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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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彼も親の死が・・・。

こんばんは。

山イチゴさん、お返事遅れてごめんごめん、夕暮れ~どきは~さ~び~し~そ~お~。そんな歌もありましたね。

ローマ帝国の雄、ジュリアス・シーザーは、近くにおいて目をかけていたブルータスを信用していたので、その男が自分に刃を向けたとき、出たのですね、このセリフが。

「ブルータス、お前もか!」

初めから信用していない人間には、私なら、そんなことイワン大帝、じゃない、言わん、と思いますね。

中学生の時「クレオパトラ」という20世紀フォックスの大作映画を見ました。

エリザベス・テイラーとリチャード・バートンがクレオパトラとアントニウスで。

レックス・ハリソンがシーザーでした。「マイ・フェア・レディ」ではオードリー・ヘップバーンを上品な娘に仕立てようとした、ヒギンズ教授の役だった俳優さん。渋い英国紳士。

何もわかってないガキでしたので、あのこってり美人のテーラーが、なんでこのような、おじさんみたいなシーザーに、と、不思議でした。どんどんオタク度アップするわたくし。

この共演でレンアイ状態に入り、すったもんだの果てに、リズとバートンは私生活でも結ばれるのでした。一度離婚して、もう一度結婚したりしていましたね。

元気やなあ。

先日、バートンがリズにプレゼントした宝石の一部がオークションにかけられて、信じられないくらいの値が付いた、とか、ニュースになっていましたね。冗談みたいに巨大な宝石に決して押されない美貌でした、リズ。
あ~あ~はてし~な~く~脱線中。

何人もの養子を迎えて愛し、隠れて多額の寄付をつづけた方でもありました。

・・・シーザーが暗殺される場面を覚えています。よく解っていないながら、本で見た「歌舞伎」みたいだ~と、感じていました。


お母さん、どれだけ食べてもお腹いっぱいでも、満たされない気持ちが、おありだったのかな。親の思い出というものは、いわく言いがたい、感情のミックスジュースみたいな感じがありますね。仲居さんがお客さんの手付かずの料理を、食べてしまうとは、びっくりしましたけどね。笑。

ひ~とは~さびしい~さ~~びし~いも~の~で~すね~。美空ひばりさんのお葬式の出棺の時、息子さんが絶句されるのを見て、息子に愛されていたんだ~、よかったね~ひばりちゃん、と思ったのも、覚えています。

今日のテレビで、隣国の三代目氏が、急逝の父親の棺の前で、絶句して目が赤くなったのを見た・・・。彼も、悲しかったんだな~、親の死が・・・。


ソナチネさん。ありがとお~~~。本当に。

若き日の、ナマイキだと呼ばれた頃の(それ以後はナマイキ、でなく「変人」と、評価が変わって・・・苦笑)グレン・グールドを見つけました。



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「いちごっこ」さんのこと。



ソナチネさん、ありがとうございます。

亘理いちごっこさんのことは、やさいさんの所で「すきやねん」さんが(勝手にお名前出して申し訳ございません)実際に行かれたときのことを書かれていました。。

被災していても、県をまたいで避難されたり、実家に避難したりしておられる方に、なかなか支援の手が届かない、少しでも多くの方に知って欲しい、ということだった、と。よくわかります。

やさいさんのとこから、私も頂いて来たんです。

支援物資は、ソナチネさんが気にして下さったように、以前は締め切り云々あったけれど、変わって来ていて、いまは随時、受け入れられます、だそうです。問い合わせて確かめました。ただし

申し訳ないけれど今のところ衣類はストップ、だそうです。

寝具類、毛布などは助かります、とのことです。

食料品も「いちごっこで食事する」ことが、そのまま支援につながるとのことで・・・カフェもある・・・乾物、缶詰のみでなく、果物や野菜などもありがたいとのことです。

ミシンがあれば便利ですし、年初に餅つきをする予定なので、もち米も嬉しいです、と。馬場さんという方が教えて下さいました。

ソナチネさんに訊ねていただいて、自分ももう一度、しっかり理解することができました。ありがとうございます。

年末・年始の12月28日~1月5日までは、いちごっこさんも、お休みのようです。

このブログのプロフィール欄にも、少し書き加えますね。

ありがとうございます。取り急ぎ、お礼と確認を。

夜、続きを書かせてもらうつもりです。ソナチネさんありがとう!。

ゆっくり、お休みになれるといいなあ、と思いますね。



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今日は「在庫セール」もありまして。

お昼の後に塩キャラメルを食べ始めたら止まらなくなって、目の前から撤去しました。あ~あ、いっぱい食べてしまいましたよ。

金総書記が亡くなられて、テレビはどこも、そのことばかり。中途半端な知識しか無いので感じるだけなのですが、この事態も、めったに無いことなのでしょうね。

命からがら脱北された方や、自ら潜入した人や、信じられないような経験をされた方がたの本を、今まで何冊か、読んでいました。どれも、想像を超えることが記されていました。

ヒトラーの独裁下にあったかつてのドイツで、ユダヤ人やロマなど、政治犯もいたけれど大半は一般の人であった、ドイツ帝国の認めない人々を、屋根の無いトイレの無い、食べ物も水も無い、ぎゅうぎゅう詰めの貨物用、家畜用の列車に詰めこんで、意味も無く一晩停めたり、炎天下に停めたりしながら、ビルケナウやアウシュビッツの強制収用所へ送り込んだ。ただ、殺すために殺した。絶滅させるために、殺した。

アウシュビッツの収容所の周りの池や農地からは、今でも、焼かれて放置された人骨が出て来るそうですが、それもそれ。

わざと足のサイズの合わない靴で走らされたり、気まぐれに拷問されたり、毎日毎日、煙突からは人間を焼く煙の耐えることの無かった、収容所の建物の周辺には、農業を営む人、果樹を育てる人、などが、昔から続いていたように仕事をし、暮らしていた。

そこでユダヤ人やロマが、どんなに凄惨な姿になってやせ衰えて、人間でない扱いを受けて、どんな酷い目に遭っているか、気づかないはずの無い人びとは、電流を通した鉄条網の中にいる人々のことを、知っているけど知らなかったのですね。

極論すれば私も、かつての遠いヨーロッパの寒村の人々と同じと思います。

これから、今まで明らかになっていなかったことが、明かされて来る・・・かどうかはわかりませんが、もしかして、えええ、、信じられない、ということが、報じられて来るかもしれません。

後にならなければわかって来ないことの方が多いと思います。

福島の事故のことだって、同じだと思います。これから、今からが大切なのに、、と、ずっと、考えています。考えるだけなのですが。

北朝鮮といえば、記憶に鮮やかな映画があります。

「血と骨」

梁石日(ヤン ソギル)の原作、ビートたけしが主演でした。凄まじい映画でした。

チェジュ島から日本へ来て、激しい差別の中、必死でもがいて成り上がって、という男の話。

金しか信じない、人も殺す、糟糠の妻の病気にも金を使わない。どんなことでもやり、タブーなど無かった、その男が、最後の息子には、弱かったのですね。

ビートたけしさんを好きなので観た映画でした、ものすごい映画でした、これで本格的にデビューしたオダギリ ジョーは鮮烈でした、退廃的なまなざしと、爆発的な暴力衝動と、あまりにも美しかった、一本の煙草をはさんだ若い男の指の表情。・・は、いいとして。

とにかく金。自分の都合のみ。娘が首を吊って果ててもたじろがなかった。

病人の布団をはぐ、という類いの金貸しになって、金を、作った、作った。

その男が、晩年、故郷へ帰りたいのです。

済州島へ、でなく、本来の出身地である北朝鮮へ。

その地は、夢のような、素晴らしい地であると、喧伝されていました。

言葉のままに信じて帰った人、夫に付いて海を渡った日本人妻、一族の中から一人だけ、帰らせた家族。いろいろな方がおられたそうです。

映画の主人公は、北朝鮮へ帰るに際して、思い切った寄付(国に・・・寄付、とは言わないかも・・・)をした。

よく覚えていませんが、かなりの額のお金や、高級な車や、その他。

そして、場面は、北で暮らす男と、連れて来た「愛する」末息子の生活の場を映し出していました。

ぼろぼろの、家具も何も無い家、板張りで、冬は寒いでしょう、夏は暑いでしょう。そこで、老人となった男は、粗末な寝台に寝たきりになっている。

息子はいるが、父親に、ほとんど関心を示さない・・・息子には息子の鬱屈した思いがあるのでしょう、日本では、ワガママにゼイタクに育てられていた息子です。父親の描く息子像ではない。

ビートたけしは、そして、激烈な生き方をした男の死の瞬間を、なんともいえない様子で見せました。

言葉もままならない感じがすこし両目を開けたまま、口を、ぽかんと開けて、あ、という感じで死んでみせました。

男の、祖国へかけた夢が、あの、あ、と開けた口で、閉ざされました。

このたび、北の独裁者の急死の報に、あの映画のラストシーンの、救われようのない荒涼を思い、書いてしまいました。

ご冥福を、云々と書く気にはなれない私です。

こんなこと書いたらあかんのでしょうが、横田めぐみさんのご両親。

あんなにも、こんなにも強い思いで、わが子のことを思い続けることがお出来になるのだ、と、いろんなことを思わせられる、お二方のお姿です。
お年を召されました。安寧が、お二人に、訪れますように、と願わずにはいられません。



ようこさん。
コメントをありがとうございます。
ようこさんは、ご自分がいま大変なのだし、こうしてあげられればいいのだけど、などの、自分を責めるような気持ちは、持たれなくていいのでは・・・、ないかと、思うのです・・・。

娘が、今夜、出張から帰ります。そしたら、スケジュールもわかります、はずです。

貸切などとはもったいない、恐れ多い、どう言えばいいかわかりませんが、ええと、どう言えばいいんでしょう・・・。もしも他の方も来られるなら、楽しいでしょうが、その日は確か、ようこさん、フリーで、と。どうなればいいのかわかりませんが、とにかく、行きたいと決めたので,泊めて下さいおかみさん。

とにかく、一月に伺います。よろしくおたの申します。

記。

四月の頃から、やさいさんのお部屋で、ご厚意でご紹介を始めた、ヨウ素を吸着する活性炭と、後から始めた、セシウムを吸着・除去する天然ゼオライト。

多くの皆様に使っていただき、嬉しくありがたいことでしたが、いったん、ご紹介をとめたいと考えます。

ヨウ素の半減期はとても短く、もうその辺には無いようにも言われ、現実には、セシウムの一部は測っても、ヨウ素に関しては、ほとんど放置状態になっているようです。

今も休まず事故炉から放出を続けている放射性物質は、ヨウ素、セシウムだけではなく、他の物質もあります。放出されて、他の元素になる物質もあるそうで、中には、半減期がものすごい長さになる種類のものもあると、聞いております。中には、変異を遂げたヨウ素も含まれます。

ここ一月、活性炭は私どもから出させてもらっておらず、腐るものでもないし、自宅で「おいしい水」を作る意味でも欠かせないので、現在あるものを、そのままに置いておいてもいいか、とも思うのですが、もし。

今でも降っているかも知れないヨウ素、もしくは、珈琲やお茶がとてもおいしくなる水、のために、お使い下さるなら、いわゆる「在庫処分セール」を行いたいな、それもいいかな、と、考えるに至りました。

これ以後は、一度に、やはりそれなりの量を注文せねば、のものでもあり、注文をすることはしないと思います。

今もお使いくださる方の分は残しておきます、他を、よろしければ、活性炭、1グラムのパックと、2グラムのパック(これは残少)、精一杯の値段で出させていただきます、買うてくだされ~。

Fax 0742-95-5070へお願いします。

最後、いきなり「あきんど」化した、KUONでございました。

快く、場違いのことを書かせて下さったやさいさん、今まで無かったことなのでデータが無いが、自衛の一助に、と、無茶苦茶な押せ、押せ、で迫った私を、信じて買ってくださったたくさんの皆様、本当に、ありがとうございました。

これからは、違う形で、にっくきセシウムとのタタカイに挑んで行きます。

KUONは、これからも、いつも元気で頑張ります。時どきは、元気もお休みの日もあるでしょうが、次の日は、ね。うっふふのふ。









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静かに驚きが。

おはようございます。

週末にかけて出かけていて留守にしておりまして、どうも。

冷温停止なんて在り得ない。そんなことを、ぶつぶつぶつぶつアタマの中でつぶやいていた自分、甘かったです。やられた~、です。それどころでない発言を、日本の(とりあえず)トップの方が、されてしもうたです。

冷温停止=原発事故の収束、であったとは。

ワタシごときが、ごちゃごちゃ言うても何の意味も無い。but、愚痴くらい言いたいわ~。

今年ベトナムへ原発を売る商談をまとめられたようですが、もっともっと売りたい、売らねばならん人たちが、沢山いるので。つまり、日本の経済のため、か、とにかくお金儲けのため、か、理由は存じませんが、それがこの国のためになる、とか言う人々は沢山いて。

冷温停止は、とにかく嘘です。大嘘です。

屋根の無い毒薬保管庫、見えない地下を侵し続ける底抜け原子炉、ここ数年で現れて来るかもしれない体調を崩す人々、そんな全てはカンケー無い、何がどうでも「冷温停止」にして「事故を収束」させる、ことが、まず、一番はじめにある「大儀」であったのですね。

世界中に向かって、大嘘ついた。もう、誇らかに「日本人です」と名乗れないのか私。名乗るけど。

日本が商売の的にするような国は(も。も!)放射能についてなど、国民の皆さんは、ほとんど知らない、知らされていない。
そんなバカな、と言ったって、ワタシだって、このことが起きるまで、本当のことなど、全く無知、呑気、ノン疑問、ノン危機感、のヒトだったのです。

かつてアジアの国から、夜間飛行で帰って来るとき、飛行機の窓の下に、S字の形に曲がりくねった長い川が見えました。永い年月、そこを流れ続けて、Sの字の曲線が深くなって行った川なのでしょう。

メナム河、なのかな。その長い川の、ほんのところどころに、ぽつん、ぽつんと、微かな灯りが見えるのです。

乏しい電気の灯りだろう、人間の住む集落なのでしょう、自分たちの上空を、そんなこと考えて飛んでいる人間がいるなど、想像することもしないで、日々の暮らしに勤しんでいる人々。

夜の明かりを見ると、そのあたりで、食べたり笑ったり子どもを叱ったりして生きている人々の存在を感じ、あまりにも微かな灯りであることが、切ないような愛おしいような気持ちになったものでした。

あの人たちも、もっと多くの電力を必要とするのでしょうね。その代償を、誰か、教えてくれるのでしょうか。

いま、この時を迎えて、無力感と脱力感にへなへなになっている、私みたいに、なる日が来ないといいな。無責任な願いです。



福島県の佐藤知事は「収束って何のことですか」と仰ったそうですね。多くの人の気持ちを、集約したような一言と思います。

野田総理は、(一応)お気の毒に、めっきりふっふっふ、お前も悪よのう、の、越前屋・度の増したお顔で、

「発電所の事故そのものは収束した」と発表されました。私はその発言を、福島県の某所で、後になって知りました。

収束って。これからじゃん。静かに驚きが来ました。

屋根の上を、高圧洗浄機で洗って、これを除染と称するらしいのですが。

「まやかしの除染ホントは移染でしょ」

という川柳が新聞に載っていて、唸ったのですが、その通り、と言うと、本当に多くの方を傷つけてしまうことになる、くらいは、承知しております。それしか出来ること、今はないんだ・・・。

で、除染して出た水を、ダーダー、屋根の上から流しっぱなしにしておられる所もある、と聞いて、えらいことやなあ、と、胸が沈みました。

その地へ行って、わがチビ会社が開発した、主にセシウムを、汚染水の中から凝集して集めて、放射能ゴミのカサを低く、少なくする、ということを、スローなスタートをようやくきり、来年から本格的になると思われますので、自分は営業・販売には携わらないけれど、現地で見たいと考え。

大気中の線量がとても高いので、汚染水そのものの初めの測定値を、超えて来てしまうのです。測定中にも降り注いで、という感じ。水の中にも降る。線量は高くなります。

その現実と、事故は収束しました、という唐突で「信じられな~い!」総理の発言と。

大本営発表とは、常に一方的で唐突なものであるのは、歴史上の真実であるとしても。

ハリウッドの映画のシーンであったなら、シリアスな内容の中で、ブラックな失笑が、あるいは爆笑が起こるシーンになる。と感じ、これを書くのは不敬であり、失礼であると認識しつつ、ヒンシュク覚悟で書いてしまいました。

これからなのに、どうするんだよ。

日曜・朝の番組。頭よくてオトコマエの細野原発事故担当大臣は、相変わらず理路整然と・・あるいは理路整然風に、語っておられました。おシゴトだから、自分の思いとは関係なく、そーゆー風に言わなくてはならない自分、の顔で、話していました。少なくとも、そういう感じを与えるごときお顔でした。

お若いから、かどうかはわからないけど、フットワーク軽く、動き回っておられたようですね、ここ数日は。

以前の細野氏は、相手がたじろぐほど、まっすぐに相手の顔を見つめてものを言う方でした。そう、私は見ていました。

昨日の朝の細野氏の、自信と確信に常に満ちているかのような特徴的な武器になるような目は、泳いでいた。時に。

焦点を、しっかり相手に合わせる目でなく、焦点をうんと遠くに当てたような、ぼやかしたような目で、話しておられました。

前日(?)、記者会見の席を、すべてが終了する前にご自分は切り上げて席を立たれた時、報道陣から罵声に等しい声が飛びました。

きちんと答えていないではないか。

被災者に対して無責任ではないか。と。

私は思う。

東電の上の方の方々、本当に、自分達も被害者だ、と、考えられるのかどうか。

事故は収束した、と宣言できた首相は、職業上の立場でその言葉を口から出す時、何の痛みも感じないのか。

まだ四十歳代の細野大臣は、喋りながら頭の中に印字されているであろう(そうだと思う)自分の言葉を、どれくらい、ココロが理解しているだろうか。

私は、皮肉もイヤミも時に平気で外へ出す、黒ごころの持ち主ですが、それでも、人間全体に対して、甘い柔らかい期待があるような気がします。

経済大国・日本。その考えで突っ走って来て、その論理で、いろんなことをぶっ飛ばして、利益優先で来た、その基本で、教育も道徳も(すみません、今だけ私に、道徳、なんて言葉を使わせて下さい)も放り投げてきた、そういう世界は、3・11以後に起こったこと、で、終わったのでないか、という気がします。

嘘つき日本を、誰が信用してくれるのでしょう。
信用が大切なのは、個人も企業も国も、同じじゃないか。



山イチゴさん。

調べて下さってありがとうね。現実性の薄いことも、ぽこっとつぶやいてしまうこともあるのでね。笑。

考えたのですが、リアルにいま、育っているお子のことなどは、事情もおありのようだし、少しの傷の予感も増やしたくないので、あからさまにしないでいた方が、というのが、私の考えです。

自分が過去のことばかり書くのも、とりあえずストレートには誰かの傷をさわらないだろうという気持ちもあります。

その子に、今以上に一ミリの傷の種も、残さないでいてあげられたら、と、思う。

先日は、たまたま出てしまったみたいだけど、私には深い事情はわからないし、一生懸命パソに向かって書かれたものを、消したりしたくないので、どうしてもそちら方面で吐き出したい思いは、気をつけて、ナイショコメントで、書かれたらどうかな。返事できなくても、きちんと読みますよ。

山イチゴさんの判断ですからね、自分がいい、と思えば、いい。何書いても。

テーマに沿って、なんて、テーマもへったくれも無いですよ、KUONのブログに。これ書こう、、これはNGだとか気にすると、肩が凝ってしんどいのし、内容は、書いているうちに脱線する、川の流れのように蛇行する。

基本的には、ナイショ、でなく「ここ」で、が望ましいです。

私は本名の生の人間でなく、「KUON」というヒトとして、ここにいますのでね。ね。またね。


yuutaさん。

わかりました。そうだ、飛行機で行こう。また連絡させていただきます。冬の魚たのしみです。

吉田所長さんは、陳腐な言い方で申し訳ないですが「地獄を見た」方だと思っています。

苦しい、苦しいお立場。言い訳できない、前職に対しての責任、守秘義務。

既退職していた方で、立場も異なる蓮池透さんとは違いますよね。

蓮池さんは、拉致事件に関わって、国自体に対して独自の考えをお持ちだろうし、おそらく、怖いものなど無い、というようなところへ、気持ちは行っておられるのでは・・・。

吉田前所長さんは、重い重いものを背負っての残生を生きられるのでしょう、なんとも言いようが無いですね。

放射能探知機(ガイガー)が、せめてもう一台必要なのですが、買えないのです、yuutaさんにお尋ねします。

一ヶ月ほどでけっこうですので、貸していただけるか、程度のいい中古、があれば、お心あたりがおありなら、活性炭などご注文いただいてきたメールででも、お知らせくださると、大変ありがたいです。

来てくださってありがとう。またね!。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<同じように被災したのに、何の支援も受けられない人間がいることを、全国の皆さんに知って貰って欲しい!と、切々と訴えて居られました。 >
報道で、そのようなことを見聞きしています。
知っているだけ、どうしたらいいのか分からず、もどかしいけど・・・

義援金、支援物資提供のご協力随時募集しております*
ゆうちょ銀行 : 振替口座 02230−7−126131
           口座名義  亘理いちごっこ

*他行(ゆうちょ銀行以外)からお振込みの場合はこちらに願いいたします。
ゆうちょ銀行 : 当座預金口座 0126131
           店名 二二九/店番 229
          口座名義 亘理いちごっこ
 
物資送り先: 亘理郡亘理町字下小路29-1:




















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冷温停止?。

冷温停止「事故原発には使わない」=元東電社員の蓮池透さん講演-佐賀


 北朝鮮による拉致被害者家族連絡会の元副代表で、東京電力に30年余り勤めた蓮池透さん(56)が15日午後、佐賀市内で講演した。東電福島第1原発事故で野田佳彦首相が16日にも示すとされる冷温停止宣言について、蓮池さんは「冷温停止は、正常な原発に使う言葉。事故を起こした原発に冷温停止という概念はない」と断じた。
 蓮池さんは約400人の聴衆を前に、同宣言は「前のめりのやり方」と批判。「早く原子炉格納容器の中を把握する方法を実施すべきだ。それからでも遅くない」などと訴えた。
 冒頭では、同原発で保守管理者や原子力燃料サイクル部長を務めた立場から、「ご迷惑を掛けて申し訳ない」と謝罪。大津波が事故の主因とされる点については、「想定していなかった。防波堤を高くするなど防ぎようがあった」と述べた。(2011/12/15-21:10)

・・・・・・・・・・・・・・・

上に引用の記事は、文字通り、蓮池透さんの講演の内容の一部ということです。昨日、15日の発言です。

今朝の毎日新聞に、このような一面記事がありました。

・・・・・・・・・・・・・・・

<三号機の原子炉を冷やすための最後の要となる「高圧注水系」が3月13日に現場の独断で停められ、再起動できなくなっていたことが、政府の事故調査・検証委員会の調べで分かった。
<三号機は翌日、水素爆発した(これは誤りです。水素爆発ではなかった)>。
<一号機でも冷却装置が止まったが、吉田昌郎(前)所長が、稼動していると誤認して事故対応していたことが、すでに判明している>。
・・・等々、重大なこと思われる記述が続いているのですが

<東電は08年、想定していた高さ5,7メートルを上回る10メートル超の津波の可能性を試算したが、社内で「防潮堤かさ上げは費用が高くなる>との意見が出された。

<当時原子力設備管理部長だった吉田前所長らが「そのような津波は来ない」と主張し、対応は見送られたという>。辞めたひとに、こういうこと、押し付けたがること、ありますよね~。本当のことは解らないし。来た~!、と、読みました、この部分。

さらに報告書は、政府が「炉心溶融(メルトダウン)を軽微に感じさせる「炉心損傷」と修正した点にも触れる>

云々とありました。



吉田前所長さんは、11月12日に、呼んでも可、と判断されたメディア(だけ)を、事故後初めて原発敷地内に招き入れて、代表写真で撮らせた写真を発表させた日に、メディアの前で、話をされた方でした、それ以前にも注目の的、な方でした。

当日、56歳の吉田さんは、髪は黒々とたっぷりおありで、肌の艶もよろしく「何度も死ぬかと思った」など、笑顔を浮かべて話しておられました。

自分はそれを、いくらかの違和感を持って見ていたのでした。

・・・死ぬかと思った、というのは、凄いことだけど、誰かを死なせてしまう、と思った、という類いのことを、まったくおっしゃっておられないな、と。そういう違和感だった気がします。

その吉田さんの隣には、日本の原発担当大臣である細野さんが、身じろぎもせず、顔をまっすぐ前に向けて、同席(というか、監視、みたいでした)しておられたのでした。

ほどなく吉田さんは「体調不良」とのことで、職を退かれて入院された、とのことでした。

最近では、病名が食道癌だと公表され、今まで無かったことに、原発事故の影響だとは考えにくい、と、いうことになっています。そんなにすぐに癌を発症するとは誰も考えないでしょうし、誰もが納得されたのではないでしょうか。

吉田さんの被曝された量がは、70シーベルトだったと、それも、明らかにされています。

このブログに時どきご紹介させていただく、武田先生も小出先生も、事故前の日本人の許容被曝量は、年間で1シーベルトだった、と、言い続けておられます。単純に計算して、70倍以上。まだ「年間」の値が出るだけ日は経っていないので、吉田さんは、これまでに、許容の100倍くらいになる計算でしょうか。

この数字も、失礼で申し訳ないことながら、そのまま信用は出来ないようです。

一番↑上に引かせてもらった蓮池透さんは、ご自分で、就任期間中、30年間以上の合計の被曝量を、100くらい、かなり少なく見積もっています、と、おっしゃっています。事故が無い時点でも原発に関わって仕事をされる方は、そうでない人より多くなるのは当然、と。

私のヘボな情報知識によると、吉田さんがご自身の病名を明かされたのは、12月9日、退任挨拶に訪れた第一原発で、所員各氏の前で、だったそうです。

政府や東電が決めた廃炉工程に対し

「現実的でない」

30年以上かかる、との政府、東電の「いわく」に対し、

「ごまかしだ、廃炉には30年どころか、300年かかる」

と憤慨された由。

圧力容器を溶かして格納容器内に落ちてしまった溶融燃料を、回収する案は、吉田さんにも無い、とのこと。

どこにも無い、いま、そのようなものは。

それを、コントロールして「冷温停止に成功している」と、国が。国家が言う。

今日、そのことが発表される日、らしいのですが。

これから。だから、もう戻っていいですよ、戻れますよ、と、始めるのでしょうか。

危険を感じて戻ろうとしない方々に、国は、どんな態度で接してゆくのでしょうか。

誰にとっても他人事ではない、と、私は、考えています。


小出裕章先生の、このような言葉も、読みました。

「学者、政府、電力会社、マスコミなど、考えなしに原発を推進して来た人は自分の落ち度を認め、責任を明らかにして欲しい。

私が支持を得るような事態になったことが悲しい」


いま、小出先生は一種の「売れっ子」さんなのです・・・。サンダルはいて自転車で、仕事場へ急がれる姿は、全くお変わり無いそうです・・・。







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ロング・アンド・ワイディング・ロード

こんばんは。

山イチゴさんに返事を書かせていただきますね。

秘密のコメントとして書いて下さったことを読んで、どう返事をすればいいか、考えました。秘密である以上、他の方の目には触れさせたくないことなのだろうし、そうだとすれば、ヒミツさんへ、と、他に解らないように、自分の考えを書かなくてはならない。

よほどの悪意に満ちたもの以外は、お返事させていただきたいと、考えています。

考えたのですが、私には、どう書くことも出来ませんでした。

再び秘密で書かれたつもりらしい「事情2」なるものが、皆さんの目に触れるところへ出て来て、それは山イチゴさんご自身がされたことなので、私が考え込むことは無い。そうですよね、秘密さん。

私のブログだから、私が思ったままに返事をすればいいということですね。

読ませて頂きました、きちんと。

私にはやはり、何も言えません。言えば、お身近のどなたかに触れることになる。いいかげんには、何も書けません。

どんなことでも書いて下さい、どうぞ、と申し上げたのは私ですし、書いて来られるものは、きちんと読みます。

返事のできないものもあります。

返事のしようのないものもあるし、触れたくないこともあるのではないかな。

びっくりはしないですよ。世の中にはいろいろなことがあるのでしょうし。

ビーちゃんに、初め言われたという障害が出なくて、見える、聞こえる、歩ける、感じられる、と書いておられるのは、大変、感慨深いです。よかった!と思う。強く、強く、まっすぐに、伸びて行っていただきたい。これは本心です、知りえた限りの事情からの。

こういうことしか書けません。

もう一つ。自分のことを、書きますね。

メールを下さるのなら、このパソコンでない、活性炭やゼオライトをご紹介するための番号(?)が、ブログ内に示されています。ファクスの番号も書かれています。沢山のお方の個人情報をいただきましたし、今も残していますが、個人の用で、それを使ったことは、皆無に近いくらいありません。それは当然のことと考えています。

私は、自分で持つことの出来た、この自分の部屋で、お顔を拝見したことも無い方々と、暖かくつながっているのを感じ、気持ちを助けてもらっているし、これからも、そうし続けていたいのです。

先日は、ずっと会いたかったやさいさんに会えましたが、やさいさんとも、個人的なあれこれは、今まで、皆無に等しいくらい、ありませんでした。やさいさんの部屋で、十分、楽しませてもらっているので。

そういう風に、いま、暮らしていたいのです。

ですから、せっかくアドレスを教えていただいても、ご連絡させてもらうことは無いと思います。

還暦を迎え、少し過ぎて、ようやく自分のものにした、私の理想に近い、そこそこの「自由」が、つまり、それです。

この自由を手離すつもりは無いので、できれば、ここで、いろいろなことをお喋りしましょう。

何を、どう書かれても、それでどう、ということはありません。望まれる返事は返らないこともあると思いますが、きちんと、読ませて頂きますよ。

お風邪、召しませんように。










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食べ物をあげたい。

こんばんは。

うっふっふ。やさいさんが釣れた、食いついた~。ビートルズ話。

お母さんがビートルズ好きだったって。ポールか、ジョージのファンだったのかな~、お母さん。なんとなく。

学校で、歌詞の訳を配ってあげてたというのは、現在のやさいさんをホーフツさせるエピソードですね。人間、そんなに変わらないんだ。先日も私、自分が年上なのに、やさいさんに任せて、甘えて、頼ってました。自分の方が住居も近いのにね。

平気で、私どこへ行くんですか、なんて聞いてました。爆。ここから乗るんですか?って。

ぜんぜん、笑ったりしないで、そうですよ、と、答えてくださってましたね。お世話になりました。

デイ・トリッパーを、今回はお選び。弾けてますね~。イントロの、ずーんつたたた、てぃ~らり~ちゃちゃちゃ、っていうの、毎晩聴いてた・・・難しくて歌えないけど。。ジョンとポールのハーモニーは、奇跡のめぐり合わせ、取り合わせだったとか言われてますね。ほんとにそうだと思う。

「イマジン」。「イマジン」は。

もう何と言っていいかわからない名曲で・・・いつか、歌詞を引いたことがありますが・・・。後で聴いてみよう。

小野ヨーコさん。初めのうちは叩かれておられました。

あちらでも日本でも、無茶苦茶言われてらした。

でも、あの、黒い強いイノセントな眼で。一人の「ヨーコ」として立っておられました。一歩も引かない、動じない、私はオノ・ヨーコよ、生きている一人の人間よ。・・・素敵な女性。



むかし知人が、軽井沢で、二人でサイクリングしているジョンとヨーコを見た、と言っていたことがあります。

とっても、とっても自然で、素敵だった と。聞いているだけで、いいなあ~と感じられた、大人になってる少年・少女の、話でした。けっこう日本へは来てたみたい、自由になってからのジョンは。

で、誰かを連想するKUONでした。


山イチゴさん。

懐かしい名前が出て来ましたね~。B・C・ローラーズ。キッス。カープの選手の追っかけさんの話まで。笑。

音楽の世界が賑やかでしたね。いろんなパターンが、出つくしていなくて、あんなんや、こんなんが、どんどん現れて。

私の寮でも、ホウキ抱えて、とか、バケツ叩いて、とか、年末などのお楽しみパーティ(会、と書くのが正しいですかね)にわかグループが励みましたよ。覚えているのは、男子の学生服を借りてきて、前後ろ反対に着るつもりで、背中に、肋骨みたいな感じに金色のモールを付けて、それで、はい、ステージ衣裳。

髪型もマッシュルーム・カットにして。自分でそんな髪型にしていたんです。

ブラウスのフリルも工夫して付けて、ジュリーと同じや~と、喜んで着ていた。面白い日々でしたね~。

リンゴ・スター、そうですね。リンゴ、というのが、人の名前だと納得行きませんでしたね。私は、この前に書いた記事中のモリちゃんという仲間に、

「ジョンはうちだけのジョンやし。○○(私の名)は、ジョン、ジョン、言わんといて」。とやられて、モリちゃんを私は好きだったから、自分は、モリちゃんとのミニ文やり取り用の名前を「星りんこ」としていたのですよ。

星りんこ。リンゴ・スター。ね。面白い日々でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今朝は、原発から20キロくらいの地域に、意志的に残っておられる男性のニュースを見聞きし、朝から泣いていました。

まだ、本当には詳しく知っていないので、まだ考えも書けません。

残って、犬や猫や牛、ダチョウやイノブタ、などに、動物保護団体から届く食べ物を、あげて回っておられるそうです。

残った者のすることだ、と、仰っているそうです。

私は、この方の考えられることに、ひかれます。

退かないと、罰金十万円とかいう話もあるそうですが、絶対のかない決意の方は、それでいいではないか。それがいいではないか、と思います。チェルノブイリでは、そういう方を「わがまま者」と呼んだらしいです。

みんな一斉に、都合のいい方へ均そうなんてやり方、どんなもんでしょうか。のいている方々だって、好きでのいておられるわけではないです。

皆と違うやり方をする人がいると、ややこしいんですよね。均したい方は。きっと。思い通りにはならないですよ。相手は人間だもの。

ま、そのことはともかく。

生きて村を歩き回っているという動物たちに、私も、食べ物をあげたいと思いました。

どなたか、詳しい方がおられましたら、教えて下さると嬉しいです。お願いします。つまり、その代金のほんの少しを、私も、出させていただきたい、ということです。

よろしくお願いします。

生きている間は、お腹空かせないでいて欲しいのです。




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アビー・ロード。

故もなく、いささか落ち込んでいたのですが~。

浮かび上がれました。4・3、さんきゅ。何の暗号じゃ?。

ジョン・レノンの話です。

中学生の時「マイ・ボニー」を聴いたのです。がーがーぴーぴーのラヂオで。

デビュー以前の曲だと思います。さあ、それからだ!。

生活のすべてがビートルズに染まった、と言って過言ではない。

もう、何もかもが良かった。しびれた。憧れた。

大和盆地の小さな町、封建的な町。そこでは当初、ビートルズは不良の音楽で、ビートルズを「いい」なんて言う者は、イコール不良だったのでした。

よし、かまわん。不良でいい。固く決意した。何をしたわけではありません。毎晩毎晩、ラヂオに耳をくっつけ、ものすごく寒い自分の部屋で、寒いとも当時は思わず、ただ、ただ、ザ・ビートルズの歌が聴ければよかった。順位が上がれば嬉しかった。

ノートに、歌詞を写して。英語わからないながら一緒に唄って。

男の子と、初めて映画に行ったのも、ビートルズだった。「ヤァ!ヤァ!ヤァ!」。同級生で、二人ともほんとに、ビートルズが好き、ということで、絶対行きたい、行こうか、と、出かけました。同志だった。のに、めっちゃくちゃ叱られて。

着ていた服も覚えています。茶色のセーターと、スカートと、コーデュロイのジャケット。同じ系統の色のグラデーションも考えて、自分では、他に考えられないくらい、お洒落だと思っていました。気にいると、そのシーズン同じスタイルばかりになるのは、今も変わらない・・・。いやあ、あの組み合わせは好きでした。
ユウダ君は、グラビアの切抜きをくれたり、とってもいい男の子でした。

高校へ入って、入寮したらいました。ビートルズ命。ジョン命の、モリちゃん。

黒々とした目と、しゅっと高い鼻の、美人でした。

とにかく、ジョンでした。私よりモリちゃんがすごかった。私は、そのうち、ジュリーにココロ奪われて行ったのだし。

でも。ビートルズは、相変わらず聴いていました。

日本公演の夜は、私たちの住む町は、土砂降りの雨。

夜間高校の授業を終えて、毎晩ぶっ飛ばしていた自転車にまたがると、モリちゃんと私は、無言でうなずき合った。

今夜だけは、とにかく、寮へ、飛んで帰らなければならない。テレビで、ビートルズを。初来日のビートルズを。固く決意して、夜勤を組まれるのを、周到に避けていました。

どっしゃぶり~の雨のなか~を。

二人は、飛ばした、飛ばした。

びしょ濡れのまま、一台だけテレビのある、寮のホールへ走って、テレビをつけました。

ぞくぞくと、ビートルズ見たい隊が、帰寮してホールへ集まって来た。皆、制服からぽたぽた雫を垂らしています。目は、キッと、テレビ画面に。

舎監の先生方が、着替えなさいの、頭を拭けの、なにか必死で声をかけておられましたが、そんなの、皆、無視、だった。けっこういろいろ厳しい学寮でしたが。

今夜だけはここを動かない。

。。。と、真剣待ちしていた、のに、ね。

まず前座。ドリフターズ。次に、ブルー・コメッツ。

ビートルズが出て来たのは、30分も経った頃だった記憶がある・・・。

あの夜のことは忘れない。

モリちゃんは、高看へ進んでもビートルズ一筋。ザ・ビートルズのコピーをしていた学生バンドのリード・ギターと意気投合し、恋に発展し、まっすぐストレートに結婚して、それなりの苦労をしたらしいけど、ずっと夫婦でビートルズ、な人生らしい。みごとなもんです。息子は、英国へ留学させたとか。やるなあ、モリちゃん。

・・・・・ジョン、レノンが、狂信的なファンに、撃たれて倒れたのは、30年くらい前の、12月8日。

一報を聞いた時、私は、次女の、おむつを替えていました。

信じられなくて、当分、ぼおっとなっていました。

似合わない服を着て、似合わないパーマをかけて、○○さんチのお嫁さん、を、一所懸命やっている時期でした。

ジョンが死んだからといって、それを話題にする相手も無かった、黙っていると、どうして何の不機嫌ですかねと、そういう言葉が来るので、いつも、あいまいな笑顔を浮かべていた。あまり好きでなかった時代の、自分。

なぜ、とか、どんな風に、とか、情報を追いかける術もなかった。

後に、いささかの自由がきくようになって、情報をあさりまくりました。

どれだけ「知って」も、ジョンが、愛するヨーコの目前で、まるで理不尽な死を迎えてしまった事実に、変わりはありませんでした。


Life is short

Art is long

その通りです。

ビートルズのアルバムの中で、あえて、どうしても一枚を選ぶなら。

「アビー・ロード」です。私は。








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むかしのこと

月食の月の赤さに、思い出したあれこれ。

今夜の月は、ぼったりと重そうに大きい。



十二月八日は、やさいさんに会えた日でありましたが、ジョン・レノンが、ダコタ・ハウスの前で凶弾に倒れた日であり、私の生まれる以前、第二次世界大戦が始まった日でもありました。

日本軍が、真珠湾に奇襲攻撃をかけて。

・・・その真珠湾を、訪れたことがあります。

夫の弟の結婚式のために、初めてハワイへ行きました。二十数年も昔のことです。

三日間同じホテルに滞在する日程のうち、私には、どうしても行きたい場所がありました。

真珠湾へ。

日系人のドライバーが、私を、その場所へ運んでくれました。

透明な、美しい青い海でした。

空も青く、太陽は燦燦と降り注いでいました。

撃沈された戦艦・アリゾナ号は、海に沈んだままの、巨大な錆びた鉄塊。透けて見えるのです。

中にまだ残っていると思われる乗員を引き揚げようと、何度も潜水夫が潜ったが、事故が起きたりして、なかなか叶わないと、その時そう聞きました。

記念館を巡る前に、短い映画を見ました。日本軍が何をしたか、の記録映画。若い昭和天皇が、白馬に乗っておられる映像が現れた時、私の前の席にいた体の大きな白人が、鼻を、フン、と鳴らしてつぶやくのが聞こえました。

ガッデム。確かにそう聞こえ、私は、身ぶるいするような恐怖を感じました。

日本人は、その時、周囲に、私だけでした。その類いの恐怖を覚えたのは、生まれて初めてのことでした。

自分は、憎まれている側の人間なんだ、と感じました。

アリゾナ記念館の中に、大きな石碑がありました。

トムとか。ジョンとか。ロバートとか。この海で散った人々の姓名が、ABC順に、ずらりと、書き並べてありました。
詳しい数は覚えていない・・・でも、沢山、沢山の人の名前でした。

階級も身分も無く、ABC順に。

人懐っこい笑顔や、揃った歯や、まぶしそうに顔をしかめる癖や・・・そんな、ひとり一人の命が、ここで奪われた、消え去った、場所なのでした。

泣き虫の私は、平静でいられませんでした。

沢山の命が奪われたのは、アメリカ人だけではない。そんなこと、言うまでもない。

・・・その時、でも、私は、トムやジョンのために、胸が破れそうなくらい、悲しかったのです。

父さんや母さんは、どんなに悲しかったでしょう。

泣いている私を、サワイさんというドライバーは、ハワイの高台、見晴らしのいい丘へ連れていってくれたり、日系二世である自分の、戦中戦後の気持ちを話してくれたり。

予定時間を大幅にオーバーするまで、あちらこちらを案内してくれ、決まった額のお金以外を受け取ろうとされませんでした。

別れる時、つよい握手をして、さようなら、と、言い合いました。

私は、再びハワイに来れれるとは思えなかったし、サワイ氏も「一期一会」のこころをご承知の方と思われました。

戦争はイヤだ。

戦争を知らない子供たちの、まさに一人である私は、強く、強く、そう願います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

えまさん。

お忙しいのですね。

よかった、と言っていただくと、本当に嬉しいし、こころの優しい方々とつなあることが出来ているのだな~、と、また、うれしくてたまりません。

絵文字の意味は、よ~く、わかっていたつもり。本当に、優しい心を、ありがとうございます。

年末にかけ、お体に気をつけて、しっかりアルコールも楽しんでくださいね。野菜もたっぷり食べながら、ね。


山イチゴさん。

よくわかりました、ありがとう。

寺山修司は、毀誉褒貶ありましたが、天才でした。十五歳くらいから、本格的なものを書いていました。

俳句から入り、短歌では、若くして大きな賞を受けています。

戦争で父親を亡くし、母親は一人息子を親戚に預けて出稼ぎに行った。

母親にとって修司は、唯一無二の存在でありましたが、幼少時に母と離れて育った修司は、母のようには、親子の絆を信用できなかったようです。

難しいものですね、人間の心は。

    母の蛍すてに行く顔照らされて

という俳句があります。

母というものを、茶化し、憎み、モデルにして笑った寺山修司は、母の蛍を、捨てに行く、と、一般的な人の心を逆さに摺るような言葉を使いながら、その顔は、母の蛍の、その「灯」に照らされている、と。

母を憎み、モデルにして侮辱し(そんな作品をたくさん作ったのです)、茶化した息子である、寺山修司。

そんな自分の顔は、母の灯に照らされている、と。

見られている、と。

すべて解って、していたのです。母を笑う自分を、激しくとがめている。自分が。

お母ちゃん、と甘えたい時にそばにいてくれなかった母と言う人を、愛していたのですね。

寺山修司は男性だから。

これは、あくまで私の「感じ」ですので、こういうことに、私は、しておきたい。

若い頃何度も傍にいました。

体が弱くて、淋しがり屋で、息するように嘘をつき、その嘘が「作品」になっているような人でした。
















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冬のいろ/追記「重さ」のこと

↑こんばんは。

自分、いい思いしたこと、皆様によかったね~と言っていただいて、ほんとうに嬉しいです。

後で、お返事書かせていただきたいです。



いきなりですが。

原子力委員会専門部会、というところが、東京電力の廃炉作業についての報告を出された、とのことです。

三年以内に使用済み核燃料を取り出す。

10年以内に炉内の溶けた燃料の取り出しに着手する。

廃炉完了までには30年以上かかる見通し。


このような内容だとのことです。

いきなりですが・パート2。

イメージしてください。

生徒数700人から1000人くらいの規模の学校の校庭。

広々としています。その真ん中に、一個のサッカー・ボール。

校庭全体を、たとえば原子とします。

サッカー・ボールは原子核。陽子と中性子と考えるとします。

原子核(ボール}は核分裂して放射能を出します。

校庭の外郭・・輪郭とたとえたあたり、は、電子が、光と同じようなスピードで走りまわっています。

校庭の外周を電子が走り、真ん中では陽子と中性子が核分裂を起こして、放射能を出している。


校庭の広さとボールの大きさを、数字で比較してみると、一つの原子。校庭ですね、これは、99.9パーセントが、空間なのだそうです。

実際の校庭が、ボールの周りは何も無い・・・空気がある光景と見る、それと同じ感じに。

宇宙には、電子(外周・輪郭)が飛んで、核(ボール)の中性子のみでできている星があるとのこと。

中性子星、というらしいですが、その重さは、マッチ箱一個くらいの大きさ一個で、一トンあると。これは、余談として下さい。

人間が、いま、ギリギリ触れられる・・・扱えるのは、この、外郭・校庭の輪郭にたとえた、電子まで、だそうです。

ヒトが、原子核の中央(ボール)、核をコントロールできるまでには、100年有以上。もしかして千年くらい、かかるかもしれない。

今はまだ、ボールにまで達せない。


これを考えると、初めに↑茶色の文字で書いた、3年とか10年とかの数字の根拠はどうなるのか、と、私は、考えました。

何かを「言う」時、エビデンス、というものを求められます。

エビデンス。根拠、ですね。言葉のに責任を持つ。

多分、原子力なんとかというところは、国の機関だと思うのですが、出来もしないことを、言っていいのか、書かせていいのかと、考えます。

今朝の新聞に、英国では、高速増殖炉(日本では「もんじゅ」みたいな)の解体作業に入って30年、「燃料棒すら残存」と出ています。これはほんとのことらしいです。

この解体作業が、この地にの唯一の「仕事」でもあるのだとか。

核のゴミ問題は、10万年以上も安全な管理が必要なのだとか。

・・・・・。

そんなものを信じて、大変な目に遭っている方が沢山おられます。

再び舌を噛みそうな(福島)「県民健康管理調査」なるもので、警戒区域、計画的避難区域の住民の方々・・・いつか帰る、と、いっぱい、たくさん、メッセージを残して故郷を後にされた飯舘村も含む・・・の、外部被曝に関する調査が、初めて行われたと。

約半数の方々が1ミリシーベルト以上の外部被曝をされており、最大では、14ミリシーベルトの方も。

これが「大丈夫」「今のところは影響は無い」の、結果です。ふざけるなと、怒る人がいたとは書かれていません。

・・・余談ですが、私の周囲でも、「放射能」を含む排水を用いた実験やプレゼンテーションを、行っています。

高線量だと思われる場所で、たとえば0,6とか0.9ミリシーベルト程度の水に、関わる。

でも、正しい(と思われる)値が、出にくい。

扱っているのは、放射能を含む排水です、特殊な凝集剤を使って、放射能を抱きこむフロック(ヘドロみたいなもの、嵩を低くして処理する)と、リサイクルできる水とに分ける。

慣れているはずのその手順が、うまく進められない場合がある。

なぜか。

水・・・排水だけを問題にすればいいのではなく、その時点で排水のある環境・・・周囲が、空気が、大気が、放射能を含んでいるのだから、一番はじめに、0,7なら0.7の量である、と、立てた仮定が、移動する。もっと線量の高い水になる。なってしまう。

そういうことなのです。

腹が立っているので、すみません余談でした。



・・・地球上の全ての「モノ」は、鉄でも鉛でも、どんな固い重いものでも、99.9パーセントは、空間。

真ん中のちょっと(ボール)だけに「重さ」がある。

この「重さ」の、本当の理由。

理由=粒子。

重さだけの粒子が、あるかもしれないと、数日前に発表があったそうです。

ビックス粒子。

ビックス理論。

日本人も、その一員として関わり、探し続けて来た、重さの理由。数日前に発表。

・・・まだ、そこまでしか、ヒトは、行っていない。知っていない。

しかし、少しずつ、解明されて行くものがあるのでしょう。

・・・なんて重々しく書きながら、メモできたのはここまでで、それが解ったら何が「いい」「すばらしい」までは、ワタシにも解っちゃおらんのです。

そこをまた訊ねて、そうだとどう「いい」のか、書かせてもらいますね。

児玉龍彦先生のチームが、癌細胞の増殖速度を半分に抑える酵素を特定されたとの嬉しいお知らせもあります・・・。

希望を持ちたいんです。持っていたいです。



sarahさん。お返事遅れました。

持って行って下さった小出先生の記事、sarahさんのお部屋で読ませていただきました。

仰るように、このような方がいて下さる、ということだけで、心が静まる感じになることがあります。

内容はもちろん、当然ですが、穏やかに語られる言葉遣いの美しいことも、いいなあ~と、感じています。

ソンベのsarahさんより先に、やさいさんとデートしてしまいました。

神戸は、雨模様。やさいさんのブログにお邪魔するようになって日の浅い頃、sarahさんが、初めて、声をかけてくださったのです。覚えています。まだいろいろ、参っていた頃でしたので、滲みて、嬉しかったです。

また小出先生、ご紹介しますね。一人でも多くの方に、読んで頂きたいです。

コメントいただいた順を書いたメモが、あらら、どこ行った、状態です、すみません、順不動で、書かせてもらいますね。

ソナチネさん。

祝、とまで、言ってくださって。もう、そのお優しさに、泣けます。私、夫と子供と数少ない友達以外に、あまり褒めてもらったことが無い、ことに、気づきました。
脈絡のないこと言ってますが、ほんと~に、よかった、と言っていただいて、わーん、と、泣きたいくらい嬉しくなりましてね。

ありがとうございます。ありがとう。

ほんとにいつも、ありがとうございます。やさいさんは、ものすごく優しい、かわいい、賢い、思慮深くてかつ率直な、口角の上がり方のチャーミングな、方向おんちの女性でした。握手したかったけど、薬品で手が荒れてるので、がまんしました。

yuutaさん。四国まで、結婚式に出るために。

お疲れさま~。

うほほ、ごみんね、ワタシだけ、いい思いして。楽しかったです。ヨン話たっぷり(ではないな、もっともっともっともっと、聞きたかった、キハの話や「スキャンダル」の落馬のシーンのことや、話したかったです。時間が足りんかったです。それはゼイタクってものね。

疲れが抜けにくい、筋肉痛がなかなかのいてくれない、固有名詞が出てこない、ぜんぶ、同じです。

でもまあ、アタマと指がとりあえず動いて、お仲間もいてくださって、シアワセって、ポン酢醤油があるからってだけ、では無いですね。

プルト君はともかく、普通の放射能は地球上に存在するものなんだから、人間も地球上に存在するものなんだから、明るい気持ち、できるだけ心がけるカラダ、で、ってね。

三匹の子豚の家みたいに、煉瓦の家ならオオカミにやられないんだから、とか、どすこい、な、不適な考えが住み着いて、負けるもんかぁ、と、思っています、なんだか。

何に負けるって?。放射能に。

そんなもんに、負けてたまるかぁ、って。。。。一緒にそう思お、ね?。

山イチゴさん。

山イチゴさんは、やさいさんに会ってられるんですよね。

きっと同じ感じを持たれたと思うね。

奈良は今日、風花が舞っていました。昼間もまったく温度が上がらず、本格的に冬、かな。

前にあせものこと書いた覚えがあるのですが、冬は、けっこう好きなんです。アセモできないし。

一つ質問。よろしければ。カン夫さん、ってどうお読みするんですか?。ずっと気になって。笑。

ようこさん。

はい、お会いしちゃいました。神戸まで、私の最寄り駅から、直通で役80分。

しばらくご無沙汰の街でした。

震災で、いろんなものがいっぱい壊れて、消えてしまって、以前わたしが、こんなところを隠れ家にしたいな、と憧れた、何度も白いペンキを塗りなおしたようなフランス窓の家、とか、ため息でるほどお洒落な洋館とか、無くなってしまって、歩きながら涙がぼろぼろこぼれたことを、思い出しました。

出刃。アンコウ鍋。土日のお客さんのために。

おかみさん、おいしい鍋、出して差し上げるのですね。

私も来年、行きま~す。茨城県、初めてなんです。



いきなりですが・パート3.

今、十日の朝です。昨日書けなかったことを「追記」にさせていただきます。

ビックス粒子、ビックス理論、というものがある、と。

へえ、そうなんだ~、と、口開けて聞いているようなものなのですが(私には)、その、重さがいったい、なんなのじゃ、と、カシコそうに書きつつ???だったのですね。

私に、カンケーあるのか?と。

で、いきなり、ですわ。

ビッグ・バンです。

昔むかし、宇宙に一つの爆発が起こり(ビッグ・バン)いろんなものが飛び散った。高速で。

電子も陽子も中性子も、ばんばん飛んだ。

同じスピードだったと思われる、当初は。

それが、宇宙に関する時間なので「ものすごく長い」時間のうちに、別々に飛んでいた電子(校庭の外周の話、ですね)や、校庭の真ん中のボール、になる陽子や中性子が、微妙ななにかのずれで、校庭とボールの関係になって来た。

電子はぐるぐる飛び続け、その中で陽子と中性子は、じっとするようになっていて、じっとしていればいいのに、分裂。チカッとして、放射線を出す、という形になって行った。

電子と陽子と中性子が、一つの原子。陽子と中性子(ボール)が、原子核です。

別々に飛んでいれば分裂、ちかっにならなかったかも知れんのに(このあたりやや書き方が乱暴)こうなったのは、えらい長々と個々まで来たですが、宇宙時間の中で、本来重さの無いはずの、だから重さの差の無いはずの、電子陽子中性子に、重さの差が現れて、校庭の外郭とボールの関係に、なった。

では、重さ、とは、何なのか。

KUONの余分な重さは、食べすぎと言う因果の結果です。

そういうのでなく。

重さとは何だ。

重さの違いによって、校庭の中のサッカー・ボールの形になった原子。

それを考え続けて来た人間たちに、新たに解ることが出来てきたのが、先に書いたビックス粒子、ビックス理論、なのだと。

・・・ほんとにこれでいいのか、ううう・・・しかし。

重さが、核分裂に関わっている。難しいことはやっぱり私には無理、ですが、核がどうして分裂するのか、そこのところが解ってゆけば、いつか、今の事態に対する方法も出て来るだろう。

私たちの次の世代、また次の世代に、なんとかして、解ることから入って行ける、放射能との戦いの道筋に、つながって行ければいい、つながって行って欲しい。

と。??????なアタマを、頑張れ、と励まして、聞いておりましたのでした。















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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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KUONの久遠

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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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