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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

 福島第一原発から北西に14キロ、南相馬市小高区と浪江町の境に、(有)エム牧場の経営する浪江農場がある。
 政府が進める避難区域再編によって、警戒区域にされていた浪江農場まで行けるようになった。原発爆発後もこの牧場に留まり続けている農場長の吉沢正巳さん(58)を、5月末に訪ねた。


 車を降りると目に入るのは、なだらかで広々とした緑の斜面、そこで草を食む茶色の牛の群れ。牛の糞の臭いと鳴き声、ハエやアブの羽音、頬を伝う柔らかい風・・・。
 束の間、心地よさに浸るが、それを破るように、携帯していた線量計の警告音が鳴りだす。
 ここは、第一原発の排気塔が見える距離、事故から1年以上経っても空間線量が4~5マイクロシーベルト/毎時という汚染地帯。300頭の牛も、吉沢さん自身も、激しく被ばくしている。


 この状況の中で、吉沢さんは、牛たちとともに、懸命に生きぬいてきた。吉沢さんは、警戒区域の設定にも、牛の殺処分指示にも従わない。
 避難を余儀なくされている人は10万人に上る。原発事故で家も畑も故郷も失い、政府によって、いま棄民されようとしている。生きる希望を失って、避難民の自殺が相次いでいる。
 吉沢さんは、訴える。「座して棄民を待つのか。待っていても何も起こらない。自ら行動を起こさなければ、何も始まらない」。
 吉沢さんの生き方は、あくまでも一人の人間の選択だが、いまフクシマが直面している厳しい現実の中で、ひとつの説得力のある希望を示していると感じた。

〔以下○は、吉沢さんのお話。筆者の責任で整理・編集した〕

        
12日 1号機の爆発

○3月11日の大津波と大地震、そして夜から原発がおかしくなったよね。
12日の早朝、福島県警の通信部隊が、牧場に入ってきたんだ。深い紺色のワゴン車3台が、赤ランプをつけて。
第一原発の様子をヘリで上空から撮影して、その動画を衛星を介して、県警本部に送るんだと。そのためにここを貸してくれと。「いいよ」ということで、彼らは始めたんだ。
 彼らは、ヘリから、12日午後3時半の1号機の爆発をとらえた。そうしたら、「すぐに引き上げろ、撤退だ」と。彼らは、片づけてすぐに帰るんだけども、そのときに、「とうとう来るべきものが来てしまった。国は情報を隠している。もう逃げた方がいい。われわれは上の命令で撤退するけど、あんたたちもいない方がいい」。そう言って帰っちゃった。
 僕は警察に、「牛が300頭もいるんだ。停電で餌も水も、俺がいなかったらだめなんだ。牛は逃げられないんだ」と、答えた。

放射能の降り注ぐ津島へ

(浪江町の中心部。一時帰宅の車をたまに見かける以外、ひっそりとしている)


○12日の朝からテレビを見てたけど、国や東電からは何の情報もないまま。浪江には2万人の町民がいた。12日の段階で、町の判断で「逃げろ」と、逃げる場所は浪江町の山間部の津島〔※〕となった。約半数の人たちが、津島に固まって逃げるんだね。いやー、みんな逃げたね、ダアーッと。
 津島は、原発からだいたい25キロあるかな。1万人ぐらいの人が、そこで、夜通し焚き火なんかをしながら避難生活をしていた。
 そこに、14日の3号機の爆発があり、そのあと、南の風が吹いたんだね。それが夜になって、急に冷えて、雨が雪になった。ものすごい放射能が津島に流れてくるわけだ。だけどそんなことは何の連絡もなかった。
 でも、やっぱり警察や自衛隊の動きでわかるんだよ。それで、「もうここにいちゃだめだ」ってことになって、今度は、二本松の東和(とうわ)に、全部、ダアーって逃げるわけ。

〔※津島:浪江町津島地区。原発から北西に約25キロの山間部。この地域の上空を、南東の風に乗って、大量の放射性物質を含んだ雲が通過、この一帯でも、もっとも激しく汚染された。政府は、「緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム(SPEEDI)」の試算で津島地区への放射性物質飛散を予測していたが、避難の住民には一切、知らされなかった。因みに、日本テレビの人気番組のDASH村も津島にあった〕

○牧場で爆発音も聞いた

(吉沢さんは、原発が爆発したときも、このようにして自宅二階から双眼鏡で見ていた)

○俺は、牧場の本社がある二本松と浪江農場の間を3~4回、行ったり来たりしていた。
 途中で、検問のお巡りさんが線量計を持っていて、「線量が、通常の千倍ぐらいに上がってる。行っちゃだめだ」と、何遍も止められたけど。でも牛に餌をやりと水を飲ます必要があるからね。
 だから、14日の昼11時の3号機の爆発音も、牧場にいたから直に聞いたよ。
 それから、自衛隊のヘリコプターから、原子炉建屋に向かって放水を始めるということで、それを見たいと思ってね、自宅の二階で双眼鏡を構えていたら、突然、白い噴煙が排気塔の高さまで上がったんだよ。それも、この目で見てしまったね。
 姉と甥が牧場で同居していたんだけど、15日の段階で、千葉の家の方に引き上げてもらった。
 それで、僕は、牧場に一人で残って、300頭ほどの牛に水を飲ませるために発電機を回したり、餌をやったりしていたんだよね。
 でも、もうこの牛は意味がなくなった。商品価値がなくなった。出荷先から断れた。300頭が、全部、経済的な意味はゼロになった。この農場は意味がなくなった・・・。
 300頭の牛が全部、意味なくなったということで、俺は、ガクッと来るわけね。
 それで、どうしようかと考えた。

自衛隊の放水に心を動かされる

○それで、「もう、これは、東京電力に直に抗議するしかないだろう」と考えたわけ。
軽自動車にスピーカーを乗っけて。東電本社の場所は、だいたいわかってたから。
 だけどあのとき、ガソリンがなかったんだよね。もうどこに行ってもガソリンはないから。仕方なく、牧場にある廃車の燃料タンクをドライバーであけて、何とか1台分のガソリンができた。
 そのとき、ちょうど、自衛隊と消防庁の放水活動が始まって、俺は、それにすごく心を動かされた。「たぶん、この作業で、自衛隊の人らは何人か死ぬだろう。彼らが、原発の食い止めるんだ」と。「だけど、東京電力は逃げようとしている」。撤退ということも出ていたから。「よし、俺が行って、抗議しないといけない」と。
 17日の段階で、「よし、東京に行こう」となった。
 浪江の線量が上がってきているということもわかってきて、もう戻って来れないと思って、あそこに「決死救命」とスプレーで書いたんだよ。赤い方はあとから書き加えたんだけど。
 まあ遺言みたいな気持ちもあったりしてね。

俺は浪江のベコ屋だ

 17日の夜に出発して、6号線は通れないことはわかっていたから、4号線の方に行って。自衛隊や警察の車両と何百台とすれ違った。
 たぶん、福島県で最初、一番乗りの抗議活動だろうね。
 東電本社で、「浪江の牧場から来た。停電と放射能で、300頭の牛が死んでしまう。俺はそのことで来たんだ。通してくれ」。
 お巡りに取り囲まれて、突然、俺は大泣きしてしまうわけね。それで、お巡りも困っちゃうわけ。そうしたら応接室まで通されちゃった。でも、私服警官3人が同席だね。何かあったらうまくないと。
 そこで訴えたね。「300頭の弁償を求める。裁判やる。弁償しろ」と。
 それから、もう一点は、「いま大事なことは、逃げるんじゃないんだ。自衛隊と消防庁が一所懸命、戦っているときに、なんでお前らが逃げるんだ。お前らがつくって、お前らが運転している原子炉をどうして止められないんだ。いま大事なことは死んでもいいから水をかけろ。俺だったら死んでもいいからホースを持っていって飛び込んでいくぞ」。
 こいうことを30分ぐらいガンガン攻めたわけ。泣きながら訴えた。そうしたら、応対した東電の総務の人が、泣き出してしまった。


東電から官邸まで

○東電の次は、丸の内警察署にいった。
 「俺はとにかくしゃべりたいんだ。宣伝カーの許可をくれ」と。
 すると、「出せない」というんだよ。
 後でわかったことだけど、16日に天皇のビデオメッセージがあったんだな。そういうときにさ、皇居の周りで、ベコ屋がガンガンしゃべるなんて許せないということだ。だけど彼らは「おまえはたいしたもんだ。えらい。お前の気持ちはわかる。でも許可は出せない。いま津波で人がいっぱい流されて大変なときだ。ちょっとまだ早いんじゃないか」というわけ。
 仕方がなく、そのあと、農水省にいって、「牛を助けてくれ」と。
 それから、原子力安全保安院に行って、「お前ら、いままで『原発は安全だ』と、何を宣伝してきたんだ。お前らのやっていることは“原子力危険保安院”だ。しかも3号機ではプルトニウムを突っ込んで運転しただろう。それが爆発して燃料がふっ飛んだだろう。プルトニウム汚染じゃないか」。
 それから、首相官邸に行った。警備のお巡りさんに、「俺は、枝野さんに会いたいんだ。原発爆発事故のことを、事象といったけど、どういうことなんだ。俺の受けとめとしては、自らの責任がなく、評論家のみたいに言いうのが事象というんだろうと。国策の原子力発電、原発政策、それを国がやってきて、何を事象というのか。枝野に会わせろ」と。
 お巡りさんは、「いや、いきなりアポなしで官邸に来ても困るから出直してこい」。
 でも、「浪江から避難してきているんだ」っていったら、お巡りさんも意外と親切でね。
 まあ、宣伝カーで1週間ぐらい抗議活動みたいなことをやっていたんだけど、なかなか埒が開かない。さあどうするか。ということで、エム牧場の社長らのいる二本松に帰ってきた。

警戒区域設定に従わない

○牛は、社長が、18日に全部、放していた。牛舎に置いておいたら、やがて餓死するのは目に見えているから。放しておけば、なんとかその辺の水とかで生きながらえるだろうということでね。
 俺は、3月23日に、二本松に帰ってきたんだけど、社長が、「浪江農場の牛を見捨てないようにしよう」と言うんだよね。社長は、「牛飼いとして、牛を見捨てられない」と。
 事故当時の3月は牧草も刈れていて食べる物もほとんどなかった。それで、社長と一緒に、相馬のもやし工場から、袋に入ったもやしの搾りカスを、3日に一度、大型トラックで運んだね。放射能がきつかったから、とにかくここにおいて、サッと帰るということを、3日おきにやった。それからずっと餓死させないということで、餌を運んだんだよね。
 でも、だんだん厳しくなってくるんだよね。4月22日の警戒区域設定で、ばっちりやられちゃう。そこら中、バリケードと警察の検問。許可証のない者は逮捕だということが始まってしまった。 
 われわれには許可証をくれないわけ。
 でも、山の裏の方を通って、バリケードを壊して、バリケードをずらしてどんどん入っていった。

 それで、牛はなんとか生きられたんだけど、俺らが牛に餌を与えているということが、新聞報道ででっかくのっちゃうんだ。「河北新報」の記者がこっそり入ってきて書いたんだ。
 それを枝野官房長官が見たんだね。それで国が出した方針は、警戒区域の家畜についての殺処分指示なんだ。農家に、「強制ではないけど、同意の殺処分を求める」と。「警戒区域に立ち入って、餌を与えている農家がいる。非常に危険で許せない」と。
 われわれに許可証はない。でもなんとか入りたい。だから、そういうことを言われると、逆にスイッチが入るわけよ。
 「牛に餌を与えて何が悪いんだ。犯罪でも何でもねえーだろう。おれは牛を生かすんだ。殺処分?絶対に受け入れられねえ」。
 でも、許可証がないから、本当に困っちゃった。結局、お巡りに捕まっちゃうわけ。南相馬警察署で、始末書を書かされることになった。それは書くんだけど、始末書に「二度とこんなことはしません」なんて文句がある。それは受け入れられない。だって牛に餌を与えるわけだから、「二度としません」なんてわけにはいかない。で、「消してしまうかんね」と。そうしたらお巡りが怒ってさ。
 でも、逮捕・勾留なんて、脅かしだってことはわかっているから。
 とはいえ、どうしても許可証がほしかったのよ。南相馬に国会議員が来ていて、相馬野馬追〔※〕の馬とか、ペットの犬猫の救出をやっていた。その先生が南相馬市に掛け合ってくれて、正式に入れるようになった。

〔※相馬野馬追: そうまのまおい。相双地域に伝わる相馬藩ゆかりの伝統行事〕

○爆発事故直後、酪農家・畜産農家は、牛を置いて逃げた。もう、周り中の牛舎で、どんどん餓死し始めるわけよ。俺らは、餌運びをしながら、余所の牛舎のそういう姿をずっと見ていたわけ。すごかった。あっちこっちの牛舎でほぼ全滅状態。水がない、餌がない、人もいない。立ち入っちゃなんない。
 「こんなことは、自分ところではいやだ。絶対に生かそう」ということだったんだ。
 それから、国が殺処分指示を出したあと、いろいろ説明会をやるわけよ。「なんとか同意してくれ。強制ではないけど。入れなくて、面倒みられないんだから、国の方針は殺処分だ」と。それで説明会は非常に紛糾するわけ。
和牛の繁殖農家の人は、結構、牛を放したりしている人がいる。「かわいそうだ」って。おっ放した牛が、やがて、野良牛問題になる。野良牛が秋口辺りから、家を荒らしたり、道路を汚したりして、一時帰宅の人の苦情の対象になる。それがみんな役場の方に行く。役場としては、「国は殺処分と言っている」と。だけど、農家は言うことをきかないし、同意書は出さない。
 餓死させてしまった農家の人は、そこでガクッとひどい挫折感だ。「人の命が第一、家畜を構っている暇はなかった」。だけど、苦しむんだよ。「牛を置いてきてしまった」と。
 殺処分に同意した人も、これまた挫折感を抱くわけ。放してご近所に迷惑をかけられないということで、泣く泣く殺処分の同意書にハンコをつくわけよ。

 300軒の畜産農家、60~70軒の酪農家が、もう牛飼いなどできないくらいの精神的な挫折感の中にあるんだ。
 国は、今日も、どっかで牛たちをとっ捕まえて、殺して、埋めて、という殺処分の作業をやっているよ。臭いものにフタをして、見えないようにする。証拠隠滅だよ。その一方で、原発を再稼働しようとしている。

厄介者の棄民

○浪江、双葉、大熊、富岡というのはチェルノブイリと同じような状態。そこに帰る意味もないよね。そこでコメはつくれないだろうし、地震の被害もひどい、津波の破壊も半端でない。
 浪江町は、原発立地ではない。福島でも発電所のないところ。そういうところが、今回、ひどい汚染をうけたわけ。
 しかもスピーディの情報が隠されて、津島でみんな猛烈な被ばくをしている。原発立地町じゃない、直接には、恩恵をうけない浪江町が、今回一番、ひどい目に合っている。
 その人たちが、迷惑な厄介者として、いずれ捨てられようとしている。避難した10万人の人も、捨てられようとしている。邪魔の者、厄介者、迷惑な土地、迷惑な人たち。棄民政策だよ。間違いない。
 それで、浪江町でも、5人も自殺している人が出ているわけだよ。先日の商店主の自殺が5人目だ。商売もできない、コメも作れない、うちにも帰れない、帰る意味もないしね。

逃げてばかりでいいのか

○いま仮設住宅でも避難所でも、まだ多くの人が、模様眺めをしてる。気持ちが折れて、生きる意味を見出せない。そういう人が大勢いる。自殺する予備軍のような人は、そこここにいるわけよ。町のアンケートを見ると、「死にたい、生きている意味がない」という人がいっぱいいるんだよ。
 それは、模様眺めしているから、そうなっちまうわけね。
 たくさんの農家の人らが、牛をほうり投げて逃げたわけだけれども、それは、正しい選択なんだよ。全くね。あの当時、あの危機的な避難行動の中でさ、誰のとった行動だって非難なんかできないよ。逃げるための精いっぱいの行動だよ。みんな、逃げて、逃げて、逃げまくったんだよね。
 だけど、今後も、逃げてばっかりいていいのか。
 40年間にわたって福島県が、東京・関東の電力供給で協力してきた。水力・火力と全部、東京の方にいっているわけ。日本の経済の繁栄を福島県が支えながら、いま僕らは、絶望的な状況。福島のわれわれは犠牲を被った。これから差別も受けるわけ。「福島県はお断り」と。そこから逃げられないからね。そういう運命と、最終的にはたたかうしかないんだよね。俺はそう思う。

 俺なんかは、余所に行って、畜産業なんてありえないし、自分の生涯の仕事としてやっている畜産業を潰されたわけ。だから、これは、もう残りの人生をかけて、償いを求めて、東電・国とたたかう。それしかないと思っているわけ。こういう原発事故が起きたっていうことでね、これを人生のテーマにして、原発のない日本を目指して考え行動するしかないと思うんだよね。
 そして、もちろん放射能ともたたかう。農業でも、セシウム問題で、県内どころか、それを飛びこした全国の問題に広がっている。魚だって取れない。すべての環境、人生、財産が、みんな潰されたわけよ。汚染について、人間も土地も、よく調査をする必要がある。単に逃げるんじゃなくて、この現場で汚染状態を正確によく調べるということだよ。
 行動なきところに結果などあり得ないし、「少しでもみんなで行動しよう」と言いたい。「東京に行って、みんなの気持ちを東京の人に、どんどん言って伝えようじゃないか」と。「原発事故というのはこういうことなんだよ。他人事ではなくて、子ども・孫の世代のことまで考えて、いま、再稼働をめぐってたたかうときが来ているよ」って。
 東電とたたかう、国とたたかう、放射能とたたかう。そういうことを俺は言いたいのね。
 ずっとこの1年間、大勢の人が生きる意味とか、哲学を考えてきた。行動までできる人はそう多くないし、でもそういう人を少しずつ作りながら進んでいると思うよ。
 僕なんか、学生のとき、学生運動なんかやった方。やっぱりそういう経験をもっている人は、それを生かしながら、先頭に立つべきだと思う。
 かつて70年代に見てきたようなね。俺は、千葉にいたんだけど、成田空港の反対運動だね。それにあのときの学生運動、労働運動。みんなそれこそ実力闘争でストライキでたたかったわけだから。

 そういうものを、いま、このときに再現する。そういう力を背景にしたものが必要だよね。
 「家も故郷も何もかも失った。最後に、みなさん、立ち上がって、いっしょにやろうよ。東京に行こうよ」。そういう力が、福島県に必要なのだと思う。福島県がそういう中心にいかなければと思う。やっぱり誰かがやってくれるだとか、金さえもらええればいいんだとか、そういうのもいるけど、そういうのは、心にも体にもよくないと思うよね。
 浪江の人が、みんな立ちあがって、東電前や首相官邸前に座り込んでということができるようになるところまで、今年は持っていきたいなと。
 そういうことに、残り20年の人生をかける値打ちがあるのだろうと思う。この被ばくした牛たちとともにね。
  
原発事故の生き証人

〔吉沢正巳さん:千葉県四街道生まれ。58歳。千葉の佐倉高校時代、近隣の三里塚で、成田空港建設のために土地収用法で農地を取り上げるということが行われており、友人らと反対闘争に参加。東京農大では自治会委員長も。40年前に父親が、広い土地で畜産をしようと、千葉から浪江町に移住。大学を出てから父親の跡を継ぎ、生涯の仕事として、畜産に打ち込んできた〕


○線量計は、昨年の6月末か7月の最初に、やっと手に入れることができた。当時、15~16マイクロシーベルト(毎時)。事故直後は、もっと高かったんだろうけどさ。現在は4~6マイクロシーベルト(毎時)ぐらい。
 牛たちに餌を運んでいるんだけど、「この牛は売り物ではないし、経済的には意味はない。俺たちのやっていることは何だろう?」ということで、ずいぶん議論になってね。
 それで、「いや、この牛たちは、原発事故の被ばくを正確に伝える生きた証人だ。この牛たちのことを調べれば、被ばくのデータが出る。そういう調査の対象になる」と。そういうことで、大学の研究関係の人とか、いろいろな人が見に来たね。それで「希望の牧場プロジェクト」ということでまとまっていったんだ。
 国は殺処分といっているけど、まだ、100軒近い農家が同意書を出さないんだ。1年経っても、未だに、20キロ圏内に、約1000頭の牛が生きている。
 経済的な意味はないけど、この牛たちは、元気よく草を食べ、子どもを産みながら、東京電力と国にたいして、生きた証人として、抗議している。殺処分指示にも従わない。
 牛たちと運命をともにして、「絶望の地」でありながら、非常に意味があって、影響力があって、人の気持ちを揺さぶるような、深い意味での「希望の地」。それは、簡単な希望ではない。深い絶望の中から、人間として、そこから抜け出すためにやはりたたかうしかない。絶望的状況に負けないために、抵抗するしかないんだ。それは誰のためって、次の子どもたちのため。次の世代のためだよ。みんなで連帯して、たたかおうよ。いまそういうチャンスがきているんだよ、と言いたいんだ。  (了)


警戒区域圏で、被曝してしまっている牛は「経済性の無くなった存在」で、放牧するにしても、その牛のいる場所には人間が立ち入ることが出来ない(高線量だから)、いずれにしても家畜たちは生きて行けない、飢えるか渇くか、死ぬしかない。それは「残酷なこと」であるし・・・もっと言えば、野良牛になった牛たちを、捕まえて連れて行って安価で売りさばいて・・・ということが、都市伝説でなく、現実に行われたことであるので、おそらくそれを防ぐためもあるのか・・・出来る限り苦しめない方法で、殺処分する。これは、持ち主の同意を得て、する。殺された牛は、はじめ、消石灰をまいて、その場に置いたまま、ブルーシートで覆っておく・・・と、されたそうですが、今は違うとも聞きます。

経済性の無くなった牛。

役に立たなくなった牛、ということか・・・。

この動画は、ただただ辛いです。



私はこれ、牛のことばかりとは思えないのですが、この「ベコ飼い」の、普通にまともな日本人のおじさん(崇高なおじさんとも思う)もが、そこのところも、しっかりおっしゃっている。

私は、酪農のことなど、本当に何も知らなかったし、今でもしりませんが、この、まともに考え、まともに行動される方のおっしゃっていることを、何度も読んで、泣きました。

殺処分を受け入れないで、どうするのか。理屈はどんな風にもつくでしょう。去勢は、徐々に行っておられるという。いまの、生まれてきた一代を、生かすのだと。
顔を見ていたら、殺す、という判断に行かないか・・・。

なんで、こうなったのか、こんなに、人も牛も辛いのか、答えるひともところも、無いのですね。

そして、関電の八木社長は「大飯がうまく動いてる、高浜も早く動かしたい」など、言った。

私、関連施設へ抗議に行きました。

結果は、こうだろうな~、という感じでした。許さん。


それと、まったく違う話題ですが、ロンドン五輪の入場式の様子をみていて、ちょっと、淋しい気がしましたんです。

これはまあ、「ハレ」の顔、明るい方の一面とわかりつつ、いろんな国の王様や首相や、夫人たちの笑顔や拍手しておられる様子を見て、つい、うちの国の首相は、ちょっと、ここには、そぐわないなあ、なんでかなあ、淋しいなあ、と、妙な気持になったのでした。





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「被曝した牛は動く瓦礫」

    sarahさんの部屋を訪問して、この言葉に突き当たりました。


この恥知らずな言葉を言ったのは、元農林水産省の役人です

    (このスペースに、うずくまる小牛の写真があります。

    まだ小さな、鼻の濡れ濡れと黒い、かわいい小牛です)。


この子も被曝しています、この子は瓦礫ですか?

でも

瓦礫と言われても、動物たちは一生懸命に生きようとしています

生かそうとしている人たちがいます


http://fukushima-farmsanctuary.blogzine.jp/blog/

(ライブカメラ3号機も、ぜひご覧ください)


助けようとしている人たちがいます

http://ameblo.jp/uchino-toramaru/theme-10035137510.html

そして

家族を安全な処に避難させ、独り福島でがんばっているお父さん

つぶやきの一つ一つが心に突き刺さります


http://boneko.jugem.jp/

あの日から

人も動物も

毎日毎日がんばり続けて・・・

でも

少しずつ追い詰められています

あの日から

福島では

何も終わらず

何も始まっていない

文書URL :http://blog.k-plaza.com/document/344888

       sarahさん、勝手にお借りしてまいりました。

       許して下さいますよね!。

       あの中電の社員さん(役付きの方です)。

       福島の事故で、死んだ人はいませんか。そうですか。

       でも。

       福島では、牛たちが、たくさん死にました。

       飢えて死にました。渇いて死にました。

       そして殺されている。


       たかが牛、ですか。

       たかが牛、たかが魚、たかが田んぼ、たかが過疎の村、

       たかが山、

       たかが海、

       たかが、もの言わぬ、おとなしい・・・・・。

       あなたの中で、あなたは「たかが」の存在では、

       ないのでしょうね。




それでは、意見番号3番の方は20~25シナリオについ意見表明と伺っております。
では3番の方、よろしくお願いいたします。


中電 原子力部 課長級の岡本道明さん(46)
はい、名古屋市在住の岡本と申します。
え、職業ですけれども、中部電力に勤める会社員でございます。
えー、ですが、本日は個人として意見を述べさせていただくために参りました。
え、よろしくお願いいたします。

えー、今ご紹介がありました通りわたくしは、え、20~25%シナリオを選択してございます。
え、今回のように原子力発電の必要性についての論議になりますと、
たいてい安全か経済かの、え、二個対立になることが多くございます。
ま、具体的には、え、「経済成長よりも安全や命の方が大事です」というような論調になります。

しかし私はこの二つを全く別のものだとは考えておりません。
え、世界では、え、貧困で亡くなっていられる方が多数いらっしゃいます。
えー、薬や医療技術があっても、えー、救えないと、
お金がないために救えない命というものが沢山あります。

え、以前、「おにぎりが食べたい」と言って亡くなった方がいらっしゃいました。
これも経済が回って、地域にお金が行きとどいていれば、救えた命ではないかと私は思っております。



え、昨年の、え、福島事故でもそうだというふうに考えています。
えーー、放射能の直接的な影響で亡くなった方というのは、え、一人もいらっしゃいません。
それが、今後、5年10年経っても、この状況は変わらないというふうに考えています。

・・・・
・・・・

あのー・・

いや、中部電力であることは事実です。
しかしこれは疫学のデータから見たらまぎれもない事実です。
それは5年10年経てば分かります!

えー、続けさせていただきます。

えー、じゃあ実質的な福島事故の被害ってなんでしょうか?というと、
これは警戒区域等を設定する事によって、
家ですとか、仕事を失ってしまったり、
あるいは、風評被害ですとか、過剰な食品基準値の設定によって、
せっかく作った作物が売れなくなってしまったりと、
こういう事によって、先行きを悲観して、
えー、自らの命を絶たれてしまったりですとか、
え、体調を崩してしまったりですとか、
えー、生活が立ちゆかないという事が発生しております。

これはまさに経済的な影響が、安全や命を犯してしまった例であるというふうに私は考えています。

私は経済的なリスクが、
命や環境の安全リスクに繋がることとして捉えられていないということを強く懸念しています。

経済が冷え込んで、消費が衰退して、企業の国際競争力が低下してしまえば、
福島事故と同じ事、あるいはそれ以上のことが日本全体で起こるというふうに考えています。

そういう視点で、
私たちは各シナリオのリスクが、どれだけ共有されているかという事を問いたいと思います。

え、放射能の影響に対する過剰反応で、脱原発の論調が席巻されております。
しかしながら、報道されている内容に偏りはないでしょうか?

えー、経済的なリスクを安全に無関係だというふうにして、最初から切り捨ててはいないでしょうか?

わたくしは各シナリオのリスクを全て理解したうえで、
国民がそのシナリオを選択するならば、それは仕方がないというふうに考えています。
でも、それで本当にやっていけるでしょうか?
私は無理だと思っています。

たとえば、再生可能エネルギーのリスク認識、これがどれだけ共有されているでしょうか?
一般的には天候に左右されるですとか、あるいは出力が低いですとか、
電力系統が不安定になるですとか、
こういった問題は、えー、共有されているように感じます。

しかし、もっと見逃せない問題がございます。
それは、お金の問題です。

たとえば太陽光発電になりますけれども、
えー、0%シナリオの場合、
先程の方もちょっとございましたけれども、
昭和55年以降に建築された一戸建て。
1200万戸すべてに太陽光パネルを設置しなければならない。
しかも、このうち200万戸は、えー、パネルを乗せたら潰れてしまうので、
改修が必要な住宅になってくる。
これは資料にあった通りです。
この設置や改修に必要な費用というのは、先程もございましたけれどもだれが負担するんでしょうか?

みなさんそれをご自分で負担するという覚悟はございますか?
もちろん払えない人もいるでしょう。
そういう方達は、国が補てんして下さるんでしょうか?

それは結局税金としてかえってきたりとか、
あるいは、900兆円を超えると言われている国債に、これにさらに上乗せをして、
結局将来の子供や孫たちのために、への、ツケとして残ってしまうという、
こういうことになってしまいます。

それとも電力会社に払わせるという事を考えるのでしょうか?
しかしそれは電気料金として、結局みなさんのところへ返ってくることになります。

そういう覚悟はあるでしょうか?

えー、設備は永遠に使われると思われているでしょうか?
太陽光パネルの寿命は、えー、20年というふうに言われています。
あるいは周辺機器の寿命は10年というふうに言われています。

ということは10年、20年のスパンでこれらを廃棄して、
あるいは再設置すると、こういう事をやっていかなければならないのです。

風力発電はどうか?と言っても、
同じように19兆円ものコストがかかります。
えー、経産省の試算では0%シナリオを選択した場合には、
家庭の電気料金が最大2.3倍になるというふうに言われています。

えー、10%値上げをするという事ですらあれだけの大きな反響があるのに、
それができるんでしょうか?

えー、企業はもっと大変です。
電気料金が1000万円とか1億円とかかかっている産業はざらにあります。
それで国際競争ができていくんでしょうか?

電気をこまめに消すとか、冷房を扇風機に変えるとかで、
えー、何とかなるというレベルではないという事を御認識いただいてですね、

もっと困ったことがあります。
それでは、お金では解決できないという問題です。

えー、太陽光発電の場合新宿の住戸にこれから全て太陽光パネルを付けることを強制したとしても、
2030年に付けられるのは600万戸程度です。
つまり目標の半分。
この差をどう埋めるんでしょうか?

風力の場合は、えー、東京都の2.2倍の敷地が必要と。
そんな広大な土地をどうやって買収するんでしょうか?
そういうメドは立っているんでしょうか?

地熱発電の場合は自然公園ですとか、温泉地の近郊に建てることになります。
これは自然公園を破壊したりとか、
温泉のお湯が出なくなってしまって、温泉を廃業しなければならないと、
そういうリスクがあることをみなさん認識を頂いているでしょうか?

水力はどうでしょうか?
もう開発の余地はありません。

つまり再生エネルギー35%というのは最初から破たんしたシナリオになっています。
結局頼っていくのは火力発電ということになります。

現在どうなっているかというと、
毎日100億円、年間3兆円の資本が火力発電の燃料費として
海外に流出していることをみなさんご存知でしょうか?

もちろん電力会社の経費を節減せよというご意見もあるでしょう。
しかし、火力発電のコストというのは、大半が燃料費なんです。
ですから、電力会社の人件費をゼロにしたところで、
事態はほとんど変わらないという事をご存じでしょうか?

もっと困るのはお金で解決ができない問題です。
今年の初めのようにイランとアメリカがもめて、ホルムズ海峡が封鎖されることが現実になったら、
LNGの2割とか、石油の9割がストップしてしまう。
そうなったらお金をもういくら積んでもダメだということです。

私はとても無理だと思います。
省エネで頑張るという意見もありますけれども、ストーブが販売禁止になるとか、
ガソリン自動車がサカイヤイキ?に乗り入れできないとかいったことを本当にやる気があるんでしょうか?

日本国民の全員にこれが徹底できるんでしょうか?
私は出来ないと思っています。

最後に、公平のために、20~25%シナリオにもリスクがあるという事を申し上げて
話を終わりたいと思います。

ただしそれは原子力のリスクではありません。

再生可能エネルギーを23~30%に引き上げるという、前提が入っているというリスクです。
これは15%シナリオにも言える事なんですけれども、
程度の差こそあれ、財政負担ですとか、せきす・・え、スケジュールが困難であるということ、
用地の買収が不可能であるとか、そういった抱えているものの問題は0%シナリオと同じなんです。
つまり、このシナリオも破たんしたシナリオなんです。
結局最後は火力発電に依存して、中東の情勢が不安なのを、えー、
ヒヤヒヤしながら高い電気料金を払い続ける。
こういう結末は変わらないんです。

わたくしは
35%シナリオがあれば、35%。
45%シナリオがあれば、45%を選択しておりました。
それは、
その方が安全だからです。

提示された選択肢というのは他のリスクに比べて原子力のリスクを過大に評価していると思います。
えー、このままでは日本は衰退の一途をたどると思います。
えー、国民の皆様の冷静なご判断を望みたいと思います。
以上です。




・・・大変長いこの動画の、開始から41分たったころから(0:41)「冷静な」この方の論理が展開されます。

「みんな楽しくhappyがいい」からいただいて来ましたが、このブログ主さんは以下のように書いておられます。

<全部書きだしてみて、
原子力に関してのリスクはないと彼がハッキリ言ったことに驚きました。
福島第一原発の事故は原発のリスクではなく、
自殺された方や避難されている方の苦しみも
その原因は、政府の避難区域の設定と風評被害、高すぎる食品の基準であり、
原子力発電所がばら撒いた放射能とは、全く関係ないようです。
非常にゆがんだ思考回路をじっくりと文字起こししてさらに実感することができました。>

原子力に対してリスクがない。5年~10年たったらわかる、疫学的に言うと、そうだ。

これ、そうなのでしょうか。

違うよ。

初めて知ってからずっと、このこと、真夏の眩暈みたいに落着けないです。



えまさん。

お返事できないでいました。遅くなりごめんごめん。

この方、顔も名前もさらしておられるの、引け目も無く、当然のことを言っている、というお気持ちからでしょうね。

会社にとっては(個人の資格での参加とのことです)優秀な社員さんでしょうね。

永田町界隈のわけのわからんひとなんかより、こちらの方がコワイ、と、私は、感じたのですが。 




秋葉龍一のねごと、というブログから。



再稼働をめぐる会話。

菅「あなたは国民の怒りの対象になっている」

野田「え、そんなことに」

民主党の菅直人氏は名古屋市の講演で、大飯原発再稼働に関して、つぎのような会話を野田首相と交わしたことを明らかにした。(参考資料:朝日新聞7月22日)

菅「野田さん、あなたは国民の怒りの対象になっていますよ。分かっていますか」

野田「え、そんなことになっているの」

この野田の返答に、ぼくは「え、そんなことわからんのかッ」と絶句しながらツッコミを入れた。野田の頭って「え、そんなことになっているの」とこっちがボケたいわ。

この野田という男、鈍いのか、とぼけてんのか。鈍いのなら、どんだけ鈍感なんや。とぼけてるのなら、どんだけ悪党なんや。

ま、どっちにしても、こんなとんでもないオッサンに、国政の長や原発の稼働を任せてる場合やないよ。

以下は想像だけど、ぼくの質問にニッポン国首相は、こんなことばを返すんだろうな。

秋場「野田さん、4号機が傾いていますよ。分かっていますか」

野田「え、そんなことになっているの」

秋場「野田さん、大飯原発や志賀原発の直下に活断層があると専門家が指摘していますよ。分かっていますか」

野田「え、そんなことになっているの」

秋場「野田さん、再稼働しなくても、夏場でも電気余っていますよ」

野田「え、そんなことになっているの」

秋場「野田さん、福島や関東の子供たちの尿から放射性セシウムが検出されていますよ。分かっていますか」

野田「え、そんなことになっているの」

http://akiba1.blogspot.jp/2012/07/blog-post_22.html


・・・それと。

去年、シルバー隊とかリタイヤ組とか、とにかく、若い人に被曝させたくない、自分らが、という尊いお志のおっちゃま方が立ち上がって、ということを、書かせていただきました。

小出先生もそのお一人ですし、知人も。その話です。



73歳「行動隊長」、米国行脚
=収束作業志願に東電拒否-福島第1原発事故
時事ドットコム (2012/07/21-15:28)
 
東京電力福島第1原発事故の収束作業を志願する退役世代の「福島原発行動隊」隊長、
山田恭暉さん(73)が28日、米国へ旅立つ。
東電側の拒絶で目標実現のめどが立たない中、海外で活動の意義を訴え、
日本政府と東電に「外圧」をかけてもらうしかないと判断した。

山田さんは、サンフランシスコ、シカゴ、ワシントンを訪れ、
大学での講演や、地元マスコミのインタビュー、上下両院議員らとの意見交換をこなす。
8月21日の帰国まで、長期の行脚だ。
 
「放射能の体への影響が小さく、技術と経験を兼ね備えたリタイア組が、
若年作業員の被ばくを肩代わりする」。

山田さんの呼び掛けで、昨年4月に行動隊が結成されてから1年3カ月。
現在、正規の隊員とサポート要員計2300人を擁する組織に成長した。

同年7月には、山田さんらが東電の案内で福島第1原発の建屋を視察、
「出番は近い」との期待が高まった。
 
しかし、その後足踏みが続いた。
政府要人や東電幹部と何回も接触したが、政府側は「東電に話は通してある」。
東電からは「今は人手は足りている」と、事実上の拒否回答が繰り返された。
山田さんが限界を感じ始めていた今年6月、
米国の市民団体から「こちらで話してみないか」と誘いがあり、快諾した。
 
今後数十年に及ぶ福島原発の事故収束・廃炉作業は、
政府が直接管理する「ナショナル・プロジェクト」に位置付けるべきだ-。
山田さんは、東電から切り離した独立組織を速やかに編成し、
世界中の専門家・技術者などの全面協力を得る必要があると訴える考えだ。
 
実現すれば、行動隊が現場で収束作業に就ける環境も整うという山田さん。
「米政府を動かして、日本政府に圧力をかけてほしいと、お願いしてこようと思っています。
泣き言みたいだが、現状打開のためにはやむを得ない」と話している。



5/9小出先生のインタビュー(岩上安身氏) 
福島原発暴発阻止行動プロジェクト(シニア決死隊)ということで山田恭暉さんという人が同志を募っている。
若い人に被曝をさせないという趣旨。先日インタビューをした。
2時間ほど話を聞いたが、反響が大きかった。
これを統合本部の会見で東電にぶつけた。東電は松本さんは知らない人だからと一蹴したが、
細野氏は検討すると言った。
東電は渋々検討するとなった。
山田氏は、合理的に考えたら経験のある技術者の自分たちが行くべきだと淡々と語った。
自分たちは死ぬつもりはない
後の世代を生かすために行くと言った。どう感じるか?

小出:
私もその一員なのです。
60人の志願者の中に入っている。

“原発シニア決死隊”に直撃!「現地は想像を超えていた…」
2011.07.16



理事長として陣頭指揮する山田氏【拡大】

東京電力福島第1原発事故の早期の収束を図るため、60歳以上を中心とした元技術者が立ち上がった。
その名も「福島原発行動隊」。
メンバーたちの信念はただ一つ、「汚染された現場では未来ある若者より、われわれ年寄りが作業した方がいい」。
この言葉に世界が感動した。
さっそく原発敷地内にも“突入”。発起人で理事長の山田恭暉(やすてる)氏(72)の目に映ったものは…。
(聞き手・小川健)

 ――山田氏らメンバー5人が12日、敷地内に入った。現場の状況は

 「作業員の大変さは想像を超えていた。ただ、汚染水処理循環システムがひとまず安定し、
安堵感が漂っているように感じた。
劣悪な環境下、あれだけ大きな汚染水浄化処理システムを数カ月で立ちあげたのは称賛に値する」

 ――だが、課題は多い

 「汚染水処理の配管設備は屋外4キロにも及んでいる。やはり仮設の域を出ない。
水処理の専門家がいない中、高濃度汚泥の処理や保管方法も含めて今後数年間、確実に稼働できるのか疑問だ。
また、作業員の所属する事業者ごとに被曝管理をしているが長期的なチェック、
敷地内や周辺の高濃度被曝エリアのモニタリング、ガレキ処理、要員の確保も大変だろう」

 ――本格的な活動はいつから開始する?

 「東電主体の作業はひとまず回っている。
われわれがいつ、どのように作業に関わるべきか、意見はまとまっていないが、
行動隊の目標は若い作業員の被曝の肩代わり。
今月中に理想的な枠組みを提起し、9月中の実働を目指している。
東電の下請けではなく、中立的な立場で動きたい」

 ――組織編成の進捗状況は

 「社団法人格を取得し、しっかりした組織にした。
ただ、広報やマーケティング、メンバーの健康、被曝、情報管理まで運営体制が固まらない限りは前に進まない。
労災保険をかけるためにも、最低限の労働対価を得る契約整備も不可欠になる」

 ――一家言あるベテランたちを束ねるのは難しいようにも思うが

 「われわれは異論を廃さず統一見解を作らない。好き勝手に言い合い、一致したことだけやる。
当然、そこに至るまで議論が展開され、ガンガン異論も出る。
その一つ一つをキチッと討論し、違うと感じた意見に対しては、違っている理由を探すことを徹底する」

 ――理事長は住友金属時代、管理職を断り、技術者であり続けたとか

 「役職に就かなかったのは、組織の利益のためにウソをつくことを恐れたから。
技術屋の本質から外れるマネはしたくなかった。
会社の方針に異を唱えはしたが、実績で黙らせてきたつもりだ。
われわれ60年安保世代は考え方の軸がブレていない人が多いと思う」

 ――それにしても、多くの人が賛同した

 「直接呼びかけたのは2500人だけ。あとは、すべてインターネットやメディアを通じてアクセスしてきた。
いまの規模など想像つくわけなく、ましてやニューヨーク・タイムズに取り上げられることも予測できなかった(笑)。
これだけ大勢の方が反応してくれた以上、責任はとてつもなく重いと思っている」

 ■福島原発行動隊  
住友金属工業で27年間、製鋼やプラント設計などに従事した山田氏が呼びかけて発足。
福島第1原発事故の早期収束を目的とする。
60歳以上の技術者らで構成され、原子炉技術者や東大名誉教授、元自衛官など正会員437人、
賛同・応援者1375人(12日現在)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

去年から今年にかけての記事ですが、事実のつながりです。東電は、こういう申し出にも、ありがとう、お願いします、と言えないのですね。

日々ニュースは移り変わり、私などはのたくたしているですが、東電の下請け会社が原発事故現場近くでの作業員の線量計に鉛の覆いを被せさせていた、とか・・・。そういう話は他にもあって、なにせ、求人をするのに「死んでもいい人」来てくれ、だった・・・。

被曝、ということが、何をどうしてしまうか、国の責任として、きちんと言うべきとずっと思っているけど、今回の長期被曝どころでない、67年前の原子爆弾の影響についてさえ・・・黒い雨が降った、という、その線引きにさえ、明かな態度を示さない、この国が、そんなこと、言う訳ないし。



sarahさん。

六ヶ所村にも、私は住んでいません。ものを言うの難しい。



この場所で、何が出来ても、できなくても。


初めの目的が、まったく達成できなくても。

ここからも、フランスのアレバ社は、ものすごく沢山の日本円=税金からの=を、かっぱいで行った・・・福島でも結局、言っただけのこと、ようしなかった、請求書だけはきちんと・・・だった・・・けど、そんなの関係なく、沢山のお金がこの周辺に降り注ぎ、立派な施設・・・ハコ、が、沢山できた、できている。

その、ここで、子育てしようとする人々が、ほとんど、おられないそうです。

立派な体育館、使う人がいない。

そういう話を、聞いてはおります。


山川草木転(うたた)荒涼(こうりょう)・・・・・






秋葉龍一のねごと、というブログから。



再稼働をめぐる会話。

菅「あなたは国民の怒りの対象になっている」

野田「え、そんなことに」

民主党の菅直人氏は名古屋市の講演で、大飯原発再稼働に関して、つぎのような会話を野田首相と交わしたことを明らかにした。(参考資料:朝日新聞7月22日)

菅「野田さん、あなたは国民の怒りの対象になっていますよ。分かっていますか」

野田「え、そんなことになっているの」

この野田の返答に、ぼくは「え、そんなことわからんのかッ」と絶句しながらツッコミを入れた。野田の頭って「え、そんなことになっているの」とこっちがボケたいわ。

この野田という男、鈍いのか、とぼけてんのか。鈍いのなら、どんだけ鈍感なんや。とぼけてるのなら、どんだけ悪党なんや。

ま、どっちにしても、こんなとんでもないオッサンに、国政の長や原発の稼働を任せてる場合やないよ。

以下は想像だけど、ぼくの質問にニッポン国首相は、こんなことばを返すんだろうな。

秋場「野田さん、4号機が傾いていますよ。分かっていますか」

野田「え、そんなことになっているの」

秋場「野田さん、大飯原発や志賀原発の直下に活断層があると専門家が指摘していますよ。分かっていますか」

野田「え、そんなことになっているの」

秋場「野田さん、再稼働しなくても、夏場でも電気余っていますよ」

野田「え、そんなことになっているの」

秋場「野田さん、福島や関東の子供たちの尿から放射性セシウムが検出されていますよ。分かっていますか」

野田「え、そんなことになっているの」

http://akiba1.blogspot.jp/2012/07/blog-post_22.html


・・・それと。

去年、シルバー隊とかリタイヤ組とか、とにかく、若い人に被曝させたくない、自分らが、という尊いお志のおっちゃま方が立ち上がって、ということを、書かせていただきました。

小出先生もそのお一人ですし、知人も。その話です。



73歳「行動隊長」、米国行脚
=収束作業志願に東電拒否-福島第1原発事故
時事ドットコム (2012/07/21-15:28)
 
東京電力福島第1原発事故の収束作業を志願する退役世代の「福島原発行動隊」隊長、
山田恭暉さん(73)が28日、米国へ旅立つ。
東電側の拒絶で目標実現のめどが立たない中、海外で活動の意義を訴え、
日本政府と東電に「外圧」をかけてもらうしかないと判断した。

山田さんは、サンフランシスコ、シカゴ、ワシントンを訪れ、
大学での講演や、地元マスコミのインタビュー、上下両院議員らとの意見交換をこなす。
8月21日の帰国まで、長期の行脚だ。
 
「放射能の体への影響が小さく、技術と経験を兼ね備えたリタイア組が、
若年作業員の被ばくを肩代わりする」。

山田さんの呼び掛けで、昨年4月に行動隊が結成されてから1年3カ月。
現在、正規の隊員とサポート要員計2300人を擁する組織に成長した。

同年7月には、山田さんらが東電の案内で福島第1原発の建屋を視察、
「出番は近い」との期待が高まった。
 
しかし、その後足踏みが続いた。
政府要人や東電幹部と何回も接触したが、政府側は「東電に話は通してある」。
東電からは「今は人手は足りている」と、事実上の拒否回答が繰り返された。
山田さんが限界を感じ始めていた今年6月、
米国の市民団体から「こちらで話してみないか」と誘いがあり、快諾した。
 
今後数十年に及ぶ福島原発の事故収束・廃炉作業は、
政府が直接管理する「ナショナル・プロジェクト」に位置付けるべきだ-。
山田さんは、東電から切り離した独立組織を速やかに編成し、
世界中の専門家・技術者などの全面協力を得る必要があると訴える考えだ。
 
実現すれば、行動隊が現場で収束作業に就ける環境も整うという山田さん。
「米政府を動かして、日本政府に圧力をかけてほしいと、お願いしてこようと思っています。
泣き言みたいだが、現状打開のためにはやむを得ない」と話している。



5/9小出先生のインタビュー(岩上安身氏) 
福島原発暴発阻止行動プロジェクト(シニア決死隊)ということで山田恭暉さんという人が同志を募っている。
若い人に被曝をさせないという趣旨。先日インタビューをした。
2時間ほど話を聞いたが、反響が大きかった。
これを統合本部の会見で東電にぶつけた。東電は松本さんは知らない人だからと一蹴したが、
細野氏は検討すると言った。
東電は渋々検討するとなった。
山田氏は、合理的に考えたら経験のある技術者の自分たちが行くべきだと淡々と語った。
自分たちは死ぬつもりはない
後の世代を生かすために行くと言った。どう感じるか?

小出:
私もその一員なのです。
60人の志願者の中に入っている。

“原発シニア決死隊”に直撃!「現地は想像を超えていた…」
2011.07.16



理事長として陣頭指揮する山田氏【拡大】

東京電力福島第1原発事故の早期の収束を図るため、60歳以上を中心とした元技術者が立ち上がった。
その名も「福島原発行動隊」。
メンバーたちの信念はただ一つ、「汚染された現場では未来ある若者より、われわれ年寄りが作業した方がいい」。
この言葉に世界が感動した。
さっそく原発敷地内にも“突入”。発起人で理事長の山田恭暉(やすてる)氏(72)の目に映ったものは…。
(聞き手・小川健)

 ――山田氏らメンバー5人が12日、敷地内に入った。現場の状況は

 「作業員の大変さは想像を超えていた。ただ、汚染水処理循環システムがひとまず安定し、
安堵感が漂っているように感じた。
劣悪な環境下、あれだけ大きな汚染水浄化処理システムを数カ月で立ちあげたのは称賛に値する」

 ――だが、課題は多い

 「汚染水処理の配管設備は屋外4キロにも及んでいる。やはり仮設の域を出ない。
水処理の専門家がいない中、高濃度汚泥の処理や保管方法も含めて今後数年間、確実に稼働できるのか疑問だ。
また、作業員の所属する事業者ごとに被曝管理をしているが長期的なチェック、
敷地内や周辺の高濃度被曝エリアのモニタリング、ガレキ処理、要員の確保も大変だろう」

 ――本格的な活動はいつから開始する?

 「東電主体の作業はひとまず回っている。
われわれがいつ、どのように作業に関わるべきか、意見はまとまっていないが、
行動隊の目標は若い作業員の被曝の肩代わり。
今月中に理想的な枠組みを提起し、9月中の実働を目指している。
東電の下請けではなく、中立的な立場で動きたい」

 ――組織編成の進捗状況は

 「社団法人格を取得し、しっかりした組織にした。
ただ、広報やマーケティング、メンバーの健康、被曝、情報管理まで運営体制が固まらない限りは前に進まない。
労災保険をかけるためにも、最低限の労働対価を得る契約整備も不可欠になる」

 ――一家言あるベテランたちを束ねるのは難しいようにも思うが

 「われわれは異論を廃さず統一見解を作らない。好き勝手に言い合い、一致したことだけやる。
当然、そこに至るまで議論が展開され、ガンガン異論も出る。
その一つ一つをキチッと討論し、違うと感じた意見に対しては、違っている理由を探すことを徹底する」

 ――理事長は住友金属時代、管理職を断り、技術者であり続けたとか

 「役職に就かなかったのは、組織の利益のためにウソをつくことを恐れたから。
技術屋の本質から外れるマネはしたくなかった。
会社の方針に異を唱えはしたが、実績で黙らせてきたつもりだ。
われわれ60年安保世代は考え方の軸がブレていない人が多いと思う」

 ――それにしても、多くの人が賛同した

 「直接呼びかけたのは2500人だけ。あとは、すべてインターネットやメディアを通じてアクセスしてきた。
いまの規模など想像つくわけなく、ましてやニューヨーク・タイムズに取り上げられることも予測できなかった(笑)。
これだけ大勢の方が反応してくれた以上、責任はとてつもなく重いと思っている」

 ■福島原発行動隊  
住友金属工業で27年間、製鋼やプラント設計などに従事した山田氏が呼びかけて発足。
福島第1原発事故の早期収束を目的とする。
60歳以上の技術者らで構成され、原子炉技術者や東大名誉教授、元自衛官など正会員437人、
賛同・応援者1375人(12日現在)。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

去年から今年にかけての記事ですが、事実のつながりです。東電は、こういう申し出にも、ありがとう、お願いします、と言えないのですね。

日々ニュースは移り変わり、私などはのたくたしているですが、東電の下請け会社が原発事故現場近くでの作業員の線量計に鉛の覆いを被せさせていた、とか・・・。そういう話は他にもあって、なにせ、求人をするのに「死んでもいい人」来てくれ、だった・・・。

被曝、ということが、何をどうしてしまうか、国の責任として、きちんと言うべきとずっと思っているけど、今回の長期被曝どころでない、67年前の原子爆弾の影響についてさえ・・・黒い雨が降った、という、その線引きにさえ、明かな態度を示さない、この国が、そんなこと、言う訳ないし。



sarahさん。

六ヶ所村にも、私は住んでいません。ものを言うの難しい。



この場所で、何が出来ても、できなくても。


初めの目的が、まったく達成できなくても。

ここからも、フランスのアレバ社は、ものすごく沢山の日本円=税金からの=を、かっぱいで行った・・・福島でも結局、言っただけのこと、ようしなかった、請求書だけはきちんと・・・だった・・・けど、そんなの関係なく、沢山のお金がこの周辺に降り注ぎ、立派な施設・・・ハコ、が、沢山できた、できている。

その、ここで、子育てしようとする人々が、ほとんど、おられないそうです。

立派な体育館、使う人がいない。

そういう話を、聞いてはおります。


山川草木転(うたた)荒涼(こうりょう)・・・・・




数日前でしたか、福島第一原発4号機から、未使用の燃料を取り出したことがニュースとして流れており、作業員の方々が周囲であれこれしている画像までテレビでみられました。原発事故後初めての試験的取り出しとのことで、とりあえず2本。

ぜんぶで1535体の燃料棒は現在、貯蔵プールの中。4号機は定期点検中に去年の事故が起きたのでしたが、1535体のうち、未使用のものは、204体だとのことです。

未使用の燃料は、そんなに、ものすごくは怖くない。4号機で危険、恐ろしいのは、使用済みの核燃料です。

未使用の、そんなには「怖くない」ものの周りに、人間がいる画像が、テレビで流れました。

こういったことすべて、視覚に与える効果を利用しているとしか考えることができません。

傍へ寄れない、取り出すことすらままならないもののことは、ほとんど、話題にさえしない。

なーんだ、そんなピリピリするものではないんだ、と、たまたま見る方は、作業員たちが周囲にいる映像を見て、そのイメージを「燃料取り出しの図」とするわけです。

この作業で、作業員の方がこうむった被曝の線量は、0、62ミリシーベルトであるとも、数字もはっきり出ています。

しつこく言いますと、事故以前には、日本では、放射線に関する仕事に従事する特別な「人」以外は、内部・外部含めて、一年間に被曝して「いい」量は、1ミリシーベルトまで、でした。

一年間に、食べたり空気を吸ったりレントゲンを撮られたり飛行機に乗ったり、すべて合わせて、1ミリシーベルト。

その、半分以上を、この日、作業員の方、どなたか何人かは存じ上げませんが、くっておられる。

・・・それでも「まあ、これくらい」な感じでしょうか。あちら側の感じでは。

使用済み燃料を、取り出すことは、今の段階、次元では難しい、というより、無理なようです。

死にます。即死です。触れることは不可能、取り出して、どこへ置くかも、考えることも不可能。

それが、783体。

こういう「明るい感じ。前向きな感じ」に、だまされないでいたいな~、と、考えている次第です。

ほんとに「明るい」「前向きになれる」ニュースなら、それを、渇望します。


これも少し遅くなりましたが、京大助教の小出裕章先生、「たねまきジャーナル」からです。文字は「みんな楽しくHAPPYがいい」からいただきました。

千葉:
先週このコーナーでリスナーの方から頂いた質問で、
青森県六ケ所村の再処理工場から環境に出される放射性物質がメチャメチャ多いということで、
年間で33京ベクレルもあるというお話しについてうかがったんですけれども、
平均的な原子力発電所から環境に出される放射性物質の1年分を
この再処理工場から出される量は一日で抜いてしまうということでしたよね?

小出:そうです。

千葉:
再処理工場は、それぐらい多くの放射性物質を環境に出すという話で
わたくし、メチャメチャ驚いたものですから、もう少しこの事について、今日は詳しくお伺いしたいと思っております。

小出:はい。

千葉:
で、早速なんですが、
なんで、再処理工場はそんなに放射性物質が出るんですか?

小出:
再処理工場という名前を聞くとですね、
普通の方の中には
「原子力発電所が生み出す放射能をなにか処理してくれる、消してくれる工場なのか」
と考える方が結構いらっしゃる事に私は気が付きました。
しかし、再処理工場と言うのは、もちろん放射能を消したりできるわけではありませんで、
やることは、「プルトニウムという、長崎原爆の材料になった物質をただ取り出す」という事をやる工場です。

それでちょっと皆さんにイメージを持っていただきたいのですが、
原子力発電所でウランを燃やしていますが、
そのウランは、直径1cm、高さ1cmという、ちょっと大きめの枝豆の丸いような大きさのものが
セトモノで焼き固められてあります。
燃料棒という、細長い物干しざおのようなものの中にズラリと並べて詰めてあるのです。
で、運転中はそのウランが燃えて核分裂生成物、いわゆる死の灰ができていくのですが、
それと同時にプルトニウムという長崎原爆の材料も出来ていくという、そういう物理的な性質を持っています。

原子力発電所が長い間運転していると、
燃料を焼き固めた瀬戸物の中に、核分裂生成物とプルトニウムがどんどん溜まってきますし、
燃え残りのウランもまだ残っているという状態で、いわゆる使用済み燃料になります。

通常運転中は、それら全てが燃料棒という金属のさやの中に閉じ込められていることになっていますので、
原子力発電所から出てくる放射能は、基本的にはあまり多くないという状態にしてきたのです。

ただし、再処理という作業の目的はプルトニウムを取り出すという事なのです。
一体、じゃあ、瀬戸物に焼き固めたウランの塊の中から、
プルトニウムをどうやったら取り出すことができるのか?と言う事をみなさんに想像してほしいのですが、

まず、金属の棒の中に入っていたら全く手を付けることができませんから、
金属の棒を再処理工場で一番初めにちょん切ってしまいます。

つまり、せっかく放射性物質を閉じ込めておいた金属の鞘をバラバラにしてしまって、
セトモノをむき出しにするという作業から作業が始まるのです。

次にセトモノの中には核分裂生成物とプルトニウムと燃え残りのウランが、
混然一体となって一つのセトモノの塊をつくっているのですが、
その中からプルトニウムだけを取り出すという事をしようとしたら、どうしたらいいでしょうか?


千葉:ん・・・バラバラにしちゃうんですか?

小出:
はい、
バラバラにセトモノを砕くという事もいいかもしれませんけれど、
砕いたところで、いずれにしてもウランと燃え残りのウランと、核分裂生成物とプルトニウムが混然一体となって、
ただただバラバラとなったセトモノになるだけなのですね。

ですからどうするか?というと、
セトモノをドロドロに溶かして液体にすると言っているのです。

みなさん家庭の茶碗とかですね、お皿とか、箸置き。
それをドロドロに溶かすという事が想像できるでしょうか?


千葉:いやぁ.....あんまり想像できませんよね

小出:
出来ないですよね。
要するに大変困難なことをしようとしているわけで、

濃度の濃い硝酸を温度をかけて温めて、
その中でセトモノをドロドロに溶かしてしまうというのです。
そのうえで薬品を加えていって、燃え残りのウランと核分裂生成物とプルトニウムを、
ケミカル、化学的な操作をして分けるというのが再処理の作業なのです。

原子力発電所の中では、
せっかくセトモノの中に閉じ込めていた、あるいは燃料棒の中に閉じ込めていたという放射能を、
全部バラバラにしてむき出しにして液体にして分離するというのが再処理という作業なのです。

もう、途方もない危険な作業ですし、
放射能が外に出てきてしまうということは、もうどうしようもない事なのです。

千葉:
せっかく閉じ込めていた放射能、放射性物質を、
バラバラにする事によって外に出しちゃうという事なんですか..

小出:そうです。

千葉:えぇぇ・・・・・でも、そんなに沢山環境に出てしまうという事を国は認めているんですか?

小出:
もちろんです。
もともとこの再処理という作業は初めに聞いていただきましたように、
長崎原爆の材料だったプルトニウムをどうしても取り出さなければいけないという、
軍事的な要請で始められたのです。

軍事的な要請というのは、「安全性も経済性も無視出来る」という条件がありますので、
ようやくにして成り立った技術なのです。

ただ、日本というこの国は、
「取り出したプルトニウムを原爆にするのではなくてまた原子力発電所の燃料に使うんだ」という事を言って、
再処理という事をやろうとしたんです。
でも、軍事的な目的でやろうと、商業的な目的でやろうと、やることは同じな訳ですから、
膨大な放射性物質が環境に出てくるということは避けられないことになったのです。

千葉:え!?でも、33京ベクレルってすごい量の放射性物質がでてくる訳ですから、

小出:
はい、それはクリプトン85という、たった1種類の放射性物質でそれだけです。
その他にもトリチウムであるとか炭素14であるとか、
もうさまざまな放射性物質を環境に出すことになります。

千葉:これは、出すのを防ぐ技術というのはないんですか?

小出:
クリプトン85というのは「希ガス」と私たちが呼んでいる放射性物質でして、
完全なガス体で、どんなことをやっても他の物質と化合しないし、
フィルターというものにもくっつかないという、そういう特殊な性質を持っています。

そのため再処理工場側は、クリプトン85に関しては、
「一切捕捉しないで全量を放出する」と言っています。

ただし、やり方はあるのです。
たとえばクリプトン85というガスなのですけれども、
マイナス153度まで冷やすことができれば、液体に出来ます。
液体にできればもちろん閉じ込めることができるわけですから、
お金をかけてやる気になればできるのです。

ただし「そんなことはしない」というふうに再処理工場は言っています。

千葉:お金がかかるからですか?

小出:
お金がかかるからです。
すでに国の方はクリプトン85を閉じ込める技術を開発するために、
確か160億円だったと思いますが、研究開発資金を投入しました。
そして「出来る」という事が分かったのですが、
実際にやろうと思うとお金がかかるし、
仮に閉じ込めたとしてもそれをずーっとお守をするのも大変なので、
もう初めから放出してしまうという事にしました。

池田:
あの、小出さん、先日ですね、
例の福島原発からですね、使用済み燃料棒ではないとはいえ、燃料棒の取り出しの映像が映っていますよね。
あれ見ても、ま、多くの人達が見たと思うんですが、
かなりゾッとする話なんですが、

小出:そうですね

池田:
それをドロドロにしちゃうということになるとですね、
これはかなり愚かな行為の繰り返しと...ですね

小出:私はやるべきではないと思います

池田:
ですよね。
あれでもぞっとするような映像を見せつけられているような気がするんです。

小出:
そうですね、
原子力というものに手を染めてしまえば、どうしても放射性物質をつくってしまうわけです。
大変に困難な問題をこれからずーっと抱えていくことになります。

千葉:わかりました、小出さんどうもありがとうございました。

で、昨日も官邸前には、デモの方々が多く集まられたようです、雨は大丈夫だったのでしょうか・・・中には、勘違いした鳩さんなども、紛れ込んでおられたとか・・・

再稼働反対。私は、反対ではありません。

反対、ではなく、あり得ないでしょう、ということ。

稼働して出来た核のゴミをどうするか。それすら全き答えの出ていない(出していない)いま、再稼働は、あり得ないと、私は、考えます。

核のゴミの問題は、もちろん、論理的には考えて来られました。

現実には、以下のごときのようです。




 在日米軍基地で有名な青森県三沢市を抜け、本州最北端の下北半島を車で北上すること約30分。でこぼこの目立っていた狭い国道が、突然、高速道路のように広く平坦な道に変わる。それが六ヶ所村に入った証だった。
 六ヶ所村は、下北半島の太平洋側に位置する村だ。面積は大阪市よりも広いが、人口は1万1千に過ぎない。かつては「日本の満州」と呼ばれた貧しい村だった。畜産や漁業以外に産業は乏しく、冬になると東京へと出稼ぎに向かう村民も多かった。しかし、1980年代半ば、原子力発電のための核燃料を再処理する工場を誘致したことで状況は一変した。
 今や六ヶ所村は、全国有数の豊かな自治体となった。1人当たりの村民所得は年1364万円(2008年度)と、青森県の平均237万円を6倍近く上回る。1人当たり所得には企業所得も含まれ、単純に個人の所得水準を指すものではない。とはいえ、再処理工場の誘致で、六ヶ所村が以前とは見違えるリッチな村に生まれ変わったことは間違いない。


18回もの完成延期


 再処理工場とは、使用済み核燃料からウランとプルトニウムを抽出する施設である。その後、2つの物質を加工し、通常のウラン燃料よりも高出力のMOX燃料をつくり出す。こうして「核燃料サイクル」を実現することで、輸入頼みのウランを有効活用しようというのだ。ただし、プルトニウムを含むMOX燃料は、原発から放射能が放出される事故が起きた場合、人体や環境に与える影響がより大きい。また、六ヶ所村の再処理工場には40年間で約19兆円という莫大な操業費が見込まれ、経済合理性を疑う声も強い。原発を持つ諸外国でも、MOX燃料の利用を避けている国は少なくないのである。
 それでも日本は、核燃料サイクルを国策に掲げて推進してきた。その中核を担うのが再処理工場である。しかし、国内には茨城県東海村に実験目的の小規模な施設があるだけだ。そこで1993年、六ヶ所村での本格的な再処理工場建設が始まった。当初は97年に完成するはずだった。だが、安全上のトラブルが続出。これまで18回もの完成延期が繰り返された末、現在も試験運転が続いている。7600億円と見込まれていた費用は、すでに3倍近い約2兆2000億円にまで膨らんだ。
 そんな中、3月11日に東日本大震災が発生した。福島第一原発からの放射能漏れが始まって以降、原子力発電の是非を巡る議論も高まっている。同原発3号機にMOX燃料が使われていることも問題となった。とはいえ、世の関心は、今のところ六ヶ所村にまでは及んでいない。
福島県以外の風評被害、東電が賠償拒否

 原発事故をめぐる賠償の線引きはどうあるべきなのでしょうか。福島県に隣接する栃木県のゴルフ場が訴えた風評被害への賠償をめぐって、東京電力側の賠償に対する姿勢が浮かび上がります。

 栃木県那須町にあるこのゴルフ場は、原発事故の後、2割近くを占めていた韓国からの客が来なくなりました。去年3月から8月までの売上は、前年と比べ4000万円も少なくなり、風評被害を受けたとして東電に賠償を求めましたが・・・。

 「補償金をお支払いさせていただく条件を満たしておりませんでした」(東電からの回答)

 なぜ、賠償ができないのでしょうか。今年3月、東電の担当者が説明に訪れた際の映像。

 「どれだけ那須町のゴルフ場が落ち込んだか、分かると思う。一目瞭然」(ゴルフ場の田代憲司支配人)
 「あくまで中間指針で立場的に国で決められた基準でやらざるを得ない」(東京電力担当者)

 東電が持ち出したのが、国が定めた賠償の「中間指針」です。ゴルフ場や飲食店などのサービス業の場合、当面の措置として福島県内の業者が賠償の対象に認められました。東京電力は、この中間指針を理由に「福島県外の業者には賠償する必要はない」と主張したのです。

 「基本的に(栃木県の)ゴルフ場については、サービス業なので原則対象外」(東京電力担当者)

 日本ゴルフ事業協会によりますと、栃木・茨城・群馬の3県で賠償請求をしているゴルフ場は60あまりに上りますが、回答があったものの半分近くが賠償を拒否されていて、それ以外もほとんどが交渉が難航しています。

 「サービス業だと福島県内だけ。2、3週間で賠償金が出るよと言っていた。それを待っている間に倒産したゴルフ場もある」(日本ゴルフ場事業協会・大石順一専務理事)

 ですが、中間指針を作った文科省を取材すると・・・
 「東京電力は被害者の実情を検証して、賠償すべきところは賠償すべき責任がある」(文部科学省原子力損害賠償対策室・松浦重和次長)

 担当者は「福島県の業者には必ず賠償をすべきだということであって、他の県の業者が対象外だということではない。東電の解釈はおかしい」と答えました。

 原子力損害賠償紛争解決センターによると、中間指針を理由に賠償を拒否されたという苦情は、ゴルフ場以外の業者からも相次いでいるといいます。

 賠償問題に詳しい専門家もこう批判します。
「東電が本来なら原発事故とは関係ないと立証しなければ、 本来免責してはいけない話だ」(保田行雄弁護士)

 誠実な対応など、「被害者の方々への5つのお約束」を掲げている東電ですが・・。
 「救えるところはできるだけ私ども手を握りたいので、ただ、救えないところもある」(東京電力担当者)

 いま、その姿勢が問われています。(10日14:26)


さすが東電!ブレない!
自分たちのボーナスやレジャー費13億円、住宅手当4万/人は削らないし、福島県以外は賠償もしない
一流です。




・・・中電の社員氏が公的な場所で、福島の事故で死んだ人はいない、と発言されたこと。

私、思うのです。

そうなの?????????。

これは本当に、考え込みました、私は。

広島や長崎の原爆。どかーんと落とされて、沢山の方が亡くなり、生き残った方々もずっと、放射線の影響を引きずっておられ、それは、今も続いている。

福島の事故は、広島・長崎が「世界で初めての原爆被災地」であるように、「世界で初めての長期の低線量被爆者」を、膨大に生み出したのです。

チェルノブイリでは、事故後すぐに石棺…コンクリートで固めて封じ込めてしまいましたが、福島では、そのまま、ふたも無し。

どんな症状が出るのか、それを、誰がわかってくれるのか。

認めない、ということが、まずあることが、中電の社員の言葉でもわかる。

即死でなければ、放射能の死者ではないのか。



・・・わたしの兄は、その前年に被曝してしまった母から生まれました。

生まれて三日目に死んだ。おへそのくくり具合が悪くて、そこから出血して死んだ、と、聞かされていましたが、毎度おしめを替えていてわからなかったのか、そんなこと、あるだろうかと、だんだん、疑問が湧きました。

名前ももらわないまま死んでしまった、父母にとって三人目の、初めての男の子。母は、ひそかに「ゆきおちゃん」と呼んでいました。黄ばんだ写真が一枚だけあり、それは、棺の中に、百合の花に囲まれている赤ん坊の写真でした。

真っ白な赤ちゃんで、手の指が六本あったことを、姉たちは母から聞かされていません。知らない。

母は、被曝の後に生まれて育った私にだけ、それを教えた。

母は体が弱くなり、父との仲もうまくゆかなくなっていた。父は外でお酒を沢山呑んでいたらしく、肝硬変で四十二歳で死にました。姉も私も、母親から離れて学生時代を過ごしました。姉は、母を、恨んでいると言っていました。

小さなことがあれやこれや、うまく行かないで。母は、被曝のことを、私が後に病気をして問い詰めるまで、黙り抜いていました。私は、一度ならず、お腹にせっかく宿った子を失ったこともあります。

母一人のことからさえ、小さなさまざまなことが、生まれました。

こういうことが、いっぱい、出て来るんだと思うと、悲しくてたまりません。

私より四年も前に生まれて、当然、会ったことも無い、兄。

たった一枚の息子の写真を、生涯、身の周りにおいて、黙り抜いて死んだ母。

生きている間に一度「今は生まれて指が多くても、すぐに切ってくれるんだってねえ」と言ったことがあります。

私は若くて思いやりに乏しい娘だったので、そうだよ、と、それだけ答えた覚えがあります。

「ゆきおちゃん」のような子ども、そういう子が、もし、これから先に出ても「福島の事故で死んだ人はいない」と言うのでしょうか。





政府が、エネルギー環境会議なるものをあちこちで開いて、国民の皆様のご意見かお気持ちか、そんなのを伺って(ということだそうだ)、その人選を、この会議の運営事務局である「博報堂」がうけもっている。

博報堂って、電通と並ぶ広告代理店、という認識を、最近まで単純に持っていましたが、業務範囲、とってもお広いんですね。

博報堂は、偏った人選をしていないと言っているそうです。

抽選で、決めたのですって。

第一回、さいたまでのことは、前回、少し書かせてもらいました。

二回目、仙台では、東北電力の社員の方が、

<このうち、原発の新増設を前提とする20~25%案に、東北電力の岡信慎一執行役員(企画部長)は「会社の考え方をまとめて話したい」と切り出し、電力の安定供給などを理由に、原発は必要と自社の主張を述べた。

 原子力推進を目的に企業や商工団体などで組織する東北エネルギー懇談会の関口哲雄専務理事(元東北電力執行役員待遇)は「政府の案は再生可能エネルギーを大きく見積もりすぎだ」と、原発の積極的な活用を訴えた。

 広く国民の意見を聴くはずの会が一転、原発推進団体の会と化し、参加者からは「被災者をばかにしているのか」など非難の声が上がった。司会者が「お静かに」を連発するが、会場の怒りは収まらず、一時中断した。

 会場にいた仙台市の男性会社員(35)は「推進の考えでも、一般の人の意見を聞きたかった」と憤った。

「推進の考えでも、一般の人の意見を聞きたかった。」

こういうことだと、私も、思うのです。でも、そうでなくて、以下は三回目の名古屋における「会議」です、

<聴取会では、2030年の原発依存度を0%、15%、20~25%とする政府が示した三つの選択肢について、それぞれ3人、計9人が賛成理由を説明。中部電力社員と自己紹介した男性は3番目に発言し、電力の安定供給と経済への影響を重視する立場から原子力発電の必要性を主張した。また東京電力福島第1原発事故に関し「放射能の影響で亡くなった人はいない」と述べた。
 一方、脱原発を求める立場からは「使用済み核燃料などの問題もあり、全原発を即廃炉に」(三重県の無職男性)「原発は一度事故が起きたら大きな負債になる」(愛知県の自動車部品メーカー技術者)などの意見が出た。>

これに関することでは、中電のこの社員氏は、「政府は原発リスクを過小評価している。45パーセントでもいい」と言われたそうです。

ユニクロの社長さんも先日、同じようなこと言ってはりましたね・・・。

武田邦彦先生のブログより。二日分。


日本のエネルギー政策の公聴会で中部電力課長が「福島では一人の死者も出ない(何を騒いでいるのだ)」と公式に発言し、さらに記者のインタビューに対して「原発を止めたら日本がダメになる」と答えていたのを聞いて、久しぶりに頭に血が上ったのですが、一晩、眠れぬ夜を過ごしてみると、この発言の全貌がわかったような気がします.

私が今、到達している結論は「やはり、日本の指導層は民主主義は間違っていると信じている」と言うことです。これまでも著作物、発言などを読んだり聞いたりして、どうも日本の指導層が民主主義を良いものと思っていないような気がしていましたが、この発言はまさにそのような背景を持ったものです。

日本の原子力は次のようなステップですすんできました。
1)日本の産業と軍事(核武装)を発展させるためには原子力を進めなければならない、
2)しかし原爆を落とされた日本では原子力を進めるのは国民の抵抗が強い、
3)そこで国民に2つのウソをつく必要がある、
4)一つは原子力を平和利用に限ると約束する、
5)もう一つは原発が安全だと約束する、
6)並行して核武装のために遠心分離器によるウラン濃縮と核廃棄物が2.6倍になる再処理をして原爆用のプルトニウムを得る、
7)法規では国際基準に合わせて「1年1ミリ」と決めておくが、事故が起これば1年100ミリまで大丈夫と言う、
8)現実に福島原発の事故が起こってみると、当初の作戦通り、日本の指導者は「1年1ミリの法規を守るのはけしからん!」と豹変してくれた.

この中で「1年1ミリ」は国際基準なので、日本だけが1年100ミリでは食材ばかりではなく、工業製品の輸出もできません.そこは曖昧になっていたものと思います.いわゆるダブルスタンダードで、日本国民と国際的には「1年1ミリ」と言っておいて、心の中は「1年100ミリまで良い」ということです。

この場合の「良い」というのは、「健康に問題はない」というのではなく、「原子力のためにある程度の犠牲を出しても良い」という意味です.日本は集団性の強い民族(文化かも知れない)で「全体のためには個人を犠牲にして良い」という傾向があります。

先の戦争で日本軍が強く、特攻隊が維持できたのは「全体のために我が身を犠牲にする」ということが国民の合意でもあったのです。「我と我が身を犠牲にして日本のために尽くした」という戦記を読むと、日本人の血が騒ぎ、つい感激してしまうのです。

・・・・・・・・・

中部電力課長の発言は、言葉を換えれば「福島原発の事故なんて問題ではない.死者は出ないのだから」ということになる。つまり、逃げたり、除染したり、農作物を捨てたりすること自体が無意味で、人も死んでいないし、これからも死なないから、騒ぐなということだ。

そして「原発は日本にとって必要だ。国を滅ぼすつもりか」と言っているので、もともと原発で福島ぐらいの事故は事故とは言えない。だから福島規模の事故は「危険」とは言えないというのが電力会社の公式見解だ。

たしかに、1年100ミリまで大丈夫といっている人もいるし、1年1ミリの法規がなく、電力会社が今まで国民に説明してきたことも無かったことにすると、理屈は通っている.

仙台と名古屋で2回の公聴会があり、2回とも電力がでて所属を名乗り、仙台では「会社の見解」ということで意見陳述を行っている。つまり、次のことは現在の日本の電力会社の「公式見解」であると考えられる.

1)福島原発の事故は「事故と呼ぶほどのものではない」、
2)従って、福島原発は「安全な原発」だった、
3)従って、日本の他の原発も「安全」である、
4)福島原発の事故を「事故」と呼ぶ方がおかしい、
5)電力が国家であり法であるので法を無視するのは当然だ。
6)従って原発の再開は当たり前のことである。

このことが電力の公式見解であるとすると、これまでの東電、関電の威張った対応や、マスコミのへりくだった電力に対する姿勢を理解する事ができる。

でも、このような電力会社は日本の電力会社としては認められない。従って、九電力のうち東北電力、中部電力は直ちに解散して、新しい会社に移行すべきである.このような暴力団的、反社会的団体を残しておくことはできない。

他の電力会社は急いで見解を発表して、自ら解散するかどうかを決めるべきである.政府の増税に続く、あまりにも大きな反社会活動である.

(平成24年7月17日)



無念の死を遂げた人たち

2011年3月12日に爆発した福島原発。小雪の降る極寒に地震で打撃を受けた福島の人たちに放射性物質が追い打ちをかけた。

2011年3月31日午後2時2分に共同通信から配信された情報によると、警察当局は、原発から10キロメートル以内に震災、凍死、あるいは放射線の打撃で亡くなり収容できないご遺体が数100から数1000あると推定していると報じた。

その頃、上杉さん達の事実を伝えたいというジャーナリストは必死になって現場に入る許可を政府に求めていた。「少しでも情報があれば、まだ救われる人がいる」と叫んだが、政府は許可を与えなかった。

3月27日には福島原発から5キロの大熊町でご遺体から高い放射線を測定した。ご遺体の除染を必要とする基準として警察が定めていた10万cpmの測定器が振り切れて県警がこのご遺体の収容を断念した。

寒風吹きすさぶ福島の地に「汚染されているから」という理由で放置されたご遺体。私は日本人として心が痛み、涙をこらえることができない。ああ、すみません。こんな原発をやって・・・

この地域のご遺体は、地震によって家屋の下敷きになったり、津波で服が濡れ折からの寒風で体温が下がった人が多かった。でも、放射線が強く救援が届かない。餓死、衰弱死、病死でなくなった方が多いとされている。

あのときの寒さは酷かった。寒空の中でこれまで真面目に生きてきた日本人を見殺しにしたのは事故を起こした東電と、救援を拒否した政府だった。

その時、東電の勝俣元会長と先日、公聴会で発言した中部電力課長はどこにいて、暖房をつけていたのだろうか? 私は大阪に閉じ込められ寒さに震えていた。大地震の後で家族と離ればなれになり、寒さに震えて死んでいった人たち、原発の事故で救援が来ないなか無念の死を遂げた人たち・・・私は許せない!

(平成24年7月18日)


sarahさん・・・。

同居の次女は、たびたび韓国へ出張しているうちに、嫌韓の気持ちを持つようになっていました。

娘とはいえ、成人した個体の考え方について要らざる口を出す気は、無いのですが、隣同士の国でもあり、娘の側に世間知らずの面も重々あるので、上っ面見て、たまたま接したわずかな数の人を見るだけで、国そのものを自分流に決めつけるのもどうかと思い、あれこれ、いろいろ、話をして来ました。

で、いま、私に勧めて来る本が、「シルミド」だの脱北者の手記だの。

最近貸してくれたのが「泣いている女たち」という、北の女子刑務所から生還して、という著者の、驚くようなひどい「北の現実」の本だったりします。昔の話でなく、今も、この状況下におかれている人は多いのでしょう。

淡々と書いていますが「ひどい」本を、けっこう読んで来ている気のする自分も、これはひどいと思う、そんな本でした。

娘の嫌韓を覆して、いつか案内してもらおうとした目論見は外れました。

この本たちの感想を、ここで述べませんが、日本は、まだ、違うと、個人的に、思います。

そもそも、アメリカだのどこだの、民主主義とか言われる国の国民にとって、国家がすべてオープンで、とは、考えていないのです、私。

すごくイヤな言葉ですが、知らさず、殺さず、そこそこの「自由」を与えておく。

そういうことだと、思っている。今の日本の原発の件も、そういった流れの結果、みたいな気が、しないでもありません。

中国の知人は、よく、日本人が怒らないのは、統制されているのか、目隠しされているのかと問うて来ます。そういう時は、そうなのか・・・と思うが、彼女の国もいかつくて、互いのメールが、明らかに届かなかったり、三か月遅れで来たりすることもあります。

・・・イヤだなあと感じているのは、自主的に、自分の思いを抱えて集まって来る一人ひとりの「デモ」が、違う方に歪められたり、何かをきっかけにオセロゲームのように大きな力にひっかけられるようなことになると、イヤだな、と、思います。

ふっと気が抜けたところへ、そういう大きなものは来ますね、きっと。

持続的に、根強く、つづけることで、もしかして、今、皆の力をみくびっているヤカラが、そいつらが万全と思っているかもしれない何かが、一角が、崩されるようなことになれば、それは、ミジンコたちの「勝利」に近づくのではないか。

静かに、熱く。飽きないで諦めないで。

先日、奈良のデモは、500人くらいのミニ版でした。

鹿も、暑いのに、皆が手に持つウチワやビラの匂いを、くんくんしに来ていました。


13日金曜日にも官邸前には多くの人があつまられたようです。

友よ(ちょっとクサいけど、今日はこう、呼びかけさせて下さい)「野田のバカヤロー」プラカード、携えられましたか。全く似合わなげなあなた様がそれを掲げて、というところに、なんとも、の思いがいたします。ありがとうございます、皆さんの分まで。

とにかく今の日本国総理大臣、とにかく責任者だろうは、ウィークエンドの夜を、外出出来ないでおられる由。

外で国民がデモを行っているのに、裏から出て飲みに行くわけにも・・とか、出ておりましたぞ。

生活があまりにも苦しくて、抑えきれなくてベルサイユ宮殿へ向かった、膨大な数のフランスの民衆の前へ現れて、バルコニーに一人立って一礼して、その迫力に圧倒された飢えた人々が、思わず息をのんだと言う・・・と言っても、結局はつかまって、首を切られちゃったんだけど・・・マリー・アントワネットみたいな気迫は、わが首相には無いのか。気迫も、希薄。対話したら、と言われて、前例が無い、とお答えになったそうだから、そうよね、前例のないことをしないのは、わが国のえらいヒトの常識。そうなんか。

・・・って、日々、皮肉にイヤミに性格のゆがんで行く(あーイヤだわ)KUONではありますが。

この金曜日のことを、いろいろ報じる中で、アタマ下がるような、すがすがしい風が吹き渡るような、ひとつの記事を、ぜひ、ここへ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日(7/13)は過剰警備と聞いていたので、重いパソコンを持っていたけど、官邸前金曜集会に行った。5時25分、すでに国会議事堂前は4番でしか出られな く、出てもいったん財務省の方に下り、Uターンして官邸前へ。すんでのところで鉄柵に阻まれるのをかろうじてすり抜け、官邸前に進んだが、3番出口でス トップ。警察の警告を無視すれば、その上まで行けたが、デモの列の中にいることを選ぶ。「再稼働は犯罪」というプラカードに刺激され、「再稼働ハンザイ」 とコールをすると、いつの間に「ハンザイ」が主流に。

6時40分頃までいたが、知人を見つけ一緒に国会正門に向かう。途中交通止めにあい、内閣府裏の道から六本木通りを左折して議事堂方向に行こうと したが、はじめ若い制服に阻止され、無視しようとした中年の私服が「俺に任せろ」的に交代し、あちらを回れという。知人が食い下がると、「ご年配の方だか ら、私がお話すれば分かってくれるかと思って……」という。私も「よくわかりました。議事堂前に行くのに、そんな大回りはできない。ここ、誰もいないじゃ ない、通らせて。ところであなたも、再稼働には反対でしょう?個人的には、許さないと思っているでしょ?」と相手の胸に手を当てて話すと、「もちろんで す。では、今回だけどうぞ。何か言われたら、下でOKされたと言ってください」と。

ところで、他にも規制が過剰なのは目に余った。車道を解放しろという抗議に対して、警察は、「今日は、歩道ですること、歩道の歩行を妨げないこと を話し合って決めて」と鉄柵を境に話し合っている。「本当に主催者もそういったのか?」という質問には「話し合った」を繰り返すばかり。一方的通告かもし れない。

鉄柵は重く、威圧的ですらある。車道を通行人に解放する今までのやり方の方が、平和的と思った。

今回は、久しぶりに警官と会話が成り立った。3番出口の前にいた警察官になって4年目という若いおまわりに「じゃあフクシマも行ったのね」「え え」「どんな仕事したの」「いろんなことしました」「つらかったこともあったでしょう?」「役目ですから」「全国から福島へは行っているのでしょう。また 事故があったら、また行くのよね。そうならないように、私たち今がんばっているのよ」と話した。

国会前正面はそんなに人はいないようだけど、狭い場所にかたまり、おまわりが歩道に載るようにと、ロープを引っ張っている。少し険悪。そこでも同 じように、「本当は、再稼働反対でしょ。こっちに来たいでしょう?」と話しかけると思わず頷き、あわてて「歩道に載ってください」と叫んだ。

7時30分、知人と別れ、テント広場へ。何回買ってもすぐなくす缶バッチを買って、冷たい水をおいしくいただく。

そこで、若い知り合いにあう。今日は何人の知り合い、友人、活動仲間にあったことか。15、6人だったが、みんなひとりで来ていたのには驚いた。
地下鉄に下りるのに、あまりの疲労にごめんなさいと謝りつつ、エレベータを使った。明日からの3連休、体力仕事の予定がぴっちり。16日の10万人集会も頑張らねば。今日はその日のための紙も買ってきた。新しい川柳でデモをする予定。      
                                     (笠原 真弓)


そして、食べ物についての、武田邦彦先生のお教えです。

武田先生は、時に私をひぇええ、とびっくりさせるようなこともご自分のところでお書きになっておられます、私は、自分のここへ、ひぇええ、でないことを、いただいてきていると言う、暴れ者です。ご容赦を・・・。

以下のことは、本当に、きちんとわかっていると、いいなあ、と、想うことです。

【体内被曝について】

体内被曝について極端な2つの考え方が流布されていて、心配されている方が多いようです。一つは政府系で、食材なら1キロ100ベクレル、内部被曝はそれほど恐ろしくないという発表ですし、もう一つは1キロ1ベクレルでも毎日、とり続けると大変な量になるという計算値で、ICRPのグラフが良く引き合いに出されます(ICRPは権威はあるが、任意団体)。

このブログで再三、書いていますが、
1)被曝と健康の関係は学問的にはわかっていない、
2)つまり「危険」という論文と「安全」という論文があって、どちらかを採用すればあたかも科学的根拠を持って危険か安全かを言えるように錯覚する人が多い、
3)「危険」と「安全」の二つの群の論文があるということは、どちらの論文も意味が無いことを示してる、
ことをもう一度、くり返して理解していただきたいと思います。

「安全だ」というのを強調する人は「自然食品にもカリウムが1キロ100ベクレル含まれているものが多い」と言いますし、「危険だ」という人は「ICRPのレポートでも1日1ベクレルでも危険なほど蓄積する」と言います。

真実は、「よくわからないが、これまでの経験ではおおよそ食材では1キロ40ベクレル、水では1キロ10ベクレル、子供や弱い人は少し注意」というところです。それ以上にはわかっていません。

自然の食品からの放射線の内部被曝はほとんどがカリウムですし、福島原発からはセシウム、ストロンチウムですから、その影響が同じであるかも「わかっていません」。

また生物は放射性物質や放射線の中で進化してきましたので、防御機構があります。これが何ベクレルで、核種によってどのように違うかもハッキリしていませんが、カリウムのように大昔からあるものと、人工的に作られたもので違いがあるとも考えられます。

科学というのは「わからないこと」があるのです。それをわかったように言うというのがもっとも不適切で、科学に携わる人は恥ずかしくても、「わからないところはわからない。でも経験的にはこのぐらい」と言わなければなりません。

食材の基準は1キロ40ベクレル、水は1キロ10ベクレル、外部被曝は1年1ミリ、土壌は1平方メートルあたり4万ベクレルというこれまでの膨大な研究と経験で判断するのが適切でしょう。

人間には知性と知恵があります。何もわからないのでもないし、全知全能でもありません。それを理解してしっかり子供を守ってあげましょう。

以上です。そして、こういうことも。


 これが政府が言う「国民的議論」の場なのか-。将来の原発比率を決めるため、十四日にさいたま市で始まった政府のエネルギー・環境会議の意見聴取会は、抽選で選ばれた九人以外の発言は認めず、政府への質疑もないまま二時間足らずで閉会した。「政府は国民の声を聴く気がない」。事前登録した約百七十人の参加者からは、議論のあり方に厳しい批判が相次いだ。(鷲野史彦、小野沢健太)


 「傍聴の皆さんもご意見をアンケートに記入いただいてお帰りいただければとお願い申し上げます」


 枝野幸男経済産業相が閉会のあいさつを終えると、傍聴していた埼玉県川口市のNPO法人代表、浅羽理恵さん(47)が立ち上がって叫んだ。


 「すいません! 今回の進め方について一つ…」。ところが、発言を始めるとすぐに司会者が遮った。「本日は選ばれた方のみにご意見をいただくことになっております。発言はご遠慮願います」


 打ち切り宣言に「ふざけんな。聴いてやれ」と会場に怒声が響いた。だが、枝野氏は「今回は決めさせていただいた運営方法でやらせていただきたい」とそのまま閉会した。


 「国民的議論というなら、参加者がどの選択肢を支持しているのか公表してほしかったし、会場からも声を拾うべきだ」。原発0%を推す浅羽さんは「運営にすごく疑問を感じた」と語った。


 ほかの参加者からも議論の進め方に疑問の声が相次いだ。東京都台東区の会社員越田史子さん(34)は「原発が必要と思う人は経済性の話をし、脱原発の人は命の話。論点がかみ合っていなかった。意見交換しないと、溝は埋まらない」。


 渋谷区の法科大学院生、幸(さいわい)裕子さん(31)も「国民の声を聴くアリバイ工作という感じ。国民的議論はせめて半年ぐらいは必要」と、八月に決めようとする政府を批判した。


 会場には埼玉県警の警察官のほか、民間の警備員十人以上が配置され、入り口には臨時の金属探知ゲートが据えられた。参加者はポケットの中のライターやペンなど金属製品はすべて出させられ、カバンの中ものぞき込んで徹底的にチェックされた。飛行機のセキュリティーチェック並みの厳重さで、物々しい雰囲気に包まれた。


 品川区の会社役員林彰一さん(51)は「きちんと会場の意見を聴けば、政府の印象も良くなるはずなのに、いい機会を逃している。政府は民衆をすごく怖がっている」と話した。


今日も貼り貼りブログになりました。

この水曜日、18日の午後九時、福井県大飯原発の四号機は、四号機も、再稼働です。

私の家にも、孫どもが持ち帰る学校からのプリントにも、あるかも知れない計画停電の「あなたの地区は○のCです」とかいう文言と、何時から~何時まで、とかの一覧表が届いています。

原発が動こうと停まろうと、電気を大切に使うことは当然のこと。

まだ世の中のややこしいことをほとんど知らない十歳と七歳にまで、こういった脅しをかけてくるとは。と、未だエアコンを取り付けていない(予算が不足のせいもある)ニュー・事務所で、怒りを感じてはよけいに暑くなっている、ワタクシだ。


官邸前には、数百人の機動隊、そして、鉄柵が導入されたとのことです。

鉄柵を置くのは人間の手で、置いて行くのは、幼い子を持つ父ちゃんだったりする。

離れたところで、多分涼しい部屋で、冷たい物も口にしながら、置かせるのは、どんな顔の人だろう。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

7・16は「さようなら原発10万人集会」へ!

日時:7月16日(月・休)12:15~
会場:東京・代々木公園B地区全体(サッカー場、イベント広場、ケヤキ並木周辺)
内容:2つのステージを設置し、2台の案内カーを配置して集会を行い、3コースに分かれてパレードを行います。

ディランさん。

福島の方のブログのご紹介、ありがとうございました。



今年は福島県の各学校でプール開きがあったようで、それに関することも、私も沢山聞いています。

ある校長先生はテレビで「(プールの)水には放射能を遮蔽する働きがあるから」と、言っておられた。どこにいる子どもに、どこで、どう、何を遮蔽できる???・・・とにかく、子どもを、プールに入れてやりたい、やるんだ、という道筋で行けば、そういう発言も出るか・・・心がぐらぐらしました。

知らないのか、知りたくないのか、知ろうとしないのか、知りたくないのか。知らなければ無いも同じ、しかし、責任ある立場、押し通せるのか、されるのか。

そう行くしか無いのか、問答無用か。

あなたにはわからない、ということか、とにかく「仕方がない」のか。


・・・自分たちの子も、夏のプールを楽しみたい、楽しませたい、楽しむkenriがある・・・となれば、何を、どう言うことも出来ないということか。

そんな思いに、それはそうでしょう、当然の願いですと素直に同調できないのは、あぶない、と、どうしても、考えてしまうからです。

水に含まれているもの、調べていないでしょう・・・透明な、無臭の、冷たい綺麗な水が、プールに湛えられるのでしょう・・・辛いとしか、言いようが無いです。

安全キャンペーンという言葉。

我々のような市民団体がヒステリックに騒いだけど、山下先生が仰るように何でもなかったではないか、、、と言われるのが最高の結末だと個人的には想っています

私もまったく同感です。危ない、危険だ、要注意だ、と、言い募って、イヤがられても同じことを言いまくって、それで、いつか時を経て実は何でもなくて、山下先生・・・しつこく書きましょう、山下俊一・福島県の放射線健康リスク管理アドバイザー、そして、福島医科大学副学長、が言ったように「100ミリシーベルトでも大丈夫」ということが、結果、本当に、幸いにも、現実のものなのなら、なんと言われようと、笑われようと、蔑まれようと、かまわない。受けたろうやんか、と、自分も思う。 初めから、そう、思って来ました。

笑われるくらい、どってことない。でも、被曝は怖い、避けてもらいたい、避けなくてはならんことだと。特に、幼い、若いからだに。

ついでに書くようですが。

この山下センセイが、福島の子どもさんたちの甲状腺の検査に関わること、はじめ、そちら方面のすべてに、力をお持ちなのです。大したことない方向に、大丈夫な方向に、持って行こうとされていると、私は、思い込んでいます、事故後に、医科大の副学長に就任されているのですし。

ここまで書いて来て、以下の記事を、どうしても貼りたくなりました、よろしければ過去と重複する部分もありますが、読んでみて下さい。

これは、最近でなく、100ミリシーベルトでも大丈夫、と、住民の方を避難させないでとめおくように、大丈夫発言ツアーをされて、三か月ほどしか経過していない、去年の六月時点の発言です。

      

年に100ミリシーベルトを浴びても大丈夫」としていた専門家が、最近ややトーンダウン気味。安全説に変わりはないのか。それとも現状の前に主張を変えたのか。信じがたい発言の真意とは・・・・。ご本人の談話とあわせて検証する。

 事故発生から約3ヵ月、福島第一原発から撒き散らされた放射性物質で、日本の国土は汚染され続けてきた。子供たちを含む人々の健康についても、被爆量の上限が年間1ミリシーベルトから20ミリに変わったり、さらにまた1ミリに戻されたりと迷走続き。国や専門家に対する国民の不信と不安は頂点に達しつつある。
 その中で、ずっと“安全説”を唱えてきた識者が山下俊一・長崎大学教授(58歳)だ。被爆医療が専門で、事故発生直後から福島県の放射線健康リスクアドバイザーを務める山下教授は、メディアや講演で、「(年間の被曝量が20ミリを大幅に上回る)100ミリシーベルトを超えなければ発がんのリスクが高まることはない」「(福島の現状では)ただちに健康に影響はない。外出時にマスクを着ける必要はない。子どもが外で遊んでも大丈夫」
「ぜひ(福島の)皆様方に安心と安全を伝えたい」などとさかんに発言してきた。

「福島、有名になっちゃったぞ」

 教授の発言の中には、「福島という名前は世界中に知れ渡ります。福島、福島、福島、なんでも福島。これは凄いですよ。もう広島、長崎は負けた。・・・何もしないのに福島有名になっちゃったぞ」「放射線の影響は、実はニコニコ笑っている人には来ません。くよくよしている人に来ます。」「避難したければ、好きに避難してください。ただ、避難できる場所がありますか?」といった、真意がわかりにくい発言もある。
 とにかく、「山下先生はあまりにも安全性を強調するので、福島では『ミスター大丈夫』『ミスター100ミリシーベルト』と呼ぶ声もあるほど」(地元の新聞記者)だという。こんな山下教授のスタンスに対し、「年間100ミリシーベルトを浴びるのは慢性(長期間)なので、原爆のように一瞬で浴びる場合より影響が少ない。年間の100ミリは一瞬の20ミリに相当するレベル。つまりCTスキャンで浴びるのと同程度です。怖がるような数値ではありません。」(中村仁信・大阪大学名誉教授)と同調する意見もある。しかし一方で、あまりに楽観的な主張に少なからぬ批判も出ているのだ。
 日本大学歯学部専任講師の野口邦和氏は言う。
 「山下教授は『年間100ミリ以下では発がんのリスクは高くならない』などと発言していますが、確かに、100ミリ以下の被爆で発がんのリスクが高まることを示すデータはありません。あるのは100ミリ以上でがんになる人が増えるデータだけ。しかし、『データが無い』とは、『わからない』ということであって、『安全』を意味するのではない。100ミリ以下というのは、まだよく解明されていない領域で、実はがんのリスクが高まる可能性もあります」
 リスクが大きいという予想と、小さいという予想の両方がある場合、前者を探るのが予防原則だ。リスクを小さく見積もって、想定より大きな問題が生じれば、取り返しのつかない事態になりかねない。
 矢ケ崎克馬・琉球大学名誉教授はこう指摘する。
 「放射線によって人体には、血便や脱毛、皮膚の変色いった『急性症状』と、10年後、20年後の発がんとして現れる『晩発性の症状』の両方が出ます。急性症状に限れば、確かに100ミリ以下では出ません。
 しかし内部被爆によって、晩発性の発がんの確立は高くなるんです。山下さんがこれを知って『安全だ』と言っているのなら、住民を騙していることになるし、知らないのなら、きわめて大きな不勉強と言われてもやむを得ません。」
 このように、“安全派”の最右翼とされる山下教授だが、実は最近そのスタンスが微妙に変わりつつあるらしい。「山下先生は、5月に入った頃から危険性も少しずつ話すようになった」「福島では安全性ばかりを強調するが、それ以外の場所では『線量が強くなったら避難した方がいい』などと語り始めた」といった指摘の声が上がっているのだ。確かにこのところ、「安全という言葉は安易につかいません。私は皆様方に少しでも安心してもらえればということなんで」「将来のことは誰も予知できない。神様しかできない」「(国が基準値を20ミリシーベルトにしたことについて)私は皆さんの基準を作る人間ではありません。皆さんへ基準を提示したのは国です」
・ ・・・などなど、方針転換とも取れる発言をしているのだ。事態は、山下教授の予測を超えて深刻さを増しているのか。あるいは、それを目の当たりにして教授は自説を変えつつあるのか。ご本人に聞いた。

軽い気持ちではなかった

 「確かに表現に気をつけるようになりましたが、僕の主張は一貫して『100ミリ以上で発がんリスクが増える』で、以前も今も変わっていません。福島でも他の場所でも同じことを話しています。僕がぶれているのではなくて、周りの受け止め方が変わったのではないでしょうか。現場には専門家が少なく、さまざまな情報が飛び交っているため、住民の不安を煽る形になっているんです。 
 僕は福島県や福島県民を応援し、その医療崩壊を防ぎたい。だから『正しく怖がろう』と説明して、落ち着きを取り戻して」ほしいと考えていました。実際、医学的根拠に基づいた僕の説明で安心した方も多いはず」
―――――――「福島という名前は世界中に知れ渡ります」「もう広島、長崎は負けた」という発言に違和感を覚えた人も多かったのでは?
 「今後、福島という地名を名乗るには覚悟が必要になる。だから頑張ろうと皆さんを励ます意図で言いました。それが伝わらなかったとしたら僕の不徳の致すところですが、広島、長崎、福島の3都市が一緒に世界に平和を訴えていこう、と呼びかけたつもりでもあります。決して軽い気持ちではありません」
――――――「放射線の影響はニコニコしている人には来ない」とは信じがたい話です。
「動物実験などで実証されているのですが、過度に緊張していると自律神経の作用で放射線の影響を受けやすくなります。リラックスしていれば、それが少なくなる。ただ、一般の人に説明しても理解しにくいと思い、わかりやすい表現を用いました。科学的に根拠のある話しなんです。」
 もちろん、今回の放射線の飛散がどれだけの健康被害をもたらすかは、将来にならなければわからない。ただし、山下教授でさえも慎重な言い回しを選ぶようになってきたことは、この問題の深刻さ、未解明部分の怖さを示している。
 将来ある子どもたちのためにも、リスクは大きく見積もるべきだ。それが科学者として真摯な態度と言えるのではないか

     

後で言い訳しても、かぶってしまったものは、どうすることも出来ない。

ブログ主さんの、そして、高線量と常に名指しされる地域で、心を奮い立たせながら生活をしておられるディランさんの、心からの訴えが、提案が、お耳に届きますように。


私も、書きたいことがあります。

1ヘクタールという広さの、見当がつきませんでしたが、1ヘクタールは、100×100メートル、の広さだそうです。

その、1ヘクタールの土地の、上層・・・上の部分数センチ・・・五センチほどをはぎ取って、のけて、そこに、ゼオライトを数センチ、敷きつめる。

そのゼオライトの上に、よそから持って来た「いい土」をかぶせる。

ゼネコンが、これだけのことをすると、政府から、950万円のお金が出るそうです。

とにかく、後はどうだか知らないが、そうしさえすれば、お金をもらえる。

そういう仕組みが出来ているとのこと。

他に、どんな方法があるとしても、これ以外の方法では、補助金は半分くらい。

お金の問題でなく、土地そのもののため、とか、一度敷いたゼオライトが、いつまで、その下の土から上へ登ろうとして来る放射能を遮ることが可能か、そんなの全然関係ない。

そのやり方なら、950万円出る。

こんな話を、実際に自分の耳で聞いて来た人から聞いた。

人々の命や心や、大切な土地、土地に向ける想い、すべて関係ない話で、こんな話がごろごろしている。

私の愛する日本という国。そんな国に、なっているといいます。

もう一言。

一番悪いのは、官邸にいる誰かではない、あの企業のえらいヒトでもない、ひっそり隠れて、どんな顔もさらさないで、この事故によるリスクを負わず、天下りなんてけち臭いことに頼らなくても、今度は、東電を、好きなように操れることができるようになった・・・通産省です。

通産省が、一番悪い。

野田さんなんて、悪者ですらないわ。



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