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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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KUONの久遠

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・・・・・

やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

いつも来てくださって、読んでくださるみなさま。

今日と明日は、このブログはお休みです。

またお願いします。






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三時ごろ、イオンモールにいました。

ちょっと座りたいねということになり、夫婦だけなら静かな喫茶店ですが、そうでないのでマクドナルドへ。

私は、フィレオ・フィッシュを食べました。好きなんです。

子供の頃、夏休みになると、母の里の田舎か亡父の妹である叔母の家へ、けっこう長く、預けられていました。

叔母は、私くらいの子供が三人おり、皮肉ばっかり口にしているお婆さんがおり、家の前面を店にして、味噌や醤油や油を商っていて、忙しかっただろうに、とっても私によくしてくれた。

行った当日は必ず、カジキのフライを食べさせてくれました。
近くの公設市場で売っている、いってみれば揚げ物のひとつを買ってくれた、ということなのですが、○子(わたし)はこれが好きだから、と、必ず、食卓にのぼらせてくれたのです。

カジキは、カジキマグロのことだったでしょうか。
そこの市場以外では食べたことの無いフライでした。
他のものよりいささか値段も上だったのを、覚えています。
休みの間に、映画にしょっちゅう連れて行ってくれたのも叔母。
叔母は、大川橋蔵さんのファンだったですね。裕次郎も。

その思いがあるからなのかどうか、魚のフライが好きです。

給食によく出た、メルルーサのフライ。
給食を「まずい」と言うことがいいことのように思いこんでる一団があって「油くさい」だの「どこそこではこの魚は動物の餌なんですって」とか言い立てては「ツン」としているバカ女どもでしたが、私は、おいしいなあ~と嬉しく、頂いていました。

ケンタッキーの魚のフライも、美味ですが、私にはやはり「マックのフィレオ・フィッシュ」です。

最近では、以前ほど度々食べられなくなっていますが(トシのせいですよ)大好き。

ふと、そんなことを思い出していた、夏の終わりの午後、って感じでした。

でも、お惣菜屋で魚のフライを買ったことは無いなあ・・・。


yuutaさん、白内障の手術を受けられたのですね。
いいなあ、済んで。
私も、右目の視力をレンズで上げることが出来ない、白内障だと言われています。
今は簡単で、とか聞くが・・・済んでよかったなあ、いいなあ、自分だけ、ずるいな~・・・。

あっちこっち、確かにガタが来ています。
夏の間、お化粧しないで、食料品など買いに行ったりしていましたが、メイク全く無しだと、気持ちがだらけますよう。
今日はフルメイクで(といっても七分で完了)出かけたら、帰るまで気持ちがもちました。

えまさん。
津島佑子が、どんな気持ちであのフレーズを書いたかは解りません。小説だから、どう解釈してもいいのだと思います。
私の場合は、いつも思っていることは、誰がこんなことを言ったとか、現場はえらいことになってるとか、セシウムの量がどんだけとか、そういうことを、書いて、どうなるんだ、何のためになるんだ、という、内向きの思考(ちょっとかっこいい言葉かしら)があって、ですね。

実際、福島県に大切なお身内が住んでおられて、心配やら不安やらで胸がいっぱいでおられる、えまさんの目にも届く記事を、書いているって、どうなんだろうと、いう思いが、常にあるわけです。

痛みの上に痛みを重ねるような、というのは、そういう、自分の気持ちです。私の胸には、そう響いたんです。

知ってよかったと、いつも書いて下さるけど、自分は、わざわざ、リアルなことを書いてしまっている、という感じがあるから・・・と言えば、わかってくれますか。

痛い上にまた痛くしているかな、という気が、するのです。しかし。

知らないでいると、知っていても黙っていると、
「それでよかったんでしょ、欲しくなかったんでしょ、それでいいから黙っていたのではないですか」
という言葉を、家裁で、突きつけられたことがあるのです。
「欲しいなら取りに行くでしょ、行かなかったのは、欲しくないからでしょ、そうではないですか」
と。

そうではなかった。

遠慮して、控えていればことはいい方向に進む、弁護士さんもいるし、と、ぎりぎり、ガマンをしていたことが、そういった理解をされて、愕然としたことがあって。

知ることは、つらいこともあると思うし、不安にもなるだろうし、あ、お酒に、癒されるのはいいけど、溺れないでね、助けに行けんから、だけど、知っていないと、いざ、という時、声もあげられない。

IAEA=国際原子力機関=が、今回のフクシマの現場から放出されたセシウム137は、広島原爆の168倍だとか発表されたとか。

先日の児玉教授も、もう少し多い量で、言っておられた。今更何を、という話です。
そしてそれについて、日本でのこの問題の責任者が「原爆と今回のことは単純な比較は出来ない」と言っている。

ここで、いーっとなるんです。。

今も、この瞬間も、放出されているんです。

停まっていないんです。

そのことに対して、呑気すぎると思うの。派閥がどうのと言ってる場合か。

どうして放っておけるんだろうと思う。

思っても、何も出来ないんですけど。

まともな発表もしないで来た政府。

今までのいろんな事故や事件と同じように、忘れて行こうとしている「一部の」人々。遠慮して、一部、と書いてみました。

どう思われてもいい、書きます、平和ぼけのアホや。

平和ぼけのあほや、他人事ではない、既にひとごとではないんですよ~。


日本は既に、みしみしと、国土を侵されていっているではないですか。

大きな会社の株も、じわじわと買われていっているではないですか。

くみしやすい国、やっちまえる国、と、見られている。

昔なら、わーって、攻められている状況。

槍や鉄砲持っては来ないけど、じわじわ、来ますね。来ていますね。
政治と言うのは、やるか、やられるか、の面があるのに、きれいごとでないはずなのに。

・・・これでも、五分くらいのことしか言えていない。

なんにも言えてない。知ることは大切と思いつつ、言って傷つけるのがこわい、中途半端な自分がいるんです。

住めない地域があることが、やっと、やっと、出て来てる。

生きたここちがしない、私はお墓へ避難します、と、自ら命を絶たれたばあちゃんに、早く決断してよかった、とでも言うのでしょうか。

えまさん、傷つけるかもしれないけど、嘘は言わないつもり。憶測には、憶測ですよ~と、ちゃんと書くつもりで~す。

ディランさん。

昨日、原発の電源は、切れた、のでなく、切られた、のだとしたら、って、、変な都市伝説みたいなこと書いて、自分でもちょっとイヤだったんですが。

発電所の中のこと、聞いていて、私は、地図も機械の中身にも、できれば無関係に生きていたいヒトなのですが、フト、思ったのね。

わたしが、フト、思うくらいのことは、当然、もっと詳しいヒトがフト、するわけで。

放射能の危険なんて、このことが起きるまでは、私にとっては絵空事。
どこかの誰かが、絶対押してはいけない核のボタンを、何かのことで押してしまう。
そしたら地球は終わる。
みんなで終われるならしかたないなあ、など、いいかげんな自分でした。本当に。

そんな、SFチックなことでしかなかったのです。

原発が爆発するなんて、想像したこともなかった。

想定外、という言葉を、たくさん聞きました。

あほか、と、私は外野席のヒトですから、アホ、どうしてくれんねん、と、毒づいてた。

・・・BUT.

そんなことが、あるやろか。

なんぼ、なんぼ、呑気でも日和見でも無責任でも。

ものすごく賢い方がたが、ものすごくいっぱいおられて。

毎日、それなりの仕事をしているわけで。

地震が起きて、津波が・・・超巨大メガ津波が襲って来て。

電源が喪失して、こうなってしまった。

・・・だけど、さあ。

そう言うしかない、ということも、この世には沢山ありますね。

中に、いっぱい、知識のある人がいて。
現場仕事で、そんなに知識は無いが毎日の仕事はきちんとしている人もいて。

津波で、水浸しになっている建物の内部で。

電線(というのか、もっと高級なのかしら)だらけの現場で。

すっごく身近な発想・・・電気の線が、水に巻き込まれたらどうなる・・・やばい、と、必死に真面目に考える可能性、無いとは言えないのでないか。

漏電する、大変だ、と、それくらいの範囲のことが、アタマを占めることって、あっても不思議ではない・・・。

普通の家でも、停電やなんかの時(未熟な記述ですね)後がこわいので、ブレーカーは落とすのが安全、と言うでしょう。

電源、ばちっと切る、ってこと、絶対に無い、とは言えんよね。

などという話を、口はさむことも出来ず聞きつつ。

おもしろがって言っているのではないです、当然。

チェルノブイリの事故が、つまり、エンジニアのミスによって、という説もあり、で。

人間の近くに機械があるって、思い違いでボタンを押してしまう、ことも、あるかも知れんということで。
そういうことも起こるということで、もしも、のテラ倍「もしも」をつけて想像してみるに、原発の事故というものは巨大地震に関わり無く起こり得ると。

こわい思いに、全身、ひたされていたのでした。

   

瓦礫処理法について、など、ディランさんのように、勇気を持って、がちんと、ごつんと、書けない、中途はんぱなKUONです。

私のカメラは、クローズアップを継続できないの、と書くしかないです。

ずっと、引きで。対象を追い続けたくはあるが、引いて、少し離れて、回りのいろんなものも、見ているしかできない。

いい、悪いでなくね。

今日書いて下さってることは(細野さんに関することから)まことにその通りなのです、異論はありません。

が、自分は、こういう具合には書けない、書かないの。

ディランさんは、どうぞ書いて下さい。

教えて頂いたの、他の方も、読まれるなら、と、ご紹介させてもらっていいでしょう?。

するよ。

http://einstein2011.blog.fc2.com/

蒼いロバさんのブログのようです。

























こんばんは。
ご無沙汰しました。

雑の用で家へ帰れませんでした。

留守中にも読んでいただいていて、ありがとうございました。

今は、28日、日曜日になったところです。

あくびをすると奥歯が痛い・・・虫歯かしら。いやですわ。

ここからの分、夜中にかちかち打っていて、いつものように自分の考えなので消す必要ないとも思ったのですが、あまりムキになっていて、恥ずかしかったので、削除しました。

既に読んでくださった方、ありがとうございました。消してすみません。

文句言われたから削除したのではないです。

            

ソマリアの(他の地域でも)飢えて疲れた人々は、誰かに、ただ「見られる」ために「そこにいる」「存在する」のではない、と、思うのです。

うまく言えないけど、そう、考えています。

セシウム137(半分に減るまでの期間が約30年、そこからもう30年経てば無くなる、という計算ではありません、半分、半分、半分、と続く)の放出量が、広島原爆の176倍だったと。167?8?はっきり覚えていないが、とにかくすごい量。

そういうことを、今になって出して来た機関の、数字を、そのまま信じられません。
今まで、信じることの出来にくい見解を示して来たところだからです。
悔しいです。

1955年に、中曽根康弘元首相は、原子力基本法案の提案理由説明の中で
「原子力はかつては猛獣だったが、今日は家畜になっている。原子力で日本の水準を上げて、国際的にも正当なる地位を得るよう努力する」
と、原発の安全性と必要性を強調された・
ということを、27日の新聞でも読んで、今でもお元気そうにおられて、事故後、発言もされていたなあ、など思い、この人が、原爆で被爆されて療養中の方を見舞って(見に行って、ですね)

病は気から、と言った。

すぐ上の「」内の中曽根氏の言葉は、広島県福山市の方の投稿を拝借しました。81歳の方です、勝手に引いてすみません、以前読んでいたのですが、拝見して、引かせてもらいました。

もう一つ。

地震が起きて津波が襲って、電源消失して今の事態が起きている、と聞いている、福島原発の、電源。
切れた、のでなく、切った、のだとしたら。
人の手で、切られたとしたら。

あまりに大きい「もし」で、私の「もし・対処能力」が受け入れ拒否した「イフ」です。

とても疲れていて、寝不足で(でも食べてはいた)わるい夢を見て、その中に現れた「もし」でしょうか。

おそらくそうだったのだと、思います。

変なこと書いてすみません。
嘘は、ついても書かない主義です。
主義、なんて大層なものでなく・・・

悪夢にやられたのかなあ・・・。






















すみません、最後に追記があります。よろしくお願いします。


コメントを下さっている方々にお返事させてもらおうと、再度、再再度、読み直していたら、アタマのてっぺんが、マグマを噴出したがって膨れ上がる火山みたいになって来て、仁義を忘れて後回しにして、吼えてみたくなったのでございます。

原発マネーが、66年以降、少なくとも2兆5千億円。
45年間ほどでの額。

現在、福島原発の事故現場で仕事をしているフランスのアレバ社。

国家が株式の90パーセントを保有している、その会社は、青森県の六ヶ所村で、核燃料サイクル施設の仕事をしている。
そこも、ちっともうまく稼動していない。していないのであるが。
本来は7600億円の仕事だったはずが、既に、2兆2千億円、アレバに流れている。

一生縁の無い「兆」という単位のお金ですが、どれだけぼったくっているか、解ります、私にも。

海に汚染水を流したら取り返しがつかない、早く早く地下への手当てを、と、急ぎ提案する人もあったのに、株主総会の前にそんなことでけん、とうやむやにして、お金もけちって・・・1000億ですよ。微々たるもんじゃん、と言い切りたくなるくらい、何より大切なことへのお金をけちった東電。

優先順位がわかってないのと違うか、と、えらそうに言っちゃう私。


日本はいいカモ。そう、日本人以外は考えていると聞くと、わかっていながら、悔しくて、口から火でも吐きたいくらい。
国内に、技術が無いわけでない、のに、です。

あんぽ柿に縛られてるアメリカはともかく、おフランスに、なんでそんな、と、不思議ではありませんか。

初めてシャネルの口紅買った時は嬉しかった、確かに、今は、日本の化粧品、すばらしいですのにね。

・・・東電が、事故のあと初めから、どの顔見ても「ひとごと」「めいわく」「知らんもんね」「あーあ、オレの顔映すんじゃないよ、こら」の感じなのは、東京電力の側には、代々の政権に、こうしろ、ああするな、と言われて来て「自分達だけのせいじゃないもんね」という、はっきりした気持ちがあるからでしょう。
東電は私企業でありますが、こういうことになって、自分ちが色んなお金を出さなきゃならん、なんて気持ちはさらさら無いだろうし、形的に東電が出す、ことになっても、国は、東電を助けなければなりません。

なんで?って。
そーゆーことになってるのです。

国のお金って、つまり、みんなが出すお金です。税金です。
おぎゃーと生まれて来た日本国民は、その瞬間、700万・・よりもう少し多いでしょう、の借金を、なんだかわかんないけど、背負わされる。

少し前に戻れば、このたびアレバに、見積もりも取らずに、フクシマも依頼した。
しつこく書くように、機械を設置するまでの費用が、500数十億円。
以後は、一つなんか尋ねるたびに、お金を払わねばなりません。

以前わたしが頼んだ弁護士は、前金○○円、と言って(涙の出るお金でしたが)、追加は無しでした。
先に弁護士を立てていた相手のほうの、その弁護士さんは、相談を一つするたび、お金を請求されたそう。本人がグチってたから嘘ではない。

弁護士にもいろいろいるのね、と、初めてそんな世界を知った私は驚いたものでしたが、そういえば、フランスの現大統領閣下、サルコジ氏は、弁護士さんですね。

これだけトラブれば、日本人の感覚だと「きちんと出来なくてすみません、ねぇ」になるであろうが、フランスの方は、そうではないですね。めったに「パルドン」とは言わない。
お金は、どんどん、請求されつづけていると思われます。

お金の話をするのは、私も実は好みではない。

ぎゃーぎゃー言うほど税金払ってるのか、と言われれば・・払ってます、精一杯、お金借りてまで。取られております。

あっちこっち突っかかりつつこういうことが、神経に障ってたまらないのは。

ハナシを聞いたからです。

津波で、家に住めなくなった。
春に結婚するはずだったカレシは会社が無くなり職を失った。
福島第一から○○キロの地点から、親の了解を得てカレシと共に離れて、小さなアパートに住んでいる。
妊娠しているのがわかった。
欲しい。
こわい。
医者に相談したら、なんとも言えない、決めるのは二人だと言われた。
はじめは、放射能がどれくらいのものか知らなかったし、防ぐ手立てなど講じなかった、妊娠してからコワくなった。

私の旧友のナースに、泣きながら話した、むすめさんの話です。
カレシは、もう少し現場に近いところの人で、子が宿ったのは、三月の中旬から下旬の頃。
悩んで悩んで、五月に中絶手術を受けた。
お金が、それまで沢山要ったので、手術費用が大変だった。
費用より何より、なんで、こうなったのかわからない、子供は何人も欲しかった、そして、今でも、本当に影響はこわかったのか、どうして中絶してしまったのか、後悔がある、なんでもなかったのかも知らないのに、毎日毎日お腹から消し去った子が忘れられない、カレシとの仲も、不穏になって来てしまって・・・。

若いきれいな娘さんが、下向いて、泣きながら、赤ちゃんにすまなくて、と、泣かれたそう。

そういう話が、いっぱいあって、こういう気持ちを、どこへどうしたらいいのか解らない、と、友は言った。

妊娠中絶は増えるだろうと言った。

きちんとした知識の無いまま、恐怖だけを感じ、闇にまぎれて手術を受ける。

生活設計が大幅に変わって、という理由も。。

親に子を見てもらって、共働きして、と計画していた人の、親が、亡くなってしまった。

同居して働いて、という家も、ダメになってしまった。

中絶したなどという話は、なかなか表に現れて来にくいし、保険診療でないのがほとんどだから、数のデータにも出て来ないだろう。

お腹の中で育ちきることが出来なくて、自然流産という形で消えてゆく命も増えるだると、友は語るのです。

あくまで、一人のナースである、子を生み、育てながら職を貫いて来た女性の感じ方であり、根拠が云々、という話ではありません。

先日、貼り付けた動画の、今年いっぱいでジャーナリストを辞める宣言をされている上杉隆さん・・・の言われるように、マスコミがまともに機能してない、という意見も、私は、自分も全くそう考えるので、動画を貼ったりしているわけですが、しかし、これが、これだけが「真実だ」と、言い切って、みなさん、こういう風に考えましょう、とアジることは、私の態度ではないですね。

ただ、こちらの方面の人の話のほうが腑におちる、理解しやすい、と、それは言えるのです。

退職金をもらう人々は、いっさい、天にも自らにも恥じないと思う。
あったりまえだよ~、と、思うと思う。

彼らは、はじめから、庶民ではないのですから。

本当に、底冷えのするような話ですが、平気ですよあの人たち、あの人もあっちの人も、みんな、そんなの。

・・・日本という国の面積は、世界の四百分の一の広さだそうです。読んだ話ね。

そこに、世界の地殻エネルギーの十分の一が、集まっているそうです。

その上に、五十二基だか四基だかの(ちっとも正確な数を覚えられない)原発が乗っかっている。

この頃それも語られないが、現場の、あるあたり。
敷地内の屋外の配管付近・・・には、毎時10シーベルトという場所がある。

まともに被爆すれば、ほぼ全員が死亡する量であります。

時どき、何十人かの作業員と連絡とれない、とか書いてありますが、逃げたり、身を潜めたりしている人も、多いと思う。
かき集められて、えらいコトさせられて、聞いた話ではありますが、もらえるはずのお金の上前を、えらいこと沢山はねられて。
逃げちゃってる人、被爆していたって・・・。

わが友は(こんな言葉を使ってごめんなさい、パルドン)あの人たちを、ひとごろし、と、決めつけていました。

同感です。

同感です。

デイランさん、えまさん、sarahさん、やさいさん。

コメントを、ありがとうございます。

すごくすごく嬉しいですが、今日は、横道へそれて行ってしまいました。

多分、もちろん全部でなくても、プンプンしている気持ち、滲みてわかっていただいているものと、感謝します。

また、また、いっぱい、コメ下さい。待ってるぜ。


えー。上のこと書いた翌朝です、いま。八月二十五日。
あまりがんがん吼えた(?)ので、どなたかのお心を傷つけた・・・なら、stealさん、ごめんしてね。
東電の社員さんたちのほとんどは、真面目で、人の心を持つ方々のはずで、そういう方がたの苦しい気持ちをも、仄聞して、言い返せない人は、いつだって辛いよね、言う側にいる人間は、ゴーマンになっちゃいかんよね、と、いつも自省しつつ(いつも、でなく、たまには、か?)おる、つもりです。

電気は、原発で作るのは全体の三割とか。難しいのは、その三割の分でしか、大きな利益が出せない、というところにもあると聞きます。

私は、汗まみれになるのでエアコンも、目が特に弱って来てるので電灯も使い、電気のお陰を頂いて、暮らしています。

何を言いたいのかわかりませんく、なって来ましたが、おっかあだから、図太く、したたかに、生き抜きましょう、なんて書いていいですか。
どんな時代にも、食べ物が乏しくても、お母さんが踏ん張って続いてきた命が、いっぱいる。
これも、私の、気持ちです。
本当の気持ちなんです。

だざい苦手、大いにけっこう、好き嫌いは自由、あるのが人の常。
女は、オトコより、いざの時には強いよね、ディランたん。
タテマエのないとこでは、女は、強いよね。
強くいよう。

sarahさん。
見ました・
もう、何も言えません。
山中 学さんというカメラマンがいて、日本ではわかってもらいにくいから、と、ニューヨークにいる人ですが、その山中さんは、いろんな「死体」も撮っておられる。
動物の死体も。
朝からこの話題すみません、なんて言いません私。
山中さんの写真の動物。
違う「気持ち」を感じるんです。
そして、今の日本の、こういう動物の姿が。
また吼えたくなって来た。
餓死、枯渇死、なんて、一番苦しい、無惨な、酷いこと。
仕方ないなら、せめて一思いに。
一思いに、楽にさせてあげて欲しい。
ほんとに、まことに、残酷です、放置していること、し続けていること。

やさいさん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。







太宰治という作家がいます。

若い頃にかかるハシカのような作家と、言われることもあるようです。

私も太宰ハシカにかかった、けれど、な~にを、ぬらくら、ほざいておるか!という気分もあり、鼻息でフン!っと吹き飛ばしたい気分も身内に生じ、な~にがダザイじゃ~と、蹴飛ばしたい思い、もやもやしつつ、好むとなど知られることのどうやら口惜しく恥ずかしく、つづまりは作品の総て読んでいるありさま、そのごとき己の体たらくに(いつの間にか野坂昭如文体真似)苦笑しつつ、忌の日である、いわゆる「桜桃忌」が自分の誕生日に近い、それだけで、なんとなく嬉しい。

好きなんじゃん、てれるなよ、KUON.

なんで今、突然、ダザイのことを書いているのか自分にも不明です、が、ラストはきっと、自分の中にある気が、しております。

太宰さんには何人もの女の人と、何人かのお子がおられました。
奥さんとの間に、数人。
中の一人が、作家の津島佑子さん。
「斜陽」という小説の、元の日記を書いておられた太田静子さんは「斜陽のひと」で、太宰と太田静子さんの間に生まれたのが、はじめ「斜陽の子」と呼ばれた、作家の太田治子さん。

津島佑子と太田治子は、同じ父を持つ娘で、ほとんど同じくらいの年齢で、同じく文筆で身を立てているが、会ったことはおありにならないでしょう。

太田治子は、生まれてから一度も、父と言う人に抱いてもらっていないだろう、愛人の子の立場。
この人の作品の特徴は、突き抜けているところです。

今と違って未婚で子をもうけた、しかも過去に心中を図って自分だけ生き残り・・・などの醜聞まみれの、ダザイ某の子を・・・治子・母は、とても苦労をした。
世話になっていた家を、先の目処も立てられぬまま出ねばならなくなって、母子は、降りしきる雪の中を歩いてゆく。

「太宰ちゃま~」「だざいちゃま~」
二人で呼びながら、歩いて行った、と。
母は娘に、会ったことのない父を「ダザイちゃま」と認識させていたのですね。

年を経るにしたがって、治子・母の、ダザイオサムへの理解も変化して行ったように思えますが「ダザイには愛されていた」「愛した男の子を産んだ」という気持ちが、治子・母を支えるものだった時期が長く続いていたようで、治子が、父親に対しての屈折を全く感じさせないのは、ちょっと、なかなか、です。

住み込みの賄い人として働く母との質素な暮らしの中のあれこれが、ほんとうに淡々と、突き抜けた湿っぽくなさで、描かれてるのです。
不思議な魅力を感じさせる世界です。

で、前述、寄る辺ない母と子が、雪の中を、精一杯の荷物と共に歩き続けた頃。
「太宰ちゃま」は、もう、この世の人ではなかったわけです。

戦前にいい暮らしをしていた家の娘であり、作家・太宰治のファンであった太田静子の、日記を借りて、太宰治は「斜陽」を書いた。
元の日記はあるにせよ「斜陽」は、太宰の才能が書かせた小説、文学です。それに違いはない。
文献を借りたに留まらず、太宰は、その女性と短い関係を持ち、女性はみごもった。

もうすぐ生まれます、との手紙を、太宰が読んだのは、やはり「良い」家の生まれで、若い戦争未亡人であった山崎富枝という女性との関わりの中です。

障害を持って生まれて来た男の子や、幼い次女(津島佑子)たちを育てる妻の下にはほとんど帰らず、ずるずる引っ張られて関係を結んだ(と、ダザイは、リアルに感じていたと思う)太田静子は、子が生まれたら名前をつけて欲しいと望んでいる。
太宰は、望みに応じて、太田静子の子の名前をつけます。治子、と。
「この子は父の可愛い子で」なんて文言も加えて、治子、と、命名した。筆跡が残っています。

な~にが、父の可愛い子で、だよ!。とは、治子・母は、キレなかったのですね。

山崎富枝はキレました。

「どうして、あなたの名前の一字を、あげてしまうなんて」

怒る富枝に、太宰は言った。

「お前にはまだ、修、という字があるじゃないか」

本名が津島修治、という、青森県の名家の出である女たらしは、今、いま一緒にいる女に、ぐずられたくない一心の男だったのでしょうか。だったんでしょね~。

富枝も、太宰とのことを書き残しています。
とても知性的な女性だったようです。

太宰に「イカレ」るのは、カシコイ女の人が多いようですね。
文字など読まず、しっかり現実の中で生きている女には、太宰クンは、今で言うチャラ夫・・チャラおじ、に、見えるかな。となど、思ったりもします。

富枝の著書を、今は手元に持っていないのですけど、記憶では、こんな具合です。

「疲れて寝ている顔を見ていると・・・私が守ってあげねば」
「修ちゃん。この人を理解できる人間はそういないだろう(ワタシ以外には)」
「もう死ぬしかないな、と、言う。私が付いて行ってあげます。あげなければ」

こういう感じだった記憶。とことん溺れている。自分の愛慕に。とっても真面目な女性。
太宰治は、そういう気持ちの中に、女を追い込んでゆく名人男だったのでしょうか。
当人に、そんな自覚もつもりもなかったはずなのですが。

最後はいつも、逃げたかった。
ほんとは、こっちへ、来たくなかったんだよう、と。
あーだこーだ、オレに言わないで欲しいんだよう、どうしてすぐに、いろんなこと、聞くんだよう、決めさせるんだよう。
よしょし、そうでしょうとも、可哀想な修ちゃん、私が守ってあげるから、ゆっくりお休みなさい。
・・・なんて、延々と、続いた・・・わけもなく。

一人で逝かせられない、私が付いていってあげる、と、真面目、律儀、遅く来た初めての異性への思い、執着に、一途になった山崎富枝を、振り切れなくなって、太宰治は、玉川上水へ入水した。

まだ、本気で死ぬ気は無かったのかも知れない。
逃げられたら、逃げて、富枝のために、本気で、涙を流したかも・・・。

太田治子さんは、斜め横顔の時の太宰治にそっくりです。

津島佑子さんは、正面からの太宰治に似ていると、私は、思います。



「次には、お座敷からの眺めがよい」
 叔父さまは浮かれて、私たちをお座敷に引っぱって行って坐らせた。
 午後の三時頃で、冬の日が、お庭の芝生にやわらかく当っていて、芝生から石段を降りつくしたあたりに小さいお池があり、梅の木がたくさんあって、お庭の下には蜜柑畑(みかんばたけ)がひろがり、それから村道があって、その向うは水田で、それからずっと向うに松林があって、その松林の向うに、海が見える。海は、こうしてお座敷に坐っていると、ちょうど私のお乳のさきに水平線がさわるくらいの高さに見えた。
「やわらかな景色ねえ」
 とお母さまは、もの憂そうにおっしゃった。
「空気のせいかしら。陽(ひ)の光が、まるで東京と違うじゃないの。光線が絹ごしされているみたい」
 と私は、はしゃいで言った。
n> 太宰治「斜陽」より。

              


昨今、いろんなことがあって、なにもかも嘘ばっかりじゃん、という気がして、でもわーわー言って何がどうなるものでもなく、珍しく、思い惑う、なんぞという「高等なコトをしていたりして。

かる~く読めるタイプの本ではないので、二度目をなかなか読み始められなかった本・・・津島佑子の「葎(むぐら)の母}という一冊の。

「痛む箇所にはより強い痛みを・・・いたわりは痛みが拡がるのを許すばかりだ・・・」という、文庫版の背表紙に引かれた一節に、胸を衝かれて、時ならぬ、太宰治のことなど、書き散らした次第です。

「斜陽」の言葉遣いは、貴族の娘のものではないと当時多くの指摘があったそうで、三島由紀夫なども、違う!と言い張ったそうで、確かに、違うのだろうが、特別な文章、という気はします。
わたしは「ヴィヨンの妻」という作品が好きです。

少し知恵遅れの坊やに、お芋を食べさせる場面があるのですが、んんとも言いようのない、切ない、いとしい、可愛い、そして「あはれ」な感じが、数行で、描写されている。

おんなたらしの、社会的には、まあ・・・という男でしょうが、ずっとずっと残っている。
太宰治は。
















おはようございます。

書いて空しいことを、書いてどうなると、考えていましたが、グチ、言ってみようと、思います。

今朝の新聞に出ている、

「放射性物質五万分の一に」
福島第一  サリーが本格的稼動

という記事。
この「サリー」と言う名の東芝製の機械は、現場での新顔です。
導入のことは言われていましたが、本格的に、と。

記憶されていると思いますが、フランスのアレバという会社が、放射能のことなら任せなさい、ちゃーんとしてあげましょうね、と、大統領もCEOも一体で来られ、当時、そのために○兆円と言うお金が要るとウワサされ、東電では、そんな大金でない、500数十億円です、と、兆の単位のお金は否定された。

五百数十億円、は、機械設置までの(それだけの)お値段。

しかし、多分あまり新聞には書かれていなかったと思うが、アレバ社はこれ以前に、青森県の六ヶ所村での仕事をうけおい、ものすごい額の支払いを受けている。

福島の現場で、アレバ社やキュリオン社が、ゼオライトやフェロシアン化鉄を用いる機械で、汚染水から(主に)セシウムを除くことを始められ、続行されているようですが、なかなか、思うような結果を得られない。

ここまでは、うっとうしく思われるくらい、書いてきました。
書かずにいられんもん。

ここで使われているお金・・・誰か知らない、どこかのヒトが、出してるんでしょう、というお金でないです。

そんなお金を、言われるままに出しても・・・なかなか上手く運ばない、このごろ全く出て来ないが、汚染水の量とか、漏れてこぼれた水どうなってるのか、も出て来ない、が、なんとかせねばで、新顔サリーが現れた。

ここからが、今日の本題です。

知るところによれば・・・

東芝社の「サリー」は、ゼオライトやフェロシァン化鉄でなく、イオン交換樹脂を内蔵するものであろう、と。見たこと無いので一応仮定形。

装置自体の基本は、海水淡水化とか、カリウムの除去用に、すでにあった。ここで国粋主義を唱えるほどオロカなつもりは無いが、東芝の技術ならチョロイことであろう。

・・・外国の会社でも、機械でも、成果があがれば喜ばしいのです、それが事実です。

ゼオライトは90~95パーセント、セシウムを除去できる。
フェロシァン化鉄は99~99,9パーセント、取れる。
樹脂を、うまく使えば、99.9999くらいは取れるであろう。100万分の一の精度ということで、このへんは私には、えええ?のゾーンですが、数字はきっぱり出ています。

放射性物質・放射能(乱暴な書き方ですが)が、樹脂を傷める可能性があったので、今まで使えなかったのだろうと、聞きましたが、アレバ、キュリオンが、あまりにも・・・だったので、どげんかせんといかん、に、なったのでしょう。
試したよかったぱちぱちぱち。
サリーちゃんはしかも、お値段も安いらしいのです。

放射能の量としては億ベクレル、兆ベクレル、とカウントされる量で、大変濃いのですが、セシウム、という物質の量としてはppm(100万分の一))のパーセントくらいのケタであり、とても少ない量である。
比べてみれば海の中の塩の量は、数パーセント。例えば4パーセントなら、4万ppm。そんなにある。
普通に考えれば、量的になら楽勝、の計算。

しかもそれが、当たった、というか、うまいこと稼動しているという。
初めから使えばよかったのに。
管総理、フランスでのサミットで、持ち上げてもらっていましたね。

海水を淡水化している場合のイオン交換樹脂は、電気伝導度のメーターに現れ、交換しなければならない時期がわかるそうなのです。

たとえば一回のセットで三ヶ月くらいで、逆洗の必要がある。そういうこともわかる。
セシウムに対しては、これから解ってゆくしかないです、始まったばかりだから。


逆洗という言葉が出て来ました。

雑巾を絞る理屈で。

単なる汚れた水なら、手で、ぎゅううっと絞って、ゆすいで、乾かして、再び雑巾は使われる。

そうでない、困った汚れがありますね。

油、なんかこぼして拭いたら、丁寧な方はいかがかどうか、私みたいに雑な女は、スーパーマーケットでもらう袋に詰めて、捨ててしまう。

サリーちゃんの樹脂が吸着したセシウムは、とてもとても濃度の高い、濃いセシウム溶液になっています。

おそらく5~10パーセントの、濃い、濃い、溶液になってる。

濃度が高くなると、セシウムは、セシウム自体が熱を出します。

校庭の上澄みを削った土を、持って行き場も無いまま積み上げておくと、そこでさえ、熱を帯びて来るのです。

何百度という次元でない、数千度という高温になる・・・なってしまうと、取り扱いが大変難しい・・・などという話でなく、不可能になって来る。
フェロシァン化鉄にしても、同じリクツで、激しい高温になると、ガスを出します。
シアンのガス。猛毒です。

聞きなれた言葉で言えば、青酸ガス。

では、どうすればいいか。

濃い溶液になっている、樹脂からの逆洗後のセシウム。

量を減らしたとしても濃度は上がります。

セシウムは、半減期約29年間、どこへどうしても、どこへも行ってくれないのです。消えうせてくれない。

ヒマワリ。
ヒマワリを、何千本、何万本植えて、土壌の中のセシウムを吸い上げてもらう。
何もしらずにヒマワリは、水と共にセシウムをも吸い上げて咲くでしょう。

花が枯れたあと。
刈り取ったあと。
花が腐れば、セシウムは土に戻る。
セシウムを含んだヒマワリを、どこへ、どう廃棄する。
汚染瓦礫に対する法が、やっと通ったところです。

汚染水からセシウムを除去する機械は、稼動し続けるためには、逆洗を行わなければなりません。

そこで出て来る、高濃度セシウム汚染溶液を、どうするか。

どろどろに汚れた雑巾のように、捨てることはできないのです。

こっそり捨てても、消えない。
無理に高熱で燃やしても、セシウムは、大気中に舞って行くだけ。
水に、再び、まぎれるだけ。

先に書いたことに戻れば、まだ、温度がどれくらいまで上がるか、それすら、誰にも、解っていないようです。

どうすればいいかも、だから、わかっていない。

最後の処置、処理の方法のわからないまま、目の前のことを、あれこれ、やっている。

冷やさないと爆発するから。
それを、させないように、なだめているだけ。
果てしなく。

何しろ、放射能のことならわが社へ、と、来ておられる会社が、トラブル続きでどうしようもない状態。

世界の歴史の中で、初めてのことが、起こっているのです。

誇張でも嘘でもないと、信じられる方は、信じて下さい。

結局、その、逆先によって現れた放射能のかたまりは、コンクリートと鉛で封じ込めるしか、手はないようです。

先に書いた、稼働中の機械の一つから、もしかすると、猛烈な毒物、青酸ガスが、大量に放出されてしまうかも知れない事実も、国民には知らされていません。

一番はじめに、コンクリートと鉛で固めてしまう、しかなかったことを、こうして長引かせ、膨大な被害を蒙らせている。
早く終結させてはならない力があったし、今も働いているのです。
現場が混乱するほど、都合のいい「何か」が存在するのです。


今からだって打つ手はあるのに、そこへ到達させてはならない「どこか」がある。
どれだけどこが汚れても、どれだけの人に被害が及んでも。
既に出来あがってしまっている、大きな、不気味な力が、ある。
新聞もテレビも、その力に寄り添っているしかない。
本当のことなど、言わない、書かない。
絶対に。絶対に。

・・・長いグチをこぼしました。

          

夜は、サーカスを見て来ました。
昔ながらの、先の尖ったテントを張ったサーカス。


「わたし日本語わかりません」の駐車係りのおじさんや、フライドポテトを「いとちゅ300えんです」と売って回るイケメン君やら、なつかし~い、無国籍の感じの小屋で、必死、懸命、一途な技を、見せてもらって来ました。

どこの国の人か、言葉はどうか、関係なく、自分の技を、真剣に披露する方々に感動しました。

ありがとう。




特に好きな人、と言うのではないが、解りやすい感じはあり。。








見て来ました。
平城宮跡の花火、という風に覚えていたら、そこでの打ち上げでなく、平城宮跡から見える、花火でした。

幼い孫を連れて人ごみに紛れることは、何かの時に自分の脚に自信がないので自粛、遠くからでも、夏の花火が見えればいいや~、と、思っていました。

沢山の車、人、どこにも停まれなくて、流されるように追われるように、遠い遠い方へゆるゆる行って、細い道に入って、そこには警察官の姿も無く、一台分だけ空いていた道端のスペースにぢいさんは車を入れ、暗い中、ウチワを片手の人々に混じって、遥か眼下にひろがる宮跡を、見下ろしていた。

古の宮跡には、沢山の灯りがともされて、美しい情景でしょう。

八時や。
ご近所の方の多いらしい中から声がした。そうや、八時。
どこに花火が。
首がキリンになった途端、左後方で、ぱぱん、と音がしました。

え?と振り向くと、すぐそこ、とろりと黒い水の池の向こう、下からひゅるひゅると昇る花火の道も鮮やかに、すぐ傍で、打ち上げが始まっていたのです。
予想していたのと反対の向きで、始まっていました。

「自衛隊の敷地で上げてるんやな~」
「そうね~」
地理のわからん、地図の読めないワタシでありますが、そして奈良市内の地図に詳しくない方には???な会話でありましょうが、さっき自衛隊の門の前を通った時、明らかに何かの職人さん風の一団に出会った。
職人さん好きのワタシの琴線と言うか、どっかに、ひっかかっていた、熟年男性たち。
あの方々が、花火師さんだったのか・・・。

いやともかく、花火は休み無く打ち上げられます。
美しい。
傍にいる孫息子に、光が先で音は後でしょ、など、ばあちゃんらしいウンチクを語り、最近なににつけ「反論」したがるこの子が、うん、そうやな~、など、素直に見上げている。

真っ黒い目の子供なのですが、そこに、花火の赤や青が、映って、消えて、また弾けて。

綺麗やなあ、ばーば。言うのに、そうねえと返しながら、これがつまりシアワセってものかと考える


年をとっていいことは、私にとっては、多くの要求のラインが、とっても下がって、少しのことで、よかったな~と感じ易くなったこと、のような気がします。

同時に、気難しくなったことも、あるけど。

若い頃より、突き詰めてものを考える時間は、増えている気配。

あれもこれも、いっぱい抱え込んでは、考えないようになっている。

このことだけ、みたいなことを、くどくどくどくどくどくどくどくど、考えています、ふと、気づくと。

・・・どれだけの数、上がったのか、ただうっとりと見惚れて、最後の「これでどうだぁ~~~」迫力の連発花火に圧倒され、最後の色が闇に吸われ、音が止んだら、おしまいです。

余韻を楽しむひまのあればこそ、お○っこ~とぐずり始めた孫娘を後部座席に押し込み、早く逃げねば、ランナウェイ。
急ぐ時は遠回り、人の行かない方、行かない方へ。ぢいさんは、結婚する前、食えなくなったらダンプ運転して食べさせてあげる、とほざいた人。運転はうまい。
私は、食べさせてくれるなら、美味しいものでないとイヤ、と答えたのでしたが。

孫にとって安全な場所を、と、遠い方へ、よく見えないであろう方へ、流されたつもりが、実際は特等席で見ることのできた、今年の花火。

花火の音はイヤ、キライ、と、亡くなる十年前くらいまでは、花火見物を拒んだ母。
名古屋の大空襲で、沢山のものを失った人の一人でした。
花火の音は、焼夷弾の音と一緒、と、言っていました。
私と暮らした最後の年の前年、PL教団の花火がよく見える場所へ、母を伴いました。

花火の姿は見えるが、音は聞こえない、絶妙の場所。

喜んで、綺麗、綺麗と、眺めていました。

・・・どんなことも、思い出になる。

両親は忙しくて、祖父母と共に、さまざまなものを見たり、聞いたりすることの多い、孫たち。

この子たちの中に、自分は、どんな存在として残るのだろう、と、考えることがあります。

今夜は、ちょっとしたレストランで大好きなステーキを食べ、パフェを食べた後の花火見物でした。

この子たちは、これからもずっと、こんな風に、幸せな(と思います)子供としてゆけるのでしょうか。

ひもじい、のどが乾いた、と、泣いたりせず、行けるのでしょうか。

ふるさとを離れて、せめて夏の間、自由に走り回らせてやりたい、水遊びもさせてやりたい、何より、空気を、たっぷり、安心して吸わせてやりたい。

そんな思いのお母さん、そんな思いの中、はぐくまれている子供さん。

大変な子供たちが、沢山、いっぱいいるよ、と、話しかけても、その目にあったことの無い孫どもの心に、どれくらい届いているかはわからない。

人間というものが、本当に、実際に自分が経験したことでないと、ピンとなど来はしない、そういうものだとすると。

「あやまちはくり返しませんから」
の文言は、とても、とても、むなしい。

戦争を知らない子供(だからどうだって言うんだ、と、カタクナだった日もあります、知りようの無いことを、責めないでよ、と、言いたかった)である私が、このごろ、つくづく、つくづく、思うこと。

人の命や、人の生活や、大切なもの、いろんなもの。
それ、力のある人たちにとって、本当に、本当に、取るに足りない、どうでもいいことなんだな、と。

ふつうの人の命より、生活より、シアワセなんてものより、とにかく経済。
お金。それだけが大切で、取るに足ることなんだな、と。


今の、自分の国を見ていると、変な国。おかしな国。勝手な、ばらばらの国。弱いものは、いつまでも放っておかれる国、情けない国。そんなことしか、思えない。

でも、私は、自分の国が好きなんです。
この国にしか無い文化、歴史、伝統、風景、水。
清らかな水。
この国は、どこより、水のうつくしい国だったはずなのに。

と、どうしても、そっちへ行って、終わるのですね。うーむ。

今年の花火も綺麗でした。
















映画のシーンのように、果ての見えないまで咲き盛るヒマワリを、見たいな。

今朝、とっても綺麗な鮮やかな、生命力に溢れた向日葵の群生の写真を見て、胸が弾んで、こころが、ひまわり畑に飛びました。

むかし、能登の海沿いの村をドライブしていて、ここに住みたいな、と思ったことがあります。

丸々太った猫の大あくび。

車の前を、何十匹も連なって、横へ、横へ、顔はのんびりと足は忙しそうに歩いていった蟹のファミリー。

高台にある墓地の、沢山の墓標はみな、みんな、海を向いていました。

ちぎれたリボンのように、カモメが舞っていました。

がたんがたんにボロクくなっている物置小屋に並んで、真黄色の、背の高い茎のぶっといヒマワリが、三本、天に向かって昂然と、咲いていました。

   静かなる海辺の村の真ひるまを腰据えて咲く向日葵の花

こんなうたができました。

ほんとに、どん、と大地に腰を据えて、咲いていたのです、ひまわり。



ゴッホのひまわり。

あのヒマワリもいいな。

ゴッホという画家は、色彩を感じるどこかの部分が、ほかの人と異なっていたとか、読んだ記憶があります。

黄色い色の見え方が、特殊だったと。

だからゴッホの黄色は、あんなにも独特、ゴッホの黄色、という色で、見られるのだと。

・・ほんとにそうかも知れないけど、わたしは、そんな理屈は要らんですね。

あ~、すてき、と、絵は、いいなあ、と眺められれば、それでいいな。

海も、見たいな。

見ているだけでいいんです。

半日、海を見ていられれば、夕方くらいまでは、もつ気がします。

目を、閉じれば、海がまた、見える。


・・・海を、汚さないで。
・・・今よりたくさん、汚さないで。

・・・放射性汚染水を、海へ放出したとき、近隣諸国に事前通報する必要性を、認識し、指摘した人がいなかったと・・・。
経産省原子力安全・保安院の職員の中に。
そんな馬鹿な、ふざけた話は通りません。
でも、やっちゃったのです。
ばかやろう。


P・S

ディランさんが最新のコメントで、これ食べたら、カラダに加えたら、の知識を、お節介かも、とはにかみながら(だと思う)並べて下さっています。
よかったらお読みになって下さい。
ワタシも調べてみました。
情報をお求めの方、一生懸命、ひとにも教えてあげたい、と集めて下さった知識を、ご一読くださいね。

<放射性物質を体に取り込んでしまっても、怖がって病気を待たずに、栄養素を武器に立ち向かって下いね>
この気持ちって、大きいのではないかと思います。
ただ、玄米や味噌が、云々は、ワタシ個人にはよくわかりません。





私の聞いている限りでは、日本という国は、とても豊富な天然資源を持っている国なのだそうです。

南の方の島の、海の中にも、沢山あるのだそうです。
わたしは、ここ数ヶ月中に初めて聞いて、へええ、と感じていたのですが、勿論、ご存知の方は沢山おられるのでしょうね。

どうも、私が書いていることはどれも、、ニュースとしては、あまり意味が無いように思います。
知ってから、考えたり調べたりしてると、一ヶ月くらいはすぐに経過してしまう。

以前、北海道に、無尽蔵といっていいガス田があると聞いて、あと何人かの人に確かめて、本当らしいと知りました。

どんなものがどれだけあっても、数十年の間「原発にあらざれば電気にあらず」が、続いて来ていたのですね。

・・・と、さっき、この先あれこれ書いて、とてもムナシクなって、消してしまった。

誰かのおっしゃることを、総ていい、とは思えないけれど。

じっくり考えて(暑さでオカラみたいになってるアタマですが)、いささか過激な広瀬隆さんが、三十数人の人を、告発されたというのは、自分では、よ~くわかる話なんです。

多くの国民の(主に東北地方の)生命、財産、尊厳、家族や生きがいや希望や家畜や田んぼや、日々の普通の暮らし。いろんなものを、無くさしめた。子供たちの命を、未来を、危機に追い込んでいる。

それはもう、本当、事実。

例えに出すのは申し訳ないが、今まで幾つもあった鉄道事故などでも、社長さんが、罪を受けているでしょう。

長のつく立場の方は、いざ、の時、前に出て、責任を取るのですね。

歩道橋の事故でも、家族を亡くされた方が、懸命に食い下がっておられる。

東電の会長さんや元・社長さん、斑目なんとかさんや山下氏とか、放っておけない人と思う。一応、敬称をつけてみました。

東電は、よくわからんけど、無くすことの出来ない会社でしょうし、無くならないでしょう。

でも、事故の時に社長だったということは、逃げられないと思う。

訴えられて当然と思う。

このたび知りましたが、民事というのは、お金も時間もかかるし、精神的にも大変だが、刑事告発というのは、簡単に言えば、これこれのことで、この人たちのしたことを、しっかり調べて下さい、と、申し出ること、のようです。
もう少し調べようと思います。コワイことでないとは、思う。告発、告訴なんて、自分の日常の中には無いことで。
でも本当に、許せない!って気は、ばんばん、あります。

しかし、一介のノンフィクション作家が、大企業の役員やその他えらい人たちを、告発したなんて、テレビでも新聞でも、いっさい報道されない。

いっさい無視のようでした。

ハチのムサシだから当然といえば当然ですね。

被害を受けている人は、いっぱいいる。。ものすごくいる。

どうしてくれるんだ、と、言いたい人は、いっぱいいると思う。

でも、我慢している。黙っている。

わあわあ言っても、蛙のつらにナントカ、の人たちと思う。

黙っていたら、それでいいこと、にされてしまうのではないか。

・・・などと、考えていると。

この暑い中、黙って、何も要求せず、既に自分の「場所」として確保している「避難所」の小さなスペースに、じっと、じっと、こらえて、何を召し上がっておられるのか、私みたいに誰かのワルクチも言わず、朝を迎え夜を迎え、しておられる、沢山の。

既にもう、日本と言う国は、笑われている・・というのは、それでもこの国を愛している人間として忍びない・・・悲しいので、そうは書きたくないが、十分に奇異な国として、見られているようですよ。

悔しい、悲しい、腹が立つ。

切ない。

私の旧友のナースが、何度目かの福島へ行って、いろんな話を、電話で、二時間くらい、聞かせてくれました。

来週会うつもりですが、初めは惨状が辛かったが、今は、もうれつに、腹がたって、と言っていました。

以前にも会ったばーちゃんが、彼女に、こんなことを言われたと。

「ここは匂うんだろう、もう、来てくれなくていいんだよ」
と。東北の人の言葉で。

ご自身は、においに、麻痺しておられるのだそうです。

そこで、ばーちゃんの老後の日々が過ぎて行っている。

追記・小玉龍彦先生のことを読んだので、少し。

「思い」より、形、を見る、気にする人も多いんだなと、ふ~ん、と思いました。
わたしはまず、あの、人としての「熱さ」に、胸を揺すぶられました。


                      

――国を痛烈に批判した参考人としての発言は、大きな話題になりました。


児玉龍彦
(こだま・たつひこ)
東京大学先端科学技術研究センター教授/アイソトープ総合センター長。 1953年東京都生まれ。筑波大学附属駒場中学・高等学校を卒業後、東京大学医学部に入学。77年同校卒業後、東京大学医学部附属病院医師、85年マサチューセッツ工科大学研究員、96年東大先端科学技術研究センター教授(現任)


児玉 驚きました。まったく予想しないほど多くの方から、励ましや批判、心配を頂いて、有難いですよね。

 一番多かったのは私の発言(「7万人が自宅を離れてさまよっているときに、国会は何をしているのですか!」)について、東京大学の人にそんなことを言われたくない、という批判です。つまり、東大がこれまで、原発や内部被曝に対する注意をきちんと啓蒙してきたのか、ということですよね。

 第二には、感情的になるな、ということです。あなたは教育者、研究者なんだから、もっと冷静に話すべきだ、と指摘されました。

 第三に、法律違反を奨励するような言い方は止めて頂きたい、という点です。この点は趣旨が伝わらなかったので会見で訂正しました。無論、皆に奨励しようとして申し上げたわけではありません。除染作業中に見つかった高線量の土壌などを、現地に置いて帰るわけにはいきません。現行法で規定されていない緊急の除染と測定を行うため、やむを得ず、二重のビニールに包んだうえで密封式のドラムに入れ車に積んで最上級の取扱資格を持つ者で厳重に持ち帰った、そうせざるを得ない現状だった、という点を訴えたかったんです。

――法を犯してでも必要に駆られて作業をされています。発言後、政治家などで具体的支援を申し出てきた人はいましたか。

児玉 ただちに、民主党で原子力災害現地対策本部長の田嶋要さん(経済産業相政務官)が、先端科学技術研究センター(以下、先端研)の研究室に見えられ、善処を約束されました。みんなの党代表の渡辺喜美さんには勉強会に呼んで頂き、みんなの党として超党派の議員立法をよびかけて下さっています。新党日本代表の田中康夫さんも、テレビ放送に呼んで下さり、立法を支援して下さるそうです。共産党の笠井亮さんも国会議員会館に政策立案の方を集めた場に呼んで下さり、子どもを守る政策を発表してくれています。社民党は(参考人招致に)お呼び下さった阿部知子さんと共に、代表の福島みずほさんからも励ましのお電話をいただきました。

 ほとんどの党派の方が、子どもと妊婦を守ることで一致されています。15日には、首相官邸から招聘され、菅直人総理大臣に訴えに参りました。

――ただ、政権交代の微妙なタイミングですよね。

児玉 それはそうですね。

























かなり以前の番組ですがわかりやすいので・・・

いただいたコメントへのお返事、遅れました、ごめんなさい。

ディランさん。
なんにも、詫びられること無いと思います。
もしも誰かの心に、刺さってしまうことがあったらと、そのことについての痛みを、引き受ける覚悟で、書かれていると思います。
同じことを書いても、人を傷つけるナイフになるか、否かは、ナイフが両刃であるかどうか、みたいな感じで、言葉を発する側の人間の気持ちも大きいと思う。

思うのですが、風評被害、という言葉が誤解されています。
初めから、放射性物質に汚染されてしまった作物などは、厳に、存在するのです。ある。
それを、何もかも一緒くたに「風評」「風評被害」とまとめて、本当に危険であることを訴えることを、出来なくしてしまった。
枝野さんが仰ったのです。「なんでもかんでも大丈夫」な人たちの進言を受けて。風評被害によってただでさえ傷ついている方を痛めつけないようにしよう、と。

そんなことはわかっている。多くの人が、自分のためにでなく、作られている方々のお気持ちに立って胸を痛められたと思う。
当時、枝野さんが不眠不休であられたことは、お立場上当然であると言っても、懸命のご努力だったと思います。そのことと、何を、どう言い続けられたかは別の問題で、いろんな口を封じてしまったのは、間違いと思う。

こうなのです、だからという、その、だからの後が、全く無いので、どうしようもない。

本当の汚染と、風評被害、というものも、一緒くたになっている。
私なんぞが、ここで、力んでいたってどうにもならんですが・・何か、小さなことはできますよね。
私も、広瀬さんの真似して、ハチのムサシになろうと考えています。
簡単みたいです。一粒の砂になれたら、と。

正直なディランさん、また書いて下さいね。
バーミキュライトに関しては、私は、よくわからん、としか言えませんが。
少し関わりのある会社が、その会社としてできることを、と言う感じで、バーミちゃんを使ってのセシウム退治に乗り出しています。
がんばれ~、その会社。

stainless stealさん。
広島の、白い、新盆の飾り・・・お供え・・・詳しくは知らないのですが、想像すると、本当に、夏、この季節は、さまざまな思いに満ち満ちているのですね。

<わが家の未来たち>さん。息子さんたち、今のこの世の若者としての生を、精一杯、生きて下さっているのですね。
火垂の墓とか、イヤ、押し付けないで。
俺ら、戦争なんかいいことないって解ってる。
ゲームとリアルと混乱しない。
イヤなんだ、こういうの・・・悲しすぎるから・・。
(自分の)家は、見ろとか言わないから助かるけど・・・


・・・取りあえずの不自由は無いが、どこか閉塞しているこの国に、生きている若い人の、胸の震えが、こちらにまで伝わるようです。涙が出ます。
息子さんたちの気持ちのわかるお母さんであるstainnless stealさんと、共に、私の心に大きくなる言葉は「ごめんね」です。

私は、戦後五年目に生まれた子供で、小さい頃から、いわゆる右肩上がりにいろんなことが豊かになり、楽になり、それを甘受して来て、いま、が~~~~~~ん、と「こうなってしまっている現実」を突きつけられている。

孫に対して、この子らが大きくなる頃、と、思います。
中学生、高校生、という年頃のお子たちに、今の世が、どう映っているか、周囲に一切、その年頃のお子がいませんので、書いて下さる「もうダメなんじゃないの」とか「国だって年とる」とか、そう思いたくないからこその、前を向いて行けるお子だからこその、言葉に、身がすくむ感じで、ごめんね、ごめんね、と、言っていることがあります。

stealジュニア、すくすく、まっすぐ、今のまま、伸びて下さい。
本当に、そう願っています!。

sarahさま。
今日は、様、です。
動画、貼れるの、嬉しいです。

昨日は、朝から、お墓の花を替えに行って・・お盆期間中、三度は替えに行く習慣です。鹿が、すぐに、花を食べてしまうので。

鹿たちが、観光客に、甘えて、首を振って「おせんべ、おくれよ~」と、おねだりしていました。
雄鹿の角は、もう立派に育って、夏の陽光を浴びて、艶やかです。

人や車に混じって、野生の状態に近い大きな動物が、うろうろしているの、珍しいことなのでしょうね
100年少し前には、人より鹿の大切だった時代があり、猿沢の池の近くには、いまだに「石子詰め」にされた男の子の遺蹟があります。
奈良の鹿が、可愛がられているのは嬉しいけど。

見て以来、心のすみっこから離れてくれない動物の姿が、います。

細長い列島であるこの国で、人も動物も、場所によってまったく違う環境にいるな、と感じ、この頃は、呑気に、テヘヘ、と暮らしつつも、本当に心が、ぱ~と晴れることがない。

無理に晴れなくてもいいよな、と、考えています。
晴れようがないの。

えまさん。
昨日は、前記のごとく墓参、お寺さんのお接待(面白い話があるけど、次回、ね。かんざし買う坊さんでなく、お経の長さをはしょって、皆が待っている、一族で焼肉食べに行くから、これにて失礼」と、走って去った、寺の、十何代目かのボンの話)、夕方から春日大社へお参りして、年に数度、窓が開いて、遠くから大仏様のご尊顔を拝すことができる日だったので、本当に昨日は真剣に、亡き方がた、今も不安な方がたを思って、手を合わせて来ました。

大文字。山に、大の形に火が点るのも、見てきました。

胸が、ずっとずっと一杯の一日でした。

急性扁桃炎だったのですか。
熱、ひどかったでしょうね。
大変でしたね。
ひどいこと言うかも知れんけど・・・。

たまに、高熱出してへたばるのは、カラダも強引に休まるし、アルコールから遠ざかって休肝日になるし、これは医学的根拠はいっさい無いが、普通より高い熱出て、からだが、消毒される気がする・・って言ったら、ばかもの~って、おこられるやろか
わたし、なんとなく、そんな気がしてるのですが・・・。









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