- 実話ぢゃないのよ実は。
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ざつこちゃんの けっしん。(再)。
美智子さんの、つまりこれが「お役目」だったのでしょうか。
その役目の一つ。皇室をひっちゃかめっちゃかにし、天皇の権威をずんどこまで貶め、東宮のことエトセテラ、とにかく、まともな日本人の気持ちを、神経を、剣山みたいなギザギザでもって、ぎぎぎぎぎと引っ掻いて耐え難くし、酸素不足の金魚のごとく、濁ってしまった水面であっぷあっぷさせる。
この国は、水、清らにして、人、穢れを厭う。そんな国であるはずなのに。
何にも書けないので、二年前に書き散らしたものを引っ張り出して来ました。
あの頃は、純粋にまさこを(だけを)イヤガッテいたワタシだったものよ、と、ふと感傷的に(なんかなりません!)。
「ざつこちゃんのけっしん。そのⅠ」
イメージ短歌 「御所で取るデリバリーピザ弱点はやはりチーズが冷めてることね」
作・何茶手くおん
ざつこちゃんのお口は、たべるためにあります。いま50さいですが、5さいのころからそうでした。
ざつこちゃんのかこを、あさ~く、ふりかえってみましょう。
おかあさんは、あまり、おりょうりをしません。ようちえんへ行くようになっておどろいたのですが、おともだちのおかあさんは、あさごはんもばんのごはんも、じぶんでおつくりになるそうなのです。ごはんやおみおつけや、おにくやさかな、おやさいとか、いろいろ、おりょうりして、おさらや小ばちによそって、かぞくがみなで、せきにおつきになります。そう、言っているこがいて、びっくりしました。
そして、いただきます、とか言って、いっしょにおしょくじということをするそうなのです。
ほんとうにおどろきました。ざつこちゃんのおうちでは、おかあさんはおかずをつくりません。マーケットへいって、コロッケややいたサケや、じゃがいものサラダなどをかってこられて、しょくたくにならべます。それで、おなかのすいた人はたべます。おとうさんがぐずぐずしていたら、あとでたべたいということです。おかあさんはそう言って、ほうっておいてさっさとかじをなさいます。
かじって、たいへんなのだそうです。
いえには、かじばかりするやくめの人がいたのですが、なんにんもいたのですが、すぐに出ていってしまいます。がまんがたりないのだと、ざつこちゃんはおもいます。やとってあげたのに、おんしらずだとおもいます。おばあちゃんが、そう、おっしゃっていました。
しょみんなんて、おんしらずばっかり。ちょっときにしてやったらすぐ、つけあがってくる。もんく言うしかしらないんだよ。おじいちゃんがそれで、おしごとで、どんなくるしいおもいをなさったか、と、おばあちゃんは、しょみんがみんな、だいきらいなのだそうです。あつかましくてかんしゃをしらない。人のこういはあたりまえで、もっともっととせびりにくるんですって。
いやなもののきがするわ、しょみんって。ざつこちゃんはおもいました。
「ねえ、ざつこは、しょみんじゃないの?」
ある日、ざつこちゃんはおばあちゃんに、たずねてみました。そうですとも、と、おばあちゃんはおっしゃいました。
「あなたのおとうさんは、きっと、もっと、しゅっせする。えらくなります。それをみこんで、ほんとはとうだいでてるだけでは足りないものだらけだったんだけど、大ばくちするきでね。
かんぺきにしつけもきょういくもほどこして、だれにみせてもはずかしくないむすめにそだてた、ざつこのおかあさんと、けっこんさせたのですもの。ざつこはいつか、よそのだれよりりっぱなおかねもちとけっこんするの。なみのもんじゃないわ。おひめさまかおうじょさまみたいなけっこんをするのよ。だからね」
おとうさんのおっしゃることを、いつでもきいて、おかあさんがこれがいい、ということを、そのままきいて、なにもかんがえないことよ。よけいなちえがまわると、よくないことになります。がっこうもおしごともけっこんも、おやのいうこときいてたらまちがいはない。」
そのときおばあちゃんは、ばかでもたりなくても、そうしていたらウマくゆく、とか、ざつこちゃんにはわからないことを、もごもごとおっしゃったのでしたが、ふりむいてもどったら、すぐにわすれてしまいました。
あ。そうでした。しょくじのはなしでした。
ざつこちゃんにはふたごのいもうとがいるんです。いもうとたちは、いすにすわらせてほうっておくと、いすからころげたりして、おとうさまがそういう、おちるような子を拾ってあげるのがじぶんにはふさわしくないざつようなので、おきらいなので、ゆかの上でたべさせます。しんぶんしをしいて、そこでたべます。
ゆかにおいて、たべものをまえにおいてやると、手でつまんでたべます。
だらだらこぼれたりしますが、あとで、しんぶんしのはしっこで口をふいて、そのままこぼれたものもあつめて、すててしまいます。ごうりてきなやりかた、なのだそうです。
おとうさんは、おさしみをめしあがるときに、かってきたおさしみの入っている竹でつくったおさらにおしょうゆをおかけになるので、テーブルにおしょうゆがしみ出てきたりすると、おかあさんは、チッとしたをならして、てのひらでザッとふいて、手をあらってきて、もうこぼさないで、とかおっしゃいます。おとうさんは「ん」と言います。
たべものを、おさらや小ばちに入れるなんて、あとで、おさらをあらわなくてはならないではありませんか。
ざつこちゃんは、そんなの、ふごうりだし、よそのおうちはおかしいことをするのね、と、おもいました。
ざつこちゃんのおとうさんは、だれよりえらいので、おちゅうげんやおせいぼも、たくさんとどきました。
そういうものは、ごはんのおかずになりました。ハムをぶあつく切って、がぶんがぶんとかぶりつくと、ほかのものなんかたべなくても、おなかがふくれました。ざつこちゃんは、おしたしやおいものたいたのなんか、きらいでした。おとうさんだけはそういうものを、おかあさんがかってきておいておくと、うれしそうにたべていました。おかあさんは、じぶんもかってきた天ぷらやカツがすきなのでたべながら、おとうさんはとかいのヒトじゃないから、と、ふふん、と言っていました。
ざつこちゃんはほんとうは、おかあさんよりおとうさんが、すこしだけたくさんすきなきがしていたのですが、おいもをたべているおとうさんは、すいてあげるわけには行かないわ、と、おもっていました。わたしは、おおきくなったらおうじょさまで、おうじょさまは、ロースハムを丸かじりしてもかっこつくとおもうけど、おいもはね、と、そういうかんがえでした。
いただきもので、いらないものは、がいしょう、とかいうおとこの人や、いつもおさけをはこんでくるおにいさんなどが、もっていったりおかねをはらったりしていました。ざつこちゃんは、いらないものは、だれかに言えば、おかねにかえてくれるのね、と、ひとつ、まなんだきになっていたりしました。
がいこくでもくらしました。がいこくでは、がいこくのかじをするヒトをやとって、くらしていました。
おうちへおきゃくさんが来られることもありました。
その時は、メイドがたくさんつくったりょうりを、おとうさんは、じまんしてわらっていました。
「かないはなにもできないが、はたらいたこともない、おきがるおくさんだが、りょうりだけはましなものをくわせるんだよ、はっはっはっ」
ざつこちゃんは、きげんのいいおとうさんと、まあそんな、とか言って、うっしっしとわらっているおかあさんを、みて、ヒトがいるときにはこうして、なかよしみたいにするのね、と、おぼえて行きました。おかあさんは、人がいるときだけ、おとうさんと、とってもなかよしにしていたのでした。
ざつこちゃんは、いらないことをしなくていいと言われていたので、だれかにあっても、こんにちは、とかこんばんは、とか、言わないでいました。じつはみんな、おとうさまの「ぶか」だとしっていたので、おじぎもしませんでした。
ぶかにおじぎをするのは、むだなことで、ごうりてきでなくかしこくっもないと、すでにわかりかけていました。
おとながわははと笑っているまに、たべたいものはつまんでたべていました。
ふたごのいもうとたちも、よろよろあるきながら、つまさきで立ったりして、てーぶるにあるものに手をのばしていました。さわったものをつかんで、いもうとたちはたべていました。
おきゃくさんたちは、あまり、おたべになりませんでした。
かえったあとで、りょうしんが、めずらしくいっしょに、たべたりのんだりしているのをみて、ざつこちゃんは、けっしんしていました。
わたしも、おとうさんやおかあさんのように、なんだかよくわからないけど、こうやってくらすヒトになろう。
そう、けっしんしていたのでした。
続く。・・・のか?
(おとうさん、とかおとうさま、とか、敬語的表現の混乱及び混在は、表現の真実性を具現せんとの目論見が・・・つまり、わざとです)。でへ。
<
(動画はあくまでイメージです)。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
お返事は、後にゆっくりと・・・。
その役目の一つ。皇室をひっちゃかめっちゃかにし、天皇の権威をずんどこまで貶め、東宮のことエトセテラ、とにかく、まともな日本人の気持ちを、神経を、剣山みたいなギザギザでもって、ぎぎぎぎぎと引っ掻いて耐え難くし、酸素不足の金魚のごとく、濁ってしまった水面であっぷあっぷさせる。
この国は、水、清らにして、人、穢れを厭う。そんな国であるはずなのに。
何にも書けないので、二年前に書き散らしたものを引っ張り出して来ました。
あの頃は、純粋にまさこを(だけを)イヤガッテいたワタシだったものよ、と、ふと感傷的に(なんかなりません!)。
「ざつこちゃんのけっしん。そのⅠ」
イメージ短歌 「御所で取るデリバリーピザ弱点はやはりチーズが冷めてることね」
作・何茶手くおん
ざつこちゃんのお口は、たべるためにあります。いま50さいですが、5さいのころからそうでした。
ざつこちゃんのかこを、あさ~く、ふりかえってみましょう。
おかあさんは、あまり、おりょうりをしません。ようちえんへ行くようになっておどろいたのですが、おともだちのおかあさんは、あさごはんもばんのごはんも、じぶんでおつくりになるそうなのです。ごはんやおみおつけや、おにくやさかな、おやさいとか、いろいろ、おりょうりして、おさらや小ばちによそって、かぞくがみなで、せきにおつきになります。そう、言っているこがいて、びっくりしました。
そして、いただきます、とか言って、いっしょにおしょくじということをするそうなのです。
ほんとうにおどろきました。ざつこちゃんのおうちでは、おかあさんはおかずをつくりません。マーケットへいって、コロッケややいたサケや、じゃがいものサラダなどをかってこられて、しょくたくにならべます。それで、おなかのすいた人はたべます。おとうさんがぐずぐずしていたら、あとでたべたいということです。おかあさんはそう言って、ほうっておいてさっさとかじをなさいます。
かじって、たいへんなのだそうです。
いえには、かじばかりするやくめの人がいたのですが、なんにんもいたのですが、すぐに出ていってしまいます。がまんがたりないのだと、ざつこちゃんはおもいます。やとってあげたのに、おんしらずだとおもいます。おばあちゃんが、そう、おっしゃっていました。
しょみんなんて、おんしらずばっかり。ちょっときにしてやったらすぐ、つけあがってくる。もんく言うしかしらないんだよ。おじいちゃんがそれで、おしごとで、どんなくるしいおもいをなさったか、と、おばあちゃんは、しょみんがみんな、だいきらいなのだそうです。あつかましくてかんしゃをしらない。人のこういはあたりまえで、もっともっととせびりにくるんですって。
いやなもののきがするわ、しょみんって。ざつこちゃんはおもいました。
「ねえ、ざつこは、しょみんじゃないの?」
ある日、ざつこちゃんはおばあちゃんに、たずねてみました。そうですとも、と、おばあちゃんはおっしゃいました。
「あなたのおとうさんは、きっと、もっと、しゅっせする。えらくなります。それをみこんで、ほんとはとうだいでてるだけでは足りないものだらけだったんだけど、大ばくちするきでね。
かんぺきにしつけもきょういくもほどこして、だれにみせてもはずかしくないむすめにそだてた、ざつこのおかあさんと、けっこんさせたのですもの。ざつこはいつか、よそのだれよりりっぱなおかねもちとけっこんするの。なみのもんじゃないわ。おひめさまかおうじょさまみたいなけっこんをするのよ。だからね」
おとうさんのおっしゃることを、いつでもきいて、おかあさんがこれがいい、ということを、そのままきいて、なにもかんがえないことよ。よけいなちえがまわると、よくないことになります。がっこうもおしごともけっこんも、おやのいうこときいてたらまちがいはない。」
そのときおばあちゃんは、ばかでもたりなくても、そうしていたらウマくゆく、とか、ざつこちゃんにはわからないことを、もごもごとおっしゃったのでしたが、ふりむいてもどったら、すぐにわすれてしまいました。
あ。そうでした。しょくじのはなしでした。
ざつこちゃんにはふたごのいもうとがいるんです。いもうとたちは、いすにすわらせてほうっておくと、いすからころげたりして、おとうさまがそういう、おちるような子を拾ってあげるのがじぶんにはふさわしくないざつようなので、おきらいなので、ゆかの上でたべさせます。しんぶんしをしいて、そこでたべます。
ゆかにおいて、たべものをまえにおいてやると、手でつまんでたべます。
だらだらこぼれたりしますが、あとで、しんぶんしのはしっこで口をふいて、そのままこぼれたものもあつめて、すててしまいます。ごうりてきなやりかた、なのだそうです。
おとうさんは、おさしみをめしあがるときに、かってきたおさしみの入っている竹でつくったおさらにおしょうゆをおかけになるので、テーブルにおしょうゆがしみ出てきたりすると、おかあさんは、チッとしたをならして、てのひらでザッとふいて、手をあらってきて、もうこぼさないで、とかおっしゃいます。おとうさんは「ん」と言います。
たべものを、おさらや小ばちに入れるなんて、あとで、おさらをあらわなくてはならないではありませんか。
ざつこちゃんは、そんなの、ふごうりだし、よそのおうちはおかしいことをするのね、と、おもいました。
ざつこちゃんのおとうさんは、だれよりえらいので、おちゅうげんやおせいぼも、たくさんとどきました。
そういうものは、ごはんのおかずになりました。ハムをぶあつく切って、がぶんがぶんとかぶりつくと、ほかのものなんかたべなくても、おなかがふくれました。ざつこちゃんは、おしたしやおいものたいたのなんか、きらいでした。おとうさんだけはそういうものを、おかあさんがかってきておいておくと、うれしそうにたべていました。おかあさんは、じぶんもかってきた天ぷらやカツがすきなのでたべながら、おとうさんはとかいのヒトじゃないから、と、ふふん、と言っていました。
ざつこちゃんはほんとうは、おかあさんよりおとうさんが、すこしだけたくさんすきなきがしていたのですが、おいもをたべているおとうさんは、すいてあげるわけには行かないわ、と、おもっていました。わたしは、おおきくなったらおうじょさまで、おうじょさまは、ロースハムを丸かじりしてもかっこつくとおもうけど、おいもはね、と、そういうかんがえでした。
いただきもので、いらないものは、がいしょう、とかいうおとこの人や、いつもおさけをはこんでくるおにいさんなどが、もっていったりおかねをはらったりしていました。ざつこちゃんは、いらないものは、だれかに言えば、おかねにかえてくれるのね、と、ひとつ、まなんだきになっていたりしました。
がいこくでもくらしました。がいこくでは、がいこくのかじをするヒトをやとって、くらしていました。
おうちへおきゃくさんが来られることもありました。
その時は、メイドがたくさんつくったりょうりを、おとうさんは、じまんしてわらっていました。
「かないはなにもできないが、はたらいたこともない、おきがるおくさんだが、りょうりだけはましなものをくわせるんだよ、はっはっはっ」
ざつこちゃんは、きげんのいいおとうさんと、まあそんな、とか言って、うっしっしとわらっているおかあさんを、みて、ヒトがいるときにはこうして、なかよしみたいにするのね、と、おぼえて行きました。おかあさんは、人がいるときだけ、おとうさんと、とってもなかよしにしていたのでした。
ざつこちゃんは、いらないことをしなくていいと言われていたので、だれかにあっても、こんにちは、とかこんばんは、とか、言わないでいました。じつはみんな、おとうさまの「ぶか」だとしっていたので、おじぎもしませんでした。
ぶかにおじぎをするのは、むだなことで、ごうりてきでなくかしこくっもないと、すでにわかりかけていました。
おとながわははと笑っているまに、たべたいものはつまんでたべていました。
ふたごのいもうとたちも、よろよろあるきながら、つまさきで立ったりして、てーぶるにあるものに手をのばしていました。さわったものをつかんで、いもうとたちはたべていました。
おきゃくさんたちは、あまり、おたべになりませんでした。
かえったあとで、りょうしんが、めずらしくいっしょに、たべたりのんだりしているのをみて、ざつこちゃんは、けっしんしていました。
わたしも、おとうさんやおかあさんのように、なんだかよくわからないけど、こうやってくらすヒトになろう。
そう、けっしんしていたのでした。
続く。・・・のか?
(おとうさん、とかおとうさま、とか、敬語的表現の混乱及び混在は、表現の真実性を具現せんとの目論見が・・・つまり、わざとです)。でへ。
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プロフィール
Author:KUONの久遠
・・・・・・・・・・・・・・
四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
・・・・・・・・・・
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シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
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