梅ちゃんの夜。
土曜日の夜。
誘っていただいて大阪へショーを見に行って来ました。家の中に心配事があり、最後まで迷っていたのですが、せっかくだから行って来たら、の言葉に後押しされて、行きました。
梅垣義明、梅ちゃん。梅ちゃん、と呼ぶらしい。全く知らない芸人さんだわと思っていたら、シャンソンの歌い手さんなのでした。いや、芸人さんなのだわやはり、WAHAHA本舗の。
ロングドレスに長いファーのショール、濃厚なメイクで現れて、現われた瞬間、爆発的な拍手と抑えきれない爆笑が湧きおこり、それは始まりました。しばらく止めていて、再び戻って来たのだとか?。
伴奏のピアニスト、三年前のレコード大賞の受賞者であるという「杉ちゃん」さんとは20年の付き合いだと梅ちゃんは紹介。自分をイロモノ扱いに落として、杉ちゃん・杉浦哲郎をもちあげつつさりげない喋りっぷり。こういうの私は好き。
舞台は始まりからつまり「お下品」でした。この梅ちゃんのステージの特徴は「お下品」なのだと、帰宅後に調べて知ったのでしたが、私にはぜんぜん下品に思えなかったのでした。
たった一人で唄い、笑わせ、走り回って満席の客の隅々まで目を配り、時に客を舞台に引っ張り上げて「お下品」につき合わせ、そして必ず、自分がいじり倒した客への拍手を客席に求め。
「ブラボー係」と、勝手に設定し命令した、最前列の数人の客たちは、梅ちゃんの、あるいは引っ張り出されてしまい歌まで唄わされてしまった「会社役員です」の男性客の唄が終ると、立ちあがって全身で全力で「ブラボー!」と叫んでいました。
むかし昔「銀巴里」で三輪明宏を聞いて以来、ファンであり、シャンソンを目指したと。
何曲も唄いました。唄うことにだけ没頭するのでなく、いろんなことをしながら唄うことが多く。息がはずんで途切れて、これも勝手に設定、命名した「水係」の差し出す水を頻繁に含みながら、飽きさせずだらけさせない舞台に、全力で立ち向かっていました。
梅ちゃん。
「芸」にこだわるあまり、酷くなった歌もありました。客の靴下を脱がせて釣竿の先に結わえつけて、ふり回しながら…カモメなのだそうだ・・・場内を走り回って唄うのです、確かに歌は酷くなった、でも私は、全身で拍手を送ってしまいました。
下品とは感じなかった。自らのハラワタまでさらけ出す迫力で・・・さらけ出したのはハラワタでなく、文字通り、そのものずばりの紙パンツ姿だったりしたのでしたが・・多少は開演直前に芸風を聞いていたので驚きませんでした・・・「ばばあはいるがイケメンがいない」と、階段を走り登り駆け下りする梅ちゃんは「本気」で。
本気は下品でない。
すでにはっきりとは覚えていないのですが、客の手を引っ張りながら、女装の、ウィッグを放り投げてしまってウィッグが無くなると途端にお腹のだぶついたおっちゃんにしか見えなくなる58歳の芸人は
「人生は美しい!」
朗々とそのフレーズを、うたいあげるのでした。
「人生は美しい!」
有名なシャンソンの、その一節を。拳を突き上げながら。私は拍手も出来ず、のどが詰ってしまい、涙が溢れ出たのでした。すばらしい歌でした。
「行かないで」を唄う梅ちゃんは、圧巻でした。
行かないで、
行かないで、愛する人よ行かないで、
私を置いて行かないで、一人にしないで、行かないで、行かないで行かないで。
・・・そんなに多くいろんな舞台を見ているのではなく、夜は大人しく家にいること多い、現在の私ですが。
下品ってどういうことか、理屈で言えなくても、感じてわかることはあります。
土曜日の夜、楽しかった。誘って下さった友人に、感謝します。また行きたいな。
思いっきり笑った。久しぶりにあんなに笑いました。
誘っていただいて大阪へショーを見に行って来ました。家の中に心配事があり、最後まで迷っていたのですが、せっかくだから行って来たら、の言葉に後押しされて、行きました。
梅垣義明、梅ちゃん。梅ちゃん、と呼ぶらしい。全く知らない芸人さんだわと思っていたら、シャンソンの歌い手さんなのでした。いや、芸人さんなのだわやはり、WAHAHA本舗の。
ロングドレスに長いファーのショール、濃厚なメイクで現れて、現われた瞬間、爆発的な拍手と抑えきれない爆笑が湧きおこり、それは始まりました。しばらく止めていて、再び戻って来たのだとか?。
伴奏のピアニスト、三年前のレコード大賞の受賞者であるという「杉ちゃん」さんとは20年の付き合いだと梅ちゃんは紹介。自分をイロモノ扱いに落として、杉ちゃん・杉浦哲郎をもちあげつつさりげない喋りっぷり。こういうの私は好き。
舞台は始まりからつまり「お下品」でした。この梅ちゃんのステージの特徴は「お下品」なのだと、帰宅後に調べて知ったのでしたが、私にはぜんぜん下品に思えなかったのでした。
たった一人で唄い、笑わせ、走り回って満席の客の隅々まで目を配り、時に客を舞台に引っ張り上げて「お下品」につき合わせ、そして必ず、自分がいじり倒した客への拍手を客席に求め。
「ブラボー係」と、勝手に設定し命令した、最前列の数人の客たちは、梅ちゃんの、あるいは引っ張り出されてしまい歌まで唄わされてしまった「会社役員です」の男性客の唄が終ると、立ちあがって全身で全力で「ブラボー!」と叫んでいました。
むかし昔「銀巴里」で三輪明宏を聞いて以来、ファンであり、シャンソンを目指したと。
何曲も唄いました。唄うことにだけ没頭するのでなく、いろんなことをしながら唄うことが多く。息がはずんで途切れて、これも勝手に設定、命名した「水係」の差し出す水を頻繁に含みながら、飽きさせずだらけさせない舞台に、全力で立ち向かっていました。
梅ちゃん。
「芸」にこだわるあまり、酷くなった歌もありました。客の靴下を脱がせて釣竿の先に結わえつけて、ふり回しながら…カモメなのだそうだ・・・場内を走り回って唄うのです、確かに歌は酷くなった、でも私は、全身で拍手を送ってしまいました。
下品とは感じなかった。自らのハラワタまでさらけ出す迫力で・・・さらけ出したのはハラワタでなく、文字通り、そのものずばりの紙パンツ姿だったりしたのでしたが・・多少は開演直前に芸風を聞いていたので驚きませんでした・・・「ばばあはいるがイケメンがいない」と、階段を走り登り駆け下りする梅ちゃんは「本気」で。
本気は下品でない。
すでにはっきりとは覚えていないのですが、客の手を引っ張りながら、女装の、ウィッグを放り投げてしまってウィッグが無くなると途端にお腹のだぶついたおっちゃんにしか見えなくなる58歳の芸人は
「人生は美しい!」
朗々とそのフレーズを、うたいあげるのでした。
「人生は美しい!」
有名なシャンソンの、その一節を。拳を突き上げながら。私は拍手も出来ず、のどが詰ってしまい、涙が溢れ出たのでした。すばらしい歌でした。
「行かないで」を唄う梅ちゃんは、圧巻でした。
行かないで、
行かないで、愛する人よ行かないで、
私を置いて行かないで、一人にしないで、行かないで、行かないで行かないで。
・・・そんなに多くいろんな舞台を見ているのではなく、夜は大人しく家にいること多い、現在の私ですが。
下品ってどういうことか、理屈で言えなくても、感じてわかることはあります。
土曜日の夜、楽しかった。誘って下さった友人に、感謝します。また行きたいな。
思いっきり笑った。久しぶりにあんなに笑いました。
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「無かったこと」で行くらしい。
単なる「~らしい」の記事と切り捨てるには「コムロカヨ」という名前が不名誉な感じに(一般的な感性では)さらされていた、前記事の内容。

特にしたくもないことながら。
上の段の「¥453000」の振込みは「22年11月2日」
下の段の「¥2000000」は「24年1月12日」の記載です。「週刊女性」誌より。
醜聞大好きなメディアは、何を置いても飛びついて言い立てそうにも思われるのではありますが、今のところ静観、無視、さわらぬ神に祟りなし。か。


上と下。騒がれ始めた頃の、脳内「準こーぞく」母子と、12月某日のK氏の母上。肩のラインの合っていないジャケット、とはいうものの、はじまりから着るものには無頓着な方のようです。
おわださんのおうちでは、婚約なった後の
「皇室へ入ってしまえばどんな風にもなる」
の名言がございまして。淳・芦田氏を激昂激怒させたとやら。お金などどれだけでも出てくる、の意味だったのに、妙なところでケチ、下衆なので、入内する本人のハハオヤ、イモウトの分まで注文出しまくった、支払いはとても汚かった。自分のお金を出すのは
大嫌い、人はワタシの為におカネを出しなさい、出して当然、のはなし。
このたびは
「皇室からもらってしまえば(事実はこうですよね?)どんなようにもなる」
の、K家版かしらん。人間のこころ癖って、沁みついて離れないもの。たかりまくり生活のスタート、ってことでしょうかしら~。
・・とか言ったっって。東宮家の内親王に関して一つをとっても。、天をも畏れぬ、人とは思えぬ所業が平然となされているのが、あの「家」。

・・・F・サガンに「一年の後」という小説がありました。
向かって右のフクロウが、一年の後に左のごとく変化する。そんな内容ではもちろんありませんでしたよ、はい。
(皇室全般掲示板より画像をお借りしました。)。

東宮家の一人娘さんは、このような目つきの主ではありませんでした。
が。
この子を「皇太子」にするために、秋篠宮さまは「皇嗣なのであると。

無体無様の限りを尽くしてなお、ニタニタと空気の読めない(!)、外国の賓客に、明らかにリスペクトされていない(怒)この基地外が今のまま行くんであると。

このテの醜聞さえまともに収束できない(できるわけも無い、するつもりも無い)なら、本当にもう、終わりだと結論出しました。
皇室とやらもこの国のメディアも、ですよね、終わりです。終わり。
この記事書き終わったら、大事にしている「藻塩」、惜しげなく大盤振る舞いして穢れを浄めようと思います。
後で、今月の「みんなのうた」お呼びかけさせていただくつもりです。

特にしたくもないことながら。
上の段の「¥453000」の振込みは「22年11月2日」
下の段の「¥2000000」は「24年1月12日」の記載です。「週刊女性」誌より。
醜聞大好きなメディアは、何を置いても飛びついて言い立てそうにも思われるのではありますが、今のところ静観、無視、さわらぬ神に祟りなし。か。


上と下。騒がれ始めた頃の、脳内「準こーぞく」母子と、12月某日のK氏の母上。肩のラインの合っていないジャケット、とはいうものの、はじまりから着るものには無頓着な方のようです。
おわださんのおうちでは、婚約なった後の
「皇室へ入ってしまえばどんな風にもなる」
の名言がございまして。淳・芦田氏を激昂激怒させたとやら。お金などどれだけでも出てくる、の意味だったのに、妙なところでケチ、下衆なので、入内する本人のハハオヤ、イモウトの分まで注文出しまくった、支払いはとても汚かった。自分のお金を出すのは
大嫌い、人はワタシの為におカネを出しなさい、出して当然、のはなし。
このたびは
「皇室からもらってしまえば(事実はこうですよね?)どんなようにもなる」
の、K家版かしらん。人間のこころ癖って、沁みついて離れないもの。たかりまくり生活のスタート、ってことでしょうかしら~。
・・とか言ったっって。東宮家の内親王に関して一つをとっても。、天をも畏れぬ、人とは思えぬ所業が平然となされているのが、あの「家」。

・・・F・サガンに「一年の後」という小説がありました。
向かって右のフクロウが、一年の後に左のごとく変化する。そんな内容ではもちろんありませんでしたよ、はい。
(皇室全般掲示板より画像をお借りしました。)。

東宮家の一人娘さんは、このような目つきの主ではありませんでした。
が。
この子を「皇太子」にするために、秋篠宮さまは「皇嗣なのであると。

無体無様の限りを尽くしてなお、ニタニタと空気の読めない(!)、外国の賓客に、明らかにリスペクトされていない(怒)この基地外が今のまま行くんであると。

このテの醜聞さえまともに収束できない(できるわけも無い、するつもりも無い)なら、本当にもう、終わりだと結論出しました。
皇室とやらもこの国のメディアも、ですよね、終わりです。終わり。
この記事書き終わったら、大事にしている「藻塩」、惜しげなく大盤振る舞いして穢れを浄めようと思います。
後で、今月の「みんなのうた」お呼びかけさせていただくつもりです。
だはははなこと。
・・・ということは。
昨日、新聞読んで考えていたこと。
呼び名はどうでもいい。どのみち、皇后さまなどと呼ぶ気は失せているのであるから、上なんとかの造語を示されても、呼ばなければいい、ワタシの中では。それより。
「公務のすべては新天皇に移譲される。」
ここ、めっちゃ気に入りました。
公のことはぜんぶ、次代に。それまで天皇だった方ご夫妻は、完全な隠居状態になられていいのですよ。
外国を訪問してあげなくていい、国賓を出迎えてあげなくていい。撮影されることも激減するでしょう、気楽になさって下さいね。
慰問も慰霊も何もなさらないでよろしい。
近年、オペラ鑑賞も世界のテノールを聴きに行くのも、絵画を見に行ってあげるのも、すべて「公務」認定だったでしょ。
公務だったの、ミテコさまには、お出歩きも。そうされたのは、あの方ご本人でした。公務にカウントされていた。それで、忙しいのお疲れの、と。
それ、ご希望通り辞められるみたいですよ、よかったですね、強引なお望みでしたけどね。
だからもう、無理しないでいいの、何もしなくていいの、お疲れさま。
な~んにもなさらないで下さい、引っ込まれるご夫妻は、ってことですよね?
お楽に、お平らに。そーゆーこと。
係の人はつけてくれるって、お金も使わせてもらえるって、でももう、いっぱいお洋服、見せるために作る理由も無くなるのですね。
ね?
ですよね?
わははははははは。
・・・・・てな気分で、この部分、ものすっごく嬉しかったです。
ナルちゃん、あれこれ背負うものいっぱい、大変ね~。ツマともども、頑張って下さいね~、森羅万象、世のことすべて、ええとこ取りはありませからんね~。どはははは。
ナルちゃん、日本の象徴にナルって。正気だったら、いやいや。
立派なテンノーになられるかしら、なれるかしら、お手並み拝見、いずれ見捨てるにしてもね。
その前にどうにかなられるのが、どんなに四方八方すべてに、よろしいことか。ナルさん本人にも。そんな気を遣ってあげることも、ここまで来たら不要かも。
滅びへの道は、あんがい今のように、安楽なものなのかもね。ギリギリまではね。知らないって強いですね・・・しみじみ。
今朝の新聞にまた、興深いことが書かれている・・・今から出かけます、いつもありがとうございます。
たのしみなえんゆうかい。
あさっては天皇陛下主催の園遊会が催されます。
このたびもまた皇后さんは、まさこさん庇うための洋装をお命じになられたか。
和装洋装、決めるのは美智子さんだとのことで。
かつては和の次は洋、とて、妃殿下内親王様方の、美しいお着物姿を拝見できました。
ここずっと「着物の苦手なまさこさま」への配慮ばかりが先んじて、続けて洋装ばかりだった、園遊会。
というより。ひさびさに出て来た最近の二度ほどの前は、十数年も(数字いささあかあやふやかも)サボっていたんだ、とうぐうひは。
何年ぶりとかそんなこと、養殖のブリの「10年モノ」とか(そんなブリ、大味でまずくて食えねえだろーよ)。そんな風にアゲアゲされてらした。出て来たら「いい子いい子」されてる公人の意味、意義、異議、ですわ。
苦手なのでない理由の方は語られませんけど。
まさこはどれだけ人びとの視線の中を歩けるか。10メートル、20メートル、どのタイミングで遁走するか。
新記録樹立なるか。また、
妃殿下の親といえども皇族でも準皇族でもない一般の国民の一人である小和田某は、その日、日本にいて、天皇が招かれた数少ない皆さまに向いて
「ようこそおいでなさいました」
とか、頓珍漢かつ無礼傲岸厚顔無恥銀河の向こうへ飛んで行け、的なアイサツをなさっちゃったり、できるのか。
スイスに留め置かれたままとの説が根強いのですが、軟禁だか拘束だか解かれて、(ただでありつける)お客様用の焼肉、むさぼり食うこと、なし得るのか。品の無いこと書いてしまいましたが、とにかく他人のフトコロ持ちの大好きなお方。下品は見についておられます。あの娘さんを、皇室に入れた方ですから。
何につけ、まともな話題のあったためしがないのであります。
今年はどのような園遊会になるのか。
華やかな、背俗離れした世界が素直に楽しめたのは、遠い過去のこと。
そのたのしみを取り上げられてしまっている現状、まさこのやらかしに、不満の矛先を向けさせていただきましょう。
ええ、わたし意地悪です、とってもそうなんですよ。
まさこさま、楽しみに待たせていただきますからね。うん、うん。

昨年のまたこたま。
お客さまの前を早く早くと逃走用に準備させたクルマまでたどりつき、もう帰りますとばかり両陛下に、Sれでも挨拶。
美智子さんはとめもせずとりなしもせず、招待客にお尻向けてアタマさげて、そそくさと逃げ帰る東宮妃を、送り出されたのでありました。、
このたびもまた皇后さんは、まさこさん庇うための洋装をお命じになられたか。
和装洋装、決めるのは美智子さんだとのことで。
かつては和の次は洋、とて、妃殿下内親王様方の、美しいお着物姿を拝見できました。
ここずっと「着物の苦手なまさこさま」への配慮ばかりが先んじて、続けて洋装ばかりだった、園遊会。
というより。ひさびさに出て来た最近の二度ほどの前は、十数年も(数字いささあかあやふやかも)サボっていたんだ、とうぐうひは。
何年ぶりとかそんなこと、養殖のブリの「10年モノ」とか(そんなブリ、大味でまずくて食えねえだろーよ)。そんな風にアゲアゲされてらした。出て来たら「いい子いい子」されてる公人の意味、意義、異議、ですわ。
苦手なのでない理由の方は語られませんけど。
まさこはどれだけ人びとの視線の中を歩けるか。10メートル、20メートル、どのタイミングで遁走するか。
新記録樹立なるか。また、
妃殿下の親といえども皇族でも準皇族でもない一般の国民の一人である小和田某は、その日、日本にいて、天皇が招かれた数少ない皆さまに向いて
「ようこそおいでなさいました」
とか、頓珍漢かつ無礼傲岸厚顔無恥銀河の向こうへ飛んで行け、的なアイサツをなさっちゃったり、できるのか。
スイスに留め置かれたままとの説が根強いのですが、軟禁だか拘束だか解かれて、(ただでありつける)お客様用の焼肉、むさぼり食うこと、なし得るのか。品の無いこと書いてしまいましたが、とにかく他人のフトコロ持ちの大好きなお方。下品は見についておられます。あの娘さんを、皇室に入れた方ですから。
何につけ、まともな話題のあったためしがないのであります。
今年はどのような園遊会になるのか。
華やかな、背俗離れした世界が素直に楽しめたのは、遠い過去のこと。
そのたのしみを取り上げられてしまっている現状、まさこのやらかしに、不満の矛先を向けさせていただきましょう。
ええ、わたし意地悪です、とってもそうなんですよ。
まさこさま、楽しみに待たせていただきますからね。うん、うん。

昨年のまたこたま。
お客さまの前を早く早くと逃走用に準備させたクルマまでたどりつき、もう帰りますとばかり両陛下に、Sれでも挨拶。
美智子さんはとめもせずとりなしもせず、招待客にお尻向けてアタマさげて、そそくさと逃げ帰る東宮妃を、送り出されたのでありました。、
私事あれこれ
こんばんは。やっと落ち着いて机の前に座りました。
ドタバタしていたのです。
夫のおかあさんが警察へ駈け込んで、「ワタシ苛められていますねん」と、やっちゃった。
年金もぜんぶ取り上げられている、妹が送ってくれる小遣いもヨメがその日に持って行ってしまう、ワタシの貯金もあのコが勝手に出して使うてますねん、そんなんドロボーですやろ、ドロボーと一緒には暮らしたくない」
と。今回が初めてではない、90歳のおばあさんが訴えるわけです。
髪をきれいに整え(その次男のヨメがしてくれている)、服装もこぎれいな姑が、ヨメのワルクチ、ポリスマンに言いまくる。
私は「いいモン」の役、迎えに行って「この子とホンマはくらしたいのに」とむしゃぶりつかれる役で、一緒にいてくれる義妹に申し訳がない。と言うときれいごとですが、ホントにそんな気がします。
姑の言うことのすべてが嘘では無い、とはわかっています。ほぼ本当でしょう、しかし。
大変と思う。親のお金ぜんぶ使って遊びまくっていた頃のようには今は行かず。
義弟はまともな市井人の暮らしのできない人で、大学院まで親に出してもらったのに、結局。大きい話ばかりして、何もできなかったひと。
去年、脳こうそくで半身不随になりました。亡き舅の結構な額の年金は、家でこもっているだけの義弟の生活費でもあるのだし、姑は二か所のデイサービスにも通っています。そこでは「センセイ」と呼ばれていて機嫌がいいので、回数を減らすことはできないようです。
姑の言いたてるように、義妹だけがお金を使っているのではありません。
彼女は自分の仕事を持っている。若い時から一貫して仕事している。それも生活のためのお金になっているでしょう。当たり前と言えば当たり前です、でも。義妹は結婚した時は、こんな風になるとは思っていなかっただろうなあ、と、考えています。
幼い女の子と一緒に、出て行ったままの義弟の還るのを待っていた先の奥さんを完全に無視し続けたあげく、実家へ帰らせて夢だったというハワイでの結婚式。防音ルームのある新居を建ててもらって三人暮らしを始めた頃は。・・・意地悪な言い方していますね私。リニアカーみたいに、宙に浮いた暮らしをして来られた、夫のお身内なのでした。
いま、義妹が私に当たってこないのは、それだけでもすごいと感心していますけど。言いたいこともあるやろな。
私が聞かんなんことは無いと思っていますが。
ははを迎えに行ってゆっくりお寿司を食べて、おやつやお線香や好きに選んでもらって、送り届けます。ははは結局、義弟が可愛くて気になって、離れてはいられないヒトなのです。ポリスマンは、一緒に暮らしてあげられませんかと言われます。
ワタシは部屋は二つもらわんと暮らされへん、と仰いますので、無理です。私たちには叶えてあげられません。
いま義弟が借りている家は、部屋が六つあります。そこで三人住まい。婿の名義でローンを組んでようやく買って、六人と犬いっぴきでワヤワヤ住んでいるわが家では無理です。ポリスマンはいつも、微妙な顔で笑って、また来てあげて下さいや、と(笑)。
・・・送り届けると義妹は、しゃら~っと笑って、すみませんともありがとうとも言わない。
言ってくれなくていいのです。もうしばらく、おかあさんを見てもらわないといけないので。私もできることはしますが。
完全に和風の顔の人で、頑張って生きておられてすごいな、と、かつての美貌の痕跡をのこしている顔に向かって、私も笑いかけます。
きっと前生は、キツネだったな、この人。と、毎回、思いながら。
一つは。
仕事帰りに高速道路で、追突されました。50キロくらいのスピードで当たって来たと。私は乗っていませんでした。
車の後ろがひどいことになりました。運転していた方はとても紳士的に、お詫びを口にされたようです。
で。代車として、ほぼ新車のアルファードが来ました。ぴっかぴか。わが家は、車は前へ進めばいいくらいの認識ですので、触るのがためらわれるピカピカ具合。
小さい方の車を使っていて、代車は駐車されたままです。
怪我が無かったのでまあいいか、と、タントでとことこ走っています。
同居の次女夫婦が、タイへ出かけました。婿クンは初めてのタイ。
留守中に孫息子の公立高校の入試の発表がありました。
帰って来るはずの朝、娘から電話が来て、ヒコーキに置いて行かれたと言う。
出国する人がものすごく多くて時間がかかって、ああ、と思ったら、荷物は降ろしてくれてたけど、飛んで行っちゃった。
と言います。奇妙に冷静な声。ちうごくの飛行機、格安のチケット。
で。お金の余裕は無い。カードは持って来ていない、地方銀行のキャッシュカードしか無い。とか言う。
安いのでなくていいから、とにかく二人で無事で帰って来いと言うしかないのです、ワタシには。
次の電話では、
「もうどうしようもない、私たちドンムアン空港で大道芸人にでもなるしかないかなあ」
などと、人生をなめきったことを言うので、
「あんたらの即席芸にお金くれるキトクな人はいてへんわ」
と言ってやった。すると、
「どうしたらいいかわからんでキトク状態くらいやわ気分は」
笑いようの無いボケかますアホ娘。
金も無いカードはJCBだけ、奈良の銀行のカードだけで、よくもまあ、外国へ行ったものだ。行ってらっしゃーいと送り出したワタシには、なんの責任も無い。ありませんとも。
腹は立つが、怒り声は今は出さないでおこう。
それが昼前のこと、結局、なんとかカードでチケットの買えるところを探して、すべての旅行代金より高いお金で買ったチケット二枚、頼りに、夜更けのフライトでバンコクの地を離れ。
今朝、帰って来ました。
そのまま仕事行きました。ああヤレヤレ。
婿クンは、厄年を気にしていて。タイでは欲しい物も無かったし、チップあげまくって来た、と言う。諸説あるでしょうが、それはよかった、と、パチパチしていた私でした。
娘は、だんなは言葉も判らないのに奮闘してくれた、優しかったとノロケておりました。
無事帰国叶った、めでたし。もうちうごくの飛行機には乗らないそうです。それがいいと思います。
合格発表の日に、両親は外国に行っていた孫息子。
担任の先生が「無理と思うがチャレンジや」と、受けさせて下さった(ぜったい安全パイの私学とセットで・私学さん、受からせて下さったのにごめんなさい)公立高校、びっくりですが合格でした。
本人が一番驚いていました。人の言うブランド学校でもエリート高校でも無いが、野球を続けられるし、本人の希望した学校。よかったと思います。全く勉強のできなかった子が、クラブ活動の終った夏からの半年間。ウソのように頑張っていました。
他にも小さくあれこれありましたが、今夜は安心して眠れそうです。
私事ばかり今夜は書きました。
おやすみなさい。
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プロフィール
Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
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プロフィール
Author:KUONの久遠
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四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。
海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる
明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。
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