寡占
朝になっての追記です。メールを二通、いただいたので・・・。
一つは。KUONさんは原発反対なのですか、賛成ですか、というご質問。
本当に申し訳ないですが、ひとことでぱつっと、どちらかの色の旗を挙げるようには、言えない弱虫が、わたしの姿です。
もう一つ。昨日書いた↓の中で<誰が、どこが東京シティに電気を送るか>の部分に、悲しくなられたとのこと。
東北は、東京のために被害を受けても当たり前ということですか、とのご質問、これには、当たり前ではないと思うと、お答えするしか言葉を持ちません。
長いメールを下さって、恐縮です、でも、私は、ここでこう書く以外に、お答えできる言葉と意志を、持っていません、おっしゃるようにハナさんを(可愛いHNですね!)傷つけてしまったなら、その傷が、なんらかの方向で小さくなって行かれるといいなあ、と、考えます。<この部分は削除された方がKUONさんのイメージが・・・>とのご指摘には、添えないので、それも、こうして書かせていただきますね。私のイメージって・・・私は、どんな「イメージ」の人間なのでしょうね。自分勝手な人間であることは、確かです。勝手は勝手なりに、リクツがある、と思うくらいには、自分に甘いひとだと思います。
最近「寡占」という言葉を知ったのです。人に、聞いたのです。
何年も前、兵庫県の尼ヶ崎で、JR電車のスピードが、あるカ所で出過ぎて・・・おかしな言い方ですね、あるカ所で、運転手がスピードを出し過ぎたのです、それ以前からもスピードのことで懸念のあったという、その場所で。激烈な衝突事故が発生した。
前日からわたしは、ぜんそくのような症状がひどく、数時間おきに咳止めシロップを呑んで、ようやくうとうとと、短い睡眠を貪るという状態でした。テレビの部屋で寝ていた、だからよく覚えているのですが、大変な惨状が、ニュースがすこし落ち着く前のしばし、映し出されていました。
その事故について、今に至るまであれこれと調べておられるようで、歴代のJRの社長さん方が呼び出されて裁判の場に立たされている。「その日」が来ると、そのことのニュースが出る。
そして。何があろうと、JRは毎日、走っています、動いています。
近辺には何社もの私鉄電車も走っているのですが、JR「しか」、動かせない場所が、たくさんある。
そういうことを、寡占、というようなのです。JRのそのあたりの状況を、変えることは出来ない・・・。
携帯電話というものが、どんどん出て来た頃。日本のケータイが、他国に比べて高すぎる、というようなことで、NTTは電話線を公開したと。好き好んでかどうかは、知りません。
誰が使ってもいい電線にした、と。
そこへ、KDDだの(ほかはあまり知らないんで、だの、とか書きます)が参入して来て、ケータイ電話も安くなりました。「寡占」でなくなった。
では。
電気を、電気に関して電線をオープンにしたら。せめて共有にしたら。できたら。不可能なことではないのだそうです。
みんな、そう思うと思うんです(と、教えてくれた人は言い、ワタシも、そうだにゃ、と思った)、が、電気を、大手六社だか七社だかは、手放さない。利権が絡みまくっている、というより、利権そのものだから、だそうです。
ほかのもんは来るな~、ということ。それも、判らなくはないですが。
他人の利権に厳しくても、己の利権は守りたい、ということはありますね。
たとえば、東京電力を早々とどうにかしたら、新しいエネルギーを使う理屈も方法も実現するか否かも、すべてが手つかずのままの現在、東電をどうにかしたら・・・
誰が、どこが、東京シティに電気を送るか?。
原発が無くても、電気は足りる。私は、そうなのかと思い、それなら原発止めよう、停めてくれ~、と、実は今でも、願っています。
願っているが、やっぱり電気を使っています。エアコンも、時には使うし、一日二回、全自動洗濯機を回すし、仕事に出る前には食洗機に洗い物を突っ込んで出るし。
少し灯して足りる、という生活を、実際にはしていない。どの程度なら「原発な無しで足りる}のか、考えるのですが、自分では無理でないか、と、正直、感じています。テレビも見ます、パソコンも使っています、そうしながら、放射能は恐ろしいと頑固に言い続けている。矛盾だらけの自分です。矛盾だらけ。こまめな節電、なんぞというものは、言うまでもないこと。
原子力発電は、安全、安心、安価、と、日本人好みのスローガンのもと、どんどん需要を増やして、この地震国家に五十基以上。おそらく、ほとんどの人の知らないままに、築かれてきたのでした(ワタシも、一昨年に初めて知ったです)。
火力、風力、水力などでの発電より、実際、ものすごく低コストで発電可能なのが、原子力発電なのです。事故が起きなければ。
それで、火力などより少しだけ安く売ったら、誰にもわかる、安くていいね~と使う側には言われ、自分のとこは、うんと低コストで作って、少し安めに売るのなら、利幅、利益は大きく上がります。儲かるんです。
東電も関電も他の電力会社も、どんどん作ってどんどん売りました。競争相手と言うものが無いのだし、怖いものなど何もない。
改めて聞けばちょっと驚き、な感覚もありますが、電力会社はどこも、私企業です。お国がどうして、というものではない。
日本は、資本主義国家であって(考えてみればそうなんですよね~。お金を儲けるのは、えらいこと、立派な事、というのが、資本主義。・・・かな?)、売り上げがあがって利益があがるのは、とてもいいこと、という国なのですね。電力会社は、だから、お仕事を、えらくていいことになるために、いっぱいしました。
そして。この国には(も?)、どこかが儲けている、おいしい思いをしている、となると、放っておかない、おけない人種が存在します。かんりょう、と呼ばれる皆さんです。
にょろにょろ、とか、ちわー、お邪魔してすみませんねえ、へこへこ、とか、そーゆー態度でなく、ばんと入って来て、ソファにどん、と座って、ええと、あんたんちは、えらく業績よく、お金を蓄えていますね。それ、自分たちのものだけにしておくリクツは無いでしょう。何かホーコクしたり、忘れていませんか、お中元お歳暮を欠かしてないかね?。水ヨーカンくらいではだめですよ。詳しくは、吉良さまにお聞きして、ね。
とか言って(聞いたことは無いが)、企業のお金を、ヒトのフトコロに手を突っ込んで、よこせ、おくれ、貰ってあげるよ、と、どっさり、持って行こうとするのが。。。したのが。。。東電さんに関して言えば、通産省のお役人さんがたでした。
一番、とった。いろんな名目つけて、どっちゃり、とったのが、通産省。
はじめはきっと、そうではなかったのではないか、と、も、考えるのです。
電力会社は、自分の会社の仕事を、がんがんして、お金を作ることができた。
そのお金は、当初、本来は、家庭の中で、将来の「もしも」を考えずにいられない真面目な普通のお母さんのように、もしも貯金、とされるべきお金だった。
安全だの安心だの言っても、確実、100パーセント、なんてことは、通常なら考えにくい。
何がいつ、どう起きるかわからない。
原発で、たとえば事故が起きた時、まず何をどうすればいいか、優先的に、何を置いてもとにかくしなければならないことは何か。誰かに迷惑かけないようにしとかんとね。
そういったことも、考えなかったわけではないと思うのです。鉄腕アトムが、人類の明るい未来の象徴のように生み出された時代には。
もしもの時のために、お金も残しておこう、だったわけです。わたし断言しておりますが、これは断言でいいと思います。
それが、だんだん、歳月の中で、危機感は薄まって行った。
油断していった、他人事になって行った、保身の術のみが、ここでも、はびこって行った。
変わって行った、変わって行ってしまった、初めから、そうでしかなかったのか・・・・・。
利権に群がるえりーとたちはだんだん恥知らずさを増して行った。ここでも、また。
みんな、考えなくなった。
何十年も、独占のような形で仕事を続けて来て、たとえば東電は、日本を代表するような巨大企業になった。
何十年も、売りはぐれの無い商品を提供しているのだから、内部保留金というものは、兆、で数える単位で、あとはその桁がいくつなのかどうか、という話であるはずです。
それがそうでなく、なんとか億円、とかいう額でしかないという。
一昨年の東北での事故を、どうやってもカバーしようのない金額。
使わなければならないところへ、使えないで、ちりちりになってしまった「もしも貯金」。
はっきり言って、通産省が、とって、使ってしまった。嘘でない、本当です。大きく回ればそういうことになるように、わが国の法律はできているのだそうです。
一つの話として・・・。
アメリカに、エネルギー供給会社(というのだそうで)の巨大な一つ、エンロン、という会社があったそうで。
アメリカでの、利権会社。
そこの利権を、一口で言えば取り上げた。そしたら潰れた。
潰れた後、エンロンが関わっていた地帯に、たびたび停電が起きる。人々は、電気無しでは暮らせない生活形態であったので、とてもとても困った。困っている・・・今は、どうか、知らん・・・・・。
東京電力が、あれだけの重大事故を起こし、どなたの顔をいつどこで拝見しても、なんとかのつらになんとか、みたいな無表情でおられ、そのお顔が物語るように、どんな責任も痛みも。そのようなメンタルな話のみでない、しておられること、聞く限り知らされる限り、あたまかこころか知らん、何せ感情と言う感情をねこそぎ、食い尽くす虫にやられてる風にしか見えない、あのごとき方々の集団であって、せいぜい社長の首がすげ変わって・・・前・社長はさぞかし、よく眠っておられるでしょう、夜ごと日ごと、揺れない場所で、温かい場所で・・・一番危ない、一番大変な、一番大事なことが知らされていない現場で、多くの人々を使い捨てにしながら・・・
やさいさん。
私も、やさいさんと全く同じことを、ずっと考えております。
なんで、どうして、と、あたかも三歳児のごとく何度も。
そやけど、寡占。他に、いま、そこがしていることを、できるところがないということで、とにかく当分、いつまでとも知れぬ間、何も、変わらない、のであろう、だそうなのだ・・・
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予想外・・・・・・・・・。
久しぶりに、よそ様の記事を持ってこさせていただきました。
読んでまず考えたのは、先日、某・やさいさんのブログで読んで笑った、韓国・某所の、国宝だと言う建物や天井画の修復工事において、設計図の無いまま何年も工事が進められているとか、他にもいろいろ、・・・ある意味、逆にすっごい技術・・・って笑っていていいのか、わたし・・・幼児が積む積木だって、基がぐずぐずなら・・・ううん・・・やたら・・・が多い・・・奥歯に何かがはさまり過ぎだ・・・もう・・・は止めよう…、ほらね。…になった。やれば出来る(こともある)のよ。・・・失礼しました。
天井に描かれた「龍」の絵が、確かな復元図とならず、似て非なる物になってしまって・・・いや、似てもいない、あれは別物でした、気の毒な龍。
・・・(!)そんなことを、思い出したり。不謹慎でしょうか。
どう考えても、どうっ考えても。やっぱりあの会社には、顔面からあらゆる感情の抜け果てた、言われても私どもも被害者ですねん、という、そーゆーもんしか、無いのだろうか。
東京電力福島第一原子力発電所2号機原子炉建屋に調査のための穴あけ“失敗!”
東京電力は図面を見て穴の位置を決めたにもかかわらず、
穴を開けたら、配管がいっぱいあって何もできなかったというニュース。
福島第1原発2号機 調査難航も…穴開けたら予想外の配管
スポニチ [ 2013年1月29日 06:00 ]
東京電力は28日、
福島第1原発2号機の原子炉建屋で、圧力抑制室周辺を調べるため上の階の床に開けた穴の先に、
調査の障害となる予想外の配管などが見つかったと発表した。今後の調査は難航も予想される。
穴の真下に複数の配管や格子状の鋼材などが通り、調査機器を下ろすスペースがほとんどなかった。
東電は「図面を見て穴の位置を決めた」としているが、
重要施設の内部を正確に把握できていない実態が露呈した。
東電の尾野昌之原子力・立地本部長代理は
「設計変更があったのか、当初からこの位置に(配管などが)あったのかは今後確認する」と話した。
穿孔後の状況
撮影日:平成25年1月28日提供:東京電力株式会社
穴をあけたてみたら配管や格子状の鋼材だらけで、隙間がなくて調査どころじゃないという画像
ーー
ほとんど報道されていません。
使い物にならない穴を開けた作業員の方は2号機の建屋ということなので、
たぶん、かなりの被ばく作業だったのではないでしょうか。
この件について、ハッピーさんがツイートしていました。
ーー
2013年1月29日 - 20:35
ハッピー @Happy11311
ただいまっ(^O^)今日は風もなく、1日ポカポカでした。
雪もほとんど溶けてなくなったけど、まだ日影の場所はツルツルなので注意でし。
報道でもあったけど、昨日は2号機のトーラス内調査の為に原子炉建屋一階の床に穴あけたんだけど、
穴の下に配管があって結果的には失敗したみたいでし。
図面見て計画してるはずなのに、そもそも何でそんな事が起きるの?って不思議だよね。
でもこれって十分あり得る事なんだ。まず今回の計画時点で使った図面が最新版なのかわからない。
配管や建屋の改造や新設があると、まず図面は施工業者が発行して東電に納めるんだ。
その後に東電設計が改造や新設を既存図面に反映して改訂版が出来るんだけど、
出来てから各業者に配布されるまで半年から一年くらいかかってたんだ。
各元請け企業には建屋図や系統図(P&ID)はあるんだけど
3.11時点のものだから半年前に改造とかしてたら最新版か、わからないんだよね。
配管施工した業者が今回の一階の平面図と昨日の写真見たら何の配管でいつ頃施工したらわかるはずなんだ。
たぶん今回は穴を開けた元請けと配管施工した元請けが別業者だからわからなかったと思うよ。
まぁ穴あけした作業員もビックリしたと思うけど…。
でも、これから先の廃炉作業は直接目に見えない場所ばかりやらなきゃならないから、
図面は正確な最新版がないと同じような事いっぱい起きる可能性があるんだよなぁ。
もし今回の穴が使えなくて、もう一度別の場所ってなったら、
沢山の作業員の被曝が無駄になるし更に被曝するんだ。
今回の被曝量だって多くの作業員がかなり被曝してるし、
なんとかして今回あけた穴を使って調査出来るようにしてもらいたいけど、
東電や元請けは作業員一人一人の被曝なんてあまり気にしてないからなぁ。
たぶん今週末ぐらいには1号機も穴あけると思うけど上手くいって欲しいな。
とにかく今後の作業のためにもまず最新版の図面を揃えなきゃ。
各元請けや施工した業者に3.11以前の二年間分の施工図を提出してもらった方がいいと思うんだ。
あと1F図面は事務本館一階の設計図書室にあるから爆風でやられてなければ大丈夫なはずだけど
汚染してるからなぁ…。
東電や各元請も、オープンな繋がりなら情報共有や情報公開出来るんだけど、
今の1Fはほとんどの工事案件が競合だから、なかなか情報共有出来ないのが現状なんだ。
これから先の廃炉作業が国家的プロジェクトって感じじゃなく、
ただの公共事業って感じになっていくのがオイラ怖いよ。
ーー
東京電力はどのように報告しているのか?
ホームページを見てみました。
ーー
東北地方太平洋沖地震による当社原子力発電所への影響について
【午後3時現在】平成25年1月29日 東京電力株式会社
※1月28日午前10時29分頃、
1号機原子炉建屋付属棟地下1階にある所内高圧電源設備配電盤室(管理区域*3)で
ケーブル修理作業をしていた協力企業作業員が、踏み台(高さ約0.9m)より落下し左肘を負傷。
このため、当所の診療所医師の判断により、午前10時55分に救急車を要請。
なお、当該作業員に意識はあり、放射性物質の付着がないことを確認。その後、福島労災病院へ搬送。
診察を受けた結果、
「左肘関節脱臼骨折により約2週間の入院、およびその後定期的な通院加療を要する」と診断される。
今後、原因調査を行い、再発防止策を検討・実施する予定。
ーー
2号機の穴あけ作業とは別の件ですが、
また作業員の方が怪我をされていました。
東電のホームページはとても見にくくなり、
2号機建屋の穴あけ作業に関する東電の報告がなかなか見つけられない><;
新しく行う作業に関してはトップページに
「今日は○○をしました」っていう感じですぐわかるように載せて欲しいものです。
本当に不親切です。
ーー
わたしも悲しい
土曜、日曜と、工場で仕事をしておりました。
事務所や研究スペース(ってほどのものでもない)は温くしてあるのですけど、工場内の温度は4度ほど、私は、カイロ2個入れてました。ぢいさんは、そんなもん要らんと、いつもの作業服だけであれこれ、集中していたせいか、帰り道ぞくぞくっと来て。
帰宅して生姜湯飲んで、熱いお風呂に入って湯豆腐食べて、漢方の風邪薬を服用、それからぶっ倒れて、頬の色だけは幼児のようにあどけないピンク色のぢいさんと化して、がぁがぁ眠っておりました。
娘家族が、たこ焼きパーティなんぞおっぱじめ、今日は父ちゃんが焼く、とのことでしたので、では後片付けは母ちゃんがしてね、と、うまいこと逃げおおせて、わたしは自分の場所へ。ずっと見ていた(3回目)中国歴史ドラマの最終回を、ゆっくりと鑑賞しました。そのうち私にもたこ焼きが届き、はあ、シヤワセ、な気分でおりました。
アルジェリアでの凄惨な悲劇のニュースを、食い入るように何度も見てしまったのは・・・。
現地へ行かれて実際に身元の確認をされた社長さん、日本にいて、報道の方々にいろいろ伝えておられた広報の、遠藤さんとおっしゃる方。
絶句されたり涙を抑えようのないご様子だったり、見ている側の胸も、かきむしられる気がしました。
ぼんやりと考えていて。
・・・そうだな~。
一昨年三月の地震や津波や原発事故や。その、後。
昨今、特に急激にかまびすしい「体罰」「いじめ」の話でも。
みんな、どの方のどの顔も、お面をかぶっているようで。
言質を取られまい、責任をかぶる事態になるまいとの「思い」が、政治をする人や官僚や教育関係者、の顔に、貼り付いているのを、たくさん、見た気が~。
今回の、有名なプラントだと言う会社にふりかかった、思いがけない惨事。
会社の今後、とか、私にはさっぱりわからないです、ただ、社長さんや、広報の責任者であられる(?)上品な男性の、本当に悲しく辛いのだ、という、人としての気持ちが、テレビのこちら側にいる私の胸にも来て、言葉に語弊があるとは自覚しつつ、正直なところ、こうだよねえ、そうだよねえ、と、鼻水垂らしつつ、亡くなった方々、生きて帰って、これから堪らない日々が当分つづくのであろう、罪の無い方々の、お気持ちに、思いを馳せないでいられないのでした。
世は不条理と理不尽なことに満ちていて、なんで、どうして、と、大きな声で何かに向かって叫びたいようなことが、たくさんあります。
膨大な数の方々に不利益をもたらしつつ、しゃら~んと無表情な、いろんな顔。
そんな顔を、たくさん見ていて、不感症になってしまった感覚が、あったのかも知れない、日揮の方々の辛いお顔を拝見するまで。
悲しいこと、なんですよね、あのことも、あの死も。
こちらだって、辛く悲しくなりますよね、そうですよね。
・・・そんな心もちが、しておりました。
ぢいさんは、おかげさまで今日は、いつも通り、おべんと下げて、仕事に参りました。
ちょっとした話
古い友達の見舞いに行って来ました。
小正月の頃、な~んか、目がおかしいなと感じたそうです。
網膜剥離が起こっていて、気づいた時は片目の三分の一が下からフタされたような感じだったのが、紹介されて大きな眼科へまわった時点では、半分、めくれてしまっていたと。
翌日でしたが緊急でオペしてもらうことが出来、八日間の入院で帰宅出来た。家へ帰ったと電話が来て、彼女の好物のサバの棒寿司持って、会いに行きました。
和菓子をいっぱい出してくれたので、ひたすら口に運びつつ、彼女がまくしたてるあれやこれを、聞いておりました。
四日間うつぶせになっていないとあかんねん、とか、力入れてもダメ、とか。
顔を洗っても何もつけてはいけないし(刺激があるから)髪も洗えないし、メガネの作り変えも出来ていないから不自由だし、とか、へえええ、なことを、聞いていました。
もう片方の目の水晶体も、ついでに入れかえてもらったので、視力がまるで変わったのだそうです。
転ばないように、足をすって歩いているとか。
でも、オペが出来てよかったと言っていた。
最近、身のまわりで、眼科のオペの話を聞くことが、とても多いです。
去年、周囲の、屈強の男性たちがつづけて三人、白内障の手術を受けた。経過は良好で、大丈夫のようです。
今年に入って、仕事上での知人が二人、やはり白内障で。
今日見舞った旧友は、網膜剥離なわけですが、原因はよくわからない。
年齢のせい、も、あるとは思います。
旧友は、月のうち三分の一か半分、私がひそかに線量が高いと感じているまちへ、孫守りに通っています。
いっさい、何の根拠があるのでないことを考えているのですが、たとえば六十歳前後くらいになると、新陳代謝もさして活発でなくなって来ていて、放射能のダメージも受けにくくなる、みたいな感覚がありました。
今は、少し違うように感じています。
新しい細胞が、新しいダメージを受けるのでなく。
からだのなかの、本人の弱い部分に、ダメージが来るのではないか、と。
被曝は、どの個体にも一律に、一年にこれだけなら、とか、体内への蓄積量とか(確実に測ることが可能だとして)、量で測る物でなく、あくまで確率のもの。
大量に浴びても、ずっと何でもない人もいるし、細胞が分裂を起こす瞬間に「被ばくのタイミング」が合ってしまう、ということも、あって。それが厄介で。
肌は、およそ一か月・・28日くらいで新陳代謝をしているそうです。目の角膜・・・目の一番表面の透明な部分・・・では、約一週間といわれています。
白内障は目の水晶体の、網膜剥離は眼球の一番奥の側の、いわばスクリーンの役割をする部分であって、角膜とは違うのだけれど、心配し過ぎか考え過ぎなのか、では、そこで暮らしている方々はどうなのか、と問われれば、先に書いたように無根拠なつぶやきですので、どう申しようもない、ただ、私の不安、実感、と言えばいいでしょうか。
自分は、こう感じていると。
・・・催奇性とか、これから問題の大きくなってくることは事実あるとして、若さとか体力とかは、やはり「力」である気がする。来て欲しくないものに、あっちへ行け~と、はらいのけて行く力。
人間は強い、人間は弱い、という言い方で言う「強さ」なのかもしれない、と・・・。
強くあっていただきたいです。
。。。けっこう使って来て、疲れかけている体の、弱い部分に、来てしまうのかな~、と、心の中で、考えていました。
何十年来の付き合いであるこの友は、はじめ心配していたけれど、関東に住む娘家族に関して、放射能の危険ということを、考えるのはやめた、と、明言しています。
知ってどうなるものでないから、考えたくない、と。それで暗くなってストレス溜めるのはイヤだ、と。
それはそうだろうと理解できるし、押し付ける気は無いので、いっさい今は言わないです。
久しぶりに外でごはん食べよう、となって、サングラスしてベレーかぶって、ぺたんこ靴といういでたちの彼女と、ランチしました。
早く目も治って、おしゃれな子だから、春の洋服買いに、らんらんと出かけて欲しいと、つくづく願う思いでいっぱいでした。
とつぜん,大槻ケンヂ。
大槻ケンヂというひとがいて。
ふた昔くらい前、顔に・・・左目の、デコから頬に至るあたり、まぶたを縦断するように雷鳴マーク、ばしーっとラインを描いて、テレビのクイズ番組などにも出ていた。
ルックスも好きでした、当時。本をものすごく沢山読んでいて、しかもそれに毒されていない男の子の、みょうないろけがありました。
実は、変わった本も・・オカルト系・・読み過ぎていて、それが「害をなした」ようなところも、あった風なのですが。ここ、一応(爆)。
ロック兄ちゃんだから、髪も色彩豊富でざんざんと長いし、メイクもしてるし・・・なのに、昔の「文士」みたいな匂いがありました。着流しで腕組みしている写真も(多分もちろんシャレで)写させていて、なかなかお茶目でもあり、和服も似合っていた。
本職は、筋肉少女隊、というロックバンドのボーカリスト、でした。それを解散後に組んだバンドの名が「特撮」
とか書いてますが、大槻ケンヂの音楽には、ほとんど触れていないのです。
大変多方向に才能のあるこのひとの、エッセイが、とても好きなんです。
他のひとと比べようのない魅力があると、思って、好きで、集めて、引っ越しの時にも、よれよれになった文庫本など、処分できずに新たなる住まいに連れて来る。捨てられない作家の一人です。
エッセイが好き、小説は、ロッカーとしては全く無縁なところで、けっこう大きな賞を受けたりの「本格派」だとのことですが、私は、エッセイほどには好きでない。音楽の方は・・・わたしには、ぶっとび過ぎていて、ついて行けないんだと思う。
読み返すのは、エッセイばかり。
男の子、とか書きましたが、指追って数えれば、今は大槻ケンヂ、よんじゅうろくさい、くらいになっているんだ・・・びっくり~。
いまは、スキン・ヘッドになっているみたい。私は、坊主頭好きでないので、写真みることからも遠ざかっているな。
新しいエッセイ本を読みたいな。
以下のようなことを、言ったり書いたりしておられます~。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
運命みたいなものをさ。「これでいいのだ」って思うか?それとも「これでいいのか?」って疑うか?
尊敬しているのは世界の偉人の・・・とか言う前に、
まずは学費を自分でアルバイトして稼いでいる近所のはるかちゃんとかを尊敬しろよ
一発屋を笑うやつは、一発も輝いたことのないやつらだ
たとえ負け犬でも、犬死にだけは嫌なんだ
死んだら伝説、狂えばカリスマ、生き残ったらただのおっさん。
ふた昔くらい前、顔に・・・左目の、デコから頬に至るあたり、まぶたを縦断するように雷鳴マーク、ばしーっとラインを描いて、テレビのクイズ番組などにも出ていた。
ルックスも好きでした、当時。本をものすごく沢山読んでいて、しかもそれに毒されていない男の子の、みょうないろけがありました。
実は、変わった本も・・オカルト系・・読み過ぎていて、それが「害をなした」ようなところも、あった風なのですが。ここ、一応(爆)。
ロック兄ちゃんだから、髪も色彩豊富でざんざんと長いし、メイクもしてるし・・・なのに、昔の「文士」みたいな匂いがありました。着流しで腕組みしている写真も(多分もちろんシャレで)写させていて、なかなかお茶目でもあり、和服も似合っていた。
本職は、筋肉少女隊、というロックバンドのボーカリスト、でした。それを解散後に組んだバンドの名が「特撮」
とか書いてますが、大槻ケンヂの音楽には、ほとんど触れていないのです。
大変多方向に才能のあるこのひとの、エッセイが、とても好きなんです。
他のひとと比べようのない魅力があると、思って、好きで、集めて、引っ越しの時にも、よれよれになった文庫本など、処分できずに新たなる住まいに連れて来る。捨てられない作家の一人です。
エッセイが好き、小説は、ロッカーとしては全く無縁なところで、けっこう大きな賞を受けたりの「本格派」だとのことですが、私は、エッセイほどには好きでない。音楽の方は・・・わたしには、ぶっとび過ぎていて、ついて行けないんだと思う。
読み返すのは、エッセイばかり。
男の子、とか書きましたが、指追って数えれば、今は大槻ケンヂ、よんじゅうろくさい、くらいになっているんだ・・・びっくり~。
いまは、スキン・ヘッドになっているみたい。私は、坊主頭好きでないので、写真みることからも遠ざかっているな。
新しいエッセイ本を読みたいな。
以下のようなことを、言ったり書いたりしておられます~。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
運命みたいなものをさ。「これでいいのだ」って思うか?それとも「これでいいのか?」って疑うか?
尊敬しているのは世界の偉人の・・・とか言う前に、
まずは学費を自分でアルバイトして稼いでいる近所のはるかちゃんとかを尊敬しろよ
一発屋を笑うやつは、一発も輝いたことのないやつらだ
たとえ負け犬でも、犬死にだけは嫌なんだ
死んだら伝説、狂えばカリスマ、生き残ったらただのおっさん。
祖国では
ここ数日、あれこれ感じたりしていたこと。
〇鳩山・元・首相が、ご夫妻で中国へ行かれたと。すでに悠々自適のお立場。名勝地を観光したり熊の掌だのブーメラン型のフカヒレだの食べて帰って来ればよかったのに、要らんこといっぱい言うてくれて。
本人は「元」だから、もう大盤振る舞いにいい人ぶりを発揮できて、あっちからも大事にしてもろうて、機嫌も気分もよかっただろうが、中国では「元」だとか、通用しないもん。とりあえずこのたびは、気にしなかったと思う、鳩山氏の「元」の字は。
日本人の上の方のひとが謝ったとか、尖閣のことにも触れたとか、自国に都合のいいようにしか、言わないですやんか。
政治とは、自国にとって有利になるように行うのが第一義のもの。
現在の日本国に於ける多くの裁判と同じ、真実かそうでないか、正しいかそうでないか、ではなく、どっちが「勝ち」か「負け」かを、目指して行くもんでしょ。(私がそれを「いい」と考えているかどうか、ではありません、ワタシはそういう裁判に疑問ありまくりです)。
鳩ご夫妻のように、見ている限りで言ってしまうとして「悪いひと」じゃないのかどうか知らんが、ずっと上から目線でいられる人間の独特の自己満足が身にしみついていて、考えが圧倒的に薄っぺらく足りないんじゃないかと推し測るしかないひとびとは、外国へ放たれた時など、好きなようにさせておいてはアカンのではないか、と、苦々しく考えた次第です。言葉尻取られて何か言うて来られたら、面倒ではありませんか。
毅然と押し返すことが出来るひとばっかりでもなさそうだし。少なくとも今までは、そうだった気がするし。
パリやミラノであんなのやそんなのを買いまくってた、とか報じられる方が聞くにマシな気がします。あははあ、と笑っていればいいだけだもの。
〇尾木ママとか呼ばれているひとのことを、詳しくしらないのですけど、大阪の桜の宮高校の生徒さん方の一部、数人かが記者会見を行ったことへの、違和感。怒り。そんなこと子どもにさせてはいけない、という気持ちには、同感するものです。
バスケット部のキャプテンだった若者の自死は、痛ましいもの。あって欲しくなかったこと。そことは別に。
未だ人格の定まっていない年若い人間を、みだりにあおってはいけない、と、かんがえています。
大人がしてやれることの一つに、人生は不条理である、ということを、しっかり教えてやることがあると思う。
あなたの思い通りには行かないんだよ、どうしようもないことだって沢山あるんだよ、と、教えてやること。その上で、いかにしっかりと前向いて生きて行くか、を、考えさせてやることではないか、と、思う。
毎朝遅刻して、皆と集団登校できない子どもさんの家へ、地区委員さんが、たずねて行ったのです。朝、みんなと一緒に登校できるようにしてやってもらいたい、と。
お母さん、仰いました「子どもの自主性に任せています」と。
こういう話が、けっこうのんびりした住宅街にあるうちらの小学校にもあります。何か聞きつけて馳せ参じて、どうしたん、私が言ってあげようか?と、騒ぐのが大好きな女もいる。
子どもが、朝、食事もしないで遅刻して学校へ来ることと、自主性という言葉には、一切なんの関係も無い。でも、この類の馬鹿っ母(週刊誌の造語のパクリです)、増殖中だと見ています。
どんどん脱線して行きます、元に戻ります、今、尾木ママとか呼ばれているひとの「怒り」方、テレビ向けな気もしますが、珍しく、テレビを見ていてうん、うん、とうなずけたのでした。
〇「レ・ミゼラブル」を観たかったのに映画館は満席で、諦めて帰ろうとしてもらったチラシに、イギリスのロイヤル・バレエ団の公演のお知らせがまぎれていました。
ヨーロッパで屈指のバレエ団。熊川哲也や吉田都が踊っていたバレエ団。
「不思議の国のアリス」と「スワン・レイク」が演目だとのこと。座り込んで、食い入るように眺めてしまいました。
来日の予想されているバレエ・ダンサーの、顔写真と名前が、キラ星のごとく並んでいる・・・その顔ぶれに、名前に、顔立ちに、驚いた・・・今、そのチラシが手元に無い(どこへやった?わたし)から、具体的には書けない、でも・・・〇〇スキーとかのロシア系な名前は当然として、それ以外に、たとえばガルシアとか、エマニュエルとか、ラテン系の名が、とても多い。肌の色のとても濃いダンサーもいる。
英国風の名前のひとは、とても少なくて。
さすがロイヤル・バレエ団。何が「さすが」なのか、しみじみと感じるものがありました。そこで踊るにふさわしい、と、認められれば、生まれた国も肌の色にもバリアーは無い、ということなんだ・・・ブラブォ!。
〇アルジェリアで、爆撃されてあるいは銃弾を浴びて、命を落とされた沢山の方々。
アルジェリアという名には、子どもの頃に耳にした、奇妙に暗い歌謡曲で、初めて接した記憶。
~~ここは地の果てアルジェリア どうせカスバの夜に咲く~~~
「カスバ」という言葉がいかにも異国風で、子ども心に、想像力を刺激されたのでしょう。
その歌には「外人部隊の白い服」とかいう歌詞もあったような・・・。
去年、リビアのカダフィ大佐が殺されて、その傭兵たちが、持っていた武器をそのまま持って、リビアを去った。
マリ、というところへ行って、なんだか、その武器が、今度使われたらしいとか聞いて・・・あの辺りは、地理的にも政治的なことも宗教のことも、私には???なことばかり。
ただ。他の国の方も、ですが、遠い遠い異国の地で、いきなり命を奪われた方々を、思うと、簡単にお気の毒、なんて言葉では言い表せない気持ちです。
できれば、祖国へ、なるべく早くお帰りになることが、できますように・・・。
祖国では、もうすぐ、寒い中にも春が立ちます。
こんな詩も、思い起こされます。
また来ん春…… 中原中也
また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るぢやない
おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫(にやあ)といひ
鳥を見せても猫(にやあ)だつた
最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた
ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……
〇鳩山・元・首相が、ご夫妻で中国へ行かれたと。すでに悠々自適のお立場。名勝地を観光したり熊の掌だのブーメラン型のフカヒレだの食べて帰って来ればよかったのに、要らんこといっぱい言うてくれて。
本人は「元」だから、もう大盤振る舞いにいい人ぶりを発揮できて、あっちからも大事にしてもろうて、機嫌も気分もよかっただろうが、中国では「元」だとか、通用しないもん。とりあえずこのたびは、気にしなかったと思う、鳩山氏の「元」の字は。
日本人の上の方のひとが謝ったとか、尖閣のことにも触れたとか、自国に都合のいいようにしか、言わないですやんか。
政治とは、自国にとって有利になるように行うのが第一義のもの。
現在の日本国に於ける多くの裁判と同じ、真実かそうでないか、正しいかそうでないか、ではなく、どっちが「勝ち」か「負け」かを、目指して行くもんでしょ。(私がそれを「いい」と考えているかどうか、ではありません、ワタシはそういう裁判に疑問ありまくりです)。
鳩ご夫妻のように、見ている限りで言ってしまうとして「悪いひと」じゃないのかどうか知らんが、ずっと上から目線でいられる人間の独特の自己満足が身にしみついていて、考えが圧倒的に薄っぺらく足りないんじゃないかと推し測るしかないひとびとは、外国へ放たれた時など、好きなようにさせておいてはアカンのではないか、と、苦々しく考えた次第です。言葉尻取られて何か言うて来られたら、面倒ではありませんか。
毅然と押し返すことが出来るひとばっかりでもなさそうだし。少なくとも今までは、そうだった気がするし。
パリやミラノであんなのやそんなのを買いまくってた、とか報じられる方が聞くにマシな気がします。あははあ、と笑っていればいいだけだもの。
〇尾木ママとか呼ばれているひとのことを、詳しくしらないのですけど、大阪の桜の宮高校の生徒さん方の一部、数人かが記者会見を行ったことへの、違和感。怒り。そんなこと子どもにさせてはいけない、という気持ちには、同感するものです。
バスケット部のキャプテンだった若者の自死は、痛ましいもの。あって欲しくなかったこと。そことは別に。
未だ人格の定まっていない年若い人間を、みだりにあおってはいけない、と、かんがえています。
大人がしてやれることの一つに、人生は不条理である、ということを、しっかり教えてやることがあると思う。
あなたの思い通りには行かないんだよ、どうしようもないことだって沢山あるんだよ、と、教えてやること。その上で、いかにしっかりと前向いて生きて行くか、を、考えさせてやることではないか、と、思う。
毎朝遅刻して、皆と集団登校できない子どもさんの家へ、地区委員さんが、たずねて行ったのです。朝、みんなと一緒に登校できるようにしてやってもらいたい、と。
お母さん、仰いました「子どもの自主性に任せています」と。
こういう話が、けっこうのんびりした住宅街にあるうちらの小学校にもあります。何か聞きつけて馳せ参じて、どうしたん、私が言ってあげようか?と、騒ぐのが大好きな女もいる。
子どもが、朝、食事もしないで遅刻して学校へ来ることと、自主性という言葉には、一切なんの関係も無い。でも、この類の馬鹿っ母(週刊誌の造語のパクリです)、増殖中だと見ています。
どんどん脱線して行きます、元に戻ります、今、尾木ママとか呼ばれているひとの「怒り」方、テレビ向けな気もしますが、珍しく、テレビを見ていてうん、うん、とうなずけたのでした。
〇「レ・ミゼラブル」を観たかったのに映画館は満席で、諦めて帰ろうとしてもらったチラシに、イギリスのロイヤル・バレエ団の公演のお知らせがまぎれていました。
ヨーロッパで屈指のバレエ団。熊川哲也や吉田都が踊っていたバレエ団。
「不思議の国のアリス」と「スワン・レイク」が演目だとのこと。座り込んで、食い入るように眺めてしまいました。
来日の予想されているバレエ・ダンサーの、顔写真と名前が、キラ星のごとく並んでいる・・・その顔ぶれに、名前に、顔立ちに、驚いた・・・今、そのチラシが手元に無い(どこへやった?わたし)から、具体的には書けない、でも・・・〇〇スキーとかのロシア系な名前は当然として、それ以外に、たとえばガルシアとか、エマニュエルとか、ラテン系の名が、とても多い。肌の色のとても濃いダンサーもいる。
英国風の名前のひとは、とても少なくて。
さすがロイヤル・バレエ団。何が「さすが」なのか、しみじみと感じるものがありました。そこで踊るにふさわしい、と、認められれば、生まれた国も肌の色にもバリアーは無い、ということなんだ・・・ブラブォ!。
〇アルジェリアで、爆撃されてあるいは銃弾を浴びて、命を落とされた沢山の方々。
アルジェリアという名には、子どもの頃に耳にした、奇妙に暗い歌謡曲で、初めて接した記憶。
~~ここは地の果てアルジェリア どうせカスバの夜に咲く~~~
「カスバ」という言葉がいかにも異国風で、子ども心に、想像力を刺激されたのでしょう。
その歌には「外人部隊の白い服」とかいう歌詞もあったような・・・。
去年、リビアのカダフィ大佐が殺されて、その傭兵たちが、持っていた武器をそのまま持って、リビアを去った。
マリ、というところへ行って、なんだか、その武器が、今度使われたらしいとか聞いて・・・あの辺りは、地理的にも政治的なことも宗教のことも、私には???なことばかり。
ただ。他の国の方も、ですが、遠い遠い異国の地で、いきなり命を奪われた方々を、思うと、簡単にお気の毒、なんて言葉では言い表せない気持ちです。
できれば、祖国へ、なるべく早くお帰りになることが、できますように・・・。
祖国では、もうすぐ、寒い中にも春が立ちます。
こんな詩も、思い起こされます。
また来ん春…… 中原中也
また来ん春と人は云ふ
しかし私は辛いのだ
春が来たつて何になろ
あの子が返つて来るぢやない
おもへば今年の五月には
おまへを抱いて動物園
象を見せても猫(にやあ)といひ
鳥を見せても猫(にやあ)だつた
最後に見せた鹿だけは
角によつぽど惹かれてか
何とも云はず 眺めてた
ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたゞ中に
立つて眺めてゐたつけが……
眠れませ~ん。
小出裕章先生が語っておられるにつき、以下の文字起こしをお借りして来ました。
2013年1月19日、8bitnewsインターネットラジオ【ペイフォワード環境情報教室】第13回目に小出裕章さんが出演されていましたので、このブログでも共有させていただきます。 以下、小出さん出演部分を文字起こししました。
▼出演者
聞き手:ロッキー沢田
ゲスト・小出裕章(京都大学原子炉実験所助教)
▼文字起こしは以下。
第13回目の今日は、京都大学原子炉実験所の小出裕章先生をお迎えして、福島第一原発についてのご意見をいただきました。
◆沢田
今日は、小出先生いらっしゃっています。
よろしくお願いします。
◆小出
よろしくお願いします。
【2号機について】
◆沢田
あの〜、新年初めということですがね、昨年末に福島第一の2号機のほうの温度の上昇についていろんなところで報道されたというのがございましたけれども、この2号機について、現状と今後の見通し、危険性について、もう一度お話いただけますか。
◆小出
はい、2号機の原子炉圧力容器のあちこちの温度が、え〜、昨年の暮れに上昇してきたというデータがあるのです。
で、それがなぜかということで、え〜、従来と同じように2号機の原子炉圧力容器の中には、水が注入され続けていますので、もしその温度の上昇が正しいということであれば、これまでとは別の発熱源が生まれたと考えなければいけないと思います。
え〜、これまでの発熱源は、炉心の中に貯まっていた放射性物質そのものですけれども、それが増えることはありませんので、別の発熱源があるということは、原子炉が再び臨界状態になったということ以外にはあり得ないと思います。
え、ただし、私自身は、原子炉が再び臨界になるということは限りなく可能性が少ないと思ってきましたし、今もそう思っています。
そうすると、温度計が上昇するという物理現象を、ん〜、これだろうという風に推定することはできませんので、私としてはたぶん温度計の故障だと今は思っています。
ただし、まあデータの推移を注意深く見なければいけないという状態です。
【3号機について】
◆沢田
はい、ありがとうございます。
またですね、別の話で3号機っていうのが元々MOX燃料を使っているというところで、1、2と比べてですねぇ、また更に注意が必要か否かというようなところはいかがなんでしょうか?
◆小出
はい、え〜、3号機は猛烈な爆発を起こし、たので、その爆発についても、核爆発ではないかという指摘をしている方もいらっしゃるわけで、3号機が1号機、2号機と少し違う事故の経過を辿ったということは、たぶんそうだと思います。
ただし、MOX燃料というのは、どういうものかというと、元々はウランを原料に使っていた燃料に、プルトニウムという物質を混ぜて燃料にしたというのがMOX燃料ですが、プルトニウムはウランに比べればたいへん危険性が高いものですから、MOX燃料を使うということは、それだけで危険性が増えているということは、確実なのです。
しかし、私は、ウランが核分裂してできる核分裂生成物というものが途方もなく危険なものだと思っていますので、え〜、その途方もなく危険なものの中にプルトニウムの危険がなにがしか加わったとしても、被ばくという意味で大きな危険の増加にはなっていないという風に思います。
え〜、ですから皆さん、MOX燃料を使っていたということで、例えばプルトニウムが大量に吹き出してきたのではないかというご心配をされているかもしれませんが、おそらくあまり関係ないと私は思います。
ただ、事故の経過自身が、1号機、2号機、3号機、すべて、少しずつ違っていますので、3号機独自の危険というものはあった、大きな爆発が起きたとかあったわけですから、もちろんそのことの意味がどうことなのかということは、今後検証しなければいけませんし、これからも3号機の事故の進展が1号機、2号機と違うということはあり得ると思いますので、データをしっかりと見ていくということが必要だと思います。
【4号機について】
◆沢田
それに続きまして、4号機が常に言われているところでありますけども、4号機の今後ですね、あの〜、数年かけてという中で、足場を組んで、キャスクに入れてという中で、取り出すのも難しい、でまた保管する受け手のほうも難しいというような話もありますけど、これについて今後の展望といったらというとこと、あと何ですか体制としてもですね、あの〜、先生からのアドバイスというか、先生は、僕らの願いとしては、先生にぜひアドバイザーとして入っていただいて、もう少し、先生以上にもっといろんな方も集めてと思う中、ずっと東電1社を見守る形で経産省がやってきたというところがあるかと思いますけれど、今後どういう形をとっていけばいいのかというなんか先生の私見も含め、アドバイスをいただければと思います。
◆小出
はい、え〜、4号機の使用済み燃料プールの中には、既に使用済みとなった燃料、つまりもうウランが燃え尽きた、それだけ大量の放射性物質が含まれているという燃料が1331体沈んでいるのです、プールの底に。
その他に204体、まだ燃やしていないという燃料が、プールの底に沈んでいました。
そして、東京電力は、まずは、燃やしていない新燃料というものを、2体だけプールの底から引き出してみたという作業をした、のです。
それは、え〜、もう既に行われましたし、大きな危険を伴わずに、とにかく取り出すことができたということになりました。
しかし、使用済みの燃料というものは、実は吊り出せないのです。
それをプールの水の中から空中に引き出してしまうと、周辺の人々がバタバタと死んでしまうというほどの危険物ですので、新燃料と同じように吊り出すことができない、どうするかというと、私たちがキャスクと呼ぶ鋼鉄と鉛で出来た巨大な容器をまずプールの底に沈める、そのキャスクと呼ばれる容器の中に、使用済みの燃料を入れて、蓋をして、それ〜、そうしたことで初めて水面に吊り出すことができる、そういうものなんです。
え〜、キャスク自体は重さは100トンもあるという、そういう重量物ですので、簡単に吊り降ろしたり吊り上げたりすることができない、え〜、巨大なクレーンが必要だったりするわけですが、既に原子炉建屋は爆発してしまってボロボロになっているし、クレーン自体も壊れてしまって無いのですね。
ですからどうするかといえば、まずはキャスクを吊り降ろしたり吊り出したり出来るクレーンを設置しなければいけない、そのためにはクレーンを支えるためのしっかりした建物を建てなければいけないという、そういうことになっているわけですね。
で、東京電力は今、新しい建物を4号機の壊れた建屋の上にもう一度造り直して、そこに巨大なクレーンを設置して、そして、キャスクを吊り降ろしたり吊り上げたり出来るようにして、それから作業を始めようとしているわけです。
え〜、でも、その作業が始められるようになるまでに、今年の暮れまでかかると言っているわけです。
私はまあそうだろうと思います。
たいへんな作業ですし、時間がかかるだろうと思います。
そして、実際上出来ることはそれしかないだろうと思いますので、え〜、東京電力に一刻も早くその作業を早めてでもやって、使用済み燃料吊り出しを始めてほしいと願います。
しかし、吊り出しが仮に始められたとしても、1331体もある使用済み燃料をキャスクに入れながら吊り上げて、そして別の場所に持って行く、まあ、今東京電力は隣にある共用燃料プールというところに持って行こうとしているわけですけれども、持って行く、そしてまた、次のキャスクを沈めて、そこにまた使用済み燃料を入れて、吊り上げて、それをまた共用燃料プールに移動するということをやるわけですけれども、もう既に4号機の使用済み燃料プールの中には、瓦礫が崩れ落ちて散乱しているのですね。
で〜、まず、その瓦礫も片付けなければいけないし、崩れ落ちた瓦礫で、使用済み燃料が既に破損をしているかもしれない、うまく吊り上げたり、キャスクに入れたりすることができないかもしれないという、そういう状態になっているわけです。
1331体もある使用済み燃料を、完璧に!、外に出さなければいけないというたいへんな困難な作業だと私は思いますし、そのためにまたたくさんの労働者が被ばくをしていくだろうと思います。
ま、注意をしてやるしかないということです。
え〜、その上に、また1号機から3号機の使用済み燃料プールの中にも、まだ燃え尽きて使用済みになった燃料が沈んでいて、それらはどうやって吊り出せるかすらがまだ分からないという状態で、これから何年何十年という苦闘が、被ばく作業と共に続くということになります。
【リスナーの皆さんへ一言】
◆沢田
たいへん厳しいお言葉で、なかなかこう、希望の見いだせるタイミングではないんですけれど、あの私たち国民の意識が段々と遠のいている中ではあるんですけれど、やっぱりこれを持ち続けて、監視し続けて、どうあるべきかということを僕らが考えていって、力にして、やっていくしかないと思うのですけれども、先生からそんな一生懸命考えているこのリスナーの皆さんへ一言アドバイス、エールいただけますか。
◆小出
はい、まあ皆さんもう福島の事故は終わったという風に思ってられる方もいらっしゃるかもしれませんし、国にしても東京電力にしても、積極的にそういう宣伝を流しているわけですね。
で、マスコミはもう取り上げないし、福島の人たちが未だにふるさとを奪われて10数…10万人を越える人たちが流浪化しているという事実を伝えないという中で、皆さんが忘れようとしているわけですけれども、未だに福島原発の敷地の中でも事故は続いていますし、その周辺にいた人々の苦難も未だに続いているわけで、私は忘れてほしくないし、え〜、これからも見守ってほしいと思います。
◆沢田
ありがとうございます。
まあ今年1年もまたよろしくお願い致します。
◆小出
こちらこそよろしくお願いします。
新聞などに、ときどき少し、お米や魚から基準値以上の云々という記事が、掲載されています。まあ一応、ちょこっと、書いておく、書いたからね!、という感じに、思えます。
みんなが忘れて行くならそれが一番いい、みたいな感じです。
先日、一昨年三月の原発の爆発についてのことなど、ある方々が話しておられて、つい私が、そこで話すべきでなかったはずのこと・・・三号機では実際には、核爆発が起こったのだと口から出したら、爆笑されてしまったのでした。
被曝のことについても、相当無茶苦茶な話題として出ていて、何とも言えない思いでおりました。もう、そこでは黙っていました。
自分がおかしいのだろうか。常に常に、その思いがあります。私が「おかしい」のなら、どんなにどんなに、いいだろうと、思います。
私は「おかし」くても、自分で納得しています、だから、笑われてもいい、仕方ない。
いろんなことを、考えています、どうしようもないようなことを。
2013年1月19日、8bitnewsインターネットラジオ【ペイフォワード環境情報教室】第13回目に小出裕章さんが出演されていましたので、このブログでも共有させていただきます。 以下、小出さん出演部分を文字起こししました。
▼出演者
聞き手:ロッキー沢田
ゲスト・小出裕章(京都大学原子炉実験所助教)
▼文字起こしは以下。
第13回目の今日は、京都大学原子炉実験所の小出裕章先生をお迎えして、福島第一原発についてのご意見をいただきました。
◆沢田
今日は、小出先生いらっしゃっています。
よろしくお願いします。
◆小出
よろしくお願いします。
【2号機について】
◆沢田
あの〜、新年初めということですがね、昨年末に福島第一の2号機のほうの温度の上昇についていろんなところで報道されたというのがございましたけれども、この2号機について、現状と今後の見通し、危険性について、もう一度お話いただけますか。
◆小出
はい、2号機の原子炉圧力容器のあちこちの温度が、え〜、昨年の暮れに上昇してきたというデータがあるのです。
で、それがなぜかということで、え〜、従来と同じように2号機の原子炉圧力容器の中には、水が注入され続けていますので、もしその温度の上昇が正しいということであれば、これまでとは別の発熱源が生まれたと考えなければいけないと思います。
え〜、これまでの発熱源は、炉心の中に貯まっていた放射性物質そのものですけれども、それが増えることはありませんので、別の発熱源があるということは、原子炉が再び臨界状態になったということ以外にはあり得ないと思います。
え、ただし、私自身は、原子炉が再び臨界になるということは限りなく可能性が少ないと思ってきましたし、今もそう思っています。
そうすると、温度計が上昇するという物理現象を、ん〜、これだろうという風に推定することはできませんので、私としてはたぶん温度計の故障だと今は思っています。
ただし、まあデータの推移を注意深く見なければいけないという状態です。
【3号機について】
◆沢田
はい、ありがとうございます。
またですね、別の話で3号機っていうのが元々MOX燃料を使っているというところで、1、2と比べてですねぇ、また更に注意が必要か否かというようなところはいかがなんでしょうか?
◆小出
はい、え〜、3号機は猛烈な爆発を起こし、たので、その爆発についても、核爆発ではないかという指摘をしている方もいらっしゃるわけで、3号機が1号機、2号機と少し違う事故の経過を辿ったということは、たぶんそうだと思います。
ただし、MOX燃料というのは、どういうものかというと、元々はウランを原料に使っていた燃料に、プルトニウムという物質を混ぜて燃料にしたというのがMOX燃料ですが、プルトニウムはウランに比べればたいへん危険性が高いものですから、MOX燃料を使うということは、それだけで危険性が増えているということは、確実なのです。
しかし、私は、ウランが核分裂してできる核分裂生成物というものが途方もなく危険なものだと思っていますので、え〜、その途方もなく危険なものの中にプルトニウムの危険がなにがしか加わったとしても、被ばくという意味で大きな危険の増加にはなっていないという風に思います。
え〜、ですから皆さん、MOX燃料を使っていたということで、例えばプルトニウムが大量に吹き出してきたのではないかというご心配をされているかもしれませんが、おそらくあまり関係ないと私は思います。
ただ、事故の経過自身が、1号機、2号機、3号機、すべて、少しずつ違っていますので、3号機独自の危険というものはあった、大きな爆発が起きたとかあったわけですから、もちろんそのことの意味がどうことなのかということは、今後検証しなければいけませんし、これからも3号機の事故の進展が1号機、2号機と違うということはあり得ると思いますので、データをしっかりと見ていくということが必要だと思います。
【4号機について】
◆沢田
それに続きまして、4号機が常に言われているところでありますけども、4号機の今後ですね、あの〜、数年かけてという中で、足場を組んで、キャスクに入れてという中で、取り出すのも難しい、でまた保管する受け手のほうも難しいというような話もありますけど、これについて今後の展望といったらというとこと、あと何ですか体制としてもですね、あの〜、先生からのアドバイスというか、先生は、僕らの願いとしては、先生にぜひアドバイザーとして入っていただいて、もう少し、先生以上にもっといろんな方も集めてと思う中、ずっと東電1社を見守る形で経産省がやってきたというところがあるかと思いますけれど、今後どういう形をとっていけばいいのかというなんか先生の私見も含め、アドバイスをいただければと思います。
◆小出
はい、え〜、4号機の使用済み燃料プールの中には、既に使用済みとなった燃料、つまりもうウランが燃え尽きた、それだけ大量の放射性物質が含まれているという燃料が1331体沈んでいるのです、プールの底に。
その他に204体、まだ燃やしていないという燃料が、プールの底に沈んでいました。
そして、東京電力は、まずは、燃やしていない新燃料というものを、2体だけプールの底から引き出してみたという作業をした、のです。
それは、え〜、もう既に行われましたし、大きな危険を伴わずに、とにかく取り出すことができたということになりました。
しかし、使用済みの燃料というものは、実は吊り出せないのです。
それをプールの水の中から空中に引き出してしまうと、周辺の人々がバタバタと死んでしまうというほどの危険物ですので、新燃料と同じように吊り出すことができない、どうするかというと、私たちがキャスクと呼ぶ鋼鉄と鉛で出来た巨大な容器をまずプールの底に沈める、そのキャスクと呼ばれる容器の中に、使用済みの燃料を入れて、蓋をして、それ〜、そうしたことで初めて水面に吊り出すことができる、そういうものなんです。
え〜、キャスク自体は重さは100トンもあるという、そういう重量物ですので、簡単に吊り降ろしたり吊り上げたりすることができない、え〜、巨大なクレーンが必要だったりするわけですが、既に原子炉建屋は爆発してしまってボロボロになっているし、クレーン自体も壊れてしまって無いのですね。
ですからどうするかといえば、まずはキャスクを吊り降ろしたり吊り出したり出来るクレーンを設置しなければいけない、そのためにはクレーンを支えるためのしっかりした建物を建てなければいけないという、そういうことになっているわけですね。
で、東京電力は今、新しい建物を4号機の壊れた建屋の上にもう一度造り直して、そこに巨大なクレーンを設置して、そして、キャスクを吊り降ろしたり吊り上げたり出来るようにして、それから作業を始めようとしているわけです。
え〜、でも、その作業が始められるようになるまでに、今年の暮れまでかかると言っているわけです。
私はまあそうだろうと思います。
たいへんな作業ですし、時間がかかるだろうと思います。
そして、実際上出来ることはそれしかないだろうと思いますので、え〜、東京電力に一刻も早くその作業を早めてでもやって、使用済み燃料吊り出しを始めてほしいと願います。
しかし、吊り出しが仮に始められたとしても、1331体もある使用済み燃料をキャスクに入れながら吊り上げて、そして別の場所に持って行く、まあ、今東京電力は隣にある共用燃料プールというところに持って行こうとしているわけですけれども、持って行く、そしてまた、次のキャスクを沈めて、そこにまた使用済み燃料を入れて、吊り上げて、それをまた共用燃料プールに移動するということをやるわけですけれども、もう既に4号機の使用済み燃料プールの中には、瓦礫が崩れ落ちて散乱しているのですね。
で〜、まず、その瓦礫も片付けなければいけないし、崩れ落ちた瓦礫で、使用済み燃料が既に破損をしているかもしれない、うまく吊り上げたり、キャスクに入れたりすることができないかもしれないという、そういう状態になっているわけです。
1331体もある使用済み燃料を、完璧に!、外に出さなければいけないというたいへんな困難な作業だと私は思いますし、そのためにまたたくさんの労働者が被ばくをしていくだろうと思います。
ま、注意をしてやるしかないということです。
え〜、その上に、また1号機から3号機の使用済み燃料プールの中にも、まだ燃え尽きて使用済みになった燃料が沈んでいて、それらはどうやって吊り出せるかすらがまだ分からないという状態で、これから何年何十年という苦闘が、被ばく作業と共に続くということになります。
【リスナーの皆さんへ一言】
◆沢田
たいへん厳しいお言葉で、なかなかこう、希望の見いだせるタイミングではないんですけれど、あの私たち国民の意識が段々と遠のいている中ではあるんですけれど、やっぱりこれを持ち続けて、監視し続けて、どうあるべきかということを僕らが考えていって、力にして、やっていくしかないと思うのですけれども、先生からそんな一生懸命考えているこのリスナーの皆さんへ一言アドバイス、エールいただけますか。
◆小出
はい、まあ皆さんもう福島の事故は終わったという風に思ってられる方もいらっしゃるかもしれませんし、国にしても東京電力にしても、積極的にそういう宣伝を流しているわけですね。
で、マスコミはもう取り上げないし、福島の人たちが未だにふるさとを奪われて10数…10万人を越える人たちが流浪化しているという事実を伝えないという中で、皆さんが忘れようとしているわけですけれども、未だに福島原発の敷地の中でも事故は続いていますし、その周辺にいた人々の苦難も未だに続いているわけで、私は忘れてほしくないし、え〜、これからも見守ってほしいと思います。
◆沢田
ありがとうございます。
まあ今年1年もまたよろしくお願い致します。
◆小出
こちらこそよろしくお願いします。
新聞などに、ときどき少し、お米や魚から基準値以上の云々という記事が、掲載されています。まあ一応、ちょこっと、書いておく、書いたからね!、という感じに、思えます。
みんなが忘れて行くならそれが一番いい、みたいな感じです。
先日、一昨年三月の原発の爆発についてのことなど、ある方々が話しておられて、つい私が、そこで話すべきでなかったはずのこと・・・三号機では実際には、核爆発が起こったのだと口から出したら、爆笑されてしまったのでした。
被曝のことについても、相当無茶苦茶な話題として出ていて、何とも言えない思いでおりました。もう、そこでは黙っていました。
自分がおかしいのだろうか。常に常に、その思いがあります。私が「おかしい」のなら、どんなにどんなに、いいだろうと、思います。
私は「おかし」くても、自分で納得しています、だから、笑われてもいい、仕方ない。
いろんなことを、考えています、どうしようもないようなことを。
上善如水
部屋の中には、しゅんしゅんと湯の滾る音。
障子越しに、もうすぐ春、と予感させる柔らかい日差し。
誰も他にいない、私だけがいる世界、なんて贅沢な土曜日のひととき。
で。
で、の意味は無いのですが。汗。
で、老子です。
久しぶりに触れて、はああ、ええなあ、と。
私は、この中国の哲人とは、対極にいる人間だと、かなしいかな自覚しておりまして、だから、老子さまに触れると、何度でもいつでも、ええなあ、と、感じられるのではないかしら。
聖を甘受できるのは、己の俗の部分なのでしょう。
あ。いま、すごくいいこと↑、考え付いた気がする。うふう、うふふ。
以下、老子さまのオコトバより。
河や海が数知れぬ渓流の
そそぐところとなるのは、
身を低きに置くからである。
同様に賢者は、人の上に立たんと欲すれば、
人の下に身を置き、
人の前に立たんと欲すれば、
人の後ろに身を置く。
かくして、賢者は人の上に立てども、
人はその重みを感じることなく、
人の前に立てども、
人の心は傷つくことがない。
--------------------------------------------------------------------------------
自分の心がしっかりと落ち着いていれば、
どんなことがあっても、
深い谷のように、流れる水を
静かに受け入れることができる。
--------------------------------------------------------------------------------
言葉にうまく表現できないものを、
あたかも見てきたように流暢に話せること自体が、
道を知らない証拠である。
--------------------------------------------------------------------------------
つま先立ちする者は、長く立っていられない。
大股で歩く者も、長くは歩けない。
--------------------------------------------------------------------------------
自分自身に満足することができ、
誰とも自分を比べず、誰とも競わなければ、
誰もがあなたを尊敬してくれることだろう。
--------------------------------------------------------------------------------
誰かを深く愛せば、強さが生まれる。
誰かに深く愛されれば、勇気が生まれる。
--------------------------------------------------------------------------------
自分の才知を見せびらかすのは、やめなさい。
たとえ才知があっても、世間一般の人たち、
あるいは常識と同調して生きなさい。
--------------------------------------------------------------------------------
水は丸い器に入れれば丸くなり、
四角い器に入れれば四角になる。
万物に恩恵をあたえながら、
少しも自慢することなく、
つねに低い所へ位置する。
そのあり方はきわめて柔軟で謙虚だ。
それでいて硬い岩でも打ち砕く力を秘めている。
一見、主体性がないように見えるが、
その実つねに低いところへ流れようと
強固な主体性を秘め、
何も為してないように見えながら、
万物に恩恵を与えている。
時には水蒸気となり氷となって、
その姿は臨機応変、自由自在。
人間もかくありたいものだ。
--------------------------------------------------------------------------------
今持っているものに満足し、
ありのままの姿を喜びなさい。
何も欠けていないと悟れば、
全世界が自分のものとなる。
--------------------------------------------------------------------------------
障子越しに、もうすぐ春、と予感させる柔らかい日差し。
誰も他にいない、私だけがいる世界、なんて贅沢な土曜日のひととき。
で。
で、の意味は無いのですが。汗。
で、老子です。
久しぶりに触れて、はああ、ええなあ、と。
私は、この中国の哲人とは、対極にいる人間だと、かなしいかな自覚しておりまして、だから、老子さまに触れると、何度でもいつでも、ええなあ、と、感じられるのではないかしら。
聖を甘受できるのは、己の俗の部分なのでしょう。
あ。いま、すごくいいこと↑、考え付いた気がする。うふう、うふふ。
以下、老子さまのオコトバより。
河や海が数知れぬ渓流の
そそぐところとなるのは、
身を低きに置くからである。
同様に賢者は、人の上に立たんと欲すれば、
人の下に身を置き、
人の前に立たんと欲すれば、
人の後ろに身を置く。
かくして、賢者は人の上に立てども、
人はその重みを感じることなく、
人の前に立てども、
人の心は傷つくことがない。
--------------------------------------------------------------------------------
自分の心がしっかりと落ち着いていれば、
どんなことがあっても、
深い谷のように、流れる水を
静かに受け入れることができる。
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言葉にうまく表現できないものを、
あたかも見てきたように流暢に話せること自体が、
道を知らない証拠である。
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つま先立ちする者は、長く立っていられない。
大股で歩く者も、長くは歩けない。
--------------------------------------------------------------------------------
自分自身に満足することができ、
誰とも自分を比べず、誰とも競わなければ、
誰もがあなたを尊敬してくれることだろう。
--------------------------------------------------------------------------------
誰かを深く愛せば、強さが生まれる。
誰かに深く愛されれば、勇気が生まれる。
--------------------------------------------------------------------------------
自分の才知を見せびらかすのは、やめなさい。
たとえ才知があっても、世間一般の人たち、
あるいは常識と同調して生きなさい。
--------------------------------------------------------------------------------
水は丸い器に入れれば丸くなり、
四角い器に入れれば四角になる。
万物に恩恵をあたえながら、
少しも自慢することなく、
つねに低い所へ位置する。
そのあり方はきわめて柔軟で謙虚だ。
それでいて硬い岩でも打ち砕く力を秘めている。
一見、主体性がないように見えるが、
その実つねに低いところへ流れようと
強固な主体性を秘め、
何も為してないように見えながら、
万物に恩恵を与えている。
時には水蒸気となり氷となって、
その姿は臨機応変、自由自在。
人間もかくありたいものだ。
--------------------------------------------------------------------------------
今持っているものに満足し、
ありのままの姿を喜びなさい。
何も欠けていないと悟れば、
全世界が自分のものとなる。
--------------------------------------------------------------------------------
まとまっていない思いです
中国人女性、Eさんから、プレゼントが届きました。色彩のとても美しい陶板画、お菓子、お茶。
お茶は、ぎゅっと固められていて、大きめの厚めのボタンみたい。薄い紙に一個ずつくるんであって、それが100個、細かい刺繍を施された袋に入っています。
ストーブの上の、煮出し専用のヤカンに、ぽん、と入れて、濃く煎じて飲んでいます。コーヒーみたいに真っ黒いお茶になっても、優しいのど触りです。
暮れに、恒例のクリスマス・カードをくれていて、そこには、こんなことが書かれていました。
<政治のことで、日本といろいろ、困ったことになるのは悲しいです。日本には〇〇さん(私ら夫婦)や学校の時の友達が沢山いて、私はそんな人たちが大切・・・>
私も書きました。政治のことはともかく、Eさんは、いつだって私たちの、忘れがたい中国の友人です・・・。
文化大革命ですべてを奪われ、家族ばらばらになり、そんな中で、勉強したい、学問をしたい望みを持ちつづけて、ちょっとした縁で、私たちが、日本での保証人にならせてもらった人です。
「呉越同舟」のことなりで有名な越地方の出身で、小柄で色が白い美人さんです。来日した頃は、ほとんど笑顔の無い若い女性でした。
誰も知った人のいない日本で、頑張って大学、大学院と卒業した。
始めて大仏殿へ一緒に行った時。
大仏様の巨大さにも驚いていましたが。あちこちをちょこちょこ歩いている鳩を見ながら。
「日本人はどうして鳩を食べませんか」
と首を傾げていた。こんなに沢山いるのに、と目をくりくりさせていた。
夏の熱い夜、アイスクリームをみやげにアパートを訪れたら、上半身、何も着けないで本を読んでいた。暑いですから。服は要りません。当たり前の口調で言われて、なるほど、と思った。
美しい日本語を話し、日本語で論文を書き、同じく留学生だった夫さんと日本で結婚し、一人息子を授かり、その子が小学校に上がる時点で、中国へ帰りました。
子どもは、中国で教育を受けさせたいと。
・・・そのEさん、上海で、しっかりした生活を営んでいるんです。11年の東日本大震災の時にも、丁寧な見舞状をくれました。
「日本人が怒っているとか全く報道されませんが、言論統制があるのですか、規制がかけられているのですか、中国にいるアメリカ人やフランス人は・・・・こんなことを言っています」
と、教えてくれたりしました。やはり国外の人が、本当のことを知っている、と感じました。
去年の年賀の挨拶文には
「息子が私より大きくなって、態度も巨大になって」
と、愚痴めきつつ、嬉しそうに記していた。最後のところに「今度の夫に、そのうち会って下さい」とあり、ありゃまあ、と、びっくりし、お祝いのメールを打ち・・・。
中国製のテレビドラマを、よく見ているのです。
白髪三千丈の国であると言っても、面白いものが多い。
四千年の歴史、と誇る、そんな建造物を、惜しげなく使って撮影されていることも多いようで、いわゆる大道具が素晴らしい。衣装も素晴らしい。画面で見ても、とっても素敵な素材だとわかる着物を、着ているんです、役者たちが。
おそらく京劇の方向から入る人が多いのか(と勝手に考えている)、姿勢がよくて、朗々と声が通ります。
聞き惚れてしまうくらい、セリフがりっぱなの。
・・・なんて、何書いてるのかわからなくなりましたが。
いつも思う。
日本人が「武士道」なんてことを言うように、中国の人々も、過去の中に、今の自分たちが忘れている何かを、求めているのかしらん、と。
などと、スイ~トなことを、つい、考える。
政治のことは、言えるほどわかっていない自分です。だから言いません、言えないが、私の書いた「大切な中国の友人」が嬉しかったと、今度のプレゼントとなったようなのでした。
Eさんはまた、息子さんが、アメリカへ留学したいと言っているが、と、考えを聞いてくらたのです、私は速効、賛成です、それが叶うなら、全く異なる環境、価値観を知るのはいいことだと思う、と、返事をした。
本気で思っていることを。Eさんは、日本へ、じゃないから聞きにくかった、とか言いました、そんなことはどうでもいいこと、と私は、少しだけ苦いものがありつつ、答えた。
かつて、中国の人が、子どもに教育を受けさせたい時には、多く、日本を目指したことを、知っているから、かも知れません。
Eさんジュニアには、広い世の中を見ていただきたい、と、心から、考えたのでした。
私には、おかしなところがあって・・・。
過去の、たとえば韓国や中国との間の悲しいことなど、読んだり見たりしていると、思いが行ってしまうことがあるんです。
私の好きな、とても好きな韓国のあの人を、自分の同朋がひどい目に遭わせていたり。痛いことをしかけていたり。
Eさんみたいないとしい女性が、すごくひどい目に遭ったり。
逆に、私の命みたいな気のする、孫どもが、ひどい目に遭わされたり。
想像して見ると、耐えられない気持ちになるんです。
おかしいですね。
このごろ、なんだか物騒な言葉を、例えば日中間で聞きますと、ぞくんとするんです。
はっきり、違うことは違うと。
そちらさんの言い分は変です、と、思うけど。
軍隊とか、〇〇の覚悟とか、そういうのは、イヤですよう、と、思う、思います。
わが家の娘婿ちゃんは「もし、何かあったら、俺も国のために戦いに行く」なんていうのです、大真面目に言う。
わからなくないけど、そうだろうけど、死んだらあかんから、行ったらあかん、相手をやっちまうのもあかん、とか、ごにゃごにゃ、ダメです、あきません、と、私は、言ってしまっている。
全くまとまりのないことを書きましたが。
このままにさせていただきます。
お茶は、ぎゅっと固められていて、大きめの厚めのボタンみたい。薄い紙に一個ずつくるんであって、それが100個、細かい刺繍を施された袋に入っています。
ストーブの上の、煮出し専用のヤカンに、ぽん、と入れて、濃く煎じて飲んでいます。コーヒーみたいに真っ黒いお茶になっても、優しいのど触りです。
暮れに、恒例のクリスマス・カードをくれていて、そこには、こんなことが書かれていました。
<政治のことで、日本といろいろ、困ったことになるのは悲しいです。日本には〇〇さん(私ら夫婦)や学校の時の友達が沢山いて、私はそんな人たちが大切・・・>
私も書きました。政治のことはともかく、Eさんは、いつだって私たちの、忘れがたい中国の友人です・・・。
文化大革命ですべてを奪われ、家族ばらばらになり、そんな中で、勉強したい、学問をしたい望みを持ちつづけて、ちょっとした縁で、私たちが、日本での保証人にならせてもらった人です。
「呉越同舟」のことなりで有名な越地方の出身で、小柄で色が白い美人さんです。来日した頃は、ほとんど笑顔の無い若い女性でした。
誰も知った人のいない日本で、頑張って大学、大学院と卒業した。
始めて大仏殿へ一緒に行った時。
大仏様の巨大さにも驚いていましたが。あちこちをちょこちょこ歩いている鳩を見ながら。
「日本人はどうして鳩を食べませんか」
と首を傾げていた。こんなに沢山いるのに、と目をくりくりさせていた。
夏の熱い夜、アイスクリームをみやげにアパートを訪れたら、上半身、何も着けないで本を読んでいた。暑いですから。服は要りません。当たり前の口調で言われて、なるほど、と思った。
美しい日本語を話し、日本語で論文を書き、同じく留学生だった夫さんと日本で結婚し、一人息子を授かり、その子が小学校に上がる時点で、中国へ帰りました。
子どもは、中国で教育を受けさせたいと。
・・・そのEさん、上海で、しっかりした生活を営んでいるんです。11年の東日本大震災の時にも、丁寧な見舞状をくれました。
「日本人が怒っているとか全く報道されませんが、言論統制があるのですか、規制がかけられているのですか、中国にいるアメリカ人やフランス人は・・・・こんなことを言っています」
と、教えてくれたりしました。やはり国外の人が、本当のことを知っている、と感じました。
去年の年賀の挨拶文には
「息子が私より大きくなって、態度も巨大になって」
と、愚痴めきつつ、嬉しそうに記していた。最後のところに「今度の夫に、そのうち会って下さい」とあり、ありゃまあ、と、びっくりし、お祝いのメールを打ち・・・。
中国製のテレビドラマを、よく見ているのです。
白髪三千丈の国であると言っても、面白いものが多い。
四千年の歴史、と誇る、そんな建造物を、惜しげなく使って撮影されていることも多いようで、いわゆる大道具が素晴らしい。衣装も素晴らしい。画面で見ても、とっても素敵な素材だとわかる着物を、着ているんです、役者たちが。
おそらく京劇の方向から入る人が多いのか(と勝手に考えている)、姿勢がよくて、朗々と声が通ります。
聞き惚れてしまうくらい、セリフがりっぱなの。
・・・なんて、何書いてるのかわからなくなりましたが。
いつも思う。
日本人が「武士道」なんてことを言うように、中国の人々も、過去の中に、今の自分たちが忘れている何かを、求めているのかしらん、と。
などと、スイ~トなことを、つい、考える。
政治のことは、言えるほどわかっていない自分です。だから言いません、言えないが、私の書いた「大切な中国の友人」が嬉しかったと、今度のプレゼントとなったようなのでした。
Eさんはまた、息子さんが、アメリカへ留学したいと言っているが、と、考えを聞いてくらたのです、私は速効、賛成です、それが叶うなら、全く異なる環境、価値観を知るのはいいことだと思う、と、返事をした。
本気で思っていることを。Eさんは、日本へ、じゃないから聞きにくかった、とか言いました、そんなことはどうでもいいこと、と私は、少しだけ苦いものがありつつ、答えた。
かつて、中国の人が、子どもに教育を受けさせたい時には、多く、日本を目指したことを、知っているから、かも知れません。
Eさんジュニアには、広い世の中を見ていただきたい、と、心から、考えたのでした。
私には、おかしなところがあって・・・。
過去の、たとえば韓国や中国との間の悲しいことなど、読んだり見たりしていると、思いが行ってしまうことがあるんです。
私の好きな、とても好きな韓国のあの人を、自分の同朋がひどい目に遭わせていたり。痛いことをしかけていたり。
Eさんみたいないとしい女性が、すごくひどい目に遭ったり。
逆に、私の命みたいな気のする、孫どもが、ひどい目に遭わされたり。
想像して見ると、耐えられない気持ちになるんです。
おかしいですね。
このごろ、なんだか物騒な言葉を、例えば日中間で聞きますと、ぞくんとするんです。
はっきり、違うことは違うと。
そちらさんの言い分は変です、と、思うけど。
軍隊とか、〇〇の覚悟とか、そういうのは、イヤですよう、と、思う、思います。
わが家の娘婿ちゃんは「もし、何かあったら、俺も国のために戦いに行く」なんていうのです、大真面目に言う。
わからなくないけど、そうだろうけど、死んだらあかんから、行ったらあかん、相手をやっちまうのもあかん、とか、ごにゃごにゃ、ダメです、あきません、と、私は、言ってしまっている。
全くまとまりのないことを書きましたが。
このままにさせていただきます。
中国人女性、Eさんから、プレゼントが届きました。色彩のとても美しい陶板画、お菓子、お茶。
お茶は、ぎゅっと固められていて、大きめの厚めのボタンみたい。薄い紙に一個ずつくるんであって、それが100個、細かい刺繍を施された袋に入っています。
ストーブの上の、煮出し専用のヤカンに、ぽん、と入れて、濃く煎じて飲んでいます。コーヒーみたいに真っ黒いお茶になっても、優しいのど触りです。
暮れに、恒例のクリスマス・カードをくれていて、そこには、こんなことが書かれていました。
<政治のことで、日本といろいろ、困ったことになるのは悲しいです。日本には〇〇さん(私ら夫婦)や学校の時の友達が沢山いて、私はそんな人たちが大切・・・>
私も書きました。政治のことはともかく、Eさんは、いつだって私たちの、忘れがたい中国の友人です・・・。
文化大革命ですべてを奪われ、家族ばらばらになり、そんな中で、勉強したい、学問をしたい望みを持ちつづけて、ちょっとした縁で、私たちが、日本での保証人にならせてもらった人です。
誰も知った人のいない日本で、頑張って大学、大学院と卒業した。
始めて大仏殿へ一緒に行った時。
大仏様の巨大さもさはさりながら。あちこちをちょこちょこ歩いている鳩を見ながら。
「日本人はどうして鳩を食べませんか」
と首を傾げていた。
夏の熱い夜、アイスクリームをみやげにアパートを訪れたら、上半身、何も着けないで本を読んでいた。暑いですから。服は要りません。なるほど、と思った。
美しい日本語を話し、日本語で論文を書き、同じく留学生だった夫さんと日本で結婚し、一人息子を授かり、その子が小学校に上がる時点で、中国へ帰りました。
子どもは、中国で教育を受けさせたいと。
・・・そのEさんは、上海で、しっかりした生活を営んでいるんです。11年の東日本大震災の時にも、丁寧な見舞状をくれた。
「日本人が怒っているとか全く報道されませんが、言論統制があるのですか、規制がかけられているのですか、中国にいるアメリカ人やフランス人は・・・・こんなことを言っています」
と、教えてくれたりしました。やはり国外の人が、本当のことを知っている、と感じました。
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プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
・・・・・・・・・・
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
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