KUONのブログへようこそ。

ブログタイトル変えました。中身は変わらずKUONです。

あきのひの

わすれなぐさ


        ヰルヘルム・アレント
        上田 敏 訳


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  ながれのきしのひともとは、
  みそらのいろのみづあさぎ、
  なみ、ことごとく、くちづけし
  はた、ことごとく、わすれゆく。

       

   落葉


              ポオル・ヴェルレエヌ
              上田 敏 訳

  秋の日の
  ヴィオロンの
  ためいきの
  身にしみて
  ひたぶるに
  うら悲し。

  鐘のおとに
  胸ふたぎ
  色かへて
  涙ぐむ
  過ぎし日の
  おもひでや。

  げにわれは
  うらぶれて
  こゝかしこ
  さだめなく
  とび散らふ
  落葉かな。


                 「海潮音」より



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八月も無事に  みんなのうた

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八月もみなさま、うたをお寄せ下さり、ありがとうございました。

いろんなことがありましたが、今もまだ続いていることもありますが、私のおめでたい幸せの一つは、ほとんどの時間、ほとんどの事象に対して、ボーっと暮らしていられることかとおもっています。

こうして、これからもボーっといられたら、はた目にはどうでも、自分としてはいいよなあ、と。

呑気に考えております。

また来月。ここで、言葉の愉しみを分かち合えたら、と願っております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


     おてもやん の詠める

・・八月のうた

〇仏壇のひい爺じぃに手を合わせお供えの桃孫が持ち来る


     きく かおる の詠める


「遠方で 生前偲びて 手を合わせ初盆の棚に 思い寄せつつ」

「飛び込めば 水底に透く 陽の色淡し このときのため 皆泳ぎたる」



     黒猫アビ の詠める


・おだやかな 暮らしを願い 手にいれし
  残りの余生 おくる居場所

・おだやかな 心もとめて 万葉の
  歌のせかいに 身をおきしずめ

・靖国の 絵馬にたくした 願いごと
  叶えてほしい 日本の未来

・定位置で いつも寝そべり 傍にいた
  猫の視線を いまだに感じ


     おてもやん の詠める


〇草むらにサボテンの鉢捨て置かれ愛の渇きに枯れそうになる



     KUON の詠める


・今年またこの日来たれり 舌の奥の鉄錆色に匂ふ八月

・たっぷりと水をまいらす身じろぎもならず灼けゐる父祖の墓標に

・墓参了へやや豪華なるランチ了へ姉たち帰途に就くなり われも



     過保護な今出川 の詠める


・「さよなら」の替わりにいつも「また来るわ」
 言い忘れたと駆け上がる階段

・月初め よくきてくれたと義理母笑う
 供えた羊羹 両親と食す

・ひらがなで「かった」だけのラインあり
 今日も勝つよ 頑張れ息子

・大学のフェイスブックを見る夫
 息子の笑顔に「いいね」押す      (コラッ夫!)



     かりそめ の詠める


・どこだつて住めば都といふけれど病院食は喉を通らじ

・わが前にいつも無防備この背中たまには尖れ若きに戻り

・本当はとどまりたきが去ぬシェーン恋の行く末読めるがゆゑに

・・(原爆の日に健康診断に赴く天皇夫婦。この人たちのことはもう口にもしたくないと思ひしが......)

・水を欲る被爆者の声聞けよかし己が健康憂ふる前に



     KUON の詠める


・終日を雨降り続く止まざりて何処も昏し 人の心も

・ひもじさにまんままんまと逝きし子と詠み続けたる人のいま亡し

・逝きし子を黄河に投げてあと二人を守りしと詠みしかの人も亡し

・背にゐる子死ぬると知りつつ三日間降ろさず顔見ず逃げしと詠みぬ

・やうやくに乗り込み得たる引き揚げ船に子の死なば海へ投げるほか無く

・祖国日本見え来たる朝に果てし子を負ひて雨中に下船したりと

・あさましく人を罵る顔ばかり映る平和の日本の朝を

・大袈裟なる笑ひ誰れ彼れの噂話は消して四角くテーブルを拭く



     イッサ の詠める


・・8月15日に


★靖国の御霊仰いで合わす手に入道雲と蝉セミ時雨

★鎮魂の心は見えぬ幸いに亀首下げて大根演技

★水の害多きこの夏いかならむ祭祀忘れし帝咎有り



     さやかの詠める


・・KUON さまに刺激を受け、拙いながらも初めて作ってみました。


まどろみて小さな寝息頬に受け熱の下がりし額に安らぐ

紫に染まる浜辺独り占めさざなみ寄せる夏の夕暮れ

君来ぬと知りつつ視線を投げ掛けた窓の向こうは激しい夕立



     かげろう の詠める


・・亡き父の青春の地をたづねて

  父が戦中戦後に学んだ地を訪ねました。



亡き父の残しし爪と髪の毛を携えて今立つ筑紫の大学の門

戦よりもどりし父は筑紫の地学びの舍ではげみをりしか


・・父の学んだ大学が移転してしまうそうで、行ってきました。

  戦前の建物はいくつか保存されるようでほっとしました。



     Nちゃん の詠める


・・終戦記念日に

  終戦記念日に日本最大の陸軍墓地を歩く



●淋しげな陸軍墓地に金髪二人
  この日ばかりは来るなと思う

●人の無き陸軍墓地に横たわる
  終戦の日の黒とハチ割れ (猫)

●誘いみた陸軍墓地を断られ
  皇室などを憂うオトコに



アルジェリマン の詠める


・・お盆の15日がなぜ終戦の日なのだろう、

  お盆だから終戦の日なのかしら、と、

  小学生の頃、いつも不思議に思っておりました。

  偶然の一致だったのでしょうか。それとも。



風を呼ぶ迎え火高くきゃあきゃあと母と寄り添い背で壁作る

黒犬が枝から落とすコガネムシ 死んだ振りして命拾いす

もうすぐに雨は止むよとスズメ啼く 送り火見たいと黒犬が鳴く

霧雨の集まり落ちて叩く石 ピクンピクンと黒犬の耳



     おてもやん の詠める


・・八月十六日に生まれて


〇盆明けの実家の居間で産気づき我を産む母助産師の祖母

〇我に問う誰かの生まれ変わりならこの日生まれの意味はあるかと

〇前世に何があったか知らねども今は平和に生きております



     KUON の詠める


・ひとごとに愚帝「反省」とまたも言ふ英霊たちを踏みにじるがに

・ええかっこしいの愚帝さかしげに「反省」とどちらを向きておほざきあそばす

・息子らは静養中とや蝉さえがうつむきて鳴く葉月十五日



     おてもやん の詠める


〇反省と言うなら今の内廷の愚行の極み省み籠れ



     かりそめ の詠める


・・(思い出・シアトル)


・市場にてポンドで買ひし桜んぼふたりには多すぎる嵩

・海沿ひの市場への道下り行くひと足ごとに濃くなる魚臭

・御真影二世の店にありし頃やや甘すぎるカツ丼を食ぶ

・日本を遠く離れて仰ぐ山たれ名付けしかタコマ富士とふ


・・(思い出・パリ)


・早朝の巴里に降り立ち入るカフェにまづはひとくちクロワッサンを

・十年後ウェイトレスの皺ふえて同じ仕草でカフェオレを注ぐ

・おそらくは二度と行かざる巴里の街少女期ひたに憧れゐしが



     たまき の詠める


山の上
廃遊園地に
ただふたり
そらは秋いろ
ただ果てしなく

今度こそ
最後のメールと
うつ指は
震え震えて
意味をなさず

扇風機
の音キィと鳴る
盆過ぎの
誰もいない
畳の部屋に

おかあさん
夢にて叫ぶ
一夜あり
あんなに嫌って
いたはずなのに

誰にでも
懐かない猫
四年経て
憐れでもあり
愛しくもあり

・・きたーーー

深い反省
言うならば
だれがだれにか
説明よろしこ



     KUON の詠める


・床しもよ老舗旅館は廃業の知らせに浅葱の和紙を張りをり

・ゆかた着て幼な児のゆく紺屋町茶町綿町ながき夕ぐれ

・遊郭の名残りの路地に首細き少年ひとり花火してゐる

・真っ白き足裏二まいひらひらと潜りゆきたる児を見失ふ



     わすれんぼ の詠める


代替わりへ激しく動くこの一年余
なりふり構わぬ動きに驚く

“天皇は権威はあれど権力なく
たみくに思いて祈る“はマヤカシ

権力者が良識モラル踏み潰し
国壊しゆくさま目撃す 

数年前は東宮批判できていた
言論界が今沈黙す

満を持して批判のブログを攻撃す
後ろにいるはあの連中か

攻撃に負けてはいないという人たちの
おられることに希望見出す

戦わずに得られるものなどないという
若き日の教訓今思い出す

戦うには日ごろの準備こころがけ
弱さを剋す生き方持たねば



     ROM の詠める


・・和歌なんて私には無理だなあと思いつつ、数日前、飼い猫が近所の野良猫(たぶん)との喧嘩に負けて帰宅。外傷が見つからないまま、興奮状態が続いた後ぐったりした翌日から医者に診てもらうまで、喪うかもしれない不安と悲しみとの闘いの数日の気持ちを、勇気を出して駆け込みで書いてみました。


どうしたの?声をかけてもふりむかず引きこもる背中に戦いのあと 

寝付かれぬ傷負いし猫のただじっと私をみている真夏の夜更け

一夜明け医師の注射に生き返る見返すまなざしチカラが宿る



     きく かおる の詠める


・公平に 出来れば誰も 引かぬもの 貧乏くじの 当たりの紐を

・権力を 持たせて判る 地頭の 弱き者達 鈍い判断

・身を削り 額に汗して 働けど 伝わることなき このマンパワー


・・近頃の我が国、我が職場を詠みました

ながれきにけり

京の五山の送り火を、テレビに眺めて。今年は奈良の万灯籠にも行きませんでした。

ばたばたと自分なりに忙しかったお盆の行事も済ませることができました。

豆腐や冬瓜や茶がゆや揚げさんや。病人食みたいな和のごはん、びっくりするようなお値段ですが、お盆休みの終わりの日に、落ち着けるその店でいただくのが、習慣のようになっています。若いころはまるで物足りなくて、その「禅ご飯(笑)」解散後に、肉を食べに行ったりもしました。

今はもう、お腹と気持ちをじんわりとぬくめてくれる茶がゆの美味しさを、夏の終わり近くの味の記憶として(大層ですが)家に持ち帰るようになりました。


このごろ、美味しいかき氷を出してくれる店が増えたように思います。

もう、今はむかし、の話になりますか。

奈良の三条通(JR奈良駅から春日大社までまっすぐな道)に、客が三人も入ればいっぱいの、小さな小さな甘味処がありました。

ご夫婦で、かなりのお歳になられるまで営んでおられたその店の、かき氷が、なんともふんわりと美味しかった。

いつも小倉抹茶を頼んでいました。卓は、かき氷とスプンを載せた小さなお盆のほかは何も置けないサイズ。年代物の四角い椅子は、私には窮屈なものでしたが、時々、通りかかった時にふらりと入って、注文をして、透明な氷の塊りが、シャッシャッシャッと削られて行く音を楽しみ、明治のガラスみたいな古風な花びら型の容器が、濃い抹茶色のシロップをかけられ、奥さまが炊かれると聞いた小豆を戴いて、運んで来られるのを、ひそかにわくわくと待ったものでした。

下戸ですが、そんなに甘いものが欲しくてたまらない、というのでもない。その店のかき氷が、好きでした。

自分の店を閉じてそのあたりを歩かなくなり、通っても車で走り過ぎるくらい、十五年が経った今では、あの甘味処はありません。


時々モーニングサービスを食べに行く珈琲店の小倉抹茶を、先日つれあいが頼んだら、ふんわりほわほわのかき氷が運ばれて来て。

先に奪ってわたしが一口食べた、美味し!。キカイのええのが出来たのか。

それから、これも時々サンドイッチを食べに行くコメダでも、頼んでみました。ここのも美味しかった。

この夏、五回くらい、かき氷に吸い寄せられました。

お伊勢参りの帰りに食べた、焙じ茶のかき氷も忘れ難し。


いまごろのうたを探していたら。


すてきな一首が見つかりました。



  ただひとつ 風にうかびてわが庭に 秋の蜻蛉のながれ来にけり

     ただひとつ かぜにうかびて わがにわに あきのとんぼの ながれきにけり

                                      若山 牧水


それと。芥川龍之介の俳句一句。


  初秋の蝗つかめば柔らかき

     はつあきの いなごつかめば やはらかき


まだ稚(わか)い、からだの固くなっていない蝗だったのですね。触感の句、さすがとうなります。

自死の少し前の句とのことです。



海行かば

「海ゆかば」のもとは、万葉集にあります。作は大伴家持(おおとものやかもち)。

聖武天皇、内乱の危機をはらむ時代を憂いたまいての宣明。その一部。

―大伴佐伯の宿禰(すくね)は常もいふごとく天皇朝守り仕へ奉ること顧みなき人どもにあれば汝たちの祖どもいひ来らく、海行かば水浸(みづ)く屍(かばね)山行かば草生(む)す屍王の辺にこそ死なめのどには死なじ、といひ来る人どもとなも聞召す、ここをもて遠天皇の御世を始めて今朕が御世に当りても内の兵と心の中のことはなも遣はす(続日本紀)

このとき家持は越中にありしかど使者を通し宣命を知り贈位を賜り奮いたつ思いのままに一遍の長歌を編み天皇の期待に応えぬ。

・・・・・・・・・・・・

―陸奥国より金を出だせる詔書を賀く歌一首、また短歌

長歌

  葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らしめしける
  すめろきの 神の命の 御代重ね 天の日継と
  知らし来る 君の御代御代 敷きませる 四方(よも)の国には
  山河を 広み厚みと たてまつる 御調(みつき)宝は
  数へ得ず 尽くしもかねつ 然れども 我が大王の
  諸人(もろひと)を 誘ひ賜ひ 善きことを 始め賜ひて
  金(くがね)かも たのしけくあらむ と思ほして 下悩ますに
  鶏が鳴く 東の国の 陸奥の 小田なる山に
  金ありと 奏(まう)し賜へれ 御心を 明らめ賜ひ
  天地の 神相うづなひ 皇御祖(すめろき)の 御霊助けて
  遠き代に かかりしことを 朕(あ)が御代に 顕はしてあれば
  食(を)す国は 栄えむものと 神ながら 思ほしめして
  もののふの 八十伴の雄を まつろへの むけのまにまに
  老人(おいひと)も 女童児(めのわらはこ)も しが願ふ 心足(だ)らひに
  撫で賜ひ 治(をさ)め賜へば ここをしも あやに貴(たふと)み
  嬉しけく いよよ思ひて 大伴の 遠つ神祖(かむおや)の
  その名をば 大来目主(おほくめぬし)と 負ひ持ちて 仕へし職(つかさ)
  海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね) 山行かば 草生(む)す屍
  大王の 辺(へ)にこそ死なめ かへり見は せじと異立(ことだ)て
  大夫の 清きその名を 古よ 今の現(をつつ)に
  流さへる 祖(おや)の子どもそ 大伴と 佐伯の氏は
  人の祖(おや)の 立つる異立て 人の子は 祖の名絶たず
  大君に まつろふものと 言ひ継げる 言の官(つかさ)そ
  梓弓 手に取り持ちて 剣大刀 腰に取り佩き
  朝守り 夕の守りに 大王の 御門の守り
  我をおきて また人はあらじ といや立て 思ひし増さる
  大王の 御言の幸(さき)の 聞けば貴み(4094)

反歌三首

  大夫の心思ほゆ大王の御言の幸(さき)の聞けば貴み(4095)

  大伴の遠つ神祖の奥つ城は著(しる)く標(しめ)立て人の知るべく(4096)

  すめろきの御代栄えむと東なる陸奥山に金(くがね)花咲く(4097)

・・・・・・・・

漢字が苦手だったりすると、見てひるんでしまいそうでもありますが、この長歌とは、五、七、五、七、五、七の、基本的には繰り返し。コトバ自体も昔のコトバですから、わかんない感じもあると思いますが、

  葦原の 瑞穂の国を 天下り 知らしめしける

     あしはらの みずほのくにを あまくだり しらしめしける

  すめろきの 神の命の 御代重ね 天の日継と

     すめろき(天皇)の かみのいのちの みよかさね あまのひつぎと


こういう感じで読んで行くと、日本語の定型のリズムの快さに、むにゅむにゅと嬉しさがこみあげて来る・・・と思うのです。

まず「音」があったのです。その音に、文字が添えられていった、添って行った。

音のもとは、気持ち。ですよね。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

i以下は「万葉集を読む」から拝借してまいりました。

大伴家持の生きた時代は、人麻呂の時代とは異なって、常に内乱の危機をはらんだ政治的動揺の時代であった。737年に流行した大疫によって、藤原武智麻呂はじめ、藤原氏の実力者が次々と死に、政治的な空白ができたのがその原因である。藤原氏にとってかわって、橘諸兄が一時的に権力を握ったが、安定したものとはいいがたかった。740年には、藤原博継による大規模な内乱がおきている。

聖武天皇は、こうした事態を憂え、救いを仏教に求めた。そして、仏教布教のシンボルとして東大寺大仏の建立を始める。そのさなかに、奥州で金が発見され、大仏建立のために寄進されるということがおきた。

喜んだ聖武天皇は、東大寺に赴いて、宣命を発した。その中で、黄金の発見が皇祖の恵であることを述べ、人民にその恵を分かち与えるとともに、臣下の労をねぎらった。その際に、大伴、佐伯の二氏に対して、天皇への忠誠をあらためて訴えた。

大伴、佐伯の両氏は、古くから皇室の「内の兵」として、特別な家柄であった。物部氏が国軍を統括するものであるのに対し、この両氏は天皇の近衛兵のような役柄を勤めてきたのである。天皇は、この内乱の危機をはらんだ時代を憂えて、あらためてことさらに、両氏へ忠誠を求めたのである。

この歌の中には、大伴氏の伝統を背負った家持の、伴造意識が鮮やかに表れている。我々はそれを読むことによって、古代における氏族の意識の一端に触れることができる。


・・・・・・・・・・・・・・・・・

家持は、付き合っていた女性から

「あんたなんかを(甲斐なく)思っているのは、どうでもいいような餓鬼の像を後ろから拝んでるみたいなもの、いえいっそ、その方がマシだわ」

とタンカきられるような面を持った男性でもありました、そして、もうすぐ来る本物の秋になれば、ぜったいにこの一首をご紹介したい。と息の弾むようなうたを残した大歌人でもありました。

激しい武家のプライドを秘めたひとでした。


八月 はづきのみんなのうた どうぞ

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八月の「みんなのうた」です。

暑さは未だ厳しいですが、朝夕の風に、秋を感じる今日このごろ。

お一人何首でも何度でも、お寄せください。ここでは三十一文字、短歌のみをお願いします。

基本的にそのままいただきます、HNの世界です。ごいっしょに、ことば遊びをたのしみましょ。

今日から十七日の夜まで門は開いておりますよ。



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KUONの久遠

Author:KUONの久遠
・・・・・


としどしに わがかなしみは ふかくして 

いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


・・・・・・・・・・・・・・・


やはり赤い口紅が好き。


ものすごく唐突ですが、私、口紅(だけ)はシャネルよ。(笑)。

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いよよはなやぐ いのちなりけり


      岡本かの子

             


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