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返事の中までKUONです。

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宮川選手の会見全文

日大の「加害選手」の」5月22日の会見全文」を以下に引かせていただきます。)読んでもらいやすいようにと、途中で行を空けたりしてしまいましたが、ご容赦ください。

* * *

宮川選手:まず最初に、本件によりケガをさせてしまった関西学院大学のアメリカンフットボール部のクオーターバックの選手、およびそのご家族、関西学院大学アメリカンフットボールとその関係者の皆様に対し、大きな被害と多大なるご迷惑をおかけしたことを深く反省しております。本当に申し訳ございませんでした(深く頭を下げる)。

 試合の日までに至った経緯について、試合の3日前の5月3日から話させていただきます。
 今年度の試合は本件までに、4月22日、4月29日の2回行われています。そのいずれについても、私はスターティングメンバーで出場しました。5月3日の実戦形式の練習でプレーが悪かったということでコーチから練習を外されました。これまで同じことはありませんでしたが、この頃は監督・コーチから「やる気がたりない」「闘志がたりない」という指摘を受けるようになっていたので、このプレーをきっかけに外されたのだと思います。
 そのあと、全体のハドルの中で監督から「宮川なんかはやる気があるのかないのかわからないので、そういうヤツは試合に出さない。辞めていい」。井上コーチからは「お前が変わらない限り、練習にも試合にも出さない」と言われました。

■内田監督から「日本代表に行っちゃダメだ」と言われた
 5月4日、練習前に監督から「日本代表に行っちゃダメだよ」と、当時選抜されていた今年6月に中国で開催される第3回アメリカンフットボール大学世界選手権大会の日本代表を辞退するように言われました。監督に理由を確認することはとてもできず、「わかりました」と答えました。この日は、今年度はじめて全体で行われたディフェンシンギーの日でした。未経験の1年生がいたので、副キャプテンがタックルをして、私が受ける形をメニューをやって見せるために、私がダミーを持ちました。するとコーチから「なぜ最初にダミーを持つんだ」と言われて、グラウンド10周を走らされました。
 その日の実践練習は、練習前に井上コーチに確認したところ、「宮川は出さない」と言われて外されました。5月5日、この日も実践練習を外されていました。練習を井上コーチから「監督にお前をどうしたら試合に出せるかを聞いたら、相手のクォーターバックを1プレー目でつぶせば出してやると言われた。『クォーターバックを潰しにいくんで、僕を使ってください』と監督に言いにいけ」と言われました。

 続けて井上コーチから、「相手のクォーターバックとは知り合いなのか」「関学との定期戦がなくなってもいいだろう」「相手のクォーターバックがケガをして、秋の試合に出られなかったら、こっちの得だろう。これは本当にやらなくてはいけないぞ」と念をおされ、髪型を坊主にしてこいと指示されました。
 ポジションの先輩から、井上コーチに宮川にはアラインはどこでもいいから、1プレー目からクォーターバックを潰せと言っておけ」と言われた旨を告げられました。相手を潰すくらいの強い気持ちでやってこいという意味ではなく、本当にやらなくてはいけないのだと思い、追い詰められて悩みました。

 5月6日、いろいろ悩みましたが、これからの大学でのフットボールでここでやらなければ後がないと思って試合会場に向かいました。試合のメンバー表に、私の名前はありませんでした。

■コーチとの会話は同じポジションの選手も聞いている
 その後の試合前のポジション練習時に、井上コーチに確認したところ、「今行って来い」と言われたので、私は監督に対して直接「相手のクオーターバックを潰しにいくので使ってください」と伝えました。監督からは「やらなきゃ意味ないよ」と言われました。戻った私は井上コーチに監督と話をしたこと、監督から「やらなきゃ意味ないよ」と言われたことを伝え、さらに井上コーチに対して、「リードをしないでクオーターバックに突っ込みますよ」と確認しました。井上コーチからは「思いっきり行ってこい」と言われました。このことは同じポジションの人間は聞いていたと思います。

 その後、試合前の整列の時に井上コーチが近づいてきて「『できませんでした』じゃすまされないぞ。わかってるな」と念を押されました。本件直後は何も考えられない状態でした。そのため、相手のクォーターバックがケガをして代わったことにも気づいていませんでした。ふだんの試合でこんなことはありえません。本件で問題になっている1プレー目の反則行為の後、2プレー目が終わり、コーチに呼ばれてサイドラインに戻った時に「井上コーチからキャリアに行け」と言われましたが、さんざんクォーターバックを潰せと指示されていたので、井上コーチの発言の意味が理解できず、再びパスをしてボールを持っていない状態の相手チームのクォーターバックにタックルをして倒し、2回目の反則を取られました。

 3回目の反則は、相手に引っ張られて尻もちをついたあと、相手のオフェンスの方に行こうとした際に、正面から向かってきた相手選手を突いた行為に対して取られました。この反則は、「相手がつかんできてもおとなしすぎる」などとコーチから指摘されていましたし、「やる気がない」として外されていたので、向かってきた相手選手にやられっぱなしにできないと思って、意識的に行った行為でした。
 退場になり、テントに戻った後、事の重大さに気づき、泣いていたところ、井上コーチから見られていました。試合後、スタメンと4年生が集められたハドルの時に、監督から「コイツのは自分がやらせた。コイツが成長してくれるんならそれでいい。相手のことを考える必要はない」という話がありました。

■コーチから言われた「優しすぎるところがダメなんだ」
 その後、着替えて全員が集まるハドルでも、監督から「周りに聞かれたら、俺がやらせたんだと言え」という話がありました。井上コーチから、私が退場になった後、DLの上級生リーダーが、私に相手クォーターバックにケガをさせる役割をさせたことをすまなく思って、自分にもやらせてほしいと申し出たという話を紹介して、その上級生は「自分にもやらせてくれ言ったぞ。お前にそれは言えるのか。お前のそういうところが足りないと言っているんだ」と言われ、退場後に泣いていたことについても「優しすぎるところがダメなんだ。相手に悪いと思ったんやろ」と責められました。

 5月8日、井上コーチから午後5時ごろにグラウンドに呼び出されました。私がグラウンドのクラブハウスで待っていると先輩が来て、私の様子を心配してくれました。先輩に「もうアメフトはできない」と伝えると、先輩は「そうだよな」と応じてくれました。

 その後、学生のスタッフが来て、監督が待っているコーチ部屋に行くように言われました。当初コーチ部屋は監督一人でした。私と監督が話し始めると、遅れて井上コーチと鈴木コーチが来て、監督との話を聞いていました。私が監督に対し、「もうフットボールはできない」と言うと、監督は「お前の罰はあの時、退場になってお前の処罰は終わっているんだからいい。世間は監督を叩きたいだけでお前じゃない。気にするな」と言われました。その後、監督は練習に出ていったので、井上コーチと鈴木コーチの3人で話をしました。
 当然、二人のコーチからは事実関係の確認はなく、「お前が辞める必要はないだろう。向こうとの試合がなくなろうと別にいいだろう」という話をして、退部を申し出た私を引き留めようとしました。しかし、私としてはこんなプレーをしてアメフトを続けることはとても考えられませんでした。

 5月9日、森ヘッドコーチから三軒茶屋のキャンパスに呼び出されて「辞めるべきじゃない。フットボールで返していくしかない。監督が厳しく言ったことを、そのままお前に伝えたコーチに責任がある」と言われました。

■[被害者への謝罪したいと伝えたら、内田監督が「今はやめてほしい」
 5月11日、前日の謝罪文公表を受けて、こちらから井上コーチに連絡をして、本部にある監督の部屋で、監督と井上コーチ、私と両親で面会しました。父から、個人的にでも「相手方選手と家族に謝りに行きたい」と申し入れたところ、監督からは「今はやめてほしい」と言われました。
 父から、監督・コーチから選手に対して対戦校のクオーターバックにケガを負わせろと指示を出し、選手はそれに従っただけである旨の公表を求め、そのメモを先方に渡しましたが、公表できないと断られました。面会の後、井上コーチから父に連絡があり、理由の説明もなく「関学アメフト部の監督に謝りに行く」と言われました。父がアポイントを取ってほしい旨を求め、アポイントを取ろうとしたようですが「先方から断れた」と連絡がありました。しかし、夜中に再度井上コーチから父に連絡があり、「謝りに行く。息子さんを行かせてください」と言われて、関西学院大学に行くことになりました。

 5月12日、謝罪のために私と井上コーチと関西学院大学を訪れましたが、再度先方から面会を断られたため、関学アメフト部の監督にお会いすることはできませんでした。

 5月14日、井上コーチから父に連絡があり「三軒茶屋のキャンパスに来てほしい」と呼び出され、父と二人で訪問しました。その日はその後、私と父が関東学生アメリカンフットボール連盟の技術委員会で聞き取り調査をうけました。

 5月16日、私は日本大学本部の体育局にチームの幹部とともに呼ばれましたが、先方はどう出てくるかわからない不安が強く、体調もよくなかったため、私は行きませんでした。

 5月18日に、私と父で関学アメフト部クォーターバックの選手およびご両親を訪問し、直接謝罪の意を伝えました。
 最後に、本件はたとえ監督やコーチに指示されたとしても、私自身が「やらない」という判断ができずに、指示に従って反則行為をしてしまったことが原因であり、その結果、相手選手に卑劣な行為でケガを負わせてしまったことについて、退場になった後から今まで思い悩み、反省してきました。そして、真実を明らかにすることが償いの第一歩だとして、決意して、この陳述書を書きました。相手選手、そのご家族、関西学院大学アメリカンフットボール部はもちろん、私の行為によって大きなご迷惑をおかけした関係者のみなさまにあらためて深くお詫び申し上げます。本当に申し訳ございませんでした。

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  1. おそろしいこと。
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いよいよ出て来た「あの家の『実は』」 画像加えました

週刊誌の記事ですが、貼ってみたく思いました。

感想を先に述べます。

文中の

>しかし数日後、佳代さんは弁護士に相談したのか、家まで届けにきた文書の中で“お金は贈与されたもので、返す理由がない”と返金を拒否してきたのです。

>その際、佳代さんと一緒に訪れた圭さんも“贈与だと認識しています”と言っていたそうです。


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どこやらの男女の、生臭くもセコい話はどうでもいいこと、本来なら他人があれこれ言う事でもない。しかし、 話が事実ならば 、母親の「カレシさん」が入学や留学の費用を「貸して」くれ、それで、という、内親王の婚約者。そういったおカネを「贈与だと認識」 という感性。あのひとのことなれば全く驚きはしないけど。あー、そうなの、へえ、です。

しかし、決して相容れがたい感性だと感じます。言ってしまいますが、今度の、おかあちゃんでない自分自身の相手方は、借用書だの云わなさそうですし、金額だって、400万なんてちっせえもの、ではなさそうですし。

ただ、たかっていいお金ではない。そこ大事なのに。

人のお金に対する感覚は、なかなかその人を「視る」材料になるのですよね、これが。

>竹田さんの名前と借金の話を投げかけると、顔が少しうつむき、さらに歩くスピードが上がった。

>─秋篠宮家の方々は、この事実をご存じなのでしょうか。

>「取材にはお答えできません。申し訳ありません……」

> と言い残して去って行ってしまった。


どこまでも広がる違和感。やりたい放題にして、そして、断る権利はしっかり持たされているごとく。

この圭氏の母親って、いったい。. ウィズ・息子本人。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ここからです。

秋篠宮家はご存知か! 眞子さまの婚約者・小室圭さん母「400万円」借金トラブル

12/11(月) 21:00配信

週刊女性PRIME

12月7日の朝7時ごろに圭さんが出勤。その約20分後に家を出た佳代さんを記者が直撃

「弁護士に相談しても一向に状況が変わらず、彼が気の毒でしかたがないので、本人に代わってお話しいたします。

(一行略)

 私の友人の竹田さん(仮名)が、数年前に小室圭さんのお母さんに貸した400万円以上がいまだに未返済で、返す意思もまったくないそうなんです」

 衝撃的な事実をそう語ってくれたのは、竹田さんを古くから知る友人。

 秋篠宮家の長女・眞子さまの“未来の義母”となる小室佳代さんをめぐる“金銭トラブル”が発覚した─。

「眞子さまと小室さんは、来年3月4日に、一般の結納にあたる『納采の儀』、その8か月後の11月4日に帝国ホテルで結婚式を挙げられる予定です。

 “御三家”といわれるほど格式の高い帝国ホテルですから、費用もそうとうな額になると思われます」(皇室ジャーナリスト)

 式場も決まって幸せいっぱいのおふたりだが、暗雲が立ち込めてくる今回の“事件”。

 小室家と竹田さんの出会いのきっかけについて、前出の友人はこう説明する。

「今から約10年前、竹田さんと佳代さんの共通の知り合いが開いた会でふたりは知り合って、そのときに気が合ったそうです。

 それから彼は、佳代さんと月に1~2回会うようになり、結果的にふたりはお付き合いすることになりました」

 圭さんが小学生のころ、父親の敏勝さんは他界しているのだが、佳代さんも父親代わりになる男性を探していたのかもしれない。

 ふたりの交際が始まってから、竹田さんは小室家とさらに深く交流するようになった。

「佳代さんより年上の竹田さんが圭さんの進学先の相談を聞いたり、佳代さんとふたりで旅行に出かけたり、竹田さんの親にも会わせていたと聞いています。

 彼の休日には、佳代さんのパート先まで車で送るなど家族同然の関係で、お付き合いしてから数年後の'10年9月にふたりは婚約するに至りました」(友人、以下同)

 婚約関係にまで発展した仲を見ると、順調に事は運んでいたように見える。

 しかし、婚約してからの佳代さんは、竹田さんに対してたびたび“お金の無心”を始めたという


圭さんのICU入学金や授業料、海外留学費……

「小室さんが現在住んでいるマンションのローンは、旦那さんが亡くなった際の保険金などで完済しているそうです。

 しかし、日々の生活費は佳代さんの収入のみだったので、決して裕福ではなく、むしろ生活は苦しかったんです。

 お金がない状況の中、圭さんが国際基督教大学(ICU)に入学するにあたり、“お金がない”と言うので、初年度にかかった入学金と年間授業料を竹田さんが貸してあげることになりました」

 大学2年生以降は、奨学金の試験に合格したので授業料はかからなかったそう。

 しかし、そのあとも佳代さんの“HELP”は続いた。

「圭さんが大学3年生のときにかかったアメリカ留学のための費用200万円、一時期通っていたアナウンススクールの授業料に関しても、佳代さんに頼まれた竹田さんが工面してあげていたのです」

 夫が急死したことで収入が激減してしまった佳代さんを助けたい一心で、お金を用意していた竹田さん。

 圭さんの学費などだけではなく、小室家の生活費までもまかなっていた時期があった。

「東日本大震災の直後、佳代さんのパート先の営業時間が短縮されて、さらに収入が減ってしまったそうです。

 佳代さんは竹田さんに何度も電話で“今月厳しいからお金を都合してほしい”と毎回10万円ほど要求するようになったそうです。

 圭さんにかかった費用と小室家の生活費で、貸した金額は合計で400万円をゆうに超えてしまったんです」

 確かに、竹田さんが友人に見せた銀行の通帳には、佳代さんの口座へ合計400万円以上が送金されていることが確認できた。

 一方で、電話をかけてくると、決まってお金の話ばかりの佳代さんに対して、竹田さんの気持ちもだんだんと醒めてきていた。

 そんなとき、別れを決定づける出来事が。
.

「圭さんが20歳前後の誕生日に、竹田さんが新橋の高級レストランでお祝いをしてあげたそうです。

 そこまではいいのですが、翌年の圭さんの誕生日に、佳代さんが“あの店じゃないと意味がない”と言い出し、竹田さんが別の店を予約していたのもおかまいなしに勝手にその新橋の店を予約してしまったんです。

 もちろん、会計はすべて竹田さんで、そのときに“私はただの財布じゃない。もうこの人とはやっていけない”と別れを決意したそうです」


そして竹田さんは婚約解消を伝えてーー

 そして婚約から約2年後の'12年9月ごろ、竹田さんの自宅を訪れた佳代さんと圭さんに対して、婚約解消の旨を伝えたという竹田さん。

 佳代さんは意外にもすんなり了承したのだが、貸していた400万円超については、やはりトラブルとなった。

「彼は婚約解消を伝えたあとに、今まで振り込んだお金を返してほしいと文書で伝えました。

 その後、佳代さんからは“月に1万円ずつほどしか返せません”と電話があり最初は返す意思がある様子だったと竹田さんは話しています。

 しかし数日後、佳代さんは弁護士に相談したのか、家まで届けにきた文書の中で“お金は贈与されたもので、返す理由がない”と返金を拒否してきたのです。

 その際、佳代さんと一緒に訪れた圭さんも“贈与だと認識しています”と言っていたそうです。

 確かに、借用書を交わさなかった竹田さんも悪いと思いますが、佳代さんにお金をあげたつもりはなかったんです。

 旦那さんが急に亡くなり、お金にそうとう困っている人に対して、借用書を作らせる行為がどうしてもできなかったと彼はつらそうに漏らしていました……」

 竹田さんは、佳代さんに対する善意を踏みにじられた悔しさでいっぱいだという。

「竹田さんも弁護士に何度か相談したらしいのですが、借用書がないことなどから裁判で勝つことは難しいと言われたそうです。

 その弁護士からは、今は相手の誠意に期待して様子を見るしかないと伝えられた竹田さんは困り果てています」

 12月7日の朝7時半ごろ、竹田さんとの“借金トラブル”について話を聞くため、自宅マンションから出てきた佳代さんを直撃すると、記者を一瞥して最寄り駅の方向へ早足で歩きだした。
.

─竹田さんから圭さんの学費や留学費用、生活費のために400万円以上のお金を借りたことは事実ですか?

「……」

─竹田さんに対して返金する意思がないとお伝えしたと聞いていますが、お金を返す意思はないのでしょうか。

「……」

 竹田さんの名前と借金の話を投げかけると、顔が少しうつむき、さらに歩くスピードが上がった。

─秋篠宮家の方々は、この事実をご存じなのでしょうか。

「取材にはお答えできません。申し訳ありません……」

 と言い残して去って行ってしまった。
.




借金トラブル、こういう場合は?

『弁護士法人・響』の天辰悠弁護士は、今回の“借金トラブル”に関してこう見解を示す。

「結論としては、竹田さんがお金を取り戻すことはそうとう難しいと思われます。

 今回はお金の受け渡しの理由が『金銭消費貸借契約』、つまりお金の貸し借りに基づいて行われているのか、それとも『贈与契約』に基づいているかで争いが起こっています。

 仮に裁判ということになれば、竹田さんはお金の貸し借りの契約が交わされたことを証明しなければなりません。

 今回のように合計400万円の大金を貸し借りするならば、通常は借用書を作成して、契約の年月日や返済方法、返済期限などを明示します。

 このような借用書がないと、竹田さんも贈与として認識していたのではないかと推認されてしまう可能性が高いので、取り戻すことが難しくなってしまいます」

 借用書などがない場合でもお金を取り戻せる方法は、佳代さんが今の姿勢を崩すということだけだという。

「小室さんが一部でも竹田さんに返済したという事実があれば、小室さん側もお金を借りたという認識があったということなので、貸借契約が成立していた裏づけになります。

 しかし、小室さん側がこの返金は今まで受け取った400万円に対するお金ではないという反論も当然できます。

 基本的に小室さん側が争う姿勢を崩さないと、竹田さんがお金を取り戻すことはできないでしょう」(天辰弁護士)

 法律的にも竹田さんは劣勢に立たされているのだ。
.

 一方で、皇族の嫁ぎ先に対して求められる「品位」について次のように話すのは、宮内庁OBで皇室ジャーナリストの山下晋司さん。

「女性皇族の嫁ぎ先は、家柄やお金の有無より品位のほうが大事でしょう。

 それは、結婚される女性皇族に支払われる一時金は、一般の国民になった後も皇族だった者としての品位を保持していただくため、という目的からもわかります。

 さらに、嫁ぎ先のご家族が社会から非難されるようなことをすれば、嫁がれた元皇族の品位までも穢すことになりかねませんから、国はご家族の品位も含めて求めているといっていいでしょう。

 本件の事実関係がわかりませんので一般論になりますが、借りたお金を返さない家庭に皇族が嫁がれるというのは、好ましくありません」

 佳代さんから1円たりとも返ってこない「大金」のせいで、ついに竹田さんの生活にも支障をきたしてしまった。

「400万円が返金されないおかげで、竹田さんは住んでいた家のローンが払えずに、自宅を売却するしかなかった。貸したお金さえ返ってくれば、家を手放さずにすんでいたのに。

 これは誤解してほしくないのですが、竹田さんは圭さんの結婚の邪魔をしたいという気持ちはまったくありません。

 ただ、竹田さんのお金で圭さんはICUに進学し、アメリカ留学にも行くことができて、さらには小室家の生活までもが成り立っていたということを佳代さんに少しでも考えてほしいだけなんです。月に1万、2万円でも返済するような努力や誠意を見せてくれることを今でも彼は望んでいます」(友人)

 来年に迫る眞子さまの結婚に水を差すような今回の事態。今後、小室家が竹田さんに誠意を見せる日は訪れるのだろうか





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「緊急連絡」のお知らせ。

以下の「緊急連絡!!!!!」をいただいております。

わたしも「貧者の一灯・ミジンコの一声」、届けようと思います。とりあえず、お知らせまで。




NHKスペシャル

総合テレビ2017年12月3日(日)午後9時放送

「平成から次の時代へ “皇位継承”が行われます みなさんのご意見を募集します





12月1日に「皇室会議」が開かれ、再来年4月30日に天皇陛下が退位され、翌5月1日に皇太子さまが即位されることが固まりました。

30年ぶりとなる「皇位継承」にあたり、天皇陛下が形作られた“象徴天皇”のあり方は、皇太子さまへどのように引き継がれるのでしょうか。そして、新しい皇室はどのような姿になっていくのでしょうか。番組では、退位される天皇陛下、即位される皇太子さまについて、また、新しい時代の「私たちと皇室」のあり方について、皆さんからの率直なご意見、ご質問を募集します。

Q1〜Q6のうち、1つ以上お答えの上、送信してください。




Q1.


天皇陛下の退位、皇太子さまの即位の日程が固まりました。
再来年4月30日に「平成」時代の幕が下ることになりますが、
いまの率直なお気持ちを教えてください。(200字以内)



Q2.


即位以来歩まれてきた、天皇陛下と、皇后さまの足跡をどう振り返りますか?
また、思い出深い場面や出来事があれば、教えてください。(200字以内)



Q3.


皇位継承により、皇太子さまが新たに天皇に即位されます。
どのような天皇になってほしいと考えますか?(200字以内)



Q4.


皇太子さまの天皇即位にともない、雅子さまは皇后さまになります。
どのような皇后になってほしいと考えますか?(200字以内)



Q5.


天皇陛下は退位に伴い上皇に、皇后さまは上皇后になります。
退位後、どのように過ごしてほしいと考えますか?(200字以内)



Q6.


天皇陛下の退位と皇太子さまの即位、秋篠宮さまの長女・眞子さまのご結婚など、来年以降、皇室は大きく変わることになります。
日本国民の象徴である天皇、そして皇室は、今後どのような存在であって欲しいと思いますか?(200字以内)



年代選択してください 9歳以下 10代 20代 30代 40代 50代 60代 70代 80歳以上 性別男性 女性 都道府県選択してください 北海道 青森県 岩手県 宮城県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県 埼玉県 千葉県 東京都 神奈川県 新潟県 富山県 石川県 福井県 山梨県 長野県 岐阜県 静岡県 愛知県 三重県 滋賀県 京都府 大阪府 兵庫県 奈良県 和歌山県 鳥取県 島根県 岡山県 広島県 山口県 徳島県 香川県 愛媛県 高知県 福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 大分県 宮崎県 鹿児島県 沖縄県 海外


お送りいただいたご意見・ご質問の一部は、生放送の番組やホームページ、また同様のテーマを扱う番組などでご紹介させていただきます。個人情報保護の取り扱いについては、NHKの個人情報保護について、をご覧ください。

Q1〜Q6のうち、1つ以上お答えの上、送信してください。

送信する


以上です。


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ちまちましてね。


園遊会は「美智子さまには相当なご負担」と宮内庁関係者 11/10(金) 7:00配信

「秋口に入った頃から、以前にも増して首に痛みを抱えられているようなのです。
ひどいときには、一歩踏み出されるごとに痛みが響いて、相当おつらいこともあったと聞いています」(宮内庁関係者)

「報じられている2019年3月末の退位となれば、園遊会は今回を除いて残りあと2回。
ですが、昨年秋の園遊会は三笠宮さまの薨去に伴い中止となったこともありましたし、
今後両陛下のご体調によっては出席ができない可能性もあります。

一方、退位後は新たな天皇皇后への配慮から、園遊会のほか
一般参賀などにも両陛下はお姿を見せられないのではないかということも囁かれています。
そうなると、今回が“最後の園遊会”となることもありうるのです」(皇室記者)

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まずは、おまけ。

最新の、この晩秋のK・こむろさん。面変わりしてはります・・・私感です。

巷に降る雨はつべたいですか。

ひゅうっと吹く風は、うなじにふところに、つめたいですか。

まこたんの曰くの「太陽のような笑顔」、安売りしては見せてあげないご決意か。

K・ブーム、来ませんなあ。


今ではアキミチ、とかよばれる始末。呼ばれる方がわるいです、そうですよ。

あのご夫婦がさ来年に退位するとかどうとか、私には関心の無いことです、次代とやらが「即位」して元号が変わるらしいが、もう元号は使わずいようと考えています。仕事上の各種書類なども「平成」で、今は出しておりますが、それは何とかしようと。それはともかくとして。

園遊会って、美智子さんにとってそんなご大層な、こんなにしんどいことなのに出てあげてるのよ、ということなのか。

一歩踏み出すのにも頸に痛みが走るとか。お気の毒ですね。まことに畏れ多いことで。

最新の女性誌のカラーグラビアに(美容院で見ました、最近は買わないのです女性誌)、夫婦で何かに出席して、どこかのお子が花束贈呈の場面。お子さんが、何かを落としてしまった。

こうごうさんは、さっと軽々と屈んでそれを拾ってあげて、と書かれていました。その写真を見ました。

さっと屈んでものを拾う、いつものツートーンカラーの中ヒールで。お達者やなあと思いました。よろけながら天皇である夫君に数段の段差を(今年の初めの皇居の行事などでも)支え てもらった させておられたのと同じお方か。と思った。

もう、あの方についてどうだこうだと書きたくないな、イヤな気分を、読む方々にさせるだけだものな、と、そんな気持ちは大きいのですが、なんだかなあとモヤモヤがありまして。

園遊会のお着物が、白っぽいとは見えましたが(ほぼどうでもいいのですが)、どうもこの季節に、単衣の着物をお召しだったと読んで      「それはないやろ」      と。

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単衣のお着物だとか。

ま、もうええ、知らん知らん、と通り過ぎようとして、

その夜にバレエを観に行かれた、お一人で、と読んで、再び「お達者なのね~」と。

演目が「白毛女」であると。なんやねんそれは。

第二次世界大戦の始まる何年か前の中国の話だったと思います。

河北省のある村の貧農・楊白労には、趙喜児(チャオ・シーアル)という美しい娘がいた。

同じ村の若者・王大春と婚約し、婚礼の日を待っていたが、喜児に目をつけた村の悪徳地主黄世仁によって、喜児は連れ去られ凌辱を受け、結果的にその子供を身ごもってしまう。

王は村を追放される憂き目を見、父親である楊は悲しみのあまり自殺。それでことは済まず、喜児は親の借金のカタに女郎屋に売り飛ばされてしまった。

が、なんとか逃走に成功、山奥に入ってほら穴に住みつき、そこで子供を産む。が、その子を殺めてしまう。ころしてしまったのです。

飢え、悲しみ、絶望にやせ細った喜児の頭髪は、いつかまっ白に変り、村人のあいだに「白毛の仙女」のうわさがひろがった。3

年後の1937年7月には村には侵入してきた日本軍をむかえうつため、八路軍が北上していた。

八路軍の中には、村から追われて八路軍に加わっていたかつての婚約者・大春の姿もあった。

悪徳地主・黄は自分に都合の悪い八路軍の解放運動に対抗して「白毛の仙女」の悪い噂をばらまき、抗日運動を挫こうと策略をした。

そんななか大春は山奥にあるほら穴にいる白髪の女が、なんと喜児であったことを知る。

喜児からさまざまな事実を聞いた王は、軍を村に進めて黄を打倒した。喜児と王大春は結婚し、髪も黒さが蘇ったという。


ざっくり言えばこういうストーリーです。日本の老舗のバレエ団である「松山バレエ」の、当時の団長さんが、1955年にバレエ化された・・日本で作られたバレエです。先日、初演は森下洋子さん、と書いたのは、私のミスだったと思います、お詫びします。

が。外国でも日本国内でも、松山バレエ団では、森下洋子主演で、この演目を踊り続けてこられました。子ども時代から女の子たちの憧れの対象だった(少女雑誌の常連だった)団塊の世代の一人である森下さんは、バレエ団の後継ぎ、一人息子だった清水哲太郎さん・・だったと思う・・と結婚、夫婦で踊っておられる時期もありました。

お子さんは無しです。子を産もうと思えば、一年間はそちらに取られます。団にとって森下洋子さんは、代替の無いプリマ・バレリーナ、舞台から離れることなく来られました、ずっと。

後継者の無いバレエ団、と、云わせてもらっていいでしょうか。次代は育っていないように聞きます。プリマが大きすぎる、と言えば失礼なのか・・哲太郎さんも、バレエを教えることで生計を立てる、というタイプの方では無かったような。

あーちすと ですね。生活のことなど考えるのはアーチストではない・・? 競い合うのはバレエではない、といった世界観でも,おられたような。

森下洋子は、実際、勲章をもらったりの特別な存在になっておられます。が。

大パトロンだった東電が、あの大震災後は難しくなったとも聞いています。ゲージツにはゲンジツにおカネが必要なんですけどね。

娘にバレエを習わせようとする各家庭の感性、感覚も、徐々に変化して来ているでしょうし・・チケットを売るノルマ、などというコトにもシビアになっているとも聞きます。K カンパニーの、現代で日本でお金のとれるバレエ団と云われるそこの、あの熊川 哲也だって、随分アイソがいい。団員さん方のために笑っている時もあると思う、当たり前か、大変ですね、なのか。いいとかよくない、とかでなく。

熊川さんは、性格が明るそうでいいなあと思います。老舗バレエ団の御曹司は・・ううん、どうでしたかしらん。げーじつ。むむむ。メディァをうまくつかめるか「げーじつ」を通すか、など、それはそれぞれとは思いますが。

森下洋子さんは「芸術家」なのでしょうね、ずっと。孤高の存在なのだとも思います。そうだからこその、独特の美学を備えているバレエ団なのかも・・いや、勝手な感想をダダ漏れにして、ごめんなさい。


バレエ団についてはいいかげんなことを言えません、独自の存在でいらっしゃる。だからとうといとも言える、おそらく。

ただ、こうごうさんが見た、という「作品」について、

シンプルに考えて、あの、風は左に向いて吹いていた時代に。一世を風靡するがごとき(自虐史観、なんてコトバを、まだ、フツーの日本人が意識しなかった時代、それどころか「ちゅうごくさんごめんなさい」みたいな空気が、訳知らず存在していた、そんな頃に、踊られていたバレエ、だと、改めて考えてみれば。

言いたいことがズバンと言えなくてむずむずしていますが。

日本の皇后が、昼間は国民の相手をして差し上げた(こういう風に受け取れてしまう、その破壊力)、その夜の部に。

わあざわざ、観に行くような演目ではなかろうに。

と、けっこう強く感じたのでした。

レフトな感受性の美智子さんは、こういったことに、何の違和感も無い・・・どころか、日本は悪かったんだわよ、つまりそうだったのよ、謝ったって足りないのよ、とか、旗降って歩いておられるという、ね。

と。まとまりのない記事になりました。

園遊会にもあと二回?

退位後に住む「東宮御所」改修の間、空いていたどこやら宮邸に一時、住まわれる。とか。

東宮御所って、東宮が住むところだよね、など、訳の分からないことがいっぱい。

隠居されるのだから、不要なおカネをかけないで、静かに、ちまちま。ここでこそ、そのごとくあって頂きたい。

隠居さんって、離れの間に、静かにいるものだと思います、お楽しみは少しくらいはあって。

コーシツ菌で胃潰瘍七つくらい、発生しそうです。勝手にさせているのではありますが。




  1. おそろしいこと。
  2. tb: 0
  3. cm: 7
  4. [ edit ]

中った(あたった)。

食あたり、という言葉があります。

傷んでいた食べ物を食べたり、古い水を飲んだりして、体の具合が悪くなる。死に至る状態になることだってあります。

あたる、は、なぜか「中る」。と書くようです。

この夏は、食べ物でなく、激烈ともいえる「下品」に中ったような気がします。

何ゆえか(バカだったからか)ややこしい渦に巻き込まれるハメとなり、連日のように、これでもか、の、言葉の暴力にやられていました。ここまでやるかと、なんとか冷静に眺めようとはつとめていましたが、凄まじいものでした。

この話はさておいて。

何年か、皇室のことについて書いて来ました。初めはおずおずと・・不敬罪、なんて言葉が、まだ、気持ちの隅に貼りついていて・・しかし、時と現実の経過につれ、何度か書いたように、

不敬なのは、皇室の特権を享受しながら、まっとうな皇族として生きていない、国辱もののふるまいを続けている内廷皇族たち。国民に対して不敬の極みと考える。

こういった考えに落ち着いて来てしまいました。

自分の、この思いを否定してくれる材料は、かなしいことに一切、出て来ない。

天皇は祭祀をしない。あれだけ妻に肘をつかまれて徘徊していれば、それをしている暇も無かろう。たとえば明日が何かの大祭である、ならば、今日はお風呂は要らないよね、明日、いやでも潔斎するんだから今日は、花見(月見、絵画鑑賞オペラ演奏会えとせてら)に出かけて。疲れたらそのまんま、寝てしまおう。

そういうものではないと思うのです。野球の投手でも、試合で勝てるように投げようと思えば、中三日とかあけると聞きます。からだのことだけでない、気持ちを持って行くとか、すべてを、プロの人間として。

天皇は祭祀のプロ(のはずでした)、明日の朝、何日ぶりかにお風呂入って髪も洗って、着替えして、決まったことをすればいいのだろう、祭祀ってのを。。

そういうものではないと考えます。常に、神さまに向かう時の為に、身を保って慎んで暮らす。極端に言えば、天皇って、それくらいには自らに対して禁欲的であるものだと、ある時期まで思い込んでいました。

それが、そうではなかったのです。

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なんやねん、これ。

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どこのどなたはんですやろか。

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もういいかげん止めてくだはい。まさこさんもしゅうかんしも。

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デンマークの、王太子さんにも、ぶっちゅ。

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これ完敗ですとさ。いや、乾杯。やっぱり完敗。

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で。この秋の愛子さんは、このお子らしい。今までの旧タイプの何人かは。どこで何しておられるのやら。ここ、敬語です。

クローゼットには入っていないよなあ、ナマモノだし。


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おめでとうとか書いてありますね。

酷い下品中り(げひんあたり)の、スペシャル原因賞に値しますか。

ま。世間知らずのあの、あんちゃん〇えちゃん、あれをお認めになられあそばしたる、あの、とみに貧相になられあそばしたる方々につきましては、ひとことに申すはむずかしゅうして。

むむむ。





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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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