今日も元気でいましょうね^^

返事の中までKUONです。

光あるところ

新年草々からからキェーッと毒吐いておりました。今日は明るいお写真を。


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昨年末の宮内庁職員の皆さま方の文化祭に秋篠宮殿下が出品された、ドンタオ鶏。

ベトナムの鶏だそうで、脚が太い。

どっしりと大地を踏みしめる堂々とした鶏、デフォルメ加減すばらしーっと、見惚れてしまいました。


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悠仁殿下がお生まれになった時の、まったき吉祥を思わせる龍雲。だったと思います。


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眞子内親王と佳子内親王、なかなかご紹介させてもらっていないのですが。

画像からいい薫りがただよって来ます。





つい先日近くで火事があった武蔵野陵墓地。

1月7日秋篠宮同妃両殿下は「昭和天皇祭山陵に奉幣の儀」ご参列。

メディアはこれを報じません。

まさこは当然、出て来ません。皇霊殿の儀にも出ず。

いわゆる皇室の公の場に、今年もいっさい、出て来ておりません。

わたし個人的には、あれは出て来なくてもいいと思っています。

自分のオトシマエは自分でつけるもんじゃ、自分に還るんじゃと、なんとなく、けっこうしっかりと、思っています。


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喜びも悲しみも



伊太利との国交150年の節目だとか、お招きをいただいて親善訪問して下さっている秋篠宮同妃両殿下と、お迎えくださる方がたのお並びの一枚。

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詳しい方はどう思われるかわかりませんが、この画像に、ボッチチェルリの名画をおもいました。

あるいは、ヴィスコンティの映画のシーン。

淑やか、かつ有能な日本の親王妃の落ち着いたたたずまいが、泰西の名画の中にしっとりと納まっておられて、心地よいなあ、と。

殿下は、いつものごとく、脚を組んだりはしておられませんが、ご温顔。穏やかに溶け込んでおられます。

紀子さま、ありがとうございます。

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わたしには、ローマ法王といえば、ヨハネ・パウロ二世台下のお姿が浮かびやすいです。

現在の法王さまは、気さくな面、お茶目な面もお持ちであると、読んだことがあります。

どこかで何か、食べ物をつまんでおられたと報じられたこともあったような・・?。

両殿下とのこのお写真の法王さまは、優しい優しい方、のイメージ。

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贈り物を包み込むように手にされた殿下は、和やかな表情で。歩き方が、とても美しいと思います。

靴をはいておられる姿だけを拝見しても、ひやひやすることが無い。

当たり前のようですが、切実な実感でもあります。


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ローマ法王さまと、日本国の皇位継承者でいらっしゃる親王殿下ご夫妻。

威厳もあり親和力も、と、見惚れます。


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子どものころ「喜びも悲しみも幾歳月」という流行歌が好きでした。

同名の映画の主題歌だったと思います。

その映画を、みることは出来なくて(大人になってから何度も観る機会があり、見ました)、雑音だらけのラジオに耳を寄せて聞いていたのでした。

灯台守の夫婦のうたで。

おいら岬の~  灯台守は~  と、若山彰の美声がうたい始め、何番かまであった歌詞の・・うたの最後まで、物語の盛り上がって行く歌でした。

子どもなのにその歌が好きで、いま、カラオケでうたったりすることもあります。

他に東海林太郎の「赤城の子守唄」も好きでした(笑)。

この、なんとも美しい、けだかく初々しいご夫妻のお写真を、拝見していて、あの歌が脳裏によみがえって来たのでした。

もしかして、失礼だとか思うお方がいらっしゃるのかも知れませんが。

信頼し合うご夫妻のお姿に、涙のこぼれるKUONでした。

秋篠宮殿下。

紀子妃殿下。

本当に、本当に、ありがとうございます。


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喜びも悲しみも幾年月

【作詞】木下 忠司
【作曲】木下 忠司
【MIDIデータ作成協力】Iwakichsky

おいら岬の灯台守は
妻と二人で沖ゆく舟の
無事を祈って灯をかざす
灯をかざす

冬がきたぞと海鳥鳴けば
北は雪国 吹雪の夜の
沖に霧笛がよびかける
よびかける

離れ小島に南の風が
吹けば春くる 花の香だより
遠い故郷思い出す
思い出す

あしたに夕べに入船出船
妻よ頑張れ涙をぬぐえ
燃えてきらめく夏の海
夏の海

星をかぞえて波の音きいて
ともにすごした幾年月の
喜び悲しみ目にうかぶ
目にうかぶ




先帝の

うた1gyosei2

  広き野を流れゆけども最上川海に入るまでにごらざりけり


大正15年(1926)年の、昭和天皇御製。

前年に山形県に行幸啓なさった折のおうたとか。

長い川が海にいたるまでの、長い期間。広い野を川は流れて行くのです。

その間にあるであろう、あるに決まっている、さまざまなこと。

「海に入るまでにごらざりけり」

これ、「にごらざりけり」は、にごらないでいた、あるいは、にごらないままだった、と、すでに起きた、終ったことを、振りかえる風にお詠みです。

つまり、大正から昭和へうつる、父帝からご自身へと代の移る、天皇としてはこれからだ、という時期のうた。

実際にはこの後、60余年続いた昭和の御代の天皇陛下は、始まりの一歩にして、その終章を詠んでいらしたのです。

こうして行くのだ、濁らないで行くのだ、の、おおいなるご決意。

未来は誰にも見えない。でも、こう生きよう、との決意は、可能です。


この先に何があっても、濁らないで汚れないで「その時」まで、行くのだ。

いっしんに行くのだ、にごらないで行くのだ。



陛下の、長い昭和の日々は、ご自身で思い定められた「そこ」に向けての、旅でいらしたのでしょうか。

そこへ向かっての、一日いちにちで、いらしたのでしょうか。



・・・・・・・そのように、読ませていただきます。。

追記:申すまでもなく、最上川という雄大な河の威容に、おこころを動かされて、かくありたい、かくあらなむ、のことだったと考えます



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   先帝の愛(めぐ)したまひし親王の慈愛の笑みの豊かなるかな


賢所を建て替える?。




現・東宮妃、雅子妃殿下に対して

「祭祀に出ない、さぼっている」

の声が大きくなって行った頃、そうではない、妃殿下は病気なのであって、サボっておられるのではない。という説を読んだことがあります。

祭祀の折りに、皇太子妃殿下が身にまとうのは十二単。髪はおすべらかし。十二単の重さはおよそ20㌔あって、すべてを付けるには2時間から3時間かかる。

皇后と東宮妃はそれが正装。宮家の妃殿下はドレスなので、負担の重さは比較しようもない、と。

お病気の妃殿下にそれは過重な負担である、ということだったのでしょうか。

皇太子妃の正装がご負担のまま、病気の実態は正式に発表されないまま、時は流れました。

そもそも、皇太子妃が祭祀に「出る」の「サボる」のと言っても。

基本、祭祀を行うのは、上御一人である天皇です。天皇のみが祭祀を行われるのです。

天皇以外の方々は、その間は、隣りの部屋で待機している。

皇后が独自にする祭祀は無い。

神事の前に皇后は、中心になってすることは何も無い。

皇后以上に皇太子妃に、行うべき「祭祀」は無い。

さぼっていると言われるのは、正しくは、他の、いろんなことなのでしょう。いろんなことは、壊滅的に、何もしていない。

何もしていない。


美智子さまが昭和54年に、
   

   新嘗(しんじゃう)のみ祭果てて還(かへ)ります

   君のみ衣(ころも)夜気(やき)冷えびえし


とお詠みになっておられます。

宮中祭祀で何より大切な新嘗祭を終えられて御所にお帰りになられた今上陛下の衣に、冷たい夜気がしみこんでいるようだ、というおうたと思います。当然、頬も御手も、凍えるごとく冷え切っておられて、の感慨ですね。

素晴らしい御歌と思います。唯一の神事を行うご夫君を、誇らしく、あるいはいたわしく感じておられるか、と。

いや。

祭祀を行う天皇が、極寒の中で、おいたわしいものかどうか。

あくまで私の感覚ですが、天皇にしか行えない祭祀を行う天皇の存在を、こうして、一人の女性の夫であるところまで降ろして来られたのが、美智子さんであると。

夫君はお幸せであったかも知れません。夫人の満足感も高揚感も。たっぷり。

上にあげた御歌を、すばらしいと同時に、これは妻の思いであるな、皇后のうたというには違和感あるな、とも、私は、感じるようになって行ったのでした。

皇后としてはこの際、何も思わず感じず、思っても感じても、こういう形のうたにはしない。

「無」で、淡々と受け止められるのが、皇后陛下のあり方でないかと。

美智子さん流の思い方でもって、祭祀を行う部屋にエアコンを設置したり、古来からの地毛でのおすべらかしを排して、後の始末が妃殿下がたに楽なように、カツラを使うことで負担軽減を図ることにつながるのだな、と、感じてしまっています。

今ではもしかしたら、祭祀の折りの天皇の御身のあちこちに、使い捨てカイロが大活躍しているのではないかと。想像してしまう。

祭祀が、行われているとして、の話です。

まさこさんに、妃のつとめのあれこれが負担なら、しなくていいのよ。

そういうことにも、なるのでしょうね。

大きなことが抜けている気がします。

徳仁氏のツマであるだけでない、お忘れなのかもしれませんが、まさこは、なんと、東宮の妃なのですけど。

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大正の、貞明皇后さまは、天皇家の祭祀に対して、とても熱心な思いの方でいらしたそうです。

おん年60歳を過ぎられて以降は

「粗相があってはならないから」

と、欠席されるようになられた。

宮中の賢所へは、今でいうトイレに行ったときに着ていた衣服ですら入れません。そういう決まりがあると、

内掌典だった高谷朝子氏の「宮中賢所物語」という本に書かれています。

読めばびっくりなことがさまざま書かれています。

体調を整えておくことの、当たり前の重要性。

そこで倒れるようなことになったら。

食べ物を吐いてしまう仕儀になったら。

取り返しがつきません。場合によっては、

賢所全体を作り替えなければならないかもしれない。

と、記されています。

現代人が思う清浄とは別物の清浄、穢れの意味の生きている場所、天皇が祭祀を行う「聖域」が、皇居、賢所、なのだとすれば。

病気なので正装できない東宮妃、伊勢へ参詣してさえ潔斎を拒んだ、なさなかったという皇太子のツマ(皇太子が引きずられたのか自分だけは潔斎したのかは私は知りませんが、参拝のカッコウは一応、三人でつけていた)が、出入りすることは、サボりが云々という問題以上に、言うに及ばずと思われます。

そして、御不浄とかつて呼ばれ、今はトイレと明るく呼ばれてはいるが、シャワー式で清潔になってはいるが、トイレに入ったままの衣装では賢所へ入るさえ、禁ぜられる。

となれば。

現・皇太子、ナルヒト氏の、時になぜか人前で、礼装の服のズボンの前が漏れて濡れてしまっている現状を思えば。

思えば。

病気なら笑えない、笑ってはならない程度の自制心を持つ者としても、皇太子のズボンの前が濡れてしまうことについては、病気の故との説明一切ない、だから。

皇太子は、おしっこが漏れてしまうような病気ではなく、おしっこがたとえ漏れていても、公式には「そんなことは無い」のです。

でも、漏れておられるのです。

で、今でも次の天皇である、との認識に変化なしです。

もしや、そこで、漏れたりしてしまわれたら。漏れないまでも、出続けの状態でいらっしゃるなら。やはりナルヒト氏は、その任にふさわない。

おしっこはそれ自体は不潔でもなんでもない、出なければ大変なことになる、人体にはとても大切なものです。

でも、やはり、賢所で漏れるのは、お立場としては「不可」だと考えざるを得ません。

漏れでも何でも、無かったことにしてしまえと。隠せば隠せるとするなら。

もうそれは、本来の意味を失っている。
それでも、ナルヒト氏を、その位置に置きますか。

今更言うことも何か虚しいのではありますが。のんびりと申しますが。

廃太子、廃妃、これしかないですよね。願いなどでなく。それしか無い。

それしか無い。





陛下は、ふつうに。











両陛下が葉山御用邸で静養に入られた、と。

動画を数点、貼らせていただきます。

大変お元気そうな両陛下。

皇后さんはすたすたと平気でふつうに歩いておられます。けっこうな速足でもあり。

陛下の左腕は、すっか「り美智子専用」のつかまれ棒と化しておられ、歩きにくそうなどの心配は大きなお世話の様相です。

フイリピンの方を見ておられたとか。

去年は「災害に襲われた伊豆大島の方を見ておられた」と。

美智子さんはやはり、マニラの夕日がきれいだったとおっしゃっておる。

夫婦旅行の感想なので、そうなるのね、と、思うけど

「遺族」としてわざわざ来ている方はどう思われたか。わかんないですね、私はああいう場に、すっと入って行ってお声をいただいてヨロコべるタイプの素直なにんげんでないので、何でもありがたがれる自信はありません。動画に写っておられる善男善女には申し訳ない言いようを、してしまいました。本当に両陛下を慕って、のお方にはお詫び・・・でも、まことのことを知っていただきたいです、私は。

皇室が、破壊されますよ、断末魔ですよ、と。基地外を見る目で、見られてしまう可能性の方が高いのですが。

あの美しい小さな岬に集まっておられた方々の、少なくとも一部は、ナル夫婦の声かけ隊と同様の、呼ばれて来た隊、の方であると、表、裏、数人の方からご指摘を受けました。さて。さて。どうなのでしょう。以前なら「まさか」でした。

はっきり解っている自分の気持ちとして。身内に戦死者がいたとて、今のあのお二人にそれを告げる気にはなれません。それより、

ナルさんたち、どうにかして下さいな、強いお気持ちってやつで、おひとつお願いします、とか、勇気を振り絞って言えたらいいなとは思う。

もしかして機会があれば、ストレートに、お顔見ながら、言えるかもしれない・・・もう、崇める気は皆無なので、言えるかも知れない、言いたい。ふつうに言えばいいんだ

失礼ですが、おずぼんの前が開いておられます、など言うように。

ふつうに。ふつうに思うことですものね。、

当地への行幸を待つ、かな・・・。

動画だけ見ていると、フィリピンでの惨状は夢のごときであります。

叶うならば引退されて、こういうお顔の老夫婦としていられたら・・とも、感じないでも無いですが、そうは行かないですよね。

・ヤフオク関連の問題の放置

・私物ではないティアラ、ネックレスを見かけない問題

・愛子さん替え玉=影子ちゃん問題

・東宮機能の停止状態問題

・ますます本来の「天皇」の有りようから遠ざかっておられること。

天人相関。

陛下も皇后も、平気な顔して「お元気で」とか言われて「ありがとう」と済ませていられる状況では無いです。

皇后さんのこの態度、見せかけ、気取らない感じ、に、つまり、何十年もやられて来たのです。



タクランとか私には断定断言できない、しかし、↑ 数点は明らかに「おかしい」

一部で言われている「DNA鑑定」。それそのものは、ものすごく簡単な事と思います。毛髪一本、タバコの吸い殻一個、ほか僅かなものからでも、検出は可能、簡単。皇族の泊まった部屋には紙くず一個、残さないのが鉄則ですが、東宮の妻あたりなら、遺留の何かには事欠かない気はします。だらしないひとだから。どこからでも採取は可能でしょう。

ただ、勝手に鑑定はならぬこと、ではあると思う。

皇族に対してそれをさせようとするのは、極めて困難だと考えています。技術的には「可能」でも、実際的には「超・困難」。たとえ一人の分の鑑定が叶っても、比較対象が必要なわけで。まさこさんのDNAだけ明らかになってもどうしようもない。

そのあたりは私には踏み入ることのできない部分です。だから黙っている。そうするしかない。

この「だから」など、相手側は、当たり前に完璧にふつうに知っていて。歯牙にもかけず「愚民どもよ」と笑っているのではないかなあ。

少しくらいは揺らいでいるのか。は?。



動画の中の皇后さんは、何事も無いかのように、陛下につかまって=陛下をつかまえて歩いておられる。

驚異的にタフなお方。

伊豆大島が見えたりフィリピンを見たり。

海を眺めて人々を思われる。

花を手向けて拝をして、それが「慰霊」となる方々の、

静養地から海の彼方を眺めて。これも哀悼の意。

みごとな様式美(言うてしまいました)。



しらんふりで逃げ切るおつもりか。

ぼんやりとしたあいまいな世界へ、逃避されたか、その逃避は、本人には楽園。

平然としたお顔が、今の私には、恐ろしゅうてなりません。

ティアラを戴かれないのは本当だし。

ネックレスもお着けでないし(葉山での、でっかいイヤリングにびっくりすますた)、ナルさんのお漏らしもデマでは無い本当だし、まさこさんは確かに実際にくるっているし、愛子さんは一人じゃない。これは大声で言える、愛子さんには「影」がいる。愛子さんの代わりのお子をでっち上げた時点で、それだけで大きくダメでしょう。何のゆえに何を思ってそれをする。戦国武将の「影」ではない、内親王の「影子」の意味は。何を企んでのそれか。

ヤフーのことは、あの役所では

「取り下げたから問題は無い」

という見解らしい。

万引き犯は、返したから問題ない理屈で?。



このたびは秋篠宮両殿下と悠仁さまが合流されると。

報じないところあり、奇妙に思わせぶりに付け加えたところあり。

陛下は、ふつうに、お喜びかもしれません。




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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・

  けふまでの日はけふ捨てて初桜

            千代女



やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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