- くおんの万葉集・番外もあり。
- tb: 0
- cm: 2
- [ edit ]
ただありあけの

万葉集に限定せず、で。夏のうたをまた少し、味わわせていただきます。
夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ
なつのよは まだよひながら あけぬるを くものいづこに つきやどるらむ
清原深養父 「古今和歌集」 「百人一首」36番
清原深養父は、「枕草子」の清少納言の曾祖父にあたる人です。養父は「やぶ」と読みます。
「古今和歌集」「後撰和歌集」に多くのうたが選ばれており、琴の名手としても名高く、芸術愛好のひとであったと。いずれこのヘタレブログにも登場なさると思いますが(敬語(笑))、紀貫之(きのつらゆき)と親交が深かったそうなのでした。
忘れてしまいそうですので記しておきますが、この「紀」の文字ひともじの姓は今に続いていて「きぃ」さんと呼ぶ。その流れのお一人の「紀」さんも、今はもうおられませんが、うたをたのしまれていました。
夏の夜は、まだ宵かと思っていたのにもう明けてしまったようだ。と、夏の夜の短さが表現されている。
空の雲のどこに、月は宿っている…眠っているのだろうね、と思いを馳せているこの月は、中天に、鮮やかに美しく照っていた月だったのでしょうね。
この一首も、月に女性の面影をからめて「恋のうた」とも読めます。夏の短か夜は、もの思いの深さのゆえかとも。
風そよぐ ならの小川の 夕暮れは みそぎぞ夏の しるしなりける
かぜそよぐ ならのおがわの ゆふぐれは みそぎぞなつの しるしなりけり
藤原家隆(従二位家隆) 「新勅撰和歌集」「百人一首」98番
京都の上賀茂神社を流れる「ならの」小川、夕暮れとなっているいまは、風がそよいで既に秋めく感じもあるけれど。
この「夏越しの祓(なごしのはらい)」をしていることが、まだ夏である証拠なのですね、とうたっています。
季節の先取り(先感じ?)、現代ではモードの世界もそうですが、言葉あそびを楽しんだこの方々の特徴のひとつでもあるようです。
夏越の祓は、全国あちらこちらの神社で今も受け継がれている行事です。上賀茂のそれは、毎年、モノクロではありますが写真入りで新聞が伝えます。祓い=はらい、を、はらえ、とも言うようです。
作者の藤原家隆は、「新古今和歌集」の選者の1人であり、あのあまりにも 名高い藤原定家とは、従兄弟であり友人でもありました。
定家については、これもまた、いずれミジンコブログにもお出まし下さるでしょう(敬語。(笑))。
ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば ただ有明の 月ぞ残れる
ほととぎす なきつるかたを ながむれば ただありあけの つきぞのこれる
藤原実定(後徳大寺左大臣) 「千載和歌集」「百人一首」81番
ほととぎすは、時鳥とも杜鵑とも不如帰とも表記されます。
万葉集から古今和歌集にかけてホトトギスを詠んだ歌は沢山あり、特に古今和歌集には多くが選ばれています。
夏を知らせる鳥だというだけでなく、抒情的な鳴き声が(聞いていただけなくて残念ですが)ひとの、思慕の情をかき立てるなどされていました。
ホトトギスの最初の声を聴くために、何人かで夜通し待ったとの解説もされる、風流なうたです。一人で待ったと読めばまた、感じ方が違うのでないかと思います。
ホトトギスが鳴いたと思ってそちらを眺めてみると、そこに鳥の姿はなくて、ただ有明の月が残っているだけでしたよ。
「ほととぎす」が、単に鳥のホトトギスであっても、どなたか髪の長い姿の人であっても。
さほどの強い思い込みは無く、どこかとぼけた味わいがあると、私は感じるのですが。
作者の藤原実定は、詩歌のみならず今様・神楽・管絃の名手であり、蔵書家としても知られる才能豊かな人でした。叱られるの承知で書きますと、完璧な貴族の一パターンを極めた人というか。極めたところは凄いです。
この後徳大寺左大臣・藤原実定は、平家が隆盛を誇る時代の左大臣でした。その当時の高級官吏。平家にあらずんば人にあらずとされた時代の、左大臣。
「源平の合戦」の後、鎌倉幕府が開かれる直前まで生きた人です。平家の隆盛から滅亡までも見たひとです。
諸行無情。
諸行無常。
そんな念も、胸ふところにほとほとと抱きながらの晩年だったのでしょうか。
スポンサーサイト
- くおんの万葉集・番外もあり。
- tb: 0
- cm: 7
- [ edit ]
蝉時雨
暑い日が続きます。
わが家の裏庭の一部には、そのころ、蝉の幼虫がどっさり眠っていました。それを知らずキュウリの苗を3本、植えつけようとして、丸まっている幼虫群を発見。大げさではありません、いっぱいいたのです。
あらゴメンごめんと謝って、土を戻して覆いかぶせ、キュウリは、離れたあたりに植えました。
あの蝉たちなのでしょうか。
庭で、ぎゃんぎゃん鳴いています。蝉がぎゃんぎゃん鳴くわけが無いのですが、とにかく。
いっときも休まず鳴いています。
のど、乾かないのかなあ、など、今日はヒマなので、呑気なことを考えています。
婚活中なのですよね、今年生まれの蝉たち。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
万葉集に、犬をうたったうたは数首しかありません(私が知る限りは)。猫のうたは無いようです。
蝉のうたは、見つけることができました。
石走る瀧もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば都し思ほゆ
いわはしる たきもとどろに なくせみの こゑをしきけば みやこしおもほゆ
3617 大石蓑麻呂
作者は遣新羅使の一員。安芸の長門(現・呉市)で、久しぶりに陸地にあがって。
山中での宴のひととき、豊富な水量の瀧、蝉しぐれ、したたる緑の中で、不意に郷愁を覚えたのでしょうか。
離れて来た奈良の都。懐かしい寧楽の都に、思いを馳せたのでしょう。
帰れるかどうかさえ分からない、当時の新羅への旅の途次で。
うたとしては特徴の無い、ありがちなうたですが、だからこそ、誰の気持ちにも添いやすい思いの一首と思います。
もう一首。
これは万葉集でなく、数百年くだった鎌倉時代のうたです。
降るほどはしばしとだえてむら雨のすぐる梢の蝉のもる声
ふるほどは しばしとだえて むらさめの すぐるこずゑの せみのもるこゑ
藤原為守娘
藤原為守は、冷泉家の祖。いちばんはじめのひとです。このうたの作者は、その為守の娘。そのままの呼ばれ方で、1000年後の今に一首のうたを残しています。
いっとき激しく降って止み、また降って止む、村雨。
雨の間は声は途絶えているが、止めばたちまち今度は、いずれの木からも、わんわんと蝉しぐれ。
蝉時雨。日本の夏の情景、今も変わりません。
・・・日本人のこころは、大きく変わったのか。
変わったような、そうでもないような。
険しい言葉の大量シャワーに触れてしまうと、気持ちが沈みます。
どんな女性だったのか、どんな気持ちで詠まれた一首だったのか、まったくわからないけれど、うたは残り。
冷泉家もいま、うたの家として残っておられます。
わが家の裏庭の一部には、そのころ、蝉の幼虫がどっさり眠っていました。それを知らずキュウリの苗を3本、植えつけようとして、丸まっている幼虫群を発見。大げさではありません、いっぱいいたのです。
あらゴメンごめんと謝って、土を戻して覆いかぶせ、キュウリは、離れたあたりに植えました。
あの蝉たちなのでしょうか。
庭で、ぎゃんぎゃん鳴いています。蝉がぎゃんぎゃん鳴くわけが無いのですが、とにかく。
いっときも休まず鳴いています。
のど、乾かないのかなあ、など、今日はヒマなので、呑気なことを考えています。
婚活中なのですよね、今年生まれの蝉たち。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
万葉集に、犬をうたったうたは数首しかありません(私が知る限りは)。猫のうたは無いようです。
蝉のうたは、見つけることができました。
石走る瀧もとどろに鳴く蝉の声をし聞けば都し思ほゆ
いわはしる たきもとどろに なくせみの こゑをしきけば みやこしおもほゆ
3617 大石蓑麻呂
作者は遣新羅使の一員。安芸の長門(現・呉市)で、久しぶりに陸地にあがって。
山中での宴のひととき、豊富な水量の瀧、蝉しぐれ、したたる緑の中で、不意に郷愁を覚えたのでしょうか。
離れて来た奈良の都。懐かしい寧楽の都に、思いを馳せたのでしょう。
帰れるかどうかさえ分からない、当時の新羅への旅の途次で。
うたとしては特徴の無い、ありがちなうたですが、だからこそ、誰の気持ちにも添いやすい思いの一首と思います。
もう一首。
これは万葉集でなく、数百年くだった鎌倉時代のうたです。
降るほどはしばしとだえてむら雨のすぐる梢の蝉のもる声
ふるほどは しばしとだえて むらさめの すぐるこずゑの せみのもるこゑ
藤原為守娘
藤原為守は、冷泉家の祖。いちばんはじめのひとです。このうたの作者は、その為守の娘。そのままの呼ばれ方で、1000年後の今に一首のうたを残しています。
いっとき激しく降って止み、また降って止む、村雨。
雨の間は声は途絶えているが、止めばたちまち今度は、いずれの木からも、わんわんと蝉しぐれ。
蝉時雨。日本の夏の情景、今も変わりません。
・・・日本人のこころは、大きく変わったのか。
変わったような、そうでもないような。
険しい言葉の大量シャワーに触れてしまうと、気持ちが沈みます。
どんな女性だったのか、どんな気持ちで詠まれた一首だったのか、まったくわからないけれど、うたは残り。
冷泉家もいま、うたの家として残っておられます。
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
- 2018/06 (15)
- 2018/05 (21)
- 2018/04 (12)
- 2018/03 (12)
- 2018/02 (9)
- 2018/01 (17)
- 2017/12 (20)
- 2017/11 (15)
- 2017/10 (9)
- 2017/09 (12)
- 2017/08 (20)
- 2017/07 (18)
- 2017/06 (16)
- 2017/05 (23)
- 2017/04 (20)
- 2017/03 (15)
- 2017/02 (20)
- 2017/01 (22)
- 2016/12 (18)
- 2016/11 (20)
- 2016/10 (19)
- 2016/09 (21)
- 2016/08 (20)
- 2016/07 (26)
- 2016/06 (16)
- 2016/05 (20)
- 2016/04 (29)
- 2016/03 (24)
- 2016/02 (18)
- 2016/01 (30)
- 2015/12 (33)
- 2015/11 (31)
- 2015/10 (29)
- 2015/09 (26)
- 2015/08 (15)
- 2015/07 (21)
- 2015/06 (24)
- 2015/05 (19)
- 2015/04 (27)
- 2015/03 (26)
- 2015/02 (21)
- 2015/01 (28)
- 2014/12 (27)
- 2014/11 (28)
- 2014/10 (27)
- 2014/09 (22)
- 2014/08 (28)
- 2014/07 (26)
- 2014/06 (26)
- 2014/05 (25)
- 2014/04 (26)
- 2014/03 (26)
- 2014/02 (21)
- 2014/01 (20)
- 2013/12 (24)
- 2013/11 (24)
- 2013/10 (29)
- 2013/09 (24)
- 2013/08 (22)
- 2013/07 (18)
- 2013/06 (21)
- 2013/05 (19)
- 2013/04 (18)
- 2013/03 (13)
- 2013/02 (11)
- 2013/01 (18)
- 2012/12 (18)
- 2012/11 (9)
- 2012/10 (23)
- 2012/09 (19)
- 2012/08 (18)
- 2012/07 (23)
- 2012/06 (16)
- 2012/05 (17)
- 2012/04 (18)
- 2012/03 (24)
- 2012/02 (29)
- 2012/01 (21)
- 2011/12 (27)
- 2011/11 (29)
- 2011/10 (26)
- 2011/09 (26)
- 2011/08 (21)
- 2011/07 (28)
- 2011/06 (33)
- 2011/05 (16)
カテゴリ
ブログカウンター
プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
・・・・・・・・・・
プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
・・・・・・・・・・
