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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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KUONの久遠

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・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

おはようございます。

最終の土・日は、多くの場合、工場で作業しています。昨日は途中から雪になり、みるみる積もって、山の中の小さな森も田んぼも畑も、真っ白に染まって行きました。夫と私が仕事している工場も、はたからは、白い雪に包まれてゆくちっぽけな建物に見えたことでしょう。

豪雪に覆われていると聞く、北の皆様。雪は、きれい、なんて呑気なものではないのでしょうね。

山イチゴさん。お返事遅れました。

1月八日に、野田首相が「政府内でしっかり検討する」と仰った、福島県内の全・18歳未満のお子さん方の医療費の無料化を、却下というか、それは出来んよ、予算が無いから、と受け入れられなかった、ということについて、ですね。

当初、年間100億円程度の経費を見込まれた、が、その財源が無い、という理由だとか、書いているところもあります。

無料化を、福島県の佐藤知事さんがお願いされた理由は、もちろん、放射性物質の影響に脅えて暮らす子どもたちとその親族たちの不安を除くこと、そして、福島県からの人口の流出を防ぐ一つの方法でもあること、と、そういう感じで書かれています。そうなのだと思います。自分なりに、読めるものを探してみたのですが、これくらいのことしか、判ることが出来ませんでした。もっと調べたいと思っています。

どこかに、特別な予算が県に対して組まれている(交付される)、100億という単位でなく10億の単位だった記憶があるのですが、よう覚えておらず、どこで読んだか???の状態で・・・。

佐藤知事は、キョヒされたので、県として考える、県民に理解してもらえるよう頑張る(この頑張る、という言葉を使ったかは疑問、ニュアンスとして、です)と言っておられたそうですね。

相馬市、浅川町は、18歳未満無料化を行うそうです。

私、これ、考えを書きにくいです・・・。

全くその通りで、佐藤知事の訴えは、さもありなん、です。

でも、全ての医療費となると、風邪や骨折なども含まれることになる。

そう、書いてあるところもありました。そうよね、と思う。たとえば自分の子どもの骨折の治療費は、親が出すものという考えが、自分の中にあります。思わぬ出費が痛くても、やんちゃな子が塀から飛び降りたりして骨を折っても、家庭内で処理する。そういうものではないか、と。それが無理なお子には、そういう法的な治療の仕組みが出来ています。

理由、リクツはともかく、私は、そう考えている人間なんです。

だから、すべてを無料、というのは、難しいのではないかと思う。

「風邪」。

子どもが風邪をひいて熱を出したりするのは、放射能の影響、という考え方が出て来るかも知れません。

そうかも知れないし、、そうでないかも知れません。

放射能と健康被害の関係、関連というものは、とっても考えることが難しい、と、あれこれ、自分なりの小さな知識から、考えます。

人類が蒙った核、放射能の事故の被害は、事故としては、スリーマイル島のものがあり、チェルノブイリ原発があり、広島があり長崎がある。1999年に茨城県東海村で起きた臨海事故についての本も、少し読んだのです・・・。

ここで少しだけ、脱線します。先日来、事故直後の管政権下のいろんな会議、重大な会議のはずが、その議事録が、まったく残されていない、ということが、表立ってきています。そんなバカなことは無いです。・・・ここで怒っていると復腺できないから一つだけ。

議事録無し、は、今回の事故だけではない、東海村での事故の際にも「現場は混乱していたのだろう」とか言って、議事録は、無い、ということです。

今は、それが何を意味するかは、置いておいて、脱線から戻ります。

放射能が人体に及ぼす影響について、国際機関が(これも、どこが国際、で、どっち向いているキカンかはよくわからない)唯一、因果関係を認めているのは、放射性ヨウ素と甲状腺異常、これだけなのです。

チェルノブイリの事故からかなりの間は、それも認めていなかった。しかし、事実、現実として、現れてきたので、認めざるを得なくなった、ということだろうと、私は考えています。

甲状腺の障害は、主に大人の女性に多い。ほとんど成人女性の病気、と言って差し支えない。子どもには本来、出にくい症状、病気なのです。

それが、事故後数年、爆発的に増えた。被曝したであろう地域の子どもたち、限定で。

認めざるを得なくなった、認めた、という経緯だと思います。

チェルノブイリの事故から、去年は25年目でした。当時子どもだった年齢の方々の、甲状腺異常の数が、増加しているということです。

他の病気はどうなのでしょう。


先日も書いた、福島の子どもさんたちのかなりの数の甲状腺に、今は極小の「こぶ」が出て来ている。しこりが。


各地区の名前は省いて書かせていただきます。

3765人の子どものうち、直径5、1ミリ以上のしこりが見つかったのは26人。
5ミリ以下のしこりは、1117人にみつかり、二次検査は不要、とされたとのこと

毎時100マイクロシーベルトでも大丈夫、と言って回った(これ、何度でも言いますよ私は)山下俊一・福島医科大学副学長は、直ちに二次検査は不要、悪性の変化は見られない、との発表を行っている。

それも・・・ここが重要と自分は思います、本当に検査をするなら、穿刺吸引細胞診、ということを行わないと、本当の検査とは言いにくいのではないか、と。

太い針で、細胞を吸引して顕微鏡で診る。痛そうなこと書いてごめんなさい。

まことに子どもの健康を気にするなら、せめて、検査をきちんとしろ、と言いたい。

エコーだけ、で、5ミリ以下のしこりを、見つけられるのでしょうか。

細胞診をせずして、山下の言う「良性」という診断結果を導き出せるのか。

チェルノブイリで、無視しがたいほどの現実が現れて来てしまったのは、5年たって後くらい、少なくとも、事故後一年も経っていない今、簡単に「良性」と言ってしまっていいのか。

信じますよ、そうでありたいと切望すれば。

・・心配し過ぎ、騒ぎ過ぎ、でしょうか。ま、騒ぐと言っても、自身のよれよれブログにぶつかってるだけなのですが。

でも、子どもにはほとんど無い、というのが常識的な判断だった甲状腺の異常が、地区を限って調べた子どもたちのうちの約3割、30パーセントに、しこりの大小は今はともあれ、異常な状態(の萌芽)が見られたって、偶然でしょうか。

こういうことは、もっときちんと、厳然と、継続して、行って欲しいと、考えます。。そういうことを、やって欲しい。

・・・すべての医療費、というのでなく、細かい考え方をして、絶対にして差し上げなくてはならないこと、と、この現状の中で、まずは脇へ置いておけること、とを、個個人が、考えて行く、というのも、大切なことではないかと、考える次第です。

  




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こんばんは。雨が上がって、星が出ています。

星って、見るたびに、あ、星だ、と思いますよね。もう何十年も見続けているのに。

雨が空を洗ってくれたので、今夜の星は新鮮です。

・・・昨日は、世界中が敵になっても、なんぞ、恥ずかしいことをムキになって。

青春病の激しい子だったので、死なれるよりマシ、と思って、本気でそう思って、甘やかしました。

大人になったら、とっとと離れろ親など捨てろ、勝手にとにかく幸せになって、親とは、たま~に会えばよろしい、たまになら、御飯ぐらいおごってあげましょう・・・の筈が、今もそうは、なれておらず。


最近は新聞が、けっこう正直にニュース(の端っこ)を伝えているので、朝刊を手にして一面を見るなり、ゲンナリすることが出来ます。これはイヤミです。

今朝、

「除染 14年3月終了」

と、大き目の文字で出ておりました。

年に50ミリシーベルト以下(事故前は日本国民が一年間に「浴びていい」とされていたのは、1ミリシーベルトまででした)の地域に限定しての話で、50ミリを超えるところは、この限りではない。

年間50ミリシーベルト超の地域では、現在の技術では住民が帰宅できるレベルまで線量を下げられず、と、書いてあるのを読んで、ようやくこういう本当のことがきちんと出て来た、と言うよりは、本当なんだ、やっぱりそうなんだ、単なる考え過ぎではなかったのだ、と、現実の大きさ酷さに、ノドが一瞬でカラカラになる思いがしました。

どうやっても、帰れない場所の存在を、やっとこうして、認めて新聞の記事にしている。

・・・テレビで見た、美しい日本の村の風景。

野菜の無人販売所に、所狭しと貼ってあった「いつか帰る」「みんなで帰る」のメッセージ。一斉離村するしかなかったのでした。

帰れない。あの、美しい故郷に、帰れなくなった人が、沢山おられる。

おそらく、個々に聞かされるより先に、こうして、新聞の記事などで知った方が多いでしょう。

それなりに、シビアな予想を立てておられるにせよ、実際に示されれば衝撃は大きいでしょう。

帰れない方々。

細野大臣は「除染の目的は、避難住民に一日も早く帰っていただくことだ。一方で、帰還困難地域の皆さんには(本格除染の計画を示せず)厳しい状況であるとお知らせすることになった」と。

私のような者が、おこがましいことを口にすることは、今日は控えさせてもらいますが、自分の考えでは、50ミリシーベルト以下、であるとして、除染を行えるので行ったとして、除染済みの場所に、皆が、帰れるとは、思えません。

必死で「除染」を、自分たちの力で、子どもの通学路だけでも、と、頑張っておられる方がた自身が、難しい、と、仰っている。実際に自分の耳で聞いた話です。

懸命に「除染」して、線量が下がって、喜んだ。翌日に雨が降って、崖から雨水がドウドウと流れ落ちて、止んでから計ったら、元の線量に戻ってしまっていた、という話を、政府の方が知らないわけは無いし、知らない、では、通りません。

除染について、いまごろは、多くのメディアが、線量が下がった、低くなった、と書いているけれど、追跡記事は無いです。

その後のことには、触れないようです。戻ってしまった、とは書けないのでしょう。

除染はしたから、皆さんお帰りください、と、言えるために、国が直轄で行っている。放っておいてはいないよ、と。

薔薇子さんたち、自主避難の方々には、とても厳しい態度です。自分の意志で、避難をする必要があるとは言えないところを出たのだから、知らんよ、という態度。勝手に逃げたのでしょ、ということです。

だから、私は思っている。
除染済みの地域へ、お帰り下さいと言われてももう大丈夫です帰って下さい、と言われても、不安な人は帰れない、帰りたくない、すると、帰らない人は、自分の意志で帰らないということになります。

そういう人には、そういう態度をもって接する。

帰らせるために除染したのに、帰らないなら、仕方がありませんね、お好きに、ご自由にどうぞ、これだけです。

・・・ということだと考えます。政治のやり方って、そういうものだと思う。

帰っても、すべてが変化していますね。元の生活が、そこにあると考えられますか。

でも、帰すために、除染しておられます。国はこれをするから、皆さんは、皆さんで、何とかして行って下さいと。

日本が、棄民・・・民衆を捨てる国家だということは、噂でも悪口でも無い、単に本当のこと、だと思います。

こんなこと書いてどうなるんだ、と、われながら思いますが、また書いてしまいました。

年が明けてからは、公園のたまり水が、とか校庭の隅の土の盛り上がっているところが、とか、話題が出なくなっています。

福島の子どもさんたちの多くに、甲状腺のコブ、のようなものが、見つかっている。今では極少のものがほとんど。大事には至っていない。そういう記述を読みました。

調べているのは、福島県の県立医科大学です。

そこの副学長は、以前にも書いた、山下俊一氏です。山下氏が、放射能との関連は考えにくい、と、言っています。

関連は考えにくい、と言うために、この人が、福島の大学のエライひとになっているのでしょう。事故直後、被災各地を回って、大丈夫です、100ミリシーベルトでも大丈夫です、言って回ったお方です。それを(信じたいから)信じて、逃げ遅れた方が、、沢山いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

yuutaさん。

私はきっと、熱いひと、でなく、暑苦しいひと、だと思います。

うちの「お嬢様」、あほうの次女は、今も、高校生の頃と同じことをしている。お店のスタッフの話聞いてた、とかで、自分の子どもが寝てしまってから帰ってきたり、しています。ダンナさんが見許してくれているので(諦めている、という考えかたもある)そーゆーことも出来ます。泊まりの出張にも行きますし。恵まれているなぁ、と、見ていて思う。

トンコさん(なんて仮名よ!)だけでなく、今の女性は結婚、したがらないですね。結婚する理由が無い、と言いますね。したければ、カレシと一緒に、旅行もしてしまうし。私は少し不良で、レンアイのことなんかも幾つかあって、代表して語る資格から遠いように思うけど、私(たち)の時代は、結婚、というもの、今と違う感じで考ええいた気がします。

もう少し、ろまんちっく、な感じが、あったのではないかなぁ・・・。そういう話も、だ~ら、だ~ら、楽しいでしょうね・・・。

ようこさん。

ようこさん、世間の風は冷たいよ、と、41歳で未亡人になった母が、晩年、申しておりました。

母は、神様を信じている・・・というより、すべて「神様」基本に考えるような人でしたので、子どもより神様優先に生き、姉などは(辛い時に親身になってくれなかったと)怒っていましたが。

母なりに奇跡のように、母の神様に守られていた気がします。

だから、なんとなく私も、大きい意味で神様はいる、という気がします。

自分も、守られている感じはありますし。

いえ、布教ではないですよ、笑。

世間の風は冷たいけど、神様は見ておられるし、人も、ちゃあんと、見ていりゃあすよ、とも、母は申しておりました。

昨日言ったこと、忘れていませんから


ジュンさん。

読んでいただいているそうで、ありがとうございます。

甥ごさんたちのことも。

お姉さんのお子さんでしょうか、お姉さんも、きちんと生きる母の姿を、見せておられたのでしょうね。

ボーイスカウトの、愛ある指導者さんにも、恵まれたのですね。坊やたちは、叔父さんにも。きっとジュンさんにもね。

何が不足だからこうなった、ということは、あまり思いたくないですね。どんな環境の中からでも、大きな美しい花を咲かせ、実を実らせるものはあるから。反対もあるけど。

今宵のチャリティ演奏会、よかったでしょうね。

去年のクリスマスの頃にも貼りましたが
「アヴェ・マリア」大好きな歌唱で、もう一度。

また、コメントくださいね。

山イチゴさん。

はい。孫に、教えてやりますよ。必ず。長生きしてね。

孫の、今のパパは、とっても素敵な男。孫には、時期になれば自分が、きちんと話してやる、と、言ってくれています。その後で、機会があれば、と、考えています。孫は、父親に愛されて育っている、幸せな子どもなんです。

山イチゴさんのお母さんは、先に亡くした男の子の記憶が、強くて辛すぎたのですね。若いお母さんだったのですものね。

お祖母ちゃんがいて下さって、山イチゴさんは、愛を教えてもらったんだね。一番大きなプレゼントを、もらったのですね。

(ワタシはイチゴさんの本名知っているので)あの名前は、そういう思いのもとにつけてもらった名前なんですね。

書いていいかな・・・私も、子どもの頃「みっちゃん」と呼ばれていました。この話は、これでおしまいね。。

激しく心配かけてくれた次女も、優しいですよ。長女も私に優しいの。ぢいさんもすっごく優しい。・・・ねへらにへら、こんなこと書いてないで、お風呂はいって寝ましょう。

久しぶりに・・・もう「今日」になったから・・・今日も元気で、いましょうね!。












あなた変わりはないですか 日ごと寒さが募ります~。

今日は奈良でも雪がふりました。寒いというよりキーンと冷たい日でした。温かい部屋にいられることが、しあわせです。

ようこさん。

コメントありがとうございます。

銀行の課長が「つるはし持ったりできますか」って、「冗談です」って、それ、暴言、と言います、普通は。

腹がたちます。事故さえ無ければ、そんなこと、言われなくてもよかった。どんな状況の中で出て来た話か、想像するのみですが。

ようこさん、銀行との間がどうであるにせよ、そんなこと、言われなくてはならない理由、無いんだよ~。

お金返せと言われるのは仕方ないとしても、ツルハシ持ったりできるか、と言われる理由は無い。

どうにもならないかも知れませんが、どっかへ「言いつけちゃる」ところが無いか、少し、調べてみますね。

もし、すぐにどうにもならなくても、このことで私は辛いんです、という意志表示をしてもいいんです。東電のばか、私の生活を返せ、と、がなってもいいと思う。仕事、ワヤにされて、暴言吐かれて。銀行には銀行の立場があるでしょうけど。「ツルハシ持つとかできますか」など、言われる理由は無いです。

どうにも出来なくても、とにかくとりあえず、悔しい、と、叫んでみたいではありませんか。

yuutaさん。

・・・と、いささか尖がっている今日のワタクシです。

薔薇子さんもそう。事故さえ無ければ、薔薇子さんの今のしんどさも無かった。

起きたことに「もし」は無い、それはほんとや。それなら、もう少し真面目に、誠実に、このことで苦しんでいる普通の人たちのこと、どうにかしようとして欲しい。

力の小さな人が、暴風を受けているんです。

被害者意識を持って生きるのは好きでない、まったく好きでないが、カンペキな被害者なのに、真面目にまともに苦しんでしまっている人を見ると、本当に、ワケがわからなくなる。

これでいいのか?。こういうものなの?弱い人は、くるくる、回されているしかないの?。今さら青臭い、ではない。本当に、今の状態は不思議。東京電力の社員さんにボーナスが出たのも不思議、社員に罪はなくて、当たり前と言うのなら、家や職場や家族や友や未来や「絆」や、失くした人たちに、それ以上の罪があるはずも無いでしょう。

私が、はっきりものを言うし同情心が無い、と仰って、もう会いたくないと言われた若いお母さんも、苦しんで、ひっそりと泣いておられるんです。苦しいから、大丈夫、と言って欲しいんです。大丈夫ですよね、と問うて、もちろんですよ、と、支えて欲しいんです。気持ちわかる・・・。

・・・私の娘は、いわゆる「スピード違反」の結婚、出産、離婚を、一年ちょっとの間にしましたの。

仕事、仕事と、今は目の色変えているから、今からなら子を生もうとはしなかったかも知れない。どさくさに紛れて産んだから、自分に今、子どもがいてくれる。と言っています。

大きなお腹でウェディングドレスを着たり、虫みたいに幼い子を連れて離婚したり、娘はいろいろ言われたし、友達も、私に、言った、みんな、いろいろ。

自分なら許さない、とか、デキ婚だけはして欲しくない、とか、躾が、やっぱり問題あったんじゃないの、とか(これは事実です、はは)時に「こいつめ」と思うようなことを、いっぱい、言ってくれた。黙っていました。

世界中を敵に回しても、自分は、娘の味方でいる。

世界の方が正しくて、娘が「いけない方」でも、娘の側にいる。それは、自分が、そういう親を持つことが無かった気がするので、そうなりたかった。

私の子どもは、早まったり愚かだったり、もの知らずの恐いもん知らず、でも、素直で優しい心を持っている。

ずっと、厚かましく、そう、思い続けています。きっと、そうなると思う。

自分は幸せに、望まれて(当時、娘の夫だった子も、悪い子でなかったです、いい子でした。自分の子が生まれた時は、両手に捧げて感動溢れて泣いていた。もう縁の絶えた人だし、孫にも、孫が大きくなるまで、自分が生まれた日の父親について語ってはやれませんが、忘れません。)子を生んだのに、という思いが、ずっと後を引いて、どこにいるかも判らない、産科医院で一瞬触れ合った子のことを、幸せでいて欲しい、と、考えているようです。

私も思う。その子のことを。

空が青くて、風が吹いていて、窓から見える楡の木の梢が、ゆら、ゆら、お日様をあびながら、風に撫でられながら、そよいでいる日に、生まれたんだよ、と、教えてあげたい気がします。誰か、その子に、そんなこと、嘘でもいいから、言ってあげて下さるでしょうか。

妙にセンチメンタルです。

手の届かない誰かを思うに、センチメンタルでしか、いられないじゃないかと、思う・・・自己弁護。


山イチゴさん。

自分の体験談は、書くの(笑)。歳月がなだめてくれているから。

野田聖子さんの赤ちゃんのことを思うと、私は、フクザツな気分。

なんぼ、欲しくて生み出してくれた親が思ってくれても、手術受けて痛いのも、病院と縁の切れないこれから、なのも、母親でない、当事者である子ども自身だもの、なぁ。

養子縁組というものに対するハードルが、以前よりは越え易くなって来ては、いるのでしょうか。

もう十年ももっとも以前から、親が子を捨てている、と感じることが沢山あった。

また娘の話ですが、女子高の生徒会長であり(これって自慢?)ふざけて言えば影の番長、と、私は呼んでいました。

自分のこともまともに出来ないのに、人のことが気になって、しょっちゅう家へ誰かを連れて来て、自分の茶碗は洗わないのに(しつこい私)来ている友達や後輩には食べ物を作り、大切にとってあったお気に入りのタオルを使ってもらい・・・私もあの子に、甘いちりちり卵、作ってもらいたかった(ばか親)。

それはいいのだ。が、なかなか、家へ帰らない。わが家から一緒に登校し、下校し、狭い部屋で、いろんな話をしている様子。

でね。

親御さん。連絡すると。「すみませんが、気の済むまでおいてやって下さい」と仰るんです。

はぁ?。


「私が言っても何も聞かないから。もう、あの子のことは考えたくないんですよ」

そう言うの。そういう親が、一人ではなかったのです。

もう知らない、関係無い、関わりたくない、放っておいてやって下さい。

そうなの。

たまたま、私や娘が、そういう匂いを持つ人間同士を、引き寄せてしまう「クラい」何かを、発散させているのかも知れないが・・・。

子を、関係無い、放っておいてやって下さい、と、そういうお母さんを、けっこう見ました。

貧しさの故、ではなかったです。



・・・今夜は、心のタガのどこかが外れて、だらだらと喋ってしまいました。

もしも、何かがお気に障ったら、お許し下さい。

武田邦彦先生が、このように書いておられます。


福島の定時降下物は1月22日頃から減り始めてほとんど警戒の必要がなくなってきましたが、一昨日は少しでたようです。「緩い警戒」から「少し気にしている」ぐらいにさらにゆるめてください。       






私の住む奈良市の隣に、大和郡山市があります。郡山城があります。

豊臣秀吉の異父弟、中納言・秀長の城だった。駅から徒歩数分のところにあり(駅が後で出来たのですけど)、道路から、立派な「日本の城」そのものの威容が見上げられます。堀も天守も往時のままだとか。

春には、外堀に向かって、石垣に添う爛漫の桜が豪奢に花びらを散らし、それは美しい光景です。

石垣も残っています。その石垣のある部分に、有名なスポットがある。

逆さ地蔵。どこかで静かに立っておられたお地蔵様が、早く、早くと築城工事を急かされるまま、そして、ある説によれば、寺社の数が多く力も強く、一般庶民の仏教への思いの強いこともあり、その思いを挫く意図もあって、石塔も石仏も、時の権力者の手にかき集められ、石垣の基石として扱われ、埋め込まれた。

花や供物の絶え間ないのです。

郡山にいま住む方のことを書こうとして、つい、話が滑りました。

権力を持つ人間が、力に任せて無茶なことをするのは、変わりのないことだな~、と、改めて、感じたりします。


さて。大和郡山市の某所に、福島県郡山市から、お子さん二人と共に住み始めているお母さんがおられます。薔薇子さん、と、あえて華やかな仮名でお呼びします。

初めてお会いする時、何か喜んでもらえそうな物を、と考えて、結局、自分の好きな真紅の薔薇を、数本ではありますがお約束のカスミ草と一緒にブーケに作ってもらって、お渡ししたら、恐縮するほど喜んで下さったのです。

食べるものも日用品も本当にありがたい、でも、この花束、嬉しいと。だから、薔薇子さん、と、呼びます。

三十代半ばで、お子さんは、今のところ保育園にも幼稚園にも行かず、ママと過ごしている。

いわゆる自主避難をして来ておられる。それもあって、今朝の(毎日新聞)朝刊にあげられている例、の方と同じく、すべて自腹で動かれた。ものすごく古いアパートに住み、移動の費用も、幼い子連れで嵩むけれど、何の請求も要求も出せずにおられるようです。

自分の意思で避難された方は、薔薇子さんのように、自分を責めている方が、どうも、多いようです。

夫は、今は自分の親と一緒に福島県内にとどまっておられ、仕事を続けている。夫も、舅、姑さんも、もう帰って来い、来て、と言われる。自分だって家族で暮らしたい。しかし、子どもの健康が気になる。

いろんな情報があって、どれを信じていいのか、自分だけが神経質で、皆に迷惑をかけているのか、と、くるいそうになる、と、言われます。

私は常に、単なる傍観者でしかないです、医師でも科学者でも、法律的な何かを知っている人でもなく、無力な人。

小さな縁で、何人かの、自分たちの考えで郷里を後にして来た方々に、お会いしました。国や企業が明言しないけれど、どうも危ない気がする、と、はなれて来たと仰る方々でした。

「福島は大丈夫ですよね、いつか、戻れますよね」

明らかに「イエス」の答を望んでの、そんな問いに、私が、どんな答を持ちうるでしょうか。

言えるのは、わかりません、だけです。そして、付け加える。

「私の考えですが、それは、難しいことだと思います」

これが、ぎりぎりです。幼いお子のお母さんに、それ以外のことは私には言えません。

「あの人(わたしのこと)は、ひどいことをはっきり言う、もう会いたくない」

そう言われても反論できません。気持ちは、よく、わかるもの。

本当は、何も無い、大丈夫、放射能なんか大したことなくて、やっぱり、家族は一緒にいるべきですよ、離れ離れのストレスの方が問題だわ~、とか、本気で言えたら、どんなに自分も楽かと思う。

そうなのかも知れないし。大丈夫、の方が、絶対的に多いのかも知れない。・・・でも、放射性物質による影響は、ある意味、確率論だから。誰に、どんな風に影響してしまうかわからない。

浴びるより、浴びない方が、安心ではあるだろう。これだけは、真実だと考えています。

このような事故は、人間の歴史が始まって以来、初めてのことです。広島や長崎やチェルノブイリと、同列で考えられない事故。低線量での、長期にわたる被曝が、人体に、どんな害を及ぼすのか、わかっている人は、世界中のどこにもいない。

歴史的にも、このような災害は無い。今後、三年、五年、十年、その時のひとが、ああ、これが、と、胸、かきむしることになるのか、そうでないのか、誰にもわからない。

いい筈が無い、であろうとは、予測できる。

・・・みんなが呼ぶなら帰った方がいいんじゃないの、とは、言えない自分です。

薔薇子さんは、とても苦しんでおられます。たまに帰っても、家族以外の方からも、どうして遠いところへ、という視線を、感じられるのだそう。いささかナーバスになり過ぎかな、と、ご自分で分析できる賢い方です。

私には何も言えませんが、大切なことの優先順位を、苦しいけど辛いだろうけど、自分の中でつけるしかないのでは・・・と、言う。そう思うから。

どう決断されるか、離れて見ているしかない自分です。

壊れてしまったものは、形あるものばかりではない。ぷくぷくほっぺの愛しい薔薇子さんのジュニアちゃんたちに、顔、覗き込んで笑いかけてもらって、どうしようもなく切なく、無力な自分です。

三月には、きれいな華やかな、お雛様のケーキを、とてもミニなのでも、プレゼントしたい。あっちも切羽詰ってのことであろう、だんなさんに、以前のように優しい言葉をもらえなくなっている、薔薇子さんに。

センチメンタル・ケーキ。センチメンタルも、いいじゃん。



yuutaさん。どんどん、隠していた、ということ自体が、表へ出て来ていますね。なかったことにしていた、とか、とても重要な会議の中身を記録していなかった、とか、元旦だけでなく、九日に、四号機の周りが怪しい動きで、軍用機やヘリが飛びまくっていたとか。

えまさん。

桃、好きです。私がよく行くスーパーマーケットは、産地を明記したモー肉を、初めから値引き価格で出しています。自分は、自分も店を営んでいた経験から、ものの値段には、それなりの必然性があると考えています、だから、やみくもに値切ったりできる人が、好きでない。・・・こうなる前には、そんな産地の肉など、私には手の出しにくい高級品だったのに、と、申し訳なく感じつつ、でも売れ残るよりいいよね、きっと、と、買いやすく、買わせてもろうています。小さな思いでも、続けて行きましょうね!。

やさいさ~~~~~ん。

困ってた後の私に、間髪を入れずのお言葉。嬉しかったです~。ひゃあ、早!、愛を感じた~。

で、ありがとー、とか、即、書かずに、寝るべし、とのアドバイス通り、寝ました。そういうアドバイスには素直にしたがいます

よく眠れました。

山イチゴさん。想像すると面白かったでしょ。その想像通り、面白かったと思うよ~。

焦った。

簡単に生み出されて、簡単に施設へ送られている子どもたちのこと、も、昨日、書いていたのでした。次女が出産した医院で、そんな赤ちゃんのひとり、見てしまったし。

高校生の娘が、産み月になるまで気づかなかったと主張する女性が、廊下に響き渡る大声で、もう陣痛が始まって苦しんでいる娘の、腰を撫でてやるでもなく、とにかく子どもは要らない、自分には関係ない、と、すごい勢いで、院長に・・・。

陣痛中の女の子(この子にも問題はあるが)の精紳状態を想い、生まれかかっているのに、関係無い、要らん、と言い捨てられている赤ちゃんが、安っぽい言い方で申しわけない、なんとも言えず・・・。

驚きながら帰ってしまったので以後のことは不明ですが、翌日、私の娘が、涙ぐんで言うには。

赤ちゃんは、かなり時間がかかって産まれて、すぐにどこかへ連れて行かれたようで、産んだコは、入院道具も持っていなくて、ベッドの上でアタマからシーツかぶって、声も出さず丸くなっている・・・、と。

前夜、公衆電話のところで黙って立っていたので、ケイタイを貸すと喜んで、かけていたが、泣いて泣いていて、かわいそうだった、と。

わが子の翌日に同じ医院で生を受けて消えた赤ん坊のことを思って、涙が止まらない様子でした。顔も見せてもらわなかったのではないか、と。

・・・地球より重い命、ばかりではないもの。

軽い軽い命がある、大人の都合で、風船みたいに揺らされる命が。

その命の、一個ずつに、ココロ、なんてものが、宿っていてね・・・。

ようこさん。

アンコウ鍋は三月で終わり、だそうですが、その後は、何の季節になるのでしょうか。よかったら教えて下さいね。





こんばんは。

パソに向かってフントーして(自己評価)書き終えて(個人的な至福の時)、タイトルもつけて(けっこうむじゅかしい)さあて、ここ押して、こうやって、はい、今夜もブログ、書けました、嬉しい~(知らぬが花)、と、一連の儀式(操作ともいう)を終了し、ブログの確認、ということを、してみれば。

ざぁ~~~~~~。

血の気の引く音。絵文字であらわしますれば

無い。

今、書いて、保存して、つまり出て来てくれているはずの、記事(レス?スレ? 未だにわかっておりませぬ)が、消えている。

あせって記録場所へ飛び、ほっ残っているわと、安堵して、よいしょ、これでいいでしょ、と、右クリックとか、コシャクな動作を行って、確かめる、が~~~~ん、ダメですわ。

・・・さっきから、こういう経緯を辿っておりまして、ちとショック、今夜はだめなようです。

明日はダメじゃないさ。そうさ。唐突に強がってみせたりして。ちょと空し気味。

・・・すみません、今夜はキカイに敗北宣言。タイトルは「本気になるかも」で、三分くらいは、読んでいただける状態になってくれていた気がします。もしかして、どなたか、必ずすぐに読んで下さる方がいて下さるようで、そのお方の目には、もしかして・・・途中で消えたりしていたら、失礼ですわ、どうしましょう・・・わざとじゃないから許してくださいね。お願いします!。

消したのでなく、消えたのですよ~~~。

くすん。わ~~ん。

・・・何のことか、わかっていただけないでしょうね。

書いたことが、無くなってしまった経緯についてご報告を試み・・・見苦しき言い訳になってしまった、と、いうわけ、です。。きっと、そうなんです。

けっこう真面目に落ち込んでおります。もしも、そんなことは無いと考えてはおりますが、ふざけたことを書いているわ、と、思われるようなことがあるとすれば・・・。ご不快な感じを、お与えしたりしてしまいましたならば。

残念ですが、わたくしの「素」の部分の「あほう」さが、かくされようもなく露見した、という事実が、明らかになったのみ。

ほんとに、ふざけてはいません、お返事もせずごめんなさい、ちょっと、己のキカイおんちが、こたえておりますので、言い訳のみにて、今夜のブログを終わらせていただきます・・・・・・・・・・・・・。

おやすみなさいませ。

・・・これは、ちゃんと、出て来てくれるんでしょうね。

それもまた、恐い気もしますが。おこられるかもしらんもん・・・。

お返事が遅くなりました。

ジュンさん。

最新に下さっているコメント(女子会等の)ともからめて、なんや、かんや、すこ~し書かせて下さいね。

ニャンさんたちと、ゆっくり、のったりと時を過ごされたという(いいな~)yuutaさん、ヘルパー二級に言及された山イチゴさん、私のよれよれブログで癒されると言って下さる(喜)えまさん、開けば出て来るトップページの写真が「港ヨコハマ」であると、教えて下さったsarahさん。「元の福島に」・・胸の痛いようこさん。

すみませんが、一緒にお返事させていただく失礼、お許しください。以前も書いたことですが。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

地球上に存在する水の量の、97パーセントが海水だそうです。

残り3パーセントの淡水の70パーセントは、南極、北極の氷として存在。

川、湖、沼など、人間の近くにある生活淡水は0,8パーセント、その0、8パーセントのほとんどは、地下水として見えない水、人が簡単に使える水は、地球上の水の、0,01パーセント、ということです。

この貴重な水はそして、液体、個体、気体と姿を変えつつ、絶対量は不変。

地球にある水の量は、増えも減りもせず、同じ量。決まっている量を、人類すべてで分け合っているということです。未来へも、同じ量を残してゆく。

水を、汚してはいけないことが、よく解ります。

今回の福島の原発事故以前にも、核実験によって、地球の大気は汚され続けて来ました。

2009年以降の核保有国は、正式にはアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国、の五カ国。

NPT(この言葉の説明はともかく)の批准外ではインド、パキスタン、北朝鮮が保有しています。他に、持っているであろうと確実視されているのが、イスラエル。疑惑視されているのがイラン、シリア、ミャンマー。

日本はもちろん、世界で唯一の被爆国であり、核は持っていません。が、50基以上の原子力発電所を持っています。いました。また作ろうとも、していました。

空気の話をすれば、地球上の空気の量の半分は、地表から5キロメートル以内に存在しているそうです。

その空気も、核実験で、汚し続けて来ました。

私は、ずっと、ふ~~ん、という気持ちで、そういう話を聞いて来ました。いつか、フランスが核実験を行ったという時、新聞の投書欄で「フランスの核実験に反対の気持ちの表明のため、大好きなシャネルの口紅を、一生涯使わないことを決意した」という記事を読んで、な~んか、な~、と、笑ったことさえあります。

それでどうなるんだ、と、思った。あまり何も考えていなかったんです。

三月に、福島の原発事故で放出された放射性物質は、政府が、IAEAという国際機関に正式に報告した量で、大雑把に言って、セシウム137が、広島へ投下された原爆の、170発分です。

この量は、大変な過小評価であることが確実に言われており、日本(の、そういうことに関わる人々)は嘘つきである評価が定まり、それって、悔しくないですか。

すぐに消えてしまうものから、半分になるまで数億年を要するものまで、あれこれある「放射能」の中で、今のところ、人間にとって最も危険、危害を加えるのが、よく聞かれる「セシウム」の中でも137、という核種なんです。

これは、半分に減るのが(半減期)29年くらい、とかいうもので。

初めにどーんと出てしまったものが、水に入り、土に滲み込み、陽に照らされて大気中に舞い上がり、雨が降ればまた地に降り、の繰り返しをしている。

これを書くと、どなたかを悲しませたり傷つけたりしてしまうのでしょうが、今、しきりに行われている「除染」というもの。あれは、一時的には放射線の量を下げるが、雨が降れば同じ、風が吹けば同じ、ということではないか、と、考えています。移動し続けているだけ。溶けも消えもしないものを、移しているだけ。

それでも、幼稚園の土を、今日「除染」して線量を下げれば、そこで遊ぶ子どもは、今日、明日の線量は下がっているので、いくらかは安心、と。そういうことを、行っているのです。

仕事を失った方々の仕事になっている面もあり、国が主導の公共事業であるので、事業を請け負えば取りはぐれは無く、一部地域では復興バブルと称する状態が起きている。

バブルでお金が溢れれば経済が動いて、というリクツらしいですが、私にはそういうことはよく解らない、知っているのは、どんな業者にでもお金を払ってしまうから、欠陥商品の仮設住宅や「大丈夫」被害の汚染コンクリートで新築された物件が、大量に生み出された。・・・その、支払われるお金は税金です。

ついでにここで書けば。

「原発推進研究に104億円」という、22日の新聞記事。それくらいの額であるはずもないと思う。

この類いの話は、原発に限らず、地震研、河川、どこも同じ構造があることは公然の秘密。

でありまして、私の鼻の穴が「むっ」と広がったのは(毎日新聞より。内容的には他に3紙を参照しました)、「個人別で最多だったのは福島事故直後、当時の首相から内閣官房参与に任命されたA教授で、1885万円。「持病があり(学会などの略)エコノミークラスが使えず、旅費がかさむ。その点を配慮してくれているからでは」と話す、と。どれだけの回数、学会に出席されたのだろう、と、不思議です。企業からの寄付が研究結果をゆがめる恐れについては「気をつけている。私は安全評価より開発研究が中心で、問題は生じないと思う」そうです。

この方だけが、とは言い切れなくても、こうしてお金もらってる人たちが「今のところ安心」というレクチュアを、枝野さんや管さんにし続けたのだろうと考えるのは、妥当だと思う。妥当です。本当のことです。

そして、続いて「一方で、原発の危険性に警鐘を鳴らし続けてきた京都大の小出裕章、今中哲二の両助教には、「原子力マネー」の提供はなかった」

とあるのに、その「とってつけた感」に???。どうしたんだ、毎日新聞。

どうしても、これ、書きたかったのか、この記者氏はと、いささかニヤついたわたくしでした。

・・・セシウムから、逃れることは、既に、おそらく、できません。申し訳ないながら私が住まう奈良では、まだ、放射能の脅威は及んでいない気がしています。けれど。

島国・日本を取り巻く海は、汚染を続けてゆくこと必至です。海の水に境界はありません。現在もなお、事故炉の、本当の処理がされていない・・しようがない・・ことで、当然ながら、毎日毎秒、放射能は、出続けています。

地下に、流れ出し続けています。空にも海にも地下の世界にも、境界などありません。自分は大丈夫、という感覚は、考え直すところだろうな~、と、感じています。

私は、いま、そう、考えています。違う考えも沢山あります。あるでしょう。

自分の経験では、さまざまなものを持っておられる方は、私のような考えを、疎ましく感じる方も多い気がします。東電の株を沢山持っていれば、東電のイヤな話は除外したいでしょう。小さく言えばそういうこと多く、東電という企業の力のものすごさを、何も知らなかった私は、ここに来て初めて、巨像の脚の爪のはしっこくらい、見えた、感じです。

放射能は、目に見えないだけに不気味なものです。

放射能の害は、しかし、年齢が若い方々を蝕む可能性が大であって、それは、細胞の分裂が激しい・・・新陳代謝が活発・・・当然、若い力の源であり、頼もしいものであるのですが、細胞が分裂する時、そのタイミングに、放射能が反応すると、遺伝子・DNAの螺旋が傷つき、害されて、好もしくない影響を及ぼす・・こともある。ごく簡単に言うと、そういう理屈。

簡単に言えば、読んで下さっている皆様も私も、もう、放射能の影響を受けにくい年代になっている、という考え方で、間違っていないと思います。

私の敬愛する、京大の助教、小出裕章先生は、このように仰っています。

該当地域の放射能汚染は、こころ痛むが明言すると「風評被害」ではなく、現実に、実際、起こっていることである。政府の無策、東京電力の無責任によって、現実のことになってしまっている。

しかし、東北・関東地域の第一次産業・・農業、漁業、酪農業、の灯を、消すわけにはいかない。それはしてはいけない。

自分達は(小出先生は同年代)もう、放射能の害を考える要は無い。何を食べても怖れる必要は無い。そう言っていいのです。これから身に癌が巣くっても、何が原因か、などわからない。

自分達は、東北の幸を食べよう。山の幸、海の幸、大地の恵みをいただこう。

若い人、幼い子どもに、他の地方・産の山の幸、海の幸を食べてもらおう。日本中で収穫される食べ物を、分けて、考えて行こう。

・・・いろいろなことを仰っていますが、食べ物に関しては、こう言っておられる。

私は、自分一人だけでも、そうだ、そうだと得心の行くこの方法を、取ってゆこうと考えています。私の夫も、同じ考えです。

東北・関東の農家の方、漁業の方、酪農家、観光業の方、会社員の方、おじいさんもおばあさんも子どもも、みんな、どなたも、罪とがあってのことでない、窮地に追いやられているのは、被害を受けておられるのです。

その上、野菜も米も魚も。ひど過ぎる話だと、私は、思います。

作り分けるのは大変でも、それくらいのことは、お引き受けしたい、そういう思いです。

自分は、です。

どなたにお勧めするものでもないが、自分は、こう、考えて、実行して行きたい。。



今更何を?とお思いの向きもおありでしょう。でも、こういうことを、きちんと言わないので、放射能、何もかもがコワイ、あっち行って、にもなるのではないか、と。

自分で農を行わず、魚をすなどることも無く、身を保つ食べものを頂いている身です。

初めから(やさいさんも同じことを仰っていましたが)野菜も魚も、頂くつもりでいたし、頂いてきました。汚染のことが世に染みとおり、売れない野菜や売れない海産物のことが、テレビで見ていても、なんとも言えないものでした。

ずっと警鐘を鳴らし続けて来られた先生方の、恐がるだけでなく、現実に即してきちんと理解して対処することの大切さを、学び、考えて、今更、のこと、を、わざわざ、のように、書かせていただきました。





こんにちは。

昨日から雨で、空気が湿っていて、静かです。大雪のニュースも聞きますが、空も、ほどよく、そこそこに、という感じを、忘れてしまってるのかなあ・・・。

福島二号機の格納容器の内部温度、44,7度とか、新聞に出ていますが。

どうしても「大丈夫でないことはない」と言いたがっているな、と、横目のジト目で見てしまう自分なのですが。

圧力容器から、溶融燃料が落ちて、水深は不明、の、その不明な水深の中に、スルーした溶融燃料が、溜まっている。図に書いてある。

図のことは今はともかく。

東電の社員さん「ら」34人の方が、この調査を実施され、被曝線量は最大3,7ミリシーベルトであり、その3,7は、計画線量の5ミリシーベルトを下回っているのだ、と。

いっつも、こういう言い方です。下回った、と言うと、安心なような感じがする。

日本では、事故前は、国民が一年間に「浴びていい」放射線量は、1ミリシーベルトまで、だったのです。

この数字についても、ある方はテレビで「法律なんか。そんなもの。1ミリなんて言っていたら何もできませんよ」と、武田先生に噛み付いておりましたなあ。先生、笑っておられましたが。

とにかく、自然からのもの、レントゲン検査を受けて浴びるかも知れない量、ひっくるめて、の許容量が、1ミリシーベルトと定められていたのです。

調査にどれだけの時間がかけられたのかは不明ですが、おそらく、そんなに長時間ではなかったでしょう。それで、この量を。

この東電社員「ら」さんたち・・・。


・・・室外より線量の高い、コンクリートに問題のあるマンション。売った者勝ちで、売ってしまったのでしょう。政府は「大丈夫」一点張りだったし。コンクリだけではない、やむを得ず飼い主無しになった牛、夜闇に乗じて連れ出して・・・。

そんなことも、あんなことも、はじめから少したった頃、聞く、知る機会があったので、そして、理解できて行くうちに、恐ろしくなって、自分なりに、一所懸命にあちこちにメールした。

危ない、危ない、危ない、と、本気で心配だった。でも、どこも、取り合ってくれなかった。

当たり前ですね。

小出先生のような方が、何十年間も警鐘を鳴らし続けて来られて、どうしようもなかったのですもん。

こういうことは、イヤミになるので、書くべきでないのだろうが、一度、書いてみた。悔しい。ものすごく、悔しいです。

辛くて聞きたくない、知りたくない方が多いのだから、仕方がないと、思いつつ。

愚痴です。ごめんなさい。もう止めるぞ。


いっぱい頂いて、お返事できずにいたメールたち。やっと、向き合えます。

ジュンさん。

不思議な出会いでしたね。ガサツな私、優雅なジュンさん。でも「ジュン君」の存在を介して、すぐに馴染めたのですね。自分の知らない銀座界隈のこと、セレブな世界のことなど、お聞きできて、興味深かったです。

例のあそこのあのえらいヒトは、やっぱりあかん、のね。うんうん、よ~く、わかり申した。絹のおむつでお育ちなので、わからんのは仕方な・・・くは無いぞ。滞ったままらしい義捐金、早く早く、配って下さい、と言いたい。エ~、コレは、特定の個人をさして言うてる言葉ではありません。

組織に向かって、言いたい言葉。義捐金、溜めてて、どうするんですか~。人件費に使うなよ~。私たち、500億円とか、5000億円とか、平気で一ケタ間違えて喋ってて、今も、どちらか、わかっておりません。でも、みんなの気持ちの、大切な義捐金でしょ。日赤に託した義捐金。

・・・大切なひととの悲しいことも、さばさば喋って下さって。私、ウェットなの苦手なので、居心地、よかったです。

紐育のお好きだというジュンさん。セントラルパークの、初春の陽光も、よく、お似合いでしょう。

ジュン経費のために、お仕事、お励みになって下さいね。いつか、また、どこかで・・・。


yuutaさん。

お世話になりました。あっちだ、こっちだ、ここで車止めて、など、わがまま放題に動いていただいて。とってもありがたかったです。お弁当も独り占めしてしまい。筑前煮、美味しかったな。出かけた甲斐がありました。

ありがとうございました。

「淋しい子ども」の気持ちなど、もっと話したかったね。ほんとに、一晩は短い。でもまた、会えそうだし。

会えば懐かしいし、穏やかにいると聞けば嬉しいけど、まるで離れて育ったせいか、姉たちと、溶け合いきれない自分です。いい顔しか見せてはいけないと思ってしまっている。

私には、他人が優しい。他人に、今まで、うんと優しくしてもらって来ました。今回もそうして頂いた。

ずけずけ言いますと、ははの具合が、と書いたのは、あの日、続きを書けなかったので気になって、理由をそのまま記しただけで、しょっちゅうです。「さっきから私しんどいねん、あんたいつ来るのぉ」と、いきなり言って来られる。私の仕事など「あんたが何、できるのぉ」と、全く認められない。ま、その通り、と言えばそうなのですが。
これ書くと、人間性疑われそうだけど、夫の母は、冷静に言って、わたしのキライな人。でも、呼ばれれば行くの。呼ばれない時行くと、何しに来た、と。解りやすいのです。

今は、トシとっておられて、この人に意地悪したら、わたしがモロ、悪人だよなあ、と思って、自分可愛さに、できることはする。そういうカンケイです。だから、心こめて、とか、そういうのではないの。ひどいか?ホントなのよ。ははは、悪い人ではないの。義弟夫婦と暮らしていられます。子ども、うるさいから、子どもおるなら一緒に住まれん・・・って、次男と。私、ははの孫、産みましたしね。育てなあかんでしょ。笑。

義弟夫婦は意志的に子ども、持たれなかったのです。

だから、ご心配には及ばず、です。キライだけど、えらいなあ、と感じるところは、沢山あります。yuutaさんに、代表して聞いてもらって、ごめんでした、この話はおしまい。

気を配って下さって、ありがとう。

伝言板、オーケーですよ。いつでも、どんなことでも、バリバリ行って下さいよ~。ほんとよ。ここで嘘やツイショウは無し、ですから。

ようこさん。

お世話になりました。

久しぶりに一人で一泊の旅をして、楽しい一夜でした。

お腹いっぱいで、二日くらい、軽めの食事になりました。菜っ葉炊いて食べてました。笑。

仰っていたように、お店を守りつつ、外へも出られるのですね。大拍手。大喝采。年齢制限・・・あっても、押して、頑張って下さい。私は、ようこさんを雇うとこ、すっごくお得と思うな~。絶対お得。

よく動くし、接客業が身について、笑顔で明るく気配り最高。

六角堂のこと、お陰で少し知りました。

   松島や ああ松島や松島や

の松島の海岸線も、八戸の鳴き砂の浜や、津波で景観が変わってしまったことも。

岡倉天心(名前は聞き覚えあり、有名な方ですよね、すんません、無知で)の六角堂。土台だけ残して、津波にさらわれてしまった、と、書いてありました。それが再建される。ようこさんのふるさと・勿名の杉の木を使って。・・・沢山の人に、勇気を与えてくれますように。

昨日は、言いたいこと言いました。私がかつて詠んだうたを、一首、記させて下さいね。

      皆がいてお幸せねと人の言う 家族も時に枷(かせ)ともなるを

・・・なるを、というのは、なるのに、という意味です。当時の本音でした。

また、伺いたいです。またyuutaさんも巻き込んで・・・?。逃げるかな?。逃がさんよね。


sarahさん。

ありがとうございました。

学生コンパみたいなノリでわいわいがやがや、うるさい中へお電話いただいて。静かなところへ立ちもしないで(食べ過ぎて腰が抜けておりました)酔っ払い電話みたいな受け方をさせていただいてしまって。いえシラフでした。雰囲気に酔うておりました。

あまりにも口なめらかに、ぺらぺら、何を口走りましたやら、よくは覚えておりませぬ。イメージが違う、とか、仰った気が・・・まあ、大変。どははは~のKUONとして、インプットされてしまいましたか・・・。そのものなのですが。

で。真夏の大陸、ですと。そういうイメージ?とっても嬉しゅうございます。かーっと熱くて、すてきです。外国へ行って、日本人に見られたこと皆無。チャイニーズ?、が相場にてございました。

しかし・・・。異なるシチュエーションでお話できますれば、もしかして、囁くがごとき物言いの、静かなる女人(にょにん、とお呼び下さいませ)としてのイメージで、あなた様の中に残ることが、できたやも知れませぬ・・・姿見えざる電話にてはあり・・・ごめんなさい、また、滑っていってしまっておりますなあ。

まこと、yuutaさんは晩春の潮騒。熟成した春の、思いの深さを感じさせるひと。人を裏切らないひと。

「潮騒」の間にて、枕を並べてひと夜、朝まで一直線の眠りを・・・。

ジュンさんにとってニューヨークは、特別な街らしゅうございます。きっと、お喜びとお察しします。

そして女主人ようこさんは、真冬の日だまり。派手ではないが、じわじわと、着実に滲み通って行く、底深い力を秘めたお方とお見受けしました。

sarahさんのイメージ通り。直観力に敬意と驚異をこめて、叫ばせていただきとう、存じます。

すっげえ!。



えまさん。

お返事、出荷、遅れてどうも。

明日、出させていただきます。

<東電 逃げたらあかん、人として絶対>。

・・・んんん。人、じゃないからな~・・・。

巨大企業は、人、の論理で動いていないよね、きっと。

今まで、そうだった。でも、これは、今までそうだったから、で、済まされては困ると思うのです。

毎日、大変なことが今、どんどん出ているでしょう。電気料金値上げとか。

諦めないで、違う、違う、と、思い続けようと思います。諦めてしまったら、大きいとこが、ゼッタイ勝ちですね。

自分も、ちょっと書きすぎた、かも、という時、消すこともあるし、しくしく・・・消えてしまったこともある。

ここで何を書こうが、誰も何も言うて来ないから、吼え、よし。

吼え、許す。

うっぷん晴らして下さい。どうぞ、どうぞ。ね。KUONに吼えろ!。


山イチゴさん。

塩屋のひばりの碑は、センサーで、歌声まで聞かせてくれましたよ。「乱れ髪」。

山イチゴさんの子ども時代、過酷なものだったのですね。

子どもには、どうすることも出来ない、悲しみ、傷つくしかないものね。

大人たちの修羅場で、背を向けて、じっとじっと座っているしかなかったのですね。

守ってくれない未熟な、弱い親。不信を抱き、うらみ、でも、憎みきれないですものね。

そういう思いで育った人は、子を、がばっと愛しますね。

・・・愛されなかったから、愛し方が解らないで、また、自分の子を虐待する、とか、よく言うけど。

愛し方・・・愛って、マニュアルやテクニックではない、自分がして欲しかったことを、するだけ、という、シンプルなやり方のものではないだろうか。

心が要求するもの、耳を澄ませば聞こえる・・・のではないか。

ひどい育ち方しても、自分は愛情持って子に接する人、沢山いますね。反対の例も沢山。私はそう思う。
不器用で、本当に苦しんでいる人もいるだろうけど・・・。

己だけが可愛ければ、子は、めんどくさいですねきっと。

・・・誰も助けてくれない知らない場所で、帰らない夫を待ちながら、泣き叫ぶ子と向き合っていて、ふと、窓から赤ん坊を投げ捨てそうになった、とう若いお母さんを、知っているけど。

自分だってそうだったかも知れない、と、思いましたよ。紙一重のところで、そうせずに済んだ、との思いはあります。すごくあります。

・・・まあ、こんなことを言っていても仕方ないんですが。

人間も、哺乳類の一種です。

と、そこらへん、思うです。愛し方のマニュアルって何よ、と思う私は、同情心の無いヒトですかね。

町へ出て、自転車に子ども載せてウンウン坂道登ってるお母さんや、右手に米の袋、左手に、ちょろちょろ動きたい小さいの引きずって、大きいお腹突き出してピンク色の頬で歩いてるお母さん見ると、涙、出そうになることがあります。

幸せに。みんな、みんな、どの子も、どのヒトも、シアワセにいてね、と、はなはだ「大きなお節介」の目でもって、ふうら、ふうら、歩いているわたくしです。

おかあさんのご命日。ね。










こんばんは。

ははの具合が少しナンなので、今夜はご無礼します。・・・残念・・・だが、頼ってもらっていますので・・・。

えまさん、すみません、まだ出せてません。

ようこさん、なんか、力の湧くようなお知らせありがとう。六角堂について、また調べたいです。

愛する皆様、今夜はこれにて。また一杯、喋ります、聞いてくださいね~~~~。

こんばんは。

茨城レポートの続きは、明日にさせていただきます。

きちっと書きたいので(というようなものでない、KUONのよだれ話です・・)時間をゆっくり、など、思ってしまって。

ものすごく食べて、ものすごく喋った、という話です。



今日は、短時間、ちら、とネットに現れていた東京電力の体質を物語る記事を、貼らせていただきます。

東電 経営陣への賠償提訴拒否(1月16日 18:00更新)
福島第一原子力発電所の事故を巡り、東京電力の株主たちが東京電力に、歴代の経営陣に5兆円余りの賠償を求める裁判を起こすよう求めたのに対し、「想定外の津波によるもので責任はない」という理由で拒否してきたことが分かりました。
株主たちは近く株主代表訴訟を起こす方針です。
東京電力の個人株主42人は、福島第一原発の事故で会社が巨額の損失を受けたのは、社長や役員らが安全対策を怠ってきたためだと主張して、歴代の経営陣60人に対して、去年11月、5兆5045億円の賠償を求める裁判を起こすよう東京電力の監査役に求めていました。
これについて、東京電力側から「事故は、津波対策の前提を大きく超える津波の影響によるもので、取締役に責任はない」として、裁判を起こすことを拒否する書面が、16日、株主の元に届いたということです。
これを受けて株主たちは、早ければ今月末にも株主代表訴訟を起こし、経営陣の責任を追及する方針です。
株主の代理人を務める河合弘之弁護士は「ただのひと言の反省もなく、想定外の津波だからしかたがないという主張を平気で行う監査役の見識を疑わざるをえない」と話しています。



茨城、福島、ほんの僅かですが見て来た身には、そして、善良で一生懸命な、夫の死後も二人で築いた民宿を必死で守って来た、一人の女性。

ローンの残る建物に、客が訪れなくなった。いっそと思い切るにも、今の状況では売るに売れない。そう、銀行が言うのです。前にも後にも行きようのない女将さんと、話してきた身には、心の納めようのない話です。

こんな方が、沢山、沢山、おられるでしょう。誰に訴えることも出来ず、じっとこらえておられるのでしょう。

・・・など言いつつ、明日は、驚異的な食べまくりレポートを、お届けすることになると思います。

ン?ヒトがいい思いした話、イヤですと?。そんなん仰らずに、明日も、よろしく。お頼もうします。

・・・株主さんって、被害だけ受けた人の側からは、会社寄りの気はするのですが、とにかく、逃げはだめ、という気がするのです。東電。

茨城空港は、かわいらしいこじんまりした空港で、迷わずに出ることができました。

到着時間だけ伝えて、どんな服装かなど、まったく知らせていなかったのに、すぐにyuutaさんに会えました。かつて、もし会えたらアタマ、なでなでしてあげる、背中よしよし撫でてあげる、と、申しておりましたのに、うにゃ~~と笑って、言われるまま荷物を持たせるアリサマ。ここでyuutaさんありがとうと書くと、先へ進めないので、あとでまとめて感謝をしましょう。

車に乗せてもらい、ご友人のプロの方が作ってくださったという美味しいお弁当、運転するyuutaさんにはおにぎりだけ渡し、卵焼きや煮物などのおかずは、全部、自分一人で食べつくしたのは私です。ここで・・・ごめんは、後でまとめて、ね。

まず、民宿「はまや」さん。予想より大きい建物。ぴっかぴかに玄関の床の磨き上げられた「はまや」の、女将さんでもある「ようこ」さんも同乗して下さり、目的地へ向かいました。

Jビレッジのある方向を記す標識が見えて来ました。

Jビレッジとは、福島県にある「ナショナルトレーニングセンター」。スポーツ施設やホテル・レストランがオールインワンになった、立派なところだそうです。

そこが、原発事故後は転用されて、廊下で仮眠、食事、という過酷な状態が報じられた、作業する方々(のみ)が出入りする場所になっている。

「楢葉町」の標識が見えます。事故地から20キロ圏内です。

前方に「立入禁止」の大看板。災害対策基本法に基づいての通行禁止だそうです。

道路の左側に寄せて、観光バスだったであろう大きな車体を、白いペンキで塗りたくったバスが三台、止まっている。運転手が中にいて、私が感じた限りでは「なんや、何しに来たんや、何の用や(なぜか関西弁)」と見える表情で、私たち三人を見ている。

立入禁止の看板の向こうまで乗って来た作業員は、そこで「中用」の車を降りて、看板外の待機バスに乗り込むのでしょう。「三菱重工業」とのプレートが見えました。

看板は、放射能の危険場所と、外の世界を区切る境界。

看板のぎりぎり手前まで進んでもらい、持参の数珠を手首にして、写真を撮る。ここは、無限大の悲劇の起こった、今も只中である場所です。

「写真、撮らないで下さい」。まだ若い、20代と思しき女性ガードマン(?)が私を止める。

ごめんなさい、お聞きしますけど、どうして撮っちゃだめなの?。尋ねてみる。どんな答えが返るか知りたかった。

原発事故の・・・が・・・で、と、娘さんは、はっきりと答えられなかった。きっとあまり、解っていない・・・知らされていないのでしょう。ごめんね、おシゴト中に、意地悪ばーちゃんが。心で詫びて、誘導されるまま、yuutaの車はUターン。でも、撮るもんね、私は。

道路に沿って立つ民家、二軒。人の気配は無い、お留守のよう・・・ではなく、住人の方は、ここには戻れない。自宅に帰れない。そんな方々の、家を、やはり心で詫びつつ、撮らせていただきました。

そんなことが、沢山ありました。

看板のところで、この先へは行けないと言った娘さんは、マスクもしてなかった。黒い髪を無雑作に束ねていた・・・ということは、完全に無防備な状態で、あそこにいた、仕事をしていた。

Uターンしてしばらく進んだ広場で、トラックに詰まれた瓦礫(こう呼ぶことをお許しください)の整理をしていた、数人の、多分男性は、頭の先から足の先まで、真っ白の「防護服姿」。

あの娘さんに、20キロの境界にいる意味を、教えてあげる誰かはいないのか。

いても。

知っても。

どうすることも、出来ないのか。

彼女には唯一の「職場」かも知れない・・・。

車は、海へ向かってくれました。

「この辺、ひどかったんだよね」

yuutaさんが低くつぶやき、ようこさんが「そうだね」と低く返す。

なにか、がらーんとした所を通ります。目の先に、海が見えます。

午後の陽を浴びて、きらきら光る、穏やかな海。

「この辺、み~んな、津波でやられたの」。

車を降りてみます。

家の、基礎部分というのでしょうか、コンクリートの、跡だけが、ある。

ここも、そこも、向こうも、家が無くなってしまった跡ばかり。

見渡す限り、家の跡ばかり。被害の無かった場所から来た私は、腰が抜ける気がしました。

あまりに普通に、当たり前に、普通でない光景が、そこに、あったから。

誰もいない、人の姿は見えない。

車から出て、鼻の奥が熱くなるのを感じながら、写真を撮る。

ごめんなさい、すみませんと、なんでだか、謝っていた、撮りながら。

何も無いのに、門柱だけがしっかり立っていて、そこに、漢字二文字の表札がかかっているのも見てしまった。

ここは、人の住む家だったのです。

赤い鳥居が、鳥居だけ、しゃっと立っている。

海まで・・・数分、あたりだろうか。

また進んだ。車の窓から、やたらカラフルな一軒が見える。

二階は無傷に見える。一階の、どこもかしこもに、いろんな色のベニヤ板みたいなものが、、貼り付けられている。打ち付けられている。・・・ここに、戻って、住んでおられるのだろうか?・・・・。

その奥に一軒だけ、一見無傷な家が見える。

その家は、波に、やられなかったのだろうか。既に新築されたのだろうか。復興?。

ご近所さんの、すっぱり見えなくなっている、この土地に。

いろんな思いにごちゃごちゃになりながら、乗せてもらっていました。

右手に、全体が前傾した大きな建物が見えて来た。

よくあるように、○○大会出場なんとか、とか書かれたノボリ(?)が、垂れ下がっている。

何が書かれていたか、撮ったつもりなのに、関係無いものが撮れていて、書かれた文字はわかりません。。

敷地内に車を乗り入れてもらい、少し戻って、石碑の文字を読む。

「豊かな人間性」とある。

豊かな人間性。胸に、どっかーんと来る言葉でした。

・・・海の見える穏やかなこの地で、毎朝、この石碑の傍らをぬけて「おはよ~」と言葉を交わし、笑顔を交わしていただろう、中学生たち。

そう。中学校なのです、この傾いた建物は。

石碑の隣にもう一基、細かい文字を記したものがある、それは、土台から、上の部分が転がり落ちたのか、土台の中心は白々と、落ちた石碑は落ちたままに、横たわっているのでした。

奥の方に、ぐぅいんと傾いた建物がありました。

体育館と知れます。

体育館は、静かに、惨状をとどめていました。巨大な立派な体育館。

壁のすべてが、突き通っている。壁の基本だけが格子状に残り、壁の「面」だった部分は、いっさい、まったく、消えうせている。

あっちもこっちも見通せる。

バスケットボール用のネットがありますね。

あのあたりまで、津波は襲ったのでしょうか。うっすらと、水の跡が見えて。

丸い壁掛け時計は、3時23分で止まっていました。

その時間に、ここを、津波が、覆ったのだろうか。

まだ子どもたちは、学校にいる時間だったのではないか。地震に驚き、脅えて、体育館へ逃げ込んだ生徒もいたかもしれない。

前は海。後ろは・・・私の感じでは、高台も、特に高い建物も、無かった気がする・・・。

四方に向かって手を合わせ、膝ががくがくする思いで、豊間中学校の体育館を出ました。

「先へ行くと、ひばりちゃんの歌碑がある」

そこへも寄ってみたい。

海岸線を、車は、走りました。

消波ブロックも欠けています。

海は美しいです。波は優しく打ち寄せています。

その道の、どこにも、瓦礫があった。

ずっと行く道添い、これでもか、というほど、瓦礫ばかり。

積み上げられているもの、袋に詰められて山になっているもの。

遠景のようにクレーンやショベルカーが、仕事をしています。

美しい松並木だったのでしょう、たくさん、たくさんの樹が、塩水にやられて、赤茶けて、悲しんでいるみたいに、しょぼくれていた。

駐車場には沢山の車が止まっており、でも、よく見ると、すべて、だめになってしまっている車たち。

フロントガラスの割れている車、無傷だが真っ赤にさびてしまっている車、助手席の窓とドアが、いっぱいに開かれた状態の車。

あの日、持ち主と別れてしまった車でしょうか。


美空ひばりの歌碑は、まったく、傷みを感じさせませんでした。

見上げればすぐ上に、塩谷の灯台。純白の灯台。

何軒かある店はすべて閉まっていました。

yuutaさんが、以前来た時に店の人に聞いたという話をしてくれました。

「ここでは、波が分かれて、歌碑と、すぐ近くの店はやられなかったんだ」と。

私は驚き、信じました。そういうことだって、あるかもしれない、と。

本当に、被害を感じさせず、戦後の多くの人々に喜びや楽しみを与えた大歌手の碑は、それこそ波音にあやされるように、すでに夕暮れの気配を帯びてキラキラ、美しい海の近くに、鎮まっているのでした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今日の茨城レポートは、ここまでにさせていただきます。

これ以後、朝になって思い立って、と、加わられたジュンさんも共に、年の似通うアジュマ女子会、なんと、夜更け2時40分までのガールズ・トーク。初めにくたばったのはyuutaさんでした。

途中、sarahさんにお電話いただいたり、ものすごい量の、こころ籠って美味の「はまや」のお料理を、バクテリア・KUONとなって食い尽くしつつ。

来てよかった・・・と、しみじみした夜でした。

yuutaさん、ようこさん、ジュンさん、sarahさん、この稿が終わってから、個個人さまがたに、お礼を申し上げたいと思います。その時に、ゆっくり。

ジュンさん、初めてのコメント、早々にありがとうございました。
激しい夜でしたね~。
またゆっくり、ご一緒に、思い出して下さいね。


今日は、これにて・・・。






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