KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

神戸であそんだ

土曜日は神戸へ行きました。

ちんどん屋さんを見ました。何十年ぶりでしょう。のぼり旗(?)の男性を先頭に、チャンチャカ鳴らす男性が続き、パッと見は大正時代の雰囲気の女性はアコーディオンを抱えていました。鈴木清純の映画に出てくるみたいな赤い青い柄の着物姿。出すと噂のパチンコ店が、月に一度ああして、と、教えてくれたのは三宮駅から乗ったタクシーの運転手さん。

「今日は女のひと手風琴だけど、いつもはクラリネットの男性がいてね、その人は何でも吹く、すごく上手いよ」

と教えてくれました。「手風琴」という言葉もまた、よくて。私は、タクシーに乗ると、色んなことを聞きます。いろんなことを知っている運転手さんが多いです。

待ち合わせた女性と、きゃああ、逢いたかったぁと手を取りあい(ハグはしないの、わたし似合いませんから)「ボストン美術館の至宝展」を見に行きました。

神戸市立博物館は、建物もすてき。スタッフの方々の応対もとてもすてき。三階から見て回った「古今東西の至宝が勢揃い!」とパンフレットにある通り、作品群は素晴らしかったです。数はそんなに多くないけど、濃縮された内容と思いました。

古代エジプト美術から観はじめて。私、いつも、ああ、何千年の昔も鳥は鳥の形だなあ、と感心するのです。

ゴッホの「郵便配達人」があり、歌麿の描いた美人さんがおり、モネの睡蓮、ルノアールの明るい華やかな女性・・でなく夏の花、ミレーも小品ながらありました。私は、日本人の好むというミレーさんに対して、さほどの愛着を感じていなかったのですが、地味にも見える絵から、とても温かいものが感じられ、やはり本物見ないとわからないのね、こういうことも。と、当たり前のことに感心し。

セザンヌもありました。セザンヌは、私が初めて知った仏蘭西の画家の名前。子どもの頃に、早く父親を亡くした私の家へ、岐阜の辺鄙な村から名古屋まで、昔の大きな自転車で、何時間もかかって荷台に米や野菜や(おそらくいくばくかのお金も)運んでくれていた伯父が、口にしていた名前。

「セザンヌはいいぞ、セザンヌはいい」

望んだ京都で学びながら、当時の「あか」の風に吹かれ巻かれ、当時の警察に引っ張られ、きっと若いから意地も張ったのでしょう、ひどい目に遭わされて体を傷め、田舎へ戻って、薬屋だった家業も継がず定まった職にも就かず、人任せだった田んぼや畑、山なんかを次々に売り払って。ただ一人授かった娘を生後すぐに亡くし、生涯京言葉の抜けなかった妻とは冷たい関係のまま、酒に溺れ、時に絵筆をとり、名古屋で苦労する妹(母)に気を配ってくれ、母親を見送ったあと、10日も経ないで突然、後を追って行った伯父。・・長くなりましたが、セザンヌと聞くと伯父を思う、そのセザンヌの静物画を、目にして、武骨だった明治の男の酒に焼けた顔を、やはり、思い出していたのでした。

伯父は、あんなに憧れたセザンヌの絵を、こうして目にする機会は無かったのだものなあ。などと。

クールベとか。列記は叶いませんが、本当に、あ、あ、これも知ってる、という画家たちの絵が並んでいました。アンディ・ウォーホールの「ジャッキー」なんてのもあったな。

ジャッキーも、つづまりは今は、はじめの夫だったJ・F・ケネディの隣に眠っているのですね。

行けてよかった、と、誘ってくれた友達に感謝しています。脚の具合が気になって、なかなかこういう場所へも出しぶっていたのが、頑張って回れたのは、ゆっくり付いてくれた彼女のおかげ。遠いところから会いに来てくれた友人と、正倉院展を拝観することも出来なかったのですけれど。場内のあちこちに椅子が備えられ、手をついて回れるしつらえだったことも、ありがたかったのです。

俳人として超名高い与謝蕪村の屏風絵にも驚きました。一緒にしげしげ眺めつつ友達が、

「目も鼻も、ちょんちょんと筆で描いてあるだけなのに、表情がこんなに出ている。やっぱり天才は違うのね」

と言うのに、うんうんとうなずいて。有名なものらしい(英一蝶・作)釈迦の「涅槃図」の大きな一枚。

菩薩や人間たちも悲痛な表情ですが、いろんな動物も書き加えられていた、兎や犬や、猪の親子、ひっくり返って嘆いている象、そして二人で

「かたつむりまで描いてあるわ」

と感心。

私が、最も印象深かったのは、中国の「陳容」作の「九龍図巻」。南宋、1244年、とあります。長大な巻物に、怒り、吼え、伸び上がり、さまざまな龍の姿が、ずら~~っと、描かれている。長い長い巻紙です。どれくらいの歳月を要してできたものか、墨の一滴でも不用意にこぼれていたら、など想い、凄まじい集中力持続力気力、まあなんとすごい画業であるか。

など。素人の私は、感嘆して眺めさせてもらったのでした。

文字も素晴らしい。端正な文字、伸びやかで格調高く(ヘボな評しか出来ません・恥)、あ、わたし、やっぱり漢字が好きだわ、このような文字を見ると快い、嬉しいわ、など、ひそかにわくわくしておりました。

900年くらい以前の、紙に描かれたものです。保存の苦労も如何に、とか、思わず熱が入って語り合って、お声がちょっと、とか、ご注意を受けてしまいました。

ごめんなさいでした、エレガントな館員さん。

雄大、壮大な龍は、そして、目の表情が繊細で。横目の龍に「かわいい」とも、感じてしまったのでした。


博物館を出て、もちろんお腹ペコペコ。ほん近くの人気のレストラン。神戸・居留地で最も古い異人館を、そのまま使用しているというT・Tでランチしました。友達が取ってくれようとしたけれど、予約は出来なかった、でも、いかにも昔の異人館、の趣の室内で、べちゃくちゃ喋って待ったから、待つのもたのしい、でした。この友達にはいつも、ランチの場を(ほかのことも)丸投げにして。私は乗っかるだけ、これもすまないことである。ごめんね、Yさん。

去年の北野ホテルは、憧れの店だったのが、大量の団体さんたちが多くなっているようで、せっかくだったのに、今一つで。・・私も、北野ホテルにケチつけるとはエラくなったもんですな(ここもゴメン、かな)。その前のお店は、とても素敵でしたのに、名前が出て来ませぬ。

お料理も素敵だったし、窓から、広い広い緑の芝生の庭が見えて、欅だったか、大きく育った樹が、風に吹かれてさやさやと鳴っていた、ええと、名前が思い出せません…方向音痴なのできっと、自分では行けないわ・・予約も大変みたいだし・・・あああ、食いしん坊具合は似ております。

今回のTOOTH TOOTHUmaison15th、お料理美味しく、とてもきちんとした接客を躾けられているのがわかる若い方々のありようも気持ちよく、楽しんでお昼ご飯タイムを過ごしました。

久しぶりにムール貝を食べました。味のしっかりと濃い肉がメインで、サラダは柚のなんとかがかんとかされているものだとかで美しかった、ケーキは今どき珍しい、たっぷりと甘い(けど感じのいい甘さ)・・だめだ、グルメ記事は書けません、しゅん。

と。快調に、楽しかったことを書いて来て。

この友達との会話の、主なものも記しておきます。

ごはん食べながら、あと、にしむら珈琲店でコーヒー飲みながらの、膨大な量の会話の中の、ほんの一部です。

主語が抜けてる会話もあった。喋り中にはあっても、ここへ書きうつすときに、主語、抜けるかな~(笑)(笑)(笑)。

・「もうね、そうね、あれはいくらなんでもね、ものも言えないわね、あれと結婚させるって、結婚したいって。残念過ぎるってことよね」

・「今年も、なんか変わった子、出して来てたわね、あんなに痩せたり太ったり、よく出して来れるわね、あれできるって、人間のすることじゃないわ」

・「にんげんのすることじゃなくても、こうしつのすることではあるよね、つ~ま~り~」

・「あの、こうしつのあのひとたちは、人間でない、という方程式だわさ、これ」

とかなんとか、話が沸いた気がします。こればかりでなく、どちらが言うたか、どちらが聞いたか、そんなのわかんなくなっちゃいましたが、確か、

「〇ねばいいのにぃ」

なるセリフは、一度ならぬものであったような。なかなか口に出しにくいコトバではありますが、いいんです、もうホントに、そうでしかないので。


何回もタクシーつかまえて移動して、家族の話も出て、つい私はコボしたりすることもあって。

聞いてもらってすっきりしたのは本当です。いささか憂鬱気分に取りつかれておりました、ここ何週間。

この友達、一家の真の大黒柱。妻で母で祖母で親戚のどなたかによりかかられてしゃんと支えるオトコマエで、経営者で、町の名士のお家の奥さんで、だから気遣いも大変そう。気の抜けにくい日常のなかのヒト。言わなくてもわかってくれる、昔から。

キレイゴトで済まないいろんなこと、も。

で。駅まで送ってくれて、改札口に入るまで見送ってくれて、バイバイと手を振って。

ランチの済んだ頃には準備中だったルミナリエ、もう点灯していた時間で、孫ちゃんに見せてあげるために写真に撮って、帰られたようです。

年に一度、お会いできるかなあ、のお友達。今回も急に約束ができて、急に会った次第でした。

また会えるように、脚も胃袋も滑舌も鍛えておかなければ。

ありがとう、お友達。また急に、会うの決められるといいね。


三宮駅前に、サンタクロース姿の、アメリカンバイクや日本製ナナハン駆使する、三十人ほどの(たぶん)おっちゃんライダーさんたちのグループが。無事に楽しく走って、お家に無事に還れるといいですね、と、ほほえましく目で見送ったわたしたちでした。


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てんのう、変わるんだってよ

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ぜんしんぜんれい

ぜんしんぜんれい

全身全零・・・・・





ぼったくった・・・

少しやっぱり書いておきたいので書きます。楽しかった日のこと。

会社の決算やボーナス支給やらの時期で、じたばたしていた中、お友達と神戸で待ち合わせて夕方まで、とても楽しかったです。

遠くから新幹線で来てくれて。予約もして下さっていた(いつも丸投げで、予約などもしてもらう・・ありがとう、ごめんなさい)北野ホテルでランチ。デザートが美味しかったです。超・人気で、この日も玄関やロビーに団体客の多かったこのホテルについての感想は、これだけ。(笑)。来たの初めてでしたので、来られてよかったな~、と。重厚なお洒落なホテルです。

正面にいる彼女の笑顔が素敵でした。よく喋りながら食べているのに、とても優雅なのです。ものすごく忙しいヒトなのに、せかせかしていないのが好きです。

そこを出て、以前も粘ったにしむら珈琲店を探したのに、二人とも「ド」のつく方向音痴で。北野坂の店を探せないで、道行く人に尋ねて教わったのは。本店の方でした、ここへも昔、このお友達と一緒に来た・・・。

店員さんのマナーと笑顔が素晴らしいお店、そして珈琲が、もちろん美味しい。

一応コースでランチ食べて来たのに、もうちょっと何か、で、パストラミなんちゃらサンドイッチを一皿頼みました。

切り口スパッと美しく、ボリュームも惜しげの無い、大満足のサンドウィッチ。つまみながら喋るわ喋るわ。

窓の外に黄昏色が迫りくるまで、喋り倒しておりました。

私は主に、聞き役。ホント。私はいつも聞き役なんです。静かにうなずきながら聞くに徹する。あのねあのねとぎゃあぎゃあ、わめかない。ホントですから。でも、少しはぎゃあぎゃあ、息切らして、ヒトのワルクチも言いました。女同士でのワルクチ合戦は楽しい。

サンドは、半分このはずが、ひときれ多く私が食べちゃった気がします。素直に認めます、これは。

で。もちろん、旅費を使って遠方から来てくれた彼女とも、飲食は割り勘です、私が計算しました。

1150円受け取ってわが財布に入れ、5000円札を出して、お願い支払しておいて下され、と、化粧室へ行き、レジのところにいた彼女に、レシートとお釣りをもらってそれもそのまま財布に突っ込み、神戸はもうすっかり夜の街の色、ウロウロしないでタクシーを止め、先に乗って行ってと勧められるまま乗り込んでバイバイと手を振って、帰って来ました。

二年ぶりくらいかなあ、会うの。気持ちにひっかかるところが何も無い、楽しくて懐かしいお友達。

帰って気づきました、その大好きな友達から、わたし、1150円、受け取った。

支払いの合計は1700円だったようです。おつりは3300円だったそうです(レシートを見ての推理)。

さて問題。わたしは、どんな勘違いをしでかして、大切なお友達から、どれだけ余分に、おかね、もらっちゃったのでしょうか。

今度また会えた時に、.お返ししますと連絡しました。また会って返してもらわなあかんなあ、と、文字で笑って下さいました。

・・・で。いくら、わたしは、返したらいいのでしょうか・・・ぼったくりの(笑)KUONでした。



なまずのてんし30

「なまずのてんし30」

これは、なまずのてんし「さま」と読むそうです。

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熊本生まれの熊本育ち、「ハートのなまず」さんが、オリジナルの手拭いを作られました。

ブログをご紹介します。


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秋篠宮殿下から悠仁親王への皇位継承を望み

「ナマズノテンシサマ」言霊効果を、

また、鯰絵に地震の厄除け効果も期待して作った

オリジナルデザイン(商標登録済)です。

 本染め手拭い 綿100% 岡生地 35×90cm 両端縫製なし 

☆熊本駅前、森都心プラザ「わくわくカフェ」で販売中☆

県外の方にお届けできるように、
手拭い通販始めました。
売り上げの一部(1枚につき100円)は、
熊本地震で被災した「阿蘇神社」災害復旧事業奉賛として寄贈いたします。

なまずのてんし30手拭い

価格     1枚    1000円(税、送料込み)
       3枚組    2500円(税、送料込み)

注文方法
ご注文はメールにて承ります。

①注文数(○枚または△組)
②お届け先〒 住所
③お名前
④電話番号
を明記の上、
namazunotenshi30@gmail.com まで

お申し付けください。
※在庫確認後、振込先(郵便)口座番号をお知らせします。メール受信後、10日以内に送金ください。
※必ずお申込者ご本人の氏名でお振込みください。
※ 入金確認後、順次発送します。
※お届けは、スマートレターで郵便受けに投函します。受領確認は出来ませんのであらかじめご了承ください。



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この方は、数回お会いしたことのある知人です。

半年前の熊本地震を経験されました。

先日の熊本行きの際にも、お会いしました。

その少し前まで(訪問者リストで、来て下さっていることを知るまで)、この手拭に関することは、まったく知りませんでした。

知ってからも、宣伝して欲しいとか、たとえば私KUONのブログで取り上げて欲しい、などは、いっさい、仰いませんでした。

わたしも、親しい知人であっても、自分がご紹介したい、と感じないものについては、それが何であれ、それとこれとは別よ、と考えるにんげんです。

でもこの図柄のイヤミのないところ、押しつけがましい感じのないところ(デザインされた本人と同じ)、甘ったるくない可愛さと、ここは重要、

言霊効果。

てんし、は、天使・・・天子・・・かな、と、解釈しました。

・・天皇家に対するいろんな気持ちの通うあたり、

秋篠宮殿下に皇室を、との思いの重なりもあって、

ご紹介させてもらいたい、させて、と、申し出ました。

ご了承をいただき、11月の1日にアップ、と決めました。


ご紹介はしますが、わたしの役目はご紹介のみです。私に言っていただいても、取次などはできかねますので(エラソーな言い方だとわかってはおりますが)、直接、申し出て差し上げていただきたいです。よろしく、と、伏して申し上げます。


リンク欄に「なまずてんし30」さんを、加えました。そこからぴょーんと、飛んでいただけます。

自分にできることを何か、と、始められたことです、神社にもお城にも、熊本は(だけではないが、いまは熊本の話です)お金が必要です。

よろしければご賛同を、と、私は何もしないでいて・・・手拭の一番目の購入者になりたいが、一番はどなたかにお譲りします(笑)・・・ハートのなまずさんに代わりまして、末尾に記させていただきます。

今日以降は、この内容は当分、プロフィール欄に移させてもらうつもりです。

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買っていただいた中から100円ずつを、阿蘇神社へ、と、記しておられます。

阿蘇神社。

阿蘇神社と鯰.。

こんな話も読みました。↓。

健磐龍命が立野のスガルを蹴破ると、阿蘇谷の湖の水はごうごうと流れ出ました。
ところが、この湖の主とも精ともいわれていた大鯰が湖の水とともに流れ出て、
遠く上益城の村に流れつきました。そこでこの村を鯰村(上益城郡嘉島町鯰)
というようになったそうです。
 村人がこの鯰を片付けるのに六荷(ろくか)(天秤棒で六回分)あったので、
この部落を六嘉(ろくか)(上益城郡嘉島町六嘉)といいます。
また、阿蘇谷の黒川の流れが曲がりくねっているのは鯰の流れ出た跡ということです。

 鯰の別の話では阿蘇谷の水は流れ出たが、中ほどに大きな木のようなものが
往生岳(おうじょうだけ)の麓から尾籠(おごもり)(阿蘇郡一の宮町尾籠)まで横たわっています。
よく見ると大鯰が往生岳にヒゲを巻き付け、尾籠に尾を引っかけています。
(尾籠の字名の起源もここからきています。)そのため阿蘇谷の上半分の水は引きません。

 大明神は『開拓のさまたげをするにくいやつ』とこの鯰を始末して焼き、
その灰が灰塚であるといいます。
灰塚は阿蘇駅と内牧駅の中ほどの北側にある丘で、本塚・北塚・灰塚と
三つの丘の最も低い丘で、この塚には石はないといいます。
また鯰の霊は国造神社の神殿の右側の小さい祠(ほこら)に祀ってあります。

『阿蘇の神話と伝説』 (宮川進編)より 

 当社に於いても以前は第一鳥居前に池(現在この池は国道の拡幅工事のため廃池となる)
があり、鯰池と称して川などで釣れた鯰は決して殺生することなく池に放すなど
大切にされてまいりました。
阿蘇神社の氏子は今でも鯰を神様のお使いと称され尊ばれています。

 平成7年、有田焼窯元に依頼して『鯰』の置物を作成いたしました。
幾度となく型の手直しを重ね2体を焼き上げ、1体を当社御神前へ奉納し、
1体は秋篠宮殿下に献上申し上げました。


 
>皇室にも鯰にも所縁ある阿蘇神社。
>「日本三大楼門」に数えられる重要文化財の楼門も被災しました。
>11月1日より、本格的な復旧工事が始まるそうです。






帰って来ました



早朝、家を出る時には雨が降っていた。

西へと走る新幹線の車窓から見る空が、だんだん明るくなって行って、熊本に着いた時は、暑いと感じるほどのいいお天気だった。熊本を訪れるのは私には初めてのこと。

迎えに来て下さっていたTBさんが、地震の後で買い替えることになってしまったという車をスタートさせて、正面に見えるのが熊本城だと教えて下さる。

青い空の下、堂々たるお城・・・と見えつつ、てっぺん、天守閣の屋根が、妙に白っぽい。

瓦の多くが落ちてしまい、しゃちほこも、地震の折りに、落ちて粉々に割れてしまったのだった。

ランチは市役所の中のレストランでと言われて、へええ、とびっくりしつつ、ついて行く。

市役所の中にはたくさんの方がいた、さまざまな相談に訪れておられるのだろう、あの大地震から、まだ半年。

エレベーターで14階まで昇る。

窓際の席を取って下さっていた、大きなよく磨かれた窓の、まっすぐ向こうに、熊本城が見える。

てっぺんの屋根が、やはり白い、埃が積もっているように白い。あの大きなお城が揺さぶられて、瓦が落ち続けるって、どんな感じだったのだろう。

緑色の養生シートがかぶされているあたりは、崩れてしまった長塀か。

遠目には見えにくいが、随分なダメージを受けて、しかしある部分は、土台が崩れてしまったのに、建造物が落ちないで保たれている。

ランチを口に運びながら、青空と真っ白な雲のなかの、美しいかたち、悠然たる熊本城を、眺めていた。

加藤清正公が築城したという・・銀杏城とも呼ばれる・・日本三大名城の、一。

城を仰ぎ見られるあたりは、あまりひどい被害は無かったように思う、と、TBさんが、静かな声で言う。

「お城が守ってくれたみたいに思っている人は多いんとちがうかしら」

と、言われる。生まれも育ちも、この方は熊本。

早めにいったんホテルに入って、さまざまな話をうかがう。

地震のこと。

TBさんは、夫さんが公務員であの時は自分の家や家族のことどころでなく、激務に就いておられた、たまたま実家であるTBさん宅に来ておられた娘さんとその夫さん、生まれて2か月にもならない初孫ちゃん、地震が起きて固まってしまい、固まりがほどけたら逆にどこへ走っていってしまうか判らない愛犬と共に、一人暮らしのお母さんとまずは合流、お姉さん家族とも合流、2度目の大きな揺れ(これが本震)やその後の頻繁過ぎた余震のなか、力を合わせて乗り切られたのだった。

あの時は、周囲、どなたもどこも、知らない同士も助け合った、コンビニエンスストアも、来られる方にはどんどん買ってもらってくれ自分たち用になど残さないで、と店長は檄を飛ばし、店員は必死にモノを出し、客は行列を作って買い物をした、と。

通りいっぽん隔てて、水、出る、水、出ない、と分かれてしまった地区では、お水どうぞと水を提供しておられた、TBさんは、自分のところは大人の男が(娘ムコさんと息子さん。夫さんは、死ぬんじゃないかと危ぶむほどに外で業務を遂行しておられた)複数人いて、車のガソリンも初めの地震後満タンにできたし、孫のミルクやオムツも備蓄できていた、それは心強いことだった、と、感謝の言葉を何度も口にされた。

「~でよかった」

「~だから助かった」

と、ネガティブな方向へは決して行かない言葉たち、皆が無事だったこと、今はともかく(自分たちは)平穏が戻っている幸せ、普通にお風呂に入れるありがたさ、などを、淡々と話された。

まつ毛の長い目のぱっちりした、お洒落な女性。

自分の「大変」を言いたてようとしない彼女の話を、ゆったりと聞いた。

自分も言ってみれば「被災者の一人」なのであるが、と笑う彼女は、自分としてできること、何か、という思いが、外に向かって、ぱっちり、開いておられる。

熊本には津波は来ず(1~2メートルくらい、来るかもしれないと避難された地区もあったそうだが)、あの地のように大津波も電力会社の大事故も無かった。それは本当のこと、でも、私自身、それはラッキーなことであろうと考えつつ、第三者が言うてはならない言葉であるなあと、自戒の思いを深くした。

たとえば、揺れた後に壁に走った筋いっぽん。

当事者にとっては大変なことなのだ、と、行って改めて感じた。その「たった」一本の亀裂の今後を想えば、当事者でない者が、

「この程度で済んでよかったよね~」

とは、言えない、言ってはいけないのだと感じた。

TBさんは、そして、見せて下さった。

揺れ続け、家具やら何やら倒れかかり、外は暗い、ただただ恐ろしかったであろう中での、一枚の写真。

がっしりした木製の座卓。画面を左右に横切っていた。

その下に、走り出して迷子にならない用心に、いつもは外しているリードをつけられている、小型犬。

腹ばいにぺたんと伏して、顎を床について、眠っている。前足を投げして。

その横に、お食い初めの赤飯などを業者に頼んだところだった、という時期の、まだ首も坐っていない赤ちゃん。初孫さん、そのお子が、仰向けになっている。

少しカールした前髪がおでこにかかっていて、色の白い男の子。

全身の力が抜けているのは写真からわかる、目を閉じて口元は微笑んで、不気味に揺れ続けている大地のその上で、完全に安らいでいる乳児。

そんな写真。

この、生まれて間もない赤ん坊と、地震の意味などわかりようのない小さな犬の、安心しきった様子。

この安逸を守るために、どれだけの気持ちが集まっているかを、感じて、私は、へええ、可愛いねえ、と、ニタニタしながら、その前にしていた、天皇夫婦の来県の話を、アタマの中で蒸し返していた。

TBさんは、多くの日本人と同じく、皇室に対しては崇敬の念を抱いていた、陛下が水俣へ行かれた時のお言葉には、ありがたい、という感じを持っておられた方。

その方が、もう、天皇さんたちは、被災地へ来てくれなくていい、と言う。

皇太子も雅子も要らない、来るな、と言う。

膨大なお金を使ってチョロチョロしなくていい、皇居で祈っていればいいのではないか、それが自分には、いちばん、腑に落ちるなさり方だと・・・私と同意見になる。

世界の平和と国家の繁栄と、国民の幸せ。そのことだけ考えていればいい、来なくていい、うろちょろしないで欲しい。

押さえた言い方ながら、思いの強い、TBさんの言葉だった。

・・・この一人と一匹の平和の写真を撮ってほどなく、この場所・・ご自宅をを出て、人と荷物でぎゅうぎゅう詰めの車で余震の激しい市内を避難、広大な駐車場で夜を過ごし、いちばん被害の少なそうないっときの宿り場を求め、を、始められたのだった。



いろんな話をお聞きしたが、今はうまくすんなりと出て来ない。

順序がバラバラになるが、おひるどきの話、

市役所レストランの、ギャルソンエプロンとてもお似合いのウェイターさん、ずっと笑顔だったレジの女性、とても感じのいい方々だった。

窓の向こうのお城を背景に、写真を撮るのに、ウェイター氏、思い切り体を反らしたり伸ばしたり、奮闘してくださったのだった。

ありがとうございました。


夜は、これもTBさんが予約を入れて下さっていて。二人ではなかった。

熊本名物の太平燕(タイピェイエン)という=春雨を、ツバメの巣に見立てて鳥のスープで煮込んで、海鮮物や野菜がどっさり使われている=料理をメインに、古老肉、唐揚げ、海老のチリソース、炒飯など、私はポットごと持ってきてもらって烏龍茶で、他の方々は黒生ビールから次は杏露酒とかいう、美味しそうなお酒を、お変わりして。〆は、甘さのほどよい杏仁豆腐だった。私は酢豚が大好きで、なんとも美味な酢豚だったので、嬉しかった。太平燕は優しい味で、癖になりそうな。

入って来るとき、通りから店までのアプローチ、前庭に幾つも卓が並べられ、卓の上に炎が揺れていて、店内はほの暗くしてあった、広い、天上の高めの店であまり明るくなく、ゆっくり食事ができるというのは、私の好み、で、よかった。

ここ「紅蘭亭」は、少し離れてもう一軒あり、そこは、最近ようやく、再開できたのだと、そういう話が、ここでも普通に出ているのだった。

ホテルは日航だった。

すべてバリアフリーで、足の悪い私にはよかった。このホテルの前のデパートが「turuya」、おつかい物にはここ(の包装紙)で、という老舗らしい。

部屋へ戻る前にしばらく一人にしてもらい、バス停のゆったりしたベンチにかけて、さまざまな種類のバスが、さまざまな方へ行くらしい、それを乗り降りする、熊本の方々の様子を、ぼんやりと眺めていた。市内でもっとも賑やかなあたりという、ベンチは悠々と座りごこちよく、2時間くらいは黙って座っていられそうだった。

11階のホテルの部屋から、熊本城が見えた。

ライトアップされていた。随分遅くまで、城は照らされていた。瓦は落ちてもあちこちガタが来てしまっても、残ってくれてよかった、と、思った。

ひそかに手を合わせて、頑張って熊本城、と、心の中で願った。


翌日も車を出していただいて、益城の方へ向かった。

途中、健軍神社の前も通りかかる。

一帯では、お宮参りも七五三もここへ、という、神社だとか。

国家「君が代」にある「さざれ石」

脚の具合がよろしくなく、降りて参拝したい気は重々あったが、ゆっくりと通り過ぎていただいたのみ。

・・・TBさんのお孫さんを、どうか、お見守り下さい。

「ここのスーパーの天井が落ちてしまったんです」

「ここはひどく傾いているけど」

「通りいっぽん違うと、被害のひどさも違うみたいで」

前を向いて運転中のTBさんの言葉を、黙って聞いていた。

無人の店舗が並んでいる。白昼の、人気の無い店舗群は、ぞわぞわと不安な感覚を引っ張り出す。

完全にぺしゃんこになっている、旧かったであろう、人家。

一部に斜めにブルーシートがかぶされていたり、

おそらくあの日以来、人が近づいていない、家。

大きく⇒マークを記して、建物の端っこで診療していると示しておられる医院、窓もドアもどうしようもなく壊れてしまっている医院もあった。

上から、ぐしゃっと力を加えられたように潰れている民家。中におられた方は。

壊れた家も、むき出しの壁の名残、折れた柱、家具も埃をかぶり、雨に打たれた姿で。

「片付けようのない、ということが、まだまだたくさん、あるんですよね・・・」

TBさんの声は静か、私にも、見ればわかる、駅の周囲や郵便局や銀行、どうしても必要なところは、復興も復元も、進んでいるようだ、が、私が案内していただいたあたりは。

益城は空港のある地区なのだそうで、そのあたりのことも、うまく説明できないが、教えてもらった。

ともあれ。

一人暮らしの、おじいさん、おばあさん。父祖の代からの土地、自然に受け継いだ家に、暮らしておられただろうが。

恐ろしい思いをされたのだろうな、一人では、どうすることもできなかっただろうな、いま、どうして。

いま、どうしておられるだろう、などと、つまり私のように、旅人としてひょこっと来て、思ってみるさえ傲岸な気がする。

地震後半年。

仮設住宅に、入っておられるのか。

私は、熊本の「仮設住宅」を、一軒も目にしないで、帰って来てしまった。

天皇が来るのなら、そのお金を、別の方に回して欲しい。

来てくれて嬉しいような天皇ではない、来てくれるな、来るな。


熊本で耳にした言葉。

淡くつながっている東北の方々からも、同じ言葉を聞く。

失望させている。

たぶん、絶望も、させている、天皇、という、存在。

復興にはお金が要る。

瓦礫を片付けないと、次へ進めようの無い現実がある。

お金が必要なんだ・・・。



と言いながら。

駅へ行く前に、観光もしました。

水前寺公園へ連れて行ってもらった。

桃山様式を代表する優美な回遊式庭園、だそうだ。

美しいお庭だった。向こうの方に出水神社が、と、遥かに(私の脚にはそうだった)打ち眺めながら、ここでも胸中に拝をした。

「古今伝授の間」を拝見できたのは、幸せだった。

現在は移築された場所にあるのだが、見事な茅葺の屋根、400年を経た建物、襖の模様が「五七の桐」、この襖を拝見できたのは嬉しかった、何よりここで、その昔、「古今和歌集の解釈の奥義を智仁親王に伝授した」と・・・説明書にある。

そうか、ここで、古今和歌集の奥義が、など、わかったつもりで、透き通った風の吹きぬけるお座敷、窓、などに、見とれていた。

赤い毛氈をテーブルクロスにした外の卓で、お薄をいただいた。

空は青く雲は白く、陽光に風はきらめきながら吹き通り。そこでいただく一服のお茶の、美味しかったこと。

この古今伝授の間の、維持管理を任されているのが、お菓子とお薄のセットを出して下さった「香梅」さんという、老舗の和菓子舗であるとも、ここで聞いた。

お世話になったTBさんのお宅でも、ここのお菓子を贔屓になさっているらしく、地震で大きなダメージを受けたお店が、復興されたことを、とても喜んでおられた。

お土産に買いたかったが、荷物を増やしたり大きくするのを避けたくて、後でネットで注文することにする。


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思いが先走ってうまくまとまらなかったが、一泊の旅の、ご報告です。

私はスマホを持たない昔人間で、外にいる間、自分のブログを読んでいませんでした。

連絡を、と申し出て下さっていた〇さん、申し訳のないことでした。

旅の間、かかわって下さったお方、十分にご一緒できなくて、申し訳のないことでした。

また、ぼつぼつ、いただいているコメントへのお返事も、させていただきます。

ミテコさんの呆れた「お言葉」についても、書きたくてうずうずしますが。

そんなさっさと出来なくなっているワタシなのね、と、自覚は深まっています。

できるように、いろんなことに対して行きたいと願っています。




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としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


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やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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