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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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愛子さんじゃない。



先ほど、部屋の中のテレビが

「皇室のこころ」

とかいう番組を流していました。

目は向けていませんでしたが、耳は聞こえていてしまいました。

内容もナレーションの声も、ネコナデ声の番組でした。

途中で部屋を出てしまいました。

・・いろいろ、おっしゃっておられますが。

お孫さんのこと、いかがなのでしょう。

一般家庭の、単なる長男夫婦の子、でないのが、愛子さんなのですが。


先日、ディズニーシーに、SP20人に取り巻かれて「お友達と」行って遊んだと報じられる愛子さん。

学校の試験休みを利用して、とかなんとか。しかしあれは、どう見ても、

愛子さんじゃない。

今更、みたいですが、恥ずかしいことに、何か頭につけてパーッと笑っておられる小さな写真を見ていて、すぐには気づきませんでした。

気付いて、今更ながら愕然です。

別人や。しんじん ではない。

ディズニーシーで上目遣いの(卑しい)顔で手を振っているあれは、

鼻の先長い、顎の発達した、何より目つきが愛子さんでない邪悪なものを発している、ひどく若い女性です。愛子さんではありません。

鼻の先は単に成長したのか、顎は母親に似て伸びて来たのか、だとしても、目つきが違います。

笑って横に延びている唇の形も、違います。

掲示板にのっている写真は見ていました、影子というには違い過ぎるな、この者は、やる気満々だな・・・恐ろしい。

と。感じていました。

トンマな私、です。で、

この目つきと顎の「愛子さま」は、今年はじめ、ナルヒト氏とマサコの間にはさまれて(つまり愛子さん仕様で)、両陛下に挨拶に行ったというそれと、同じ者に、わたしには見えます。

両陛下に、会ったのですね、あれは。お辞儀もちゃんと出来たのかな。

会えば、自分の孫の顔くらいは、まあ普通にわかると私には思われますが。

とは言え、ふた親が「これが愛子です」と、一緒にクルマに乗っているんだから。

あれで親だと言うなら、ですが、実際に、あれら両親が、それらしく、はさんでね。連れて行っていた。

愛子さんは、どうしておられるのでしょうか。


。。。コメントをいっぱいありがとうございます。

明日、ゆっくり、お返事させていただきたいと考えています。




上の動画の1分7秒あたりからあっという間なのですが、誕生間もなく陛下から贈られた「御地赤」。一般の七五三にあたる着袴の儀の際に着けられる衣裳で、これも愛子さんは、お地赤を付けているのはリハーサルの場面のみ。

内親王は盤台から飛ぶ儀式はなされないとのことといえ、次の場面では、この御地赤でないテラテラした衣装を着けた姿でカメラの前に現れておられました。雅子さんはそして、上等の光沢のものとはいえ、スーツ姿で。

着袴の儀は「なかった」とされ、それまで「敬宮」とお呼びだった両陛下が「愛子」と呼ぶようになられた・・・とは、改めて書くまでも無く知られたことです。どうしても書いておきたくなってしまうのです。

異様なことですから。

で。夫婦に挟まれて乗っている少女(というにおいは感じにくいのですが)が、私の目には、シーで上目遣いの笑顔のそれと、同一のように思われます。

私の感じでは、愛子さんでない者が、陛下より内親王に賜るものである地赤を付けている。

と、いうことなのです。

私が間違いなのなら、その方がすっきりします。おぞましいことだもの。


下の動画は、これも、目つきに違和感があった場面です。

初めて見た時は、

「愛子さん、どれだけクスリを盛られているんだろう・・・」

と、見ました。

尋常な目つきではないと、やはり思います。






着袴の儀で着るのは御地赤ではないです。 >最初に陛下から贈られるお着物は白です。
悠仁さまも賢所参拝(何の儀でしたっけ?一般でいうお宮参り)と一歳のお誕生日の時にお召しです。
三歳の時に内親王は陛下より御地赤を賜ります。
親王は黒のお着物でした。
その後、成長に合わせて、親が御地赤を作りますので、ダミー子が来ている着物は陛下から贈られたものでは無い筈です。
(御地赤もどきかも・・・)
着袴の儀のお着物と袴も陛下から贈られますが、マスコミの前に出てきた時は本来の着物ではなかったですね。
その上、賢所へ参拝したという報道もなかったですね。


KUONの記事の誤りについて正しいことを教えて下さいました。↑ の緑色の文字です。

ありがとうございます。

お浄めと申してはナンですが、末尾で申し訳ないですが、悠仁さまの動画を貼らせていただきます。





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何なんですか。





美智子さま


雅子の伴走役は

サーヤに託します


駅のホームで電車を待つ間、並んでいる週刊誌の表紙の中に上記の文字を見つけて、

腰が抜けそうになりました。

(私は、もっと大きな文字が踊っていたあのグループについては関心がありません。)

この国のどんな役割のヒトなのか、既にもうわかんなくなっている「美智子さま」とかいうヒト。

雅子の伴走って、そんなものがいなきゃ走れないなら、こうーたいしひなんか止めちまえ。

一人で走れない、なら、住まいにごちゃごちゃいる職員だか、そういう人も要らないな。一人で走るどころか(これはモノの例えではありますが。そんなこたあ、わかっておりますが)、他人様の手がかかるようなら、どいてくんなまし。

東宮家におつとめの皆さま、失業の憂き目は気の毒でもあるが、食べるにお困りのことはあるまい、全員、解雇ですか、移動ですか。名残惜しいですか、せいせいされますか。

それにまあ。

なんぼ、雑誌を、売る、ための、惹句で、あっても。

サーヤ、とは。

サーヤさまは、降嫁されても今上のお子さま。

現在は公務員・黒田氏の、ものがたいと思われる夫人である。

なんで、まさこの伴走役にさせられる。

なんで、そんなことをみちこさまに決められて、原色の雑誌の表紙にさらされておいでになる。

まさか上記、ピンク色の文字部分、美智子さんがおっしゃったわけでも無かろう・・・言うたかも知れませんね。(笑)。


書く方も。

書かれる方も。

書く方は一応、オシゴトということで。いいも悪いも「お仕事」で。

あかんかったら宮内庁がクレームつけて来るだけ。これら問題に、後れをとっては、それは、ならんでしょうね。


書かれる方は。

書かれる方が、

アホと違うか。


「美智子さま」って、誰なんですか、何なんですか。

もしかして、アホですか。こんな風に落とされて。

くやむかも知れませんが、このままアップ。何なんだよ。



追記。

読んでいないから今は何も言えませんが。

まっとうな妃殿下が、まっとうなおつとめをなさるのですから…今後の展望・・・まさこを助けてやる力など要らないでしょ。

黒田夫人をあれにくっつけるなんて、まあ、ホントにどなたのセリフか知りませんが(でも読めばインパクトあります)、清子さま、ご夫君に対して、失礼にもほどがあります。

イニシャルMさん二人は、もう、どうしょうもないですな。

こんなこと書かれている皇族って。

アホと違われるのでは、ないですかしら。




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ほんまに自愛のお方。





週刊文春誌の記事の続きです。

記事をそのまま頂いて来ても、わたしKUONの思いとリンクする、今までと異なる力強い書きかたをしておられると思います。一部は、内容に添いつつかいつまんで行きます。

・東日本大震災の被災地訪問では、秋篠宮家では新幹線と官邸の車を使って2011年5月には被災地入りを果たされている。警備体制の規模などの面などから考えると、天皇陛下や皇太子ご夫妻の行幸啓では考えられない、素早い、小規模なご慰問の旅だった。

・ご夫妻は5月25日、26日に岩手県大槌町を訪問。東京から6時間かけて。貴重な淡水魚イトヨの研究・保護活動を通じて宮さまは1999年から大槌町と接点がおあり、4月上旬には『ご迷惑のかからない時期に伺いたい』徒。約1か月で実現の話になった。

・大槌町の被災者の一人が自家用車の車体にサインをお願いすると、秋篠宮は快く「希望」と書いて下さった。


行ってやる、慰問してやる、の態度では無い。「ご迷惑のかからない時期に」と、あくまで被災の地の方々の側に立っての訪問のされ方。

しっかり「私」を持っておられるゆえの「無私」なんだ、と、これだけの、普通の報じられ方に、安心します。。

希望、のサインの話も、わたしが知らなかっただけかもしれませんが、記事になったこと、あったでしょうか。

・皇太子夫妻が初めて被災地(宮城県)に入ったのは6月4日。土曜日。

文春の記事のこの部分を、そのまま書き写します。

>「それ以前の都内・埼玉県でのお見舞いも学習院初等科が休みの日で、雅子さまにとって、愛子さまの付き添い登校が最優先されていたのです。ご訪問の前日は、初等科がお休みで、ベストの日程でした。

ご訪問先の山元町の避難所では、皇太子ご夫妻と懇談するために、被災者たちが避難所で引き止められたという本末転倒な事態となっていた。


この、皇太子夫婦の被災地訪問の顛末については、さまざまなブロガーさんがたが、怒りをこめて書かれていたものでした。私も書きました。



>なぜ皇族は被災地へ足を運ばれるのか。美智子さまは、同年(KUON:註=2011年)の誕生日文書にこう綴られている。

・・・以下。

この文章の奇怪さ、何度読んでも、けんおかん。

大変な目に遭われたのは、どこのどなたなのか。

1000年に一度の、と云われる天災に、原発事故が重なって。

言うに言えないありさまを、テレビで見続けていた、被災者でない多くの人々。私もその一人でした。

皆、胸のつぶれるような思いを抱いておられたと考えます。

その、あの時の、皇后・美智子さんの、出された文書です。


災害発生直後、一時味わった深い絶望感から、少しずつでも私を立ち直らせたものがあったとすれば、それはあの日以来、次第に誰の目にも見えて来た、人々の健気で沈着な振る舞いでした。非常時にあたり、あのように多くの日本人たちが、皆静かに現実を受けとめ、助け合い、譲り合いつつ、事態に対処したと知ったことは、私にとり何にも勝る慰めとなり、気持ちの支えとなりました。被災地の人々の気丈な姿も、私を勇気づけてくれました。

これが出た当時は私は、美智子さんに対して全く疑問を持っていなかった。

いま(数日前に)、これを読み直して絶句です。

この人は何なんだ?。

わたしの、深い絶望感。

わたしを、立ち直らせたもの。

わたしにとり何にも勝る慰めとなり。


皇后だから心配なさったのですね。

んんんん。こういう ↓ コメント下さった方もおられました、同感同感と、ブンブン、首を盾に、振ってしまった。

>美智子さん、被災していないし。

被災された方々は、あなたのために立派だったのではないし。

っもっとあれこれ、言いたい。言いたい。











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ひでんかのうた。追記あります。







昨日は愛子さんお誕生日当日でしたので、思うがままなことは書かないでいました。

今朝は三笠宮さまの100歳のお誕生日、ということで、テレビが報じておりました。

まさこさんのうたについて、感想を述べたいと思います。

まさこさんという女性が、単に一人の女性であるなら、こういったことはしないと思います。私人のまさこさんが何をしようと、おそらく興味も持たず、心の中で笑うことはあっても、いや、まず、関心を持たないと思いますね。

残念なことに、あのまさこさんは、皇太子の正妃だという。公人中の公人の立場にあるひと。

あの方がこのまま夫君にくっついて「皇后」にすわるは悪夢。認めないと言ってもミジンコの遠吠え。

どんだけ自分しか頭にない馬鹿なのか、言っても言っても言い足りないのです、わたしは。

あれが、日本のある意味の代表女性で、いいですか。私はイヤだな。イヤだイヤだと、言い続けたいです。



言うまでもないことですが 、うたの感想は、KUON個人のものです。違う感じを持たれる方がおられるのも、いうまでもないこと。

一首の下にひらがなでよみかたを記しているのは、お節介ですが、読みやすいように、と考えてのこと。

辞書に頼ったりネットに頼ったりで、間違いの無いよう、つとめておりますが、ミスっているところも、時にはあるかとも思います。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


・生れいでしみどり児のいのちかがやきて君と迎ふる春すがすがし

 ・あれいでし みどりごのいのち かがやきて きみとむかふる はるすがすがし

                             平成十四年


二十九歳で入内して、三年間は子どもを作らないなどと発言した。

国民の皆も(あなたがお産みになってくれるのを)楽しみにしておりますよ、と、おそらく柔らかい笑みで仰せになった天皇陛下に対し、

「私のまわりにはそんなこと言う人はいません」

と言い放ったまさこさん。

結婚当初から公然と昼夜逆転の生活を押し貫いた果てに(同衾を拒否していた、という意味ですね)、10年ほども経ってから、医学の手を借りて懐妊なったと聞き及びます。一般的には不妊治療、そのこと自体を否定する気持ちはありません。とうぐう夫婦も仕方が無かったかと思う。思うけど、なんでそんなに身ごもりにくかったの?との疑念は、消しようが無いです。入内自体にさかのぼって疑問があります、今にして思えば、ですが。

愛子さんの前に、ベルギー行きを強行し、ヨーロッパまで飛行機で(気圧の変化の中での長時間)飛び、ハイヒールで歩き回り、しこたまワインを。存分にワインを楽しみ、帰国後の年末に流産した。

何もしらなかった私は、雅子さまお気の毒と、本気でいたわしく感じたものでした。自分も初めての子を喪った経験者だったこともあって。さぞや肩身がお狭いだろう、などとも感じていた時期で。

愛子さんを身ごもっていた時期の写真はほとんど無い。お腹が大きいのを見られるのは恥ずかしい、だったそうで。

産みに入る時には、車の中からいつものように手を振って、しゃら~んとした顔で入院。

特別にまさこさま仕様にしつらえた産室で、安産だったのか、長引きもせず、母になった。

退院の時は左手を、甲の部分を赤さまのお尻の下に差し入れていて、変なの。と、思いました。ふつう、てのひら二枚で抱きますやろ、赤ちゃんて。

「生まれて来てありがとう」

と、何やら言語感覚疑問形のコメント、記者会見で涙流すし。

とまあ、思い出せばあれやこれや。


このうた読むと、でも、まさこさん嬉しかったのね、と、意外な気もします。

すぐに、

皇太子の子ども生んだ。君・・皇太子も喜んでいるし。ああ、わが世の春ってこうなのね、すがすがしいってことなのね。

という弾みなのに気づきます。

皇太子の子なら、女の子もいずれは、の思いがあったか、聞かされていたか。

「生れいでしみどり児のいのちかがやきて」これ、公文書の定型文のようなうたで。こう書いてあれば文句は出ない、のカタチ。

ところで、「すがすがしって、どーゆー意味なの?」とは、お訊ねにならなかったでしょうね、ひでんか。




・いちやう並木あゆみてであふ町びとにみどり児は顔ゑみてこたふる

 ・いちやうなみき あゆみてであふ まちびとに みどりごはかほ ゑみてこたふる

                              十五年


銀杏並木を、歩む。市井の人々に出会う。人々は、内親王を抱っこしているワタシに、とても優しい。

笑顔で話しかけて来る。腕の中の子は、ほっぺもぷっくぷく、足も手もこちんこちんに固太りして、重いけどこの重さも貴重なものよね。

ミルクの濃さ、うんと濃度あげて、栄養たっぷりのミルク呑ませた甲斐があったってことかしら。

ぷっくぷくの子は、皆が笑顔だと、自分も、顔、にこにこと笑い顔にして。

みんな家へ帰って行ったら、今日、お会い出来たよ、お元気そうで可愛らしくて、とか、言うのね。

うふふ。生んでみてよかったわ。

安泰だわ、この子もいるし。うふふ。この子がいるからね。

赤ちゃんの時の愛子さん、可愛かったと思います、私。お母さまに、お股をぐいっと掴んで抱かれたりしておられた。

ミルクの濃度を守らない母親って、はっきりとは言えませんが、特殊です、そういうひと。赤ちゃんの体に負担をかけるとか、理解できないような。専用のナース複数人つけて、の話。なんでも多ければいいだろ、の思考癖でしょうか。

アンビリーバブルです。




 ・ねいるまへ かたらひすごす ひとときの わこのゑがほは しあはせにみつ  


・すこやかに育つ幼なを抱きつつ幸おほかれとわが祈るなり       皇太子

                               十六年
 

「家族の幸せ」を絵に描いたような。あ、字に書かせているのですね、失礼。

片言を話すようになり(多分そうだった?)よいしょっとヤンキー座りするようになった、笑顔の幼子と、その両親。

ファミリーのしあわせ。貴重にしておかさざるべき大切な幸せ。

それはいいんですけど。

それだけで済ませるのなら、じぶんっちの幸せを、こうしてはばかることもなく追及して行くだけの皇族なら、あなたがた要らないんで、とか、思う人、当時から沢山いたでしょうね。

ご存じないかもしれませんが、人々の方を向いていてこその、一種、プロのサービス業みたいな面があるのが、現代の皇室だと、書いたヒンシュクをかうでしょうか。

しあわせを人に見せるって、芸がいるのですよ。もう、芸と申します。

少なくとも、私人の幸せとバランスとれてる、公人としてのしゃきっとしたお姿と。・・・そんなん望んでも、

無理やん、なあ。

そういう感覚は無し。だははは、でへへへへ、と、笑ってるだけ。

そーゆーの、アホ、と、言いませんか。



・紅葉ふかき園生の道を親子三人なごみ歩めば心癒えゆく

 ・もみぢふかき そのふのみちを おやこみたり なごみあゆめば こころいえゆく

                               十七年


いわゆる「公園デビュー」は済まされた後か。

可愛い可愛いで来たお子さんに対して、不安の確定して来た後でしょうか。

初めての、しかも一人っ子なら、比較するような存在がそばにいない。よそのお子さんに接したりすることで、自分の子が「わかる」ということもある。気付かれたのでしょうか。

この一首は、重い一首と思います。

紅葉の鮮やかな道を、夫と子と自分と。

なごやかに談笑しながら、行きながら、こころが癒えて行く。ように、思う。

心細かった。悩んだ。苦しんだ。そういうことだったのか。

子のことは、こたえる。雅子さんも、さすが、本気であれこれ、向かい合うべきことに直面されたのか。



・輪の中のひとりわらへばまたひとり幼なの笑ひひろがりてゆく

 ・わのなかの ひとりわらへば またひとり をさなのわらひ ひろがりてゆく   


・いとけなき吾子の笑ひにいやされつ子らの安けき世をねがふなり   皇太子

                                十八年



私はまさこという人が全方向から嫌いですが。

この「うた」は、いいおうたと思います。エラそうですみません。

誰か専門家の手でまとめるにせよどうにせよ、すべて創作してしまうことは、まあ無いと思いたい、たとえば

「ひでんか、おうたの締め切りが(そんなの無いか)近づいております、歌会始の儀にはどのようなおうたを」

「えええ? うたなんかわたし、どうでもいいのよ、適当に作っておいて」

「それはなりません。何かきっかけなりと、ご自身でうたっていただきませんと。宮中の重要な儀式でごじゃります」

「んん、もおお、それどころじゃないっての、悩みいっぱいなのっての、うるさいいっての」

「きっかけのおコトバ(の切れ端を)いただかねば。何か、お心に留められたことなど」

「あ。」

「はい」

「子どもって、一人笑うと、他の子も笑って行くよね」

「は!」

「え?」

「ひでんか、それがよろしゅうございます、それ頂きます」



全くの妄想ですが、そういう具合にできたかも、と、いえ、妄想、妄想。

まさこさんは、この時期、あの方なりに、お子さんを見つめておられた(かもしれません)。

ここらでは、皇太子の能天気と言うか、現況を理解する能力の破壊的な欠落で、まさこさんは「悩んで」いたkもしれません。

と、ひどく甘い自分になっていますKUON。人は、子のことで、こたえる。

皇太子は、ペットを可愛がるようにお子さんに接するだけの人と考えています。ツマに対しても本気で向き合うことは難しいひと…一緒に、子のために真剣にはなってくれなかった父親。夫。そうだったのかも。

まさこさん自身、現実から逃げ出してしまうのではありますが。

ナルさん。あの方に対人的な「愛」の感覚は無い、きっと。



・月見たしといふ幼な子の手をとりて出でたる庭に月あかくさす

 ・つきみたしと いふをさなごの てをとりて いでたるにわに つきあかくさす

                                 十九年


幼い子の母親って、庭に出るのは、多く、夜よりも明るい時間帯のように思います。本能的なものでもあるかと。

働くお母ちゃんが、保育園から子を引き取って、買い物袋と子の重みでユラユラの自転車を必死でこいていて、ふと。

まま。お月さまきれい。

背中に貼りつく幼子の声に、えええ、と安全なあたりに寄って、止めて。いつもは月どころでない忙しさ、でも、

大きな透明な月が、見降ろすように励ますように、ふんだんな光を降り注いでくれている。

みたいなシーンは、ある、としても。

おっしゃ、へたばりかけてたけど、ママ頑張るで~、のような。

は、あるとしても。

これはいささか??な光景。幼い子に、月の光はよろしくないとも聞いたことあり。陽の光がよいですよ。暗くなったらお家にいることです、育って行っている間は。

逢魔が闇。

ズバり言えば、この母と子は、夜にしか、まともに、一緒にいない二人のように感じます。昼間は寝ているお母さん。

子は、放っておいても誰かが見ている。そういう母親。幼い愛子さんには、とてもとてもなついていた係の方がいらした。

放っておいても世話をしたくなくても、嫉妬心だけは旺盛なひと、愛子さんがなついている人を、止めさせた。

たくさん人を辞めさせています。二年の余も完全に無視されて止めていった方も。

気が向けば子を向く。

夜の庭に連れ出したこともあったのでしょう。

月あかくさす。

この「あかく」が「赤く」なのか「明るく」なのかで、うたの色彩も変わって来ます。

そして、この一首の中の母子の「孤独な感じ」に、父親の存在感は感じられない。出張中で不在、の形でなく、存在感の問題。

KUONの私感です。生まれてすぐの弾けるシワセのうたとは、家庭内の空気に変化を感じます。



・ともさるる燭の火六つ願ひこめ吹きて幼なの笑みひろがれり   

 ・ともさるる しょくのひむっつ ねがひこめ ふきておさなの ゑみひろがれり 

                                  二十年



バースデーケーキの、蝋燭、六本。

家族でケーキを囲んで、一人っ子である女の子は、頬ふくらませて、ローソクを吹き消した。これもしあわせを象徴するような光景ではあります。

みな、笑顔だったのか、この誕生日。

細かいことですが、ともさるる、とは人ごとじみた感じ、お母さんなら自分で火をともして、

「ともしやる」

ではないのかなあ、とか。言い過ぎですが。「ともしやりし」とか。字余りは得意なのに。

お父さんは点けないね、きっと、ローソク垂らさないでよ、とか言われちゃって。大変軽く扱われているお父さん。

この当時すでに、娘さんは皇太子でもある父親を、趣味その他がじじくさいので「ジジ」と呼んでいて。長くか短期間かはともかく。

テーブルセッティングは周囲の人がお膳立て、なのかしら。それがすべて、いつものこと、当たり前のようであるし。

どうでもいいことのようでふと、気になりました。イヤなやつ、KUON。



・制服の赤きネクタイ胸にとめ一年生に吾子はなりたり

 ・せいふくの  あかきネクタイ むねにとめ いちねんせいに わこはなりたり

                                   二十一年


よくわかるうたです。

ひねりも何も無い、でも、事実だけで成り立つうたでもある。

事実を、ちぎって投げて丸めたような。

スッキリしていい、ともいえるような。

まさこさんは、かなり、病んでおられたのでしょうね。

壊れて、と、申し上げてもいいでしょうか。

入内前から病んでいる。その壊れが進んで来て。

もう引っ込めてあげた方がいいのに、そうはされず、本人も虚しい、国民はもう、たまんない。

引っ込んで下されば、こんなこと、書きもしない。今は「公人」ですから、あの方。公人らしういてもらいたいと望むのみ。

贅沢ですか、それ。

まさこさん放置、愛子さん放置。皇室に於けるある種の犯罪でしょう。

現代の言い方で言えば

「だれとく?」誰得? 

いいかげえんにして欲しい。



・十一年前吾子の生れたる師走の夜立ち待ち月はあかく照りたり  

 ・じゅういちねんまえ わこのあれたる しはすのよ たちまちづきは あかくてりたり

                                   二十五年


有名な一首です。

出だしの「十一年前」が話題になりました。

私見です、まさこさんというひとには、和歌のセンスは全く無いと思われる。

無くてもいいと思います。ふれこみにあったように、外国の言葉に精通し、公人としてそれを活かされるなら。

園遊会に出て来て、栄えあるひと日の皆さまを、妃殿下らしくおねぎらいされるなら。

内親王を、あるがままの姿でみつめて、お病気があるなら、それを、いい方へ、福祉の方面へなど、身をもって生かして行かれたなら。病気は本人のせいではない。と理解を求めて行くことだって、あのお立場なら可能だったのに。

うたのセンスが無いとえらそうに言い切るのは。七五調のリズムが体に入っていないとわかるからです。

↑上の方にコントみたいに書いたのは、おそらくああしてポイントだけを受け取って「まさこさまのうた」を作り上げている状況があるからで、五七五七七のリズムと内容がくっついていない、こういうことを、まさこさまは言っているので~と、型にはめただけなのがわかるので。

うただけでない、何も続いておられなさそうな、まさこさま。

茶華道放り投げ、フルートも超豪華なプラチナのそれを写真に撮らせ、あとはおぼろ。

オボロではダメ、今、あのフルートどこにありますか。

まさこさま、皇太子妃殿下さま。

あなたはなあに。


何をお詠みにならrますか、と問われて。

表記のうたのごとき「思い出」が歌の形になったのだと推測します。

整合性などもう、遥か彼方のものになりました。

立ち待ち月、と云われる月が、師走のものでないこと。

おおよそは八月のものであること、などを、進言する方がおられたやら、どうやら、ひでんかが立ち待ち月、と仰せなのだから、定型にはめておけ、だったのか。

演歌歌手のうたででもその言葉を知って(あるのです、そういう歌)、いいな。と、思ったのか。すてきな言葉ですもの。立ち待ち月。でも違ったちゃったんです、ひでんか。

上記した、幼子と庭に出るうたで触れましたが、この、月が「あかくてりたり」ここ。

赤く、なのか、明るく、なのか。

わかりません。明るく、なのなら、文字通り明るい月であって、イメージも明るい(一般的には)。

赤く、なら、イメージ変わって来ます。

赤い月は、不吉な何かを思わせます。

まさこさんの月は、どちらなのか。

赤い月に魅かれる方のような気もします。

 
愛子さんのお誕生日に出された写真、動画、記事あれこれ。

胸が悪くなるほどの嘘ばかり連ねられていました。

画像はしかし、「お察し下さい」の感もありました。いつも甘くて後で自分を嗤う自分になります。

中学生の女の子に、アイシャドー、ピンクのチーク。例年のこと。そろそろメイクに関心を持つ年頃でも、せいぜいリップクリームまで、普通の親はそうではないかと思う。

気付いていたけど書くことはためらいました、耳の中に入っているのは、薄いピンクの補聴器?

補聴器が入っていて悪いことは無い、まったく無い、いたわしいことと思います。

昨日の動画をフルサイズにして見て下されば、わかります。ドキンとしました。

もっと驚いたのは[一人で両陛下にご挨拶」と仰々しい動画。

一人じゃない、大きな車に、女性(女官?)と共に乗って、東宮家流の仁義。窓あけて、中学生が手を振って。という、動画の中の愛子内親王。

目が逝ってます。お母さまとおんなじ。異様名光りよう。

目が泳いでいます。おくすりたっぷり与えられて、人前に出て来られたか。

どういうことなのか、あれ。









  1. 怒っていること
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目立ちたいの。だと!。




前記事を書いている途中、少し休もうといったんやめて、あちこちのブログを読ませていただいて、BBさんのところを訪問しました。

皇后美智子さんが、普段のへんてこな服で目立って喜んでおられるくらいは(本人的には)どうとして。

対・よその国での衣装選びが、間違っていて失礼で、それも並の失礼ぶりでは無かったとの検証を読ませていただいて。

どうしても、書きたくなったことがあります。

過去の美智子さんの「名言」中にある本人の言葉です。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

気を使うというより、

今でも迷い迷い着ている

こともあるのです。

                      昭和60年(1985)、51歳の誕生日を前に


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

学生時代はずっと制服でしたので、

(中略)今は、明るく澄んだ色で

着てみたい色がたくさんあります。

                      昭和57年(1982)、記者会見で


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

帽子は服によって

決まります。

淡い色の服を着た時、

黑い髪が少し強く

感じられることがあって、

そんな時、帽子で

髪の一部がおおわれると

安心します。

                        昭和57年(1982)、記者会見で


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美智子さんは昭和9年(1934)のお生まれですから、この発言は50歳前後のものです。



ただお一人の内親王、紀宮さまがご降嫁になったのは、平成17年(2005)、これらの発言の20年ほど後。紀宮さまは、慎み深いご性格のゆえもあってか、目立たない地味な装いでいらっしゃいました。

お母さまはずっとずっと、自分のための装いばかりを考えておられたのが本当だったと推察されます。

皇后さまって。世の中は使い捨て着捨ての風潮のあろうとも、上質なものを、品よくお召しのご存在と、考えてしまいがちなのですが。そうであれば安心なのですが。

ぜいきんぜいきんと、言い立てない・・・たぶん。

まだまだいろんな色を着てみたい。そうだったのですか。


                            

チャールズ英王子とレディ・ダイアナの結婚式に出席したのは、この発言の頃、昭和56年(1981)ですね。

結婚式列席に白い衣装、帽子の後ろにヴェールまで曳いて。この時に、ヨーロッパのそういった世界でのプロトコルを無視していたばかりか、変な帽子のデザイナーに「目立ってよかった」と言っていたことを、当のデザイナー氏が語っています。

過去にも貼りましたが、その時の動画をここに。





美智子さんが、だ~い好きな(軽薄とわかって言ってます)ローマ法王さまに対しても、縷々、激しいやらかしであったこと、BBさまの記事で(すでにご存じでしょうが)読まれると。

恥と怒りと表現しようの無いダークな感情に、血管がぶちきれそうになりました。KUONは。







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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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