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今日も元気でいましょうね^^

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category: 「美智子さまの恋文」より  1/2

パックマン(ごめんなさい・汗)

正田美智子さんが胸の前に掲げているこの花は、何なのでしょう。ええと。花、むき出しでこう、持たれますか、花、弱るのではないでしょうか、既に、弱っていますか。皇太子妃として、第一親王をあげられた美智子さん。2月23日にご誕生のナルさんの退院時です、まだ外は寒い頃でした、しかし、車の窓を全開にして、未来の天皇を、沿道の皆さまに「見せてあげた」ミテコさんなのでした。…初めてあかちゃんを生んだ女性は、ホルモ...

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とにかく「イヤ」だったんですね。

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詳しく書く気力と時間がいまは足りませんが。昭和35年に浩宮が生まれた後、38年の3月、宮内庁は美智子妃の二度目の懐妊を発表した。直後に、ただならぬ症状により東宮妃は入院、胞状奇胎の処理がなされた。いわゆる「葡萄児」。異常妊娠の一つであって、誰のせいでもない、不妊になるかもしれない予後も含めて、母体にとっては心身ともに苦痛な事態でもある。経過は順調と発表されたものの、美智子妃は10㌔も痩せてしまった...

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その四

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.「充分な理解と和が、すでに皇室の方々の間におありになり、また、殿下が私に上がるようにおっしゃったことに強い反対が周囲におありにならなかったのでしたならば、このようには考えないかも存じません。でも今は、波紋を最小限にとどめることを考えなければなりません。そのためには目立たないところにお仕事場をみつけなくてはなりません」と、入内直前の美智子さんは書いておられたようです。丁寧そうではあるが、不躾なもの...

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その三

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けれど美智子さまが、大変な中へ入って行かれたことは、事実だったと。感じ入らないわけには行きません。橋本氏が書かれている限り、昭和の皇太子は、ご自分の「理想の女性」ともして、正田美智子さんを迎えることに懸命でいらした。エピソード豊富ですし、美智子さまは、自分はその任を果たすにふさわしくない、と、苦しみ悩まれたとも、ここにはあらわされています。今どんどん言われているGHQがどうのとは、この本には書かれて...

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その二

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順不同で、と初めに書かせていただいたので気が楽です。今日は、p・217~からの部分を書きうつします。昭和35年1月。ご成婚の翌年、第一子(浩宮)をご懐妊中の美智子さんの書かれたこと。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「本当に私はさしあたって赤ちゃんのことが心がかりでなりません。手元で育てさせていただくとすれば、それはもう皇后さまのお時代と違う形をとることになってしま...

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