KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

おやすみなさいのその前に

こんばんは。

書きたいこといっぱいで、トンデモ電力の大嘘に、きーっとなってるのですが、今夜も最後の親知らずとお別れ。

体の、いろんなメンテナンスにかかっているから仕方ないのですが、楽勝、と思ってたのに、今夜は痛みます。

まったく心配なく、抜いたから痛いだけどす。

クスリ飲んだら、眠くなってまいりました。

無理しないで、と、皆様にいつも優しく言っていただいているので(甘やかされてる~、いい気分だわ~)寝ます。

私は寝ますが、武田先生の、本当に心からのメッセージと、小出先生の、何をも怖れぬ硬派のお言葉を、ご紹介っせて頂きますね。

あ~。とろんとろんに眠くなった。これで眠れたら、しあわせだわ~~~~。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


原発を再開し、または新設できる条件


福島原発事故の一つの原因が「地元に交付金(危険手当)をだしたこと」である。日本社会は「誠実、真面目」と思っていたが、よくよく考えてみると「乞食社会」でもあった。原発は安全という御札を床の間に貼って、首相から市長まで偉い人はすべて「原発は安全」と言い、本当は危険だから僻地に作って消費地まで延々と送電線を引き、地元に危険手当を出してなだめてきた。



危険手当を出すぐらいだから、危険なのに決まっている。地元も危険を承知で危険手当を貰ったのは間違いない。安全なのに危険手当を貰うということになると、乞食というより詐欺になる。



でも、このようなことが原発の安全議論をおろそかにし、事故を起こした。事故が起こってみると、交付金(危険手当)を貰っていないところも被害を受けることが明らかになった。このような不合理で不真面目な制度を残しておくとまた事故が起こるのは間違いない。



「原発を安全にする」というのは、1)耐震・耐津波設計をする、2)日本の気候風土にあった原発を設計する、3)御札主義を止めて事実を元に判断する、4)救命ボート(非常時の通報、避難、救助のシステム)を備える、5)被曝と健康の関係をハッキリさせるか1年1ミリの予防原則を堅持する、などが必要であるが、それに加えて社会システムの整備も大切だ。



まず、1)現在行われている地元への交付金、補助金の類を全廃すること、2)原子力基本法に定められた「自主民主公開」の原則を厳格に実施する、3)原子力安全委員会・同安全委員会の独立性を確保する(今の二つ委員会のメンバーは辞職し、あるいは傷害罪で取り調べが必要)、などを行い、「世界で初めて日本が通常運転時の事故を行った恥」をそそがなければならない。

・・・・・・・・・

もう一つ、これは機会を見て再度、取り上げたいが「推進派、国民一般、反対派」のいずれもが「アウトロー的な言動」を避けるということだ。原発を進めるかどうかは日本人、特に子供にとって大切なことだから、思想でものを言うことを後退させて、真摯な議論をしなければならない。



日本人の多くが原発に不安を持ち、同時に電気も必要と感じている。だから、その現実を直視して、「絶対推進」でも「絶対反対」でもなく、なにが問題なのか、どうしたらよいのかを前向きに議論するべきである。



少なくとも、「地震が起こらない外国では1つも破壊されていない」、「震度6では100%破壊した」という現実をよく認識することだ。チェルノブイリもスリーマイル島の原発事故も通常の運転をしている時ではない。その意味で、まずは事実を見るということにもっと力を注がなければならない。



東電が自分で放射性廃棄物をまき散らし、被害を受けたゴルフ場に対して屁理屈をこねて裁判に勝ったりしているので、ますます国民は原発から離れるだろう。電力会社はこれまでズッと威張ってきたから頭の下げ方を知らないのは仕方が無いが、このままでは国民はほとんど全部が電力を指示しなくなる。



(平成23年11月29日)


武田邦彦


(C) 2007 武田邦彦 (中部大学) 引用はご自由にどうぞ





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こんばんは。

書きたいこといっぱいで、トンデモ電力の大嘘に、きーっとなってるのですが、今夜も最後の親知らずとお別れ。

体の、いろんなメンテナンスにかかっているから仕方ないのですが、楽勝、と思ってたのに、今夜は痛みます。

まったく心配なく、抜いたから痛いだけどす。

クスリ飲んだら、眠くなってまいりました。

無理しないで、と、皆様にいつも優しく言っていただいているので(甘やかされてる~、いい気分だわ~)寝ます。

私は寝ますが、武田先生の、本当に心からのメッセージと、小出先生の、何をも怖れぬ硬派のお言葉を、ご紹介っせて頂きますね。

あ~。とろんとろんに眠くなった。これで眠れたら、しあわせだわ~~~~。

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原発を再開し、または新設できる条件


福島原発事故の一つの原因が「地元に交付金(危険手当)をだしたこと」である。日本社会は「誠実、真面目」と思っていたが、よくよく考えてみると「乞食社会」でもあった。原発は安全という御札を床の間に貼って、首相から市長まで偉い人はすべて「原発は安全」と言い、本当は危険だから僻地に作って消費地まで延々と送電線を引き、地元に危険手当を出してなだめてきた。



危険手当を出すぐらいだから、危険なのに決まっている。地元も危険を承知で危険手当を貰ったのは間違いない。安全なのに危険手当を貰うということになると、乞食というより詐欺になる。



でも、このようなことが原発の安全議論をおろそかにし、事故を起こした。事故が起こってみると、交付金(危険手当)を貰っていないところも被害を受けることが明らかになった。このような不合理で不真面目な制度を残しておくとまた事故が起こるのは間違いない。



「原発を安全にする」というのは、1)耐震・耐津波設計をする、2)日本の気候風土にあった原発を設計する、3)御札主義を止めて事実を元に判断する、4)救命ボート(非常時の通報、避難、救助のシステム)を備える、5)被曝と健康の関係をハッキリさせるか1年1ミリの予防原則を堅持する、などが必要であるが、それに加えて社会システムの整備も大切だ。



まず、1)現在行われている地元への交付金、補助金の類を全廃すること、2)原子力基本法に定められた「自主民主公開」の原則を厳格に実施する、3)原子力安全委員会・同安全委員会の独立性を確保する(今の二つ委員会のメンバーは辞職し、あるいは傷害罪で取り調べが必要)、などを行い、「世界で初めて日本が通常運転時の事故を行った恥」をそそがなければならない。

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もう一つ、これは機会を見て再度、取り上げたいが「推進派、国民一般、反対派」のいずれもが「アウトロー的な言動」を避けるということだ。原発を進めるかどうかは日本人、特に子供にとって大切なことだから、思想でものを言うことを後退させて、真摯な議論をしなければならない。



日本人の多くが原発に不安を持ち、同時に電気も必要と感じている。だから、その現実を直視して、「絶対推進」でも「絶対反対」でもなく、なにが問題なのか、どうしたらよいのかを前向きに議論するべきである。



少なくとも、「地震が起こらない外国では1つも破壊されていない」、「震度6では100%破壊した」という現実をよく認識することだ。チェルノブイリもスリーマイル島の原発事故も通常の運転をしている時ではない。その意味で、まずは事実を見るということにもっと力を注がなければならない。



東電が自分で放射性廃棄物をまき散らし、被害を受けたゴルフ場に対して屁理屈をこねて裁判に勝ったりしているので、ますます国民は原発から離れるだろう。電力会社はこれまでズッと威張ってきたから頭の下げ方を知らないのは仕方が無いが、このままでは国民はほとんど全部が電力を指示しなくなる。



(平成23年11月29日)


武田邦彦


(C) 2007 武田邦彦 (中部大学) 引用はご自由にどうぞ

静かな夜は

こんばんは。

皆さまのコメントが、お鍋の具材みたいにたっぷり、あったかで、冬の夜も、ようございますわね。

yuutaさんは「はまや」さんへ行かれ、ようこさんは、いらっしゃいませ~、と。

素敵な「会い」であられたようで、こっちも、よかったな~、とほっこりです。

私も是非、行きます、いつになるでしょう。

大人が皆、シゴト持ってるから、孫を、誰が見ているか、で、すべてを決めます。

12月になったら孫の母親の出張なども決まるはず、最近、中国へも行くこと多く、三泊くらいはして来ます、ので、1月に決行として、12月20日頃、いついつ行きます、との返事を、させて頂くってことで、ひとつ。

土・日の方が、一泊ならいいかなあ。その線で決めます。

何の計画もなく、ただ、おいしい魚をいただいて、温泉で「あ~~~」して、あとは喋りまくるか、聞いているか、ですね。

携帯電話はオフにして、過ごしたいですね~。

何も考えていない。ただ、行ってみたいな~で、行きます。

東京まで新幹線で行く、まではわかっているけど、あとは、これから、調べたり確かめたりしま~す。


少し前まで、人様にお会いするのも億劫で、どこへも出て行きたくなくて、プチ・ばーちゃん・ヒッキーみたいな気分でしたが、ここへ来て、ちょっとあちこち行きたくなって。

誰かに、会いたくなって。

民宿というところで、だら~、と、ゆた~、と、するの、いいなあ、と。

その節は、どうぞ、どうぞ、よろしく~。

山イチゴさんのとこへ行くのは、その後になりそうですね~。

な~んにも考えず、行こう、と思ったの。許されれば2月、遅くても3月。

金子みすずで賑わっているという山口へ、参ります~、これも、どうやって行くか、調べないと。


いい気で浮かれているみたいですみません。

これも数年(もっと?)ぶりに復活させた石油ストーブの、柔らかい暖かさに骨抜きになっています。

昆布と大豆とニンジンと、お鍋に入れておくだけで、おいしく煮あがってくれるし・・・。

小さなガラスのツリーを、今年は飾りました。

むかし、短歌の勉強をしていた頃のお知り合いで、ご夫君と二人暮らしの方がおられて、詠まれたうたを思い出します。

   少しばかり大きめかものケーキ買い老いの二人のイブの灯ともす

亡くなる前の歌はこうでした。

   涙垂れてくれずともよしその胸に小さきわれの墓標たまわれ

静かな夜は、さまざまな思いが胸をよぎります。









どしゃがしゃ

こんばんは。

<最近「放射能」のことを、あまり書かれませんね。身辺の雑事ばかり。猿がいたからって、それがどうしたか、と思ってしまいましたよ。もう飽きたのですか。放射能の記事の無くなったあなたのブログ、まだ読みに来る人がおられるのですか。>

このようなことを書いて来て下さった方がおられます。

飽きた、とは、私にでなく、実際に困難な中におられる方に対して失礼な言葉です。

<放射能のことを最近あまり書かない>のは・・・言い訳することでもないですが。

たとえば除染と言うことも結局、公共事業になってしまったな、日本国のやり方だな、と感じてしまっているし、必死に一生懸命取り組んでおられる方を思えば、もう何も言えないな、と、感じてしまっています。

どれだけ除けて、目の前から無くしても・・・無くしたと思っても、セシウム自体はどこへも行かない。
どこへも行ってくれない。
今もまだ、なお、現場から出続けており、降ったり流れたり積もったり舞い上がったりしている。どんどん増えてゆくばかり。それを、放置してあるんです。

考えると、本当に、どうすればいのか、どうなってしまうのか、。
などと、今、こう書くことで、何か、どうかなるのでしょうか。

ひどい話です。

これからが大変、これから、大変なのに、と、思っています。どう考えても、想像は、自分のキャパを超えています。

アンチの方も大切、とても大切と、基本的には考えています。それで、増慢しがちな心に、ビンタが入ることもある・・・。




と、気の強いことから言い始めて。すみません。

久しぶりに、武田邦彦先生のブログから、抜粋して貼らせていただきます。

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食材からの被曝を正確に計算し、今後の生活設計に活かす、「簡便で計算が可能な方法」を考えていますが、食材の汚染度(ベクレル数)が政府の妨害で示されていないので、もう少し考えます。でも、食材からの被曝計算は考え方が難しいので、とりあえず、考え方だけ先に示しておきます。

まず、「ある一つの食材だけが汚染されている」という場合と、「ほぼすべての食材が汚染されている」という場合の二つがあります。

「一つだけが汚染されている」という仮定は、原発事故のあと政府や東大教授が説明していたもので、ほうれん草が汚染されると、「ほうれん草は一日、平均して**グラムたべるので、汚染されたものを1年間食べ続けても**ミリシーベルトにしかならない」というものです。この場合は、説明の裏に「食材の内、ほうれん草だけが汚染されている場合」という注釈が必要ですが、それを省いているのです。

もう一つは、私が説明していたもので、「いずれ、多くの食材が汚染されるので、ほぼすべての食材が汚染されている」として計算するという方法で、これは「私独自の方法」ではなく、食品安全などで広くとられている考え方です。
・・・・・・・・・
たとえば、農薬の規制というものを考えると、お母さんがスーパーに買い物に行き、ほうれん草を買うとします。そのほうれん草についている農薬が「他の食材にはまったく農薬がついていない」ということを仮定して決められていたとすると、お母さんはほうれん草を買ったら、他の食材は「規制値以下」ではだめで、「農薬ゼロ」だけしか買えないことになるからです。

つまり、ある農薬の摂取制限が赤ちゃんで1日1ミリグラムとして、ほうれん草だけで1日1ミリになるようなものが売られていると、それだけで一杯になるからです。このような規制は不可能です。つまりほうれん草だけ1日1ミリにして、小松菜はゼロ、大根もゼロということになると、「なぜ、ほうれん草だけ農薬が認められるのか」ということになり、またほうれん草が好きな人と、買わない人で大きく農薬の摂取量が違うことになります。

だから、毒物の規制というのは原則として、1日に買うものがすべて汚染されているとして規制値を決めるということになります。それで初めてお母さんは農薬のことを気にせずに買い物をしても子供の健康を損なうことはなくなるのです。

このようなことは少しでも毒物規制のことを知っている人は、十分に判っているので、政府、東大教授、NHK、大丈夫おじさんなどは「故意に人を被曝させた」と言えると思います。

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もう一つは「値」そのものです。私の4月、5月のブログに細かく書いてありますが、食材の内部被曝は預託実効線量というのを使い、50年間の被曝量を出すという面倒なもので、しかもセシウムやストロンチウムなどによって異なり、さらに厳密に言うと年齢、臓器の個人差なども考慮しなければなりません。

科学的にはそうなのですが、現実に毎日忙しく働いているお母さんにとってみれば、そんな計算をしている時間はありません。そこで、私は「1キログラムあたりのベクレルを100で割ると、1年のミリシーベルトになる」と言ってきました。これは被曝の主要なものがヨウ素とセシウムであり、そのほかにストロンチウムなどの被曝が少しあるので、セシウムだけなら130ぐらいで割るのが良いのですが、測定されていないストロンチウムや最初のころのヨウ素のことを考慮して、100でわることをお勧めしていました。

これに対して「NHKや大丈夫おじさん」などがゆるめの計算をしているので、迷う方もいるようです。

この説明は横浜市が「大丈夫市長」と「大丈夫おじさん」の連名で作った市民向けパンフレットで、水を含んで1年5ミリ、水を除く食材ではセシウムの内部被曝だけで年間4ミリシーベルトを基準にしています。そうすると、平均として1キログラムあたり425ベクレル((200+500+500+500)/4)としています。

これに対して私の計算では食材からの被曝を1年0.4ミリシーベルトとして、1キログラムあたりの基準を40ベクレルです。若干の差がありますが、これは私の計算がヨウ素やストロンチウムを考慮して少し安全側で計算しているからですが、ほぼ同じで、違いは1割程度です。

先日、初めて名指しで批判した流山市長や「順一」という人の場合、1)日本人を被曝から守ってきた現行法を無視している、2)食品安全委員会の1年5ミリも触れない、という二つのことを隠していますので、注意をしてください。間違った情報で子供を被曝させることはできないからです。

流山市長は私が間違っていると言われていますが、無責任なことを言わずに、具体的に何が問題かを指摘しなければなりません。私が人を批判しないのは、事実が問題で「有名教授の間違い」などと書くなら、その代わりに「どこが間違っている」とか、より積極的に「このように考えなければならない」と書く方が、流山市の子供を守るのに役に立つと思います。

さらに、国は1年5ミリの暫定基準を改定し、食材だけで1年1ミリとする方針を出していますが、これも中途半端で、国も早く遵法精神を思い出し、{外部、内部合計した実効線量が1年1ミリ}で実施してください。

(平成23年11月27日)

武田邦彦

(C) 2007 武田邦彦 (中部大学) 引用はご自由にどうぞ

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山イチゴさん。

うつ、長いのですか。

以前書いた、犬が怖くて歩道を渡れないのがわかってもらえなかったM君のお母さんですが。

障害者だからといって、してもらって当たり前とは思いたくない、息子に思わせたくない、という人で、でも、どうしようもないことはある、そこだけ、どうか、ご理解ください、手を貸してください。

ということで、施設を作る運動などでも、息子のことだけでなく、後に続くひとのために、という意識が強いのですね・・・なんていきなり書いても????ですね、ごめんなさい。

はじかれているんです、彼女。あなたは、息子のこと以外には苦労が無いから、とか言われて。全くそうではないんですけど。

一人の人間の中には、一つの心があって、その心は、日替わり、時替わり。上がるときも下がるときもあって、でも、痛み慣れている人は、じーっと抑えてしまうこともあるよ、諦めて笑っていることもあるよ。

ってことが、わかって頂けると、嬉しいですね。

<就職が決まって 髪を切って来たとき もう若くないさと 君に言い訳したね>

「いちご白書をもう一度」。今のように、勤め人の髪型の自由のきく時代ではなかった。

周囲にもいましたよ。

ギターを置いて髪を切って、ネクタイ締めて、の、あの頃の彼たち。

定年迎えた人も、いま沢山いて、あらためてギターを抱いて・・・。

楽しんでいるかな。

私の娘の一人も、去年うつになりました。

どんなことでも、書いたらいいですよ。ピント外れの返事をすることも多いと思いますが、山イチゴさん、何、書いても、受けるくらいは頑張って、楽しんで、にやにやと、受けますよ~。


えまさん。

そうです。「愛と悲しみのボレロ」(ひどいタイトル)、ヌレエフやピアフをモデルに、という映画でした。一度しか見ていない・・・。

最近なくなったモーリス・ベジャールが振りつけして、モーリス・ラブェルの曲を、ジョルジュ・ドンが踊った。

この「ボレロ」という曲、好きなんですよ~。

今、来日中で、愛する日本の復興を祈って、と、各地で踊って下さっているフランスのシルビィ・ギエム。彼女は、ヌレエフが目をかけたダンサーの一人だったそうです。後で、ギエムの「ボレロ」を貼りますね。

再婚されたお母さんが、えまさんでない新しい娘さんに、できれば自分もしてみたかったバレエを、習わせていると。

聞けば、平静でいられませんね。私なら、いられない。

黒っぽい感情も、ワタシなら湧く。事実、無神経な母親に対して、いろんな感情を抱いた経験があるし。

祝福も、応援も、する気持ちになれないのも、不思議でないと思いますよ。

<心の狭い私>。そんなことない、そんな風に、思わなくていい。

淋しくて、悔しかったと、思いますもん。

その、えまさんが得られなかったお母さんの愛情を、たっぷり受けた彼女は、きっと、そんなこと、知りませんよね。知らずに育って、おそらく、ずっと知らないままでしょう。

不条理です。そういうことが、たくさん、いっぱいあります。

だから。

だから、というのもヘンですが。

えまさんは、えまさんで、幸せでいましょう。意地でも幸せになりましょう。・・・って、やっぱり、変ね。変でもいいじゃん。

意地なんかじゃなくて。えまさんも、素直な、かわいい性格の女性。幸せなんか、あっちから飛んで来るタイプですよ。

今までそうでなくても、もう、そういうことなの。私が言うんだから、そうなの。強引でも、そうなんだからね!。










猿がいた!。

こんばんは。

昨日、今日と、ご無沙汰しております。

あなた 変わりはないですか。

初めてこの「北の宿」を聞いたとき、代わりはないですか、とはおかしい、お変わりないですか、だろう、でもそうであると、なんか変だな、やはり阿久悠、そのままの歌詞がいいのか・・・など、考えました。

変なのは、この、わたしですね(笑)。

二日続けて工場へ行っておりました。

門扉の横のフェンスの上に、ちょこんと、乗っていました。

ちっちゃな猿が。

野生の猿です。そんな山深いとこで、土・日は仕事していることもあります。

猿ちゃんは、パンを投げてやると、横目でじとっと、まず見て、き、とか一声発し、人間を信用してはいけませんよ、との、ママの教えを守っているのか、寄っては来ません。

が、後で見るとパンは消えています。

可愛くて、愛おしくて、ほっこりさせてもらった「小猿遭遇譚」でした。

イノシシが土をほじくり返した跡があったり、キジの親子が悠々と歩いていたり、ウサギはいるわイタチも見たわ、猫・・・は、工場の裏の資材置き場に住み着いてしまっているわ、そんなところなんですよ。

道路を隔てた山の斜面には、春になると、細い細い竹の子・・・はちく、と呼んでいる筍が、これでもかっと生えます。

もちろん人様の土地、山ではありますが、少し頂いても平気。持ち主はそのようn物、召し上がらないらしく、私はもっぱら、薄味で、わかめと炊き合わせて・・・あらら、何の話でしたでしょう。

年齢と共に、こういう世界の楽しみに目ざめて。

パソを開きでもしない限り、世界で何が起こっていても、何も知らないでいるんだろうな、と、思ったりします。

お金で買えるものは、その代わり、周囲に何もありません。持ち込んだもの以外、何も無し。


明日、ゆっくりまた、書かせてもらいま~す。

山イチゴさん。私も、と思うことがありますよ。ゆっくり、明日、ね

yuutaさん。北茨城の民宿はいかがでしたか。

ご報告、お待ちしておりますよ。

えまさん。

携帯でのメール、届いています、ありがとう。

映画のタイトルは「愛と悲しみのボレロ」だと思います。

また明日、どしゃくしゃ書きます、読んでくださ~い。

ヌレエフ

こんばんは。

もうすぐフィギュア・スケートが始まります。大慌てで夕食後の片づけをしていて、二人の娘が幼かった頃のことを思い出しました。

娘にバレエを習わせたかった、自分のことも。

少女時代に、バレエ漫画が隆盛だったことは本当です。お金持ちの子が意地悪で、びんぼうな家の子は、バレエがうまい。ワンパターンのストーリー。バレエやりたいなんて、言い出す隙間も無かった私は、さめーた目で「バレエやれるならびんぼうじゃないじゃないか」と、感じておりました。

バレエ界のスターが二人おられました。大原のりこさん(漢字不知、申し訳ありません)と、森下洋子さん。

本は、わりに好きに買えたので、少女雑誌で、お二人のポーズの写真を眺めていました。

向かいの家の、三つ年上の女の子が、近所の女の子を集めて「バレエのレッスンよ」など、声色まで変えてどたんばたんやっているのを、自分は混じらないで、恥ずかしいことしてるな、と、見ていた。

何度も言いますが、イヤな子でしたでしょう。ね。同意を求めてどうしますか~。ね。


目の前で初めて「バレエ」らしきものを見たのは、高校生になってから。

定時制高校ではありましたが、毎年、文化祭にはゲストを招いていて、中の、かつての顧問の教え子である、という東京の劇団の一人が、控え室にいる時のことでした。

演劇部の顧問は、自分でシナリオを書く人で、私は、その顧問に、ものすごく、はげしく「ひいき」されているヒトでした。

文化祭のスタッフなんてめんどくさいもの、やりたくないと、ここでもナマイキなエラソーなヒトであった私は、顧問にくっついて、いろんな「芸をする人々」を眺めるのが楽しかった。

その時は、臨時控え室である教室に、顧問と、劇団員と、私しかおりませんでした。

顧問が何やら言い、劇団員がうなずき、室内に「宵待ち草」のメロディが流れ始めた、刹那。

劇団員の体が床を蹴り、ふわりと舞い上がり、空中で静止して、音も無く降りた。

狭い、机や椅子を隅にかためただけの空間で、腕が空を抱き、脚と胴が、美しい独楽になりました。

・・・バレエ、いい。しっかり、しっかり、思いが動きました。

たったそれだけのことで、後に女の子の母親になった時、この子にバレエをさせよう、と、決めたのでした。

習うなら、初めてすぐにトゥ・シューズあげますよ、というところでなく、基本をしっかりさせて欲しいと、そういうところへ入門させたので、後が、大変でした(汗)。

発表会に、はんぱでないお金が要る。一人ひとりに衣裳を新調して。大きなホールでやる。チケットたくさん、回って来ました。

姑さんに、分不相応な、と言われて、黙ってうつむいていましたが、内心で、べーだ、黙っててよ、と、舌、出して。

やはり、というか、余裕のあるお家の方が多く、連れていって稽古を見学するにも、毎回、自分の着る服が・・・でもありましたが、気にしないことにした。

長女に続いて次女も始めて、大変でしたが、とっても楽しい時期でした。

誰も、うちの子は天才?と、美しい誤解の中で、うっとりと夢心地、という、自分も同じの十年間でありました。

長女はそのまま、ジャンルは異なれどダンス、踊り、身体表現の世界に邁進し、今も踊っています。

次女は、高校生でダンスはやめて、少しして大学も止めて(怒)、結婚もやめて、どうなるかと見ておりましたら、今、洋服関係で自分の個性を生かした仕事についている。

バレエをさせてくれてたから、安いワゴンセールの服でも、それなりに着られるわ、と言われた時は嬉しかったなあ。

娘自慢のようなことになりました。そんな中で存在を知って、今も忘れられないバレエ・ダンサーがいます。

ルドルフ・ヌレエフ。

ロシア生まれ、後、自由に踊るためにだけ、亡命した。

ビーチ・サンダルみたいなものを履いて、亡命した際のヌレエフに、憧れました。

体一つで、己の体だけをたのんで、異国の人になった男。

イギリスのマーゴット・フォンテーンという名のプリマと、素晴らしいコンビを、長く組んだ・・・ビデオを見せて頂いて、感動した・・・。

その、ヌレエフの踊りを、見ることが、一度だけ、ありました。

大阪のフェスティバル・ホールで。

大変な幸せな偶然のせいで、手に入ったチケット。

短い演目でしたが、目の前で、既に年齢的には最盛期を越えていたヌレエフが、踊った。

かすかな足音もさせず、孤高のバレエ・ダンサー、ルドルフ・ヌレエフは、空に舞い上がり、空に停止しました。

人の体が、鍛え抜かれた体が、おそらく、一番美しい形で、立ち止まっていました。

忘れられません。





前半・鉛ガラスの話。

いま夕方です。
なんか、とんでもないようなこと、書いた気がします。

非・現実の世界のような。

しかし現実に真面目に訊ねて、返していただいた返事ですので、このまま記しておくことにします。


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お昼ごはん前ですが、何日か前に書いた、鉛ガラスが放射能を遮断する、という話。

特殊な話ですし、特殊な「もの」の話ですので、興味のおありの方は、お読み下さい。

いつもの私の千鳥足トークは、夜に、この話の終わった続きに、書かせてもらいたいと考えております。


私が問合せたところがくれた、話です。

病院などのレントゲン室などにある、施術者と患者を隔てるドアや壁に見かけられる、小窓。あそこに使われているのが、鉛ガラスだそうです。

患者は毎日レントゲンを浴びるわけではないですが、医師や技師は、検査を行うたびに放射線を浴びるわけには行かないので、厚い、それも放射線を遮断するドアの向こうに待機するのですね。

これは先日書きました。

鉛ガラスは、その内側に放射能が入り込もうとするのを、遮断する。ブロックする。来るな、とする役割。

ネットでも、幾つかの会社が、そういうものを扱っておられるのが出ています。

幾らくらいするのか私には見当がつかず、しかし、そこで買うつもりも無いのに(正直、自分自身の環境は今、これを必要と考えていないので)聞くだけ聞くのもなあ、と、こういうもの出来ませんか、と、話だけさせてもらいました。

まだ、写真貼れておらず気になったままですが、先日書いたのは、テレビのブラウン管とか、クリスタル・ガラスを砕いたもの、とかの話でした

それを使って、板にできるか、と、聞いたのです。今までの規格に無いものですね。

こういうものなら作れる、と、言って来て下さった会社の、おっしゃるように、書かせてもらいます。

@厚さは2センチくらいでいいだろう。

@鉛は重いので、50センチ×50センチくらいの大きさの板ガラスにすると、一枚の重さは30キログラムほどになる。

@普通の場合、含まれる鉛の量は25パーセント程度だが、これは「遮断したい」という使用目的なので、40パーセントくらいの鉛の含有量になる。これが最高限界と言える含有量である。

@最低ロット(注文するための最低量)は、10枚程度でお受けできると思うが、細かい計算は必要だろう。

@家、一軒分の窓をすべてこれですると、300~600枚くらいになるだろうか。

@実際には家中を、となると、かなりの金額になりそうです、数千万円、とか!。

@重量がすごいので、家が、もつかどうかも、考えなければ。

@厚さは、1センチ程度にもできるそうですが。

@もっと少ない分量もお受けできる、高価だと思われるかもしれないが、他社の五分の一か、もう少し安価でできる、という値段です。

@クリスタルを使って、完全に透明に作ることも出来ます。2~3割、高くなるが、うっすら黒っぽい、という感じは、まったく無くなります。


ということです。

私の立場は、周囲からお聞きできる範囲の会社であって、直接どうこうしている会社ではありません。

きちんと物を作るきちんとした会社です。

ご紹介も、直接、お相手の電話番号など書ければいいのですが、それは、今のところはやめておきたいと、思っています。

つなぎの役はさせて頂きますので、関心をお持ちなら、ご連絡下さい。聞いて買わないと悪い、というお気遣いは無用です。できることは、させて下さい。

この売り物、買い物、慣れている人は、どこにもおられません。みんな、ご存じなかった世界と思います。

話がまとまれば、直接、ガラスは、送ってもらうのがいいな、と、それくらいのことは、考えています。

ここへメール下さるか、ファクスで聞いて来て下さい。

もしも、よろしければ、です。

申し訳ござませんが、一部、数字の訂正をさせていただいています。ご了承下さい。

いっそ他人なら

今朝の空気は冷たくて、でも透き通ってる空気で、気持ちよかったです。

武田邦彦先生のブログに「周囲を海に囲まれている日本は、地球温暖化というものには関係(でき)ないですよ」とあるのを読んで、そうなのか~と、目からウロコ。

小出裕章先生も「チェルノブイリの事故で北欧の方面にも随分放射性物質が飛んで行ったが、こういうことはお互いさま、ということになるのか、それを保障云々とか言う話は無いようだ」というようなことをおっしゃっておられて、それも、そうなのか~、と、安心。安心と言っていいのか、どうか、ですが。

ワタクシごときの分際で、近隣諸国、プルト君がいち早く飛んで行っていたらしいハワイの皆様などにも「申し訳ない」とか、身の縮む思いがあったりして・・。

でも、だから、たとえば、近々稼動を始めるらしい台湾の原発で、この度のような事故が起こったりすると、沖縄とか九州の方へ、放射能が飛んで来る。そうだとしても、挨拶なしってことになる、とも、書いておられました。

国際間で、何かの取り決めが必要なのではないか、と。

・・・外国が、きちんと提案してきていること、自分たちの都合で、握り潰すようなこと、しているんだものな~。

               

先日は、父の命日でありましたが、本日は、生きていれば97歳の母の、誕生日です。

母を思い出すと、胸の痛いことがたくさんで、あえて思い出さないで今夜はいようと思います・・・。

会社が倒産したり、虫みたいに幼い子を連れて娘が離婚して帰ってきたりの時期に、転んで寝たきりになって、まともに、母の方を向いていてやれなかった。

今なら、もう少しねんごろに、母の最期の日々を共にいられたか、と思います。仕方がなかったのだけれど、辛いです。

で、今夜はこれで、思い出すのはおしまいどす。

いつも身奇麗にして、新聞は隅から隅まで読んで、いつもきちんと正座の母でした、ムスメどもは誰一人、母には勝てません。

当たり前だわ、そんなの。未熟者めが。とか、思っていそうな気がします。

ウナギと、鯛のお造りと、私が作るお好み焼きが好きだったので、こんやは、全部、用意しました。もち米でなく、うるち米で炊く赤飯(あずき御飯?)も炊きました。皆、首をかしげて食べておりました。

味噌は、名古屋のイチビキの赤だし味噌。その、お豆腐の味噌汁も作りました。変わった組み合わせの献立、喜んでくれたと思います。

恨んだり憎んだり、白けたりした日もありますが、失ってみると、こんなに愛おしい。

ありがとう、ごめんね、を、交互に、いつまでも繰り返している気分です、いつも。


山イチゴさん。

そうそう、と、思い出しました。

墓と仏壇と法事の話は、しない方が無難なKUONさんです。日頃の温厚な感じが(そうかな?)吹き飛んで、がるるる、と、私の桜島がバクハツしそうになるのですわ。

もう過去はいいから、休眠火山に、この件は、しておきたいので、止めますね。

山イチゴさんは、喋ってくれていいのですよ。身内のことは、近いことなのに、どうしようもないことがありますね。いっそ他人なら気が楽、ということが。








hakanaihanasi

こんばんは。

パソはまだ、写真を取り込むのはいやだと動かないので、しかたがないです。

技術の未熟な使い手で、パソ君も不憫であります。時どき、日本語の表記が全くできない時があり、そんな時は、いいかげんにしてよね、っと、汗をかきかき、キカイに向かって文句を投げつけたりしております。


わかっているようでわかっていなかった、もんじゅ。

高速増殖炉、というものだそうですが、それ、なに?でした、ずっと、わたし。名前は知らないわけではなかったし、何年か前、事故が起きて、そのままになってる、それって??と感じていました。

自分にはカンケー無いもの、の感覚でした。

京都大学の小出裕章先生が、解り易く教えて下さっているので、自分に理解できた範囲で、書かせていただきます。

関係無いものではない、ですので。


はじめの話です。

石油、石炭などの、それまでエネルギー源として来た、自然界の化石燃料は、そのうち無くなる。

限界が見えている。それが、地球がプレゼントしてくれていた化石燃料から、原子力への転換の理由の、大きな一つであった。

・・・ずっと、延々と、石油・石炭はあと数十年分しか無い、と、数十年間言い続けていて初めの「もう、ちょっとしか無い」というのは、事実無根、平たく言うと「ウソっこ」だったとのことですけど。

実はウランこそは、資源としてはとても貧弱な・・・たくさんは無い資源である、と。

で、ウランを、原子力発電に使っているのだから、その燃えカスをリサイクルして、新しい燃料を作ろう、おお、それはすっごくいいじゃん、と、考えた。誰かは(わたしは)知らぬが。

ウランから作る、リサイクル燃料。その名は、プルトニウム。

プルトニウムは、地球上には存在しない物質でした。

それを、使って発電しようと、もんじゅが作られた。文殊菩薩の「文殊」だそうです。永平寺の高位のお坊様が、当時は、原子力に対して大きな夢や希望を抱かれて、命名されたとのこと。

・・・今は、反省しておられるとか・・・誰が、このお坊様を、石もて打てるでしょうか、と私は思う。

全く成果なし。

一兆円というお金がつぎこまれて、稼動17年のうち200数十日、なんとか動いたが、1時間に1キロワットの発電も、していない。出来ていない。

途中で大きな事故が起きました。

1994年~1995年12月、発電しようか~と、出力を上げた途端の事故だったそうです。


停まっていても、維持費が、年間200数十億円、必要なのだそうです。

お金の桁を、間違ってはいません、今は。しっかり確かめました。

もんじゅは、ずっとずっと、温め続け続けなくてはならない。

福島の炉のように、水で冷やすというのでもなく、水では冷却できない。ナトリウムというものが使われているから。

ナトリウムは、70℃で個体になってしまい、体積が変わり、つまり構造が変わってしまうので、温度を保ってやらねばならないのだそうです。

停まったままで、使えない状態で、腫れ物が爆発しないような手当てだけがされ続け、それが、すっごいお金を食っている。

誰のお金でしょうか、これ。

東京電力の原子力発電所の事故で、何もかも根こそぎ、形あるもののみでなく、未来への不安や苦しみ、どっさりと抱えこまされてしまった沢山の、本当に沢山の方々に、100万円だか50万円だか、10万円とか5万円とか、何かの間違いでしょう、それって、みたいなお金を、書類出せば出させてもらいますよ~、と。本音は、出してやるよ、か。な。


そんなことやってるのに。

共感疲労だけではないわ、共感怒り。

待っても待ってもお客が来ない。阪神大震災の後、私の店もそうでした。

でも、あの震災は、放射能事故は無かったもの。

お米も野菜も肉も、一所懸命作っても出せない。除染とやらを、どれだけ頑張っても、また、降って積もりますね。屋根に積もった放射性物質が、屋内被曝を生んでいると、今日の新聞に。

なんか、バランスが、すっごくおかしい。おかし過ぎる。そう思う。


・・・そのプルトニウムと言うもの。

人類が遭遇した最悪の物質、なのだそうです。

ベクレル、という、少し耳に馴染んだ(イヤだけど)単位で言えば、テラ、の世界だそう。

100万分の1グラムで、、人が死ぬ、そういうもの。

それを、と、小出先生がおっしゃる。

何十万トンと、原子炉に入れて。と。

そういうものを、現実に、作った。現在も存在している。

他の国の、この類いの原子炉は、ほぼ全て、潰れているのだそうです。

中国やインドが、何とか考え始めているようだそうですが・・・。

日本と言う国家は、既得権益が、大衆の命などより優先され、大切に扱われる国。

少しでも、エネルギーを作り出せれば。

いいえ、それも、無いとは言えないでしょうが。

プルトニウムという物質は、超・優秀な核兵器材料になる。

長い自民党政権の中で、そんな位置であった、と。



ここで止めたら、一兆円の投資が無駄。そんな考えも、あると思われるのですが、小出先生は、話の最後に、こう仰っています。

これからのことを考えたら、一兆円の無駄、それがなんでしょう、と。


・・・知らなかった。

yuutaさん。

今月末に、はまやさんへおいでですか。

おいしいもの一杯、召し上がって下さいね。

私は、来年かな~。

冬の魚が頂きたいので、なんとか、と目論んでいます。

もしよろしければ、だんなさん放っておいて、ご一緒に。

酒は涙かため息か。ココロの憂さの捨てどころ。

私は、ビール二口が限度の(全くダメだったのが、カンパイの一口くらいいけるように特訓しました)真性の下戸ですが、食べる方はオーケーな人ですよ。

山イチゴさん。

墓、ねえ。

私は、法事と仏壇と墓の問題、けっこうしんどいことがずっとありましてね。

ま、その時をなんとか勤めましょうとして来たんです。

最近、夫が言いますのです。

おばあちゃん(自分の母親)が生きてはるうちは付き合ってするけど、その後はもう、ええよなあ、と。

自分は、父親と母親の入ってる墓に入りたくない、死んでまで関わるのはイヤだ、と。

おばあちゃん後は、仏壇の中身もお寺さんに引き取ってもらって、墓ももういい、遺骨は、海にでも山にでも撒いてくれ~と、本気で申しております。

とっても親孝行、と称えられて親に尽くして来た人の言い分ですよ~。

先のことは誰にもわからない、ので、あーそう、はいはい、と聞いておりますが、私は、できるならば、能登の海へ・・・がいいなあ、と、考えております。墓も要らん。

と言いつつ、毎月、お墓へ参る。

尽きせぬ問題がありますな~。

あの、例の歌の話ではないですが、私は、山イチゴさんの大事なおばあちゃん様は、山イチゴさんの、どっちかの肩のあたりに、いて下さると思うけど。

全く自分の考えですけど、人は、忘れ易いから、心のよりどころとして、お墓を必要とするのかな。

そこへ行って、手を合わせて、気持ちを、そちらへ向ける。そうすると、落ち着くから、ココロが鎮まる効果があるのでしょうか。

・・・それなら、ほとんど知らない人ばかりで、知ってると言っても、会って落ち着く、というお方でない、としたら、どーなのかしら。

お墓のことはね、本当に、私に、もの思わせることなのですわ。

母の・・・というか、実家の墓は、名古屋にあるのですが、実は私、すこ~し、お骨を、秘めておりましてね。

某年某月、それを、母の故郷の、母が懐かしんでいた、子ども時代を遊んだ・・・私にも馴染みの深い、川へ。

蒔いてやりました。

見上げれば、なだらかな山々。真っ赤に夕焼けしておりました。

あの山が、恋しかったのだ。

この川が、恋しかったのだ。

お母ちゃん、ここなら、ずっとずっと、落ち着いて、ゆっくり、いられるよね、と、大変に母思いの娘のような、せんちめんたるなココロもちになって、小さなビンの中の、もう、さらさらの真っ白な清らかな砂のようになっているそれを、撒きました。

母は満足していると思う。

私も、です。

   古びたる学舎や母のふるさとの山に向かひてブランコを漕ぐ

山イチゴさん。もうこの世にいない母親って、やっぱり、懐かしいですよね。違う?。




















こんばんは。

朝から帯解寺へ詣でて、友人のおうちのお嫁ちゃまの安産祈願をしました。

近くの小川、昨日の雨のせいか、透き通った水が激しくざかざか流れていて、思わず見惚れていました。

日頃、シゴトの関係上、ありとあらゆる物質でひどい汚れ方をしている水を、見ることが多いので(実験で)、澄んだ水を見ると、ココロの底から「きもちいい~」と感じます。

夫は、透明な水を見ると「あー、ここまで透明にできた~」と、つい思ってしまって、嬉しくなるそう。

汚れた水のサンプルが、来れば来るほど、やったるぞ~とファイトが湧くらしい。

ものすごいローカルな電車で奈良へ帰り、少し用事をしました。

お昼は王将の中華飯。食べてから、あ、さくら水産へ行けばよかったかな、と・・・どちらにしてもB級ランチ。

骨董だかガラクタだか、の店をのぞいて(好きなんです)、値段のつけ方が納得ゆかん、っと思いつつ、全店見てまわった、何か一つ、と思ったが買わず、ごめんなさいねと出ようとしたら、またいらして下さい、とにっこり返事され、戻って、中途半端なサイズの皿を一枚。柿をむいて載せたらいい感じだな。

駅のまわりは警察の人でいっぱい。皇太子さまが帰京なさるから、とのこと。何百人くらいの警察官が?。もう一単位上?。

夕方帰って雑事に追われて、ちょっと座って愛しいハムスターにすりすり、している間に、お鍋をいささか焦がして。

さあてパソを、と、うふふふふ気分で机の前に座ったら、冬馬くん、キゲンが、悪くて悪くて。

ちっともうまいこと言うこと聞いてくれなくて、帯解寺の写真とクリスタル・ガラスの水砕のブツの写真(ものすごく綺麗です)を、貼り初めの予定がおじゃんだ、わ~ん。

気を取り直す、なあに、明日があるさ。

地震が、茨城でも広島でも。地盤の神様、お鎮まりを。お願いです。

1600ミリシーベルト、なんて言わずに、はっきり1.6シーベルトと言ってくれ。オソロしい線量です。でも、なんだか今は触れたくない。

むなしい、むなしい、とつぶやいても~とか、昔、歌っていたな泉谷しげる。

・・・ブータンの国王ご夫妻を拝見していて、なんとも言えない気分になったワタクシでした。

お幸せに・・・は、今すでにそうだろうから、ずっと、このまま、お幸せでいらして下さいね~。

山イチゴさん。あなたはすてきに素直な方ですね。

汚れのない魂だ。

どうも、ありがとう。ほんとに、ありがとう。

今日は、お休みなさ~い。



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