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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

 プルトニウム


あの美しい日本の村、飯舘村で、9月半ば過ぎ、敬老会があったそうです。

久しぶりに馴染んだ顔を見合わせて、皆様、とても楽しみ、喜んでおられたとか。

その村から、初めて、プルトニウムが検出されたと。

初めて、という言葉の使い方が間違っている・・・などと、皮肉言う気も起こりません。

半年たってやっと、出て来たわけがありません。



プルトニウムは自然界には存在しない元素である。核分裂の連鎖反応を起こさないウラン238の原子核に
中性子をぶつけると、中性子が原子核に吸収され、プルトニウム239になる。すなわち、プルトニウム
239は原子炉(中性子が飛び交っているし、燃料の大部分はウラン238)さえあれば簡単につくることが
できる、というより、いやでもできてしまう。

このプルトニウム239は核分裂の連鎖反応を起こす。そして、その名前「地獄の神」(プルートー)のと
おり大変な物質である。まず強い放射能を持っていること(半減期は24000年)、そして化学的にも非常
に毒性が強いこと(ダイオキシンと並び、人類が創り出してしまった最悪の物質の一つ、また連鎖反応を
起こすので原爆の材料にもなる(核拡散)こと、という三つの問題がある。

そして、プルトニウムはウランとは違う元素なので、化学的に分離・濃縮が可能である。つまり、原子炉
さえあればどの国、どの組織でもプルトニウム239を材料とした原爆ならば製造できてしまう。強い放射能、
強い毒性のため個人レベルでは無理であろうが。

以上はネットで調べたものを写したものです。さまざまな考え方の中では、いささか過激な感じかも知れま
せん。



以下の動画は、説明の要も無いです、思いあがった東大教授・大橋弘忠と、後ろでほくそ笑み、追従笑いを
浮かべ、冷笑しているヤカラ達から、笑われておられるのは、どこでも、誰の前でも態度を変えられない、
京大助教授の小出裕章先生です。

ごらんになった方は多いと思われますが、YOUTUBE動画を、引っ張って来ました。

このセンセイもプルートーだわ。

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こんばんは。お返事遅くなりました。

yuutaさん。
理子ってね、りこ、ではないんです。他の呼び方なのですが、黙ってますね。理子という名前、お好きですか。いい名前ですよね。嬉しいって、理子、喜んでいると思います、ありがとうございます。

仕事して子供育てて、という女性は珍しくなく、かつ、自分の体もうまく守っている人が大半で、理子は、その職業にしては自愛が足らなかったのではないか、子の行く末を見守るためには不注意だったのではないか、お子さんが立派に成長されたのはご主人の力、というご指摘を、いただきましたんです。

その通りです、きっと。反論しません。

・・・自分の古い仲間のこと、毎年思い出している子のこと、一度、書き残したかっただけで、理子が、特別えらかったとかすごかったとか、そういう風には、思っていないの。ドジなやつめ~という思いは、ずっとあります。理子と言う仲間がいたよ、と、私の目で書いた。それだけのこと。

きっと、あの子のことは、忘れないでいると思います。そういう気持ちをわかってくださって、ありがたく思います。


・・・格納容器につながる配管に溜まっている水素が、今日の発表ですと、全量の60パーセントだとか。
酸素は近くに無いので大丈夫、3月の爆発時の残存物なので、と、言うてはりますね。

大丈夫ならそれに越したことはござらんが、まだ、いっぱい、春の名残の残り物があるのかしら。

実際、大変だとは思いますよ。発表担当の松本フグ氏だって、なんとか代理、とかいう肩書きなのは、お前、前へ出ろ、そうだ、そして、言われる通りに喋るんだ、とか言われてるのかな~、とか。

原発そのものが、壊れるわけ無い、安全、安価、安心、と言われていたものだから、水素くらいもちろんどってことないのでしょう。

なんて気持ちになる、トンデモ電力(あの「y」さんのネーミングです・笑)の面の皮模様です。


やまねさん。
国力って。

力って、何にせよ、力を出す本体が健康で、活力があって、という中での話ではないかな~、と、思いました。

戦争の話に絡めれば。

かつて資源の無い国が、無茶な戦争に突っ走って行って。

大砲造るためにと、お寺の鐘も仏像も鍋や釜も子供の文鎮、エンピツ削る小刀までもかき集めた。

油が要るからと、松の木の根を掘って、とか。

軍人さんに必要と、農家から馬を取り上げ、犬さえ供出させられた。寒地で戦う兵隊さんを思えと。

現実に、無理と無茶を押し通して来たのでしたね。

・・・本だけは沢山読んで来ました。

ひとごとであり、過去のことでした。

いま、産まれて来る子供が少ないこの国で、農業も漁業も林業も、何割もがだめになって、産業は他の国を頼り、お金のある層はよその国へ移住する。

そこで、原子力を云々と、日本の国力を云々と。

山河荒れ果てて国あり。ですか。

人々は疲れ果てて、困り果ててなお、国あり、ですか。

山川草木うたた荒涼。

アタマだけが異様に肥大したエリートたちのココロも荒涼。

叱られるの覚悟で書きますが、私は、除染と言うの、よくわからないんです。わからなかったです。

土を除けてどうするんだ、どこへ運ぶんだ、どこへ積んでおくんだと、初めから思っていました。

私のいま住む家は、アカメガシの垣根の家で、夫が、毎朝毎夕、葉っぱを掃いて集めてやっと、半日ずくらいずつは道路がきれい、という状態なんです。お借りしている家だから出来るだけキレイにしておこう作戦なのですが、いま、よかったら買ってくれませんかね、と言われている。かなりいい条件です。結論はまだ出していませんが、もしここを買えば、垣根なんか無くしてしまおうと考えます。

で、夫の毎日のりっぱな態度を見ていて(妻ばか)少し考えが変わって来ています。

基本的に、土を除けても水を吹き付けても、セシウムは、移動するだけで無くならない。

現場から放射性物質が出続けているのだから、また降る、それを、また除く。

毎日、毎日、ホウキとちりとりと落ち葉入れのビニール袋を手に、妻のしない葉っぱ処理を続けてくれている夫のように。

毎日、毎日、除染と言うことをし続ける。

そういうことなんだな~、と。

そこには雇用も生まれる。新たな「シゴト」が発生する、そういことなのかあ~、と。お願いだから、利権の発生は、控えておくれよ~。無理か。

だから、もう、除染に意味って・・・など、動きもしないくせに高みから見下ろしているようなことは、考えないようにしようかな~、と。

どの号機も、温度が100度以下になったらしく、一安心・・・らしいけど、だからどうした、と、思ってしまうんです、素直になりたいのに、地下はどうした、とかね。

セシウムを、除け続けなければ生きてゆけない国。

この国の国力って、放射能頼みなのかな。

人間の気持ちが、明るい方へ行けなきゃと・・・思うんです、私。

東電の施設が起こした事故なのに、国が予算を立てていますね。

解りきっていたことですが。


stainles stealさん。

私もどじょう飼いたくてたまらなくなりました~。

ふふっ。

とにかく、今まで出た以上は今後は無い、と言うなら、よっしゃ、がんばって、放射能と共に行くわ、と、考えられるかも・・・です。仕方ないですから。

空気中に酸素や窒素があると同じく、セシウムも混ざっちゃってる、と。

鼻のあなにフィルターつけるワケにも、食べ物を、すべて厳密により分けるわけにもいかないのなら。

せめてストレス溜めず、それによって活性酸素とやらをいささかでも遠ざけ、と、行かねば、仕方がないんだろう。

放射能汚染云々より、食べるものがこの先、必要なだけ確保できるかどうかさえ、わからないですよ~。

島国日本。

なんて考えてると、まことに、胃袋がみりみり、痛んでまいりましてね。

落語などを聴いていまして、終わって、つくづく感じたこと。

なんだかんだ言いながら、いい時代を過ごさせてもらって来たんだな~。

身近にいる子供たち、この先どうなるのか、ごめんね~って、やはり、思ってしまいます。

何十年もかかる現場処理、同じく何十年もかけてゆく除染仕事。

ごめんなさい、ほがらかなこと、かけません。

ぜいきんのことなども、じわ、じわ、と、ね。

本当にいい使い方をして下さるなら、文句は言わんでおこう。・・・それがわかんないから。

sarahさん。

いつもお師匠、などとお呼びいただき、恐縮の極みでございます。ほんとよ。

突然ですが、小学校三年生の時、ある事情で、右ののどの辺りに、裁ちばさみを突きつけられたことがあるのです。酔っ払いの女がしたことです。註・赤の他人です。

今も覚えているから、コワかったのだと思います。驚いたのは確かでしょうね。

その者は、それまでにも、私の通信簿を破ったり(自分の息子よりいい成績なので腹がたつんです)、病気で伏している母の枕を蹴飛ばしたりしていた、アホウな女でした、近所に住む、いわゆる酒乱の人でした。

母はその人のぐちぐち言うのを、聞いていた。やめればいいと私は思うのに、自分で勝手に怪我をしたのを、手当てしてあげたりしてた。

その母が、あの夜はなぜ不在だったのかわかりませんが、完全に出来上がってるその方が、うちへ来て、いきなり、刀はどこだ、と、真っ赤に充血した目をして息もはぁはぁと聞くのです。

わが家には、刀がありました。めったに誰にも見せないそれを、なぜ母がその者に見せたりしたのか。

親ながらわからんところのある人ではありました。アホほど世間知らずで,オヒトヨシで。妙に調子のいいところがあって。母は。

子供だったから、刀のことは知らない。届けを出してなんちゃら、と小耳にはさんだ覚えが、当時あったかどうか、もし知っていても、死んだ父親が遺したものです、こいつに言う気は無い。そんな感じだったと思います。

知らん、と答えた。

すると酒乱は、母が窓ぎわに据えているミシンのあたりから、裁ち鋏を取って、私の首筋に押し当てた。

殺すぞ。そう、はっきり言いました。

その時とっさに考えたことの記憶も、あるのです。

この鋏は、切れない方の鋏だ。そう思った。

私はすぐには殺されない、でもこいつは、刑務所へ行く。

と、考えていた自分を、覚えています。

私は、その者に何をされても絶対泣かなかったので、かわいくないやつと言われていました。

ほんもうだわ、と、本を沢山読んでマセていたので、そう思っていました。


・・・理子のことも、、子供の頃のこの記憶も、本当のことです。

どうしてなのか、いっぱい、さまざまなシーンの記憶があります。

もっと出してゆくのかな~、と、感じております。

・・・理子の冥福を、祈ってくださって、ほんとにありがとうございます。

理子は、父親も母親もあるのに、教会へ預けられ、そこの子供にいじめられて食べるものも区別されて育った子供でした。

ぜんぜんひねくれていない、可愛い性格の子でした。

ありがとうございました。

荒荒しい話をしてしまい、ごめんなさいでした。
















こんな風に。

今日のように空の高い、青い、風の心地いい日だった。

何年前のことになるのだろう。

ずいぶん前だ。

こんな美しい秋の日だった。理子の葬儀に向かったのは。

男の子二人とまだ小学生の女の子と。

顔を上げてこらえている二人のお兄ちゃんにはさまれて、風に揺れるコスモスのように、理子の娘はふるえていた。

さらさらの髪の一束を結ぶリボンが、ずり落ちかけていた。誰も手を伸べてそのリボンを結びなおしてやることは出来なかった。少女は遺族として「そこ」にいた。

妹を庇うように直立する少年達といたいけな女の子を、残して、死んだ、かつての仲間の、葬儀。

毎年、曼珠沙華の赤い赤い花が畦道をを埋める頃になると。

十代の理子の、ぼあ~とした笑い顔が、私の中に帰って来る。

目じりのアイラインを少しはねて描いて、自信に満ちた笑顔を見せた三十代の理子。

棺の中の、小さく小さくなってしまっていた顔に施されていた化粧が、あまりにも濃くて理子に似合っていなくて、悲しくて悔しくて、私は、似合わない化粧をされて黙って目を瞑っている理子が切なくて、泣いた。

四年間、同じ学寮で過ごした。とても大きなことだった、そのことは。



集まれる者が集まって、車に分乗して、京都の、理子の家へ向かったのだ。その日。

道路は少しずつ渋滞して行った。

車の中で、私の知らなかった理子の話を聞いた。

息子二人を、奈良の名門校に通わせている。

○立病院の内科病棟婦長を務めながら、日勤、準夜勤、深夜勤務をこなしながら、子供他たちの塾や習い事の送り迎えをし、夜食を作り、希望の学校へ進んだ息子に,朝ごとに弁当を作って送り出した。織物職人である理子のダンナさんは、仕事しかしない人で、理子は「そんなエエ学校目指させんでも~」と、ゆったりのたまう夫に、自分で全部する、手伝えとは言わないから黙っていて、と、決然と、おのれの道を歩いた・・・走りまわっていたのだと。

ほとんど寝ていなかったと思うわ~。

みんなのお姉さんのように優しいK子が、既にまた、涙ぐんでいた。


十五歳で寮に入って、私たちは、いつもいつも走っていた。

朝は走って准看養成所へ行き、夕方、走って夜間高校へ飛び込んだ。授業が終わればクラブの部室へ駆け込み、短い部活時間が終了すると、走って寮へ戻った。

寮の日課は厳しく定められていて、帰れば自由、ということは無く、毎晩、寮長が前に立っての「お話タイム」があった。寮生が交代での三分間スピーチや合唱の練習や、説教や(長いし押し付けがましいしむちゃくちゃ評判悪かった、当時は)、貴重なる小一時間をそこで取られ、自分の部屋へ走りこむ。

そんな中で「走れなかった」理子は、遅刻大魔神と呼ばれた。それが、子供のために走る母親になっていたのだった。

自分が、自分の親にもらえなかったもの・・・これでもか、と、うんざりする程の愛を・・・深い強い思いを・・・理子は、自分の分身だと信じられるわが子たちに向けたのだったか。

「眠らなかったし、理子は、おしゃれしたかったから、あまり食べなかったのね。理子ちゃんは、目覚めてから、ものすごく、おしゃれしたかったから」

卒業後も理子と親しい付き合いを続けていたK子は、もう涙を停めて、ぼんやりした口調だった。

ダメだわ。いきなり、運転していたM代が言った。

「もう間に合わない、携帯も通じないの。私、先に行って、出棺を伸ばせるだけ伸ばしてもらえるように頼んでみる」

・・・先に行くって。

どうやって?。

皆が顔を見合わせる中、M代は助手席にいたR子に、運転を変わるよう命じた。

それは、まこと「命じた」のであった。

とても体の弱い男を愛して、周囲の反対を押し切って結婚して、気迫で一人娘を産み、笑わない婦長と陰口を叩かれながら仕事に邁進し、自力で家を建てた。夫には最後まで優しい、丁寧に気のまわる頼りになる妻であり・・・M代はすでにその最愛の夫を亡くしていた・・・この葬儀のM代は立派だったのだが、その話はいずれ。

とにかく、威厳あるM代は、R子に命じた。あーい、と人のいいR子は応じた。

M代は、自分の黒いショルダーバッグを首から提げ、渋滞のひどい道路に出た。

車の進めない道路脇を、バイクがすいすいと通り抜けていることには気づいていた。

気づいていたが私には、理子の葬儀にどうしても間に合いたい、M代ほどの思いも無かったのだろう、彼女が決行しようとし、実際にやってのけたことを、思いつきもしなかった。

道路に出るやM代は、進行方向の逆に体を向け、白いお雛様のような古風・和風の顔に決意を漲らせて、大きく腕を上げた。

・・・見ず知らずの中年女性に、路上で手を振られて停止して、その女をバイクの後部に乗せて、若者は走り去った。

あっけにとられて見送る私の目の中を、M代が思い切りたくしあげた喪服のスカートの裾が、ひるがえりながら遠ざかって行った。

M代は、バイクの後部座席に、またがって乗って行った。

寮にいる頃からそうだったが、M代には頭が上がらない。すごい女だと思っている。尊敬に近い。

・・・私たちは間にあった。

理子の家は、大きな家だった。白壁の塀が長く続き、理子の病院の関係者だろう、大勢の人々が、喪の服装で右往左往してた。

遅くなって気後れして立ちすくんでいる私たちを、門の向こうから走り出て来たM代が手招いた。

こっち、こっち、待ってもらってるんだから。

飛び石の上を小走りに行った。目の前に広い縁のある部屋が展け、縁側に引き出されるように、斜めに、理子の棺が、秋の陽を浴びていた。

理子は小さくなっていた。

小さな顔になって、しっかりと目を閉じていた。

眩しかろうに。既に理子には、そんなことさえ感じられなくなっていて。

周囲で、何人もの人が、さまざまにざわざわしていた。

私は、棺のフチに手をかけて・・・いたと思う、ものすごく腹をたてていた。

化粧が濃すぎる。

四ヶ月病んで逝った理子の顔は、小さくなってはいても、やつれは少なかったと思う。

ただ、理子は、おてもやんにされていた。

肌のことは記憶が無い。

ブルーのアイシャドーが、濃くひかれていた。

頬に、濃い色のチークが、ぐるんと丸く塗られていた。

唇はピンクに彩られ、ぼったりと色を重ねられ、そして理子は、どういうことでそうなのか、唇を微かに開けて・・・半開きの口元で、弔問客に、顔をさらしていたのだ。

悔し泣きに立っていられない私を、優しいK子が支えて、門の外へ連れ出してくれた。

私はK子に文句をつけた。もう少しマシな顔を作ってあげてもよかったんじゃないか。

あれではひどい、理子がかわいそうだ。

K子は何も言わなかった。泣き怒りの私の肩を包み、そのうち、ぽんぽんと叩いた。

「ほら。理子のお父さんとお母さん。呼んでもらったのね。」

え。そんな人が来ているのか。示された方を見た。

その時にはもう、塀を背に、喪主である理子の夫君、子供さんたち、親族が、大勢の・・・200人くらいは道路をみっしり埋めていたか・・・の弔問の人々に向かい合う形で並んでいた。

K子が教えてくれた。

理子の父親は、ダンナさんの左から・・・番目にいる、理子の生みの母親は、右側から・・・番目で、ずっと下を向いている。

涙目で私は、父親を、でなく、理子を生んで捨てたという、母親なる人を見つめた。

普通の、どこにもいそうな、痩せた、老いた女性だった。

・・・あの人は、理子のあの、かわいそうなくらい似合わない死化粧を見て、どう思ったのだろうか。

何も感じなかったのだろうか。

平気だったのだろうか、娘が、母親を求めて辛かった時に、新しい子供を抱きしめて笑っていた、そんな時のように。

・・・理子のお母さんは、今、幸せなのだろうか。

逆縁だ。

この逆縁は、あの老いた人にとって、どんなものなのだろうか。

私は理子の母親を、その場で憎みながら、憐れんでいた。

・・・しかたがなかったのだろうか・・・。

しかたのないことが、この世には、ある。

あると思う。

喪主の挨拶が始まっていた。

真面目、律儀を絵に描いて黒い服をまつわらせたような理子の夫君が、一生懸命なにかを話していた。

話しているのはわかったが、言葉として耳に入って来なかった。

父親と兄たちのそばで、紺色の、いささか大きめのワンピースを着せられて立ち尽くしている一人の女の子に、気持ちのぜんぶを吸い取られていた。

小学校の、中学年くらい。

細っこい。手も足も細い。髪のリボンがすべり落ちかけている。

・・・あの子の祖母は、そんなことにも気が回らないか・・・回ればあの子に、触れることもできるのだろうか・・・。私の気持ちは、理子の母親から離れられないのだった。

せめて理子の、確かにかつて自分が産んだ娘の、早い死を、悲しんでいて欲しい。

そんな思いに絡め取られていたのだ、私は。



理子の夫君は、妻が、いかに頑張って生きたかを、語っているようだった。

どんなに子供たちを愛して守りたがっていたか、語っているらしかった。

知られた学校の制服をきちんと着けた二人の少年は、父親の傍らで、身じろぎもせず直立していた。

よく出来たお子だと思わせる雰囲気が濃厚にあった。惜しいだろうな、理子。そう思った。

末っ子の女の子から、私は、目を離せないのだった。

「死」の意味が、あの子に、わかっているのだろうか。

お母さんは死んでしまったもうどこにもいないと、理解できるのだろうか。

わかったとして、理解できたって、どうなる。


・・・理子。死んではいけなかったよ。

こんな小さな子を残して、死んだりしては、いけなかった。

私はK子にもたれ、K子はR子に肩を支えられて、秋の陽のなか、別れの行事の進行を見守っていた。。



・・・何を愚かなことを。

一番生きていたかったのは、誰でもない理子。

死にたくなかったのは理子。

幸せになりたくて、必死で幸せになろうとして理子、やっぱり。

遅刻大魔神だったのに、同期生のトップを切って、行ってしまった。

ドジだったね。

でも精一杯だったんだね。

理子。



悲しくて辛くて悔しくてどうしようもなかった日のことを、こうして、今も思いだす。

理子の残した二人の息子は、二人共に医師になった。
母親の葬儀の日、誰にも支えてもらえなくてふるえていた、あの日の女の子は、ナースになった。

そう聞いている。

陰ながらでも見守って息子を医師にしたからエライ、なんぞと言う気は無い。

理子が愛おしんだ子供たちが、母親の気持ちを理解していたのだろうか・・ということに、なんとも言えない思いを抱く。

そんなことを、思う。


・・・・・・・・・・・・・

今朝の新聞より。

椎名誠さんが言っておられます。。

「地球が直径1メートルだったら」という本があるらしいのです。そこから。

@空気がある成層圏の厚みは1ミリ。

@エベレストは0,7ミり。

@最深の海溝は0、9ミリ。

@水の量は全部で660cc。

@地球の自転もあり、海流はすごく速い。福島原発から放射性汚染水を流しても「広いから大丈夫」というのはウソ、ダマシである。

@水の大半は塩水で、地球が直径1メートルなら淡水は17cc。多くは南極などの氷塊で、飲めるのはわずか5CC。

@しかも、660CCの水の絶対量は増えない。

@水は海や陸から蒸発して雲になり、雨が降るという閉鎖系を循環しているだけで、地球外からh供給されない。

@だから汚してはならないのだ。


そうなのだ。汚してはならんのだ!

やまねさん。

さっき読んでいたダイヤモンドオンライン、2011年9月23日
http://diamond.jp/articles/-/14123
の記事、貼らせてもらおうかと考えたのですが、膨大で。

海外の空港での日本人に対する放射能チェックの厳しさに驚いて、初めて現状に気づいた方や、放射能汚染食品はいつからこんなに増えたのか、という内容も含まれていました。
買い控えより、今はもう、何をどうやって食べてゆくかが問題になる、という論調で書かれているように思いました。

いつまでも騙されていない。
少なくとも、そう考える人が多くなっているのは本当だと思います。そうあって欲しいです。

日本人の、いわゆる「あいまいな笑い」を浮かべて済ませてゆける時ではないと思う。
でも、先日のデモの様子を映し出すテレビは、切実な思い、というよりは、デカ声あげて要求を叫ぶヒト、への、マスコミ独特の揶揄、冷たい視線を感じてしまいました。

今朝は児玉龍彦先生がテレビに出ておられて、やはり感極まって目を赤くしておられました。

児玉先生は、福島復活プランを掲げて、カラダを張っておられる。

京都の小出先生は、それとは反対方向のことを言っておられる。福島は墓場になる、と。

私は、どちらがどう、と言うことなど出来ず(わからず)、でも、お二人の言われることの、どちらもに、共感を覚えます。

お二方の言動には、嘘を感じられないからかと思います。

「政治批判をしない人だった」ご夫君の「隠しておいてもバレるよ(え、こんな、品下がる言い方ではなかったですか?すみません)」のお言葉に、こころから、同感申し上げます。

バレて、出て来たら来たで、あったま来る~、なんですけどね。

騙されていたくないです。なめんなよ~、です。


sarahさん。

1キログラムにつき、10万ベクレルの放射性汚染物焼却灰の、埋め立て許可。

いいも悪いも。つい先日まで、移動可能と定められていたのが、8000ベクレルでした。すでにケタが違っています。

それだけ、この問題が大きいということと考えます。

当たり前です。毎日毎日、放射性汚染物が生まれ出ているんですから。

水素が溜まっているけど大丈夫。サリーが停止してしまったけどまた動いたから大丈夫、な現場の、メルトスルー(底が抜けた)っしてる一号機から、どんどん、放射性物質は出続けている。最近やっと、これ書いても「あんたはおかしいですよ」と言われなく(書いて来られなく)なりました。

想像の範囲をとっくに超えています。

燃やす。埋める。どうしたってどこへも行かないものを。

地下に囲いをして、他へ漏れ出させないようにして。

ですと。

今まで、そんなこときちんとして「ごみ」を処理して来ていますか。

今だって既に、隠れてこっそり(私も同罪です、ご紹介のゼオライト、使用後はどうしようもないから、と、不法ならぬ無法投棄で、と、申し上げて来ました)捨てている人は捨てている。

以前も書きましたが、いささか悪い知恵のまわる人は、地面上に半径1メートルの円を描く。

半径1メートルの円の地面を、ごんごん掘る。

掘ってゆく途中で、掘られている部分は、フラスコ状に広くなってゆく。

掘り終わったら、穴の底の半径は、2倍にも3倍にもなっている。

この話は、特別な嘘ではないです。そうやって、沢山の「ごみ」を埋める人が、それで「儲ける」人が、今までにもいっぱいいました。

この焼却灰が、これから、どう処分されてゆくか。

想像したくないですね~。イヤです、sarahさん、どうしましょう。

方法が、無いわけでもないと思うのですが、なかなか、ね。

エコノミック・アニマルと冷笑された時、自分の国のことだから、悲しいし悔しかった。

しかし、その通りですね。先日の、世界のお医者さん方の「書簡」のように、国民の命より、経済が優先の国のようです。

これを言うと、経済無くして暮らしをどうするんだ、と、必ず返るのですが。

山口県の3選された方。

「国策として勧められて来た原発事業を」云々と言っておられるのを、聞きました。

これなんだな~、と、思いましたよ。

私は、戦後に生まれた人間ですが。

イヤというほど聞いたり読んだりして来たこと。

「戦争が終わったら、昨日まで聖戦だとアタマを押さえ付けて、ビンタを張って威張っていた大人が、ころりと態度を変えた。
国が、まるごと、ひっくりかえった。
正反対になった。
国とはなにだったのか。
お国のためにと戦争に行って帰らなかった人たちは、何も知らないままで、そして、二度と帰って来ない。


このようなことを、いっぱい、聞いて。

今朝、思いましたよ。

この町長(町長でしたね?)、日本が、依然として昔のままだと。
国策として原発を推進して来た、その時と同じのままだと、言っているな、と。

国策だって。

戦争だってつまり、そういうものだったんです。

最終章にいたるまで、洗脳されて、引っ張られて、巻き込まれた。一般大衆とひとくくりに呼ばれる人々は。

反対を唱える人々は、排除され、無視されるくらいならいいが、処理された。

構造として、何かに似ている・・・同じな気がします。国が先導して「国策」なぞと強制的な「感じ」を与えて、それのみが善、応、だと。

この頃そう考えるようになったのです。

終わって、目の前に広がる「現実の光景」を、目をそらせず、見せられている感じです。

破裂した水道管を治すことも出来ないのに、一度事故が起きたら制御不能のものを、国策だって。
まだそんなことを言っている。


お金をもらっているとか、これから貰わねばとか、産業が無いとか、私にはわからない事情が、多分あってのことでしょう、でも私は、ほんき、ばかじゃないか、と、思いました。

ぬけぬけ言うご当人。この言葉しか無く、この言葉を必要とされているとして発せられているのでしょう。結局そうなのだとしたら、ええと、あまり激烈なこと書けません。
投票した人がいて、かなりな票差で勝利しておられる。

姑の実家のある村で、いまだに「むらはちぶ」の扱いを受け続けている私は(気楽でいいですが~)、地域住民の一人、この家の孫の嫁、という感覚にとぼしくて。自分としては真面目に緊張してたのだったが。

京都の奥の方の、とにかく古いが自慢の村で、人の集まりの時、カッポー着姿で必死に手伝っていた(つもり)が、目の前にあって邪魔そうだったヤカンを、誰かに聞かず、勝手に移動させた。
それで、完全無視の憂き目に。(泣)。いいや(喜)どす。
その親戚の方、こちらへ来られると、とても優しく良くしてくださいます。

そーゆー面が、あるとしたら、投票も、自分の意志では出来にくいだろう、程度のことは、理解できているつもりです。

脱線ですが、むかし、親戚の一人が選挙に、ずっと出ていて、玄関には鉢巻しめたイノシシの剥製。
朝も昼も夜も、ここに一票、と意志表示してるひとたちが、勝手に上がって、大量に用意され続けている食べ物を食べて、お風呂に入って(風呂場もでかい家でした)帰ってゆくのを見て、不思議なものの感じがしていた。

・・・今は、かたちは違っているのでしょうね。
ついてゆけない、と言ったら、もちろん、女がえらそうに、と叱り飛ばされましたね。ええ。



・・・亡母が言っていました。

戦後すぐの名古屋駅には、死体がごろごろ転がっていた。

札束を顔の下に敷いて死んでいる人もいた、と。

食べ物が無くなれば、いくらお金があってもどうしようも無い。

私の今後は、それなりに見通しが立つでしょう。

しかし、これからが長い若い人、幼い子供。

その人たちに、汚れ続ける国土を残して。そんな国土しか残せないで。

一部の人間たちの欲のために、食べ物を得るためのものでもある、大切な土や海やを、汚染して。

どうして、そんな簡単なことがわからないのでしょうか。

地団太踏んでわめきたい夜です。

もう遅いから自粛しますけど。

自分の嫌いな、わめく自分になってしまいました、たまには許してあげたいです(・・・昔から自分には甘い子だったのです)。

それから。

加賀まりこさん、かっこいいと私も思います。

中学生の時、劇団四季というところの、アサリケイタさんとおっしゃる方が「オンディーヌ」という芝居を作る、との記事を読み、そこに、水の精の衣裳で写っていたのが、加賀まりこさんでした。

憧れました。

自分の一重まぶた(今は三重くらいになっちゃっている)やずんぐり体型や、黒くて太くて多くて固い髪(今はそのおかげでウィッグ不要)や、何もかもまったく「オンディーヌ」と違いすぎて悲しかったな~。

あの、生意気そうな唇が、とても素敵でした。

赤ちゃんを、ひとりで産もうとされてた時、ひそかに応援していたし、何年か前、何かのステージに、布施明さんと手をつないで出て来られた時も、すてきでした。この「すてき」の意味、おわかりにならない方もおありでしょうね~。

あ~。むむ~。

こういう話楽しいです~。











待ち合わせの駅までの車窓、曼珠沙華の花が、ずっとずっと赤く赤く続いていた。

最後に見舞ったのは、その十日ほど前。

痩せてかさ低くなった理子は、ベッドの上で、身の置きどころのない様子で、吐くために器に屈みこんだり、吐くものが無い苦しさに悶えたり、横になったり、また置きあがって深い呼吸を乞うて天井を仰いだり、立ち尽くす私とK子が目に映っていても構っていられない苦しみの中にいた。

胃癌。

内科病棟のナース、長い間を婦長として過ごして来た身は、自身に巣くって増殖し続けているものの正体を、当然知っていただろう。

九月の半ばで、私は、象牙色のパンツ・スーツを着ていた。まだ十分暑い頃だった。理子は、ツルツルした化繊に見えるパジャマを着ていて、私は、そのことに、誰に向けようもない怒りを抱いていた。

綿の、汗を吸う、さっぱりした寝巻きを着せてやってよ。
でっかい花柄の、汗をかいたらネトネトしそうなパジャマが気にいらなかった。

私の、そんな「怒り」に気づかず・・・というか、そんなことどうでもいい理子は、ただ、ただ気持ち悪くて、苦しくて、水を含めば水さえのどを通らず、吐きたいのに吐くことが叶わず、すでに背中を向けて涙ぐんでいる優しいK子と私の前で、くにくにと中途半端な苦しみにやられ続けていた。

何を言えないままベッドのそばを離れ、無言で二人、病院を出た。

その十日後が、もう、葬儀の日だった。

T駅前で待ち合わせ、十人が三台の車で京都へ向かった。

准看養成所時代は「半開き」「居眠り姫」の異名をほしいままにしていた理子は、高等看護学院へ進んだ頃には、同じ市内を自転車の音ぎしぎしと動き回る、大学の柔道部のモサなどにえらくモテる「小柄で眠そうな目のたまらん」女子学生に変身、試験に受かってナースとなり、それなりの収入を得る身となって後は、買う、買う、買いまくる、服を靴をバッグを、の、欲しがり理子ちゃんに変貌を遂げていたそうだった。

高看へ進まなかった私は、仲間たちと高校時代を過ごした町を離れて、一人の暮らしを始めていた。
仲の良かった数人が、さまざまなことを、風の便りとして届けてくれていた。

同じ学寮にいた頃、理子は、寮生の皆が大喜びで受け取る、自宅からの小包、というものに縁の無い女の子だった記憶がある。

理子の父も母も、理子に関わりのないあたりで、互いにそれぞれ家庭を持っていた。理子は、その隙間から、すぽーんとこぼれた子供だった。
私も、親との縁の濃いとは言いがたい人間だったし、理子が積極的にものを言ったり身を乗り出したりしないわけが、なにか自分に通じる気がして、けっこう、ぼそ、ぼそ、と、いろんなことを、話し合ったりしていた。

理子は、ひもじい女の子だった。食べ物にもお洒落な洋服にも。ソックスでさえ可愛いものを持たず、爪先をずるずる引きずって歩いていた。
自分のお金でものを買えるようになって、激烈に買いまくっていると聞いた時、あらためて、理子の、長い長い「飢え」の深さが思われて、笑えなかった。

西陣織の職人さんと結婚し、姑さんとうまく折り合って、男の子二人、女の子一人を授かり、仕事を辞めずに続けて婦長を務めていると聞いた時は、理子らしい、と思った。

理子は、手に入れられるものは総て欲しいのだろうと思った。

クラス会というものに、私はほとんど参加しなかったのだが、ある時、理子も来ていて、終わったあと、喫茶店で長話した。

思いだすことは、その日のことだけでも沢山あるが、長くなり過ぎる。

目一杯、理子は、おしゃれしていた。
ピンクのスーツ。ハイヒール。バッグ。目いっぱいお洒落にきめているようで、正直、どこか垢抜けていなかった。
「何を、どう組み合わせればいいのか、自信が無いの」

だからいつも、行き易い店へ行って、勧められるまま買ってしまうの、と理子は、白くきっちりと並んだ歯並びを見せて笑った。

綺麗だった。

きれいだ、理子。そう、私は言った。いつもあなたはそう言ってくれてたね、と理子は言った。

そうかしら、と首をかしげると、そうだったよ、と、また、笑った。

いいもの着たらマシになるかしらと思うんだけどね、わたしセンスが無いのね。にこやかに言う理子に、私は、好きなもの着ればいいのよ、と言った。

自分がいいなら、人のこと気にしなくていいよ、と。

うふふふふ、と、理子は笑った。

そういうとこが、私には、無いのよ。言って笑った。



すみません、どんどん長くなりそうです、後半は明日に。読んでくださっていると思いこんでいる、この厚かましさ、ね。


水素の話です。

はじめ、1パーセントの水素、と出ていました。

翌日(昨日)は、福島原発第一号機の、格納容器につながる配管の中は、ほぼ100パーセントが、可燃性のガス・・水素ガスだと、発表されていました。

いつもテレビで見かける、ドジョウさんでなくフグさんみたいな「松本」さんが、でも、着火物が無いので安心、と言っておられました。

基本的な知識として。

水素は、宇宙で一番軽い気体である。

燃え易い気体である。

ガス仲間の、たとえばプロパンガスなどの、ヨン倍くらいは威力がある。多分、爆発時の、かな・・・。

ふつー、4パーセントとかの存在で、火災、爆発の危険性がある、と言われている。

この、格納容器につながる配管を満たしている水素ガスは、今まで、というか以前のものが残っているのでしょうか、新たに発生しているのでしょうか。

とても気になりますが東電さんは、今のところ大丈夫、着火物が無いから爆発しない、と。

ライターやマッチや着火マンでなくても、静電気のチカッ、でも、反応してしまうそうです。

わたし、心配し過ぎなのでしょうか












以前書いた、同じ学寮で一つヤカンから素・インスタントラーメンをずるずるし合ったyちゃん。嘘の名前で書いたのでその偽名を忘れてしまいました。ユリちゃん、これが本名、出していいよね。

同期生の中でもう一人、早く逝ってしまった理子の、葬儀の日に車窓から長く長く続く真っ赤だった曼朱沙華の花を、ここ数日見ていて、見ると思い出すのだから・理子のことを書こう、きちんと思い出そう、思うことが供養になるらしいから・・・と、ぼんやりと考えていました。

十五歳の時に初めて会った理子は、複雑な家庭に生まれて、ややこしい中で育って、少し変わった子でした。

色が白く目はくっきりと二重まぶたで、唇もぽってりと、普通にしてれば「かわいい子」なのに、理子ちゃんは「半開き」とか「居眠り姫」とか呼ばれている女の子でした。

口がいつも「半開き」で、目の周辺に漂っている気配が常に「居眠り姫」だった。

遅刻大魔神でもあり「終わったあとの三分スピーチ」でもありました。みんなが喋り終わったころ、おもむろに、思い切り的の方向の外れていることを、話し始めるから、・・・後の三分スピーチ。

いかん。書いていると止まらなくなる。明日にします。

↑に記したすべてのことは、今でいう「いじめ」とか「わるくち」でなく、同期生たちは皆、半開きの居眠り姫を、どこか愛おしく感じていた。
好きだったのは確かなのでした。

放っておけなくて、嫌ったりなんか出来ない、ふるえてる子ねずみみたいな理子でした。

寮の舎監には、いつも、いつも、注意ばかり受けていたな・・・理子。

遅刻大魔神だったのに、一番先に死んでしまった。・・・なんともいえません。

・・・・・・・・・・・

yuutaさん。
猫さんズの写真のメールを、ありがとうございました。
汚い家の中なんてとんでもない、風ちゃんとゆうたちゃんの背景、お宅、ゆったり落ち着けそうで。

夏はうちわを片手に、冬はおこたでぬくぬく、お昼寝を楽しめそうな・・・って、わたし、眠いんやろか。。

自分で勝手に、ヨンジュンのことはここではあまり触れないようにしよう、と自主規制をかけておりましたのですが。

昨日は「許諾」に、ひりひりしているこころを撫でてもらいました。

つい半年前は、毎日のように、あーだこーだとヨン話をしていた。やさいさんチで。

ここではまだ「ヨン解禁」できない。単に自分が思い込んでいるだけのことです。

やまねさん。

KUONのここへ初めておいでくださり、ありがとうございます。

読んでくださっていること、嬉しいです。

ご紹介してくださるのも嬉しいです。どんどん、お願いします。

毎日のように、わかっているかのように、いろいろ、エラソーにも書いていますが、何がわかっているわけでも無いです。ただ、どこかでムキになっているようです。

いろんな話を聞いても、ここは「諾」この部分は「疑」ある時は「非」と、さまざまに感じ、はっきりと「反原発」と言い切ることもできないでいます。

脱・原発方向、どちらにしてもメンテナンスはしっかりと、というのが、あえて強いて言えば、自分の気持ちに近いかな~、と。

オール電化を勧めておられる業者さんの奥さんが、東電を包囲しに東京へ行く、とおっしゃるのです。
わたしにはワカラン話です。どこへ何をしに行くのも自由でしょうが「それ、自分の首しめることにならない?」と問いますと、そやけど原発を許すわけにはいかへんでしょう、と。

あたまが混乱して来るのです。

ただわかっているのは、現実には、福島の現場からは、ずっと、放射能が放出され続けている。

世界中の誰も、今までこのようなことの経験が無く、この現状の意味することが本当にわかってはいないだろう。

ということだと思うのです。

やはりやさいさんシスターズのお一人であるディランさんが教えて下さった(本当にありがとう!)記事、下に貼り付けさせてもらました。一緒に読んでいただけたらと思います。

内容は、あったりまえのことです。
わかりきっている、ことです。

問題は、実際に国を動かしたり、国の外に向かって言葉を発する立場の人が、このような↓意見を、まったく気にされないとしか考えられないことです。

・・・・・・・・

 世界八三カ国、約二〇万人が加盟する「核戦争防止国際医師会議」(IPPNW)は八月二六日、菅直人首相(当時)に書簡を提出し、「政府機関が公衆の健康より政治的・経済的利益を優先してきたのではないかとの疑問が上がっている」として、厳しい調子で日本政府の原発対策の見直しを求めた。

 一九八五年にノーベル平和賞を受賞したIPPNWはこの書簡で、特に政府が「計画的避難区域」の設定基準として年間二〇ミリシーベルトの被曝線量を適用していることに対し、「深く懸念する」と表明。「自国の一般公衆にふりかかる放射線に関連する健康上の危害をこれほどまで率先して受容した国は、残念ながらここ数十年間、世界中どこにもない」と批判しながら、主に以下の緊急措置を求めている。

 (1)被曝の許容線量を、外部被曝と内部被曝の両方で年間一ミリシーベルトに早急に戻す。これは特に子どもと妊婦にとって重要だ。

 (2)汚染された地域の住民および福島第一原発の全作業員の包括的登録と、被曝の早期評価・生涯にわたる長期的健康調査を実施すること。

 (3)放射線防護策実施に当たっては避難しか方法はなく、事故現場から八〇~一〇〇キロ圏内で避難者に対する援助策も含めた避難計画を立案・実施すべきだ――。

 一方、文部科学省はやはり八月二六日に、「福島県内の学校の校舎・校庭等の線量低減について」と題した「通知」を発表。「(夏休み明けは)原則年間一ミリシーベルト以下とし、これを達成するため、校庭・園庭の空間線量率については、児童生徒等の行動パターンを考慮し、毎時一マイクロシーベルト未満を目安とします」としている。

 だが、電離放射線障害防止規則などにより、一般人の立ち入りと一八歳未満の労働が禁じられている「放射性管理区域」の数値は、毎時〇・六マイクロシーベルトだ。今回の「毎時一マイクロシーベルト未満」はそれよりも高い。しかも「通知」では、「仮に毎時一マイクロシーベルトを超えることがあっても、屋外活動を制限する必要はありません」などと、不必要な被曝の危険性を考慮していない。IPPNWが求めた一ミリシーベルトとは依然大きな差があり、今後も国際的な非難を招きそうだ。

・・・・・・・

ほんとにそうだ、もっと言って言って、とお願いしたいようなことです。

小出先生がおっしゃっていた通りです。逃げさせることもしてません。

100円ショップで売っている使い捨ての雨合羽みたなものを「防護服」と称しているみたいでもあり、それを着けて、一時帰宅されている方をテレビなどで拝見すると、うつむいてしまう自分がいます。

どうするつもりだろう、と思う。防げるわけない・・・でも、帰りたいだろう・・・でも、無防備過ぎるよ~。

「1ミリシーベルト」の問題に関連します、ネットでは既にしられていること、先の経産省大臣だった鉢呂さん、失脚なさいましたが、聞くところによれば、福島の問題についてあ、1ミリシーベルトのことも含め、熱心な面をお持ちであられたとか。

詳しく調べられる前に辞任にいたってしまわれたとか、聞きますが、本当のことは私にはわからないし、どう言いようも無い、ただ、新米の大臣一人、つぶすなんて、カアンタンなコトだったのかな~って。

そういうことが、恐ろしい気がしました。

やまねさん、今後もよろしく・・・。

で、ディランさん、あなたおバカでないです~と、思いますですよ~。

例・1。

ボクシングとか、ご覧になったことありますか。

体を鍛えるのはともかく、試合前は減量のため、とかで、一滴の水も飲まないとか、利尿剤をのんで無理に水分を出して、というボクサーもいるとか。
おそらくそれは、普通に、医学的に言えば、あまりよろしくない体への接し方だと思うのです。

しかし、チャンピオンになりたいボクサーには、その方法は、たとえ間違っているにしても、間違っていないのですよね。

変な例だと思うし、ディランさんわかってるよ、とも思うけど、絶対の正しさ、ってどうよ。

立場が変われば何もかも変わる。

きっとそう。

だが。

ばっと。

今、起こっていること。これは、大変なことであるのは事実。

放っておいてはいけないのに。

もうね、戻ってゆくのはその一点です。

と、私はムキになってゆくのです、どんどん。

・・・・第一号機の配管あたりから、今度は「水素」が検出されたと。

水素。身近なものの感じもある。

えいち・つー・おー、は、水、だもん。

でも、出て来たとこがいかんな~、と。

さらっと考えて、こういうことかな、まだ、よく解らないけど、と、教えてもらいました。

・・・水素が出て来る、ということは、2800度くらいの高い熱があってのこと、と、想像してみる。

メルト・スルーしているのだから、上から水をじゃんじゃん入れても・・注水を続けても、下の方はどうなっているか調べようが無い。

他の理由で考えても(まだ、私によく理解できていなくて、すみません)1700度や1800度の熱が考えられるし、何より、水素は、酸素と、へんなくっつき方をすると、爆発する可能性があるらしいのです。

地震直後に起きて、放射性物質を撒き散らしたのが、水素爆発でした。

1パーセントだから、今のところ爆発の恐れは無いと、えらい先生がおっしゃっているそうです。

私の最近の思考の回路は、変化してしまいましたよ。

発表がある、ということは、できれば隠しておきたかったことを、隠しておき切れなかった時に、行われること。

数字は、本当より、かなり割り引いて出される。

必ず、いまのところは大丈夫、と言う。

自分たちに都合のいいことだけを言ってくれる学者さんに喋ってもらう。

・・・

今日はいいお天気でした。

私は元気でした。

・・・私が訪ねた相手が間違っていて、私の耳もメモも記憶も間違っていたとしても・・・。

ここへ来て、そこから水素が検出されたということは。

半年間冷やし続けて、水素が出たということは、ですね。

中の、奥の方が、冷えておらん、という意味です。

底抜けてるのだから当たり前です。

事故後、それだけをして来たのに。

困ったちゃんな方向の事実が現れて来て。


今は大丈夫だが、元がそのままなので、ふつー考えると、もっと、困ります。

どうしよう・・・。

って、不安を煽るのはだめですけど、大丈夫、と、思われんのです。

ごめんなさい。

もっとよく調べます。

今のところ、大丈夫なようです。














雨と風が荒れ狂う。

川の水が両岸の岩を殴りつけつつ激流となり、テトラポットを飲み込むように海の波は襲いかかり、風が大樹の幹をへし折り住宅を押し倒し、自然の、どうすることも出来ない憤怒のさまを、テレビで、ぼおっと眺めていました。

私の住むあたりは、いつもよりいささか沢山の雨が降り、いつもよりいささか強い風が唸っているくらいで、どうということもない。

今は夜の十時半少し前。台風は、東北南部まで北上して、仮設住宅の住民までを再びの「避難」状態に追いやっているという。

除染って、何のことだろうと思う。

あちらこちら、持って行き場が無くて積み上げられている、セシウムを含む土の上層部を削り取ったもの、放射性の大量の焼却灰、そこに、どんが、どんがと雨が降る。風が吹く。

茨城県と福島県に、いま、緊急地震速報。
震度3とか4とか、だそうです。
茨城県北部では5弱だとか。
そんな揺れ、わたし、経験したこと無い・・・ごめんなさい。


小出先生のおっしゃること、よ~くわかるんです。
でも、現実問題として、ばーちゃんである私や夫が食べるものと、娘夫婦が食べるものと、十歳に満たない二人の孫が、放射能の害を避けるために食べるものとを、一軒の家の中で、大人たち皆、仕事を持つ中で、作り分けてゆくのは・・・無理、とは言わない、それこそ自分たちの「意識の問題」とかになるのだろうから、しかし、しょうじき、難しい。

子供を守るんだ、大人の義務、あるいは愛、なんだ、と、努力する気持ちを奮い起こしても、ね。

小出先生の願い、訴えを、あちら側の人たちが実現してくれるのは、いつのことなのだろう、と、考えてしまう。

・・・若いハンサムな日本の政治家、細野氏が、ここぞ私の晴れ舞台、みたいな高揚感をぴかぴかにまとって、スピーチしておられましたね。IAEAで。
英語で。
しゅっせした~感、おありだったかしら。
けっこう素直なお方とお見受けできるから、やったぜ、感はあったかも。

原発事故の現場での低温冷却を(うまく行っているので)今年一杯、今年中に前倒しして、やり遂げちゃう、と。

正視していられなかったです。

嘘だもん。

確かに、温度は継続して下げられているかも知れないけど、ばりばりのスピーチしていた、その日に、地下水が云々、との報道がなされていました。

どれだけ汚染を除去する努力をしておられるところで、地下から、水が、じゃんじゃん、流れこんでいるという。

元から絶たなきゃダメ、というCMがかつてありました、あれそのままです、上からも下からもだだ漏れにしてる状態で、な~にを、言うてはりますの、細野さん、世界中が笑ってますよ、わかってる人は。

IAEAの人たちは、黙って聞いて、拍手までしたかもしんないけど。
甘く、ゆるく、穏便に、寝た子を起こすな、知らなくていいことを一般大衆に知らせるな、のやり方の、仲間だというから。

ディランさん、国際医師会議が「日本の許容量設定に意義あり」の書簡を、送られたのですか?。。

政治家や企業や医学方面や法律家や、立場によって、同じものでも、まったく違うものにして来るものね。

日本の外務省は、日本の被災地の「現実」や「風評被害」の実態をわかってもらうために、外国から人を呼んで・・・来てもらって「本当の姿」を認識してもらって、個々に発信してもらおうと考えたそうではありませんか。

そうするなら、それ用のシナリオ、それ用に創り上げたデータ、などが要りますね。絶対に、小出先生や児玉先生の発言が素になることは在り得ない、そういう具合に書いてくれる人を選抜して、データを作ることになりますね。

それ、一国の外務省が、考えて、実行するものなのかどうか・・・わたしには、さっぱり、わかりません。

私なら、アホちゃうか、と、笑いたいんですが、まあ、それを笑っても、どこかが捕まえに来る、ような国では、ないみたいで。

フツー的には、そういう形で、あらかじめ定められた結論に、ものごとを運んでゆく・・そのために数をたのむ・というのを、や・ら・せ、とか、呼んでいいような気がする・・・。

外務省なんて、かしこい方の集まりみたいなとこで、そんな、三流のテレビ局や三流の政治屋がするようなことを、するはずがな・・・と言いたいが、九州電力って、三流の企業でしたっけ?   えええ、そんな難しいこと、KUON、知らな~い(ばか)。

いや、ワルクチ書いてたら、すこし元気が出て来ました。わっははは。

今日は,美しい、心にしみる、好きな、大切な、せつない歌を。
ずっと、思っていました。

ジュンソ、という歌手の歌です。
「許諾」というタイトル。

ベヨンジュン主演の「太王四神記」というドラマの挿入歌です。

美しい。
切ない。
大好きな歌を、聴いていたし、思っていました。











愛知県で40万人だか100万人だか避難勧告って・・・どこへ逃げるんだ?と、姉ちゃん笑っていましたが、せっかく何度も言ってくださるので、と、夫婦で避難しているとか。
甥っ子の住むマンション(彼らはヨン階)、一階は「水に浸かってまっとるよ~、十人くらいよその子預かっとるわ~」と、こいつも危機感のまったく無い口調で。

どこもどこも大きな被害のありませんように。

お返事遅れていて申し訳ございませんが、今夜も、小出先生の話の続きを。

ご存知の方も沢山おいでかもしれませんが。

ご異論もおありかも、ですが。

私には、胸に入りやすい内容です。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

はい。今、福島でどういう事態になっているかということを聞いていただきましたので、そういう事態を受けて、私はどうしたらいいか?ということを、まず聞いていただこうと思います。
私の願いと書きましたが、私の願いはこうです。

『子供を被曝させない』
ということが第一です。
そしてもう一つあります。それは、
『1次産業を守る』
ということです。


この二つのことをどうしたら実現できるか?ということを考えてきて、私は、提案があって、それをこれまで発言してきたわけです。

まず、子供を被曝から守らなければならない理由というのは、かなり単純です。
一つは、子供は放射線の感受性が高いということです。
私は先ほど生き物というのは、大変不思議なものだといいましたけれども、DNAというものを複製するという、間違いなく複製するということで、生き物というものが成り立っているわけで、複製する細胞分裂を起こしている、その器官に傷をつけられてしまうと、どんどん傷が拡大していくといことになって、被害が大きくなるわけで、細胞分裂がしなくなるような大人というのは、不活発になる大人は、ほとんど危険が無くなるということになるわけです。

ですから、放射線の感受性の高い子供というものは、やはり守らなければいけないということが、私の根拠の一つです。

そして、何よりもですが、子供には原子力を選択した責任がありません。
今日、この場に居るのは、そこそこの大人の方で、選挙権も持っているわけだし、どういう政治を作るか、どういう社会を作るかと、それなりに発言権もあっただろうと思われる方々がいるわけで、そういう私を含めた大人というものが、今日の原子力をここまで許してきたわけだし、事故も許してきた。汚染も許してきた責任があると思うわけですが、子供に関しては一切そんな責任がないんです。何としても彼らに危険を負わせるということは、避けたいと私は思います。


そして、ちょっとだけ言っておきますけど、子供の放射線の感受性というのは、今から見ていただくように大変高いと私は思います。
今ここに30歳という人の放射線の感受性を帯の高さで示しました。
これはちょっと理解がなかなか難しいかもしれませんが、1万人シーベルト当たりのガン指数という、そういう評価基準です。1万人シーベルトというのは、1人が1シーベルト被曝をした人を1万人集めてくれば、合計の被曝量が1万人シーベルト、そういう意味です。

もし、一人一人が0.1シーベルトしか被曝をしていなければ、逆に人数は10万人集めてこなければいけないというそういう単位ですが、そうすると、そのうち3855人が、ガンで死にます。30歳の人であれば。
そして、これはごくごく平均的は人間の危険度というのが30歳の人です。
今日この会場はほとんど30歳以上の方が多いように見えますが、30歳の方が居れば、ごく平均な方だと思っていただければと思います。

そして、年を取るだけ生命体としての活動はどんどん衰えていくわけで、細胞分裂なんかもうしないわけですね。体が大きくならないし、むしろどんどん小さくなっていく。年を取ればとるだけ。そういうことになるわけで、放射線に対する感受性はどんどん鈍くなってきます。どんな風かというと、こんなんですね。
55歳を過ぎれば、もう平均的な人に比べて、ほぼ100分の1です。

私はすでに60歳を超えてますので、もうほとんど危険はないというくらいの感受性しかなくなっているわけですね。
逆に子供のほうに行くにしたがって、感受性はどんどん上がっていきます。
ゼロ歳の赤ん坊というのは、平均的な人に比べたら、4倍も5倍も危険だという。そして彼らには原子力に関する何の責任もないですから、何としても守りたいというのが、私の根拠です。

KUON・註
推進派の全年齢平均 1  ゼロ歳児が 4、Gofmanの全年齢平均が 4 でゼロ歳児が 16、という表がここにあります。
1ミリシーベルトの被爆をされた方が1万人集まった場合の癌死者の数について、です。


そうですね、これは、推進派というのは日本の政府などです。そして、Gofmanと書いたのは、私が信頼している米国のお医者さんでしたけれども、その人の放射線の危険度の評価というものをここに一つの表にしたもので、今見ていただいた縦の棒があったものは、Gofmanさんの評価に従いました。そして、今この場合には、1mSvの被曝をした人が1万人集まった場合のガン死者というのを書きました。1mSvというのは、皆さん判っていただけると思いますけれども、普通の皆さんが1年間に許されるというか、これ以上は被曝をするなよと言って決められたのが、1mSvです。

それで、そういう基準をあてはめられた人が1万人集まれば、日本が政府が言っていても、1人はガンで死ぬと。私が信頼しているGofmanさんの場合には4人が死ぬと。
1mSvでも危険が無いということではない。
「1年間に1mSvの被爆をしていれば、1万人に1人、或いは1万人に4人は死ぬよ。でも、それはこういう社会を維持するためには諦めろ」
という、そういう基準なんです。安全でも安心でも大丈夫でもない。危険はあるということは判っている。

「子供の場合には、それが4倍、或いは5倍近くになりますよ。それを諦めるしかない」
というのが法律の定めだったわけです。

次に、1次産業を私が守りたいという理由ですけれども、原子力という今私たちがどっぷり浸かってきてしまったものは、エネルギー消費社会の象徴だと私は思っています。
とにかくエネルギーを使えば豊かになれるというふうに日本の国はなってきてしまった、その象徴が私は原子力だというふうに思っています。
そして、そういうエネルギー浪費社会というのは、持続可能ではありません。絶対にいつか破綻するという、そういうものです。

資源という面からもかならずそうなるし、環境破壊という意味でも必ずそうなります。ですから、エネルギー浪費社会というのをどこかで断ち切らなければいけないと私は思っていますし、そのためには、原子力を止めるしかないし、そうなら1次産業をもっと大事にするというそういう社会に変えなければいけないと思っていますので、今日、今福島で起きたような原子力による事故が起きたときに、1次産業をより壊滅させていくというような選択は、絶対にとってはいけない!こうなったからこそ、むしろ1次産業を守らなければいけないということが、私の願いの一つです。


こういう時に国がやろうとしているのは何か?というと、
『まず基準を決めます。

例えば1㎏あたり500ベクレルという暫定基準が今、牛肉なら牛肉の暫定基準を決めます。そして、それを超えたものは排除して市場に流通させない。だから安全です。』
と言うんですね。そして、
『基準以下のものはもともと安全ですから、勝手に流通させます』
と言っているんですね。その結果、
『放射能の問題は、もう日本には何もありません。原子力はこれからもやりましょう。』
と、そういう論理の組み立てを日本の政府はしているわけです。


私はそれは正しくないと思います。
例えば1㎏あたり499ベクレルの汚染があったとすれば、それはそれで危険なんです。仮に400ベクレルだって危険だし、300ベクレルだって危険だし、100ベクレルだって危険だ。もっと言ってしまえば、10ベクレルなら10ベクレルの危険があるということなんです。

国がやっていることは、ほんっとうにインチキだと私は思います。

そういう時に、私がさっき願った子供の被曝を守る、そして1次産業を守るというためには、どういうことをすればいいかというと、まず、強制的に今避難させられている地域があるんですね。私は避難させなければいけないと思うけれども、そこの1次産業は必ず崩壊します。要するに村自身、町自身が無くなってしまうわけですから、もう何もできない、崩壊すると思います。大変残念ですけど、なるだろうと思います。

次に今現在、強制的に避難させられていないというところでも、ものすごい被曝をしていて、私はそこの人たちも逃がしたいと思っていますけれども、国はそうしない。そこでも汚染した食料が多分これからもできてくるというときに、そこで少なくともそこで踏みとどまって、生産してくれる人たちが居る限りは、その食べ物は捨ててはいけないと私は思う・・・のです。

そういうところで生産したものは、汚染されています。その汚染されたものは、誰にも食べさせたくないと私は思うし、普通の方はみんなそう思う。そういうものは東京電力に買い取らせて補償させろと言うんですね。
じゃ、東京電力は買い取った食べ物をどうするかというと、捨てるんです。
でも、東京電力に買い取らせて捨てるということを判っている食べ物というものを、農業者や酪農業者が作ることができると思いますか?皆さん。
捨てちゃうために自分がモノを作れるでしょうか?
私はそれはできないと思う。

それなら、きちっと流通させるということを、やはり受け止めるしかないということを私は思っているのです。

議論はあるだろうと覚悟しています。
私はもちろん放射能を食べたくないし、誰にも食べさせたくありません。

でも、汚染したものは東電に買い取らせろというのであれば、汚染していないものっていうのはあるのか?と逆に問いたいと私は思う。
でも、汚染していないものなんて、もう無いんです。
福島の事故が起きてしまった以上は、程度の違いがあってもすべて汚染しているんです。

 500じゃない。
 400かもしれない。
 300かもしれない。
 100かもしれない。
 10かもしれない。

でも、日本中、或いは世界中、全部福島の放射能で汚れているのです。
どこかで基準を決めるなんてやり方は、日本の政府はやっているけれども、そんな基準の決め方はインチキです。すべてが危険だと思うしかないんです。
そうなれば、汚れていないものと、仮にどこかで線を引いたとしても、引いた線以下の汚染の食べ物に、私たちは向き合わなければいけない。
どんなことをしてもそうなります。

そうなったときに必要なことは、東電に汚染したものだけを買い取らせるということを求めるのではなくて、どういう食べ物がどれだけ汚染しているということを東電にそれをしっかりと測定して、みんなに知らせろと要求することのほうが、私は大切だと思います。

そして、その上で私たちが向き合うということです。


一つ目の目標を実現する、つまり子供を守るための手段というのは、これは比較的簡単です。今聞いていただいたように、東電に食品の汚染を徹底的に調べさせる、そしてその上で汚染の度合いごとに、60禁、50禁、40禁というように、仕分けをしていって、子供には汚染の低いものを与えると、それはどういうことかというと、汚染の高いものは大人が食べるということです。

何度も聞いていただいてますけれども、被曝をするということは、必ず危険があります。
安全だとか、安心だとか、大丈夫だとか、そういう言葉は決して使ってはいけません。
「どこまでの汚染なら容認できるか?」
「引き受けることができるか?」
とただただそれだけのことです。

被曝量が上がっていくのが右側です。こっちは影響が表れる危険度の確立と書いてありますけれども、要するに危険の度合いですね。そうすると、被曝が多ければ危険度も多い。被曝が少なくなってくれば、危険も下がってくるわけで、この図を作ったのは、国のほうの推進派の学者ですけれども、あるところよりもっと少ない被曝は『容認できるレベルだ』というふうなことを原子力を推進している人たちが言っているのですけれども、容認できるなんてことを私は国に決めてほしくない。


ですから、国は500ベクレルなら500ベクレルと決めて、あとはみんな容認しろと言ってくるわけですけれども、私はそんなことを国に決めてもらう筋合いはないと思います。何度も聞いていただいていますけれども、放射線の感受性は、歳ごとに違うんだし、責任の度合いも違うのです。容認できるかどうかというのは、大変個人的な判断によるだろうと私は思います。

自分に加えられる危害を容認できるか?或いは、罪のない人々にいわれのない危害を加えることを見過ごすかは、誰かに決めてもらうのではなく、一人一人が決めるべきことだと私は思います。
皆さんもこういう覚悟を決めて、これから放射能の汚染に向き合っていってほしいと思います。


蛇足ですけれども、ちょっと言っておくならば、責任の度合いに応じて汚染食品を食べろとと、私は言っているわけですから、皆さんのような大人に対してもそう言っていますし、もっと言うなら、東電の社員食堂は、猛烈な汚染食料で作ってほしいと思うし、国会議員の議員会館もそうだし、経産省の食堂も猛烈な汚染食品でこれから維持する、そういうようなことを踏まえて、汚染の分担を覚悟して生きるべきだというのが、私の主張です。
終わります。






小出裕章先生の話には、人間の匂い、人間のことば、という感じを抱きます。

話の中の地図等は、写すことができませんでした。

自分もまた、このことに責任を持つ一人なのだ、という感覚に、敬愛の念を抱きます。

9月13日 小出裕章氏と語る、続・原発『安全神話』溶融に関連しています。

     ・・・・・・・・・・・・・・・

今までに出たセシウムでどんな汚染が生じたかということを少しずつ政府はデータを小出しにしてくるわけですけれども、比較的最近のデータが、こんなデータです。
セシウム137とセシウム134の合計で、どれだけ汚染をしたかということを色分けにしてこの地図に書きましたということです。

そして、福島原子力発電所を中心として、円がいくつも書いてありますが、一番小さい円が半径20kmです。その外側が30㎞、60㎞があって、ここは120㎞だったかな?100㎞か120㎞ですがそういう円が書いてある。


そして、今現在、政府が避難の指示を出したという地域は、ここの黄色く塗ってある地域がそうです。避難の指示を出して、住民を避難所に押し込めた。避難所に押し込められた住民たちは、お年寄りを中心として次々と命を落とすというような地域が、この黄色いところを含めた赤いところですし、ここに取り残された家畜たちは、囲われたまま命を落とすということが起きているのが、こういうところです。
ただし、この青いところ、或いは、緑いろっぽいところ、こういうところがありますけれども、こういうところというのは、日本の法律、現在ある法律を適用すると、放射線の管理区域というところに指定しなければいけません。

放射線の管理区域というのは、
私のような非常に特殊な人間=放射線業務従事者というレッテルを貼られた特殊な人間だけが入っていい。
仕事のために入っていい。
そこに入ったが最後、水を飲んではいけない。
食べ物を食べてはいけない。
寝てはいけない。
という特殊なところですが、そういう特殊なところに指定しなければいけない地域というのが、ずっとこういう範囲に広がっているのだそうです。日本政府が言っています。

福島県のほぼ東半分です。福島県はここまでですけれども、東半分以上ですね。さらに宮城県の南部、或いは北部、牡鹿半島という女川があったところですけど、こういうところ、そして茨城県の北部、栃木県の北部一帯というものは、放射線の管理区域にしなければいけないというほどの汚染を受けていると、日本の政府が言っています。
「一体どうしてこんな汚染を受けたのか?」ということを群馬大学の人がこんな地図を作ってくれました。

ここが福島の原発があるんですけれども、ある時に南西方向に風が吹いていて、その風で放射能が流された、そして南西方向に汚染を広げて、その汚染がずっと南に流れていって、茨城県、千葉県、或いは東京都の一部というところに汚染を落としたということになっています。
そして北西方向に、ある時に流れたものは、あるところで風向きが反転して、福島県の浜通りと言っている、両方山に挟まれた谷あいをずっと流れて栃木県或いは群馬県のほうに汚染を広げたというのですね。
そして、ある時に海沿いに出ていったものは、牡鹿半島をなめて、また内陸に拭き戻って宮城県の北部に汚染地域を作ったということを言っています。

そして、さっきも見ていただいたように、福島原発を中心に北西方向の一帯と、南西に伸びる一帯、こういうところが現在、強制避難をさせられています。これは、1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電所の事故で、強制避難させられたレベルとほぼ同じですけれども、そういうところから、約10万人の人が避難させられています。琵琶湖の面積のほぼ2倍。琵琶湖ってかなり巨大な湖です。皆さんも多分よく行かれると思いますけど、そこが二つ分入ってしまうほどのところが、もう無人にしなければいけないという状態になっているわけですし、もし、さっき聞いていただいたように日本にある現在の法律を厳密に適用しようとすると、福島県全域に匹敵するくらいの土地というものを無人にして、放棄しなければいけないというくらいの汚染を受けています。

日本という国は、法治国家と言われています。
ですね?


例えば私が法律を犯せば、私は警察に捕まって刑務所に入れられる。法律を破れば処罰を受ける、そういう国だと言われている。私が法律を破ると、国家が処罰する。
でも、それなら、法律を守るのは国家の最低限に義務だと私は思います。
日本というこの国には、国家が定めた法律がたくさんあります。その一つは、一般の人々には1年間に1mSv以上の被ばくをしてはいけないし、させてはいけないという法律があるのです。
ですから、皆さんだって1mSv以上被曝をしてはいけない。もし皆さんに1mSvの被曝をさせるような人間が居たら、そいつは処罰すると言ってきた。日本の政府は。

それから、私は放射線の管理区域というところで働きますが、放射線の管理区域から出るときには、1平方メートル当たり4万ベクレルを超えて放射能に汚れたものを管理区域外に持ち出してはならないという法律もあったんです。
私は、だから放射線管理区域で仕事をして、完全管理区域からもし出ようとするなら、私の手すら、1平方メートル当たり1万ベクレルを超えて汚染していれば、私の手は外に出られない。つまり私自身が管理区域から出られない、そういう法律だったんです。

そういう法律があったんですが、今回の事故が起きて、今回の事故を起こした最大の犯罪者は、私は日本の国家だと思いますが、その国家が自分たちが定めたそういう法律を一切反故にしました。
「人々が1年間に1mSv以上被曝してもなんでもない」
と言い出したわけだし、
「1平方メートル当たり4万ベクレルを超えるような汚染があっても、そこに人々が住んでいい、子供を産んでもいい、そこで子供を育ててもいい」
というようなことを言い出している、そういう状態になってしまったわけです。

法律というものは、一切の意味を失ったという、そういう時代に3月11日からこの日本という国家が入ったわけです。

本当に私は3月11日を境にして、日本というこの国家が変わってしまったと思います。

人々が普通に生活する場所が、私がいやいや入る放射線管理区域よりも遥かに汚れているんです。今。
土地も食べ物も、がれきも、下水の汚泥も、全てが今までは放射性物質と呼ぶようなものに変わってしまっている。
皆さんは、まだ実感してないかもしれないけれども、すでに福島を中心としてそういう世界になってしまっているんです。

ですから、福島に住んでいる人たちは、大変なことだろうと私は思うし、これからは福島を中心として、今日のこれからの後半の議論の中心になるけれども、福島で取れる食べ物を含めて、そういうものが流通機構というものがあるわけですから、そこらじゅうに流通してくる。放射能で汚れた世界で私たち自身が生きるしかないという、そういう時代に入った。
そういう世界に変わったんだということを皆さんにも是非とも認識しておいてほしいと思います。

そういう中で、福島の人たちは大変です。
どうやって考えていいのか、私自身もわかりません。今現在、放射線管理区域に指定しなければならない汚染地で、人々が住んでいる。子供を産んで、子供をそこで育てるということをやっているわけです。
始めに聞いていただいたように、被曝をするということは、あらゆる意味で危険を伴うわけですから、そこに住み続ければ健康の被害を受けます。避けられません。
なんとか私は、それを避けて逃げてほしいと思います。

でも、日本の国家は
「そんなこと勝手にしろ」
と言っているんですね。強制避難地域はちょっと違うかもしれない。避難所を用意して、そこに移させたわけだけれども、そうじゃない地域の人に関しては、
「知らないよ、自分たちで勝手にやれ」
と言っているわけで、逃げたくても逃げられない。普通の人々は。仕事も何も全部捨てて、とにかく逃げたいと思っている人は、もちろん居るわけで、逃げた人も実際に居ます。でも仕事を捨てて逃げたときには、生活が崩壊してしまいます。

仕事を捨てられないから、子供だけでも逃がそうといって、子供を逃がした家もあります。でもそうなると今度は、家族はバラバラになってしまう、家庭が崩壊してしまうことになるわけです。
避難をするときには、今度は生活が崩壊する、家庭が崩壊する。

一方では、体、物理的な生命体としては、被害を受けるわけだし、避難をしようとすれば、今度は心がつぶれてしまうという、本当にどっちにしていいかわからないという、そういう選択の前で、福島の人たちは苦しい選択を毎日強いられている、そういう状態になっています。



本当にこういう被害を生じさせて、いったいその被害の大きさってどれだけなのか?と考えると、私にはよくわからない。
まずは広大な土地が失われます。
さっき今井さんが女川の町の写真を見せてくれて、私も行って、愕然としました。
私を育ててくれた、阿部宗悦さんという人が居た家も、跡形もない…。女川の町が何もないんです。私が借りて住んでいたアパートの当たりだって、そこまでが浸水して、さっき今井さんが見せてくれた写真ではまだ家は残っていたけれども、もう本当に女川の中心街は何もないという状態になっていて、私は呆然とそこに立ち尽くして戻ってきましたけれども、

「それでも!」
と思いました。
「この町は、必ず復興するんだ」と。
人々がそこに戻ってきて、家を建てて仕事をまた組み立てて、女川の町を復興すると思いましたし、むしろ確信しました。
「しかし」
と次に思った。
「福島原発周辺で、膨大な汚染を受けてしまったところは、もう復興できない。」

一見、綺麗ですよ。普通の家が建って、津波で襲われたわけでもなんでもない、地震でつぶれたわけでもない、家が建っているけれども、放射能は目で見えない。そういう目で見えない放射能で汚れているために、もうその町、その村はすべて捨てるしかない。
復興も何もできないで、失われてしまうというそういう土地が、少なくても今現在、琵琶湖の2倍というくらいの面積であるのです。

その周辺にも放射線の管理区域にしなければいけない汚染を受けた土地があって、そこで今現在人々が住んでいる。たくさんの人が被曝を強いられているという状況。
そして、今日の後半のテーマですけれども、これから汚染した食べ物がどんどん出回ってきます。

『それをどうするのか?』
あらかじめ言っておきますけれども、私は放射能なんて決して食べたくはありません。どなたにも食べさせたくない。皆さんもそう思ってると思います。
そうなると、普通の感覚で言えば、放射能で汚れたものは要りませんというと思います。
そうなれば、福島の1次産業は崩壊します。
それに伴って、またたくさんの生活が崩壊するということになると思います。

そんな被害を一体どうやって補償するんですか?賠償するんですか?
戦争が起こって爆撃されて、破壊されたって、そこに戻ることができます。東京だって東京大空襲で焼け野原、広島だって長崎だって原爆で壊滅させられたけれど、それでも町はちゃんと復興できたんです。
しかし、今度はもう町自身が無くなってしまう。そういう被害の重さというのをどうやって考えたらいいか?
戦争だって怒らないような被害が、今現在起きているんです。

東京電力というのは、日本最大の会社です。
経済界に君臨してきた巨大な企業ですけれども、そんなものがいくら賠償しようと思ったって、賠償なんてできません。

ですから、今東京電力にどれだけの賠償責任を負わせようかといって、いろんな議論がありますけれども、私は議論をするまでもなく、「東電を倒産させろ」と思っています。

持てるモノ全てを吐き出させて、東電は倒産させるというのがいいと思います。東電の株券は紙くずになります。一番困るのは巨大銀行ですね。まあ銀行なんてどうでもいいと、まずは思う。でも、個人投資家という人たちも居て、東電の株券を持っていたんでしょうけど、そういう方々には気の毒だけれども、でもしょうがない。東電なんかを信用した責任を取って、株券タダになっても諦めてくれと、私はそこはしょうがないと思います。

でも、東電なんか、何回倒産しても贖いきれない被害が実は生じるんです。
日本の国家が倒産しても実は払い切れないくらいと実は私は思います。

ここに至ってなおかつ政治家とか経済界の人たちは、
「原子力を止めたら、電気代が高くなってしまう」
とかいうようなことを、どこまであほなのか?と私は思うけれども、そんな議論をしている人たちがいるんですね。

もうそれどころではないんだと。原子力をやってきたから、こんなことになってしまって、途方もない厄災を私たちはこれから背負っていかなければいけないということを、多くの人にちゃんと認識してほしいと私は思います。
あ、そうか。

まだ続きがありますが、時を改めてご紹介させていただきます。
おはようございます。

冒頭に追記を貼り付ける暴挙をお許しください。

ずっと出かけていて、この歌が、ずっと脳内を満たし続けていました。すぐまた出かけます。

ジョン・レノンが詞を書き、メロディをかいた「イマジン」です。


Imagine there's no heaven,
想像してみよう、天国なんて無いと
It's easy if you try,
やってみればたやすいこと
No hell below us,
僕らの足下には地獄なんてなく
Above us only sky,
僕らの頭の上にはただ青い空が広がっているだけ
Imagine all the people
想像してみよう、みんなで
living for today...
僕らは今日という日のために生きていることを

Imagine there's no countries,
想像してみよう、国なんてないと
It isn't hard to do,
そんな難しいことじゃない
Nothing to kill or die for,
殺すことも誰かに殺されることもない
No religion too,
宗教もない世界のことを
Imagine all the people
想像してみよう、僕らみんなが
living life in peace.
平和な人生を送っている姿を

Imagine no possesions,
想像してみよう、財産なんてないって
I wonder if you can,
君にできるだろうか
No need for greed or hunger,
どん欲も空腹も一切必要がない
A brotherhood of man,
人間の兄弟愛に満ちた社会を
Imagine all the people
想像してみよう、僕らみんなで
Sharing all the world...
世界のすべてを分かち合っていることを

You may say I'm a dreamer,
君は僕を夢想家だと言うだろう
but I'm not the only one,
だけど僕はたった独りじゃない
I hope some day you'll join us,
いつか、君も僕らといっしょになって
And the world will live as one.
世界がひとつになって共に生きれればいい

.


雨が降って来ました。

何かがあって避難する、という経験をしたことが無く、避難所生活ということも知りません。

今の自分は、正座することも全く出来ないし、トイレも、足の関係で、いわゆる洋式のものでないと苦痛です。はしれないし、とてもノドが乾く病気も持っているし、そんなことだけを考えても、膝や腰に悩みを抱えておられる殊に高齢の方々が、避難所で過ごされる時間の大変さが思われます。

奈良県南部、五條市とか十津川村とか、那智、熊野。近くと言う感覚は無く、しかし、すごく遠いところでもない。

そこに、台風の被害が及び、今日もまた雨が沢山降れば、土砂ダムというものが決壊する恐れが強いと聞きます。

私にできることは、ほんの僅かのお金を、託すことだけです。

阪神大震災の時に感じ、このたびの東北地方の地震、津波でもっと感じたこと。

映像で、リアルタイムで、悲惨な状況を「見」られてしまうこと。

高いところから、押し寄せて来る黒い波を見下ろしていた方と思われますが、これ、ほんとのことだよね?、と、妙に明るい声を聞いた時、私も、本当に、本当に、不思議な奇妙な「?????」感にとらわれて、まぎれもない現実の大惨事を、遠く安全なところから見ていることに、頭の中がぐるぐるしていました。

ただいまも、雨が、あと数センチ降ってしまったら、土砂ダムが溢れて、激しい土石流が起こるというその現場を映し出しているのを、現地の皆様が、真剣に覗き込んでられる写真。

アタマがぐるぐるします。

よく出来た作り物だったら、どんなにいいでしょう。

作られたものなら、どんなにいいでしょう。画面に映るすべて、報道写真のすべても。

           

stainless stealさん。

泣かせてしまうようなことを、どうもすみません。

あなた様と息子さん、おふたりの貴重な「拍手」ふたつ、謹んでいただきます。

先日は、ずっともっと生きていたい、など、女々しいことをぬかした私ですが、実は本当は、ですね。

三十路のムスメどもや、親のついてる孫どものことは、もう、自分の手出しするようなことではないと、随分さめてるばーちゃんなんだと思うのです、わたし。

だから、フタしに行ってもいい、よし、と、考えています。

昨日でしたかおとといでしたか、以前も書かせてもらった、リタイヤされた方々の、シルバー原発行動隊とでも言うべき、自分たちが現場に行こう、というぢいちゃん様がたのことを、テレビで再び、取り上げているのを、偶然見て。

500人以上の方が既に手をあげておられるとか。。

中のお一人、61歳だという男性が、マイクを向けられて、
「自己犠牲・・・」
と声を出されたので、あああ~と、固唾を呑む思い、すぐにつづけて、
「・・・でなくて、自分が、行きたい、と」

この・・・・・・の中でその方は、湧き上がる思いを、懸命にこらえておられたのです。私の涙腺がいきなり全開になって、せっかく久しぶりに、七分以上、十分くらいかけてお化粧したのに、お化粧、ボツになった。

手を合わせたい思いでした。

この、若い人を危険な場所に置くより自分たちが、の、シルバー隊の皆様。

ああだこうだ、私などが言うことは無い・・・若い人たちが、きちんと見ていてくれると信じます。

こんなぢいさん達がいる、いてくれるんだと、見てくれると思う。

テレビを切って後も、少しの間、涙が止まりませんでした。

えまさん。
とっても辛いこともいっぱいだけど、こんな話だってたまには聞けるので・・・。

お仕事頑張ってください。遠出が、けっこう、多いようですね。

疲れすぎないでね、私も心がけます。

ソナチネさん。

ほんとーに、くやしいですね。

ほんとーに、くやしい。

先日ソナチネさんが、ここへコメントを下さった内容の一つ、ブルーを使う技術についての、詳しくは書けませんが、説明会のご案内のようなものを、頂いております。東京へどうぞ、と。

行けない、行かないけど、どうぞ本当に、それが、今の状態を救ってくれる力になって下さいますように、と、強く思います。
自分達も頑張ろうと思います。

ファイトはありますよ!。

tsuruさん。

ここへ初めてのご訪問、ありがとうございます。

お手紙に書いたように、ご注文をいただいても、そちらのパソコンが、お返事返せない、磯のアワビの何とやら、みたいな(古いですか?片便りになってしまっておりまして、失礼しました。

実は、牛からセシウムが検出された、米からも、と報じられたあたりの頃、とても強い無力感に襲われたのは本当なんです。

データも無い中で、いっしょうけんめいご紹介を続けた、ファイティン君とサラドンさん。

政府もどこも何もしない、守ってくれないのだから、少しでも自衛を、と、しつこく呼びかけた。

ムダではなかった、と、自分では、はっきり、考えています。

でも、牛も米も、野菜もお茶も、魚も貝も・・・と思いをめぐらせると、とても、それこそハチのムサシじゃないのかい?みたいな疑問が、湧いてしまって。つまり無力感、でした。

しかし、また今は、考えが変わっています。

飲み水だけでも、身近に使う水だけでも、いくらかでも、少しでも、不要なものを体に入れないようにする、という、考え方やモノ、が、あってもいいではないか、絶対いいんじゃないか、と。

変わらず使って下さっていて、ありがとうございます、信じて下さって、ありがとうございます。

ダムのことは・・・。

ダムの決壊、などということは、あってはならないことですが、何があるか判らない人の世のこと、ずっと心配し続けていることを、おそらく余計なことを書いてしまい、申し訳ないことでございました。

KUONの寝言だと思って、心におとどめくだされば、と。

もし。もし、もし、関東地方を、大きな地震が襲うようなことがあり、ずっと話題になっている八ツ場ダムやその上流ダムが決壊して、水が多摩川の方へ流れこんで来る、ようなことがあったら。

絶対に、水道の蛇口から水が出ても、飲まないで下さい。

飲んではいけません。

放射性物質ではありませんが、他の危険なものが、混じりこんだ水になっている可能性があります。

KUONの、寝言です。

ディランさん、コメントありがとうございます。
せっかく色々調べたり、試したり、皆様に知って欲しいお心で、書いて下さっていたのに、私、きついこと言いましたね。

よくわかっているんです。

ごめんね、とは言いませんけど。

でも、まだお姉様、と。ふふふ。

よかったら、また、元気な、時にはしおたれた、ディランさんのコメントを下さいね。ありがとう。














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