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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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KUONの久遠

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・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

本当にごぶさたしていて申し訳ございません。

冬馬君のいる場所へなかなか帰れず、こういうことになっております。

ご心配は、ありがたいですが全く無用です、元気で機嫌いいです、ただ、まだ、パソ前にいるシアワセまで到達未満でおじゃります。

元気です、お返事書けるようになったら・・もうすぐ、書かせていただきます、よろしくよろしく!。
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よのなかでは、そんな!と、どう考えたらいいのか判らないことが、いっぱい起こっているようです。

石原氏がおっしゃる、核(兵器)のことを考えることも必要だ(つまり持たないと「負ける」という意味でしょう、はっきり)、のお言葉。

過去の閣下はどうか知らんが、お若くダンディでいらして、一見やっぱり石原さん、のようではあるが、はっきりものを言われて、ある種、嫌いでも無かったが、老害、なんて言葉を、ふと頻繁に、アタマに浮かべてしまう今日この頃です。

福島ではやはり、山下メンデレの膝下、内部被ばくをどうやらして測る、なんて機械の方を、端的に結果の出る尿検査より、重んじたい様子。

機械のセッティングや出て来るデータなんか、やりようでどうにでもなるしなあ。1キロ用の秤で、0、何グラムって、測れないし。

どうにでもしたらそれは、医療現場の「良心」とやらの「死」なんだよなあ。

良心、という言葉自体が死語ですか。

私は、そう思いたくないし、思わないですが。思うこともありますね。お子さんたちを、どう考えているんだ・・・でも、こういうことは言えないの。本当に。

また冬が来るのに。

現場ではもう、いろんな作業をするのにも、慣れが固定化されて来ていて、見えない匂わない放射能を、防ぐ手だてもおろそかになっていると聞きます。

なんとも言えないですが。全般的にそういう感じを待っているひとたちが、沢山いますね。


コメントを、沢山いただいていて、とても嬉しいです。


やさいさん。

この六年は、立ち上がって来れた年月であって、ほんとにしんどかったのは、それまでの十年だったと思うんです。

思い出すのもイヤ、というか思い出せない、脳内からイヤイヤ記憶が勝手に消去されたことがあるみたいで、人間ってうまいこと出来ているなあ、と、感心します。

からだが記憶を選んでくれる気がしますね、自分が基本、ノンキなせいもあるかも知れんし。

一つありがたかったのは、ある長い時期に、自分たちがどんなに頑張っても、励んでも、もう少しだ、と到達しようとしても、どうしようもなかったことが続いたのが、いったん、それこそ何も無くなって(家族はいましたよ、でも、家族ってもうダメだ、お手上げだ~と感じる時、一瞬でも「枷」に思えることもあります、一人なら、あるいは二人ならピリオド打てるのに、と思い詰めるようなときに)この六年には、自分たちが頑張ることを、誰も邪魔しに来ない状況になって来ていたので、安心して頑張れたことです。

賽の河原の石積みのように、積んでは崩され、状態だった後。全く前に進みようのなかった時期の後であって、小さくても少しでも、積まれただけは、積めた、と実感できるようになったこと。

そういう意味では、再生の歳月だった気がします。怯えや悪夢や、疑ったり、落ち込んだり、は、ありました。でも、シアワセ方向へ向かっての六年でした。

耳も聴こえるようになったし。

友も得たし。

炊き立てのごはん、すっごく美味しい。

人の優しさが、素直に嬉しい。

すっごく「今日は良い日」です。

あ~~~。私も、伊勢エビ食べたい!。


えまさん。

メールもちゃあんと、届いております、心配要らんがな~。笑。

それがね。

別れて来た家は、私にはもう過去の家なの。

初めから、自分の家、という感じではなかったの。ほうほうの体、という風に逃げ込んだ時の気持ちが、けっこう生々しくて・・・んん、理由は自分にもわかりません、ただ、もう、出て来た家、なんですよ。後ろにあるの、既に。

淋しくはないの、だから。

あそこですることは全部したなあ、という気がするし。ありがとうねえ、だけかも。

深紅の薔薇は、昨日も咲いていて、あの薔薇との別れはいささか、ちょっと、でしたが、自分が植えた花でなく、いったん、数年、見て楽しませてもらった、という気分です。

庭仕事もしない無精者だからかなあ・・・。


ようこさん。

<震災後、銀行に何度も>・・・。

辛かったでしょうね。

ずっと、頑張って守って行こうとされていたものを、あのことがあって、お先真っ暗、激しい揺れの恐怖を体に残しているのに、しなければならないこと、のために、出向かなければならない。

どこで何をして生活して行けばいいのか。政府も東電も、誰も何も教えてくれなかったですよね。

一人で、思いつめるしかない、思いつめても答えなど出て来てくれない。

競売にかけても、このあたりは売れないから、と銀行が言って、だから、今でも住んでおられる。

あっという間に、資産が資産でなくなった。

仕事を続けて、女一人で暮らして行く土台だった場所が「売れない」から、と。

なんということだ、と、人様のことながら思いはふつふつします。

一つ、ようこさんに謝りたいのは、事務所を借りた時に、

「なんか傾いてる家だけど、部屋は二階にもゆうにあるから、今度地震があったりしたら・・・」など、申し上げたのに、その「事務所」を、こんなにも早々と引き上げるので、調子のいいこと言ったみたいになった気がして、それは、ごめんなさい、と言いたいです。

とにかく、お仕事、ぼちぼち、頑張りましょ、お互い!。


yuutaさん。

いつも体を気遣って下さってありがとうございます。

庭はね、好きな庭でした。

紫陽花の木が七本・・・その季節は好きでした、いろんな種類の紫陽花で。

クロッカスの可愛い花も好きでした。椿も、赤いの白いの、桃色の。アイリスの花も毎年咲いてね。しゅっと、鋭いたたずまいで。

木犀も、香っていたらしいけど、私は匂いがわからない、金木犀って、薫りがわからないと、ほんとに地味な花なんですね。

百日紅の花がこぼれている情景、いま、名前を度忘れしたけど、プロペラみたいな・・あ、ハナミズキだ、思い出した・・も、季節を告げてくれました。

家を借りる時の条件は・・いろいろおまけしてもらったには理由があってね。

特に書くべきことでもないのでしょうが、出て欲しい時には出て下さい、だったのです、あちらのご家族のご都合で。

で、それも落ち着かないし、孫どもの学校のことも考えて、次女夫婦が、家を買うことに踏み切ったのでした。

好きな庭でも、人のものなら、別れなければなりません。

明るく別れを告げたかったし、そうできたと満足しているので「惜しい」と思わないでくださいね。

思うのはいいけど、もう、私には、言わないでくれると、ありがたい。

別れには弱いのよ、本当は。おセンチです、きっとわたし。

でも、思いを向けて下さっていること、ありがたいと思っています。





化粧もせずに走り回っていた日々にも、いくらか落ち着きが戻って来た感じです。

今日は朝から住所変更などしてまわり、法務局へも行き(会社の住所変更・・登記簿の変更を、自分でするつもり、なぜなら、すごっく安くあがります。笑)。聞けば何でも教えてくれます。

そして先ほど、六年間お借りした家の鍵を、持ち主さんにお返ししました、ホッとしました。

できるだけ頑張って磨いて、でも、台所のガス台の下は、ちょっと後悔の残る状態かな・・・。ムコ殿が大馬力で、がんがん頑張ってくれて、きれいにお返しできました。

一年中咲いてくれる大輪の深紅の薔薇ともお別れ、金木犀、椿、何本もあるいろんな紫陽花、小手毬や樺の樹、みんなさよなら。

春が来れば咲き盛るラッパ水仙、ふつーの水仙、クロッカスやアネモネや、楽しませてくれてありがとう。

この家に、私たち、追われて来たのです。

我が家を競売で落とした、と現れたオジサンに、いきなり、いつ出て行ってくれまっか、と問われて、う~、二週間後に、と答えた。

まあいろいろありましたがとにかく、大きすぎて(現代では、です)借り手のつかなかったという家を借りられて、でも車も失くしていたから途方にくれつつ、知人が貸したげる、と言ってくれたトラックをお借りして、荷物を運びました。

まあいろいろありましたが、南向きの広い洋間で、昼間、ぼ~っとしながら、来し方行く末を考え・・・ていたと思う、何も考えていなかったかも。

今の仕事を始めていたから、パソコンは持っていた。

そのパソコンで、ヨンジュンを知りました。




不動産屋がつぶれてしまったので、直接最後にお会いした家主さんに、さっきお礼を言いました。

私達、この家で、やり直すことができました。とても感謝しています、と。

借金はあったがお金が無い私は、家賃を、私は、ダメ元じゃい、と二万円も値切り、一万円でも安くなればありがたいし、でも無理は言わんとこ、と思っていたのですが、あっさり、いいですよ、と、二万円も安くして下さったのでした。敷金も十万円、まけてくれた。どんなにありがたかったか。

娘にお金、借りたのです、あの時。

家主さんは、お役に立てたなら嬉しいです、と仰いました。

詳しくは言われず、もちろん私たちも聞きませんでしたが、六年前とは、いろんなことの事情が変わっている、今は一人でいるんですよ、と、仰いました。

お互い、深々とお辞儀をして別れ、そういう風に最後を迎えられたことを、何かに、誰かに、大きく感謝したい気持ちです。

・・・まだ、事務所が残っています。

初夏に借りたばかりの事務所ですが、結局、お返しすると決めまして。

・・・どんどん、傾いて来ているんです。目まいのすることも。だから、決めました。もったいないということもありますが。

で、こんな悠長なことを、だらだら書いている自分を、自分のどこかがチクチク刺すんです。

この「チクチク」のわけを、言葉ではどうも表現できません。

とにかく、できることを、ぽこぽこと、少しずつ、して行こう。そう、思うんです。







こんばんは。

いま、マイ・パソ「冬馬」君と別居中で、なかなか傍にいられません。

で、ふたたび一緒になれたら、あーだこーだ、時の過ぎゆくままに・・・じゃなく、つれづれなるままに・・・そんなに変わらないか・・・書かせていただきたいです。

また、ぜひぜひ、読んでいただきたく、お願い申し上げます、もう少し経ったら。

ケータイからブログを打つって、私には、いまのとこ、キリマンジャロ登山くらい、難しいことなのであります・・・しゅん。

励ましや助言をありがとうございます。

家は無事移りましたが、まだまだ、なかなか。自宅、工場、事務所、引っ越し先、と、四つのポイントをうろうろしていて、まだまだ、なかなか。

この引っ越しでこそ、自分の思う片付けようを、なんぞ考えておりまして、時間がかかりそうです。もう、事務所も要らんかな~、とも、考えが湧いて来て。ものを捨てて身軽にしても、うろうろは、こたえるしな~。


六人で住んでいた、その六人ごと、移った・・・ぢいさんと二人の日々は、まだまだ無理どす。そんな日が先に来るのかいな・・・来ても来なくとも、よし、って感じ。

そのときどきを精いっぱいに、と、思っています。

ゆっくりまた、書かせていただきます。

・・・先日書いた、ようこさんの民宿「はまや」さんのタオルの文字が。

ほんとは「うまい魚ときれいな海」でした。今日、見て、あちゃー、と。失礼しました、お許し下さい、ようこさん。

こんばんは。

yuutaさん、誰が何を言った、でも、かんけーないこと、でも、よろしいのよ。でんでん(全然)気になりません。

私は呑めないし、=、酔っ払って何か書くってことは無いので、時々いろいろ、ムキになることはあります。

悲しいくらい(この使い方は恥ずかしいが!)いつもシラフなんですわ。

呑めたら楽しいだろうな、クダまいてうんと誰かを困らせてやれるだろうな、と、アコガレつつ、下戸を通しております。

他のもので酔っ払います。

美しいものが好きです。醒めないままで、何年も。ええねえ、これ・・・。


ダイスケさん。

おお!。

男性からのコメントは初めてです、ちょっとべっくらしましたよ。ありがとうございます。

ブログ、訪問させていただいて来ました。

私は、おいしいものを食べるのは大好き、胃袋の容量も伸縮自在でございます。料理は、毎日こてこてはできません、うんと手抜きの毎日で、思い立つと(立てると)けっこう、ムキになって作ります。

美味しいでしょう、ね、ね、と、旨い、の一言を強制する迷惑な人間ですわ。

読んで下さって、ありがとうございました。けっこう、怒ってることも多いですが、これからも読んで下さると、とっても嬉しいです。


えまさん。

浅川マキの話題の時もそうだったけど、けっこう個性の強いお方の歌を聴いておられるようですね。

内緒の話するわ・・・こしょこしょ。あのねえ、yuutaさん、あんなん言うても、曲の名前判らんかったら、少なくとも私にはわからんでしょ。

自分ばっか、いいもん聞いて、見て、ね。

今度どっかで、こっそりイヂワルしてあげようっと。

楽しみ~~~。


・・・しらふで、酔っ払ったみたいなことを連ねて、失礼しました。

今宵はこれにて・・・バルサン焚きに行かなあきませんのよ。




こんばんは。

ご無沙汰で申し訳ございません。

お昼ごはんいただいている時、わが国の文部科学省の大臣さんであられる、げすな嘘つきのおばちゃんが、あーだこーだ言葉を汚しているのを耳にしてしまい、かぶりついていた、好物の厚揚げが、なんだか苦くなってイヤでしたわ。ほんとほんと。

手の、親指の付け根のとこが両方、少し痛くて、こーゆー時はあまり酷使しないでおきます、甘やかしてやります。

でも、お返事書きたくて。遅れましたが。

sarahさん。

わたし。。。内田樹先生の書いておられることが、一度読んだくらいでは、理解できないんです。いつもそーなんです、イヤなんではないです、ただ、よ~く考えて読んでも、あまりわからない・・・

でも、一所懸命、わかりたかってね、何度も読んでみました。

そして。大好きなフィギュア・スケートを観ていて「町田樹」くんの名が、呼ばれるたび、ああ似てる、名前が似てる、と、すごく小さな拍手を、お腹の中でしておりました。

自分のわかる方向のものばかりが、やはり多いので、そうでない文章を読むのも、刺激になりますね。

また、教えて下さい、お願いします。


ようこさん。

ラストがなんか可愛い()・・・「おわりです」、なんてコメントを、ありがとうございます。

もう、北茨城の方は、ずいぶん寒いでしょうか。

一度だけ伺ったようこさんの、平潟の民宿のお風呂用のタオルを、ちゃっかり持って帰っていて、洗って乾かして、畳んで持っているのです。

「きれいな海とおいしい魚」と書いてある、タオルです。それを見ると、胸に、何かが来ます。

引っ越し先にも持って行きます。津波に、何もかもさらわれた、きらきら光る海辺の町を、黙って眺めながら車に揺られていた、あの日の思いを忘れたくないので・・・。

またコメントして下さいね。


yuutaさん。

吉井和哉、さんという人はね。

多分、あの人だと思います。THE YELLOW MONKEYというバンドが、十何年か前にあってね。イエモン、とか呼ばれていた気がする・・そこの、ボーカルだった人だと思います。ほんと、おさるフェイスの人だった気がする・・・無名時代を支えてくれた奥さんと、四人のお子と、別れて、あちこちの女の人と・・・奥さんには、でも、家もお金も全部あげていて、奥さんは、彼を好きだから、嘘をついたりさせるのがイヤだから別れた、とか言っていたと・・・なんで、こんなに詳しいんだよ、わたし

週刊誌で読んだのですよ。まあ、奥さんがそういう方なのはかなり本当みたいです。よそのご夫婦のこと、いいんですけどね、どうでも。

で、自分がぼろぼろだった時に、とか、言うてたんですか。へえええ、とか、思っちゃいました、私。

子ども四人、育てていたら母ちゃんは、ぼろぼろになってたワタシ、なんて口はきけないんだよ、ば~か、とか、すごく柄悪くなっちゃう・・。

どーでもいいこと書いてごめんなさい、yuutaさん。

そーゆー人がなぜか、切ない美しい歌を、つくって、うたって、するんだよね~。

華厳の滝に飛び込んで自死したという藤村操。

「人生は不可解なり」と、最後の言葉を残したそうですが。

どんなにみすぼらしい生でも、生きていればいつか、この時のために生きていたんだ、という美しい瞬間がある、と書いたのは、中島らも。

寒くなって来て、手も足も冷たいけど、こころの中は、ほっこり、いたいものですね、いましょうね。

あれこれ、それなりにいろんなことのある日常の中で。

むかしむかし、学校の試験前になると身辺整理を始めたり、どうしても今読みたい、という本がみつかってしまったり。そういうこと、おありだったではないですか。

ここ数日のわたしが正にそれで、出て行く家のキッチンの、ガス台の周りのあの焦げを、しっかりこすっておかねばエトセテラと、心は逸りつつ。

「冬のソナタ」という韓国のドラマに、再びどっぷりはまり込んで、あの皿のあの部分だけ、なんて見始めたら、止められず止まらず、お目目真っ赤のウサギさん状態になっておりまして。

いわゆる「ヨン様」ブームの最中には縁の無かったそのドラマ、かなり遅れて、視聴することになって、脳天、しびれました。

なんだかストーリーは・・・だけど、なんて気持ちのいいドラマなんだろう、なんて、この「チュンサン」は、なんて、なんて、と、夢遊病のようになっておりました、当分は。

自分のいる世界から、いつの間にやら消え失せていた色彩が、ゆっくりと戻って来る実感がありました。

色彩や、季節の風の匂いや、胸がドキドキする感じや。さまざまなものが、戻って来た。

自分自身を取り戻すタイミングに、合った、と、言ってしまえばそれまでのこと。

50代の終わりで、自分にとっては大きな大変なことが幾つも重なって、続いて、もう終わりだ~という風に感じていた、家族はばらばらだったし、何億円の借金を返す当てなど一ミリも無かった。それだけでない嫌なことが、ある時はまとめてあるのですね。体に不調を感じても医者にも行けなかったし、歯もがたがたになりました。

その中で、当時は見捨てられた子どものようだった孫息子を、守ってやらねばと張りつめていたけど、実は硬く縮こまってしまっていた気持ちが、明るい方へ向いて行く、向いて行きたがっている実感が、あったのです。



今日、見ていた、あのシーン。

自分は「弾けない」と思い決めていた楽器を・・・ピアノを、奏でることが出来ると知って。

飛び切り明るい笑顔で「僕って天才!?」と口走ったミニョン・・・ベヨンジュン。

なんて快い笑顔なんだろう。

この人の顔は、なんて快いんだろう、気持ちいいんだろう、ぐいぐいと、しみこんで来る表情だと思った、嘘の無い顔だと思った。貪るように見ていたかった。


・・・そして私は今日、感じていた。

この笑顔を、ホッと温かいこころに受け止めて、初めて見ていた、あの時。あの頃。

韓国と言う国のことも、ほとんど知らなかった。

知らないままに、憧れに似た気持ちを抱いていた。

ベヨンジュンの国。(当時は)未だ見知らぬ国、いつか行きたい国、なんども行こうと、思いをあたためた国。

日本にもまだ、原発事故は起きていなかった。国と国との関係も、表面上は今のようでなかった。

もし、も、れば、も、たら、も、時の流れの中には無いのだけれど。

あの頃に帰りたい、とは言えないけれど、

あの頃はよかった、のかなあ、と、少しさむい、さびしい気持ちで、考えていました。




山中伸也教授の、文化勲章受章のコメントに

式後の記者会見で山中さんは「科学者にとってはノーベル賞が一つの栄誉かもしれないが、日本国民の1人にとっては、今日のこの日が一番光栄な瞬間であり、感激は一生忘れることができない」と話した。

私の胸の中のホコリをまたもや払って下さり、ありがとうございます、と、思いました。

おめでとうございます。



下は、迷ったけど、実際に聞いた話です。

ドラマかコントみたいな感じで、読んでいとだきとうございます。

出来の悪いドラマ・オア・コントとは承知の上で・・・。


客「どうも~~」

店主(以下・主と表示=カギかっこの位置が、ずれてるとイヤなので)「はい、いらっしゃいませ~」

客「あのね」

主「はい、はい、何でもご用命下さいませ」

客「はあ。ではね、ゼオライトを〇〇トン、下さい}

主「は?   申し訳ございません、なんと仰いましたか?」

客「・・・ここ、ゼオライト売ってるとこでしょ」

主「あ、はあ、はあ、さようでございます、ええと、それを、なんと、仰いましてか?」

客「なんと、じゃない。3000トン、くれと言ってるの。持って帰れないから、送ってもらう」

主「・・・3000トン。ふうむ。それは、確かに、持って帰っていただけませんわ、なあ」

客「支払いは大丈夫。絶対にとりっぱぐれ、させないから」

主「はあ」

客「○○が、買うんだからね、お金は、ばーんと払いますよ。で、いつ、送ってくれますかね、あて先はここで・・・ゴソゴソ・・・な、ここへ、早いとこ、頼みたいんだわ、よそが手ぇ、出して来る前にさ」

主「あのう、お客様」

客「何か?急ぐんだけどね、わたしは。うん」

主「その、3000トンは、すべてお納めするには、数年では聞かないと思いますよ、10年はかかるでしょう」

客「10年!。それダメ。全部、うちへよこして下さいよ」

主「全部って。私どもには、今までのお客様もおられます。うちのゼオライトは、天然のものを発掘しているわけで、それを処理します、品質も様々で、犬や猫や金魚ちゃんの方面にも要りますし、土壌の改良、それから、今般では、飲料水用に使われるお客様もおられます、去年の春からは」

客「ふうん、無理だ、と言われますか、こんな大量注文を。御社も利益のあがる話ですよ」

主「確かに、当方も、儲けさせてもらうかもしれませんが…お客様」

客「はあ。わたし急ぐんですよ」

主「申し訳ございません、しかし、ね」

客「ほお」

主「わたくしども、この頃、こう考えております」

客「ほお、ほお。ポリポリ。ふぁ~あ」

主「ゼオライト、汚しますね」

客「ま、そのために買いに来てあげてるんですけどね」

主「移染、という話ですね。福一で、汚染冷却水をゼオライトに通して。きれいにしたと称して、はじめ、貯めていると称していましたね。わたしども、商売ですから、情報の少しはつかんでおります、口はばったいことを申してすみません、が、もうすぐ2年、この頃は、貯めていた水をどうしているか、言いませんね、そんなに貯めておけるはずが無いですね、当然、どういう形でか、海へ流れ込んでいる、汚染水を通されたゼオライトは、これも貯められているそうですが、貯めるための建物が、原発の敷地内に、次々作られている。そう、聞いてます。汚染水を通されたゼオライトは、汚れたままです。それが、増え続けている。地域の汚染を、除染すると言うが、そこからどうするか、ということをしていないから、汚染は増えて、広がるばかりです。作業着やマスクや手袋、袋も機械も何もかも、放射能に関わるものは、全部、すべて、放射線で汚されて、その量は、おそろしいくらいに膨れ上がっております」

客「え~、おほん、イライラ」

主「私どものゼオライトを、すべて出したら、すべてが汚れてしまう。他の用途に使える分まで無くしたら…半永久的に、そんなことを続けるとしたら、どうなるのでしょう」

客「ウランの?あ、いや、売らんの?」

主「しばらく、考えさせて下さい、お客様に申し訳ないことですが」

客「ふうん、もう一度は、来ると思うけどね」

主「・・・」

客「フン、フン、フンッ、だ」。


・・・あれれ、ドラマにもコントにもなっておりませんな。

どうもすみませんでした。

もう一個、どうしよお~~、と、寒くなる話、こんなのばかりでごめんなさい。



鳥取県の、あるところに、日本では珍しい、ウランの採掘できる場所がありました。

20んん年前のこと。

ウラン、欲しい人が、個人でなくいたのですね。掘りました。

3トンほど掘ったらしいです。

が、そろばん勘定が合わない、ということで、途中で投げ出した。放り出した。

いま、3トンのウランがもたらした、1000倍以上の量の、高放射線量の廃棄物が、そのままになっている。

誰も触れない、何も触れない。

くら寿司のコピーじゃないです。

笑えない話で、申し訳ありません。


胸のほこりを。

ホコリより、誇りが、絶対たくさん、欲しいです。



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