今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

節分

節分。

世の流れに乗って、考えなくてもカッコがつくって訳で(笑)、恵方巻きとやらを用意し、イワシは天ぷらを買って来て(いっぴき100円、りっぱな大きさ、しかも美味しかった)、おそばはとろろそばにして。サラダは生の野菜のみで。

節分らしい感じをつくってみましたが、わたしの家は30年以上も前から、豆まきをしません。

幼かった娘の提案を受け入れて、そのまた娘が同じことを言い出し、鬼を外へ追い出す行事をしないで過ごしています。

お外は寒いですしね。

鬼やらいをしなくても、あれこれあっても何とか無事に来て、今年も立春を迎えることができます。

で。紙上鬼祓い。


禍禍しいものの苦手な方にはごめんなさい、あっという間に集まってしまいました、見てギョッとなったら、ごめんよ~~~。


「  」は~外~~~~~


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うしろ「」。


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ほんの数点、写真をお出ししただけです。

この方たちだけで今夜の演出ができるなんて。

しくしく。

ひどい話だと思ひます。


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邯鄲の夢

本年の宮中歌会始儀、粛々と淡々と進んで短く終わりました。

三笠宮殿下の昨年の逝去のことで、三笠宮家、高円宮家、お出ましにならず。披講=うたをよみあげる=をつとめる「講師」の中心は、今年も近衛忠大氏。亡き三笠宮さまのお孫さんで、皇太子のいとこさん。

独特の長い息の発声は深くよく響いて、招待されておられたケネディ元大使なども、身じろぎもせず聞き入っておられたようです。

皇室からは

天皇、皇后、東宮、秋篠宮親王、同妃殿下、眞子内親王、常陸宮親王妃。以上の七名でいらっしゃいました。

雅子妃殿下は「体調を考慮して」出て来ず。そのままの言葉で紹介されておられました。この場におられる方のほとんどが、まさこの「そういったこと」をご存じだろうな、と、ふと感じたのでした。

会場は皇居正殿松の間。

選ばれた10人の方々のおうたから始まり、選者の永田和宏氏のうたに続きました。


   野に折りて挿されし花よ吾亦紅(われもかう)あの頃われの待たれてありき

後で感想を述べたいですが、うたとして一番ぐっと来た・・・「あの頃われの待たれてありき」・・・感傷的と言えば言える一首でしょうけれど。

皇族代表として、秋篠宮さまのおうたが披講されました。


   山腹の野に放たれて野鶏らは新たな暮らしを求め飛びゆく

      さんぷくの のにはなたれて やけいらは あらたなくらしを もとめとびゆく


次が皇太子妃まさこさま と、不在のまま、


   那須の野を親子三人で歩みつつ吾子に教ふる秋の花の名

       なすののを おやこみたりで あゆみつつ あこにをしふる あきのはなのな



そして皇太子。ひどい眼振のさまがテレビ画像にとらえられておられました。目が、ずっと、揺れているのでした。


   岩かげにしたたり落つる山の水大河となりて野を流れゆく

     いわかげに したたりおつる やまのみず たいがとなりて のをながれゆく



続いて皇后のうた


   土筆摘み野蒜を引きてさながらに野にあるごとくここに住み来し

     つくしつみ のびるをひきて さながらに のにあるごとく ここにすみこし



最後が天皇のおうた。御製。

邯鄲の鳴く音聞かむと那須の野に集ひし夜をなつかしみ思ふ

     かんたんの なくねきかむと なすののに つどひしよるを なつかしみおもふ


上記、内廷のうたについて、以下のごとく注釈がつけられていました。


天皇陛下 「邯鄲の鳴く音聞かむと那須の野に集ひし夜をなつかしみ思ふ」

 1999年9月に栃木県那須町にある那須御用邸で過ごした際、夜間に研究者の説明を受けながら、コオロギの仲間の虫の鳴き声を聞いたことをと詠まれた。

皇后さま「土筆摘み野蒜を引きてさながらに野にあるごとくここに住み来し」

 都心でありながら、春にツクシを摘むなど季節ごとの自然を楽しめる皇居・御所での生活を振り返った。

皇太子「岩かげに したたり落つる 山の水 大河となりて 野を流れゆく」

登山中に見た水滴が多摩川の源流となって流れゆく先に思いをはせられた。

雅子さま=散策中、愛子さまに草花の名前を教えた喜びを「那須の野を 親子三人(みたり)で 歩みつつ 吾子(あこ)に教(をし)ふる 秋の花の名」と詠まれている。

・・・・・一般的な解釈では、↑ のようになるのでしょう。

歌会始の場で披講されず、テレビでも紹介されなかった皇族がたのおうたは、

紀子妃殿下


   霧の立つ野辺山のあさ高原の野菜畑に人ら勤しむ

     きりのたつ のべやまのあさ こうげんの やさいばたけに ひとらいそしむ


眞子さま

   野間馬の小さき姿愛らしく蜜柑箱びし歴史を思ふ

     のまうまの ちいさきすがた あいらしく みかんはこびし れきしをおもふ

佳子さま


   春の野にしろつめ草を摘みながら友と作りし花の冠

     はるののに しろつめくさを つみながら ともとつくりし はなのかんむり


常陸宮妃華子さま

   野を越えて山道のぼり見はるかす那須野ケ原に霞たなびく

     のをこえて やまみちのぼり みはるかす なすのがはらに かすみたなびく





御製を耳にしながら、ハッとしていました。

邯鄲とは、バッタに似た虫のことだと、テレビでも言っていましたが。

邯鄲、と聞けば一炊の夢を思う。
ほんの刹那の夢。はかない夢。

大辞林 第三版の解説によれば。

>かんたんのゆめ【邯鄲の夢】

〔出世を望んで邯鄲に来た青年盧生ろせいは、栄華が思いのままになるという枕を道士から借りて仮寝をし、栄枯盛衰の五〇年の人生を夢に見たが、覚めれば注文した黄粱こうりようの粥かゆがまだ炊き上がらぬ束の間の事であったという沈既済「枕中記」の故事より〕


栄枯盛衰のはかないことのたとえ。邯鄲の枕。邯鄲夢の枕。盧生の夢。黄粱一炊の夢。黄粱の夢。一炊の夢。

邯鄲。お能の曲名でもあります。ハッとしたのでしたが、考え過ぎでしょうか。

この関連で考えて行けば、都心にいて最高の利便をたのしみ、庭に出ては土筆を摘み、リンドウの花の紫に魅かれ、の暮らしを、続けて来たわ~と堂々と詠まれる奥方の、その栄華も。豪奢も。

邯鄲の夢、なのかも、などと、無理やりこじつける気はございませんとも。

ふと、思い及びます。

この期に及んで、あの状態の娘さんと共に暮らしながら(そうなのですよね?)、野の花の名を教えて、などと無神経な呑気な鈍感なうたを出して平然、の、皇太子の妻の明日も。

邯鄲の夢。なるほど、と、ある種の得心を得ました。






KUON部屋の(どすこい、ではありませぬ!)おたのしみ歌会もどき、思った以上のおうたを戴き、ありがたく思い、皇居の儀のしっぽにくっつけるのもどうかな~、もったいないな~と思いまして。

あさって日曜日のお昼までの受付にさせていただきます。

初めから申し上げているように、下さったそのままを、紹介させていただく。数は無制限(笑)、感想は無し。

ホンモノの歌会の儀が、来年はともかく、ぐらぐらとおかしな平成の終焉説がでている今。再来年のそれが、あるや否や。

とにかく、今年はあさって午前中まで、皆さまのおうた、お寄せ下さいませ。


あそびをせんとやうまれけむ  

                                                  「梁塵秘抄」






父の墓標はわれより低し



激しい雷雨の夜でした。庭の椅子も転んでいたし、ゴーヤのための支柱がのけぞったりしていて、風も大暴れだったようですが。

いっさい気にせず眠っておりました。

寺山修司の、うたが、読みたい・・・。


   海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり


   ころがりしカンカン帽を追ふごとくふるさとの道駈けて帰らむ


   日あたりて遠く蝉とる少年が駈けおりわれは何を忘れし


   少年のわが夏逝けりあこがれしゆえに怖れし海を見ぬまに


   やがて海へ出る夏の川あかるくてわれは映されながら沿いゆく


   漂いてゆくときにみなわれを呼ぶ空の魚と言葉と風と


   わが寝台樫の木よりもたかくとべ夏美のなかにわが帰る夜を


   パン焦げるまでのみじかきわが夢は夏美と夜のヨットを馳らす


   肩よせて朝の地平に湧きあがる小鳥見ており納屋の戸口より


   空を呼ぶ夏美のこだまわが胸を過ぎゆくときの生を記憶す


   向日葵(ひまわり)は枯れつつ花を捧げおり父の墓標はわれより低し


   父の遺産のなかに数えむ夕焼はさむざむとどの窓よりも見ゆ


   勝つことを怖るるわれか夕焼けし大地の蟻(あり)をまたぎ帰れば


   胸冷えてくもる冬沼のぞきおり何に渇きてここまで来しや


   朝の渚より拾いきし流木を削りておりぬ愛に渇けば


   さむきわが射程のなかにさだまりし屋根の雀は母かもしれぬ


   胸の上這わしむ蟹(かに)のざらざらに目をつむりおり愛に渇けば


   夏蝶の屍(かばね)をひきてゆく蟻一匹どこまでゆけどわが影を出ず


   群衆のなかに故郷を捨ててきしわれを夕陽のさす壁が待つ


   胸にひらく海の花火を見てかえりひとりの鍵を音立てて挿す


   愛なじるはげしき受話器はずしおきダリアの蟻を手に這わせおり


   わが撃ちし鳥は拾わで帰るなりもはや飛ばざるものは妬まぬ


   遠き火山に日あたりおればわが椅子にひっそりとわが父性覚めいき


   マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや




        寺山修司のうたは、新仮名・旧仮名、混在したまま残されています。ので、そのまま。


   




身すつるほどの



うたの本を読んでいたら、いいなあ、と、ひとときどっぷり漬かってしまいました。

  地下鉄の朝に魚臭ふなつかしさ われは故郷に省みられず

   ちかてつのあさに うおにほふ なつかしさ われはこきゃうに かへりみられず

                    中城ふみ子


  吸ひさしの煙草で北を指すときの北暗ければ望郷ならず

   すひさしの たばこできたを さすときの きたくらければ ばうきゃうならず

                    寺山修司


  あの夏の数かぎりなきそしてまたたった一つの表情をせよ

   あのなつの かずかぎりなき そしてまた たったひとつの ひゃうじゃうをせよ

                    小野茂樹


  父を見送り母を見送りこの世にはだあれもゐないながき夏至の日

   ちちをみおくり ははをみおくり このよには だあれもゐない ながきげしのひ

  わたくしが居なくなりてもこの部屋にしづかに月日はながれつづけよ

   わたくしが ゐなくなりても このへやに しづかにつきひは ながれつづけよ

                    永井陽子


美しき誤算のひとつわれのみが昂ぶりて逢ひ重ねしことも

   うつくしき ごさんのひとつ われのみが たかぶりてあひ かさねしことも

                    岸上大作


  わが伸ばす足のむかうに海ありてその波おとのなかに眠らん

   わがのばす あしのむかうに うみありて そのなみおとの なかにねむらん

                    上田三四二


 革命を持たざる国に生れ来て風雨ほどほどに有りて終るか

   革命を もたざるくにに うまれきて ふううほどほどに ありておわるか

  定住の家を持たねば朝に夜にシシリイの薔薇やマジョルカの花

   えいじゅうの いえをもたねば あさによに シシリイのバラヤマジョルカの花

  野の中にすがたゆたけき一樹あり風も月日も枝に抱きて

   ののなかに すがたゆたけき いちじゅあり かぜもつきひも えだにいだきて

                    斎藤史


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


まだいっぱいあります。

止めておこうかと思ったけれど、こんなアホウなもん見せられて、情けないわ。

いちおう、はります。

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〇〇の煮こごり。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身すつるほどの祖国はありや

   マッチする つかのまうみに きりふかし みすつるほどの そこくはありや

                    寺山修司

・・・・・何も捨てたくないなあ・・・・・・・・・

空に吸われし



月の最後の日は、銀行回りをします。

4月5月は、震災関連で、わがミジンコ会社の売り上げにもいささかの影響がありました。大きな会社の工場のラインが止まってしまっていましたし。影響は、波のようにたゆたゆたゆと、伝わって来るのです。

でも、おかげさまで、取引先への支払いも、働いて下さる方々のお給料の振り込みも、つつがなくできました。本当に困っておられる方が沢山いらっしゃるので、どうしようかと思いましたが、書きました。

何軒か銀行を回ると、足が痛くなります。そして、

パソコンの前で簡単に入金の確認も支払いも出来るらしいのに、未だにバスで出かけて、アナログな月末行事を続けています。

すべてを済ませたあと、本を買って、お気に入りの店で、コーヒーを楽しむ。そのひとときが、月末の私の幸せ・・・。


  実務には 役に立たざるうた人(びと)と
    我を見る人に 金借りにけり


石川啄木のうたです。

昨日とり上げた源実朝。時代も立場も作風も、まるで異なっている啄木ですが、実朝とほぼ同年輩、20代後半で死んでいます。

・・実務には役に立たない。・・・なんだ、仕事しくじってばっかりの、あの石川。

うたびと、らしいぜ、あの男は。短歌とやらいうもんが、えらく上手だというんだが。

何がうまくたって、金が稼げないんじゃ仕方ない、人に金借りてるようじゃな、うたびとだって、先生さまだって、な、と。

(笑)。

こういった感じに、見られていると、プライドの高い、自分自身に対しては繊細で感じやすい啄木は、わかっていた。

わかっていて、この一首が、単なる自虐でないところが、なんとも。

金、貸して下さいと、アタマ下げて。冷ややかな視線を、目を伏せてやり過ごして、お金を手にしたらもう、何でもどうでもいい、啄木は快楽主義者でした、お酒吞みに行っちゃう、女性だって買ってしまう。自分をさげすんで見た目など、忘れられる。

どのみち、あのひとたちは、何もわかっちゃいない、金くらいは稼げるだろうが、と、自分の方を上に置いてみていた・・から、おそらく、本当には傷ついていなかったと思われる。

おれさま啄木。そのように私は、お腹のなかで呼んでいます(笑)。

お金を出さないで快楽を得られれば、もっと楽しかったでしょう。

年老いた父や母や、若くして結婚した妻や、十分な庇護を必要とする幼子や。

面と向かえば愛しい者、こころ痛む者、その人々の生活が、ずずんと重く肩にのしかかっていて、そんな家族を、苦しめたくはなかった、でも啄木は、お金をなんとか工面できたら、パッパカと使ってしまった。


とてもいい人、が、こういうタイプの人間に、誠意の限りを尽くしたりすることがあります。

啄木にもいました、生前も死後に及んでも、啄木に関わり続けた人。

野口雨情や宮崎郁雨など、勝手なことをされたり被害と言えるようなことをされたり。でも啄木を悪くは書いていません。

誰より、金田一京助は、自分だって裕福では決してない中、啄木に、気持ちもお金も寄せ続けました。

(金田一京助は、横溝正史の「金田一耕助」の名前のモデル。息子さん、お孫さんと繋がる高名な国語学者)。

常識的な観点からは乖離した、いいかげんな啄木の姿も随分見たでしょうが。啄木の「才能」を、早々と知り、愛し、守りたかった友人だったのですね。

石川啄木は、初めての男の子を、生まれてすぐに亡くしていて。

葬儀の日に、啄木の乗った車から、ひとすじの煙が漂い出るのを見て、

「石川は殊勝にも、香を献じているのか」

みたいなことを書いた人は誰だったか・・・

実際には啄木は、タバコを喫っていたのでしたが。

それを、少し醒めた感じで書いていたのは、誰だったか・・・。

金田一京助は、離れなかった。


おそ秋の空気を
三尺四方ばかり
吸ひてわが児(こ)の死にゆきしかな

                           石川啄木

どう悲しいか、どう悲しむか。

本人以外にはわかりません。


はじめは、美智子さんのうたについて書くつもりだったのです、それが、啄木の方に、いま、行っていますね、そう言えば、初めから話題は啄木なのですね・・・わからないものですね・・・何、言ってるんだか。

突然、二人で小金井公園を散策、と、時事通信が伝えているのを見て。

このトートツさ何なんだ、と、疑問符が脳裏とびかい。

ピンクのお洋服のこーごーさんは、陛下の肘、しっかとつかんで。

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・ニュースです。

・ニュースだそうです。

ええ、私が書きたかったのは、歌集の中で、お気取りまくりあそばして、陛下を

「聖上」「大君」「君」

と。やたら

「み手」「み衣」「み車」

と丁寧風に。

書いておられるこの方が、肘つかんだり先に立って歩いたり、侍従のごとく従えたり。

している、あの方かと。同人物かと。

ものすっごく疑問符まみれになっていまして。結びつかんぞ、とか。

やはり自分で「見る」感じを、信じる者ですから。

ミテさん第何号とか、そういうことではない、うた、などは、なんぼでも綺麗に仕上げられるものだよね、そりゃあそうよ、の観点から。

どうも、歌のほうのミテコさんが、上等そうである。よくできておられる風である。長年の膨大な写真が語る「ミテコさん」とは、濃さが違うようである。

上品さの「濃さ」、とか。

なんか、それが、納得ゆきがたいと言うか・・・

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(これは過去の画像です)

ぢゃあ。

昭和天皇、皇后陛下を、丁寧風に詠んでる、これも、ぢつは・・と。

ココロが指図して感じてしまいましたのでした。

で、実際は、啄木・・・きょうは啄木気分だったとは、思いますのですが。

うた、好きなのです。



啄木の、煙草のうたを引きます。

煙草が買えなくて、もらい煙草を重ねていたり。人のタバコ、勝手に喫って、ニコニコわらっていたり。

金田一氏とは、火鉢の灰をかきまわして、いわゆる「シケモク」探し出して、なんとか煙にありついた、・・・楽しかったのでしょうね、そんな時、二人は。


   空家に入り 煙草のみたることありき あはれただ一人居たきばかりに


   忘れ来し煙草を思ふ ゆけどゆけど 山なほ遠き雪の野の汽車


   胸いたむ日のかなしみも、かをりよき煙草の如く、棄てがたきかな。


うたと本人の距離感が、独特。

人として、など考えるのはむだなことなのでしょね・・。




魅かれてしまううたが、いっぱい、たくさん、ありまして。

↓ この一首など。これだけで、降参します(なんで、何が、降参? (笑))。



   不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて空に吸われし十五の心




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しんしんと肺碧きまで海の旅

             篠原鳳作


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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