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返事の中までKUONです。

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地震がありまして。追記あります。

こんにちは。今朝八時頃、いきなりの地震で。あららすっごい揺れてるやん、とばかり、食卓の下に潜り込みました。何かがごつん、ばたん、と床に落下する音が聞こえました、揺れはなんとか収まりました。

飾っていた花瓶が落ちてしまっていたけど、傷は無し。亡父の形見ですのでこれはよかった。積み方の乱雑だった数冊の本が、滑り落ちて散らばっていました、これは本に謝ってきちんと積んで。室内に起きたことはそれだけ。

住んでいるマンションは、阪神淡路大震災の後に、いちばん神経使ってモノが建てられていた(らしいです)時期に作られていて、10階におりますが全く何ともなし。窓はこのところずっと、昼間は開けたまま。窓の外で、どこからの声か、

「地震です」「地震です}と聞こえていました。揺れが収まってすぐに、浴槽いっぱいに水を張っておきました。もしも断水した時のトイレ他用。ガスは停まっているのか、火が出ません。電子レンジという強い味方がございます。(笑)。

自宅内はそんな具合でしたが、大阪にも多い会社のお得意さんや顧客さん、見舞いの電話をかけようにもずっと通話中とか「この方面には電話が通じなくなっております」とか。

心配しているしか無い状況です。私を案じて下さる電話、メールもあり、ありがたい限りです。ありがとうございました、と、ここでもお礼を。

取引先各社のことが、まだ、よくわかっておりません。

「みんなのうた」のまとめは、早ければ今夜からかからせていただきます。

皆さまありがとうございます、取り掛かるのが楽しみですよ。



夜・追記です。

案じていた会社関係の被害は、最小限だったようで、ひとまず安堵。

しかし小学生の九歳の女児が通学路に於いて不慮の死を遂げておられ、小学生の見守り活動を続けておられた男性、自宅で本棚の下敷きになられたという男性も亡くなっておられます。

けがされた方も多数、火事もおき道路から水が噴きあがって断水、店内がめちゃくちゃになったお店も帰宅難民になっておられる方々も沢山。

ガスの復旧未定、10階に住んでエレベーター動かず、と、言ってみれば私にもプチ・大変がふりかかっておりますが、こんなの大変のうちに入りません。えらそうにあれこれ書いたり言ったりしていましたが、一階まで当分降りられない? と、それしきのことが、私にはショックでした、正直。


あたたかいお言葉、お気持ち、心からありがとうございますとお礼申し上げます。

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神戸であそんだ

土曜日は神戸へ行きました。

ちんどん屋さんを見ました。何十年ぶりでしょう。のぼり旗(?)の男性を先頭に、チャンチャカ鳴らす男性が続き、パッと見は大正時代の雰囲気の女性はアコーディオンを抱えていました。鈴木清純の映画に出てくるみたいな赤い青い柄の着物姿。出すと噂のパチンコ店が、月に一度ああして、と、教えてくれたのは三宮駅から乗ったタクシーの運転手さん。

「今日は女のひと手風琴だけど、いつもはクラリネットの男性がいてね、その人は何でも吹く、すごく上手いよ」

と教えてくれました。「手風琴」という言葉もまた、よくて。私は、タクシーに乗ると、色んなことを聞きます。いろんなことを知っている運転手さんが多いです。

待ち合わせた女性と、きゃああ、逢いたかったぁと手を取りあい(ハグはしないの、わたし似合いませんから)「ボストン美術館の至宝展」を見に行きました。

神戸市立博物館は、建物もすてき。スタッフの方々の応対もとてもすてき。三階から見て回った「古今東西の至宝が勢揃い!」とパンフレットにある通り、作品群は素晴らしかったです。数はそんなに多くないけど、濃縮された内容と思いました。

古代エジプト美術から観はじめて。私、いつも、ああ、何千年の昔も鳥は鳥の形だなあ、と感心するのです。

ゴッホの「郵便配達人」があり、歌麿の描いた美人さんがおり、モネの睡蓮、ルノアールの明るい華やかな女性・・でなく夏の花、ミレーも小品ながらありました。私は、日本人の好むというミレーさんに対して、さほどの愛着を感じていなかったのですが、地味にも見える絵から、とても温かいものが感じられ、やはり本物見ないとわからないのね、こういうことも。と、当たり前のことに感心し。

セザンヌもありました。セザンヌは、私が初めて知った仏蘭西の画家の名前。子どもの頃に、早く父親を亡くした私の家へ、岐阜の辺鄙な村から名古屋まで、昔の大きな自転車で、何時間もかかって荷台に米や野菜や(おそらくいくばくかのお金も)運んでくれていた伯父が、口にしていた名前。

「セザンヌはいいぞ、セザンヌはいい」

望んだ京都で学びながら、当時の「あか」の風に吹かれ巻かれ、当時の警察に引っ張られ、きっと若いから意地も張ったのでしょう、ひどい目に遭わされて体を傷め、田舎へ戻って、薬屋だった家業も継がず定まった職にも就かず、人任せだった田んぼや畑、山なんかを次々に売り払って。ただ一人授かった娘を生後すぐに亡くし、生涯京言葉の抜けなかった妻とは冷たい関係のまま、酒に溺れ、時に絵筆をとり、名古屋で苦労する妹(母)に気を配ってくれ、母親を見送ったあと、10日も経ないで突然、後を追って行った伯父。・・長くなりましたが、セザンヌと聞くと伯父を思う、そのセザンヌの静物画を、目にして、武骨だった明治の男の酒に焼けた顔を、やはり、思い出していたのでした。

伯父は、あんなに憧れたセザンヌの絵を、こうして目にする機会は無かったのだものなあ。などと。

クールベとか。列記は叶いませんが、本当に、あ、あ、これも知ってる、という画家たちの絵が並んでいました。アンディ・ウォーホールの「ジャッキー」なんてのもあったな。

ジャッキーも、つづまりは今は、はじめの夫だったJ・F・ケネディの隣に眠っているのですね。

行けてよかった、と、誘ってくれた友達に感謝しています。脚の具合が気になって、なかなかこういう場所へも出しぶっていたのが、頑張って回れたのは、ゆっくり付いてくれた彼女のおかげ。遠いところから会いに来てくれた友人と、正倉院展を拝観することも出来なかったのですけれど。場内のあちこちに椅子が備えられ、手をついて回れるしつらえだったことも、ありがたかったのです。

俳人として超名高い与謝蕪村の屏風絵にも驚きました。一緒にしげしげ眺めつつ友達が、

「目も鼻も、ちょんちょんと筆で描いてあるだけなのに、表情がこんなに出ている。やっぱり天才は違うのね」

と言うのに、うんうんとうなずいて。有名なものらしい(英一蝶・作)釈迦の「涅槃図」の大きな一枚。

菩薩や人間たちも悲痛な表情ですが、いろんな動物も書き加えられていた、兎や犬や、猪の親子、ひっくり返って嘆いている象、そして二人で

「かたつむりまで描いてあるわ」

と感心。

私が、最も印象深かったのは、中国の「陳容」作の「九龍図巻」。南宋、1244年、とあります。長大な巻物に、怒り、吼え、伸び上がり、さまざまな龍の姿が、ずら~~っと、描かれている。長い長い巻紙です。どれくらいの歳月を要してできたものか、墨の一滴でも不用意にこぼれていたら、など想い、凄まじい集中力持続力気力、まあなんとすごい画業であるか。

など。素人の私は、感嘆して眺めさせてもらったのでした。

文字も素晴らしい。端正な文字、伸びやかで格調高く(ヘボな評しか出来ません・恥)、あ、わたし、やっぱり漢字が好きだわ、このような文字を見ると快い、嬉しいわ、など、ひそかにわくわくしておりました。

900年くらい以前の、紙に描かれたものです。保存の苦労も如何に、とか、思わず熱が入って語り合って、お声がちょっと、とか、ご注意を受けてしまいました。

ごめんなさいでした、エレガントな館員さん。

雄大、壮大な龍は、そして、目の表情が繊細で。横目の龍に「かわいい」とも、感じてしまったのでした。


博物館を出て、もちろんお腹ペコペコ。ほん近くの人気のレストラン。神戸・居留地で最も古い異人館を、そのまま使用しているというT・Tでランチしました。友達が取ってくれようとしたけれど、予約は出来なかった、でも、いかにも昔の異人館、の趣の室内で、べちゃくちゃ喋って待ったから、待つのもたのしい、でした。この友達にはいつも、ランチの場を(ほかのことも)丸投げにして。私は乗っかるだけ、これもすまないことである。ごめんね、Yさん。

去年の北野ホテルは、憧れの店だったのが、大量の団体さんたちが多くなっているようで、せっかくだったのに、今一つで。・・私も、北野ホテルにケチつけるとはエラくなったもんですな(ここもゴメン、かな)。その前のお店は、とても素敵でしたのに、名前が出て来ませぬ。

お料理も素敵だったし、窓から、広い広い緑の芝生の庭が見えて、欅だったか、大きく育った樹が、風に吹かれてさやさやと鳴っていた、ええと、名前が思い出せません…方向音痴なのできっと、自分では行けないわ・・予約も大変みたいだし・・・あああ、食いしん坊具合は似ております。

今回のTOOTH TOOTHUmaison15th、お料理美味しく、とてもきちんとした接客を躾けられているのがわかる若い方々のありようも気持ちよく、楽しんでお昼ご飯タイムを過ごしました。

久しぶりにムール貝を食べました。味のしっかりと濃い肉がメインで、サラダは柚のなんとかがかんとかされているものだとかで美しかった、ケーキは今どき珍しい、たっぷりと甘い(けど感じのいい甘さ)・・だめだ、グルメ記事は書けません、しゅん。

と。快調に、楽しかったことを書いて来て。

この友達との会話の、主なものも記しておきます。

ごはん食べながら、あと、にしむら珈琲店でコーヒー飲みながらの、膨大な量の会話の中の、ほんの一部です。

主語が抜けてる会話もあった。喋り中にはあっても、ここへ書きうつすときに、主語、抜けるかな~(笑)(笑)(笑)。

・「もうね、そうね、あれはいくらなんでもね、ものも言えないわね、あれと結婚させるって、結婚したいって。残念過ぎるってことよね」

・「今年も、なんか変わった子、出して来てたわね、あんなに痩せたり太ったり、よく出して来れるわね、あれできるって、人間のすることじゃないわ」

・「にんげんのすることじゃなくても、こうしつのすることではあるよね、つ~ま~り~」

・「あの、こうしつのあのひとたちは、人間でない、という方程式だわさ、これ」

とかなんとか、話が沸いた気がします。こればかりでなく、どちらが言うたか、どちらが聞いたか、そんなのわかんなくなっちゃいましたが、確か、

「〇ねばいいのにぃ」

なるセリフは、一度ならぬものであったような。なかなか口に出しにくいコトバではありますが、いいんです、もうホントに、そうでしかないので。


何回もタクシーつかまえて移動して、家族の話も出て、つい私はコボしたりすることもあって。

聞いてもらってすっきりしたのは本当です。いささか憂鬱気分に取りつかれておりました、ここ何週間。

この友達、一家の真の大黒柱。妻で母で祖母で親戚のどなたかによりかかられてしゃんと支えるオトコマエで、経営者で、町の名士のお家の奥さんで、だから気遣いも大変そう。気の抜けにくい日常のなかのヒト。言わなくてもわかってくれる、昔から。

キレイゴトで済まないいろんなこと、も。

で。駅まで送ってくれて、改札口に入るまで見送ってくれて、バイバイと手を振って。

ランチの済んだ頃には準備中だったルミナリエ、もう点灯していた時間で、孫ちゃんに見せてあげるために写真に撮って、帰られたようです。

年に一度、お会いできるかなあ、のお友達。今回も急に約束ができて、急に会った次第でした。

また会えるように、脚も胃袋も滑舌も鍛えておかなければ。

ありがとう、お友達。また急に、会うの決められるといいね。


三宮駅前に、サンタクロース姿の、アメリカンバイクや日本製ナナハン駆使する、三十人ほどの(たぶん)おっちゃんライダーさんたちのグループが。無事に楽しく走って、お家に無事に還れるといいですね、と、ほほえましく目で見送ったわたしたちでした。




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てんのう、変わるんだってよ

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ぜんしんぜんれい

ぜんしんぜんれい

全身全零・・・・・







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ぼったくった・・・

少しやっぱり書いておきたいので書きます。楽しかった日のこと。

会社の決算やボーナス支給やらの時期で、じたばたしていた中、お友達と神戸で待ち合わせて夕方まで、とても楽しかったです。

遠くから新幹線で来てくれて。予約もして下さっていた(いつも丸投げで、予約などもしてもらう・・ありがとう、ごめんなさい)北野ホテルでランチ。デザートが美味しかったです。超・人気で、この日も玄関やロビーに団体客の多かったこのホテルについての感想は、これだけ。(笑)。来たの初めてでしたので、来られてよかったな~、と。重厚なお洒落なホテルです。

正面にいる彼女の笑顔が素敵でした。よく喋りながら食べているのに、とても優雅なのです。ものすごく忙しいヒトなのに、せかせかしていないのが好きです。

そこを出て、以前も粘ったにしむら珈琲店を探したのに、二人とも「ド」のつく方向音痴で。北野坂の店を探せないで、道行く人に尋ねて教わったのは。本店の方でした、ここへも昔、このお友達と一緒に来た・・・。

店員さんのマナーと笑顔が素晴らしいお店、そして珈琲が、もちろん美味しい。

一応コースでランチ食べて来たのに、もうちょっと何か、で、パストラミなんちゃらサンドイッチを一皿頼みました。

切り口スパッと美しく、ボリュームも惜しげの無い、大満足のサンドウィッチ。つまみながら喋るわ喋るわ。

窓の外に黄昏色が迫りくるまで、喋り倒しておりました。

私は主に、聞き役。ホント。私はいつも聞き役なんです。静かにうなずきながら聞くに徹する。あのねあのねとぎゃあぎゃあ、わめかない。ホントですから。でも、少しはぎゃあぎゃあ、息切らして、ヒトのワルクチも言いました。女同士でのワルクチ合戦は楽しい。

サンドは、半分このはずが、ひときれ多く私が食べちゃった気がします。素直に認めます、これは。

で。もちろん、旅費を使って遠方から来てくれた彼女とも、飲食は割り勘です、私が計算しました。

1150円受け取ってわが財布に入れ、5000円札を出して、お願い支払しておいて下され、と、化粧室へ行き、レジのところにいた彼女に、レシートとお釣りをもらってそれもそのまま財布に突っ込み、神戸はもうすっかり夜の街の色、ウロウロしないでタクシーを止め、先に乗って行ってと勧められるまま乗り込んでバイバイと手を振って、帰って来ました。

二年ぶりくらいかなあ、会うの。気持ちにひっかかるところが何も無い、楽しくて懐かしいお友達。

帰って気づきました、その大好きな友達から、わたし、1150円、受け取った。

支払いの合計は1700円だったようです。おつりは3300円だったそうです(レシートを見ての推理)。

さて問題。わたしは、どんな勘違いをしでかして、大切なお友達から、どれだけ余分に、おかね、もらっちゃったのでしょうか。

今度また会えた時に、.お返ししますと連絡しました。また会って返してもらわなあかんなあ、と、文字で笑って下さいました。

・・・で。いくら、わたしは、返したらいいのでしょうか・・・ぼったくりの(笑)KUONでした。





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なまずのてんし30

「なまずのてんし30」

これは、なまずのてんし「さま」と読むそうです。

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熊本生まれの熊本育ち、「ハートのなまず」さんが、オリジナルの手拭いを作られました。

ブログをご紹介します。


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秋篠宮殿下から悠仁親王への皇位継承を望み

「ナマズノテンシサマ」言霊効果を、

また、鯰絵に地震の厄除け効果も期待して作った

オリジナルデザイン(商標登録済)です。

 本染め手拭い 綿100% 岡生地 35×90cm 両端縫製なし 

☆熊本駅前、森都心プラザ「わくわくカフェ」で販売中☆

県外の方にお届けできるように、
手拭い通販始めました。
売り上げの一部(1枚につき100円)は、
熊本地震で被災した「阿蘇神社」災害復旧事業奉賛として寄贈いたします。

なまずのてんし30手拭い

価格     1枚    1000円(税、送料込み)
       3枚組    2500円(税、送料込み)

注文方法
ご注文はメールにて承ります。

①注文数(○枚または△組)
②お届け先〒 住所
③お名前
④電話番号
を明記の上、
namazunotenshi30@gmail.com まで

お申し付けください。
※在庫確認後、振込先(郵便)口座番号をお知らせします。メール受信後、10日以内に送金ください。
※必ずお申込者ご本人の氏名でお振込みください。
※ 入金確認後、順次発送します。
※お届けは、スマートレターで郵便受けに投函します。受領確認は出来ませんのであらかじめご了承ください。



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この方は、数回お会いしたことのある知人です。

半年前の熊本地震を経験されました。

先日の熊本行きの際にも、お会いしました。

その少し前まで(訪問者リストで、来て下さっていることを知るまで)、この手拭に関することは、まったく知りませんでした。

知ってからも、宣伝して欲しいとか、たとえば私KUONのブログで取り上げて欲しい、などは、いっさい、仰いませんでした。

わたしも、親しい知人であっても、自分がご紹介したい、と感じないものについては、それが何であれ、それとこれとは別よ、と考えるにんげんです。

でもこの図柄のイヤミのないところ、押しつけがましい感じのないところ(デザインされた本人と同じ)、甘ったるくない可愛さと、ここは重要、

言霊効果。

てんし、は、天使・・・天子・・・かな、と、解釈しました。

・・天皇家に対するいろんな気持ちの通うあたり、

秋篠宮殿下に皇室を、との思いの重なりもあって、

ご紹介させてもらいたい、させて、と、申し出ました。

ご了承をいただき、11月の1日にアップ、と決めました。


ご紹介はしますが、わたしの役目はご紹介のみです。私に言っていただいても、取次などはできかねますので(エラソーな言い方だとわかってはおりますが)、直接、申し出て差し上げていただきたいです。よろしく、と、伏して申し上げます。


リンク欄に「なまずてんし30」さんを、加えました。そこからぴょーんと、飛んでいただけます。

自分にできることを何か、と、始められたことです、神社にもお城にも、熊本は(だけではないが、いまは熊本の話です)お金が必要です。

よろしければご賛同を、と、私は何もしないでいて・・・手拭の一番目の購入者になりたいが、一番はどなたかにお譲りします(笑)・・・ハートのなまずさんに代わりまして、末尾に記させていただきます。

今日以降は、この内容は当分、プロフィール欄に移させてもらうつもりです。

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買っていただいた中から100円ずつを、阿蘇神社へ、と、記しておられます。

阿蘇神社。

阿蘇神社と鯰.。

こんな話も読みました。↓。

健磐龍命が立野のスガルを蹴破ると、阿蘇谷の湖の水はごうごうと流れ出ました。
ところが、この湖の主とも精ともいわれていた大鯰が湖の水とともに流れ出て、
遠く上益城の村に流れつきました。そこでこの村を鯰村(上益城郡嘉島町鯰)
というようになったそうです。
 村人がこの鯰を片付けるのに六荷(ろくか)(天秤棒で六回分)あったので、
この部落を六嘉(ろくか)(上益城郡嘉島町六嘉)といいます。
また、阿蘇谷の黒川の流れが曲がりくねっているのは鯰の流れ出た跡ということです。

 鯰の別の話では阿蘇谷の水は流れ出たが、中ほどに大きな木のようなものが
往生岳(おうじょうだけ)の麓から尾籠(おごもり)(阿蘇郡一の宮町尾籠)まで横たわっています。
よく見ると大鯰が往生岳にヒゲを巻き付け、尾籠に尾を引っかけています。
(尾籠の字名の起源もここからきています。)そのため阿蘇谷の上半分の水は引きません。

 大明神は『開拓のさまたげをするにくいやつ』とこの鯰を始末して焼き、
その灰が灰塚であるといいます。
灰塚は阿蘇駅と内牧駅の中ほどの北側にある丘で、本塚・北塚・灰塚と
三つの丘の最も低い丘で、この塚には石はないといいます。
また鯰の霊は国造神社の神殿の右側の小さい祠(ほこら)に祀ってあります。

『阿蘇の神話と伝説』 (宮川進編)より 

 当社に於いても以前は第一鳥居前に池(現在この池は国道の拡幅工事のため廃池となる)
があり、鯰池と称して川などで釣れた鯰は決して殺生することなく池に放すなど
大切にされてまいりました。
阿蘇神社の氏子は今でも鯰を神様のお使いと称され尊ばれています。

 平成7年、有田焼窯元に依頼して『鯰』の置物を作成いたしました。
幾度となく型の手直しを重ね2体を焼き上げ、1体を当社御神前へ奉納し、
1体は秋篠宮殿下に献上申し上げました。


 
>皇室にも鯰にも所縁ある阿蘇神社。
>「日本三大楼門」に数えられる重要文化財の楼門も被災しました。
>11月1日より、本格的な復旧工事が始まるそうです。









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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

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