(私は、代表ではとうぜん無いが民の一人ではある)は、かかるごとき東宮、東宮妃を、拒絶する。
藍色さん。
コメントをありがとうございます。
なるほど・・・。
お母さま、かっこいいですね。I子さんは雅子さん似、だと。
藍色さんは、父親の皇太子さんの方に、と。
私は、申し上げてよろしいならば愛子さんは、親の犠牲者だと思っています。
もしかして資質的には、お父さんの方の、いささかゆっくりと言うか、おっとりと言うか、うまく何とか運べば、ご皇室の、東宮家の、ただ一人の姫様なんだし、という具合に、持って行けたかも知れない。でも雅子さんの情緒の不安定なこと、昼夜逆転に幼い子がつき合わされること、感情の波が激しくて、安心して、陽だまりにまどろむような生育環境になかったこと、が、先天的なものがあったとして、付け加えられ、増幅されてしまった気がして、なりません。
私は(本当はそう思っていないけど)古いタイプ・・部分が残っているかなあ、と考えるのは、一点。子に関してなのです。
子を持ったら、一番は自分、であっては難しいな~、と、思う。それまでしなかったアタマ下げること、言葉を飲み込むこと、なんかも、やってしまう、それで、お母ちゃん業張って行ける気がして。
愛子さんは、親を信じられないお子さんなのでは、と、感じています。学校の成績がどうでも、何が苦手でも、肝心の部分が何とかなっておれば、殊に学習院なんて、宮様方の成績は不問、のところです。
ある意味では日本のヒエラルキー、トップであられる少女の、今後、思春期に入って行かれるあのお嬢さんの、お母さんのそれはどうでもいいけど、心の中の嵐が、気になってしまいます。まともに嵐が吹くなら、成長のきっかけにもなろうが、どうも、ご本能の方に行かれると、辛い。
朝になっての、この部分追記です。病名のつくような状態であっても、接し方で違って来るものはあると思う。力づくで愛子さんを「本当の愛子さん」でないよう見せようとして来られました。
病名がつくからその病気なのであり、おっしゃるように、そんな病気がわからなかった頃には病名も無く=その病気の子ではなかった、ということではないか。そして、呪術師のようなことを言いますが、チューリップの球根を土の中に埋めたら、チューリップの花が咲く。
チューリップしか咲きません。
愛子さんより二か月だけ遅く生まれた孫息子がいて、あれこれ、思うこと多く。
>>>母親の「程度の違い」を如実に感じます。<<<
ここは、同感ですね。ナルさんは、ともかく身のこなしは、あっぱれ皇太子殿下、と思わしめるところがあります。
形は、ぴしっと体に沿っておられますものね。
ばかだって
バれずに済んだかもしれないのに。言ってせんないことではありますね。
お母さまを、ご大切になさって下さいね。9年前に死んだ私の母は、雅子妃をはじめから、
「あれは・・・いかん」
と申しておりました。名古屋人でした。あれは・・・いかん、と。
。私は・・当時、関心が無かったです。しなやか感の全く無い人だ、くらいの感じで。
お詫びへの、お詫び。
すけみちさん。
コメントのお返事を、個人さんに向けて書く方法がわからないので、ここにこうして書かせていただきますね。
お詫び、などとんでもない話です、私の書き方こそいけなかったのかも。
やっぱりほんとの「おひいさま」で、まっすぐな方なのだな~と、まぶしく思います。爵位を返上、ということをなさった何代か前のお身内の方々、筋の通った日本人、であられたのでしょうね。
私は、由緒正しき庶民、などと面白がって言い言いしております。その通りなのです。
でも、まともに日本人らしい日本人でありたい。そう、強く、強く、願うものです。
>>>まっすぐだけが届きます。みんなの祈りを集約しましょうね。祇園精舎の鐘の声が聞こえてくるはずです。ひとりでも多くの人々に「これはやっぱりそうだよね」を広げたいと心がけています。時間はあまり残されていないけれど。<<<
まことに、このように、私も考える次第です。
また、コメント頂けると、とっても嬉しいです。
思いがけない「お詫び」をしていただいたことが、気になって。書いてホッとしました。

コメントのお返事を、個人さんに向けて書く方法がわからないので、ここにこうして書かせていただきますね。
お詫び、などとんでもない話です、私の書き方こそいけなかったのかも。
やっぱりほんとの「おひいさま」で、まっすぐな方なのだな~と、まぶしく思います。爵位を返上、ということをなさった何代か前のお身内の方々、筋の通った日本人、であられたのでしょうね。
私は、由緒正しき庶民、などと面白がって言い言いしております。その通りなのです。
でも、まともに日本人らしい日本人でありたい。そう、強く、強く、願うものです。
>>>まっすぐだけが届きます。みんなの祈りを集約しましょうね。祇園精舎の鐘の声が聞こえてくるはずです。ひとりでも多くの人々に「これはやっぱりそうだよね」を広げたいと心がけています。時間はあまり残されていないけれど。<<<
まことに、このように、私も考える次第です。
また、コメント頂けると、とっても嬉しいです。
思いがけない「お詫び」をしていただいたことが、気になって。書いてホッとしました。


まっすぐに。
木曜日はライバル関係にある(らしい)おじさん週刊誌2誌の発売日です。
朝刊で目次を見ました。一誌に
「「雅子さま」8月20日の被災地ご訪問」
とあり、
「これまで3度の頓挫! 宮城県警が困惑!」
と、ものすごく困惑されているのか ! マークが2つ、ついています。
しかるべき所・・・宮内庁のご発表なのですよね? 他に、東宮妃のご予定を決めたり明かしたりするところは無い。皇太子さまは、行こうがどうしようが、のついでのお方、の扱いですね。不敬なこと極まりなし(とワタシが言うか)。しかし。
・雅子さまは、早いうちにスケジュールが決まるとそれが重圧となって、ますます体調の波が

…あああ、好きでお気に入りの絵文字ですのに、こんなところで使ってしまいました。(泣)。否、(怒)。
と、イヤになるくらい言うてであった、のではないですか。
・オランダ王室の即位式に出るでさえ、どたんばまでご返答がお出来にならず多くの公務員その他をヤキモキさせ、行ったはいいが当日朝、早々とロオブモンタントをご着用になりご出席の決意をご自身にはかっておられ、そのお悩みの長さに、早く着たドレスの腹回りにシワがよった、あの皺は雅子妃の誠実なるご苦悩の証・・・とは誰も書かなかったが、情報集めて丸めたらこうなりますね。手、洗って来ようっと。
ともかく言いくるめた、そうだったのではないですか。
8月20日って、一か月以上先の話。
・皇后陛下は(前にも書いたけどもう一度)3度目のキャンセル時に
「そのようなことがあってはなりません」
と仰られたそうな。ちなみに陛下は、10秒間絶句された、その後「そうですか」と言葉を出されたということ。で、
どうしてもどうしても、の、夏休みの宿題みたいな宮城県訪問、となって来ているのね。
失礼な話ですね~。宮城県に、すっごく失礼。
どなたの為の被災地訪問。
あの夫婦の辻褄合わせ、二人の都合。よくここまで相手の側の気持ちや都合を踏みにじることができるもんだ。
宮城県警困惑って。そんな悠長な話か。順調に適格に、アンチを増やしておられますぞ。
君子の言葉はいったん口から出たら、とかいうことわざだか四文字熟語があったような気がする。言うたことはぜえったい、するってこと。
君子でないからか、軽いのね、何もかも。
あのご一家は、だらだら動いて新幹線を遅らせて発車させたりも一度ならず、やりたい放題。だ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~れも、何とも言わない。
夏。
プールの底のゆらぎ。
水面に集まる太陽、光る産毛、金色に灼けた子どもの、水に潜って行く時の足の裏の、鮮烈な白さ。
海でもプールでも、きらきらと光の角度を変える水面を眺めていて、飽きない、私は。
現実よりもっともっと素敵な子ども時代のあった気にさせてくれる、夏の水辺のきらきら、それを、愛子さんは、お嫌いなのだと。
「こわかった」のだか「いやだった」か、学習院初等科、一年生の時から、水泳授業を受けておられない。
風邪をひいたり、あと何でしょう、今年は「風疹」あたりも使えるかも、なんて書き込みも見たりしました、とにかく、プールは入らず。
学校では、習熟度に合わせて、水泳キャップの色が、ピンクから赤、オレンジ、黄色、白と変えて行かれるのだという、その色が、愛子さんは、5年生時点でピンクのまま。
水のこわい子も泳ぎの苦手な子も、いるでしょう。
水泳の授業を、子どもがイヤがるからさせない、という親が、多くいるかどうかは、知りません。
・・・ただ今年は、愛子さんも6年生。最終学年です。
学習院では、6年生の夏、沼津の海で「遠泳」という行事を続けておられる。
かつては浩宮様も礼宮様も、男児の定めの「赤ふん」で、参加されていた。写真も沢山、撮られておられた。
紀宮様も、いささか恥ずかしそうに、スクール水着姿で笑っておられた。
その行事に、今年は愛子さんご参加で、雅子妃はマスコミに愛子さんの水着の写真を撮られることを嫌悪しておられるとか、書かれていました。
母親として全く解らないか、といえば、できれば避けたいお気持ちは、理解不能とまでは言えません。
愛子さんは体格もおよろしく、どんな気持ちで見る輩がいるか、の話になれば。
このことはしかし、ずっと、先例を重ねて来ておられます。
>>>そして、7月下旬には、「赤ふん」で名高い沼津へ行きます。4泊5日の游泳生活です。遠泳に挑戦するなど、日常生活では体験できないことを<<<
と、学習院のトップページに、行事の由来が出ています。
皇室の子どもが、元気に育っているさまを見られるよう、写真撮影もおこなわれて来た。
これを「嫌悪して」どうされるか、見当つきませんが。
うちらが嫌悪するのは、何をしてもわけのわからんお妃さま、あなた様ご自身ですよ。
1キロ、3キロの遠泳が難しい子は(そういうお子も当然おられるでしょう、理由はそれぞれとしても)、浅瀬でのウォーキング、もあり。
雅子さんは、4泊のこの行事に、もちろんとうぜんぜったい、行く。お父さんも絶対行く、そうで。
浅瀬で遊ぶ子を見守る東宮夫婦、警察、海上保安庁。
その他、花火大会見物や御用邸でのご静養や、もっと大きな計画や、あるんだから、宮城県へも行かなくちゃ、ね。
滞在数時間、新幹線借り切って、行かないとね。
かっこつかんって、よく、言うでしょ、庶民は。それよ。宮内庁も、どーしても行ってもらわにゃー、なのかしら。
これがまた「ダメ」だったら・・・・・ね。
すっごく変な話。すっごく変。無駄。
ふん。
すけみちさん。
コメントをありがとうございます。
浅学にして、明治のご維新についてのこと、一読「そうです」と反応できず、恥ずかしく申し訳なく。
だいたいは解っていたつもり、ただ、すけみちさんの書いて下さった方向から、あまり考えたことがありませんでした。
もう少しあれこれ、調べて、解りたいと願っております。ぜひ判りたいです。
知った風にブログなど続けておりますが、つい最近までは私も、自分だけがそうとは認めぬ平和ボケ。
何も本気で考えませなんだ。
しかし、いつの頃からか、何か、どこか、自分の中にある「感じ」と違うなあ、自分はそうは思えないなあ、ということが、大きくなって来て。
同じくコメント下さっている「やさいさん」に蒙を啓いていただいたりして。
例を一つあげれば自虐史観、というものに、自分も縛られていたなあ、とかにも気づき。
気づいて来ると、ご皇室のこともオワリダ氏のことも何もかにも、やっぱり違うんだ、となり、今、強く実感しているのは、自分の中の奥の方の気持ちを、素直に出していていいのね、よかったのね、という、一種の安堵感のようなものです。
言葉は崩さなくて「いい」、美しい日本を惜しんで「いい」。日本の平和の礎となって下さった多くの方々を悼んで「いい」。その安心感。当たり前のことに、重しを感じておりました。
うまく言えなくてもどかしいですが、
やさいさん。
私も、
自らしょうふ、であると名乗って恥も無い、お終い姉妹なんぞを「セレブ」と称するぐっちゃぐちゃ無茶苦茶な現代日本にありながら、
>>>純粋に国を思う人々が祭祀の頂に皇室を仰ぐのがあるべき姿でしょうね。そこには名誉欲とか権力欲はありませんから。「まっすぐ」だけが届くと信じています。(ちなみに当家は当時、爵位を返上しました。金銭にまみれた俗物ばかりで辟易したためと聞いています。私もご先祖に拍手していますよ<<<
すけみちさんの仰ることに、
>>>まっすぐ」だけが届くように、まっすぐに祈ろうと思います。
ありがとうございます。<<<
こう返されるやさいさんに同感。
心おきなく、自分が信じる「まっすぐ」を、生きたいと願います。
爵位を返上、という言葉を聞いたりするのも、めったにないことです。正直、驚きました。
返上された爵位が、目に見えぬものとして厳と存在しておられると思う・・・なんて言うのは、軽薄で品下れることでしょうか。
そう、感じたんです・・・。
朝刊で目次を見ました。一誌に
「「雅子さま」8月20日の被災地ご訪問」
とあり、
「これまで3度の頓挫! 宮城県警が困惑!」
と、ものすごく困惑されているのか ! マークが2つ、ついています。
しかるべき所・・・宮内庁のご発表なのですよね? 他に、東宮妃のご予定を決めたり明かしたりするところは無い。皇太子さまは、行こうがどうしようが、のついでのお方、の扱いですね。不敬なこと極まりなし(とワタシが言うか)。しかし。
・雅子さまは、早いうちにスケジュールが決まるとそれが重圧となって、ますます体調の波が


…あああ、好きでお気に入りの絵文字ですのに、こんなところで使ってしまいました。(泣)。否、(怒)。と、イヤになるくらい言うてであった、のではないですか。
・オランダ王室の即位式に出るでさえ、どたんばまでご返答がお出来にならず多くの公務員その他をヤキモキさせ、行ったはいいが当日朝、早々とロオブモンタントをご着用になりご出席の決意をご自身にはかっておられ、そのお悩みの長さに、早く着たドレスの腹回りにシワがよった、あの皺は雅子妃の誠実なるご苦悩の証・・・とは誰も書かなかったが、情報集めて丸めたらこうなりますね。手、洗って来ようっと。
ともかく言いくるめた、そうだったのではないですか。
8月20日って、一か月以上先の話。
・皇后陛下は(前にも書いたけどもう一度)3度目のキャンセル時に
「そのようなことがあってはなりません」
と仰られたそうな。ちなみに陛下は、10秒間絶句された、その後「そうですか」と言葉を出されたということ。で、
どうしてもどうしても、の、夏休みの宿題みたいな宮城県訪問、となって来ているのね。
失礼な話ですね~。宮城県に、すっごく失礼。
どなたの為の被災地訪問。
あの夫婦の辻褄合わせ、二人の都合。よくここまで相手の側の気持ちや都合を踏みにじることができるもんだ。
宮城県警困惑って。そんな悠長な話か。順調に適格に、アンチを増やしておられますぞ。
君子の言葉はいったん口から出たら、とかいうことわざだか四文字熟語があったような気がする。言うたことはぜえったい、するってこと。
君子でないからか、軽いのね、何もかも。
あのご一家は、だらだら動いて新幹線を遅らせて発車させたりも一度ならず、やりたい放題。だ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~れも、何とも言わない。
夏。
プールの底のゆらぎ。
水面に集まる太陽、光る産毛、金色に灼けた子どもの、水に潜って行く時の足の裏の、鮮烈な白さ。
海でもプールでも、きらきらと光の角度を変える水面を眺めていて、飽きない、私は。
現実よりもっともっと素敵な子ども時代のあった気にさせてくれる、夏の水辺のきらきら、それを、愛子さんは、お嫌いなのだと。
「こわかった」のだか「いやだった」か、学習院初等科、一年生の時から、水泳授業を受けておられない。
風邪をひいたり、あと何でしょう、今年は「風疹」あたりも使えるかも、なんて書き込みも見たりしました、とにかく、プールは入らず。
学校では、習熟度に合わせて、水泳キャップの色が、ピンクから赤、オレンジ、黄色、白と変えて行かれるのだという、その色が、愛子さんは、5年生時点でピンクのまま。
水のこわい子も泳ぎの苦手な子も、いるでしょう。
水泳の授業を、子どもがイヤがるからさせない、という親が、多くいるかどうかは、知りません。
・・・ただ今年は、愛子さんも6年生。最終学年です。
学習院では、6年生の夏、沼津の海で「遠泳」という行事を続けておられる。
かつては浩宮様も礼宮様も、男児の定めの「赤ふん」で、参加されていた。写真も沢山、撮られておられた。
紀宮様も、いささか恥ずかしそうに、スクール水着姿で笑っておられた。
その行事に、今年は愛子さんご参加で、雅子妃はマスコミに愛子さんの水着の写真を撮られることを嫌悪しておられるとか、書かれていました。
母親として全く解らないか、といえば、できれば避けたいお気持ちは、理解不能とまでは言えません。
愛子さんは体格もおよろしく、どんな気持ちで見る輩がいるか、の話になれば。
このことはしかし、ずっと、先例を重ねて来ておられます。
>>>そして、7月下旬には、「赤ふん」で名高い沼津へ行きます。4泊5日の游泳生活です。遠泳に挑戦するなど、日常生活では体験できないことを<<<
と、学習院のトップページに、行事の由来が出ています。
皇室の子どもが、元気に育っているさまを見られるよう、写真撮影もおこなわれて来た。
これを「嫌悪して」どうされるか、見当つきませんが。
うちらが嫌悪するのは、何をしてもわけのわからんお妃さま、あなた様ご自身ですよ。
1キロ、3キロの遠泳が難しい子は(そういうお子も当然おられるでしょう、理由はそれぞれとしても)、浅瀬でのウォーキング、もあり。
雅子さんは、4泊のこの行事に、もちろんとうぜんぜったい、行く。お父さんも絶対行く、そうで。
浅瀬で遊ぶ子を見守る東宮夫婦、警察、海上保安庁。
その他、花火大会見物や御用邸でのご静養や、もっと大きな計画や、あるんだから、宮城県へも行かなくちゃ、ね。
滞在数時間、新幹線借り切って、行かないとね。
かっこつかんって、よく、言うでしょ、庶民は。それよ。宮内庁も、どーしても行ってもらわにゃー、なのかしら。
これがまた「ダメ」だったら・・・・・ね。
すっごく変な話。すっごく変。無駄。
ふん。
すけみちさん。
コメントをありがとうございます。
浅学にして、明治のご維新についてのこと、一読「そうです」と反応できず、恥ずかしく申し訳なく。
だいたいは解っていたつもり、ただ、すけみちさんの書いて下さった方向から、あまり考えたことがありませんでした。
もう少しあれこれ、調べて、解りたいと願っております。ぜひ判りたいです。
知った風にブログなど続けておりますが、つい最近までは私も、自分だけがそうとは認めぬ平和ボケ。
何も本気で考えませなんだ。
しかし、いつの頃からか、何か、どこか、自分の中にある「感じ」と違うなあ、自分はそうは思えないなあ、ということが、大きくなって来て。
同じくコメント下さっている「やさいさん」に蒙を啓いていただいたりして。
例を一つあげれば自虐史観、というものに、自分も縛られていたなあ、とかにも気づき。
気づいて来ると、ご皇室のこともオワリダ氏のことも何もかにも、やっぱり違うんだ、となり、今、強く実感しているのは、自分の中の奥の方の気持ちを、素直に出していていいのね、よかったのね、という、一種の安堵感のようなものです。
言葉は崩さなくて「いい」、美しい日本を惜しんで「いい」。日本の平和の礎となって下さった多くの方々を悼んで「いい」。その安心感。当たり前のことに、重しを感じておりました。
うまく言えなくてもどかしいですが、
やさいさん。
私も、
自らしょうふ、であると名乗って恥も無い、お終い姉妹なんぞを「セレブ」と称するぐっちゃぐちゃ無茶苦茶な現代日本にありながら、
>>>純粋に国を思う人々が祭祀の頂に皇室を仰ぐのがあるべき姿でしょうね。そこには名誉欲とか権力欲はありませんから。「まっすぐ」だけが届くと信じています。(ちなみに当家は当時、爵位を返上しました。金銭にまみれた俗物ばかりで辟易したためと聞いています。私もご先祖に拍手していますよ<<<
すけみちさんの仰ることに、
>>>まっすぐ」だけが届くように、まっすぐに祈ろうと思います。
ありがとうございます。<<<
こう返されるやさいさんに同感。
心おきなく、自分が信じる「まっすぐ」を、生きたいと願います。
爵位を返上、という言葉を聞いたりするのも、めったにないことです。正直、驚きました。
返上された爵位が、目に見えぬものとして厳と存在しておられると思う・・・なんて言うのは、軽薄で品下れることでしょうか。
そう、感じたんです・・・。
無責任だよ~。
先日の女性7の表紙は、天皇陛下を真ん中に、皇后陛下と雅子さんが両脇に、舞台上の皇太子の演奏を・・・独奏会では無かったんですけどね。ソロの部分も無かったんですけどね。東宮様に恥をかかせるわけに行かないでしょ。つまりはエア・ビオラ。日々の研鑽なくしてなんっちゃら。
・・・楽しんでおられる「ほほえましいありさま」の写真が飾っておりました。
やっぱり違和感あります。
これで、ずっと、やって行くの? それでいいの? 約束守れない、するべきことしない、しようともしない人間を、叱りも諭しもせず(もうすぐ50歳)お元気そうならよしだわ、仲良くしているならよしだわ、ゆっくり温かく見守ってさしあげましょう、って、すっごい疑問あり、あと、何年くらい?。
How many road must a man walk down(byボブ・ディラン「風に吹かれて」)
スペル間違っているかも知れません、とにかく、どこまで行ったら、どれだけ待ったら、という感じなんですね。
怠惰で愚鈍で無神経な息子夫婦の「たすけ」になる、とか庇ってやる、とか、頑張る姿を見せて悟らせたい、とか。そういうの、違うんじゃないかと。オロカな私が、勝手にイキって思うだけなんですけど。
御身をご大切に、任せるべきはお任せになり、平成の今の天皇ご夫妻として、ゆったり安心の姿を、お見せになっていていただけないものかしら、と。仲がよろしかろうが悪かろうが、知ったことではないです。あの二人を、いつまで、どこまで甘やかして。
皇太子妃の勤めの最重要は
・世継ぎを産むこと
・皇后としての祭祀を行うこと
この2点。お子さまのことは、どなたに限らず人間なる身の思い通りには行かないこと。幸いというか、雅子さんの育てた男の子が皇太子になることは無く、今上のお孫様にあたられる方に男児がおられます。皇統はつながる。
もう一点、祭祀云々のことを、どこもあまり言わないが、このことに触れずして東宮問題は無い。
お二方とも、無理でしょう。私なぞのシモジモの目から見ても、100パーセント、無理。
では、あの方たちは、何のために「東宮」ですか。
立場、というものに対するきっぱりした態度が無いのに、仲良し風って、どうかと思う。
法律がどうであろうが皇室の決まりがどうだろうが、無理なものは無理、ダメなものはダメ、として、何とかして道を探す方法があると、私は思う。
2600年余り。一つの確固たる法に守られて来たわけではない。そんな甘く続いたものではないはず。最終的には、一つの断、ではないかと、私は信じます。
失せろ、東宮夫婦。害でしか無い、今は。
・・・・と、ちょっと気張ってエラソーに書きました。本気です。
以前読んだ記事で、美智子様が浩宮のことを
「普通ではない美しいものを感じる」
とか仰っていたのが気になり、探して読んでいたら、まあ、いろんなことが。
あほらしさのつれづれに、少しコピーしてみます。青い文字はいつものごとく、私の個人的なニクマレ口です。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
河原敏明著『美智子さまのおことば 愛の喜び・苦悩の日々』講談社文庫(1997年)
客観的に満足かということではなく、わたくしの感じで言えば、浩宮の人柄のなかに、わたくしでも習いたいような美しいものを見いだしています。浩宮を大切に思っているとしか申し上げようがございません。(昭和49年10月お誕生日記者会見)
美智子様、という存在が特別な感じであられたので通った話でしょうが。いま読むと、ふつーの親には言えないこのセリフ。甲斐の無い悲しみというもの、当たり前に賢いお方に理解できない愚かさ、というもの、も、あるよなあ、の感慨。。ナル、この時中等科三年生。
>>>浩宮様が学習院初等科へ入学されたころの話。
たまたま美智子妃も参加された授業参観の日、なんのはずみか宮様に順番が当たり、教科書を読まれるはめになった。しかし、なかなかすんなりと読めず、四苦八苦される彼を見て、だんだん美智子妃の顔色が変っていった。
とどめは先生の、
「お家でもう少し勉強してきなさい」
の一言であった。美智子妃は、がっくりと首うなだれ、すごすごと帰途につかれたのである。<<<
>>>うちの叔母は大阪万博の時に浩宮様と一緒に自動車に乗るイベントで選ばれたんだ
でもはれがましくて拒んだら、浩宮様が絶対この子でないと嫌だっておっしゃられて、
場内放送で探されて強制的に乗せられたんだよ
その話し聞かされてそこまで執着するって意外だと思った。<<<
いや、意外、でなかったような
>>>皇太子と秋篠宮の性格の違いを物語るエピソードで、思い出されるのが昭和40年代にご家族で浜名湖に行かれたときのことです。
養殖されているウナギの桶を覗きこんでいた浩宮は、自分では手を出さず、東宮侍従の浜尾実さんに「つかんでみたら」とおっしゃった。一方の礼宮は桶にひょいと手を入れ、ウナギをつかんで振り回したんです。
いま皇室のなかで、秋篠宮の存在感がだんだんと大きくなっているように感じられますが、あのときのお二人の様子は、鮮明な記憶として残っています。<<<
何でも浜尾さんに「やってみたら」と仰り、長男気質でもあるのか、自信持てずにカッコ悪くなりそうなことはしなかった。答えの判らない答案には、チャレンジすることせず白紙で出された。
>>>渡辺みどり(皇室やマナーの評論をするひと。いつも皇室風お帽子)さんの言い。
「・・前略・・皇族としてのマナーやお気遣いは、やはり小さいころからしつけをしないと身につかないと思います。
皇太子さまが子ども時代、ロイヤルボックスでひじをついてサーカスを鑑賞されていたことがありました。それを当時の浜尾実侍従が何度も注意して最後には、ひじを強く払ったこともありました。
時にはそういう強いしつけというものが必要なのです。・・後略・・」
※後に娘愛子を連れて一家で神宮球場野球観戦をすることになるが、その折の愛子肘つきを父親としても全く窘めないというオチがついている。<<<
相撲観戦の時も内親王は肘掛にもたれ、ぐにゃぐにゃしておられました。誰も何も言わない。愛子さんに「浜尾さん」はおられない。実際より賢い風に皇太子像を捏造したとも言われるが、雅子さんとの結婚、人格否定発言にも、はっきりと疑問を投げかけた方でした。そういう方についてもらえない愛子さんは、一種の皇室内ネグレスト
>>>いつのことだったか、浩宮が浜尾さんの官舎へ遊びに来られたとき、とつぜん、
「浜尾さんの家は地震になったらつぶれるネ。ぼくの所は鉄筋だから大丈夫だよネ」
と言われたことがあったそうだ。それは子供らしいとっさの感じを親しみの中で言葉にされたのだろうが――正直のところ雨漏りのする官舎である。<<<
ご自分のお子さんに時間が割けないほど渾身のご養育にあたられた浜尾さんのお葬式に、ナルちゃんは行ってません。もちろん成人して、結婚もして、ツマの人格否定がどうちゃらと発言できるくらい、大きくなっておられましたが。
浜尾氏は2006年10月26日逝去、同月30日東京都千代田区麹町にある「聖イグナチオ教会」で敬虔なカトリック信者であった氏の葬儀が行われたが、徳仁は葬儀に顔も出さず白菊の花籠を贈っただけと、『週刊現代』2006年11月18日号記事に書かれている。なお別の元東宮侍従葬儀やローマ法王ヨハネ・パウロ2世追悼ミサに徳仁が出席していることから、葬儀出席慣例が無いとか宗教が違うからといったものでは欠席理由がつかないことは明らかである。
>>>この学年の相(原文ママ)主管の佐藤茂人教諭が、浩宮の中等科時代に数学の家庭教師を引き受けていたことは先に述べた。
冬の東宮御所での勉強中、部屋の暖房が利きすぎているので
「窓をすこしあけた方がいいね」と言うと、全部開放し、しばらくして
「もうすこし閉めて」と言うと、ぴたっと閉めてしまった。
――「浩宮には、窓をちょうどよく開けたり閉めたりするってことが出来ないんだ。自分で窓をしめたりあけたりする習慣が、小さい時からなかったんだろうね」と佐藤さんは言い「だから家庭教師に行った時には、なるたけ自分の部屋の窓のあけしめをやらせたんですよ」と語ってくれた。
きちんと決められたことはできるが、きわめて日常的な、小さい時からわれわれが日々の生活の中で自然に身につけるもの、生活の知恵ともいえないような文字通り「瑣事」にうとい点が浩宮にあるのは、やはり否めなかった。
美智子妃の母親としての細かい心づかいがあったとしても、あの東宮御所で多くの側仕えの人々に付き添われた生活では、そこまではカバーできなかったということだろう<<<
>>>ごく稀にではあったが、浩宮も高等科食堂を利用することがあった。浩宮自身が食堂の昼食に興味を持ったためかもしれない。
カレーライスを注文して、食堂の賄いの女性に
「お肉をたくさん入れてください」と頼んだが「高等科のカレーライスは安いでしょう、だからお肉はあまり入っていないのよ」と言われて
「そうですか」と納得していた。そんなこともあった。
生徒は普通、食堂のカレーライスがどの程度のものか、よく知っていたから「お肉をたくさん……」などという場違いな注文を口にすることもなかったが、そんなところにも世間知らずという意味での浩宮らしさが覗いていた。<<<
この、食堂の賄いの女性を立派だ、と思った。愛子さんのご養育係にも、こういう方を、と、思わず望んでしまいました。
そうですか、と言うナルさんも、この頃はまだ可愛らしい。ん、高等科?。
世間知らずは仕方ない、悪気のない方なのだろう、とは、非道のKUONも思いますですよ。
•まだ学生の時、テレビに映って本人が「子供の頃に、僕の家には国道が走っているって言ったら、級友に驚かれまして...(笑)」と無邪気に言っていた事件
•学習院時代の皇太子は人の噂になるほどの存在感がなかったらしい。担任の先生も「身分がなければ記憶に残らない生徒だった」といわれてる事件
•学生時代に教室の掃除をした時に、皇太子の机を動かそうとして机が倒れ中から寒い点数の答案用紙(本来なら親に見せるもの)がいくつも出てきて、皇太子は「エヘヘヘヘ…」と笑ってごまかした事件
•同級生がトイレでタバコを吸ってる間見張りに立たされてた、断るでもなく注意するでもなく、ただただ利用される事件↓
>>>『週刊現代』1993年1月23日号
一方、皇太子は学習院高等科3年のころ、殿下の悪友仲間が学校のトイレの中でタバコを吸った。そのとき、たまたま居合わせた殿下に、「先生が通りかかったら教えてくれ」と、廊下での見張りを頼んだ。頼まれた殿下は抵抗するでもなく、
「あ、そう」
と数分間の見張り役をお引き受けになったそうです。<<<
>>>友人を集めて御所のプールで泳ぐ会を開催、そのとき余りの広さに迷子になってしまった友人の「あまり広いので……」に対し、「そうだね、これもみんなのおかげですよ」<<<
イギリスに留学中、同じ時期にそこにいた日本人の留学生は
ご学友になるためのご指導を宮内庁関係者から受けました。
接し方、言葉遣い、話す内容。
「中学生と思ってお話ください」
実話よ、これ。
特定の個人を馬鹿にしたりあげつらったり、に思われるかもしれませんが、そんな気持ちは少ししか無く(本当です、多分・・・)、正直なところ、はあああ、です。
邪(よこしま)な気持ちは無く、どんな意味でも素直で、というこの方は、このままでも、皇太子として行くことはお出来になれたと思います。
ご自分のお立場をしっかり解られ、愚直なまでにお努めを果たし切るお心がおありなら、周囲が何とかしてもってゆけたのではないかと思います。ご皇室と言うところには、そんな力があるのではないか。
申し訳ないことを申しますが、陛下の弟君の常陸宮さまのお妃は、旧華族である津軽家からおいでの方。皇族の妃として務め続けられ、御夫君の事情でお子さまも無いながら、ご夫妻としてにこやかに存在しておられます。慕われてもおいでです。
皇太子、というお立場とは異なるとは言え、お妃が立てて通れば、それなりで通る。男尊女卑、という話でないつもり。夫業、妻業、の話だと、自分では思います。説教臭くてすっごくイヤになって来たけど、消さないで書いてしまおう。
残念なことに、大層残念なことに、よりによって、あのお妃と組み合わさったことで化学反応が起きて、皇太子殿下の美点であったのだろう部分が、潰えてしまったのではないか。贔屓目に見れば、それくらいは言える。引っ張られてしまっているナル氏の姿がよおく見えるので。まさこさんだって、なんとかにも三分の理、言いたいこともあるかも知んない。夫婦のことは、どっちでもいいです。
・・・無理です。即位されたらその瞬間から、今のあのひとたちには不可能なアタマ、からだ、気配り、あらゆることが、待ったなしで降りかかる。世界中の目も、見る。
遠い先の話でないのが、なんとも。
achabiさん。
コメントありがとうございます。本当に、走って行ってあのうすら頬っぺたを、と、思いますよね。ガルルルル。
悠仁さまを心配される声も高いですが、私は、幼い宮様を未来の天皇にふさわしい人間に、と厳しく、偏った特権意識を持たせないでお育てになっておられる秋篠宮殿下と、宮様ご自身の「徳」にゆだねるしかないんじゃないかとも感じています。
たいへんエラソーな言い方ですね。わかっちゃいるんです・・・。
一緒にいたって、寄り添っていたって、絶対に庇いきってやれる保証はありません。
私欲でないところからのなされ方を、信じているしかない気がします。
あんなに嘘やよいしょで塗り固めたって、お気の毒なことに愛子さんの本当のところは、覆いようなく見えてしまう。
一緒に、悠仁さまに邪悪な力が寄って来ないように、じいいいいいっと、見ていようではありませんか。
目に見える力より、見えない思い、そっちが強いのでは、と、思ってしまうワタクシです。そうしか出来ませんしね。
暑いので、お互い、自愛もしてしまいましょうね。へたらないように。またおいで下さいね!。ありがとう!。
やさいさん。
やさいさん。やさいさん。あ。うん。
親ばか、子はバカ。これ、すごいです。面白いです、冷え冷え座布団さしあげたいです。
あの親ばか・・・順序逆にしても可・・・どうされるおつもりなのかしら。一般社会ではあり得ない茶番劇の、幕は、延々、降りない・・・で、どうするつもりなんでしょう。
無責任だよ~って、言っていい? やさいさんにだけ。あ。皆さまにも、聞こえちゃう・・・ばか親。わあああ。
sarahさん。
はい。書いてしまいました。
>>>彼へ注がれた限りない両陛下の慈愛を思うと、
畏れながら、その慈愛の深さが今の災いを招いたのではないかと思っています。<<<
これが実は、その通りであろうとしか考えられないのが、切ないですね。
美智子様のごときお方でも、こういうことになってしまう。愛って、恐ろしい面を持っています。
・・・そして、パリでは14日がパリ祭でした。
パンが無いならお菓子を食べればいいじゃないの。このセリフはマリー・アントワネットのものと言われています。雅子さんでなく、ナルさんにこれが感じられます。逸話の一つに
「どうやって食事が出来て来るのかわかっていないようなので、厨房の様子を浩宮に見せた」というものもあります。
体温の低い感じ、というのは、そうなんだろうなあ、と感じました。
政治に関心なく、美貌の妻に興味なく、錠前を作るのが一番好きなことだったと言われるルイ16世。
民衆の怒りも飢えも絶望にも無関心、暴動と革命の意味もわかっていたか否か。
それでも彼は、とらえられて断頭台に上るまでの短い間は、フランスの王らしい態度だったとか。
いざ、の時に「らしい」って、すごいことだと思います。
わが国の尊いあたりに、せめて高貴のお方らしく、と、ずっとずっと願う気持ちがあります。
・・・楽しんでおられる「ほほえましいありさま」の写真が飾っておりました。
やっぱり違和感あります。
これで、ずっと、やって行くの? それでいいの? 約束守れない、するべきことしない、しようともしない人間を、叱りも諭しもせず(もうすぐ50歳)お元気そうならよしだわ、仲良くしているならよしだわ、ゆっくり温かく見守ってさしあげましょう、って、すっごい疑問あり、あと、何年くらい?。
How many road must a man walk down(byボブ・ディラン「風に吹かれて」)
スペル間違っているかも知れません、とにかく、どこまで行ったら、どれだけ待ったら、という感じなんですね。
怠惰で愚鈍で無神経な息子夫婦の「たすけ」になる、とか庇ってやる、とか、頑張る姿を見せて悟らせたい、とか。そういうの、違うんじゃないかと。オロカな私が、勝手にイキって思うだけなんですけど。
御身をご大切に、任せるべきはお任せになり、平成の今の天皇ご夫妻として、ゆったり安心の姿を、お見せになっていていただけないものかしら、と。仲がよろしかろうが悪かろうが、知ったことではないです。あの二人を、いつまで、どこまで甘やかして。
皇太子妃の勤めの最重要は
・世継ぎを産むこと
・皇后としての祭祀を行うこと
この2点。お子さまのことは、どなたに限らず人間なる身の思い通りには行かないこと。幸いというか、雅子さんの育てた男の子が皇太子になることは無く、今上のお孫様にあたられる方に男児がおられます。皇統はつながる。
もう一点、祭祀云々のことを、どこもあまり言わないが、このことに触れずして東宮問題は無い。
お二方とも、無理でしょう。私なぞのシモジモの目から見ても、100パーセント、無理。
では、あの方たちは、何のために「東宮」ですか。
立場、というものに対するきっぱりした態度が無いのに、仲良し風って、どうかと思う。
法律がどうであろうが皇室の決まりがどうだろうが、無理なものは無理、ダメなものはダメ、として、何とかして道を探す方法があると、私は思う。
2600年余り。一つの確固たる法に守られて来たわけではない。そんな甘く続いたものではないはず。最終的には、一つの断、ではないかと、私は信じます。
失せろ、東宮夫婦。害でしか無い、今は。
・・・・と、ちょっと気張ってエラソーに書きました。本気です。
以前読んだ記事で、美智子様が浩宮のことを
「普通ではない美しいものを感じる」
とか仰っていたのが気になり、探して読んでいたら、まあ、いろんなことが。
あほらしさのつれづれに、少しコピーしてみます。青い文字はいつものごとく、私の個人的なニクマレ口です。
・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・河原敏明著『美智子さまのおことば 愛の喜び・苦悩の日々』講談社文庫(1997年)
客観的に満足かということではなく、わたくしの感じで言えば、浩宮の人柄のなかに、わたくしでも習いたいような美しいものを見いだしています。浩宮を大切に思っているとしか申し上げようがございません。(昭和49年10月お誕生日記者会見)
美智子様、という存在が特別な感じであられたので通った話でしょうが。いま読むと、ふつーの親には言えないこのセリフ。甲斐の無い悲しみというもの、当たり前に賢いお方に理解できない愚かさ、というもの、も、あるよなあ、の感慨。。ナル、この時中等科三年生。
>>>浩宮様が学習院初等科へ入学されたころの話。
たまたま美智子妃も参加された授業参観の日、なんのはずみか宮様に順番が当たり、教科書を読まれるはめになった。しかし、なかなかすんなりと読めず、四苦八苦される彼を見て、だんだん美智子妃の顔色が変っていった。
とどめは先生の、
「お家でもう少し勉強してきなさい」
の一言であった。美智子妃は、がっくりと首うなだれ、すごすごと帰途につかれたのである。<<<
>>>うちの叔母は大阪万博の時に浩宮様と一緒に自動車に乗るイベントで選ばれたんだ
でもはれがましくて拒んだら、浩宮様が絶対この子でないと嫌だっておっしゃられて、
場内放送で探されて強制的に乗せられたんだよ
その話し聞かされてそこまで執着するって意外だと思った。<<<
いや、意外、でなかったような
>>>皇太子と秋篠宮の性格の違いを物語るエピソードで、思い出されるのが昭和40年代にご家族で浜名湖に行かれたときのことです。
養殖されているウナギの桶を覗きこんでいた浩宮は、自分では手を出さず、東宮侍従の浜尾実さんに「つかんでみたら」とおっしゃった。一方の礼宮は桶にひょいと手を入れ、ウナギをつかんで振り回したんです。
いま皇室のなかで、秋篠宮の存在感がだんだんと大きくなっているように感じられますが、あのときのお二人の様子は、鮮明な記憶として残っています。<<<
何でも浜尾さんに「やってみたら」と仰り、長男気質でもあるのか、自信持てずにカッコ悪くなりそうなことはしなかった。答えの判らない答案には、チャレンジすることせず白紙で出された。
>>>渡辺みどり(皇室やマナーの評論をするひと。いつも皇室風お帽子)さんの言い。
「・・前略・・皇族としてのマナーやお気遣いは、やはり小さいころからしつけをしないと身につかないと思います。
皇太子さまが子ども時代、ロイヤルボックスでひじをついてサーカスを鑑賞されていたことがありました。それを当時の浜尾実侍従が何度も注意して最後には、ひじを強く払ったこともありました。
時にはそういう強いしつけというものが必要なのです。・・後略・・」
※後に娘愛子を連れて一家で神宮球場野球観戦をすることになるが、その折の愛子肘つきを父親としても全く窘めないというオチがついている。<<<
相撲観戦の時も内親王は肘掛にもたれ、ぐにゃぐにゃしておられました。誰も何も言わない。愛子さんに「浜尾さん」はおられない。実際より賢い風に皇太子像を捏造したとも言われるが、雅子さんとの結婚、人格否定発言にも、はっきりと疑問を投げかけた方でした。そういう方についてもらえない愛子さんは、一種の皇室内ネグレスト
>>>いつのことだったか、浩宮が浜尾さんの官舎へ遊びに来られたとき、とつぜん、
「浜尾さんの家は地震になったらつぶれるネ。ぼくの所は鉄筋だから大丈夫だよネ」
と言われたことがあったそうだ。それは子供らしいとっさの感じを親しみの中で言葉にされたのだろうが――正直のところ雨漏りのする官舎である。<<<
ご自分のお子さんに時間が割けないほど渾身のご養育にあたられた浜尾さんのお葬式に、ナルちゃんは行ってません。もちろん成人して、結婚もして、ツマの人格否定がどうちゃらと発言できるくらい、大きくなっておられましたが。
浜尾氏は2006年10月26日逝去、同月30日東京都千代田区麹町にある「聖イグナチオ教会」で敬虔なカトリック信者であった氏の葬儀が行われたが、徳仁は葬儀に顔も出さず白菊の花籠を贈っただけと、『週刊現代』2006年11月18日号記事に書かれている。なお別の元東宮侍従葬儀やローマ法王ヨハネ・パウロ2世追悼ミサに徳仁が出席していることから、葬儀出席慣例が無いとか宗教が違うからといったものでは欠席理由がつかないことは明らかである。
>>>この学年の相(原文ママ)主管の佐藤茂人教諭が、浩宮の中等科時代に数学の家庭教師を引き受けていたことは先に述べた。
冬の東宮御所での勉強中、部屋の暖房が利きすぎているので
「窓をすこしあけた方がいいね」と言うと、全部開放し、しばらくして
「もうすこし閉めて」と言うと、ぴたっと閉めてしまった。
――「浩宮には、窓をちょうどよく開けたり閉めたりするってことが出来ないんだ。自分で窓をしめたりあけたりする習慣が、小さい時からなかったんだろうね」と佐藤さんは言い「だから家庭教師に行った時には、なるたけ自分の部屋の窓のあけしめをやらせたんですよ」と語ってくれた。
きちんと決められたことはできるが、きわめて日常的な、小さい時からわれわれが日々の生活の中で自然に身につけるもの、生活の知恵ともいえないような文字通り「瑣事」にうとい点が浩宮にあるのは、やはり否めなかった。
美智子妃の母親としての細かい心づかいがあったとしても、あの東宮御所で多くの側仕えの人々に付き添われた生活では、そこまではカバーできなかったということだろう<<<
>>>ごく稀にではあったが、浩宮も高等科食堂を利用することがあった。浩宮自身が食堂の昼食に興味を持ったためかもしれない。
カレーライスを注文して、食堂の賄いの女性に
「お肉をたくさん入れてください」と頼んだが「高等科のカレーライスは安いでしょう、だからお肉はあまり入っていないのよ」と言われて
「そうですか」と納得していた。そんなこともあった。
生徒は普通、食堂のカレーライスがどの程度のものか、よく知っていたから「お肉をたくさん……」などという場違いな注文を口にすることもなかったが、そんなところにも世間知らずという意味での浩宮らしさが覗いていた。<<<
この、食堂の賄いの女性を立派だ、と思った。愛子さんのご養育係にも、こういう方を、と、思わず望んでしまいました。
そうですか、と言うナルさんも、この頃はまだ可愛らしい。ん、高等科?。
世間知らずは仕方ない、悪気のない方なのだろう、とは、非道のKUONも思いますですよ。
•まだ学生の時、テレビに映って本人が「子供の頃に、僕の家には国道が走っているって言ったら、級友に驚かれまして...(笑)」と無邪気に言っていた事件
•学習院時代の皇太子は人の噂になるほどの存在感がなかったらしい。担任の先生も「身分がなければ記憶に残らない生徒だった」といわれてる事件
•学生時代に教室の掃除をした時に、皇太子の机を動かそうとして机が倒れ中から寒い点数の答案用紙(本来なら親に見せるもの)がいくつも出てきて、皇太子は「エヘヘヘヘ…」と笑ってごまかした事件
•同級生がトイレでタバコを吸ってる間見張りに立たされてた、断るでもなく注意するでもなく、ただただ利用される事件↓
>>>『週刊現代』1993年1月23日号
一方、皇太子は学習院高等科3年のころ、殿下の悪友仲間が学校のトイレの中でタバコを吸った。そのとき、たまたま居合わせた殿下に、「先生が通りかかったら教えてくれ」と、廊下での見張りを頼んだ。頼まれた殿下は抵抗するでもなく、
「あ、そう」
と数分間の見張り役をお引き受けになったそうです。<<<
>>>友人を集めて御所のプールで泳ぐ会を開催、そのとき余りの広さに迷子になってしまった友人の「あまり広いので……」に対し、「そうだね、これもみんなのおかげですよ」<<<
イギリスに留学中、同じ時期にそこにいた日本人の留学生は
ご学友になるためのご指導を宮内庁関係者から受けました。
接し方、言葉遣い、話す内容。
「中学生と思ってお話ください」
実話よ、これ。
特定の個人を馬鹿にしたりあげつらったり、に思われるかもしれませんが、そんな気持ちは少ししか無く(本当です、多分・・・)、正直なところ、はあああ、です。
邪(よこしま)な気持ちは無く、どんな意味でも素直で、というこの方は、このままでも、皇太子として行くことはお出来になれたと思います。
ご自分のお立場をしっかり解られ、愚直なまでにお努めを果たし切るお心がおありなら、周囲が何とかしてもってゆけたのではないかと思います。ご皇室と言うところには、そんな力があるのではないか。
申し訳ないことを申しますが、陛下の弟君の常陸宮さまのお妃は、旧華族である津軽家からおいでの方。皇族の妃として務め続けられ、御夫君の事情でお子さまも無いながら、ご夫妻としてにこやかに存在しておられます。慕われてもおいでです。
皇太子、というお立場とは異なるとは言え、お妃が立てて通れば、それなりで通る。男尊女卑、という話でないつもり。夫業、妻業、の話だと、自分では思います。説教臭くてすっごくイヤになって来たけど、消さないで書いてしまおう。
残念なことに、大層残念なことに、よりによって、あのお妃と組み合わさったことで化学反応が起きて、皇太子殿下の美点であったのだろう部分が、潰えてしまったのではないか。贔屓目に見れば、それくらいは言える。引っ張られてしまっているナル氏の姿がよおく見えるので。まさこさんだって、なんとかにも三分の理、言いたいこともあるかも知んない。夫婦のことは、どっちでもいいです。
・・・無理です。即位されたらその瞬間から、今のあのひとたちには不可能なアタマ、からだ、気配り、あらゆることが、待ったなしで降りかかる。世界中の目も、見る。
遠い先の話でないのが、なんとも。
achabiさん。
コメントありがとうございます。本当に、走って行ってあのうすら頬っぺたを、と、思いますよね。ガルルルル。
悠仁さまを心配される声も高いですが、私は、幼い宮様を未来の天皇にふさわしい人間に、と厳しく、偏った特権意識を持たせないでお育てになっておられる秋篠宮殿下と、宮様ご自身の「徳」にゆだねるしかないんじゃないかとも感じています。
たいへんエラソーな言い方ですね。わかっちゃいるんです・・・。
一緒にいたって、寄り添っていたって、絶対に庇いきってやれる保証はありません。
私欲でないところからのなされ方を、信じているしかない気がします。
あんなに嘘やよいしょで塗り固めたって、お気の毒なことに愛子さんの本当のところは、覆いようなく見えてしまう。
一緒に、悠仁さまに邪悪な力が寄って来ないように、じいいいいいっと、見ていようではありませんか。
目に見える力より、見えない思い、そっちが強いのでは、と、思ってしまうワタクシです。そうしか出来ませんしね。
暑いので、お互い、自愛もしてしまいましょうね。へたらないように。またおいで下さいね!。ありがとう!。
やさいさん。
やさいさん。やさいさん。あ。うん。
親ばか、子はバカ。これ、すごいです。面白いです、冷え冷え座布団さしあげたいです。
あの親ばか・・・順序逆にしても可・・・どうされるおつもりなのかしら。一般社会ではあり得ない茶番劇の、幕は、延々、降りない・・・で、どうするつもりなんでしょう。
無責任だよ~って、言っていい? やさいさんにだけ。あ。皆さまにも、聞こえちゃう・・・ばか親。わあああ。
sarahさん。
はい。書いてしまいました。
>>>彼へ注がれた限りない両陛下の慈愛を思うと、
畏れながら、その慈愛の深さが今の災いを招いたのではないかと思っています。<<<
これが実は、その通りであろうとしか考えられないのが、切ないですね。
美智子様のごときお方でも、こういうことになってしまう。愛って、恐ろしい面を持っています。
・・・そして、パリでは14日がパリ祭でした。
パンが無いならお菓子を食べればいいじゃないの。このセリフはマリー・アントワネットのものと言われています。雅子さんでなく、ナルさんにこれが感じられます。逸話の一つに
「どうやって食事が出来て来るのかわかっていないようなので、厨房の様子を浩宮に見せた」というものもあります。
体温の低い感じ、というのは、そうなんだろうなあ、と感じました。
政治に関心なく、美貌の妻に興味なく、錠前を作るのが一番好きなことだったと言われるルイ16世。
民衆の怒りも飢えも絶望にも無関心、暴動と革命の意味もわかっていたか否か。
それでも彼は、とらえられて断頭台に上るまでの短い間は、フランスの王らしい態度だったとか。
いざ、の時に「らしい」って、すごいことだと思います。
わが国の尊いあたりに、せめて高貴のお方らしく、と、ずっとずっと願う気持ちがあります。
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
- 2018/06 (15)
- 2018/05 (21)
- 2018/04 (12)
- 2018/03 (12)
- 2018/02 (9)
- 2018/01 (17)
- 2017/12 (20)
- 2017/11 (15)
- 2017/10 (9)
- 2017/09 (12)
- 2017/08 (20)
- 2017/07 (18)
- 2017/06 (16)
- 2017/05 (23)
- 2017/04 (20)
- 2017/03 (15)
- 2017/02 (20)
- 2017/01 (22)
- 2016/12 (18)
- 2016/11 (20)
- 2016/10 (19)
- 2016/09 (21)
- 2016/08 (20)
- 2016/07 (26)
- 2016/06 (16)
- 2016/05 (20)
- 2016/04 (29)
- 2016/03 (24)
- 2016/02 (18)
- 2016/01 (30)
- 2015/12 (33)
- 2015/11 (31)
- 2015/10 (29)
- 2015/09 (26)
- 2015/08 (15)
- 2015/07 (21)
- 2015/06 (24)
- 2015/05 (19)
- 2015/04 (27)
- 2015/03 (26)
- 2015/02 (21)
- 2015/01 (28)
- 2014/12 (27)
- 2014/11 (28)
- 2014/10 (27)
- 2014/09 (22)
- 2014/08 (28)
- 2014/07 (26)
- 2014/06 (26)
- 2014/05 (25)
- 2014/04 (26)
- 2014/03 (26)
- 2014/02 (21)
- 2014/01 (20)
- 2013/12 (24)
- 2013/11 (24)
- 2013/10 (29)
- 2013/09 (24)
- 2013/08 (22)
- 2013/07 (18)
- 2013/06 (21)
- 2013/05 (19)
- 2013/04 (18)
- 2013/03 (13)
- 2013/02 (11)
- 2013/01 (18)
- 2012/12 (18)
- 2012/11 (9)
- 2012/10 (23)
- 2012/09 (19)
- 2012/08 (18)
- 2012/07 (23)
- 2012/06 (16)
- 2012/05 (17)
- 2012/04 (18)
- 2012/03 (24)
- 2012/02 (29)
- 2012/01 (21)
- 2011/12 (27)
- 2011/11 (29)
- 2011/10 (26)
- 2011/09 (26)
- 2011/08 (21)
- 2011/07 (28)
- 2011/06 (33)
- 2011/05 (16)
カテゴリ
ブログカウンター
プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
・・・・・・・・・・
プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
・・・・・・・・・・
