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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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KUONの久遠

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・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

昨日の朝、皇太子夫婦が13時間の空の旅・・エコノミークラスで、でははない、って突っ込み入れる気力無し・・・を終えて無事、オランダのなんとか空港へ降り立たれたことを、ニュースで知りました。

大変お元気そうな二人は、手を振りながらタラップを降り、手を振りながら歩いて、雅子さんはある時、皇太子の背中を、後ろからこづきました。報道陣の方へ挨拶するように、との指示だったようです。皇太子は、こづかれるまま指示のままに向きを変えて笑顔で、手を振った。

ああいう小突き方、お正月の皇居での参賀の折りにも皇太子にしていたし、お子さんにもしておられますね。

ちょっと、何してんのよ、って感じ。

その夜の晩餐会は「ご体調を考慮して」雅子さんは欠席、皇太子が一人で。

夫が自分と同じくらい疲れているかも、とは考えないのですね、カップルでの行動が常識である世界へ、夫だけ出させて平気、ずいぶん前から予約だけはちゃあんと取ってあった高級なホテルで、雅子さんは一人で休まれる、とか。

これに関しては、私もリンクさせてもらっている→「わがまま、親父の独り言」というブログにも、よく読ませてもらっている「6月のシャンプー」さんのブログでも、詳しく、すでに書いておられます。

かなり過激ですが「ど直球」です。ご一読、お勧めします。



・・・朝日テレビの朝の報道番組を、久しぶりにゆっくり見ました。

日本は・・・わたしの愛するこの国は、こ~んなにも、あられのない国になっているのだなあ、と、呆然としました。

名前も知らない(知ってるけど口が汚染されるので呼びたくない)女の人が、雅子さんがどうのこうのと、はしゃいで喋べくっている流れで、

「小和田恒さんは今(か、現在、だったか)、オランダにいらっしゃるんですよね」

とか言った。

誰か男が、得たり、ってな口調で、

「ハーグの国際司法」なんとかのかんとかで、いらっしゃいます、とか言って、小和田夫婦の写真まで出した。

女の方が、では、あちらで、会われる・・・とまで、言ったかどうか。

私は、びっくりしましたよ。

あれだけ人をはらはらさせて、大騒ぎして「ご公務」に旅立たれて、それも、出席する場ではティアラもドレスも無いって、意味不明の報道がなされていて。

ここ決めなあかん、という、その時を、テイァラ・・宝冠の無い皇太子妃って。新調のドレスも無いって。

ふだんちゃんとしている人なら、この際に、国の代表で行く時に、ドレスの一枚や二枚、作らせたって、誰がそれを咎めましょう。

自分の野望のためには、カーテン引きずりおろしてドレスに仕立てて、何食わぬ顔で着て行った南部のじゃじゃ馬、スカーレット・オハラが聞いたら、顎が外れるくらい笑うだろう、何なの、それ、ばっかじゃないの~、って。

公務というからには、公費でなされる、皇族の出張。

出張先で、私的な「会い」をすることは、私は、会社勤めということをしたことが無いし、よくはわかりませんが、もしも、出張に行って、自分の時間に誰かと「会う」時には、少なくともおおっぴらに、しないもののような気がしていました~。

それを、テレビに出ているあほうな女の人が、会うんでしょうね~、いいですね~って、言葉は違ったが、そのごとき言い方で。

もう、げんなりした。紀子様のご両親が、そういう形で出て来られたことはありません。小和田の名前を、そんなに出したいかね。

実家の親に「会う」どころか、ブツの受け渡し、みたいなことも、書いておられますので、先述のブログ、ご一読をお勧めします。


公務の際にはするのが普通、だった記者会見は、ぶっち。

両陛下には、かろうじて挨拶したそうですが、温かい、だったかお優しい、だったかのお言葉を頂いて、夫婦はありがたがっていた、のだと。

両陛下はお優しい。はあ、そうですか。

なんだか、したい放題やりたい放題こじつけ放題、かくし放題に甘やかし放題の尊いあたりの方々のお姿を拝見するにつれ、皇室の事なぞ、しょせん、うちらには関係こと、という気が、して来ないでもない。

オランダで何をするかしないか、NHK様が独占のようですので、ご両親を玄関先でお見送りされる愛子様、の映像も無いことだし、とてもとても、公正な報道がなされるとは期待しないが、国民は思いっきり、コケにされているとは、思いますね。

聞くところによれば、会社員が外国へ出張したりすると、レポートださなきゃいけないとか。使ったお金の使途、なども明らかにしなきゃあかんとか。

しもじもと皇族を一緒にするなって?。

シモジモ、とは、諧謔ですよ、私が、面白がって使っている言葉。私は、天皇皇后両陛下はともかく、現・皇太子にもその奥さんと言う人にも、ひとかけらの敬意の持ち合わせも無い。

全く無い! 。



ただ。

見ている限り、雅子さんという女性は、本当に、病気だと思います。

このたび「うつ」だ「うつ」だと、報道の人も口にしていたが、公人である雅子妃の病名が「うつ」だとは、一度も表明されていません。

雅子さんの「病気」「病名」「治療」「これからの予想」については、根拠のあることは、いっさい、出て来ていないのです。

大野医師が見解を出したことのある「適応障害」は、前にも書きましたが、症状であって病名ではない。

誰も「うつ」とは言ってない。なんで、ウツで通っているのか? 。

そのへんも、いいかげんだなあ、あられもないなあ、と、感じます。何でもいいのか。

でも、雅子さんは病気。

どう取り繕っても、病気。

皮肉でもイヤミでも軽蔑でも無い、これは、ほんとうに思うこと。

小和田家の目論見が外れようと、その裏に入る巨大な悪の力がどう堰き止められようと、あの方は、皇后にはなれません。それが、皇室という存在の力、目に見えない力、せこい人間の思惑などではどうにもできない、皇室の力だと、私は、思う。

無理やり皇后にしようとせずにおいてあげて頂きたい。おのお父さんには、娘ってどんな存在なのか。

皇族のオーラも威厳も気高い感じも何も無い、哀しいくらい何にも無い、でへへ~と、にらへら~(にらみながらへらへらする)の、カップルです。

二人に相応しいあたりで、それこそ本物の静養生活を、と、ふたたび、みたび、思います次第です。おそらく、お母さんの気分の波に振り回されているお嬢ちゃんも、もう少し、違って来るのではないか・・・適切な治療やアドバイスを、愛子さんが受けているのかどうか、僭越ながら気になります。


sarahさん。

おそらく私たちが考える「義務と権利」は、あのお方のそれとは、違う。

自分は、私は、誇りじゃなくて埃にまみれて働いている。だからでしょうか、気持ちだけは、凛然としたものに憧れます。

ぐらぐらでもひょろひょろしても、施しを受けず、自分たちの足で立って生きている、こんな気持ちは、あの人にはわからないでしょうよ。

情けないですね。



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   「体調を考慮され。」

                      今年の流行語大賞? 。

主語が無いです、誰が何をどう、考慮され、なのか。

医師が妃殿下を、ではないな。妃殿下は医師の意見も却下。(でも連れてゆく)。

皇太子が妻を、でもなく・・・彼には妻は、常に常に頑張って=タダシいひとなので、笑いかけてくれる時に・・・主に人前で・・・笑い返すことができるよう、頬の筋肉を緩める訓練は毎日の重大な仕事。

お父上が娘の体調を考慮して、何が何でも宮中三殿参拝とかをさせない。

どれかなあ。


雅子さんは、スキー、ジョギングは出来ても、宮中三殿へ向かうことは、ご体調を考慮で、できない。

体力の問題ではないですね、「ご体調」とは。

よほど真摯な信者さんなのですか、ずっとずっと、宮中流には背を向けるのか・・・って、書きはじめるとキリが無いので、今は書いてると叱られちゃう時間なので、夜、再び、わがパソ冬馬クンの前に。



こんばんは。晩ごはん美味しくいただきました。作ってもらったご飯、どれも美味でありましたが、季節のホタルイカの酢味噌和え、お腹ぐーぐーの後、グーでした。菜の花も添えられていて。


   散りぬべき 時知りてこそ 世の中の花も花なれ 人も人なれ

朝刊ををお昼休みに読んでいたら、懐かしや、細川ガラシャ夫人の辞世のうたが載っていました。

辞世の句、と出ていることが多いですが、これは三十一文字、短歌、うた、ですね。はい要らんこと言ってます。

散るべき時をみずから知っていてこそ、花は花として美しい、人も人として美しい。

戦国の世のお姫様、細川珠(たま)。 父親は明智光秀。光秀の謀反が珠の運命を変え、夫・細川忠興は、愛する妻を殺させたくなくて、幽閉しました。失意の日々のなか、珠が心の救いを求めたのは、当時は禁制のキリシタン・伴天連の世界。ガラシャというのは、洗礼名です。

関係ない話ですが、知人に、ガラシャという名のガラス店を営んでいる人がいました。がらすや、という実用と、響きの綺麗な「ガラシャ」という語を、かけたようです。素敵な店でしたが、今はもうありません。

閑話休題。

ガラシャ夫人は、大変美しい女性だったようです。もっとも、悲劇の主は「美女」の方が、悲劇映えする・・・要らんこと言いですね、私。

とうとう最後の時が来て。

キリシタンは自害を許されていません。むざむざと本意でない方向へ生きながらえることも、ガラシャ夫人にはできなかった。

忠実に身のまわりにいつづけてくれた家来が、珠の、苦しい運命の糸の緒を断ち切ってくれました。

その前、すべてを覚悟した細川ガラシャが残した辞世、この世の最後のうたが、この一首です。

    散りぬべき時知りてこそ世の中の花は花なれ人は人なれ

誇り高く、凛として生きた女性の話を読むのが、大好きなんです。男性も可。


東宮ご夫婦は、出発されたようですね。


今日は4月の26日。

あさって28日、日本の皇太子夫婦は、オランダへ向かって飛び立つ、予定。

妃殿下は体調の波があられるので、かの国の儀式の、これは出るが、これは出ない。もしかすると、当日朝の「ご体調」により、あれもこれも出ない、もっともしかすると、行くことさえわからない、とか。

オランダの側では、そういったことも、温かく理解されて下さっているって。マキシマ妃から直に、来てね、出てね、とかの電話があったという話もあるが、電話で呼ばれて、となると、国家間の公的招待というものは何なのだろうと、私などは頭がぐるぐるします。

オランダさんがどう理解されていても、日本人の中に、理解できないひとは、いっぱいいますよ。私もその一人だ。

雅子さんはまこと「悲劇の妃」なのでしょうか。そうすると、水戸のご老公ならば、わるもんは追い詰める国民じゃ、と、お裁きになるんでしょうか。

精神科医のなんとかリカちゃんとか、斎藤病院の三代目さんとか、擁護派のヒトが言うように、行きたいところへ行ってしたいようにして、成功すればその達成感で病状にいい結果が出るかも、とか。

そういう意見はあるとして。そんな話に乗れないですから。


出発前には、正装での武蔵野陵ご参拝が、なされるはず。

記者会見が行われるはず。

手順通りに行けばそのはずで、でも、二日前に迫っているいま、そんなことした、との話は無い。

するでしょう、きっと、今日、明日に、参拝も記者会見も。国民の規範となる皇室の、それも東宮の位置におられる方がたが、定まっていることをしないわけがない・・・書いていて虚しいです。

自分の、そして自分の実家の宗教的なことで、神道の長の家でもある天皇家のしきたりにも行事にも背を向けて来た過去、それを含めて病気であることを錦の御旗として振りかざして逃げ続けた日々、過去は過去として、いま、これだけは無しで済まないだろう、と思われることまで、スルーし通す。雅子さんという女性。

引きずられて正気でなくなっているとしか、私の目には(と、一応書いておきます)見えない皇太子。

雅子さんは、体に障るから昭和天皇の御陵への参拝はカット、もっとお体に触るから、記者会見なんて、コワい人々が待ち構えるストレス行事はもちろんカット、訪蘭に供えて、ダイエットにはつとめているらしいですが。何をしても、疑問符が飛び回る方です。


両陛下にもきっと挨拶無しで、行く? 。

何をしに? 。

第一テイァラは紛失しているとのことですが、ティアラ無しで、あちら圏の会合にご出席ですか。

第一ティアラ、どこにあるのでしょうね。今。皇室のあれやこれ、ヤフに出していた出品主、どこへ消えたのでしょうね。

ボンボニエール。ご下賜の和服。あの、写真の、数々の品ですよ。

ともかく。

主治医の大野医師とやらが、前回のオランダ静養と同様、随行とのこと。

自分の患者のこういった外出に医師がついて行く話は、これまでには無かったこと。

大野医師=東宮医師団、の見解は「行かない方が」もしくは「行けない」=現在のご体調では、だったので「行く」を強行するのは、雅子さんの意志なのですね。主治医の立場での見解を通せなかった主治医がついて行って、何をされるか、とっても疑問です。

某週刊誌が書くように、医師への「依存」があるのなら、言うこと聞くんじゃないかな。

お父上の言うことは、聞く?。お父上、この頃、自虐史観も外務省でごり押しするやり方も、力を失っておられるようですよ。

ご心配でしょうね。外務省が悪いのよ、という思い方のようですから、そんなこと無いか。

このたびの訪蘭は、はじめからお父上の意志、そうなのでしょうね。。どっちにしても、両陛下も宮内庁も民も、いっさい無視しての話、というのが結論のようで。

両陛下が、なぜ、お止めにならないか、という論調も、おそれながらあります、それは、ここまで来れば「逃亡」とも見えなくない東宮夫婦が、外国で、どう過ごして来るか、どんな顔して帰国して、その後、どんな形の「ご静養」が始まるのか続くのか、静観する以外には、民草われら、持てる術あらず。

ルール破り、マナー違反、掟無視、恥知らず。

社会人としての規範意識さえあるはずも無く、肥大した特権意識と厚顔無恥の権化。

つつしみ仰ぐ気は、もはやありません。

と、言いつつ。

ご帰国の日のご尊顔を、仰ぐ日が、楽しみでございます。・・・・とはもちろん、イヤミ、皮肉、ぶべつ、を満載しての言葉にてございます。


   少シヅツ右寄リニナッテ行クミタイ 友ガ言ヒ我ハ深ク頷ク

四十路半ばのころ詠んだうたです。

学生さんたちが元気にゲバ棒ふっておられたころ、同年代の私は一人暮らしをしていて、あっちやこっちを冷めた目で見るノン・ポリシー。

今は、多分、すこ~し右寄り、の感じでしょうか。いろんな自分がおりますので一概には言い切れません。。


天皇家は今年で2673年間、途切れずに続いている家で、今上陛下は、第125代目の天皇であらせられるそうです。その、世界最古、唯一と称される歴史の中には、

殺害された、またその疑いのある天皇、事故死された天皇、憤死された天皇、呪い殺された天皇、自殺された天皇。

流されたり幽閉されたり隠居を強いられたり追放されたり、逃亡された天皇もおいででした。


私の大好きな百人一首の中のこの一首。77番。

        瀬を早み岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ

この崇徳天皇は、さまざまな逸話を秘められた天皇で。呪いとか憤怒とか悪霊とか。去年の「平清盛」でも、オカルトティックな存在として描かれたように・・・・・そうだ、今日のブログにこれを書きだしたのは、この「オカルト」なる言葉を頂いたから、もあります。

「ずっと真面目にKUONさんのブログを読んで来たのに、オカルトのような呪い記事を読んで悲しい。信じられなくなります」

というメールをいただいて。いつも読んで下さっていることに、とっても感謝です。今日も読んで下さいね。

で。言い訳はしないけど、これについて書きたいな、と思って。

2600年余も続いている、と認定されている「家」に、なんの禍禍しいことの、無いはずが無いと、思ってしまうのです。

そりゃあ色んなことが、あったと考える。

三つで即位して八つで海の藻屑と消えた安徳天皇。

「海の底にも都のございましょうぞ」と、そのセリフ通りかどうか知らねど、かき抱いて言い聞かせて、幼帝であり愛おしい孫息子である安徳帝と共に身を投げた(という)祖母・二位の尼のお気持ち、自分も入水を願ったが果たせず、生き永らえてしまった生母の人生。・・・平家物語が好きなので、ついムキになります。

その、安徳帝入水を下敷きに書かれたのが、ラフカディオ・ハーンの「耳なし芳一」の話。今に伝わる平家カニの甲羅に人面が、という話も。

皇室の歴史の中で、京、奈良に陵の無いのは、この安徳帝(下関)、上にあげた崇徳上皇(坂出市)、淡路島の淳仁天皇のみ。

普通の家にも、何代も遡れば、何かかにかがあるのではないか。

私は、ムキにもなるが、基本的にサメた人間であると思っており、なかなか人の言うことは聞かない、信じない。と言っても、結婚すぐに、断れないで新聞を何誌もとるはめになった、などはあったが、いかにも、な都市伝説の類には、面白がって接することはあっても、身も心も引きずり込まれることは、無い。

祖母が「そんなことしたらバチがあたる」とか「・・・するとどうだ」「こうするとああだ」と、言い言いしていたことは、生活の知恵として納得する感じで。

昔は夜が暗かったので、夜に爪を切ると思わぬ切りそこないをして、破傷風などにかかる可能性もあり、先に死んで、だから=親の死に目に会えないと言うんだ、とか。

ばあちゃんが脅しで言うことは、実はとっても合理的なことが沢山だと、肌で感じていた。

その自分が、小店を営んでいた頃は、欠かさず盛り塩をしていたのは、分析してみると、言い伝えのごとき理由だったと考える。

自宅の鬼門にあたるところに、ヒイラギを植えて「これでいいよね」という気持ちになったり。

トイレをきれいにしているといい、とかは、普通に言いますね。

すべて、意識的にも無意識にも、邪。よこしまなもの。近づいて欲しくないものを、寄せない気持ちだったのだと思います。

よこしまなものや埃は、すぐに溜まる、積もる。せっせと払い続けていないと、汚れが落ちなくなるよ、と言われつつ 、これは実際に、丁寧なお掃除なんぞ、できておらんワタクシ・・・とほほ。

・・・いっさい、そういったものを受け付けない人もいるようだし、よそに向けて自分の思いをどうこうする気は無い、でも、目に見えないものは確かにあると、生きて来た間に実感したことは多数。

その家の最後の一人だった伯母の急死した夜に見た、長い長い白い蛇。

息が停まったと思われる瞬間に体を離れて、愛知県から奈良の私のところまで飛んで来て、別れを告げた母。

・・・このようなこと、ムキになることではないですね・・・。

そういうものに、人は、さまざまな工夫や努力で、立ち向かって来ているのではないかと、思うと、単にそれだけのことです。


天皇家には、歴史の長いなりのさまざまな「こと」も、おありだろう。

けれど、続いて来ている。

天皇皇后両陛下の、深い一心の祈りの心。

国民もまた、存続を願いつづけなければ、続くのは難しかっただろうと思う。

戦争に負けた後、昭和天皇は、自分の身はどうなろうとも国民を、と、パイプをくわえた戦勝国のボスに会いに行かれた。

詳しいことはしりませんが、甘いと言われるでしょうが、マッカーサーは紳士だった、軍人でありつつ教養を備えた人でもあった。

天皇の極限の思いを、理解できる人でもあった。・・・・・それを、利用、と言う人もいるけれど。

そうして、残された皇室だと。


「国家の安寧と国民の繁栄」

ひたすらにそれを祈って、祭祀を行っておられる両陛下。

それが皇室の、あらまほしい姿なら、そうでないものは。

人間の力でなく、法律でなく他のものでもない、皇室を皇室としてあらせるための、何かの力。2600余年の力、のようなものが、さまざまな形で、あらわれて来るのではないか、と、やっぱりオカルトかなあ・・・いや、違いますよ。

ある一家がばかでもどうしようもなくても、それは、もう。

戦後利得者、という言葉があるようです、その言葉は、小和田家について検索をしていた時に知らされた言葉で。

得とかどうとかの世界でない、とく、というなら「徳」の文字こそが天皇家にはふさわしい・・・と書いて来て、あれれれれ。

徳。

せっかくその位置に生まれて育ったが、何の因果か、ふさわしい人でなくなってしまわれているお方、何もかもが見えてしまう現代、その「徳」の文字が、いっそ切のうございます。



末尾になりますが。皇族のお一人の仰ったことの引用を、させていただきます。亡くなられた三笠宮寬仁殿下の言葉です。

<<<「私〈寛仁親王殿下〉は伯父様〈高松宮殿下〉をずっとお手本にしてきたところがあって、こういう言い方は申し訳ないんだけれど伯父様を水先案内人と心得てやってきました。

中でも伯父様が生前よくおっしゃっていたのは、皇族というのはいにしえの昔から国民に守られてきたんだ、ということです。

京都の御所を見てもそのことがよく分かる。あそこはどこからでも侵入できるし、外国の城のような大きな濠もなければ、高い塀もない。ところが長い年月、泥棒が入るでもなくずっとあのままの佇まいで在りつづけているわけです。伯父様は、そのことを見ても皇室がいかに国民によって守り育てられてきたかが分かるとおっしゃっていました。私もその通りだと思います。」
(寛仁親王殿下「皇室と日本人」『文嚢春秋』93年7月号)

また、皇居や御所が過剰に警備されていることに対して、高松宮は喜久子妃殿下に次のように語っていた。

「皇族というのは国民に護ってもらっているんだから、過剰な警備なんかいらない。堀をめぐらして城壁を構えて、大々的に警護しなければならないような皇室なら、何百年も前に滅んでいるよ」(『文嚢春秋』98年8月号)

多くの王は軍事力によって守られていた。高い城壁に深い堀を巡らし、軍事要塞に住むことによって安全が保たれていた。軍事力によって守られる者は軍事力によって倒される運命にあったわけだ。しかし、軍事力を持たずに、国民によって守られてきた日本の皇室は軍事力によって抹殺されることはなかったということになろう。

そして皇室が国民に守られてきたのは、天皇と国民の間が強い信頼関係で結ばれていたからにほかならず、それを可能にしたのは、例外はあるも歴史的に 天皇は政治に関与せず、主な御役割は民の幸せを願うことであったことによる。

天皇に「私」はなく、民全体の幸せのためにあり続けてきたのだ。そのことは、天皇の御日常が質素であり続けたことからも察することができよう。世界中の王宮が賛沢の極みであることと、1000年以上 天皇の居所として使用された京都御所が質素の極みであることを比較すれば容易に理解することができる。>>>


今朝は美智子皇后様の頸椎のご病気についてテレビでも報道されていました。

あまり、痛い思いをしないでいられますように、と、願う気持ちでいっぱいです。


数年前になりますか、天皇陛下の、外国への公式訪問に関してのご発言です。

天皇陛下
「私どもが結婚したころはまだ国事行為の臨時代行に関する法律が無く,天皇が皇太子に­国事行為を委任して,外国を訪問することはできませんでした。そのようなわけで,元首­である国賓を我が国にお迎えすると,しばらく後に,私が昭和天皇の名代として,それぞ­れの国を皇太子妃と共に答訪することになっていました。

 私どもの結婚の翌年,昭和35年9月の日米修好条約100周年に当たっての米国訪問は­,皇太子の立場で皇太子妃と共にこれを行いましたが,2か月後の11月に,皇太子妃と­共にイラン,エチオピア,インド,ネパールを,それぞれの元首の我が国訪問への答礼と­して行ったときは,昭和天皇の名代として,これを行いました。この4か国訪問が昭和の­時代に私が昭和天皇の名代として皇太子妃と共に各国を訪問した始まりでした。この名代­としての外国訪問は,国事行為の臨時代行に関する法律が昭和39年に施行された後も続­けられ,昭和46年になってようやく昭和天皇,香淳皇后のヨーロッパ諸国御訪問が実現­する運びになりました。このご訪問は昭和天皇,香淳皇后にとってもお喜びだったと思い­ますが,私どもにとっても喜ばしいことでした。天皇の名代ということは,相手国にそれ­に準ずる接遇を求めることになり,私には相手国に礼を欠くように思われ,心の重いこと­でした。各国とも寛容に日本政府の申出を受け入れ,私どもを温かく迎えてくれたことに­,深く感謝しています。

 昭和50年の昭和天皇,香淳皇后の米国ご訪問以降は,ご高齢の関係で,再び私が名代と­して皇太子妃と共に外国を訪問するようになりました。その後国際間の交流が盛んになる­につれ,国賓の数も増え,極力答礼に努めたものの,そのすべてに答礼を果たすことが不­可能な状態の中で昭和の終わりを迎えました。

 平成に入ってからは,私どもの外国訪問は国賓に対する答訪という形ではなく,政府が訪­問国を検討し,決定するということになっています。

 私どもの外国訪問を振り返ってみますと,国賓に対する名代としての答訪という立場から­多くの国々を訪問する機会に恵まれたことは,国内の行事も同時に行い,特に皇后は三人­の子どもの育児も行いながらのことで,大変なことであったと思いますが,私どもにとっ­ては,多くの経験を得る機会となり,幸せなことであったと思います。それと同時に名代­という立場が各国から受け入れられるように,自分自身を厳しく律してきたつもりで,こ­のような理由から,私どもが私的に外国を訪問したことは一度もありません。

 現在,皇太子夫妻は名代の立場で外国を訪問することはありませんから,皇太子夫妻の立­場で,本人,政府,そして国民が望ましいと考える在り方で,外国訪問を含めた国際交流­に携わっていくことができると思います。選択肢が広いだけに,一層的確な判断が求めら­れてくると思われますが,国際交流に関心と意欲を持っていることを聞いていますので,­関係者の意見を徴し,二人でよく考えて進めていくことを願っています。」


誰かと誰かを比較するなど、してはならないことだと思います。この場に書くのはおそれおおい気もしますが、自分も、自身の力の及ばないところで、あれやこれと比較されて、傷ついた記憶を持っています。数十年を経て消えてくれない記憶もあります。

ただ、天皇陛下のお言葉を、改めて噛みしめてみますと、

ああ・・・あかん、無理や、このお立場に座られるのはあの方たちには無理や・・・と、思ってしまいます。

現在の天皇皇后両陛下は、外国へ行かれると「聖職者のようだ」と言われるとのこと、それは、少なくとも欧米社会においては、最高の褒め言葉にあたるそうです。

現・東宮夫婦に対してそういった感を抱く人は・・・。

細かいことはともかく(あり過ぎるので)、ポイントになる点のみ。

沖縄戦終結、広島・長崎原爆の日、終戦記念日

は、昭和天皇・現天皇ご一家が私的外出を慎み、黙祷を捧げて来られた日。

皇太子一家は05年に花火大会(妹たちと)、3年前の終戦記念日に愛子様の友達を東宮御所に招き批判された、
戦後65年の節目に当たる2010年もお食事会でした。

比べる気にもならないとは、このことです。



やさいさん。

両班とは朝鮮の貴族のことだと知り、貴族を名乗るからには、以前書いた「ノブレス・オブリージュ=「高貴なる者に伴う義務」という概念を持って生きている人々だと、根拠なく考えていました。

敬われる代わりに、いざ、の時は決然と矢面に立てる人格、とか。

それがそうでなく・・。

<<公は民のためにあるという考えは微塵もなく、民が公のためにあると考える人たちですね。>>

げんなりします、でも、すっごく納得。そうなんだろうなあ、と、納得、なんと、わが国の皇太子妃を含む身内の考え方の基本が、そうであるとは。

以下の「法則」は、kazumotoigutiさんという方がブログに書かれていたことで。

一人でほおお、と読むには興味深いが、ここでご紹介するには・・・と、いささかためらいがあった、それでも、このブログ主さんが「物理学者」さんであるところに、興味を覚えて。なんとなく相反するものに思えませんか? 。

ほらほら、こんなん出てるよ、と、もしかして悪趣味の部類になるかも知れませんが、こんなんも、出てました。

東宮家に関わる、法則、だそうです。


<<<●2001年以前
目黒の小和田二世帯住宅を建てた豊建設(高島屋の子会社)、倒産。
木工職人(愛子さまのおもちゃ作った人)若くして急死。
1996年1月23日 学習院大学元学長(同大名誉教授、皇太子の恩師・論文指導)、安田元久氏(77歳)、皇太子が雅子を今度連れて行くと約束した矢先、自宅火災により妻とともに焼死。(この時の皇太子にかけられた雅子妃の励ましの言葉→「あまり気を落とさないように」)
1996年7月14日 君島一郎(雅子妃婚約後の正式写真に洋服が使われたデザイナー)、急死。

●2002年
2002年11月21日 雅子妃と皇太子の結婚前のデートに自宅を提供するなどしていた高円宮(47歳)、若くして急死。
2002年 森英恵(雅子妃のウエディングドレスデザイナー)会社倒産。
2002年 26世宗家観世清和が愛人作って男の子産ませ、妻のあすかさんは長男と共に追い出され離婚。(観世清和は皇太子のご学友、あすかさんは愛子さまご生誕時に雅子妃にメッセージを贈っている)観世さんに悪影響を受け、宝生流の家元夫人、自殺。
2002年12月5日 愛子さまのベビードレスを作った「杉山繊維工業」倒産。

●2003年
2003年1月21日 東宮で大膳として料理の腕をふるった渡辺誠さん(54歳)、若くして急死。
2003年 岡村孝子、離婚(NTV系“皇太子様・雅子様ご成婚スペシャル”テーマ曲『フォーエバー・ロマンス』作詞/作曲)

●2004年
2004年6月10日 野村万之丞(皇太子のご学友・44歳)、若くして急死。
2004年9月27日 森村桂(雅子妃ご成婚の時にお祝いのケーキを焼く)、病院で自殺。
2004年 堤医師(雅子妃の不妊治療担当医師)、研究費横領疑惑で失脚。

●2005年
2005年7月 李玖氏(李垠殿下と梨本宮方子女王の息子)「東宮夫妻には是非、韓国に訪問していただきたい」と言った途端に心臓麻痺で死去。
2005年11月 アメリカのノルト女史、急死(同年2月に皇太子が彼女の詩を紹介)
2005年12月13日 「愛子さまに」と2002年10月に贈られた象が、牙で飼育員を殺害。(2006年3月6日、上野動物園休園日を貸し切り。愛子さま、象に餌やりを体験)

●2006年
2006年1月中旬 雅子妃の愛馬「空勇(そらいさむ)」が、 主馬班の職員Aを蹴り上げ腸炸裂の重傷。
2006年2月24日 韓国人指揮者チョン・ミュンフン、パリのコンサートを病気の為に突然キャンセル(同年2月10日、雅子妃はお気に入りのチョン氏を招き2時間も英語で歓談)
2006年
3月29日 学習院院長・田島義博氏(75歳)死去。(2005年11月15日 学習院幼稚園合格発表、愛子さま入園決定)
2006年3月31日 猪口大臣、上智大学を解雇。(大臣就任時のブルーのドレスは雅子妃ご成婚祝賀晩餐会用に作ったものだった)
2006年3月5日 雅子妃の希望で、WBC日本-韓国戦を観戦し、いつものように途中で帰る→日本まさかの逆転負け。
2006年3月13日 いつもの雅子妃の希望で、東京ディズニーランドを実妹親子&別一組親子と一緒に遊び、予定を数十分超過して帰る。同年3月29日にオリエンタルランドが7年間で総額約12億円の申告漏れ発覚。
2006年9月28日 雅子妃の祖父江頭葬儀の翌日に皇宮警察官(19歳)が、赤坂御用地内にある警備待機所のトイレでピストル自殺。
2006年10月14日 のじぎく兵庫大会で選手や観客ら計91人が熱中症などで救護所で手当てを受け、うち3人が病院に運ばれた。皇太子は13~15日にかけて、歓迎の集いや開会式に参加。

●2007年
2007年5月5日 皇太子一家御料牧場の静養にて、馬車で牧場散策中に馬が暴走、御者の宮内庁車馬課職員が足を骨折。(週刊新潮同記事より、1年程前に皇太子が御所内で乗馬中に落馬との情報もあり)
2007年5月28日 港区の衆院赤坂議員宿舎の自室で松岡利勝農相(62)首吊り自殺。27日の日本ダービーに競馬を管轄する農相の名で皇太子を招待していた。
2007年7月7日 皇太子がモンゴルを訪問。伝統文化の案内役を務めた朝青龍関の両親に対し、(愛子が)朝青龍関のファンで、本名のダグワドルジを覚えて呼んでいます」と語る。同月25日 「腰の疲労骨折とひざ痛で全治6週間」で夏巡業への参加を見合わせていた朝青龍関が、炎天下のモンゴルでサッカーイベントに出場していた様子が同日午後に報道される。日本相撲協会から「減俸。2月場所出場停止。自宅謹慎」の重い処分が下される。その後、適応障害の治療として一時モンゴルに帰国。2008年1月場所で復帰するが、千秋楽にて白鵬関に敗れ優勝を逃す。騒動は一応の終結を迎えたが、「サッカーをしていただけで処分された」というモンゴルでの誤解はとけていない。。
2007年7月28日 皇太子佐賀県行啓で高校総体開会式に出席。同日開会式は急激に気温が上昇、出場選手や観客ら計117人が体調不良を訴え、救護テントに運び込まれた。8月2日陸上競技の最中に台風5号の接近でテントが吹き飛ばされ2人が怪我を負った。8月3日竜巻発生、更に激しい雷雨で度々競技が中断、一部競技は翌日以降に順延。
2007年10月22日に皇太子が登山で訪れたことのある雲取山、雲取山荘前の大木が突然枯れる(日時未確定だが、2008年春の可能性が高い)。雲取山荘主人「前年秋まで青々としていた葉が春にすべて落ちて枯れてしまいました。あっという間の出来事でした。」(2009年1月16日:読売新聞の記事より)

●2008年
2008年1月 歌会始めで皇太子が「蒼(あを)き水たたふる阿蘇の火口より噴煙はのぼる身にひびきつつ」という歌を発表。同年3月12日、熊本・阿蘇市で野焼きの火が山林に燃え移り、7ヘクタール以上が焼失。
2008年7月31日 田崎真珠資金繰り悪化で社長ら退任。皇太子婚約発表後、雅子さんが田崎真珠の博物館を訪ね、テレビで取り上げられる。その後、雅子さんに田崎真珠から数百万円相当の大粒の真珠ネックレスが贈呈されるが、即返却したとされている。
2008年8月8日 皇太子富士山初登頂。前日7日に富士宮口新5合目から登り始めた皇太子は、午前5時頃8合目の小屋でご来光を眺め、6:20過ぎに山頂へ。同年8月9日静岡県富士宮市の富士山登山道6~7合目間で、登山客が落雷による感電死。1955年以降富士山で落雷で亡くなられた方は 1982年と2001年に一人ずつ。同年8月9日 富士山初冠雪。過去最速で94年ぶり記録更新。甲府気象台によると、昼過ぎから大気の状態が不安定になり、山頂近くでひょうが降った。
2008年9月 皇太子妃お気に入りの那須のパン屋、独立出店以来2度放火された後に閉店。
2008年9月1日 第91代内閣総理大臣福田康夫、内閣総理大臣及び自民党総裁辞任。公私にわたり小和田恒氏と縁が深く、総裁選時に「皇室典範改正(改悪)」を公言した人物。
2008年9月6日 ホテルオークラ神戸の飲食店で食中毒が発生。同年4月28日には同ホテルで日伯交流年・ブラジル移住100周年記念レセプションが開催されており、皇太子が出席していた。
2008年9月8日 日本相撲協会北の湖理事長辞任。皇太子一家の大相撲観戦時に北の湖理事長は後ろに座って解説。
2008年12月 大分キヤノンが業績悪化で1000人以上の従業員削減が明らかに。さらには2009年1月に裏金脱税疑惑も発覚。2007年12月4日に大分キヤノン株式会社を視察しており、皇太子愛用のカメラもキャノンであるとのこと。

●2009年
2009年2月 水戸プラザホテルで集団食中毒発生。同ホテルには2008年11月に皇太子が単独公務で宿泊している。
2009年2月23日 洋菓子老舗「神田精養軒」自己破産申請へ。2007年皇太子が十二指腸ポリープの手術入院していた際、雅子さんが洋食レストラン『精養軒』から連日出前を取っていたとのこと。
2009年3月13日 ダルビッシュ有投手がバス運転手の不注意で危機一髪。ダルビッシュ投手がアリゾナ合宿の宿舎ホテル駐車場で荷物出しをしていたところ、バスが急に発車、その後も今度はバスがバックしてきて危ない目に。同年3月5日、WBC開幕戦で皇太子夫妻の強い希望により面会していた。
2009年3月18日 トルコでタクシーが横転し通行人をなぎ倒しながら壁に激突し、日本から観光で訪れていた13歳の少年が重傷を負う事故が発生。同年3月14日から3月18日まで皇太子は初のトルコ訪問をしている。
2009年3月31日 児童養護施設「幸保愛児園」にて、10年間にわたっての施設の運営費約2000万円の私的流用、入所児童への虐待が発覚。雅子妃は1997年頃から毎年、同施設にクリスマスのメッセージを贈っていた。
2009年4月3日 イチローがめまいと頭痛を訴え、出血性胃潰瘍と診断され、メジャーリーグ進出後、初めて故障者リストに登録されたとマリナーズが発表。同年3月5日、WBC中国戦の試合前に観戦に訪れた皇太子夫妻と面会していた。
2009年4月30日 オランダ西部の都市アペルドールンで王族によるパレードを見学しようと集まっていた群衆に車が突っ込み、17人が死傷する惨劇が起こる。アペルドールンは2006年に皇太子夫妻がオランダ静養で訪れている。
2009年7月15日 長崎県佐世保市の大型リゾート施設「ハウステンボス」が経営状況悪化で支援要請。同日より皇太子は長崎県行啓。翌16日にはハウステンボス訪問をしている。なお、2009年7月30日には長崎オランダ村のシンボルだった帆船が火災で消失。
2009年7月20日 横浜ベイスターズの内川聖一内野手が、両太もも裏の筋肉に張りが出たため今季初の欠場。同年7月12日には皇太子一家が神宮球場においてヤクルト×横浜戦を観戦しており、内川選手は「愛子様お気に入りの選手」と報道されている。
2009年8月27日 横浜×阪神の試合で横浜ファンが観客席から転落死。同年7月12日には皇太子一家が神宮球場においてヤクルト×横浜戦を観戦している。
2009年9月 常総学院が野球部員の新型インフルエンザ感染で秋季茨城大会への出場を辞退。来春のセンバツが消える。常総学院は同年夏の甲子園にも出場しており、同大会の開会式には皇太子が出席。さらに皇太子が観戦した開幕戦にも常総学院が登場している。
2009年11月25日 スペイン国王の長女・エレナ王女が離婚。エレナ王女は皇太子夫妻の「運命の出会い」のきっかけになった人。(1986年10月18日、スペイン・エレナ王女歓迎パーティーで雅子さんが、名簿に手書きで名前を書き加え、急遽飛び込みで参加した)

●2010年
2010年2月2日 アメリカでトヨタ自動車のハイブリッド車「プリウス」のブレーキの苦情が多発したことから、大規模なリコールへ発展。日本でもリコール問題が持ち上がる。皇太子は2004年10月8日、トヨタ自動車株式会社堤工場を視察に訪れている。なお、2007年10月13日には皇太子が乗車中の公用車(トヨタのセンチュリー)が、突然エンジントラブルで停車するという出来事も起こっている。また、トヨタ自動車相談役でもある奥田碩は女性・女系天皇容認派であり、皇室典範に関する有識者会議のメンバーでもあった。
2010年2月4日 朝青龍が日本相撲協会の理事会で事情聴取を受けた後、突然、暴行問題の責任を取る形で現役を引退することを表明した。
2010年2月13日 東京・目黒区のケニア大使公邸で火事。同時期にケニアのアンボセリ国立公園では干ばつで野生動物のエサ不足がおきていた。同年3月に皇太子はアフリカ訪問でケニアを訪れており、その関連で2009年12月18日には在ケニア大使の進講も受けている。
2010年4月下旬 「那須どうぶつ王国」が季節はずれの雪のため、動物たちを屋外に出すのをやめ、一部の施設が臨時休園。この時期の雪は開園してから初で、異例の措置とのこと。「那須どうぶつ王国」は皇太子一家が静養で毎年訪れるほどのお気に入りの場所である。
2010年4月26日 奈良で魚が大量死しているのが発見される。同年4月22日・23日に皇太子は公務で奈良を訪れている。なお、未確認情報ではあるが皇太子の訪れた奈良の平城遷都1300年祭会場で、23日にスタッフが転落か怪我をして救急車が来た、という書き込みあり。
2010年4月 皇居ランナーに苦情続出。看板を設置しても効果がなく問題になる。皇太子は以前から平日にSPを引き連れて皇居をマーキングするかのように走っており(毎月100km走ってるという報道あり)、皇居ランナーの一人であることが知られている。
2010年5月20日 大関・琴光喜が野球賭博に手を染めているという報道が出る。当初は関与を否定していたものの、のちに角界全体を揺るがす大事件に発展。複数の親方・力士が処分される中、琴光喜も7月の名古屋場所休場が決まる。琴光喜は愛子さまお気に入りの力士として知られている。
2010年5月26日 ヤクルトの高田監督が成績不振の責任を取り、辞任を発表。2009年7月には皇太子一家がヤクルト×横浜戦を観戦しており、学生時代に雅子さんは、選手時代の高田監督の大ファン(練習場までおっかけるほど)だったことが知られている。なお、横浜もシーズン途中で大矢監督が辞任し、後任人事の契約関係が問題になった。
2010年5月27日 4月下旬におきた米ルイジアナ州沖のメキシコ湾での原油流出事故が米史上最悪の流出量になったことを米地質調査所(USGS)などの調査団が発表。2006年3月に皇太子はメキシコで行われた世界水フォーラムに出席しており、また2009年9月には日本メキシコ交流400周年記念式典に出席、2010年2月には日本メキシコ交流400周年記念特別展「ガレオン船が運んだ友好の夢」開催記念式典にも出席している。
2010年6月 週刊新潮2010.6.10号において、「プリンセスマサコ」の著者ベン・ヒルズ氏が、日本語版を発行した北川明氏を印税未払いで訴訟を辞さない構えであることが報じられる。(32000部の売り上げに対する印税230万265円(税別)が未払いのまま、とのこと。北川氏はノーコメント)
2010年6月 ブラジルで豪雨による洪水で1000人にも及ぶ行方不明者が出る被害に。2008年6月には皇太子がブラジル訪問をしている。また、洪水被害を受けた町のひとつであるペルナンブコは弦楽器の弓の産地としても有名だが、皇太子は趣味でヴィオラを弾くことも知られており、二重の意味で法則ではとの声も。
2010年6月22日 観世流シテ方能楽師の関根祥人さん死去。関根氏は学習院幼稚園時代の遊びのグループ「ロケット団」(「ジェット団」も有った)のリーダーで、皇太子は他の6~7人の仲間とよく一緒に遊んだとのこと。また1993年9月には、東宮仮御所で皇太子夫妻成婚を祝う会が開かれたとき、関根氏を含む4人の能楽師が舞を舞った。関根氏の葬儀が営まれた7/3は、マドンナだったOという女性を偲んでのミニ同窓会を開く予定で、関根氏も公演終了後に参加する予定だった。
2010年7月4日 日本相撲協会の臨時の理事会で琴光喜の解雇処分が決定し、琴光喜が角界を去る。琴光喜は愛子さまお気に入りの力士として知られており、また琴光喜も自分の子供の名前に愛子さんから1字もらって名付けていた。
2010年7月29日 日本酒「越後鶴亀」で知られる清酒メーカー「上原酒造」が新潟地裁に民事再生法の適用を申請。負債総額は約8億9700万円。主力銘柄の越後鶴亀は、1993年に皇太子ご成婚の際の宮中晩さん会で、祝い酒として振る舞われたことで知られていた。
2010年7月25日 埼玉県秩父市の「ぶどう沢」付近で、山岳事故の救助中の県の防災ヘリが墜落。その後も野次馬登山者、取材に行ったテレビ関係者が死亡し、連鎖的な遭難が相次ぐ。同年6月には、雅子さんと愛子さんが学習院の校外学習で秩父を訪れており、過去に皇太子が秩父へ登山に来たことも。
2010年9月16日 高級フレンチレストラン「シェ・松尾」倒産事業支援会社に事業を譲渡及び債務整理。シェ・松尾では雅子さんが結婚直前の1993年6月4日、小和田一家と江頭豊・寿々子夫妻で、お祝いディナーが同店2階にある個室インペリアルルームで開かれたとのこと。このことはオーナーシェフ松尾幸造氏が自身の著書にて写真入りで明かしている。
2010年9月30日 TBSグループがプロ野球の横浜ベイスターズを売却する方向で検討と報道される。2009年7月には皇太子一家がヤクルト×横浜戦を観戦しており、横浜ベイスターズは愛子さまのお気に入りと報道された内川選手が所属している球団である。


この他にも、下記のような話題があったが
法則かどうかの判断が難しいので一旦保留に。

皇太子が開会式に出席した高校総体や甲子園で生徒が続々とインフルエンザにかかった
皇太子の水関連(水源地や下水処理場視察など関心を示した後ゲリラ豪雨や下水道事故がおこる)
ダルビッシュ離婚危機 → 離婚
雅子さんがかまぼこ工場見学に行った後、神奈川に黒い粉(富士山の土らしい)
皇太子が演奏会でゴジラを演奏→小笠原で地震&津波
力士の野球賭博で逮捕された人の中に「梓弓」という四股名を持っていた人がいる
「ねむの木学園」5億詐取事件>>>

・・・まあああ、よくお調べになったこと、と、びっくりです。

他にも、ネットの海を、妙な溺れ方をするまいぞ、と心しつつ(ということにして下さい~)していて、こんな一文に突き当たりました。


<<<死んだチッソ江頭は、晩年、皇居の庭を散歩するのが楽しみだったと言う

これを聞いた時、耳疑った
住んでんのかよ?東宮御所に江頭チッソが?!って

病床の晩年を、
東宮御所で療養=一般民が皇室の金(税金)で私的療養していたという噂は、
本当だったのかと>>>。

これは「6月のシャンプー」さんのブログで読みました。晩年は、しかるべき施設で過ごした人と思っていたので、これにも驚き。真偽は、私にはわかりません、が、過ごしたかどうかは??でも、けっこう自由に散歩くらいは、していたかも、とか、穿ってしまいます。絶対無い、と、言いきれませんもの。

やさいさん。

御存じかもしれませんが、

YOUTUBE「日本人を大量虐殺した天皇家の皇太子妃、雅子の一族」という、すごいタイトルの動画を、見て下さい。

チッソ、水俣病、それに加えてあの問題この問題、勢揃いで。


高い見識、ぶれない姿勢、変幻自在の書きぶり。

「べべこ」さんのブログを、いつも読ませてもらっています。今日は、そのべべこさんのところから、お借りして参りました。

長い引用ですが。

すみません、尻尾のとこになが~い追記があります。よろしくお願いします。


<<<

「べべこ過去に「秘儀の由来 ーー天皇とは何かーー」として小論を記しましたが、更に手を加えてのお目見えです。まず天皇陛下皇后陛下の最大のお勤めは宮中祭祀、すなわちご神事の執り行いである、ということを知っておきたいと思います。

その精神(こころ)は国のため、民のため、であり天皇陛下皇后陛下が国民の敬愛を集められるのは無私にして、国と民を思う心あり、肉体的にも過酷を強いられる祭祀を粛々と執り行われることにあります。

春分の日という呼び名は、憲法と同じく戦後にGHQが制定。本来祝祭日は字義のごとく、天皇陛下が神事を行う日のことで、全ての祭日には「春季皇霊祭」「春季神殿祭」のように、日本古来のゆかしい命名がなされると同時に、祭日には天皇陛下が古装束に身を固められ、皇后陛下ともども古来より宮中に連綿と伝わる神事を執り行われる日、と軒先に掲げた日の丸に託して、日本国民全員が宮中内の神業(かみわざ)に思いを馳せていました。

今では単なる休日としての認識しかなく、これもGHQによる日本弱体化政策に端を発していて、これもまた日本人が自覚、脱却せねばならぬところ。GHQが神事を敵視、危険視した。それはとりもなおさず、日本国、日本人にとっての神事の力を認めていたからに他なりません。

神事は、天皇陛下から皇太子殿下に口伝で伝えられる一子相伝で、GHQにより皇室令が廃止されてしまったため、天皇陛下個人で守り通していらっしゃる秘蹟としての神事が存在するやに聞き及びます。

古代の神話を現代に引き継いでいるのは、ひとり日本国のみで、ギリシャ神話は存在しても、ギリシャの神々の息吹きはもはや彼の国に生きてはおりませぬ。神事というのは、日本独自の精神文化の伝承という側面を併せ持ちます。精神文化は民族としての誇りの依り代(よりしろ)でもございましょう。

*今上天皇・皇后も祭祀にはきわめて熱心であり、諒闇(服喪中)や病気を除くとほとんどの宮中祭祀に代拝を立てず御自ら出席している。

*祭祀に関しては、事前の潔斎と平安装束を着用する事に加え、長時間の正座が必要であり、生前の昭和天皇は祭祀が近づくと、正座してテレビを視聴するなど、意識的に長時間正座することを心がけていたという。今上天皇も新嘗祭の時節が近づくと、昭和天皇と同様に正座の練習をなさる。

わたくしども、しもじもはよく存じあげませんが、天皇皇后両陛下がご高齢のお体に鞭打っての被災地巡りなど、お大変でお若い皇太子ご夫妻のお肩代わりがあれば、と思うのは人情ですが、しかしながら両陛下の本来のお仕事は宮中祭祀にこそあり、こちらのご負担のほうが外でのご公務の大変さを遥かにしのぎます。

これも、わたくしどもよく存じあげないところではございますが、宮中祭祀には皇后陛下の御役目も大きなものがございます。払暁にお目覚めになり神事のための精進潔斎、斎戒沐浴の天皇陛下をお支えするのも御役目ですが、ご自身も過酷なご神事に参加なさいます。

平成20年までの宮中祭祀へのお出まし

天皇陛下 361回

天皇皇后両陛下 255回

皇后陛下 14回

畏れながら、現在のご皇室の神事の状態を述べますには、皇太子殿下のサボタージュについて触れざるを得ません。天皇陛下ご入院の折り、2011年度の新嘗祭のお肩代わりを皇太子が放擲されましたが、ご公務の単なるサボタージュとは異なり重大な問題をはらんでいます。煎じ詰めれば「天皇とは何か」という問題にシビアに突き当たらざるを得ません。

天皇陛下のお役割あるいは責務として、その最大のものは内閣承認のたぐいではありません。古代より連綿と続く宮中の神事をおん自ら執り行なわれること。
これが最大で、あるいは唯一かもしれません。他は代行できても
宮中祭祀のみは、代打が効きません。本来、ご公務をカットなさってさえ、あげて神事に邁進されるお立場です。それほどの最重要事が祭祀なのです。


「少ししんどい年齢に来ているかもしれません」と率直な感想を述べられたのは
一昨年のお誕生日に際しての、美智子皇后陛下です。被災地の東北三県を両陛下は全てお見舞いに歩かれました。その傍らのご神事です。皇太子殿下が御肩代わりなさるべき年齢に差し掛かっているかと思われますがなさる気配はお見受けせず、新嘗祭における長時間の正座による式次第も、ひょっとしてお心得すらあおりではないのかもしれません。宮中最大の祭祀すらお心得がないとすれば、仮に天皇陛下に万一のことが
あった時、どうしのぐおつもりなのでしょう。

朝に夕に民を思い、神々に国家と民との平安を願う、これが古来より連綿と続いてきた
天皇の義務であり、歴代、他の諸事に先行して祭祀は天皇おん自らの御手で執り行なわれて来ました。

1 宮中祭祀には天王陛下自ら「御告文」を奏上する大祭。
2 掌典長が祭典を行い、陛下は拝礼される小祭、
3 その他の祭儀があります。
(皇太子殿下が放擲され、後半から遅刻参列の2011年度新嘗祭は、掌典長が相務めましたから、皇太子殿下は大祭を、小祭その他の些末祭儀に貶められたということになります)

これらの祭祀の中でも特に重要なものが年間通して30回もあります。
厳冬のさなかにも夜明けにご起床され、身を浄められ古式の装束に身を正します。
美智子皇后陛下も未明のご起床で斎戒沐浴、祭祀を執り行う天皇陛下をお見守りになるお役があります。

畏れながら雅子妃殿下におかれましては、将来にわたりこの過酷なご神事をなされること不可能であろうと拝察致します。
そこはどうお考えなのでしょうか。

また一子相伝としての神事のお次第(ノウハウ)が、神事に関心の薄い皇太子に上手く伝承なされているのか、危機感を覚えざるを得ません。

敗戦によるGHQの差し金で、宮中内神事が意図的に軽んじられ、その意図した流れのまま、わたしたち国民は宮中内神事の重要性を忘れ果てています。しかし今上陛下と皇后陛下は黙々と大変なご神事に勤しんでくださいました。
被災地訪問やその他の目に見えるご公務を指して大変、と国民はお察し申し上げますがしかしながら本当に大変なのは、国民の目に見えぬところで営々と営まれているご神事です。
表立ったご活動は、その過酷なご神事のお勤めの合間になされているのだ、ということをわたくしども国民はお察し申し上げねばなりません。

順徳天皇の残された「禁秘御抄」に次の文言があります。

「凡そ禁中の作法は、先ず神事、後に他事とす。明暮敬神の叡慮懈怠無し」
すなわち・・・宮中内の天皇の義務は何にも先行して神事である、明け暮れに神事を行うこと、決して怠けてはならぬ。

*「禁秘抄」は朝廷における儀式作法の根源・由来・を究め古来よりの慣習を後の世代に残さんとしたもの。
次代の皇子に帝王の道を伝えようとしている。


皇太子殿下は雅子妃殿下共々、ご先祖の御遺訓に背いていらっしゃいます。

新嘗祭と並ぶ重要催事に1月1日の四方拝があります。これも夜が明けきれぬ頃
寒気の中で身を浄め、天皇お一人が新しい年の日本国の安寧を祈られる。
もし・・・・この儀においても天皇陛下ご不調の場合、皇太子殿下は
御身代わりに立たれることはないのでしょうか。それこそが
次期天皇であるお方の最大のお役目なのですが。

神事の意義に実感が添わない方もいらっしゃるかもしれませんが、天皇皇后両陛下のお立場は単なる「職域」では無論なく、そこにいらっしゃれば存在意義があるという御存在でもありません。
単に民間の式典に出たり、外国からのお客様をもてなすのがお仕事なら
代々続くご家系などどうでもよいはずです。
一般に語学堪能、容姿秀麗、背も高く、心身健康な男女を募って一定期間、その「職」に
就かせればいいだけの話。
世界に冠たるエンペラーであるというのは、その名称においてではなく
その「秘儀」に於いてであるということを皇太子殿下はご自覚なさるべきでしょう。
国民もまた。
なにゆえ、国民は広大な敷地と宮殿、おびただしい数のお仕えびと、警護をお捧げしているのでしょう? 海外に御出向きとあらば、一機が仕立てられ一行が供に連なる。
国内で動けばそのつど数百万、数千万。
莫大な国費が投じられています。
しかしながら天皇も皇太子も「職」ではありませぬ。
職としてさえ、現在のささやかなお勤めぶりにしては、過剰なお暮らしを受け取っておいでです。
しかしそういう問題ではない。神々のご意志に耳研ぎ澄まし、日々おん身とお心を
禊ぎながら、日本国とそこに住まう民のことを一義にいそしまれるべきお立場に
あらせられます。
畏れながらお妃様の長きにわたる「ご病気」など、本来言い訳にもならぬ厳しい日本の神の庭にお住まいであることをご失念ではありますまいか。
姓も戸籍も無い御身の上で、人並みの価値観は通りませぬ


天皇たるもの、上記の大きな重要祭祀だけでも年間30回にも及ぶ厳しい神事を
真摯に執り行いながら、【その合間に】都内、近郊、地方への行幸啓、海外からの賓客応対、書類の決裁、対内閣・・・びっしりと公務がおありで、しかし表立つ公務より
実は神事こそが最大の責務だということをご自覚ないのでしょうか。
「合間」の、天皇陛下お手助けのための微々たる公務すらお出来になられていない
現状を、お妃と共にいかにお考えなのでしょう?
ひつぎのみこに恵まれなかったことは、天の意志とでもいうべきことで
ご同情を申し上げます。

神事はおやりにならぬ、ご公務も不十分、皇室外交はほぼ機能せずの現状で、即位という現実はひたひたと迫っているのですが、お妃と共に、どんな形になるにせよ厳しいお覚悟はおありなのでしょうか。

一卑しい民草として、伏してお訊ね申し上げます。

平成24年1月1日(日)の天皇皇后両陛下のご日程
http://www.kunaicho.go.jp/activity/gonittei/01/h24/gonittei-1-2012-1.html

天皇陛下 四方拝(御所)
天皇皇后両陛下 新年祝賀及びお祝酒(侍従長始め侍従職職員)(御所)
天皇陛下 晴の御膳(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀(長官始め課長相当以上の者,参与及び御用掛)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀の儀(皇太子同妃お始め皇族各殿下)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀(元皇族,ご親族)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀(未成年皇族)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀の儀(内閣総理大臣等)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀の儀(衆議院議長及び参議院議長等)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀の儀(最高裁判所長官等)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀の儀(認証官等)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀(堂上会総代)(宮殿)
天皇皇后両陛下 ご昼餐(皇太子殿下お始め皇族各殿下)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀(宮内庁職員及び皇宮警察本部職員)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀(旧奉仕者会会員)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀(元長官,元参与,元側近奉仕者,元御用掛,松栄会会員等)(宮殿)
天皇皇后両陛下 新年祝賀の儀(各国の外交使節団の長等)(宮殿)


年間を通した主な祭儀

主要祭儀一覧


月日

祭儀

内容

1月1日

四方拝(しほうはい)

早朝に天皇陛下が神嘉殿南庭で伊勢の神宮,山陵および四方の神々をご遙拝になる年中最初の行事

歳旦祭(さいたんさい)

早朝に三殿で行われる年始の祭典

1月3日

元始祭(げんしさい)

年始に当たって皇位の大本と由来とを祝し,国家国民の繁栄を三殿で祈られる祭典

1月4日

奏事始(そうじはじめ)

掌典長が年始に当たって,伊勢の神宮および宮中の祭事のことを天皇陛下に申し上げる行事

1月7日

昭和天皇祭(しょうわてんのうさい)

昭和天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)夜は御神楽がある。

1月30日

孝明天皇例祭(こうめいてんのうれいさい)

孝明天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)

2月17日

祈年祭(きねんさい)

三殿で行われる年穀豊穣祈願の祭典

春分の日

春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)

春分の日に皇霊殿で行われるご先祖祭

春季神殿祭(しゅんきしんでんさい)

春分の日に神殿で行われる神恩感謝の祭典

4月3日

神武天皇祭(じんむてんのうさい)

神武天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)

皇霊殿御神楽(こうれいでんみかぐら)

神武天皇祭の夜,特に御神楽を奉奏して神霊をなごめる祭典

6月16日

香淳皇后例祭(こうじゅんこうごうれいさい)

香淳皇后の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)

6月30日

節折(よおり)

天皇陛下のために行われるお祓いの行事

大祓(おおはらい)

神嘉殿の前で,皇族をはじめ国民のために行われるお祓いの行事

7月30日

明治天皇例祭(めいじてんのうれいさい)

明治天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)

秋分の日

秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい)

秋分の日に皇霊殿で行われるご先祖祭

秋季神殿祭(しゅうきしんでんさい)

秋分の日に神殿で行われる神恩感謝の祭典

10月17日

神嘗祭(かんなめさい)

賢所に新穀をお供えになる神恩感謝の祭典。この朝天皇陛下は神嘉殿において伊勢の神宮をご遙拝になる。

11月23日

新嘗祭(にいなめさい)

天皇陛下が,神嘉殿において新穀を皇祖はじめ神々にお供えになって,神恩を感謝された後,陛下自らもお召し上がりになる祭典。宮中恒例祭典の中の最も重要なもの。天皇陛下自らご栽培になった新穀もお供えになる。

12月中旬

賢所御神楽(かしこどころみかぐら)

夕刻から賢所に御神楽を奉奏して神霊をなごめる祭典

12月23日

天長祭(てんちょうさい)

天皇陛下のお誕生日を祝して三殿で行われる祭典

12月25日

大正天皇例祭(たいしょうてんのうれいさい)

大正天皇の崩御相当日に皇霊殿で行われる祭典(陵所においても祭典がある。)

12月31日

節折(よおり)

天皇陛下のために行われるお祓いの行事

大祓(おおはらい)

神嘉殿の前で,皇族をはじめ国民のために行われるお祓いの行事




これらの祭祀に総て関わられながら、被災地のお見舞いその他数々のご公務、皇室外交を行われます。代々の天皇陛下皇后陛下がお勤めになって来られた、厳しい道程でございます。そのお覚悟のある御方のみが、天皇皇后陛下であらせられる資格をお持ちです。通常一般の人間の幸せをお望みの方には、無縁の世界です。


厳しい道程でございます。そのお覚悟のある御方のみが、天皇皇后陛下であらせられる資格をお持ちです。通常一般の人間の幸せをお望みの方には、無縁の世界です


米国大統領がホワイトタイでじきじきに空港にお出迎えするのは天皇陛下、エリザベス女王、ローマ法王。>>>

ここまでが「べべこ」さんの一面・編。

多面体べべこさんの、もう一つのやり方が、↓。


<<<雅子さま主要行事以外は欠席へ 宮内庁、オランダ側と協議
2013/04/19 19:58 【共同通信】
 宮内庁の小町恭士東宮大夫は19日の定例会見で、皇太子妃雅子さまのオランダ訪問について、主要行事の国王即位式と王室主催のレセプションは出席する予定だが、その他の行事は「体調を考慮して参加されない方向でオランダ側と協議している」と明らかにした。

 小町東宮大夫は「(雅子さまは)体調の波があり、直前まで体調を見守る必要がある」と述べ、直前の体調と東宮職医師団の助言によっては訪問自体や、現地での主要行事出席も取りやめになる可能性があることも示唆した。

 また、今回の訪問の可否は東宮職医師団に相談し、皇太子ご夫妻で決めたが、医師団の見解については明らかにしなかった。


素朴な疑問なんですが、何しに行くんですか?
オランダ新国王の即位の式典に招かれているんですよね。
主要行事しか出なくて、他の行事は出ないっていうだけでおかしいのに、更に主要行事もドタキャン可能性ありって、じゃ、行かなきゃいいじゃん。
行っただけになる可能性ありますって、示唆するって凄いなあ。
ねぇねぇ、何しに行ったの?何しに行くの?
しかも、ここまで大騒ぎして、医師団如きの助言で訪問自体の取りやめの可能性って、は?
じゃ、行けないんじゃない?病状的に?
つい、17日夜、各社報道陣は、宮内庁関係者に取材して、「宮内庁では、雅子さまの同行について医師団の見解を聞いていたが、『ご訪問は可能』とする最終判断を得たため、ご夫妻が訪問を検討されていた。」と、報道してましたよ。「」内は、MSNニュースから引用です。
宮内庁と宮内庁関係者で食い違いがあるのは、しょうがない気もしますが、そんな事どうでもいいや。
訪問自体を取りやめって、キャンセル料、どうすんの?
行けるかもってGOサイン出しちゃった医師、責任重大ですよ。
行くんでしょ。行かざるを得ないよね、血税無駄にするわけいかないもんね。
行っても、戴冠式なんて、出たくないよね、精神のご病気だもんね、うんうん分かる。
でも、じゃ、何しに行くって決めたの?
決めたって、決めたなんてもんじゃない、国も決めちゃって、閣議まで通してるのに、何しに行くつもりで閣議通したの?行事全欠席するかもしれないのに。
こんな無茶苦茶する東宮職、医師、仕事しなすぎでしょ。
仕事しない上に、ここまで、好き放題言える東宮職、凄すぎ。
というか、東宮職、記者に問い詰められ、数々の矛盾点が出すぎて、しどろもどろで、誘導尋問に引っかかったようなもんですかね。記者は矛盾を追及しただけでしょうけど、東宮がおかしい事は国民にもはっきり分かるから、誘導尋問かのように見える。
要は、「行く。病気治ってないから国内公務休んでますので、オランダでもドタキャンするかもしれないけど、行く。」滅茶苦茶。

「雅子妃殿下はほぼ確実に、ご外遊前後の武蔵野陵と宮中三殿へのご挨拶はお怠けになるでしょう。
秋篠宮両殿下は時にお子様方を伴い、折り目節目にきちっとご挨拶を欠かしません。

ご公務はドタキャン連続でも、お遊びと静養はスケジュール通りに動かれ、驚くほどのスタミナでおこなしになる。天皇陛下のお見舞いにはいらっしゃれぬほど「ご病気の波が」おありなのに、お妹さんのお宅への花火見物、ご実家との食事はキャンセルなさらない。香淳皇后の「斂葬の儀」(ご葬儀)には「夏バテで」欠席でも、お身内の葬儀には皇太子を「伴い」必ずご出席。東宮医師団の主治医は、お妹さまの池田礼子さんのご主人のご紹介で、いわば身内のお医者様。 妃殿下は治りつつあるのに、うわさ話する国民の態度が悪い、ご病気を悪化させる、と国民が叱られる始末です。
10年近く随分忍耐強くお待ちしていたつもりですが。

ご高齢に鞭打たれ、過酷な宮中ご神事、ご公務、外交、被災地お励まし、とお働きになる天皇皇后両陛下の御負担軽減は東宮ご夫妻には不可能です。となれば、これからますますお年を重ねられる両陛下のご負担を軽く出来るのは、秋篠宮様の摂政しか他に道はないでしょう。

ご皇室は日本の家庭のひな形であり、倫理の規範であります。それが義務は放擲、権利意識のみ肥大して要求するという悪しき風潮は、東宮ご夫妻のありようが無縁ではないかもしれません。
義のためには時には私心なく尽くす、という日本人の美徳も薄れつつあります。

それにも増して懸念は、代々天皇陛下と皇后陛下が粛々と執り行われてきた宮中祭祀が、次の御代(みよ)では絶えてしまうであろうことです。日本は神の国です。皇室不要論さえ出そうな雲行きで、そうなれば中韓の思う壺です。

やさいちゃん。

まさこちゃんのどーしよーもなさは、もお、ほんとに、どーしよーもないレベルなのですわ。

KUONちゃんも、あ、自分のちゃんは除けますね、KUONも、あきれ果てて。ぞぞ~ん、として。

放置してたらえらいことになるやん!。

でもさ、やさいちゃん(いったい何の騒ぎなんだ、この・・・ま、お許し下さい、マジメのつもりなんで・・)。

まさこちゃんが、誰よりだ~い好きな、公金横領専横無礼多額債務者のパパに、会いに、オランダ行きたいって言うけどね。

のんのん、ちっち、よ。

だってまさこちゃんのぱぱって、オランダにいなくて日本にいる時は、娘んチにいるって、しー、ナイショよ、でもホントよ、の話なんだもん。東宮御所にいるんだよ、ホテル代わりみたいに。まさこちゃんの夫ちゃん、文句言わないみたいよ、まさこちゃんのご機嫌いいと、自分にあたって来ないからね。楽だからね。

日本ではだから、会えてるの。御所のひとたちを、あったりまえに使ってるんでしょ。どこまで行っても公私の区別つかないんでしょ。そーゆーのって、ヒトとしての癖だから。隠しても出ちゃうもんだからね。

外務省へ、ぱぱの引きで入って(これは、する人はしてるわね、私は嫌い、とか言うより、そんなコネも無いから、自力で吠えるだけなんだけどね)。ぱぱの承認カードみたいの流用して、車で通ってた人なの。これ自体は小さいことだけどね、なんでも、利用できることは利用するの。官僚の、一番問題のあるとこ、しっかり丁寧にやっちゃう親子なのね。

だいじに大事に育てられたお坊なんて、ちょろいわね。親子で都合よく使いまくりなのよ。おいたわしいとか、最近は感じない、やられてるわ~、と、思う。それでも、にこにこして、まさこが、まさこが、って。わたし、白けるの、この頃。目覚めよ、って、おっきい声で言いたくなるの。

どーしてもオランダ行きたいのは、裏があるのよ。

やさいちゃんやKUONだけじゃない、とおっても大勢のヒトが、今、冷たい目になってるでしょ。その中へ、娘さん、置いて行くのよ、公務だからあったりまえだけど。インフルエンザに今年三度目にかかっても、この時は、置いて、行くね。二者択一の基準は、他の人と違うのね。残された小さい方も機嫌わるくて、周囲にあたったりね、で、また、傍にいるヒトが辞めて行くの。何のねぎらいももらえないで。。

いい加減にしなさいよ、と言いたいわね。

私、宮内庁へも現・政権のところへも、どんどん意見、送ってるの。お友達も同じ気持ち、怒ってるの同じ、馬鹿にしてるのも同じですわ、って、送ってます。自民党さんからは、とりあえずの返事だけど、来ます。お手を煩わせてるんだけどね。言わせてもらっています。

ミジンコの遠吠えよ。しないよりマシだと思うの。

思いたいの。この状況がまともで、普通で、見ないふりしてやり過ごして、やったもん勝ちの、世の中なんて、そおんなに悲しい国だなんて、信じたくないんだもの。大ばか者だ、KUON.




武蔵野陵への正式のご参拝。

記者会見。

これさえしないで、こそこそ飛び立てばなんとかなる、というやり方をするなら、させるなら、本当にもう終わりだと思います。終わりだ。小和田。

出るところへ、大人なら出て来なさいよ。なめるんじゃないよ、ふざけるんじゃないよ、と、今日も怒っていたKUONでした。

宮内庁は、東宮の二人の訪問決定を、マスコミの情報で知った、とか言っておられる。

終わりじゃん。

終わらせたくないんだよ。


東宮ご夫妻は、外交ルートを通じてご招待のあった、オランダの新王の即位式ご出席のため、お揃いで外国訪問をされることが決まったそうです。本日の閣議により。

先日、学習院での演奏会で頑張った愛子さんは、夕方までご両親と共に校内行事を楽しんでいたが、翌日、15日の月曜日から欠席。インフルエンザとのことです。

2月にもインフルエンザで欠席でしたが、違う型のインフルに罹患されたとの発表。それで雅子さんは、園遊会を欠席された、との論調で書いているところもあります。

娘の看護のため公務を欠席。

愛子さんには、東宮家の侍医がついていて、専属の養育係が3人おられる。インフルエンザと、はっきり病名のついている病気で、公務を休むとは。でも、実際、あらわれなかったのだし。。

月末には愛子さんを置いて旅立たれるのですが、主治医の大野裕医師が同行されると、これも発表済み。

思いなやんだ雅子さんは、大野医師と、何度も長時間、電話で話し合ったと、毎日新聞夕刊に出ています。

結論は出ている話を、そんなに長時間、何度も、電話で。不思議なことをなさるものです。

付いて行かれるのだから、ごちゃごちゃ言わんでも。どんな薬も今はあるし、後でぶっ倒れる覚悟をしてでも、強い薬で「その件だけは」かたづけないと、ということだって、ある。たった一人、頼みとする医者を、同行させるのだから、心配は無いはずでしょ。

30日にアムステルダムで行われる即位式と、王室主催のレセプションに、夫婦で出る。

29日の晩餐会や、30日の水上行事には、皇太子は出席。雅子さんは体調を見ながら出欠を決める手はず。

あっちは出る、これは出ない。

かの王室の側では、そういったやり方に「深い理解を示して」下さっているというが・・・すみませんねえ、恥ずかしい人たちを、このたびはお世話いただいて・・・って、言わんなあかん気さえ、する。そのセリフを伝える役には、顔にたて線入ってる状態の「ちびまる子ちゃん」にお願いしたいですね。

あちらは、ヨーロッパ中の王室がすべてつながっている親戚同士で、新しく王妃となられるマキシマ妃の大変さ、気遣いは、想像を絶します。何かあったら、こしょこしょ、囁かれてしまう。ずっとずっと、あの時は・・と、言われ続ける。そういう世界なのです。子どもの頃から私は、王室フリークで。当時はまた、いろんな国の王子様、王女さまのグラビアが、やたら多かったのでした。少女クラブをとっていたし、少女フレンドや週刊マーガレットが続々、創刊されて。

バレリーナとよその王室の記事は、毎号、出ていないことは無かった。

・・なかなかすてき、と思っていたギリシャの王子が命からがら亡命したり、イランの王妃さまが追い出されたり、グレース王妃は、モナコのあの大公さんの、どこが良かったんだろう、とか。諸行無常の思いは、あの頃から身についたのかも・・・違うと思うが・・・。

チャールズ王子も、今みたいでなかった。このたび退位されるベアトリックス女王も、若い朗らかそうな王女さまでした。イギリス王室のスキャンダルにも詳しい子だった。そんな話ばかり読んで、ぼーっと、妄想夢想三昧の変わった子だったのです。島国日本とは状況が違うらしいと、無駄な、と思われる知識を、詰め込んでいたのでした。

即位式とは、絶対にミスを許されない国家行事。

なのに、日本から来た人に、朝はあら、きょうは?と。お昼はあら、どこへ?と。夕食時は、また、と、気を、使わせてしまう。

事情を「理解して下さっている」中に、社交辞令が何割くらい、含まれているか、わからなければまた、皇太子は、雅子さんのことを問われれば、無駄に熱心に延々、しゃべるのか・・・。っマナーとは、相手に迷惑をかけない心遣いに尽きる、と。どっかで読んだ気がしますが。

ひどいことを言うとお思いでしょう。

ひどいんです、確かに。皇太子さまには、場を読む力も、相手の気持ちをはかる能力も、もっと自然に言えば、普通程度の思いやりや慎ましさも、持ち合わせが無い。ことに、気づいた、と書くと、ものすごく、私の中の????????????????????????の消滅が、早いのです。なんてことも、書いてしまいましょ。


とにかく、誰も止めなかったので、決まりました。

公のことなので、出発の前には、決まり事としてすることがある。

ええと、今ちょっと名が出て来ません、武蔵野陵だったか・・そこへ、きちんと、行って参りますの挨拶をしに行くこと。

正式に、夫婦で並んで、記者会見を行うこと。

もう一つ何か、あった気がするのですが、まあとにかく、記者会見。

それは、されない訳には行かないでしょう。

・・・ネットで見る限り、さまざま囁かれている疑惑。皇室独自の品が、あるサイトのオークションに出ていた。写真もあります。曲がって見づらい写真でしたが、確かに、認められた。それであろうと。

何点も。

これに関しては、今でも信じがたい気持ちでおります。ピンと来ない。現実離れし過ぎていて。

なぜか知ってしまい、なんでか、納得してしまったことの事実を、書きます。


前回のオランダご静養の際に、一家の荷物として100個のサムソナイトが持ち出された。

皇室は、税関通るの、フリーだそうで。100個の旅行カバンはするっと機上のものとなった。

飛んで。

確かにわかっているところとしては、以下の二点は、今現在、行方の知れない物、となっている。

〇第一ティアラ。他の誰も使わない皇室のもの。皇太子妃が用いるもの。

〇皇太子の守り刀。

この話は、ここで終わります。


5月の3日にお帰りだそうです。

茶番。

シェークスピアなら、こう書くな、きっと。

茶番じゃ、茶番じゃ、と。

何をどうはしょっても、国を代表してお祝いに行かれるのだから、記者会見だけは、ルールにのっとって行なって下さい。

昨日は歯科医へ行き、帰りに書店へ行き、女性誌と呼ばれる一冊を手に取ってぱらぱら、と。

びっくりして腰を抜かしそうになりました。

雅子さまは「涙の闘い!」だそうで、オランダご訪問へ奮起の決意、を、阻んでいた、のは「宮内庁の姑息」なんだそうだ。

そういった文脈は驚くにあたらない、いつものことです。私がベっくらしたのは、なんだかわかんないけど、花も嵐も宮内庁の意地悪も踏み越えて奮起されようとなされようとされておられる (ちゃんと読み返して書いております)雅子さまを。

「皇太子さまや小和田恒氏も「支える」と、書いてあったことです。

いつから、日本の皇室の、外国王室からのご招待に関わることに、お妃の親であるだけのふつーのヒトが、口出すことになったのか。

小和田恒が支えたらどうだというのか。天皇皇后両陛下でさえ、おろそかには口をはさむことの出来ないという、独立した存在であるという東宮家に、何の権利をもって「支え」に来るのか。

ご招待そのものが「外交ルート」から皇太子夫婦に来たもの。外交ルートとは小和田氏そのものだ、という意見もありました。

小和田氏は国際司法裁判所の判事、に、何度目かの再選を果たされて、現在オランダのハーグ在住。女性週刊誌の一誌である「自身」によれば、

「ときには在オランダ日本大使館に接触し、雅子さまがオランダを訪問される際の支援を要請していることが外務省では話題になっています」

とある。何が言いたいんだろう、ここは。そういうのって、あり? 的に匂わせて、ウチはこういう視点もちゃあんと示してましたよ~、とでもいうつもりか。後で。週刊誌が。

もしかして、ここで唐突に「小和田氏」と出したのは、逆説的に「書いちゃうぞ~、雅子さんを引っ張りたいのはこのおっさんだぞ~こんな、変な、ね~、読みとってくれ~」とかの、苦しみの果ての四文字だったのか。まさこ。いや、まさか。

他にも買いました。正直、幾つかの意味で、最近は特に買いたくない気持ちを強く持っているのではありますけど、しゃあない。

怒りながら立ち読みはできない。女性誌やオジサン誌は日ごろは買わず、本屋さんへの立ち寄りさせてもらい代として、文庫本の一、二冊くらいは買うことにしている、けど、五冊ほど、買いました、昨日と今日とで。

「セブン」の方は「雅子さま茨の決断」直前。だと。茨。日本の東宮妃であることは、そんなにも辛いことなのか。

前回この、へろへろブログに書かせていただいたように、10日には、皆様が東宮御所へお集まりだったようです。「セブン」によれば

「両陛下は*夫婦揃ってのオランダ訪問*を後押しされたそうです。一刻も早く決断した方が良い、と助言された、とも。」

で、皇太子・ナルちゃんは。

「宮内庁や東宮職に自分たちの思いが伝わらない」などと話され、側近たちとの考え方の相違によって判断に苦しんでいる」

という深い悩みを両陛下に告げられたそうです・・・幾つになったんだ、ナルちゃん。懊悩、だと。そんな漢字の難しい苦しみ方を、なされたのか。ひろ飲み屋、とか呼ばれてるぞ最近。

・・・「セブン」誌は続けて、宮内庁長官とはいえ、自分の意志で、皇太子ご夫妻に苦言を呈するなんてことはありません。ですから、あの苦言は陛下の意を汲んでのことです。

と、書いています。

私は、ここ読んでやっと、抜けかかった腰が、いささか元に戻った気分でした。

そうですよ、誰が考えても。いろんなことを、いったい誰が聞いていたのか、いつものごとく「関係者」ってどなたのことなのか、わかりようのないことばかり、だとしても。宮内庁ってとこが、どんだけエライかは庶民の身には解りかねるとしても、あんな苦言を、勝手に呈しちゃうようなことなら、うちら、じゃあそんなの、とか、思い始めるではないですか。

昔習いました。主権在民。話を戻します。

「ご体調というよりは周囲の理解に対する不信感を強調された」

ようですとか。ウエの人にそう言われてしまったら、仕事、しにくいでしょうね。



皇太子さまの「自分たちの思い」ってどんなんだろう。

うちのぼくのまさこののぞむことを、きいてくれないなんて、そんなぶかなんかいらない。とか。

うちのぼくのまさこだってぼくだって、どんなにくるしいおもいをしてるとおもってるんだ、なにもわかってないじゃないか。ぼくたちのことをおもってぼくたちのつごうにいいようにはからってくれるためのやくしょじゃないか。

うちのぼくのまさこはおとうさまにぜひといわれて、いかなきゃならんのに、ゆきにくいからなやんでいるんだ、そばにいるぼくだってなやんでいるんだ、まいばん、いっぱい、おさけをのまないとやってられないよ、あさごはんひとりでたべてるしばんごはんは11じなんだよ、それからいろいろ、くるしんでいたら、たいへんでたいへんで。

あ。申し訳ないことです、私の胸の中に隠しておいた思いが、つい、ひらがなで漏れ出てしまいました。

「週刊女性」という本は、両陛下が私的な感じの長野県への小旅行をされたと報じていて、

「…ご公務の形を簡略化し、ご公務を負担に感じる雅子さまへの道筋をおつけしたいという意向もあるのではないでしょうか」

とか、書いてありました。

そんなこと、どっちでもなんでもいいのです。

どこの提灯が、どっち向いてどんな色か、ちこっと好奇心が湧いたのです。




公務が負担なら、やめていただいてけっこうですよ。

皇太子のご結婚は、なんとか会議を経ないと了承されないのだそうですが、離婚に関してはその必要は無いのだと。皇族も離婚は出来ます。

天皇、皇后になられてからは、できない。不可能、なのだそうです。

離婚はお考えに無いでしょうし、仲睦まじいご夫婦にそんなこと言うほど私は、鬼 奴ではないです。

だから、窮屈で茨の道で懊悩で、涙の闘いで宮内庁の姑息に振り回される、外国へ行きたいだけでぐちゃぐちゃ言われるでうるさ~い、な、今のお立場から、退いてくれればいいんです。

私はテレビで見ました。一人娘さんと同じステージで楽器を演奏されるお父様の、一心なお顔を。

お嬢さんの方も、一生懸命演奏しておられました。ただ、エグイことするな~、と、一瞬感じたのは。

愛子さま、弦を抑える指が、数秒、抑えきれないで、空に泳いだ。

わざと、そんなシーンを流したのでしょうか。胸が痛みました私は。

比べるのもナンですが、私、愛子さまの二か月後に生まれた、同年齢の孫がおります。

その子が、猫なで声で「・・・されました」と言われながら写された・・・編集されたのが、ミスってしまった、その場面を、あえて選んでさらされてしまうなら。

間違うことはある。でも、テレビのやり方もエグいな、ネコナデ声のくせに。



だらだら書いております。

くどいようですが、前に、4月8日の宮内庁次長さん、11日の宮内庁長官さん、の「苦言」について、触れさせてもらいました。今度は、12日の、東宮大夫・小町恭士氏の定例記者会見です。

<<<今月30日にオランダで行われる新国王の即位式への皇太子ご夫妻の出欠が、期日が迫っても決まっていないことについて、宮内庁の小町恭士・東宮大夫は12日の定例記者会見で、療養中の雅子さまが長時間の移動や重要行事への出席に耐えられるかどうかについて、ご夫妻が東宮職医師団の最終的な見解を待たれている、と説明した>>>。

今朝の新聞に、雅子さんはオランダへ行かれる方向で調整、と出ておりました。

今日の園遊会、は、どうも、欠席された感じです。どこ見ても、これを書きはじめるまでに知ることはできませんでした。

すっごくイヤなことは、スルーされた。スルーできた、って感じ? 。

<<<皇太子さまの外国公式訪問には閣議了解が必要で、オランダ側の準備の都合もあることから、小町大夫は「来週には閣議に向けて手続きを始めることに全力を尽くしたい」と話した。>>>

オランダ王室の方へは「これには出るがこれは出られないかも」とか相談され、あちら様はそれに(雅子の体調に)深い理解を示され、なのだそうだ。

行けることになられたらしいが、体調がどうなるかわかんないので、皇太子様と東宮医師団とで、詰めて行かれるそうだ。

わははははははは。・・失礼しました。



「東宮職医師団」って宮内庁公式のものではない。

前述のごとく、現・主治医は、東宮様が依頼された、雅子さんの妹さんの夫君のお友達で、なんでなのか「ボランティア」の「無報酬」の医師。宮内庁には関係ない。東宮家の「侍医」と言うのでもないそうです。うさんくさ~。うさんくさ~。はっ、失礼。

「適応障害」は病名でなく、正しくは「症状」です。2004年に主治医になられて何年? 10年近い? それで、よくおなりになられていない、立派に慢性疾患ですね。違うでしょうか。10年、かかって、治せない。治らない病気。


東宮職医師団なるものの「見解文」には、医師の署名が一切ない・・・そんなの、通らないと、私は思う。

主治医・大野氏は、もう何年も、雅子さんと直接会ってないのが事実らしいです。時々電話で話すだけ。それでどうやって、精神科の治療ができるのでしょか。
ご自分で、そう、週刊誌に語っておられるそう。私はまだ、よう探し出していませんから、どうしても探し出したい。読んでみたいです。

<<<雅子の誕生日ごとに出される「東宮職医師団見解文」なる文書は、
雅子本人が書いている。

つまり「医師団見解待ち」とは、雅子の決断待ち、ということ。>>>

↑の部分は、どこからの引用か、あえてしめさないことにさせていただきます。

以下の長い引用も同様に。

<<<◆まず詫びるべきは、



>東宮職医師団見解の発表が予定より大きく遅れましたことをお詫び申し上げます。

そもそも、医師団の代表者が誰なのか、人数は何人なのかさえ不明確では謝罪とは言えまいが、それはさておき;

発表の遅れよりも詫びるべき点があるだろう。
まず、これほど長期にわたって治療を行いながらいまだ雅子妃が完治しないことに対する、医師団としての力不足を詫びるべきではないのか?

そして、その結果、皇太子の公務に同行できないこと、さらには両陛下や秋篠宮ご夫妻にまでご心配、ご迷惑、ご負担をおかけしている事態を招いていること、さらに­国民にまで心配や迷惑をかけていることを詫びるべきではないだろうか?

それにしても、いつもながらこの「東宮職医師団」のくどくどとした言い訳めいた文面、雅子妃自身が書いているという可能性も高いが、そうでなくても雅子妃自身の­意図を強く反映したものであることは間違いあるまい。

「自分は絶対に悪くない、自分は絶対に謝らない」
「両陛下や秋篠宮ご一家には断じて頭を下げたくない」

「国民は自分に従うのが当然」

という金正日・麻原彰晃・小沢一郎的な強硬な“負の信念”が感じ取れる。


◆矛盾した主張


>皇太子妃殿下が5年半前とは較べられないほどに良くなられた

>妃殿下のご快復はずいぶん進んでおりますが,

と言いながら、

なおご体調には波がおありで,
>活動の幅を更に大きく広げていただくまでには,さらなる時間が必要であると考えられます。

この矛盾した2つの表現をいつまで繰り返すつもりなのか?
以前にも述べたが、遠からぬ将来訪れる代替わりまでの必死の時間稼ぎだろう。 (なお、このような言い訳をまかり通らせている背景については後ほど述べたい)

◆私的活動うんぬんよりも数々の反日との接点こそ問題だ。

「医師団見解」では必死になって”私的活動”の「正当性」を主張しているが、すでに拙サイトでも述べてきたように、雅子妃の批判されるべきもっと重大なポイントが4つある。

①反日との数々の接点

②品位を欠く数々の言動

③愛子内­親王のしつけがまったくなっていない

④入内までの不審な経緯

④は言うまでもなく2003年末の「発病」以前の問題であり、①②③についても「発病」以前から数多くあった問題である。

また、①②③④ともに「ご病気」であっ­たとて許される問題ではない。
②③は国民に対する悪い手本になってしまう。


特にここでは①の反日との接点について述べたい。
去る1月26日にも皇太子夫妻は2人で国連大学に出かけている。
実父・小和田恒氏が超一級の反日売国外務官僚であることをはじめ、本人も外務省出身であり、現在もなお創価学会などの反­日との接点を持っている。
(皇太子についても言えることだが、)日本国の伝統と文化の中枢である皇室のそれも次代の皇后になろうとする皇太子妃がこれだけ反日と接点を持つのでは、日本国歌の政権の地位にありながら反日と気脈を通じている鳩山由紀夫・小沢一郎・­福島瑞穂らと変わらないではないか。
天皇・皇后が国益を損なう、日本を軽んじる、日本を貶める…そのような事態を極めて憂慮する。
国連大学と言う反日活動の拠点に皇族が頻繁に出向いてよいのか?という質問を、どなたか雅子妃に投げかけてはくれまいか?

デビ夫人がブログで皇統は秋篠宮さまにと書き、署名運動を始めたら、さっそく元皇族 竹田宮様のお孫さんの 竹田恒泰氏より脅迫が来たと言う、びっくりニュース。ニュースと言ってもマスコミは取り上げず、デビ夫人のオフィスへ脅迫電話が行ったことがブログに報告されていた。

電話の内容は、
「私は 夫人のことを 尊敬しているので 悲しく 思っています。
畏れ多くも、 皇室のことを 民間の夫人が 言うのは。。。
本日中に ブログを中止していただかないと、
ありと あらゆる メディアを使って 攻撃します。
すぐ中止していただけるなら、 今までのように おつきあいします」

あらゆるメデイアを使って攻撃するなんて物騒なことをよくまあこの言論の自由の世の中で言えたものだ。

「日本の政治家が、 有識者方が、 宮内庁が 憂慮し、
動くべき 問題です。
しかし、 彼らは一指も動かさず、 声すらも上げません。
それどころか、 小和田家によるマスコミ操作は 日増しに悪どくなり、
雅子様について 偏向的 かつ 超不自然な記事で
世論を惑わしています。」とデビ夫人は書いている。

その通りだと思う。>>>

・・・勝手な引用、お許し下さい。



<<<宮中祭祀(きゅうちゅうさいし)は、天皇が国家と国民の安寧と繁栄を祈ることを目的におこなう祭祀。皇居宮中三殿で行われる祭祀には、天皇が自ら祭典を斎行し、御告文を奏上する大祭と、掌典長(掌典職)らが祭典を行い、天皇が拝礼する小祭がある。>>>

天皇が、国家と国民の安寧と繁栄を祈ることを目的に行う祭祀。

無欲。無私の象徴。なんとなく、そのことで、皇室を仰いできたように思います。

そうなのなら。

祈って下さる天皇のために、自分も、祈る。お健やかであられますように、お心に翳を落とす「邪」の寄ってきませんように。

皇太子様と雅子さんは、東宮の位置から退いて、勝手に幸せになりなさいよと、誰か、言うたげて下さい。止めません。


わがまま、親父さん。

コメントありがとうございます。ぱちぱち拍手。

今夜は、お返事書けません。こんどばっちり、どっしり、書かせていただきたいです、おやすみなさいませ~。

こんばんは。

お付き合いくださいますか。

  
<<<4月7日  両陛下のお招きにより東宮一家は急遽参内、昼食を共にされる。

  8日     宮内庁の山本次長が「早くお決め頂きたい」

  10日    東宮御所にて両陛下を招いての結婚記念日の食事会

  11日    宮内庁長官「一刻も早く決めて欲しい」

  11日午後  外務省国際情報統括官の進講に雅子妃も同席>>>

あのう。つまり、両陛下に急遽呼ばれて昼餐(ランチ)を共に、って。

東宮家で、秋篠宮家もご一緒だったというが、皆様お料理を持ち寄りで、両陛下のご結婚記念日を祝する食事会、って。

皇太子さまは、妻のお父さんにがんがん言われるので・・・娘の夫であっても「ご静養」先に電話をがんがんかけるって、間違っているとワタシは思う。それに、オランダには、在住の小和田氏の「利権」の影が、くっきりと。どうしても娘・雅子に行って欲しいということ。・・・なので、両陛下の「ご心配」も何も、通じない。

皇太子は、行く、と、決まっている。雅子さんは、ご体調についての不安もあり、皇太子と東宮医師団とが、話し合っているとのことですが、相手のある話と思えない悠長さ。

東宮家と言うのは独立しているので、両陛下といえど、容易に口ははさめない。

東宮医師団はそして、宮内庁の職員ではない。

いろんなお医者様が今まで周りにいらしたが、現在の雅子妃の主治医は、大野裕氏。


大野裕

•慶應義塾大学保健管理センター教授。(慶応大HP)
•専門は、精神神経科。認知療法。(慶応大HP)


•現在の雅子妃の主治医。
•東宮職医師団の1人。
•雅子さんの実妹、池田礼子さんの知人。この礼子さんは、公務だろうが混じりこんで来て、お手振りされたりする。この礼子さんの夫さんが、大野医師のご友人とか。で、紹介されて主治医に。仲間内で、東宮妃の医師は決まっているということ。
•東宮侍医ではなく、東宮が、個人的に、依頼。
•ボランティア主治医として雅子妃を治療しているので無報酬
•北朝鮮NGO詐欺疑惑で警視庁に事情聴取された

・・・こういった医師のもと、闘病を続けておられる。

少し前までは、皇室医務主管という肩書の、皇室医療の責任者、金澤一郎氏がおられました。

なるべく短めな引用をさせていただきます。一昨年のことです。


<<<7月3日午前11時から御所で、明治天皇の業績についてのご進講があり、天皇陛下と美智子さまが聴講された。雅子さまも、その場に同席されたのだ。当日はご進講の後、両陛下と皇太子ご夫妻、そして皇居に野鳥観察に来ていた黒田清子さんの5人で、昼食を召し上がる予定だったという。だが皇太子ご夫妻は、ご進講終了後に、東宮御所に帰られた。

「雅子さまのご体調がすぐれなかったからだと伺っています」(宮内庁関係者)

そして、昼食会のキャンセルから1週間後の7月10日、雅子さまのご病状にも言及されたインタビューが『文藝春秋』8月号に掲載された。

《両陛下も、雅子妃殿下のご病気に対して言葉に表せないほどのご心労がおありになるようなんです》

そう語っているのは、6月1日付で退任したばかりの前皇室医務主管・金澤一郎氏。このインタビューで金澤氏は、現在の雅子さまの治療方針を問題視している。金澤氏の不満は、1つは雅子さまのご病状がきちんと国民に説明されていないこと。そしてもう1つは、雅子さまの適応障害の治療にあたっている、精神科医の大野裕医師が、皇室の医療の責任者ともいえる金澤氏にも、雅子さまの治療情報を報告していなかったことのようだ。

大野医師の主治医就任は‘04年6月。それから雅子さまのご病気の性質もあり、金澤氏には情報がほとんど入ってこなくなったという。7年にも及ぶ情報遮断もあり、天皇家の主治医でありながら、金澤氏は雅子さまへも批判的になっていった。

金澤氏は、マスコミによく登場する、ある皇室コメンテーターに、こう言ったという。「雅子妃に関しては、もっと厳しい意見を言ってください!」とても、天皇ご一家を守る立場にいる人物とは思えない発言だ。

『文藝春秋』の記事では、「(雅子さまの)ご病状の深刻さはかえって深まっている印象を受けます」というインタビュアーの問いに対して、金澤氏は、あっさり「そうですね」と肯定し、さらに、「(ご病状に関して)今後の見通しが明らかになっていないことが、天皇陛下のご心労になっている」とさえ語っている。

皇室ジャーナリストの松崎敏弥さんは嘆息する。
「皇室の医療を統括していた金澤氏が、雅子さまの治療体制の深刻な現状を暴露してしまった形ですね。雅子さまのこうした現状に、“もう手立てなし”とは、皇室の医療のトップにいた人物にしては、あまりにも非情で無責任すぎると思います」

光差さぬ状況のなかで、雅子さまはご病気との孤独な闘いを続けられている――。>>>

いやいやいや、皇室ジャーナリストの松崎さん。私の感覚では、金澤医師が〇。正確に言葉を出しておられます。医師としての立場から、よくわかる話をされたと思います。

松崎さんは、引用ラストの<ご病気との孤独な闘いを続けられているー>なんて、お神輿だか提灯だかに例えられるコメントを、打つ方の人だから。


・・・以下は、ほやほや、昨日の東宮家のニュースです。

<<<皇太子さまと愛子さま、演奏会で共演
2013年4月14日13時0分

 皇太子ご夫妻の長女・愛子さま(11)は14日、東京・目白の学習院創立百周年記念会館で開かれた「オール学習院大合同演奏会」に
学習院初等科管弦学部の一員として出演し、チェロを演奏した。ご夫妻も客席から見守り、盛んに拍手を送っていた。

 愛子さまはビゼー作曲の「アルルの女」を演奏。時折、楽しそうに笑みを浮かべていた。演奏会の最後には、皇太子さまが所属する
学習院OB管弦楽団と一緒に「威風堂々」など2曲を披露。皇太子さまはビオラを演奏し、父子での共演に会場がわきあがった。

 療養が続く雅子さまは、最近は調子が良く、この日も約2時間の演奏会を客席からすべて鑑賞。他の観客に積極的に話しかけるなどしていた。>>>

そうです。両陛下や宮内庁、東宮庁の方々、国民の中でも普通に頭のまともな大勢が、もやもやしている・・・よその国に迷惑かけるのは避けたい、それはイヤだよ~、とギリギリしている最中、まあ何とも呑気と言うかオシアワセというか。

両親そろって娘さんに大拍手(これを悪いと言えばワタシが悪くなるさ)、パパリンとあいこちゃんは、睦まじくご共演。

御療養中のままりんは、当日調子が良く、2時間の演奏会をすべて鑑賞。

他の観客に積極的に話しかけるなど・・・って。舞台に神経向けている時、その日は調子がよく、調子もよかったまさこさまに、話しかけられて、迷惑だった方、沢山おいででは。人が励んでいる場での私語は慎みましょう。


・・・愛子さんの演奏会には、行きたかったので行けたのでしょう。

しかし。大野医師、ボランティアって。無報酬って。

それで、責任あること言えないので、ご病状の説明もされずにいるのですか。

責任とれませんって、言いやすいですか、わたし、無報酬なんです、ボランティアなんですからね。って。

タダより高いものは無いと、シモジモでは申します。

裏でそれなりにいいことがあるんでしょ、なんて、痛くも無い腹を探られるより、妥当な支払いを受けられないのはなぜなのでしょう。

北朝鮮NGOって・・・。


皇太子のお妃が、きちんとした治療も受けられないで、今はどんな感じの病状です、という説明も無くなったまま、夫さんの「頑張ってくれています」とかの力説のみで、10年。国民はカヤの外。

ご体調がいいの悪いのはつまり、自己申告ののみがソース。誰にもわからない。

自己申告で「しんどいから有色人種の集まりはパス」「みんながじろじろ見るからストレスたまるので、国内へは行きたくない」「両陛下との食事はストレスたまるからドタキャンやむなし」「お正月のバルコニーなんか、出なきゃよかったと、思ったから口に出しただけなのに」「なんとか」「かんとか」。好きな放題。

一般社会では、どこかに所属していれば、長期休養を取りたい場合には「診断書出して下さい」と言われます。当たり前です。

公人であられれば、説明責任がついて回るはず。

当日の朝になって「出る」やら「出ない」やら。御病気なら仕方が無い? ご病気なら、治す努力が要るんじゃないですか。ボランティアの医師でなく、どんな名医にもおかかり下されば。

幼い子を育てながら働いているお母さんも、この国には沢山いて、子どもが熱を出したりすると、心配以外の気遣いで大変。三日も休んでしまうと、パートさんなら、もう来なくていい、など言われてしまう。

見ていると、大きな組織になるほど、子どもと仕事の両立も出来やすい現状があるようですが、もちろん、日本のある意味のヒエラルキー・トップにおられる東宮妃におかれましては、そのようなこと、関係ない、とお考えなのかも知れません。義務は果たしづらいが、特権だけはおおらかに用いられているご様子から。

今回のこと、内内では何らかの形で、オランダ王室へはお答えをしているだろう、とも言われていて、ぜひ、そうあって欲しいと願っております。

オランダは、かつてナチス・ドイツにめちゃくちゃされたことから、同盟国であった日本にも、アンチの気持ちの強い国だった。

今上天皇ご夫妻が訪問された時には、生卵を投げつけられるようなこともあった。が、じわじわと互いの関係を温めて来ている国、なのだそうです。仲よきことはうつくしきかな。

以前、東宮一家のご静養とやらの先がオランダだった理由の一つに、明確にあるのは。雅子さんの両親がオランダにいたから、というのがあるのです。

雅子さんは、日本の皇太子のお妃として、王家の宮殿にも招かれ、懇切な待遇を受けた。ヨーロッパの王室だって「フレンドリーな笑顔」業のプロフェッショナルです。にこにこして、親切にして下さいました。もちろん王室業も長く、人としてのわきまえもおありでしょう。

その宮殿に、呼ばれもしないのに、妃殿下の親族だからといって「皇族」では全く無い、父ちゃんやら母ちゃんやら、妹やら妹の子どもやらが、押しかけて、わがもの顔に振る舞った、というのは、どこからどう考えても。

一般の家庭でだって、そんな不躾、無作法なことはしない(と思う)。

病気で静養に来ている妃殿下は、国を離れて花のように・・あほうのように・・ご機嫌麗しく、元気そうで、自分の父親とゴルフだか何だかに行った(ので)、女王陛下が計画して下さった翌日のイベントを、欠席した。ヨットに乗せて下さるご予定だったそうです。

そんな恥をさらして来たオランダ。

即位式へのご出席に関しては、閣議で話し合われます。通すための閣議とのことですけど、誰か、そんなんアカンやろー、と、言って下さらないかしら。そんなことさせたら、抑えが利かなくなりますよ~、と。どんな結論になるのでしょう。

決定は、園遊会の先か、後か。

そうだ、

園遊会。

天皇皇后両陛下をはじめ多くの宮家の方々が、招待を受けた人びとに親しく接してお言葉を賜り、笑顔の交歓をなさる皇室行事。

去年でしたか、サッカーの澤選手、和服でにこにこの映像が明るかった、その園遊会。

雅子さまは、2003年以後10年間、ご欠席です。

大勢の人に会い、多くの視線を浴びるので、ご病気の上から大変お辛い行事で、お疲れがひどくなるらしいので、出て来ない。

今年の春の園遊会は、4月の18日。

しあさってになります。

雅子様どうなさるのでしょう。

学習院の演奏会で疲れたから、ご欠席か。

オランダへ行きたいから、出席か。

自国の国民、言葉も通じる人々に会ったり話したりが苦痛で、外国の王族の中へ入るのは苦痛でないのか。

・・・雅子さんは帰国子女で、英語もぺらぺら・・・私も、そう聞いておりました。

残念なことに、これも、そうではないです。

やさいさんも言うてでしたが、私も、検証できるならばしたくて、訊ねてみたのです。

外大を出て、も一つ出て、国家公務員になってイギリスへ長く行っていて、三年前に帰国して、遊ぼうよ、遊ぼうよ~、お茶しようよ~、と、声をかけて来てくれるA子ちゃんに連絡とって、これ、どうよ、と、インターネット喫茶へ連れ込んで、雅子妃の英語でのスピーチその他を、聞いてもらった。

「ほんとのこと言っていいのかな?」と言うから、もちろん、と。

「国家機密漏えい罪になるね」とA子。

ギャグが古い、と却下するKUON。

決してしられてはならない雅子さんの秘密。

英語も・・・・・・・・。ううう・・・

ハーバードへは、お父さんが客員教授だったので入れた。

帰って東大へは、特別の帰国子女枠で入った、けど、単位は一個も取れんかった。

オクスフォードでも単位取れていなくて。

挫折を知らないどころではない気もするが。当人には挫折でないかもしれない。とにかく、英語は(も)上品でない(じょうぼん、とお読みください)ものらしいです。これは本筋とか関係ない? 

日本のお妃が異国のVIPに「だって、来たかったんだもん、わかってくれるでしょお、それくらいさあ」なんちゃう英語で、お話になられて、平気ではいられず。



オランダは、阿蘭陀と書きます。

秋篠宮様は、日蘭協会の名誉総裁であられます。

このたび即位されるウィレム皇太子が訪日された折りには、秋篠宮様がエスコートされました。

国と国らしく、人と人らしく、あられたと想像します。

それ以外にも、秋篠宮さまが代理でつとめられたご公務は限りないことを、このたび知りました。

はじめから秋篠宮様、で、不都合なことがあったでしょうか。

宮内庁を通して陛下へのご招待なら、御名代として、すんなり、そうなっていたのでは。

なんで、オランダに、行きたいのでしょう。

あちらでの、実家がらみのスケジュール? 。 

・・・園遊会に、もしお出ましなら。ワタシは、針のムシロという言葉を思い描きますが、なにごとも、自分を尺度にすることはならんですね。



sarahさん。

お返事遅れて申し訳ございません。


ことだまのさきわうくに【言霊の幸ふ国】

言葉の霊力が幸福をもたらす国。日本のこと。


磯城島(しきしま)の 大倭(やまと)の国は 言霊の助くる国ぞ まさきくあれ

(大意: この日本という国は、言霊が助けてくれる国である。幸多かれ)

・・・日本人のDNAの中に、この感覚は潜んでいると思いますし、恥、とか含羞、とか、美しいものが、自省という形をとって、むき出しになりにくいことを、誇らしいように感じています。

わがまま、親父さんが下さったコメントの中にあったごとく、おのずから、出自や人格、などのものは、にじみ出るものと、私も信じます。

言葉に魂のあることを知っていつつ、このようなことばかり記している身を、ふと振り返ると。

己の投げたブーメランは己に帰る・・・ことは、怖くなくはない、でも、猶予のならぬところまで来ていると、強く信じているのです。

なんとかしないと、日本が日本でなくなってしまう。

人の「よくないこと」を、つらつらと書きならべることが、もしも罪でも、また書きます。


<<< 今月末、オランダで行われる新国王の即位式をめぐり、皇太子ご夫妻が現在も出席の回答をされていない事について、宮内庁長官が「一刻も早く決めて頂く必要がある」と苦言を呈しました。

 オランダでは今月30日に新国王の即位式が行われますが、宮内庁によりますと、3月はじめにオランダ側から外交ルートで皇太子ご夫妻に対し招待したいとの打診があり、3月上旬までに出欠を回答するように求められていました。

 4月1日にはオランダ王室から正式な招待状も届いていますが、皇太子ご夫妻からの回答は無いという事です。病気療養中の雅子さまが出席できるか、皇太子ご夫妻と医師団で検討しているという事ですが、即位式までは3週間を切っています。

 こうした事態を受け、宮内庁の風岡典之長官は11日の定例会見で「一刻も早く決めて頂く必要がある」と述べ、皇太子ご夫妻に早急に回答されるよう促しました。さらに、「回答の期限を大幅に過ぎており、オランダ側の準備も考えなければならない」と、オランダ側への配慮を求めました。(11日19:48)>>>


先日8日の宮内庁・山本次長の定例会見に続く、11日の、宮内庁長官の定例会見での発言です。

この「苦言」は、異例のことなのだそうです。

いまや東宮家の力は風前の灯。追い詰められてしまわれた、と感じます。

この風岡長官という方は、ネットの世界で知る限り、ご自身が創価学会の信者さんであると。

そのことでは私は、あくまで個人限定の話で言えば、個人の信仰生活に・・・学会が「信仰者」を擁する存在であるならば、のまさかの前提つきで・・他人がどうこう言えることではないだろう、との考えです。けれど。

これもネットの世界での知識で。雅子さんのご実家の皆様が、双子の妹さんの一人を除いて、という分類もあります、とにかくご実家が、学会の信者さんで・・信者程度ではなくリーダー的な力や背景をお持ちで。その力は強大なもので。

・・・順序が違います、まず、その力ありて、と話をせねば。

その創価学会の力が、雅子さんを皇室へ押して押してされた・・・と、言い言いされている。

子どもの頃。熱く燃えて盛大になって行く過程のソーカガッカイ、というおばさんたちの集団が、家へ上がりこんで勧める、帰ってくれない、とか。近くの〇理教の教会へも入って行って、暴言を吐きまくったとか神具を土間へ投げつけた、という噂も広がっていました。隣町の家は仏壇を叩き壊されたとか。

何かの力が盛り上がる時にありがちな毀誉褒貶・・・だった部分も、あったのかも知れない、が、鍵っ子だった私は、母の留守中にそんな人に来られたらどうしよう、と、本気で怖かった。しゃくふく、というそうで、信者は、自分の家族くらいしゃくふくできないなら、どうしようもない、馬鹿にされるとのこと。あちら側の論理で言えば、そうなるでしょう。

皇太子さまのお心を忖度するなど不敬(なら言うなよ~、かなあ・・・)です、けど、ご両親の方に目を向けることを止めて、奥さんの実家のやり方に従っておられる方が・・・学会の大きな集いに出席したり、鳥居をくぐることを拒否したり、なさっているのが、御家庭内の波風は立ちにくかっただろうとは、考えられます。

雅子さんのご実家は、あっけにとられるほど、東宮家に入り込んで来ておられた。雅子さんは、自分の気にくわない方を、平然と無視し続けて退職に追いやって来られた。どんな宗教でも、人の心を慮るようなことは、教えの中に普通にあると、私なんぞは思うのですが。あの一家は、でも、そういう感じは無いから。

全く無い、そう思う。

・・・冷静に考えるとして。学会の信者が、皇室の、その独自の、そこだけが行われる「宮中祭祀」なるものに、心を傾けることは無いだろうとは、用意に想像できることでした。

髪をおすべらかしに結ったり、下半身をまず漬け、上からお湯をかけ、みたいな、昔からのやり方を踏襲する禊の方法があるらしいのです、今は、どこかしらが(忘れました)工事中なので、お参りするためにはロングのドレスですればいいんだとか、今は少し楽なんだとか、書いてあった。そういうこと、初めは知らなくて「えっ」でも、慣れて行くしかない、と、腹をくくる、少なくとも、入内するとは、それを含めてのことだから。

しかしそれは、されなかった。延々と、されずに来た。

自分がイヤだからか、学会員の掟、みたいなことでか。そんなことは、わからない。どちらにしても、その立場でするべきことを、しない人。そういう評価でしか無いです。慣れてなくて、よく知らなくて、それ自体を、恥じることはないのに。少なくとも、もっと若かった時点では、知りようもあったんじゃね? 。

望めば教えてくれる、コワイ方々が、おられるはず。民間からのお妃さんなのだから。コワイ人々は、味方につければ、細かいことまで教えてくれる人でもあっただろうに。まあ、私にはわからない世界のことで。

風岡長官さんは、もちろん、このたびの「苦言」を、勝手に呈したのではなかろう。お役所な上にもお役所なところ(のような気がする)。

10日には、東宮御所で、両陛下のご結婚記念日を祝する食事会が催されたそう。

そのこと自体は、私的な行事なので、宮内庁の発表は無いそうなのです。

ごくごく普通の、一般的な家族なら、そうして、いつもは集まらない一家が集まる折りに、さまざまな話が出るんじゃないか、と思います。

よそ様に迷惑かけるなよ、行事の出欠は早めに出すもんだよ、とか。

国と国との話でもあるわけ。

そこで何がどうだったか、翌日の、宮内庁の「苦言」。

一説には、皆の知らないあたりで、着々と、進んでいることがあると。政府も噛み、千代田も噛み、なることが。

ある時どっかーんと爆発して、出て行けの、出て行くの、そんな風に収まることは無いはずだけど、そうしないために、粛々と進んで行っている、何か。

・・・あっちこっちとネットの海を泳ぎまくって。

一つの線が見えて来ました。

愛子さんを次代に、という考え方の一派がある。

秋篠宮家を貶めるなどの活動がある。

それはまあ、在り得る話だろう・・・と、しておこう。

天皇って、そんなに就きたい、なりたい立場かね、と、由緒ある庶民の私は思っているが・・庶民の方が楽ですもん、ワタシは、風のように自由にいたいのさ、自由もなかなかむずかしいものであってもね・・・

卑近なところでは、先月末のスキーご静養旅行の宿泊先に、皇太子さまに、小和田氏から、複数回の電話があったと。これは事実のようで。

8日の会見で次長氏が話されたごとく、このオランダ王室からの即位式ご招待は、常のごとく宮内庁を通して陛下に、ではなく「外交ルートから皇太子ご夫妻に」だった、とすれば、宮内庁は、勝手なことをされた上に、早くとお願いした決定事項をおろしてくれない、このままでは、手を出しようの無いことで迫られたり責任を取らされるのはウチ、というのは違うやろ、それはかなわんやろ、堪忍していただきたい、という意味ですね。

この「外交ルート」。

小和田氏そのものが、その「外交ルート」であると。

安倍首相にも会われたが、短時間しかもらえなかった。七分。説明するだけの時間も無いですね。

現在、小和田家は、オランダに住んでおられます。親が、嫁がせた娘に会いたいのは、人情としてフツウ。

やり方は普通、ではない。公私混同は、かのご一家の常としても。

諮った通りにものごとが進まない時、君子でない者は、いかな行動をとるか。とりあえず、焦ります。

焦った末、勘ぐられるというのでなく、見え見えの行動に走っておられます。

そのやり方が、とんでもなく、とんでもなく、エグイやんか、と、私は断ずる。エラソーだな。エラソーでも断ずる。

そんな感覚でお嬢様を出国させられるのなら、私は、成田空港に、横断幕掲げに行きたいぞ。

帰って来てくれなくていいですよ~。

って。


風岡長官は、逃げることの可能なタイミングを、見つけられた気がします。

自分は、そっちの側ではないよ、自分は「苦言を呈する側だから」と、アピールできた。

口さがないですか。事実だと思いますよ。

・・・宮内庁というお役所は、普通に(今日はこのフレーズが多い)考えれば、皇室側に寄って、発言されるところ、という感じが、ありました。

その長官さんに、こういうことを言われてしまうとは。

日本の東宮家のありようは。とほほって、こういう際に使う言葉。

長年の積み重ねの結果、ではありましょうが。


皇太子様は、ご自身が、決断しなければならないのでしょうか。

決断するような育て方を、されて来られなかったとは思うので、お苦しみはお苦しみでしょう。

ここまで来たらせめて、高貴のお方らしく、と、これは真実、切に、願いたい思いです。


・・・今年は、伊勢神宮と出雲大社が、20年ぶりと60年ぶりの式年遷宮の年だとか。珍しい年回りとか。

伊勢と出雲は、日の入り、日の出、二つで一つの働きとか。この辺、わたしの知識は怪しい。間違いならお許しを。

ともかく、そういう年回りには、大きなことが起こるのだそう、日本のためになる方向のことが。

少し前、Sさんにそうお聞きして、嬉しかったのでした。

この国に、いいことが、ありますように!。



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