KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

今年最後の「ありがとう」

今年最後のこんばんは~。

お返事遅れました、今日(は)ばたばたしてました。明日できることは明日やろう、の日々のツケが今日、どどっと来て。おほほ。

おかげさまで、元気で新しい年を迎えられそうです。おとなしいお正月のために、私も、お節料理を、できるだけまじめに作りました。うふふ。

ようこさん。

いつもとは思いの違うお正月になるのでしょうか。

始めに、書いて下さっていましたね。天国の夫は、ほめてくれるでしょうか、と。

ほめてくれますよ。当然。絶対。

きっと仲のよろしかったであろう夫さんのことも、うんうん、聞かせてもらいましょ。

海も、たっぷり見せてもらいましょ。

おいしいもの、がっつり頂きましょ。

来年は、もう、明日、来てくれますね。


山イチゴさん。

お祖母ちゃんのお好み焼き、おいしかったのですね。

それを、食べさせてあげたいと思ってくれて、ありがとう。

私も、顔も知らず名前も知らずの方々と、めぐり会えて、ネットというものの存在に、本当に感謝しています。

きっついこと言ったり、自分の「思い方」を押し付けたり、山イチゴさんには、私の、激しい一面を見せてしまった気がして、申し訳なかった気持ちもありますが、全部、本当だから。

ゆっくりでいいから、思い切り、書かれたら、と思います。なんとも言えない感じがあるから。あなたにしか無いものが、あると思うの。体に無理かけないで、ゆっくりしっかり、頑張れ~~~。

不二家は、子どもの私にとって、夢の、憧れのお店でした。あの頃は「よそ行き」って服がありましたね。

底までクリームとチョコレート・ソースというのか、とろんとろんに甘いものが詰まっていた覚えがあるのですが、妄想かも知れません。ちょっと酸っぱいなにかの味も、タマランかったのよ。


stainless stealさん、こんばんは。

今、もしお会いするようなことがあって、顔を合わせたら、泣くかもしれませんね。案じていた以上のことが・・。

いつも「自愛を」と言ってくださって、ありがとう、です、とっても。

今年も、特に寝込むということ無く過ごせました。やさいさんちへお邪魔するようになる前は、年に二回くらい、ほんとに「寝込」んでいましたのにね。風邪も引かなくなった・・・。うっすらある持病とは、ずっと、ゆっくり付き合って行くのだから、これは「元気状態」です。ありがたいな。

「局部的に幸せで」というの、いいな~、と、ほころんでしまいました。私もきっと、そうですね。その「幸せ」を、ケチらないでたっぷり、感じていたいと思います。

来年も「おバカ」なりに、いっしょうけんめいでいたいと、思っています。

よい年をお迎えください、大切な「未来」君たちと共に!。


やさいさ~ん。

私も、静かなお正月になると思います。

お節は、夫の母が料理得意な人で、一緒に作りながら教えてもらって。気張ったものではないが、なんとかそれなりにかっこのつくお重の中身になるのは、姑さんのおかげです。お節って、華やかでいな、と、思う。
こういうことがシアワセなんだ、と、思うことの多くなった年でした。

仮設住宅の断熱用の工事が遅れているのは・・・。

ヒトゴト、の仕事をする人が多いからかな・・・。

上のヒトも、実際にするヒトも、ヒトゴト、の人が、多いんじゃないか、と・・・。

どげんかせんといかん、と、熱い思いのヒトが、いるにはいるのに、肝心なとこへ手が届かない、とか・・・。

監督するとこは、きっと、どこも、ダメだな、今、と、ヒソカに考えているの。

原子力安全保障委員会、とかなんとか、そーゆーとこがつまり、今度のことでも、一番ワルイ、そうですもん。社長より政府のひとより、出て来ない利権ぐるみのひとたちが。

エリートさんって、もちろん素晴らしい方もおられるだろうが、概して、人間の体温が低い感じがするな、と、ここ何か月かテレビを見ていての感想・・・。カメレオンみたいに低い・・・触ったこと無いけどカメレオン・・・例の西山審議官、とかいう方、もろ、カメレオンだ・・・。カメレオンに恥の感覚はあるか・・・。

<心がしもやけに>ほんとに、そうです。

でも私、やさいさんが教えてくれた「クレド サラヤジ」・・それでも生きなければ、という言葉、沢山、布教しましたよ。

頑張って行こう、それしかないよね、の、呪文みたいに。

ありがとうございました、いろいろ。いろいろ!。いろいろ!。


えまさん。

大晦日ですね。

おシゴトはもう、納められましたか。私は、今日も昼まで、工場にいたんですよ。猿がまた、来ていました。

あれこれ、あげたいが、近隣の農家の方には、猿は困った生き物らしいので、食べ物をあげられません。

ごめんね~と言ったら、ぷいっとそっぽを向かれてしまいました。

今年は、本当に万感迫る大晦日と思います。

心、というものがどこにあるか知りませんが、大切な人を思う時、ずいんと痛むここに、心があるのですね、きっと。

そしてそういう気持ちは、絶対につながっていて、通い合っていると思うの。

こういうことを、何度も考えた今年でした。

来年、いい年でありますように。

来年、いい年になります。

来年、いい年にしましょう。。


今年、五月の終わり近くに始めたこのブログ。

お読みくださり、お言葉や、それにくっついて来る「思い」をいただき、本当に感謝しております。

来年は、元旦から始めます。

どうぞ、すぐそこまで来ている新しい年も、お健やかであられますよう。










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明けない夜は無い、よね

こんばんは。

今年も、もうあと、30時間で終わります。

年が変わっても私は、同じことを言っていると思います。

「詩の礫」最後まで、紹介させていただきます。

5月25日

@涙、時間、家族、歴史、福島、命、未来、ひしゃげた車、横倒しの船、水蒸気、避難所、官房長官の答弁・・・、胡桃の木の年輪。

@家族を失い、家を失い、故郷を失い、日本を失い、・・・ 拳で涙を拭う彼の姿を、見たか。

@故郷を追われ、日本に追われ、・・・・・・育ててきた牛の横腹に頬ずりして泣く彼を、見たか。

@風を、雲を、光を、魚を、港を、草いきれを、祖父を、日本を、船を、笑い声を、桜の木を、道ばたを、ランドセルを、山影を、祖母を、福島を・・・

@ドウスルのだ、お前の弱々しい思索など、反吐が出るわ、引っ込め

@彷徨った 泣いた 絶望した

魂の木を想う、魂が転がる闇を想う、魂は夜を明かす、魂は言葉を呟く、魂を生きよ、魂を生きている、あなた

@あなた 大切なあなた あなたの頬に 涙

@いつか 安らぎの 一筋になるように 祈ります

@そして共に 船の舵を 詩の舵を

@闇の港から 光の岸辺へ 私たちが朝となり 私たちが誕生となり

@船を 詩を 櫂を 漕ぎましょう

@新しい詩を生きるために

@祈りとして この言に託す

明けない夜は無い



yuutaさん。

ありがとう。

海を見てこられたのですか。

海、好きだな。

海が、好きなんです、とっても、ずっと。

海はどうでしたか。

海を、見ましょうね。


[詩の礫」よんかいめ。

こんばんは。

あー、歌舞伎を見たい、と、とーとつに思いました。

とことん派手な華やかな舞台を、見たいなあ。目が、くらくらするような。

チョコ・パフェ食べたいな~。底の方まできちんとクリームの入ってるの。昔の不二家のパフェがいいな~。

牡蠣もいいな~。レモンを、これでもか~~~ってくらい絞りかけて、つるん、つるん、と。

ゴルゴンゾーラ。チーズでこってこてのパスタもよろしいのう。

ああ、たわごと書き散らして、すっとしました。いえ、お腹はいっぱいですよ。

ぢいさんに付き合って、三日もヘルシー鍋(ビンボー鍋とも言う)が続くと、人格変わるKUONです。

いま、この瞬間、もーれつに食べたいのは、牡蠣をトッピングした、広島風のお好み焼きですわ。

お好み焼き食べる時は、飲み物は水。おっきいグラスになみなみの水が望ましい、下戸のわたしです。


「詩の礫」ご紹介続けます。

4月5日、6日

@重なり合う 手と手 葉と葉

@風に吹かれている

@木とわたしとあなた

ふるさとは夕暮れ

4月9日

@地鳴りだ、地鳴りだ、地の波だ、地鳴りだ。

ならば、私たちは無実の罪だ。福島よ、東北よ、もういいじゃないか。せめて私たちには、牙を剥くな。私は何億もの悲しい馬たちの狂奔を、止めたいのです。たてがみを優しくなでてあげたいのに。

@黙祷の時間。昼下がり。福島の人は足を止めて、目を閉じた。幼い子どもが父に尋ねた。ね・・・。「誰か、死んじゃったの?」。父は毅然と答えている。「たくさんの人」。・・・死者1179人、行方不明者3660人。見つけてあげて下さい。

街を返せ、村を返せ、海を返せ、風を返せ、チャイムの音、着信の音、投函の音。波を返せ、魚を返せ、恋を返せ、陽射しを返せ。チャイムの音、着信の音、投函の音。乾杯を返せ、祖母を返せ、誇りを返せ。チャイムの音、着信の音、投函の音。

@僕もほっとして、みんなもふうっとして、そんなひとときは、この教室ではもう無い。可哀想に、子どもたち。

@私には詩が無くなった。私には震災だけが残った。

5月25日

@ある日、そぼ降る雨、蛙の声が耳に届き、季節の移り変わりを宣言される、私は窓の下に、初夏の風を想う、窓は絶対に開けない。

彼は「立派な、いわきを作ってくれ」と叫んで、手を離して、まもなく海に沈んでいった・・、助けられなかった、消防団の人々はみな、悔しくて泣きじゃくった。・・・それを教えてくれながら、Oさんも泣いた。

@富岡町のある人は。2時間の帰宅を許された。久しぶりの家の中に入って、その人はずっと、あることをしていました。何をしていたのか、分かりますか? とOさんは私に聞いた。

@ただ家の中で2時間。泣いていただけ・・・、だったそうです。

@風と土を返して下さい。福島の輝く初夏の風の匂いを・・・。蛙の声が誘っている。窓の外で・・・。あの日から一度も窓は開けたことがな。恋しい、窓に侵入してくる風の真顔。



・・・まだ、この日の「ことば」は続いていますが、今夜はここまでにさせていただきます。

yuutaさん、こんばんは。

けしかけているのですよ、私。表現しなくていられるなら、人前ではだかになるようなこと、しなくていいと思う。言いたいことが、いっぱい詰まって、溜まっているとね。

年末で、すること山盛りなのに、ぶらぶらしているんですか。

私も何もしていない・・。今日、冷蔵庫を掃除した。洗面台磨いた。あとは、いつもより丁寧に掃除機をかけたら、掃除はそれでよし、ということにする。

大晦日まで仕事になりそうで、お正月も、元朝に帰宅予定の長女と、初詣するくらいの感じです。もう、まったり~、としたい。

ホテルでお正月したい、とか思ってたこともあったけど、それだと、素ッピンでいられないでしょう。着替えもしなくてはならないでしょう。めんどくさ~。・・・こうなったらあかん、の見本みたいなこと、言うてるわ、私。

パフェ食べたい・・・・まだ、食べたい。気合入ってないな~。いいんだ~。














詩の礫三回目。ほか。

こんばんは。

ビートたけしさんが司会される番組の声を背中に、書いています。

「安全派」と「危険派」に分かれて発言しておられるのですが、な意見にとなり、自分としてはうんうん、な意見に、うん、うん、とうなずいております。

私が怒って、何を言うかお前は!、など、テレビに向かって吼えていると、四年生の男孫が、何事かと画面を見ています。この孫に、祖母である自分の考えだけを「いい」として押し付けて、いいのかどうか。

後ろめたい、など言うと、ある種おこがましい感じになるのは承知ですが、自分は、いつどんな病気になっても、なぜだと言うより、そうなのか、と、考えると思うなかで、とりあえず身近にいる子どもである、孫たちは、私の知らない日本を、生きて行くのです。

未来がどんなものか解らない。

そこを、深く考えると、時に逃げ出したくなる自分です。

・・・沢山獲れた魚のほとんどを、そのまま海へ捨てている画像に「可哀そう」と、一年生の子が声を上げます。放射能の影響を調べる、サンプル検査のための漁であることを、どう教えればいいのか。

どう言いましょうか。孫息子の友人たちは、放射能、という言葉すら、知りません。

ただ、いっしょけんめい、言葉をかけて行こうと、考えています。

「詩の礫」ご紹介を続けます。

3月28日

真実は窓を開けたままだ いくら説いても 分かってもらえないことがある 腹が立って でも 相手の顔を見たら きれいに消えてしまうこともあり どんな時も そしてこの星はゆっくり回っている

3月29日

@お願いです。詩を書かせて下さい。みなさんのメッセージだけが、心の明かりです。

3月30日

僕たちは その木の下で無くなってしまった木の影を探している

3月31日

@それでも 花は咲き 野に風は吹き こんなにも 誰もいない

4月1日

@切られてしまうと分かっていても、桜は咲いた、満開に。切られてしまうと分かっていても、桜は散った、無くなった。

@私たちは、汗をかいている。ある男が言う。「昨日は、飯舘で何も知らない牛が、トラックに並べられて、処分されにいくのを見た。何台もトラックが牛を乗せて、走っていった」。私たちは精神に、冷たい汗をかいている。

@私は地震の日の夕方、ある大きな建物へと出かけた。知人と会わなくてはいけなかったからだ。知人を待っている間に、警備室のテレビを、盗み見た。その時からだ。私の本当の震災が始まったのは。

黒い波、全てを飲み込み、辺りを覆い尽くす、今という脅威。何百、何千の・・・。繰り返される画面映像。知人に肩をたたかれた。。すぐ尋ねた。「これ、何?」。私たちの震災の素顔だよ。

@某月某日。ものみな図書館の本は散乱して、本棚は斜めに傾いている。それを一つ一つ本棚に入れる。書物も瓦礫になるのだ。気仙沼で、ずっと母親を探しているあなた。南相馬市で、八人の行方不明の親族を探しているあなた、心は大丈夫ですか。僕は駄目です。

@おまえの弱音を聞いていたら、今日も嫌になったわい。特におまえは相当、弱っているな。悔しいか、苦しいか。フン、相変わらず、取るに足りない男だな。

殴るぞ、殴るぞ、殴るぞ、殴るぞ。助けてくれよう、福島があぶないんだよう、うわああん、うわああん。・・・

@俺じゃない、福島の風と土とが、泣いている。

今夜は、ここまでにさせていただきます。

えまさん。説明のしようもないし、説明いらない詩ですね。

詩、として、冷静に見れば、違うつぶやきを取り上げることになるかも知れないのですが、なんとなく、この詩人の、生の声に感じられる部分を、拾っている気がします。

何度もこの詩集を読み返していますが、何度読んでいても、涙が出て、出て、止まらないんです。


山イチゴさん。

アタマに「障害者の」と付けられて褒められるのはイヤ、と突っ張りたかった気持ち。

私はあなたに会ってあなたを見ていないので、あなたを「障害者」とは思っていません。障害のある方だとは、知っているけどね。されたくないことをされたら、それ、私イヤ、と、フツーに言います

障害も一つの個性、だなんて言う気も、さらさら無い。それは、当事者でない他人が言う言葉ではないですね。

障害、無い方がいいに決まってる。自分の足で歩けたら、その方がいいに決まってるではないですか。しかし現実に、障害を、持ってしまうことだって、あるのですね。

私が、猛烈に創作欲・・・誰かに認めてもらいたい欲でもあった・・・を発揮し始めた頃。十代の頃。

私の生殺与奪の権利を持っていた養父は、ものを書きたいなんて外道だ、と、説いてくれました。

外道だ、と吐き捨てられた時の気持ちは、まだ、自分の中に残っています。いろんな意味で。

驚きやショックや、不安や、どこか「おお、いいぞ、それ」という感じ。

私の長姉が、露文の学生と学生結婚をして、シアワセとは言いにくい生活をしていたので、養父は、ことに、神経を尖らせていたと思います。

私が不服がましい顔をしていたのでしょう、珍しく優しい顔で(本当は、情の深い心の底に熱いものを秘めている方でした、私とは相性がよろしくなかったが)こう、言ってくださいました。

「不幸の木に、文学の花咲く。わたしはあなたに、わざわざ不幸を目指してゆくような道を、行って欲しくないのです」

・・・心からの養父の言葉を、当時の私は、受けられなかったですね。

平穏なんてつまらない、それに私は、十分、不幸だという権利があるではないか。何か、できるのではないか。きっと、そんな風に思っていたのだと思う。

ナマイキで高慢ちきな女の子でした。まあ、そうでないと、自分を保っていられない気持ちもあってね。

私のことは、いいです。

山イチゴさんは、もう、誰に何を思われても言われても、いいんですから。

これからです。しっかり書かれればいいと思います。

いま「詩の礫」をご紹介している和合亮一さんは、こう書いておられます。

「僕は作家井上光晴さんと出会って、詩を書き始めました。二十歳になったばかりで、きょとんとしている私に、先生はこうおっしゃいました。「いいか、書くんだぞ。書いて、書いて、自分を創造していくんだぞ」。

私も、やさいさんのブログに、おずおずとコメントさせてもらうまでの、けっこう長い間「書く」ことを封印していた歳月がありました。やさいさんに向かって書くようになって、世界に色彩が戻って来たのです。やさいさんは、ふと、ほんとに少女のような表情を見せることもあるが、フトコロの深い、気遣いの細やかでさりげない、大人の女性で、コレ何じゃ?と、とまどいながら、私を、受け入れて下さったと思う。

始めるのに遅いことは無い。書きたければ、書けばいい。でも、多くの方々は、自分の内臓をさらけ出してしまうような書き方はしないものです。その一線を越える(超えずにいられない)のなら、守るべきことがある。

自分自身は、裸になっても恥をさらしても、自分の中の毒がばれてしまっても、覚悟があるならいい。でも、自分以外の何かに触れるときには、細心の心遣いが要ると、私は、考えています。・・・でも、きれいごとではダメだしね。

読者は一人でもいい。一人、いてくれたら、書けると思います。

井上ひさし先生に言われた言葉があります。

あなたには、生まれつきの嘘つきの才能がある。そう言われて、その時はわからなかったが、後で、ようく、わかった。

書いていれば、山イチゴさんにはわかってくると思う。

自分を、自分であまやかさずに、書く。うっとりは可。自己陶酔できることも、ものを造り出すことの醍醐味だと、思っています。

たとえば柳美里みたいな、超・私小説を貫くにも、覚悟と才能と技術と業が要りますね。私小説家としての成功と、家庭の幸福は両立しにくい面もありますね。それは、そうですね。

子ども時代のことを、素直に、今のように、書き始めたらいいと思う。新鮮な作品が生まれてきますよ、きっと。他の誰かのようでない、山イチゴさんだけにしか無い、お行儀は多少悪くても、無垢がにおい立つような作品が、生まれることを、願う。









詩の礫・ふたばん目。

福島第一事故の中間報告が出たそうで「東電ミスで深刻被害」と、朝刊の第一面に。「政府は機能不全」と。。

見開き2ページ全面にわたって「要旨」が記されていて、字面を追ってみましたが、一度読んだくらいでは、どうにもこうにも。

私にもわかったこと。

最終報告書は来夏。それは遅すぎます。。みんな疲れてしまう。踏ん張りきれなくなってしまう。棄民の国の酷いあり方。

どこのミスでどうなったかって、それより、お正月を前に、どうしようも無い気分でおられる方がた・・・。

東電の当時の社長は、退職金をしっかりもらってバトンタッチして、もうカンケー無い?。

所長さんも、病気退職されて、大変な思いをされたでしょうが、ともかく、家も家族も失っておられないと思う。多分、自分の生活をしてゆかれる。

当時の首相は今は首相でなく。何を仰っても、既にすべてが過去のことのようです。

自分の家に、村に、住めなくなった方々は、先の見通し立たないまま。不安の中で生きておられる方が、何十万人? ケタが違いますね。酷い状況にあられます。なんか、ヘンだ。

ものすごく、ヘン。天災はどうとして。ヘンと思う。変だけど、それが現状だ。東電の社長を、どうすることも出来ないのですって。
裁判も、東京電力を「負け」させることの出来ないシステムに、なってしまっているのですって。私は、世に疎いので、そういうことがよく解らない。

この国で、たまたま。被災地と呼ばれることになってしまっているあたりに、たまたま住んでいなかった、一人なのです、私は。



「詩の礫」のご紹介を続けます。

3月19日

@あなたにとって、懐かしい街がありますか。私には懐かしい街があります。

@その街は、無くなってしまいました。

@帳面など破り捨ててしまおうか、帳面の破片ⅰ~ⅰⅴ ⅰ こうしているあいだにも死者が発見されている

@今日も言葉の瓦礫の前で、呆然としています。

@外への扉を開けると、真顔の放射能。美しい夜の、福島。

3月20日

@頬 眠る子のほっぺたをこっそりとなぞってみた

@美しく堅牢な瓦礫の下敷きになってたくさんの頬が消えてしまった

しーっ、余震だ。何億もの馬が怒りながら、地の下を駆け抜けていく。

@昨年の夏。生ビールを片手にこの男は、とても騒いでいる、家族もはしゃいでいる、南三陸の夜。この男が見ているホームビデオの映像は、とても残酷だ。美しい夏の夜の海岸、ちかちかと船の明かり、停止、消去。一人でこの男は泣いている、これは僕だ。

@余震よ、静かに。子どもたちが、お年寄りが、眠れないから・・・。ほら、真夜中の福島の、木陰で、水を飲み、草をお食べ、そうしなさいよ。

3月21日

@誰もいない 福島 静かな雨の夜 静かな涙は誰が流しているの この世を去ったその人を想いながら 想うしかない まぶたの中で 目覚めるのは海

@明けない夜は無い

3月22日

「制御」であって欲しいのです。家族とふるさとが、まだ、かろうじて、私にはあります。奪われてしまった方に・・・。こんなこと、恵まれていますよね・・・。泣くしかありません。私たちは、風吹く荒野に、希有な草履を亡くしてしまいそうです。余震。

3月23日

@「面影が残っているうちに送ってあげたかった」。「早く土に帰してあげたかった」。土をかけながら、少しずつ、少しずつ見送っていく。今生の別れ。

3月24,25日

こころのいちばん悲しいところに吹き止まない風と今がある

3月27日

@空気が恐い、空気に何かがいるよ、恐いよ、やだよ、空気が恐い顔をしているよ、やだよ、何。

@たった今も飯舘村では、原乳が畑に捨てられている。牛乳が土に入り込む、時間に入り込む、精紳に入り込む。悲しいミルクがこの世界にもたらされている。

@私たちはずぶ濡れだ。時間は止まったままだ。午後2時46分のままだ。飼い主のいない犬、愛でる者のいない花。南相馬市。

@雪のひとひら。手のなかに、はらはらと迷い込む。死に行く者、生きていく者。生まれた命、生まれなかった命。涙。

@東北はものみな雪だろうか。岩手県陸前高田では、おにぎり一個を四人で分け合って、一日を過ごしています。祈る。

@東北はものみな雪だろうか。石巻の避難所では、プールの水を沸かして、飲んでいるそうです。係の男の人はどこの世に、プールの水を沸かして飲んでいる人がいますかって、泣いています。祈る。泣く。

@あなたは放射能が降ってきたら、どうやって故郷を守りますか。あなた、大切なあなた、あなたは何をしますか。僕はガソリンを売ってもらいたくて、ずっと並んでいる。こんなことしか、出来ない。

今夜はここまでにさせていただきます。

tsuruさん、どうもありがとうございました。

とても濃いミルクのような、思いやってくださるお心を感じました。

10月31日ごろ文科省が、いっときだけ、テルルという放射性物質の土壌汚染マップを出していました。あまり言うのもナンだと思うのですが、テルル129mの半減期は33、6日と、短い。それのベータ崩壊が進むと、ヨウ素129に変わります。ヨウ素129は、放射能は弱いのですが、半減期が1570万年(だったと記憶します)、永遠、といっていい間、存在し続けるとのこと。

半減期が永いのは、簡単に言うと力は弱い。とっても弱いとのことです。が。

セシウムが検出されるところでは、プルトニウム、ストロンチウム、ヨウ素も、含まれると考えるのが合理的だと唱える先生もおられます。政府はヨウ素の被曝評価ができていない、と。私もそう思います。隠したがりだと思っています。

水道水や母乳に、など、初めに出た話題は、半減期が八日、というヨウ素131のことばかりでした。短いから話題から消えるのも早いと、政府だかどこだかが、あやつったかも知れません。

問題は小さく、軽く、が、基本方針だったようですので。

それが今になって「東電のミスで」とか関係閣僚に聞きとりがしにくくて、とか。

すみません、つい、熱く(暑苦しく)怒りたくなってしまいます。

また、お申し付け下さい、どうぞよろしく、お願い申し上げます。ありがとうございました。

さん。

どうもありがとうございます。お心のようにさせていただきます。

この、青い海と空は・・・どこなのでしょう。

わからないまま、背景にしました、とてもこころ魅かれて。

海を、空を、雲を、汚れないままでいて欲しい。

また、よろしくお願い申し上げます。








詩集「詩の礫」より。

和合亮一さんという詩人を、知りませんでした。

知ってみると、中原中也賞や晩翠賞を受けておられる方という。

それはとても凄いことなのでしょうが、私がこの方を知ったのは、3月16日からツイッターとして始められている「詩の礫(つぶて)」によってです。

福島市のアパートの部屋で一人きり、数日前に原子力発電所が白い煙をあげたから、隣近所に人の気配は無かった、と。

<私は父や母や、職場があるから、福島に残ることを決意した。そして絶望していた。「これで、福島も日本も終わりだ」>。

<気力が失われた時、詩を書く欲望だけが浮かんだ。(中略)書くということにだけ、没頭したい。死と滅亡が傍らにある時を、言葉に残したい>。

そうして、出し続けられた言葉たちを、ご紹介させていただきます。

少しずつ、今年いっぱい、ご紹介したい。

3月16日

@放射能が降っています。静かな夜です。

@屋外から帰ったら、髪と手と顔を洗いなさいと教えられました。私たちには、それを洗う水など無いのです。

@私が暮らした南相馬市に物資が届いていないそうです。南相馬市に入りたくないという理由だそうです。南相馬市を救って下さい。

@放射線はただちに健康に異常が出る量では無いそうです。「ただちに」を裏返せば「やがては」になるのでしょうか。家族の健康が心配です。

@私が避暑地として気に入って、時折過ごしていた南三陸海岸に、一昨日、1000人の遺体が流れ着きました。

@今、これを書いている時に、また地鳴りがしました。揺れました。息を殺して、中腰になって、揺れを睨みつけてやりました。命のかけひきをしています。放射能の雨の中で、たった一人です。

@ところで腹が立つ。ものすごく、腹が立つ。

@行方不明者は「行方不明届け」が届けられて行方不明者になる。届けられず、行方不明者になれない行方不明者は行方不明者でないのか。

@避難所で二十代の若い青年が、画面を睨みつけて、泣き出しながら言いました。「南相馬市を見捨てないで下さい」。あなたの故郷はどんな表情をしていますか。。私たちの故郷は、あまりにも歪んだ泣き顔です。

@ガソリンはもう底を尽きた。水がなくなるか、食料がなくなるか、心がなくなるか。アパートは、俺しかいない。

@これまでと同じように暮らせることだけが、私たちが求める幸福の真理であると思う。

@台所。メチャクチャになった皿を片付けていた。一つずつそれを箱に入れながら、情けなくなった。自分も、大所も、世界も。

3月17日。

@震度はどのようにして計る。その度数とはいかなる基準であるか。ある日は丘の上に立った、小さな旗を眺めていた。あの風にも旗にも、そして揺れるままの現在にも、度数はあるか。地よ。しーっ、余震だ。

@どれだけ私たちを痛めつければ、気が済むのか。雪はみぞれはここで、こんなにも厳しすぎる。

@女川。美しい港町だった。さんまが美味しかった。高村光太郎の碑があった。海で魚を捕ることは、人が原始に帰る興奮を味わうことだ、そんなことが美しく簡潔に書かれていた。

@本日は、打つスピードに活字が追いついてきてくれない。誰かが、泣きじゃくっている。

@眠り方が分からないのです、どうすればいいのですか。それが分からないのが、分からないって? 寝ぼけてんのかよ、てめえ。

@人が旅立つ場所が無い、行き交う場所が無い、帰る場所が無い。時計は2時46分で止まったままです。

3月18日。

@南相馬市の夏が好きだった。真夏に交わした約束は、いつまでも終わらないと思っていた。原町の野馬の誇らしさを知っていますか?。

@南相馬市の野原が好きだった。走っても走ってもたどりつかない、世界の深遠。満月とススキが、原町の秋だった。

@あなたはどこにいますか。あなたの心は風に吹かれていますか。あなたの心は壊れていませんか。あなたの心は行き場を失ってはいませんか。

@私は見えない影に打ち震えています。。それは真昼の陰? 心の陰? 退避命令? 言葉の陰?。

命を賭けるということ。私たちの故郷に、命を賭けるということ。あなたの命も私の命も、決して奪われるためにあるのではないということ。


@お願いです。南相馬を救って下さい。浜通りの美しさを戻してください。空気の清清しさを。私たちの心の中には、大海原の涙しかない。

@海のきらめきを、風の吐息を、草いきれと、星の瞬きを、花の強さを、石ころの歴史を、雲の切れ間を、そのような故郷を、故郷を信じる。


・・・今は、これだけにさせていただきます。

徳間書店発行の、和合亮一さんの著書「詩の礫」から、随意に引用させていただきました。

ありがとう、たち。

こんばんは。

今日もさっきまで出かけていました。風が強くて、私は、吹っ飛ばされてしまいそうでした。

ディランさん。
本当に、お久でござりまする、でしたね。うぇるかむ、です。

テレビは、いつもは私もあまり落ち着いて見られないですが、見ました。

とってつけたようなドラマが作られていましてね。

俳優さんもストーリーも、私は、なんだかなーって感じでした。東電の社長が「社員を撤退させたい」と言うのを、ダメだ、撤退なんかあり得ん、と突っぱねた管首相、というストーリー。スポンサーは民主党か?。いや、菅さんご自身ががスポンサー?。中途半端なドラマでした。先日から書いている酪農農家の方の「出られなかったんだ」の、悲痛なひとことに、比べるべくもない言い訳がましいドラマだと、私は、見ていました。言いたい放題ですね、私。その通りだから。嘘ばっかりで。

三号機の爆発の様子が出ていましたが、一号機の爆発の様子と明らかに違う。三号機は核爆発であり、あの、白でなく灰色の噴きあがった煙は、きのこ雲だった。

絶対に、そう言わないつもりなのだな~、と、再確認しました。

こんなことばっかり言っていた、春からこちらのわたしでした。

ディランさん、色んな情報を持って来てくださったこと、ありがとう、でした。お子さんを心配されたり、デッキブラシでベランダをこすり続けたり、大変な日々でおありだったでしょう。
来年こそは、と言いたいけれど。

・・・水素爆発とされるものが、核の暴走だとして、それをわーわー言ってどうやねん、と、自省の気持ちがあります。が、気になって仕方ないので・・・。

また、いらして下さいね。


えまさん。

大切な弟さんご一家を案じて、苦しい辛い思いの今年でしたね。

私には、被災地の近くにいる弟、という存在が無いので、えまさんの気持ちの辛さが、本当には解りにくいです。

辛いだろうな、辛いに決まってる。そうは、とっても、思っています。

克己の心を持って、柔らかい気持ちをパソに託して、コメント下さって、ありがとう、でした。

こんなこと書いてどうなるんだ、何になるんだ、と、ぐらぐらする気持ちを、いつもいつも救って下さったのは、皆様のコメントや、パソの上でのお喋りでしたよ。

私に、優しい気持ちを向けてくださって、ありがとう、でした。

新たな年を、幸せにお迎えくださいね。

来年も、とりあえずここで、仲良くしましょうね。いつの日にか・・・。


山イチゴさん。

天窓のある長屋に、住んでらしたですか。

  目ざめると空が見えるの
  雲が流れるのも
  雪が降ってるのも
  見える
  私は大好きだったよ

・・・すてきな詩になってます。素敵だ。

ビンボー長屋(失礼。怒らないよね)に住む少女の、この天真爛漫なこころ。

時どき行き過ぎて暴走するキライはあるけど、山イチゴさんは詩人ですね。エラソーな私の言い方は、我慢するように。わかるね。笑。

書いていいかどうか。

ぼろぼろになってしまっている一冊の本を、手離せないでいます。堤玲子という作家の本。いっとき話題になっていたのです、五木寛之さんが絶賛されて。いま、ネットで検索しても出ないんです。

来年行くとき、持って行って、貸してさしあげます。あげない。笑。無期限で貸すから、必ず返して下さいね。その本。

体の中の氷が溶けてゆく音が聞こえる・・・。そういうこと、ありますね。人やものの出会いで。

氷が溶けたら水になる。氷が溶けたら春になる。。

心の中に、春が、来ますね。いいね。すっごく、いい。

1月14・15、はまやさんにお世話になります。

今夜はクリスマスですので、今夜も歌声を。









冬歌

クリスマス・イブです。

娘家族の夕食を用意してから(今日も夫婦は仕事に出ていたので)夫と、用に出て、さっき帰りました。

町には人の数少なく、道路にも車、少なかったです。

きんきんに寒い夜で。ホーム・クリスマスの方が多いのかしらね、などと、話し合いました。

ホームの無い方には、寒さも一層きしむ夜かしら・・・。

いま、午前0時ジャストです。メリー・クリスマス。クリスチャンではないけど。

・・・出先で美味しいケーキをいただきました。

シェ・なんとかという、有名なパティシエの店のケーキだとのことで、ほのかに上品な甘さ。

とても美しいケーキでした。照りのあるチョコレートでコーティングされた上に、銀箔で、雪景色が描かれていたんです。美しいものはいいな・・・。

震災前の、陸前高田とか気仙沼などの写真を見せてもらい、現状を見ていないから比べようは無いものの、この辺は全く変わってしまっているよ、と聞かされて、なんとも言えませんでした。

なんともいえないことが、たくさんありますね。現実があまりに凄まじくて・・・。

地震はこわい。

小さな店を営んでいた頃、奈良市の、ならまちという古い町並みの一角にあった、オリエント・・という魅力的な店を、任されていた女性と、懇意になりました。よく喋っていました。

オリエント・・は、狭い間口に、びっくりするくらい奥に深い・・長い・・うなぎのベッドルーム・・町屋を、改造して、様々な珍しいものを扱っている店でした。

ペルシャの涙壷、などというものもあった。文字通り、涙を溜めておく壷なのです。

高額・高価なものもあったと思うけど、私は、雑貨ばかりが目について。

店を入って奥まで進む途中に、井戸がありました。びっくりされるでしょう?。井戸はフタされていましたが、フタの上に、ちょっとした花が一輪。いつも、とても可愛い花がいてくれました。

井戸の上方に天窓があり、明かり取りのその窓から、濃いブルーの青空が見えたり、静かな灰色の空が見えたりしました。

憧れですね~。天窓。

そこのオーナーさんは、日本人ではありませんでした。高いカギ鼻の、ブルーグレーの瞳の、異国の方でした。

骨董や美術工芸品に鋭い目をお持ちの方のようでした。

ご自宅が、兵庫県の芦屋にありました。

阪神大震災が起こり、家が潰れたということではなかったものの、精魂こめて収集された美術工芸品が、激しいダメージを受けてしまった、ということで。

傷心のオーナー氏は、ほどなく日本を離れられました。

私の大好きだった、日本間は古い町屋の高い天井、おもむきのある欄間、他の部屋には青いビーズや赤いガラスの珠、精密な模様の古いタイルもあったし、どこを見てもいつ見ても心の躍った、あの素敵な場所は、持ち主が海の向こうへ去ると同時に、まったく雰囲気の異なる場所に変わってしまった。

小銭を握り締めて、何か小さなモノ、見つかるかな、と訪れる楽しみも無くなってしまいました。任されていた彼女は、職を失いました。私学へ通う高校生と大学生のお子がおられました。

ほんの、ほんの小さなエピソードです・・・。


sarahさん。

お久しぶりに、来て下さいまして、ありがとうございます。

「出られなかったんだ」と悲痛につぶやかれた・・叫ばれたのかな・・・記憶が無い、すっごく悲しい予感で、固まっていましたので。
何ヶ月もの間、あの方は、わけもわからず放り出して逃げなければならなかった自分と、置き去りにされた牛の気持ちのことを、考え続けておられたのでしょうね。

立ち入り禁止区域の中には、野良ダチョウまでいると聞きます。

豚も、野良になって、グループ行動していたり。豚は雑食だし比較的体も小さいので、生き延びられる確率も大きいと聞きました。もう、悲しいから言いたくないけど、出られない牛は、ね。

去年、やさいさんの所で紹介しておられてDVDで観た「牛の鈴音」だったと思いますけど、おじいさんとおばあさんと牛の映画を、何度も思い出していました、ここ何ヶ月。

あの牛は、ニンゲンらしく、と言うのも変ですが、牛らしく幸せだったよなあ、と、思って。

最後、土に埋めてもらって、その土饅頭がだんだん低くなって行って、春には花が咲いた・・・。

違いすぎるよなあ、と、こうして書いていても・・・言いたいことはあるが、言葉にするのは辛いので。

よろしければ、また、また、コメント下さい。

小出裕章先生の仰っていることも、一緒に聞いてください、、一緒に聞きたい、と、思うのですが、そうしてどうなる、という気分に、やや、浸され過ぎてもおります。なかなか、以前のように、知ってください、聞いてください、と、ご紹介する気になれないでいます。

自分自身は、生物学的にも、もう細胞分裂も鈍いだろうし、自分自身は、怖いとか恐ろしいとか、は、無くなりました。あっちもこっちもあれこれ問題が、無くは無いが、だましだまし、なんとかそれなりのところまで、行ければ十分、と思う。

イスラム教徒ではないが「インシャラー」です。神の思し召しのままに。なるようにしかならん。

でも、この国には、今幼いいのち、これからこの国に生まれて来てくれるいのちがある。

それだから、胸が、ざわざわしてなりません。

元気、出さなくては、です。ファイティン!。


山イチゴさん。

そうですね。

自力で歩けるが、わたし、ペンギンのよちよち歩きです。身軽にわが身を処せません。

幼い孫を連れて外出するとき、頭の中でいつも、シュミレーションしていました。今もです。

誰かが急に、して欲しくないことをしかけて来たら、とか。どう守ってやればいいか、とか。

バッグの中にいつも、コロンの小さなびんを潜ませています。イヤなものを持って襲い掛かってくる人に、その目に、しゅっと吹きかけてやろうと。のったりの私に、それが可能かどうかは解りませんが。

席も、出来る限り、次の車両に近いところに取ります。いざという時には、この子だけでも、隣の車両に送り込もう、とか。

笑われそうですが、本気です。言っておられるニュース、私も気にかかりました。三月の東北で、障害のある方が、、そうでない方の倍、亡くなっていたと。

逃げられなかったんだろうな。

山イチゴさんの宣言、ご家族にも辛いものだったでしょうね。でも、だから、平和ぼけのこの世で、お互いが大切になり合う、という面も、あると思います。いいご家族をお持ちですね。






出られなかったんだ。

こんばんは。

ご覧になった方も多いと思いますが、今日の日テレの、1000年後に残したいという番組。

ゆれたり、津波が襲って来たり、改めて思いました、どんなに、どんなに恐ろしかっただろう。

何を言うことなんて出来ないと思いました。

再現ドラマみたいなドラマの話はさておき。

一番最後の方で、防護服に身をかためた「おばあちゃん」・・・老婦人なんて、言葉だけ飾るみたいに呼べません、そこでしっかり根付いて暮らしてこられたであろう、ばーちゃん。そのばーちゃんが、壊れ果てた自宅の、残っていた部分を、思わず叩いておられた気持ち。

やはり防護服姿の女性が、牛小屋へ足早に・・・「ああ、出られなかったんだ、小牛も出られなかった」と、手を合わせて拝んで、悲痛な声で。

柵の中には、自力で「出られなかった」牛たちが。

賢しげに、何を書くのか、私。

今夜はもう、書けません。ドラマのことはさておく。孫どもと、一緒に観たのです。二人とも泣いていました。

しっかり観せてもらおう、これは、今の、本当のことなのだから。

ほんの、ほんの、ほんの一部なんだけど、ね。


今夜と明日は、大好きな姿と歌声を。

やさいさん、お借りします、どうもありがとうございます。



月も寒そうです。

こんばんは。とても寒い夜です。夜空の月も寒そうです。

・・・夏に、月が暑そうだ、と感じたことはないですね。なんでかな。

活性炭のことで。在庫処分セールです、買うてや~と、赤い鉢巻しめて(嘘です)申し上げたこと。これは嘘ではないのでしたが、言葉が足りずに心配していただくようなことがあり、申し訳ないことでしたのです。

実は、ものすご~~~~~く、沢山、買ってあったのです、活性炭の「ファイティン」君。いつも。

少しでは注文しにくいし、欲しい、と言っていただいた時に「無い」のはイヤだ、いつでも迅速に出しますぜい!な気持ちでいたものですから、無くなる前にまた、どんどん買って。

とにかく、使っていただきたくて。終わっていないのだから。で、買って、買って。汗。収束は残念ながら、悲しいながら嘘です。

今年のベスト詩集に選ばれている「詩の礫」。

<放射能が降っています   静かな夜です>

胸を、どーんと衝かれたフレーズでした。

降っているんです。今も。

とはいえ、手元のファイティン君、少し、多すぎるよね~やっぱり、という状態に、なっておりました。

で、いったん出させてもらおう、と。。書いたように、継続して使って下さっている方用には、十分、のけてありまして。が、もう注文はしないと思う、など、あまりの量の多さに、それでも当分はあるな、と、ココロ揺れてしまって。。

ご心配のファクスを沢山いただき、申し訳なく思っております。

お申し付けの分は十分出させていただけますし、反省して、もうココロ揺れず、また注文もしよう、いつもいっぱい手元に置こう、いつでも出せますぜぃ!状態を、持続させてもらいます。

どうも、ご心痛を、申し訳ございませんでした。

天然ゼオライトは、今後もずっと、お望みのある限り、常備させていただいております。



最近のわたくし。

廃炉までどれだけだの、食品の規制値がどうで、ミルクはどうだの、一回分の食事分がどこそこの何倍だの、数字がいっぱい出て来ていて、数字に全く弱い私が、逃げていた、とか、そういうつもりではないのです、ただ、それを言ってどうなるんだ、だからどうなんだ、それをどうするんだ、と、そういった気分に、のしかかられていました。

人は、数字で生きているわけではない・・・。

数字をごちゃごちゃ言うてんと、今からでも遅くない、壊れた原子炉を、セメントと鉛で固めてしまってよ~~~。何をどう考えても、最後、そこへ行き着いてしまいます。

が。そんなこと、出来やしないし、しはしないでしょう。

もうすっかり、そっち方向でないシステムが出来上がっていて、本当に困っている方々のためでない、取り巻く人々の利益、のために、いろんなものごとが動いてしまっています。

児玉龍彦先生が、イギリスのネイチャー誌の「今年の十人」の中、ただ一人の日本人として選ばれたそうですね。

あんなお父さんがいてくれたら、ワタシも、もう少し、もう大分、斜め目線でなく生きられたかも・・など、無いものねだりが出るほど。あのお顔を見ると、なんとも言えない気持ちになります私。

あの日の、あの、全身での訴えが、評価されてのこととか。

児玉先生は今、福島県で、懸命に除染に取り組んでおられる。

私も、先生のなさっているそのことに、もっと明るい感情を持ちたい。素直に。

「人間が生み出したものは必ず人が除染できる」

その言葉を、、まことそうだ、とうなずける自分であったら、どんなにいいだろう、と、一人で勝手に堂々巡りの冬です。そう思うことが容易でなくて、時どきちょっと、自分がイヤだ。イヤでも、容易でないの。

関西に住む私が、知っていることを、福島県で実際に作業している方に「これはこうして下されば」と申しますと「それ、何のことですか」と返って来るのです。

何も知らされておられない気がする。ものすごく腹が立つ。その方に、ではもちろん無く、知らせていない誰かに対して。って、愚痴になりますね、ごめんなさい。

お返事で~す。

yuutaさん。勝手なお願いに応じて下さってありがとうござんした。

最低もう一台要るのに、どこでも買えない(半年待ちとか)ので、手分けして探そう、というミッションに、yuutaさんを巻き込んでしまったのです。すみませんでした、なんとかなりそうです。
また。

えまさん。お仕事、お疲れさまです。

アンネの日記、ね。中学生の時、初めて読んで、その感想文が、びっくりするような評価をしていただいたのです。
小学校の時から作文は好きで、卒業文集を作るのに、六年生のクラスの男女六人、夢中になって取り組んで、編集(のようなもの)、ガリ切り(ご存知?鉄筆で、油を敷いたような紙に、がりがり、書いて行く)そしてインクの・・・どう説明すればいいんでしょ・・・とにかく、アナログな印刷のやり方で、ホッチキスで止めて完成させた。みたいなことを経て「アンネの日記」で大きく褒めてもらって、自分は、ものを書く人になると決めた。その、いわば思い出の一冊ですね。

アンネ・フランクに関心を持ったから、戦争の本など読み始めて。今に至ります。アンネは、もうすぐ連合軍が来る、助けてくれる、という、ほんの少し前に、死んでしまったのです。辛い辛い最後でした。あまり書かないでおきますね。映画にもなりました、見ました、ちょっと違う感じだったな~、私には。

活性炭のこと。上に書いたように、たくさん、あります。いつでも、必要な時に言ってください。どきっとさせたら、ごめんなさいね。

山イチゴさん。
NSP好きですか。

私は「夕暮れどきは・・・」と、もう一曲しか知らないんです。「夕暮れどきは・・・」は、いいなあ、と、毎日ラヂオで聴いていましたね。ラヂオを聴くのが好きでした、ずっと。今は、YOUTUBEに走ってしまいます。

「自分の親でなかったら可愛い人」という感じ、わかる気がする、ような気がします。私の母も、自分の子どもたちは早くから手離したけど、弟子さんとかには親身に接して、慕っていただいて、たまに会って、弟子さんの子どもさんの出来のいいこととか、夢中になって嬉しそうに話すのを見ていて、シラケていたし。

正直で世間知らずで、まっすぐな人でした。普通、これ、褒め言葉なんですけど。笑。

塩屋岬がそっちにあるとは知りませんでした。ぜひ、足を伸ばして来たいです。

実は今日、M君のお母さん(40年近い友人)に会っていたのです。大声で何を話してもいいから、カラオケボックスで喋るのね。飲みもの豊富だし、誰も来なくて気楽だし、とっても安いし(シルバー会員なので3時間こもって、千円もしないのです)、いつも彼女とはカラオケボックス。煙草の臭いとかしてイヤ、という人もいるようですが、私は幸い、鼻がまったく利かないようになっているので、臭いカンケーないの。におわないから。

歌も、勿論うたいます。今日は、徳永英明がカバーしている女性シンガーの歌を、主に歌いました。オリジナルより唄い易いのです。

M君のお母さんは、名は書きませんが、あるグループに混じって、少し前に、東京電力へ行かれたんです。

前もって言ってあったのですが、会場では、M母たち、というより、福島県から来られた女性たちの怒りがすごかった、と。東電さんは、質問、訴えにメモもとらず、事故に関する資料も手元に無く、まったくやる気の無い態度だったと、怒っていました。あまり怒るとブサイクになるよ、と言ってあげると、いつもは温和な福島のひとたちが凄かった、と、言っていました。それはそうだよなあ、と、二人、しばし沈黙。

自分のあほうな言い草を反省しました。

私はノンポリなので、~だそうです、としか、言えないんです。

M君母は美空ひばりファンなので「みだれ髪」も唄いました。息が続かんわ、あの歌。

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・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


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・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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