今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

赤いハート


とってつけたように、この日だから阪神大震災のことを書く、というのは控えようと、なんとなく思っていたのですが、とってつけたようでも、少し書かせていただこうと考えました。

あの朝、奈良は震度4の揺れだったとかで、熟睡していた私は、夫に起こされるまで自分の基盤が揺れているのに気付かず、目を開けたら揺れていました。

不謹慎なたとえになります、遊園地の、大きな船がぐいんぐいんと揺れて、そのうち上下はそのままに一回転する、あの遊具に乗せられている気分でした。なかなか揺れが止まらず、これって・・・と、呑気な自分も不安が増大してきた頃、やっと揺れは止まった感じでした。長い時間でした。夫がすぐに、テレビをつけました。

震源地は神戸、マグニチュード7、8。そう、始めは見ました。その数字のもつ意味が、本当には理解できていない自分でした。あの時以前に、地震がこわくて逃げたのは、名古屋にいた小学生の時くらいだったと思う。揺れた時、母が私の手をとって玄関へ出ようとし、たまたま来ていた高齢の祖母が、真剣な表情でよちよち、ついて来たのを、とてもすまない気分で振り向いた記憶があって・・おばあちゃんに、優しい孫などではなかったのでしたが・・。

・・もう、18年も昔のことになるのですね。

当時はまだ元気にいた老母の部屋の、箪笥の上の博多人形が落ちて、そこが布団の上でしたので壊れもせず、わが家はそれだけのことでした。

壊れ物ばかり。90パーセント以上は壊れ物という小店を、あの時期営んでいたので、家は大丈夫と見込みをつけたらすぐに、向かいました。途中、近鉄電車の小さな駅の、ホームに人が溢れかえり、とにかく出勤しようと出て来たのであろう人々が、来ない電車を待ちながら、ある人は駅員にくってかかったり、夢中で少ない情報を交換していたりの姿が見えました。

家を出る前に私がテレビで見た、見て信じがたかった、阪神高速道路が横倒しになっている映像を、見ていない方々だったと思います。

若い駅員は、あちこちから質問攻めになってどうしようもなく、目も眉も吊り上ってしまったような表情だったのを、覚えています。

どうなっているか・・・。

何とも言えない気持ちで開けた店の、中は、ほとんど何の変りもなく。前夜、片付けて締めて出た、そのままの静まりようでした。

ガラスのお雛様を幾種類か、もう店出ししていたのでしたが、そのうちの、丸っこいのでなく、スリムなタイプのお雛様の、内裏様が前へ転んで、烏帽子がぽきんと折れていました。

あと、小さな幾つかは、倒れて欠けたりしていましたが、想像した被害は無かったのです。

その店のあるあたりは、1200年以上、平城京の都のあった当時から道筋の変わっていない、大変強固な地盤だったのです。大家の奥さんが見に来てくれて、そう言って、自分の言葉に感心していた・・。

そんな日にも、お客さんは来て、どこか興奮した雰囲気のまま、小さいものをつまんで買ってくれたりしました。

ほとんど、お客さんはいなかった。朝、子らと母にだけ食べさせて大慌てで出て来て、朝食も食べず弁当も作らなかったので、いったん店を閉めて、お昼を食べに行きました。そんなことを、しようと思ったことも、したことも無かったです。

メニューは特に珍しくも特別に美味しくもないが(すみません)、ご飯も味噌汁もいつも熱く、キャベツたっぷりで出してくれる、馴染みの定食屋へ行きました。

温かいものを、座ってゆっくり、口にしたかったのです。

しかし、現実には、ゆっくりもしっかりも。いつもは店に無いテレビを、客用の卓の一番奥の一つに据えて、そこの奥さんが、わあ、わあ、と、声を出しながらテレビにくぎ付けでした。

日替わりでいいですかといきなり問われて、いいです、と答え、座って、無残な神戸の姿を、見ることになりました。

燃えていた。壊れていた。目の前で新たな火が噴きあがり、傾いでいたビルが、倒れた。ヘリコプターが飛び回りながらあれこれ伝えようとしていた。

画面は、火と、煙と、ぐっちゃぐちゃになっている街と。自宅の方面がまとまって燃え上がっている様子を、口を引き結んで見上げている男性、そばで泣きじゃくる女性。

食堂の奥さんは、わあ、わあ、とわめいているばかりで、これも顔なじみのパートタイムのおばさんが、私の定食を運んで来たのですが、お腹がすいているのに、箸を取れなかった。

かなりの時間そこにいて、ほとんど手をつけなかった食事の代金を払おうとしたら、パートさんが、今日はいいです、と言う。私は、お金は払いたいので、首を振ったら奥さんが振り向いて、どっちみち募金あつめるやろから、せっかくやからもろときます、いつもおおきに、と言ってくれた。

定食屋を出て、少し歩きました。

奈良の町には、通りには人が沢山いたけれど、自分が受けている衝撃のせいでそう感じたのか、なにか、みな、浮足立っているというか、どこかでびんびん興奮している感じがしました。

パチンコ屋の前に、いつものように自転車がぎっしり停まっていて、そこを通る時、不思議な感覚に襲われました。

こんな日にも、パチンコしてるんだ・・・。

後に、家族全員と布団をとりあえずバンに押し込んで、奈良へ逃げ出して来たという人が、

「川超えて大阪へ出た時、ネオンがついていて、パチンコ屋がはやっているのを見て、夢みたいな変な心地になった」

と言うのを、聞いたけど。

どこも、商売だから、お客さんが来なければ従業員の給料も払えなくなるわけだけど、非難の気持ち、というより、ただ、不思議でした。

バレンタイン向けに、ハートの形をしたガラスのかたまりを沢山仕入れていました。ペーパーウェイトというには小さすぎ、軽すぎる。しかしとても美しいルビーレッドのガラスのかたまりで、一個200円ほどのもの。プレゼントに添えるのにもいい、と、500個、仕入れていました。吹きガラスの手作りグラスが好評をいただいている店でもあって。グラスのおともにもいいなあ、と。

赤いハートは、結局、ほとんどを、差し上げることになりました。

阪神方面から奈良へ来ている、と聞くことがけっこう多く、はじめ、ガラスは綺麗だけど今は何も買えないわ、と言われた方に、赤は元気の出る色です、と、押し付けたのをきっかけに。

さまざまな方に、もらってもらった。

あの人は奈良の人よ、嘘ついてハートもらったのよ、と、そういうことも教えられることはあった。でも、いいと思った。

赤いハートは元気の出るハート。あの無茶苦茶だった時期、私自身が、そう思いたかった、信じたかったし・・・もしかして、私の独善に触れて、望まぬ方向に行ってしまった誰かの思いも、あったかも知れない。それはそう、自省しています。

喜んで下さった方がほとんどだった。そう、勝手に解釈しています。

あの時、あの頃、あのハートを、仕入れていてよかったと、今も、思っています。

気づいてみると、私の手には、1個も残っていませんが。

店の中で、いろんな人の、いろんな話を聞いた。一緒に泣いていた、号泣になってしまったこともある。

地震以降、割れ物ばかりの私の店の売り上げは、目に見えて減少したのは事実で、再び上を向くことは無かったです。

今日は、毎年そうですけど、あの地震後に触れ合った一期一会の方々のことを、ふんわりと、思い出していました。

犠牲となられた皆様の、静かな安らかな眠りを、奈良の地から、お祈り申し上げます。



知恵VS常識

こんにちは。

今日聞いて、笑った話。

婦人服を売る店の店員、A子ちゃん。髪は金色くりんくりん。目のまわりはマツゲびっしり、はいてる靴のヒールは10センチ以上。アパレルのスタッフって、働きたいとの応募の時「10センチのヒールはいて一日中立って接客できるか」を訊ねられ、確認されるのです。

笑顔でよく働くA子ちゃん、その日は遅番で、帰りの電車に乗り込んだ時は、夜の10時を回っていた。座ることが出来て、ふうっと息を吐いて、しばらく、夜の車窓を流れる街の灯を、ぼんやりと眺めていたそうです。

同じ車両に、とんでもないボリュームで、なにやら喚いている「酔っぱらいのオジサン」が存在していた。うるさいなあ、と思いつつ、気にしないようにしていたが、だんだん、我慢しがたい大声が苦痛になって来た。

A子ちゃん決断し、すみませんが、と声をかけた。もう少し、静かにして下さいませんか、と、頼んでみた。そういう頼み方のできる子なんです。

オジサン・・さん、は不要ですね、オジ、で充分。

オジは、A子ちゃんを睨み付け、こう言ったとな。

「お前みたいな金髪の女がおるから、世の中めちゃくちゃになるんじゃ」

A子ちゃん、何をっと思った。その顔を見てか、オジは、

「俺~が~うるさ~い~やと~。どれくらいうるさいんじゃあほ。何デシベルあるか言うてみい」

・・・A子ちゃんは、その「デシベル」という言葉を、残念ながら知りませんでした。

よく似た言葉は、先輩のお母さんから何度も聞いて知っていたけど。

・・・ベクレル、なら知ってるけど、違うやろなあ・・・黙ったAちゃんにオジは

「知恵の足らん女が、あたま真っキンキンにしとるんやろお~}

カサにかかって来たそうなのでした。

そこでA子ちゃん、一言。

「うちは知恵が足らんか知らんが、おっちゃんは常識足らんやろ!」

咆哮した。お見事、A子ちゃん。拍手。

ぐっじょぶ!な一言に、それまで「3猿の教え」を遵守していたかの周囲の乗客たちが、何人も、小さくうなずいたのを、A子ちゃんは「ミタ」のだと。

おっちゃんそれから静かになり、A子ちゃんは「やったら出来るんやんか、静かに出来るんやん、もう、おっちゃんはぁ」

と、ちらちら横目を飛ばし、オジサンは静かになったまま、降りて行かれたということでした。

オチも何も無い話ですが、私は、A子ちゃんえらい、よく言ったと、A子ちゃんが可愛くなってしまったのでした。

でも、今の世の中、何があるかもしんないからぁ、とか、要らんことを、言ってしまった自分の「オトナ」模様が、すこしかなしい。


・・・いま、テレビで、金爆。ゴールデンボンバーさんの「SAY YES]ならぬ「SAY NO」なる歌を聴いて、大爆。

みんな、可愛いったら。



それだけのお話。

悲し過ぎます、今度も。

クラブ活動に一生懸命だった少年は、悩んで、悩んで、自分の生を終わらせてしまった。

自死する人の気持ちなど、誰にもわからないとは思うけど。

報じられていることからだけ、想像してみても。

主将を、止めようとか、止めろとか、さんざん迷い、苦しんで、それでも、続けようと努力したのだと思う。

その意志を告げて、顧問教師に言われた言葉が「じゃ、明日からも殴られていいんだな」だった、とか。

沢山殴られて、体の痛みもそうだけど心の痛みが、とか、きいた風なことを言う人間がいる。

そうかな。

殴られたら、痛い。何十発も殴られ続けたら、イヤになってしまう、精神がどうだとか、そんなんじゃなくて、ただ、もう、殴られるのはイヤだ、辛い、という気持ちになるんじゃないかな。

一発殴られたって、忘れられない。そこにこもっている「負」の思いが、全部わかるし。とにかく、痛いし。痛いんですよ。ビンタ張られたら。どうしてそれをするかな。旧の軍隊でやっていたという、それを、いいと思えるかな。。

当たり前みたいに、どうして、人の体を、思いきり殴ったりできるのだろう。大きな体の、強い男が、十七歳の少年を。

愛の鞭って、嘘だ、そんなの。殴ることが普通に、当たり前になってしまっていただけのこと。自分だって痛いんだ、なんて嘘。殴るより殴られる方が、実際、痛いに決まっている。人前でそれをされる、気持ちだって傷つく、見ている誰もが助けてくれない。どうしようもないではないですか。

・・・少年は、主将を続けるんだな、明日から殴られてもいいんだな、と、言われて。

もう終わりだ、もういい。そう、思い決めてしまったのではないかな。

お母さんは、深刻な顔で帰ったとは、おっしゃっていないし。心を決めてしまっていたから、既に抜けてしまっていたんだ、きっと。

可哀そうで、悲しくて、涙が出ます。

クラブを放り出したり、主将の立場を放り出したり。大人が、死ぬくらいなら放り出してもいい、などというような言葉は、わからないんだ、きっと、真面目な、一生懸命な子だったんだ。

可哀そうでたまりません。

顧問も、教師も、みんなみんな、隠せるものなら隠したかった、だから、少年が無念の思いで死んだ後も、黙っていた、嘘をついていた。そしてようやく、いつものように、少しずつ認めて行く、みたいなことになっている。

生んで育てたわが子を、こんな形で失って。嘘をつかれて、ごまかされそうになって。

お父さん、お母さんの気持ちも。

家族に遺書をのこして逝ってしまった、十七歳の命を思うと、ただ、可哀そうで、悲しくて、たまりません。

うどん ドーナツ 牛乳


連休は多分仕事なので(って、なんで言い訳しているのでしょう、わたしは)、今日はバーゲンセールへ行ってまいりました。

近鉄百貨店のバーゲン。服やバッグの買い物ではないです、残念ながら。

わが家は常時六人の家族がおり、まれにもう一つ、口が増えます。米や水や牛乳など、重いものは生協に頼んでいます、かさばる物も。それだけでは賄いきれない食材を、他のスーパーでも調達します。醤油や味噌は、慣れた味のものを使いたいし。

で、毎年二度ほどの楽しみは、近鉄のバーゲン、それも、お歳暮ギフトの、時期を超えた商品の、大放出なのですね。

家族みな、よくコーヒーを飲むのですが、若い人たちは、インスタントでちゃっちゃと作って、まことアメリカンな喫し方。それ用に、瓶が六本とか八本入っている箱を、幾つも買う。これ、うふふ、メーカー品が、半額なのです。それと、日清などの油も、沢山入っている箱を幾つも買う。カートにどっさり積んで、よれよれと、催し物会場を巡ります。

少し欠けている分厚いどんこしいたけ。いいダシの出そうな身厚の昆布の、耳付き。上等のくず粉とか、かなり引かれているそういう物を籠に入れ、ディチェコ(でしたっけ?)のパスタとか、本来はすごっくいい値段の(と言ってもしれてるんですけどね)オリーブオイルを、割安に買う。うふふ。これ楽しい。大好き。海苔も、考え込む値段のものを、いつものより少し高価につくだけなら、こういう時には、買い、だ。毎回出ていて、毎回必ず買うハムも、忘れず取る。

北海道から来ている美味しそうな生鮭、カマに近いとこ、と頼んで買います。白いご飯に鮭は、うちらの食生活の原点ですばい。

と、楽しく浮かれてウロウロして、生鮮物以外は送ってもらうことにして、おやつに蓬莱の豚まん買って(これが愛しきジャンクフード)、今日はそのまま帰りました。

Amazonで本を頼んでいたのが、届いておりました。

「変な給食」幕内秀夫・著。

思いっきりストレートな書名です。

不思議な食べ物や食べ方についての本を読むのが、止まりません。

この本も、う~~~む、と、うなったりもして、すぐに読了。うちの孫どもは、こんな極端な給食ではないな~。これは、断りにもあるように、ある種選ばれて、すごく変、なメニューが挙げられているからだよなあ。

だけど。

皆様。家の孫たちの、小学校の給食は、ご飯が出る日にはほとんどすべて、麦ごはん、なのです。

自分で混ぜるちらし寿司の日も。自分で乗せる何とか丼の時も。麦ごはん。

栄養的には、あり、であろうが、私の感覚では、寿司に麦ごはん、は、いかがなものか、という思いがある。ビタミンB(でしたっけ?)の欠乏を予防する、と・・・しかし、寿司に麦ごはん、は、自分的には、う~~~~む。

・・・など、常々、疑問は抱きつつ、バランス考えて、あれだけの給食費で、牛乳までつけて出して下さっているんだ、と、感謝の方向に、オノレの気持ちを向けるべく、つとめておったのでしたが。

今日来た本に、カラー写真であげられている給食メニュー。

少し、並べさせて下さいませ。各、一食分です。

〇生クリームサンド。やきそば。牛乳。

〇カレーうどん。アメリカンドッグ。小倉白玉。牛乳。

〇黒糖パン。桜エビのかきあげ。みそ汁。牛乳。

〇食パン。あげしゅうまい。おぞうに。スライスチーズ。みかん。牛乳。

〇冷やし中華。原宿ドッグ。牛乳。

〇コッペパン。肉じゃが。みたらしだんご。牛乳。

〇みそラーメン。手作りあんドーナツ。くだもの。牛乳。

エトセテラ、続いて眺めて来て、新潟県の三条市の取り組み、としてピックアップされているメニュー。

〇ごはん。さけとしめじのみそがらめ。いそかあえ。いものこじる。牛乳。

〇ごはん。ホッケのしおやき。ピ-ナッツなます。ぶたにくとさつまいものうまに。牛乳。

・・・などを見て、ほおっと、安堵の思いがこみあげたのでした。

これは自分の感じ方なので批判するとか、そんな気は無いけれど、現代の子どもが、こういう給食で育って、自分の家庭において、無茶な食生活の中で大きくなっているのも、むべなるかな、と、うなずく思いでした。

いま幼い子たちの、親の世代が、すでに、こういう風に育ってきている。

そしてずっと考え続けているのは、やきそばとおにぎりとか、カップ麺とコーラとか、たまの休日ならともかく、全く野菜を摂らない、バランスも考えない、そういう食行動が常態化しているとしたら、放射能の問題なども、ものすごく気にする人々と、全く無関心にスルーして行く人々とは、大きく分かれているのだろうな、ということでもあります。

食に関心が無い、ということは、そういうことでもあるのだろうな、と、勝手に、お節介に、少しだけ(だって「家族の勝手でしょ」らしいから)胸を痛めております。


唐突ですが、教育委員会など要らない、と、わたしも思う。ずっと思っていた。
これ、ひとこと、申し上げたかったです、ふう。


ソナチネさん。

ありがとうございました。

点と点が、うまく結びついて、日本の水が、少しでも、少しでも・・・と、願いますね。



なんもかんも

福島県田村市、楢葉町、飯舘村の3市町村の除染現場。

そこで、ずさんと言うより人体にも自然にも未来にとっても危険極まりない「除染」方法がとられていたことが、今になって報じられています。汚水は回収しないでそのまま流し、集めたものはそこらへ捨てておく。川へもじゃんじゃん、水も物品も流していた。当然海へも流れ込む。

かなりの期間、それを「除染」と称して来た世界がありました。全く意味が無いどころか、環境は劣悪になる一方です。何度も、いやずっと、聞かされるばかりで、しかしどうも出来ず、じりじりして、ただ、アタマの中に声が渦巻いておりました。

どうするんだ、どうなるんだ、どうするんだ、どうなるんだ。

報道ステーションでも、つい最近、取り上げられていたようです。「みんな楽しくhappy♡がいい」で、きーこさんが詳しく書いておられます。

去年、いやすでに一昨年から行われていた「再汚染」でありました。今、やっと表へ、少し、出て来た。

環境省にお灸を据えられたゼネコンは、下へ、下へと(いつものように)責任を転嫁していっている様子ですが。

中の一部は、今までのようでない「除染」を求めて、探って行かれるところも現れています。これを、希望だと、感じてもいいですよね。

現在可能な除染は、完璧なものだとは言えないと思います。言ってしまえば、除染は、実は不可能なことを、出来る限りのことを懸命に行っている、そういうレベルだと、認識しています。

まず、あらゆる意味での核のゴミの捨て場が、無い。

地球上のどこにも、核のゴミを捨てる場所は無いのです。

日本の東北地方にも、ありません。

ずさんなことをしていた業者は、もちろん責められるべきでしょうが(実際に従事していた人々は、「こんなこと、やったら、あかんべ」と思っていた人も多いと言う、その土地に生まれ育ったオジサンが、作業員になっておられて、と~にかく、なんもかんも、しょうが無いんだわ~、と、やっぱり笑って言っておられたのも、この耳で、確かに聞きました。

放射能に汚染されたものたちを、どう、どこへ、ベストではもちろんないが、うんと妥協を含んだベター、として取りあえず、仕方なく、当分は、こう処理しておこうということを、それくらいのことさえ、示さない国。示せないのです。

今日は、こんなことを書いてしまいました。



みんな楽しくHappy♡がいい♪   より。


東日本大震災:福島第1原発事故 除染土、不適正処理か 
環境省、元請け調査へ
毎日新聞 2013年01月05日 東京朝刊

東京電力福島第1原発事故を受けて国が直轄で行っている除染で、
除去土壌や枝葉が川に捨てられるなど不適正に処理されているとの指摘があり、
環境省は4日、実態調査に乗り出した。
事実ならば、放射性物質汚染対処特別措置法に抵触する可能性がある。

指摘があったのは、福島県田村市、楢葉町、飯舘村の3市町村の除染現場。
環境省の除染ガイドラインでは、除染で発生した放射性廃棄物は
飛散防止のため、袋詰めなどの措置を取るよう求め、特措法で不法投棄を禁じている。
しかし、一部の請負業者が、落ち葉などを川や崖下に捨てた疑いがあるとの指摘があり、
環境省は来週中にも元請けゼネコンの現場責任者を環境省福島環境再生事務所(福島市)に呼び、
事実関係を確認することにした。

国は、旧警戒区域と旧計画的避難区域(11市町村)を除染特別地域に指定し、
直轄で除染を行うことになっている。
指摘のあった3市町村のほかに、川内村を加えた4市町村の除染作業を
ゼネコンの共同企業体(JV)に発注。本格的な除染作業が始まっている。

除染方法について、環境省は元請けゼネコンとの契約時に、
特措法や除染ガイドラインなどの規定に沿って実施するよう文書で求めている。
また、環境省は、再生事務所の職員に現場を巡回させ、
適正に行われているかをチェックしてきたとしている。

除染後の廃棄物などを不法投棄した場合、5年以下の懲役か1000万円以下の罰金が科される。
【藤野基文】



4日未明に朝日新聞が報じた直後に環境省は動きました。
メディアは簡単に政治を動かせるのだと強く感じた出来事でした。

http://www.asahi.com/national/update/0104/TKY201301040001.html?tr=pc

<取材動画よりその音声を文字起こし>
飯館村の郵便局近くの放射線量。
高圧水で除染している。
洗浄後の水は排水溝から川へ流れる。
放射線量は最大2.9マイクロシーベルト/hを記録。
除染に使った熊手やチリトリを川で洗浄。
元作業員に話を聞いた。

「ここから熊手でこうおろしてきて」
「おろしてきて川に流すんです」
「くまででこうやるみたいな感じですかね?」
「あのへんで班長が『早く流さんか』、ここら辺の川に来るとなんか胸が痛いですね」
「土のように濁るような感じで流したんで」
「ここに残っていた草木を全部監督が『上げるのがめんどくさいので捨てろ』という指示で
その周辺に作業員が投げ捨てました」
「本来なら袋に入れて、全部トムバックで」
「トムバックってあの黒い?」
「はい、汚染物として処理しなければいけないんですけど、面倒くさいし、時間もかかるし」
「こういう事は日常的に行われているんですか?」
「日常茶飯事です」
「地元の人がこれを知ったらどう思いますかね?」
「地元に人はこれは多分憤られると思いますね、
自分がその逆の立場だったら『ふざけんな!』ってなりますね」


ーーー

1月7日報道ステーション


放射性物質の除染作業に当たって、衝撃的な事実が明らかになってきています。
こちらの写真をご覧ください。
これは除染の作業員なんですけれども、分かりますでしょうか?
この足元の落ち葉をですね、足で川に向かって蹴り出しているんです。
この落ち葉は除染されるために汚染された落ち葉で、
それを川にそっくりそのまま流してしまっているんですね。
このようないわゆる手抜き除染、環境省は今日から実態調査に乗り出しました。

川に直接投棄
手抜き除染次々と・・・


50代の男性作業員は、去年秋、福島県田村市で除染作業に携わった。

除染作業に従事した男性(56)
(2012年)10月の半ばぐらいから、12月の20日ぐらいまで約2カ月間ですね。
“草刈り”の後にそれを集める“集積”ですね、
で、その後にそれを“運搬”する。そういう流れですね。
汚染されている草木ですね。
ま、それを一部川に流すとかですね、
一部ですけれども、そういう事をやったのは、まぁね、事実は事実ですね、はい。

また別の作業員は朝日新聞の取材に対し、現場で詳しいい状況を語った。

作業員:
あの辺で(班長さんが)「早く流さんか」と、
3分の1ぐらいで“土の色で濁る位”の感じの勢いで流した。

この作業員によると、手抜き除染が行われたのは去年11月中旬の頃、
場所は福島県田村市の山中だ。
汚染場所で回収した草木を現場責任者の指示でそのまま川に流したという。
さらに別の現場でも。

福島県楢葉町

作業員:
ここに残っていた草木を全部監督が、
「もう上げるのは面倒くさいので捨てろ」っていう指示で、
その周辺に作業員が投げ捨てました。

Q:こういう事は日常的に行われているんですか?

作業員:日常茶飯事です。


手抜き除染は不法投棄のみにとどまらなかった。
水による高圧洗浄や作業後の片づけでも行われていたのだ。

福島県内で行われてきた手抜き除染の実態。
この写真は田村市で撮影されたものだ。



汚染された落ち葉の塊を足で川に蹴り出す作業員。
この時は一度では落とせなかったため、落ち葉が川に流されるようになるまで何度も蹴っていた。


また、水による高圧洗浄作業でも、



飯館村の郵便局の駐車場を水で高圧洗浄する作業員。
環境省が設けた作業ルールでは、洗浄に使った水は回収することになっている。
しかし、この現場では水は垂れ流され、このまま側溝から川まで達していた。

手元の線量計の数値は一気に跳ね上がり、
最大で1時間当たり2.8マイクロシーベルトを示した。



作業に使った長靴やくまでの泥を川で洗う作業員の姿も。

この事実に今も仮設住宅の暮らすことを余儀なくされている住民は。

福島・田村市(午後6時過ぎ)
住民:
本当に意味が無くなっちゃうね、
除染する意味がないね、川に流されたら。

住民:
我々の期待を裏切ったというか、
安心した形ではやっぱり帰れるとは…言えないんじゃないかな。


福島第一原発の事故による土壌や建物などの汚染。
福島県内の11市町村にまたがる地域は、国が除染を進める特別除染地域になっている。



田村市内では今日も作業が行われた。
本来ならばこのように削り取った土は全て袋に入れて回収する。

福島・田村市(午後3時)


その後仮置き場に運び、汚染が広がらないよう管理しなければならない。
国が負担する除染費用はおよそ1兆700億円にのぼる巨額プロジェクトだ。

何故手抜き除染が横行しているのか?
実際に支持された作業員は現場でこう説明を受けた。

除染作業に従事した男性(56):
通常はきちっとやっていました。
ところが工期が迫ってくるに従ってですね、上の上とかですね、
「仕方がないんだ」と。
「もう間に合わない」
「やっちゃいけない事なんだけども致し方ない」と、こんな感じで(上から言われた)すね。
「こんなことやってお金をもらっていいのかなぁ」っていうふうにですね、思っていた。

この作業員を派遣した会社は5次下請けだった。
実際の除染作業には多くの下請け会社が入っている。
中には元請けの現場監督が指示していたケースもあるという。



手抜き除染の報道を受け、除染作業を管理する福島環境再生事務所は元請けのゼネコン責任者を呼び、
聞き取り調査を行った。

午後8時


福島県環境再生事務所 大村卓所長:
排水について回収できなかったという事例が2件ございました。
場所で言いますとですね、楢葉町の件と、飯館村の件が、えー、それはありました。
調査が不足しているというようなところについてはですね、
調査を指示をいたしました。


実は建物や道路から20m以内で除染を行う本格除染を始めた去年夏以降、
福島環境再生事務所には住民からの苦情が相次いでいた。
そういった声は何故生かされなかったのか?



Q:こういった除染作業についての苦情が実際あったみたいですが、それにどう対応したのか?



大村卓所長:
え、ま、今日のですね、このブリーフ(会見)についてはですね、
あのぉー、…えー、今日呼んだ、呼んでお話をさせていただいた事についての、
ま、ブリーフ(会見)という事なので、
え、あの、必ずしもそう網羅的にですね、
その苦情が、どういう苦情があってどう分析をしたという事は今はやってはおりません!


環境省は今日、「除染適正化推進本部」を設置した。


石原伸晃環境大臣:
不適切なものがあればですね、再発防止していかなければなりませんので、
来週中には省としてもですね、「適正化プログラム」みたいなものをしっかりと示せるように。


スタジオーー

古舘:本当に福島の人は、さらにショックですね、こういう事があると。

三浦:
そうですね。
住民の方にとっては元の生活に戻るための安全管理の話ですし、
これは税金を使っているわけですから、とんでもない事なんですよね。
で、除染というのは残念ながらまだ時間がかかりそうで、
今は住居周辺をやっていますけれども、
ならば今やはりきちっとしたね、管理、監視体制をね、作らないといけないですよね。
で、まァ、私たちはずっと今日経済の話をしてきましたけれども、
株価はアベノミクスの期待で震災前に戻ったと。
しかし今現場で暮らしている方の暮らしがどうかというと、そう簡単にはいかない訳ですよね。
大変なことは今も続いています。
さらにいうと除染というのは、やっぱりこれからね、どこまでやるのか?と。
コストもリスクも含めて、難しい問題で、住民にもいろんな意見があるんですね。
そういう大事な議論をしなければいけない時ですから、
やっぱり除染が手抜きであればね、そういう前提が全部狂ってしまう訳なんですよ。
そこはきっちりと監視してやるような体制をつくって欲しいですね。

古舘:
「山の除染をどうするか」ある意味正直に訴えかける事も勇気をもって必要でしょうし、
そして山から雨や風などによって流れてくるものに対して、ふもと方向に広がっている町に関しては、
「どこまで徹底してやれるか」という問題もあるでしょうし、
こういう事が怒ると必ず、下請け孫請けひ孫請け、
そういう小さいところがやり玉にあがって、上はすりぬけていくっていうケースがあるんで、
許される事じゃないんですね。

三浦:そうですね、お金出して業者任せじゃダメなんですね。

古舘:丸投げはダメですね。


ーーー

最後に古舘さんも言っていたけれど、除染作業も原発作業員と同じ構造で、
1次2次3次・・・・と、下へ行けばいくほど日当は安くなり、待遇も悪くなるんだろうなと思います。
こういう構造自体をまず変えていかなければ、責任を持った仕事という事は望めないのではないか?

また、福島県環境再生事務所 大村卓所長は
「排水について回収できなかったという事例が2件ございました」
と、彼曰くブリーフの中でおっしゃっていますが、
この2件は証拠を握られている2件だけなのでは?と思います。

「環境省が設けた作業ルールでは、洗浄に使った水は回収することになっている」ということですが、
高圧洗浄で洗い流した水を回収している現場を
動画やニュースなどの映像で私は今まで見た事がありません。
本当に、水の回収という事は可能なのでしょうか?
作業ルールを守ってやっている場所はあるんでしょうか?

高圧洗浄の場合は殆どが排水溝から川へそのまま流れて行っているのだろうという事は、
最初から誰もが思っていた事なのだと思います。

アベノミクス(この言葉大嫌い)で、「景気が良くなる」「株価が上がった」と、
どのテレビ局もとても嬉しそうです。
安倍総理の話を聞いていると、これからの兆単位の予算はゼネコン関係にながれ、
何十年も昔の状態に戻ったような気がします。
ゼネコンにお金が流れれば、貧富の差はますます大きくなると私は思います。

そして除染作業員の実態についてですが、
7日未明に福島県川内村・除染作業員の宿舎で火事がありました。
16歳の青年が除染作業をしているようですが・・・これって、法的にいいのでしょうか?














食べること雑感

餌付け・・・笑、大笑。

やさいさん、今年もどうぞよろしく!。

わたしも、まことに「こんなの一部の人の話やろ~」と、思っていたのです。初めにこの著者を知ったのは、何年も前のこと。食卓に、食べるものを、置いておく。パンやカップ麺や、スナック菓子を。それを、子どもたちが、てんでばらばらに食べる、という、雑誌か何かの紹介記事で。おやつでなく、食事。食事と言う概念が、そもそも崩れてしまっている現実が見られる、と。

私は、食べ物について書かれた本が好きで、いっぱい読んでいる気がします。素直に書かれたものが好きです。

もちろん食べること自体が好きで、食べさせることも、好きなのだと思います。自分一人のためには、朝の残り物の味噌汁でおじやを作って(シケた昼飯・・・でも、んまい、けっこう)済ませたりする時も、ちょっと、これも残り物の野菜を刻みいれたりしてしまう。

若い一人暮らしの時にも、しょっちゅう誰かが部屋に来て食べていたし、ジャガイモのキンピラ、なんちゅうもんでも、奪い合って食べるのは美味しかった。自己流で、いろんなもの作ったのは、自分が食いしん坊だったからと思っております。

ほとんど誰にも料理など教わらぬまま結婚して、あれこれ珍妙なものを作りつつ、夫は何でも食べてくれたから、子どもが生まれても、皆であれやこれや、わいわいと食べていました。仲人さんが毎月、用あって来ておられたので、少しかしこまった昼食、覚えようともしました。お寿司をとってもよかったのかも知れないけど・・・仲人さんも、見た目こちょこちょと出すと、食べて下さったし。

やさいさんが「おにぎりと卵焼きだけの」食事を、ピクニックみたい~と、お子さんがたと、楽しく食べておられた話など、こういう話は聞くのも読むのも大好き、嬉しくなります。お子さん、きっと、とっても楽しい気分で、お母さんと、にこにこ、食べてられたと思う。私も、冷蔵庫にまとまったものが無い時、好きな大きなお皿に、少しずつの残り物ででっち上げたオカズを、ちょこちょこ盛って、美味しい特別セットだよ~、って、食べさせ、食べ、していたのを思い出します。後で娘どもも、あのお皿の晩ごはんが好きだったと、言っておりました。
掃除はまるでだめで、ずっと「だめ」なまま来ました、最近はいささか〇に近づいて来ていると自分では思うが、きっとまだ、掃除は得意ではないですね。

掃除や洗い物を放り出しておいて、誰かがしゃべっているのを聞いていました、ずっと。洗濯は、まあね。

本当に、食は基本と思います。

・・・と、こういう感じの話が、通らない世界が現存する、ということに、衝撃を受けています。時間が無いのでなく、つましい食生活を求められるのでなく、ただ、ただ、ここでは子どもに絞って書きますが、子どもの体が食べ物でできているということに、あまりにも無関心、無頓着、無造作であることが・・・。

たまのマック、たまのケンチキ、たまのドーナッツ、たまのカップ麺、種類豊富な冷凍食品、などを、横目で見るのではないの。私も、マックは好きです、フィレオフィッシュが好き。東京の一部では、マックのデリバリーが出現したと知り(1500円以上なら運んで来てくれるらしい、これから広げたいと、マックの社長さんが戦略を語っておられた)、日曜日の朝なんか、ええのお、と、にんまりしてた。

・・・そうじゃなくて・・・。

う~、あの本たちを、ヨンで欲しいぞ。もう、とんでもなく「想定外」な人種が、出現していることが、手間をかけたデータの集積から、見えてしまうの。子どもって、いったい、この方たちの何なのだろう、とか・・・。心身、すかすかの子を、作るつもりなのか?と。

そうなってしまった原因、戦後の日本人の「新しい価値」感が生み出したもの、とか、そこらへんからも考察されていて、奇妙にうなずけるのですよ。

実際、ちょっと意地悪っぽい目が確かにあるんです、アンケートに、素直に応じた一般の人々は、こういった形で取り上げられて書物化されることを、知っておられたのか、とか。

わたしなら、こういう具合に書かれるなら、正直に話すんじゃなかった、とか、感じるかもしれない、という感じは、拭いきれずある、んだ・・・・・。

やっぱり私も、これは、極端な一部の方々の話だと、思いたい。。



しかし。うちの孫息子と、保育園から一緒の彼。ふたつの時から5年生の今まで。

焼きそばと、マクドナルドと、冷凍のたこ焼きしか、食べられない。食べたくないから、食べないという。給食の時間は、歩き回っているという。うちの娘が、自分の子らと一緒に連れて出て、フードコートで何か飲みましょうと勧めたら「俺、メロンソーダでええわ」とぬかしたと。懲りずにつれ出しています。お節介です。

ママは、焼きそばとマックとたこ焼きばかり息子に与え、自分は、フライパンで作るインスタントの「焼きそば」ばかり、幼い娘と一緒に、食べているって、本人に聞いた・・・キャベツ入れると味が薄まるからそのままって・・・あの本の中のセリフと同じ・・・パパは、妻がごはん作らずゲームばかりしているので、ラストの喧嘩ではマンションの窓ガラスぶち割って、出て行って、帰って来ない・・・俺はパパを憎んでいると、言っていたし・・・すっごく彼が、おせっかいにも気になるのですけど、遊びに来ても、まっすぐ椅子に座っていられないで、ぐにゃぐにゃとソファにうずくまっている。ティーテーブルに足を乗せたので、その足をぺちんとしてやったら、切れた、何するんだ、このくそばばあ、と。

くそばばあと呼ばれたら、くそがき、と、お呼びします。

次の時は、泥だらけのソックス、テーブルの上に脱いでいた。いろんなことをやらかしてくれます。ママも、彼を北海道やハワイへ連れて行く祖父母さんも、全く知らない、多分。

で、また、遊びに来る。

先日、引っ越し記念に孫どものお友達に来てもらってカレーパーティしたら、彼も来ました。カレーを食べて、コールスローサラダも、いやいやみたいだが、皆と同じく食べました。やったやん、と言ったら、上向いて、にこっと笑った。最近は、ミックスサンドに「はまって」いるらしいです。

イ ビョンなんとか氏に、顔が似ています。私は、あのビョンはまああったく好きでないが、彼は、なぜだか、どっか可愛い。

最後、激しく脱線しました。

母ちゃんに「餌付け」してもらえる、父ちゃんも子たちも、幸せと思う。

どなたのうたか失念しておりますが、こんなうたがあります。

    しあわせは家族みんながうち揃ひ旨し旨しとものを食ふ時

貧しくても、御馳走でなくても、そうだと、思う。
















今日もいいお天気です。


例年のご親類方のお集まりの「おさんどん」役、二日からの「待ち状態」のひまひまに、夫の実家のキッチンの隅で、けっこう本を読んだり新聞を詳しく読んだりしておりました。

数年前からずっと興味深く読んでいる、岩村暢子さんの著書数冊、読みました。再読も含めて。
「普通の家族がいちばん怖い・・徹底調査! 破滅する日本の食卓」「変わる家族 変わる食卓」「家族の勝手でしょ」「親の顔が見てみたい!」調査  家族を変えた昭和の生活史」

大変面白く、そして大変おそろしい本たちです。著者は、これは特別の人たちのことでない、例外ではない、と、何度も書いておられます。

「栄養のことはあまり考えない、好きなものを食べていれば自然にバランスとれると思う」「お菓子を食べて寝てしまった子が(夜の9時くらいに)起きてしまったので、仕方ないのでカップ麺を作って二人で食べた」「野菜を入れるとイヤがって食べないので、ラーメンにもスパゲッティにもオムレツにも、いっさい具は入れない」「お稽古に連れて行って帰ると(自分が)疲れてしまっているので、買い置きのおにぎりや冷凍のピザを夕食に出す」・・・という類の話が、てんこもりになっている本です。

お箸の持ち方を「教えようとすると私が怒っていなければならず家族の平安が乱れるので、好きなように、スプーンでもなんででも食べさせる」「好き嫌いは給食を食べるようになれば直る」「朝、食べられない子だが、昼には給食があるし」「親がうるさく言うのは(私が)苦痛だが、学校の先生は見ていて食べさせるのも仕事だから」という話もてんこ盛りです。食卓に、パンやカップ麺やコンビニおにぎりを置いておいて、子どもたちは好きなものを食べる。休日、寝坊している親に頓着せず、子どもがコンビニへ行って、朝からケーキだとかスナック菓子を食べてよしとする。残業で遅くなる夫に、駅前でラーメン食べて来てとメールする、コンビニで好きなもの買って来て食べてとメールする。夫は、まあ、怒らないそうです。夫は肉をレタスで巻いて食べさせようとする、と、淡々と他人事のようなコメントも。

食洗機もあるのに、食器を汚したくなくて、皿を出さず広告のチラシを敷いてパンを置く。味噌汁の椀を人数分用意せず、自分は子どもの分を横から取って一緒に食べる、使う。ご飯だってそうして、母と子が、一膳のご飯を回し食いしているとか、びっくり仰天の実態が、とにかく、てんこ盛りで。

書き方がちょっといじわるっぽいかと、始めは感じたりもしましたが「家族の勝手でしょ」という一冊に収められた、膨大な数の「食卓の写真」を見ると、私自身もまったく熱心な主婦でなく、仕事が忙しかった時期には外食も多かったし、手抜きの食卓を自認していたのですが、そんなどころでない「いまどきの食卓」の様子に、う~む・・と。

・・・仕事ばっかりしているわが娘だって、と思うと、人様のことをとやかくは言えません。


帰るまでに読み切れなかった本が、真梨幸子の「インタビュー・イン・セル」去年むさぼり読んだ「殺人鬼フジコの真実」の、後を追って出されている本のようです。あまりこのテの本は読まなかったのですが、とにかく、引きずってくれる。うまいんです、著者が。まだ五分の一あたりで、ゆっくり読書できるのは今日は夜になると思いますが、とっても楽しみです。


やまねさん。

年を越してのお返事になり、申し訳ございません。

本当におっしゃるとおりと思います。

やまねさんにも、今年が、よい年でありますように、と、お祈り申し上げます。

えまさん。

早々に明るいお気持ちをありがとうございます。

すてきな出会いが沢山でいいですね。

どうぞ、今年も、よいお年であられますよう、祈っておりますよ!。

今年の願ひ

新たにも陽は昇るなり傾ける四号機にも粛々と いま



隙間風の入りくる仮設住宅の温きあたりに招(よ)びくれしひと

かきもちを割りてぞわれに勧めます かきもちのごとく固きその手に(Sさん)

生涯を農と炊事(たつき)に過ごし来て避難の今を手の汚れずと(Tさん)

煎(い)れたまふ熱き茶 臓腑に沁みわたる この仮設にて年越すと またも

何をしてかくなりしやと温顔の被災の老女に吾(あ)は黙すのみ

過疎なりし村にセシウム降り降りて来む正月も孫を呼ばずと(Nさん)

二世帯住宅建てしばかりに逃れ来て仮設も言わば新築と笑ふ(Tさん)

仮設住宅出て行く日には杖つきてあるひは棺桶に運ばるるや と(Kさん)

重たかる言葉を吐くに笑顔なりかなしき条件反射のごとく(皆さん)

ほ~んとに夢かと今も目覚めては亡くせし夫の手を求むると(Yさん)

何もかも失くしましたと聞き終へて帰るびょうびょうと風鳴る夜を

何もかも失くしたけれどと笑みましし人に新年の陽よ降り注げ

生きるんだそれでもみんな生きるんだ滂沱(ぼうだ)の涙垂らしつつ行く



出窓にはうすもも色のシクラメンわれにも来たり新しき年

凍るがの濡れ縁に掛けしばし待つこの年の陽の昇る気配を

子らが買ひし家はゆるやけき坂の上 いづる陽、没る陽、見はるかす家

稜線に淡き朱鷺色 思わずも合掌となりて日の出待つなり

常は出さぬ漆器あれこれ惜しげなく据ゑて今年の雑煮を祝ふ

どの地にも地震起こるな津波来るな噴火をするな 今年の願ひ

元日より娘は仕事 子ら連れて婿は実家へ 夫婦のみなり

夫婦のみにて過ごす正月久にして家居に互ひの時もてあます

厳しかりし姑も歳を重ねてはわれを名にて呼ぶ甘ゆるがごと

姑は寿司が好きなり常よりも少し上等の店に誘ふ

元旦に長女が来たり二時間ほど喋りそそくさと仕事に行けり

元旦より竿三本に干しあげし洗濯物踊る よき年にあれ

庭隅の黒き実のなる木にあまた鶯の来てついばみてをる

ハムスターの真珠を思ひぐずぐずと泣く 泣くことは快楽(けらく)に似たる

鶯が四羽いな五羽ばかり来てゐて単純に吉祥と思ふ




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・・・・・

五月雨の露もまだひぬ奥山の真木の葉がくれ鳴くほととぎす

さみだれの つゆもまだひぬ おくやまの まきのはがくれ なくほととぎす
   
金槐和歌集 源実朝


真木は「高野槇」ともいいます


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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