今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

こんばんは ありがとう

あー疲れた、もう寝ます、なんてぬけぬけと書く人(わたし)に、コメントくださるやさしいお方さま、下さらないけどやさしい沢山のお方さま、本当に、本当に、ありがとうございます。

お返事は明日にさせていただいて。ちょっと待ってね、明日、がっちょり、書いちゃうから(何様だ、は、わたしですよね)。もう、言いたいように言いましょ。ね。
HN「わらびもち」でも「冷風扇」でも「あかんべ」でも「ゴーヤ」でも「銀河系」でも、どんなのでもけっこうです、書きたいことがおありなら、コメント下さい。お返事が難しいときには、わからん、ごめん、って逃げちゃう覚悟はできておりますゆえ。
夫も孫もある身ゆえ、駆け落ちのお誘いは、受けかねます、よろしく。

今日は、京都まで、人に会いに行ってまいりました。
福島にご家族、ご親類のおられる方です。
いろいろ話しました。
お家の庭を、線量計で計りに来られる。
庭は、まあ、こんなもんだ。
木々の密集しているあたりは、ちょっと高いけど、まあ、なあ、はいおしまい、てな感じな計り方だと。
計るほうも、計られるほうも、頭をつむっていれば、直視しないで済むし、という感覚でおられるのかなあ、と、聞いてました。

生活の中での、さまざまな問題や悩みややりくりがあるのが、人の営みだとすると、毎日、放射能のことなど、考え続けるの、苦痛以外のなにものでも無いでしょうね。
また西原理恵子の「物言い」を持ち出します。
彼女「うす目でものを見る」と、よく書いているのです。
目を、ぱっちり開けないで、反対に、閉じ加減に見る。と、そんなに、腹たてなくていい、責めなくていい、今日のところはとりあえず過ぎてゆけばいい、って感じでしょうか。
すごく解るので、いつも、お腹かかえて笑って読んでいるのですが、なるべく辛くなく生きていようとする時、この「うす目」は効くのかも知れない。
あまり突き詰めないで、平気ではないけど、でも、仕方無いやんかあ、疲れ切るわけには行かないんだよう、へばらずにゴールまで行かなきゃならないいんだよう、遠いんだよ、まだ、先がぁ、これでも、精一杯なんだよう・・・。

福島の、かなり広範囲の地域のお子さん達は、保育園へ行っても外で遊べない。帰宅しても、外で遊ばせない。
ずっと室内にいるのだそうです。
わざわざ何を言い足す必要もない現実を、黙って聞いていました。

そういう状態を、どうすることも、出来ない。

お昼をがっつり頂いて、帰りの電車の中ですかさず居眠りして、帰宅したら休みのはずの娘は仕事に出ていて、婿どのが、暑い暑い台所で、子供達にごはんを作っていて、私はすぐさまクーラー入れて、パソの前に座り(ふふ)、見たら、また、例の装置が停まっているぞ。

普通の(何が普通かはさておき)工事現場なら、いまどき、こういうの、無いんじゃないかしら、など、思うてせん無いことなれどぉ、チトテンシャン、こりゃあ、あんまり、ひどいのではぁ、ありまぁせぬかとぉ、振り仰ぐぅ、空は真夏ぅのぉ、以下は略ぅ。

リタイア組の原発行動隊、始動、ですと。
なんと。
なんと。
なんと。
詳しいことはよく知っていませんが、なんと!。
ビートたけしさんが、以前、そんなことを言っておられて。
久しぶりに、わくわく、しました。

今日は月末です。今月、新たに活性炭とゼオライトを買ってくださった皆様、リピーターの皆様、今も使い続けてくださっている皆様に、心から、ありがとうございますと、申し上げます。




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底が抜けているところへ、水を大量に。

こんばんは。
昨日は、誤解を招くようなことを得々と書いた(ようで)。
あなたはなんでも書きすぎ、本当はすばらしい素質をお持ちなのに、って、ほめてもらった、わーい

昨日書いたのは、チラシを見る楽しみ。色彩も綺麗ですし、どんなお高いものでも、見て何か言うのは無料ですね。
こっそり豪勢する時は、多分、黙ってするタイプです私。
自分が株を持ってるわけでもない会社の、総会のことなんか書くよりおいしそうですやん。

銀行の人に、お聞きしたことあります。
お客様と言えるのは○億円以上、現金でお持ちの方のみですって。
㈱だって、そう思うよ。
東電の株主総会、一応、聞いて見た、みたいな扱いだったと、実直そうなオジサマが、今朝のテレビで言うてはった、その通りだと思います。
株も資産も持たない私は、気が楽です。
ごはんも気楽なのが好き。

注水冷却がうまく進んでいないようです。
防護服を着けて、したことのないことを、リーダーのいない現場で。
皆さん、いろんなことをお感じになりつつ黙っておられると思います。

毎日、勝手に心配していて、疲れました。
これから何十時間くらい、アタマを休めて、また心配するのかなー。
もう寝ます、お休みなさいませ。


新聞のチラシ、ご覧になりますか。

スーパーマーケットとか、電化製品の量販店とかドラッグストアとか、そういうのはあまり見ません。

私が好きで、食い入るように眺めてしまう新聞のチラシ。それはね。

和食の店の「なんとか御膳」、旬のなんとか。オールカラーでみっちり裏も表も印刷されてる、あれです。

どうせ見るならと(決してそんな値段のものをチラシ見て食べに行こうとは思わない)一万二千円くらいの「風御前」を見る。これみよがしな伊勢えびなんか付いている。紙鍋の(これ大変ビンボ臭い)お一人用のしゃぶしゃぶも付いてる。
お造り、天ぷら、口取りとか、チマチマした、何の味なのかわからないやつ、野菜の炊きあわせとか、酢ゥのもんとか、綺麗な器に納まっています。
茶碗蒸しをおつけすることも出来ます、とかで、別料金の案内がある。
白ごはんを赤飯に、とか、握り寿司にも替えられます、とか。
おいしいものがいっぱいあるのに、私は、白い普通の御飯で頂きたい、と、考える。

八千円の「花御膳」と六千八百円の「さやか御膳」と、どこが、どう違うのか。

じいいいっと凝視している自分が、ふと恥ずかしい。

年につれ和食が好きになるとか、和食はバランスいいとか、言うけど、食べ過ぎますよね、この「御膳」ってやつ。
たまにしか頂かないからいいのか。きっとそうですね。野菜も少ないですね。たまにだからいいのか。

ずっと見ていって、かなり派手さのトーンの落ちて来る、五千円くらいの御膳。

一応あれもこれもお膳の上に広がってるけど・・・。

伊勢えびの華やかさからは、遠ざかっている。

なんやかんや言いながら、やっぱりこの値段だと、なんとか・・・なんて言いながらつつくなら。

・・・なんて話を、延々としていたい気分の夜って、ありますよね。


sarahさん。

アフガンのこととか、よく解らないですけど。

  革靴に蹴られ追ひ立てられてゆく丸腰、裸足のタリバン兵が

  戦闘の最中もやおら身を屈め神に祈れる 神はいずくぞ

その八歳の女の子も「インシャッラー」=神の思し召しのままに=散ったのでしょうか。
その女の子には、生きて行く上での選択肢は、とても少なかったと思うのです。
少ないというより、ただ一つ。
爆弾の入った鞄を提げて、敵に近づいて行って、誰かがどこかでボタンを押すまでを、多分、怪しまれないように、笑顔を浮かべていた。ボタンを押す人間は、一番効果的な場所やタイミングを、冷徹冷静に、はかっていたのでしょうね。
それに関して、何も言えません、かわいそうとも。あまりにも複雑な問題で。
そんな死も、インシャッラーなんでしょうか。
生き方を選ぶ、なんて、無かったのでしょうね、八つだったという、その女の子も。

神、を大義名分に立てた戦いというものに、何も言えないんです。
幼い頃、神だの仏だのにかずけて、こういうことをすると・・なる、と、ぎゅうぎゅうに植えつけられた観念が、未だにのいてくれなくて。

アフガニスタンのことについてなど、本当に解らないんですが「勧善懲悪相」って大臣がいるそうで。
よけいにわかりません。

今の日本も、民主主義の国、というのは、大嘘な気がします。
つい先日、イキオイこんで、未曾有の災害と言うのは、こんな風に棄民の行われている、わが国について言うべき言葉だ、、なんて書きましたが、自分の書いたことながら、あれもどうだか、な気がしております。

いつだって、上の方では権力闘争にうつつをぬかし、普通の国民は、あざむかれていいようにされている。
教育自体が、自分の頭で考えることから、どおんどん離れて・・・ワタシに、教育、なんてものは語れませんですね、すみません、だけどさ、そう思いはしているのです。

それが歴史だと思う。

でも、人間が、地球上の癌だとは、思っていません、私は。
話があちこち飛びますが、飲んだくれて階段から落ちて死んだ、中島らも という作家がいます。
私は好きな人ですが、彼の著作の中に、こんなとこがあります。

どんなにみじめで、明日が見えなくて、どうしようもないほど日々追い詰められていても、生きていれば、一瞬、ああ、と思う瞬間がある。
生きていてよかった、と、心の底からわきあがるものがある、そんな瞬間がある。
その一瞬のために、生きていたらええんやないか、なあ、と。
きちんと引用できていません、ごめんなさい「「水に似た感情」という本だった気が・・・。

KUONの久遠、というのも、そういう感じのものなのですが(聞いてない?)。

もし本当に、人間が、地球上の癌だというのなら。
それがどうした、と言いたい。
長い長い間、奇跡のように繋がって来た血脈というものがあって、たまたま、ここに、その一点である自分と言う存在がある。
癌だろうが腫瘍だろうが、生きていることを遠慮する気はない。
生きている間、せいいっぱいに、いる。
それで、あかんことは、なかろうもん。

そんな気がします。

ホリ エモンさんが収監されましたね。エモンさんについて、今ここで書く気はないですが、あの人が実刑判決を受けて、中へ入るのなら。

いずれ、清水社長さんにも入っていただきましょう。
管公の末裔だという、今の権力者の方にも。
エモンなんかの犯した罪など、この方々の罪に比べたら、と、ちらりと考えたりしている、今夜のワタクシであります。






ロケットを太陽へ。

福島の原発事故現場での、汚染水処理が、なかなか進まないこと、私なんぞがじりじりしたって・・・と思いつつ、じりじりしております。
もう十日も遅れている。
システムが複雑過ぎて、しかも、絶対「前例のないことはしな」い方針で生きて来た方たちが、まったく新しいことに取り組んでおられるのですから、大変であろうことは想像に難くない。やいやい言うひとは、では自分なら出来るのか、文句言うならやってごらんなさい、と、逆切れされても仕方がなく・・・は、無いですね。

自分達で出来ないこと、いつまで、あれやこれやと。

批判も助言もいっさい受け付けずに来た会社、今もやはりそうです。

しておられることは、とりあえず、それしか出来なくて水を使って冷やしている、その汚染水の処理。処理は出来ていなくて、しようとしている、それだけの状態。
明日27日、本当に設備が動き出して、水を、リサイクルして再び注水用にまわすことが出来るようになるとして、いつまで、冷やすというそのことだけに、振り回されているのか。
ずっと、冷やし続けるのか。

抜けている穴をどうするのか、地下への汚染をどうするのか、飛び回っている上になお飛び回り、濃縮されてゆく放射性物質をどうするのか、二号機に窒素を注入するにあたって、「気体などが、僅か、漏れるかも知れない」って、それ、どういう言葉使いなのか、自信の無い小学生の、なんとかまとめちゃえ作文並ではないですか、小学生なら、実害が無いから、笑っていられる。

キュリオン社のシステムがうまく行かなくて操業が延びていて、結局、吸着塔の中身を、ゼオライトからシリカ(いわゆる珪砂)に替えたと、東電は言っておられますが、よくわからない話。素人の私にだってわからん。
ゼオライトがシリカに、吸着力で劣るとするなら、その理由は。そんなはずないでしょう。

あくまで憶測ですが、セシウムの量が、ハンパでなく多い。それしか考えようがない。
ゼオライトは、何度も書かせてもらったように、カルシウムを、水の中へ放出する。セシウムと交換になりますね。
カルシウムが、精密な(かどうかは知らんが、おそらくたっかいキカイだから、せめて精密なのでしょう)機械の動き方の邪魔になる。そういう次元の話でないと、うなずきがたい「交換」です。
セシウム、どれくらい出てるんだ。
二号機に窒素を入れるのも、言ってみれば、その理由。

はっきり仰らない。
罪です、これ。

水だけ、リサイクルにまわせるとしても、それをするために出て来る、膨大な量の、放射能に汚染されている様々な「モノ」たち。
マスク、手袋に至るまでを考えれば、吸着塔を通してセシウムを除去できました、ぱちぱち、とは言えないはず、ものすごく散らかっている部屋を、大きいのだけ一箇所にまとめました、のレベルでしかない。
それに、どれだけのお金をかけるのか。

被災された方々を、月の利子が四割と言う(三十万借りたら月の利子が十二万円)闇の金融業者が狙っている。一度借りたら、普通、その時点で破滅でしょう。返せるはずがないもの。私、かつて、まったく身に覚えの無い消費者金融の借金で、苦しい苦しい思いをした経験があります。まさか、と、お思いでしょうが、一時の消費者金融って、家の犬や猫にでも、要るだけ貸しますってとこが、あったのですよ。保険証悪用されたら、もうそれで。私、そのクチだったみたい。笑。笑、じゃないかも。でも笑。
大阪で、追い詰められて夫婦と老いたお兄さんとが、三人が、鉄道自殺された。あれ、人ごとでなかった。
どんどん、普通言わないこと言ってしまっている気がしますが。ろくでもない経験ばかりあるんです、救いは、なんとか浮上して、いま、ここにいられること、ですかね。

家も車も仕事も無くして、助かった家族と、なんとか一緒に生きて行きたい、そのためのお金が無い。
お金の無い思いなど、されたことの無い方が、義捐金の受け口のトップにおられるのですね。
一万円と言うお金が、手元に無い。どこをぴぽぴぽしても出て来てくれない。
そんな思い、ご存じないでしょうね。

本当に腹が立ちます。本当に、腹が立ちます。

よくコメントくださっているyuutaさんの身近な方が、初めから活性炭もゼオライトも使っておられるのですが、あまりの不安の大きさに、決心して、東京在住のドクターに、お子さんの健康相談に行かれたらしいです。
その方ご本人かどうかは、私にはよくわかっていませんが、ドクターの言は以下の通り。

すぐに福島を離れた方がいい。今のままだと、十九歳になるまでに発ガンするでしょう、もしかすると、一年後かも

http//tanakaryusaku.jp/2011/06/0002535

というところで、詳しく読んでいただけます。コピーして貼り付けしようとしたのですが、うまく行きません。

もう、福島にいてはいけませんと言われておられるのです。
子供が、呼吸をできなくなってしまうかも知れない。

その方か他の方か、ご主人は地方公務員で、家のローンもある。
そういう人がほとんどでしょうね、ささやかに、まじめに、暮らして来られた方々。
子供を大切に、地に足つけて暮らして来られた方々。
一家が離れて暮らさねばならなくなるかも。

未曾有の事態とは、地震や津波や原発事故のことだけではない。
これだけ先の被害が予想されているのに、棄民が行われている、この国のありかたが、未曾有、ではないのでしょうか。
どうでもいいところにお金や時間やをかけていないで、現実に、本当に困っている方々のほうを、向いていただくわけにゆかないのでしょうか。

多い少ないはあるにしても、すでに日本中に、放射能の汚染はひろがっています。

政府に、企業にだまされて、当時の日本人達は、さまざまなことのタイミングを逸した。
いつか歴史は、そう記すのでしょうか。

もう、石棺などということを、考えないでしょう。意地でもしないでしょう、しかし、方法を、誰も知らない。


まったく関係の無いようなあるような話。
今日、聞いていた話。

日本は(日本だけじゃない、世界のほとんどの原発・核所有国も)トイレの無いマンションと言われているらしいのです。今日の新聞にも書いてあった。
うまい表現ですね(って、喜んでいる場合ではありません)。

これから、途方も無い量の「ゴミ」が、出て来る。
その、最終処理場は無い。世界のどこにも無い。大地に埋めても海に捨てても、地球はもう、汚され放題です。

A氏の話。仕事上の付き合いのある方です。
A氏の知り合いが、こういうことを考えている、と。

自然のエネルギーだなんだと言ってるが、太陽こそは、核分裂で出来ている存在。放射能だらけ。
地球は、大気圏というか、成層圏により守られて、放射能から(ほぼ)免れて、恩恵を受けている。頂いている。
本気で、皆で考えたら、予算の計算もしたら、こういうことが出来る。

「ロケットに、核のゴミを積んで、太陽めがけて発射させる」。
帰って来なくていいのだから、まっすぐ、とにかくまっすぐ、高度三万メートルくらいより、もっと遠くまで、飛んで行ってくれればいいとする。

地球の引力の働かないあたりまで行けば、太陽が吸い込んでくれる。世界中が力を合わせて、核の脅威からこの愛すべき星を守る。
・・・夢物語?

信じたいではないですか。
私は信じたい。

実現したら、そんなことになったら、私、ロケットと太陽に、毎朝、毎晩、コウベを垂れて、お詫びと感謝を捧げると思います。
これしかないやろ、と、A氏は言っていた。






ブルーが好きです。

ブルーが好きです。

空のいろ、海のいろ、ひょろんと手足の長かった男の子の着ていた、シャツのいろ。

絵も描かないのに、カンパス買って、絵の具買って、カンパスの下の方、白に。

残り全部、青に塗って、名作だ~って、飾っていたことがあります。

ほんとに無駄なこといっぱいして、した無駄なこと、ばっかり、覚えているんですよね。笑。

青い空は青いままで、青い海は青いままで 次の世代に残したい。

その歌詞、いつか、聴かせてもらいたいです。


えまさん、コメントありがとうございます。

ジェホね。

言い始めると、平常でなくなるから、言わないの。もうね、いっぱい、溢れて来るのでね。

・・・感情的になってしまいがちの、今日この頃なのですか。
仕方ないじゃん。
朝、目が覚めたら消えていたって悩みや心配でないのだから。
いらいらすると思いますよ、たまらなくなって、落ち着かない、つい人に、あたってしまう、ってことですか。

困ったね。
でも反省してるからえらいです。
反省した後は、ちょこっと、やさしいいいひとになってるでしょ。
繰り返しですね。ゆらゆら、波だ。ゆらゆら、するんですよ。

反省するならえらい。
そう、思ってたらいかがですか。
で、相手が今度、何か、きーんとどうかなって、ごーん、と来て、はっと気づいて、ごめん、とか言ったら、いいよって言うの。
自分だっていつもそうだから、いいよ、って。
許してあげるよって、威張って言う、でも、笑って、ね。

申し訳なく思います、なんて、すっごくえらいと思う。

申し訳なく思わないひと、たっくさんいますよ。

何書いてるかわかんないですが、猿は実は反省などしないので、とても人間らしくて、えらいぞ、いいぞ、と、思ったのでした。

yuutaさん、メールのご用件は承りやした。合点承知だい(大丈夫か、わたし)。

三人のお子、しっかり抱えて、守ろうと頑張ってる姪御さん、えらいですね。

そういうの、伝わるから。伝わると思います。お子さんに。

そんなにはっきり、体調に現れるなんて、驚きです。

鼻血と聞くと、胸がざわつきます。男の子は、なぜか女の子より鼻出血しやすい気がするけど・・・。

医者へ行っても、明確なことは言ってくれないと思います。

医者でも弁護士でも、漠然とした不安、なんてものに、そんなに親切な対応をしてくれない気がします。主観的な心配だの、こんな気がする、だの、そういうのは、なかなか。検査してすぐにわかることなら検査、も、あり、でしょうが、全く心配ないのか少しはどうなのか、いま、何もわかって来ていないでしょう。
何かで、お子を守る一助になるかも知れません。

頑張る母ちゃんの姪御さん、記録しておかれたらどうでしょう。

三月十一日(十二日でも)まで遡って、その日の状況、どういうことをしたか、どんなことがあったか、どう対処したか、客観的に、書き残しておく。

それって、けっこう大切なことになるかも知れない。

線量計で計ったことも、この度、家を離れてどれだけ過ごして、のどのぜろぜろがどう変化したかとか、、きちんとした文章でなくていから、日付けがあいまいだったら、あいまいのまま、外でどんなことがあって、どう気になった時だったか、など、本当のことだけ、記しておかれたらどうでしょうか。

と、思います。メモみたいな殴り書きでも、いいんです。資料になります。

念のため、です。
心配のし過ぎだったねってことになると思いますが、それならそれも、いいではないですか。
お母さん、あなたたちのために、こ~んなに必死だったのよ、って、プレッシャーかけるネタになるかも(この部分は一部、冗談です)。

え~。

わたし、ままごと、とてもダメな子でした。

お父さんの役はいや。

赤ちゃんの役は、人の前で寝転がらなくてはならんので、イヤ。

そして、笑われるかもしんないけど、お母さんて、すっごくミジメな人のゆな気がして、いやだったんです。

なんででしょうね。

みんなが、アタマのてっぺんから声を出して熱演しているのを、ジーと見ていた。ャな子だな・・・。

ああ、思い出しても変ですわ、でも本当に、あぐらかいてるお父さんも、にゃーにゃー泣いてる赤ちゃんも、まあまあ、なんて、おほほほ、なんて笑うお母さんも、わたしには、出来なかった・・・。むむ。

棒切れも振り回さなかったし・・・。

ほんとに、本ばかり読んでいた。
ろくでもない本も。
外国の映画音楽で、一番はじめに「いいなあ!」と感じたのは「栄光への脱出」。

そうだ、ラヂオも私の友でした。

















牛とごぼうの炊き込みごはんを

晩御飯にいただきました。
あづぐで、あづぐで、あとは冷奴やら、おくらと納豆のぐるぐる回しやら、無火料理。六月でこれです。

午後二時半の駅前で、小柄なばーちゃまが、目の前でふらふら、と屈みこまれ、びっくり。駅員の若いにいさまが飛んで来てくれて、その懸命かげんが、嬉しかったです。増えるでしょうね。
どこも冷房を弱くしていて、そりゃあ、お客さんに対しても、堂々と、経費節減できるわけで。
暑いのがいやなら、げんぱつ認めて下さらんとね、ってわけか。電力会社は。

かつて、日本での保証人にならせてもらっていた女性が、院まで無事に出て母国へ帰って、ばりばり仕事されていて、時折連絡をとっている程度なのですが、彼女が便りをくれました。
メールでは、内容がうまく届かないことがあるようで、エアメールをくれるんです。

いわく。
日本はどうですか、地震の跡は大丈夫なのでしょうか。など見舞いの言葉が続き。
日本人は、怒ることも暴れることも出来ない、抑圧されている、と聞いて、心配しています。
あの国と同じことが起きているのかと、本当に心配です、と。

ユーモアのセンスも抜群の、とても賢い女性なのですが、どうも、本気で書いてくれているようで、ちょっと考え込みました。
そんな風に、国の外から、見られているのか。
文化大革命で、一族離散の憂き目にあった家の一人です。
わたしってお気楽なんだなあ、と、考えましたね。

えまさん、知らないでいられた方がよかったかも知れないことですね。
ショックを感じさせてしまい、ごめんなさいね。仰るように、現実なのです。

私が小児科のナースだった時代があることは、先に、書かせてもらいました。
そこで、薬害をもろに蒙った子供たちに、たくさん、出あってしまって、当時は、サリドマイド・・母親が服んだ睡眠薬・・の影響で、主に上肢の欠損した子供達が、つぎつぎ生まれて来て、大きな社会問題になっていました。
肩から、直接、手首なんです。
腕が無いこどもを、たくさん見ました、抱っこしました。
腕が無い子は、抱っこしにくいんです。
ぎゅうっと、落とさないように、強くしっかり、抱っこしていました。距離が近くなるので、、頬と頬が触れやすくなりました。
せっかく少しある指を、あるというには使いにくいので、という感じで、切ってしまわねばならない。
そんな手術を受けに行く子を、抱っこして、胸が詰まって、どうして泣いているの?と、自分の頬で、涙を、うん、うん、と首を振って、消してしまおうとしてくれた子がいました。

あまり長くは書かないけど、人間の体って、ということを、マジメに考えていました。
学寮でジュリー!と叫びながら、ある時間には、一人で、人間のもろさ、つよさ、など、考えていました。
催奇性、という言葉を知ったのは随分あとです。
それは、簡単に口に出せない言葉でありました。
神通川も水俣も、そこで起こったことは、みな、事実で。

パニック回避なのか何か、自分の口から、体を通した言葉を発しようとしない、そういうひとたちを見ていて。


yuutaさん。
出待ち、なんてことをされたのですか。お付き合いとはいえ。
痩せてて、大きくなくて、って、本当にそうでしたね。
皆、長髪でなきゃいかん、みたいだったけど、ミリタリー・ルックなんて、後から見れば「おぬし正気か」なんて衣裳だったけど、似合わないことおびただしい、なんてGS君もいましたね、たくさん。
今はごっついおっちゃんになっている、安岡力也。
あの方は当時、ものすごい美丈夫でしたよ。好き、とかではなかったが。

私を、ウエスタン・カーニバル、なんて憧れの祭典の場でなく、地味で暗くてダサかった(しー、ないしょ)大阪の「ジャズ喫茶」である「ナンバ一番」へ連れて行ってくれたユリちゃんは、そういう非・王子様な感じの一人に、ぽあ~となっていました。
ご存知ですかねえ。オックスってバンド。
赤松愛ちゃんなんてキーボード・あんど・ボーカルの子が、まるで女の子、演奏中に気を失って倒れてしまうのが話題だったグループ。そこのリーダーの○井さんが、好きで、好きで。
えへへ、あのひと、こんにゃく屋の息子やねん。丸ぽちゃのほっぺたを緩ませて、ユリちゃんは嬉しそうだった。
しんじつ、まことに、いかつい顔、典型的日本人体型の○井さんに、ロングヘア、オックスの赤い衣装は、お似合いでなかった。
でもユリちゃんはシアワセだった。
世界で、一番かっこいいおとこの人を、見つけた気持ちでいたのですね。
世界で一番かっこいいかどうかは、わかりませんが、福井さんはきっと、よき夫、よき父親、よき息子として、GSブームの去った後を生きられた気がします。
あのねyuutaさん。
ジュリーって、一見やさおとこだけど、あれで空手使いだったんだよ(って、自慢そうに、わたしが言うことではないですね)。
誰かさんと一緒だ~、わーい。

そしてやさいさん。
お父様を泣き落として、東京へ、日劇へ、うえすたんかーにばるを、見に、連れて行っていただかれたなんて。
なーんてすてきな、羨ましい、燦然と記憶に輝く出来事の主になられたのでしょう。
お父さまにも忘れられないでしょうね。
やさいさんのごり押し・・いやおねだりって、珍しかったのではなかったですかなんて、すぐに妄想が始まるわたし。
日本が、右肩上がりに豊かになって行った時代。元気だった時代。
ジュリーは、1966年の11月に新幹線こだまに乗って上京。
12月に「僕のマリー」が出た。
私はずっと、ラヂオで、ビートルズを聴いている女の子でした。
それが、まだジュリーじゃなかったジュリーを、見て。
青春が(あー恥ずかしい言葉ですが)濃かった気がします。
そんなに選択肢の無い中から、これ、と定めて、一直線だった。
毎朝、テレビで「7・20」セブン・ツー・オーという番組を、見てから、学校へ走って行ってました。
毎朝一組、グループサウンズの歌を聞かせてくれたのだった記憶があります。
いろんな、トンデモなグループもいて・・・。
学寮の食堂の、端っこに、白黒のテレビが一台だけあった。
百人ほどの寮生の、それが、ただ一台のテレビでした。
始まる七時二十分には、皆、着替えも他の用意も出来ていた。
数分、食い入るように画面を見つめて、終わればテレビを切って、固まって見ていたみなが、ばらばらとばらけて、玄関へ向かう、靴をはく、ダッシュする。

朝から学校へ行き、夕方からも学校へ行った。
いつも眠くて、もっとおいしいものが食べたくて、東京に住んで、自由な暮らしをしていr(らしい)女の子達が、羨ましかった。

最近、いろんなこと思い出して、書いたりして、あの頃よかったよなぁ、なんて、思っています。
前述のユリちゃんは、私の同期生四十八人の中で、二番目にとっとと逝ってしまった子です。
脳幹を、突然襲った血栓で、くたっと、倒れて、そのままだった。
自分が婦長を務める病棟で、倒れて、そのまま、植物状態に。
ユリちゃんの耳元で、オックスの歌を流してあげた。
ぴくりとも反応しなかった。
子供を三人産んで、仕事をやめないまま、育てた。
過労だったのだと思います。
ナースって、自分の過労を、危険だと察知しにくい職業だと思う。
もう逝ってしまった人たちのことばかり、書いている気がしますが、なんか、覚えてるよ、忘れていないよ、と、呼びかけたい気が、しきりにするんですね。
















ジュリーを「見た」日のこと

よく晴れた日で、風はそよそよと吹き、気分のいい日。

頭の中にも乾いた風を入れて。

今日は私はお休み。DVDやCDの整理をしていて。

ジュリーのことを、思い出した。

ジュリー。

はい、沢田研二。大スターだった、大歌手である、ジュリーのことです。

初めて小さなステージで見て、衝撃を受けて、また見に行った。
今では考えられないが、私は、胸元と袖口に大きな波のレースのついたブラウスを着て、モスグリーンのベストスーツを着て、先の丸い革靴をはいて、GSの王子様ファッションでジュリーに「会いに」行った。見つかったら停学・・・退学まで行く?。

次に見た時には彼は、スターだった。

まつ毛の長い、唇の赤い、肌の美しい、GSのスター。

夢中になった。

学寮の自治会の役を引き受けたのは、役員には、起床の際や「おやすみなさい、消灯しますよ」の合図のレコードを選んで、会の予算の中から買いに行ける権利があったから。
多くの人は「テイスト・オブ・ハニー」とか「マサチューセッツ」とか、日曜の朝はベンチャーズとか、夜にはモツァルトが流れたり、ほぼ洋楽方面でまとめていて、ビートルズ以外は音楽にあらず、派もいたし、どんなんがいても、学寮は、楽しかった。
冬には、たった一つの暖房器具である火鉢を囲んで、食堂から巨大なやかんを自主借り受けして来て(やかんでラーメン作るのは禁止されていた、後でお湯がまずくなるので)、大量の水が、乏しい炭によって熱い湯になるまで待ちきれず、早めにラーメン入れてしまって、奇妙な茹で具合になって、でも、夜勤でいない以外の同室者みんなで(奪いあうごとく)食べたので、おいしかったのだなぁ、素・インスタントラーメンが。
あの時のあの子たちが、大人になって食べ物のウンチク垂れたりするの聞くと、つい笑いたくなる、性格悪いわたしです。
脱線。

私は、もう、選曲は、タイガース一本だった。毎晩「きみだっけに~、きみだっけぇに~」と、沢田研二の艶のある甘い美声に、みなのものよ、ひれ伏せ。そう願っていた。

もの書きになりたい理由は幾つもあるような、別に無いような感じであったが、初めて原稿料、としてのお金をもらったのは早い、十四歳の時。
雑誌の読者欄に投稿して、五百円もらったりした、そういうのでなく、原稿料。
抒情文芸という、いつまであったのかな、あの本は、そこで、四千円もらいました。一番はじめ。
昭和三十九年でしたか。私には、四千円は、大金だった。
へええ、何か書いたら、お金がもらえるんだ。
ひゃっほ~、って感じだった。
早く、自分の吸う空気を、自分で買いたいと思っていたから。

で。
そこから飛んで、二十歳の私。
ある日、ある時、千代田区にある大きな出版社の、煙草の煙モーモーの編集室にいた。
ちょっと待っててと言われた。インタビューがあると言う。インタビュアーは他にいて、そこに同席すると言う。
「タイガースの沢田」。
胸の中でファンファーレが鳴り響いた。ええええええ。
「私も行きたい」
編集者は、えええ?という表情で、私を見て、ああ、とうなずいた。
「先生は、ジュリーがお好きでしたねえ」
答えずに私はにらんでやった。
行けることになったが、黙っていろと言う。
うなずいた。
喋れと言われても、口が動かないだろう。
傍で、見られたら。それ以上の望みは無かった。

見ていました。
インタビューを受けているジュリーを。
一メートルくらい離れたあたりで。
白い艶のあるブラウスを着て、サッシュを巻いて、黒いずぼんをはいていた。
美しかった。
滑らかだった。
真っ白で、髪はぬれぬれと黒くて、目の、白目の部分が青かった。
サンドウィッチと、コーラを卓上に置いていて、時折、サンドをつまみあげて口に運んだ。
全く生々しくな食べ方だった。食べ物は、ジュリーと呼ばれる静かな男の、指先から、違う空間へ移るように、消えて行った。感心し、感動した。
ジュリーは、満月の夜の、蒼い雫、蒼い月光のようだと思った。

あんなふうに、生々しくなく、美しくものを食べるおとこを、二年ほど前に発見した。
べ ヨンジュン。彼はすべてが美しい。

ジュリーと私の間には、それ以後、長い月日の隔たりがあった。

もう三年ほど前になるか、京セラドームへ、ジュリーの還暦コンサートに行った。
素晴らしいステージだった。
彼は、デビュー以来の持ち歌のすべてを唄った。
聴衆と自分の間に、楽譜台を置かず、唄った。
声は変わらず艶があり、よく通り、歌と歌の間の僅かな喋りに、ジュリーらしさがあった。
涙が出た。
沢田研二は、美貌の男として長年を来たが、この人は、自分の美貌を恃んでいたのではないということが、よくわかり、痛ましい気さえした。
ちっとも顔をいじっていない。
あの美少年のジュリーは、年をとって、還暦を迎えた、そのままの沢田研二の顔で。

沢田研二は、歌手。ずっとそうだったのだと感じた。すごい歌手だ。

少しだけ長く喋った時、沢田研二は、こんなことを話した。
10代で芸能界に入り、まさかこの年までこうしていると考えていなかったが、一生懸命、自分の仕事をして来ました、と。
しごく当たり前の話、と、思う人は思うだろう。
私は、胸を打たれたのだ。
この人は。
ジュリーは、こんなにもまともな心を持って生きて来ている、とてもすごい人だと。
だからどうなんだ、と問われると、いや、これだけの話です、と言いますわたし。






どっこいしょ、と、パソ前に座り。

こんばんは。

昨日書いたことで、付けたしたいことがあります。

ぶつぶつ文句ばっかりの、俺は悪くない、知らん、の、実在でない人物。
ああいう人は、いるかも、と、思います。
ああいう社長さん、は、大変、周囲が困るな~と。それだけ。

sarahさん。
おそらく、いま、どんな方が取り組んでも、現場は難しいと思います。
今までに無かったことですから。
スリーマイル島のことは詳しく知りませんが(多分並べては語れない)、チェルノブイリのことは、本もYOUTUBEにも、沢山出ています、でも、皆が言うけど、あそこは、島国日本の、海に面した、そんな場所ではないし。人口もとても少ないところ。
国民をあまり大切にしないように言われていた当時のソ連邦ですが、、事故の際、問答無用で、半径八十キロ圏内の住民を、避難させました。

爆発の瞬間の映像も見ました、ヘリコプターが、トンボのように落ちていました、作業員の方々が、懸命に作業しておられる映像も、探せば見られます。現在のチェルノブイリの赤い森も、オープン目前に事故が起きて、子供たちの誰ひとりを、乗せて、回ることの出来なかった黄色い観覧車も。ひっそりと隠されているような子供達も。

十日間で、収束させたのです。素手やバケツで。コンクリートで。有名な事実です。今回、その方法が、考えられなかったのでもなかったそうですが(私の聞き間違いか)何かを思慮深く考えられてか、実行に移されなかったとか。

かの国の「英雄」たち。放射能の恐ろしさを、知っておられたのか、ご存じなく、だったのか。

ヨウ素とセシウム以外に、いま、存在の重さが浮上して来ている猛毒・ストロンチウム。
カルシウムに似た構造で、体内に入ると、歯や骨に取り付くといわれています。
骨に付いて、じわじわ、内部に潜りこんでゆく。
骨の中心、真ん中は、骨髄です。骨髄では血液を作ります。そこを、侵して行く。
ストロンチウムが白血病を引き起こすというのはそういう理屈です。

原子力事故が起きて、一番初めに目だって出て来るのが放射性ヨウ素。
次に、言ってみればセシウムでしょうか。
他にもいろんなものが出て来ている、数時間が半減期、というものも、何億年、というものも。
ストロンチウムは、量的に言えば、セシウムの1000分の1とか、そんな少なさだそうです。

活性炭や天然鉱物が、放射性物質を水の中から除けるって、そんなものなの?と、思われた方、多いのではないでしょうか。
?でも、実際、それしか無いんです。
ストロンチウムをなんとか出来るものは無いのか、と、聞くと、あるでしょう、と言います。多分ある。
現場を収束出来さえすれば、いろんなことが、少しずつ出来る。
水をきれいにすることも、放射性物質を含んだヘドロの処理も。

いま、収束には向かっていない。
明らかに、悪い方へ向かっている。
試運転はなんとか出来ておられるかどうか今日の今のことは、わかりません。
汚染水が、どんどん増えて、処理設備がうまく働いてくれなくて、水をふやしたくないから、注水の量を減らした。
そしたら、温度が上がって来た。
原子炉の中は、とにかく、冷やし続けなければならないそう。
天災が起きて、停電して冷やせなくなったから、爆発したのです。
ずっと注水しているから、なんとか抑えていられる。
水を減らしたら、もしかして・・・・、と、わかっていて、減らさざるを得ないって、苦しいでしょうね、現場では。

中は、どろどろに溶けて、上ももちろんですが、下の方、圧力鍋の底が抜けて、どーんと抜けたみたいに、地下へ、とろけたものがどんどん拡がっていると。
ほんとかどうか、この目で見たわけではないですが、えらいことになっているらしいです。
どうしよう。心がぐらぐらします。
それを、防ぐための予算を、東電さんは惜しまれたとかも、ほんとかどうか、出ていましたね。

放射性ヨウ素の半減期は八日ほど。100日たっているから、ヨウ素の恐れはほとんど消えた。そういうことがよく書かれています。それならどんなにいいか。

完全に収束した状態なら、そうも言えるでしょう。
今、まだ、どこかの取水口から大量のヨウ素が出て来ていると書かれていた。
それは何を意味しますか。
いろんな放射性物質が、収束していない現場から、新たに出て来ている、という意味だと、はっきり書きます。
おおざっぱな言い方ですが、まず、ヨウ素が出て来るのです。
言わない方がいいのかも知れない。どなたかの不安をあおり、悲しい思いをさせてしまうかも知れない。
では、ご存じない方がいいのでしょうか。

私は、こういうことを書くために、未だに使い方のよくわかっていないブログをはじめました。読みたくない方は読まれないと考えます。

微量だから。
今のところ心配ない。
何度も繰り返された言葉。
嘘ではない、そうだと思います。

微量でも、積もる。
タイミングが悪く合えば、何かが引き起こされる。
そう、書かせてもらってきました。
医師でも科学者でもない身の、おこがましさは十分承知しています。

ただ、知っていれば何とかできたのに、という残念さが、たまらないと思うのです。

催奇性、という言葉を、使うことに、ためらいがありました。
ずっと、迷っていました。
誰かを傷つけてしまうかも知れない。
私は、げんぱつ事故が起きたとき、そのことを知っていました。
でも、言えないで、とにかく、少しでも、出来るなら、いくらかの自衛を。
そう、自分でもしんどい・・と言うか、しつこいよなあ、わたし、と思いながら、自衛を、と、申し上げて来ました。
ほんとに、微量で、心配ないのかも知れないんです。
多分、そうなのだとも、思う。
でも、誰のとこに、巡り会わせが来るかも知れないでしょう?。

やさいさん。
ありがとう。
ワンワン、いいますよ。
たまたま、少し知ったり出来る場所にいますので。
まだ詳しく言えないけど、絶対あきらめないから。
細い細い道筋が、ついて来そうだと、それだけいま、申し上げますね。
頑張るんだ。
あきらめないんだ。
















いや~。もしかしてご心配おかけしましたのか?

すみませんでした~。ご心配を、おかけ申したのでありましたか?そうだったんですね・・・ありがと、心配してくれて。ごめんなたい、でした。
素直に謝って、ですね。
昨日、何を書き、消し、していたかってゆーと、です。

TO電のあほ、どうしてくれるんじゃ、今まで嘘ばっかり言って来たのばれてるやんか(ほんとは、語尾「け」にしたいんだけど。すると、嘘ばっかやんけ、こら、って、井筒監督の映画の中での限定・標準語みたいになるの)、湿っぽい日に建屋の窓開けて、もわーっとした水蒸気、外へ放って、周囲の放射線量に変化ないからって。
どこお、どお、つついたら、そーゆー文句がしゃらっとお口から出て来る。。
そーんなわけ、ないやん。ないやん。ありませんやんか。

嘘や、嘘や、嘘や。
少し昔、妖しいオカルト教団の営業だか広報だか騙し班の班長だかの、妖しいおとこのひとが、外国の記者団の前で、ぺらぺらなんか並べた、その時、一人の記者さんが言いましたね。
You are a liar.
ユーアーア ライアー
あなたは嘘つきだ。

英語に詳しいわけでもないが、あの時の「ライアー」は、普通言う「うそばっかついて~」のごとき感じのものではなかった。
静かに発せられたひとことではありましたが。
心底侮蔑、の響きがありましたね。あの時じょうゆう(人名)、パネルを後ろへぽーんと投げる、なんてパフォーマンス、ようせんかったですもんね。
少しはちくっと来たのか。来なかったね、きっと。

あの時の彼みたいに、誰か、言うてやってつかあさい、息するように嘘をつく、超巨大企業の、えらいひとたちに。
謝れよ。
私に、じゃないよ、原発周辺の方々に。

ごめんなさい、本当は危ないんです、すみません、逃げてください、収束なんてとんでもないです、ちょっとした盲腸炎(そんな病名は実はありません)、クスリで散らしちゃえ、と、するつもりだったんですが、まあ、私どもの責任?いや、そうではなくて、津波がね、来ちゃったのが・・私どもも被害者なんですよ、実は。
誰が何をした挙句がこうだなんてね、おっしゃられても、わかるはずがないでしょう。中身アメリカ製なんですよ。自分たちの前の人たちが、導入されたし、当然、お金?まあ、そういうものも・・・いや、私が知るわけないじゃないですか。私いま、年金さえ危ういんですよ、理不尽と言えばそこでしょう。私が何をしたとおっしゃるのですか。こんなことになるなんて、わかるわけないじゃないですか。
任期中に、これが起こった。そういう立場なんですよ、私。気の毒に、と肩をたたいて下さる方だってね。そりゃ。

今まで、それで来れたんです。皆さんだって、文句おっしゃらなかったじゃないですか。
それが、こうなったからって、非難されるばかりでは、立つ瀬が無い。血圧あがれば、入院だってしますよ。
土下座だってしてあげましたよ、この、私がです。

言ってみれば、盲腸炎がこじれて、腹膜?そう、そちらの方へ、化膿が進行した・・お願いしたドクターがですね。
これがまた、ゴッド・ハンドの名医だと。そんなフレコミで。
そりゃ、お任せしますよ。治せばいいんでしょ。私の立場なら、どなたでも・・え?。
立場が違えば、考えることも対処も違うのは、当たり前。おかしなツッコミしないでくださいよ。ただでさえ、激務続きです、休日って無いんですよ、私には。もう。前の、前の人間がやって、いい思いだけして置いていったものの責任、ワタシだけが、取れと責められる。
お母ちゃんに、言いつけてやりたい気分ですよ。
文句ばっかり、この私に、もう。もう。いーっとなるんですよ。
 
・・・など、延々と、出来の悪い一人芝居のセリフのごときものを思い続けていて、ですね。

まあ、特定的に、人物のモデルは、いません。フィクションですよ。こんな人、現実におられたら困りますよ。

もっと書きたいなあ、と思って、消して。

あの会社にはそんな技術は無い、無理だって、とっても悲しい話を聞いてしまったから。
では、あの現場はどうなるの。空気は、水は、どうなるの。
泣けますよ、ね。
ね。

放射能には、催奇性があるんです。
調べればわかること。
これ以上は私には言えませんが、涙が出るの。

yuutaさん、やさいさん、えまさん、このごとく、時々、自分の尻尾追いかけるわんわんになって、手がつけられんようになるのでございますが、懲りずに、大目に見てやってくださいね。
疲れはしません、でも、マイペース、こころがけまーす。

秘密の、やばいコメントを下さったお方様。
削除なんてとんでもないですよ。
輝け!まともな日本人、国の今を憂う思い・大賞ですよ。

中から、ちょいと共感部分。

<私が行って、蓋して来てもいい>
同感です。
いま、地獄の釜、じゃない、原発の蓋、するだけで未来を守ることが出来るなら、行く。
よちよち行って、力の全部投入して、コンクリートと鉛で、固めてやるわ。
それしかないんですって。
3月11日の夜に聞いた。
固めるしかないって。
それをしなかった。
今、現場の方は、本当に大変と思います、まだ幼いお子たちのお父さんも沢山おられるはず。
替わりになれるなら、行く。そう思う。子供二人、もう、結婚させたし。私は。

正直、これから癌だなんだ言われても、何が原因だかわかりません。
何十年間もヘビースモーカーだったし、無我夢中で、おいしいものを貪り食べても来た。

楽しい素晴らしい、ネットの上でのお仲間も出来て、毎日充実。

自分が行って何かできるなら、行きますよ。
秘密さんは、まだ、お母さんの手を必要とするお子さんがおられるので、ダメ。行かせたらへん。
でも、言っておられること、お気持ちは、ようく、わかります。

皆さん、私は、まとはずれなことばかり返事するかも知れませんが、じゃんじゃん、書いて下さいませ。
秘密でもそうでなくても、ええですやんか。

放射能と共に、生きて行く時代、なのだそうです。

負けるもんか。ね!。





書きたいこといっぱいで書けません。

こんばんは。

yuutaさん。
やさいさん。

言いたいことが、胸の中にいっぱいあるのですが、どう出せばいいか、出していいのかどうか、迷います。
KUONの心配性あるいは神経症なら、どんなにいいでせう。

けっこう、何があっても、へへーん、なんのこれしき~と、流せた。今までは。

今までとは違うんだ、それを、誰も、判ったほうがいいんだ。

そう、そればかり考えています。

もう二時間も、もっと前からも、書いちゃ消し、書いちゃ消し、いろんなことを・・・。普通紙に書いてたら、消しゴムかけすぎて穴あいてますねきっと。
消しゴム使わずに、気に入らなければ紙、ぽいと捨てて、よく、叱られましたが。

明日は、いっぱい書かせていただきたいです。

ヨンでね。

読んでくださいませね。


















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Author:KUONの久遠
・・・・・

五月雨の露もまだひぬ奥山の真木の葉がくれ鳴くほととぎす

さみだれの つゆもまだひぬ おくやまの まきのはがくれ なくほととぎす
   
金槐和歌集 源実朝


真木は「高野槇」ともいいます


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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