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KUONのブログへようこそ。

返事の中までKUONです。

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  1. ゆれ・ふら・とーく
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いいな。

少しずつ読んでいる本の話です。

いつもは読まないタイプの本です。みすず書房の、タイトルは「死を生きた人びと」著者は「小堀鷗一郎」。

新聞の書評で知って、読みたい。とすぐさま注文してしまいました。この春に出た、新しい本です。けっこういつもは、中古の本を買っているのですが。

定年までを外科医として、大学病院や国立医療機関に勤めておられた著者が、

「たまたま退職する同僚に依頼されて、彼が長期間にわたって個人的に担当していた寝たきりの患者二名を引き継ぐ形で訪問した」

こんな形で始められて、

「現役時代四十年間は在宅医療の存在を知らなかったことになる」

この方の患者数が、飛躍的に増えて行った、と。そんな始まり方です。

「外科医としてすごした四十年間を一言で表現するならば、「救命・治癒・延命の日々であった」と書かれています。  


その四十年以降のことを、書いておられます。ただ「生かす」ためだった医師の日々、以降を。

中身の濃い本で、なかなかすらりとは読み進めません。


書評で紹介されていた部分、66ページの「事例25」・・・<好きな酒を自由に飲みたい>

・・・引用するに気をかねてしまうのですが、少し。

76歳男性の場合。

「初めての診療訪問時は、ひどく痩せて腹水がたまり、食事もほとんど取れていなかった。本人の第一声は好きな酒が自由に飲みたいということであったので、その場で好きなだけ飲んでよい、と許可した。介護する妻はヘビースモーカーだったが、これも」


喫煙自由とした、とあります。いつでも飲めるようにニッカウヰスキーのプラスチックボトルに吸い口をつけたものを枕元に置くようになって患者は、食欲も一時的にではあったが旺盛となり、ウナギや寿司の弁当の空箱が山積みとなった、と。

最後を迎えるまでの二か月間、訪問しては褥瘡の処置をするのが(妻の吸うたばこの濛々たる煙の中での)、唯一の医療行為だったと書いておられます。

以下の部分は、67ページ、三行めからの引用です。

 ある日ふと思いついて、昔、患者から贈られたジョニーウォーカーの青ラベル(当時黒ラベルよりもさらに高級と先輩に教えられて長年保存していた)を彼に進呈しようと、箱を抱えて彼の病床に持って行った。彼は非常に喜んですぐ味見をすることになったが、なにぶん年月を経た品だったので、コルク栓は劣化していた。手近に栓抜きもないので、スプーンの柄で長時間かかってコルクを取り除き、大量のコルク屑と一緒に乾杯した。彼は嬉しさのあまり」

もうすぐ生まれるお孫さんに、この医師の名前をつけると言い張リ、医師の方では、患者さんと自分の名の組み合わせに、との提案をされた、だが、その提案は


「母となる娘に即座に却下された」

とあります。この娘さんのリアルも、とてもよくわかります。

年齢や立場、それ以外のそれぞれの感覚で、このドクターは評価されるのでしょうが、私は、こんなお医者さんいいな、こんな風に最後、診ていただきたいな、と。強い憧れを抱いたのです。

ラストの「即座に却下された」の書き方も、硬質なユーモアがあって、さすが。

さすが。

小堀鷗一郎。お名前を見て、ピンとくる方には、来るか。

軍医であり文豪であった、森鷗外。その二番目の娘は嫁いで小堀杏奴(あんぬ)となり・・・小堀杏奴は随筆家・・・、男の子を成してなんとまあ「鷗一郎」と名付けられたのですね。どれだけ父親の好きな娘さんでいらしたやら。そして

少し前になにやかや私が書いていた、森茉莉さんは、この方の「伯母さま」になられます。私のことはどうでもいいが、

森鷗外、おそるべし。と、感じもしました。

それを省いて読んでも、「人はなぜ死ぬのか、どうやって死ねばいいのか」などということを、かなり本気に考えないではいられなくなっている私には、安心と勇気をもたらしてくれる一冊でもありました。

人は、何のために生きているのか。ちょっと、自由に、考えられました。


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  1. 今の思い
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指輪

早くに目が覚めてしまいました。

あまり出歩かなかったこの一週間ほど。いにしえのGSの動画にはまって、YOUTUBEをどんどか、見ておりました。

中学生でザ・ビートルズに出会わせていただき、以後もずっと聴き続けていつつ、女子高校生の私は、毎朝、グループ・サウンズのテレビでの一曲を聴いてからでないと、ガッコへ向かえない病をこじらせておりました。おはよう720、という番組があったのでした。

校則違反の私服で、やはり重度のGS病にとりつかれていたユリちゃんと、ナンバってどう行くんだぁ? と、ドキドキしながら大阪・難波まで出て、おどおどと探して、そのジャズ喫茶(と当時は呼称した)へ入り込み。思い出せばシケたちゃちな店であったと記憶します、でも、憧れの、憧れの、グルウプ・サウンズを、見られるお店・・・で、今は遠い伝説、ジ・オックスというバンドの「失神」シーンを、目撃したのでありました。

愛ちゃんとヒデトが、舞台の上でトランス状態になって、ぶっ倒れるのを、見ました。手際よく係の大人が出て来て、若くて体重の軽そうな二人を、とっとと運び出して行きました。ユリちゃんと私は、呆然自失。夢遊病状態で寮へ帰り、当分、抜け出られませんでした。「ナンバ一番」へは、あと、何度も行った・・・あんなに「行きたい」場所は、当時、他にありませなんだ。

ユリちゃんは「こんにゃく屋の息子なんだよ」と嬉しそうに言っていたリーダーの福井サンが好きでしたが、リード・ヴォーカルの「野口ヒデト」も好きでした。私は実は、沢田研二、ジュリー、が、とても、とても。

などということを、思い出して。昔のGSの動画を見ていた・・・みんな、不良みたいに、ロクデナシみたいに、当時の大人の方々に言われていたけど。今見れば、いま見ても、いま見るとなお、魅力的。華もあり夢もあり。

ユリちゃんの好きだったヒデトは、GS衰退の後、演歌をうたったりいろいろのようですが、このたび驚いた。歌をきっちり歌っている。他のバンドの歌を振られても、崩さないできちんと唄っている。浜の不良、のはずのゴールデン・カップスの面々、十代から一流の不良だったはずの(おかしな言い方ですけど)マモル・マヌーも、うた、崩さないで唄っている。亡くなったデイブさんは、歌、ものすごく崩している、その横でマモル、昔のままで、味の深くなった歌を、きちんと唄っている。ジュリーは・・ジュリーは、歌を崩して唄っていたことは無い。ただの一度も、ありません。

歌手ですもの。

・・空が、朝の色になって来ています。午前五時。

もう少し、眠ろうかな、お布団に戻って。

同じ寮で同じごはんを食べて、同じ歌番組に胸を熱くした、ユリちゃん。亡くなってもう、十五年になります。脳幹に血栓が詰まって、一瞬にして植物人間になって。

見舞いに行っても、本人はもう、何の反応も示せなかった。湿らせたガーゼで目を覆われ、のどには太いパイプ、仰向けに寝かされて微動だにしないユリちゃんの耳元に、かつてのオックスの歌を、小さい音で流してみた。とうぜんユリちゃんは、ピクリともしなかった。ユリちゃんの、広いおでこを、つい撫でたくなって,撫でました。綺麗に茶色に染められていた髪の、おでこの生え際の二ミリほどが、新しく生えて来ていて、その二ミリは、お洒落だったユリちゃんが、いきなり倒れてからの時間の経過をものがたっていて。辛かった。

意識の戻らないまま、ユリちゃんは、同期の中の二番目として、旅立って行ったのでした。

優しいコで、「ヒデトは小さい時に親が離婚して苦労して」と、自分のきょうだいのような話しぶりで、ヒデトの幸せを願っていました。

その、今は「真木 ひでと」になっている彼の、何年前の動画を見ていて、左手の薬指に指輪があるのを見つけました。地味な指輪。おそらく結婚指輪。そういう指輪をしたままの歌手を、あまり見たことは無い。不意に思ったのは、ヒデトには奥さんがいると、ネットの情報で見ていたこと・・・奥さんがいて何の不思議もない、ふつう。でも。

ユリちゃん、ヒデト、いま、幸せなんだろうねえ、、などというホトケごころが、ふっと湧き上がってきた、私でした。








  1. みんなのうた
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水無月 の「みんなのうた」

六月も「みんなのうた」まとめさせていただける。とても嬉しいです。来月はもう、ほんとの夏。

   「へそが汗ためている」     山頭火

こんな季節になりますか(笑)。

水無月。風待月。きれいな言葉。四季のある国に住むしあわせ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     KUON の詠める

・はつなつの記憶はBLUE空のいろ海のいろあの子のシャツの藍いろ

・濃い影がビーチサンダルの足元に短くなって来るまでを無言

・なんにも持ってはいない手を伸べぬ太陽が灼いた金色の腕を


・海鳴りは胸に響し(とよもし)糊固きシーツに過ごす夜長かりき

・かき抱く何を持たねば自らを胎児のやうに 朝の来るまで


     白萩 の詠める

・くちなしの香は濃やかに雨上がりレインブーツで水たまり跳ぶ

・新しきフューシャピンクの傘に落つる雨音を聴く帰路は楽しき

・雨音のほかは聞こえぬひとり居もあと二十日ほどとなりにけるかな

・シルク サテン レースにタフタ オーガンジー 白にはかくも色ありけるか

・眼差しは亡き母上に似たりとふ君を頼むと父上のたまう


     アルジェリマン の詠める

逆光にくらむ景色は灰青の影と転ずる ネガのごとくに

黒犬と日陰求める畦道は延々続くケリのなわばり

苗の列整然の田の鏡面を乱さず二羽のカモすべりゆく

アメンボとカエルの波紋 黒犬の顔は揺れるよキラキラ光る

まぶしくて眼鏡をかけず風強く帽子かぶれぬ過酷な散歩


     パール の詠める

⭐梅雨晴れにカーテン揺らぎ我れ独り
 難なき一日(ひとひ)午睡の幸よ

⭐紫陽花の「移り気」という花言葉
 移らぬものはこの世に有りや

⭐清(さや)き朝 穏やかな昼 憂う夜
 今この瞬間(とき)もすぐ過去になる

⭐長生が幸多きとは思えねど
 親には永くと願うわがまま

⭐雨が好き!そんな時代もあったけど
 洗濯の山今は恨めし

★四半世紀何も学ばず努力せず
 銀メダルとは選手に失礼


     黒猫アビ の詠める

 ・梅雨空の合間くぐりて靖国へ
  願うはひとつ絵馬に託して

 ・いつの日か我も行きたい思いあり
  伊勢神宮と出雲大社へ

 ・パソコンでいろいろ調べ旅をする
  動けぬときは空想の旅

 ・若き棋士 光り輝く活躍に
  我もつられてAI将棋を

     まめはな の詠める

・梅雨晴れの空に干したる毛布二枚重ねて持てばふわりと軽(かろ)し

・おもらしの度重なれば羽根のようなパンツの並ぶ午后のベランダ

・よその子を抱き上げあやせば遠くから心配そうに吾子は見ており


    温泉郷 の詠める

梅雨晴れ間半襟替えて虫干しす風にただよう樟脳の香よ

花器に咲くあじさいしゅんと萎みだし元気になれと朝陽にあてる

   マリーゴールドが咲いて

意味知らば育てぬものを我が庭に聖母マリアの黄金の花

九条を唱えておれば平和来る勘違いにも程があるわな
     

     おてもやん の詠める

○縁側の外壁を替え雨漏りの心配もなく梅雨をむかえる

○パジャマ縫うミシンの響き心地よく檜の香る新しき部屋

○紫陽花は何色かなと問う孫にアジサイ色と答えてしまえり

○晴れた日は庭に飛び出る愛犬も濡れた芝には降りようとせず

     
     Nちゃん の詠める

初菜刈る
爽やかな空
でもな うち
嫉妬まみれの
貧しきこころ

真夜中に
包丁研ぎおり
二人分の
オカズ持たせて
うちだけ一人

これでもか
辛さを込めて
刻む葱
山盛りになる
極細になる

真っ直ぐに
真竹割り炊く
真夜中の
ヒガミ心は
すぱっといかず

うじうじと
嫉妬しながら
山椒摘む
どす黒く染まる
指もこころも

水茄子を切りて
指も切る
あっけらかん
青紫が
真っ赤に染まる

生温く
湧きて鮮血
広がって
うちの悋気(リンキ)が
黒く滴る

考えず
見聞きせずやと
言いながら
嫁の日々聞く
・・根性曲る

嫁さんが呆けて来てる
可哀そうだと
ぬけぬけと言う
本気でワタシに

離れられず来て
四十年
八十路と五十路
終わり思えば
嘆く刻惜し


     かりそめ の詠める

*中国が襲ひきたれば身をもちてわれら守れよ九条信者

*わが町の額紫陽花の青深しかつては鰡の飛ぶ海なりし

     アイリス@ の詠める

暖かき、慈雨口に受け
突然に、
脳裏に浮かんだアムバルワリア

水無月の雨
白ワインに例えたる
明治の漢(おとこ)に
逢いたく思ふ

降りしきる雨に
その色溶かし込み
立葵の群れすっくりと 在り

     アルジェリマン の詠める

いつまでも帰りたくない黒犬と角でたたずむ日曜の午後

梅雨の日のツツジにかかる蜘蛛の巣に捕らわれるのは花と雨粒

立ち止まり匂い嗅ぐ犬ふと見れば先日失くしたお散歩ライト

     KUON の詠める

・窓の外(と)にいま展がるは日本海音のするものみな消して見る

・ほぐれゆく思ひに向かふ奥能登の海の青さが胸に沁みこむ

・家移りをしたる夢見ぬその家のどの窓よりも海が見えたり

・かの朝(あした)海を描きゐし君のシャツ海のいろほどあをかりしかな

・海見たし海を嗅ぎたし波音に胎児となりてあやされたかり

・海沿ひのホテルに宿り腕時計投げてありたしごろんごろんと

・全身をスポンジにして海鳴りを吸ひこまむかな夕べを真夜を

・海へ行く鈍行列車イメージの内にては窓をいっぱいに開け

・おむすびの湿れる海苔の指につくその塩の味 海へ行かむか

・千里浜を飛ばしたる日の海のいろ黒きまで青かりし海青かりし

・太陽の溶けゆく海を溶くるまで見てゐて巷に帰らんとする


     黒猫アビ の詠める

 ・梅雨の雨 私の好きな 紫陽花が
  おちこむ心 やさしくつつむ

 ・年金の暮らしになれて 早一年
  のんびりと今を時にまかせて

 ・ママチャリが スピード出して 走りゆく
  ゆっくり歩く 歩道も危険
 
     空の音色 の詠める

美し(うまし)水たたえたる森 杳杳と
原初の神がここに坐しまして

さくら降る逢魔が時の四つ辻に
ひた世紀末の気配(いろ)迫り来む
       (2016年 春)

雨音に混じりて聞こゆる断末魔
誰の 百鬼の 人の 邪(よこしま)の
      (2018年 春)

     こぶ の詠める

○ 着ないかも知れぬと思った夏服で
 寄り道する子 笑って叱る


     たまき の詠める

星雲を
ただ映すだけの
天気予報
あなたの町を
雨だと伝える

プレアデス
この美しき
天体で
巡りあったり
別れゆきたり

     空の音色 の詠める

雲居月 夜陰につぶやく君の名よ
我を包める清けき光







  1. みんなのうた
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水無月のおべんきょ、ラストまで。

遅くなりました。

続けさせていただきます。


この色が詠草ですこの色は詞書、あるいは詠みびとさんからのメッセージこの色はKUONが書いているところ詠みびとさんのお名前はこの色です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     黒猫アビ

   追加お願いいたします。

 ・梅雨の雨 私の好きな 紫陽花が
  おちこむ心 やさしくつつむ

落ち込む理由・・・これこれ、と簡単に言えるなら落ち込まない、たぶん。ですよね。

 ・年金の暮らしになれて 早一年
  のんびりとした 時にまかせて

年金あっていいよね、と言われたりもするけど・・・何もしないで来て受け取れるわけも無いです。おうた、このままでもいいですが

「年金の暮らしになれて早一年のんびりと今を時にまかせて」

ではどうかなあ、と考えました。


 ・ママチャリが スピード出して 走りゆく
  ゆっくり歩く 歩道も危険

スピード出して行く人は、まだ今は、そのスピードが「こわい」人の感覚がわからないのでしょうね。巻き込まれないようにしているしかないのかなあ・・・。

    梅雨時は身体が痛くてだめです~
    楽しいことだけ考えて過ごしております。


そうしましょう、そうしましょう。
 
     空の音色

   はじめまして
   以前より、ひっそりとブログ読者でおります。
   毎月のお歌の会、羨ましく拝見していました。
   ごくたまに、時々、思いつきで、一人で歌を詠んでいますが、勇気を出して投稿してみます。
   お歌の文化が、また日本人の日常に戻ってきたら素敵だなと思います。

初めまして。HN、お申し出のようにさせていただきました。

初出の「空の音符」さんも、夢があってすてきなお名前と読ませていただきましたが。


美し(うまし)水たたえたる森 杳杳と
原初の神がここに座しまし

お一人ででも詠んで来られた方なのですね。おうたがお好きで。

雰囲気はよく出ていますが、最後の「座しまし」が中途半端な気がします。

「座します」でも意味は通ります、「座しまして」が文法的には正確に近いかと。あと、言うのを許していただければ

「座」は「坐」の方がこの場合、いいのではないかと・・・最終的には詠み人さんの選択になると思います。

もっと言っていいですか? この場合「美し」=うまし、が、的確なのかどうか、いささか惑う私がおります。


さくら降る逢魔が時の四つ辻に
ひた世紀末の気配(いろ)迫り来む
       (2016年 春)

個性的な、あくまで耽美の世界を詠まれるか。言葉は確かに「逢魔が時」「四つ辻」、「世紀末」、は「ひた」と前置きされ、気配は「いろ」のルビ指定。最後は~「来む」「とあれば、何らかのムゥド(森茉莉・風)は醸しているように思えます。

けなしているのではありません。雰囲気を捕まえて詠むのも、アート。実体がどうのと言うは野暮、な世界もあります。言語芸術と言い得ましょう。こういったおうたの大好きな方も、おられます。もう一首の


雨音に混じりて聞こゆ断末魔
誰の 百鬼の 人の 邪(よこしま)の
      (2018年 春)

この一首も、あなた様の世界。何度も言いますが、雰囲気は出ています。

そしてあえて申しますが、雰囲気をきちんと生かして独自のうたにしてやるには、形としての厳しさが必要・・と、私は思う。そこを抑えれば「甘いなぁ」とは誰にも言わせないで済みます。

たとえば「聞こゆ」。これは字余りで美的には受け入れがたくても、「聞こゆる」とする。そしてから、心行くまで

「誰の百鬼の人の邪の」と、たたみかけがうまく運んだと思う時の、言葉の快感に身を委ねられれば、と考えます。

お気に召すかどうか、思ったことを書かせてもらいました。

     こぶ

   まにあった!
   ワールドカップが始まり昼前眠く、
   なかなかまとまらずにいました。


○ 着ないかも知れぬと思った夏服で
 寄り道する子 笑って叱る


もしかして着ないかも。着ることにならないかも。そんな思いで入学時、用意はした夏服。お子さんの登校用の服でしょうか。それを、

着て出て、子は、寄り道までして来る。そのお子さんを、寄り道はダメよ、と叱るは叱る、けれど、安堵する気がたっぷりで、嬉しくもあって、笑いながらのお小言になってしまう・・・。、間に合ってよかったです、今月も。

私もワールドカップ見ながら夜更かししました。よく言われることですが、評価の「手のひら返し」の様子に、呆然とします。メディアのやること。

明日も頑張れ、にっぽん!。


     たまき

星雲を
ただ映すだけの
天気予報
あなたの町を
雨だと伝える

完成しているうたですが、「雨」のあとの「だと」の「だ」を取ったらどうか、と、思いました。「と」だけですと物足りないか・・・

プレアデス
この美しき
天体で
巡りあったり
別れいったり

最後の七音、別れていったり、なのか、別れ行きたり、なのか、読むに迷います。せっかくだから、と思ってしまうのです。

     空の音色

   歌の添削、ご指導、お願いできましたら嬉しいです。

   追加で一首、上げさせてください。


雲居月 夜陰につぶやく君の名よ
我を包みし清けき光

何首も下さって嬉しいですよ。

このおうたの「われを包みし」ここ、どなたも、本当によく言わせて頂くところなんです。

「包みし」の「し」は、過去形。このうたは「いま」の情景とするのが生きると思いますので、今のことにして、そういう時は

「包める」=包んでいる、包んでくれる、という言い方になります。

美しい一首ですね。どんどんおいで下さいね。



皆さま、六月もおうたをありがとうございました。

来月もお待ちします、うひょ~~~ってほど、お寄せ下さいね!。

まずはお礼まで。



  1. みんなのうた
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水無月、おべんきょ、三回目

続けてまいります。

この色が詠草、皆さまのおうたです。この色は詞書、あるいは詠みびとさんからのメッセージこの色はKUONが書いています詠みびとさんのお名前はこの色です

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

     かりそめ

   水無月のうた

   今月もぷりーずたっちみーでよろしくお願いいたします。
   と言ってもたった2首。でも参加することに(私にとっては)意義がありますのでご容赦くださいませ。

   「温泉郷さんのおうたに触発されて」


*中国が襲ひきたれば身をもちてわれら守れよ九条信者

   (こんなこと絶対にしませんよね。真っ先に逃げるのが九条信者でしょう)

「殺すくらいなら殺される方がいい」ってプラカード、掲げているの見ました。私はどちらもイヤだわと思いました。

*わが町の額紫陽花の青深しかつては鰡の飛ぶ海なりし

この「鰡」という魚の名、ボラ、と、きちんと読めるようになったの最近です。一首を読んで、そうなんだ・・・と、不思議な感慨にとらわれました。
私も、かつては海だったあたりに住んでいます。額紫陽花の色は、そして、青いです。

この一首の重なる「し」は、意味が違うし、生きていると思います。


     アイリス@

   こんにちは。
数日前の雨をぼんやり眺めていましたら
何の前触れもなく、
遠い昔、
現代国語で習った詩人の歌を思い出しました。


暖かき、慈雨口に受け
突然に、
脳裏に浮かんだアムバルワリア

うろ覚えだったので調べました。アムバルワリア。収穫祭、という意味ですか。もっと広がった意味もありましたが、ここではキモの「収穫祭」のイメージを。

西脇順三郎。その人が、この「遠い昔」の詩人なのですね。


水無月の雨
白ワインに例えたる
明治の漢(おとこ)に
逢いたく思ふ

明治の洒落男。今ではお目にかかれないタイプのおのこが、いたのかなあ、明治。

コトバを整理して語調をよくするには、と、考えましたが。「水無月の雨」も「白ワインに例えたる」も、カットし得る文字に迷います。で、この一首はこのままで。ラストの、ここだけ古典的な「ふ」も、このままで、と、思ふ。


空中の水に
その色溶かし込み
立葵の群れ
すっくりと 在り

「立葵の群れ「 すっくりと在り」は、とても「いい」と思うのです。

「空中の水」ここを、どうするか。私もたまには自分に宿題出しましょう。

来月まで、この一首、預からせていただきます・・・で、いいですよね?。すてきな世界です、完成させたいと思うのです。


   暖かい慈雨という言葉、
私の古ーい部分の脳が覚えていた言葉
かもしれません。


「詩人」っていいですね。こんなことを、言ってもらえる・・・人の記憶の底に、ことば、じっと沈んで。豊かに沈んで。

     アルジェリマン



いつまでも帰りたくない黒犬と角でたたずむ日曜の午後

飼い主さんとのお散歩が、好きで。まだ帰りたくない風情の黒い愛しい犬。

「日曜の午後」だから、犬の気持ちのままにゆっくりできるのですね。言葉が、説明でないのがいいです。


梅雨の日のツツジにかかる蜘蛛の巣に捕らわれるのは花と雨粒

蜘蛛の巣にかかっている鮮やかなツツジの花と、透明の雨の粒、でも蜘蛛の食べられるものは無くて。蜘蛛の巣も新鮮な、埃っぽくないそれなのですが。

これも、もののあはれ、かな。


立ち止まり匂い嗅ぐ犬ふと見れば先日失くしたお散歩ライト

犬だから見つけられた失くし物。

ゆっくりのお散歩、匂い嗅ぎを存分にさせてもらって、いいこともあって。



・・・・・・ごめんなさい、もっと行きたかったのですが、少しだけ、体調よろしくないです。

無理しないで明日、とさせていただきます。





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プロフィール

KUONの久遠

Author:KUONの久遠
     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

    ・・・・・・・・・・

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     ・・・・・・・・・・・・・・

四十年以上住み慣れた奈良の地を離れ、海の近くへ越してまいりました。

海の見ゆる高層の部屋に耳遠き
夫(つま)とふたりの暮らし始むる

明確に、残生を意識します。余分なあれこれはもう要りません。
シャネルの赤いルージュは変わらず。生意気なままの私でいたい、いようと願っております。

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